分譲マンションの日照に関する説明義務違反[PDF形式]

暮らしの
判例
消費者問題にかかわる判例を
分かりやすく解説します
国民生活センター 相談情報部
分譲マンションの日照に関する
説明義務違反
本件は、地域の第一種住居地域のほぼ全域に日影規制が定められた街
(六甲アイランド)
に第一種住居地域ながら例外的に日影規制等が及ばない特殊な土地があり、その土地内
北側に事業者がマンションを建設・分譲し、その数年後に同土地内南側に日影規制が
あったなら建築できないマンションを建設した結果、北側マンションに日照阻害が生じ
たため、北側マンションの住民が建築工事の差し止めと損害賠償請求をした事例の控訴
審である。
裁判所は、差し止め請求は認めなかったものの、日影規制についての説明義務違反によ
る損害賠償を認めた原審の判断を維持し、原審
の認定を不服とした事業者の控訴を棄却した。
(大阪高裁平成 26 年1月 23 日判決、
『判例
時報』2261 号 148 ページ)
原告・被控訴人:Xら
(消費者)
被告・控訴人:Y ら
( 北 側マンションの分 譲、
販売にかかわった事業者3社)
関係者:A
(南側マンションを建設した事業者、
神戸市所在)
六甲アイランドの所在する神戸市は市内の第
事案の概要
一種住居地域のほぼ全域を条例で建築基準法に
X らは、Y らが分譲・販売した 14 階建て4棟
よる日影規制の対象としていた。しかし六甲アイ
のマンション(以下、X らのマンション)の部屋
ランドについては、多機能都市としての新たな街
をそれぞれ購入した。その後、Yらが計画し、A
づくりを円滑に進めるため、市が調整を図りコン
が 13 ~ 15 階建てのマンション
(以下、本件マン
トロールができるように条例の日影規制等の対
ション*1)を X らのマンションの南側に建設し
象区域に指定せず、要綱
(
「神戸市六甲アイラン
た。X らのマンション(北側)および本件マン
ド地区日照基準取扱要綱」
、神戸市が制定)
を定め
ション(南側)は六甲アイランドの第一種住居地
て運用することとした。同要綱は、六甲アイラン
域に所在している。
ドの第一種住居地域および商業地域のほぼ全域
*1 複数の棟で構成されている。
を対象に、前記建築基準法よりも厳しい日影規
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制を定めた*2。ところが本件マンションおよび X
について
「なし」
と説明されたのみで、具体的で
らのマンションの敷地は、元はラグビー場で、
詳細な説明はなく、
要綱にも触れていなかった。
六甲アイランドでは文化・レクリエーション地区
X らは、Aに対しては建築中の本件マンショ
に指定されており、この土地の南側の利用のた
ンの建築工事の差し止め、Y らに対しては日照
めに要綱の日影規制の対象とされていなかった。
阻害および X らのマンション販売時の説明義務
ラグビー場の運営が行き詰まり、Y らが 2005
違反による精神的損害の賠償を求めた。
年にこの土地を購入して日影規制を考慮せず
(こ
原審は、Aの責任は認めず、X らの Y らに対
の土地については前記の通り合法)マンション
する説明義務違反に基づく損害賠償請求のみを
を計画し、一部近隣住民の反対を受け、神戸市
一部認容した
(原告1人当たり10万~ 50万円)。
の指導に基づき南側
(本件土地)
との境界線から
なお、日照阻害による人格権・財産権侵害を理
X らのマンションの住戸サッシ面までの間に約
由にした損害賠償については受忍限度を超えな
13.5m 幅のランニングコースを設けるなどした
いとして認められず、建築工事の差し止めにつ
うえで建設したのである。六甲アイランドの第
いては、口頭弁論終結時までに本件マンション
一種住居地域で実際に住居として利用されてい
が完成したため訴えの利益を欠くとして認めな
る土地で規制を受けないのは本件マンションと
かった。損害賠償の支払いを不服として、Y ら
X らのマンションだけで、しかも戸建住宅の建
が控訴した。
築は禁止されていたが、中高層住宅の建築は認
理 由
められていたという特殊な状況であった。なお
要綱は 2010 年までホームページ上で一般公開
X らにとって、X らのマンションを購入する
されず、X らはマンション購入時にはその内容
か否かを検討するに当たっては、六甲アイラン
を容易に知ることができなかった。
ドの優れた住環境を永年にわたり安定的に享受
本件マンションは、X らのマンションのある
することができるかが重要であり、優れた住環
敷地と本件マンションのある敷地の境界
(以下、
境の内容には日照の確保も含まれるのであるか
本件境界)から最短で約 20.9m、X らのマンショ
ら、X らのマンションが含まれる区域の日影規
ンは本件境界から約 26.3m 離れており
(駐車場、
制等についての情報や、本件土地にもマンショ
ゲートボールコート、ハーブ園等がある)
、X
ンの建築計画があるのであればその情報も重要
らのマンションと本件マンションとの最短距離
であったというべきである。他方で、Yらは、X
は47.2m、
多くは約80mである。要綱においても、
らのマンション敷地および本件土地には日影規
神戸市の条例においても、日影規制は本件境界
制等がないという特殊な状況にあることを知っ
