八幡と、恋する乙女の恋物語集 ID:51373

八幡と、恋する乙女の恋物語集
ぶーちゃん☆
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じます。
︻あらすじ︼
比企谷八幡と、恋する乙女達による短編集。
ifモノだったり原作裏妄想だったりと、思いついたヒロイン・思
いついたシチュエーションでお贈りいたします☆
物語はヒロインにつき、ひとつひとつ独立しております
!
特に記載がない限り、すべて別次元モノと思って頂いて大丈夫です
!
目 次 いろはす色の恋心︻前編︼ ││││││││││││││││
いろはす色の恋心︻後編︼ ││││││││││││││││
めぐり愛、空 │││││││││││││││││││││
美しきぼっちの姫の初恋は、格好悪いぼっちヒーロー ││││
ぼっち姫の初デートは、運命の潮風と共に︻前編︼ │││││
ぼっち姫の初デートは、運命の潮風と共に︻中編︼ │││││
最 近 姉 の 川 崎 沙 希 の 様 子 が す こ ぶ る お か し い 件 に つ い て︻前 編︼ ぼっち姫の初デートは、運命の潮風と共に︻後編︼ │││││
1
10
20
30
42
52
62
最 近 姉 の 川 崎 沙 希 の 様 子 が す こ ぶ る お か し い 件 に つ い て︻後 編︼ 72
│││││
205 196 186 174 165 155 140 127 118 110 98
この恋模様∼ │││││││││││││││││││││
18回目のバースデーは、あたし達の開戦記念日
本物の顔と偽物の顔︻後編︼ │││││││││││││││
本物の顔と偽物の顔︻中編︼ │││││││││││││││
本物の顔と偽物の顔︻前編︼ │││││││││││││││
あたしの記憶の中のアイツは︻後編︼ │││││││││││
あたしの記憶の中のアイツは︻中編︼ │││││││││││
あたしの記憶の中のアイツは︻前編︼ │││││││││││
あなたとの繋がりはこのラノベの香りだけ︻後編︼ │││││
あなたとの繋がりはこのラノベの香りだけ︻中編②︼ ││││
あなたとの繋がりはこのラノベの香りだけ︻中編①︼ ││││
あなたとの繋がりはこのラノベの香りだけ︻前編︼ │││││
!
91
チョコレートと紅茶 ∼宝物のシュシュで着飾ったわんことにゃん
80
│
再会の約束はまたねとおよめさん │││││││││││││
深い腐海に身を委ね │││││││││││││││││││
恋する乙女達の狂宴 ∼誰が為に八幡は鳴る∼ ││││││
仮面の下の慟哭︻前編︼ │││││││││││││││││
∼恋する乙女は夢を見る∼ │││
│││││││││││││││││││
仮面の下の慟哭︻後編︼ │││││││││││││││││
ゼクシィで行こう
続・ゼクシィで行こう
401 391 382 367 355 344 336 322 308 298 290 280 273 264 253 239 228 216
編︼ ││││││││││││││││││││││││││
めぐり愛、空 Ⅱ │││││││││││││││││││
︻前編︼ めぐり愛、空 Ⅲ ││││││││││││││││││││
私の青春ラブコメはまだまだ打ち切りENDではないっ
436 426 409
ラノベの香りは私を運命の航海へといざなう︻家に着くまでが遠足
ラノベの香りは私を運命の航海へといざなう︻後編︼ ││││
ラノベの香りは私を運命の航海へといざなう︻中編︼ ││││
ラノベの香りは私を運命の航海へといざなう︻前編︼ ││││
望んではいけない贅沢な望み︻後編︼ │││││││││││
望んではいけない贅沢な望み︻中編︼ │││││││││││
望んではいけない贅沢な望み︻閑話編︼ ││││││││││
望んではいけない贅沢な望み︻前編︼ │││││││││││
雪宿り │││││││││││││││││││││││││
ぼっち王子はぼっち姫の居城へと︻後編︼ │││││││││
ぼっち王子はぼっち姫の居城へと︻中編︼ │││││││││
ぼっち王子はぼっち姫の居城へと︻前編︼ │││││││││
!
!
私の青春ラブコメはまだまだ打ち切りENDではないっ
︻中編︼ !
!
450
│
私 の 青 春 ラ ブ コ メ は ま だ ま だ 打 ち 切 り E N D で は な い っ︻後 編︼ 459
ぼ っ ち 姫 は、愛 す る 王 子 様 と 共 に 運 命 の 国 で 聖 夜 を 祝 う︻前 編︼ 467
ぼ っ ち 姫 は、愛 す る 王 子 様 と 共 に 運 命 の 国 で 聖 夜 を 祝 う︻中 編︼ 479
││││││││││││││││││││││││││││
いろはす シャンメリー味 ││││││││││││││││
あなたと過ごす聖なる夜は、ラノベみたいな恋したい ││││
雪解け │││││││││││││││││││││││││
桜の花びらと煮っころがし︻前編︼ ││││││││││││
桜の花びらと煮っころがし︻中編︼ ││││││││││││
│││││││││││││││││││
桜の花びらと煮っころがし︻後編︼ ││││││││││││
友チョコだからっ
運命の国のいろは 続 ││││││││││││││││││
冴えない沙和子の育てかた︻後編︼ ││││││││││││
冴えない沙和子の育てかた︻中編︼ ││││││││││││
冴えない沙和子の育てかた︻前編︼ ││││││││││││
!
女王様は初めてのお出掛けでどうやらご機嫌なご様子です︻前編︼ 709 687 676 668 635 623 611 603 583 552 526
ぼ っ ち 姫 は、愛 す る 王 子 様 と 共 に 運 命 の 国 で 聖 夜 を 祝 う︻後 編︼ 499
ぼっち姫は、愛する王子様と共に運命の国で聖夜を祝う︻中編︵後︶︼
489
512
女王様は初めてのお出掛けでどうやらご機嫌なご様子です︻後編︼ 744
│
深い腐海に引きずり込まれ ││││││││││││││││
︼ │
恋愛ラノベよりも甘い香りのショコラをあなたに︻前編︼ ││
恋愛ラノベよりも甘い香りのショコラをあなたに︻中編
恋愛ラノベよりも甘い香りのショコラをあなたに︻後編︼ ││
恋愛ラノベよりも甘い香りのショコラをあなたに︻中編︼ ││
?
恋 愛 ラ ノ ベ よ り も 甘 い 香 り の シ ョ コ ラ を あ な た に︻エ ピ ロ ー グ︼ 811 802 793 783 770
753
編︼ ││││││││││││││││││││││││││
恋するオリ乙女たちの狂宴 ∼あの八幡を鳴らすのはあなた∼ ︻
編︼ ││││││││││││││││││││││││││
押し掛け魔王☆ │││││││││││││││││││││
押し掛け大魔王☆ ││││││││││││││││││││
ああっ女神︵めぐり︶さまっ ︻前編︼ │││││││││││
ああっ女神︵めぐり︶さまっ ︻中編︼ │││││││││││
ああっ女神︵めぐり︶さまっ ︻後編・前︼ │││││││││
ああっ女神︵めぐり︶さまっ ︻後編・後︼ │││││││││
二回目のはじめて ││││││││││││││││││││
トリック ││││││││││││││││││││││││
オア ││││││││││││││││││││││││││
トリートっ♪ │││││││││││││││││││││
987 972 964 941 925 914 908 900 886 877 864
?
855
恋するオリ乙女たちの狂宴 ∼あの八幡を鳴らすのはあなた∼ ︻前
826
│
いろはす色の恋心︻前編︼
あ ー ⋮⋮ ク ッ ソ ⋮⋮。さ っ き ま で 晴 れ て た の に、な ん で よ り に も
よってこの時間だけ降ってくっかねぇ⋮⋮。
俺は今、イヤホンを耳に突っ込んだまま、買ってきた惣菜パンを
コーヒーで流し込んでいる。
荷物置場ないじゃ∼ん⋮⋮﹂と目で語っている皆様方に申し訳
と っ と と 食 っ て 机 に で も 突 っ 伏 さ な い と、﹁な ん で 今 日 ア レ 居 ん
のぉ
なくて、今すぐ死にたくなっちゃいそうだからな。
そんなアンニュイな気分でちゃっちゃか食い進めていた所⋮⋮
﹁失礼しまーす﹂
との声と共に不意に教室の後ろ側の扉がガラリと開き、教室が一時
騒然となる。
何事かと軽く後ろを振り向きチラリと視線を向けると、そこにはと
ても見覚えのあるあざとい後輩こと、一色いろは生徒会長様がキョロ
キョロと教室内を見回している姿があった。
おお⋮⋮、マジであいつ頑張んなぁ⋮⋮葉山に会いたくて二年の教
室にまで押し掛けてくるとは、あいつは本当に強心臓の持ち主だな
居た
せんぱーいっ
﹂
⋮⋮と感心しながら視線を戻し昼飯の続きをはじめた。
﹁あっ
!
﹂
?
﹂
どうしたんだい
いろはすどしたん
?
!
でも隣には女王様が控えておられるから気を付けてねっ☆
ろはす
どうやらお目当ての葉山先輩が見つかったようだ。よかったねい
!
﹁やあ、いろは
﹁あんれー
?
1
?
!
!
おっと
﹁あ
違う先輩まで反応しちゃいましたね。
せめて名前だけでも呼んだげてよう
葉山先輩こんにちはです﹂
戸部はっ
先輩
﹂
お願い通報しないで
お ー い、せ ん ぱ ー い。ち ょ っ と ー、せ ん ぱ ー い
目的の相手が見つかったはずの一色がまだ先輩に呼び掛けている。
﹁あ れ
﹁うひゃあ
﹂
⋮⋮⋮⋮⋮せんぱーいっ
?
びっくりして変な声出しちゃったよ
!
?
呼ぶんですもの
んですよ
﹂
自分が用があるのに来てあげた
だ視線を向ける。
てかジャイはすって、いろはが跡形もなくなっちゃったよ
んですけど﹂
?
いや確かにその通りなんだけど自分で言うなよ。
きたら、そりゃ目立っちゃいますよねー﹂
﹁目立っちゃう
⋮⋮まあ先輩なんかにこんなに可愛い後輩が訪ねて
﹁いや、別に頼んでねえし⋮⋮。てか目立っちゃうからやめて欲しい
!
なんて俺様的な思想なんでしょ、この子。そんなジャイはすに淀ん
?
﹁なに言ってんですか。わたし先輩に用があってわざわざ来てあげた
﹁⋮⋮おい、葉山ならあっちだぞ⋮⋮﹂
られちゃいました☆
今日は告白どころか変な叫び声をたった一回出しただけなのに振
めんなさい﹂
﹁うわ⋮⋮ちょっと先輩⋮⋮さすがにそれは気持ち悪くて無理ですご
!
だって一色さんたら、急に俺のイヤホン引っ込抜いて耳元で大声で
!
!
?
そう戸部のご冥福をお祈りしながら我関せずパンを貪っていると、
!
この後の戸部への対応を考えると涙が出てくる⋮⋮。
!
!
?
2
!?
!
それにお前が目立っちゃうのは可愛いからってだけじゃねえだろ
うが。
いまやこいつはこの総武高の中でも五本の指に入るくらいの有名
人なのだ。
この容姿とあざと可愛い態度、さらには一年生にして生徒会長とい
う知名度は伊達じゃない。
そんな有名人が総武高の中でも底辺中の底辺の名を欲しいままに
ヤバいウケるー
﹂
している、この比企谷八幡をそんなに堂々と訪ねてくるんじゃありま
せん
﹁まあそんなことより﹂
そんなことで済ますなよ。
﹁先輩ってガチでぼっちなんですねー
﹁いやウケねえから⋮⋮﹂
やだなんだか折本と話してる気分になっちゃう
!
﹂
﹁まったくぅ、なんか見てて痛々しいから、明日からはわたしがお昼く
らいなら一緒に過ごしてあげてもいーんですよぉ
?
こらこら、上目遣いで覗き込むんじゃありません
勘違いしちゃうでしょ
!
うおー
マジかよ⋮⋮。俺がクラス中の注目を集めちゃうとか、路
気付けばこんなやりとりをクラス中が注目していた。
⋮⋮こいつ。
ぷくっと膨らませた頬が、これまたあざと可愛いから困るんだよな
のにー﹂
﹁なんでですか∼⋮⋮せっかくこんなに可愛い後輩が誘ってあげてる
﹁いやいらないから。あとあざとい。それとあざとい﹂
!
たいんですけど﹂
﹁てか用ってなんだよ。超目立っちゃってるから早くお引き取り願い
もう帰りたい。
傍の石ころが厳重に保管されてルパンに狙われちゃうレベル。
!
3
!
!
!
﹂
⋮⋮もう
先輩がおかしな事ばっかり言うからすっ
お引き取り願えても、もう昼休みにここには居れんがな⋮⋮。
﹁あ、そうそう
かり忘れてましたよー
!
キュッピコーン
と手をポンと叩く。
すげえな⋮⋮。すべての所作があざといぜ⋮⋮。
﹁ちょっとここではなんなんで∼、一緒に生徒会室来てください
!
初から決定してたって事ですよね
事思いついちゃいました∼☆はなんの為なの
茶番なの
しかしどうせこの好奇の視線の中でこれ以上ここで昼飯を
?
アレ
川嶋さんて誰だっけ
それではレッツゴーですよー
せんぱい
!
﹁わぁったよ⋮⋮。んじゃ早く行くぞ⋮⋮﹂
﹁はい
﹂
見ろよ、川越さんなんてすげえ訝しげな視線を向けてきてますぜ
食うことなど実質的に不可能
くっ
?
それが決定事項なら、さっきのあざとシンキングポーズからの良い
?
⋮⋮⋮いやいや鍵を用意してたってことは生徒会室に行くのは最
と生徒会室の鍵をプラプラと揺らす。
﹂
﹁うーん⋮⋮﹂と顎に人差し指をあてて、周りをキョロキョロ見渡し
ん
すっげえぷんすかするいろはすだが、俺になにか落ち度があったの
!
!
!
×
なんだこいつも今から食うのかよ。
生徒会室に辿り着くと、一色が弁当を広げだした。
×
ふぇぇ⋮⋮。昼休み終わっても教室帰ってきたくないよう⋮⋮
身に受けながら、一色と生徒会室へ向かうのだった。
俺は食いかけのパンと飲み物を纏めると、クラス中からの視線を一
!
?
?
!
!
?
!
4
?
×
﹁なに
お前もまだ食って無かったの
おっかなー﹂
﹂
さらりと怖いこと言うんじゃありません
す。
﹁⋮⋮で
何の用だよ⋮⋮﹂
﹂
﹁まあまあ、とりあえずはお昼にしましょうよー
のありますー
あ、なんか食べたい
俺はパンにかじりつきながら、一体何の用件があるのか問いただ
勝手にそれやっちゃ流石にマズいだろ⋮⋮。
!
たんでまだなんですよー。めんどくさいから、こんど合鍵作っちゃ
﹁そーなんですよぉ。職員室に行って生徒会室の鍵とか借りに行って
?
だっていうのにー⋮⋮﹂
これお前が作ったの
?
はいアーン♪﹂
?
なに
俺を恥ずかしがらせて悶え苦しませたいの
?
がった。
﹁いらんっつうの
﹂
!
と一色はなんの前触れもなく、いきなり卵焼きをアーンしてきや
子力超高いんですよー
﹁なんですか失礼な。わたしお菓子作りとかも超得意で、なにげに女
﹁なに
⋮⋮一色って料理出来るんだな⋮⋮﹂
﹁むー⋮⋮、せっかく可愛い後輩の手作り弁当が食べられるチャンス
箸だって一組しかねえし⋮⋮。
持ちになるから丁重にお断りした。
いっつうか照れくさいっつうか、なんかよく分からんムズムズした気
つっても一色の弁当分けてもらうなんて、なんだかちっと恥ずかし
た。
そう差し出してくれた弁当は、とても彩り豊かで旨そうな弁当だっ
?
!
?
汚物を見るような恐ろしく冷たい眼差し⋮⋮。食っても地獄、食わ
なくても地獄が待っていました。
×
×
5
?
?
﹁⋮⋮先輩⋮⋮。なに言ってんですか⋮⋮。マジでキモいです﹂
?
×
﹂
結局なんなんだよ⋮⋮。わざわざウチのクラスまで来たって
飯も食い終わり、改めて一色を問いただす。
﹁んで
事は、なんかそれなりに急ぎの用なんじゃねえのか
﹂
﹁別に急ぎってわけじゃないんですけどー⋮⋮。ってか先輩わたしの
はてなんの事だろう。
依頼の件てちゃんと覚えてますかぁ
依頼
俺こいつに依頼なんて受けてたっけ
!?
たぶん難しい顔して首を傾げていたんだろう。
?
⋮⋮デートの件ですデートの件
そんな様子の俺を見た一色はぷくーっとご立腹。
ごりっぷくー
やっぱりですよこの人
!
﹁もーっ
!
ンを考えて下さいってお願いしたじゃないですかー
﹂
そんなに怒んなよ⋮⋮。お前もう破裂しちゃいそうだぞ⋮⋮
!
わたしずっと楽しみに待って
﹁あ⋮あー、そういやそんな話あったな﹂
﹂
﹁ちゃんと真剣に考えてくださいよー
たんですよー
!
どんな風にすればリラッ
だからこそ先輩に聞いてるんじゃないですかー
に、そんなプラン考え付く訳ねえじゃねーか⋮⋮﹂
﹁だ・か・ら
らどんな風にすれば気軽に楽しめますか
!
うーん、俺なら⋮⋮か。
﹂
ありきたりなデートプランじゃ無くって、先輩だっ
たらどうなのかそれが聞きたいんです
?
じゃあどこまで妥協出来るかだが、まぁまず休日に出かけたくはな
来るんだが、たぶんそれを言っても瞬殺で却下だろう。
まぁ俺ならどこにも行かないのが一番楽しめて一番リラックス出
!
クス出来ますか
先輩な
﹁だから聞く相手間違ってるっての⋮⋮。デートなんかした事ないの
!?
?
ストレスの溜まった葉山先輩が気軽に遊べるリラックスデートプラ
!
めんどくせー⋮⋮。
?
!
6
?
?
?
いだろ
﹁あー、学校帰りに⋮⋮﹂
そういや前に由比ヶ浜の件でちょっとストレス蓄まってた時に、天
使がいや戸塚がそれに気付いてくれて、俺が楽しめるようにって学校
帰りに連れ出してくれて結構楽しめたっけな。
戸塚たんマジ天使
﹂
?
﹁だからさぁ⋮⋮﹂
﹁ま ぁ 先 輩 で す し ね ー。⋮⋮ 分 か り ま し た
﹁は
それでいいのん
なに言ってんですか﹂
﹂
!
﹁そんなの先輩と一緒に行くに決まってるじゃないですかー﹂
わー⋮⋮すっごくバカを見る目ですねー
それじゃあ仕方ないの
ンですねー。さすがは先輩と言うべきか⋮⋮﹂
﹁確かにデートとは呼べないくらいにムードもへったくれもないプラ
ならなきゃいけないんですかね⋮⋮。
なんで親切に答えてやったのに、そんなに視線の磔︽はりつけ︾に
だから聞く相手間違ってるって言ったじゃねえかよ⋮⋮。
せんけどー⋮⋮﹂
かー⋮⋮。まぁ確かに制服デートって所はポイント高いかも知れま
﹁学校帰りにゲームセンター寄ってお腹すいたらラーメン屋さんです
⋮⋮。
い ろ は す の 方 に 視 線 を 向 け る と す げ え 冷 め た 目 で 見 ら れ て ま す
﹁腹が減ったらラーメン屋の開拓⋮⋮とか
あとはやっぱり俺が満足出来るって言ったらアレですよねー。
﹁適当にゲーセンでも寄って⋮⋮﹂
!
で、早速今日にでもそれを試してみましょう
あ⋮れ
?
7
?
﹁そ、そうか⋮⋮。まぁ頑張れよ﹂
?
!
!
?
﹂
⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮は
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮は
﹁なんでだよ。俺関係なくない
﹂
﹂と言っちゃうくらいに意味が分
﹂
それともその約束は〝本物〟じゃないんで
﹁⋮⋮だって、⋮⋮先輩依頼受けるって約束しましたよねぇ
﹂
と、すっげえ悪顔でニヤリとする小悪魔iroh
り口にしましたよねぇ
すかぁ
言質を取ったり
?
もうやめてよう
﹂
!
a☆
いや∼っ
﹁と
?
?
?
はっき
け無いじゃないですかー。だったら練習しなきゃダメですよねー
﹁だって、そんなムードの無いデートコースなんて、わたしに分かるわ
かりません。
頭の中でも口でもダブルで﹁は
?
言うわけで、今日の放課後よろしくですー♪﹂
﹁て、てめえ⋮⋮
!
決定してしまったのだった⋮⋮⋮⋮。
×
だ⋮⋮
﹂
﹁あ⋮⋮そういやなんでいつもみたいに部室でその話出さなかったん
×
ないですかー⋮⋮⋮﹂
⋮⋮せっかくのデートなのに⋮⋮あの二人絶対ついて来ちゃうじゃ
﹁そっ⋮⋮そんなの⋮⋮、みなさんの居る所でそんな話しちゃったら
?
8
?
?
!
!
?
こうして誠に遺憾ながら、急きょ一色との放課後制服デート︵仮︶が
!
×
⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮どうするどうなる初デート
9
続く
!
いろはす色の恋心︻後編︼
﹁せんぱーい、遅いですよー﹂
と 駄 々 を 捏 ね た の だ が、
放課後、俺と一色は正門前で待ち合わせていた。
見 ら れ ち ゃ う と 恥 ず か し い か ら イ ヤ っ
奥さん
﹂と瞬殺された。
﹁せっかくの制服デートなのに現地集合とか味気ないから嫌です。学
校からの帰宅中も制服デートの醍醐味ですよ
待ち合わせデートは私服の時にしたいんですってよ
!
なので極力人に見られないようステルス全開ですぐさま移動だ
!
!
?
がら適当なゲーセンに足を踏み入れる。
ゲーセン自体久しぶりなのだが、この大音響やこうこうと照らされ
る店内と、やはりこの非日常的な雰囲気は心踊るものがある。
﹁はぁぁ⋮⋮わたしあんまりゲームセンターとか入った事ないんで、
ちょっと緊張しますね∼⋮⋮プリクラとか撮る分にはこんなガチな
ところに来なくてもいいんで⋮⋮﹂
物珍しそうに店内をキョロキョロしながら、スッと制服の袖をちょ
﹂
?
こんと摘んできた。
緊張してんの
だから意識しちゃうからやめてね
﹁なに
?
かー﹂
﹁あ、や、ゲームセンターって、なんか不良のイメージじゃないです
?
10
!
帰宅途中の総武高生徒にあまりかち合わないようにするため、俺た
×
ちは学校から離れた千葉駅に足をのばしていた。
×
一色のいつ終わるとも知れない一方的な女子トークを聞き流しな
×
昭和の家庭育ちかどっかのお嬢様かよ
間違えました。戸塚は女の子じゃなくて天使でしたね。
もずっと袖摘んだままですからね
この子。
とかキョロキョロと楽しんでるみたいだから良かったんだが、その間
まぁただ見て回るだけでも物珍しいのか﹁おぉー﹂とか﹁ほほぉー﹂
俺たちは特になにをするでもなく店内を見て回った。
イズやってもなぁ⋮⋮
一色横に置いて一人脱衣麻雀やるわけにもいかんし、格ゲーとかク
はい
なにせ女の子と二人で来たのなんて戸塚以来だからな。
ねえな。
しかしゲーセンっつっても、来たら来たで何すりゃいいのか分かん
なんかちょっと可愛いじゃねえかよこのやろう。
結 局 袖 か ら 手 を 離 さ な い ま ま ち ょ こ ち ょ こ 付 い て く る い ろ は す。
!
せ っ か く 来 た か ら に は、や っ ぱ り ア レ は 外 せ ま せ ん よ
マジでリア充と勘違いされちゃいますよー⋮⋮。
!
﹁⋮⋮え
マジで⋮⋮
﹂
プリクラの機械がそびえ立っていた。
そう一色が指差す方向にはデートイベントとしてはベタ中のベタ、
!
?
いくらでも撮っちゃうぜっ﹂
約束しましたよ
!
⋮⋮それともあの約束は
!
はい。聞いちゃいますね
!
くと思っちゃってませんかねぇ⋮⋮。
もうやだこの子。なんか本物って言えば俺がなんでも言うこと聞
﹁よしっ
やっぱり本も⋮﹂
ねー、今日は練習に付き合ってくれるって
﹁あったりまえじゃないですかー。記念ですよ記念
いくらなんでも女の子と二人でプリクラはちょっと⋮⋮。
?
!
11
!
先輩
﹁あ
!
﹂
ねー
!
﹁俺全然知らねえから、お前が全部やってくれよ﹂
﹁了解でーすっ﹂
その敬礼ポーズが尋常じゃなくあざといんだってば。
機械に入った俺は一色の成すがままだったのだが、なぜかさっきか
ら一色が俯いて俺の方を一切見ない。
恥ずかしいのはこっちなんだけど⋮⋮。そんなに緊張する
てかなんかすげえ緊張した顔して赤くなってやがる。
なに
くらいだったら二人でプリクラとかやめようよう
絶対動いちゃダメです
なんか良く分からん設定とかが終わったらしく、ようやく撮影が始
こっちに立って下さい
!
まるようだ。
﹂
﹁⋮⋮ほ、ほら先輩
からねっ
!
い行動に出やがった。
﹂
おま⋮﹂
!
ちょっ
﹁⋮⋮⋮⋮えいっ
﹁なっ
このままです
が﹁⋮⋮ふぅ∼⋮⋮﹂と覚悟を決めたように一息つくと、とんでもな
そして撮影が開始されようかとした所で、真っ赤に俯いていた一色
﹁お、おう。﹂
!
動いちゃダメだって⋮⋮言ったじゃないですか
﹁う
﹂
よー
!
!
いやばらかいいにおい
こいつ思いっきり抱きついてきやがった
それはもうギューっと
!
!
なにがやばいってマジやばい
!
!
!
控え目だと思ってたのになんかすげえ柔らかいでやんの
やばいやばい
!
12
!
?
やばいやばい近い近い柔らかい近いいい匂い柔らかい近いいい匂
!
!
!
硬直してしまった俺を置いて何時の間にやら撮影が終了し、そのま
ま落書きとやらをしにててっと逃げやがった⋮⋮。
もう八幡マジで死んじゃう5秒前ですよ⋮⋮。
×
先輩ウブですか
﹁やだなー
小学生じゃないんですからー。練習で
?
ショックで死にたくなっちゃいますよ
それに先輩も超気持ち悪い顔しちゃってるから見
ない方がいいですって
まさか可愛い後輩とのハグツーショットのプリクラ見
!
!
す⋮⋮﹂
!
て怒られて、もう踏んだり蹴ったりだな、俺⋮⋮。
なぜかぷんすかと頬を膨らましてっけど、気持ち悪がられて振られ
﹁初めからそういえばいいんですよー
﹂
﹁すげえな⋮⋮連続で振られちまったぜ⋮⋮。もうプリクラはいいで
てませんごめんなさい﹂
でもしちゃうつもりですかいきなりそこまでは心の準備が間に合っ
て変なこと考えて喜びに浸るつもりですかそしてそのまま彼氏ヅラ
⋮⋮⋮はっ
!
いうか⋮⋮。そ
﹁だ、だってわたしちょっと変な顔しちゃってたから見せられないと
すると一色は頬を染め俯くと⋮⋮
んねえんだよ⋮⋮﹂
﹁俺今日は何回振られるんですかね⋮⋮。てかだからなんで見せてく
めんなさい﹂
気持ち悪いんで勘違いとかホント勘弁してくださいねご
すよ練習
!
前いきなりなんてことすんだよ⋮⋮﹂
﹁⋮⋮いや、いいもなにも俺見せて貰ってねえんだけど⋮⋮。てかお
俺なんてまだドキドキしちゃってるんですけど⋮⋮。
ゲーセンを後にし、ご満悦で隣を歩くいろはすさん。
﹁いやー、いいプリクラ撮れましたねー♪﹂
×
!
!
13
×
てかついさっきいいプリクラ撮れたって言ってませんでしたっけ
⋮⋮。
×
でもしとくか。
?
いてなんでそんなに偉そうなのん
八幡
思い出しちゃダメ
夜までは思い出しちゃダメ
⋮⋮あ、控え目とはいえ、これはこれで結構ゲフンゲフン。
こら
!
!
先輩の好きなとこがいいです♪﹂
らっていた。
そう。麺食らっていた。
さすがにこれはない。
ラーメンてこんなに美味しいんですねー
!
﹁びっくりです
!
カロリー的にはアレですけど⋮⋮﹂
ちょっと
言う一色は、ちゃんとしたラーメン屋で食うラーメンの美味さに面食
ラーメンなんてたまに家でカップラーメンくらいしか食わないと
﹁はいっ
すいだろうし、前々から一度入ってみたかったんだよな﹂
﹁んじゃまあ、ソコにでもしとくか。あっさり系で初心者でも食いや
!
?
控え目な胸を目一杯張ってドヤ顔してますが、無理矢理連れてきと
今日は先輩エスコートなので百歩譲って我慢してあげます﹂
﹁まぁ通常ならNGにさえも行き着かないレベルではあるんですが、
﹁お前マジでラーメン屋でいいの
﹂
葉山連れてくるかも知んねえし、外見的にももうちょい小綺麗な所に
ここ千葉駅には俺の魂の味なりたけがあったりするんだが、一色は
さて、そろそろ小腹が空いたからラーメンにでもすっかな。
×
夜は思い出しちゃうのかよ。
!
!
14
×
﹁だろ
ラーメンなめんなよ
﹂
?
×
おいおい、またなんか企んでんじゃねえだろうな⋮⋮。
そしてデート終了の時がやってきた。
﹂
結局なにも起こらなかった。良かった∼⋮⋮。
今日はありがとうございました
⋮⋮なんかこれフラグじゃねえの
﹁先輩っ
!
?
﹁おう、お疲れさん。こんなんでも少しは参考になったか
!
﹂
!
⋮⋮⋮ま、まぁ結構楽しめましたよ
悪かっ⋮⋮﹂
﹁でも
?
﹁そうか⋮⋮。まぁ俺も思ったよりは楽しめたわ⋮⋮﹂
⋮⋮だったらまぁ、結果オーライとしますかね。
そう言うと悪戯っ子みたいな笑顔を向けてきてくれた。
は先輩限定ってことでっ﹂
﹂
こんなムードの無いの
﹁⋮⋮だから言ったじゃねえかよ⋮⋮まぁ、なんだ。役に立てなくて
輩とアレは無いですっ
﹁まぁ正直あんま参考にはならなかったですかねー。さすがに葉山先
?
軽 く 先 程 の プ リ ク ラ 撮 影 前 の 様 子 を 思 い 出 し 緊 張 し て き た ⋮⋮。
こちらには一切目を合わせてこない。
楽しそうな笑顔で見て回ってはいるのだが、微かに緊張した様子で
しおかしい事に気付いた。
冷やかしながら歩いていたのだが、いつぐらいからか一色の様子が少
商業施設内のおしゃれな服屋やら雑貨屋やら、いろんなショップを
ラブラさせられた。
食事も終わりそのまま帰るのかと思ったら、なぜかその後も街をブ
×
つい顔が緩んでしまった所を見られて通報されかけました。
別に俺にはなんの手柄も無いんだが、なんかちょっと嬉しい☆
?
!
15
×
ぐおぉ
なんだこれ
なんかすげえ照れくせえんだけど
!?
!
うかね⋮⋮ぼく。
﹁ホントですかっ
また来週
﹁おう﹂
⋮⋮ふふっ、先輩が素直に
そーゆーことにしといてあげますよー♪⋮⋮⋮それでは
!
﹂
﹂
﹂
せんぱーい
﹂
と思って見ていると、深く深く深呼吸をしている。
そうだ
そして⋮⋮
﹁あ
﹁ど、どうした
﹁ちょっとちょっと
﹁あ
なんだよ﹂
﹁いいからいいから
﹂
と、ちょこちょこ素早く手招きして俺を呼び付けてきた。
!
あん
たら、少し離れた所で立ち止まった。
ぶんぶんと手を振りながらモノレールに向かう一色を見送ってい
!
﹁はいはい
﹁ばっか。思ったよりは、だかんな﹂
楽しいと認めるなんて珍しいですねぇ﹂
それは良かったです
いわスカートをギュッと握ってるわで、もうどうしたらいいんでしょ
笑顔の割には一色もさっきからずっと目が泳いでるわ落ち着かな
!
!
!
?
は俺の耳ではなくて⋮⋮素早く前に回り込んだ⋮⋮⋮
色の身長に合わせるように腰を屈めて耳を近付けたその瞬間、こいつ
と思いながら、尚もしつこく﹁いいからいいから﹂と迫ってくる一
んの
いや別に周りに知り合いがいるわけでもねえし、耳打ちする必要あ
コソコソと耳打ちしてこようとした。
めんどくせえな⋮⋮と思いながら一色のそばまで行くと、なんでか
!
16
!?
!
?
!
?
?
⋮⋮⋮⋮⋮⋮は
え
数十秒
俺なにやってんの
もしくは数分間
なんか固まっちゃってるんですけど。
?
る。
、お⋮お前
なんて事しやがる⋮⋮
﹂
い、いくらなんでもお礼でキ、キスって⋮⋮
﹂
⋮⋮付き合ってくれたお礼の
練習でキスとか意味分からん
﹂
今日は練習に付き合ってくれるっていう約
練習ですよっ、練習
!
れたお礼です♪﹂
﹁お⋮⋮おま⋮⋮
﹁だーかーらー
﹂
キスをする練習ですっ
束でしたよねっ
﹁だったらなお悪いわ
!
﹁なっ、なっ、なっ
!
⋮⋮今日わがままを聞いてデートの練習に付き合ってく
!
らなかったんですからー⋮⋮﹂
したこと無いから、どんなタイミングでお礼のキスしたらいいか分か
﹁⋮⋮だぁってぇ、しょうがないじゃないですかー。わたしキスとか
だよ
こいつビッチだビッチだとは思ってたが、練習でキスとかどんだけ
!
?
!
!
﹁へへぇ∼
!
真っ赤な顔で目を潤ませながらも、小悪魔笑顔で俺を見つめてい
でほんの少しの距離を取っていた。
ようやく思考が動き出した時には、一色はててっとバックステップ
?
なぜなら俺の口は一色の柔らかい唇に塞がれていたから⋮⋮⋮。
そう口に出そうとしたのだがどうしたって言葉は出てこない。
?
数秒
?
ほんの一瞬
?
頭が真っ白になり思考が停止してしまう。
?
!
!
!
17
?
!
﹁⋮⋮⋮⋮は
お前バカなの
﹂
は⋮⋮初めてなの
﹂
⋮⋮アホか
初め
!
今どきキスくらいで何言っ
?
初めても二回目も別になんにも変わらなくな
だったら初めてを今の今まで取っとくんじゃねえよ
いですかぁ
ちゃってんですかー
﹁も ー、先 輩 っ て ば お 子 さ ま で す か ー
てが練習とかなに考えてんの
!? ?
⋮⋮。
たぶん俺もそんな感じなんだろうなとは思うけどもね
それじゃあわたしもう帰りますねー
かったのかよ⋮⋮。
﹁さ、さて
!
﹁おいこら
ちょっと待て
﹂
⋮⋮⋮⋮わたしの初めて奪ったからっ
逃げんじゃねえっての
﹁それでは先輩さよならです
!
いや⋮⋮奪われたのはこっちだろ⋮⋮。
ていった⋮⋮。
一切こちらを見ず、そのまま猛スピードでモノレールの駅へと消え
て勘違いしないでくださいねー﹂
!
!
そう言うとそそくさと逃げ出すように駆け出した。
とうございましたー﹂
今日は一日ありが
このバカ、こんな事企んでたから、さっきからずっと様子がおかし
!
そんなに真っ赤になって泣きそうな顔して震えてんじゃねえかよ
大体言ってる事と今の顔が全然一致してねえじゃねえか⋮⋮。
!
!
どうしよう⋮⋮。もう今夜は悶え苦しんで眠れないよう⋮⋮。
×
18
?
?
?
!
!
×
一色いろは。
×
こいつは本当に厄介なやつだ。
雪ノ下雪乃なら何人︽なんぴと︾にも汚される事のない清い純潔な
白。
由比ヶ浜結衣なら暖かい陽射しと向日葵のような黄色。
女の子には、なんとなくイメージ出来る﹃色﹄ってものがある。
だが一色いろははイメージ出来る色が多すぎるのだ。
普段はピンクのようなイメージを醸し出しながら、時には白にも黄
色にもなる。
すべての色を混ぜると最後には黒になると言うが、黒は黒でこれま
た一色のパーソナルカラーの一つでもあるからそれもまた違う。
言うなれば透明という所だろうか
いざ口にするまで何色なのか分からない無色透明ないろはす色。
本当になんて厄介な存在なのだろうか⋮⋮。
だがいくら厄介とはいえ、人はその無色透明な水が無ければ生きて
はいけないのだ。
だ か ら 下 手 し た ら 俺 も 一 色 い ろ は 無 し で は 生 き て 行 け な く な っ
やだ八幡こうやって気付いたらいつの間にかいろはす色
ちゃうのかもな。⋮⋮⋮⋮ナンチャッテ☆
⋮⋮⋮
19
?
に染め上げられて告白して振られちゃう
振られちゃうのかよ。
おわり
!
!
めぐり愛、空
もう二ヶ月
私が総武高校を卒業してから約二ヶ月。
まだ二ヶ月
けるだけの日々。
はるさんから﹁めぐりはコンパとか絶対にやめときなよ
ツく言われてるんだよね。
ガードが緩そうだから狙われやすいんだって。
んですよー
﹂ってキ
はるさん失礼しちゃうなー。私こう見えてもガードとっても固い
!
授業が終われば毎日のように飲み会に誘われ、それを体よく断り続
別段忙しいわけでもないんだよね。
慌ただしく⋮⋮かぁ。それは違うか⋮⋮。
る。
私、城廻めぐりは、今は大学生として慌ただしい日々を過ごしてい
﹁あ∼あ⋮⋮。五月病かなー﹂
二ヶ月という方がしっくりくるのかも知れない。
て騒がしい日々がもう懐かしく感じてしまっていることから、まだ
どちらが私にとって合ってるのか良く分からないけど、あの楽しく
?
だからどうしてもサークルの飲み会を断れない時は、なぜか完全部
外者であるはずのはるさんが乱入してきてくれるんだよね。
あんまり知らない軽そうな男の人ばっかりより、はるさんが来てく
れた方が断然楽しいからいいんだけど、私どんだけ信用ないんだろ
﹁大学生って⋮⋮こんなものなのかなぁ⋮⋮﹂
思えば総武高での毎日は楽しすぎた。
素敵な仲間達と色んなことを体験し色んなものを創りあげてきた。
!
20
?
心配してくれるのは有難いけどっ。
?
だから、今の生活はあまりにも物足りない⋮⋮。
でも物足りないのは、それだけが理由なんかじゃない⋮⋮んだよ
ね。
×
﹁あれー
比企谷くんだー﹂
﹁城廻先輩、どーしたんすか
﹂
この無責任な一言で、私はどれだけ彼を傷つけたのだろう。
げ掛けた言葉。
これはなんにも分かってない愚かな私が文化祭で比企谷くんに投
﹃やっぱり君は不真面目で最低だね﹄
﹃残念だな⋮⋮。真面目な子だと思ってたよ⋮⋮﹄
とても真面目でとても優秀で、⋮⋮そしてとても悲しい男の子。
比企谷八幡くん。私の一つ下の後輩。
?
×
いると、いつもあの日の情景が頭を過る。
最近はこんなに綺麗な青空、あの日と同じようなこんな青空を見て
雲一つない、澄み渡るとても綺麗な青空だった。
いて空を眺めていた。
初夏の緑薫る心地の良い風を受けながらベンチに浅く座り、上を向
だ。
この公園は昔からお気に入りの場所で、よくお散歩したりするん
ンチに座っている。
日曜日の午後。私は今、うちから少し歩いたところにある公園のベ
×
×
?
21
×
×
それが間違いだと気付いたのは体育祭の時のことだった。
比企谷くんは問題解決の為には手段を問わない男の子だった。
その優秀で真面目すぎる考え方で、いかに効率よくいかに人が傷を
負わないで済むかを考え解決に全力を傾ける。
でも⋮⋮その傷を負わない﹃人﹄の中には、悲しい事に自分は含ま
れてはいないのだ。
﹃比企谷くんって、やっぱり最低だね﹄
これはそれに気付いてしまった時に比企谷くんに投げ掛けた言葉。
文化祭の時とは違って悪戯っぽく投げ掛けたその言葉に、比企谷く
んはほんの少しだけ頬を緩めた。
その緩んだ頬を見たとき、胸がちくんとした。
遊びにきた時は比企谷くんもこうやって
22
やっぱりこの子は文化祭の時の私のあの無責任な一言に、心の奥底
ではいっぱい傷ついたんだろうな⋮⋮って。
﹁んー。今日でこの学校ともお別れだから、色んなところを見て回っ
てたんだー﹂
⋮⋮嘘。
本当は君を捜していたの。
私はなにも言わずに比企谷くんの隣にそっと腰掛けた。
比企谷くんはちょっとびっくりしてたけど、照れ隠しなのか私をか
らかうような事を言う。
﹁そうですか。でも城廻先輩は卒業してからもちょくちょく顔出しそ
私は君よりお姉さんなんだよっ
!?
うっすよね﹂
もう
なきゃね
﹁へへぇ∼、そうかもねー
また相手してねっ﹂
!
!
お姉さんをからかうなんて生意気な後輩くんにはお返ししてやん
!
﹁いや相手って⋮⋮まぁ暇潰しの相手くらいにはなりますよ﹂
ありがとー﹂
ふふっ、赤くなっちゃった。
﹁わー
言いたい事はたくさんあるはずなのに、どうしても言葉が出てこな
い。
﹂
でも言わなきゃだよね。せっかく見付けたんだから⋮⋮。
⋮⋮あのね
﹂
﹁比企谷くん
﹁なんすか
!
?
﹁うん
ありがとー
﹂
そんな私におめでとうなんて言ってくれて⋮⋮。
ごめんぬ。情けなくて愚かな先輩で⋮⋮。
おめでとうございます﹂
﹁えーっと、その⋮⋮なんつうんすかね⋮⋮。あの、城廻先輩。ご卒業
も照れくさそうに頭をポリポリ掻くと、優しく声を掛けてくれた。
情けなくて俯いてしまった私に勘違いしたのか、比企谷くんはとて
顔をあげる事が出来ない⋮⋮。
自分の言いたい事と自分の口から出てきた言葉のあまりの違いに
﹁うん⋮⋮。よろしくね﹂
責任を背負わせてしまったらこの子はまた⋮⋮。
でも本当はこの子にこんなお願いをしちゃいけないのに⋮⋮。
とっても困った顔をしながらも、私の言葉を受け取ってくれる。
らやれる事くらいはやりますよ﹂
﹁いや、それを俺に言われても⋮⋮。でもまぁ、なにかの役に立つんな
﹁⋮⋮いろはちゃんを、総武高校をよろしくねっ﹂
きてしまう。
覚悟を決めたはずなのに、比企谷くんの顔を見たら違う言葉が出て
?
私の心と違って、雲一つないとても澄み切った青空だった。
私は比企谷くんの隣で上を向いて空を見上げた。
!
23
!
!
空がとっても綺麗⋮⋮
!
そしてそれ以来総武高校には顔を出せずにいる。
﹂
自分を大切にしてよって。
ホントは怒りたかったのかな
びっくりしたっ⋮⋮﹂
て立っていた⋮⋮
比企谷くん
なっ、なんで居るの
﹂
!?
わ、私⋮⋮名前呼んでたの
!?
んで、声掛けたもんか迷ってたら急に名前呼ばれて⋮⋮﹂
﹁あ、や、公園入ってきたら城廻先輩が空見上げたままぼーっとしてた
﹁ひ
!? !
びっくりして横を見ると⋮⋮、そこには比企谷くんが驚いた顔をし
その時すぐ横で、ずっと思い描いていた声がした。
﹁うわっ
﹁⋮⋮比企谷くん、か⋮⋮﹂
一言呟いていた。
ベンチに座りあの日と同じ空を見上げながら、私は無意識に思わず
自分を大切にしないあの子を。
ホントは救いたかったのかな
?
?
だったら、私はどうしたかったんだろう⋮⋮。
認めてしまうような気がして。
謝ってしまったら、比企谷くんが自分自身を傷付けるそのやり方を
たぶん謝りたくなかったんだと思う。
でも謝れなかった⋮⋮。
私は謝ろうと思って捜していたんだよ、君のこと。
!
﹁今日はいいお天気だねー
﹁⋮⋮⋮⋮そうっすね﹂
×
結局私はあの日なんにも言えなかった。
×
!
24
×
!
⋮⋮最後に比企谷くんとお話
なんかこんな綺麗な青空見てたら卒業
そういえばなにかを口にした気が⋮⋮。
﹁あ、あはは∼⋮⋮。あのね
く、苦しいかな⋮⋮
したなぁ⋮⋮って⋮⋮﹂
式の時のこと思い出しちゃっててね
!?
﹂
もしかしてお家が近い
!?
た。
﹁そうなんだー
私はうちがここの近くなんだよ∼。私もこの公園が
そういうと見覚えのある駅前の大型書店さんの紙袋を掲げてくれ
で、天気の良い日なんかは買った新刊をここで読んだりしてて﹂
の近くの書店まで来るんすよ。⋮⋮で、この公園が結構良いとこなん
﹁あー、そういうわけじゃないんですけどね。たまに足を延ばしてこ
とか
﹁ところで比企谷くんはなんでここに居るの
ふぅ∼⋮⋮なんとか納得してくれたみたい⋮⋮
﹁⋮⋮あー、そういう事っすか⋮⋮。マジでびっくりしましたよ﹂
変な子って思われちゃったかな⋮⋮
?
?
?
だなんて⋮⋮。
って事だよっ
私は席をずらし、少し開いたスペースをポンポンと叩く。
頭上に疑問符浮かんでるけど、お隣どうぞ
﹁えっと⋮⋮それじゃ失礼します﹂
?
なは元気
とか、あとは私の大学生活の愚痴とかね。
あれから生徒会のみんなはうまくやっているかとか、奉仕部のみん
私達はあの日の卒業式以来、二ヶ月ぶりにいろんなお話をした。
ん。
あの日と同じように照れた様子で、私の隣に腰を掛ける比企谷く
!
本当にびっくりした。まさか比企谷くんもこの公園によく来てる
お気に入りで、よくここにお散歩にくるんだー﹂
!
本当に久しぶり。
なんだかとっても穏やかな時間が流れた⋮⋮こんなに安らぐのは
?
25
?
×
×
﹂
﹁比企谷くんは⋮⋮さ、⋮⋮またここに本を読みに来たりするのかな
もっといっぱいお話したいな⋮⋮。
楽しい時間はあっという間に過ぎてしまった。
×
思い切って聞いてみる。
いいとこでしょおー
別に私はなんにも偉くな
﹁⋮⋮そっすね。ここ結構気に入ってるんで﹂
﹁そっかぁ。へへー
いんだけどねーっ﹂
!
くれてるなんて、なんか嬉しいな。
そうだ
またここでお話したいな⋮⋮。
あ
ま っ た く ぅ。失 礼 し ち ゃ う
せっかくだから連絡先交換しようよー
﹂
な に よ ー、そ の 嫌 そ う な 顔 ー
﹁え⋮⋮、連絡先っすか⋮⋮
﹁あ ー
﹂
でも子供の頃からのお気に入りの場所を比企谷くんも気に入って
!
﹁比企谷くん比企谷くん
!
﹂
私が交換したいって言ってるんだから、おとなしく言う
こと聞くんだよー
!
すると比企谷くんは﹁了解っす﹂と、スマホを手渡してきた。
?
﹁いいのっ
たって別にいいことなんてないですよ﹂
﹁いや
そんなこと無いっすよ⋮⋮ただ俺なんかの連絡先なんか知っ
気をつけなくっちゃっ。
見られちゃうのかも。
んにあざといあざとい言われてたから、もしかしたら私もそうやって
昔から自然としちゃってたんだけど、前にいろはちゃんが比企谷く
うーん⋮⋮。こういうのってあざといって言うのかなー⋮⋮
ちょっと頬っぺたを膨らませて怒ってみせる。
なぁ﹂
!
?
!
?
!
!
!
!
26
?
﹁え
私がやるの
﹂
﹂
?
二人で頑張れば出来るか
!?
私はこんなに張り切ってるんだよ
おーっ﹂
!
比企谷くん引いてるな
よーし、頑張るぞー
むっ
!?
もっ
﹁んー⋮⋮。じゃあ一緒にやってみよっか
どう考えても今どきの女の子じゃないよね。
なんか情けない先輩だなぁ⋮⋮。
﹁えへへ⋮⋮、だから私もよく友達にやってもらうんだぁ⋮⋮﹂
慣れてるんじゃないんですか
﹁マジですか⋮⋮。先輩は俺と違って友達多そうだから、こういうの
りやり方が分からないんだよー﹂
﹁え、えーっと⋮⋮困ったな⋮⋮。その⋮⋮私も機械に弱くてあんま
んすよ。なのでお願いします﹂
﹁あんまり人の連絡先なんか登録する機会ないから使い方分からない
!?
おーっ﹂
!
﹁お、おー⋮⋮﹂
﹁頑張るぞー
じゃあやってくれるまでやっちゃうもんねっ
!
てくれた
やったね比企谷くんっ
﹂
!
と胸を張ったら、
そうっすね﹂
私がえっへん
もう
完全に馬鹿にしてるでしょーっ
比企谷くんが思わず笑った。
﹁ぷっ
!
﹁へへ∼
ないと悪戦苦闘して、ようやくお互いの連絡先の交換が終わった。
それからすぐそばで肩を並べて座りながら、ああでもないこうでも
なんか可愛いなぁ⋮⋮。
!
!
!
どこか緊張したり照れたりしてた。
さっきからだって何度かチラチラと笑顔は見せてくれていたけど、
でも⋮⋮ようやく比企谷くんがちゃんと笑ってくれた⋮⋮。
!
!
27
!?
!
真っ赤になりながらも、仕方ないなぁ⋮⋮って顔で一緒に手を上げ
!
!?
だからこんなに自然な笑顔を見られたのが素直に嬉しかった⋮⋮。
それと同時に気付いてしまった。
私は⋮⋮⋮⋮比企谷くんに謝りたかったわけでも怒りたかったわ
けでも、ましてや救ってあげたいだなんて偉そうな事を思っていたわ
けでもなかったんだ⋮⋮。
ただ⋮⋮ただ笑顔でいて欲しかったんだ。
﹃最低だね﹄
同じ一言でもあんなに辛そうな顔したりあんなに嬉しそうな顔を
した比企谷くんに、ただ心から笑っていて欲しかったんだ。
たとえ小さな一歩でも、これは私達にとって
!
28
そして今は、比企谷くんを笑顔にする⋮⋮そんな役目を担うのが自
分だったらいいのに⋮⋮なんて、大それた事まで頭を過ってしまって
いる。
比企谷くんの周りには、そんな役目をしたいと思っている素敵な女
の子達が何人もいる。
そしてあの子達なら、いつか比企谷くんを本当の笑顔にしてあげら
れるだろう。
そして比企谷くん自身も心の奥底でそれを求めてるんだろう。
﹂
それが分かっちゃってるから、私は卒業してから総武高に足を運ぶ
成せば成るもんだねぇ﹂
のを躊躇っていたのかもしれない。
﹁いやぁ
﹁そんなに大したことでも無くないっすか
は偉大な一歩だよー﹂
﹁そんなこと無いよー
でも⋮⋮今はこんなに自然に笑ってくれてる。
?
!
﹁ぶ っ
﹂
ア ー ム ス ト ロ ン グ か よ っ。め ち ゃ く ち ゃ 大 そ れ た 事 に な っ
ちゃってんじゃないすかっ
比企谷くんのこんなに楽しそうな笑顔を見てたら、段々と図々しい
思考が頭の中を駆け巡り始めちゃったよ
欲しい。私の隣で⋮⋮。
それに似たようなものでしょ
﹂
ちょっとは頑張っ
?
﹁大それた事だよー
んなにも青かったんだから
﹂
だから、ちょっとは夢見ちゃってもいいよね
ちゃってもいいよね
﹁それはガガーリンっすからっ
だって、空はこ
でも⋮⋮私だって笑顔にしてあげたい。比企谷くんに笑っていて
そこに私が居ないのは分かってる。
る。
比企谷くんにはとても大切な場所がある。とても大切な人達が居
!
企谷くんをめぐりあわせてくれたんだからっ
おわり
!
だって⋮⋮あの日と同じ、こんなに澄んだ青空が、こうして私と比
!
?
!
!
?
29
!
!
好きです
付き合ってください⋮⋮
﹂
美しきぼっちの姫の初恋は、格好悪いぼっちヒーロー
﹁鶴見さん
!
私は男子なんて大嫌い。バカでガキで軽薄で。
私に告白してくるような男子って本当にガキ。
全然喋った事も無いのに、何が好きなの
そもそも私は恋愛なんかに興味ないし。
見た目が好みってだけなのは好きって言えるの
?
鶴見さーん
﹂
お疲れー
また振っちゃったの
入学してから
ただ憧れてるだけで、好きとかそういうんじゃ決して無いけど。
け。
私が唯一興味があるのは、目の淀んだ格好悪いぼっちのヒーローだ
だから私は男になんかこれっぽっちも興味はない。
じゃん。
同性とも上手くやれないのに、異性となんか上手くやれるわけない
?
教室に荷物を取りに戻る為に廊下を歩きながらぼそりとそう呟いた。
私、鶴見留美は、名前も知らない男子に呼び出されて告られたあと、
﹁バッカみたい⋮⋮﹂
と思ったらこんなんばっか。
女子はほとんど話し掛けてこないのに、男子から声を掛けられたか
⋮⋮なんだか中学に上がってから、こういうことが多くなった。
﹁ごめんなさい。私あなたのこと知らないし興味ないから﹂
!
!
!
?
30
!
第一、歳が離れすぎてるし⋮⋮。
﹁あっ
何人目
!? !
﹁あ、小野寺さん。⋮⋮もう。からかわないでよ﹂
この子は小野寺さん。
中学に入ってから出来た私の唯一の友達。
私 は 六 年 生 の 時 に 仲 良 く し て た 子 た ち か ら ハ ブ ら れ て ぼ っ ち に
なった。
でもそれは自分にも責任がある事だから、別にハブってきた子たち
に恨みとかそういうのは全然無い。
でもそれ以来、他人と関わるのが面倒くさくなっちゃって、一人で
何でも出来るように努力して一人で生きていこうと決めていた。
そんな時に出会ったのが小野寺さん。
この子も他の子たちとはなんか違うなって直感があって、この子も
私にそれを感じ取ったみたい。
だって明日の放課後、憧れのヒーローに会い
じゃあなんかあったらまた教えてね
んじゃ帰
私は少しは強くなれたと思う。一人でも生きていけるくらいに色
31
やっぱり小野寺さんも私と境遇が似ていて、私達はお互いに唯一の
友達となった。
それでも前の経験から、信じたり信じられたりするのがちょっと恐
いんだけど、この子とならなんとか上手くやっていけそうな気がす
る。
﹂
嘘ばっかー
﹁ホント男なんてバッカみたい。全然興味ないし大っ嫌い﹂
﹁へへん
に行くんでしょー
!
えっと⋮⋮あいつは別。⋮⋮男とかそんなの関係なくて、た
﹂
﹁そ っ か そ っ か ー
ろっか
﹁うん﹂
!
だ憧れてるだけだもん﹂
﹁⋮⋮
?
!
そうなんだ。私は明日、ようやくあいつに会う決心をしたのだ。
!
!
?
んな努力をした。
そして⋮⋮一人だけだけど友達も出来た。
!
だから、これでようやくあいつに会いに行ける。
あいつにありがとうって言えるんだ⋮⋮
×
んないと⋮⋮
違うのかな⋮⋮いや、そんなはずない
行っちゃおうとした。
少し近付いてジーっと見てると、なんだかばつが悪そうな顔して
!
いてしてしまった。
⋮⋮あれ
私があいつを見
その男子もチラリと私に視線を寄越すと、またプイッと向こうを向
来るのが視界に入ってきた。
すると、自転車を押しながらどこか見覚えのある猫背の男子が出て
分からないんだもん。
ちょっと居心地悪いけど仕方ないよね。あいつがいつ出てくるか
だよね。
そりゃ中学生が校門の所で男子をキョロキョロ見回してたら異質
んー⋮⋮やっぱりすごく視線を感じるなぁ⋮⋮。
子生徒をキョロキョロと見ていた。
私はあいつを絶対に見逃しちゃわないように、校門から出てくる男
!
あいつ⋮⋮頭よかったんだ。なんかムカつく⋮⋮私ももっと頑張
学校らしい。
中学生になってから初めて知ったんだけど、総武高校ってすごい進
ていた。
翌日の放課後、私は総武高校という高校の校門の前であいつを待っ
×
間違えるわけないもん。
?
32
×
間違いない
やっぱり私のヒーローだ
私はドキドキして逸る気
!
﹂
持ちを押さえながら、逃がさないように駆け寄った⋮⋮
﹁八幡
!
!
じと見た。
﹁お前、ルミルミか⋮⋮
﹂
クリスマス以来の再開なのに、第一声がルミルミなの
八幡にルミルミって言われるのはなんだか嫌い。
むっ
?
﹁だからルミルミっていうの、キモい﹂
てくれた⋮⋮。
﹁ほいよ﹂
﹁ありがと﹂
×
﹁んで
﹂
?
ように決めてたの﹂
ど、ちゃんと自分の事は自分で出来るようになるまでは会いにこない
﹁八 幡 ⋮⋮。ご め ん ね。本 当 は も っ と 早 く 会 い に 来 た か っ た ん だ け
るよね。
一息つくと、八幡が早速訊ねてきた。そりゃ急に来たらびっくりす
今日はどうしたんだ
缶を開けて飲んでみる。⋮⋮あっまい⋮⋮。
だって子供じゃん⋮⋮。
八 幡 て こ ん な の 好 き な ん だ。私 の こ と 子 供 扱 い す る く せ に 自 分
コレってMAXコーヒーってやつだ⋮⋮。
飲み物を買ってきてくれた。
八幡は私をベンチに座らせて待たせておくと、近くの自動販売機で
私と八幡は、高校から少し離れたところにある公園に来ていた。
×
私が不機嫌にそう伝えると、八幡は苦笑いしながらも私を迎え入れ
!?
そう名前を呼ぶと、八幡はすっごくびっくりした表情で私をまじま
!
!
?
33
×
そう。私はずっと八幡に会いたかったの。
林間学校の後は諦めてたけど、クリスマスで奇跡の再会をはたして
なんで謝るんだ
謝られるような事をした覚えはないぞ﹂
からは、ず∼っと会いたかった。
﹁ん
⋮⋮むっ
﹁おい、聞いてるか
﹂
﹁俺はお前に礼なんて言われるような立場じゃねえよ﹂
もクリスマスの時も言えなかったから﹂
﹁私ね、八幡にずっとありがとうって伝えたかったの。林間学校の時
?
前に会った時、あんなに注意したのに⋮⋮
ホント八幡ってばか。
﹁⋮⋮お前じゃない。⋮⋮留美﹂
﹁お、おう悪い⋮⋮。えっと留美﹂
﹁⋮⋮ん﹂
惨めさなんか感じなくなった。私も八幡みたいになれた﹂
出来るようになりたくて頑張った。勉強も、運動も。そしたらもっと
惨めさは感じなくなれたの⋮⋮。だからこれからは一人でなんでも
は惨めな思いをしなくなった。結局あのあとも一人だったけど、もう
バラにさせるなんて、本当に最低。⋮⋮でもね、でもそのおかげで私
﹁確かに八幡のしたやり方は最悪。小学生の女の子を怖がらせてバラ
だからそんな八幡に、私は思いの丈を語った。
私の真剣な声に、今度は真剣にちゃんと耳を傾けてくれた。
幡の問題で、私は八幡にありがとうって言いたかったの﹂
﹁それは違うの。八幡の言いたいこと、確かに分かる。でもそれは八
だって⋮⋮まずは私の気持ちを聞いてよ。
八幡はそう言い掛けたけど、途中で遮ってやった。
﹁だ、だから俺は留美にお礼を言われるような⋮﹂
でもちょっとだけドキドキする⋮⋮。
うん⋮⋮。留美って呼ばれるのはなんか嬉しい⋮⋮かも⋮⋮。
!
八幡はなんで私が怒ってるのか気付いてない。
?
!
自分が少しでも八幡みたいになれたって思える事が、なんだかすご
34
?
