本一冊で事足りる異世界流浪物語

本一冊で事足りる異世界流浪物語
結城 からく
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︻小説タイトル︼
本一冊で事足りる異世界流浪物語
︻Nコード︼
N1019BR
︻作者名︼
結城 からく
みささぎりょう
︻あらすじ︼
陵陵は偶然にも神に目を付けられ、半強制的に異世界に転生させ
られてしまう。
そんな彼が神に頼まれたのは﹁本探し﹂!?
現代兵器? 世界観を無視して使います。
聖剣や魔剣? 平気で使い捨て扱いです。
生産活動? 無尽蔵の資源でやりたい放題です。
自重ですか? うちの主人公は一切しません。
1
これは規格外な能力である﹁引用﹂を与えられた彼が﹁ミササギ﹂
として第二の人生を歩んでいく物語。
※当作品は規約により本編部分を削除しており、番外編となってお
ります。
本編を読んでいなくても理解できるような内容となっています。
2
番外編・前編
中立都市リスエア。
そこでは昼も夜も問わずに活気が続いていた。
酒場に行けば酔っ払いが跋扈し、通りでは商人の逞しい声が飛び
交う。
また、裏路地に入り込むと暗い事情を抱えた者と遭遇することに
なるだろう。
清濁構わず呑み込んだ街。
それがこのリスエアの特徴であった。
中立都市の街並みは変化が著しい。
常に周辺諸国から人やモノが流入し、そして去っていくのだ。
市場も三日と待たずにラインナップが様変わりする。
大抵の商人たちは好き勝手に売り払い、新たな品々を仕入れれば
街からいなくなった。
おまけに独自の自治権によって運営されているので、犯罪者集団
の潜伏地としてもよく用いられている。
変化に富んでいると言えば聞こえは良いが、住み心地や治安は悪
い。
相応の理由がなければ定住する価値の乏しい都市である。
好き好んで居座るのはよほど酔狂な人間だろう。
孤高の冒険者・マックスはその一人であった。
彼は一日の大半を酒場で過ごす。
とはいっても、特筆すべき行動はない。
決まった席で決まった食事を取りながら室内の喧騒を眺め、夜更
けにふらりといなくなるだけだ。
3
風貌も大して目立たない。
薄汚れたダスターコートを身に纏い、鍔広の帽子で目元を隠して
いるくらいである。
冒険者の装備は個人によって千差万別。
ド派手な恰好の魔術師がいれば、ほとんど魔物と見分けのつかな
いような亜人の戦士もいる。
それらと比べるとあまりにも大人しいと言えるかもしれない。
総じてマックスという冒険者は、誰の目にも留まり辛い男だった。
その日もマックスはいつもの席に座っていた。
何をするでもなく冒険者たちの馬鹿騒ぎを眺めている。
彼のもとにウェイトレスが料理を運んできた。
燻製肉を挟んだ薄いパンにスライスされたチーズ。
グラスには安物の酒が注がれている。
テーブルに置かれた品を見て、マックスはぽつりと言った。
﹁⋮⋮酒を頼んだ覚えはないのだが﹂
﹁新しい常連さんへのサービスよ。それに酒場で酒を飲まないなん
て、寂しいと思わない?﹂
そう答えたウェイトレスは、自然な動作でマックスの向かいに座
る。
艶のある茶髪を肩で切り揃えた、快活そうな雰囲気の少女だ。
ベストにワンピースといった出で立ちがよく似合っていた。
ウェイトレスは上目遣いにマックスを見る。
4
﹁私はアンナ。あなたの名前は?﹂
﹁⋮⋮マックスだ﹂
﹁マックス、か。いい名前ね、よろしく!﹂
にこりと笑ったアンナは手を差し出した。
マックスはやや釈然としない様子ながらも、その手を握り返す。
そんな二人の様子に気付いた周りの客は、面白半分に囃し立てた。
この酒場の看板娘であるアンナは、気になった客の席にしか座ら
ない。
それは必ずしも恋心というわけではなかったが、事情を知る他の
常連客からすれば珍しいことだ。 少なくとも酒のツマミにできる程度の話題性はあった。
酔っ払いたちは、二人のやり取りを見守る。
複数の視線に晒され、マックスは少し居心地が悪そうだった。
苦い表情で肉入りのパンを齧り、酒を呷っている。
彼は溜め息混じりに問いかけた。
﹁それで、俺に何か用か﹂
﹁最近毎日来てくれてるでしょ? ちょっとだけ話してみたいなぁ
と思ってね﹂
アンナはよくぞ聞いてくれたとばかりに返す。
彼女の目は期待を映していた。
それに気付いたマックスは、さらに顔を顰めて言う。
﹁楽しい会話ができる人間に見えるか﹂
5