から一定条件の距離における日照時間を問題と
て購入しており、X らのマンションの販売の当
するが、本件マンションはこの規制を満たして
時から、マンションの販売の売れ行きによって
いない。X らの住戸のベランダサッシ面におけ
はその特殊な状況を利用して本件土地上にもマ
る日照阻害時間は、冬至日の8時から 16 時の
ンションを建築することを計画していた。
間の最大約3時間 20 分であった*3。
そして、計画が実現されれば、X らのマンショ
ンの日照に影響を与える可能性が十分にあるこ
Xらのマンションの販売に際しては、重要事項
とを認識していたと言える。
このような事情は、
説明書(以下、本件説明書)
に基づいて日影規制
市の条例の規制対象外地区であっても要綱によ
る日影規制等が及び、それを上回る水準の日照
*2 本件要綱において、日影規制の適用地区に指定されなかったの
は、Xらのマンションと本件マンションの土地(旧ラグビー場)、
美術館、テニスコート、大学施設、駅などの施設であった。
が確保されている六甲アイランドの他の区域の
*3 日 照の測定日と測定時間帯は冬至日の8時から 16 時までの間
に実施された。
建物との間に、住環境として少なからぬ差異を
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もたらすものであり、X らのマンションの住居
の住居と比べ日照条件が悪化する可能性がある
としての価値を減少させるものであって、X ら
ことを説明しなかった点に義務違反を認めてい
にとって、マンションを購入するか否かを検討
るのが特徴的である。この六甲アイランドは官
するに当たって極めて重要な情報だった。
民の協力による管理された街づくりで良好な環
そうだとすれば、Y らは、マンションの購入
境が重視されており、マンション購入者はその
を勧誘するに当たり、信義則上、Xらに対し、X
点を期待していたことが想定され、Y らの販売
らのマンションが日照について日影規制等によ
パンフレットや説明も環境を強調していたので
る保護を受けないものであり、Y らが本件土地
あるから、この特異な状況はマンション購入を
上に本件マンションを建築した場合に、X らの
決定する上で非常に重要な情報であり、説明が
マンションの日照に影響が及ぶ可能性があるこ
されなかったことは重大な義務違反と言えよう。
とを説明すべき義務があった。
なお、神戸市も Y らと敷地交換等について協
それにもかかわらず、Y らは、本件説明書に
議を行い特異な状況の解消に努めたが不調に終
より、X らのマンションが
「建築基準法による日
わった模様である。また本件では、南方敷地も売
照規制の対象とならない」ことだけを説明した
主 Y ら所有で建設も Y らが事業主として行って
にとどまり、本件土地にマンションが建築され
おり、具体的な説明ができる立場であったが、
た場合に X らのマンションの日照に影響が及ぶ
Y らは説明をしていない。しかしこの点が大き
可能性のあることを説明しないばかりか、
「マン
く争われたわけではない。
ションが建つかもしれないが、プライバシーや
本件原審は、実際の日照阻害が受忍限度を超
日照について X らのマンションの住民への配慮
えないとして人格権あるいは財産権侵害に基づ
がされる」などと誤解を招くような説明をして
く不法行為による損害賠償請求を否定した。そ
いる。したがって Y らは上記の説明義務を怠っ
のため説明義務違反があっても、日影になるこ
たというべきである。
とが受忍限度の範囲内で法的利益が侵害されて
いない以上、賠償義務は認められないとして賠
解 説
償を否定する可能性もあったが、本件は賠償請
分譲マンションの販売時の日照に関する説明
求を認めている。つまり、本件請求は説明義務違
義務違反を認め販売業者
(売主)
に損害賠償義務
反に対する慰謝料請求で、日照阻害そのものに
を認めた事案である。
対する慰謝料ではないのである。このことはベ
本来「日影規制」
は、ある土地の建築物がその
ランダサッシに日影を生じない者についても賠
隣接地の日照を遮らないように定められるもの
償が認められていることからも間接的にうかが
である。宅建業法による重要事項説明の日影規
われる
(請求が1人 100 万円であったのに対し
制は売買する土地の日影規制についてであり、
て、1人 10 万~ 50 万円を認容)
。
隣接地の日影規制は別である。しかし、今回問題
参考判例
になるのは本件マンションの日影規制であり、こ
のことから、宅建業法による重要事項説明だけ
が説明義務の対象となるわけではないと言える。
本件は、分譲後に敷地南方に建設された建物
①神戸地裁平成 25 年6月6日判決
(『判例時報』2261 号 153 ページ、本件の原審)
②最高裁昭和 47 年6月 27 日判決
(裁判所ウェブサイト、
『判例時報』
669号26ペー
ジ、『判例タイムズ』278 号 110 ページ等〈日照
通風を妨害する隣接住宅の建物建築につき最
高裁が不法行為の成立を認めた〉)
自体に関する説明義務というよりも、本件マン
ションと X らのマンションだけがこの六甲アイ
ランドの住居として特異な状況、つまり日影規制
を受けないことを説明せず、六甲アイランドの他
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