く嬉しい⋮⋮。八幡はちょっと困惑気味だったけど。
ど う せ 俺 み た い に な っ ち ゃ ダ メ だ ろ ⋮⋮ と か っ て 思 っ て る ん で
しょ
八幡なんて単純だから、すぐに分かっちゃうんだから。
でも私が嬉しいんだからそれでいいの
熱い⋮⋮たぶん顔が真っ赤になってる。なんだろ
これ⋮⋮。
すごく嬉しいのに、なんか八幡の顔が見れない⋮⋮。
﹁⋮⋮うん。⋮⋮だからありがと﹂
﹁そっか⋮⋮。良かったな﹂
ンって、優しく頭を撫でてくれた⋮⋮。
自分の気持ちを話しきると、八幡はとっても優しい笑顔でポンポ
なれそう⋮⋮。だからもっと惨めじゃなくなるの﹂
でもその子も私と同じような境遇でね。その子となら本当の友達に
裏切られるかもって怖くて、まだそこまで踏み込めてないんだけど、
ようになったから。自信もてたから。ホントはいつまた裏切るかも、
﹁そしたらね、私、中学生になってから友達が出来たの。一人で出来る
!
?
私は恥ずかしくて顔をあげる事が出来ず、ただコクンと頷いた。
×
×
た。
どうしたんだろ
﹂
?
﹁八幡⋮⋮
どうしたの
チラリと覗き込んでみた。
八幡に見られちゃわないように、少しだけ⋮⋮ほんのちょっとだけ
?
するとなぜだか急に憑き物でも取れたかのように、とってもいい表
﹁いや、なんでもねえよ⋮⋮留美、ありがとな﹂
ちゃった。だって⋮⋮なんか心配になっちゃったんだもん。
とっても難しい顔してたから、恥ずかしいのも忘れて思わず聞い
?
35
?
私が恥ずかしくて俯いていると、八幡も何も言わずに黙ってしまっ
×
情になって私にお礼を言ってくれた。
⋮⋮なんで八幡がお礼を言うの
﹂
私はキョトンとして八幡を見つめる。
﹁
た⋮⋮。
でも今はとってもいい顔になって、なんでか私にお礼を言ってくれ
私を助けてくれた時とおんなじように。
の悩みじゃなくって他人の悩み。
たぶん八幡はまたなんか悩みを抱えてるんだろうな。それも自分
﹁⋮⋮でもなんかいい顔になったし、まあいっか﹂
⋮⋮⋮でも、
私がお礼を言いに来たのに、八幡がお礼を言う意味が分かんない。
?
良く分かんないけど、私も八幡の役に立てたのかな⋮⋮
×
﹂
他には誰も居なくても、たぶん八幡が居てくれればそれだけでなん
八幡と一緒に学校に通えたら楽しいだろうな⋮⋮って。
まだ小学生の頃も中学生になってからもずっと思ってた。
ころには社会人﹂
に、私が高校生になるころには八幡は大学生だし、私が大学生になる
校に通えたら、つまんない学校も少しは楽しくなるかもしれないの
﹁だって⋮⋮私、八幡と歳が離れすぎてるんだもん。八幡と一緒の学
だってさ⋮⋮
八幡が心配そうに私の顔を覗き込んできた。
﹁どうかしたのか
私は思わず溜め息をついてしまった。
る⋮⋮。
なんだかとっても楽しくて嬉しくて⋮⋮だからちょっと切なくな
てると良く分かる。
やっぱり八幡は私が知ってる人たちとは全然違う。こうして話し
×
?
36
?
×
にも問題ない気がする⋮⋮。
﹁あのな、留美⋮⋮。それはいくらなんでも恥ずかしいんだが⋮﹂
八幡はなんか照れくさそうに缶コーヒーを口につけた。
私は今ふと頭を過った希望的観測を八幡に伝えてみる。
﹂
﹁ねえ、八幡﹂
﹁ん
﹁留年してよ﹂
﹂
﹁だってつまんないんだもん﹂
⋮⋮一緒、に
⋮⋮どうなんだろう。でもこれなら⋮⋮。
な
﹂
ちょっと恥ずかしいけど、思い切って聞いてみよう
⋮⋮ゴホッ
なんだよ急に⋮⋮。まぁ別に居ねえけ
﹁ねぇ、八幡ってさ⋮⋮彼女いるの
﹁ブハァッ
ど﹂
?
でも良かった
彼女居ないんだ⋮⋮
また八幡にハンカチを渡してあげた。
また吹き出しちゃった⋮⋮。コーヒー無くなっちゃうよ
!
る。
なんだか自分でもすっごくテンションが上がっちゃてるのが分か
!
?
!
!
﹁うーん⋮⋮でもなぁ⋮⋮私が大学生になるころには⋮うーん﹂
⋮⋮
だったら別に同じ学校に通わなくても、一緒に居れるの⋮⋮かな
?
でもそうすれば八幡と一緒に居れると思ったんだもん⋮⋮。
さすがに無理かぁ⋮⋮。当たり前だよね。
死ぬかと
き た な い な ぁ。八 幡 て ば コ ー ヒ ー 吹 き 出 さ な い で よ っ
﹁ブフォッ
も う
おま、急になんてこと良いやがんだよ
えっと⋮⋮ハンカチハンカチ⋮⋮。
ゴホッ
﹁ゴハッ
!
大体何回留年すりゃいいんだよ⋮⋮﹂
思ったわ
!
!
!
やっぱり八幡て子供。
!
!
!
37
!
?
?
﹁そりゃ八幡なんかに彼女なんて居るわけないよね﹂
そう⋮⋮この方法があるんだ。八幡と私は男と女なんだもん。
全然変な事じゃ⋮⋮ないよね⋮⋮
﹁⋮⋮⋮⋮だったらさ、私が高校生とか大学生になってもまだ彼女い
ないんだったら、私が彼女になってあげる⋮⋮﹂
勢いで言っちゃってから、すっごい顔が熱くなってきちゃった⋮⋮
で、私だっていつまた
でも⋮⋮別に八幡が恋愛対象とかって言ってるわけじゃないもん
﹁お、おい⋮⋮﹂
﹁だってさ、八幡なんてずっとぼっちでしょ
こ れ は 可 哀 想 な 八 幡 に、私 が し て あ げ ら れ る お 礼 で あ り、
仕方ないから私が八幡をもらってあげる⋮⋮
ぼっち同士の義務みたいなもん⋮⋮。
そ う
八幡を引き受けてあげる⋮⋮﹂
なればぼっちじゃなくなる⋮⋮。だから仕方ないから、私が可哀想な
ぼっちになっちゃうか分かんない。⋮⋮でもぼっち同士でも二人に
?
張って彼女作るわ﹂
﹁ルミルミゆーなっ
いでもいいし⋮⋮﹂
八幡てホントばか。私がもらってあげるって言ってるんだ
!
から、彼女なんて作んなくてもいーのっ
彼女が出来た八幡を想像したらなんかムカつくし⋮⋮
私は八幡と対等で居たいのに、なんだか子供扱いされてるみたいだ
それにやっぱり八幡にルミルミって言われるのは嫌い。
!
!
もう
⋮⋮⋮それに、別にそんなに無理して頑張んな
﹁ありがとな、ルミルミ。ルミルミに余計なお手数かけないように頑
ンポンって、撫でてくれた。
真っ赤になった私をなんとも言えない苦笑いで見ると、また頭をポ
!
!
!
38
!
!
から⋮⋮。
×
⋮⋮。
私は駆け出しながらいい事を思いついた。
またこうやって八幡と会える口実を作ろう
た。
﹁八幡
また会いに行くから、その時はあんな甘ったるい缶コーヒー
家のすぐ近くの角まで来たところで、私はくるりと八幡に向き直っ
!
八 幡 と 離 れ る の は な ん か 辛 い。も っ と 一 緒 に 居 れ た ら い ー の に
﹁おう。そうか﹂
﹁ありがと⋮⋮。もうすぐそこだから、ここまででいい﹂
くまで送ってくれた。
その後もちょっと話してたら結構遅くなっちゃって、八幡は家の近
×
でも八幡は⋮⋮優しく頷いてくれた。
﹂
やくそく
﹁おう、パフェくらいいくらでもおごってやるぞ﹂
﹁うん
戻る。
夕ご飯を食べてお風呂に入って、パジャマに着替えて自分の部屋に
×
私は嬉しくって、八幡が見えなくなるまで手を振り続けた。
八幡とまた絶対に会える約束を取り付けた
やった
!
!
やった
!
×
!
八幡めんどくさがりだから断られちゃったらどうしよう⋮⋮。
言っちゃったあとにすごく緊張してきた⋮⋮。
じゃなくて、パフェとかおごってよ﹂
!
!
39
×
×
部屋のドアを開けてすぐ目に飛び込んできたのは、机の上に大事に
置いといた黄色と黒の派手な空き缶。
私はその空き缶を手に取るとベッドにちょこんと座り、もう片方の
すっごく嬉しくって、すっごくドキドキして、すっご
手で今日二回も撫でて貰った頭をそっと撫でてみた。
﹁えへへ⋮⋮﹂
なんだろう
﹂
これだけあれば八幡とあそこに行けるっ
﹁バッカみたい⋮⋮っ﹂
ゆるの笑顔だった⋮⋮。
そこに映った私の顔は、どうしようもなく緩み切った情けないゆる
﹁なに⋮⋮このだらしない顔⋮⋮キモい﹂
えてしまった。
そんな時、ふと壁ぎわに置いてある姿見に映りこんだ自分の顔が見
いた。
私は空き缶を胸に抱き、なんだかベッドの上をごろごろと転がって
へぇっ﹂
﹁さ っ き あ ん な に 話 し た ば っ か り な の に、早 く 会 い た い な ⋮⋮ へ
よし
私は貯金箱を開けた。
﹁そうだ
なんか変なの。バッカみたい⋮⋮。
く暖かい⋮⋮。
?
そう言う私の顔は、さらに緩み切った笑顔になっていた。
40
!
!
!
⋮⋮あ
41
⋮⋮⋮⋮ああ、そっか⋮⋮⋮私、恋しちゃってたんだ⋮⋮
のぼっちのヒーローに⋮⋮
!
!
ぼっち姫の初デートは、運命の潮風と共に︻前編︼
季節は7月へと移り変わり、まだまだ梅雨は明けないものの、切れ
間に降り注ぐ陽射しは次第に本格的な夏へと空気を変えていく。
本日も滞りなく部活と言う名の受験勉強を終え、俺は帰宅の途に就
くべく駐輪場から自転車を取ってくると校門へと向かった。
校門まで愛車を押して行くと、校門の外にはいつもと違う光景が待
ち受けていた。
てかデジャヴ
そこには、いつぞやと同じように黒髪ロングのとても可愛らしい女
子中学生が、帰宅中の総武高生徒たちにキョロキョロと視線を向けて
いた。
あのセーラー服美少女戦士もといセーラー服美少女中学生は、確実
に俺を待っているのだろう。
⋮⋮やばい。またしても奇異と好奇の視線に晒されるのか⋮⋮。
また一色にバレたら尋問待ったなしだな⋮⋮。
﹁おう、留美﹂
まぁそうは言っても仕方が無い。
わざわざ留美が会いに訪ねてきてくれた事は素直に嬉しいし、今度
⋮⋮八幡っ
﹂
はこっちから声を掛けてやった。
﹁
あれ
前に訪ねてきた時よりすげえ嬉しそうに寄ってきてくれて
なんか心なしか顔が超赤いが、まぁ暑っついからな。
るんだけど。
?
42
?
!
ぱぁぁっと笑顔になって嬉しそうに駆けてくる留美。
!
⋮⋮久しぶり⋮⋮っ﹂
﹁よう、半月ぶりくらいか。元気にしてたか
﹁うんっ
やっぱり視線が痛いよぉ
﹁今日は⋮⋮どうしたんだ
﹂
くっ
﹂
⋮⋮とっ、とりあえずまた場所変えるか
なんかその反応ちょっと恥ずかしいんですけど⋮⋮。
まってる。
あんなに嬉しそうに駆け寄ってきたのに、今は俯いてもじもじしち
?
留美が無駄に可愛い分、このシチュエーションが超目立つ
!
!
?
今日は誘いにきただけだからいい。話、すぐ終わるから﹂
﹂
﹁ううん
﹁誘い
?
よね。
キモいと言われた時のような謎の高揚感が蘇る
﹁前に奢ってくれるって約束したでしょ。忘れちゃったの
謎の高揚感の連続攻撃かっ
幡てばか﹂
くっ
い勝負しちゃう
﹁いやちゃんと覚えてるぞ
﹂
ホント八
⋮⋮そっか。それでわざわざ会いに来て
くれたのか。んで今からどっか行くのか
ずり込もうとしてくれんだよ。
なんか俺、将来いいお父さんになれそう
小町に超ウザがられる我がクソ親父をつい思い出しちまった。や
!
おいおいルミルミ。この短時間でどんだけ俺をいけない道に引き
か八幡﹂
﹁誘いにきただけって言ったでしょ。ちゃんと人の話聞いててよ、ば
?
?
!
やばいなんか俺変態まっしぐら。猫まっしぐらの雪ノ下さんとい
!
!?
!
大人びた女の子が子供っぽくムッとするのってなんか可愛いです
る。
つい今しがたまでもじもじと俯いてたのに、急に留美はムッとす
?
!
43
!
!
!
はり血は争えないのか⋮⋮。
俺の予定とかの確認はないのん
﹁次の日曜日、10時に駅で待ち合わせだから﹂
あっれぇ
学習しないわけ
﹁いや待てルミルミ。俺の予定の確認⋮⋮﹂
﹁だからルミルミってゆーなっ
?
いやルミノ下さんか
んでもいいくらい
﹂
この罵倒のコンボは、もうまじミニ雪ノ下さん。ミニノ下さんと呼
!
﹁そうすか⋮⋮﹂
う決定してんの
﹂
﹁大体日曜日に八幡に予定なんて入ってるわけないじゃん。だからも
?
!
いやホント自分に感動して泣いちゃう
﹂
!
俺はこのあと、雪ノ下たちに話を広められないように相模に事情を
いた⋮⋮。
烏合の衆の中に、カバンを落として戦慄の眼差しを向けている相模が
恐る恐る視線を向けると、今のやりとりに好奇の視線を向けていた
お前かよ⋮⋮。
﹁いや比企谷⋮⋮さすがにこれはないでしょ⋮⋮﹂
していると、近くでドサッ⋮⋮という音が⋮⋮。
嵐のように現れて嵐のように去っていってしまった留美に呆然と
ていってしまった⋮⋮。
また頬を赤らめてプイッとそっぽを向くと、そのままタタッと走っ
から、遅れないでよねっ⋮⋮
﹁⋮⋮じゃあ、そういうわけだから⋮⋮。まぁまぁ楽しみにしてんだ
!
中学生に完全にやり込められてる俺まじクール。
!
すべて説明し必死に説得するのだった⋮⋮。
44
?
?
×
×
てか別にやましいこととか一切してないのに弱みとかなんなのん
ずに済んでいた。
相模に弱みを握られたものの、なんとか無事この日までは通報され
そして日曜日。
×
さすがの俺でも中学生の女の子を炎天下の中待たせとくようなマ
ネは出来ないので、かなり時間に余裕を持って家を出た。
スマホで時間を確認する。
﹂
﹁うわっ⋮⋮まだ30分近くあるわ。早く着き過ぎちまったな。プリ
キュア見てから出発の準備すれば良かった⋮⋮あれ
てないよね
マジかよ⋮⋮早く来て良かったわ⋮⋮てか待ち合わせ時間間違え
らしき女の子が待っていた。
そこには待ち合わせまでまだ30分もあるというのに、すでに留美
?
いる雰囲気すべて加味した上での総合的印象での話だ。
留美は確かに大人びている。だがそれは態度や仕草、持ち合わせて
⋮⋮これはマズい⋮⋮。
させているその姿は、全体的に見てなんというか大人っぽい。
落ち着いた色合いのリボンが付いたカゴバックを両手でブラブラ
とつにまとめ、前方片側に垂らしている。
ルに付いているのと同じコサージュの付いたヘアゴムでサイドにひ
髪は肩くらいの位置でワンポイントのお洒落なのであろうサンダ
元はコサージュ付きの編み上げサンダル。
白のノースリーブワンピースに七分丈のデニムレギンスを合わせ、足
留美は、首周りやスカートの裾に上品なレースがあしらわれている
!?
45
?
なにが言いたいかというと、今の留美は対外的に見たら背伸びして
大人っぽい格好をした可愛い女子中学生にしか見えない。
いやそれで間違いはないのだが⋮⋮
もっと子供っぽい服装で来てくれれば、いくら可愛くても小町と同
じように兄妹として見られる可能性が高かったのだが、これでは﹃ヤ
バい目をした大人の男が、背伸びして大人っぽい格好をしている女子
中学生を連れまわしている﹄という図にしか見えない⋮⋮。
これは職質待ったなし☆
⋮⋮ぼくは今日捕まらずに無事に過ごせるのでしょうか⋮⋮
﹁八幡っ
﹂
?
もんだ。
どうせ八幡のことだから、時間ぴったりくらいにダラ
なにそれ最高に幸せじゃん
﹁八幡早いね
!
今まで俺に満面の笑顔で駆け寄ってきてくれたのは戸塚くらいな
が来ようとは⋮⋮。
俺の人生で、こんなにも女の子に嬉しそうに駆け寄ってもらえる日
俺の姿を確認すると、またまた嬉しそうに駆け寄ってきた。
×
いな。
そんなにパフェが楽しみだったのか。
﹁そっか。じゃあ行くか﹂
サイゼでいいの
?
﹁うんっ﹂
さて、しかしパフェってどこ行きゃいいんだ
?
嬉しそうに頬を赤らめるルミルミ。今日の留美はすげえ機嫌がい
に早く着いちゃっただけだから八幡は気にしないで﹂
﹁うん。ちょっと楽しみだったから早く着いちゃった。でも私が勝手
し留美はさらに早く着いたんだな。結局待たせちまったか﹂
﹁いや、さすがに女の子を待たせちまうのもアレかと思ってな。しか
ダラ歩いてくると思ってたのに﹂
!
46
×
!
×
それともこんなに楽しみにしてたんだから、どっか行きたい店でも
﹂
よくよく考えたら、たかがパフェ食う為だけに、なん
あるんだろうか。
いや待てよ
で待ち合わせがこんなに早いんだ
﹁ほら八幡。早く行くよ。時間がもったいないでしょ
どうやら留美には明確な目的地があるようだな。
電車乗んの
ここら辺の店じゃないのか﹂
?
やっべぇ⋮⋮俺マジでいろはすに対する戸部状態
ま、まぁ男は年下の女の子には弱いっつう事でオナシャス
﹂
なったの⋮⋮
⋮⋮あれ、なんとか
と思っていると、
﹁八幡⋮⋮さぁ、なんか悩み事抱えてたでしょ
?
まっ⋮⋮﹂
かった⋮⋮
我慢して待ってた甲斐があった⋮⋮⋮八幡、お疲れさ
﹁そ っ か ⋮⋮ よ く 分 か ら な い け ど、私 が 八 幡 の 役 に 立 て た ん な ら 良
の瞬間にはとても柔らかい笑顔になった。
すると真っ赤に染まって驚いたように目を見開いたが、でもその次
﹁ああ、なんとかなった。しかも留美のおかげでな。サンキューな﹂
⋮⋮。
ダメだな、俺は。こんな小さな少女にもバレバレな態度だったのか
正直驚いた⋮⋮相模の件か⋮⋮。
﹂
﹁悩み事⋮⋮
?
?
なんか言いたい事があるなら言いなさい
でもたまにチラチラと上目遣いで覗き込んでくるんですよね⋮⋮。
ずっとそっぽを向いている。
どこに行くかも分からないまま電車に揺られ、留美の方を見ても
!
!
簡潔な一言で指示を出し、プイッとそっぽを向いてしまう。
﹁いいから早く﹂
﹁あれ
と、なぜか留美は改札へと向かう。
大人しく行きたいとこに着いてくか。
まぁ今日はお礼も兼ねて留美に喜んでもらう為に来たわけだから、
!
?
?
?
!
47
?
﹁お、おう。ありがとな﹂
なんだよ照れくせえな。
てか我慢して待っててくれたのか
しただけの事なのに⋮⋮。
たかがパフェ奢るって口約束
たくしゃあねえな⋮⋮じゃあ今日は思いっきりルミルミに楽しん
?
なんで
でもらえるよう、いくらでも奢ってやりますかね。
⋮⋮あれ
×
⋮⋮。
﹁いやいやなんで
パフェ食いにきたんじゃないの
﹂
?
パフェ﹃とか﹄って言った。中にパフェあるか分かんないけど、
なにその理論
どっかでパフェ奢るつもりで家出てきたのに、いつの間に
かディスティニーシーで遊ぶことになってるみたいですよ
俺が驚愕の表情を向けていると、
るんだけど、シーはまだ行ったこと無かったから来てみたかったんだ
﹁私お父さんとお母さんにランドは何回か連れてってもらった事があ
?
あれー
!
ソフトクリームとチュロス食べれば似たようなもんでしょ﹂
﹁は
すると留美は気まずそうに目を泳がせ口を尖らせる。
?
ト 売 場 ⋮⋮ い や、夢 の 国 的 に 言 え ば パ ス ポ ー ト 売 場 に 並 ん で い た
気がつくとなぜか俺は留美と一緒にディスティニーシーのチケッ
うモノレールに乗せられることものの数分。
さらに連れてかれるままにディスティニーリゾートラインとかい
と
留美に言われるがまま着いた先はなぜか舞浜だった⋮⋮。どゆこ
?
×
?
48
?
×
?
?
もん⋮⋮ほら、練習にもなるし⋮⋮﹂
耳まで真っ赤にして完全にそっぽを向いてしまった⋮⋮。
そっか。それじゃしょうがないな⋮⋮⋮なんてなるかよ
茶ですね、この子は⋮⋮。
無茶苦
来たらしい友達もまだそこまで踏み込めてないとか言ってたしな。
でもまぁ、まだ一緒に来られる程の友達が居ないのだろう。一人出
⋮⋮。
まさか⋮⋮留美とディスティニーに遊びにくることになろうとは
!
留 美 の ご 希 望 だ。い ざ 一 緒 に 来 ら れ る よ う に な っ た 時 の 予 行 練
習って事で付き合ってやりますかね。
×
に声を掛けた。
今日手持ち大丈夫だよね⋮⋮
一応一万くらいは入れとい
?
からいい﹂
?
自分の分は自分で払う
ちゃんと話聞いてよね。それに貯め
﹁い や で も 中 学 生 に は 高 く ね え か
⋮⋮﹂
﹁奢ってもらうのはパフェとか
てたお小遣い持ってきたから平気﹂
!
そう言いながら留美は自分の分のパスポート代をキャストさんに
?
それに今日は俺の奢りだって
﹁なんで八幡が私の分まで払おうとしてんの
しかし留美は金を払おうとした俺を制した。
ふぅ⋮⋮スカラシップ錬金術で貯めといて良かったぜ。
あとは園内のATMでおろせばいいか。
たはず⋮⋮。
あれ
財布を取り出し二枚分の金を取り出そうと中身を確認する。
﹁大人一枚と中人一枚で﹂
ん
パスポート購入の順番が回ってきた為、販売員さん⋮⋮キャストさ
×
?
49
×
?
手渡した。
大人が奢ってやるって言ってんのに、まだ12歳くらいの女の子が
思わずニヤっとしちゃった所をキャストさんににこ
き ち ん と 拒 否 す る な ん て、⋮⋮ こ い つ 将 来 イ イ 女 に な り そ う だ な
⋮⋮。
っと、ヤベっ
やかに見られちまった
がっていた。
さすがは夢の国だぜ
金の掛け方もドリームクラス
しかしやはり混んでるな⋮⋮。
留美の為じゃなかったら即引き返してるレベル。
これははぐれないように気をつけないとな。
迷子なんかにさせちまったら大変だ。
は
⋮⋮。
そんな事を思っていたら、なんか左手が柔らかいなにかに包まれた
!
パスポートを購入しゲートから園内に入ると、そこには別世界が広
お願い通報しないでっ
!
!
﹁ちょっ
留美
﹂
ちゃったら⋮⋮めんどくさいし⋮⋮﹂
一切俺を見ずに手だけをギュッと握るルミルミ⋮⋮。
もう顔は林檎みたいに赤い。
﹁⋮⋮それに﹂
より一層ギュッと握り、より一層真っ赤に染まり、より一層俯きな
がらもとんでもない事を口走りやがった⋮⋮
!
50
!
!
?
﹁⋮⋮ だ、だ っ て こ ん な に 混 ん で る ん だ も ん ⋮⋮ 八 幡 が 迷 子 に な っ
!
左手を見るとなんか手が繋がれている⋮⋮。
?
﹂
﹁⋮⋮ど、どうせあと何年かすれば恋人同士になるんだから⋮⋮練習
みたい⋮⋮な⋮⋮もんでしょ⋮⋮っ
練習ってそっち
51
続く
!?
!?
ぼっち姫の初デートは、運命の潮風と共に︻中編︼
﹁うわー⋮⋮すごい⋮⋮﹂
ウォータースフィアという地球儀の噴水のあるエントランスから
イタリアの街並みを模した土産物店街のあるメインストリートへと
入り、そこを抜けると一気に視界に広がるその景色に留美が感嘆の声
をあげた。
眼前にそびえる火山と、その火山を囲むように広がる海に、俺も思
わず目を奪われた。
こんな作り物の狭い海ごとき、いつも海沿いを通学している千葉県
民を舐めるなよ
⋮⋮とかって思っていたのだが、地中海の名を冠するらしい、この
メディテレニアンポートとやらの景色は、目の前の火山、周りのイタ
リアの街並みと相まって、とても千葉⋮⋮いや日本とは思えないこの
風景はあまりにも異国情緒漂い非日常的であり、作り物と分かってい
てさえ心踊らずにはいられなかった。
﹂
で、ちょうど噴火してる時にベネチアゴ
あの火山、プロメテス火山っていってね
一日
ルミルミは初めてのそんな景色に大興奮のご様子で、もっと近くに
八幡っ
行きたのだろう、ぴょんぴょんと駆け出す。
﹁ねぇねぇ
に何度か噴火するんだって
後で一緒に乗ろ
あっちに見える要塞みたいになってる所と海賊
ンドラに乗ってると幸せになれるんだってっ
八幡っ
後で一緒に探検しよっ
今火山の所からジェットコースター落ちてきたよっ
!?
﹁ねぇねぇ
!?
!?
!
!
船みたいな所、中を探検できるらしいよっ
八幡っ
!
!
!
!
あれも絶対乗りたいっ
﹂
!
52
!
!
﹂
﹁あっ
よっ
!
あれってセンターオブジマウンテンっていって、超楽しいらしい
!
!
!
入り口ですでにこのはしゃぎようである。
なんか事前に色々と調べてきてるみたいだし、よっぽど楽しみにし
てたんだな。
こういう留美を見てると、普段の年不相応に落ち着いた姿は本当の
留美じゃないんだな⋮⋮と嫌でも気付かされる。
こんなふうに12歳くらいの女の子らしい自然な振る舞いをして
いる留美は、本当に可愛らしい普通の少女だった。
いつもこうしてりゃ、友達なんかに困るような子じゃねえんだけど
いかんいかん
せっかく留美がこんなに楽しんでんだ。
な⋮⋮なんかもったいねえなぁ⋮⋮
おっと
八幡キモい⋮⋮﹂
﹂
ったく⋮⋮気にしないで自然にはしゃいでりゃいいのによ。
しかったらしい。
どうやら普段と違う自分のはしゃぐ姿を見られていた事が恥ずか
﹁⋮⋮なに見てんの⋮⋮
俺の視線に気付いた留美がはっとなり真っ赤に俯いた。
出し、つい留美のはしゃぎまくる幸せな光景に頬を緩ませていると、
なんだか小さい頃の小町を遊びに連れてってやった時の事を思い
一人で勝手にしんみりしてないで俺も楽しまないとな。
!
?
﹁八幡。私今日絶対に行きたいとこがあるんだっ
×
嬉しそうに話し掛けてきた。
﹁そうか。もうこの際どこにでも付き合うぞ﹂
﹁うんっ﹂
どうやら留美が行きたい所というのは、このエリアの隣のアメリカ
ンアクアフロントというエリアにあるらしい。
とりあえずそちらに向けて歩きだしたのだが、留美が急に爆弾を投
53
!
×
少しだけ落ち着いたようだが、それでも興奮を隠しきれない様子で
!
×
﹂
ラ ン ド も 好 き だ け ど、シ ー の 方 が 綺 麗 で 好 き か も
下してきやがった。
﹁す ご い ね っ
⋮⋮八幡もシーって初めてだよね
!
⋮⋮ま、まぁいずれその質問は来るんだろうなとは思って
﹁⋮⋮初めてじゃないの
⋮⋮八幡のくせに誰かと一緒にきたの
﹁⋮⋮⋮⋮あっ
?
そっか。八幡て仲の良さそうな妹居たもんね。妹と
!
﹂
あのちょっとバカそうな、頭に団子乗ってるやつ⋮⋮﹂
あ、あれ∼⋮⋮
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮二人で
るだろ
﹁い、いやー⋮⋮小町じゃなくてだな⋮⋮えっと由比ヶ浜、って覚えて
来たんでしょ﹂
﹂
すると留美はピタリと立ち止まると、急に声のトーンが落ちた。
﹁⋮⋮いや、今日で二回目⋮⋮だな﹂
なんかこういう事言うの照れくせえんだよな⋮⋮
いたのだが。
ぐおっ
?
!
﹁おう、ちょっとな⋮⋮﹂
?
﹁⋮⋮⋮⋮⋮へー。八幡って、ああいうのが好みなんだ﹂
なんか留美さん激おこモードです⋮⋮
ぷくーっと膨らんだ頬っぺと半目になった表情をこちらに向けも
せず、横目で睨んでます⋮⋮
って
﹁いやいや、別に好みだとかそういうんじゃなくてだな、去年の文化祭
でちょっと奢ってもらっちゃった代わりに、一回行ってみっか
話になってたんだ﹂
探りだったんですものっ
いや、まぁ楽しかったっちゃ楽しかったんだが、なんかすげえ探り
だよなぁ⋮⋮
正直あん時はお互いに妙に緊張しちまって全然楽しめなかったん
!
あれだったら、それこそハニトーを奢り返すくらいの方が良かった
!
54
!
﹁お、おう。ちょっとした成り行きでな⋮⋮﹂
?
?
?
かもしれん⋮⋮
ちょっとプロぼっちの俺には背伸びだったな、アレは⋮⋮
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮へー﹂
うわー⋮⋮留美さん超不機嫌ですよ⋮⋮
しっかし、このぷくっと膨らんだ頬っぺといい拗ねた感じといい、
普段よく部室で目にするのとはマジ別もんだな。
なんつうか超可愛い。
あざとい後輩と違って、どちらかといえば戸塚とかめぐり先輩的な
ほわっとした気分になるようなぷくっと頬っぺ。
アレだ⋮⋮
下手したらそれ以上
んな感覚。
となんかやんないもんっ
﹂って涙目で怒ってた時と同じような、そ
つい本気でゲームやって負かしちゃった後の﹁もう小町お兄ちゃん
のような、そんな気分だ。
まだポイント制を導入する前の小さかった小町を相手にしてるか
ああ、そうか
?
ら確実にキモがられちゃうっ
に本人に言えるワケもなく不機嫌モードは継続中。そんなん言った
と、こんな風に心の中ではルミルミ可愛い可愛い言っててもさすが
が、やっぱあの頃とは別ものの可愛さなんだよなぁ⋮⋮
いや、そりゃ今だって小町はめちゃくちゃ可愛くて仕方ないんだ
!
のに、なんで八幡ごときが友達と二人で来てんの
キモい
⋮⋮って
自分で勝手に留美の思考を想像しただけなのになんだか涙
な所なのだろう。
あれ
!
と、激おこルミルミはもう俺をほっといて、とっとと目的地へと向
!?
まぁ留美的には、私だって行く友達なんか居なくて今日初めて来た
!
55
!
まぁ別にガハマさんは友達じゃねぇけどな。
出てきた☆
?
かう模様なので、あんまり刺激すると余計にぷんぷんしちゃうだろう
から黙ってついてく事にしよう。
ルミルミ。
ついてくと言うよりは連れてかれるって感じです
ってか、ついてくもなにもゲートに入ってからずっと手は繋ぎっぱ
なしですからね
かね。
こんなに不機嫌なのに手は離さないんですね
ルミルミに許してもらえるっ☆
﹂
﹂
いや友達
しばらく黙って歩いていると堪り兼ねたのか、留美がこちらも見ず
に急に喋りだした。
急に
﹁⋮⋮八幡。その一回だけ⋮⋮なんだよね⋮⋮
え
﹁⋮⋮お、おう。あれだけだな⋮⋮﹂
一回だけ
じゃねぇけど。
留美より先に友達と遊びに行っちゃうのが
⋮⋮⋮⋮なにが
やったー
﹁⋮⋮⋮⋮⋮許すのは、一回だけだからね⋮⋮っ
?
ンだろうか
いいか。
﹁分かった。了解した。一回だけだ﹂
すると留美はようやく俺に顔を向けた。
いや、まだ膨れっ面だし目だけはそっぽ向きっぱなしだけどね。
﹁じゃあ今回だけ許したげる。やくそく﹂
﹁お、おう。約束だ﹂
﹁⋮⋮⋮⋮ん﹂
ふぅ⋮⋮まだ口は尖んがってるものの、どうやら許してもらえたよ
56
!
?
?
なんかせっかく機嫌直りそうだし、ここは言う通りにしといた方が
?
良く分からんが、これはまた深く追及しちゃったら怒りだすパター
?
?
!
?
!
!?
うだ。
ふぇぇ⋮⋮小さい女の子って難しいよぅ⋮⋮
大きい女の子も全然分かんないけどねっ
!
一番分かりやすいのが大きすぎる独神と言うね⋮⋮ゲフンゲフン
×
時代に来ちゃった気分だぜ⋮⋮
いやホント千葉の誇りでしょ、この夢の国
東京とは違うのだよ東京とはっ
!
でもが停泊している。
いやまじ夢の国はアメリカンドリーム
てんの
ここだけでいくら掛かっ
キラーという巨大なタワーがそびえ、さらにその近くには豪華客船ま
古き良きアメリカの街並みを抜けると、今度は目の前にタワーオブ
!
頭に東京って入ってる所は気にしたほうが負けな。
!
二回目とはいえやっぱすげえな⋮⋮マジでこの一瞬で違う国、違う
街並みはイタリアから古き良きアメリカの街並みに。
激おこルミルミに引っ張られるように連れられていたら、気付けば
×
り⋮⋮
この建物フリーフォールなんだって
後で乗
!
すっごーい⋮⋮﹂
⋮⋮わ∼⋮⋮あっちのおっきい船はレストランになってるん
﹁すっごーい⋮⋮八幡
ろっ
なんかルミルミの心からの感動に心洗われました。
ああ⋮⋮俺にもこんな風に純粋な頃あったのかな⋮⋮
だって
!
夢の国なのにこんなん見ちゃうとこぼれ出るのは夢の無い話ばか
?
!
!
57
×
さらに橋を渡り進んでいくと、ようやく留美の目的地があるよう
だ。
そこはケープゴットという、アメリカ田舎街の小さな漁村をイメー
ジして作られたエリアのようだ。
その漁村を進んでいくとひときわ混んでいる店舗があった。
どうやらあそこが留美の目的の場所らしい。
店内に入ると熊、クマ、くま
なんかもうもふっとした熊まみれっ
﹁八幡
ここはねっ
﹂
シーにしか売ってないダッフルくんとシェル・
ふと隣の留美を見ると、すっげえ目をキラキラさせてる。
えて歩いてたな。
そういやさっきから、老若男女がこんなような熊のぬいぐるみを抱
ちょっと猫みたいのもあるが、基本は熊だな。
!
!
て、どうしても来たかったんだ⋮⋮
﹂
も買えるみたいなんだけど、やっぱりこっちがメインのお店らしくっ
﹁ホントはこっちまで来なくてもエントランス近くとか途中のお店で
り。
手を繋ぎっぱなしなもんだから、俺もあっちこっちと走らされまく
る。
ぎ。うわーっうわーっと目を輝かせては、あっちこっちと走りまく
もうはしゃぐ姿を見られるのなんて気にしないくらいの大はしゃ
メイちゃんっていうテディベアのお店なのっ
?
て 一 人 ぼ っ ち な の ⋮⋮ 今 ま で は 私 も ぼ っ ち だ っ た か ら そ れ で も 良
買ってきてくれたの⋮⋮今も私の部屋に居るんだけどね、友達居なく
﹁⋮⋮ 前 に ね、親 戚 の お ば さ ん が お み や げ だ よ っ て ダ ッ フ ル く ん を
すると留美はそのぬいぐるみを品定めしながら語りだした。
なんだかこんな留美を見れて嬉しくなってきちまったよ。
⋮⋮ホントに普通の女の子なんだな、こいつは。
!
58
!
!
かったんだけど、⋮⋮最近私がぼっちじゃなくなっちゃったからさ、
﹂
ダッフルくんにも友達あげたいな⋮⋮って。⋮⋮だからシーに来た
ら、絶対メイちゃん買おうって思ってたんだ⋮⋮
⋮⋮⋮⋮え
なんだって
私と一緒で丁度いいかな⋮⋮﹂
から、友達というよりは恋人って感じなんだけどね。⋮⋮まぁだから
﹁⋮⋮うん⋮⋮。でもダッフルくんは男の子でメイちゃんは女の子だ
﹁⋮⋮そうか﹂
ているのだろう。
今も部屋で一人ぼっちの友達に、最高の相棒を選んであげようとし
そういう留美はとても優しい笑顔でぬいぐるみを選ぶ。
!
よし。取り敢えず落ち着こう
聞き間違えのハズだしなっ
!
なんかとんでもない発言しませんでしたかね、ルミルミさん。
?
が。
﹁うん⋮⋮
この子に決めたっ
﹂
まぁ選別と言っても念で殴り付けて兵士にする訳ではなさそうだ
そうこうしてる内に、留美の選別が済んだようだ。
ぜ。
売れると見るやこの力の入れよう。マジでドリームは商魂逞しい
付いたキーホルダーみたいなのやストラップなんかもあるんだな。
今ルミルミが吟味しているのと同じ形のちっちゃいぬいぐるみの
られていそうだ。
雪ノ下には申し訳ないが、パンさんグッズよりもよっぽど力が入れ
いる。
あたりを見渡して見ると、その熊のグッズが所狭しと溢れかえって
!
!
59
?
バトル前のポケモントレーナーのような決めゼリフで、むふ∼っと
!
満足した様子でひとつのぬいぐるみを抱える留美。
﹂
そして俺は留美からそのぬいぐるみをヒョイっと奪い取る。
﹁ちょっ⋮⋮八幡なにすんの
﹁⋮⋮はぁ
別に私は八幡にそういうの求めてない﹂
﹁買ってくっからちっと待ってろ﹂
!?
﹂
子供扱いしないでっ
!
ばかっ
知らないっ﹂
生の女の子にこの仕打ち⋮⋮さすがの八幡でも泣いちゃうよ
×
て感じでそっぽを向いたままだ。
の力でこんなに元気にこんなに笑顔なってくれている事に、他でもな
千葉村での俺のどうしようもない失策で救えなかった留美が、自分
相模の件だけではない。
る。
そう。俺は留美に返したくても返せないほどに感謝しまくってい
だよ﹂
﹁そう言わずに貰ってやってくれよ。俺はホントに留美に感謝してん
☆
でもここで笑ったら完璧に激おこになっちゃうから笑わんけどね
ホントにしっかりした子だな⋮⋮思わず笑っちまいそうになるわ。
から。なんかそういう女きらいだし﹂
﹁⋮⋮いらない。私は八幡に買って欲しくて連れてきたわけじゃない
ふーんっ
ぬいぐるみを渡そうとしたが留美は受け取らない。
﹁ほれ﹂
座っていた。
ぬいぐるみを購入し、外に出るとむくれっツラの留美がベンチに
×
?
いやそれにしてもバカバカ連呼しすぎじゃないですかね⋮⋮中学
!
かすんじゃねーの
﹁ばか八幡っ
!
むくれて外に出て行っちまった⋮⋮
!
﹁いいから外のベンチにでも座って待ってろ。子供はそういう遠慮と
?
!
60
×
い俺自身が救われているのだ。
﹁それに留美の中学進学祝もあげられてないしな。それにあれだ、友
達が出来たお祝いとかも全部含めたらこれじゃ足んねぇくらいなん
だし、せめてもの俺からのプレゼントっつう事で⋮⋮なっ﹂
すると留美はむくれたままだが俺の手からぬいぐるみを奪いとる
と、顔を半分うずめてギュッと抱きしめた。
﹁ばかはちまん⋮⋮じゃあしょーがないから貰ってあげる⋮⋮﹂
そうは言いながらも、半分だけ見えてる顔からのぞく瞳はとても嬉
しそうにしてくれてるから、一応正解って事でいい⋮⋮のかね。
こんな女の子の態度を見ちまうと、また俺の溢れ出るお兄ちゃんス
キルが発動しちゃうぜ
俺はそっと頭を撫でて、この素直になれないお姫様に感謝の意を伝
えた。
﹁そっか。貰ってくれてありがとな﹂
すると留美はより一層ぬいぐるみに顔をうずめてギュッと抱きし
めると、真っ赤になりながらもいつものこいつらしく、一言の悪態と
ばか八幡っ⋮⋮⋮⋮でも⋮⋮ありがと
一言の感謝の気持ちを伝え返してくれるのだった。
﹁だから子供扱いしないでっ
⋮⋮。大切にする⋮⋮﹂
続く
!
61
!
ぼっち姫の初デートは、運命の潮風と共に︻後編︼
お姫様に感謝の贈り物を無事に手渡たせた俺は次に向かう為に出
発しようとしたのだが、そのお姫様に止められた。
﹂
﹁八 幡。私 買 い 忘 れ て た の が あ る か ら 買 っ て く る。ち ょ っ と 待 っ て
て﹂
﹁おうそうか。だったら俺も着いてくぞ
﹁八幡は座って休んでて。どうせ普段は引き籠もってて、今日は慣れ
ない外出で疲れてるだろうからちょっと休んでなよ﹂
﹁い や、そ れ 分 か っ て ん な ら 連 れ て く ん な よ ⋮⋮ し か も ま だ さ っ き
シーに着いたばっかなんだけど﹂
とまぁそんな俺をあっさり無視し、留美はまた店に入っていった。
マジで俺中学生に舐められすぎィィィィーっ
いやまじ酷くね
このルミノ下さん⋮⋮
﹁ほら八幡。時間もったいないから早く立って﹂
で帰ってきた。
涙を隠して座って待っていると、しばらくしてルミルミがルンルン
!
あれ
っと振り向くと、留美は右手を見て左手を見てう∼ん⋮⋮と
﹂
右手にはカゴバッグ、左手には胸に抱き抱えたぬいぐるみ。
﹁留美、どうした
ら﹂
﹁⋮⋮これだと⋮⋮両手が塞がっちゃって⋮⋮手⋮⋮繋げない⋮⋮か
するとちょっと恥ずかしそうに上目遣いで答える。
?
62
?
立ち上がって歩きだしたのだが、なぜか留美がついてこない。
楽しそうだからいいけどね。
?
いや、困って見てるのは手じゃなくて、その手に持っているものか。
お困りのご様子。
?
と、そこまで言い切るとカァッと赤くなって俯いちゃった
俺がかよ。
た俺達はまたシー探索に身を投じるのだった。
俺が。
ミの左手にはぬいぐるみという構図が出来上がり、新たな仲間を加え
こうして右手にカゴバッグ、左手にはルミルミの手、そしてルミル
﹁うん⋮⋮ありがと﹂
﹁ほれ⋮⋮そのバッグ持ってやっから﹂
赤に俯いている留美に右手を差し出してやった。
とまぁ冗談はさておき⋮⋮いや半ば冗談でもないのだが⋮⋮真っ
!
なんか八幡のお兄ちゃんスキルレベルがここにきて急上昇ですね
×
!
てののショーを見ながら食べられるっ
?
ルミルミ大興奮
いやマジ持ってるわ、この子
!
ていた時には、本当にタイミング良くプロメテス火山が噴火したりと
夕方になり、どうしても乗りたがっていたベネチアゴンドラに乗っ
昔の事はもう忘れちまったぜ⋮⋮
いや⋮⋮待望だったのはたしかパフェだったはずなのだが、そんな
チュロスも食った。
ていうレストランで取り、歩きながら留美待望のソフトクリームと
食事はそのダッフルくん
これでもかってくらいに遊びまくった。
あっち行きたいこっち行きたいあれ乗るこれ乗ると、もうとにかく
くっ⋮⋮さすが中学一年生だぜっ⋮⋮体力有り余ってんな⋮⋮
その後は各エリアをとにかく探索しまくった。
×
!
63
×
そして今は夜の水上ショー・ファンタジアミュージック
を待つべ
く、二人でメディテレーニアンポートの一角に陣取っている。
どうやら早めに場所取りをしておかないと綺麗に見られないお花
見スタイルらしい。
そんな疲れたサラリーマンが花見の場所取りをしているかの如く
ショーを待っていると、ふと気付いた事があった⋮⋮
﹁わー⋮⋮楽しみだね、八幡っ﹂
隣で目を輝かせまくっている留美にその気付いた疑問を投げ掛け
た。
﹁⋮⋮ あ の よ 留 美。今 さ ら な ん だ が、時 間 っ て 大 丈 夫 な の か ⋮⋮
ねぇの
⋮⋮ちゃんと遅くなるって言ってあんだよな⋮⋮
﹂
すっかり夜になっちゃってんだけど、親御さん心配とかしてたりし
?
失格ですよ
ばかなの
うん大丈夫。今日は八幡とシーに行くから遅くなるって、ちゃ
んとお母さんに言ってあるから﹂
こいつ⋮⋮
﹁おうそっか。それなら安心だな⋮⋮﹂
今なんつった
⋮⋮⋮⋮⋮⋮
え
﹂
誰もなにも、今私は誰と来てんの
いやいやちょっと待て。誰とって言ったのかな
﹁え
なに
なに
?
﹂
母ちゃんに俺とシー行くって言ってあんの
え
!
⋮⋮いやい
!?
こいつ俺をどうしたいの
や俺お前の母ちゃんと面識もなにもねぇんだけど
﹁え
ですよねー。僕と来てるんですもんねー⋮⋮⋮⋮っておいっ
なに言ってんの
﹁は
﹂
?
いやマジで意味分からん
?
?
!
﹁え
!
こんな当たり前の事に今気付くくらい遊び惚けてるなんて保護者
ホントに今さらだな俺⋮⋮
?
母親に通報してもらうの
?
!?
?
?
64
!
?
?
?
?
?
?
?
?
?
?
俺は驚愕の視線を向けたのだが、急に不機嫌モードに入る留美。
ムッと睨み付けてきたかと思ったら、
﹁⋮⋮お前じゃない⋮⋮留美﹂
﹁あっ⋮⋮わりい、留美⋮⋮﹂
ってそれどころじゃねぇだろ⋮⋮
やべぇ俺まじパニック
﹁教えてあるってなにを
﹂
﹁大丈夫。お母さんには八幡の事教えてあるから﹂
!
は
そんな
⋮⋮いやいや千葉村での事とか全部話したらヤバい印象しか
がどういう人か分かって安心してくれたの﹂
八幡がなにをしてくれたのかって⋮⋮全部話したらお母さんも八幡
事も全部。⋮⋮最初は心配してたけど、八幡がどういう人かって⋮⋮
﹁全部。林間学校での事もクリスマスでの事もこないだ再会した時の
! !?
顔青いけど⋮⋮。あ
でね
!
?
愛い娘になにかあったらどうすんだよ⋮⋮
﹁八幡どうしたの
今日シーに行くのは
⋮⋮ お い お い 母 さ ん。⋮⋮ 危 機 感 足 り な さ す ぎ だ ろ ⋮⋮ こ ん な 可
わーいそりゃ安心だー☆
ら安心してね﹂
らっしゃいって。お父さんには上手く言っといてくれるみたいだか
﹁だ か ら 八 幡 と シ ー に 遊 び に 行 く っ て 言 っ た ら、気 を 付 け て 行 っ て
すでに死にそうなんですけど僕⋮⋮
父さんには内緒にしときなさいって。八幡殺されちゃうってさ﹂
私が一生懸命に話した八幡の事も信用してくれたの。あ、でもまだお
﹁私しっかりしてるから、結構お母さん信用してくれててね
なくね
?
て言われてるんだった
﹂
だから次はうちに行くからね
なにこれ詰んでんの
﹁ちなみに行かないとどうなるのかな⋮⋮
逮捕まっしぐらなのん
!
八幡﹂
?
﹁なんか良く分かんないけど、通報しますって伝えといてって言われ
?
?
?
許してくれたんだけど、その代わり近いうちに絶対連れてきなさいっ
?
65
?
?
てる﹂
はい
詰んでました☆
﹁そ、そっか⋮⋮ははははは⋮﹂
⋮⋮ 私 も ⋮⋮ 八 幡 に、な ん か 作 る し
﹁だから今度会う時はうちに来るんだからねっ。お母さん料理すっご
い上手だから期待しててね
⋮⋮﹂
じた。
そこに花火や火山の競演者も加わり、圧巻な夢のひとときは幕を閉
される映像や船の煌めきが水面に反射するさまは正に幻想的。
大音量の音楽が空一杯に響き渡り、ウォータースクリーンに写し出
ンや電飾に煌めく船などを使った光と音楽の見事なショーだった。
その後ようやく始まった水上ナイトショーは、ウォータースクリー
﹁うんっ﹂
﹁そうか⋮⋮期待しとくわ⋮⋮﹂
です⋮⋮
すっごいモジモジして言ってますけど、俺はモヤモヤが止まらない
!
夢であったのなら良かったのに。
×
×
その⋮⋮今度は⋮⋮ラ
ティニーリゾートを、留美はとても名残惜しそうに見つめていた。
﹁なんか寂しいね。また来たいな⋮⋮。八幡
ンドにも行こう⋮ね﹂
﹁⋮⋮うんっ、やくそく﹂
俺が無事に来られればねっ
﹁そうだな。また今度⋮⋮な﹂
寂しそうに窓の外を見つめる留美の頭を優しく撫でる。
!
を、またポンポンと撫でてやった。
俺の不安など知ってか知らずか、すげえ笑顔で俺を見上げる留美
!
66
!
ディスティニーシーを後にし、京葉線から見える遠ざかるディス
×
混んでいた車内も、数駅を過ぎるとポツポツと席が空きだした。
近くの席が二つ空いたのでそこに腰掛ける。
しばらく揺られていると、そっと肩に重みを感じた。
そりゃあれだけはしゃげばな⋮⋮
と己を鼓舞しながらも意識は闇へ
疲れ切って眠ってしまった留美の幸せそうな寝顔を見つつ、ここで
俺まで寝ちまうとマズいな⋮⋮
と落ちていった⋮⋮
寝ちまったっ
!
﹂
私 寝 ち ゃ っ て た ん だ ⋮⋮。八 幡 ⋮⋮ 寝 顔
?
﹂
?
﹁あっ
そうだっ
﹂
寝起きに罵倒されました☆
﹁ばか八幡⋮⋮キモい﹂
さっきまでの留美の状態をニヤリと教えてやると、
﹁俺の肩を枕にして、気持ちよさそうに寝てたぞ
こんな小さな女の子でも、寝顔とか見られんの恥ずかしいのかな
なんか恥ずかしそうにむくれてんなコイツ。
⋮⋮見た⋮⋮
﹁⋮⋮ ん ー ⋮⋮ あ れ ⋮⋮
﹁留美、もうちょいで着くぞ﹂
か。目ぇ醒ましとかないと危ないからな。
未だ幸せそうに寝息を立てている留美だが、可哀想だけど起こす
﹁あっぶねー⋮⋮﹂
た。
焦って周りを見渡したら、目的の駅まであと数駅というところだっ
やべっ
×
!
?
?
た。
すると、バッグからディスティニーの土産物袋をひとつ取り出し
ガサとバッグを漁りはじめた。
寝起きの中学生に罵倒されて傷付いている俺には目もくれず、ガサ
!
67
!
×
!
×
﹁八幡。これあげる﹂
なんで
﹂
土産物袋から取り出したのは、さっき土産物屋で見たダッフルくん
くれんの
のストラップだった。
﹁え
?
⋮⋮だから⋮⋮この子達が可哀想になったら、
?
ちょうどその時、電車は目的の駅に到着した。
﹁⋮⋮⋮⋮⋮うん﹂
﹁お、おう⋮⋮んじゃ有り難くもらっとくわ⋮⋮サンキューな、留美﹂
いやマジで恥ずかしいのはこっちですから。
今までで一番てくらいに真っ赤に俯く留美。
また私と八幡が会えばいいの⋮⋮だから、お揃い⋮⋮﹂
じゃなくなるでしょ
てたらぼっちになっちゃうけど、だから私達が一緒に居ればぼっち
﹁私がこれ付けるからお揃い⋮⋮。この子達は八幡と私が別々に持っ
だった。
そ れ は 俺 に く れ よ う と し て る ダ ッ フ ル く ん の 友 達 の ス ト ラ ッ プ
すると土産物袋から、もうひとつストラップを取り出す留美。
﹁いや、でも中学生の女の子に貰い物すんのも⋮⋮﹂
抱き抱えたぬいぐるみを優しく撫でながらそう言ってきた。
﹁⋮⋮八幡がこの子買ってくれたから、その分浮いたお金で買ったの﹂
?
×
﹁あ
せっかくだからお母さんに会ってく
﹂
すると留美は思い出したかのように訊ねてきた。
﹁⋮⋮⋮⋮ん﹂
﹁おう、俺も結構楽しめたぞ﹂
﹁八幡、今日はありがと。⋮⋮まぁまぁ楽しめた﹂
の玄関前だ。
時間が時間だし、もちろん留美を家まで送り届けた。今は留美んち
×
?
68
?
×
!
いやぁぁぁぁぁぁっ
ないしね﹂
いやんホントに殺されちゃうかもっ
﹂
!
﹁⋮⋮あっ
﹂
身の危険を感じつつも、そんな留美の笑顔に笑顔で答えた。
﹁おう、じゃあな﹂
ていく。
そういうとストラップとぬいぐるみをぶんぶん振って玄関に入っ
﹁じゃあね、八幡。また会いに行くから
!
﹁そっか。まぁ今はお父さんも居るから、八幡殺されちゃうかもしん
﹁ま⋮⋮また今度な⋮⋮﹂
れてたわっ
なんか帰り道がほっこりと平和すぎて、そんな危険な事すっかり忘
!
﹂
﹂
﹁八幡⋮⋮約束覚えてる
﹁約束⋮⋮
﹂
?
﹁あ、ああ⋮⋮覚えてるぞ﹂
﹁⋮⋮絶対だからね。約束破ったら許さないからっ﹂
﹂
許すのはあの一回だけだからね
とんでもない事を口にしやがった⋮⋮
﹁やくそく
んに言い付けるからねっ
!
美⋮⋮
その恐ろしい一言を放ち、バタンっという音と共に消えていった留
!
今度浮気したらお母さ
するとまた玄関へと引き返し、扉の前まで行くとこちらへ振り向き
?
すると留美はなにかを思い出したかのようにたたっと引き返して
どうかしたか
きた。
﹁ん
?
さっき今度ランドにも行こうねって言ってたやつか
?
!
69
!
!
すると留美は軽く俺を睨むと口を開いた。
?
﹃⋮⋮⋮⋮許すのは、その一回だけだからね⋮⋮っ
﹄
あんとき言ってた一回って、そういう事なのん
﹃じゃあ今回だけは許したげる⋮⋮﹄
え⋮⋮⋮
由比ヶ浜とシー行ったの浮気じゃねぇし⋮⋮
え、どうしよう。これ本格的に詰んでませんかね。
×
?
!
いやいや浮気もなにも俺ルミルミと付き合ってねぇし⋮⋮
?
だからまぁ、それまでは留美の勘違いに付き合ってやりますか。
やつがな。
あんなに素敵な笑顔が出来るお姫様に相応しい素敵な王子様って
イイ男が現れんだろ。
だから留美にも、今に俺みたいのじゃなくもっとあいつに相応しい
かつて同じようにすべてを諦めていた俺や雪ノ下と同じように。
敵な友達が集まってくるだろう。
今の留美なら、ちゃんと分かってくれる、ちゃんと分かりあえる素
留美を見ていたらそれも無用な心配なのかもしれない。
まだ心を許し切れてないたった一人の友達かもしれないが、今日の
そんな留美にはもう友達だって出来つつある。
自分自身の力で見つけだした留美。
め、一人で生きていく事を決心して努力して、そして新しい生き方を
昔の俺と同じように、あんなに小さいうちから人を諦め自分を諦
⋮⋮⋮⋮でも⋮⋮まぁ留美の人生はまだ始まったばかりだ。
×
近いうちにやってくるその日くらいまでは⋮⋮な。
70
×
⋮⋮⋮大丈夫⋮⋮だよ⋮⋮ね
71
了
?
最近姉の川崎沙希の様子がすこぶるおかしい件につ
千葉市在住で現在中学三年の受験生、川崎大志っす
いて︻前編︼
どうもっす
生⋮⋮つまり中三になった為に出費が多くなり、もともと裕福では無
朝帰りなんかもちょくちょくあったんすけど、実はそれは俺が受験
ちゃんが二年生になったあたりから夜出歩くようになったんす。
う高校二年生なんすけど、ちょっと恐くても真面目で優しかった姉
俺の姉ちゃん、川崎沙希は県内有数の進学校でもある総武高校に通
がなんだかおかしいんす。
俺には2つ上の姉ちゃんが居るんすけど、最近その姉ちゃんの様子
!
夜のバイトって言ってもエロいやつとかじゃな
かったウチの家計の負担にならないようにと、時給の高い夜のバイト
⋮⋮ち、違うっすよ
いっすよ
!?
らしいんす。
とかって制度
うちの姉ちゃん、弟の俺が言うのもなんなんすけど結構美人で大
人っぽくて、年齢を誤魔化せられたらしいんすよね。
結局そのバイト問題自体は、なんか塾のスクラップ
棄工場みたいなこともやってんすかね⋮⋮
を使って解決したみたいなんすけど⋮⋮ていうか進学塾ってのは廃
?
ていったんす⋮⋮
が行われたっていう日から本格的に姉ちゃんの様子がおかしくなっ
たんすけど、それからしばらくして⋮⋮特に数ヶ月後、高校で文化祭
まぁそれはともかくとして、夜のバイトはしなくて済むようになっ
?
72
!
なんか高級シティホテルのバーでバーテンダーってのをやってた
!?
なんていうんすかね、なんか⋮⋮妙に可愛いいんすっ⋮⋮
恐いっす
鼻歌まじりに食事の準備したり、鏡の前で笑顔の練習したりと、な
んというかもう乙女なんす
蹴られたっす⋮⋮
×
﹂
ちなみに笑顔の練習してる時に出くわしちゃった時は問答無用に
!
⋮⋮あっぶねぇ﹂
!
!
弁当忘れてるよ
ほらっ
×
姉ちゃんありがとー
﹁大志∼
﹁あっ
!
理由はズバリ、恋っす
ちなみにお兄さんと呼ぶのに他意はないっすから
んの兄でもある比企谷八幡先輩、通称お兄さんっす。
あ
んとは本当にただの友達っすからね
!
せかもしんないすけど、あくまで友達っすから
らしくなってったんすよねー。
と、とにかくそのお兄さんと知り合ってから、姉ちゃんは次第に女
!
すごく明るくて可愛くて人気者なんすけど、もし付き合えたら超幸
!?
比企谷さ
てくれた姉ちゃんの同級生であり、俺の塾の友達である比企谷小町さ
そしてその恋のお相手と言うのが、例の夜のバイト問題を終息させ
まさかあの姉ちゃんが恋する乙女になるなんてビックリっすよ。
!
い理由は分かってるんすよね。
とまあ朝からこんな感じなんすけど、実は姉ちゃんの様子がおかし
﹁⋮⋮⋮⋮⋮すみませんでした﹂
﹁殴るよ﹂
てるから⋮⋮﹂
﹁いや、だって姉ちゃんが朝から鏡の前でニヤニヤして洗面所占領し
よ﹂
﹁まったく、あんた朝からダラダラしてんじゃないっての。遅刻する
!
!
73
!
!
×
姉ちゃんとの会話の時にちょっとでもお兄さんの話題を出すとピ
﹂とちょっとでも
クっとして一言一句逃さないように集中して聞いてるし、かと思えば
﹁姉ちゃんやっぱりお兄さんの事が気になんの∼
茶化すと空手の練習相手にさせられるんす⋮⋮一方的なサンドバッ
グっすけど⋮⋮
姉ちゃんとお兄さんと一緒に何度か食事の席が設けられた事もあ
るんすけど、次第にお兄さんの方には視線をやらなくなり、去年の年
末の総武高校生徒会選挙問題の時なんかは、もうずっと目を合わさな
いようにしてテーブルの下では制服のスカートをギュッと握ったり
なんかしちゃって、見てるこっちが心配になるほどだったんす
るんすね
アレは。
だから姉ちゃんが朝から弁当作ってた時に
﹃たまにはお兄さんに作ってったら喜んでくれるんじゃないの∼
ってアドバイスしてあげたんすよ
﹄
す。たぶんお兄さんに弁当作ってあげたいな∼⋮⋮とかって思って
たまに弁当作りながら顔を赤くしてウンウン唸ってる事があるん
ど、その姉ちゃん自身が非協力的というかなんというか。
こんなこと初めての事っすからなんとか協力してあげたいんすけ
!
