完全切除可能な臨床病期III期非小細胞肺癌とは

! 2015 The Japan Lung Cancer Society
(肺癌.2015;55:817-820)
講演 6
完全切除可能な臨床病期 III 期非小細胞肺癌
とは
渡辺俊一1
1.はじめに
所進行肺癌」として 1)縦隔リンパ節転移(N2)を有す
るもの(以下 cIIIA-N2 NSCLC)および,2)隣接臓器浸
2013 年 の 本 邦 に お け る 肺 癌 で の 死 亡 者 数 は 男 性
潤を有するもの(以下 T3!
T4 NSCLC)
,それぞれに対す
52,054 人,女性 20,680 人,合計 72,734 人で,全癌種の中
る手術を含む集学的治療の変遷と現状について解説す
で最も多い死因となっている.そのうちいわゆる「局所
る.
進行肺癌」
と呼ばれる臨床病期 IIIA,IIIB 期
(以下 cIIIA,
cIIIB 期)非小細胞肺癌(以下 NSCLC)は肺癌全体の約
2.cIIIA-N2 NSCLC に対する集学的治療
30% を占めており,画像上病変が一定の範囲に限局して
cIIIA-N2 NSCLC に対して局所療法(手術,放射線治
いるにも関わらず実際には顕微鏡的遠隔転移を有するこ
療)単独で治療を行っても予後不良であることは以前よ
とから治療後の再発が多くみられ,一般には予後不良の
り広く知られており,外科治療単独の予後は 5 年生存割
疾患群である.その III 期のうちで「完全切除可能な」と
合で 10% 前後と報告されている.その理由としては,多
いう言葉には,単純に技術的に切除可能というだけでな
くの患者が切除時すでに画像では捉えられない顕微鏡学
く,切除することである程度良好な予後が期待できる,
的遠隔転移を起こしているからと考えられている.した
という意味が含まれる.すなわち画像的に存在する病巣
がって,この群に対する治療は局所治療である外科切除
が全て切除可能と判断され,かつ顕微鏡的にも局所・遠
のみでの治療は推奨されず,全身化学療法と局所治療の
隔臓器への微小転移が存在しないか,あるいは存在して
両方が必要となる.
もわずかで他のモダリティによって制御可能と考えられ
全身化学療法は術前・術後いずれが有効か?
る状態である.これは cIII 期のうち少なくとも cIIIA 期
Cisplatin を含む術後補助化学療法の有無を比較する
に絞られ,そのなかでもさらに一部の肺癌患者のみがこ
第 3 相試験のメタ解析である Lung Adjuvant Cisplatin
れに相当する.
Evaluation(LACE)によれば 33% の患者が予定量の化
現在 cIIIA 期 NSCLC に対する標準治療は化学放射線
1 これはつまり肺
学療法を完遂できなかったとされる.
療法でありプラチナ製剤をベースとした全身化学療法に
癌術後に毒性のある薬剤を投与することの難しさを示し
放射線療法を併用することがガイドラインでも推奨され
ている.
これに対して術前に化学療法を施行する利点は,
ている.
しかし治療後の 5 年生存率はせいぜい 20% 前後
1)
患者の全身状態がより良好のため,予定された薬剤量
と予後不良であり,この群の予後を集学的治療によって
を投与できる可能性が高い.2)
それに伴い顕微鏡学的遠
いかに引き上げるかが肺癌全体の予後を改善するうえで
隔転移病巣を術前に制御できる可能性がある.3)
腫瘍を
の課題の一つであると言える.過去 20 年間,この群に対
縮小させることで切除可能性が高まる.4)
導入療法に対
する集学的治療は,適切な化学療法の選択,放射線量の
する反応をみることで予後予測がある程度可能となる.
設定,そして外科切除との組み合わせに力が注がれてき
等が考えられる.
た.本項では cIIIA 期 NSCLC の中で
「完全切除可能な局
1国立がん研究センター中央病院呼吸器外科.
別刷請求先:渡辺俊一,国立がん研究センター中央病院呼吸器
1993 年 Martini らによって導入化学療法後に肺切除
外科,〒104-0045
go.jp).
Japanese Journal of Lung Cancer―Vol 55, Supplement, Nov 1, 2015―www.haigan.gr.jp
東京都中央区築地 5-1-1(e-mail: syuwatan@ncc.