﹁様々な出来事を味わってきたって目をしているわ。ここで仕事を
していると、そういうことも分かってくるのよ﹂
そう言ってアンナは、じっとマックスを見つめる。
曇り無き双眸は不思議な力を備えているようだった。
自らの直感に絶対の自信を覚えているらしい。
マックスは気まずそうに席を立つ。
﹁そうか。じゃあ、次に話せる機会を楽しみにしよう﹂
テーブルに代金を置いたマックスは足早に酒場を去った。
いつの間にか皿にあった料理や酒が無くなっている。
あまりの早業に反応できる者はいなかった。
目の前にいたアンナも呆然と酒場の出入り口を眺めている。
周りの常連客は、ハラハラとした面持ちで彼女を観察していた。
マックスの冷淡な態度に傷付いてしまったかもしれない。
彼らは酔いの回った脳を総動員し、慰めの言葉を考える。
立ち上がったアンナは︱︱拳を握って叫んだ。
﹁いいわ、あのクールな年長者の対応! きっとすごい冒険譚を隠
しているはずよッ! だって、すごくかっこいいもの!﹂
歓喜に震える看板娘は、地団太を踏みながら興奮する。
彼女の声は酒場全体に響き、喧騒を打ち消すほどの勢いがあった。
心のダメージなど無きに等しいものだろう。
常連客は少しでも心配してしまったことを後悔した。 6
◆
酒場を後にしたマックスは、通りの人混みに紛れ込んだ。
歩く傍ら、彼は深い溜息を漏らす。
︵なんだあの娘は⋮⋮︶
アンナの叫びはマックスにも聞こえていた。
なぜあんなに盛り上がっているのか、彼には皆目見当も付かない。
彼女を期待させるような言動はしていなかったはずだ。
それとも、本当に直感的なものが働いたのだろうか。
まったく面倒なことだとマックスは嘆息する。
気を取り直したマックスは、通りを進みながら今日の予定を考え
ていた。
いつものように冒険者ギルドで依頼を受け、数日分の生活費を稼
ぐべきか。
しかし、アンナとのやり取りのせいでなんとなくやる気が出ない。
金銭的な余裕もあるので、一日丸ごと休息に当てても問題なかっ
た。
そこまで思考したところで、彼は前方の店に気付く。
﹁書店か﹂
通りに面したその建物は、室内に本が積まれているのが外からで
も分かった。
7
昼間にも関わらずかなり薄暗いようで、店の奥がどうなっている
かが窺えない。
どうにも怪しい佇まいだった。
もっとも、この世界の書店としては比較的標準的と言える。
膨大な量の書物を扱う関係で、どうしても整理整頓が為されてい
ない場合が多いのだ。
すべてが本棚に収まっている方が稀なレベルである。
他にやることも思い浮かばなかったため、マックスは書店に足を
踏み入れる。
店内の埃臭さに眉を寄せつつ、何か面白そうな本を探し始めた。
適当な本を手に取り、薄くなった背表紙の文字を確認する。
それを何度か繰り返すうちにマックスは目を引くタイトルを発見
した。
︱︱︱︱﹃近代の伝説たち﹄
マックスは試しにページをめくっていく。
書物にはここ二百年ほどの歴史で登場した著名な人物の記載があ
った。
勇者や英雄を筆頭に、彼らの様々な偉業が細かに書き綴られてい
る。
中盤を過ぎた辺りでページをめくる手が止まった。
マックスは目を細めて呟く。
﹁ふむ⋮⋮﹂
そのページには二人の人物に関する説明が為されていた。
マックスは文字の羅列を読み進めていく。
8
一人目は稀代の戦士、アルバート・ラウーヤ。
﹃復讐王﹄の異名で有名な彼は、すべての戦士の憧れと言っても
いいだろう。
異界の怪物とも称される勇者を屠り、大剣一本で一兵団を退けら
れるほどの力を有していたという。
斬撃で山を叩き斬ったというのも誇張ではあるまい。
彼の逸話でも特に強烈なエピソードは、人狼族の根絶だった。
なんでも若い頃に仲間を人狼族に殺されたらしく、彼は種そのも
のを嫌っていたらしい。
旅の末に強くなったアルバートは、周辺諸国を巡って人狼を殺戮
し始めたのである。
そして、ついには人狼の国すらも崩壊させてしまった。
復讐王という名もこの時期に付けられたそうだ。
アルバートはその生涯を通して戦闘に出向いていたらしい。
数多のエピソードからもその姿勢が窺える。
人狼根絶という荒々しい一面があったものの、彼は大勢の人を救
う偉業を幾度もこなしていた。
今でも感謝の念を込めて銅像や記念碑が建てられている町もある
そうだ。
死後、アルバート・ラウーヤには﹃剣仁﹄の二つ名が与えられて
いる。
二人目は魔性の麗人、トエル・ルディソーナ。