くなれるから、なんとか上手くいって欲しいっす
なんなら俺と比企谷さんで協力体制を取れれば、こっちはこっちで
でももし本当に上手くいっちゃって、将来的にお兄さん
絆が生まれるかもしんないっすよね
⋮⋮アレ
!
か
74
?
!
でももしこの二人が上手く行けば俺も比企谷さんとより一層仲良
そしたらその日、俺の弁当無かったっす⋮⋮
!
?
!
がホントのお兄さんになった場合は、比企谷さんとは兄妹になるんす
?
うーん⋮⋮なんか複雑っす⋮⋮
!?
×
ひといっぱいだねぇ
﹂
今日は日曜日だからね。けーちゃんどこ行きた
たーちゃん
落ち着いたんすよね∼。
﹁さーちゃん
﹁うん、そうだね∼
﹂
!
うちの姉ちゃんはこう見えてかなりのシスコンなんす
!
!
そのおかげでお兄さん俺の当たりが超厳しいんすよね
あれ
やっぱり姉ちゃんはブラコンっすね。
まれて小さくなってるんす。
よく消えろとか羽虫とか言われるんすけど、その度に姉ちゃんに睨
!
ちなみにお兄さんは自他共に認める極度のシスコンっすけど。
んすかね⋮⋮
ど、俺には殴る蹴るの暴行をするこの姉ちゃんのどの辺がブラコンな
前にお兄さんにブラコンって言われて殴りそうになってたっすけ
デレなんすよねー。
普段はあんなに恐いのに、妹のけーちゃん相手にはこんな風にデレ
!
い
!
けーちゃんが遊びに連れていって欲しいとねだった結果、ららぽに
るっす。
今 日 は 姉 ち ゃ ん と 妹 の け ー ち ゃ ん と 3 人 で 近 く の ら ら ぽ に 来 て
2月のとある日曜日。
×
すかねっ
なんか切ないっす
﹁ねーねーさーちゃん
﹂
なんでこんなにおみせがぴんくいろなのー
なんかかわいくてけーちゃんたのしー
!
ンクしてるっす。
あぁ、そういえばそうっすね。今日はららぽ全体がなんかピンクピ
!
?
!
!?
はず∼って友達って言われたり、実は俺ってかなり可哀想なヤツなん
てか姉ちゃんに暴行されたりお兄さんに罵られたり、比企谷さんに
?
75
×
?
﹁ん
それなーに
﹂
それはね∼、もうすぐバレンタインだからだよ∼
﹁ばれんたいんー
?
?
﹂
?
?
がってるんすかね⋮⋮ウチの姉ちゃんは⋮⋮
ばれんたいんってなにー
!
コレートをあげる日なんだよ
﹂
!
?
けーちゃんたべたいっ
!?
なんか和むっす
うーん。姉ちゃんじゃなくてもやっぱりけーちゃんは可愛いっす
﹁ちょこれーと
﹂
﹁バレンタインって言うのはね、んーと女の子が好きな男の子にチョ
﹁たーちゃんたーちゃん
﹂
な ん で バ レ ン タ イ ン の 説 明 を 妹 に す る だ け で そ ん な に 恥 ず か し
と大志、けーちゃんに説明してあげな﹂
﹁えっと⋮⋮バレンタインって言うのは⋮⋮う、うう⋮⋮ちょ、ちょっ
?
けーちゃんが好きな男にチョコをあげる⋮⋮
この気持ちっすかお兄さん
ばれんたいんつ
?
これーとあげるねー
﹂
確かはーちゃんってお兄さんの事っすよね。
は、はーちゃん
﹁あとねー、けーちゃんはーちゃんにもちょこれーとあげるー﹂
ああ⋮⋮なんか幸せっす。お兄ちゃんに生まれて良かったっす
?
姉妹って好みも似るんすかねー
さーちゃんはだれにあげるのー
?
も純情乙女すぎっすよ⋮⋮
﹁さーちゃんはー
﹂
いやいや姉ちゃん⋮⋮幼女の発言ひとつでそれって、いくらなんで
赤になってたっす⋮⋮
ふと姉ちゃんを見ると、そのけーちゃんの発言に気まずそうに真っ
?
なんでかけーちゃんはお兄さんに懐いてるみたいなんすよねー。
!
まんなーい⋮⋮⋮⋮でもでもじゃあけーちゃんはたーちゃんにちょ
﹁えー⋮⋮けーちゃんちょこれーとたべれないのー
!
なんか黒い感情が芽生えた気分っす⋮⋮
これっすか
!? !
じゃあ俺が羽虫呼ばわりされるのも仕方ないっすね
!?
!
﹁でもけーちゃんは女の子だから、好きな男の子にあげる方かなー﹂
!
!?
?
76
!
うおっ
けーちゃんがまさかの爆弾発言
﹂
べっ
別に
ウチの姉ちゃ
な、なに言ってんの
なんと保育園生の妹相手にあたふたしてるっすよ
ん
﹁わわわわ⋮⋮けけけけーちゃん
でもそれはダメっすよ
けーちゃん
力強くそう提案する
じゃあさーちゃんもはーちゃんにあげればいーよっ
さーちゃんは誰にもあげないよっ
﹁そ ー な の ー
﹂
!
!
目 を キ ラ キ ラ さ せ て 小 さ く ガ ッ ツ ポ ー ズ
?
けーちゃんっ
﹂
さーちゃんとアイツはなん
!
﹁えー
だってさーちゃんこないだはーちゃんすきっていって⋮⋮む
我が姉ながらなんとも心配になるっすね⋮⋮
幼女相手に目をバッテンにして真っ赤にさせられてるっすよ⋮⋮
⋮⋮⋮⋮⋮大丈夫っすかね、この姉は⋮⋮
の関係もないからぁっ
﹁ななななに言ってるの
もう姉ちゃん完全にあわあわとテンパってるっすから
!
けーちゃん。
!?
!
!
﹂
はいっ
俺はなんにも聞いてないっす⋮⋮
仕方ないっすね。
まったく⋮⋮買いたいなら買えばいいじゃないっすか⋮⋮
る度に頬を染めてチラチラ見てたっす。
あんな事があったからか、姉ちゃんはチョコが売ってる店の前を通
それからしばらく姉弟3人でららぽを巡ったっす。
×
!
×
!
ちなみにそのあと殺意のこもった涙目で睨まれたっす⋮⋮
にそんな事言ってるんすね⋮⋮
姉ちゃん⋮⋮まだなにも分かんないと思って、こっそりけーちゃん
そこまで言うとけーちゃんは姉ちゃんに口を塞がれたっす。
ぐっ
?
!
77
!?
!
!
!
!
!
!? !?
!
×
﹁けーちゃん
﹁いくー
たーちゃんちょっとトイレ行ってくるけど、けーちゃ
﹂
けーちゃんもおといれいくー﹂
んも一緒に行く
!
ぐぅ⋮⋮姉ちゃんはどんだけニブいんすかっ
﹁だったらけーちゃんはあたしが連れてくよ﹂
!
んじゃあよろしく﹂
てたっす⋮⋮
ゆっくり帰ってくるっすかね⋮⋮
﹂
﹂
さーちゃんまってるか
けーちゃんちゃんとおててあらったー﹂
﹁けーちゃんちゃんとお手手洗った
なー
﹂
﹁むしろもっと遅くてもいいと思うよー
﹁
﹂
﹁ゆ っ く り し て て お そ く な っ ち ゃ っ た ね ー
﹁じゃあそろそろ行こっか﹂
﹁うんっ
?
に後ろにチラリと視線を向けると、すでに凄い勢いで走り去って行っ
俺はけーちゃんと手を繋いでトイレに向かいながらばれないよう
﹁そ、そう
これはチャンスとばかりに目をギラつかせたっすからね。
するとようやく姉ちゃんは閃いたみたいっす。
なんか〝買い物でも〟してればいーよ﹂
﹁いーよ姉ちゃん。俺が一緒についてくから、姉ちゃんはそこら辺で
!
?
×
まだけーちゃんには早いっすもんね。
手を繋いで先ほど姉ちゃんと別れた場所まで戻ると、姉ちゃんはな
﹂
肩で息してるっすよ
んでもないような顔をして待ってたっす。
でも姉ちゃん
﹁遅かったね。大丈夫だったの
!
冷静な顔して冷静な台詞を吐いてるっすけど、すっげえハァハァ
?
?
78
?
×
!
けーちゃんはこてんっと首をかしげでキョトンとしてるっす。
?
?
!
×
???
言ってるっす
﹁はーちゃんだっ
そのバッグからちょっとだけ覗いてる可愛いラッ
はーちゃーん
﹂
そんな時、急にけーちゃんが俺の手を離して駆け出したっす
ピングのモノ、ちゃんと渡せるといいっすねっ
⋮⋮姉ちゃん
!
!
けーちゃん⋮⋮か
﹂
?
企谷八幡お兄さんが立っていたっす
かってくらいに頭をぶんぶん振って、身を縮こまらせて俺の背中に隠
真っ赤になって涙目の姉ちゃんは⋮⋮首が取れちゃうんじゃない
﹁むりむりむりむりむり⋮⋮﹂
恐る恐る姉ちゃんの姿を確認しようと振り向くと⋮⋮⋮
!
なんとそこには最近姉ちゃんの様子をおかしくしている張本人、比
﹁あ⋮⋮れ
もビックリした顔でけーちゃんを見てたっす⋮⋮
けーちゃんがてけてけ走って抱き付いた足の持ち主を見ると、とて
!
!
!
!
れてたっす⋮⋮⋮⋮ね、姉ちゃん⋮⋮
続くっす
79
?
!
﹂
最近姉の川崎沙希の様子がすこぶるおかしい件につ
いて︻後編︼
﹁はーちゃんはーちゃん
兄さんに声を掛けたっす。
﹁お兄さん、こんにちはっす
﹂
﹂
﹂
﹁けーちゃん、こんな所で一人でどうしたんだ
お兄さん酷いっす
どちら様でしたっけ﹂
﹁無視っすか
﹁あ
川崎大志っす
﹂と威嚇するお兄さんマジ恐いっ
?
!
どちら様か分からないのに﹁あ
す
﹁大志っす
!
﹂
お兄さんとの思いがけない遭遇に縮こまっている姉に挟まれ、俺はお
はーちゃ⋮⋮お兄さんとの思いがけない遭遇に大はしゃぎの妹と、
!
すっげぇ間があったっすけど、本気で忘れてたわけじゃないっすよ
ね
もうこの際羽虫や毒虫扱いはどうでもいいっす
忘れられるのが一番キツいっす
!
おおっ
姉ちゃんが、突然の遭遇によるテンパりよりもブラ魂の方
﹁アンタ、いい加減うちの弟からかうのやめときな﹂
!
⋮⋮だだだからアンタにさーちゃんなんて呼ばれる筋合い
お兄さんそれはないっす
急なさーちゃん呼びで、姉ちゃん声が裏
返っちゃったじゃないすか
!
!
はないっての⋮⋮﹂
﹁だぁっ
﹁お、おう⋮⋮すみませんでした。⋮⋮なんださーちゃんも居たのか﹂
が勝ったっす⋮⋮⋮と思ったけど、やっぱり目が泳いでるっすね⋮⋮
!
!?
80
!?
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮ああ、毒虫か﹂
!
!
?
?
!
!?
せっかく立ち直った我が姉が目に見えてしぼんで行くっす⋮⋮な
今日は姉妹二人
んか指と指をグルグルもじもじさせて真っ赤な顔して下向いてぶつ
ぶつ言い出したっすよ⋮⋮
﹁す、すまん。けーちゃんからの流れでな。⋮⋮で
﹂
﹂
?
けーちゃん頼むっす
今日は妹に買い物たのまれてな。あいつ受験生だから、頼まれ
?
優しい兄の目でけーちゃんの頭を撫でてるっす。
たーちゃんといっしょだー
いもうとのおかいもの
俺にもたまにはその眼差しを向けて欲しいっす
﹁じゅけんせー
!
こんなとこに居て大丈夫なのか
まさかの俺への心配っす
﹂
まさかのデレ期っすか
?
﹁なんとか大丈夫っす
ちょっとした息抜きっす
﹂
やっぱりお兄さんはこう見えてちゃんと優しいんすよね。
デレ期っすか
!
!
﹁チッ⋮⋮そうか⋮⋮小町と一緒に受かるんじゃねぇぞ⋮⋮
お兄さんの優しさに俺が元気に答えると
!
前言撤回っす。期待はいつでも一瞬っす。
﹂
?
!?
﹁ははっ、ありがとなけーちゃん。そういや大志も受験生じゃねぇか。
ホントに大好きっすね。なんか複雑っす⋮⋮
目をキラキラさせてお兄さんを見つめるけーちゃん。
なんて、はーちゃんえらいねー﹂
!
そう言うお兄さんは、しゃがんで目線をけーちゃんに合わせると、
たことくらいはしてやんなきゃな﹂
﹁ん
!
姉ちゃんはしぼんでるし、もう頼りになるのはけーちゃんだけっす
﹁ねーねーはーちゃんはなにしてるのー
!
﹂
でショッピングかなにかか
うっせーな羽虫が⋮⋮﹂
!
俺もう泣いていいっすかね。
﹁チッ
三人っす
俺もいるっす
?
﹁お兄さん
!
?
!?
81
?
!
!
う、うん。じゃ、じゃあ⋮⋮﹂
﹁うしっ。んじゃ俺は行くからな。じゃーな川崎。またな、けーちゃ
ん﹂
﹁ひぇっ
⋮⋮お兄さん
俺一生ついていくっす
!
﹁あー、あと受験生なんだから風邪には気を付けろよ﹂
そしてやっぱり俺は無視っすね⋮⋮
うちの姉はいつまでこの調子なんすか⋮⋮
!?
んをけーちゃんが離さなかったっす
はーちゃんいっちゃうのー⋮⋮
けーちゃん、はーちゃ
もう川崎家はお兄さんに攻め落とされる寸前っす
﹁えー⋮⋮
﹂
?
﹁こ ら っ
﹂
ダメでしょ
けーちゃん
思ったのはほんの一瞬だったっす。
と
はーちゃんが困ってるでしょ
!
おお、姉ちゃんが立ち直ってけーちゃんを嗜︽たしな︾めてる
!?
うーん。これはどうしたものかと困っていると
目をバッテンにしてはーちゃ⋮⋮お兄さんを離さないけーちゃん。
んといっしょにあそびたいー
!
!
飴と鞭で俺が陥落されかけている横では、立ち去ろうとするお兄さ
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂
﹁まぁ受験がんばれよ。応援してるぞ、第二志望﹂
!
真っ赤にテンパってたっす。
どうやらけーちゃんを嗜めてたんじゃなくて、これ以上一緒に居る
事が﹃むりむりむりむり⋮⋮﹄らしいっす。
てか姉ちゃん気付いてないっすね⋮⋮
俺は悪いとは思いながら、これ以上ドツボにハマらないようにそっ
と耳打ちして教えてあげたっす。
◇☆□△∼∼∼っっっっ
﹂
﹁姉ちゃん姉ちゃん⋮⋮はーちゃんって言っちゃってるよ⋮⋮﹂
○
×
!
﹁⋮⋮⋮⋮⋮っ
!
82
!
!
!
期待を込めて振り向くと、けーちゃん以上に目をバッテンにして、
!
!?
なにかよく分からない言葉を絶叫しながら走ってっちゃったっす
⋮⋮
気 付 か な い ま ま の 方 が 幸 せ だ っ た っ す か ね ⋮⋮ ご め ん 姉 ち ゃ ん
⋮⋮
﹁お、おい大志⋮⋮川崎のヤツ、なんか変なもんでも食ったのか⋮⋮
﹂
お兄さんドン引きっす
こんな姉ちゃんでごめんなさいっす
﹁さ、さぁ⋮⋮たぶんトイレにでも行ったんすよ⋮⋮﹂
言ったあとに気付いたっす。
これって⋮⋮フォローの仕方、合ってるっすかね⋮⋮
×
いたって言ったら殴られたっす。
なんとなく予想は付いてたけど理不尽っす
②俺と比企谷さんが夫婦にっ
①お兄さんと姉ちゃんが夫婦に
をしてみたっす。
もしお兄さんが本当の家族になるとした場合のシミュレーション
本当の家族になるかも知れないっすからね。
兄てしては正直複雑っすけど、まぁもしかしたらお兄さんもそのうち
それにしてもけーちゃんがあそこまでお兄さんに懐いてると、実の
!
あ、ちなみに帰ってきた姉ちゃんにトイレに行ったって誤魔化しと
だって、けーちゃんがお兄さん離さないんすから。
日付き合ってくれる事になったっす。
結局涙目でいそいそと帰ってきた姉ちゃんと一緒に、お兄さんも一
×
?
!
!
?
③お兄さんとけーちゃんが夫婦に⋮⋮
!
83
×
⋮⋮⋮⋮うん。オススメは②っすけど、残念ながら①っすかね⋮⋮
てか③はさすがにマズいっすね⋮⋮
を見ると、結構あり得そうだから恐いっす
する乙女っすね
照れっ照れでお兄さんと頑張って話している姉ちゃんは、本当に恋
いっす。
な ん か 会 話 は 弾 ま な い な ら 弾 ま な い な り に 上 手 く い っ て る み た
﹁そ、そっか﹂
﹁おう、気にすんな。まぁ暇だしな﹂
﹁あの⋮⋮比企谷。なんか悪いね、こんなことになっちゃって⋮⋮﹂
つっす
な ん か も う け ー ち ゃ ん を 寝 取 ら れ た 気 分 っ す ⋮⋮ N T R っ て や
﹁はーちゃんっとおっでかっけはーちゃんっとおっでかっけ♪﹂
!
でも目の前で楽しそうに手を繋いでぶんぶん振ってるけーちゃん
!
姿は、なんだか夫婦みたいっす。
これって俺、空気じゃないっすかね
でも言ったらたぶんサンドバッグっす。
そして今気付いたっす
!
す
姉ちゃんはともかくけーちゃんまでも取られちゃって、俺切ないっ
!?
それにお兄さんと姉ちゃんでけーちゃんを挟んで手を繋いでいる
!
けーちゃんあれほしー
﹂
な い っ す ね ⋮⋮⋮⋮⋮ ダ メ で し た っ す ⋮⋮ な ん だ か お 兄 さ ん に す
げぇ睨まれたっす⋮⋮
はーちゃんはーちゃん
!
シスコンパワー恐るべしっす。
﹁あー
!
!
のUFOキャッチャーを指差してるようっす。
﹁けーちゃんあのぴんくのうさぎさんがほしー
はーちゃんとれるー
何事かと思って見てみると、どうやらけーちゃんはゲームセンター
そんなシスコンにけーちゃんが何かをねだってるっすね。
!
84
!
だったら今から比企谷さんと二人で遊んでも誰にも文句は言われ
!
﹂
!?
﹁UFOキャッチャーか⋮⋮俺苦手なんだよなぁ⋮⋮でもまぁちょっ
別に無理とかしないでいいから。もう、けーちゃん
とだけやってみっか﹂
﹂
﹁ごめん比企谷
ダメでしょ
﹂
あたしがこんなの欲しがるわけな
!?
か
﹁は、はぁ
バ、バッカじゃないの
﹁ああ、気にすんな。ちょっとだけだ。川崎はなんか欲しいのあんの
!
こんなのって、姉ちゃんの部屋ぬいぐるみだらけ
?
と、またけーちゃんが爆弾を落としたっす
さーちゃんのおへや、くまさんとかわんちゃんとかうさ
ぎさんでいーっぱいなのに⋮⋮むぐっ﹂
けーちゃん恐ろしい子っす⋮⋮
もう姉ちゃんのハートはブレイク寸前っす
!
人の男っす
﹂
だめか。もう一回﹂
憧れるっす
﹁あー⋮⋮クソっ
﹁おぉぉ⋮⋮はーちゃんがんばれー
﹁が⋮⋮がんばれ⋮⋮﹂
何度目かのチャレンジっすけど、戦況は思わしくないみたいっす
!
!
かないっす
そして姉ちゃんの応援は蚊の鳴くような声すぎてお兄さんには届
!
!
聞かなかったことにしてUFOキャッチャーを始めるお兄さんは大
茹でダコみたいに真っ赤になって涙目の姉ちゃんを気付かってか、
!
﹁なんでー
!
でもそんな事言ったら恐ろしい目に合うと思って口を塞いでいる
じゃないっすか⋮⋮
恥ずかしがってないで、こういう所で女の子アピールしなきゃダメ
じゃないっすか。買ったやつから作ったやつまで。
あと姉ちゃん
俺消えた方がいいっすかね⋮⋮
すか。
なんかイチャイチャしてて楽しそうっすね⋮⋮どこの新婚さんっ
﹂
いじゃん
?
?
!
!
85
!
!
?
﹁お
ま、まじで
﹂
お、おーっ
はーちゃんすごー
え
﹁おー
?
こいこいこいこい
!
﹂
!
なんと六回目のチャレンジで、まさかの二個取りっす
﹁うそ⋮⋮﹂
な
!
?
﹂﹁やったー
ダブルゲットっす
﹁よぉしっ
﹂﹁⋮⋮うん﹂
どうやら戦果は上々のようっす
いやぁ、愛の力は偉大っすね
﹂
よかったっすね
はーちゃんありがとー
﹁ほい、けーちゃん﹂
﹁やったー
けーちゃん大喜びっす
﹁んでこっちはほれ。さーちゃんにやる﹂
けーちゃん
!
!
でしょ
そ、それにそんなのも要らないっての
﹂
!
そんなの勿体ないじゃん
けー
⋮⋮じ、じゃあ仕方ないから、あ、
!
す
すでにあの姉ちゃんを手玉に取ってるっす
なるっす
さすがっす
勉強に
!
姉ちゃん
!
笑顔をなんとか抑えようと、こっそりと太ももをつねっていたっす
よかったっすね
×
×
!
!
そして姉ちゃんは乱暴に受け取りながらも、嬉しくて我慢ならない
!
!
そうやって姉ちゃんに戦利品を渡すお兄さんはニヤリとしてたっ
﹁う、うん⋮⋮﹂
﹁おう、そいつはあんがとよ。ほれ﹂
あたしが貰っといてやるよ⋮⋮﹂
﹁なっ
﹁そうか。じゃあ俺も要らんから捨てるっきゃねぇな﹂
そんな物欲しそうな顔しちゃって⋮⋮
まったく⋮⋮大人しく貰えばいいじゃないっすか。
!
﹁だからアンタにさーちゃん呼ばわりされる筋合いないって言ってん
!
!
!
!
!
!
!
!
ちゃんご希望のピンクのうさぎと、姉ちゃんが好きそうな茶色の熊の
!
!?
86
!
!
!
!
×
一人足りてないって
それは言わない約束っす。
それからあっちこっちと三人で遊び回って、今は帰路に着いてるっ
す。
え
︶、さすがに姉ちゃんももう神
!
息をたててるっす。
ホントに楽しそうだったっすもんね
やってくれってよ﹂
じゃねぇか。今度こういう機会があったら、またけーちゃんと遊んで
﹁お、お う。俺 も 結 構 楽 し め た し な。そ れ に ち ょ っ と 前 に 約 束 し た
﹁比企谷⋮⋮今日は本当にありがと。けーちゃん大喜びだったよ﹂
とお断りしてきたっす。
でもお兄さんは比企谷さんの買い物を届けなくちゃならないから
と、なんとか声を絞りだして﹁お茶でも⋮⋮﹂と誘ったっす。
姉ちゃんだったんすが、さすがにこのまま帰すワケには行かないから
お兄さんをウチに招き入れてしまってめちゃくちゃ照れまくりの
すね。
やっぱりこういう時のお兄ちゃんスキルの高さは見習うべき所っ
たっす。
ウチに到着すると、お兄さんはけーちゃんを部屋まで運んでくれ
!
けーちゃんは遊び疲れたのか、今はお兄さんの背中で幸せそうに寝
⋮⋮これだしな﹂
﹁ま ぁ お 前 ん ち と ウ チ は 意 外 と 近 い み た い だ か ら 気 に す ん な。あ と
﹁なんか悪いね。わざわざ送ってもらっちゃって⋮⋮﹂
うっす。
経尖らせて警戒してたのか、なんとか未然に防いで事なきを得たよ
家でお兄さんの話題を出すとかっす
ルをゴリゴリとブレイクしにきたっすけど︵バレンタインの話題とか
遊び回ってる最中、やっぱりけーちゃんは何度か姉ちゃんのメンタ
?
そういうお兄さんの顔は、普段見せないような男前の笑顔だったっ
87
?
す。
!
﹁アンタ⋮⋮そんなの覚えてたんだ⋮⋮そ、その⋮⋮ありがと﹂
もう姉ちゃんデレッデレっすね。お兄さんはまじでジゴロっす
!
そんなジゴロが照れた様子で﹁じゃあな⋮⋮﹂と帰ろうとしたとこ
﹂
ろ、姉ちゃんがまさかの呼び止めっす
﹂
ひ、比企谷っ
どうした
﹁あっ⋮⋮
﹁ん
!
にバッグをゴソゴソしだしたっす。
なんだこれ
﹂
﹂
見て分かんない
なんで俺が貰い物すんの
くれんの
?
﹁⋮⋮はい。⋮⋮これアンタにやるよ⋮⋮﹂
﹁は
﹁⋮⋮アンタバッカじゃないの
⋮⋮ マ ジ で
⋮⋮ て か 今 日 っ て ま だ バ レ ン タ イ ン
コレートだよ⋮⋮バ、バレンタインのっ⋮⋮
﹁え
﹂
?
いよ⋮⋮
﹂
姉ちゃんバカっすか
なんで余計な一言加えるっすか
てかそんなの弟用とか言ったらまたブラコン扱いっすよ
!?
てか大志用を俺が貰っちゃっていいのかよ﹂
?
な﹂
﹁⋮⋮⋮⋮うん﹂
あ、甘酸っぱいっす
なんすかこれ
!
もしかして俺って存在してないっすか
!?
弟の前でこの青春ラブコメ劇を見せ付ける姉ってどうなんすかね
!
﹁そ、そうか⋮⋮じゃあ有り難く貰っとくわ⋮⋮その⋮⋮サンキュー
姉ちゃん⋮⋮今年はチロルっすか⋮⋮
﹁いいよ⋮⋮大志にはあとでチロルでも買っとくから⋮⋮﹂
﹁あ、そうなの
!?
!?
べ、別に大志用に買っといたってだけのやつだから気にしないでい
﹁別にそんなのいつだっていいでしょ。ただの今日のお礼だから⋮⋮
じゃなくねぇか
?
?
?
⋮⋮その⋮⋮チョ
すると姉ちゃんは俯いてしばらく黙り込んでいたっすが、おもむろ
?
?
!
?
?
?
あ⋮⋮
!
88
?
!
!
!
!?
そしてお兄さんは帰って行ったっす。
幸せそうな顔して見送った姉ちゃんは、次の瞬間俺を睨み付けてき
たっす⋮⋮
﹃大志⋮⋮今見た光景は忘れろ⋮⋮﹄
目は雄弁にそう語っていたっす⋮⋮
×
向かい、ガチャリとドアを開け一声掛けたっす。
﹁姉 ち ゃ ∼ ん。風 呂 あ い た か ら 入 っ ち ゃ え ⋮⋮ ば ⋮⋮⋮⋮⋮ あ
⋮⋮﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮あ﹂
"
だぁぁぁ﹂
俺は⋮⋮俺はもうここまでみたいっす⋮⋮
意のこもった目を向けて迫ってきてるっすぅぅぅ∼⋮⋮
はぁ∼っ
もう目の前に半泣きで真っ赤に染まった姉ちゃんが、殺
﹁た ぁ い ー し ぃ ぃ ⋮⋮ な ぁ ん ー で ぇ ノ ッ ク し ぃ な ぁ い ー ん ー
やばいっす⋮⋮俺、もう死んじゃうかも知れないっす⋮⋮
っ
俺は風呂上がりに牛乳をコップ一杯飲んでから姉ちゃんの部屋に
やっぱり冬場の風呂は極楽気分っね。
﹁ふ∼っ⋮⋮あったまったぁ﹂
×
もし俺が生き延びたとしてもさっきの光景、姉ちゃんがヤバ
でも姉ちゃん安心するっす
もし
!
!
!!
らぁぁぁっ
!
て 事 は、絶 対 に
絶対に誰にも言わず墓場まで持っていくっすか
てベッドの上をゴロゴロ転がり、あまつさえチューしかけていたなん
イくらいのニヤケ顔でお兄さんからもらったぬいぐるみを抱き締め
!
!
89
×
ああ、意識が遠退いていくっす⋮⋮みなさん⋮⋮おやすみなさいっ
す⋮⋮
最近俺の姉ちゃんの様子がすこぶるおかしいんすけど、まぁなんか
幸せそうだからいいっすよね。
90
おわりっす
!
チ ョ コ レ ー ト と 紅 茶 ∼ 宝 物 の シ ュ シ ュ で 着 飾 っ た
わんことにゃんこの恋模様∼
二月某日。
今日は朝から由比ヶ浜さんが私の家に遊びに来ている。
いえ、遊びに来ていると言うのは語弊があるのかしら。
今日は数日後に迫ったバレンタインデーの為に、由比ヶ浜さんに
チョコ作りの特訓をお願いをされている。
正直由比ヶ浜さんに料理を教える⋮⋮いえ、料理をさせるというの
は余りにも非現実的であり非論理的であり甚だ遺憾なのだけれど、あ
ゆきのーん
ただ、言
まずはなにから始めればい
のような潤んだ眼差しで見つめられてしまっては⋮⋮断れないじゃ
ゆきのーん
あたし頑張るからーっ
﹂
!
らないで頂戴﹂
﹁ひどいっ
!
﹁ひどいっ
﹂
私は最高の笑顔で、その由比ヶ浜さんの強き意志に応えた。
人が口に出来るものを完成させて頂戴﹂
﹁由比ヶ浜さん。せめて私の意識が保たれているあいだに、なんとか
期が早まってしまうのよ⋮⋮
私はこめかみに手をあてる。あなたが頑張ると、味見をする私の死
くガッツポーズを決めて、その強い意志を私に見せ付ける。
由比ヶ浜さんは愕然とした表情のあと、泣きそうな顔ながらも力強
!?
!?
91
ない。
がんばるぞー
!
やっぱりあなたは卑怯だわ⋮⋮
﹂
﹁よーしっ
いのー
!
﹁由比ヶ浜さん。あなたは決して頑張らなくてもいいのよ
!
われたことを言われたまま遂行すればいいだけのこと。むしろ頑張
?
?
⋮⋮⋮⋮⋮なぜかしら
のに。
甚だ心外だわ⋮⋮
なにから始めればいーか
私が死の覚悟さえも決めて、こんなにも素敵な笑顔を向けたという
?
まずなにから始めればいーかなぁ
﹁で
﹂
なぁ
×
﹂
?
﹂
それってただ市販のチョコを溶かして固めただけのやつ
﹁黙りなさい
まずは己の力量に合った、己の可能な範囲での挑戦を
それって手作りって言っちゃいけないやつなんじゃないの
!
るのは挑戦とは言わないわ。ただの無謀な愚策、自殺行為でしかない
しなさい。初めから己の力量にまったく合わない夢見がちな事をす
!
じゃん
﹁ゆきのん
ことに遺憾ではあるのだけれど⋮⋮
正しくないとは言いきれないとも言えるのかもしれないわね⋮⋮ま
そういった意味では、あの男の命が尊いものであるという認識は、
もあらず⋮⋮ね⋮⋮
ではあるけれど、私にも悲しい気持ちが生じる可能性も⋮⋮なきにし
世界から消えてしまうのだとしたら、ほんの⋮⋮ほんの微々たるもの
でも⋮⋮甚だ遺憾ではあるのだけれど、もしもあの男の存在がこの
題だけれども。
ふふっ⋮⋮もっともあの腐り目の男の命が尊いかどうかは別の問
いるのだから。
ただしこれに関しては致し方のないこと。尊い人の命が掛かって
そう。偽物ね⋮⋮
はっきり言って、そんなものは手作りなどとは呼べない代物。
お湯を沸かしなさい
は、溶かして型に入れることくらいだと思っているわ。だからまずは
﹁落ち着きなさい。正直な話、あなたにも可能な手作りチョコレート
?
×
!
92
?
×
?
!?
の﹂
﹁あたしはチョコを溶かすのも挑戦なんだっ
欲しくはないのよ
﹂
﹂
﹁ええ、ギリギリのラインでね。本来であれば、キッチンにさえ立って
!?
﹁ひどいっ
﹂
たくはないのよ⋮⋮
初めて出来たとも言える心ゆるせる友人に、みすみす危険を冒させ
そう。私はあなたが心配なの。
?
﹁ん
由比ヶ浜さん。流石に解っているとは思うのだけれど、こ
なーに
ゆきのん。もうお湯にチョコは入れたよー
このあと
?
﹂
はグチョグチョ混ぜてお湯とチョコを混ぜ合わせればいいのかなぁ
?
のお湯はあくまでも湯煎用であって、決して直せ⋮つ⋮⋮﹂
う。いい
﹁お湯が沸いたようね。それではまずはチョコレートを溶かしましょ
×
にも優しげな笑顔を向けているというのに⋮⋮甚だ心外だわ⋮⋮
私がこんなにもあなたの事を思ってあなたの身を心配して、こんな
!?
×
?
まさかこんなお約束的な展開をこの目で見られるとは思わなかっ
たわ⋮⋮
﹂
﹁ごめんなさい由比ヶ浜さん。まだあなたには難しかったわね⋮⋮﹂
﹁チョコ溶かすのも諦められたっ
その横で自分用のチョコレートを作りながら。
とか由比ヶ浜さんに食べ物としての体をなすものを教え込んだ。
それから私は試行錯誤し、何度目かの死線を乗り越えながら、なん
あるのだけれど。
はぁ⋮⋮これは長丁場になりそうね。まぁ予想していたことでは
!?
93
×
?
これは明らかに私の責任ね。由比ヶ浜さんを甘く見すぎていたわ。
?
﹁いいなぁ⋮⋮あたしもゆきのんみたいなの作れたら喜んでもらえる
のになー⋮⋮﹂
﹁大丈夫よ。あの男が自分で言っていたんじゃない。男は単純なのだ
と。美味しく出来た物だから嬉しいのではなく、心を込めて作ってく
れたからこそ嬉しい生き物なのだと。だから、あなたのそのたくさん
込めた心は伝わるわ﹂
⋮⋮⋮そして、私の作ったチョコレートに込めた心ははたしてあの
男に伝わるのかしら⋮⋮
そうだよね
伝わるよねっ
!
ら、伝わるとよいのだけれど。
﹁⋮⋮へへーっ
!
懇願されるようなことでもあれば、哀れで惨めなあの男を可哀相だと
もし⋮⋮もし彼に土下座でもされて交際して欲しいと涙ながらに
そして、私も⋮⋮
交わさなくても理解できるくらいの溢れる想い。
その件について直接話したことはないのだけれど、わざわざ言葉を
彼女は彼に溢れるほどの好意を寄せている。
らしい少女と同じような顔をしているのだろう⋮⋮
自分では分からないけれど、きっと、目の前で頬を染めている可愛
私は今、どんな顔をしているのだろうか⋮⋮
ていたことに気が付いた。
ふと気付くと、私も自然と髪を纏めているピンクのシュシュを撫で
その手は、自然と髪を留めているブルーのシュシュを撫でている。
チョコレートを眺める由比ヶ浜さん。
とても嬉しそうな、とても照れくさそうな幸せな笑顔で完成した
あたし達の気持ちっ﹂
ほんの少し、ほんの少しだけれどこの私が心を込めてあげたのだか
?
思い、交際の願いを考えてあげることもやぶさかではないくらいには
94
!
⋮⋮彼に⋮⋮好意を⋮⋮寄せているのだろう⋮⋮
もしも彼が由比ヶ浜さんと交際するようなことになったとしたら、
私たちのこの関係はどうなるのだろうか⋮⋮
もしも⋮⋮もしも彼が⋮⋮その⋮⋮わ、私と⋮⋮その⋮⋮交際する
ようなことに⋮⋮なったとしたら、私たちのこの関係は⋮⋮一体どう
なってしまうのだろうか⋮⋮
正直それはまだあまり考えたくはない。
なぜなら私は⋮⋮今のこの関係性が、嫌いではないから。多少なり
とも心地好く感じてしまっているから⋮⋮
だから私は、この想いが思考の迷宮に囚われてしまわないように、
まだこの気持ちは封印しておこう。
しよーしよー
﹂
!
届くといいよねっ﹂
そ、そんなことよりも⋮⋮紅茶でも淹れ
95
それは彼が嫌う欺瞞なのかもしれない。
それは彼が求める本物とは真逆にあるのかもしれない。
でも、今はまだ⋮⋮この考えから目を背けていようと思う。
まったく⋮⋮なんて私らしくないのかしら。
自嘲気味ではあるけれど、それでも不快ではない感情が込み上げそ
へへーっ
うになるのを誤魔化していたところを由比ヶ浜さんに見つかってし
まう。
ゆきのん笑ってるー
わ、私は笑ってなんかいないわ
!
﹁あーっ
﹁うんっ
×
リビングは先ほどまでのチョコレートの香りと淹れたての紅茶の
×
!
!
なにを言っているのかしら
ん
!
﹁な
まったく⋮⋮⋮⋮んん
!
!
!
ましょうか。せっかく作ったチョコレートの味見をしなければね﹂
!
!
×
香りが交ざりあい広がっている。
由比ヶ浜さんと私。チョコレートと紅茶。
とても暖かで優しい空気と香りで、常であれば寒々としたこの空間
が、とても幸せな空間へと変化していく⋮⋮
ついつい頬が緩んでしまう。
もしこの空間に彼も居たのならば、いつものように気だるそうに
じゃあ食べてみよー
﹂
⋮⋮でもいつものように優しい微笑みで、私達を見てくれているのだ
ろうか。
﹁よーしっ
﹁そうね。いただきましょう﹂
た。
﹁⋮⋮⋮
﹂
私と由比ヶ浜さんは、彼女が作り上げたチョコレートに口をつけ
!
さっすがゆきのん
気付いちゃったぁ
﹂
﹂
もしかしてあたしって才能あるかもっ﹂
私がほんの少しだけ席を外したあの一瞬に、この子はな
結構いけるー
﹁えへへ∼
隠しっ⋮⋮
隠し味に七味唐辛子を入れてみましたー
か
じーつーはーっ
?
いチョコレートで、わさびとか胡椒とかを隠し味にしてるヤツとかあ
?
﹁⋮⋮な、なぜそんなものを⋮⋮﹂
〟とかいう人達が作る超高
由比ヶ浜さん⋮⋮隠し味というのは、もっと隠すものよ⋮⋮
!
!
﹁ゆ、由比ヶ浜さん⋮⋮あなた、一体なにを入れたの⋮⋮
この子は一体なにを言っているの⋮⋮
そんな馬鹿な⋮⋮
﹁おー
にをしたというの
なぜ⋮⋮
私は余りの衝撃に目を見開いた⋮⋮
!?
﹁えー、だってなんか海外の〝ぱてしえ
?
!
!?
!?
96
!
?
!
?
?
!
!
!
﹂
るっていうじゃん
したー
だからあたしも和風テイストを取り入れてみま
﹂
!?
た。
私は頭痛を押さえるようにこめかみに手をあてながら思うのだっ
なぜこの子はすぐにアレンジを加えたがるのかしら⋮⋮
はぁ⋮⋮まったく。
﹁みんな死んじゃうんだっ
革新ではなくて革命よ⋮⋮一分で失敗して全滅するような、ね⋮⋮﹂
よ⋮⋮基本もなにも出来てはいないあなたがこんなことをするのは、
ちんと基本が出来ているからこそそういう革新的な挑戦が出来るの
﹁由比ヶ浜さん⋮⋮そういうアレンジを取り入れるパティシエは、き
お願いだから取り入れないで頂戴⋮⋮
?
今夜は長くなりそうね⋮⋮
おしまい
97
!
﹂
18回目のバースデーは、あたし達の開戦記念日
﹂
お誕生日、おめでとうございまーす
﹂
!
﹁結衣先輩
﹁結衣さんおめでとうございます
﹁由比ヶ浜さん、おめでとう﹂
ありがとー
﹁⋮⋮おめでとさん﹂
﹁わー
!
!
!
!
あたし由比ヶ浜結衣は今日6月18日、18回目の誕生日を迎えた
!
﹂って、今
いつものように部室の扉を開いたら、みんなでお祝いの準備をして
くれてたんだっ
部室もちょっと飾り付けとかされてるしっ
だからゆきのん、
﹁たまには外で食べない
?
ううっ⋮⋮嬉しいよーーー
だから、その間にヒッキー達が準備しといてくれたのかな
日のお昼あたしを連れ出したんだっ
そっか⋮⋮
!
!
結衣さんの席はここですよー
!
日の主役席に
﹂
﹁は い っ
なぁ
小町ちゃんっ﹂
い や い や、め で た い で す
思わず目頭を熱くしてると、小町ちゃんに手を引かれてあたしは本
!
!?
!
!
!
﹁えへへ、ありがとねっ
!
超うまそー
MyFrie
!
コ、コレってまたゆきのんが作ってくれ
!
いた。
﹁すっごーい
!
nd.Yui☆って書かれたチョコレート製のプレートが飾られて
ルケーキが置いてあり、HappyBirthday
席につくと、目の前にはとっても綺麗でとっても美味しそうなホー
!
!
98
!
たのっ
﹂
﹁ふふっ、違うわよ由比ヶ浜さん。私じゃなくて私達で作ったのよ
とした。
﹁そ ー な ん で す よ ぉ、結 衣 先 輩
ほら、わたしってお菓子作り超得意じゃないですかぁ
﹂
?
!
﹂
小町ちゃーんっ
手すぎて、あんまりお役には立てなかったですー﹂
だって、超嬉しいんだもん
苦しいですー
﹁あ、暑苦しい⋮⋮﹂
結衣先輩
﹁ちょっ
!
しく輝いていた。
﹁うんまーいっ
これマジでお店開けるよーっ
つかみんなでケーキ屋さん開こうよっ﹂
三人とも凄ーい
﹂
い
!
×
!
そんな将来も面白そうですよねぇ
素敵な笑顔で言えるのかな⋮⋮
﹁そうですねー
結衣先輩が厨房
!
に立ったら1日でお店潰れちゃいそうですけどぉ♪﹂
!
?
たはは⋮⋮な、なんでゆきのんはそんなにひどいセリフをそんなに
とっても優しい笑顔であたしを見つめるゆきのん。
一切触れさえしなければね﹂
﹁そうね。それも楽しいかもしれないわね。由比ヶ浜さんがケーキに
!
し達に呆れた顔を向けていたが、その腐った瞳はいつもよりずっと優
ふとチラリと視線を向けると、ヒッキーはそんな抱き合ってるあた
結衣さんボリューミーっ﹂
!
そっか⋮⋮みんなで作ってくれたんだ⋮⋮
やばい、超嬉しい⋮⋮
いろはちゃーん
ゆきのーん
!!
あたしは思わず三人にダイブしちゃった
﹁ありがとー
!
﹁おおっ
!
!
!
!
!
﹂
﹁へへー、一応小町も手伝ったんですけど、雪乃さんといろは先輩が上
よぉ
昨日わたし達三人で作ったんです
ゆきのんが笑顔でそう言うと、いろはちゃんと小町ちゃんもにひっ
?
!?
!
×
99
?
!
×
﹁結衣さんだと危なっかしくてレジにも立たせられないんで、1日外
﹂
で呼び込みがいいですねー﹂
﹁みんなひどいよっ
﹂
!
﹂
むぅ
いつかヒッキーが美味しいって言ってくれるようなケーキ
だって⋮⋮ヒッキーがキモいんだもんっ
の
﹁いやなんでだよ⋮⋮俺なんも言ってないのに俺だけ罵倒されちゃう
﹁なんかヒッキーキモいっ
んかキモい顔してニヤニヤしてるし⋮⋮
うぅ⋮⋮ひどすぎる⋮⋮黙って聞いてるだけのヒッキー見たら、な
!?
みなさんっ﹂
プレゼント会
⋮⋮
﹁それではまずは司会のわたくしめから⋮⋮結衣さんっ
﹂
ございますっ﹂
﹁ありがとー
おめでとう
こんなに嬉しいのに、みんなプレゼントも用意してくれてるんだっ
!?
か
﹁さてさて、それでは大プレゼント会へと移行しようではありません
ああ、あたし最高に幸せだなぁ⋮⋮
がら美味しい紅茶を飲み、楽しく幸せな時間が流れていく⋮⋮
そんな風にあたしをバカにしながらも、美味しいケーキを頬張りな
が作れるように頑張ってやるんだからねっ
!
そう言うと、ニヤリと視線をヒッキーに向けた。
枚を飾ってくださいねっ﹂
﹁高校生活もあと僅かですが、結衣さんにとっての最っ高の青春の一
た。
開けてみると、とってもオシャレで可愛らしい写真立てが入ってい
小町ちゃんは、可愛くラッピングされた包みをくれた。
!
!
!
100
!
!
?
!
うぅ⋮⋮小町ちゃん
﹂
!
おめでとうございまーっ
⋮⋮恥ずかしいからやめてっ
ありがとー
﹁そ れ で は 次 は わ た し か ら。結 衣 先 輩 っ
すぅ﹂
﹁いろはちゃん
!
!
!
オシャレは指先からですよー
しい色のネイルセットが包まれていた。
﹁結衣先輩っ
先輩を、さらに可愛く磨きあげてくださいねっ﹂
?
自分磨きを怠らないいろはちゃんらしいなっ
えへへ
!
いつも可愛らしい結衣
いろはちゃんから受け取ったプレゼントには、とても綺麗で可愛ら
!
!
ントは、とても綺麗な猫のストラップだった。
な、なんかスワロフスキーとかで出来てて高級そうだー
﹁あ、あの⋮⋮一応、私と⋮⋮お揃い、なの⋮⋮﹂
﹁ゆきのーん
﹂
ホレホレ、次は
お前ら、そんないいもん用意
そんな事言いながらもあたしを引き剥がそうとしな
﹁だ、だから暑苦しいと言っているでしょう⋮⋮
えへへ∼っ
いゆきのん大好きー
﹂
﹁おいおい⋮⋮な、なんか話違くね⋮⋮
してたの⋮⋮
話
﹂
軽い虐めなの
お兄ちゃんの番だよー
﹁くっ⋮⋮なんなの
?
に用意してくれてた物ならなんだって嬉しいよ⋮⋮
﹁ほら⋮⋮よ。おめでとさん⋮⋮﹂
?
別にどんなモノでも、ヒッキーがあたしのこと考えて、あたしの為
どしたのかな
⋮⋮出し辛ぇわ⋮⋮﹂
なにワケ分かんないこと言ってんの
?
!
?
?
?
?
ん
!?
!
!
?
?
﹁お兄ちゃん
﹂
そう言いながらゆきのんは自分のスマホをすっと出した⋮⋮
!?
信じられないくらいの素敵な笑顔でゆきのんから渡されたプレゼ
めでとう﹂
そ、それでは私の番ね。その⋮⋮由比ヶ浜さん、お誕生日お
﹁んんっ
!
?
101
!
?
﹁⋮⋮え⋮⋮
﹂
の参考書だった⋮⋮
﹂
﹁いや、お前のやばい受験対策⋮⋮ってやつ
﹁あ⋮⋮ありがと⋮⋮﹂
の為を思ってコレにしてくれたんだよね⋮⋮
あはは⋮⋮ありがとね、ヒッキー⋮⋮
⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮ごめん⋮⋮ヒッキー。
とか、どう想って選んでくれたのかなぁ
?
とか⋮⋮そういうトコが重要なんだと思うんだよね⋮⋮
どう考えてくれたのかなぁ
なんか、あたしはプレゼントを選んでくれてる時にあたしのことを
だけど⋮⋮あんまり⋮⋮嬉しくないよ⋮⋮
⋮⋮プレゼント貰っといて、その中身でこんな風に考えたくないん
?
でも⋮⋮ヒッキーはちゃんとあたしのこと心配してくれて、あたし
でも、でも参考書⋮⋮かぁ⋮⋮
ら、本当になんでも良かったんだ⋮⋮
いや、別にヒッキーがあたしの為に色々考えて用意してくれた物な
参考書⋮⋮かぁ⋮⋮
﹂
そういってヒッキーが渡してくれたプレゼントは⋮⋮⋮⋮⋮一冊
?
﹁さ、参考⋮⋮書
×
考えてくれたのかなぁ
も良かったの。
とか想像できるモノだったら、本当になんで
でも参考書って、あんまりそういう想像が出来ないよ⋮⋮
?
102
?
×
?
×
だから、どんなモノだって、ヒッキーがあたしのことをこんな風に
?
なんかすごい適当に考えられちゃったみたいで⋮⋮すごい適当に
想われちゃったみたいで⋮⋮なんだか⋮⋮嬉しくないよ⋮⋮
うぅ⋮⋮どうしよう⋮⋮せっかくヒッキーがプレゼント用意して
くれてたのに⋮⋮なんか涙が滲んできちゃったよぉ⋮⋮
﹂
﹁ごみぃちゃん⋮⋮いくらなんでもそれは無いよ⋮⋮﹂
﹁は
﹂
って
﹁先 輩 ⋮⋮ さ す が に そ れ は 引 き ま す 無 理 で す キ モ い で す ご め ん な さ
い﹂
﹁いやちょっと
お前らが参考書くらいでいいんじゃない
﹁最低ね、ゴミ谷くん⋮⋮﹂
﹁いやちょっと待て
教え⋮﹂
﹂﹁先輩は黙ってください﹂﹁黙りなさい﹂
どゆこと⋮⋮
﹁ごみぃちゃん煩い
⋮⋮⋮⋮⋮え
?
これは
こんなに結衣さんを悲しませちゃってー⋮⋮
結衣先輩に対しての埋め合わせが必要ですねー﹂
﹁そうですねー先輩。わたしもう先輩にはガッカリですよー
これは罰が必要ですなぁ﹂
﹁あーあ、お兄ちゃん
?
?
?
えっ
えっ
﹁お、お前らっ
﹂﹁先輩は黙ってください
まさかそれ⋮﹂
﹁ごみぃちゃん煩い
﹂﹁黙りなさい﹂
なんかあたしいきなりヒッキーと二人で買い物行く
ことになっちゃったの
!?
なってしまって⋮⋮部長の私の監督不行届きだわ⋮⋮申し訳ないの
﹁ごめんなさいね由比ヶ浜さん。せっかくの誕生日なのにこんな事に
!?
ど、どゆこと
!
! !?
由比ヶ浜さんを連れて由比ヶ浜さんの趣味で、ね﹂
買いに行ってらっしゃい⋮⋮次はおかしな物を買って来ないように、
﹁その通りね。あなた、このあと改めて由比ヶ浜さんのプレゼントを
!
!
!
!
!
!?
103
?
﹂
とっとと出てってくださいよー。結衣先輩は、この
ゆき⋮⋮のん
﹂
だけれど、今からそこの男を連れて行ってしまってくれないかしら
⋮⋮
﹁え
﹁ほらほら先輩
?
﹂
?
﹂
!
﹁う、うん
﹂
﹁くっそ⋮⋮お前ら覚えてろよ⋮⋮おい由比ヶ浜、行くぞ﹂
嘘⋮⋮これって⋮⋮
﹁いろは⋮⋮ちゃん
やんないとダメですよっ
どうしようもない先輩に思いっきりワガママ言って罪滅ぼしさせて
!
ケチるようなら、小町はお兄ちゃんがスクラッ
ちゃんと結衣さんが喜ぶもんプレゼントしてあげな
きゃダメだからねー
!
﹂
!
いを馳せていた。
あたし部室に忘れ物しちゃった
﹂
!
だって⋮⋮これって⋮⋮
﹁⋮⋮ヒッキーごめん
持ってきて校門で待ってて
!
﹁そうか。じゃあ先行ってるぞ﹂
そう⋮⋮あたしはすっごい忘れ物をしてきてしまった。
!
先に自転車
ヒッキーと並んで廊下を歩きながら、あたしはみんなの気持ちに思
×
な気持ちを抱えながらも部室を出た。
そう言いながら部室を出て行ったヒッキーを追って、あたしも複雑
⋮⋮﹂
﹁ス カ ラ シ ッ プ だ っ つ う の ⋮⋮ 今 更 だ が よ く お 前 総 武 受 か っ た な
です
プで内緒で貯めたごみぃちゃん貯金をお母さんにバラしてしまうの
!
﹁お 兄 ち ゃ ん
掛けるように走りだす。
あたしはとっとと部室を出て行こうとするヒッキーの背中を追い
!
×
104
!? ?
×
ヒッキーと別れ、あたしは部室へと引き返した。
×
どうしたのかしら。忘れ物
大丈夫
よしっ
⋮⋮で
あたしの為にこんな事までしてくれて⋮⋮本
﹂
⋮⋮あたし⋮⋮ヒッキーのこと大好きっ
ありがとう
﹁みんな
当にありがとう
も、みんなも大好きだからっ
うー⋮⋮顔が熱いよ⋮⋮とうとう言っちゃったよ
これは小町の作戦なんですよっ
すると、まず小町ちゃんが口をひらいた。
﹁へへーっ
ああでもしないと、う
ちのダメダメな捻デレさんはなかなか動かないですからね∼
!?
ちゃいましたよね⋮⋮﹂
⋮⋮そんなことないよっ
小町ちゃんありがとう
﹂
!
あたしは小町ちゃんに抱きついた
?
﹁んーん
だからそんな顔しないで⋮⋮
!
⋮⋮⋮でも結衣さんごめんなさい⋮⋮ちょっとだけ悲しい想いさせ
!
!
!
!
!
!
どうせバレてるとは思ってたけど、あたしの気持ち。
!
!
!
あたしは胸に溜まった息を吐き出した。
台無しにしてまでここまでの事をしてくれたみんなに⋮⋮
より、本当はこんなことしたくないはずなのに⋮⋮それなのに全部を
に⋮⋮わざわざみんなでケーキまで作ってくれたのに⋮⋮⋮⋮なに
でも言わなきゃ⋮⋮わざわざパーティーの準備までしてくれたの
言葉がなかなか出てこない⋮⋮いろんな感情が複雑に絡み合う。
﹁あの⋮⋮その⋮⋮﹂
あたしはみんなにちゃんと言わなくちゃいけない事があるから。
?
戻ってきたあたしに驚いているようだ。
﹁由比ヶ浜さん
?
そう。忘れ物⋮⋮とても大事な⋮⋮
﹂
部室に戻ると、三人はパーティーの後片付けをしていたが、急に
×
!
?
105
×
⋮⋮
﹁結衣先輩⋮⋮﹂
いろはちゃんがあたしを呼んだ。とてもとても真剣な声で。
小町ちゃんから離れていろはちゃんに視線を向ける。
﹁いろはちゃん⋮⋮﹂
﹁⋮⋮⋮⋮いまさらかも知れませんけど⋮⋮どうせ皆さんにはバレバ
レだとは思いますけど⋮⋮﹂
いろはちゃんは、顔を真っ赤にして、唇も震えてる⋮⋮
スカートをギュッと握りしめながらも、あたしの目をまっすぐに見
つめる。
﹁わ た し は ⋮⋮ 先 輩 の こ と が ⋮⋮ 比 企 谷 先 輩 の こ と が ⋮⋮ 大 好 き で
すっ⋮⋮この気持ちは誰にも負けませんっ⋮⋮わたしが先輩の本物
になりたいですっ⋮⋮﹂
﹁だからっ
今 後 は、絶 対 に 絶 対 に ⋮⋮
﹂
今日だけは⋮⋮今日〝だ・け〟は
⋮⋮せいぜい楽しん
いろはちゃん⋮⋮だったら⋮⋮だったらあたしもちゃんと気持ち
ディガンの袖でくしくしと涙を拭う⋮⋮
無理に作った小悪魔な笑顔で、可愛らしく余らせたピンクのカー
!
106
そしてひとしずくの涙をポロリと零した。
感極まっちゃったんだろうね。ずっとしまい込んできた本物の気
持ちを吐き出すのって、自分を全部曝け出すみたいで恥ずかしいし緊
張しちゃうもんね⋮⋮
高校生活最後の誕
あのヒッキーでさえ感極まっちゃうくらいだもん⋮⋮
そしてあたしをキッと睨み付ける⋮⋮
﹁だから⋮⋮こんなサービスは今回だけです⋮⋮
!
生日だから、一番長く先輩を見つめてきた結衣先輩だから、今日だけ
でも
!
先輩は譲りませんからっ
は 特 別 に 貸 し て あ げ ま す ⋮⋮
ぜーったいに
!
!
そこまで言うと、悔しそうだった顔を精一杯笑顔にしてみせた。
!
できてくださいねっ♪結衣せんぱいっ﹂
!
返さなきゃね
﹁ありがとうね⋮⋮いろはちゃん
⋮⋮でもね
この気持ちが負けな
あたしはずーっとヒッキーを見てき
だってぜーったいに譲らないからっ
﹂
﹁えへへっ⋮⋮勝手に言っててくださいっ
わたしなんでっ﹂
どうせ最終的に勝つのは
⋮⋮たから、いろはちゃんは大好きだけど⋮⋮あたし
いのはあたしだって一緒だよ
?
ないですかー﹂
﹁黙りなさい﹂
へへ⋮⋮ゆきのんが負けず嫌いな事なんてみんな知ってるよ
﹁ひゃ⋮⋮ひゃいっ
﹂
﹁いやいや雪ノ下先輩は負けず嫌いが服着て歩いてるようなもんじゃ
は言っておくわ。⋮⋮⋮⋮私、こう見えても結構負けず嫌いなのよ﹂
﹁だからあなたに言いたい事は特にないのだけれど⋮⋮でもこれだけ
見据える。
ゆきのんは優しく⋮⋮でもとっても意思の強い眼差しであたしを
﹁もう⋮⋮私の言いたい事は一色さんが言ってくれたわ﹂
あたしはいろはちゃんから離れ、ゆきのんに向き直る。
﹁由比ヶ浜さん⋮⋮﹂
えへんと胸を張るいろはちゃんをキュッと抱き締めた。
!
!
たんだから
!
﹂
塩
﹁だから今日〝だけ
〟は思い切りあの男を振り回して楽しんでくる
といいわ。さぁ、行ってらっしゃい﹂
たはは⋮⋮いろはちゃんにしてもゆきのんにしても、
﹃だけ﹄を強調
しすぎだってば⋮⋮︵笑︶
でも、そう言うゆきのんは、本当に本当に優しい笑顔だった
!
ヒッキーを思いっきり振り
もう可愛くて可愛くて、思いっきりダイブしちゃった♪
あたし楽しんでくるねっ
﹁ゆきのーん
!
⋮⋮あとよく分かんないけど、塩を贈ってくれるんな
回してくるっ
!
!
107
!
!
!
﹁だ か ら も う こ ん な 事 は 二 度 と し な い わ。塩 を 贈 る の は 今 回 だ け よ
!
!
!
?
?
﹂﹁は⋮⋮
﹂
!
﹂﹁うっわ∼結衣さん⋮⋮﹂
ら料理もがんばるからーっ
﹁え⋮⋮
?
⋮⋮⋮⋮
?
⋮⋮あ、あっれぇ∼
したのかな∼⋮⋮
?
せっかくの感動的なシーンだったのに、どう
顔をあげると、三人とも可哀想な眼差しであたしを見つめていた
?
×
﹁うんっ
もうバッチリ
ごめんね
!
﹂
?
遅くなっちゃって﹂
?
からな﹂
﹁行く前から帰る気まんまんだっ
﹂
!
合ってくれて⋮⋮
﹂
ヒッキー⋮⋮⋮大好きっ⋮⋮
﹁で、まずどっから行くんだ
﹂
﹁えーっと、じゃあまずはパセラにハニトー食べに行くでしょっ
したら次はららぽとか寄って色んなお店回ろうよっ
﹁い ー じ ゃ ん っ
そ
だってせっかくの高校生活最後の誕生日なんだも
遅くなっちゃうじゃねぇかよ⋮⋮﹂
か食うのかよ⋮⋮しかもスタートがカラオケのそのコースじゃ、帰り
﹁いやお前、さっきあんなにケーキ食ってたのに、さらにハニトーなん
!
!?
?
!
小町ちゃん達の作戦だって気付いてるのに、なんにも言わずに付き
⋮⋮⋮⋮えへへ、ヒッキーもありがとね
!?
﹁いやいい。ほんじゃとっとと行くぞ。早く終わらせて早く帰りたい
!
﹁ずいぶん遅かったな。忘れ物、ちゃんとあったのか
校門までたどり着くとヒッキーが待っていてくれた。
×
!
108
×
んっ
プレゼントに参考書なんてくれようとしたヒッキーには、死ぬ
﹂
今日はね、あたしの誕生日でもあるんだけど、つい
まで付き合ってもらうんだからねっ
﹁⋮⋮へいへい﹂
⋮⋮ヒッキー
念日にもなったんだよ
思いっきりワガママ言わせてねっ
!
ガハマさん♪
!
おわり☆
ヒッキー♪
だから今日は⋮⋮今日だけは⋮⋮⋮⋮
?
さっき、あたしとゆきのんといろはちゃん、そしてヒッキーの開戦記
?
HappyBirthday
109
!
!