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Surgery for Locally Advanced NSCLC―Watanabe
を行った bulky N2(当時の定義は胸部単純 X 線写真で
学療法後に放射線治療群と外科治療群にランダム化し,
確認できる縦隔リンパ節腫大)NSCLC 136 例の予後が他
生存期間を比較した.その結果,外科治療群の完全切除
に先がけて報告され,3 年生存率が 41% と当時の his-
割合は 50% と低く,5 年生存割合も 15.7%(放射線治療
torical control である手術治療単独患者のそれ(8%)
より
群 14%)であり,外科治療を追加する意義は示されな
2 そして以後
も有意に予後良好であることが判明した.
6
かった.
cN2 NSCLC に対する導入化学療法の比較的良好な予後
導入化学放射線療法後に外科切除を加えることの有効
報告が散見され,術前導入化学療法が主流となった.そ
性をより大規模な多施設共同第 3 相試験として検証すべ
の後は術前化学療法のレジメンはどうあるべきかが主な
く 北 米 で 行 わ れ た の が INT0139 試 験 で あ る.こ れ は
研究ポイントとなった.
cIIIA-N2 NSCLC 患者 396 人を導入同時併用化学放射線
導入療法に放射線治療を含めることの意義について
療法後に PD でなければ手術を施行する群と化学放射線
集学的治療において放射線治療と手術治療はいずれも
同時併用療法のみ(放射線は 61 Gy まで照射)を行う群
局所制御を目的とするものである.したがって外科切除
に振り分けるランダム化比較試験であるが,5 年生存割
を予定している患者に術前に放射線治療を加える場合,
合は 27% で,化学放射線療法群の 20% に比べ有意差は
合併症が増える可能性が高くなることからそれを上回る
7 サブセット解
認められないものの良い傾向であった.
benefit があるか否かについて検討しなければならない.
析では治療関連死が多く出現した肺全摘よりも肺葉切除
導入療法ではないが,III 期 NSCLC を対象にした放射
群が有意に予後良好であった.また,局所制御の観点か
線治療の役割についてはこれまで多くの研究がなされ,
らも,外科切除追加群での局所再発は 10% で,化学放射
まず化学療法単独と,逐次化学放射線療法とを比較する
線療法群での局所再発 22% と比べて良好な結果であっ
試験により,放射線治療追加の意義が示された.さらに
た.JCOG9805 試験中止後に引き続いて国立癌研究セン
治療成績の向上を目指して本邦および北米で放射線治療
ター中央病院で実施された導入化学放射線療法後に外科
と化学療法を同時に実施する同時併用化学放射線療法と
切除を行う単施設第 II 相試験でも,完全切除例での局所
逐次化学放射線療法を比較する第 III 相試験が実施され
再発は 4% のみであった.これらの知見から外科切除を
たが,その結果はいずれも同時併用の優越性が示され,
追加することにより局所制御は化学放射線療法よりも優
これが III 期 NSCLC
3,4
に対する標準とされた.
そして
この結果が導入療法の治療方法の策定にも外挿されてい
れる可能性がある.
安全性の面からの考察:先述の NT0139 試験におい
る.
て,外科切除群での治療関連死が 8% と多く,特に肺全
局所治療の強化法としての放射線量の増量について
摘を実施された患者集団での治療関連死は 26% と報告
III 期 NSCLC に対する標準治療である化学放射線療
され(肺葉切除例では 1%)
,全体の有効性にも影響した
法後の再発様式としては,局所再発 17∼34%,遠隔再発
7 しかし近年の導入化学放射線
ことが示唆されている.
31∼47% と報告されている. 遠隔再発が多いとはいえ,
療法後の外科切除に関する国内外の報告では,肺全摘症
局所制御は依然重要な課題である.局所治療の強化を目
例を含めた解析でも治療関連死は 0∼2% と,
適切な患者
的として放射線量の増量と外科治療の追加の両者が検討
選択と支持療法の進歩による安全性向上が指摘されてい
されてきた.放射線線量の増量による局所治療強化を目
る.549 例の術前導入療法後の外科切除の治療内容をま
的に,北米で高線量 74 Gy と標準線量 60 Gy を比較した
とめた海外からの最近の報告でも,肺全摘を実施された
第 3 相試験(RTOG0617)が行われた(登録症例の 2!
3
患者集団含め有害事象の管理技術が向上し,治療関連死
が cIIIA-N2 NSCLC)
.
その結果,
生存期間中央値で 74 Gy
の出現頻度が抑制できることが示唆されている.した
群が 20.3 ヶ月と 60 Gy 群の 28.7 ヶ月に比べ逆に有意に
がって,導入化学放射線療法後の外科切除の追加は,選
短い結果となり,線量増加による局所制御の向上が得ら
ばれた施設,患者においては有害事象増加のリスクに見
れなかったばかりか,高線量による有害事象によって予
合う治療成績の向上が期待できるものと考えられる.
