豊栄病院の現況と私

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豊栄病院の現況と私
柄
澤
良
最近趣味の川下りが復活しました。30歳代後半
います。一応副院長だし、まだ定年まで約10年も
からカヤックに嵌っていましたが、赴任後ゴルフ
あるので、他人事のようにしてはいられません。
をやるようになって、ずっと川から離れていまし
当院は、
「厚生連病院の優等生」と言われ、毎年
た。腰を痛めてゴルフを休んでいたら、向いてい
頑張っています。ただし、小児科に次いで今年4
ないこともあり、練習に行かなくなりました。当
月からは産婦人科も常勤医がいなくなり、診療機
院のコンペは休めませんが、他は勘弁してもらっ
能は縮小し、病床稼働率も年々低下しています。
ています。その代りに、川に戻るようになりまし
年間病床稼働率は、移転新築した平成9年後急増
た。なんかサケみたいです。川は良いよ。千曲川、
し、平成12年度は98.9%を記録しました。しかし
犀川、万井川、高瀬川、穂高川(長野)
、利根川
その後年々低下し、平成20年には90%を、平成27
の紅葉峡や月夜野セクション
(群馬)
、
荒川長瀞
(埼
年度には80%を切ってしまいました。厚生連の中
玉)などのダウンリバーツアーに行き始めました。
小病院の病床稼働率も当院と同様に年々低下して
お金はかかるけど、
ガイドがいると本当に楽です。
います。手術症例はハイボリュームセンターに集
毎週川なんて無理なので、せいぜい数か月に1回
まる傾向があり、中小病院の外科系は厳しいとこ
のガイド代なんて惜しくありません。ホワイト
ろがあります。老年人口は年々増加するので病床
ウォーターの川下りをしていると、避けては通れ
稼働率が上がってもよいはずなのに、なぜ空床が
ない荒波があります。ポーテージと言って船を担
多くなったのでしょうか。病院以外の老人の受け
いで迂回することもありますが、ゴルジェなどで
皿が大きくなったことも関係しているようです。
できないところもあります。ちょっとくらい困難
法律の改正で、有料老人ホームが平成18年より急
なところを下らないと面白くないので、覚悟を決
増しているそうです。急激に老年人口の増加が起
めて飛び込んでいくことも必要です。大抵は流れ
こる首都圏では老人施設を作っても作っても足り
の真ん中を加速して漕ぎ切ります。流れの本流の
ない状態でしょうが、首都圏以外では老人施設の
ほうが、波は大きいのですが、複雑さはなく船を
増加が中小病院の空床を引き起こしているのでは
すくわれることが少ないからです。チキンルート
ないでしょうか。新潟市北区の老人施設の累積定
には複雑な流れの罠が隠れています。本流の落ち
員数は、平成10年は371名でしたが、平成27年末
込みが大きい場合は、勢いをつけて突入しないと
には897名になり、2.4倍です。さらに、看護必要
ホールにつかまり笹船状態になり、ひっくり返さ
度などがチェックされ、入院時から退院支援が始
れて揉みくちゃになります。落ち込みに突入する
まり、入院日数が短縮されていることも空床の原
私に向かって投げかけられた
「漕げ、
漕げ、
漕げ」
っ
因となっていると思われます。医療が必要でない
ていうガイドの声が、狭い渓谷の中で響きます。
方は退院するのが当たり前なので、空床があるの
あー、川に戻ってきて良かった。沈して泳ぐのは
はやはり不要な病床なのでしょうか。県は、今年
問題ありません。瀬音が聞こえてくると、笑いが
の5月に、
2025年に県内の病院で必要な病床数は、
こみあげてきます。川の荒波は大歓迎です。
2014年より3,563床少ない、1万8,757床になると
しかし、荒波は川だけではありません。病院に
の推計を発表しました。人口減少と現状の病院に
は、地域医療構想や病床削減の荒波が待ち構えて
空きがあることが減少の要因だそうです。やはり
新潟県医師会報 H28.10 № 799
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現在空床が増加しているのは、当院だけではない