短期間だが、前述のアルバート・ラウーヤと行動を共にしていた
こともあるらしい。
9
彼女への評価は多様を極め、未だに結論付けられていない。
トエルは歪んだ一貫性を芯に持っていた。
それはすなわち、その場面における正義の徹底的追求である。
彼女は常に勝者であり続けようとしていた。
自身を揺るがぬ正義、または真実に据え置こうとしたのだという。
ある人物は彼女を﹃殺戮の精霊﹄と呼んだ。
またある者は﹃平和の礎﹄と呼んだ。
端的に言うならば、トエルは自らの信念に恐ろしいほど実直だっ
たのである。
それと対極に位置する者は、容赦なく殺してみせた。
暴虐に振る舞う大国だろうと太古のドラゴンであろうと町中の犯
罪者であろうと関係ない。
正反対の異名が付いたのは、この辺りが原因かと思われる。
立場が違えば、見え方が全く違ってくる。
トエルの場合はそれが極端だったのだろう。
五十年前、彼女は大精霊の試練に挑戦し、見事打ち勝ったという
話がある。
なんでも肉体を捨てて上位の存在に成り上がったというのだ。
それ以降、トエルは歴史の表舞台から消えた。
しかし世界各地で彼女らしき人物の目撃証言が散発している。
寿命という概念から抜け出た彼女は、今も自分の意志を貫いて生
きているのかもしれない。
目当ての項目を読み終えたマックスは、くすりと笑って書物を閉
10
じた。
直接的な交流はほとんど無かったが、二人とも彼の知り合いなの
だ。
時折、噂を聞くことはあったものの自発的に調べようとはしなか
った。
こういった形で知ることになるの予想外だったが、マックスは懐
かしい気持ちに浸る。
口元は微かに笑みを浮かべていた。
しばらく佇んだ末、マックスはその書物を購入した。
奥にいた老婆に代金を渡し、書店を後にする。
その足取りは酒場を出た時よりも軽くなっていた。
11
番外編・中編
それから数日間、マックスは酒場で寛ぐことが多くなった。
持ち込んだ書物に読み耽り、合間に頼んだ料理を食べる。
看板娘のアンナと話す機会も増えた。
最初は面倒そうにしていたが、彼女のしつこさに負けたのだ。
アンナは空いた時間にマックスの席を訪れ、楽しそうに彼の話を
聞くのである。
時には他の常連客も聞き耳を立てることもあった。
アンナの予想通りというべきか、マックスの語る内容は波瀾万丈
の一言だった。
砂漠にてバジリスクと演じた死闘。
天を貫く巨塔での蹂躙劇。
辺境の小村を救うために奮闘した七日間。
古代の遺跡で見つけた財宝とそれを守る兵器たちとの殺し合い。
それらがすべて真実であるならば、彼は並大抵の冒険者ではない
だろう。
常連客もにわかには信じられないといった様子だった。
単に吟遊詩人の歌として楽しんでいる節が強い。
しかし、アンナだけは真摯な姿勢で話を聞いていた。
遠くを見据えて語るマックスが嘘をついているとは思えなかった
のだ。
短い付き合いながらも、彼が虚栄を自慢する性格でないのも知っ
ている。
淡々と話す内容は、アンナが粘りに粘った末に仕方なく教えてく
12
れたものなのだから。
当のマックスも、酒場の居心地の良さを気に入っていた。
中立都市リスエアに立ち寄って既に一ヶ月が経過していたが、未
だに街を去る目途は立っていない。
各地を放浪する彼が同じ場所にこれだけ留まるのは滅多にないこ
とだ。
ひとえに酒場の存在が大きいだろう。
マックス自身、もう少し滞在したいと思えるほどだった。
だが、別れのきっかけというものは唐突にやってくる。
些細な出来事が連鎖的に作用し、思いがけない不運を招くものだ。
ある日、酒場に数人の男がやってきた。
毛皮の服を着た彼らは、周囲を威圧するように睨みながら中央付
近のテーブルを占領した。
如何にも柄の悪そうな男たちである。
周りの客は嫌そうな顔をしながらも、表立って非難することはし
なかった。
微妙に雰囲気の悪くなった酒場で、男たちは好き勝手に振る舞う。
﹁おぉ、キレーな嬢ちゃんがいるじゃねぇか。こっち来いよ﹂
男の一人がアンナを見つけ、下衆な笑みで呼び止めた。
アンナは蔑んだ目で彼らを一瞥し、無視する。
嫌悪を隠さない露骨な態度であった。
腹の立った男は立ち上がり、アンナの手を掴む。
﹁調子の乗ってんじゃねぇぞテメェ! 俺たちが誰だと思ってやが
る!﹂
13
男の平手がアンナの頬を打った。
乾いた音が鳴り、アンナは床に倒れる。
これには周囲の客も席を立って男たちを睨みつけた。
しかし、男の一人は余裕綽々と言った様子で言い放つ。
