Untitled

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45.526807, 13.567843
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あふ
島は 音 で 溢 れ か え っ て い る 。
潮騒からカモメの世間話が流れこみ、出入りの船は警笛に港の活気を乗せて、窓へと運ぶ。
廊下側に耳を傾ければ、はしゃぎまわる駆逐艦の軽快な足音、声ごとに訛りの違う英語、若い
笑い声。それぞれが好きずきに音を放っている。
音に囲まれた執務室で、アラスカは自身の座る椅子を回す。雑多な日常音は嫌いではないが、
どうも気になって集中できない。気分転換に音楽でも聞こうかと、回りながら宙を指した。
視界には楽曲ストレージ・モニタが表示される。空気をなぞると、曲名一覧が動きに合わせ
てスクロール。空気を叩くと、モニタは小さく折り畳まれ、一拍置いてヴァイオリンの音が本
棚脇の ス ピ ー カ ー か ら 流 れ 出 し た 。
「クラ シ ッ ク か … … 」
いつ入れたか記憶がない。気分としては、合成音声のロックが聞きたかったのだが。鼻歌で
旋律を追いながら、曲名を見ようともう一度モニタを展開する。
楽曲に、扉の開く音が割り込んだ。次いで、重い物体同士がぶつかる音。
半透明の画面の向こうを見ようと身を乗り出す。両開き扉に銀のカートが挟まり、抜けよう
として小刻みに痙攣していた。廊下側の様子を察したアラスカは一旦音楽を止め、モニタも閉
じて部 屋 の 入 り 口 へ と 向 か っ た 。
「開け る か ら 待 ち な 」
シ
0
0
呆れ気味に扉を引いてやると、カートはがちゃがちゃ食器を揺らしながら勢いよくアラスカ
の前を通り過ぎた。遅れて後方からはカートを押していた少女が、つんのめりそうになりながら
ついてくる。
「茶ぐらい自分で入れるっつーか、フツーに呼べよ」
ア タ
「呼ん だ ら 手 伝 い に く る じ ゃ ん 」
たしな
「そらあ、秘書艦はそれが仕事だし。ていうか、普通こういうのやるの、逆だろ、司令」
窘められ、少女は舌を出した。身長はアラスカの肩ほどまでしかなく、腰まで届く癖の強い
黒髪と、品の良さそうなワンピースとブラウスが余計に幼い印象を与えてくる。
アラスカは代わりに台車を机まで押してやろうと、ハンドルに手をかけた。だが少女は握った
手を離そうとせず、なんとしてでも自分で押していこうとする。
「無理 し な く て い い ん だ け ど な 」
「いいの、わたしがやるから。アラスカは座ってて」
アラスカはわざとらしく肩をすくめた。言いつけ通り執務机に組んだ手をつきながら待って
いると、皿とティーカップが一組並べられる。湯気で曇った耐熱ガラスのティーポットの中で、
ルイボスの葉が渦を巻く。両手に分厚いミトンをはめて、少女はポットから茶を注いだ。
「でき る か ? 」
「流石 に で き る よ 」
「風呂 に 一 人 で 入 れ な い の に ? 」
「うる さ い な ー 、 見 て て 」
強がるが、ポットの重さに手が震えている。アラスカが助け舟を出そうとすると、嫌がって
ポットを自分の方に引っ込めた。反動で、後ろによろめく。慌ててアラスカは立ち上がった。
対面に向かって前のめりに腕を伸ばす。薄い肩を掴む前に容器を抱きしめ、少女は体勢を立て
直した 。
「セー フ 」
こわごわポットを机に置く。床に数滴零れたものの、最悪の事態は免れた。彼女が持ち手を
取り直す前に、アラスカは素早くポットを持ち上げる。
「あっ ! 」
慌てて少女は手を伸ばすが、届く位置ではない。
「セーフ、じゃねえ。危ないだろ。ほら、アタシが自分でやるから。あんたは座ってなって」
「えー 」
「えーじゃない。怪我したらどうするんだ。ていうか茶だのなんだのはレナウンに……」
そこまで口に出して、アラスカはふと気づく。レナウン
自分の主人に心酔し、どこまでもついていく忠犬が、今日に限っては見当たらない。そうい
えば茶も、食堂にあるインスタントのラインナップだ。イギリスメイドのオリジナルブレンド
「別に。心配だけど、あんたの決めたことにアタシがどうこういう義理はないから」
ではな い 。
アラスカは手を離し、カップを渡した。湯気が収まって少し冷めかけている。怒られた子供
「怒っ て る ? 」
気まずそうに少女は頷く。溜息が出ると同時に、不在の理由に納得がいった。指輪を渡された
フリーズ
瞬間すまし顔のまま硬直して、横倒しになった姿が目に浮かぶ。
「…… 渡 し た ん だ な ? 」
艦の名前の隣に、イギリス戦闘巡洋艦の名前が浮かび上がった。
アラスカは一旦カップを置いて、少女の指をまじまじと眺めた。
ド ラ イ バ
薬指に細い銀の指輪がはめられている。表面に埋め込まれた小さな魔法石は、最後に見たと
きより数が一つ多い。指の腹で石をなぞり、情報を読み取ると、自分の名前、見知った米駆逐
「まさ か 」
頭を振る少女に、アラスカは眉頭を上げる。二人分の茶を注いでから、片方のカップを少女
に渡そうとすると、先に彼女から左手が差し出された。
