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対ミャンマー投資の動向と
米制裁緩和の影響
2011 年の民政移管以降、対ミャンマー直接投資はグローバルな広がりをみせてい
る。そのなかで日本からは、
2015年9月に開業したティラワ経済特別区(SEZ)への
進出が中心となっており、内販目的の投資が目立つ。2016年3月の政権交代でミャ
ンマーは真の民主化の時代に入ったとの認識の下、米国との関係改善が進み対米ア
クセスの改善も期待される。
2011 年に軍政から民政への移管を果たしたミャ
ンマーは、国軍を支持基盤とする与党の連邦団結発
展党(USDP)が対外開放政策を積極的に進めたこと
で、アジア最後のフロンティアとも称されるほど世
界から注目される投資先となった。
対内直接投資の動向をみると、ここ数年は、石油・ガ
スパイプラインなどの天然資源開発を進めてきた中国
に代わって、シンガポールが最大の投資国になりつつ
ある(図表1)
。多国籍企業は、ミャンマーと租税条約を
締結しているシンガポールの税制上のメリットを享受
するため、同国の地域本社経由で対ミャンマー投資を
行っている。
シンガポールを経由して、
対ミャンマー投
資がグローバルな広がりをみせているといえよう。
日本からミャンマーへの投資(シンガポール経由
を除く)は2015年に急増している。この背景には、同
年 9 月に日本が官民で支援するミャンマー最大都市
ヤンゴン郊外のティラワ経済特別区(SEZ、工業団地
と住居区で構成)が開業したことが挙げられる。
それまでミャンマーでは、日系企業の要求水準を
満たす工業団地が不足して進出上の障壁となって
きた。その解消のために日緬共同で開発されたのが
ティラワSEZであり、電力・水道・廃棄物処理などの
インフラと共にティラワ SEZ 法が整備されたこと
で、ハード・ソフト両面で進出環境が改善されつつあ
る。ティラワSEZには、2016年9月末時点で79社が進
出(工場稼働17社)しており、そのうち39社が日系企
業である。現在は、建材や食品などミャンマーの内需
を狙う企業やそれらの製造業をサポートする物流業
の進出が多くなっている。その他は、タイ系 9 社、韓
国系5社、シンガポール系5社などのアジア系をはじ
めとして 17 カ国・地域からの企業の進出があり、多
国籍化の様相を呈しつつある。
実質+ 7 〜 8%の高い経済成長が続いていること
を背景に、今後もティラワ SEZ を中心に、日系製造
業および関連サービス業のミャンマーへの進出が続
くとみられる。さらに、物流インフラの改善に伴いサ
プライチェーンの構築が進めば、輸出型企業の進出
増加も期待されよう。
●図表1 ミャンマーの対内直接投資(認可ベース)
(単位:百万米ドル)
国/年
シンガポール
中 国
タ イ
韓 国
日 本
その他
合 計
2010
226
8,269
2,146
2,676
7
6,674
19,999
(資料)ミャンマー投資企業管理局
8
11
0
4,346
0
26
4
269
4,644
12
418
232
1
38
54
676
1,419
13
2,300
56
529
81
56
1,085
4,107
14
4,297
511
166
300
86
2,651
8,011
15
4,247
3,324
236
128
220
1,326
9,481
16(4 ~ 8)
482
51
83
9
41
35
702
そのため米緬交渉の行方には注視が必要となろう。
2015 年 11 月の総選挙で民主化運動の象徴であるア
ウン・サン・スー・チー氏が率いる国民民主連盟
(NLD)
が圧勝し、
2016年3月に政権交代が実現した。
国際社会
からは、ミャンマーは軍主導の民主化の時代から、真
の民主化の時代に移ったと受け取られている。
NLD 新政権発足直後には、投資認可の手続きが滞
るなどの混乱もあったが、前政権が進めてきた対外