﹁そうかそうか、お前たちはシレヴァード・ファミリーに盾突くつ
もりなんだな?﹂
そのセリフには相当な力があったらしく、客は苦々しい表情で黙
り込んだ。
中にはこそこそと酒場から出ようとする者までいる。
気を良くした男たちはゲラゲラと笑い、アンナを引き摺って席に
戻った。
空いた席に彼女を座らせ、しきりに身体を触ろうとしている。
アンナは唇を噛んで泣きそうになっていたが、周りに助けを乞う
ことはしなかった。
それによって誰かが傷付くのを恐れているかのように。
陰鬱な欲望に支配された空間。
明け透けな悪を前に、人々は目を逸らして暴力から逃れようとし
ている。
だが、彼らを責めるのは酷というものだ。
誰だって奮い立つことができるわけではない。
勇気や力が無ければ、なけなしの決心すらも水泡を帰すのだ。
場の人間のほとんどが絶望を感じたその時、一人の男が声を上げ
た。
﹁静かに食事することもできないのか﹂
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店内の視線が隅のテーブルに集中する。
発言者はその傍らに立つ男だった。
着古したダスターコートに鍔広の帽子。
やや長めの髪は後ろで結んで垂らしてある。
昏い目は横暴を尽くす男たちを冷ややかに眺めていた。
その手には二丁の魔銃が握られている。
マックスだ。
現状に見かけた彼は助け舟を出すつもりらしい。
周りの客は止めようとしたものの、あえて言うような真似はしな
い。
迂闊な発言で注目されるのを恐れているようである。
マックスは落ち着いた様子で男たちの席へ歩み寄ると、感情を抑
えた声音で警告した。
﹁一度しか言わない。早くここから出ていけ﹂
言葉には確かな殺意が込められていた。
今は下を向いている銃口だが、場合によっては即座に男たちを捉
えるだろう。
マックスは殺しすらも躊躇しない性質であった。
それを察した男たちはたじろぐ。
マックスの纏う尋常でない雰囲気に当てられたのもあるかもしれ
ない。
数の暴力を以てしても崩せない何かを感じたのだ。
本能的なものが目の前の人物が危険だと囁いていた。
数秒の逡巡の末、男たちは酒場の出口へと向かう。
﹁ぐっ⋮⋮行くぞ、おめぇら﹂
15
﹁覚えてやがれ! ボスに報告するからな!﹂
捨て台詞を吐きながら、彼らは退散した。
それを無感動に見届けたマックスは、震えるアンナを立たせる。
彼女の顔を見つめたまま、静かな口調で問い掛けた。
﹁大丈夫か﹂
﹁えぇ、平気よ⋮⋮助けてくれてありがとう﹂
アンナは微笑んで答える。
強がっているのは明白だった。
やはり露骨な悪意に晒されるのには慣れていないようだ。
酒場に何とも微妙な空気が漂う中、マックスはその場を立ち去る。
さすがに今日はこのまま居座る気にはなれなかったらしい。
波乱の予感を感じた彼は、武器屋に向かった。
そこで買い物を済ませて適当な宿屋を確保する。
こじんまりとした部屋の中、マックスは独り思考に耽った。
内容は先ほど追い払った男たちについてである。
︵妙な集団だったな⋮⋮犯罪組織のメンバーか?︶
これで終わりなら楽なものだが、きっと何か報復があるはずだと
彼は予測していた。
長年の経験で培った経験は物を言う。
準備を整えておいて損はあるまい。
マックスは特に慌てた様子もなく、武器の手入れを始めた。
そして、脳裏ではどこから調査を進めるべきかを考える。
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すべては誰のためでもない。
言うなれば自己満足と表現してもいいだろう。
彼には﹃目的﹄を酷く欲している。
アンナが誘拐されたのは、翌日のことであった。
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番外編・後編
マックスが酒場に赴くと、店内は重苦しい雰囲気に包まれていた。
看板娘であるアンナの姿も見当たらない。
常連客と店主は店内のカウンター近くで何やら話し合っている。
どうやらアンナが攫われたという噂は本当らしい。
マックスは彼らに声をかけた。
﹁連中からの報復だそうだな﹂
常連客の一人がマックスを見て、嫌みたらしく返す。
﹁あぁ、お前さんが余計な真似をしたからだよ。おかげであの娘が
被害を被ったってわけさ﹂
﹁責任追及は後でいくらでも受ける。現状を教えてくれ﹂
非難の視線にも構わず、マックスは淡々と説明を要求した。