あなたとの繋がりはこのラノベの香りだけ︻前編︼
﹁⋮⋮⋮うぅっ⋮⋮グスッ⋮⋮﹂
やっばい⋮⋮恥ずかしい⋮⋮
涙が止まんないっ⋮⋮
私は自室でダラダラと横になり、恋愛ラブコメ物ラノベを読みなが
ら号泣していた⋮⋮
やだホント恥ずかしい☆
涙まみれで読み終わった9巻をそっと起き、次巻へと手を伸ばした
時ふと思った事が口から漏れてしまった。
﹁はぁ∼⋮⋮次で終わりか∼⋮⋮もう返さなきゃな⋮⋮﹂
手に取った10巻をそっと顔に近付ける。
すんっ⋮⋮と匂いを嗅いでみた。
紙独特の香り。あと古本独特の香りとも言えるかな。
﹁これ返しちゃったら⋮⋮もうなんの繋がりも無くなっちゃうんだよ
なぁ⋮⋮﹂
ボソリとそんな言葉を吐きながらラノベを胸にギュッと抱く。
私、家堀香織は、只今絶賛恋をしている。
いや、この気持ちを恋だなんて言っちゃったら、世の恋する乙女さ
ん達に失礼か。
そして誰よりもその恋にまっすぐ生きているあの子にもね⋮⋮
まだ恋とも呼べない程度のこの気持ちは、﹃ちょっと気になってる
110
!
人が居る﹄くらいに留めておこう。
てかコレを恋だと認識してしまうのは非っ常∼にマズい
だって⋮⋮⋮⋮⋮⋮ねぇ
またそうボソリと呟き私はページをめくった。
﹁はぁ⋮⋮まだ、返したくないな⋮⋮﹂
?
早く続きが読みたい衝動に駆られながらも、出来るだけ、ゆっくり
と⋮⋮
×
少女ですし
意図した事ではないにせよ、はっきり言って見た目はなかなかの美
も思う。
実はその恋心と思ったナニカも、単なる錯覚だったんじゃないかと
でも燃えるようなと言うと⋮⋮まったく思い浮かばない。
まぁそりゃ人並みの恋心を持ったことくらいはありますよ
私は今まで、燃えるような恋をした事がない。
×
合わせてますんで
らい。
受け入れられた事といえばたまのデートでちょっと手を繋ぐことく
スキンシップを求めるようになってきて、でも私はそれが嫌で嫌で、
そりゃ相手も年頃の健全な男子高校生だし、付き合い出した途端に
でもそんなことは無いんだよね。だって男と女だもん。
延長線上で付き合えるかなぁとか思ってた。
正直、本当に仲のいい男友達だったから、このまま仲のいい友達の
女の関係にだってなった事もある。たった半年程度だけど。
中学時代に一番仲良くしてた男の子に卒業式に告白されて、彼氏彼
そりゃまぁまぁモテますよ。ええ。
?
性格も明るく元気よく、誰にでも分け隔てなく接する社交性も持ち
?
111
?
×
ちょっとでも良い雰囲気に持ってかれそうになると、すぐにそこで
﹃またね﹄って、バイバイしてた。
ああ⋮⋮やっぱりこれは恋じゃなくて情だったんだなって気付い
てすぐに別れた。
も ち ろ ん 相 手 は す ぐ に 納 得 な ん か し な か っ た け ど、﹃ど う 頑 張 っ
たって友達としか見られないから﹄って、
﹃また前みたいに友達として
なら﹄って言ったら、次第に離れていったっけ。
手ぇ繋いだだけとか中学生かよ。
何度男の子に告られても振り続けてきた私の唯一の恋愛体験がコ
レですよ
そりゃ乙女成分が深刻に不足してるとか言われちゃいますよねー。
そんな私が、まだ数える程しか会った事もない、数える程しか言葉
を交わした事もない、そんな人相手に恋なんかするわけないじゃん。
ただ、今まで会ったことないタイプの人だったからちょっと気に
なってるってだけの、そんなお話⋮⋮
でも⋮⋮あの捻ねた態度もめんどくさそうな眼差しも、それでいて
可愛い後輩の為に﹃仕方ねぇな⋮⋮﹄って助けちゃうとことか黙って
本を読んでる横顔とか、なんか良くわかんないけどドストライクなん
だよなぁ⋮⋮しつこいナンパから助けてもらった時なんて、最っ高に
カッコ悪くって最っ高にカッコ良かったもん⋮⋮
そもそもあの先輩に興味を抱くのに難しい事なんて一つも無かっ
た。
なにせあの一色いろはが夢中になってるんだから。
私の友達一色いろはは常に自分磨きに生きている。
どうしたら周りに自分を可愛く見せられるか
?
どうしたらみんな︵男︶に愛してもらえるか。
なんかここら辺一帯が厨二臭いわっ
!?
112
?
そのまっすぐな姿勢は自分磨きの探求者ともいえるだろう。
やだ
!
だからいろはにとって男なんてのは、ただ自分を飾り立てる為のア
クセサリーに過ぎなかった。
飾り立てるアクセサリーは多ければ多いほどいいし、その中でも高
価な物は特にステータスになる。
だからアクセサリーは高価であればあるほど周りから羨望の眼差
しを受けられ、自分磨きの探求者たる一色いろはにとっては譲れない
物であるはずなのだ。譲れない物だったはずなのだ。
そんな一色いろはがステータスの塊たる葉山先輩への想いをあっ
さり棄てて、なんのステータスにもならない⋮⋮ともすれば周りの目
から磨いた自分を曇らせかねない、そんな学校一の嫌われものに夢中
になった。
磨き上げてきた自分さえもあっさり棄てるほどに。
恋なんかではないはずだけども
私、最近気付いたらそんな事ばかり考えてる
私は新しいラノベ発掘の為に千葉にきていた。
113
これで興味を持つなと言うほうが無理あるよね。
で、実際に会ってしまった。言葉を交わしてしまった。趣味が合っ
てしまった。
どんな人なのか〝知ってしまった〟
あの先輩の、このラノベの香りが⋮⋮
×
×
!
そりゃ気にもなっちゃいますよ。
恋ではないけど
!
いかんいかん
!
はっ
!
きっと⋮⋮この本の香りがいけないんだ⋮⋮
!
翌日の放課後。
×
え
なんでわざわざって
?
対する戦術は無視☆です。気にしたら負けですよ
んですよね∼。なんかこう色々と精神的なものが
みなさんっ♪
!
まったわけなのですよ
オ ス ス メ を 聞 い て し ま っ た の が 運 の 尽 き ⋮⋮ す っ か り ハ マ っ て し
でもずっと読んでみたいなぁって密かに思ってて、偶然あの先輩に
具合なんて、ワンランクどころじゃないですよねっ
ちなみに本屋さんで物色してる際の難易度や周りの目の気になり
!
だったのと、なんかラノベって漫画とかアニメよりもワンランク上な
な ん か 小 説 に ま で 手 を 出 し ち ゃ う と す っ ご い 時 間 を 取 ら れ そ う
てかもうオタ否定はしないのかよ。
んだよね∼。
そんなライトなオタの私でも、まだラノベには手を出して無かった
?
ちなみにかしこまった時の友人からの可哀想な物を見る視線に相
ライトなオタって言っちゃてるし。
かやっちゃう程度のライトなオタなんです。
たまに紗弥加たちに頼みごとされた時に、ついついかしこまっ☆と
すよっ。
なんかがちょ∼っと好きなだけの、普っ通∼のリア充女子高生なんで
ただちょっと少年漫画や深夜アニメや幼女先輩向けアニメ、ゲーム
私、決してオタクとかじゃないんですっ
すかっ
そんなの、学校の人に見られたら困るからに決まってるじゃないで
?
てくれたんだよねー。あざっす
ホントのこと言えば、先輩にまたオススメを聞きたいし借りれるも
なの無いかな∼、と。
んで、そろそろ読み終わっちゃいそうだから、なんか他に楽しそう
!
でもそのオススメのは最初の1巻を買っただけで、あとは全巻貸し
!
114
!
!
んなら借りたい。
で、感想なんかを言い合えたらもう最高
あの人にはアニメとかラノベの感想を言い合える友達居ないし、も
ちろん私にだってそっち方面の友達は居ない。
だからめちゃくちゃ楽しいんだろうな∼。そんな事が出来たらっ。
でも、ちゃんと自覚してる。あんまり深みにハマっちゃいけないっ
て。
だから⋮⋮もうあんまり近付かない方がいいかな∼⋮⋮って。
だから借りてる本を返して、それで終わりにしよう。
そうすればラノベを貸してる後輩、ラノベを借してくれてる先輩っ
ていう、ほんのちょっぴり特別なおかしな関係から、ただの後輩の友
達、友達の先輩っていうなんてことない無関係の関係に戻れるもん
ね。
つい先日たまたま手作りチョコ練習会やったし、本を返す時につい
乙女が仕事しない事に定評のあるこの私が
でにチョコ渡したいとか思ってるんだよね∼。
この私が
!
とチョコレート渡したい。
し、ちゃんと自分の手で返してちゃんとお礼を言って、そしてちゃん
いや、でもさすがに借りた本を返すのに人を介すワケにもいかん
のよ
てか本だっていろはを介して借りてんのに、どうやってチョコ渡す
でも、手作りチョコなんて渡せる気しねぇぇぇ∼⋮⋮
⋮⋮⋮⋮せっかく上手く出来たんだもん⋮⋮
!
115
!
それはそれとして、やっぱり礼は尽くさなきゃだめじゃない
でも
!
ほら、私って結構そういうとこちゃんとしてますから。
ですか
!
!?
あ∼⋮⋮でもさすがに二人では会いたくないなぁ⋮⋮なんか危険
な香りがぷんぷんするもん。
でもいろはが一緒に居るときなんかに手作りチョコ渡すとか無理
ゲーっしょ⋮⋮
!
私っ
!?
たヤツから選んでみようかなぁ∼⋮⋮
でも活字にしてみたら全然イメージと違ってガッカリ∼
嫌だしお金も勿体ないしなぁ⋮⋮
とかも
いしぃ∼、じゃあやっぱり前期かもっと前に終わったヤツで楽しかっ
とりあえず今期アニメで楽しんでるのは今期終了してから読みた
分かるわけがなかった。
ん来ちゃったんだけど、なにが楽しいのかなにが売れ筋なのかなんて
ちゃいけないって事の現実逃避から特に調べもせずに勢いで本屋さ
楽しすぎた本がもう終わっちゃいそうなのと、その本を返さなく
!
⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮うっがぁぁぁぁぁぁっ
乙女じゃん
!?
なんでこんなことで悩んでんの
乙女かっ
×
!
﹁ふむ⋮⋮さっぱり分からん⋮⋮﹂
×
かっちゃって、
﹁あっ⋮⋮スミマセン⋮⋮﹂とかって相手と目を合わす
夢中で物色している他のお客さんとお互い気付かず肩と肩がぶつ
⋮⋮こんな時、ご都合主義のラノベとかだったら、同じコーナーを
いや、さっきまでのも充分しょーもなかったですけどっ☆
ふとしょーもない考えが頭を過った。
ご丁寧に草まで生やして一人脳内スレッド消化を楽しんでいた時、
るなんて、ニワカ丸出し過ぎワロタw
アニメから原作行って内容にガッカリするかもぉ⋮⋮とか心配す
!
116
×
と、その人は今一番会いたくない⋮⋮でも、本当は今一番会いたい人
だったのだ
的なお約束な展開が待ってんのよね∼。
アホか。現実と創作をごっちゃにすんなっての
てお尻同士が⋮⋮
嘘⋮⋮でしょ⋮⋮
のに⋮⋮
﹃な、なんだ⋮⋮違うじゃんっ﹄
﹃あはははは、そんなわけないですよね∼
﹄
可愛い女の子のお尻に触れてしまったからなのか、若干キョドった
視線の先ではあの人が⋮⋮比企谷先輩が⋮⋮⋮
﹁⋮⋮あ、すみませ⋮⋮⋮あ、家堀か⋮⋮﹂
が誰であるのかを。
それなのになぜか確信してしまっていた⋮⋮このぶつかった相手
そう言いたかったのに、そのはずだったのに⋮⋮
!
そんな事あるわけないのに⋮⋮ただのご都合主義の妄想のはずな
私は恐る恐る⋮⋮本当に恐る恐るそちらに視線をやった。
?
いたちょうどその時、隣のお客さんとぶつかった⋮⋮肩同士じゃなく
本の物色に夢中になるんじゃなくて頭の悪い思考に夢中になって
どんっ
てかこの考え自体がフラグっぽくてなんか恐い。
!
!
様子でかったるそうに立っていた⋮⋮
続く
117
!
あなたとの繋がりはこのラノベの香りだけ︻中編①︼
⋮⋮ドキドキがやばいって
マジか⋮⋮⋮まさかホントにこんなことになるなんて⋮⋮
やばいやばいやばい
ラノベ的出会いが、とんでもなく運命を感じてしまう。
ここのところ無駄にこの人を意識しすぎてた分、このご都合主義の
!
こんなに目が腐ってるのに、こんなにキモくキョドってるのに、な
んでこんなにカッコ良く見えちゃってんのよ私っ
!
な∼にが、こ、こんにちは⋮
﹁⋮⋮あ、比企谷先輩⋮⋮こ、こんにちは⋮⋮﹂
こ、こんにちは⋮⋮じゃないっての
よ
なんでこんな時ばっか仕事すんのよ乙女ぇ
!
も比企谷先輩も赤くなっていた。
﹁お、おう、奇遇だな⋮⋮その⋮⋮スマン﹂
⋮⋮⋮⋮⋮ん
ケツドンしちゃったからこんなに照れてんの
ちょっとお尻触っちゃったくらいで
ちょ⋮ちょっと勘弁してよ∼
なに萌えちゃってんのよ私∼⋮⋮
⋮⋮⋮⋮⋮な、なにこの人⋮⋮⋮やばいっ⋮⋮⋮可愛いっ⋮⋮⋮
!?
?
?
!
ちょっと軽減された気がする。
これはある意味ラッキーなのかな⋮⋮
いだろ⋮⋮
いやいやラッキーではな
?
118
!
あまりの動揺で顔がカッカしていると、相変わらずキョドりながら
!
!
で も ⋮⋮ さ っ き ま で の 動 揺 の ド キ ド キ が、こ の キ ュ ン キ ュ ン で
!
﹁お、おい家堀
﹂
﹁あ⋮⋮あ∼、いやいやこちらこそ奇遇ですね、比企谷先輩っ
⋮⋮まったく。ホントに面白いな、この人。
きゅ、
まぁでも仕方ないですねっ。今回のお触りだけは無罪放免
⋮⋮やっぱり一色の友達だな⋮⋮﹂
呆れた視線を向けてくる先輩もなんだか可愛い。
いろはと一緒にしないでくださいよっ
でもおかげでお互い突然の遭遇での緊張感がとけたみたい。
﹁ちょっと比企谷先輩
!
さの方が勝ってきた
方ない
﹂
ばいでしょ⋮⋮でもしょーがないかぁ⋮⋮会っちゃったもんは致し
⋮⋮⋮いやいや顔合わせたく無いとか言っといて、それって逆にや
!
そりゃまだちょっとドキドキするけど、それよりもこうしてる楽し
!
﹁お 触 り っ て お 前 な ⋮⋮⋮ 自 分 で 可 愛 い と か そ の ム カ つ く 表 情 と か
この先輩は、なんかからかいたくなる♪
いろはの気持ちがすごい分かっちゃったよ。
にしてあげますよっ﹂
んよ∼
﹁いやいや、先輩が可愛い女子のお尻を触った事に間違いはありませ
こんな人、やっぱ今まで出会ったことないや⋮⋮
ぷっ
に聞かれたらリアルに通報されちゃうからお願いだからやめてね﹂
痴漢行為をはたらいたみたいになっちゃってるじゃねぇかよ⋮⋮人
﹁⋮⋮おい、人聞き悪い言い方はよせ⋮⋮まるで俺が意図してお前に
∼﹂
急にお尻触られちゃったから、ちょっとビックリしちゃいましたよ
!
?
今だけはって意味よ
ん
×
?
だから私は覚悟を決めて比企谷先輩と向き合うことにした。
!
119
!
?
×
?
﹁先輩がまっすぐ帰らないでお買い物なんて珍しいんじゃないですか
×
まぁいろは情報ですけどねー﹂
﹁あのバカ⋮⋮マジで人の悪口ばっか言ってんのな⋮⋮﹂
まぁ悪口っていうよりノロケなんですけどね。
﹂
いろはの場合、比企谷先輩の話はどんな内容でもホント楽しそうに
話すからなぁ。
ま、おかげで私も比企谷マニアになりつつありますよ︵笑︶
﹁まぁ今日はちょっと買いたい本があってな。家堀も本を物色か
楽しそうなのないかな∼
って﹂
﹁はい。先輩のラノベ、もうすぐ終わっちゃいそうなんで、なんか他に
?
﹂
あんなに面白いのオススメ
も う 読 み 終 わ ん の か よ、早 え ー な。⋮⋮ な ん か 随 分 と ハ
うわ∼、すっごい嬉しそう
﹁そ、そうか⋮⋮﹂
されちゃったら、そりゃラノベにハマっちゃいますって
﹁まったく⋮⋮比企谷先輩のせいですよ
マっちまったんだな﹂
﹁マ ジ で
?
乙女が仕事してる場合じゃ
⋮⋮私って、こんなに乙女思考だったっけ
一緒に笑い合いたい⋮⋮
なにこれなにこれ
いや、でもダメでしょ。落ち着け香織
!
?
⋮⋮
×
こんな思考は胸の奥の方に閉じ込めなきゃっ⋮⋮深い深い奥底に
これ以上ハマるのは、確実にやばい⋮⋮
ないでしょ⋮⋮
?
どうしよう⋮⋮もっと話をしたい。もっと色々とお話して、もっと
り反則だな⋮⋮
こんな事で⋮⋮こんなにも嬉しそうにしてる比企谷先輩は、やっぱ
思わず顔がほころんでしまった。
なあたりまえの事が、この人にはこんなにも嬉しいことなんだ⋮⋮
自分がオススメした本を面白かったって言ってもらえる⋮⋮そん
!
!
?
?
×
120
?
×
その後、比企谷先輩はお目当ての本を購入したが、結局私はなにも
買わなかった。
なんかもう胸がいっぱいでいっぱいで⋮⋮
レジで買い物を済ませた比企谷先輩と本屋さんを出て、そのまま商
業施設を後にする。
﹁さむっ⋮⋮﹂
やっぱり施設内で暖まりきった身体には2月の夕方の空気はマジ
ぱない。
冷たい手をはぁはぁしながら、無言で駅へと向かう。
ふと隣を見ると、比企谷先輩も私と同じポーズで手を暖めながら肩
﹂
を並べて一緒に歩いてる。
﹁ぷっ
なんだかおかしくってつい笑いがこぼれてしまった。
⋮⋮やばいやばい
ような格好で一緒に手をはぁはぁ暖めてる。
しかも本屋さん出てからお互い無言でやんのっ
まずさを感じない。ってか居心地いいまである。
!
思わず顔が緩んじゃうくらいに可笑しい
変なの⋮⋮ホンットに変っ。
でもなんだか可笑しい
⋮⋮
でもそれでも気
本屋さんで会って、なぜか一緒に商業施設から出て、そして隣で同じ
今まで全くかかわり合いの無かったひとつ上の先輩と、なぜか偶然
ふぅ⋮⋮良かったぁ。笑っちゃったこと、気付かなかったみたい。
チラリと横目で覗くと⋮⋮
私は暖めてるその手で、口角の上がってしまった口を覆い隠した。
!
た。しつこいナンパ君から助けてもらったこの場所に。
可笑しさを堪えてると、気付けばいつの間にかこの場所まで来て
!
121
!
⋮⋮これは神様がくれたチャンスかもしんない
明日も放課後ここで会えませんか
おかあちゃんっ
あんたは生まれも育ちも千葉でしょう
うち、言ってもーたよ
﹂
覚悟を決めろ
どうやってチョコを渡すのか
ずっと悩んでたけど、これはチャンスだ
どうやってラノベを返すのか
たった一回⋮⋮たった一回だけだぞ香織
﹂
﹁あのっ⋮⋮比企谷先輩っ﹂
﹁どうした
﹁⋮⋮あの
言ってもーた
い や い や 落 ち 着 け 香 織
がっ
比企谷先輩も唖然としてるっての
!
どこのキャラが降臨したのよ
ほらぁ
!
水着回みたいな言い回しになっちゃってんよ
香織ちゃんの水着回はまだかって
?
!?
ん
る私って超クール。
クール過ぎて、もしもこういう時の自分の頭のなかを誰かに覗かれ
?
?
てるのだとしたら恥ずかしすぎて余裕で死ねるレベル。
﹂
クールどこいった
﹂
﹁え⋮⋮なんで
﹁へ
?
122
!
!
!?
!
と、取り敢えずこの爆弾発言に対しての説明回をしなければ
!
いやいや説明会ね
え
☆
んん
!
ふぅ⋮⋮己のアホ妄想の寒さで己をクールダウンさせて落ち着け
!
それはいつだってみんなの、コ・コ・ロ・の・な・か・に⋮⋮だよっ
?
?
!
!
?
!?
!
!
!!
!
×
!
×
?
×
!
やっばい
ラノベ
って⋮⋮﹂
先輩から借りてたラノベが
クールダウンしたとか言いながらトリップしっぱなし
だったでやんの私
﹁いや⋮⋮えっと⋮⋮そ、そう
﹂
?
そういうんじゃなくってですねー⋮⋮
!
⋮⋮﹂
﹁別に全然構わんぞ⋮⋮それに、だったら学校でもよくねぇか
?
しいわな﹂
ちっがぁぁーう
ホントこの人卑屈すぎぃー
⋮⋮ く っ そ う ⋮⋮ 不 意 打 ち で 母 性 を く す ぐ っ て き や
守ってあげたくなっちゃうからやめてくださいっ
!
のよっ
がってこの男っ⋮⋮だからいろはに陰口︵天然スケコマシ︶叩かれん
⋮⋮ は っ
!
!
﹁ああ、まぁそりゃ俺と一緒に居る所とか友達に見られるのは恥ずか
いやんいろはみたいになっちゃった
﹂
その程度の反論に屈する私では無いのだよ比企
ぐぅ⋮⋮そりゃごもっともです⋮⋮
だがしかぁーし
!
﹁いや、だって学校じゃ恥ずかしいじゃないですかぁ
谷君
﹂
﹁いやぁ⋮⋮お返しする時まで人を介するのはさすがに失礼ですしー
でも違うんですよ
ぐぅ⋮⋮そりゃそうなりますよねー。
に渡しといてくれればいいぞ
﹁いや、別にそんなに無理に急いで返してくれんでも⋮⋮それに一色
もう読み終わるんで、それをお返ししようかな∼
!
!
!
!
奥さん
﹁違いますからっ
そうじゃなくってですねぇ⋮⋮私って、こうみえ
て上位カーストなんですよ。なので周囲の目もありましてですね
﹁あぁ⋮⋮隠れオタってやつか﹂
まぁうちのグループはみんな知ってっけどね。
かしいかな∼⋮⋮なんて﹂
⋮⋮⋮⋮えっと⋮⋮こういうの読んでるとかバレるの、ちょっと恥ず
?
!
123
?
!
!
?
!
いや別に今現在私がスケコマされてるって意味ではないんですよ
!
!
いやんハッキリ言い過ぎっ☆
﹁けけけ決してオタクとかではああありませんけどもっ
﹂
って子くらいってことか﹂
﹁ああそう。じゃあ家堀がそういう趣味持ってんの知ってんのは、一
?
絶対オタクだと思ってるでしょっ
色と⋮⋮前に一緒にいた襟沢
⋮⋮ああそう。って
?
?
くはないかな∼⋮⋮と﹂
﹁いやでもわざわざ千葉まで出てくる必要性なくね
強敵すぎるよいろはさーんっ
れてるってのに
⋮⋮ぐぬぬ、やはり手強い⋮⋮こんなに可愛い後輩にここまで誘わ
し﹂
俺早く帰りたい
⋮⋮ま、そういう事情がありますんで、あまり学校ではお返しした
﹁まぁそういうことになりますね。あと二人居ますけども⋮⋮。んん
!
よっ♪
だ が 残 念 だ っ た ね 比 企 谷 君。私 は あ な た の 心 を く す ぐ っ ち ゃ う
!
!
いても⋮⋮なんてっ﹂
ちょっと恥ずかしかったけど、ばちこーん
よっ
うう⋮⋮もう火照って仕方ないわ⋮⋮
!
だよっ
⋮⋮⋮⋮私、必死すぎじゃね
だな
﹂
﹁はぁ∼⋮⋮仕方ねぇな⋮⋮。明日の放課後、ここまで来りゃいいん
?
お得
面倒見の良すぎる先輩のウィークポイントを
的確に突いたこのお願いの仕方は
!
しかも趣味について語り合えるチャンスのオマケつきだよ
!
どうだね比企谷君
っとウインクしてみた
ラノベ批評についても、プリっプリでキュアっキュアなやつとかにつ
だ か ら 一 度 だ け で も 比 企 谷 先 輩 と 語 り 合 っ て み た い な ∼ ⋮⋮ っ て。
﹁私⋮⋮こういう趣味で語り合える人が居ないんで、せっかくの機会
?
!?
!?
?
?
124
?
!
よしっ
HIT
お願いします
﹁⋮⋮了解した﹂
重要なことがひとつ
﹂
明日も会える⋮⋮
別に何時でも構わないんでこの場所でっ﹂
!
やった⋮⋮⋮明日も話せる⋮⋮
﹁あっ
﹁お、おう、どうした﹂
!
﹁はいっ
まったく⋮⋮手間取らせやがって⋮⋮
!!
なければならない。
いろはには絶っ対内緒でっ
﹁あぁ⋮⋮まぁ別に話す相手も居ねぇけど⋮⋮一色にもか
﹁絶っっっ対ダメですっっっ
﹂
あぁ、まぁ外で自分の友達
大将の首から取っていくスタイルなの
てかいきなり本丸をあげんな
なに
﹁お、おう⋮⋮ど、どうしたいきなり⋮⋮
!! ?
しの知らないところで会ってんですか
はっ
まさかそうやって外
なんで先輩がわたしの友達とわた
?
?
﹂
?
ど、俺別にオタクじゃねぇからそこまで詳しくねぇからな⋮⋮
﹂
﹁ま ぁ そ う だ な。お 前 よ っ ぽ ど オ タ 話 し て ぇ ん だ な ⋮⋮ 言 っ と く け
ソッチ系の話が盛り上がれないじゃないですかぁ⋮⋮
ればいいじゃんって話かも知れませんが、いろはが居るとあんまり
﹁あははは∼⋮⋮ま、まぁそんな感じです。はじめっからいろはも居
からん
あの子、今まで何回比企谷先輩振ってきたんだろ⋮⋮うらやまけし
Oh⋮⋮すでに完コピなされてますよこの人⋮⋮
⋮⋮とか言われそうではあるけどな﹂
もりですかすみません正直マジでキモいです無理ですごめんなさい
堀から埋めていって最終的に断れないように企ててから告白するつ
!
!!
﹂
バレたらマズい⋮⋮いろはの耳だけには、絶対に入らないようにし
そう。これは非常にマズい行為なのだ。
⋮⋮﹂
﹁そ の ⋮⋮ 明 日 こ こ で 会 う こ と は ⋮⋮ だ れ に も 内 密 で お 願 い し ま す
!
!
!
!
と俺が会ってたとか知ったら、は
!?
!
?
?
125
!
?
!
くぅっ⋮⋮えらい誤解を受けている気がするぅっ⋮⋮
この人、私のことガチオタだと思ってんじゃないの
でもっ
まぁいっか
おっといけない
油断すると口がっ
﹂
⋮⋮それでは
まだバレンタインまでは日にちがあるというのに、フライングで明
に出掛けるのだった。
そうして私は比企谷先輩の背中を見送ったあと、ダッシュで買い物
﹁ああ﹂
また明日この場所で
﹁なんか大きな誤解がありそうですけどまぁいいです
!
そのおかげでこうして約束取り付けられたんだもんねっ
!!
うぅ、なんて惨めっ⋮⋮泣いてもいいですかね⋮⋮
誤解され、﹃仕方ねぇからオタ話に付き合ってやるか﹄状態の私⋮⋮
曲がりなりにも好⋮⋮ちょっとだけ気になってる人にガチオタと
!?
!
!
今夜は忙しくなりそうだぞっ⋮⋮
日渡す為の手作りチョコの材料を揃える為に⋮⋮
ふふっ
続く
126
!
!
!
!
あなたとの繋がりはこのラノベの香りだけ︻中編②︼
﹁あ、お母さん。夕飯食べおわったら台所借りるよー﹂
私はご飯をあと少しで食べおわりそうな所で、お母さんに台所の予
約をとっておいた。
なに
なんかするの
﹂
とっとと作業を始めたいから、ついでに速攻で洗い物も済ませてし
珍しい
?
まおう
﹁そうなの
?
なに
﹁お菓⋮子
今夜の趣味の夜更かしのお供にポテトチップスで
ちょっと手作りでトリュフ
!
トリュフって世界三代珍味の
﹂
まさかチョコのほうじゃ
?
私の場合、今からチョコ作る方がキノコ育てるよりも異常な行
うが⋮⋮チョコの方よチョコの方
﹂
﹁さすがに今から高級食材を台所で作ろうと思い立つわけないでしょ
為なのん
え
んですけど。
てかその発言の感じだとまだ有り得るって比重がキノコ﹀チョコな
⋮⋮⋮⋮なんで夕ご飯後の台所でキノコ育てんのよ私。
ないわよね⋮⋮
﹁⋮⋮⋮え
しまった私は、まだまだ修行が足りないようですね。
母のあまりの無慈悲な返しに思わずベタベタなツッコミを入れて
とか作ろうかなぁ、と﹂
﹁なんでやねん。だったら買ってくるわ
あと趣味の夜更かし発言はスルーでオナシャス。
げるのかと聞かれる年頃の娘でお馴染みの家堀香織です。
どうも。母にお菓子作りするからと宣言すると、夜食のポテチを揚
﹂
も揚げるの
?
うん。母がポカンとしてますね。
﹁ああ、いや⋮⋮ちょっとお菓子作りをしようかな⋮⋮と﹂
!
?
?
!
127
?
!
?
?
?
!?
﹂
するとお母さんはとってもいい笑顔になって、あらやだ
に手をちょいちょい振った。
﹁いやいや香織さん、またまたご冗談をっ
か、香織
﹂
ぷんぷんっ
⋮⋮もう
って感じ
⋮⋮てかそう思われてる私
めんどくさいなぁ⋮⋮ホ、ホ
そんな女の子みたいな真
だからちょ∼っと手作りチョ
あんたどうしたの
言っとくけどすっごい上
!
直哉くん以来じゃない
直哉くんと付き
⋮⋮あ、あんたもしかして彼氏
﹁こないだいろはんちでチョコ作りしたの
手く出来たんだよ
﹁はぁ∼⋮⋮香織がねぇ⋮⋮あぁっ
﹂
!
!?
い、いやいや彼氏とかでは⋮﹂
でも出来たっ
!
年頃の娘って、母親からこういう扱い受けるものな
この母親っ
⋮⋮あっれぇ
のん
なんなの
が一番ヤバイ☆
﹁ほ・ん・と・う・だっつの
ラ、もうすぐバレンタインでしょ⋮⋮
﹂
コを作ろうかなってさ⋮⋮﹂
﹁うそ⋮⋮でしょ⋮⋮
ふぇぇ⋮⋮もうやだよこの母親∼⋮⋮
﹂
ちょ
なんで驚愕の表情なのよぉ⋮⋮
﹁え
似して
!?
!
!
?
良かったねぇ
!
﹁はっ
﹁そっかぁ
!
!?
ねぇっ
﹂
ぐはぁっ
直哉って誰だ
父さん初耳だぞ
﹂
あれを親に付き合ってただなんて思わ
ア、アイツの名前を出さないでぇ∼
あれマジ黒歴史なのよっ
れたくないのよ∼
!
!?
﹁だっ、だから別に彼氏とかでは⋮﹂
﹁ちょっとまて
!?
!
いやアンタ居たのかよ
!?
!
!
合ってた頃だって、そんな乙女チックなことしたことなかったのに
!
!
!
128
?
!
!?
?
?
!
!!
!?
?
?
スミマセン⋮⋮一応女の子なんですよ、こう見えて。
!
?
てか一緒に夕飯食べてたわ。
このあと、ひとりで上手く出来るかどうかまだ分かんないから早く
作りたいってのに、このめんどくさい両親から根掘り葉掘り聞かれま
した⋮⋮なんかお父さん、すっごい笑顔なのに額に血管浮いてたりす
るし⋮⋮
もうやだよぉ⋮⋮この親ども⋮⋮
×
よぉっし
やっぱ上手くできた∼
そしてここからは初挑戦っ
いやぁ、やっぱ私って意外と乙女の才能あんじゃね
!
てきちゃったんだよね∼っ
力高そうじゃね
へへ∼
喜んでくれるかなぁ⋮⋮
なに私、お菓子作りながら鼻歌とか歌っちゃってんの⋮⋮
⋮⋮⋮あ⋮れ
﹁∼∼∼♪﹂
さてさて始めますかね∼。
!
私は今の自分の現状に愕然とした。してしまった。
?
手作りトリュフとチョコクッキーの詰め合わせとか、すっごい女子
!
ふっふっふ。さっき本屋さんに引き返して、手作りお菓子の本買っ
しょうかね。
余 っ た コ コ ア パ ウ ダ ー を 使 っ て チ ョ コ ク ッ キ ー 作 り に 移 行 し ま
!
?
!
丸めて冷やして固まったらココアパウダーまぶしてっと⋮⋮
⋮⋮
ふ む ふ む。生 ク リ ー ム を 少 し づ つ 加 え な が ら 丁 寧 に 混 ぜ て っ と
×
?
?
129
×
これじゃ私⋮⋮まるで恋する乙女じゃん⋮⋮
ダメでしょそれは。ただ⋮⋮ちょっと気になってる先輩に、本を借
りたお礼をするだけって事にしときたかったのに⋮⋮
お菓子作りの最中だというのに私はしばらく動けず固まっていた。
そんな私をようやく動かしたのは、オーブンレンジから漂ってくる
焦げ臭い香りだった。
×
私ってこう見えていろは並みにリアリストなのだ
して貰えるかなって。
大丈夫
これなら大丈夫、これ以上はヤバイって線引きの仕方は心得てる
リスクマネジメントもいろは並み
⋮⋮恋らしいです⋮⋮
乙女が仕事しない事に定評のあるこの私が
!
⋮⋮ ま い っ た な ぁ ⋮⋮ こ れ は ⋮⋮ 恋 だ わ ⋮⋮ う ん ⋮⋮ ど う や ら
立ってるっていうね。
も う い ろ は 並 み と か 連 呼 し て る 時 点 で 死 亡 フ ラ グ が ビ ン ビ ン に
!
!
!
だから私は頑張って誘ったんだ。たった一回だけだったら⋮⋮許
そう。一回だけ。たった一回だけの逢引。
こんな機会はこの一回だけなんだから。
⋮⋮明日せっかく語り合うんだからちゃんと読まなきゃ。
せっかくここまで楽しく読んできたのに内容が頭に入ってこない
いな⋮⋮
んだから読み終わらなきゃ⋮⋮そっか、明日返すのか⋮⋮返したくな
もう少しで終わっちゃう⋮⋮終わらせたくない⋮⋮でも明日返す
ノベを読んでいた。
お菓子作りを終えて自室のベッドで横になりながら読みかけのラ
×
!
130
×
現実主義者で有名なこの私が
⋮⋮どうやら、友達の一色いろはが自分らしさを忘れてまでご執心
になっている相手に、比企谷八幡先輩に⋮⋮恋をしてしまったみたい
です⋮⋮
﹁最っ悪だ⋮⋮﹂
自然と漏れたため息とその一言。
すんっ⋮⋮とラノベの香りを嗅いでそっと抱き締める。
大丈夫⋮⋮この香りがいけないんだ。
明日になればこの香りから解放されるから、この唯一の繋がりから
解放されるから、だから大丈夫。
になるわ⋮⋮おっも
いやだお肌に悪いわっ
絶対顔に出ちゃうっしょ
だってさぁ、今日は放課後誰にも内緒で比企谷先輩に会うのよ
いっっっ
し っ か し ⋮⋮ 冷 静 に 考 え る と ⋮⋮ 超 ∼ ∼ ∼ 学 校 行 き た く な
!?
しなきゃだったりで超寝不足⋮⋮
しかもゆうべはなんだかグダグダ色々考えたり本を読み切ったり
!
震いした⋮⋮
や、やっべぇ⋮⋮私、大丈夫⋮⋮
?
いつかの天使先輩事変でのいろはの女の感の恐怖を思い出して身
!
!?
!
131
!
私は両手で両頬をバチンっと張ると、この唯一の繋がりを断ち切る
×
べく、そのラノベのラストシーンに向けて心を旅立たせた。
×
うぅ⋮⋮やっぱラノベ10冊をまとめて持ってくると結構な荷物
×
ぐぅ⋮⋮でもなんとか乗り切らねばっ
私っ
思わず顔がニヤけるっ
今日で繋がり断ち切んの
!
!
!? !
今日一日乗り切れば⋮⋮比企谷先輩と二人で会えるんだから
やばいやばい
よ
いやいやゆうべの悩みはどこ行ったよ
!
ありますよ
先の心配なんてっ
!
なくない
残念っ
私は家堀香織
ちゃんと楽しんでから悩めばいーじゃんっ
とりあえず〝今〟を楽しめっ
悩むのはあとあと
想ではあるけれど、これが私なのよね∼
﹂
﹁おっはよー
てけ歩いて行った。
!
﹁お、今日もいろははまだ来てないのかー﹂
ふぅ⋮⋮ちょっと緊張したけど、まだいろは来てないみたい。
﹁おーす﹂﹁おはよー﹂﹁香織ちゃんおはよぉ
﹂
私は教室へとたどり着くと、平静さを装って我がグループへとてけ
!
×
いややっぱヤバいですわ。
生き残ること⋮⋮
ま、そんなわけで差し当たっての悩みは今日いろはと相対して無事
!
誰に向けて言ってんのかも分かんないようなしょーもない脳内妄
!
こ の ま ま 暗 っ ら い 感 じ で 行 く と 思 っ た
ちゃんでした
?
!
この超ポジティブさが家堀香織の魅力なのー☆
!
!
!!
せっかく楽しいことが待ってんのに悩んでるのなんてなんか勿体
!
でもさぁ、やっぱ目の前に迫ってきてる楽しみにはかなわないので
!
?
×
132
!?
×
若干棒読みになってしまいました。やはり私には演技の才能は皆
無のようです。
それにしてもあの子サッカー部のマネージャー業をサボり始めて
から、あからさまに通学時間ダラケてるのよね∼。
最近で早く来たのなんてマラソン大会の翌日くらいね。ええ。私
は遅刻しましたけどもっ
どね
熱くなれ
!
いろは昨夜から熱出ちゃったみ
て か 処 刑 さ れ ち ゃ う の 確 定 し て ん の
香織には連絡行ってないん
﹂
?
よっ
﹁あれ
まじで
たいで、今日は休みだってさー﹂
﹁うっそ
諦めんなよっ
まぁちょっとだけ処刑台にのぼるのが延びて助かったからいいけ
!
てたみたい。
[香織やっはろー
ゆうべから熱出ちゃった☆テヘッ︵*> U 荷物を置いてスマホを取り出すと、やっぱりいろはからメールが来
今日は荷物が多いわ重いわで全然スマホチェックしてなかったわ。
?
た⋮⋮
ごめんねいろは
﹂
どしたのぉ
なんでもー
﹁香織ちゃん
﹁んーん
なんかホッとしたり凹んだり﹂
?
!
のに、それを喜んでしまった自分に罪悪感がすぐさま襲い掛かってき
思わずへなへなと力が抜けた。でも友達が熱出して学校休むって
⋮⋮
思 わ ず 白 目 に な り そ う だ っ た が、で も ま ぁ ⋮⋮⋮⋮⋮ 助 か っ た ぁ
⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮元気いっぱいじゃん。
<*︶今日休むねー]
!
?
?
病み上がりにちゃんと埋め合わせするからねっ
!
!
133
?
?
!
!
?
×
襟沢のくせに。
いろはちゃん﹂
いや、知恵熱ってなんか馬鹿にしてね
?
バレンタインイベントと言えばとも君がさぁ
そっか、バレンタインイベントの事かー。あの子どうすん
⋮⋮あ
!
﹁例の件
?
熱でも出ちゃったのかなぁ
﹁そうだねぇ。最近例の件とかで思うトコとかあったろうから、知恵
﹁なんかいろはが居ないと静かだよねー﹂
私達はいつものメンバーマイナスいろはでお弁当の準備を始めた。
まる。
4時限目終了のチャイムが校内に響き渡り、本日のお昼タイムが始
×
だろうね∼
﹂
?
?
﹁ふむふむ﹂
?
ん
早く話しなさいっての。私は目で煽った。
なぜか智子がキョトンとしてる。
﹁え⋮⋮あれ⋮⋮
﹂
ま、たまには聞いてやるか。
コイツ⋮⋮どっからでも持ってくんな⋮⋮
!
﹂
すげー羨ましい
って言ってたのぉ
るんだー
なぁ
⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮あれ
た
なに
なにが
﹁ど、どぉしたの⋮⋮
へ
で
俺もともちゃんと一緒に参加したい
﹂
!
この沈黙⋮⋮私、なんか変なこと言っ
もそういうのも楽しいかもねー
﹁そっかぁ。まぁさすがに学校違うから参加は無理なんじゃない
!
?
香織ちゃん⋮⋮﹂
なんか三人共、目を見開いてるんですけど。
?
?
しをするなんて⋮⋮﹂
﹁か、香織が智子のウザバナをちゃんと聞いて、あまつさえまともな返
?
?
!
!
﹁あ、うん⋮⋮総武って生徒会主導でバレンタインイベントなんてや
?
!
?
134
×
?
﹁いや紗弥加ウザバナって酷いよっ
なん⋮⋮だと
私ととも君の⋮﹂
私が、智子のウザバナをちゃんと聞いてた⋮⋮だと
見て即打ち切ってんのに⋮⋮﹂
﹁だって普段なら智子のウザバナなんて、うっさい死ねくらいの目で
!?
ちゃってるみたいじゃん⋮⋮
?
﹂
!?
た。
!
⋮⋮⋮てか私の智子の扱いェ⋮⋮
だけ興味を示してしまっていただなんてっ⋮⋮
か分からないような恋バナに耳を傾けていただなんて⋮⋮ちょっと
だって⋮⋮この私が
あの智子のウザすぎて何度死ねよと思った
嘆く智子を尻目に、恋ってすげーな⋮⋮と思わずにはいられなかっ
﹁それに準ずることくらいは思ってたんだっ
﹁いやさすがに死ねとまでは思ってないって﹂
でも⋮⋮
もリア充精神が旺盛になっちゃうのかぁ⋮⋮
まいったな⋮⋮今日これからちょっと会えるってだけで、こんなに
私、今現在リア充とかけ離れてますけど⋮⋮
むしろ死亡寸前☆
こ れ じ ゃ ま る で ⋮⋮ リ ア 充 の 余 裕 さ を 醸 し 出 し て 心 が 広 く な っ
に、なぜだか興味を持ってる私がいた。
でも確かに、普段は黙れ爆発しろくらいにしか思ってない智子の話
?
×
×
今日、完全に繋がりを切ってしまったら、自分の気持ちを整理する
のになかなか苦労するのかもな∼⋮⋮
﹁いやぁなんかさぁ、こないだいろはの気持ちをあんなに熱く語られ
ちゃったから、ちょっと触発されたのかもね∼﹂
真っ白な砂と化してる智子を放置して会話は進む。
135
?
むぅ⋮⋮恋に落ちるってのは、なかなかに深刻なのかも知んない。
×
﹁マ ジ で ぇ
ちゃったぁ
やっぱ
私らトップグループで
も し か し て も し か し て 香 織 ち ゃ ん、好 き な 人 と か 出 来
﹂
声でけーよ襟沢⋮⋮
ク ラ ス の 連 中 が 聞 き 耳 立 て て ま す や ん
そういうアンタはどうなのよ
?
しょうが
﹂
﹁そーゆーんじゃないっつの
中西君にあげんの
!
みた。
﹂
﹁なななっ
ん
そっ、そんなワケ無いじゃぁ
!?
⋮⋮うん⋮⋮でも香
彼、いろはに相手にされなくなって抜け殻状態だから、今なら
﹂
﹁中西君をおこぼれみたいに言わないでよぉっ
チャンスかもよ
ない
﹁せっかくあんなにお菓子作り上手なんだから、あげれば喜ぶんじゃ
あんたが中西君狙いだなんて、みんな知ってるってのに。
ふぅ⋮⋮やはりこいつの恋愛脳レベルは小学生クラスかぁ⋮⋮
わわわ私が中西くんにぃ
だからこないだのチョコ作りの時から気になってたことを聞いて
なっちゃう今日この頃♪
なんか自分が恋しちゃったからか、なぜか人様の恋愛事情も気に
せっかくだからコイツらの恋愛事情でも聞いてみますかね。
?
!
? !?
!
!?
う⋮⋮かなぁ
﹂
なんか私が背中押しちゃった感じ
Ohワタシセキニントリマセーン。
おっ
?
だろうけどね。
まぁどうせ考えてみた=考えただけで実行に移せませんでした
!?
織ちゃんがそこまで言ってくれるんなら⋮⋮あげるのを考えてみよ
!
?
?
﹁だから違うってば
そういうんじゃ無くってですね
﹂
?
﹁大体紗弥加はどうなのよ
あんたも最近音沙汰無いじゃん。モテん
てか私って、そんなにいつもやさぐれてるんすかね⋮⋮
!
発しろって罵ってんのに。⋮⋮あんたまさかホントに⋮⋮﹂
﹁てか香織がこんなに恋バナに食い付くなんて珍しいよね。いつも爆
!
!
?
136
!
のに﹂
そう。紗弥加も私並みにかなりモテんのに全然男っ気ないのよね
∼
確か私と同じく10月くらいまでは彼氏居たハズなのに、彼氏居た
んー、私はしばらく男はいいかなぁ。なんか色々めんどくさ
期間も全っ然そっち系の話しなかったし。
﹁私∼
あっぶね
ホラっ
一瞬意識が飛んでたわっ
ちょ、ちょっと大人の階段の
!
小学生脳が真っ赤になって鼻血出しそうだからもうやめ
たげてっ
!
﹂
それはそうとさぁ
行かない
今日の放課後いろはんちにお見舞いでも
!
この子も存外タフよね。
私行きたぁい﹂
冷やかしに行こっか。香織は
?
﹁あ
﹁んー。いんじゃない
?
でもお見舞いを冷やかしとは言わないであげてね紗弥加さん。
も行ってあげたいんだけど、今日ばっかりは⋮⋮
まさか今日の放課後に限ってそんな話が出てくるとはなぁ⋮⋮私
﹂
いつの間にか復活していた智子が急に提案を投げ掛けてきた。
!?
﹁あっ
ながらの食事を黙々と続けるのだった。
そのあとは、私と襟沢がなぜか紗弥加さんに妙によそよそしくなり
てらっしゃったんですね⋮⋮
もう恋バナに花を咲かせるうら若き女子高生など、とっくに卒業し
みませんでした。
紗弥加先輩。なんか私と同じレベルだと思っちゃっててホントす
!
ぼっちまったZE☆
!
⋮⋮⋮⋮⋮⋮うん。そうですね⋮⋮⋮⋮
いし。ホラ、夜も寝たいしさぁ﹂
!?
!
137
!
!
﹁ごめんね紗弥加さん
今日はちょっと
⋮⋮部活が忙しいかもっ﹂
!
﹂
?
私ってマジで馬鹿
何時でもいいので放課後にこの場所でっ
!
はいくらなんでも無くない
って待ち合わせの仕方
そしてその日は何事もなく無事に過ぎていき、時計の針は運命の放
ていましたぜ
おっと⋮⋮つい紗弥加さんに対して大人な距離感を感じてしまっ
⋮⋮てかなんでさん付け⋮⋮
﹁そ っ か、じ ゃ あ し ょ う が な い ね。じ ゃ あ 今 日 は 三 人 で 行 こ っ か。
すけど。
目をばってんにして手を合わせる。ホントは今日部活サボるんで
!
課後へと刻を進めた⋮⋮
×
﹁うぅ∼⋮⋮さっぶっ﹂
×
るのかも分かんないってのにっ
ちゃったりしてさぁ
くっそ∼
寒さにやられちゃってんよ
私の頭
!
幸せ感じちゃってなんだか楽しいぞ☆
って馬鹿
!
⋮⋮でも待ち合わせで待ってる時間てなんかちょっと
これ下手したらあと何時間もここで待たなきゃいけねーじゃんっ
!
それなのに私は舞い上がって張り切って部活サボってまで早くき
!
動を休んで来てくれるかも知んないし、何時までやってから来てくれ
だって比企谷先輩は奉仕部だってあるし、もしかしたら今日は部活
!?
!
×
チェックと荷物チェックに勤しむ私。
そしてここにたどり着いてから何度目かのコンパクトによる髪型
!
138
!
!
!
よし
チョコとクッキーはちゃんと可愛くラッピング出来て
今日も可愛い可愛い
大丈夫っ
る♪
向けた時⋮⋮
﹃どくんっ⋮⋮
﹄
はぁ⋮⋮いつ来るのかな⋮⋮なんて期待もせずに駅の方に視線を
!
⋮⋮来た
⋮⋮せっかくのなかなかに整った顔立ちを台無しにす
は力一杯盛大に心臓を鳴らした⋮⋮
⋮⋮私のあまりにも不足しているはずの乙女成分が、今日に限って
!
だって⋮⋮⋮⋮口元にまで上げたこのマフラーが、このだらしなく
良かった、今が冬で⋮⋮
きれない程に。
たぶん私は今すごくニヤニヤしちゃってる⋮⋮抑えようにも抑え
るかのような猫背のひとつ年上の先輩の男の子。
るかのような淀んだ目と、なかなかにスマートな佇まいを台無しにす
!
緩んだ顔をしっかりと隠してくれるから⋮⋮⋮⋮
続く
139
!
!
あなたとの繋がりはこのラノベの香りだけ︻後編︼
比企谷先輩がまっすぐに私のもとへと歩いてくるのを、私はニヤつ
きを抑えようともせずにジッと見つめる。
こんなシチュエーションは二度と無いんだし気持ちを抑えちゃう
のもなんだか勿体ないもんね
どうせ口元は隠れてるんだし、欲望のままにしっかりと目に焼き付
けておこう。
比企谷先輩と待ち合わせをして、比企谷先輩が私を見つけて、比企
谷先輩がまっすぐに私へと向かってきてくれているその姿を。
どくんどくんと早鐘のように鳴り響く鼓動を掻き分けて、先輩は私
の目の前へとたどり着く。
﹁おう、悪い。待たせちまったか﹂
﹁いえいえ、さっき来たとこなのでお構い無くっ。そもそも何時でも
いいって言ったのはこちらなんですから﹂
実際は結構待ってたけど、正直最悪な想定よりは遥かに早い。
﹂
⋮⋮ え
なになに
どうしたの
なにそのラッキースケベ
﹂
もしかして私が可愛くて惚れ
! !?
﹁なんでそんなにすげぇニヤついてんの
スケベではない。
ちゃった
?
140
!
もしかしたら、私が待ってると思って奉仕部を早めに抜けてきてく
れたのだろうか
﹁はい
﹁そうか。⋮⋮ところで家堀﹂
?
⋮⋮⋮⋮⋮ふぇ
?
?
!? ?
﹁さっき家堀が目についた時からずっと気になってたんだが⋮⋮﹂
?
﹁俺、登場した瞬間から、なんかお前に笑われるような感じだったか
﹂
?
⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮
ひぃぃぃやぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ
死ぬの
私は脳内でムンクのように叫ぶっ
私バカなの
は丸出しじゃんっ
マフラーで口元隠れてるからって油断してたけど、思いっきり目元
!
!!
!!
?
⋮⋮⋮⋮︵キリッ﹄
じゃねぇぇぇよぉぉっ
超∼∼∼恥ずかしいっ⋮⋮
目が合った瞬間から、超ニヤついてた
のがバレバレだったって事じゃないのよぉぉっ
あんたなら大丈夫っ
もう完全に変態顔じゃないっ
あんたは出来る子
!
してんのよっ
お、落ち着け香織っ
!
﹁あ、いやぁ⋮⋮ただ比企谷先輩と待ち合わせしてるってこのシチュ
!
!
てか目元だけでニヤニヤがバレてるって、私どんだけ緩みきった顔
!
!
!!
ラ ー が、こ の だ ら し な く 緩 ん だ 顔 を し っ か り と 隠 し て く れ る か ら
﹃良 か っ た、今 が 冬 で ⋮⋮ だ っ て ⋮⋮⋮ 口 元 に ま で 上 げ た こ の マ フ
!
なにこれ
フォローになってんのこれで
?
﹁お 前 に 呼 び 出 し 食 ら っ た の に 異 常 っ て ひ ど く ね
う俺のトラウマを抉りにきてんのかと思ったわ﹂
⋮⋮ ま ぁ い い。
⋮⋮ふぅ⋮⋮どうやら誤魔化せたみたい⋮⋮あっぶね
!?
!
てっきり﹃うわっ、あいつマジでノコノコ来やがったよ︵笑︶﹄ってい
?
て か そ ん な 黒 歴 史 満 載 な ト ラ ウ マ を 堂 々 と 公 開 し な い で っ
!
⋮⋮えっと、今日はご無理を言ってしまい
ギュッと抱き締めてあげたくなっちゃうっ
﹁いやいやまさかまさか
!
﹂
申し訳ありません。そしてわざわざ本当に来てくださってありがと
うございます
!
141
?
!?
エーションの異常さに思わず笑っちゃったといいますか⋮⋮﹂
え
?
すると比企谷先輩はすっごい呆れ顔で睨めつけてきた。
?
私は恭しく頭を下げた。
知ってるかもしんないけど、私ってホントこういう所はしっかりし
てんのよ
﹁家堀って一色の友達の割には、そういうとこちゃんとしてんのな。
ま、あいつも締めるとこはちゃんと締める奴ではあるが﹂
﹁ふふっ、私こう見えてちゃんとわきまえるタイプですのでっ﹂
私オタクとかじゃ
﹁トップカーストで、俺みたいなのにも丁寧に接っせられて、そのうえ
貶されてんの
隠れガチオタか。なかなか表情豊かな奴だな﹂
褒められてんの
好きな人に隠れガチオタと誤解︵誤解のはずっ
?
こうして私と比企谷先輩の一日ぶりの再会は、ドキドキと恥ずかし
まんざら悪い気がしてこない私はなかなかのMのようですね☆
無いですからっ︶されてるのに、そう言う先輩の悪い笑顔を見てると、
!
?
さと情けなさと、そしてお互いに自然な笑顔で幕を開けるのだった。
×
らないよね。
確かに今日はこんな卑怯な真似してるけど、私はそこまで落ちぶれ
ちゃいない。比企谷先輩がそっちを選ぶんなら、最初から私は気持ち
良く見送る気でいたのだから。
﹁あ、ところで比企谷先輩。今日っていろはが熱を出して学校休んだ
﹂
全 然 知 ら な か っ た わ。ど う り で 今 日 は や た ら 静 か だ と
のは知ってますか
﹁そ う な の
思った﹂
!?
に⋮⋮心配、させたくないのかな⋮⋮
﹁あの⋮⋮別に今日私は大丈夫なんで、なんでしたらいろはのお見舞
絶対にお見舞い来て欲しいくせに⋮⋮
?
知らなかったんだ⋮⋮いろは、私達には熱出たって連絡してきたの
?
142
?
×
しかし比企谷先輩に会った以上、あの事はきっちり言っとかねばな
×
いに行きますか
るが﹂
﹁はへ
帰る⋮⋮
﹂
﹂
思わず変な声出ちゃったわ
お前が行きたいのなら俺はもう帰
どこに帰るって選
いろはのお見舞いはっ
私はっ
なんで帰るんですか
!
?
いろはのお見舞いだっつってんのよ
択肢があったの
﹁いやいや比企谷先輩
﹂
!
やだよ﹂
?
﹂
?
本当は行ってほしく
?
親友ポジションスキルの高さが恨めしいぜっ⋮⋮私のいい
奴ステータスの高さは最大の弱点だったのか
いろはすゴメン
今日は比企谷先輩と楽しんでくるねっ
﹁喜ぶと言うよりは悦ぶってイメージだけどな。罵倒的な悦びで﹂
うん
!
!
くっ
うぅ、だってなんか余りにもいろはが不憫すぎて⋮⋮
無いのに⋮⋮
私こんなにもいろはの肩持っちゃってるのん
あんなにも比企谷先輩との密会を超超楽しみにしてたのに、なんで
﹁いや、でも比企谷先輩が来てくれたら喜ぶと思いますよ⋮⋮
⋮⋮いろは⋮⋮あんたそろそろ素直に接した方がいいって⋮⋮
かったもんじゃねぇっての﹂
行ったってキモいだけで悪化しちゃうだろ。どんな罵り受けるか分
﹁あいつんちなんか行った事もねぇしめんどくせぇし、そもそも俺が
やだよってあんた⋮⋮
れてるんだ
﹁いや、そもそもなんで俺が一色の見舞いに行くって選択肢が用意さ
!
﹁てか家堀は行かなくていいのか
れでいろはが喜ぶのなら、私は喜んで送り出すつもりなのですよ。
だから比企谷先輩がいろはが心配でお見舞いに行きたいのなら、そ
気持ちは全くの別問題だもん。
私がこの人に片想いしてるのと、いろはの恋が上手くいくのを想う
するというスタンスを変えるつもりなどさらさら無いのもまた事実。
私はどうやら比企谷先輩が好きらしい。でも、いろはの恋の応援を
?
?
!?
!?
!
?
!
!
!
143
!?
﹁そ、そうですか
んじゃあ当初の予定通りにしましょうか
﹂
なんだよ私。結局テンション上がっちゃってんじゃんっ
お見舞いはあの子達に任せときます﹂
﹂
﹁いやぁ、私は友達に部活だって嘘ついて断わっちゃいましたんで
﹁そうか。家堀は行かなくてもいいのか
!
だな⋮⋮﹂
⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮。
ふぇぇ⋮⋮つらいよぉ
このガチオタ疑惑はつらいよぉ
!
どね⋮⋮⋮⋮さて
それでは行きましょう
﹂
!
﹂
それでは気を取り直してれっつらごーっ
行くってどっか行くのか
よーしっ
﹁で
ありゃ⋮⋮そっからか。
!!
﹁ま、まぁいいでしょう⋮⋮べ、別にオタクってワケじゃないんですけ
!
﹁了解した。しかしそんな嘘ついてまで、内緒でオタ話したかったん
!
?
!
!
!
かったっけな。
私には⋮⋮ううん
るんだっ。
?
﹂
私達は今、例のお気に入りのカフェに来ていた。
注文を終えるとソファー席に深く腰をおろした。
﹁⋮⋮じゃあ俺はコーヒーとモンブランを﹂
た
﹁えっと、私はアールグレイとクリームブリュレで
×
先輩は決りまし
私にも、好きな人と一緒に行きたいところがあ
そういえばここで集合ってだけで、どこに行くとかって言ってな
?
!
新入生が入ってきてあのフリペが出回ったら、このカフェも総武生
!
×
144
?
×
?
で混んじゃうのかしら
だったんじゃないの
実だったとはいえ、フリペにこのカフェを掲載するってのは些か早計
いろははいくらこのカフェに比企谷先輩と一緒に来たいが為の口
?
彼氏⋮⋮んー。彼氏とまでは言わなくても、大好きな人
れないわけはないですよ
いろはのあの台詞に心が動かさ
?
待望のトークタイムをはじめま
!
﹂
﹁む ふ ふ ∼
しょー
それでは比企谷先輩
夢を叶えさせちゃうことを許してね⋮⋮
ズキズキ痛むけど、でも⋮⋮今日だけは⋮⋮私のちんまりの乙女心な
いざ来てみると、やっぱりすっげー背徳感に押し潰されそうで胸が
思った時に、すぐに頭に思い浮かんだのがここだった。
だから⋮⋮比企谷先輩と一回きりのひとときを過ごせるんだって
すけどね。
いたわけなのですよ。ホンっトにちんまりとした乙女心な夢なんで
いろはのあの日の台詞を聞いた瞬間から、それは私の夢にもなって
?
そりゃ私だって女の子ですから
んしたりして、まったり幸せな時間過ごしたいなぁ﹄
とこのお店でデザートつつきあったり他愛の無いおしゃべりたくさ
﹃いいな∼
いつかのいろはの言葉が頭を過る。
で﹂
﹁あはははは⋮⋮すみません⋮⋮どうしても来たくなっちゃったもの
⋮⋮しかも家堀と﹂
﹁こ な い だ 来 た ば っ か な の に、ま た こ こ に 来 る こ と に な ろ う と は な
?
ないだろうに⋮⋮﹂
﹂
﹁気にしない気にしない
ですよっ
学校内でもあるまいし、旅の恥はかき捨て
!
﹁どこに旅立つんだよ⋮⋮﹂
!
