新しい建設生産システムの構築に向けて

土木技術資料 50-4(2008)
論
説
新しい建設生産システムの構築に向けて
*
1.はじめに 1
藤原
要
信頼関係を前提として実施してきた現行の要点だ
けの監督・検査では、設計ミスや不可視部分での
公 共 工 事 に 関 し て は 、 平 成 17年 度 に 相 次 い で
工事の手抜きの発見が事実上不可能である等、現
発生した談合問題に対して、一般競争入札の拡大
行の制度・体制では質の高い調達が十分に担保で
等の一連の対策が講じられてきたが、一方で、公
きない恐れがある。また、受注者の資格審査や登
共事業投資の急激な減少に伴って工事の受注を巡
録の制度も指名競争入札を前提としたものとなっ
る価格競争が激化し、いわゆるダンピング入札が
ている。
急増するとともに、手抜き工事や下請業者・労働
このように、指名競争入札から一般競争入札へ
者へのしわ寄せ等による公共工事の品質低下が懸
の入札・契約制度の転換と急激な適用範囲の拡大
念されている。
は、現行の建設生産システムでは対応しきれない
こ の よ う な 状 況 か ら 、 平 成 17年 度 に 「 公 共 工
様々な問題を引き起こしている。さらに、公務員
事の品質確保の促進に関する法律」が施行され、
の定員削減や行政事務の多様化・増大も進んでい
総合評価方式の適用拡大等が進められてきた。ま
ることから、現在の発注者の体制の面も十分に考
た 、 平 成 18年 度 に は 「 国 土 交 通 省 直 轄 事 業 の 建
慮した上で、これらの環境の変化に適応する建設
設生産システムにおける発注者責任に関する懇談
生産システムの再構築が急務となっている。
会」が設置され、公共工事の調達システム全体の
見直しについて検討がなされてきた。
3.新しい建設生産システムの基本的方向
本稿では、今、求められている新しい建設生産
発注者責任を果たすための建設生産システムを
システムの方向性について、同懇談会における議
再構築するためには、専門化・複雑化している受
論を中心に述べたい。
注者の施工体制の確認も含め、発注者が施工等の
2.現状の建設生産システムにおける課題
各段階を厳重に監視する仕組みとともに、良い仕
事をした企業には次の競争参加機会を拡大し、問
これまでの建設生産システムは、指名競争入札
題を引き起こした企業には適切なペナルティを加
における「好循環」を前提に、例えば、発注者は
えるといった「信賞必罰」によるインセンティブ
監督・検査において要点だけを確認することで一
に基づいて企業自らが品質確保に努める仕組みを
定の品質を確認できるなど、発注者における効率
構築し、これらの仕組みをバランスよく組み合わ
的な工事の調達等を可能としてきた。
せることで、指名競争入札における「好循環」の
一般競争入札の拡大は、手続の透明性・競争性
の向上に寄与する一方で、企業にとって、指名競
ような循環システムを構築することを基本的な方
向であるといえる。
争入札に比べ当該工事の成績が以後の受注機会に
具体的には、①昨今のいわゆるダンピング受注
結びつきにくいことから、当該工事における利益
や設計ミス、施工不良等の増加による品質低下の
を優先した安全管理や品質確保に対する配慮が十
懸念等、喫緊の課題への対応策として、個々の工
分でない等施工能力の劣る企業や不誠実な企業が
事等において品質の高い成果が確実に得られる仕
競争へ参加しやすくなるとともに、良い仕事をす
組 み ( 小 循環 )、 ② 透明性 ・ 競 争 性の 高 い 調達 制
る優良な企業の受注機会が減少するデメリットも
度を前提に、良い仕事をした企業が受注機会を拡
指摘されている。
大する等報われるように企業の実績や努力が受注
また、工事の施工段階においては、受注者との
────────────────────────
者 選 定 に 適切 に 反 映さ れる 仕 組 み (中 循 環 )、③
国土交通省国土技術政策総合研究所総合技術政策研究センター
建設マネジメント研究官
建設生産システム全体(調査~計画~設計~施工
~維持管理)を通じて各段階の経験が着実に次の
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土木技術資料 50-4(2008)