有無を言わせない様子に気圧され、常連客と酒場の店主は事態の
一部始終を話し始める。
今朝、シレヴァード・ファミリーが酒場を強襲してきた。
相手の数はおよそ三十。
その場にいる冒険者たちでは太刀打ちできなかったという。
彼らはアンナを捕らえると、一枚の文書を残して去っていたそう
だ。
﹁シレヴァード・ファミリーとは何だ﹂
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マックスの質問に対し、中年の店主が嫌悪を隠さず言う。
﹁この中立都市のスラム街を牛耳る犯罪組織さ。犯罪特区と呼ばれ
る地下空間で闇市や違法な事業を展開している。あまりの勢力の大
きさに、治安当局も手出しができない﹂
﹁そうか⋮⋮で、残された文書というのはどこにある﹂
店主が一枚の羊皮紙をマックスに差し出す。
罵倒に塗れたそれを要約すると、以下の内容が書いてあった。
・三日以内にマックスが一人で犯罪特区まで来ること。
・彼の身柄と交換でアンナを解放する。それまでは彼女に絶対に手
を出さない。
﹁連中は俺を八つ裂きにしたいようだな﹂
文書を読み終えたマックスは、やはり調子を崩さずに言った。
恐怖などは少しも感じていないようだ。
そんな彼に戸惑いつつも、常連客の一人は問いただす。
﹁どうするんだ? シレヴァード・ファミリーは約束を違えないこ
とで有名だが、期限が過ぎればどうなるか分かったもんじゃねぇ﹂
﹁アンナを助けに行く。元は俺が余計なことをしたせいで起きたこ
とだ。自分の不始末は自分で処理すべきだろう﹂
19
やり取りもそこそこに、マックスは酒場の出口へと向かう。
彼の背に店主が心配そうに声をかけた。
﹁⋮⋮死ぬぞ。奴らはきっとお前を許さない﹂
﹁文書の内容では、俺がそこに行くことだけが要求されている。早
い話、返り討ちしてやれば済むことだ﹂
﹁正気か? 相手は一大組織だ。それをたった一人で⋮⋮﹂
その場にいた人間が訝しむ間に、マックスはさっさと姿を消して
しまう。
去り際に見えた彼の横顔は獰猛な笑みを浮かべ、瞳はぎらぎらと
した狂気を帯びていた。
まるで何かを期待しているかのような気配。
常に冷静だったマックスからは想像も付かない表情だ。
酒場には数分前とは異なる沈黙が下りていた。
◆
酒場を出たマックスは、道行く人間に犯罪特区の場所を尋ねた。
彼は文書の指示に従うつもりなのだ。
自分の不手際でアンナが誘拐されたのだから、それは当然のこと
だと思っている。
犯罪特区の場所はすぐに判明した。
20
この中立都市でも特に有名で、スラム街の奥にあるそうだ。
マックスはさっそく目的の場所へと移動する。
道すがら、彼は思考を巡らせた。
︵これが終われば町を去らなければいけないな⋮⋮︶
居心地がよかったのに残念だと、マックスは苦笑する。
それでも今回の出来事で死ぬつもりは微塵もないらしい。
彼に悲壮感はない。
酒場から出る時に見せたあの表情。
表面上は理性を保っているものの、彼の中では渦巻く衝動が暴れ
狂いそうになっていた。
それはある種の本能と言うべきものである。
マックスという男は、殺戮の予感にこの上なく期待していた。
件の犯罪特区には一時間ほどで到着した。
マックスは少し離れた位置から様子を窺う。
昼間でも薄暗いそこには、地下へと続く大きな入口があった。
観察する間にも多くの人間が往来しており、その活気は表通りに
も劣らない勢いである。
︵確か、最下層にシレヴァード・ファミリーのアジトがあるんだっ
たな⋮⋮︶
マックスは噂で聞いた情報を振り返った。
文書の指示ではこれより先について触れられていなかったが、彼
にとってはどうでもいいことだ。
もう、やることは決まっていた。
二丁の魔銃を携えたマックスは犯罪特区の入口へ歩を進める。
21
そのまま通り抜けようとしたところで、二人の男が彼の進路を遮
った。
﹁おう、お前がマックスだな﹂
﹁こっちへ来い。ボスのところまで案内してや︱︱﹂
﹁断る﹂
二人の男が背中を見せた瞬間、マックスが魔銃を発砲した。
撃ち出された弾丸が頭蓋を粉砕する。
飛び散った骨片と脳漿が地面を濡らした。
その場にいた人間は呆然としている。
﹁案内は、いらない。俺だけで出向くからな﹂
マックスはそれだけ言うと、静かに犯罪特区の中へ入っていった。
溢れんばかりの人垣が割れて彼の通り道を作る。
中には止めようとする者もいたが、神業的な速度で放たれた銃弾