後を悪化させる可能性が示唆された.これを受けて,局
所制御の向上を目的とした高線量放射線治療は現在推奨
されていない.
集学的治療に手術を含めることの是非について
本稿の本題である局所治療の強化を目的とした外科治
療追加の意義を予後と安全性の両面から考察する.
3.T3!T4 NSCLC に対する手術を含めた集学的治
療
T3 NSCLC に対する隣接臓器合併切除
2004 年 肺 癌 切 除 例 の 全 国 集 計(肺 癌 登 録 合 同 委 員
会)
によれば,T3 肺癌に対する隣接臓器合併切除は登録
予 後 の 面 か ら の 考 察:欧 州 で 実 施 さ れ た EORTC
11,663 例中 531 例(4.6%)に行われ,合併臓器として最
08941 試験では,cIIIA-N2 NSCLC を対象として,導入化
も多いのは胸壁の 407 例(76.6%)で,以下縦隔胸膜 56
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Surgery for Locally Advanced NSCLC―Watanabe
例,気管支 45 例,横隔膜 31 例と続く.胸壁は腫瘍が深
その結果,一部の選択された患者においては集学的治療
く浸潤している場合でも胸壁を全層で切除することで完
の有用性が明らかになりつつあり,外科切除を加えるこ
全切除が充分可能であり手技自体も比較的容易である点
とにより予後が改善できる可能性がある.手術の安全性
が頻度の多い理由と考えられる.肺癌診療ガイドライン
については照射量・照射方法の選択や手術手技の工夫で
でも,胸壁浸潤癌は肺尖部胸壁浸潤肺癌も含めて N0-1
術後合併症を最小化可能であるが,手術の施行に際して
であれば手術治療推奨グレード B である.
は手術のリスク,術後の QOL 等を充分説明したうえで
T4 NSCLC に対する隣接臓器合併切除
インフォームド・コンセントを得る必要がある.
一方,同じ隣接臓器浸潤でも T4 肺癌に対する手術を
含めた集学的治療に際しては,切除範囲に重要臓器が含
本論文内容に関連する著者の利益相反:なし
まれるため合併切除の適応はより慎重に判断する必要が
ある.T4 に分類される浸潤臓器は縦隔,心,大血管,気
管,反回神経,食道,椎体,気管分岐部である.T4 は切
除症例数自体が少なく大規模な症例数での予後の検討は
これまでほとんどなされていないが,少なくとも N2,3
に関しては予後が悪く適応外である.Grunenwald らは
T4 の中にも切除の適応があるものとそうでないものが
あると述べ,切除の適応のあるものを
“eligible T4”
とし,
その中には心嚢内肺動脈,気管分岐部,左房,上大静脈
(SVC)
浸潤,縦隔浸潤が含まれるとした.これらは合併
切除が容易ではないがその程度によっては切除可能であ
り,かつある程度の予後が見込まれるものである.一方,
切除の適応のない“ineligible T4”の中には心臓(左房を
除く)
,気管,食道浸潤が含まれるとし,これらは予後が
期待できないうえに切除しても再建が困難であり,手術
侵襲が過大で術後の QOL も良好とは言えない等の理由
から一般的に手術適応外とされ,近年は本邦でもほとん
8
ど行われない.
肺尖部胸壁浸潤肺癌(いわゆる Pancoast 型肺癌)に関
しては,腫瘍の鎖骨下動静脈への浸潤は切除・再建が可
能であるため手術対象となることが多い一方で,神経系
への浸潤は切除によって麻痺など機能障害の恐れがあり
適応範囲は狭い.Th1 レベルのみの切除であれば通常し
びれを残すのみであるが,C8 以上のレベルでの切除は上
肢の麻痺が生じるため,適応には特に慎重であるべきで
あり C8 より高位の腕神経叢浸潤は T4 に分類されてい
る.肺尖部胸壁浸潤肺癌の集学的治療に関しては本邦お
よび北米での 2 つの多施設共同試験(JCOG9806 および
SWOG9416!
INT0160)によって,術前導入放射線化学療
9,10
法による完全切除率と予後の向上が実証されており,
切除後の機能障害(とくに腕神経叢)を最小限に抑えか
つ完全切除を目指すためには導入療法による腫瘍の縮小
化を図ることが望ましい.
4.おわりに
cIII 期 NSCLC の不良な予後を肺癌治療の 3 本柱であ
る化学療法,放射線治療,手術治療を組み合わせた集学
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