〔小循環〕
個々の工事等において品質の高い成果が確実に得られる仕組み
〔中循環〕
企業の実績や努力が受注者選定に適切に反映される仕組み
〔大循環〕
建設生産システム全体を通じて各段階の経験が着実に次の段階へ
引き継がれ、かつ上流段階に環流される仕組み
発注者の体制整備・発注者支援の仕組みづくり
CORINSやTECRIS等による情報の共有・活用
中循環
成績評定の重視
入札金額・技術提案を格
付・入札参加要件に反映
資格審査
契
約
)
)
充
実
多
様
化
〔
〔
〕
〕
施
工
優れた
技術提案
工
事
技
術
提
案
能
力
入
札
金
額
技
術
提
案
施
工
管
理
入札
参加者
見
直
し
受注者による
品質保証
維
持
管
理
引
渡
し
)
競争
参加者
品
質
証
明
(
技
術
開
発
の
実
績
優
秀
な
技
術
者
の
確
保
状
況
施工プロセスを 小循環
通じた検査
小循環
)
社
内
照
査
・
品
質
保
証
体
制
総合評価による
技術提案機会の
付与
(
受
注
者
企業の技術力を重視した
格付制度・入札参加要件
〕
〕
調
査
・
設
計
充
実
)
〔
〔
計
画
工
事
成
績
評
定
)
見
直
し
監
督
支
払
(
総
合
評
価
検
査
)
一
般
競
争
総
価
契
約
単
価
合
意
(
入
札
)
公
告
(
予
定
価
格
の
作
成
)
)
充
実
●
入
札
参
加
要
件
(
企
業
の
格
付
●
条
件
明
示
(
設計思想等の
伝達・共有
●
仕
様
(
発
注
者
契
約
条
件
の
設
定
発
注
形
態
・
方
式
の
選
定
評価
(
大循環
工事施工
入札・契約
(
競
争
参
加
資
格
審
査
成績評定を格付・入札参加要件にフィードバック
施工者
大循環
各段階における経験・知見を計画・設計や企業評価の方法にフィードバック
CALS/ECの活用による設計~維持管理を通じた情報の共有・活用
図-1
新しい建設生産システム
段階へ引き継がれ、かつ上流段階に環流される仕
( 4) 個 々 の 調 達 に お い て よ り 優 れ た 企 業 を 選 定
組み(大循環)を構築し、システム全体の継続的
するための総合評価方式のさらなる拡充と改善
な改善を図るPDCAの機能を確保することが必要
( 5) 工 事 の 品 質 確 保 の 前 提 と な る 設 計 業 務 の 質
である。
これら大・中・小の循環が機能する新しい建設
生産システムのイメージを図-1に示す。
4.現在の取り組みの状況
新しい建設生産システムの構築に向けて取り組
の向上
などである。本特集でこれらを報文に示すことで、
目指している新しい建設生産システムの姿を理解
して頂ければと考えている。
5.おわりに
むべき課題は多岐にわたるが、発注者懇談会の専
現在の建設生産システムは、直営から請負へと
門部会等においては、優先的に取り組むべき課題
調達形態が変遷する中、発注者自らが作るという
より順次、具体的な検討を進めている。その主な
基本的な考えをそのままに形成されてきた。新し
ものとしては、
い建設生産システムの構築には、発注者側の体制
( 1) 受 注 者 と の 信 頼 関 係 を 前 提 と し た こ れ ま で
の現状等を踏まえながら、調達のプロとしての発
の限定的な監督・検査から、施工プロセスを通
注者が果たすべき役割は何かを問うことが非常に
じた検査の枠組みへの転換
重要である。この答えを探りながら、残された多
( 2) 企 業 評 価 に お い て こ れ ま で 以 上 に 重 要 性 が
くの課題に対して取り組んでいくこととしている。
高まる工事成績評定の厳正化
( 3) 企 業 の 能 力 ・ 体 制 等 に つ い て 多 面 的 に 企 業
の評価を実施し、適正な競争参加機会の確保に
つながる仕組みの構築
参考文献
1) 「国土交通省直轄事業の建設生産システムにおける発
注者責任に関する懇談会」中間とりまとめ、2006年9
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