の餌食となった。
くるくると魔銃を弄びつつ、マックスはひたすら奥へ進む。
犯罪特区の浅層は闇市が中心だった。
多種多様な露天が並ぶ最中を、マックスは駆け足気味に抜けてい
く。
何度も妨害を試みる人間が現れたが、やはり犠牲者の数が増える
のみであった。
人混みを進むマックスは、敵対者となり得る者だけを正確に撃ち
殺している。
22
そうして地下へ潜ること暫し。
前方に厳重な警備の施されたゲートが見えた。
たくさんの人間がそこを守っている。
どうやらこれより先は関係者以外立ち入り禁止のエリアらしい。
シレヴァード・ファミリーの私有地かもしれない、とマックスは
検討をつける。
ゲート付近から叫び声が聞こえてきた。
﹁止まれ!﹂
﹁あいつを殺せッ﹂
﹁魔法爆撃、開始しろ!﹂
刹那、色とりどりの飛来物がマックスを襲う。
複数人の魔術師の放った魔法だった。
人間一人を倒すには過剰な密度の攻撃。
しかし、彼らの努力はいたずらに地面を削るだけであった。
魔法で舞い上がった土煙から影が飛び出す。
僅かに焦げたダスターコートを翻しながら、マックスは魔銃を構
えていた。
﹁甘い﹂
凄まじい速度で魔銃が火を噴く。
行く手を遮る者達は次々と倒れていった。
誰一人として彼の銃撃に反応できない。
あっという間にその場の障害を退けたマックスは、ゲートに飛び
蹴りをお見舞いした。
鎖と錠前が砕け、門そのものが吹き飛ぶ。
23
けたたましいサイレンを耳にしつつ、マックスはさらに進んだ。
︵この先に気配が固まっている⋮⋮もうすぐか︶
マックスの優れた察知能力が決着が近いことを知覚する。
その間も両手の魔銃はせわしなく獲物を仕留めていた。
銃弾は例外なく心臓か脳を破壊しており、生き延びた者は一人と
していない。
それとは対照的に、マックスは未だに無傷だ。
迫り来る遠距離攻撃の尽くを躱し、接近を試みる人間を撃ち倒し
ている。
帽子の鍔から見え隠れする双眸は凶暴な輝きを宿していた。
百数十の人間を撃ち殺したマックスは、ついに最下層にまで至っ
た。
息一つ乱していない彼は、涼しい微笑を張り付けている。
アンナを助けるという目的の元、一方的な蹂躙を楽しんでいたの
だ。
見る者が見れば、そこに圧倒的な狂気を感じたことだろう。
殺人鬼としての本性が剥き出しとなりつつあった。
それでもボーダーラインは弁えているようで、マックスは落ち着
いた歩みで暗い通路を行く。
この先にある扉の向こうからアンナの気配を感じるのだ。
油断なく魔銃を構えながら、マックスは扉に突進して室内に侵入
した。
24
直径数十メートルほどの円形の巨大な部屋。
相手をおちょくるような低い声が彼を歓迎する。
﹁おうおう、えらく暴れてきたようじゃないか﹂
マックスは発言者に目を向けた。
そこには数百の部下に囲まれた初老の男がいた。
オールバックの赤髪に仕立てのいい黒い服。
皺のある顔には邪悪な愉悦を浮かべている。
彼こそがシレヴァード・ファミリーのボス、ダリル・シレヴァー
ドだった。
シレヴァードの隣にはアンナが捕まっている。
彼女の瞳には驚きと期待、それに悲しみと怯えが滲んでいた。
ここまで来たマックスに対して嬉しく思うと同時に、この状況に
絶望しているのだろう。
自身を包囲する犯罪者たちを横目に、マックスは気軽な調子で言
う。
﹁約束通り会いに来た。彼女を解放してもらおうか﹂
﹁そうはいかないな。まず武器を捨てろ﹂
シレヴァードは即座に返答する。
当然の話だ。調子に乗って部下を追い払った者に報復するつもり
が、自らの縄張りで大殺戮を起こされたのだから。
余裕そうに構えていたが、シレヴァードの心は極度の怒りに支配
されていた。
愚かな偽善者を叩きのめすためには、まず武器を放棄させなくて
はならない。
25
人質であるアンナの存在を露骨に見せつつ、彼はもう一度促す。
﹁どうした、早くしろ。武器を捨てなければこの娘がどうなるか⋮
⋮﹂
﹁ほら、捨てたぞ。これでいいか﹂
マックスは平然と二丁の魔銃を放り投げた。
回転するそれらは遠く離れた位置に落下する。
これにはシレヴァードを始めとした犯罪者たちは驚き、そして笑
った。
きっとマックスのことを大馬鹿者だろ心の中で罵っているのだろ
う。
事実、この状況において最大の愚策と言えるかもしれない。
頼りの武器を失ったマックスは為す術もなく嬲り殺される。
彼らの脳裏には残虐な未来が思い浮かんでいたはずだ。