145
!
!
﹁張り切りすぎだっての⋮⋮こんな小洒落た店で話すような内容でも
!
﹂
そして私は、夢にまで見た恋する人との語らい︵オタトーク⋮⋮︶に
身を投じたのだっ⋮⋮
超盛り上がっちゃいましたね∼
!
盛り上がったぁ
⋮⋮ と か ⋮⋮ っ て ⋮⋮ で し た よ ね っ
﹄
﹄﹃お う。お 前 分
﹄
﹃バッカ、お前⋮⋮は⋮⋮だろ
盛り上がっちゃったぁ
超∼∼∼楽しかったぁぁっ
!
﹃やっぱり⋮⋮が⋮⋮ですよね∼っ
うが﹄
﹃先 輩 先 輩
!
!
!
﹁お前興奮し過ぎだっての。マジで他の客からの視線が痛かったわ﹂
﹁いやー
×
こー⋮⋮ぷりっ⋮⋮﹄
⋮⋮⋮が⋮⋮プリンセス⋮⋮⋮⋮⋮だろっ
﹄
﹃あそこで⋮⋮ハート⋮⋮キュアで⋮⋮⋮だったら
う
!
ニマがおさまらない私。
!
つ、ついな⋮⋮くそっ、あんな店であんなんなるなんてな
⋮⋮⋮⋮夢、叶っちゃった⋮⋮♪
そ れ を 好 き な 人 と 好 き な 空 間 で あ ん な に 盛 り 上 が れ る な ん て
今までずっとしてみたかったオタトーク。
⋮⋮また黒歴史だわ⋮⋮﹂
﹁⋮⋮ぐっ
ションになっちゃってたじゃないですかぁ﹂
﹁なーに言ってんですかっ
比企谷先輩だって後半の方は超ハイテン
寒さも忘れて、さっきまでの最っ高のひとときを思い出してはニマ
お気に入りのカフェから千葉駅へと並んで歩く帰り道。
!
﹄
﹃いやホントそ
﹃私 は ⋮⋮ ぷ し ゅ ー ⋮⋮ か し こ ま っ ☆﹄﹃い や い や お 前 ⋮⋮⋮ ち ゃ ん
かってんじゃねぇか。やっぱ⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮だろ
!
!
!
!
146
!
×
!
×
!
でも何よりも嬉しかったのが、この腐った目の先輩が私の話であん
あ∼楽しかったぁ
﹂
なにも目をキラキラさせて楽しんでくれたこと。
﹁へへ∼っ
そして私達はあの場所へとたどり着いた。
ずっと胸が苦しいな⋮⋮
ああ⋮⋮想像していたよりも、ずっとずっとキツいな⋮⋮ずっと
まう。永遠に触れられない距離へと⋮⋮
うどんなに手を伸ばしても決して触れる事のない距離へと離れてし
そしてこのたった10センチの距離は、あとほんの数分後には、も
このたった10センチの距離が⋮⋮果てしなく遠い。
に⋮⋮今は⋮⋮すっごく繋いでみたい⋮⋮
も違和感しかなかったのに⋮⋮全然繋ぎたいなんて思わなかったの
一応彼氏彼女の関係になったあいつとの手繋ぎデートはあんなに
ちょっと手を伸ばせば繋げちゃうくらいの距離。
いる。
肩を並べて帰り道を歩く二人の距離は、行きよりも随分と近付いて
照れくさそうに頭をガシガシ掻く比企谷先輩。良かった⋮⋮
﹁ま、まぁ予想外に俺もなかなか楽しめたわ⋮⋮﹂
!
あの日偶然出会って、そして昨日別れたこの場所に⋮⋮
×
駅前で、私達のお別れの時がやってきた。
今日だけじゃない。手も心も永遠に触れ合えない距離へのお別れ。
なんの繋がりもなくなるお別れ。
147
!
×
カフェで盛り上がりすぎて、すっかり陽が落ち暗くなってしまった
×
﹁比企谷先輩⋮⋮今日は、本当にわざわざありがとうございました。
とても有意義な時間を過ごせました﹂
私は恭しく頭を下げる。
数時間前、比企谷先輩を迎えた時とおんなじ格好なのに、その心は
真逆の温度。
﹁お前、ホントにそういうとこちゃんとしてんのな﹂
﹂
数時間前と同じ返しをされたのに、私は同じ笑顔は作れない。
﹁あはは、まぁそれが私のウリなんで
たぶん今、顔に張り付けてある顔はどうしようもなく歪んでる。涙
が零れてしまわないように、必死で力を込めてるから。
今が冬で本当に良かった。あたりが暗くなるのがこんなにも早い
から。
情けなく潤んでしまった瞳を闇に紛れ込ませられるから。
危うく忘れるところでしたよっ
はいこれ
﹂
!
を。
﹂
﹁も う ホ ン ッ ト に め っ ち ゃ 楽 し か っ た で す
たぁ
ありがとうございまし
この人との唯一の繋がりの、あの香りのするラノベが入った紙袋
!
﹁はいっ
いや∼ホント比企谷先輩には感謝感謝ですよ∼﹂
﹁おう。喜んで貰えたんなら良かったわ﹂
気持ちと態度が真逆なのにちゃんと対応出来てんじゃんっ⋮⋮
なんだよ。私って意外と演技力あんじゃね
!
?
⋮⋮やめて⋮⋮持ってかないで⋮⋮
唯一の繋がりを⋮⋮
比企谷先輩の手が袋の持ち手を掴む。
⋮⋮嫌だな⋮⋮ホントはまだ返したくなんかない⋮⋮
差し出した紙袋に比企谷先輩が手を伸ばしてくる。
!
!
148
!
でも⋮⋮まだ儀式が残ってる。唯一の繋がりをこの手で断ち切る
比企谷先輩
為の儀式が。
﹁あ
!
私は手提げの紙袋を先輩に差し出す。
!
!
比企谷先輩が紙袋を私の手から引き剥がす。
⋮⋮やだ⋮⋮離したくない⋮⋮この手が離れてしまったら⋮⋮
しかし無情にも紙袋の持ち手からは私の指が一本、また一本と離れ
ていき、そして最後まで抵抗していた人差し指から、持ち手はするり
と抜けた⋮⋮
朝も放課後も、あれだけ重くてあれだけお荷物だと思っていたラノ
ベの重みが幸せの重みだったのだと今気付く。
出来た
まだちょっと早いですけど、手
⋮⋮えっと⋮⋮なにそれ﹂
チョコですよチョコ
﹂
⋮⋮いやいやなんで
元気
その幸せの重みを失った私の右手は、力なくダラリと落ちていっ
た。
これで最後だ。これで本日の私の目的はすべて終了する。
ですねー。コレはほんのお礼です♪﹂
私は鞄から可愛くラッピングされた包みを取り出した。
﹁⋮⋮で
﹂
せっかく美味しそうに出来た
力も気力も失ってしまったけど、それを悟られちゃいけない
に振る舞わなきゃね⋮⋮
﹁いや、別に礼とか要らんぞ
﹂
﹁まぁまぁそう言わずにどうぞどうぞ
ので
マジで
作りバレンタインチョコですよ
﹁ふっふっふ
﹁美味しそうに
これだけは受け取ってよ⋮⋮先輩。
これで受け取って貰えなかったら死ぬに死にきれないもん
!
?
﹂
まったくこの先輩は⋮⋮チョコ貰うのになんでも何もなくない
﹁へ
!
!
?
?
作りしたんですよ。ホラ、いろはは手作りチョコあげたい人が居る
じゃないですか﹂
149
×
!
﹁あー⋮⋮実はこないだいろはんちで女子会みたいなことしてチョコ
?
!
!
×
?
!
?
!
×
?
まぁこれに関しちゃいろはも悪いけど、いい加
﹁ああ、葉山な。あいつもホント打たれ強いよな﹂
あんただよあんた
って。だからバレンタイ
⋮⋮ですからせっかくなのでお礼
として受け取って貰えると助かるかな∼
!
っていう、なんの気負いも
?
﹂
手で包みをギュッと押し付けた。
﹁そんなビビんなくても、変なものとか入ってませんって
﹂
ホラホラ、
もう遅いんだからとっとと受け取ってとっとと帰ってくださいよ
﹁⋮⋮へいへい、サンキューな﹂
﹁⋮⋮はいっ﹂
う、無関係の関係へと戻った。
さよならです。比企谷先輩っ⋮⋮﹂
﹁それでは
背を向けた私に先輩が差し出してきたのは、ズシリと重い持ち手付
け﹂
﹁ああ、家堀。俺もすっかり忘れるとこだったわ。ホレ、これ持って
しかし⋮⋮
私は歪みかけてる顔を隠すべくクルリと背を向けた。
!
この瞬間、私と比企谷先輩は、ただの後輩の友達と友達の先輩とい
!
!
差し出したチョコをおっかなびっくり受け取ろうとする先輩に、両
さいよねっ
﹁余り物とはいえこの私の手作りなんですから、味わって食べてくだ
﹁そうか。⋮⋮じゃあせっかくだから有難く戴くわ﹂
ない笑顔を無理矢理作り上げて。
なんにも意識とかしないでいいからね
私は精一杯の笑顔を比企谷先輩に向けた。
ねっ﹂
ン と か 一 切 関 係 な く ⋮⋮ 単 な る 余 り 物 と し て 貰 っ て 頂 け ま せ ん か
?
すよ。んでコレはその余りです
﹁まぁそれは置いといてですね、その時私も教わって作ってみたんで
減比企谷先輩も気付きなさいよっ。
!
本日の儀式は滞りなく全て終了致しました
よっし
!
150
!
!
きの紙袋。
﹁⋮⋮はい
あの⋮⋮これは⋮⋮﹂
﹁ああいや、お前昨日新しいラノベ探しに来てたってわりにはなんも
買ってなかったろ。だからまぁ幾つか見繕ってきてみた。一応ラノ
ベだけじゃなくて、読みやすくて面白いと思った一般文芸なんかも
入ってるぞ。全部一巻だけだから、面白いと思ったもんがあったら
言ってくれりゃ続きも貸してやっからよ﹂
紙袋を覗き込んで見ると、五冊くらいのラノベや一般文芸やらが
入っていた。
頭が真っ白になった。
だって⋮⋮借りてたラノベ返して唯一の繋がりを断ち切って終わ
りにするはずだったのに、なんで私の手にはまた幸せの重みの繋がり
が握らされているの⋮⋮
これって⋮⋮これでいい⋮⋮の
せずにまた繋がってしまった⋮⋮
さっきまでの私の覚悟を嘲笑うかのように、あの人の手により意図
た。
呆然と立ち尽くす私を残して、比企谷先輩は駅の中へと消えていっ
なかったらそのまま返してくれりゃいいし。それじゃあな﹂
﹁まぁ気にすんな。コレもあんなに楽しんでもらえたからな。つまん
﹁あ⋮⋮比企谷先輩⋮⋮こ、これは借りるわけには⋮﹂
?
なに
れた。
え
今のこの状態で妙な視線って、すげぇ嫌な予感しかしな
しかし私は、なんだか妙な視線を強烈に感じて強制的に我に帰らさ
まま固まってしまった。
ついさっきまで歪んでた顔が⋮⋮涙で滲んでた瞳が、ポカンとした
?
私は恐る恐る妙な視線の先へと顔を向ける。
151
?
?
いんですけど⋮⋮
?
そこには⋮⋮⋮
﹂
﹂
ちょっと待ってよぉ
やばくね⋮⋮
ちょっと待って
これは
これは違
紗弥加ちゃん智子
私達はなんにも見なかったし⋮⋮よっし、帰
﹁あ、いや、さすがにこれは⋮⋮ねぇ
﹂
﹁えっと⋮⋮さ、さぁて
ろっ
⋮⋮って、ちょっ
﹁うん
嘘
私だけ置いてかないでぇっ
ちゃん
⋮⋮⋮⋮⋮⋮え
ちょっ
﹂
﹂
﹁捕まった
さすがにコレはマズいと思う
みんな逃げてぇっ
﹂
﹁か、香織ちゃんっ
略奪愛が追っ掛けてきた
はな⋮⋮話を聞いてぇぇぇっ
﹁いぃぃやぁぁぁぁっ
うのぉっ
﹁やべぇ
ら消されるーっ
﹂
中西の恨みでいろはを陥れて生徒会長にさせようとし
けど誰にも言わないから許してぇっ
?
たお前にだけはマズいとか言われたくないわぁっ
うっさい
!
!
!?
!!
!
洗いざらい吐かされた⋮⋮もう死にたい⋮⋮
!
たい⋮⋮
て一緒にいろはの比企谷先輩トークを聞けばいいのよ⋮⋮もう死に
あぁ⋮⋮明日からどんな顔してアイツ等と顔合わせて、どんな顔し
たのがアイツ等で良かった⋮⋮もう死にたい⋮⋮
なんでよりによってアイツ等に見つかるかなぁ⋮⋮でも見付かっ
を、す・べ・て・を
結局あのあと、いろはには黙っててくれるという条件付きで、全て
私は自室のベッドで力なく横たわる。
﹁ひどい目にあった⋮⋮﹂
×
シリアスで締めさせてくれるような優しさは無いみたいです☆
はぁ⋮⋮どうやらラブコメの神様はこの私、家堀香織には、物語を
!
!
!
?
!
!
!
?
!!
?
!
!
!
×
152
!
!
!
!
!
!
×
私はぐでぇ∼っと横になったまま、ベッド脇に置いといた紙袋から
ごそごそと一冊のラノベを取り出した。
﹁いろはの言ってた通りだぁ⋮⋮マジであの男あざといわ⋮⋮﹂
まさか⋮⋮あのタイミングで⋮⋮私が一番欲してた⋮⋮この繋が
りを渡してくるなんて⋮⋮
私はごろんと仰向けになり、その新しい繋がりをペラペラと捲る。
一枚一枚紙が捲れる度に、あの香りが鼻腔をくすぐる。
紙独特の香り。あと古本独特の香りとも言えるかな。
いけないとは分かっていても、ついつい口元が緩んでしまう。
ふと、意味の無い想像をしてみた。よくいうタラレバというヤツ
だ。
もしも、私がいろはよりも先にあの人に出会っていたなら、この関
係はなにか変わっていたのかな
こんな風に辛かったり諦めたりせずに、ちゃんと自分の気持ちを思
魅力なんて気付きもせずにただ横を通り過ぎていただけだろう。
仮に気付けたとしても、いろはのようにあの奉仕部の特別な空気に
身をさらせる程の勇気もなければ、たぶんそこまでの想いもない。
結局どれだけタラレバを繰り返してみたところで、私にとっての比
企谷先輩という存在は、いろはの存在無くしては何一つ語れないのだ
から。
﹁だったら⋮⋮まぁ今はまだこれでいっか♪﹂
少なくとも今の私にはこの繋がりがある。
いろはだって、雪ノ下先輩だって、由比ヶ浜先輩だって持ってない、
この﹃ラノベを貸してる後輩、ラノベを貸してくれてる先輩﹄ってい
う、ちょっと特別で、ちょっと可笑しな繋がりを私だけが持ってるん
153
?
やっぱ意味ないじゃんっ﹂
い切りぶつけていけたのかな
﹁ぷっ
?
だって私は、いろはからあの人の話を聞いていなければ、あの人の
本当に無意味。
!
だから⋮⋮その可笑しな繋がりをまた持てたんだから⋮⋮
明 日 か ら は、ま た 今 ま で 通 り の 家 堀 香 織 に 戻 る
﹁よ ぉ っ し
﹂
ぞぉぉぉっ
を胸いっぱいに吸い込むと、そっと胸に抱き眠りにつくのだった⋮⋮
そして私はこの新しい繋がりを顔に近付け、すんっ⋮⋮とその香り
ておこう。
だから今夜だけは、今夜までは、この繋がりをこっそりと胸に抱い
!
おわり
154
!
あたしの記憶の中のアイツは︻前編︼
夜の町並みを進み、数多くある飲食店の中、とある目的の店へと向
かう。
﹁おっ、ここか﹂
店名を確認し、暗闇の中こうこうと照らされる扉をガラリと開く
と、香ばしいソースの香りとジュージューと響く音が、とても空腹な
食欲をこの上なくそそってきた。
ここは自宅からの最寄り駅の近くにあるお好み焼き屋さん。あた
しは程よく込み合う店内を見渡し、目的の人物達を探す。
すると奥の座敷席から、先に声が掛けられた。
すげー綺麗に
かおり久し
⋮⋮へへー、みんな久し
﹂
﹁キャー
折本キター
うわマジだっ
まじウケるんだけどー
﹂
﹁マジで
こっちこっちー ﹂﹁おー
!!
つも通り道草していた。
この日、あたしは高校で出会った親友の仲町千佳と、学校帰りにい
!
次の日曜、パルコに服買いに行こうよー﹂
シェイクをひと啜りしながら千佳が訊ねてくる。
﹁ねぇねぇかおりー
!
155
!
本日はあたし折本かおりの中学の同窓会である
×
×
!
﹁かおりー
﹂
なってんじゃん
ぶり∼
﹂
﹁お前らうっさい
ぶりーっ
!? !
年も明けていくつかの週を越えた一月のある日。
!
!
!
!
!
!
!
さかのぼる事一週間ほど前。
×
﹁ほれあるー﹂
チーズバーガーを頬張りながら答えた為、変な言い方になってし
まった。ウケる
﹂
﹂
!
しょー
早くも来たるバーゲンショッピングにウキウキしてると、あれ
千佳が一言。
誰だっけコレ﹂
携帯鳴ってるよー﹂
電話
﹁かおり
﹁およ
どこの由香ちゃん
スマホの液晶には由香との表示。
ん
超久しぶり∼
ちゃんからの電話に出てみた。
かおりー
?
﹁もしもーし﹂
﹃もしもしー
﹄
!
あたしはここ最近では見覚え聞き覚えのない、そのどこぞの由香
?
と
やっぱ女子たるもの、バーゲンでのお得ないい買い物は外せないで
﹁そうそれっ
%引きくらいになってっかもねー
﹁バーゲンもそろそろ落ち着いて来ただろうし、モノによっては80
!
した。
﹁おー
﹂
﹃卒業以来だよねー
﹁それあるっ
﹃なにがあんのよっ
ろでさー⋮⋮﹄
ウケるんだけどー﹂
次の日曜に同窓会入っちった
﹄
まぁいいや。とこ
ってかかおりは相変わらず速攻ウケすぎ
相変わらず適当すぎっしょ
!
﹂
!
電話を終えて千佳に向き直る。
﹁千佳ごめーんっ
そうなんだ
いーよいーよ行ってきなよー
同窓会なんて
!
せた。
﹁へ ー
!
ついさっき買い物の約束をしたばかりの千佳に顔の前で手を合わ
!
!
!
それは中学卒業以来の友人からの同窓会のお知らせだった。
!
!
由香かぁ。マジ超久しぶりじゃーん
声を聞いて、ようやくその名前に古い記憶から検索した顔がヒット
!
!
156
!
?
?
?
!
?
?
!
!
﹂
まじウケ
だったら土曜に行く
い や ー、週 末 が 急 に 忙 し く な っ ち ゃ っ た
めったにあるもんでもないしさっ。あ
﹁そ れ あ る っ
?
あー、でも久しぶりだなー。なんか超楽しみなんですけどっ﹂
!
!
﹂
比企谷君の事でしょー
して思わずニヤケてしまった。
﹁ん
ウケる
今声に出てたんだ
あいつ来たら絶対笑えるんだけどなーっ﹂
だねー﹂
﹁ふふっ
かおりはそこー﹂
人気者はツライねっ
時、絶対行かないって言ってたもんなー。
うーん。ちょっとだけつまらん。比企谷ー、それはウケないって
なんかこうやって昔の友達と一緒にワイワイお好み焼き焼いて食
盛り上がり滞りなく進んで行った。
しかし比企谷が不在だろうがなんだろうがお構い無しに、同窓会は
!
で も ⋮⋮ や っ ぱ 居 な い か ぁ ⋮⋮ ま、そ り ゃ そ っ か。ク リ ス マ ス の
ふむ。元うちのクラスのほとんどが来てるみたいだな。
ら本日のメンバーを見渡す。
コートを脱いでハンガーに掛けると、案内された座布団に座りなが
!
どうやらすでにあたしの席は決められてるみたいだ。
﹁ほらほら
あたしはブーツを脱ぎ、座敷席へと上がった。
×
笑顔を向けていた。
っと笑いを堪えてるあたしを見て、なぜだか千佳が優しい
くくっ
﹁そ
ありゃ
!
!
!
あたしは来るはずのない、ある人物のめんどくさそうな顔を思い出
﹁あいつ来たらまじウケんだけどなー⋮⋮﹂
同窓会⋮⋮絶対来るわけないけど⋮⋮
そしてあたしは来たる同窓会に想いを馳せた。
るー
!
!
?
!
×
!
157
!
?
!
×
べて、くだらない昔話や近況なんかをゲラゲラ笑って喋ってると、あ
の頃がまるで昨日の事みたいだ。
あー、なんか楽しーっ
﹂
あたし比企谷と隣同士で座って映
あたし比企谷に会ったんだぁ
﹂
全体がひとつとなって盛り上がりを見せる中、あたしはふとウケる
話題を思い出した
ところでさぁ
あの時の映画館でも、あいつとそんな事話したっけ。
﹁そーそー
あたしはドヤ顔で語りだした。
﹁でさー、ダブルデートってヤツ
まじウケない
盛り上がりも最高潮だよあたし
画とか見ちゃってんのー
さぁ
あたしはさらに畳み掛ける。
他校との合同生徒会のイベント
まじウケる
うちの意識高い系
﹂
!
!
しかもなんかアイツ、すっごい面白いの
手伝いに行ったらさー、アイツも超偶然居合わせてさぁ
﹁しかもまた別の日なんだけどさー
! !?
ちょーウケる
!
よねー
もう苦しー
!
!
生徒会長と正面からガチバトル
ひーっ
!
!
!
!
!
なんで
⋮⋮あれ
ウケてんのあたしだけ
?
﹂
な表情をあたしに向けていた。
﹁えっと⋮⋮かおり
どしたの
てかなにこの空気
?
向かいに座っている由香が訊ねてきた。
﹁へっ⋮⋮
﹂
?
?
?
﹁あのさ、かおりさっきから誰の話してんの⋮⋮
﹂
笑いすぎて涙で滲んだ目であたりを見渡すと、なぜかみんなが微妙
?
×
この中で笑っているのが自分だけだということに⋮⋮
まだ気付いていなかった。
でもこの時お腹を抱えて呼吸出来なるくらいに笑ってたあたしは
!
×
?
158
!
!
!
!?
!
?
×
は
比企谷八幡
﹂
意味分か
なに言ってんのこの子。だからさっきから言ってんじゃん。
なんでそんなにキョトンとしてんの
﹁だから比企谷だよ比企谷﹂
は
覚えて無いの
比企谷だよ
てか周り見渡したらみんなキョトンとしてるし⋮⋮は
なに
!
んないんだけど⋮⋮
﹁は
一瞬の沈黙⋮⋮
?
ケる
﹁あ ー
ようやく思い出したわ
﹂﹁そうそうヒキタニヒキタニ
﹂
イなのよー
﹂
ハチマンてあれでしょ
誰の事かと思ったよー
ウ
ヒキタニ
﹂
そんなやつ。暗いしキモいし、存在自体忘れて
まじキモくて脳内消去しちゃっ
超ウケるんですけどぉ
⋮⋮ちょ、ちょっとかおりちゃん大丈夫
ないの
超可
しかもそのあと偶然って
!
ストーキングされてんじゃ
!
?
!
﹁てかかおりちゃん、あれとダブルデートで映画って、どんな拷問プレ
⋮⋮⋮⋮なに⋮⋮これ
哀想ー
!
なんかいつもニヤニヤしてて超キモいのっ
⋮⋮⋮⋮え、なに
そんなヤツぅ
﹂
﹁あー⋮⋮居たなぁ
居たよねー
﹁ねー
! !?
そーいえば折もっちゃん、あのキモいのに告られてたよねーっ
﹁ぷ っ
言えてるー
﹂
てたっ
⋮⋮⋮⋮は
たわー
まじっべー
まぁウケて良かったわ。
あー⋮⋮みんなヒキタニで覚えてんのかー。
!
!
思ったよ。違う世界とかなんかオタっぽくて比企谷が好きそう
よ か っ た ぁ ⋮⋮ な ん か あ た し だ け 違 う 世 界 に 来 ち ゃ っ た の か と
笑いはクラス全体に広がり大爆笑になった。
そして誰か一人がクックックと笑いを漏らし始めると、次第にその
!?
?
!
!
?
!
!
!
!
?
!
!
??
159
!?
?
?
?
?
!?
!
!
!
!
!
!
!
﹂
折本大丈夫か
帰り送ってやろうか
﹁うっわ⋮⋮まじそれあるわ
折本超心配だわー
!?
!
﹂
﹁ヤバイってー
﹂
﹁俺
!
配してんの⋮⋮
なんでみんな真顔であたしの心
?
アレ﹂﹁アレってなんだよ
まじウケるわ∼﹂
!
﹂
﹁てか来られても
?
の、と⋮⋮
﹂
﹁それな
﹁⋮⋮ねぇ、今日の同窓会ってさ、アイツ誘わなかったの⋮⋮
﹁いや呼ぶもなにも存在忘れてたしー
ねぇー﹂
⋮⋮なに、あんたら。
!
⋮⋮
﹄
なんでアイツがこんなに馬鹿にされてんの⋮⋮
﹃次、同窓会とかあったら、比企谷も来れば
﹃いかねぇよ、絶対﹄
あたしバカだ。来るわけないじゃん。
同窓会の席は、尚も比企谷の話題で盛り上がっている。
アイツは、ずっとこんな空気に晒されてたんだ。
?
?
なんも知んないくせに、なんであんたらがこんなに馬鹿にしてんの
あんたらに、比企谷の何が分かんの⋮⋮
!
﹂
の、やれあたしに告白して翌日にはクラス中の笑い者になってただ
の、やれ教室でオタっぽい本読んで一人でニヤついててヤバかっただ
内放送で流されただの、やれ誰かに告って翌朝黒板に書かれてただ
やれアニソンのラブソング録音したやつを告白代わりに渡して校
そしてそこからはまた比企谷の話題で持ちきりになった。
だよ
﹁いやいやでもさぁ﹂
﹁かおり相変わらず優しすぎだよー﹂
﹁だってアレ
なんだろう⋮⋮この場がすごい不快⋮⋮
﹁いやいやそんなことないから。比企谷はそういうんじゃないから﹂
?
一転あたしを心配する声⋮⋮⋮は
さっきまでの比企谷を心から馬鹿にした吐き気のする大爆笑から、
!
!?
?
160
?
?
さっきまであんなに楽しく笑い合ってた元クラスメイトの笑顔が、
今はグニャグニャに歪んで見える。まるで妖怪かなんかみたい。
﹁⋮⋮ごめん。あたしもう帰るわ﹂
あたしは財布から同窓会費を出してテーブルに置くと、そのまま無
言でコートを取り座敷席からおりてブーツを履く。
折本帰っちゃうの
せっかく
俺あとで話あったの
なんでだよ∼
せっかく久しぶりに集まれたのに
気持ち悪い。もうこの場に一秒だって留まっていたくない。
﹂﹁え
ちょっと待ってよかおりー
にー⋮⋮﹂
背中で喚く妖怪達の声はもう聞きたくなかった。
もう黙ってよ。吐き気がする。
なんにも知らないくせに、ほとんど覚えてなかったくせに、あたし
んだ。あのグニャグニャに歪んだ顔で⋮⋮比企谷の事を⋮⋮
比企谷の事なんてなんにも知らないくせに、表面だけ見て笑ってた
あたしは中学の頃からあの日まで、あいつらとおんなじだった。
あの時だけじゃない。
あたしそのものなわけだ。
意識もせずにボソリと呟いていた。さっきのあいつらは、あの時の
﹁そりゃ葉山くんが怒るわけだ⋮⋮﹂
なこと言うのはやめてくれないかな﹄
﹃君たちが思っている程度の奴じゃない⋮⋮⋮⋮表面だけ見て、勝手
あいつら、比企谷の事なんも知らないくせに⋮⋮
最悪だ⋮⋮なんなのこの不快感。
と、あたしはそのまま家路についた。
引き止めようとする声に自分でも驚くくらい低い声でそう答える
﹁⋮⋮ごめん。気分悪くなったから﹂
!
﹁え
帰っちゃうの
?
!
盛り上がってきたのにさぁ﹂﹁折本帰んなよー
!?
の中にあるアイツのちっぽけな記憶は、そういえばいつも辛そうな苦
笑いしてたっけな⋮⋮
161
!
!?
!?
今の今まで忘れてた。情けないことに、自分の馬鹿さ加減を自覚し
た今の今まで。
﹁⋮⋮⋮なにそれ⋮⋮ぜんっぜんウケないんだけど⋮⋮﹂
×
机に突っ伏していた。
⋮⋮ってあれ
どしたの
﹂
⋮⋮おやおや∼
あー⋮⋮ダメだ⋮⋮ぜんっぜん気分乗んない⋮⋮
﹁かおりおはよー
なんでもなーい⋮⋮﹂
﹂
﹁もしかして昨日の同窓会、楽しくなかったの
﹁⋮⋮べっつに∼⋮⋮
!?
⋮⋮
﹁ヒ ッ
そ こ ま で 怒 ん な く て も ∼ ⋮⋮ て か ホ ン ト に な に か あ っ た の
ろう⋮⋮。やばっ、気分は最悪なのにちょっとだけウケる。
たぶん今のあたしの目の腐れ具合はアイツにもひけはとらないだ
?
!?
てはやっぱり比企谷くん来なかったなぁ
!?
?
!
なんかニヤニヤしてる千佳をジロリと睨めつける。
?
さ
翌日、未だにゆうべの事を引きずっていたあたしは、登校してから
×
﹂
ん で だ ろ ⋮⋮
な ん で こ こ ま で ム カ つ く の か な ⋮⋮ あ た し。一 晩
よ。自 己 嫌 悪 も め ち ゃ く ち ゃ 入 っ て る ⋮⋮⋮⋮ で も ⋮⋮ そ れ で も な
﹁も ち ろ ん こ の 不 快 な 気 持 ち は あ い つ ら に 対 し て だ け じ ゃ な い ん だ
﹁⋮⋮そうだよね﹂
いくせに⋮⋮﹂
﹁⋮⋮⋮⋮ホントあいつらなんかに何が分かんのよ⋮⋮なんも知んな
佳なら大丈夫だし。
正直思い出したくもない出来事だけど、誰かに愚痴りたかった。千
あたしは昨日あった事を千佳にすべて話した。
!
?
?
162
×
経ってもまだこんなにモヤモヤするなんて⋮⋮﹂
﹁うーん。まぁそりゃそうでしょ。かおりがそうなっちゃうのは仕方
﹂
ウケるとか思ったの
好きって
ないと思うよ。だって自分の好きな人を目の前でそんなに馬鹿にさ
れたんだもん﹂
なに
﹁そっかー。そうだよねー⋮⋮﹂
⋮⋮⋮⋮⋮⋮ん
﹁いやいやちょっと待って
いやマジもうびっくり。
﹂
いやだって⋮⋮⋮⋮⋮⋮え
こいつ急になに言い出してんの
﹁え
気付いて無かったの
いやホントにウケないから
は
あたしが比企
も、もしかしてかおり、自分で
なんでそんなに真顔でビックリしてんの
﹂
あなたはなに言ってんのかな
ぜんぜんウケないって
﹁いやいや千佳さんや
谷を好きだっての
じゃん
それは私も一緒だけど⋮⋮でもさ、生徒会が総武と合同でク
﹁⋮⋮⋮⋮ か お り さ、葉 山 く ん に 怒 ら れ た 日 か ら し ば ら く 沈 ん で た
﹁いや、うわって⋮⋮﹂
﹁うわっ⋮⋮マジなんだ⋮⋮﹂
きた。
すると千佳は本当に心から驚いている様子であたしにこう言って
?
ツ凄いんだって
﹄とか﹃ほんとアイ
!
﹄とかって毎日毎日比企谷くんの話をめちゃくちゃ
い大喜びでさ、それからは﹃昨日比企谷がさ∼
ん。⋮⋮で、向こうの生徒会の手伝いで比企谷くんが居たってすっご
リスマスイベントやるって誘われた時、めっちゃ乗り気になったじゃ
?
!
163
!?
!
?
!?
!?
!? ?
!?
!?
?
?
!?
!
!?
?
楽しそうに話してて、イベント終わったあとも比企谷が比企谷がって
ずっと言ってたからさ、私てっきり分かってノロケられてんのかと
思ってたよ⋮⋮﹂
⋮⋮⋮⋮うそ⋮⋮⋮あたしが比企谷を⋮⋮
って、正直やっぱ
!?
比企谷を⋮⋮
ロケを聞いてるうちに、私も比企谷くんに対する見方が変わったって
りムカついてるトコあったんだよね⋮⋮でもさ、かおりの心からのノ
ヤツの事で私がこんな目に合わなきゃなんないの
﹁あのデートのあと、確かに私も反省はしてたけど、でもなんであんな
手一投足に毎日笑ってた気はするけどさ⋮⋮
で比企谷を見掛けた時は超ウケたし、イベント準備中はアイツの一挙
マスイベントの誘いが来た時は総武だって事で張り切ってたし、そこ
確かに⋮⋮葉山くんに怒られたあとは反省して凹んでたし、クリス
?
クリスマスイベントでアイツに再会し、そして気付いたらアイツを見
ていた時間の記憶に思考を巡らせるのだった⋮⋮
続く
164
所もあるんだよね﹂
あたしが
?
嘘でしょ⋮⋮
?
そしてあたしはあの日の事⋮⋮あの日葉山くんに責められてから、
?
あたしの記憶の中のアイツは︻中編︼
最悪だ⋮⋮なんでこんなことになっちゃったの⋮⋮
あ ん な に 楽 し み に し て た の に ⋮⋮ 実 際 あ ん な に 楽 し か っ た の に
⋮⋮彼だって、あんなに楽しそうにしてたのに⋮⋮
⋮⋮でも、彼は本当は全然楽しくなかったんだろう。あんなオマケ
みたいな人の為に、わたし達に対して当て付けみたいにあんな子達ま
で用意してたんだから⋮⋮
⋮⋮ああ駄目だ。わたしなんてほぼ初対面みたいなものなのに、そ
れなのに一方的にオマケみたいに思って軽く扱っちゃってたこうい
う所に、彼は⋮⋮葉山くんは頭にきていたのだろう⋮⋮
﹁⋮⋮⋮か﹂
﹂
﹁⋮⋮ちか﹂
﹁千佳っ
﹁⋮⋮あっ、ごめん⋮⋮なに
のは当然だよ⋮⋮﹂
﹂
キャラみたいに扱ってたら、千佳だって同じような扱いになっちゃう
﹁だ っ て そ れ っ て あ た し の せ い じ ゃ ん ⋮⋮ お な 中 の あ た し が イ ジ リ
知らない比企谷くんの事を笑ってたりしたんだからさ﹂
﹁そ、そんな事ないよっ⋮⋮むしろわたしの方が問題でしょ⋮⋮よく
の楽しみにしてたのにね。あたしが調子に乗ったから⋮⋮﹂
﹁千佳⋮⋮今日はホントごめん⋮⋮千佳、あんなに葉山くんと遊べる
弱々しい目でわたしを覗きこんでいた。
わたしに呼び掛けていた友達、折本かおりは、申し訳なさそうな
駅へと向かいそのまま電車に乗り帰宅の途へとついていた。
わたし達は、あの最悪の瞬間を味わったカフェから出ると、無言で
?
165
?
ボーっと考え事をしてたら、どうやら呼び掛けられていたみたい。
!
﹁⋮⋮⋮﹂
確 か に そ れ は あ る け ど ⋮⋮ で も そ れ に わ た し は 乗 っ ち ゃ い け な
かったんだよ。
﹁でもさ⋮⋮あんな子達を用意してたって事は、そもそも今日のお出
って話になった時にはもう、わ
掛け自体、葉山くんにとってはあの瞬間だけが目的だったって事だよ
ね⋮⋮比企谷くん呼ぶけどいいかな
たし達のこういう所は見透かされてたわけだ⋮⋮﹂
﹁⋮⋮⋮だね﹂
本当に最悪だ⋮⋮待ち合わせからの葉山くんのあの笑顔はずっと
作り物だったわけだ⋮⋮わたし達のはしゃいでる姿はさぞ滑稽に見
えた事だろう。
そのあとわたし達は無言のまま、それぞれの家へと向かい帰路につ
いた。
調子に乗ってた自分に対する反省と、なんであんなヤツの為にこん
な気分にさせられなきゃいけないのかという微かな憎しみ。
ま月曜日に登校してもやはりかおりは沈んだままだった。
もちろんわたしだって明るくは振る舞えなかったが、かおりの落ち
込みようは思いの外深刻みたいだった。
わたしと違ってこの子は別に葉山くんにはさして興味が無かった
から、たぶん罪悪感と自己嫌悪に苛まれてるんだろうな。
普段から特に深く物事を考えたりせずにノリと勢いで感情をスト
レートに表現する子だから、知らず知らずのうちに昔の友人をバカに
していた自分に嫌悪感を抱いてるんだろう。
166
?
そんな相反する感情がグルグルと渦巻きながら。
×
×
結局土日はなにもする気が起きずにダラダラと過ごし、気が重いま
×
かおりはそれから何日かはこんな感じだったが、日が経つにつれて
少しずつマシになってきた。
ようやく会話の端々にウケるという単語が出てくるようになって
きたそんなある日、一年の時わたし達と同じクラスだった友人の瑞希
が、お昼休みにフラっとやってきたのだ。
かおりー、千佳ー﹂
﹂
って思って誘いにきましたー
⋮⋮
かおり達なら⋮⋮特にかおりならノリいいか
瑞希じゃん。どったのー﹂
﹁よっす
﹁あれ
﹁んー、ちょっとねー
ら一緒にやってくれるかなぁ
ねぇねぇ、生徒会と一緒にクリスマスイベントやんない
り多くのマインド
を集めてよりたくさんのシナジー効果
を生み
?
のかなぁ⋮⋮
他の高校生で、あの会長と渡り合える︵悪い意味で︶人なんている
ねぇ⋮⋮特に会長なんかは⋮⋮
最近発足したウチの生徒会って、ちょっと変り者の集まりなんだよ
出したいんだそうだ。
?
で、出来れば生徒会以外のメンバーを有志として何人か集めて、よ
みたいで、その彼氏に誘われたらしい。
生徒会が他校の生徒会と合同でクリスマスイベントを企画している
瑞希は生徒会役員の一人と付き合ってるんだけど、どうやらウチの
!
!
?
相手の生徒会の人たち可哀想だな。
てみるみたい。
﹁あー、それがさぁ
総武高校らしいよー
﹂
なんか生徒会メンバー、負
!
けらんないってみんな張り切っちゃってるみたい
⋮⋮⋮⋮⋮
!
!
かおりもあまり乗り気じゃないみたいだけど、一応聞くだけは聞い
﹁⋮⋮んー、どうしよっかなぁ⋮⋮あ、そーいえば相手の高校って
﹂
合えなさそう⋮⋮なんか振り回されて諦めちゃう未来しか見えない。
ど臨機応変で、よっぽど口が上手くなきゃ、とてもじゃないけど渡り
同じような人種でもなければ、よっぽど頭の回転が良くて、よっぽ
?
!
167
!?
?
!
?
まさか⋮⋮ここで総武高校が出てくるとは⋮⋮
かおりに視線を向けると、わたしと同じく心底驚いていたみたいだ
﹂
が、次の瞬間その瞳がキラリと輝いたように見えた。
﹁あたし参加でっ
﹂
その目を見た時、たぶんこう答えるんじゃないかとは直感したもの
﹂
の、あまりの即答っぷりにちょっと苦笑してしまった。
﹁千佳はっ
いや、さすがにねぇ⋮⋮
﹁うん⋮⋮わたしはちょっと⋮⋮﹂
サ ン キ ュ ー ね、か お り
千佳も気が変わったら教えて
﹁だよねー。それじゃ瑞希、あたしだけ参加ってことで
﹁了 解 ー
ちょー﹂
ひき⋮⋮比企谷
﹂
くんは絶対居ない
?
まぁ比企谷は居ないだろうし、もしかしたら葉
だろうけど、葉山くんとかあの子達とか居たらどうすんの
﹁⋮⋮かおり、相手は総武だよ
瑞希はそう言うと満足気にウチの教室をあとにした。
!
﹁だったらなんで
﹂
うなタイプだし。ホントは居ない方が助かるけどねー﹂
山くんは居るかもね。そういうのに参加してリーダーシップ取りそ
?
﹂
それに、絶対有り得ないけど、
だってこのまま総武高校に暗いイメージ
もし比企谷とか居たらウケるしっ
持ったままなんてつまんないじゃん
!
このまま悶々としてるのなんてかおりらしくないもんねっ
ウケてきなさいよねっ
!
ま、もしも葉山くん辺りが居たとしても、せいぜい気持ちぶつけて
!
そっか。もし仮に誰かしらと会っちゃって気まずかったとしても、
!
!?
﹁リベンジだってリベンジ
子供のようにニヒッと笑いこう言うのだった。
するとかおりは本当にこの子らしい面白いモノを見つけちゃった
?
168
!
﹁うーん。どうだろ
!?
?
!
?
!?
!
×
×
加した日だ。
?
企谷居んのっ
﹂
昨日イベントの会議に行ったらさ、なんと比
まじウケんだけどぉ
!
﹂
﹂
どんだけ面白いのよ
くんは総武の生徒会かなんかなの
﹁⋮⋮⋮は⋮⋮はぁ⋮はぁ⋮⋮⋮⋮へ
いやいやかおりさんウケ過ぎですよっ
だからぁ⋮⋮ともう一度訊ねると⋮⋮
﹁いや、なんか手伝いに来ただけみたい﹂
!?
﹁そうなんだ⋮⋮えっと、比企谷
さそうな彼が、そういう場に来てるなんて。
でも実際わたしもビックリした。まさかあの暗そうで存在感も無
と、お腹を抱えて大爆笑。
!
﹁千佳やばい超ウケる
へと到着すると開口一番。
ニヤニヤしながら目だけで早く来いと急かすかおりを見ながら席
ちゃってるかおりがわたしの席を陣取ってました。
そんな事を思いながら教室の扉を開けると、なんだかワクワク顔し
だろう。
りメールなり入れてくるよね。つまり大したことは何もなかったん
子の事だからなんか面白い事があったんなら、ゆうべのうちに電話な
かおり、どうだったのかな
なんて朝から考えてたんだけど、あの
あれから数日経ち、昨日はかおりが例のイベントの有志として初参
×
うんならまだ分かるけど、手伝いってそれって有志って事でしょ
もしかしたら⋮⋮実はなんかすごい人なのかも⋮⋮
だよね、あの人って。
でも、悔しいけどあの葉山くんにあそこまでの事をさせる存在なん
受諾するのも不思議⋮⋮
あんな人に友達から誘いが掛かるのも不思議だし、それを大人しく
?
これまた意外だ。なんかの間違いで生徒会に入っちゃったって言
!?
?
169
!
?
?
﹁で さ ぁ
比企谷が好き好んでそんな手伝いに来るって謎すぎるか
で
って聞いたらさー、アイツなんて答えたと思う
ら、あたしてっきりあの子達と一緒に来てんのかと思ったわけ
さぁ、比企谷ひとり
﹂
だ、だって⋮⋮さ
すると爆笑してた顔を一瞬でキリリとさせてこう一言。
あははははっ
!!
⋮⋮ああ、だいたいいつもな
﹁ああ、だいたいいつもな⋮⋮⋮⋮⋮ブーっっ
⋮⋮くくく⋮⋮プーッ
まじウケんですけどー
!
!
えてきた⋮⋮
×
×
﹂
と思う気持は強かったけど、なんか元気に
?
なって良かったな⋮⋮って思う気持ちもほんのちょっぴりだけ芽生
て、この子大丈夫かしら
ヒィーヒィーとお腹を抱えて苦しそうに涙を流してるかおりを見
なにがそんなにウケるのかしら⋮⋮
⋮⋮⋮ブハっ
!
!
いや知んないから⋮⋮
?
昨日比企谷超ウケんの
だってあの比企谷がだよ
あの比
?
た。
﹃千佳ー
!
てんだもんっ
あれヤバいって
﹄
なんか比企谷向こうの生徒会メンバーに超頼られてんだけ
向こうの生徒会長って一年の美少女でさぁ、最初は比企谷がその
﹃千佳ー
!
﹄
あ
!
比企谷が超可愛い小学生女子と二人でなんか作
まじウケるっ
もう裏の生徒会長って感じなんだよねー
しかも最近じゃ他の生徒会メンバーも明らかに比企谷頼りに
なっちゃっててさー
昨日さぁ
の比企谷が裏の生徒会長とか
﹃千佳ー
!
ねー
うやら違うっぽくてその生徒会長が頼って連れてきたらしいんだよ
子狙ってるから手伝いに来てんのかと思ってたんだけど、見てたらど
ど
!
が﹄とか﹃それだとイニシアティブがとれない﹄とかって超真顔で言っ
企谷が、ウチの生徒会長に話合わせて、﹃フラッシュアイデアなんだ
!
!
!
!
!
!
!
170
!
!
?
!
!
!?
それからのかおりは、朝イチはほぼ比企谷くんの話しかしなくなっ
×
!
業してんのー
ヤバいウケる
あと一歩で捕まるっての
も
しかもそ
暇人﹄とか罵られてんだよ
の小学生に﹃他にやることないわけ
﹃千佳ー
昨日ついに比企谷達とウチの生徒会が正面衝突しちゃって
長達が末期だから助け呼んだのかなぁ⋮⋮﹄
﹃千佳ー、昨日さぁ、ついにあの子達が登場したよ。いよいよウチの会
﹄
う面白すぎてあたし死んじゃうよー
!
まじウケるっ
⋮⋮⋮でさ、帰りに比企谷と二人にな
ウチの会長、比企谷とあの黒髪ロングの美人に叩きのめされ
ちゃってさー
!
さー
!
﹄
!
⋮⋮なんつってー
?
どんなウケる事してんのかなー
﹄なんて話ばっかりしてたっけな。
始まってからもかおりは事あるごとに﹃比企谷がさー﹄
﹃アイツ今ごろ
そしてクリスマスイベントは無事終了し冬休みも終わり、新学期が
超ウケる
のあたしなら、アイツと友達になりたい⋮⋮かな
しがつまんないヤツだったんだよ。今のアイツとなら⋮⋮ってか今
は見る側が⋮⋮あたしが悪かったのかなって思ってる。たぶんあた
さ、昔は比企谷なんか超つまんないヤツとか思ってたのに。でもそれ
れたからちょっと話したんだよね。やっぱアイツ面白いよ。あたし
!
!
てたけど、色々思い出してたら結構思い当たる節があるね、こりゃ
﹁あ、あははは∼⋮⋮参ったな∼⋮⋮そんなわけ無いじゃんとか思っ
浮かべながらわたしに話し掛けてきた。
ちょっとだけ頬を染めて居住まいを正して、気まずそうに苦笑いを
の記憶を辿っていたんだろう。
そんな少し前の記憶を手繰り寄せていたら、かおりもたぶん同じ頃
まさか自分で気付いてないとはねぇ⋮⋮
かわたしにしてくんだろうなって思ってた。
自分自身が比企谷くん大好きって理解してるから、毎日こんな話ばっ
ん好きになっていってるんだな⋮⋮って事くらい気付くし、もちろん
こんな話ばっか毎日聞いてたら、そりゃこの子は日に日に比企谷く
?
171
!?
!
?
!
!
!
⋮⋮ウケるっ⋮⋮﹂
超レア
かおりがこんな風な恥じらいの表情を見せたのなんて初めてじゃ
ない
!
それでもまだ納得はしてないみたい。
﹂
⋮⋮だって、友達ならアリだけど、付き合うの
は無理とかって思ったし
!?
﹂
してくるっ
きゅ、急にっ
えっ
るまいし
思い立ったが吉日じゃあ
次の土曜あたりにでも比企谷とデート
﹂
この子マジで直感で生き過ぎでしょっ
﹁はっ
!
!?
れてるなんてやっぱ納得いかないじゃん
なんか悔しくない
だか
!?
﹂
!
らしいよね
﹂
﹁じゃあ楽しんで来てよ
﹁おうっ
報告楽しみに待ってるからさっ﹂
!
!
ふふっ、あんたホンっト無茶苦茶だけど、まぁそっちの方がかおり
た。
切無く、まさにかおりらしく大いにウケて輝いてる、そんな笑顔だっ
てみせるかおりには、さっきまでの昨日の同窓会で沈んだ様子など一
未だ若干頬を赤らめながらもニヒッと楽しそうにガッツポーズし
好きになっちゃってるのかどうかを
ら会ってデートして確かめてくる。ホントにあたしは比企谷のこと
?
﹁だってさぁ、あたしが納得してないのに千佳に勝手にそこまで思わ
!
!
﹁だからさぁ、あたし決めた
﹁いやまぁそれならそれでいいんだけど⋮﹂
!
に好きとかなくない
﹁で、でもさぁ、確かに比企谷ウケるし嫌いでは無いけどさ、きゅ、急
でも
掻いているかおりは、なんだかとても可愛いらしく見えた。
顔を真っ赤にして居心地悪そうにモジモジしながら頬をポリポリ
?
?
!
!
172
!
?
続く
173
﹂って顔した比企谷が立っ
あたしの記憶の中のアイツは︻後編︼
﹂
﹁やっほー比企谷。デートしよっ♪﹂
﹁⋮⋮⋮⋮は
今あたしの目の前には、心の底から﹁は
ている。
うん、そりゃ意味分かんないよね。
だからあたしは、もっとゆっくりと聞き取りやすいように言ってや
る。
﹁だからさー。比企谷、デートしよっ♪﹂
﹁いやなんでだよ。突っ込む所が多過ぎて、もう言葉もねぇよ⋮⋮﹂
結構緊張すんなぁ。
ふむ。物分かりの悪い奴め。ここは一旦整理してみっか。
×
あたしが比企谷に会うってだけで、こんなにらしくもなく緊張して
るだなんてなんだかウケる。
押そうと伸ばす指は小刻みに震えてるし、よくよく見たら足も震え
てやんの
ウケは求めてないから。
帰るだなんて、そんなのあたしらしくないでしょ
あたしはそういう
でもいくら緊張してるからって、なんにも確かめもせずにこのまま
これは全部千佳のせいだな。
!
!
174
?
?
はぁ⋮⋮なんだろ
×
あたしは比企谷の家のインターホンを押すのを少し躊躇っている。
?
×
あたしは覚悟を決めてインターホンを押した。
足は笑ってるのに顔は笑ってないとかウケるでしょ⋮⋮
し ば ら く す る と、よ く 見 覚 え の あ る 淀 ん だ 目 で 猫 背 の 男 が、ス
ウェットにカーディガンを羽織った姿で玄関を開けて、声もなく大層
驚いた顔をしていた。
だからあたしは開口一番言ってやったのだ。
﹁やっほー比企谷。デートしよっ♪﹂
×
﹂
?
﹂
﹂って顔をした。
﹁いやいや意味分からん。なんで一色なの
?
だから生徒会の連中から一色ちゃんの連絡先聞いたん
?
ありゃ
そっからのツッコミなの
デートしよう
あたしはそんな事知んない
やっぱ一色ちゃんて侮れないな。ウケるっ
﹂
﹁いやウケないから﹂
﹁だよねウケる
﹂
⋮⋮だからそれは一先ず置いといて、比企谷ー
﹁ま、今はそんな事どうでもいいじゃん
し
!
このやり取りってなんか好きっ。
!
?
﹁だが断る﹂
ぜー
!
!?
﹁いやそもそもなんで一色がウチの住所知ってんだよ恐えーよ⋮⋮﹂
よっ﹂
ん時の用事があるからどうしてもってお願いしたら教えてくれた
だー。んで一色ちゃんに比企谷んち聞いたら、超渋々だったけど中学
たじゃん
﹁だってクリパん時、一色ちゃんウチの生徒会の連中と連絡先交換し
?
すると比企谷はさらに﹁は
﹁ああ、そういう事か。いや、一色ちゃんに電話して聞いたからさ﹂
﹁大体なんでお前ここに居んの⋮⋮
少し状況を整理したところで、比企谷から声が掛かる。
×
!
?
ぶっ
!
175
×
!
中学ん時もこんな感じで喋れてたら、なんか違ったのかな⋮⋮
ウケる﹂
?
お願いだよ
お・ね・が・い
超ウケる
!
どこだよ⋮⋮﹂
脅迫とは失敬な
でもやっぱ簡単に釣れたよ比企谷の奴
?
企谷に向けてこう答えた。
﹁千葉駅のヴィジョン前っ
けどね
﹂
﹂
しかも超棒読みでや
あたしの方が同じ場所から早く出発したんだから、今
﹁そこは今来たトコって言う所なんじゃねぇの⋮⋮
﹁バカじゃん
﹂
それあたしの真似じゃん
!
来たトコなわけ無いじゃん、ウケる
比企谷め
!
!
?
﹁それあるー﹂
むっ
﹂
ホントは思ってたよりもずっと早くてびっくりしたくらいなんだ
谷に、一応文句を言ってみた。
あたしがヴィジョン前に着いてから20分程度でやってきた比企
﹁比企谷おっそい
×
!
面白かったから、あたしはすごい笑顔になっているであろう顔を比
!
!
﹁それもう脅迫じゃねぇか⋮⋮おい、ちょっと待て。待ち合わせって
そう言うとあたしは手を振って駅へと歩きだした。
が待ち合わせの場所に来るまであたしずっと待ってるからー﹂
﹁じゃあ先に行って待ってっかんね、来るまで。この寒空の下、比企谷
仕方をすれば来てくれるってのは知ってるよ。
でもなんだかんだ言っても比企谷は優しいから、こういうお願いの
やっぱなかなか強情だな比企谷のやつ。
﹁どうせアニメとか見るくらいでしょ
﹁だからなんでだよ。俺は土曜の朝はアレがアレして忙しいんだよ﹂
﹂
﹁ま、ウケてもウケなくてもなんでもいいや。とにかく早く行こ
?
!
?
!
!
176
?
×
!
×
んのっ。
一応ジト目で比企谷を睨んでみたんだけど⋮⋮ダメだっ
か楽しすぎて口元が勝手に上に歪むんですけど
なんか滅茶苦茶テンション上がってきた
比企谷それ全っ然ウケないから
なんだ
﹁⋮⋮しっかし、なんでいきなり家来ていきなりデートなんだよ﹂
ヤバいなあたし
!
!
!
も楽しみなさいよねっ
せっかくのデートであたしのテンション上がってんだから、比企谷
!
⋮⋮なんか関係あんのかよ⋮⋮
﹂
﹂
﹁大アリだからわざわざ来て貰ったんでしょー
な事どうでもいいからとりあえず楽しもっ
どこ行くんだよ﹂
⋮⋮もぉ
さすがのあたしでも、いきなり手は難しいや。
﹁おいっ。手を離せ⋮⋮で
﹁へへ∼。映画っ﹂
?
今はそん
あたしは手を離したりもせず笑顔でそう答えると、目的の映画館へ
!
?
そう言うとあたしは比企谷の腕を掴んで歩きだした。
!
?
﹁確 か め た い 事 っ て な ん だ そ り ゃ。そ れ と 俺 と ⋮⋮ デ、デ ー ト っ て
﹁⋮⋮まぁちょっと確かめたい事あんのよ﹂
!
と提案してきた⋮⋮
と驚愕の表情を向けたらマジだった
と頭をゴツンと叩くと、本当に渋々と同じ映画を見る事を了
こ い つ マ ジ で 言 っ て ん の
⋮⋮
却下
?
∼
前四人で来た時もウケたけど、今日はさらにウケるっ﹂
﹁まさか比企谷と二人っきりで映画館に来て隣同士で座ってるとはね
承し、今あたし達は隣同士で上映を待っていた。
!
177
!
と比企谷を引っ張っていった。
×
×
映画館に付くと、なんと比企谷はそれぞれ別の見たい映画を見よう
×
!
﹁そりゃこっちのセリフだっつの。無理やり連れてきたお前がウケん
な﹂
﹁だよねー﹂
あたしの左側に座る比企谷は、左側の肘掛けに体重を掛けて一定の
距離を取っている。
そういえば前に来た時も比企谷はこうやって反対側に体重を掛け
て、あたしとの距離を取ってたような気がする。
あの時は右側に座っているあたしも右側の肘掛けに体重を掛けて
座ってたっけな。
そうしてお互いに近付く事の無い距離感を保ってた⋮⋮
でも今日はあたしは左側の肘掛けに体重を掛けている。近付かな
いハズの距離感をあたしから縮めてやった。
チラリ横目で比企谷を覗き見ると、なんだか近めなあたしとの距離
感に所在なさげにキョドってて吹き出しそうになったけど、ちょうど
たから、その間に気まずくなったのか
ビビりすぎ
﹂
マジウケる
帰る
178
そのとき劇場の証明が落ち、そのオドオドしてる比企谷の顔が暗がり
で見えなくなってちょっとだけ残念に感じてしまったあたしは、どう
何回ビクッとすんのよ
やら比企谷と一緒に居るのがどうしようもなく楽しいらしい。
﹂
﹁ていうかマジで比企谷最っ高
だっての
﹁いや思ってたより音でかかったから﹂
なにこれデジャヴ
なんか前ん時もこんな感じじゃ無かったっけ
このあとはどうすんの
﹁いやー、でも映画もなかなか面白かったよねー﹂
﹁まぁそうだな。⋮⋮で
?
⋮⋮⋮⋮ホント比企谷って⋮⋮あたしがジト目で睨んだままだっ
?
!
?
!
?
×
比企谷どんだけビクッとすれば気が済むのよ
! !?
×
!
!
×
﹁それあるー﹂
なに、そういうルールがあんの
﹂
そもそもあたしの
﹁いや無いでしょ。てかセルフでそれあるとか禁止だから﹂
﹁え⋮⋮
れてかれるんだ
﹂
﹁わあったって⋮⋮引っ張んないでも行くから。⋮⋮で
次はどこ連
ふむ⋮⋮もし比企谷と付き合うとしたら、こういうトコ大変かも。
あたしは嫌がる比企谷の腕をまた捕まえてとっとと進みだす。
真似禁止っ﹂
﹁たく⋮⋮ほら、バカやってないで次行くかんね
?
?
﹁パルコっ
﹂
比企谷のその質問に、待ってましたとばかりにニヒっと答える。
?
×
があるんだと気付いているんだろう⋮⋮
勘の良い比企谷の事だ。今日のデートコースになにかしらの意図
まに訝しげな表情をするようになった。
ただ比企谷は⋮⋮あたしが次の行き先をパルコに決めた時から、た
あたし、やっぱり比企谷と一緒に居る時間は堪らなく楽しいんだ。
違ってメチャクチャ楽しいなぁ。
あ あ ⋮⋮ 千 佳 と の 買 い 物 と も 前 に 葉 山 く ん 達 と 来 た 時 と も ま た
こうと説明してあげたりした。
う顔で雑貨を見る比企谷に、隣同士肩を並べて、これはこう、あれは
ションショーを開催したり、雑貨屋では、どう使うか分からないとい
くさせたり、服屋ではセールになってる服で比企谷相手に一人ファッ
インテリアの店では展示品のソファーで比企谷を隣に座らせて赤
んかを見て回る。
パルコに着いて、各フロアで洋服や雑貨、おしゃれなインテリアな
!
×
179
!
?
×
﹂
二人っきりの買い物デートを満喫し、あたしは比企谷にこう切り出
した。
﹁比企谷ー、あたしお腹減った
﹁そうか﹂
もうあたしの次の目的地を理解しているのであろう。比企谷は一
言そう言うと、無言でパルコを出て次の目的地へと向かう。
そう。今日の比企谷とのデートは、あの日のやり直し。
あたしはどうしてもあの日をやり直したかった。比企谷と二人で。
あの日、比企谷の存在も意味も全く意識せずに過ごしたあの日を、
知らず知らずのうちに比企谷をバカにして比企谷を傷付けて、そんな
愚かなあたしを葉山くんに見透かされてしまっていた最悪のあの日
を、今のあたしが比企谷と二人で一緒に過ごしたら一体どう感じるの
かを、どうしても確かめたかったのだ。
確かめてみれば答えが出ると思った。
は楽しくお喋りしながら食べたかったんだけどね。
﹂
沈黙の中、ようやく比企谷が口を開く。その口が出したのは予想通
どういった目論みだ
りの言葉。
﹁⋮⋮で
?
﹁ごめんなさい。あたしは比企谷の事、全然知らなかった。何にも知
すぅ⋮⋮と一息ついてから、あたしは頭を下げた。
まずは一つ目﹂
﹁そうだね⋮⋮目論みってか、今日の目的は二つある⋮⋮かな。⋮⋮
ま、そう来るよね。だからあたしは正直に答えよう。
?
180
!