た。現在3名の先生が診ている9名の患者さんと
ようです。
契約しています。空床があるせいでできるシステ
下越地区の厚生連病院間ネットワーク会議で
ムですが、緊急時にスムーズな入院ができていて
は、病院の現状を語る多くのプレゼンに「生き残
好評です。
りをかけた」というキーワードが入っていました。
さて、荒波は病院だけではありません。同年代
では、当院のような中小病院はどうやって生き
に共通した荒波もあります。最近同年代の人たち
残っていけばよいのでしょうか。
当院の近くには、
が怒りっぽくなっているようです。はい、私もそ
リハビリや手の外科に特化した病院があります。
うです。私の場合、同時に涙もろくなりました。
高度専門医療に特化することが一つの道だと思い
3月の送別会で話を頼まれると、花粉症のせいに
ますが、現在の当院のスタッフでは無理です。北
していますが、また泣いちゃうなと思ってしまい
区の唯一の救急指定病院で、透析患者が100人通
ます。同年代とは、四捨五入すると60歳の人達で
院していて、人間ドック・健診施設を併設してい
す。いい年こいて、
「○○ちゃん」で呼び合って
るなどのことは既にやっています。川下りと同じ
いる連中です。怒りっぽいのは大抵勤務医の先生
で、当院も地域包括ケアの流れの中心に乗ること
で、開業した友達で怒っている話はあんまり聞き
で、病床削減の荒波に向かう他ないと思います。
ません。体力や気力の衰えもあり、やっぱり組織
新潟市は急性期病床が多いので、大学病院や市民
の中で、もがいているのがつらくなってきている
病院以外の急性期病床はきっと削減されると思い
のだろうと思います。だんだんと理解者が周りに
ます。慢性期病床は増えるかもしれませんが、地
いなくなってくることも、心の余裕をなくす理由
域包括ケアに根差した病床でないと削減対象にな
かもしれません。同期から「飲みに行こう」なん
るのでしょう。在宅医療介護を推し進めていくた
て電話が来ると私は犬よりも忠実になりますし、
めに、新潟市は各区に在宅医療介護推進ステー
「麻雀しようぜ」なんて言われるとカモがねぎを
ションを置いています。今年5月より当院に「地
しょって鍋まで持っていくような状態で馳せ参じ
域医療・介護連携ステーション北」が委嘱される
ます。昔、みんなで瀬波に行って、土曜は朝から
ことになりました。この業務を進めるために、
「患
ゴルフして、終わると温泉に入ってから、浜茶屋
者総合支援センター」が当院に設置され、私はセ
で夕方の海風に吹かれながら麻雀をして、夕飯
ンター長を命ぜられました。地域包括ケアの拠点
食って、また麻雀をして、深夜過ぎに寝て、午前
となり、病院の立場で、在宅医療介護を進めてい
4時に起きて、船を出して、キス釣りに行って、
くことが求められていますし、同時にそれが当院
お昼に帰って、あー、あの時は、仕事は忙しかっ
の生き残りにつながると考えています。病院がで
たけど荒波ではなくて、海の音は静かで、海風は
きるのは、「かかりつけ医」の先生方の在宅医療
心地よかったのです。もう一度、浜茶屋でビール
のサポートです。たった一人で24時間365日すべ
飲みながら麻雀がしたい。今年の夏は、麻雀だけ
てに対応できる訳がありません。自宅で看取ろう
でも誘ってみます。心当たりのある人はメールを
と思っていても最後の土壇場で見ていられなくな
ください。8月には第6次のオーダリングシステ
る家族もあります。
そこで、
北区の先生方をサポー
ムの更新が待ち受けています。あー、あれもこれ
トするシステムを作りました。先生方が在宅医療
もやんなきゃ。あー、川に行きたくなりました。
を行っている患者さんで、万が一入院の必要が出
こういう理由で、私は川に戻りました。
た場合、確実に当院に入院させるシステムです。
(厚生連豊栄病院)
「在宅医療バックアップシステム」と名付けまし
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