しかし、現実はあまりにも不条理であった。
嘲笑に渦に晒されるマックスは肩を竦めると、数十メール先にい
るシレヴァードに向けて手をかざした。
その手をゆっくり閉じながら、彼は冷たく言い放つ。
﹁俺が魔銃を使っていたのは⋮⋮慈悲だ﹂
次の瞬間、シレヴァードを含む数十人の犯罪者の頭が破裂した。
甲高い音が鳴り響いて血肉が弾け飛ぶ。
まるで見えない巨人の手が上から押し潰したかのような状態だっ
た。
頭部を失った死体がぐらつき、一斉にばたばたと倒れ伏す。
血肉の中央に立つアンナだけが無事だった。
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唐突な現象は彼女の周囲で起きていた。
﹁攻撃するなとは言われていないからな。約束は違えていない﹂
腕を下ろしたマックスは淡々と言う。
この場にいる者は理解できはいなかったが、今のは彼による重力
操作の結果だった。
多大な重力負荷に耐え切れず、頭部が破損してしまったのである。
何が起こったのか分からない犯罪者たちは戦慄した。
自分たちのボスがいきなり死んだのだから当たり前の反応ではあ
る。
それでも硬直しているばかりではいけないと判断したらしい。
数人が人質のアンナに近付こうとしたが、瞬時に頭部が吹き飛ん
で死体の仲間入りとなった。
犯罪者たちはざわめき動揺する。
マックスは世間話のように口を開いた。
﹁ああ、彼女に近付く者はお前らのボスの二の舞にする⋮⋮さて、
そろそろメインディッシュをもらってもいいかな﹂
凍り付く面々に構わず、マックスは懐から鉄仮面を取り出した。
最低限の凹凸しかないのっぺりとしたものだ。
彼はそれを自身の顔に装着すると、今度はダスターコートの背部
を探り始める。
ほどなくして目当てのものを見つけたらしく、両腕を高く掲げた。
抜き身のサーベルに全金属製のモーニングスター。
鉄仮面の奥に覗く瞳には、昏い破壊衝動が渦巻いていた。
くぐもった声でマックスは宣言する。
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﹁皆殺しにしてやろう﹂
弾かれたように駆け出したマックスは、居並ぶ犯罪者の中に飛び
込んだ。
間も置かずに上がる断末魔。
力任せに振り抜かれたモーニングスターは、軌道上にいた者をミ
ンチに仕立て上げた。
千切れた手足が宙を舞い、返り血がマックスのコートと帽子に染
み込む。
マックスは素早くサーベルを回転させた。
巻き込まれた犯罪者の首が刎ね飛ばされる。
血霧が噴き上がった。
反撃が来る前にマックスは走り去り、別の場所に躍りかかる。
﹁遅い遅い遅い⋮⋮殺る気があるのか﹂
縦横無尽に暴れまくるマックスを前に、犯罪者たちは何の抵抗も
できずにいた。
そもそもの身体能力が違いすぎる上、相手は一人だ。
数百の人間に紛れた一人を殺すのは非常に難しい。
乱戦によって焦り、同士討ちが多発していた。
それらを嘲笑うかの如く、マックスは両手の凶器を振るう。
殺人鬼は欲望の赴くがままに殺し続けた。
相手が悲痛な声を漏らそうが、血肉がその身に振りかかろうが、
凶器が破損しようが関係ない。
犠牲者は彼の心を刺激するだけで、凶器も周りの獲物から奪い取
るだけの話であった。
室内から出ようとした者は、重力負荷で頭部を破壊されていた。
皆殺しという発言をしっかりと実行するつもりのようだ。
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時折、犯罪者の攻撃が当たっていたが、マックスは少しも反応せ
ずに動く。
剣が手足を斬り付ければ、お返しに相手の首を切り裂いた。
槍が胴体を貫けば、それを掴んで引き抜いて振り回す。
弓矢が突き立っても、平然と投げ返して射手を殺した。
魔銃という強力な武器が無くとも、マックスという男は十分に怪
物だった。
生き残りの犯罪者たちは今更ながらに気付く。
自分たちが途方もない化け物に関わってしまったことを。
尤も、もはや後悔しても仕方のない領域に達している。
死の運命からは逃れられないのであった。
◆
犯罪特区最下層。
散乱する肉塊の中に二人の人間が立っていた。
一人はマックス。
彼は拾い上げた魔銃を腰に収め、ぼろぼろの凶器を放り捨てた。
仮面を外した顔はどこか晴れ晴れとしている。
もう一人はアンナ。
彼女にはなぜか返り血が付いていなかった。
震える両手を組んだまま、呆然と足元を見つめている。