あたしは本当に比企谷の事を好きになってしまっているのかを。
そして、その答えは⋮⋮
×
×
無言の食事が終わり、今は二人してコーヒーを飲んでいる。ホント
×
らない癖に、勝手に比企谷を笑ってた⋮⋮何にも知らない癖に、比企
谷に告られた事を仲の良い友達に話しちゃった。話した事で、それが
クラス中に広まって比企谷が笑い者になっちゃうなんて知りもしな
い癖に⋮⋮そして興味無かったから、その事で比企谷が笑い者になっ
てた事さえも知らなかった⋮⋮クラスのイジられ役の子が、違うネタ
でまた面白くイジられてるってくらいの認識しか無かった⋮⋮﹂
そこで一旦言葉を切り、ふぅ∼と深く深呼吸をする。
﹁何にも知らない癖に知ったつもりになって、勝手に判断して相手を
知 ら ず に 傷 付 け て い る な ん て 一 番 最 低 で 一 番 無 責 任 な 行 為 だ よ ね。
だから本当にごめんなさい﹂
改めて頭を下げたあたしを比企谷は否定した。
﹁別にお前に謝られるいわれはねぇよ。俺だって、お前に勝手な理想
を押し付けて勝手に惚れたつもりになって、勝手に告白したってだけ
の話だしな。だから気にすんな﹂
181
やっぱ比企谷は優しいね。自分の考えを引き合いに出す事で、一発
であたしの気持ちを楽にしてくれたんだもんね。
﹂って比企谷の考えを否定したら、そ
ホントはまだまだ自分のバカさ加減に納得なんていってないけど、
ここでさらに﹁そんな事ない
﹁おう、そういう事だな﹂
﹂
を歪ませて一言こう言った。
するとあたしの意図を理解したんだろう。比企谷はニヤリと口元
ちも悪かったって事でっ﹂
﹁⋮⋮そっか。じゃあお互いがお互いを知らなかったって事で、どっ
だからあたしが返す言葉はこれ以外には見つからなかった。
れこそ比企谷の優しさを無下にしちゃうね。
!
これで過去を振り返るのはもうおしまいっ
﹁じゃあこの話はここまで
よし
!
!
ここからはあたしらしく、前だけ向くかんねっ
×
!
!
×
×
﹁で
もう一つってのは
﹂
?
どうしよう
!
を次の目的へといざなう。
ふぅ⋮⋮⋮⋮ヤバい
!
んん
ふぅ∼⋮⋮うーんと⋮⋮オッケー
トレートにこの気持ちを伝えてやろう
﹁⋮⋮比企谷。ん
﹂
﹂
!
直球で行き過ぎたかな
﹂
照れ隠しもここまでくるとウケないから
てやろう。
今度こそちゃんと言っ
いや、かなりの変化球だったねこれは⋮⋮
くそ⋮⋮比企谷のクセに今日は何度も白い目を向けて来やがって
﹁いやだから何がだよ﹂
﹁だからぁ⋮⋮オッケー
いくらいに馬鹿を見るような顔を向けてきた。
親指を立てたあたしの渾身のオッケーポーズに、比企谷がこの上な
﹁⋮⋮⋮⋮⋮は
!
!
だからここは思いっきりあたしらしく、なんの変化球もなく、どス
しく無いよね。
今さっきあたしらしくって思ったばっかなのに、こんなのあたしら
して来ちゃったよ⋮⋮
⋮⋮ここにきてすっごい緊張
一つの目的が終了したわけだから、比企谷が当然のことながら話題
?
?
らいの小さな小さな声⋮⋮
恐る恐る比企谷の顔を覗き込むと、本日一番の﹁は
固まってた。
しばしの沈黙⋮⋮
うう⋮⋮なんか言ってよ比企谷⋮⋮
﹂って顔して
うだのと強気に思ってたのに、あたしから出てきた声は笑っちゃうく
うわっ⋮⋮かっこ悪っ⋮⋮どストレートだのちゃんと言ってやろ
ら⋮⋮あたし﹂
﹁⋮⋮二年越しになっちゃったけど、比企谷の告白⋮⋮オッケーだか
!
182
?
!
!
?
!
罰ゲームかなんか
﹂
次の瞬間、比企谷から出てきた言葉はムードもへったくれもないこ
なにそれ
んな一言。
﹁⋮⋮え
罰ゲームって⋮⋮
?
本気よ本気
あたしはどうやら
あまりにも比企谷らしい返答に思わず吹き出してしまった。
なんで罰ゲームなのよ
!
ホントこいつウケるよね
﹁あははっ
!
!
ぷっ
?
ん好きでしょ
って言われちゃってさ。ウケるっしょ
⋮⋮でもい
!?
どうやらあたしは比企谷が好き
って思ってさ⋮⋮で、結果は⋮⋮⋮⋮⋮
んで超嬉しかった
だからオッケー﹂
超楽しかった
みたい
!
?
て口を開く。
﹁ちょ、ちょっと待て
﹂
何年前のこと言ってんだよお前
合ってくれとか頼んでねぇし
別に今付き
!
超傑作
﹁でもさ、いくら昔とはいえ、比企谷があたしに告ってあたしはそれを
でもここからが本番♪
まぁそうくる事はもちろん分かってたっての。
﹁いやウケないから﹂
﹁だよねー
ウケる﹂
訳分からんと真っ赤な顔で必死にあたしを説得する比企谷の顔は
!
!
唖然とした様子であたしの独白を聞いてくれていた比企谷が慌て
!
自分の気持ち分かるかなぁ
まいちピンとこなかったから、あの時と同じコースを二人で巡れば、
?
事ばっかり話してたらしくってさ、ついこないだかおりって比企谷く
だけどさ、クリスマスイベントで再会した後、あたし千佳に比企谷の
﹁⋮⋮今日確かめたかったってのはコレなんだよね。なんか悔しいん
⋮⋮
残ったのは笑える面白さと、ちょっとだけ心地のいいドキドキだけ
比企谷の発言のおかげで緊張もなにも無くなっちゃったよ。
あんたが好きみたいだから、あんたの告白にオッケーしたのっ﹂
!
!
183
?
!
!
!
了承した。つまりその時点であたし達は恋人同士になったってわけ
よ﹂
﹁なにその理論⋮⋮﹂
﹁⋮⋮で、比企谷が今あたしを振った事によってその恋人同士が解消
されたわけだから、今のあたし達の関係は⋮⋮﹂
﹂
あたしは人差し指を立ててウインクしながら比企谷に笑い掛ける。
﹁元カレと元カノって事っ
﹁ねっ
超ウケる
﹂
﹁なにその超理論⋮⋮ウケる﹂
!
﹂
!
ってまくし立ててやった。
要なんて何にもないでしょ
﹂
あたしはこういう気持ちだから、比企谷がヨリを戻して
くれるって言うまでガンガン行かせていただきますのでっ
﹁とにかく
?
ただ純粋に好きだって思えたこの気持ちに、他に意味を見出だす必
ちは間違いなく本物で、そこには他に意味もなければ勘違いもない。
だって、今こうしてあたしが比企谷の事を好きだって思えてる気持
て何
だ﹂とかって抵抗してたけど、それこそ意味分かんないし、勘違いっ
そのあとも比企谷は﹁意味が分からんそれはお前の一時の勘違い
﹁いやなんでだよ﹂
﹁⋮⋮だからさ、比企谷っ⋮⋮ヨリ戻そう⋮⋮
そしてあたしは佇まいを正すと、比企谷に上目遣いで迫ってみた。
﹁いやウケないから⋮⋮﹂
!
力強くそう宣言したのだ
!
失礼にも超嫌がってる比企谷に、あたしはあたしらしく、ニヒっと
!
!
184
!
?
あたしの記憶の中のアイツは、いつだって辛そうな苦笑いばかりを
浮かべてた。
だから今度は⋮⋮あたしがあたし自身の力で、あたしの記憶の中の
アイツを笑顔でいっぱいにしてみせる
!
だからさっ、これからは二人でたくさん面白い事してたくさん色ん
んたくさん笑顔にしてみせる
記憶の中の辛そうな苦笑いなんか掻き消しちゃうくらいに、たくさ
!
な経験して、そしてたくさんウケようよ、比企谷っ
終わり
185
!
﹂
本物の顔と偽物の顔︻前編︼
﹁それでも、知りたいか
目の前に座るこいつは、あーしに一言、こう訊ねた。
﹁知りたい。⋮⋮それでも知りたい。⋮⋮それしかないから﹂
だからあーしは答える。別にこいつに答えたわけじゃない。
ただ、あーしの本心を、あーしの覚悟を声に出して自分を納得させ
たかったから。
そしたら、目の前のこいつは⋮⋮ヒキオは即答でこう答えた。
﹁わかった。なんとかする﹂
ってちょっとイラっともする。
こんなやつに⋮⋮ヒキオなんかに何が出来るのかなんか全然分か
んない。なにを偉そうに言ってんの
かする﹂
﹃わかった。なんとかする﹄
うなんて⋮⋮でも、不思議と悪い気分ではなかった。
あーしともあろう者が、ヒキオなんかに泣いてる姿を見られてしま
たったの一言答えると、もう止める事を諦めた涙を袖で拭う。
﹁⋮⋮うん﹂
ヒキオの言葉に結衣があーしに優しく問い掛ける。
﹁優美子、それでもいい
﹂
﹁いずれにしても正確性には欠けるが⋮⋮、それでもいいならなんと
断言した。
結衣と雪ノ下さんもあまりの返答に困惑する中、ヒキオはもう一度
ロ出てきてしまった。
だから油断した⋮⋮さっきから頑張って堪えてたのに、涙がポロポ
た。なぜだか信頼できた。
それなのに⋮⋮そう即答したヒキオの顔を見たら、なぜだか安心し
?
あの、心を感じられる、本物の表情を見てしまったからなのかな
⋮⋮
186
?
?
×
だから⋮⋮あーしは隼人との距離を測りかねている。
そして決して明かそうとしない進路。
そしてここに来ての雪ノ下さんとの噂。
は、毎日あーしに向けられるものと確かに寸分違わぬものだった⋮⋮
でもあの日、見たこともない他校の女に向けられていたその笑顔
てた。
それでもその有象無象の中でも、あーしだけは少しは特別だと思っ
隼人の優しい笑顔は皆に分け隔てなく向けられる。
負があった。
それでもっ⋮⋮それでも隼人に一番近いのはあーしなんだって自
なってきていた。
隣に長く居れば居るほど、隼人がどこを向いて居るのかが分からなく
そんな隼人の隣に居たくて二年になってからずっと傍に居たけど、
あーしは隼人が好き。優しくて格好良くて、誰からも愛されてて。
ら、あーしはずっと隼人との距離を測りかねていた。
隼人が⋮⋮他校の女子二人と遊んでいる所を目撃してしまってか
ここ最近、あーしはずっと悩んでいた。
見たヒキオ、まじ許すまじ⋮⋮
みたいな顔でヒキオの目をしっかりと見つめてたのか⋮⋮こんな顔
ただ泣き顔を見られたってだけでも恥ずかしいのに、こんなパンダ
なんだか無性に顔が熱くなってきてしまった。
﹁最悪だし⋮⋮こんな顔ヒキオに見られてたとか⋮⋮﹂
部室で、泣き止んでから鏡で見た自分の顔に愕然とした。
あーしに気を遣ったであろう、ヒキオが立ち去ってくれた奉仕部の
﹁うわっ⋮⋮超ヒドいし⋮⋮﹂
×
⋮⋮隼人にとってのあーしって何
?
187
×
でもこんなのは嫌だ。だってあーしが隼人を好きな気持ちは本物
なんだし⋮⋮だからこのままクラスが分かれて疎遠になるのは絶え
られない⋮⋮
せめて、もうほんの一時の間だけでも隼人の隣に居て、隼人の特別
になりたい。
明かさない進路
?
だからあーしは奉仕部にお願いに来た。知りたい事があるから。
雪ノ下さんとの事
?
違う。ただ、気持ちが知りたい⋮⋮
×
た。
トイレに駆け込んでメイクを直し、結衣と二人で帰る帰り道。
あーしは結衣にちょっと聞いてみた。
どしたの
優美子﹂
﹁⋮⋮あ、ね、ねぇ結衣﹂
﹁ん
﹁⋮⋮ヒ、ヒキオってさぁ⋮⋮部活ではいつもあんなんなの⋮⋮
﹂
すると結衣はポカンとした顔で首をかしげる。
﹁あんなん⋮⋮って
?
﹂
?
たら嫌だよね。
隠してるつもりとはいえ、友達から好きなヤツをこんな風に言われ
うわ⋮⋮あーしヒドいな⋮⋮
﹁や、やー⋮⋮あはははは﹂
ドってっし、どーしようもないじゃん
﹁あ、いや⋮⋮ヒキオってさぁ、普段は暗いしキモいし情けないしキョ
?
﹂
に、さっきのあの表情には⋮⋮悔しいけどちょっとドキリとさせられ
なんで結衣があんなのに惚れ込んでるのか全然分かんなかったの
誰とも喋らず誰とも関わらず、いつも一人で居るアイツ。
それにしても⋮⋮ヒキオって、あんなんだったっけ⋮⋮
×
?
188
?
×
?
⋮⋮ちょっと頼りがいありそうって
﹁でもさ⋮⋮さっきあーしの相談乗ってる時のヒキオは、なんて言う
かちょっとカッ⋮⋮いやいや
かなんというか⋮⋮﹂
あ、あーしなに言ってんだし
危うくヒキオなんかの事カッコいい
!?
そーなんだよっ
る と い う か ⋮⋮ っ て あ れ
⋮⋮たはは∼﹂
ヒッキーって普段はホントどーしよう
あたしなに言っちゃってんのかなー
!?
もないヤツだけどさっ、いざとなると急に頼れるというか格好良くな
﹁えへへ∼
またキョトンとした結衣だが、その表情がみるみると破顔した。
とか⋮⋮っ
!
!
そっか⋮⋮アイツのああいうとこに結衣は惹かれてんのか。
さっきそうなりかけたから何とも言えないし⋮⋮
真っ赤な顔で手と顔をぶんぶんする結衣だけど⋮⋮あーしもつい
!?
あーしも、明日からヒキオの見方も接し方も変えてみっかな。
×
あーしは翌日から、なぜか恥ずかしくてヒキオの顔を見れなくなっ
てしまった⋮⋮
休み時間も授業中も、とにかくヒキオの居る席とは反対側に頬杖を
意味わかんないし
なんであーし、こんなんなってんだしっ
突いて、視界にヒキオが一切入らないようにしていた。
は
⋮⋮
!
結局、その日からヒキオとの接触を一切しないまま、依頼である進
ヒキオまじ許すまじ。
キドキしたりしちゃうに違いない。
だからちょっとでもヒキオを視界に捉えただけで、熱くなったりド
んかにあんなパンダ顔見られたら、そりゃ恥ずかしいっしょ。
これはあれだ。ヒキオなんかに泣き顔見られたからだ。ヒキオな
?
189
!
!
×
結論から言うとダメだった⋮⋮
×
路希望調査表の提出期限限界とも言えるマラソン大会の日を迎えて
しまった。
×
⋮⋮あ、ついでに先輩も﹂
!
﹂
とでも言わんばかりに横目であーしをニヤリと一瞥する。
﹁は、隼人。⋮⋮が頑張ってね
マラソン大会なんて興味もないであろう、適
?
当に流すであろうヒキオが、なんで最前列に陣取ってんの⋮⋮
×
?
⋮⋮なんでヒキオが
できたのは、全っ然らしくないアイツの姿。
その嬉しさから周りが見える余裕が持てたあーしの目に飛び込ん
くれた。
ようやく隼人に声を掛けられた。ようやく隼人があーしに応えて
けど、なんかムカつくから気にしない。
なんだか隣の一年が満足そうな微笑みを浮かべてあーしを見てた
嬉しいっ⋮⋮やっぱ、隼人は優しい⋮⋮
た瞬間、隼人はあーしだけに手を上げて応えてくれた⋮⋮
はぁ⋮⋮こんな小さな声じゃ隼人には届かない⋮⋮そう諦めかけ
あーしらしくもないか細いか細い声で⋮⋮
ムカついたあーしはこのムカつく一年に反発するように声を出す。
!
どうよ
げ、隼人は軽く手を振りそれに応えた。
有象無象の中でもひときわ勘に触る一年生のこの女が声を張り上
﹁葉山先輩がんばってくださーい
けは声が出せない⋮⋮しかしその時すぐ隣で⋮⋮
学校中の女共が葉山くん葉山くんと苛つく声をあげる中、あーしだ
られないでいた。
でも最近はめっきり距離が開いてしまった隼人に、応援の声を掛け
あーしは今、男子がスタートするのを最前列から見ている。
×
?
×
190
×
×
隼人は格好いい
マラソン大会は当たり前のように隼人の優勝で幕が下りた。
やっぱり隼人は凄い
あーし今、最高に幸せだし
やっぱり、やっぱりあーしは隼人の特別で居られたんだ⋮⋮
⋮⋮隼人⋮⋮
﹁特に優美子と、いろは⋮⋮、ありがとう﹂
そんな事を考えて油断していた時⋮
い⋮⋮
やっぱり隼人は素敵だな⋮⋮あーしは、こんな隼人の特別になりた
ございます﹂
皆さんの応援のおかげで最後まで駆け抜けられました。ありがとう
﹁途中ちょっとやばそうな場面もあったんですけど、良きライバルと
それを惚れ惚れと聞いている。
そして隼人は今、表彰式で優勝者のコメントをしていて、あーしは
!
もうそこにはここ最近の距離感なんて無かった。
笑顔で迎え入れる事の出来たあーし。
笑顔であーしに真っ直ぐ向かってきてくれる隼人。
表彰式を終えて壇上から降りてきた隼人を迎え入れる。
!
でもいいと思える幸福感で溢れていた。
⋮⋮でも⋮⋮そんな幸せな瞬間なのに⋮⋮またもあーしの視界に
なんでヒキオはあんなにボロボロになって足を引き摺っ
飛び込んで来たのはアイツの姿⋮⋮
なんで
て、こんなにも楽しく華やかな空間から一人去っていくの
191
!
ちょっと戸部が五月蝿くて邪魔だけど、そんな些細な事はもうどう
!
!
×
?
?
×
×
﹁そっか⋮⋮。隼人、文系行くんだ﹂
﹁うん。たぶん、って感じなんだけど﹂
マラソン大会の帰り道、あーしは結衣たちと一緒に歩いていた。
詳しくは知らないけど、いつの間にか調べてくれていたらしい。
﹁じゃ、あーしもそれでいーかなー﹂
そういうあーしに雪ノ下さんは﹁それでいいのか﹂と咎めるように
諭してきたが、あーしにはこれしかないし。
だからあーしの進路はそれでいい
そんな決意表明をしていると、キモく後ろを付いてきていたヒキオ
が、苛つく一言をあーしに投げ掛けた。
﹁大変だぞ、アレの相手は﹂
ヒキオムカつく⋮⋮
ちょっとあーしが見なおしてると思って調子に乗ってんじゃない
し。
だからあーしは久しぶりにヒキオの顔を見て、苛立たしげに言って
ヒキオに言われるまでもないんですけど。そういう、なに⋮⋮
やった。
﹁は
そうだ⋮⋮大変だろうがめんどくさかろうが、あーしにはそれしか
ないから⋮⋮
めん﹂
あぁぁぁっ⋮⋮ホントあーしらしくないっつの
?
うのだった。
そしてあーしらは、このあと隼人の為に開かれる打ち上げへと向か
でも、なんか良く分かんないけど、あんま悪い気しない⋮⋮かも。
!
﹁あと⋮⋮、雪ノ下さん もさぁ⋮⋮。その、なに、なんか⋮⋮⋮⋮ご
こいつが何の役にたったのかなんか知んないけど。
んかにもお礼を言ってやった。
あーしは依頼を完遂してくれた奉仕部にお礼を言った。ヒキオな
﹁結衣、ありがとね⋮⋮あー、あとヒキオも﹂
!
192
!
めんどくさいのも含めて、さ⋮⋮やっぱいいって思うじゃん﹂
?
×
となった所で、明日も学校だしな、という事でお開きになる。
いた。
!
お礼ならヒッキーに言ってあげてよっ﹂
さっきも言おうとしたんだけど、あたしは何もしてない
⋮⋮ヒキオ
あいつが進路を聞き出してくれたん⋮⋮
し何も出来なかったしっ
!
?
たん
ケガもしてたっぽいし﹂
笑える
⋮⋮あ、そー
すると⋮⋮結衣の表情が一変した。とても悲しそうな表情
柄にもなく頑張っちゃってすっ転んだんだろうけどさ。ダサッ
?
に⋮⋮
!
いやさぁ、マラソン大会の後、ヒキオなんでボロ雑巾みたいになって
﹁ま、まぁ一応さっきヒキオにも礼言ったしいんじゃね
?
?
!
﹁いやいや
すると結衣は慌てて顔の前で両手をぶんぶんさせる。
﹁ん、まぁね。結衣⋮⋮今日はホントにあんがとね。マジ助かったし﹂
﹁いやー、今日は疲れたけど楽しかったよねー
﹂
隼人と名残惜しい別れを済ませ、今あーしは結衣と二人で帰宅して
る
盛り上がりまくる打ち上げも二次会へと進み、そして三次会どーす
たまに頭ん中チラチラすんだよね⋮⋮ヒキオの奴が⋮⋮
なー。
隼人との距離感に悩んでいたからか、ちょっと変になってんのか
そうは思うんだけど⋮⋮なんか最近ダメだなあーし。
てすぐ帰ったんだろう。
どうせアイツがこういう場に慣れてる訳なんかないし、居心地悪く
なってしまった。
ただ、会が始まって早々ヒキオが帰って行ったのがなんだか気に
ていたから、とても最高の一時だった。
心にいつものメンバーが集まり、あーしも今までの胸のつかえが取れ
打ち上げと言う名の隼人祝勝会は大いに盛り上がった。隼人を中
×
!
193
×
?
﹁やー⋮⋮具体的にどうやったのかは知んないけど、たぶん隼人くん
から進路聞き出す為に⋮⋮また無茶しちゃったんだよ⋮⋮﹂
?
﹂
﹁⋮⋮は
どーいうこと⋮⋮
?
⋮⋮
頭にも過った。
胸が苦しい⋮⋮
﹃わかった。なんとかする﹄
なんだこれ
?
の一年が始まる。
明日からの春休みが終われば、休み明けには最上級生としての最後
さが続いている今日この日は、総武高校二年生最後の日。
もう暦の上では春だというのに、まだまだ季節外れの真冬の如き寒
×
しの中の奥深く深くに封じ込めた⋮⋮
あーしはその瞬間から、その顔とこの訳わかんない気持ちを、あー
あーしの胸がどうしようもなく締め付けられた⋮⋮
ヒキオの、あの時の心がこもった本物の顔を思い浮かべてしまい、
!
いつも楽しく笑う結衣にこんな顔をさせるヒキオの顔が、あーしの
こんな結衣の顔は初めて見た⋮⋮とても悲しそうな笑顔。
⋮⋮なんか、とっても悲しいの⋮⋮﹂
それはとっても凄くて、とっても格好いい事なのかもしんないけど
なってる覚えはねぇー、なんて言って、いつも平気な顔してんの⋮⋮
分を簡単に犠牲にしちゃうの⋮⋮本人は効率がーとか、犠牲なんかに
﹁⋮⋮ヒッキーってさ⋮⋮いっつもそうなんだー。誰かの為にすぐ自
?
あーしの依頼の為に、ヒキオがあんなボロボロになってたっての
なに⋮⋮
え⋮⋮
?
×
194
?
×
あーしはそんな二年生最後のこの日、終業式後の誰も居ない教室
で、もうここからは見る事のないであろう外の景色を眺めながらある
人物を待っていた。
どうしても伝えたい事があるから。
どうしても伝えたい気持ちがあるから。
そして⋮⋮どうしても聞きたい事があるから。
カラリ⋮⋮静かに静かに開く教室の扉の音に、あーしの鼓動が激し
く脈打つ⋮⋮
もう心臓が爆発しそうだ⋮⋮顔も身体も信じられないくらいに熱
こんな所に呼び出して﹂
く火照ってるし⋮⋮
﹁どうしたんだ
その声に⋮⋮あーしは震える足をなんとか押さえつけ、そして、覚
悟を決めて振り向いた。
続く
195
?
こんな所に呼び出して﹂
本物の顔と偽物の顔︻中編︼
﹁どうしたんだ
その声に震える気持ちを押し殺して振り向く。
そしてあーしはその問いに答える事なく、彼の名前を呼ぶ。
﹁⋮⋮隼人﹂
振り向いたあーしの表情、そして震える声を聞いた葉山隼人は、ほ
ほ ら、早 く 行 か な い と み ん な
んの一瞬⋮⋮とても苦い顔をしたように見えた⋮⋮
待ってるぞ﹂
とっくに理解してるはずなのに、隼人はあーしの言葉を⋮⋮あーしの
⋮⋮そんなの始めっから分かり切ってた事。
気持ちを言わせないよう最後まで悪足掻きをする⋮⋮
その時点で、んーん
?
ホントはこのままの関係がいいのかも知んない
どんな結末が待っているかって事くらい。
分かってっけど
けど
!
なるような気がして⋮⋮だから、今日はちゃんと言います。⋮⋮あー
﹁なんかクラス変わっちゃったら、なんとなくだけどあんま会えなく
ける。
その決意の表情に覚悟を決めたのか、隼人は何も言わずただ耳を傾
﹁隼人⋮⋮聞いて﹂
⋮⋮でも、もうこのままは嫌⋮⋮
!
196
?
×
わざわざあーしが誰も居ない教室に呼び出した以上、意図なんか
?
×
﹁優 美 子 ⋮⋮ 一 体 ど う し た ん だ ⋮⋮
×
しは⋮⋮隼人が好き⋮⋮﹂
隼人は何も言わない。
ただ、苦しそうに俯くだけ⋮⋮
分かってたけど⋮⋮覚悟してたけど⋮⋮すでにあーしの心臓は叫
んでる。あーしの心は泣いている。
でも、今日は全部言わなきゃなんない。たぶん、隼人と一緒に居ら
れる時間はもうあと僅か。この瞬間だけだろうから。
なんだったの⋮⋮
﹂
なんで知ってんのに、ずっと気付かないフリしてんの⋮⋮
﹁隼人、はさ⋮⋮あーしの気持ちなんか、とっくに知ってたよね⋮⋮な
んで
あーしって、隼人にとってのなに⋮⋮
﹁⋮⋮優美子は⋮⋮俺にとって⋮⋮大事な、友達だ﹂
友達⋮⋮か。
?
居るのが⋮⋮大事な友達⋮⋮なんだ。
﹂
?
りだっ⋮⋮
﹁そんな事な⋮﹂
﹁だ っ た ら ぁ っ
﹂
⋮⋮なんでマラソン大会の時
とうなんて言ったんだし
みんなの前であーしにありが
!
たぶん、ずっと蓄まっていたであろう感情が爆発する。
あーしはもう⋮⋮感情も押し殺さずに泣き叫ぶ。
!!
しっ
⋮⋮ だ っ た ら な ん で 隼 人 は あ ん な こ と 言 っ た ん だ
⋮⋮最悪だ⋮⋮拒絶される覚悟はしてたけど、こんなのってあんま
被って仲良しこよしやってりゃ良かっただろ⋮⋮って、こと
﹁⋮⋮振られるのが分かってたんなら、自分の気持ち押し殺して、仮面
分かって
あーしの気持ちにずっと気付いてた癖に、見て見ぬフリして一緒に
?
?
﹁だよね⋮⋮隼人なら、そう言うって分かってた⋮⋮﹂
すると隼人は悲しそうな瞳をあーしに向ける。
﹁だったら⋮⋮だったらこのままじゃダメだったのか⋮⋮
たんなら⋮⋮このままで、皆で楽しかったじゃないか﹂
﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮は
?
なに言ってんだしっ⋮⋮
⋮⋮なにそれ
?
!!
!
197
?
?
!!
﹁あ ん な 大 勢 居 る 中 で ぇ っ
あんな風に特別扱いされたらぁっ
!!
﹂
?
あーしは⋮⋮隼人の女避け⋮なの⋮⋮
﹂
?
﹂
﹁すまない⋮⋮﹂
⋮⋮⋮すまない、か。
それは何に対してなの
に対して
れが、真実なの
そ
望まれない手を差し伸べて拒絶された事
その手を払い退けたあーしに、隼人が一言声をかけた。
﹁触んなぁっ
でも、その手はもう要らない。欲しいのは真実だけ⋮⋮
寄ってきてくれる。
その場にへたり込みそうになったあーしを支えようと、隼人が駆け
⋮なの⋮⋮
﹁ただ⋮⋮噂を、雪ノ下さんとの噂を⋮⋮かき消す為に、利用しただけ
いくだけ⋮⋮あーしは力なく崩れ落ちる。
燃え上がって爆発する感情なんてほんの一時だけで、あとは萎んで
しちゃうかもとか⋮⋮隼人は⋮考えも⋮しなかった⋮⋮の⋮⋮
⋮⋮⋮⋮⋮あーしの気持ち分かってたんならぁ⋮⋮ちょっとは期待
!!
それとも⋮⋮それがあーしの気持ちに対する全ての答え⋮⋮
?
なかったんだ。
ただ、葉山隼人という人間が作りあげる世界の、歯車のひとつ。
みんなが平等で、みんなが幸せの⋮⋮そんな素晴らしく素敵な世界
の⋮⋮
﹁隼 人 は さ ⋮⋮ み ん な が 楽 し く っ て 良 く 言 う け ど さ ⋮⋮ そ れ っ て
⋮⋮﹂
でも、あーしはそこで言葉を止めた。
だ っ て ⋮⋮ そ れ が 葉 山 隼 人 な ん だ も ん。そ れ が あ ー し が 好 き に
なってしまった葉山隼人だから。
⋮⋮だから、あーしに否定する資格、ないし⋮⋮
198
?
!
結局、あーしは隼人にとって、特別どころか大事な友達とやらでも
?
?
?
﹂
﹁ん ー ん ⋮⋮ な ん で も な い。⋮⋮ 隼 人、ひ と つ お 願 い 聞 い て く れ る
⋮⋮
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
﹁隼人⋮⋮お願い﹂
﹁⋮⋮分かった。出来る事ならなんでもする﹂
﹁あんがと。⋮⋮じゃあさ﹂
今日振られる事なんかとっくに知ってた。
だから、振られたあとに、これだけはお願いしようって、ずっと決
めていた。
どうしても⋮⋮知りたい事があったんだ。
﹁笑顔⋮⋮⋮もっかい笑顔見せてよ﹂
あーしのそのお願いに、隼人は驚きの表情を隠せずにいる。
そりゃ当り前だっつの。この状況で笑ってくれだなんて、意味分か
んないし。
⋮⋮もう二度と言わないから⋮⋮これで、最後だから⋮⋮﹂
﹁⋮⋮優美子⋮⋮いくらなんでもこの状況で⋮﹂
﹁お願い
の脳裏を過った気がした。
それを理解したのと同時に、いつか見た本物の顔が一瞬だけあーし
⋮⋮⋮⋮⋮偽物の笑顔だったんだ⋮⋮
どんな相手にも、どんな時にでも、等しく向けられるその笑顔は
そして見知らぬ他校の女子に向けてた笑顔。
いつもあーしに向けてくれた笑顔。いつもみんなに向けてた笑顔。
やかな、いつもとおんなじ笑顔だったから。
こんな時でさえ、あーしに見せる笑顔は普段と変わらない素敵で爽
その笑顔を見て、あーしはようやく理解した。
だから隼人は苦しく歪む顔で、精一杯笑顔を〝作って〟くれた。
これは、決別の言葉なんだと。
あ ー し の そ の 言 葉 で 隼 人 は 理 解 し た ん だ ろ う。〝 こ れ で 最 後 〟。
!
199
?
よし。あーしの求めていた真実がようやく分かった。
だから⋮⋮この恋とはそろそろお別れにしよう⋮⋮
あーしは立ち上がり隼人に笑顔を向けた。たぶん隼人のと一緒、お
んなじような偽物の笑顔だと思うけど。
お別れの言葉は前から決めていた。
うまく言えるかな⋮⋮
﹁⋮⋮⋮ありがと﹂
どうやらうまく言えたみたいだ。
そうして、そのたった一言だけを残して、あーしは隼人と、偽物の
恋とさよならをした。
格好良かったから
優しいかったから
どうして好きになったんだろ
人気者だったから
×
偽物なんだから⋮⋮
らいに薄っぺらい理由で隼人を選んだこのあーし自身が、紛れもなく
だって⋮⋮そんな隼人を、なんで好きになったのかも分からないく
隼人の選んだ生き方を否定する資格はない。
あーしに隼人の笑顔を偽物呼ばわりする資格はない。
今となってはもう分かんないけど、ひとつだけ分かることがある。
?
?
あーしは、なんで隼人が好きだったんだろ
×
?
×
200
×
?
?
×
×
今日から新学期が始まる。
特に何もやる気が起きずダラダラと過ごしていたら、気付いたら春
休みが終わっていた。
くっそ⋮⋮せめて受験勉強くらいしとけば良かったなぁ⋮⋮
あとあと後悔すんのかなぁ⋮⋮ま、別に今となっては特に目標もな
にもないし、行けるトコ行って適当に大学生活満喫すんのも悪くない
か。
なんかもうどうでもいいし。
隼人との事は結衣と海老名には伝えたし、もうあのグループが集ま
る事も無い。
もう一緒に遊ぶのも結衣達くらいだろうし、新しいクラスで新しい
グループでも作っかな⋮⋮でも面倒くさいし、もうそういうのもいっ
か。
適当にやってれば適当に人なんか集まってくっし。
めぼしいの居なかったら、結衣達だけと遊んでればいっか⋮⋮
学校に到着したあーしは、自分の割り当てられたクラスに向かっ
た。
どうやら残念ながら結衣とも海老名ともクラスが別れてしまった
みたいだ。戸部達は知んないけどどうでもいいし。
ただ、隼人ともクラスが別れたのは正直助かったかな⋮⋮
新しい教室に入るとあーしに視線が集まった。
まぁ中学くらいんトキからこんなのいつもの事だし、特に気にはし
ないけど。
あーしは気にせず自分の席につくと椅子に座った。
新しいクラスの連中は、あーしに声を掛けようかどうしようか躊躇
しているみたいだけど⋮⋮⋮⋮あーしはもう、そんな事はどうでも良
くなっていた⋮⋮
窓際後ろのあーしの席からは真逆の、廊下側前方の席で机に突っ伏
201
しているヤツが視界に入ってしまったから⋮⋮
﹁アイツ⋮⋮今年も同じクラスなんだ⋮⋮﹂
一瞬の気の迷い
あーしは自分でも気付かないくらいの独り言を呟いていた。
一瞬の油断
?
そしてその蓋が完全に開いてしまった時、あの時のあの本物の顔が
いくのを、あーしは止める事が出来ない。
そして⋮⋮ちゃんと閉めていたハズなのに、その蓋が徐々に外れて
いたハズのあの光景が、ふとした瞬間に顔を覗かせた。
ワケ分かんないから、あーしの心の奥深くにしまいこんで蓋をして
あの時のあのセリフ。あの時のあの顔。
﹃わかった。なんとかする﹄
?
あーしの脳裏に鮮明に浮かんでしまった。
×
ウッザい⋮⋮
ついてねぇなー﹂
ムカつく⋮⋮
!
﹂
!?
騒ぎにもなんか理由があったんだろうなとは思ってたけど、興味無
あんな事のあとも結衣は変わらずヒキオと接してたから、文化祭の
と相模と相模の取り巻き。
連中が五月蝿くてウザいくらいにしか思わなかった。主に戸部。あ
あの時はヒキオになんの興味も感心も無かったから、ただ騒いでる
なぜだか今はどうしようもなくムカつく⋮⋮
確かにF組んトキも文化祭からしばらくはこんな感じだったけど、
言うんだし⋮⋮
なんでああいう連中は、わざわざ本人に聞こえるようにああいう事
!
﹁うっわ、マジだマジ
﹁ねぇねぇ、アイツって文化祭んときのヤツじゃね
それどころか、進級初日からヒキオへの当たりはとても強かった。
ヒキオは三年になってからも、当り前のようにぼっちだった。
×
!
202
×
かったから別に理由は聞かなかった。
でも⋮⋮今は知ってしまった。ヒキオという人間を。
あの本物の顔を見てしまったから。心を感じてしまったから。
たぶんアイツはマラソン大会の時と同じように自分を投げ出した
んだろう⋮⋮結衣の悲しそうな笑顔が頭を過る。
最後の一年なのにあんなのと同じクラスになるなんてねっ﹂
﹁ホントついてねぇよなぁ﹂
﹁ねっ
五月蝿い⋮⋮
!
ヒキオの事をなんも知んない烏合の衆が、ヒキオを悪く言うな⋮⋮
!
﹁あー⋮⋮なんかうっさい⋮⋮﹂
あーしの一声で騒いでる連中がだんまりと俯き沈黙する。
ちょっとあーしが声に出したくらいで黙んなら、始めっから騒ぐな
し。
でも結局クラス替えから一日経っても二日経ってもヒキオを陰で
嘲笑う連中の存在が消える事は無く、どうしようもなくあーしを苛立
たせた。
だったら⋮⋮
×
×
その日のあーしは柄にも無く朝から緊張していた。
もう次のチャイムが鳴れば作戦の決行なんだと思うと、緊張で指先
は震えるし心臓はバクバクするし⋮⋮なんか顔が熱っつい⋮⋮
大丈夫。今日は購買じゃなくって朝からコンビニでパン買ってき
たから。準備は万端⋮⋮
運命の鐘、四時限目終了のチャイムが鳴り響いたと同時にあーしは
203
!
進級から一週間ほど。
×
バッグを手に席を立つ。早く行動しないとすぐどっか行っちゃうし
そこに居ろ
逸る気持ちを抑えながらあーしは〝そこ〟へと真っ直ぐ進む。ま
だ立つな
!
なんか知んないけど身体中火照りまくってて、真っ赤になってそう
が出来なかった。
唖然とした表情で見つてるであろうヒキオの顔を、あーしは見る事
うけど、ヒキオに拒否権とかないし﹂
﹁ヒキオ。あーし今日から昼はアンタと食べっから。分かってっと思
の机の上にドサッとバッグを置いて一声告げてやった。
なんとか間に合った⋮⋮目的の地へと辿り着いたあーしは、そいつ
!
な顔をヒキオから逸らしてたから⋮⋮
続く
204
!
﹂
本物の顔と偽物の顔︻後編︼
﹁⋮⋮⋮⋮は
カつく顔であーしを見ていた。
ヒキオの分際でマジムカつく⋮⋮
は嘘がないから。
聞こえなかった
?
﹁あ、いや、飲みもんとか買いに行かなきゃアレなんで⋮⋮﹂
もちろん後で請求すっから。
じゃん。
そう言うだろうと思って、ヒキオの分も買っといてるに決まってん
﹁これヒキオの﹂
﹁あ、いや、俺購買行かなくちゃアレなんで⋮⋮﹂
ようやく口を開いた。
あまりにも有無を言わさぬあーしに対して固まっていたヒキオが
まヒキオと向かい合う形で机にパンを広げる。
キオと話してる間に持ち主が逃げ出して空いた椅子に座ると、そのま
そう言いながら、ヒキオの前の空いてる椅子⋮⋮つーかあーしがヒ
﹁あーし最初に拒否権ないからって言ったよね﹂
手にビビってんだし。
そう言いながらも声ちっちゃいよヒキオ。なんでこんな美少女相
﹁いや意味分からん⋮⋮そして断る﹂
昼食べればいいって言ってんだし﹂
﹁⋮⋮は
だからアンタは今日からあーしと一緒に
でも⋮⋮ムカつくんだけど、なぜだか不快では無い。だってそこに
!
唖然と疑問と馬鹿にしたような感情が織り混ぜになった、なんともム
真っ赤になっているであろう顔を頑張ってヒキオに向けてみると、
はたったの一文字。
あーしの宣言から固まること数秒。ようやくヒキオから出た言葉
?
あーしは黙ってカバンから水筒と紙コップを取り出す。
205
?
ヒ キ オ が 何 か と 理 由 を つ け て 逃 げ 出 そ う と す る 事 な ん か 分 か り
切ってたから、逃げ道は塞いどく。
あーしは無言で紙コップに紅茶を注いで、ヒキオの前に置いた。
ヒキオの顔が超引きつってて笑える
﹁⋮⋮どうも﹂
えてきちゃったし。
引きつりながらもパンと紅茶を受け取るヒキオが、なんか可愛く思
!
そしてヒキオとあーしの、初めての二人きりの時間が静かに始まっ
た。
﹁⋮⋮﹂
﹁⋮⋮﹂
×
あーしさっきから結構緊張してんだから⋮⋮
てかあんなんと一緒にすんなし
﹁なんで頬膨らませてんだよ⋮⋮一色かよ﹂
べ、別に脹らませてないし⋮⋮
あーしが無言で睨んでると、ヒキオが根負けした。
﹂
﹂
?
!
﹁いやホント、君の睨みはぼっち程度なら簡単に殺せるんだからね
﹁⋮⋮あ
!
愕然とするヒキオ⋮⋮だってしょーがないじゃん⋮⋮こう見えて
﹁そんなん知んないし。つーか喋れ﹂
よ﹂
﹁おい、いきなりの無茶振りだな。三浦、ぼっちのコミュ力舐めんな
﹁ヒキオ。なんか面白いこと喋れし﹂
言の空気についに痺れを切らした。あーしが。
二人でもしゃもしゃとパンを食べ続けていたが、そんな気まずい無
言の空間が一際強調される。
クラス中が何事かと息を潜めている分、余計にヒキオとあーしの無
なんだしこれ⋮⋮こんな昼ごはん初めてだ。
無言⋮⋮
×
?
206
×
﹂
﹁ごめんなさい⋮⋮⋮⋮チッ、しゃーねぇなぁ。んじゃ質問だ。なん
で俺とメシ食ってんの
いきなりその質問
﹁別に⋮⋮なんとなく
﹁⋮⋮は
あーしだって良く分かってないし⋮⋮
﹂
誰がツッコミ役だし﹂
緒に居てやんなくていいのかよ﹂
﹁海老名さんのお仲間とか、なんか恐ええんだが⋮⋮ツッコミ役が一
卒業したら、ずっと一緒に居てあげられるワケじゃないし。
本当はあーしが海老名にそう言ったんだけど。
打ち解けた方がいいし﹂
とか放課後はあーしと一緒だから、昼くらいは新しいクラスメイトと
﹁あー、海老名な昼はクラスのお仲間と食べるんだってさ。休み時間
とか﹂
食うヤツ居んだろ。由比ヶ浜は⋮⋮まぁ雪ノ下とか⋮⋮海老名さん
﹁なんで疑問形なんだよ⋮⋮つうかお前なんていくらでも一緒にメシ
かしいんだけど⋮⋮
なんとなくでヒキオ分のパンとかコップまで用意してあるとかお
!
てるしな﹂
﹁いつもとか、なにあーしらの事いつも見てんの
﹁便所行くといつも廊下に居んだろうが⋮⋮﹂
の連中と食ってたろ
﹂
キモいんですけど﹂
﹁でも他にも居んだろメシ食うヤツなんて。昨日とかだって、クラス
そういえばヒキオがトイレ行く時、よくチラチラ見てんね。
?
ホントただ苛々するだけだし、あんな連中。いつも媚びるような偽
勝手に集まってきただけ﹂
﹁ああ⋮⋮別にあーしが一緒に食べたかったワケじゃないし。なんか
ま、こいつにも色々あんだろうし、それは聞かないけど。
んだろ。
他人がなにしてっか興味津々のくせに、なんで関わろうとはしない
ヒキオって、ホント良く見てるよね。
?
207
? !? ?
﹁ごめんなさい⋮⋮まぁ休み時間はいつも三人で廊下でくっちゃべっ
?
物の顔しかしない。
それに⋮⋮ヒキオの陰口ばっか言ってる連中と、今さら仲良くする
つもり無いっての。
﹁このクラスに、別に仲良くしたいヤツ居ないんだよねー。なーんか
気分悪いし﹂
﹁おいおいクラスの皆さんが聞いてるぞ⋮⋮﹂
﹁どうでもいいし。だからヒキオ、今日からはあーしの相手に決定ね﹂
﹁なんで俺なんだよ⋮⋮お前と二人でメシとか、目立ち過ぎちゃって
ぼっちには難易度高す⋮﹂
﹁何度も同じこと言わせんな⋮⋮﹂
ギロリと睨みを効かせると、やれやれと溜め息をつき一言。
﹁はいはい⋮⋮拒否権は無いんだろ。わーったよ⋮⋮でも面白い事は
喋れんからな﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮ど、努力しろしっ﹂
208
ヒキオがようやく二人の昼ごはんの了承をした途端、なんだか胸が
キュっとなってポカポカした。
になっ
なんかニヤけそうになっちゃったから、サンドイッチをかじって誤
魔化す。
も無くなったように思う。
そしてあーしがヒキオとグループを組んだ事により、ヒキオの陰口
でもまぁ、意外とそんな時間も悪く無いんだよね。
ぱり無言の時間が長かったりすっけどね。
ま、ヒキオは相変わらず面白いことなんてなんも言えないし、やっ
?
こうしてこの日からあーしとヒキオは、昼休み限定の友達
た。
×
×
あれから二週間。今では昼休みが結構楽しみになってる。
×
﹁∼∼∼♪﹂
あーしは自分の影響力ってのを結構理解してる。
影響力って言っても、別にあーしが何かするワケでも何かを求める
ワケでもない。
勝手に周りがあーしの顔色を伺って勝手に動くだけだし、今までは
さして興味も無かった。
でも〝それ〟が厳然と存在してる事は理解してたから、今回だけは
それを利用してやった。
別にヒキオが可哀想とかヒキオを助けたいとか、そんなん全然興味
ない。
ただあーしがムカついてたからやっただけだ。
﹁∼∼∼♪﹂
ま、裏では知んないし、なんならあーし含めて悪口言ってっかも知
んないけど、関わりあいの無い連中が裏でコソコソやってたとしても
209
どーでもいいしね。聞こえたらキレっけど。
﹁あー、そういや前に雪ノ下さんが言ってたっけなー﹂
あれは進路希望調査表の件で依頼に行った⋮⋮つうか雪ノ下さん
に喧嘩売りに行ったトキだっけ⋮⋮
﹃私は近しい人が理解してくれているならそれだけで構わないから﹄
⋮⋮成る程ね。こういう事なワケだ。
完成っと﹂
あの頃のあーしは、分かってるようで分かってなかったのかも知ん
ない。
﹁∼∼∼♪⋮⋮よしっ
へへっ。たまにはこういうのも悪く無いんじゃね
?
!
そしてあーしは用意したソレをしまい、登校の準備の為に自室へと
戻った。
×
×
四時限目のチャイムが鳴り響き、あーしはヒキオの席へと向かう。
×
﹁ヒキオ早く行くし﹂
﹁おう﹂
最近は空気が気持ちいいし、昼休みはヒキオ曰くベストプレイスと
やらで昼ごはんを取る事が多くなった。
始めはベストプレイスってなんだし︵笑︶くらいに思ってたんだけ
ど、購買の裏だし風が気持ち良いしで結構気に入ってんだよね。
ただ真冬も一人であそこで食ってたとか狂気の沙汰だけど。
ヒキオと並んでベストプレイスに向かう道すがら、隣のヒキオをチ
ラ見してふと笑ってしまった。
﹁⋮⋮あんだよ﹂
﹁いや、だって最初の頃は二人で購買行くのなんて超嫌がってたのに、
二週間もしたらアンタも慣れんだね﹂
﹁⋮⋮全然慣れてねぇから。毎日視線とか超痛いから⋮⋮お前が認め
てくれんなら超一人で行きたい﹂
ヒキオが隣に座ったのを見計らって、あーしは早起きして用意して
じゃ∼んっ
﹂
おいたモノを取り出した。
﹁へへっ
て⋮⋮え
なにそのキャラ﹂
?
驚くとこはソコじゃないっしょ﹂
﹁いや、じゃ∼んっ
そう。取り出したのはあーしが初めて作ったお弁当
!
あーしがギロリと睨み付けると慌てた様子で釈明する。
まったくコイツは⋮⋮
﹁⋮⋮は
!
!
!
?
210
そんなん認めないけどねー。
そんなくだらない雑談をしながら購買を〝通り過ぎる〟。
﹁おい三浦。購買行かないのかよ﹂
﹂と訝しむヒキオを無視していつもの場所へ。
﹁いーから。今日は用意してきてっし﹂
﹁は
そういや最初はここで隣に座るのも躊躇ってたっけなコイ
!
もちろん強制的に座らせたけど。
ツ。
ぷっ
階段の段差に座って、ヒキオが隣に座るのを待つ。
?
﹁いやいやちゃんと驚いてるから
﹂
⋮⋮え
三浦料理なんか出来たの
?
作ったじゃん
お、結構料理楽勝かもーってさ
﹂
!
だったろ⋮⋮って顔で見んのやめろし。殴るよ
﹂
!
﹁どう⋮⋮
﹂
﹂と首をかしげ、次はいい感じに歪んだ形
⋮⋮普通に旨いわ﹂
てかヒキオ早く感想言えしっ
いし
﹁⋮⋮あれ
そんなん当たり前っしょ
そうは言うけどなかなか嬉しいぞ
﹂
あーしが早起きしてわざわざ
!
これっ。ヤバいニヤけるっ
作ったんだから、美味しくないワケなくない
﹁⋮⋮ は
なんで最初の一口でなんも言わな
のミニハンバーグに箸を伸ばしてパクり。
?
!?
﹂
﹂
当たり前だし
﹁金取んの
﹁はぁ
お得っしょ
なんか⋮⋮⋮⋮いいな、こういうのも。
!
!?
!
むしろあーしの手作り弁当が五百円とか、超
﹁つうか普通にってなんだし普通にって⋮⋮あとで五百円ね﹂
がらヒキオに憎まれ口を叩きつけた。
あーしはニヤけを誤魔化すように自分の分のお弁当をパクつきな
!
!?
するとヒキオは﹁あれ
うわっ⋮⋮目が離せないっ⋮⋮結構緊張するもんなんだ、これ⋮⋮
一口⋮⋮
警戒しながらも、いい感じに焦げ目が付き過ぎた卵焼きをパクりと
﹁そ、そうか⋮⋮頂きます⋮⋮﹂
﹁たっ⋮⋮確かに見た目はまだアレだけど、味は保証すっし⋮⋮
そしてこの嘘をつけない顔が、弁当箱を開けて分かりやすく歪む。
だよねー。ムカつくけど。
ホンっトこいつの顔は嘘つけないから、なんだか一緒に居て楽なん
?
ヒ キ オ ⋮⋮ チ ョ コ 作 り ん ト キ ど う 見 て も 楽 勝 そ う じ ゃ な さ そ う
?
﹁最近ちょっとだけ始めてみたんだよねー。バレンタインの時チョコ
!
!
?
?
?
!
?
211
?
×
つうかコイツ油断しすぎじゃね
いやでも案外似合うかも
﹂
?
そうになった。
まだ時間て大丈夫か
危うく覗いてんのバレるとこだった
﹁くぁっ⋮⋮結構寝ちまったか
あっぶな
!
?
そんな想像しながら結構近くで見てたらヒキオが急に目を覚まし
!
眼鏡を掛けたヒキオを想像して、思わず吹き出しそうになった。
﹁⋮⋮今度、伊達眼鏡でも掛けさしてみっかな⋮⋮﹂
わロールがヒキオの顔に当たっちゃわないように気を付けながらね。
見るってか、結構近くで見ちゃってたりしてっけど⋮⋮自慢のゆるふ
最近はヒキオの寝顔を覗き見んのが日課になったりしてる。覗き
ね∼﹂
﹁やっぱ⋮⋮目ぇ瞑ってっと、ヒキオってまぁまぁイケメンなんだよ
な⋮⋮
ヒキオもあーしと同じように、この時間が結構安らいだりすんのか
?
てるヒキオの寝顔を見てたりする。
ヒキオが寝てる間はあーしはスマホ弄ったり、すぅすぅと寝息をた
感じ。
ヒキオは食べ終わると隣で横になる。最近の昼休みは大体こんな
×
超怒られたんだよね∼⋮⋮
それから若干監視の目が厳しいし⋮⋮
﹁うん。まだもうちょい時間ある﹂
﹁そっか﹂
ま、ヒキオとあーしはただの友達だし
くれたけど。
そんときもただの友達だからって何度も言ってようやく納得して
?
そういえばついこないだ、覗いてるトコ結衣に見つかって放課後に
!
212
×
友達⋮⋮⋮か。
そういえば、あーしとヒキオって友達⋮⋮なのかな
だって、コイツ普通に否定しそうだし
ん な ん だ ろ ⋮⋮ で も な ん か ち ょ っ と 聞 く の を 躊 躇 っ て た ん だ よ ね。
ホントは前からちょっと気になってた⋮⋮あーしとヒキオって、な
どっか行った事もない。
別に昼休み以外はほとんど喋んないし、もちろん放課後に一緒に
?
﹁ん
どうした
﹂
﹁あの⋮⋮さ、ヒキオ⋮⋮﹂
ううっ⋮⋮なんか顔が熱くなってきた⋮⋮
た⋮⋮
⋮⋮⋮⋮⋮⋮ で も 聞 く と な っ た ら 聞 く と な っ た で ⋮⋮ 緊 張 し て き
よし。せっかくだし、ちょっと聞いてみよう。
!
?
だ。
﹂
﹁⋮⋮⋮⋮あーしらってさ⋮⋮なに
﹁⋮⋮は
だから少しくらい表情隠せし
﹂
あーしは所在なげに震えてる手に、ギュっとスカートを握りこん
?
﹁⋮⋮⋮は
﹂
うん、なんだ。⋮⋮いや
に食う、クラスメイト⋮⋮
⋮⋮なんだ
⋮⋮昼飯を一緒
?
!
⋮⋮⋮⋮まぁいっか
し
﹁じゃあさ、ヒキオ﹂
だったらこっから始めればいいだけの話だ
悩んだ末の答えがソレか⋮⋮やっぱ友達でさえ無いんじゃん⋮⋮
?
﹁いや、だからさ⋮⋮あーしらって、どんな関係なんだろってさ﹂
あ、いや、ヒキオは隠さなくていいや⋮⋮
!
?
ガクンと肩が落ちるあーし⋮⋮
?
?
213
?
!
あーしはヒキオの目を真っ直ぐに見つめる。
﹁お、おう﹂
﹂
急にあーしに見つめられたもんだから、ヒキオはキモくキョドって
てなんか可愛いしっ。
﹁あーしらさ⋮⋮⋮⋮友達になんない
そう。あーしとヒキオは友達っ。まずそっから始めよう
まずは今っ
あーしはヒキオと友達になりたい
﹂
つも本物の顔が出来るように⋮⋮楽しければ心からの笑顔を、辛けれ
だからせめて思う。いつの日か隼人も、目の前のコイツみたいにい
となんだろう⋮⋮
そしてたぶん⋮⋮これからもそれはあーしには一生分からないこ
からない。なんにも分かってあげられない。
あーしはバカだから、隼人の悩みも隼人の苦しみも⋮⋮なんにも分
られるんだろうな⋮⋮って。
隼人も⋮⋮こんな風にいつも本物の顔が出来たら、もっと楽に生き
物の顔を見てると心から思う。
嘘も偽りもなんにもなく、心から嫌そうな顔を浮かべるヒキオの本
がたっぷり詰まった本物の顔。
嫌っそうに面倒くさそうに歪ませるそのムカつく顔は、本当の感情
﹁ですよねー⋮⋮﹂
﹁あると思うん
﹁ちなみに拒否権は⋮⋮﹂
する。
すると困惑気味の表情を浮かべるヒキオが、予想通りの言葉を口に
!
今後のことなんて知んないし先のことなんてどうだっていい。
!
?
ば心からの嫌そうな顔を気にせずに人に見せられる、そんな心安らげ
214
!
?
﹂
﹂
もうすぐGWじゃん。あーしら友達になったんだか
る人生を送れますように⋮⋮
﹁ねぇヒキオー
らどっか遊び行こうよ
﹁⋮⋮いや、GWはちょっと用事が⋮⋮アレがアレしてな⋮⋮
大体俺ら受験生だぞ。お前
?
﹂
﹁いやいや三浦さん
﹂
?
あーしとヒキオは友達だしっ
怒られんだろーなぁ。
まぁ別にいっか
!
あーしは心の底から嫌そうに顔を歪めるヒキオの脛をゲシゲシ蹴
!
GW、ヒキオと二人で遊びに行ったりなんかしたら、まーた結衣に
﹁了解しました⋮⋮﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮は
成績とか悪そうだし今が大事な⋮﹂
俺の話聞いてます
﹁オッケー暇って事ねー。んじゃあGWまでに何か色々考えとくしっ
?
!
!
りながら、来るべきGWへと心弾ませるのだったっ
終わり
!
215
?
!
またねー﹂
再会の約束はまたねとおよめさん
﹁ばいばいヒッキー
こんな風に次の再会を約束する挨拶を他人と
﹁さようなら、また来週﹂
﹁おう、またな﹂
いつからだろうか
普通に交わせるようになったのは。
少し前までの俺なら、とてもじゃないが想像出来なかった事だろう
な。
いまの俺には友達なんかでは無いにせよ、そんな関係性を持ててい
る連中が何人か居る。
たまにちょっとむず痒い事もあるが、そんなに悪くはねぇな。
﹁⋮⋮ごめん﹂
川越か。
駐輪場に向かっている俺を急に呼び止めたのは⋮⋮⋮⋮川、川⋮⋮
?
しかしなんだってそんなに真っ赤になってモジモジしてんだよ川
﹂
島。勘違いしちゃうだろうが⋮⋮
さーちゃん﹂
蹴るよ
?
﹁なんか用か
﹁さーちゃん言うな
﹁ごめんなさい﹂
ん
!
?
?
さーちゃん
さ
?
あ、川サキサキか。なんだよ川サキサキって。
?
216
!
?
そういった意味では、駐輪場に向かっている俺を目の前で止めよう
×
としているコイツも、そんな関係性の中に含まれているのだろうか
×
﹁うおっ⋮⋮ビックリしたー﹂
×
殴るよ
﹁で、なんだよサキサキ﹂
﹁サキサキ言うな
川崎が俺にお願い
﹂
﹂
?
くんないかな⋮⋮
﹂
?
﹁はーちゃんだー。はーちゃん
﹂
ローラ姫は連れて行って貰える
﹁あのさ⋮⋮明日の土曜日⋮⋮⋮⋮⋮一日だけ、けーちゃん預かって
川崎になんかお願いされるような間柄だったっけ
﹁は
﹁あの、さ⋮⋮その⋮⋮比企谷に⋮⋮お、お願いがあんだよね⋮⋮﹂
まで決して折れないのん
なにこれエンドレスな会話なの
?
?
?
!
×
やってきた。
?
﹃は
なんで
﹄
あの時の会話を思い出す。
どうしてこうなった
と言えば川崎からの依頼だからだな。
翌日、教えた住所に従って朝一で川崎がけーちゃんを連れて家に
﹁ひさしぶりー﹂
﹁おう、はーちゃんだぞ。久しぶりだなけーちゃん﹂
しと撫でる。
そんな愛いヤツなけーちゃんの頭を小町にしてやるばりにわしわ
の腰あたりにひしっとしがみ付いた。
玄関を開けた俺に気付いた川崎京華は、てけてけと走ってくると俺
!
×
﹃明日は暇だったからバイト入れといたんだけど、両親とも急に仕事
﹃お、おう﹄
⋮⋮﹄
⋮⋮あ、もうああいうんじゃなくて普通の昼間のバイトなんだけど
福じゃないからさ、あたし未だに時間ある時は極力バイト入れててさ
﹃ホントにごめん。他に頼れるヤツ居ないんだ⋮⋮ホラ、うちって裕
?
217
?
?
×
?
入っちゃってさ⋮⋮あたしもバイト断ろうかと思って連絡入れたら
もう無理って言われちゃって⋮⋮⋮⋮大志も卒業旅行行ってて、この
ままだと明日一日けーちゃん一人で留守番する事になっちゃって
⋮⋮﹄
﹄
﹃そうか。そういや小町も卒業旅行中だったな⋮⋮で、理由は分かっ
たがなんで俺なんだ
るから﹂
﹁おう﹂
﹁さーちゃんいってらっしゃーい
﹂
﹁うん。けーちゃん行ってくるね。いい子にしてるんだよ
﹂
﹁⋮⋮ありがと。じゃああたしもう行かなきゃ。夜までには帰ってく
﹁昼飯代くらい気にすんな。ちゃんと食わせとく﹂
か頼んでくれれば後で払うから⋮⋮﹂
これで遊ばせといてあげて。あとお昼は悪いんだけどなんか出前と
﹁比企谷、コレ。けーちゃんのお気に入りの絵本とお絵描きセット。
おお⋮⋮さすが子供だな。なんでも歌の材料になっちまう。
﹁きょーうははーちゃんっとおっるすばん∼♪﹂
からな﹂
﹁まぁ気にすんな。俺もけーちゃん一人で留守番させんのは忍びない
﹁比企谷⋮⋮今日はホントごめん﹂
うな
てか卒業旅行って、まさかうちの天使と毒虫一緒に行ってねぇだろ
に断れなくなっちまったわけだ。
心配する泣きそうな顔とけーちゃんの笑顔を思いだしちまって、断る
普通ならもちろんお断りを入れる所なのだが、川崎のけーちゃんを
てけーちゃん任せられんの⋮⋮アンタだけなんだ⋮⋮﹄
﹃けーちゃんがあんなに懐いてんのアンタだけだし、その⋮⋮安心し
?