開放姿勢自体は新政権に継承されている。たとえば
ティラワ SEZ は前政権が進めてきた案件であるが、
新政権の閣僚がたびたびティラワ SEZ を訪れて同
SEZ を支持することを表明しており、日系企業の間
にひとまずは安心感が広がっている。
また、2016 年 8 月にイオンが地場企業クリエー
ション・ミャンマー・グループ・オブ・カンパニーズ
(CMGC)と合弁でミャンマーに進出することを新
政権が認可し、これが外資の小売り進出第 1 号と
なった。これを契機に、消費関連サービス分野の開放
が進むことへの期待が高まっている。
国家顧問兼外務大臣に就任し、政権の実質トップ
となったアウン・サン・スー・チー氏は、2016年9月に
訪米してオバマ米大統領と会談した。大統領は「ミャ
ンマーに対するすべての制裁が取り除かれるべき時
期が来た」と述べ、訪米を歓迎した。さらに、発展途
上国からの輸入関税を減免する一般特恵改善制度
(GSP)をミャンマーに対して再適用させることも
発表した。実現すれば 1989 年以来、実に 27 年ぶりの
再適用となる。欧州連合(EU)は一足早く 2013 年に
GSP を再適用しており、これに次ぐ今回の米国の動
きは、ミャンマーの国際社会復帰を大きく前進させ
るインパクトを持ち得る。
米国の制裁緩和を契機に、ミャンマーと北米間のサ
プライチェーン構築が進めば、労働集約産業における
輸出拠点としての魅力がより高まる可能性がある。そ
れによりミャンマーの対米輸出の伸長が期待される。
ただし、ミャンマーから対米輸出の期待が高い繊維
製品については、
米国は大部分をGSPの適用外として
おり(EU は適用内)
、実際カンボジアのケースでは手
袋などの一部品目を除いてGSP適用外とされている。
約 50 年間にわたり軍政が続いたミャンマーは、欧
米からの制裁を受けて国際的に孤立していた期間
が長かった。その間、日本政府は欧米とは一線を画
して、ミャンマー政府関係者に対する研修などの協
力を地道に続けてきた。近年においても、日本政府
は、2012 年度から円借款を再開しており、その額は
ASEAN のなかでベトナムに次ぐ規模になっている
(図表 2)。さらに、前述のティラワ SEZ 開発に加え、
携帯電話事業への参画、証券取引所の運営、中央銀行
決済システムの導入、通関システムの導入など、国家
の基幹インフラともいえる分野に日本が官民挙げて
参画しており、まさに開国期の国造りを全面支援す
るかのような状況にある。新政権発足後にも約1,000
億円の円借款が供与される予定となっており、ヤン
ゴンとミャンマー第 2 の都市マンダレー間の鉄道改
修、ヤンゴンの浄水場整備、地方の道路整備などが行
われる予定である。
また、新政権は、非効率な国有企業の改革や国土の
均衡ある発展の必要性を主張しており、国有企業を
ある程度選別した上での民営化や、電力事情が劣悪
な地方の電力網整備や農業の近代化が重視されると
見込まれる。ここにも日系企業の新たな商機が生ま
れることになりそうだ。
2016年11月1〜5日にアウン・サン・スー・チー氏が
訪日する。訪日を契機とする日緬関係のさらなる前
進に期待がかかる。
みずほ総合研究所 アジア調査部
上席主任研究員 酒向浩二
[email protected]
●図表2 日本の対 ASEAN 各国円借款供与額
(単位:億円)
国/年度
ベトナム
ミャンマー
インドネシア
カンボジア
ラオス
2010
866
11
12
13
14
2,700
2,029
2,020
1,124
983
0
0
1,989
511
439
739
155
822
0
0
114
0
89
368
0
42
0
151
0
フィリピン
508
683
618
687
195
タイ
239
0
0
0
0
0
67
0
0
0
マレーシア
(資料)外務省「ODA 国別データブック」(2015)
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