それが如何なる感情によるものか、彼女自身が理解できているの
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だろうか。
ようやく気分の落ち着いたマックスは、彼女を抱えて地上に向か
い始めた。
道中、二人の間に会話はない。
彼らの進行を邪魔する者は皆無だった。
或いは無駄な行為だと悟っているのかもしれない。
命知らずは行き道の時点で死んでいる。
犯罪特区から遠く離れた路地にて、マックスはアンナを下ろした。
二人は並んで歩く。
ここからなら数分後には酒場に到着できるだろう。
マックスは返り血を拭いながら告げた。
﹁シレヴァード・ファミリーは壊滅した。これで報復は考えなくて
いい﹂
﹁どうして、そこまで⋮⋮?﹂
アンナが言えたのはそれだけだった。
冒険者に尊敬を抱く彼女ではあったが、目の前の男の異質さを間
近で見てしまった。
もう、以前と同じように接するのは不可能かもしれない。
そんなアンナの変化にも動ぜず、マックスはマイペースに述べる。
﹁これが最善の策だったからだ。禍根の芽は根絶やしにした方がい
い。それに⋮⋮俺は殺人鬼だ。マークスマンという名は知っている
か﹂
﹁えぇ、﹃魔銃の災厄﹄マークスマン。大昔の虐殺者でしょ⋮⋮っ
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て、まさか!﹂
﹁そのまさかだ﹂
鍔広の帽子を脱いだマックス︱︱否、マークスマンは寂しげに微
笑んだ。
濃紺と暗紅色の入り混じった髪が揺れる。
瞳は深い月色だった。
外見は若いはずなのに、どこか老獪な印象すら受ける。
マークスマンは帽子を被り直しながら呟いた。
﹁ここを真っ直ぐ行けば酒場に帰れる。達者でな﹂
﹁待って!﹂
そのまま踵を返した彼をアンナが引き留める。
酷く真剣な顔だった。
マークスマンは首を傾げて問う。
﹁なんだ﹂
﹁あの、助けてくれて⋮⋮ありがとう﹂
﹁これは俺の偽善に君が巻き込まれただけだ﹂
﹁違う。酒場での時のことよ⋮⋮奴らの勝手を止めてくれて、すご
く、嬉しかった﹂
アンナは俯きながら感謝の言葉を漏らす。
それを聞いたマークスマンは薄く笑い、再び歩を進め出した。
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彼は少し振り向き、目元を濡らす彼女に言う。
﹁今回の出来事は、悪がそれ以上の悪に負けただけだ。礼は必要な
いさ﹂
マークスマンは最後に皮肉っぽい笑みを見せながら前を向いた。
ゆらりと歩く彼の姿は路地の闇に紛れ、やがて跡形もなく消え去
る。
取り残されたアンナは幻でも見たかのような気分だった。
しかし、この数日間は全て現実だ。
儚くも鮮烈な記憶を胸に収め、彼女はさめざめと泣いた。
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番外編・後編︵後書き︶
これにて番外編はひとまず終了です。
だだ、いつか別視点でのエピソードも書くかもしれません。
今後は新作や短編の執筆がメインの活動になります。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
今後ともよろしくお願いします。
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PDF小説ネット発足にあたって
http://ncode.syosetu.com/n1019br/
本一冊で事足りる異世界流浪物語
2016年11月4日15時42分発行
ット発の縦書き小説を思う存分、堪能してください。
たんのう
公開できるようにしたのがこのPDF小説ネットです。インターネ
うとしています。そんな中、誰もが簡単にPDF形式の小説を作成、
など一部を除きインターネット関連=横書きという考えが定着しよ
行し、最近では横書きの書籍も誕生しており、既存書籍の電子出版
小説家になろうの子サイトとして誕生しました。ケータイ小説が流
ビ対応の縦書き小説をインターネット上で配布するという目的の基、
PDF小説ネット︵現、タテ書き小説ネット︶は2007年、ル
この小説の詳細については以下のURLをご覧ください。
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