く撫でる。
川崎は普段では想像出来ない程の優しい笑顔でけーちゃんを優し
?
!
218
!?
けーちゃんいいこにしてるー﹂
こいつホントにシスコンだな。
﹁うん
×
へと退散しているようだ。
﹁けーちゃん、なんかするか
り出す。
﹁ほい。炬燵に入りながら書くか
けーちゃんおこたでおえかきするー﹂
?
お守りを依頼されたが案外楽なのかもな。
﹁はーちゃんうごいちゃだめー
﹂
よし、ひとまず本でも取ってくっかと立ち上がろうとすると⋮⋮
いっぽいな。
どうやらお絵描きしてるのをたまに見ながら本でも読んでりゃい
あれ
タッチでお絵描きを始めた。
早速スケッチブックを開き、下書き無しでいきなりクレヨンで大胆な
けーちゃんは俺から受け取ったお絵描きセットを炬燵に広げると
﹁うん
﹂
ならばと、先ほど川崎から預かったバッグからお絵描きセットを取
絵を自慢されたっけな。
お絵描きか。そういやけーちゃんと初めて会った保育園で、自作の
!
?
﹁けーちゃんおえかきしたーい
﹂
テレビでも付けるか﹂
ちなみにカマクラは異常な気配を察知したのか、早々に小町の部屋
へと一直線。
とりあえずけーちゃんをリビングに案内すると、けーちゃんは炬燵
だよな⋮⋮
ルだが、ここまで小さい子相手だと、どう接していいか分かんねぇん
小町のおかげで年下の扱いとお兄ちゃんスキルはかなりハイレベ
とはいえ、一体なにしたらいいのか全然分からん。
×
こうして俺とけーちゃんの、二人のお留守番な一日が始まった。
!
!
?
!
219
×
俺いつの間にモデルになってたのん
と、けーちゃんにメッとされた。
あっれー
?
わりを入れる。
﹁ちょっと本取ってきてもいいか
﹁うごいちゃだめー﹂
?
くけーちゃんがむふーっと満足気に。
けーちゃんじょうずにかけたー
んでー、こっちがさーちゃんな
!
そして完成した作品を誇らしげに見せてくれた。
﹁は ー ち ゃ ん は ー ち ゃ ん
はーちゃんでー、これがけーちゃん
﹂
!
!
かみのある素敵な絵だった。
すごい
﹂
いやでもモデルの意味なくね
﹁けーちゃんすごい
?
﹁おう。けーちゃんは天才だな
﹂
!
生徒会長に爪の垢飲ませ
すごいぞー
するとエヘヘ∼と抱き付いてきた。
なにこの純粋すぎて可愛すぎる生き物
てあげてっ
﹂
ありがとな、けーちゃん﹂
﹁これはーちゃんにあげるー
﹁マジで
!
ニコニコしていた。
また頭を撫でてやると、けーちゃんは嬉しそうに気持ちよさそうに
!
!
俺の前でエヘンと胸を張るけーちゃんの頭を優しく撫でてやる。
?
?
場︶の下で笑顔で万歳しているという、芸術が爆発寸前のなんとも温
が、左側に川崎らしきアメーバが、太陽らしき色合いの地図記号︵工
真ん中に俺とおぼしき物体。その右側にはけーちゃんらしき物体
人ほど追加されていた。
けーちゃんの芸術作品は、ずっと動けずにいたモデルの俺の他に二
の
これが
結局それからたっぷり一時間ほどモデル業を営んでいると、ようや
アーティストは無情でした。
﹂
まぁモデルとは言え本読んでりゃ終わんだろ、とけーちゃんにお断
?
!
これは本当に宝物だな。
!?
220
!
×
すいたー
﹁わかったー
﹂
?
けーちゃんおなかすいたー
けーちゃんまってる
﹂
!
テレレッテッテッテッテっ
とキューピー的なBGMを頭の中で
今日はけーちゃんにうなぎを食わせてやろう。
けーちゃんは確かうなぎが好きだったからな。
﹁うなぎー﹂
リと一言。
ろしく高々とその材料を掲げて、テッテレーと脳内効果音と共にボソ
俺は冷蔵庫からその材料を取り出すと、青色のタヌキ型ロボットよ
だ。
実は昨日の帰り道、けーちゃんの為に昼飯の材料を買って置いたの
いて、俺はキッチンへと向かった。
どうやらいい子で待っててくれそうなけーちゃんをリビングに置
!
﹁よし。じゃあはーちゃんご飯作ってくるから、ちょっと待っててな﹂
!
﹁けーちゃん、そろそろお腹空かないか
﹁っ
!
どうやら腹が減った事を自覚したらしい。
﹂
それからしばらく遊んでいたが、時計を見て思い出した。
×
スーパーで買ってくるような安いうなぎは小骨が多く子供が食べ
風の完成だ。
めただけのモノだが、その出汁を急須に入れとけば、簡単ひつまぶし
後は出汁⋮⋮まぁ出汁と言ってもめんつゆを良い塩梅に薄めて温
す。
り刻んで乗せて、さらに上からタレを掛けた後に刻んだ海苔を散ら
タレを混ぜといたご飯に錦糸卵を敷き、温まったうなぎを細かく切
温めている間に錦糸卵を焼き海苔も刻んでおく。
入。こうすると柔らかくふっくらと温まるのだ。
まずこのうなぎ。酒を軽く振り掛け、アルミで包んでグリルへ投
流しながら八幡クッキング∼を始めるとしよう。
!
221
×
!!
るにはかなり気になるから、こうやって小骨を断ち切って出せるひつ
まぶしはうなぎ好きな子供には最適だ。ちらし寿司では無いから普
通錦糸卵は使わないが、彩りと子供の好みとして今日は入れといた。
﹁けーちゃん、ご飯出来たぞー﹂
これはーちゃんが作ったのー
﹂
するとけーちゃんはてけてけ走ってきて、目をキラキラと輝かせ
た。
﹁うなぎー
﹁はーちゃんすごーい
﹂
まぁほぼ出来合いの物を温めて刻んだだけだけどな。
な﹂
﹁そうだぞー。はーちゃんが作ったんだぞー。さっきの絵のお返しだ
?
いる。
さすが川崎だな。こういう所はちゃんと教えてんだな。
それではおあがりよっ
﹁どうだ
うまいか
﹂
﹂
まえにたべたうなぎとちがーう﹂
けーちゃんは夢中でもしゃもしゃとひつまぶしを喰らう
!
はーちゃんすごーい
!
けーちゃんはちっちゃい手を一生懸命合わせていただきますをして
い つ も は 小 町 と し て る い た だ き ま す だ が 今 日 は け ー ち ゃ ん と だ。
﹁いただきまーす﹂
﹁じゃあけーちゃん食べるぞー。いただきます﹂
まぁこんなに喜んでくれんならそれでもいいか。
!
﹁これはひつまぶしって言うんだぞ
﹁うまーい
?
ひまつぶしひまつぶしー♪﹂
?
おそまつっ
んを見て、思わず微笑んでしまった。
またちっちゃい手を一生懸命合わせてペコリとしているけーちゃ
﹁ごちそーさまでした﹂
!
見事に完食したみたいだ。
ひつまぶしを語る上でのお約束もしっかりと済ませ、けーちゃんは
﹁ひまつぶしー
?
!
?
222
!
!
×
﹂
?
﹂
?
とも思ったのだが、
?
×
うことなくソファーに横になった⋮⋮⋮⋮
段なら得られない安らぎの時間に包まれてしまい、そのまま睡魔に抗
だが、俺も腹一杯なのに加えてけーちゃんの体温の温かさ、そして普
完全に眠りについたらベッドに運んでやるか⋮⋮と思っていたの
これたぶん本とか関係なく一瞬で寝るんだろうな。
漕ぎだした。
絵本を読み始めてほんの数分で、けーちゃんはコクリコクリと船を
けもなく、そのまま絵本を読んでやる事にした。
まぁお姫様がこれをご所望とあれば家信の俺がとやかく言えるわ
ポリと収まって絵本を読んでもらう形が気に入ったみたいだ。
どうやら俺がソファーの上で胡坐をかき、そこにけーちゃんがスッ
けーちゃんはどうやらここでいいらしい。
だったらベッドに持ってった方がいいのでは
そういや子供って本を読み聞かせて寝かすもんなんだっけか。
﹁はーちゃん、ごほんよんで
ら絵本を持って、ソファーに座る俺の膝にチョコンと乗ってきた。
そう訊ねると目を擦りながらも、けーちゃんはトコトコとバッグか
﹁けーちゃん、お昼寝するか
ああ、これはアレだ。お腹一杯でおねむってヤツだな。
いた。
どうしたもんかとけーちゃんに目をやると、なんか目がトロンとして
食器をシンクに片付けて︵こうしとけば後で洗うだろう。親父が︶、
またお絵描きだろうか
さて、昼飯も終わった事だし、後は何すりゃいいんだ
×
×
223
?
?
×
×
ピンポーンと呼び鈴の音に目を覚ます。気が付けば辺りが薄暗く
っと起きようとすると、俺の胸ではけーちゃんがひしっと
なっていた。
やべっ
か⋮⋮てかコレ人に見られたら警察のご厄介になっちゃうんじゃね
おいおい⋮⋮お守り頼まれたのに、一緒に寝ちゃっただけじゃねぇ
抱き付いたままスヤスヤと安らかな寝息を立てていた。
!
なんだ川崎か
聞こえた気がした。
﹁うおっ
﹂と寝呆けまなこなお姫様が目を擦りながらもようや
?
﹂
アンタ早く出てきてよ
配になんじゃん⋮⋮
なんかあったのかと思って心
!
ようとしないでね
たけーちゃんを連れて川崎の元へ。
絵描きセットをカバンにしまっていると、ようやく完全に目を覚まし
とりあえず川崎を玄関に残してけーちゃんを呼びに行き、絵本やお
?
心配なのは分かりますけど、恥ずかしそうに人んちの玄関を破壊し
﹁そ、そっか⋮⋮ならしょうがないね﹂
﹁わりー、つい二人して寝ちまってたわ﹂
!
﹁ひ、比企谷
蹴破ろうとする態勢だった。あっぶねーなコイツ⋮⋮
ドアをガチャリと開けると心配そうな顔した川崎が、今にもドアを
れる前に川崎の元へと急ぐ。
まだボーっとしてるけーちゃんをソファーに残して、ドアが蹴破ら
くお目覚めのご様子。
と、
﹁んー⋮⋮
俺の胸に顔を埋めて眠るけーちゃんの頭をポンポンと優しく叩く
﹁けーちゃん起きろー。さーちゃんが帰ってきたみたいだぞ﹂
心配なのは分かるが、ドアが吹き飛びそうだ
!
からやめてっ
!
!
あのシスコンさんめ
﹂
すると呼び鈴からドアをダンダン叩く音に変わり﹁ひきがやー﹂と
か
それにしてもピンポンピンポンうるっせぇな。セールスかなんか
?
!
!
224
?
﹁さーちゃんおかえりー﹂
はーちゃんとおえかきし
川崎の姿を確認するや否や、てけてけと姉のもとへと駆け寄るけー
ちゃん。
﹂
どうやら本日の依頼は無事に終了だな。
いい子にしてた
けーちゃんいいこにしてたよー
﹁ただいまけーちゃん
﹁うんっ
!?
したのー﹂
いやいや京華さん
やばい殺される
よしっ、帰ろっか﹂
!
﹂
﹂
ダメでしょけーちゃん
⋮⋮えー⋮⋮
﹂
﹁ちょっ
から
はーちゃ⋮⋮⋮比企谷が困ってる
なんかすごい懐かれてしまってるんですけど⋮⋮
﹁け ー ち ゃ ん か え り た く な い ⋮⋮ は ー ち ゃ ん と い っ し ょ が い い ⋮⋮
俺が困惑していると、けーちゃんが泣きそうな顔で一言。
﹁えっと⋮⋮﹂
かってきて、腰のあたりにひしっと抱き付く。
どうしたのかと思って見ていると、けーちゃんはてけてけと俺に向
いるのだが、なぜかけーちゃんはむーっと不満顔だ。
シスコン川崎が母性溢れる笑顔でけーちゃんの頭を優しく撫でて
﹁そっか。良かったねー、けーちゃん
﹁おう、気にすんな。俺もけーちゃんのおかげで中々楽しめたしな﹂
!
らあんまり言わないでね
﹂
すると川崎は訝しげな表情を浮かべる
﹁ひまつぶし⋮⋮
!
?
一緒に寝たとか言われちゃうと通報モノだか
たりはーちゃんとひまつぶししたりはーちゃんといっしょにねたり
!
!
?
ああ、気になったのがそっちで良かったです。
?
×
﹁比企谷⋮⋮今日はホントにありがと。助かった﹂
×
﹁やだーっ
!
225
!
×
!?
!
!
?
!
結局そのまま泣き出してしまったけーちゃんを川崎が必死で宥め、
なんとか帰る事を納得させた。
それでもまだまだ渋るけーちゃんを見て、俺はなんだか胸が熱く
なってきてしまう。こんなにも純粋でこんなにもいい子が、俺なんか
にこんなにも懐いてくれるなんてな。
だから俺は、けーちゃんの頭をわしわし撫でて、再開を約束するあ
の言葉を言ってやった。
﹁けーちゃん、またな﹂
﹂
するとけーちゃんは潤んだ瞳を俺に真っ直ぐ向けてくる。
﹁またあえる
はーちゃんとまたあうー
﹂
!
!
﹁けーちゃんねーけーちゃんねー
﹂
なに言ってますのん
およめさんになるー
へ
おっきくなったら、はーちゃんの
いもよらぬ再開の約束の言葉が投げ掛けられた。
俺と川崎がやれやれと苦笑いを浮かべていると、けーちゃんから思
ふぅ⋮⋮ようやく一段落だな。
﹁うん
するとにこぱーっと笑顔の花が咲く。
﹁おう。また会えるぞ﹂
?
アンタけーちゃんになにしたぁ∼⋮⋮
﹂
!?
が真っ赤な般若になっていた⋮⋮
﹁ひ、比企谷∼っ
﹁なんもしてねぇわ
!
﹁ほんっといい絵だな﹂
宝物を見ていた。
れた我が家のソファーで、俺はニヤニヤと先ほど手に入れたばかりの
その後荒らぶるシスコンになんとかお帰り願い、ようやく静寂が訪
﹂
ふと殺気を感じてしまい、恐る恐るそちらへ目をやると、シスコン
?
!
!
226
!
?
﹃またね﹄
再会を約束するその言葉はとても優しくとても甘美な響きだ。
仮にその約束が果たされなくとも、
﹃またね﹄と言われたその瞬間は
しかもまたねどころか、再会の最上級の約束までされちまっ
どうしようもなく優しい気持ちになれる。
ぷっ
た
あ、およめさんの約束の方はノーカンでオナシャス。
にもなく思うのだった。
た﹃またね﹄との再会の約束がちゃんと果たされるといいな⋮⋮と、柄
俺はけーちゃんから貰ったこの宝物を眺めながら、先ほど交わされ
!
終わり
227
!
深い腐海に身を委ね
﹁⋮⋮おーっ﹂
俺は改札を出て見渡す景色に思わず感嘆の声をあげる。
所狭しと立ち並ぶビル群。行き交う人並み。そして行き交うメイ
ドさん。
そう。俺は普段なら地元の書店で済ますものの、以前から本日発売
のラノベの店舗特典が気になっていた為、何年ぶりに来たか分からな
い秋葉原に来ていた。
患っていた頃はたまに来てたんだが、最近はすっかりご無沙汰だ。
まぁ別にわざわざアキバまで来なくてもなんとかならなくはない
のだが、せっかくだしたまにはこういうのもいいかなと。
視線を向けると、そこには白いワンピースに空色のサマーカーディガ
ン、カンカン帽姿の美少女が立っていた。
すっごい偶然だねー﹂
そのどこぞの上品なお嬢様然とした美少女は赤いフレームの眼鏡
を光らせる。
いやぁヒキタニくん
﹁⋮⋮⋮⋮あ﹂
﹁はろはろー
!
くっ⋮⋮まさかアキバに来て知り合いに遭遇するとは⋮⋮しかも
!
228
未だどこの店舗特典がいいか悩んでいた俺は、電気街口から一番近
いゲマから攻めて、とらやメイトを巡りながら気が向いた店で購入し
ようと考えていた俺は、さっそくゲマに向かう。
取り敢えずゲマでは一旦保留にし、ゲマを出て中央通りを歩いてい
ヒキタニくんじゃん﹂
た時、不意に声は掛けられた。
﹁あれ
×
×
!?
向かいから掛けられたそのうっすらと聞き覚えのある声の方へと
×
その知り合いが、よりにもよって腐界に堕ちたお嬢様⋮⋮だと
﹁⋮⋮お、おう⋮⋮海老名さんか⋮⋮じゃ﹂
﹂
でもそのやさぐれた所がまた⋮⋮ぐ腐っ。あ
ば隼人くんは
うのにー
そういえ
﹁ヒキタニくんつれないなー。せっかくこんな所で偶然会えたってい
た。
⋮⋮⋮⋮ が、や は り 問 屋 は 卸 さ な い。あ っ さ り と 捕 ま っ て し ま っ
俺は流れるような動作で右手を上げると静かにその場を離れた。
?
やめてもらえませんかね⋮⋮って、あれ
﹂
﹁何気なく俺と葉山が休日を一緒に過ごしてる前提で話を進めるのは
!
マジで
デートとかなの
この人、彼氏とか居たのかよ
せっかくのアキバデートを邪魔するほど俺も無粋では無い。
それじゃと喜び勇んでその場を離れた。
?
ちなみに無限ループではないはず。
そういうんじゃ無いからね
!
かおうと思ったら偶然改札で会ってね﹂
ほーん。オフ会、ねぇ。
オ、オフ会だと⋮⋮
この男、え
ふ、腐界
?
!
海老名さん参加のオフ会って事は、え
?
?
とオフ会があってね。この人はオフ会の人なんだよ。集合場所に向
﹁ちょっとヒキタニくん
今日はちょっ
⋮⋮⋮が、やはり問屋は卸さない。あっさりと捕まってしまった。
!?
なんと海老名さんの隣には見知らぬ男が一人、俺を邪魔そうに見て
居たのは海老名さんだけではなかった。
腐海の姫に気を取られすぎていて気が付かなかったのだが、ここに
?
﹁⋮⋮あー、なんだ。なんか俺ジャマみたいだからもう行くわ﹂
?
いたのだ。
は
?
⋮⋮⋮⋮いやちょっと待て
え
の住人⋮⋮
?
229
?
!
⋮⋮戸部、強く生きろよ。
?
?
やばいやばいやばい
怖を感じているッ
逃げなければ
!
恐い恐い恐い
!
たぶん俺は人生で一番の恐
!
⋮⋮ぐ腐腐っ﹂
﹁なんなら今度一緒にそっち行く
?
﹂
?
だした。
﹁え
なにがー
﹂
?
﹂
そして俺は海老名さんに背を向けて手をひらひらさせながら歩き
﹁そんじゃ﹂
﹁そだねー。じゃあお別れにしようかな
さっきからこの男の視線が痛てぇんだよ⋮⋮
﹁ま、どっちにしろ俺はお邪魔だろうし、そろそろ行くわ﹂
び上がってこれなくなっちゃいますよ︵白目︶
こんなんが大量に発生してる腐海にダイブしたら八幡溺れて浮か
﹁いや、勘弁してください﹂
ヒキタニくん絶対モテモテだよー
胸を撫で下ろそうと油断した途端⋮⋮
いやマジで一瞬だけ死︵男としての︶の覚悟を決めちゃったよ。
﹁そ、そうなんだ⋮⋮﹂
ら。そっち方面の集まりだったら大概池袋で集まるんだよ﹂
﹁ヒキタニくん大丈夫だよー。今日のオフ会はノーマルな集まりだか
手だった。
と諦めかけたのだが、掴まれてる手は男の手ではなく海老名さんの
ああ⋮⋮せめて相手が戸塚だったのなら⋮⋮
てしまった。
固い決意ですぐさま逃げ出そうとした俺の手首をガッシリ掴まれ
!!
×
﹁えっと⋮⋮なんで
×
じゃねぇだろ⋮⋮オフ会行くんじゃねぇのかよ
⋮⋮なんであっちに別れを告げてこっちに付いてくんだよ⋮⋮
230
!
いやいやなにが
?
?
?
×
とか言うから、普通に俺と別れてオフ
﹁だって、オフ会行くよりヒキタニくんと遊ぶほうが楽しそうなんだ
もーん﹂
いや心読むなよ⋮⋮
そう。お別れにしようかな
会に向かうのかと思ったら、なぜか海老名さんはオフ会メンバーの男
に別れを告げて俺に付いてきてしまったのだ。
﹁いやいや、オフ会行かなくてもいいのかよ﹂
﹂
﹁大丈夫大丈夫。もう何回か集まってる会だし、そっちよりもあり得
ない場所で偶然会ったクラスメイトの方がよっぽど重要でしょ
﹁待ってよヒキタニくん。ま、確かにキミの想像通りではあるんだけ
しかし話は付いたはずのお腐れ様から声が掛かった。
俺はくるりと踵を返し海老名さんに背を向けた。
﹁じゃあまぁそういう事で﹂
きますかね。
おーこわ⋮⋮んじゃまぁ話も付いた事だし、とっとと新刊買いに行
を見るかぎりは中々に腐った目をしていたんだろう。
眼鏡が反射していて海老名さんのその目元は見えなかったが、口元
﹁⋮⋮⋮⋮へぇ。やっぱりヒキタニくんは面白いねー⋮⋮﹂
たま会った俺を利用したってこった。
そのちょっとずつ距離を縮めて行こうって魂胆が気に食わず、たま
のを偶然を装って待っていたってとこだろうな。
さっきの男は以前から海老名さん狙いで、改札で海老名さんが来る
だろう。
たまたま改札で会ったから一緒に現場に向かおうって話も大方嘘
の人は。
偶然会った事を理由としてさっきの男から離れたかったワケだ、こ
つまりはそういう事だ。
したろ。それじゃあな﹂
﹁さいですか。まぁもう偶然会ったクラスメイトの役割は十分に果た
ったく⋮⋮よく言うぜ。本当の狙いはそこには無いくせによ。
!
どさ、でもやっぱりせっかくこんな所で偶然会えたんだから一緒に遊
231
?
﹂
﹂
なんで俺が海老名さんと一緒に遊ばにゃならんの
ばない
は
﹁だが断る⋮⋮ってちょっと
?
?
なにを
﹂
﹂
バッチリ写っちゃったねー。どうするー
れともこの写メ送信しちゃう
このままデートする
そ
?
﹂
﹁もっちろーん
さっき言わなかったっけ
﹁あんたなにが目的だよ⋮⋮﹂
﹁あれ
?
子も無く、純粋で素敵な笑顔だった。
そう言う海老名さんの笑顔は、いつものどす黒いなにかを孕んだ様
んだもんっ﹂
ヒキタニくんと遊ぶの楽しそうな
そういう感じかなー﹂
﹁くっ⋮⋮こ、このままデートすりゃ、その写真は消去すんだろな⋮⋮
室ではどんな風に責められるのかなー﹂
﹁そうだよねー、別になんの問題もない〝かもね〟。腐腐⋮⋮あの部
﹁⋮⋮いや、別にやましい事があるわけでもねぇし⋮⋮﹂
誰に送信するとか言わない所がマジで恐い⋮⋮なんだこの女⋮⋮
?
?
﹁ふふっ⋮⋮恋人繋ぎでアキバデートする私とヒキタニくんの様子が
の微笑みを浮かべて俺に選択を迫ってきた。
すると海老名さんは一色みたいな小悪魔なんてもんじゃない、悪魔
名さんと俺がバッチリ写り込んでいた⋮⋮
海老名さんのスマホには、薄っすらと頬を染め恋人繋ぎをする海老
慌てて繋がれた手を振りほどきはしたものの時すでに遅し。
﹁なっ
もちろん二人の顔が思いっきり写り込むように。
たのだ。
掲げると、この腐海の姫はその様子を自分のスマホで自撮りしやがっ
りは恋人繋ぎってヤツか⋮⋮その繋がれた手を二人の顔の近くまで
なんと背を向けた俺の左手に自らの右手を絡ませて来て⋮⋮つま
あまりにも流れるような動作過ぎて俺は固まってしまった。
!?
?
!
?
232
?
!
?
×
海老名さん
なんで手ぇ繋ぐ必要あんの
ていた。恋人繋ぎで⋮⋮
﹃ちょ
!?
いんだし、思いっきりラブラブデートしちゃおうよ。⋮⋮アレ
お願い聞いてくれないのかなー﹄
私の
せっかくなんだし。どうせ誰にも見られる心配も無
?
なぜここまでしてデートを強
そんな羨ましいとか羨望とか言う、ぐぬぬな世界と
は違うのだよこの状況
!
そこに海老名さんにはなんの利益があるのか
まずこいつの目的が全く分からん
要するのか
?
!
!
だが違うのだ
望の眼差しで見られるに違いない。
そんな女の子とアキバで手ぇ繋いでデートしてりゃ、間違いなく羨
なにせ海老名さんは中身を除外すれば小柄で清楚系な知的美少女。
はたから見れば羨ましい事この上ないのだろう。
のだ⋮⋮
と、渋々デートを受諾した次の瞬間には手繋ぎデートを強要された
?
﹃いーじゃーん
﹄
た俺は、さっきから各オタショップのBLコーナーをハシゴさせられ
海老名さんと不本意ながらアキバデートすることになってしまっ
結果から言うと後悔している。
×
!
!
﹁キマシタワー
ブハァっ
﹂
!
人繋ぎをする俺。
奇声をあげて鼻血を吹き上げる清楚系美少女にティッシュを渡す恋
BLコーナーで同人誌やPCゲームのパッケージを手に取る度に
﹁ありがとー﹂
﹁⋮⋮海老名さん鼻血拭け⋮⋮﹂
!
周りの視線が好奇から奇異に変わんだよ、さっきから⋮⋮
なんで二人でBL祭りなんだよ。
そしてなんでこんな清楚系美少女と恋人繋ぎでデートしてるのに、
ん⋮⋮
普段から頭おかしい海老名さんだけど、今日はホントに意味分から
?
233
×
なんだこれ
まじヤバくね
なにがヤバいってまじヤバい。
?
こんな時に想うのはあのお方の偉大さだな。
そんな危険な状況に慣れてきてしまっている俺がヤバい。
?
⋮⋮三浦、お前毎日毎日マジですげぇよ⋮⋮
×
⋮⋮くっ⋮⋮ハチマンなんだか悔しいっ
バデートは俺に取ってかなり楽しい1日となってしまった。
そんなこんなで、意外にも⋮⋮本当に意外にも、腐海の姫とのアキ
たが⋮⋮
その代わりと、その後に連れてかれたBLバーとやらでは地獄を見
もした。
と言った時なんかは、なんと海老名さんも進んでついてきてくれたり
実はラーメン激戦区のアキバで、前から行ってみたかった店がある
き出しつつ語る海老名さんに引いていたのだが⋮⋮
ま、次の瞬間には俺の好きなキャラ同士のカップリングを鼻血を吹
と目が合ってしまった時はちょっとだけドキッとしてしまったり。
そしてそんな俺を嬉しげで優しげな眼差しで見ていた海老名さん
奮してしまったりした。
店では、
﹁おお⋮⋮すげぇ⋮⋮﹂なんて、恥ずかしながら声をあげて興
好きなアニメやゲームのキャラのフィギュアなんかを売っている
いが中々に楽しく思えてしまった。もちろんBL系以外限定だが。
味はないのだが、今日海老名さんに連れ回されたショップ巡りは悔し
普通より好きなくらいで、特にオタクという程にサブカルチャーに興
中学の患ってる頃の俺とは違い、今の俺はちょっと漫画やラノベが
結局その後も至るところに連れ回された。
×
そして現在は帰りの電車内。
!
234
×
なんか知んないがデートが終わる頃にはお互いに手を繋いで歩い
ているのが自然だと思える程に感じてしまっていて、帰りの車中でも
今日はありがとねー。ホントに楽しかった
気が付いたら手を繋いでしまっていた。
﹁いやー、ヒキタニくん
よ﹂
﹁あ、や、その⋮⋮なんだ。なんか俺も意外と楽しんでたわ⋮⋮﹂
なんだか照れ臭すぎる⋮⋮俺は照れ隠しに頭をガシガシと掻く。
まさか海老名さん相手にこんなんなるとはな⋮⋮
﹁⋮⋮そっか。それは良かったよ。ぐ腐腐っ⋮⋮今日は嫌がるヘタレ
受けなヒキタニくんを脅して強引に攻めた甲斐があったねー﹂
清楚系腐女子の悪魔のようなその台詞とは裏腹に、その表情は本当
あぶねぇ⋮⋮見惚れてる場合じゃねぇだろ
危うく忘れ
ににこやかな笑顔で、思わず見惚れてしまいそうになった。
うおっ
⋮⋮約束だもんね。〝このデータは〟
あの写メ、ちゃんと消してくれよ﹂
るとこだったわ。
﹁てかアレだ
消してあげるねー﹂
!
メが写し出されていた。
そしてちゃんと俺の見ている目の前で、その危険な写メを削除し
た。
っと。⋮⋮じゃあそろそろ私降りるころだね﹂
海老名さんの先ほどのセリフのイントネーションが若干気になっ
たのだが⋮⋮
﹁これでよしっ
﹁そうだな﹂
いる自分が居る⋮⋮
ただなぜだろうか
なんだか少しだけ名残惜しく思えてしまって
これで今日の不可思議な一日も終了するわけだ。
あと一つか二つくらいか。
以前ディスティニーの帰りに海老名さんが降りていった駅までは
!
?
235
!
﹁もちろん。ホラこれでしょ
!
海老名さんがバッグから取り出したスマホには、先ほどの危険な写
?
!
ハッ、くだらない。俺はこの期に及んでまだ勘違いを繰り返すの
か。
こんなのはただ意外と楽しめてしまった今日に勘違いしてしまっ
ているに過ぎない。
意外と自然に手を繋げてしまっている今日に勘違いしてしまって
いるに過ぎないのだ。
結局最後まで海老名さんの目的も分からないままだというのに。
﹂
危うく思考の迷宮にハマり掛けていた時、不意に声が掛けられた。
なんの話だ
﹁⋮⋮あのさ、比企谷くん。私が前に言った事って⋮⋮覚えてる
前に言った事
?
そう言う海老名さんの目はもう笑ってはいない。
ドキしちゃったんだよねー。どーしてくれんのかなー﹂
﹁京都での告白さ、嘘告白だって分かってたのに、結構⋮⋮かなりドキ
﹁な、なに言って⋮﹂
うまく付き合えるとは思えない⋮⋮かな﹂
﹁あれ⋮⋮意外と本気なんだよねー⋮⋮ていうか、比企谷くん以外と
それほどに、この空気感がなんだか重い⋮⋮
つい声が上滑ってしまった。
﹁急になに言いだしてんだよ⋮⋮﹂
かんだ。
その瞬間、俺の脳裏には京都駅の屋上での光景がハッキリと思い浮
な瞳を向けてきていた。
そんなセリフを放つ海老名さんは、いつの間にか頬を染めて艶やか
﹁ヒキタニくんとならうまく付き合えるかもね⋮⋮って﹂
ついての違和感にはまだ気付かない。
不意に声を掛けられた事。不意に投げ掛けられた質問に、呼び名に
?
⋮⋮そんな事ないんだよ。趣味と恋は全然別モノ。あの
﹁比 企 谷 く ん は さ、腐 女 子 は 男 の 子 と の 恋 と か 大 し て 興 味 な い と か
思ってる
236
?
嘘告白で、初めて知っちゃった﹂
?
ノ ド が カ ラ カ ラ に な る。嘘 だ ろ
⋮⋮
まさかこんな事になるなんて
﹁い、いやだって海老名さん、あんとき誰も理解出来ないし、理解され
たくもないって⋮⋮﹂
﹁そ、私腐ってるから。でも、比企谷くんになら、理解されてもいいか
ななんて考えちゃってんだよね、最近。私こんなに腐ってるのに、今
日アキバで偶然比企谷くんと会って、柄にもなく運命的だなぁ⋮⋮な
んて乙女思考が頭を過っちゃったんだよ。だから脅してデートして
みたんだよねー⋮⋮⋮ホントに⋮⋮楽しかった⋮⋮﹂
俺はすでになんと答えていいのか分からずに固まっていた。
そして海老名さんの最寄り駅に到着しようかという頃、彼女は立ち
上がり正面に立つと、まっすぐに俺を見つめた。
その瞳は深く深く仄暗く、一切の光彩も放ってはいない⋮⋮
海老名さんはそんな深く暗い海の底に沈み込むような瞳を向けて
薄く笑う。
⋮⋮⋮⋮今までこんな経験
﹁⋮⋮ねぇ、比企谷くん。私さ、結衣を裏切りたく無いんだ。⋮⋮だか
らさ、これ以上私を本気にさせないでね
﹁病んじゃうよ⋮⋮
﹂
そして、そっと囁いた⋮⋮
⋮⋮⋮⋮﹂
な い け ど な ぜ だ か 分 か る ん だ ー。⋮⋮ た ぶ ん 私、本 気 で デ レ た ら
?
背筋がゾワリと凍え、全身が総毛立つ微笑を残して⋮⋮
扉が閉まり電車が動き出す。
怖くて視線をやれずに居たのだが、ついホームを見てしまった。
そこには先ほどと変わらない笑顔の海老名さんが顔の横で小さく
237
?
その一言を残し、海老名さんはスゥッと電車を降りていった。
?
ゆっくりと手を振っていたのだが、その手の親指と人差し指には何か
が挟まれていた。
それは⋮⋮一枚のmicroSDカード。
﹃〝このデータは〟消してあげるね﹄
その約束は、つまりSDカードにコピーしたデータに関しては無効
という事か⋮⋮
俺は、海老名さんのそのセリフと深く沈み込むような仄暗い瞳、そ
して凍えてしまいそうな儚い笑顔を思い浮かべながら、ゆっくりと電
車のシートに沈み込んで行くのだった⋮⋮
終わり
238
恋する乙女達の狂宴 ∼誰が為に八幡は鳴る∼
どうもこんにちは。私は総武高校生徒会長一色いろはの友人の、最
近妙に乙女が仕事を始めてしまった事に定評のある、家堀香織という
ブツブツ言ってないで、そっち持っててよー
今日は愛しのゲフンゲフン。
﹂
本日8月8日は夏休みなんですけど、なぜか私は学校のとあ
つまらないものです。
さて
る一室に居るのです。
そのある一室とは、かの有名なあの奉仕部部室
私、初めて入室しちゃったよこの教室
そうなのだ
私も
!
なぜ私が夏休みにこの教室に居るのかといいますと⋮⋮
﹁ちょっと香織ー
﹂
﹁ごめんなさいね家堀さん。手伝って貰ってしまって﹂
夏休みなのに
!
私も比企谷先輩には日頃お世話になってますしっ
﹁ごめんね香織ちゃん
﹁いえいえ
!
室の使用許可を貰ってパーティーをするのだ
今は参加者達でパーティーの準備をしているのだが⋮⋮
!
こ、このメンバー⋮⋮⋮
?
⋮⋮⋮えっと⋮⋮なに
×
×
﹁⋮⋮は
﹂
﹂
何様
ないっしょ
﹁あ
?
大体なんでアンタ居んの
?
別にヒキオと仲とか良く
?
239
!
お祝いに呼んで頂いて光栄ですよー﹂
!
お世話になってる比企谷先輩の誕生日で、夏休みの今日一日だけ教
!
!
!
!
!
?
﹁ちょっとアンタさぁ、不器用なんだから邪魔。あっち行ってなよ﹂
×
?
﹁は
﹂
ふぇぇ⋮⋮こ、恐いよぅ⋮⋮
せっかくのヒキタニくんの誕生パー
なにあれ⋮⋮なんで女王様とヤンキーさんが奉仕部で喧嘩してん
のよぉ⋮⋮
﹁まぁまぁ優美子とサキサキー
﹂
﹂
せっかくの比企谷の誕生日なんだから、うち達も楽
誰が優美子ちゃんだし⋮⋮なんであーしが相模に優美子ちゃん
﹂
アンタはヒキ
うちいつも優美子ちゃんて呼ばせて貰ってるけど
呼ばわりされなきゃなんないの
﹁⋮⋮ え ー ⋮⋮
⋮⋮﹂
知んねーし。大体なんでアンタまで居んの⋮⋮
﹂
構、その⋮⋮仲いい方だし⋮⋮﹂
﹁確かあなた相模さんだったわよね
﹂
﹂
あなたを奉仕部に入部させた記
いつの間にヒッキーと仲良くなったの
憶はないのだけれど﹂
﹁さがみん
﹁⋮⋮えぇー⋮⋮
な、なんだこれ⋮⋮
これはアレか⋮⋮
うちゅうのほうそくがみだれてるの
私達の業界では別の世界線ってヤツなんです
シュタゲってるの
?
?
別に香織と先輩っ
?
そういえばなんかいろはもいつもと様子が違う気がしてたんだよ
⋮⋮⋮えー⋮⋮
て関わりないよねー﹂
﹁てか良く考えたらなんで香織まで居るんだっけ
比企谷先輩への恋する乙女パワーで、みんなで共演なんですかね
?
﹁は
オの敵じゃないの
?
い、いやだって、うち奉仕部員だし⋮⋮それに比企谷とは⋮⋮結
?
?
?
かね
?
!?
?
﹁へ
?
﹁は
しもうよ、優美子ちゃんっ﹂
﹁そ、そうだよー
腐海の姫様も油注がないで∼
﹁サキサキ言うな
﹁だからヒキオだって言ってるし
ティーなんだから仲良くしようよー﹂
!
!
!
!
!
?
?
!
240
?
?
?
?
?
⋮⋮
まさかいろはも今日は違う世界線の住人なの⋮⋮
日だけはそういうものだと理解しておきましょうかね。ふふんっ、ど
ま、まぁ気付いたら私もいつの間にか二年生なっちゃってるし、今
?
私がこういった事態に理解の深いオタ⋮⋮⋮⋮んん
うせ夢オチなんでしょっ
良かったね
ん
?
?
たら阿鼻叫喚待ったなしですものね︵白目︶
﹂
﹁ばっかみたい。なんでいい大人達がギャーギャー騒いでんの
﹂
なかよくしなきゃだめー
八幡が可哀想だから、喧嘩すんなら帰ったら
﹁はーちゃんかわいそう
!
?
﹂
せっかく比企谷くんの為に集まったんだから、喧嘩し
おー
今や女子大生の元生徒会長まで入り乱れて、もう
ちゃダメだよー。みんな仲良くだよー
いやあなたまで
!
!
!?
熱唱してたりなんかしてませんよ
やっだなーっ☆
あまつさえニコ動で踊ってみた動画をUpしちゃおっかな
なんて考えた事もありませんよ
!?
?
!?
わ、私アイドル物アニメ見ながら1人で振り付けを本気で真似して
歌って踊ってるわけないじゃないですか。
パ ラ 見 て 歌 っ て 踊 っ て ⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮ い や い や テ レ ビ の 前 で 1 人 で
ああ⋮⋮普段の土曜日だったら今頃は誰も居ないリビングでプリ
ワケ分からん⋮⋮
?
﹁そうだよー
う私も中々の強心臓ですよねー。
てか違う世界線って事よりも子供が居ることの方が気になっちゃ
⋮⋮
しかしそれはそれとして、なんで中学生や保育園児まで居んのよ
?
⋮⋮
同じオタ⋮⋮同じく理解のありそうな海老名先輩にこの役を任せ
あ⋮⋮だから今日はこのヒロイン群の中で私が進行役なのか
!
!
×
×
241
!
!
×
さて、もうぐっちゃぐちゃの奉仕部部室内では、なんかパーティー
の用意そっちのけで言い争いが始まっちゃってますね⋮⋮
あーしはヒキオにとっ
?
先輩にとって一番大事な
﹁てかさー、あんたらヒキオのなんなワケ∼
三浦先輩なに言っちゃってんですか
て一番大事な親友なんですけど﹂
﹁は
?
優美子といろはちゃん
⋮⋮ヒッキーにとって一番大事なの
!
ヒキタニくんの一番大事なモノって
?
﹁ちょ
けーちゃん
﹂
姉妹丼でも狙ってんの
いやん私ったらお下品っ
なに
!
みたいかな
﹂
接聞いてみればいいんじゃないかな∼
?
集中するのだった⋮⋮
次の瞬間ガラリと勢いよく開け放たれた扉に、みんなの視線が一気に
しかし城廻先輩の問題発言にて一瞬静まり返った奉仕部部室だが、
てか私このメンバーに参戦出来る気がしない⋮⋮
らっ
し、城廻先輩⋮⋮それ比企谷先輩血ぃ吐いて死亡しちゃいますか
﹂﹂﹂﹂﹂
⋮⋮わ、私もちょっと聞いて
﹁ん∼⋮⋮比企谷くんにとって一番大事なのなんて、比企谷くんに直
﹁う、うちはその⋮⋮﹂
﹁ばっかみたい。八幡には私が一番大事に決まってんのに﹂
!
?
﹁はーちゃんはさーちゃんとけーちゃんがいちばんだいじだもんっ﹂
﹁あ、あたしは⋮⋮べ、別に⋮⋮﹂
なんだよ隼人くんのモノって⋮⋮
言ったら隼人くんのモノに決まってるじゃんっ⋮⋮ぐ腐っ﹂
﹁な に 言 っ ち ゃ っ て る か な ∼
そ、その⋮⋮言えない事も無いわね⋮⋮﹂
﹁⋮⋮そ、そうね⋮⋮確かにあの男にとっては、私達が一番大事と⋮⋮
は、あたしとゆきのんが居るこの奉仕部だしっ﹂
﹁ちょ
のは、この可愛い後輩に決まってるじゃないですか﹂
?
﹁﹁﹁﹁﹁﹁⋮⋮
!? ?
242
!
? !?
!
比企谷いるー
しょうか
﹂
誰
﹁あ、一色ちゃんやっほー
﹂
⋮⋮え
なにこの空気ウケるんですけ
いやー、比企谷に会えるって聞いたから来
!
ヒィっ
真夏なのに凍ってしまいます
いーじゃーん
あたし比企谷の元カノだし、今ヨリ戻そうと
いつにも増して恐いですゆきのん
﹁えー
﹂﹂﹂﹂﹂﹂﹂﹂
してるトコだしさー﹂
﹁﹁﹁﹁﹁﹁﹁﹁は
?
この人。
せ、先輩に元カノなんて居るわけ無いじゃない
思わず私まで声出ちゃいましたがなにか
いやなに言ってんの
!
!
﹁いやいや折本先輩
?
!
?
?
!
る訳にはいかないわね。ご退出頂けるかしら﹂
﹁貴女確か海浜総合の⋮⋮部外者どころか学外の生徒の入室まで認め
ちゃった
﹂
い や も う 私 に は 対 処 し き れ な い ん で 帰 っ て も ら っ て も 宜 し い で
あ⋮⋮中学の時なんかあったとかいう折本って人だ⋮⋮
あなたはどちら様でしょうか⋮⋮
いや一切ウケてないです。
ど⋮⋮﹂
!?
なんか今日誕生日パーティやるって聞い
この空気のなか入ってきちゃうの
いやマジで
?
たから来ちゃ⋮⋮った⋮⋮
﹁やっほー
×
﹁あ、折本先輩⋮⋮なんで居るんですかー⋮⋮
﹁は
?
!
?
?
?
243
?
?
?
?
×
!
×
?
ですかー
猛暑で頭やられちゃいましたかぁ
﹂
だって1月に比企谷と会ってそういう話になっ
いろはす辛辣ぅぅぅぅ
でも許す。
﹁なにそれウケるっ
たしさー﹂
?
は修羅場と化した⋮⋮
いや、今までも十分修羅場ってましたけどもー
﹁は、はぁ
こ、こんな軽そうなバカ女とヒキオが付き合うワケないっ
優美子
﹂
﹂
だ、大体あーしGWとか2人っきりで遊びに行ったけど、ヒキ
ちょ
あたし優美子とヒッキーが2人で遊びに行った
!
﹂
母さんに言い付けてやる⋮⋮﹂
﹂
一緒に本読ん
わ、私を差し置いてアキバデートだとぉ
﹂
ラブラブツーショット写
﹁中学生とシーにデートとか比企谷まじウケるっ
﹂
﹁私だって2人でアキバデートしたけどー
姫菜までっ
メだってあるよー
﹁ちょ
折本うっさい
﹁なにこの修羅場ウケるっ
でるだけだけどそれでも幸せだし⋮⋮﹂
﹁わ、私だってよく2人で公園デートしてるよー⋮⋮
なんですとー
!
しかし、まさかの予想外の場所からとんでもない爆弾が投げ落とさ
もう収拾つかないよアンタのせいでっ
!
!?
?
!
!!
?
な
?
!? !?
﹂
﹁八幡⋮⋮シーにデート行った時、次は許さないって言ったのに。お
﹁あ⋮⋮﹂
とか聞いてないし
﹁へ
﹁軽そうなバカ女とかウケるっ
オそんなこと一言も言ってなかったしっ
しょ
×
!
と、とんでもない爆弾を抱えてやってきた折本先輩により、この場
!
!?
!
!
!
!?
!
!
244
!!
?
×
?
×
?
れるとは、この時の私達には予想さえも出来なかったのです⋮⋮
﹁う、うちなんて⋮⋮家でお母さんに紹介したし⋮⋮﹂
×
は凍り付いた。
なんで比企谷があんたの母親に
いやまさかアンタが一番の爆弾かよ
あんた何言ってんの
﹂
﹂
むしろキレないあーしさ
!
2人に対して引かない⋮⋮だと
一体何があった
あ、でも泣きそうですけどね。
さがみん
?
いね
って言ってた﹂
あんた中学生になにしてんのよー
﹁⋮⋮はーちゃん、けーちゃんがおよめさんになってあげるってやく
特に雪ノ下先輩が真っ先にっ
やばいよ何人か110番しかけてるからーっ
ちょっと比企谷先輩
﹁﹁﹁﹁﹁﹁﹁﹁﹁せ、責任っ
ちょっ
﹂﹂﹂﹂﹂﹂﹂﹂﹂
﹁八幡は私のお母さんにも挨拶に来たもん。お母さんが責任取りなさ
!
﹁⋮⋮は、は
挨拶行ってんの
んを見てみたい。
﹂
そこに女王様の追撃はやめたげてよぉ
﹁相模、適当言ってっと、さすがのあーしもキレるよ
襟沢じゃなくてもお腹痛くなるのん⋮⋮
ふぇぇ⋮⋮マジギレのヤンキーまじパない⋮⋮
?
豆腐メンタルに定評のある文化祭実行委員長先輩があの
﹁でっ、でもホントだしっ⋮⋮
?
?
?
!?
蚊帳の外に居たはずの相模先輩からのまさかのトンデモ発言に場
×
!
!
!?
?
245
×
なんと
!
?
!?
!
!
!?
そくしたもんっ⋮⋮﹂
ああ⋮⋮さすがにここまでの幼女だとなんだか癒されますわ⋮⋮
なんだかみんな優しい眼差しでほっこりしちゃった☆
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮わ、わたし、先輩とキ、キスだって済ませちゃってます
し⋮⋮﹂
⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮あ、イカン。意識が飛び
掛けました︵白目︶
てか何人かは飛んで行ってしまってるみたいですね。
こんな空気の中
あの人が
い、いろはアンタせっかくほっこりしかけた中なんちゅー事を⋮⋮
てかそんなの聞いてないよ
って⋮⋮あ⋮⋮
﹂
?
246
なにこれ﹂
こんなタイミングで
﹁うっす⋮⋮⋮⋮⋮⋮え
﹁黙れヒキオ﹂
﹁黙りなさいスケコマ谷くん﹂
会みたいなのやってくれんじゃねぇの⋮⋮
﹁あの⋮⋮ちょっと意味分かんないんだけど⋮⋮今日って部室で誕生
すぐさま捕まり、現在教室の真ん中で正座中である。
あまりにも異様な気配に部室に入るなり逃げ出した比企谷先輩は
いーや逃がさーんっっっっ
比企谷先輩逃げてー
!
×
!
!?
!
×
!!
ついに現れてしまいましたよ皆さんっ
そしてその時
?
!
!
×
極寒と獄炎の女王に挟まれる憐れな子羊。
でも極寒と獄炎に挟まれてると気温的にはちょうど良さそう。
﹂
﹁比企谷くん。あなたには色々と聞きたい事があるのだけれど﹂
﹁なんでしょうか⋮⋮
﹂
?
﹂
でしてるなんて﹂
﹂
﹂
﹂
やっぱりみんな違う世界線なのねっ
どうせ夢オチなのねっ
比企谷先輩はなにがなんだか分からんって顔で動揺してる。
﹁いやマジなに言ってんの
﹂
に海老名先輩とはラブラブツーショット写真付きの秋葉原デートま
ら、さらに城廻先輩とは毎週のように公園デートを繰り返し、おまけ
﹁先輩ヒドイです⋮⋮わたしとあんなに熱いキスを交わしておきなが
﹁いやちょっと待て。なんだそりゃ﹂
﹁ヒッキー酷過ぎるよ
うつもりなのかしら
せ、川崎さんの妹さんとは結婚の約束までしてるって⋮⋮一体どうい
んには責任取らせるような事をして、相模さんの母親に挨拶を済ま
﹁そ、それだけでは無いわ。あなた折本さんとは元恋人同士で、鶴見さ
﹁⋮⋮は
たってホントなん⋮⋮
﹁ヒ キ オ し ら ば っ く れ ん な。あ ん た 一 色 と ⋮⋮ そ の ⋮⋮ キ、キ ス し
﹁すみません。言ってる意味がよく分からないんですけど﹂
済むのかしら⋮⋮
﹁あ、あなたはその⋮⋮い、一体何人の女性に⋮⋮て、手を出せば気が
?
?
!? !?
?
これでもしお前だれだっけ
と話しかけ⋮⋮⋮⋮
はっ
う
?
私は恐る恐る比企谷先輩に話し掛けた。
私分かります
﹂
くっ⋮⋮でもさすがにこのままじゃ可哀想よね⋮⋮
?
なに言ってんだ家堀。どうなってんのコレ⋮⋮
なんかこのメ
とか言われたら香織泣いちゃ
一応この状況を唯一理解しているであろう私が、比企谷先輩にそっ
?
?
?
247
?
!
﹁あの⋮⋮ひ、比企谷先輩
﹁あ
?
!!
?
ンバーの中で家堀が唯一まともそうだから助けてくれよ⋮⋮マジで
私だけが頼りだとっ
お前だけが頼りっぽいんだけど﹂
な、なんと比企谷先輩がっ
!?
!
こうなっちゃうに決まってますよねっ﹂
どうやら私も激おこだったみたいです
×
⋮⋮でもなんか知ってるような⋮⋮っ﹂と頭を抱えて真っ赤に悶
いろはすはまだトドメを刺すみたいですね。
たぶん八幡のライフはとっくに0を切ってると思いますよ
さっきもお話してたけど、この中で誰
キルを迫っていった城廻先輩がとても素敵でした。
とってもぽわんぽわんした和やかな空気で、とんでもないオーバー
が一番大事なのか今すぐここで比企谷くんに決めてもらおうよ∼﹂
﹁じゃあやっぱりあれだよ∼
?
﹁さて⋮⋮それでは先輩にはどう責任を取ってもらいましょうかね﹂
美であったのかも知れないが⋮⋮
はぁ見つめる1人の変態︵腐った海老︶であったのなら、まさにご褒
ビ ク ン ビ ク ン と な っ て い る 比 企 谷 先 輩 を 艶 め い た 眼 差 し で は ぁ
ても耐えられまいて⋮⋮
こんなご褒美もとい屈辱、とんでもないMっ気の持ち主以外にはと
う地獄。
好良すぎるセリフや行為を他人の口から全員の前で発表されるとい
身に覚えが無いハズなのに、うっすらと記憶があるような自分の格
え苦しんでいた⋮⋮
ん
れもない甘い物語を一言一句みんなの前で発表され、﹁そんなの知ら
恋する乙女軍団にぐるりと囲まれた正座谷先輩は、各乙女とのあら
それからの光景は酷いものでしたよ⋮⋮
×
テヘッ☆
﹁自業自得ですよっ♪あっちこっち至るところでスケコマシてりゃ、
だから私は比企谷先輩に最上級の笑顔を向けてこう言った。
こんなに嬉しい事はない⋮⋮
!
!
248
×
!
﹁もうそれしかないし。じゃあ今日のパーティーは無しで、その大事
な1人とこの後デートに行けるってのがヒキオへの誕生日プレゼン
トって事で﹂
﹁﹁﹁﹁﹁﹁﹁﹁﹁﹁賛成∼﹂﹂﹂﹂﹂﹂﹂﹂﹂﹂
獄炎の女王様のその提案により、どうやら本日の催しが決定したよ
うだ。
そしてビクンビクンして横たわっている比企谷先輩に、恋する乙女
達のアピールタイムが始まるのだった。
とはいえ⋮⋮ヒロインズのみなさんは熱くなりすぎて気付いてい
ないのでしょうか⋮⋮
?
その決めさせ方じゃ、もうオチは決まってるじゃないですか。
×
事を⋮⋮ゆ、許さなくもないわよ⋮⋮
﹂
もちろんあたしが一番大事なんだよね
ツンデレ過ぎだろ。
﹁ヒ、ヒッキー
せてやるし⋮⋮
﹂
﹂
いつもの公園でゆっくり読書して過ごそうよっ
この後家で一緒に受験勉強しよう
和むやろー
喜ぶよ
﹁ひ、比企谷っ
け、けーちゃんも
きょ、今日は特別に膝枕とかプレゼントしちゃうんだからっ⋮⋮﹂
﹁比 企 谷 く ん っ
アピールじゃなくてご命令ですね
!
!
!
!
?
﹁ヒキオ、いいからあーしとこの後海行くよ。あーしの悩殺水着姿見
!?
?
ヒッキーに⋮⋮その⋮⋮プレゼントしたいなっ﹂
!
バインバインと何をプレゼントするつもりですかね。
あ、あたし
座してまでも望むのであれば⋮⋮その⋮⋮私が一番大事と発言する
﹁ひ、比企谷くん⋮⋮誠に遺憾ではあるのだけれど⋮⋮あなたが土下
×
!
!?
!
249
×
妹で釣るなよ。
﹁けーちゃんはーちゃんといっしょにあそびたい⋮⋮﹂
抱き締めたくなるやろー
ぐへへ⋮⋮﹂
他の女とかまじウケ
これから未知のブラックホールを、隼人くんと3人
で探しに行こうよっ
もちろん元カノのあたしだよねっ
行かねーよ。
﹂
﹁比企谷っ
ないよ
なんですか恥ずかしい所を見せ合ってるって
﹂
?
人で一緒に幸せに暮らしたいです﹂
今日のアピールから人生設計に変わっちゃったよ
この中で一体誰を選びま⋮⋮﹂
﹂
香織も先輩狙ってんの
まだ私言ってないけど
え
!?
﹁と、言うわけで、せんぱい
﹁ちょちょちょちょっと待って
私私ー
香織も参加すんの⋮⋮
あっぶね
﹁⋮⋮え
﹂
?
!?
?
﹂
⋮⋮い、いかないじゃんっ
家堀
﹁へ
って目で比企谷先輩が私を見てくる⋮⋮
!
!?
アピールとかっ⋮⋮
くっ⋮⋮致し方ないっ
!
今まで一切そんな素振り見せなかったのに、この公衆の面前でラブ
ううっ⋮⋮やばい超恥ずかしい
?
?
﹂
﹁あ、あったり前でしょ こ、この空気の中で、さ参加しないワケには
?
!
!
﹁せんぱい⋮⋮わたし将来は先輩と私、男の子と女の子1人ずつの4
!
見せ合ってるし⋮⋮やっぱここはうちがいいんじゃない
﹁あの⋮⋮比企谷⋮⋮うちと比企谷は、お互いの一番恥ずかしい所も
?
﹁ヒキタニくん
やばい⋮⋮これ一番の強迫だわ⋮⋮
は許したげる。お母さんにも黙っててあげる﹂
﹁八幡。もう浮気は許さないって言ったけど、今私を選べば今日だけ
!
ウケない事とかあるんですね。
!
!
そっからか
?
マジで
え
?
250
?
!
!
!?
?
!!
?
趣味とか性格とか絶
わたわた私なんてこの濃すぎるメン
どうせ夢オチなんだから、思いっきり言ったるわいっ
﹁ひ ひ ひ 比 企 谷 し ぇ ん ぱ い っ
バーの中で一番安パイで超オススメですよっ
﹂
!
どどどどうで
なんだよアイマスってプ
ロデュースしちゃうのかよプロデューサーさんかよ
?
すかね私が良くないですかね私に決めましょうよ
か、香織っ
ねぇってば﹂
﹁ちょ
ねぇ先輩
!
!?
!?
対一番アイマスよじゃなくて合いますよ
!?
!
した。
これはヒドイ。もう吐血しそう☆
べ、別に私病んでるわけじゃないんだからねっ
んだからねっ
近い近い
目に光彩を戻してくれぇっ⋮⋮﹂
ただどうせ夢オチなんだから、ちょっとだけ興奮しちゃっただけな
!
必死に迫りまくる後ろからいろはに羽交い締めにされてしまいま
!?
私ちょっと恐くね
!
?
!
!
﹁ヒィッ⋮⋮か、家堀
あっれぇ
?
普段気持ちを抑え過ぎてるからつい爆発しちゃっただけと信じた
い。
×
×
は比企谷先輩のお返事を待つばかり⋮⋮
と迫る恐怖のヒロインズに対して、比企
﹂﹂﹂﹂﹂﹂﹂﹂﹂﹂
いやもう選択肢はひとつだけなんで、オチは決まってるんですけど
ね。
﹁﹁﹁﹁﹁﹁﹁﹁﹁﹁﹁さぁっ
さぁ早く結論をお言いよ
谷先輩のくだした判定はっ
!? !!
!
251
!?
そんなこんなで嬉し恥ずかし地獄のアピールタイムが終了し、あと
×
﹁⋮⋮あの、じゃあけーちゃんで⋮⋮﹂
﹁﹁﹁﹁﹁﹁﹁﹁﹁﹁⋮⋮⋮⋮⋮﹂﹂﹂﹂﹂﹂﹂﹂﹂﹂
ですよねー。この中で後腐れなく選べる選択肢なんてけーちゃん
1択ですよねー。
これからどこいくー
っ
それ私が言っちゃうの
なんでみなさん気付かなかったんですかね
もっと冷静になりましょうよ。えっ
﹂
はーちゃんはーちゃん
てツッコミは許してくださいお願いします。
﹁わーい
うえんちー
え
だ、大丈夫だよね
私っ
これ夢だよね
早く﹁なんだ夢か﹂って言おうよ
!?
ねぇ香織⋮⋮早く目を覚ましなさいよ⋮⋮なんで起きないかなー
見送りながらふと思う。
比企谷先輩とけーちゃんが仲良く手を繋いで去っていく後ろ姿を
ゆ
ぷーる
?
?
?
﹁おう、けーちゃんの行きたいトコならどこだっていいぞー﹂
!
?
?
!
!?
チじゃありませーん︵笑︶とか言われたら私もう死んじゃうよ
終わり☆
でした。まる。
安に駆られる、そんな比企谷先輩の18回目のBirthdayなの
きながら見守る面々を見渡して、私、家堀香織はどうしようもなく不
私と同じく比企谷先輩とけーちゃんの仲睦まじい後ろ姿を凍り付
!?
252
?
!
あんなとんでもない痴態を比企谷先輩に曝しちゃって、これで夢オ
!?
?
?
仮面の下の慟哭︻前編︼
わたしは雪乃ちゃんが大好き。
子供の頃からわたしの後をちょこちょこ付いてきて、なんでもわた
しの真似をしようと背伸びする、とてもとても可愛いわたしの妹。
わたしは雪乃が大嫌い。
子供の頃からわたしの後をちょこちょこ付いてきて、なんでもわた
しの真似をしようと背伸びする、目障りで鬱陶しいわたしの妹。
わたしは雪乃ちゃんが大好きで、そして大嫌いだった。
男児の居ない雪ノ下の長女として生まれ落ち、生まれながらに運命
を決められていたわたしは、自由に生きられる妹が羨ましくて可愛く
て、嫉ましくて憎かった。
わたしが求める自由。
あの子がわたしと違って手にしたはずのそれは、あの子自身によっ
て不自由な枷となった。
自ら自由を放棄し、父や母の顔色を伺いながら親の意見に依存する
その姿は、生まれながらに自由から見捨てられていたわたしにはとて
も許容できうる物では無かった。
いつの頃からか、妹の依存性は母からわたしに向けられるように
なっていた。
どこに行くにもお姉ちゃんお姉ちゃんと付いてきて、わたしの真似
をして背伸びしようとする姿は本当に愛らしく、そして本当に憎らし
かった。
まるで、自由を許されないわたしを馬鹿にしているようで。
暫くして雪乃ちゃんはわたしに反抗心を持つようになり、次第にわ
たしから離れていった。わたしの手の中で踊らされているとも知ら
ずに。
253
大好きな妹で大嫌いな妹が、このまま親離れ、姉離れ⋮⋮人離れが
出来るようになればと思っていたのだが、家を出てからも結局は母の
顔色を伺いながら生きる妹の姿に、正直わたしは落胆し軽蔑してい
た。
そんな時、雪乃ちゃんの前に、わたしの前に現れたのが比企谷くん
だった。
×
奥底では信じたいと藻掻くその滑稽な姿。
?