かぶり
「なん だ そ り ゃ … … 」
「ううん。レナウン、寝てる。ていうか、気絶してる。多分起きてこない」
「なあ、司令。そういやあいつ、遠征中か?」
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うつむ
のように少女は俯き、赤茶の水鏡に映る自分に目を落とした。
「ほら 、 ソ フ ァ 座 り な 」
背を押して促すと、少女は一瞬振り返ってアラスカの頬を指で突く。
「あっ 、 こ ら ! 」
声を張り追いかける素振りを見せると、少女は黄色い声を上げて走りだす。カップとポットを
ワゴンに積みなおし、アラスカは改めてソファの方を向かう。同時にどたんと鈍く床が震え、
茶葉が 逆 回 転 を 始 め た 。
*****
少女に怪我はなかったが、転んだ拍子に茶をぶちまけた。幸いカップは割れていない。既に
床も拭き終わり、服も着替えさせられた後だ。
『巨大な鯨の死体』と明朝体がでかでかと胸元に
プリントされた、形容し難いセンスのTシャツ。サイズが大きすぎて、尻まで隠れている。
ひ と
「やっ て し ま っ た … … 」
「他者をからかうからだよ」
「むう 」
二人はソファに腰掛け、注ぎなおした茶に口をつけた。やや温くなってはいるが、上手い具合
に保温されていて、独特の甘みと渋みが調和している。つまみの菓子でもあれば良かったが、
生憎ソファ前のテーブルにはポットしかない。
い
「美味 い じ ゃ ん 」
「誰が 淹 れ て も 同 じ だ よ 」
「まあ そ う い う な よ 」
飲み干して、アラスカはカップをテーブルに置いた。相席者の邪魔にならないよう足を折り
曲げ、位置を調節して横になる。寝転んだ位置から見える少女の顔は、通った鼻筋が普段より
大人び て 見 え る 。
「で、レナウンに指輪を渡して。まだ他にも誰かに渡すのか?」
「ダメ な の ? 」
「ダメってわけじゃねえよ。一応、聞いておきたくてさ」
少女は返事の代わりに、アラスカの膝を乗り越え腹の上に乗ってきた。胸を合わせる体勢に
なると、おもむろに指輪を外し、アラスカの前に突き出す。
「これが石でいっぱいになるぐらいには、考えてる」
「大丈夫なのか? 確かにあんたの決めることだけどさ」
かざ
アラスカも自身の左手から指輪を外し、目の前に翳した。輪と輪が二重に重なり、内側では
魔術回 路 が 青 い 光 を 走 ら せ て い る 。
「わたしだってちゃんと将来設計もってるし。あてずっぽうじゃないし」
「ふー ん 、 聞 か せ て よ 」
「あっぜったい疑ってる……嫉妬?」
「さあ ね 」
くちもと
「誰と誓約しても一番はアラスカだけだよ」
「言う じ ゃ ん 」
こぼ
にひひ、と笑う口許を摘まんで、軽く引っ張る。お返しと言わんばかりに、少女もアラスカ
の頬をつねった。さらにお返しで、今度は髪の毛をわしわし撫で回してやった。おかしそうに
見るのが、アラスカにとって至福の一時なのだ。
少女は笑い転げる。アラスカも、つられて笑みを零す。何より、こうして彼女が楽しげな姿を
自分は幸せ者だ。量産型アラスカ級大型巡洋艦の中でも、それどころかこの世のどの艦船よ
りも主人に恵まれている。彼女(アラスカ)はそう自覚している。人間だが気が合うし、隣に
いて邪魔に感じるときがない。何より、自分を一番頼りにしてくれる。過去に活躍した武勲艦
モデルの艦船より讃えてくれるし、どんな勲章より大きく光る栄誉をアラスカにくれるのだ。
なので、誓約のリスクについてはともかく、他の艦船の左薬指に思うところはなかった。
指輪が艤装連携強化用デバイス以上の、恋愛や情念の証として作用することは決してないと
信頼し て い る か ら だ 。
「今、そんな話してない。話、そらさないで」
仮に人間同士がするように、司令と情熱的に求め合った誰かがいたとして、秘書艦の立場が
揺らぐわけがない。その程度で砕ける絆ではない。
腹ばいの身体を起こして、額に置かれた手を頬に当てる。濡れた黒瞳がアラスカをじっと見
「薬、 ち ゃ ん と 飲 ん だ か ? 」
少女が顔をうずめて、アラスカの胸元が暖かくなる。いつもより、少し熱っぽい。昼の検温
結果に異常はなかったはずだ、と思い返しながら額に手を当てる。熱い。
「うう ん 、 死 に た く な い … … 」
「あん た 、 死 に た い の か 」
見せた表情は真剣そのものだった。冗談めいた夢物語を予想していたアラスカも、緋色の目
しんし
で主人をしっかり捉えた。こういった話を真摯に聞いてやるのが、秘書艦の役目だ。
「その前に聞くけど、もしもの話……アラスカは、わたしが死ぬっていったら、どうする」
指輪をはめなおし、少女はアラスカに向き直る。
「好き な だ け ど う ぞ 」
「あのね。指輪のことで、考えてることだけど、話してもいい?」
自分達は上司と部下という形骸的な立場ではなく、個人同士で信頼しあっている。絶対的な
自信が、アラスカから彼女に対する親愛を高めていた。
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