と本気で思うように
この彼なら、わたしの可愛い妹を救ってくれるのでは無いか
ちゃんを呪縛から解いてくれるのでは無いか
雪乃
その捻くれた考え方、良く回転する頭、人を信じず、それでも心の
結果的に言えば、彼はわたしのお眼鏡に適う人物だった。
は暫く彼を観察していた。
雪乃ちゃんの態度を見る限り単なる知人とは到底思えず、それから
面白かった。
見破った上で、それでも恐れながらもわたしと接するその姿は実に
中身を見破った。
雪乃ちゃんの知人としてわたしの前に現れた彼は、初見でわたしの
比企谷八幡。
×
﹁ふぁ∼あ、もう昼過ぎか∼⋮⋮﹂
枕元に置いてある携帯に手を伸ばし時間を確認する。
﹁何時だろ⋮⋮﹂
どうやらわたしは浅い眠りから目覚めたようだ。
﹁う⋮⋮ん⋮⋮﹂
算違いな事態が起きてしまったのだ。
のだが、そんな日々の中でいつの間にか、わたしらしく無いような計
なり、さらなる成長を促す為に色々とちょっかいを掛けたりしていた
?
254
×
そしてわたしは時間を確認した携帯のディスプレイの待受画面に
嫌そうな顔をして写しだされた人物を見ながら、そっと挨拶するの
だった。
﹁おはよ、比企谷くん⋮⋮﹂
×
からの依存に堕落し、ただのつまらない人間になりさがりかけている
しかしそれ以上に許せないのは、わたしが惹かれた彼が雪乃ちゃん
雪乃ちゃんがまた同じことを繰り返して依存していく事が。
わたしは許せなかった。
ぬフリをしてやり過ごそうとしている。
らない空気を失いたくないあまりに、雪乃ちゃんからの依存に見て見
そしてその比企谷くんでさえも、現在の生ぬるく心地いいそのくだ
企谷くんに移った。ただそれだけでしか無かったのだ。
だせる事を願って行動した結果、それは依存対象がわたしや母から比
それは恐れていた結果とも言えるのか、雪乃ちゃんが依存から抜け
来始めていた。
そしてここへきて、雪乃ちゃんと比企谷くんの間に僅かな綻びが出
いくらいの強さで。
自分の元へと引き寄せるように力強く、いっそ壊れてしまってもい
たしの為に力ずくで引っ張る姿へと変貌してしまっていた。
妹の為にと彼を力ずくで引っ張っていたこの手は、いつの間にかわ
第に目が離せなくなってしまっていた。
て近づいたのだが、彼の言動、彼の思考、彼の行動を見ている内に次
確かに元々は雪乃ちゃんを救ってくれるのかも知れないと期待し
わたしはいつの頃からか比企谷くんに惹かれていた。
×
この現状。
255
×
わたしは今日、彼を、比企谷くんを呼び出している。
こんなくだらない現状に彼が堕落していくのが嫌だから、彼を堕落
から引き留める為に、彼に雪乃ちゃんに対してのある重大な情報を伝
える為に。
そしてある選択を迫り、その反応次第ではわたしがある重大な選択
をする為に。
ベッドから起き上がったわたしは、いつものようにわたしの身体を
唯一包むシルクの毛布をベッドに残し下着を着ける。
そしてこのあと始まる彼との邂逅に相応しく居られるよう、思い付
比企谷くんっ﹂
く限りにわたしを着飾るのだった。
×
なきゃなんないんすか﹂
?
﹂
?
﹂
﹁ホント比企谷くんは素直じゃないんだからぁ
美しいなら美しいっ
その不器用な褒め方もたまらないよ、お姉さんは。
真っ赤にキョドって目を逸らす比企谷くんは本当に可愛い。
ねぇ⋮⋮﹂
﹁⋮⋮あ、や、その⋮⋮わざわざ言うまでも無いんじゃないでしょうか
くんはなんか言うことないのかな∼
﹁てかこんなに美人なお姉さんがこんなに着飾って来たのに、比企谷
ま、それもこれもこれからの君次第なんだけどね。
は勿体ないよ。
ふふっ、やっぱり君は面白いね。なんだかもう雪乃ちゃんに譲るの
はそれで文句言うんじゃないんですかね⋮⋮雪ノ下さん﹂
﹁待ってろって言われた一時間後に今来たとこなんて言ったら、それ
﹁もーぅ比企谷くん、そこは今来たとこですよ陽乃さん、でしょ
﹂
﹁いやホント待ちましたよ⋮⋮なんで急に呼び出されてこんなに待た
﹁ひゃっはろー。お待たせー
×
て言えばいいのにー
!
!
256
!
×
﹂
﹁美しいって⋮⋮⋮⋮それより話があるんじゃないんですかね⋮⋮早
く用事済ませて帰りたいんで、もう行きませんか
比企谷くんも今日は格好良いじゃーん。
理由をきちんと説明出来たら離れてあげてもいい
⋮⋮は、離れてくださいよ⋮⋮﹂
なんでぇ
例えば陽乃さんの豊満な胸が俺の腕に押し付けられて、柔らかく
﹁えー
﹁ちょっ
の腕に絡みついた。
そう言いながら、わたしはわざと胸を押し付けるように比企谷くん
﹁そうだねぇ。じゃあ行こっか﹂
にはいかないでしょうよ﹂
﹁そりゃこんな所に呼び出されりゃ、ちゃんとした格好をしないわけ
ワンピースに身を包んでいる。
かく言うわたしも自慢の脚を強調するような丈の短い赤いドレス
ケットに革靴姿という正装だ。
今日の比企谷くんはいつもはボサボサの髪をしっかりと整え、ジャ
のに∼﹂
ちゃんとすれば結構イケてるんだから、いつもちゃんとしてればいい
﹁照れちゃってこのこの∼
?
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮もういいです﹂
本当に面白いよね、君は。
お姉さん、もっと比企谷くんを虐めたくなっちゃうぞー
ンジェル・ラダー﹄に向かった。
×
意外だなぁ。比企谷くんはこういう店に慣れてないだろう
見渡すと思ったのになー﹂
から、おのぼりさんみたいにキョロキョロとおっかなびっくり店内を
﹁あれー
最上階のバーに着きラウンジへと足を踏み入れる。
×
?
257
!
てたまらないんで離れてください⋮⋮とか﹂
よ
?
!
?
そしてわたしたちは、ホテル・ロイヤルオークラの最上階のバー﹃エ
?
?
×
すると比企谷くんからは本当に意外な答えが返ってきた。
﹂
﹁以前一度来た事があるんですよ⋮⋮﹂
﹁⋮⋮へぇ⋮⋮
⋮⋮ 雪 乃 ち ゃ ん
ちょっと予想外過ぎて、つい声が低くなってしまったみたいだ。
比企谷くんの顔が強張ったのが見えた。
﹁な ん で 高 校 生 の 君 が こ ん な と こ に 来 た 事 あ る の
と、かな﹂
一人だけ﹂
て﹂
﹁わたしは適当に一杯。この子にはジンジャーエールでも出してあげ
に腰掛ける。
貸切と聞いて余計にキョドりだした比企谷くんを伴い、カウンター
﹁あんまり人に聞かれたくない話だからねー。気が散っちゃうし﹂
﹁か⋮⋮貸しっ
﹂
﹁ああ、今日は貸切にしたのよ。居るのはわたしたちとバーテンダー
議そうな顔をしている。
比企谷くんはギャルソンも客も居ない異様な店内を見回して、不思
向かう。
そしてわたしは比企谷くんと腕を組んだままバーカウンターへと
﹁そっか。それじゃ行こっか﹂
いや。
比企谷くんがこう言う以上、嘘は無いんだろうからもうどうでもい
ね。
う意味は分からないが、正直依頼内容までには興味なんてないから
高校生の部活に対する依頼でシティホテルの高級バーに来るとい
成る程そういう事か。
﹁雪ノ下〝達〟とですよ⋮⋮ちょっと奉仕部の依頼関係で﹂
比企谷くんに対しては。
どうやらわたしは、自分が思っている以上に独占欲が強いらしい。
?
﹁了解しました﹂と飲み物の準備を始めるバーテンダーを横目に、隣に
座るようにと比企谷くんを促した。
258
?
!?
﹂
﹁あの⋮⋮誰にも聞かれたくないって割に、バーテンダーさんがこん
なに近くに居てもいいんすかね⋮⋮
﹂
こういう所ではね、お客が聞かれたくない話は、店の人
するとようやく比企谷くんは席に着いた。
﹁⋮⋮そ、そっすか⋮⋮﹂
間には〝聞こえない〟の。意味は分かるわよね
﹁比企谷くん
?
×
せると、わたしたちの会話が始まるのだった。
程なくしてカクテルとジンジャーエールが出され二人で咽を湿ら
?
?
﹂
?
﹂
⋮⋮いや、前にも言ったじゃないすか。母ちゃんから好
?
んだろうね。
?
力する。
一瞬言葉を詰まらせながらも、比企谷くんはなんとか答えようと努
﹁じゃあ質問を変えるね。比企谷くんは雪乃ちゃんが大切⋮⋮
﹂
もっともこの笑顔は比企谷くんにとっては恐怖の対象でしかない
面を張りつける。
まぁこの質問の仕方じゃあこんなもんだろう。わたしは笑顔の仮
すると比企谷くんはゴクリと咽を鳴らす。
正直わたしはイラついている。
思っていたよりも冷たい声が出てしまった。
な﹂
﹁お 姉 さ ん は 今 そ う い う 受 け 答 え を 望 ん で る わ け じ ゃ 無 い ん だ け ど
き嫌いを⋮⋮﹂
﹁⋮⋮はっ
﹁比企谷くん。比企谷くんは雪乃ちゃんが好き
わたしはカクテルを傾けながら、比企谷くんに視線を向ける。
﹁まぁわたしの話は雪乃ちゃんの話が終ってから⋮⋮ね﹂
﹁⋮⋮雪ノ下さんの
﹁もちろん雪乃ちゃんの話だよ。あと⋮⋮わたしの話﹂
﹁こんな事までして、なんの話があるんですかね﹂
×
?
259
×
﹁⋮⋮大切っつうか⋮⋮なんだ、大事な存在には⋮⋮その⋮⋮なって
きてますね⋮⋮﹂
真っ赤な顔してそう言う比企谷くんを見ていると、ズキリと胸が痛
んだ。
﹁そう。じゃあさ、君は今の雪乃ちゃんの現状を見ていてどう思うの
﹂
﹁今の、雪ノ下⋮⋮﹂
﹁前に話したよね。雪乃ちゃんが君に抱いているのは信頼なんかじゃ
﹂
ない、もっっとひどい何かって。もう君なら、その正体に気が付いて
るんじゃないの
﹂
雪乃ちゃんの依存対象が今は誰に向いているのか﹂
﹂
﹁沈黙は肯定と受け取らせて貰うけど
ま、いいや。
その問いには答えないか。
んでしょ
﹁めんどくさいからそういう気付かないフリとかいいから。分かって
﹁なんでそんな話を俺に話すんですか⋮⋮﹂
思い当たる節でもあるんだろうね。
聞いている。
比企谷くんは黙って話を聞いている。驚くでも嘆くでもなく、ただ
形﹂
なっちゃったら、もうあの子は雪ノ下雪乃では無くなるの。ただの人
なる。依存した相手の意見、行動が全てに優先されちゃうのよ。そう
のよ⋮⋮一度心を許した相手に依存すると⋮⋮もう自分を持たなく
﹁やっぱり分かってるじゃない。そう。あの子は昔っから依存体質な
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮依存﹂
?
別にどうしろって訳じゃ無いよ。ただ知っておいて欲しかっ
﹁⋮⋮⋮俺に、どうしろと
﹁さぁ
?
?
?
そしてわたしは今日の目的の内の一つを比企谷くんに告げた。
にはならないって事を﹂
ただけ。今の比企谷くん達のぬるま湯の関係は、雪乃ちゃんを救う事
?
260
?
﹁言っとくけど、このままじゃ雪乃ちゃんは隼人と結婚する事になる
﹂
よ
﹂
﹁は
比企谷くんは驚愕の表情を浮かべている。
﹁なんで⋮⋮急にそんな事になるんですか⋮⋮
×
とに逆らえずに命令に従っちゃうから﹂
?
に繋いでおく為、かな﹂
﹂
その場合はわたしの方が結婚させられるんじゃ
﹁でもそれって⋮⋮﹂
﹁あれー
?
⋮⋮そんな訳無いじゃない。わたしは雪ノ下を継ぐ身なんだよ
?
いくら相
外部から見繕ってきた雪ノ下家の地盤を継げるくらいの相手と結
婚させられるに決まってんじゃん﹂
﹁それがあの優秀な葉山なんじゃ⋮⋮﹂
﹁隼人は隼人で葉山家の大事な跡取りってこと忘れてない
けどねー。君はそんなにつまらない人間じゃ無いでしょ
んなのよ﹂
﹁でも雪ノ下と葉山の繋がりを強固にさせたいから、だから雪乃ちゃ
なんとかしなくちゃいけない。
⋮⋮このぬるま湯が比企谷くんを駄目にしちゃってるんなら、早く
?
てか比企谷くんがそんな単純な事に気付かない訳ないはずなんだ
手が雪ノ下とはいえ、大事な跡取りを寄越すわけ無いでしょ﹂
?
た
とか思っ
﹁そうだね。実際には結婚そのものってよりも、雪ノ下と葉山を永遠
﹁⋮⋮葉山と結婚する事が命令なんですか
﹂
﹁雪乃ちゃんの依存体質を治さなきゃね、雪乃ちゃんは母親の言うこ
ろうね。
そりゃそうだろう。会話の流れからして予想外にも程があるんだ
?
×
そのわたしの台詞で、ようやく比企谷くんの顔が歪んだ。
?
×
?
261
?
?
﹁⋮⋮そんな、いくらなんでももうそんな時代じゃ無いでしょう⋮⋮
それに、母親が娘の幸せも考えずにそんな⋮⋮﹂
﹁名家に時代とか関係無いから。⋮⋮それにね、母は別に雪乃ちゃん
﹂
の幸せを考えていない訳じゃないの。そうする事が雪乃ちゃんの幸
そんな本人が望まない結婚の何が幸せなんですか
せだと本気で思ってんのよ、あの人は﹂
﹁は
?
あれ、なんでか
望まない結婚か⋮⋮今は雪乃ちゃんで頭が混乱しちゃってるだろ
﹂
うけど、それはわたしもなんだよ⋮⋮比企谷くん。
﹂
﹁雪乃ちゃんてさ、犬が嫌いでしょ
﹁い、いきなりなんですか
?
⋮⋮それはね、飼い主がちゃんと躾けた方が犬の為にな
﹁犬ってさ、小さい時から飼い主に躾けられるでしょ
知ってる
?
?
それは比企谷くんと同じように腐った目。
﹁ねぇ、比企谷くん。これでも君は雪乃ちゃんを救えるの
﹂
たぶん今のわたしの目は仮面を外した目になってるんだろうな。
最後の一言の温度に自分でもゾクリとしてしまった。
⋮⋮﹂
きる猫に憧れるの⋮⋮⋮⋮⋮本人次第でいくらでも猫になれる癖に
を見ると、自分と重ね合わせちゃって嫌悪するのよ。そして自由に生
﹁だから雪乃ちゃんは、躾けられて幸せそうにご主人様に寄り添う犬
ま、娘として選ばれても自由は一切無いんだけどね⋮⋮
たのは可愛いペットとしての雪乃ちゃん﹂
雪乃ちゃんはね、親から娘としては〝選ばれなかった〟のよ。選ばれ
の幸せの為、結婚相手を決めるのも雪乃ちゃんの幸せの為⋮⋮⋮⋮⋮
けるのは雪乃ちゃんの幸せの為、言うことを聞かせるのも雪乃ちゃん
う事よ。母から見たら雪乃ちゃんは可愛いペットと一緒なのよ。躾
る、犬の幸せに繋がると思ってるからなのよ⋮⋮⋮⋮つまりはそうい
?
わたしの行く末もこんな風に案じてくれるのかな⋮⋮
君は雪乃ちゃんの行く末にこんなにも悩んで心を痛めているけど、
がザワつく。
わたしの問いかけにうなだれる君を見てると、どうしようもなく心
?
262
?
もし、もし君がほんのちょっとでもわたしを案じてくれるのなら、
わたしは君を⋮⋮
そしてわたしは語りだす。仮面を脱ぎ捨てたわたしの話を。
雪乃ちゃんには悪いけど、今までの話はほんの前座に過ぎない。比
企谷くんの心を揺さ振る為のほんの道具。
わたしは初めて君の前でこの仮面を脱ぎ捨てるよ。
だからお願い、比企谷くん⋮⋮わたしの素顔を見て、ほんの少しだ
けでいいから君の心を揺るがせて
そしたらわたしは君を⋮⋮⋮⋮⋮
続く
263
?
仮面の下の慟哭︻後編︼
客のざわめきもない、ピアノの演奏もない、聞こえるのはグラスを
傾けた時の氷の音と、バーテンダーがグラスを拭く音だけのこの静か
な空間で、隣で苦しそうに悔しそうに俯く比企谷くんの歪んだ横顔を
見ていると、彼がわたしの手に入れられないのであれば、いっそこの
手で壊してしまいたいという衝動に駆られてしまう。
もしわたしの手に入ったとしても、やっぱり壊してしまうかもしれ
ないけれど。
それでもわたしは君を手に入れたいと思うから、これから君にわた
しの話をしようかな。
﹁あはは、比企谷くんは優しいねー。自分の為じゃなくて、他人の為に
264
そんな顔が出来るなんて﹂
﹁俺は別に優しくなんか⋮⋮﹂
﹁そうだよねー。だってその顔は他人の為じゃなくて自分の為だもん
ね。比企谷くんの大切なモノが苦しんでるから、君もそうやって苦し
んでるんだもんね⋮⋮お姉さん嫉妬しちゃうなー。比企谷くんにそ
んな顔をさせちゃう雪乃ちゃんに⋮⋮﹂
雪乃ちゃんはホントにズルいな。わたしの雪乃ちゃんに対して嫉
妬心を、これ以上増やさないでよ⋮⋮
﹁⋮⋮いや、俺は⋮⋮﹂
からそこまで頭が回らないかも知れないけどさ、さっき言ったよね
﹁比企谷くんはさ、今は雪乃ちゃんの事で頭が一杯になっちゃってる
⋮⋮⋮⋮わたしだって本人が望まない結婚、させられちゃうんだよ
は、そんな顔はしてもらえないのかな⋮⋮
その時、比企谷くんはようやく俯いた顔を上げてわたしを見た。
﹂
⋮⋮⋮そんなわたしに対して
?
望まない人生、歩まされちゃうんだよ
?
?
?
×
け出す。
﹂
わたしの話もしちゃうよーって﹂
﹁わたしさ、よく隼人がつまんない人間だって言うじゃない
⋮⋮わ
少しだけ渇いてしまった喉をお酒で潤し、わたしはさらに自身を曝
足してた﹂
つ選べないから、選ばないって選択を自ら選んでるつもりになって満
足するように演じてたんだよね、自分に対して。どうせ自分では何一
モノなんて無くなってた。与えられたモノと与えられたレールで満
も、いつの頃からか諦めるのが普通になってて、いつの間にか欲しい
た。まだ幼かった頃にはたくさんあった欲しいモノもしたかった恋
﹁当たり前のようにそう育って来たから、それが普通なんだと思って
わたしは、生まれた瞬間から自分という物を持ってはいけなかった。
名家の長女として生まれた以上、家を継ぐ事が宿命づけられていた
雪ノ下の呪縛。
瞬間から、わたしには自由なんて無かった﹂
んだけど、わたしの場合はその選択肢自体無かったの。生まれ落ちた
雪乃ちゃんとは違う意味でね。あの子は言うことを聞く事を自ら選
﹁⋮⋮わたしはね、物心ついた頃からずっと父と母の言いなりだった。
そして君を手に入れる為に。
そしてわたしは語りだす。比企谷くんの心を掻き乱す為に。
﹁だから言ったでしょ
﹁雪ノ下、さん⋮⋮
×
﹁でもね⋮⋮こういう生き方が普通なんだって思ってたのに、それは
生き方をトレースした。つまらないわたしの出来損ないのレプリカ。
あいつも自分で選ぶ事を諦めて、そしていつからかわたしのような
⋮⋮隼人はわたしを映す鏡だ。
るみたい﹂
な い つ ま ら な い 人 間。ホ ン ト 大 っ 嫌 い ⋮⋮⋮⋮⋮ ま る で 自 分 を 見 て
て、面白い事なんて何一つ無い。なんでも出来る代わりになんにもし
たし隼人がホント嫌いなんだよね。なんでも器用にそつなくこなし
?
265
?
?
×
間違いだよ
って気付かせてくれたのが雪乃ちゃんだった。あの子
は⋮⋮わたしと違って自由を与えられていたから。わたしの幼い頃
雪乃ちゃんに対して嫉妬心が芽生えたのは
とは違って、あの子は自分の好きなモノを選べて、自分の好きな夢を
選べたから﹂
いつからだろう
?
⋮⋮それなのにあの子は⋮⋮雪乃ちゃんは、自分で何一
こんなのって許せる
わたしが生まれてから一
?
度も手にした事の無い、全てを諦めちゃってたわたしが唯一恋い焦が
﹁こんなのってある
頬を伝ってる雫がなんなのか、すぐには理解出来なかった。
最後に流したのは一体いつの事だろう。あまりにも昔の事過ぎて、
を流しているのか。
ああ、わたしは今、もう無くしてしまったと思ってた生ぬるい液体
懐かしすぎて〝それ〟に対して気が付かなかった。頬を伝う雫に。
⋮⋮その時、比企谷くんの表情が明らかに変化したのが分かった。
⋮⋮そうでもしないと、心が壊れてしまうから。
こんなに醜くくてこんなに弱い自分を周りに悟られないように。
叶いようのないそんな小さな夢が視界に入ってこないように。
だからわたしは仮面をつける事を選んだ。
んななんてことない普通の小さな女の子だった。
本気の夢だって持ちたかった、本気の恋だってしてみたかった、そ
なにも弱い、なんてことないただの女。
そう。わたしは仮面を脱ぎ捨ててしまえば、こんなにも醜くてこん
腹立つわよね。わたしはあんなにも自由が欲しかったってのに﹂
の に ⋮⋮ あ の 子 は ⋮⋮ 雪 乃 は 自 分 自 身 で 選 ば な い 事 を 選 ん だ の よ。
つ選ぼうとしなかったんだよ⋮⋮自由があるのに⋮⋮自分で選べる
﹁なのにね
その唯一の楽しい時間に苛立ちを覚えたのは。
楽しいと思えた可愛い妹と一緒に過ごす時間。
なんにも選べない、なんにも面白くない人生だったわたしが、唯一
?
?
266
?
?
﹂
どん
れていた自由を、ただわたしより後に生まれたってだけで手に出来た
って話だよね
雪乃が、その自由を自ら捨てるなんてさ⋮⋮バカにしてるよね
だけわたしをバカにしてんのよ
?
?
気味が悪い
恐ろしい
ず笑顔で語り続けるわたしを見て君はどう思うかな。
いにとめどなく溢れてきてるっていうのに、表情も口調も一切変わら
とっくの昔に無くしたと思ってた涙が、もう前が見えなくなるくら
?
めた。
そしてわたしは涙にまみれた両目で、しっかりと比企谷くんを見つ
つだけ、どうしても欲しいモノが⋮⋮﹂
ち ゃ っ た の よ。自 由 で な く て も い い。本 物 で な く て も い い。た だ 1
ん な 滑 稽 な 姿 を 見 ち ゃ っ た ら さ、わ た し も 柄 に も 無 く 欲 し く な っ
物とやらを必死に手にしようとして足掻いて藻掻いて苦しんでる、そ
うしても欲しいモノが見つかっちゃったんだよね。ありもしない本
﹁そんな風に期待して比企谷くんを見てたらさー、ずっと諦めてたど
るなんて⋮⋮
まってたのに、いつの間にかわたしを遠くに連れてって欲しくなって
と ん だ 茶 番 劇 よ ね。雪 乃 ち ゃ ん を 遠 く に 連 れ て っ て 欲 し く て か
そう。ここで計算違いが発生してしまった。
るんじゃないかって⋮⋮でもね⋮⋮﹂
るんじゃないかって。憎らしい雪乃をどっか遠くに連れてってくれ
﹁だから比企谷くんに期待したのよ。可愛い雪乃ちゃんを救ってくれ
原因に消えて欲しかった。ただそれだけ。
じゃない。ただ自分の胸のモヤモヤを晴らしたかった。モヤモヤの
こ れ が わ た し の 本 心。別 に 雪 乃 ち ゃ ん を 救 い た か っ た 訳 な ん か
から消え失せて欲しかったのよ﹂
雪乃ちゃんを雪ノ下の呪縛から解いて⋮⋮⋮⋮そしてわたしの視界
﹁だからわたしは雪乃ちゃんを救いたかった。雪乃ちゃんを救って、
時なのに簡単には外せないんだってさ、わたしは。
⋮⋮悲しいね。長年貼り付け続けてきたこの笑顔の仮面は、こんな
?
﹁ねぇ、比企谷くん。今は君は雪乃ちゃんの事で頭が一杯かも知れな
267
?
い。雪乃ちゃんの為にだけ心を痛めてるのかも知れない⋮⋮⋮でも、
でもさ、もしちょっとでも、ほんのちょっとでもその痛めた気持ちを
わたしに向けてくれる日がくるのなら⋮⋮⋮⋮そんな日がくるのな
ら⋮⋮﹂
そしてわたしは言う。
たぶんこの世に生まれ落ちたその日から、ずっと誰かに言いたかっ
た⋮⋮誰かに聞いて欲しかったこの言葉を。
﹁⋮⋮⋮いつか、わたしを助けてね﹂
こんな時なのにずっとはずれてくれなかった仮面は、この瞬間だけ
はいとも容易くはずれてくれた。
擦れた声で、震える唇で、消えてしまいそうな程に弱々しい表情で
吐き出したわたしの心に、比企谷くんの心が大きく動いた。
その目はどこを見ていたのか。
仮面のはずれたわたしの剥き出しの心を見ていたようでもあり、自
身の過去の記憶を、雪乃ちゃんを見ていたようでもあった。
⋮⋮⋮⋮ で も ⋮⋮⋮ そ の 目 が 何 を 見 て い た の だ ろ う と も う 構 わ な
い。
君はわたしにその表情を向けてしまったから。君はわたしの心に
心を揺らしてしまったから。
だからわたしはもう迷わない。どんな手段を講じようとも、わたし
は君を手に入れる。
その時、わたしの中の深い深い奥の方で、なにかが壊れたような音
268
がした⋮⋮
×
んだよ⋮⋮
なんかみっともないトコ見
たし決意が揺らいじゃうよ⋮⋮わたしは今から、君に酷いことをする
⋮⋮やめてよ比企谷くん⋮⋮そんな優しい言葉を掛けられたら、わ
無いです⋮⋮﹂
言えばいいか分かんないですけど⋮⋮その⋮⋮全然格好悪くなんか
﹁⋮⋮格好悪くなんて無いですよ⋮⋮なんつーか、俺なんかには何て
ろ見せちゃうなんてねー﹂
﹁いやー、わたしの話するとか言っといて、まさかこんな格好悪いとこ
﹁⋮⋮そんな事、無いです﹂
せちゃったね﹂
﹁あはははは、ゴメンゴメン比企谷くん
×
思い浮かばないの。
﹂
﹁とりあえず喉渇いちゃったし、一回なんか飲もうか
かおかわり貰える〟⋮⋮
﹁⋮⋮畏まりました﹂
?
バーカウンターへと倒れこんでいた。
ラ ス に カ ク テ ル を 注 ぐ 頃 に は ⋮⋮⋮⋮ 比 企 谷 く ん は 意 識 を 手 放 し、
そしてバーテンダーがシェイカーを小気味よく鳴らし、わたしのグ
企谷くんはそのジンジャーエールを一気に飲み干した。
わたしの長く息苦しい話によっぽど喉が渇いていたのだろう。比
まず比企谷くんには先にジンジャーエールを。
⋮⋮⋮〝なん
だからどうしても欲しいモノを手に入れる為には、こんな方法しか
1つも無かったから。
方法が分からないの。今までどうしても欲しいモノなんて自由以外
ごめんね。でもわたしには、君を手に入れる為にはこうする以外の
?
バーテンダーがドリンクの用意を始める。
?
269
!
×
﹁陽乃様⋮⋮比企谷様は随分とお疲れのご様子ですので、お部屋の方
へお連れしておきます﹂
わたしは、継ぎ足されたカクテルを傾けながらバーテンダーに声を
掛ける。
﹁ええ⋮⋮ありがとう、都筑⋮⋮﹂
薄暗く無音のバーで一人きりになったわたしは、一口、また一口と、
ゆっくりとカクテルを傾け続けた。
そこに響くのは、グラスと氷がぶつかる音とわたしの心音だけ⋮⋮
×
雪乃ちゃん。ごめんね
でも雪乃ちゃんが悪いのよ
わたしは何度も何度もチャンスを与
冷ますように、エレベーターでは無くゆっくりと階段を下りる。
お酒で火照った体と、初めて経験する逢瀬への想いで火照った心を
無人のバーを後にし、わたしはその部屋へと歩を進める。
日わたしがリザーブしておいた部屋がある。
ホテル最上階に位置するエンジェルラダーから数階下った階に、今
×
今まではその姿に嫉妬してその姿に吐き気がしてたけど、もうお姉
んでいけばいい。
だからもういいよ、雪乃。貴女は貴女が望む選ばない道を永遠に歩
ないように、お姉ちゃんが守るしか無いじゃない。
だったら⋮⋮せっかくの良いモノが雪乃ちゃんのせいで悪くなら
るんだもの。
そしてさらにその良いモノさえもつまらないモノに変えようとす
上さらにあんなにも良いモノをわたしの前にぶら下げるんだもの。
にもわたしを苛つかせて、あんなにもわたしを呆れさせたのに、その
わたしがずっと欲しかったモノをいとも簡単に投げ出して、あんな
えたのに、それなのに貴女が自分自身で選ばないから。
?
?
270
×
ちゃんは大丈夫だから。
欲しいモノを手に入れるから。もう雪乃には興味なくなるから。
部屋の扉を開け、わたしは真っ直ぐベッドへと向かう。
そこには、比企谷くんが安らかな寝息をたてていた。
﹁ふふっ、いつもは達観したつもりになってる憎たらしい顔も、こうし
てるとホント可愛いね﹂
ベッドに腰掛け優しく頭を撫でてみた。
わたしらしくもない。胸がこんなにも苦しいだなんて。
締め付けられるように苦しい胸が少しでも慣れるように、そっと頬
にキスしてみた。
どうやら逆効果だったようだ。余計に締め付けられる。
わたしはベッドから立ち上ると、わたしを着飾る全てをはずしてい
271
く。
アクセサリーも、ドレスも、そして仮面も。
そして平素と変わらない寝衣を身に纏い、比企谷くんにゆっくり
と、覆い被さるように身を寄せた。
比企谷くん。ごめんね
比企谷くん。ごめんね
愛するモノの温もりは、こんなにも心が温かくなるんだね。
直接触れ合う肌と肌。今までに感じた事のない温もりを感じる。
いわたしを許してね⋮⋮
こんなにも酷い、君を傷つけるやり方でしか君を振り向かせられな
たらいいかわたしには分からないの。こんな方法しか知らないの。
本当に欲しいモノを手にした事が無かったから、どうやって手に入れ
必要と感じたモノはどんな手段を講じてでも手に入れて来たけど、
た自由がどうしても手に入らないモノだったから。
わたしは今まで欲しいモノなんて何一つ無かったの。唯一欲して
?
?
?
わたしは今まで何一つ愛した事が無いの。
だから愛し方が分からない。どうやって愛したらいいか分からな
いの。
だから⋮⋮⋮⋮もしかしたらわたしは君を愛しすぎて壊してしま
うかもしれない。わたしは気に入ったモノは構い過ぎて壊しちゃう
のよ。
だから初めて感じる悦びが楽しすぎて、君を壊してしまうかも⋮⋮
でも安心してね。その時はわたしも一緒に壊れていくから。二人
で一緒に壊れていこうね。
×
君を、壊してしまうくらいに強く強くこの手に抱き、この温もりの中
そしてわたしは堕ちていく⋮⋮この初めて感じる温もりをくれた
を離さない。誰にも渡さない。
だからどれだけ壊したとしても、どれだけ壊れたとしても、もう君
居られる気がする⋮⋮
肌で、心で感じていられる今だけは、わたしは雪ノ下では無く陽乃で
でも⋮⋮それでもこの瞬間だけは、自分で選んだ愛する君の体温を
わたしはわたしでは無く雪ノ下なんだ。
ないのかも知れない。
でもこんな事をしても、結局わたしは雪ノ下の呪縛からは逃れられ
手にしたなんて生易しい物では無いけれど。
手にした。
わたしは雪ノ下に生まれ落ちて、初めて自分で選んだ欲しいモノを
×
に堕ちていく⋮⋮どこまでもどこまでも⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮
終わり
272
×
ゼクシィで行こう
四月。
俺はちょうど一年前と同じように、新学期早々職員室に呼び出しを
食らっていた。
そして目の前で額に血管を浮かばせながら素敵な笑顔で一枚のプ
リントをヒラヒラさせているこの人物も、ちょうど一年前と変わらな
い人物なのである。
私を馬鹿にしているのかね⋮⋮﹂
変わった所と言えば、現国担当から担任へと変わった事くらいか。
﹁比企谷⋮⋮君はアレか
﹁いや、そんなつもりは毛頭ないんですが﹂
﹁ほう。だったらなぜ未だに進路希望調査表に記入するのが専業主夫
なんだ﹂
﹁やはり県内有数の進学校に入った以上、三年にもなればどいつもこ
いつも勉強に明け暮れて夢も希望もない最後の一年を過ごす訳じゃ
ないですか。こういう時こそ夢を諦めないという姿勢を堂々と胸を
﹂
張って言えるような、そんな素晴らしい大人に私はなりたい、と思い
ましてですね⋮⋮っっっ
ビュオォォっと頬をなにかが掠めた。
それがなにかは今さら説明するまでもないですよね。
﹁まったく⋮⋮君はこの一年で随分成長したのかと思っていたのに、
根っこはなんにも変わってはいないな﹂
﹂
﹁人間そんな簡単に変われるもんじゃありませんよ。先生だって変わ
らず生きてきたからこそ未だ独り身なワケじゃないでぶぉっ
ブリットォォォとの叫びと共に腹にボウリングの玉でも投げ付け
!!
273
!
?
!
られたかのような鈍く重い痛みを感じた瞬間、俺はそのまま崩れ落ち
×
た⋮⋮先生⋮⋮そんなだから⋮⋮相手⋮⋮が⋮⋮⋮⋮⋮
×
×
﹁そ も そ も 君 は ア レ だ な。専 業 主 夫 と い う も の を 舐 め て は い な い か
ね﹂
⋮⋮いや、俺うずくまったままなんすけど、そのまま説教が続くん
ですかね⋮⋮
﹁昨今は夫婦共働きが常識だ。まぁ旦那の稼ぎだけでは余裕のある生
活が出来ないからというのが主な原因なのだろう。つまり、いくら結
婚したとしても専業主夫で居られる確率などかなり低いのだよ。ほ
んの一握りと言えるだろう。つまり専業主夫だなんだとバカな進路
希望をいくら語っても、現実的には普通に就職し普通に暮らすよりも
よっぽどハードルが高いのだよ﹂
確かに専業主夫が希望の俺ではあるが、なんかここまでまともな返
しをされるとつい﹁ネタにマジレス乙w﹂とかって頭に浮かんでしま
う俺は、専業主夫の夢はまだまだ遠いな⋮⋮と思いました。
なんなら旦那を養ったっていいくらいの気持ちで着実
﹂
静ってそ
話が逸れまくってなんかキレ始めちゃいましたけ
くれる相手が見つからないとは一体どういうことだぁっ
あっれ∼⋮⋮
良いのに、なんで彼氏できないのぉっ
わたしなんてぇ、旦那の稼ぎ
んなに綺麗でそんなに仕事が出来てキャリアウーマンみたいで格好
﹁つい先日大学時代の友人に言われたのだよ。﹃えぇ∼っ
どこの人⋮⋮
!!
?
?
?
わたしも静みたいに仕事してキラキラしたぁいっ
﹄⋮⋮と
!
274
なんだよ俺って心の中では実は専業主夫ってネタだと思ってんの
かよ。
ブリットの一撃からようやく立ち直るも、このまま真面目な返しが
私などは専業主婦どころか聖職者として
続くのかと思った矢先、いきなり風向きが変わった。
﹁大 体 こ の 私 を 見 た ま え
ないんだぞ
日々真面目に働いているというのに、貰ってくれる相手さえ見つから
!
に社内⋮⋮いや校内での地位を確立していってるというのに、貰って
!?
がいいからパートとかする必要もないからぁ、もう毎日ヒマでヒマ
でぇ
なっ﹂
!
その友達の物真似なのか知らんが、超あざとい時の一色みたいな喋
り方で回想を説明してくれたあと、とてもニッコリした。
お前は大学時代からいつもいつもそう
だが俺は知っている。次の瞬間般若になるであろう事を。
﹁ふざっけるなぁ葉子ぉぉぉ
お前み
サークル活動してれば男とイチャイチャイチャイチャ
しまくって、合コンやれば直ぐ様お持ち帰りされおってぇぇ
だったなぁ
!!
﹂
おっぱいデカいし美人だしおっぱいデカいし﹂
﹂
ききき君はあ
と平塚先生を見ると、なぜか真っ赤になって頬を両
なんだその可愛らしい声は。
﹁ふぇっ⋮⋮
ふぇ
どうしたんだ
手で押さえていた。
﹁にゃにゃにゃにゃにを言っていりゅんだね比企谷っ
どうしたのこの人。
﹂
そそそそんなふ
!?
しだらで背徳的な関係になどなれるわけなかろうがぁっ
え
!
ちゃおうかな
ま だ と マ ジ で 俺 が 貰 う 事 に な り そ う で 恐 え ぇ よ ⋮⋮ て か も う 貰 っ
そうだし⋮⋮⋮⋮なんで結婚出来ないんだろうな、この人⋮⋮このま
実は超綺麗だし生徒思で格好良いし仕事も一生懸命で稼ぎも良さ
だけどホントいい人なんだよ⋮⋮
⋮⋮ああ、もうホント誰か貰ってやってあげてくれよ⋮⋮こんなん
た。
涙ぐみながら激高する三十路の担任を前に俺は脳内で祈りを捧げ
すいません⋮⋮ここ職員室なんですけど。
がぁぁっ
たいのがいるから私にはいつまでもご縁が巡って来ないんだろう
!
!?
!? ?
﹂
?
ど⋮⋮
﹂
﹁あ、あの、先生
﹁きゃっ
!?
275
!
くまでも私の生徒であり私は君の教師なのだぞっ
!
?
?
なんかワケ分かんない事をすげぇ早口でまくしたててるんですけ
?
って。
マジでどうしちゃったのん
!??
きゃっ
?
き、きゃっ
え
なに
!?
?
き、きょおっ⋮⋮今日はもう行きたまえっ
×
そして俺は平素と変わらず部室へと足を向けるのだった。
さんが恐いからやっぱいかないとマズいですよねー。
ま、助かったからいいか。今日はこのまま帰っかな。いや、雪ノ下
⋮⋮
な ん だ か 良 く 分 か ら な い う ち に 職 員 室 を 追 い 出 さ れ て し ま っ た
!
げぇモジモジしてんだけど。
﹁も、もういい
!
﹁は、はぁ⋮⋮﹂
﹂
やべぇどうしよう⋮⋮椅子に座りながらなんか内股になって、すっ
?
し、まったく俺の方を見ようとはしない。
そしてすっかり部活に顔を見せなくなった。
俺、あの時なんかやらかしたっけ
いつまでも専業主夫専業主夫と言ってるから怒っちゃったのか
?
ちゃったから恥ずかしいのん
超行きたくないんですけど⋮⋮
?
た。
⋮⋮え
なにあれ
瞳でモジモジしている平塚先生が、ちょいちょいと俺を手招いてい
そちらへ目を向けると、そこには廊下の角に半分身を隠して潤んだ
昇降口へと向かう廊下で、なんか前方から視線を感じた。
て帰宅の徒に着こうとしていた時だった。
そして今日も様子がおかしいままに一日が過ぎていき、部活も終え
でもどっちも今更っちゃ今更なんだよな。
?
そ れ と も 勢 い で 大 学 の 友 人 と の ト ラ ウ マ を カ ミ ン グ ア ウ ト し
?
HRの時間も平塚先生はなぜか常に頬を染めてモジモジしている
あれから数日経ったのだが、どうも様子がおかしい⋮⋮
×
?
276
×
しかし行かないワケにはいくまい。無視したらどんな説教︵肉体的
﹂
な︶が待ってるか分からんからな⋮⋮
﹁⋮⋮えっと、なんでしょうか⋮⋮
あってね
﹂
なんで言い直した
ど⋮⋮
﹁ど、どうしました⋮⋮
﹂
﹁えっと⋮⋮その⋮⋮比企谷
先日言ってたこと
専業主夫の件か。
⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮ああ、
とか思っちゃ
いやいやいや、マジで今更だな。俺ずっと言ってましたよね
いやまぁ確かに先日、俺自身も若干ネタなんじゃね
いましたけどね
﹂
﹂とか若干キモいんですけ
?
﹁⋮⋮先日言ってたことは、その⋮⋮ほ、本気⋮⋮なのか⋮⋮
﹁は、はい﹂
﹂
しかも﹁あってね
﹁す、すまんな⋮⋮どうしても確認したい事があってな⋮⋮い、いや、
なんか担任のハズなのに、会話するのが久し振りな気がしますね。
?
?
だ。夢を簡単に捨てるような、そんな大人になんかなりたくないよっ
うじゃないか。
﹁もちろん本気ですよ
﹂
と恐る恐る平塚先生を見ると
なにせ俺の本気の夢ですからね
しん⋮⋮と静まる返る廊下。
やばいブリットが飛んでくるぅぅ
!
後にガーン
と見えそうなくらいの表情で立ち尽くしていた。
⋮⋮⋮⋮そこには怒りでは無い違う感情に支配されている先生が、背
!
!
た。
なんかもう意味分からんと引いていると、ようやく先生が口を開い
に内股になってモジモジし始めてしまった。
そして見る見る茹でダコのように頬を赤らめると、先日と同じよう
!
277
?
?
しかしやはり捨てきれない夢である事なのは間違いないはずなの
?
?
?
?
?
?
だからまた怒られるかも知れないが、堂々と胸を張って言ってやろ
!
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮そ、そうか⋮⋮君の気持ちは良く分かったよ⋮⋮さす
がに最初はそんな関係になるのはどうかとも思ったのだが⋮⋮ひっ、
比 企 谷 が そ こ ま で 言 う の な ら ⋮⋮ 夢 だ と ま で 言 っ て く れ る の な ら
一体なんのこと言ってるんだ
⋮⋮そこまで真剣な気持ちを、わ、私としても無下に扱う事など出来
んな⋮⋮﹂
⋮⋮そんな関係
?
命頑張りますので﹂
一生懸命頑張るのか
!?
幸せに出来るように
﹁はうんっ⋮⋮
﹂
妻を支えて︶絶対幸せにします
!
この人。
?
﹁そ、そうだな。じゃ、じゃあ気を付けて帰るんだぞ⋮⋮⋮⋮帰って
ち去る事にした。
なんかいつまでもこの場に留まるのは危険と判断し、俺は早々に立
﹁それじゃそろそろ帰りますんで、失礼します﹂
マジでどうしちゃったの
﹂
﹁はい。夢を叶える姿を先生に見せてやりますよ。︵専業主夫として
だから俺は平塚先生に言う。思いの丈を心の底から。
てのはとても有り難い事だ。
なくなっちまうな⋮⋮でもまぁ見ていてくれる教師が近くに居るっ
なんかそこまで専業主夫の夢を応援して貰えると、なんだか申し訳
の役目だからな。
そうだな。専業主夫として妻を支えて幸せにするのが立派な主夫
?
つか幸せに出来るように、き、君の頑張りを見ているからなっ﹂
﹁いっ
⋮⋮そ、そうか。夢だものなっ⋮⋮い
﹁えっと⋮⋮ご理解頂いてありがとうございます。夢に向けて一生懸
うとはな。
しかし先生が俺の専業主夫志望を前向きに捉えてくれる日がこよ
りがあるというのか⋮⋮
俺が専業主夫になりたいのと、そんな関係ってのは一体どんな繋が
?
いやなんだよはうんって。
!
278
!
ね﹂
⋮⋮そんな
なぜかモジモジと帰ってねと言い換える平塚先生を背にしながら、
俺はもう道を引き返す事が出来ないんじゃなかろうか
?
漠然とした不安にザワザワとした気持ちになるのだった⋮⋮⋮
279
続く
?
続・ゼクシィで行こう
∼
度々噂となっている。
∼恋する乙女は夢を見る
﹁やべぇ⋮⋮平塚先生そろそろ結婚すんじゃね
﹂
﹁なっ
﹂
これでよう
!
静先生、出来ちゃった婚するって噂だよ∼
やく気を遣わなくて済むようになっかもっ﹂
﹂
﹁ねぇねぇ聞いた∼
﹁ウッソー
!?
?
シィ︶が置かれているなどの奇行が目立つようになり、クラス内でも
忘れていったのか故意なのか、よく教壇の上に私物の雑誌︵ゼク
平塚先生が謎の行動を取り始めてからはや数週間。
!
たのかよ⋮⋮
静泣いちゃうから決して聞かれないようにしてっ
きた平塚先生なのだが、教壇の上に忘れ去られた
私物の雑誌に気が
一時限目の現国授業の為に、ガラリと漢らしく扉を開けて入室して
﹁おーい、みんな席につけー﹂
など到底有り得ないんだよな∼、残念ながら。
あれから急に結婚話が持ち上がったとか、ましてや出来ちゃった婚
なぜならほんの数週間前に職員室で魂の叫びを聞いたから。
しても腑に落ちない点があるからだ。
ま、喜ばしい事なのではあるが、所詮は噂なのだろう。俺にはどう
!
⋮⋮しかし平塚先生。俺たち以外の生徒にも普通に気を遣われて
けだ。
外の俺は噂をしているわけではない。ただ耳に勝手に入ってくるだ
もちろん噂となっているのはクラス内なので、エブリタイムクラス
?
ついた途端に真っ赤にもじもじと教室内を見渡し、なぜか俺と目が合
?
忘れちゃった☆﹂
280
!
うとわざとらしく独り言のような小さな声で
﹁きゃっ
!
とか呟いてやがった。
そんな平塚先生を、クラス中の生徒がチベットスナギツネみたいな
目で見てやがる。
いやこれマジで単なる噂だけじゃ無いのかも知れませんね︵白目︶
×
と、日曜の今日は朝からスー
!
着。
いやいつ打ったのっ
恐る恐るメールを開く。嫌だ見たくないよっ
もしかしてまだ寝てるの
?
辞儀されてしまいました︵笑︶あんな風にいつまでも仲良く過ごされ
ね。可愛いワンちゃんですね、と声を掛けたら、とても嬉しそうにお
たら、とても可愛らしい犬を連れた素敵な老夫婦とすれ違いまして
りますよ
ふふっ、先日は早起きのあまり気持ち良く散歩などしてい
かな ︵笑︶私は毎日早寝早起きでとても充実した休暇を過ごしてお
い大型連休をいかがお過ごしでしょうか
[比企谷くんこんにちは、平塚です。麗らかな初夏の空気が心地よ
!
!?
しばらく鳴っていたが、ようやく止まった次の瞬間にはメールが到
ツなんか居るわけねぇだろ。
いやだって、休みの日に平塚先生から掛かってきた電話に出たいヤ
でがデフォ。
液晶画面を見てから、そっとスマホを置いて見なかった事にするま
ブブブっとスマホのバイブが鳴りだした。
をBGMに読書をしていた時だった。
に涙して、その流れで題名の無さそうな音楽番組から流れてくる音楽
パーヒーロータイムで熱くなり、プリっプリでキュアっキュアなやつ
とはいえたまには息抜きも必要だぁ
つっても受験生の身である俺は結局勉強に明け暮れるんだけどな。
た。
さらに数日過ぎて、俺はようやくGWという名の自由を手に入れ
×
?
?
281
×
ている素敵な老夫婦を見ると、私などはすっかり和やかな気持ちに
まだ続くのん
なってしまいます︵笑︶ところで]
長げぇわ
?
ちょっと比企谷くんと久しぶりにラーメンが食べたくなって
﹂
⋮⋮⋮⋮⋮メール、今見てます
⋮⋮⋮⋮もうそろそろ到着しますのでよろしくおねが]
﹁到着しちゃうのっ
ピンポーン⋮⋮
なに
なんかカメラとか仕掛けられて無いよね
うそまじで⋮⋮
え
?
やべぇよ⋮⋮百烈拳なの⋮⋮
インターホンがひでぶっちゃうっ
﹁ひぃっ
﹂
か目が合った。
ようやく静かになったかと一息ついて本から視線を上げると、なん
息を潜め本を読み続ける事およそ五分。
!
?
ポピンピンピンピピピピピピピピピピピンポーン⋮⋮
ピ ン ポ ー ン ⋮⋮ ピ ン ポ ー ン ⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮ ピ ン ポ ピ ン
ここは居留守一択でしょ⋮⋮
達と遊びに行っている。
これはマズい。だが今日は幸い家に居るのは俺一人だ。小町も友
?
!?
?
よね
⋮⋮⋮⋮⋮電話、気付いてますよね
中 々 繋 が ら な い の で、こ う し て メ ー ル を さ せ て 頂 い た 次 第 で す。
し ま っ た も の で ⋮⋮ ♪ と 思 い 先 ほ ど 何 度 か 電 話 を 掛 け た の で す が
んか
[せっかくの連休ですし、たまにはラーメン屋さんにでも行きませ
!
?
静ちゃん
!
!
らっしゃいました。
こ ー ら っ
ゾっ☆
教師の癖に不法侵入なんかしちゃダメだ
視線の先には、庭からリビングの窓を覗き込んでいる平塚先生がい
!?
282
?
?
!?
もちろん教師以外も不法侵入ダメ
絶対
!
目が合った途端にとてもニッコリとした平塚先生からは、今日は逃
!
げられないのだろうなと思いました。
×
﹂
?
で。心配して頂いてありがとうございます﹂
い。
そうか
しかしなにもなくて良かった良かった
いやいや、結婚の噂とかは
それにラーメン食いに行くだけで、なんでそんなにお洒落なんだよ
んか脚とか引き締まっててこれまた無駄に綺麗だし。
⋮⋮せ、先生がスカートとは⋮⋮無駄に美人だから困んだよなぁ。な
しかし今日の先生は、割と丈の短めな黒の大人なワンピース姿か
!?
定も無くて寂しいんだろうな。
まぁラーメン食いに行くくらいならいいだろう。GWになんの予
仕方ないので先生に待っていてもらい、外出の準備をしてきた。
ね無いんです。
嬉しそうに同行を促してくる先生だが、俺に選択権は無いんですか
﹁よしっ
それじゃあ行くかっ﹂
しかし休日に生徒の家に押し掛けるとかさすがに引くわ。てか怖
!
嘘です全て確信犯です。
﹁そっ
!
と、急にぱぁっと笑顔の花が咲いた。
!
ホント悪い人じゃねぇんだけどなぁ、この人⋮⋮
﹂
﹁いや、俺も読書に夢中になりすぎて電話とか全然気付かなかったん
だってあの平塚先生がすげぇしゅんってしてんだもん。
可哀想になってしまった。
まぁ俺も電話もメールもインターホンも無視したしな、と、ちょっと
玄関にて本当に申し訳なさそうに不法侵入を謝罪する先生を見て、
ものかとちょっと心配になってな⋮⋮なってね
﹁すまんな⋮⋮比企谷⋮⋮なんの応答も無かったから、なにかあった
×
!
283
×
⋮⋮
先生は先に運転席に乗り込むと、俺には助手席に乗り込むようにと
手招きした。
指示に従い助手席のドアを開けると⋮⋮
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂
いやなんでだよ⋮⋮
つい最近の愛読書を助手席に置きっ
もう妊娠までしちゃってるのん
この件に触れた方が
その下にはたまごクラブひよこクラブとかまであん
助手席には、先生の私物のゼクシィが置かれていた。
っ て お い
なに
じゃねぇかよ
え
いいのん
﹂
﹁⋮⋮お、おっと、スマンスマン
くるんですけどっ
ダメだ
﹁⋮⋮もうっ﹂
比企谷ったらしょうがないなぁっ
ってくらいのニュアンスで、軽
くっ⋮⋮触れちゃダメだ触れちゃダメだ触れちゃダメだ触れちゃ
!
な、なんかはにかんだ表情で触れて欲しそうに横目でチラチラ見て
俺は黙って助手席へと腰をおろした。
イカンこれはなんか知らんが触れたら負けな気がする⋮⋮
﹁あ、や、大丈夫です⋮⋮﹂
言いながらゼクシィ達を後部シートへ大事そうに移動させる。
ぱなしのままだったよ
?
!
!!
?
僕はどうしたら正解だったんでしょうか⋮⋮
×
車に乗る事どれくらいだろうか
×
?
284
!
!
?
?
くクスリと微笑んだあとやれやれと溜め息を吐く平塚先生。
!
!
ほんの数分のような永遠のような時間が過ぎていき、車は目的地へ
?
×
と到着した。
﹁比企谷、着いたぞっ﹂
ワクワクが止まらない少年のように車を降りる先生。
あんたどんだけラーメン好きなんだよ。
なんも聞いて無かったわ。
しかしそういえば今日はいきなり無理矢理連れてこられたが、どこ
のラーメン屋に来たんだ
ここって﹂
言洩らした。
﹁あれ
?
﹂
?
こっちを見るんじゃありません
ら な ん で 照 れ 照 れ し て ん だ よ。両 頬 を 手 で 押 さ え な が ら 流 し 目 で
突っ込む前にそそくさと店内へと入っていく平塚先生。いやだか
そしてゴニョゴニョってなんだよ。
なんの思い出ですかね。
⋮⋮その⋮⋮ゴニョゴニョ⋮⋮も、近くにあるからな⋮⋮あるしね﹂
﹁ま、ま ぁ そ れ も そ う な ん だ が ⋮⋮ こ こ は 思 い 出 の 場 所 で も あ る し
ま、もっともそこには卒業してからとか言ってたが。
お勧めの店でも良かったんじゃないですかね⋮⋮
﹁だったらあの時に先生が今度連れてってくれるって言ってた先生の
しかし、だったらなぜこの店なのか
確かあの時⋮⋮
キャラの路線変更でもしようとしてるんですかね。
日この頃。もちろん意図は解りかねますが。
思い出したかのような言い直しもそろそろ慣れてきてしまった今
に来たかったのだよ⋮⋮来たかったの⋮⋮﹂
﹁ふふっ、以前君に紹介して貰ったラーメン屋だからな。今日はここ
そこは、随分前に平塚先生と一緒に来たラーメン屋だった。
﹁ふふっ、どうだ比企谷。懐かしいだろう
﹂
車から降りて本日ご厄介になるラーメン屋の店構えを見て、俺は一
?
の時間だからか、すんなりと店内に入れた。
以前来た時は行列に並んだのだが、今日はまだ開店直後という早め
!
285
?
?
二人揃って迷わずとんこつを選ぶ辺りが漢らしいよね
﹁コナオトシで﹂
相変わらず注文の仕方が格好良すぎる女だぜ。
くってたっけな。
あの時なんで先生と一緒に来たんだっけか
んて着てたんだっけね。
なんで先生ドレスな
な 黒 の ワ ン ピ ー ス ⋮⋮ む し ろ ド レ ス を 着 て 周 り の 客 か ら 目 立 ち ま
⋮⋮⋮そういや格好といえば、以前来た時も平塚先生はこんなよう
!
やー、やっぱ旨いわ
﹁は
は、はぁ﹂
ラーメン最強説は健在だねっ
﹁では駐車場から車を取ってくるから入り口で待っていたまえ﹂
!
熱き戦いも、やはりラーメンさんの勝利で幕を下ろし店を出る。い
失礼だからな。
に集中せずに余計な思考に気持ちを紛らわすなんてラーメンさんに
そんな不毛な考えなど吹き飛ばし、しばし戦いへと集中する。戦い
?
ケがある。
だって車取ってくるもなにも、駐車場目の前なんだもん。
来た時は俺も駐車場から来たよね
開けると⋮⋮
愛読書をっ
スマンスマン
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂
﹁おっと
しまったみたいだ
﹂
⋮⋮愛読書を助手席に置きっぱなしにして
平塚先生が﹁乗りたまえ﹂と目で語り掛けてるので大人しくドアを
さま車が横付けされました。
もちろん目の前から車を取ってくるだけだから待つこと数秒、すぐ
腹も一杯だし、お言葉に甘えるとしましょうかね。
まぁ一応、待ってろと言われたら待っているのが世の情け。
?
さ っ き そ の 私 物 の 愛 読 書︵ゼ ク シ ィ 他︶っ て 後 部
!
!
シートに置きましたよね⋮⋮
?
あ っ れ ∼ ⋮⋮
!
?
!
286
!
若干〝は〟のゲシュタルト崩壊を起こしかねない俺の返事にはワ
?
え
やっぱ触れなきゃダメなのん
だが断る
触れてしまったら大事な何かを失ってしまいそうなのん。
逃げなきゃダメだ逃げなきゃダメだ逃げなきゃダメだ
?
だから黙って座る俺を、小指の爪を噛みながら悩ましげな表情でチ
﹂
ラチラ横目で見てくるのやめてっ
﹁さ、さぁ、行きましょうかっ
!
﹁⋮⋮意気地なしっ⋮⋮﹂
いやいや小声でボソッとなに言ってんの
!?
一切先生を見なかった事にして出発を促す。それはもう必死に。
!
どうしたら正解なのっ
!?
確かに俺は自他共に認めるヘタレではあるが、この状況で意気地な
しってどういうこと
!?
た だ し 正 解 を 出 し て は い け な い の だ と 強 く 強 く 感 じ て お り ま す。
まる。
×
×
た。
だがなぜか逆方向に⋮⋮
﹂
﹁え っ と ⋮⋮ ラ ー メ ン 食 い 終 わ っ た し、も う 帰 る ん じ ゃ な い ん す か
⋮⋮
従姉に負のオーラを撒き散らしながら仄暗い呪咀を吐いていた結婚
そう、ここは以前平塚先生が黒き衣︵ドレス︶を身に纏い、年下の
とすぐに止められた。車を降りた先に広がった光景は⋮⋮⋮⋮
一体どこに連れてかれるのかと思いきや、車はほんの少しだけ走る
くっそ⋮⋮俺を殺す気かよ⋮⋮
はキツい。
言い直しに慣れてしまった俺も、さすがに平塚先生の﹁あるの⋮⋮﹂
⋮⋮﹂
﹁あ、あ あ。も う 一 ヶ 所 だ け 寄 り た い 所 が あ っ て ね ⋮⋮ あ、あ る の
?
287
!
!
?
まだまだ納得がいかない様子ではあるが、先生は渋々車を発車させ
×
もしかしてゴニョゴニョってここなの
式場兼教会だった⋮⋮
え
﹁ふふっ、懐かしいな⋮⋮﹂
先生がはにかんだ笑顔で教会を眺める。
たからね
いやアンタそんな素敵な笑顔で懐かしめるような状態じゃなかっ
?
⋮⋮﹂
ど
?
ろうか⋮⋮
こかで知らず知らずの内にとんでもないヘマをやらかしていたのだ
俺は⋮⋮⋮⋮どこかで致命的なミスを犯したのだろうか⋮⋮
てか敏感じゃなくても、ここまでお膳立てされれば馬鹿でも解る。
?
クスリと微笑みながら、頬を染めて優しく俺を見つめる先生。
いやアンタ花嫁どころか花嫁に怨念送ってる側だったからね
んなら連れ去られたのは俺の方だしね
!?
俺はそこらのラノベの鈍感系主人公ではない。むしろ敏感だ。
な
往年の名作映画、﹃卒業﹄のヒロインにでもなったかのようだったよ
かなかの運命を感じたよ。辛い教会から連れ去られるなんて、まるで
﹁あの時はかなり参っていたのだが君に助けだされたからな。正直な
?
﹁ときに比企谷﹂
﹁ひひゃひゃいっ
﹂
﹂
は、八月八日が誕生日になりますっ
﹁君は確か八月くらいが誕生日だったかね
﹁そ、そっすね
!
?
!
な、なぜ急にそんな話に⋮⋮
!
谷ももう18かぁ、それは楽しみだな、なぁ比企谷⋮⋮
﹂
になるのか⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮ふふっ、そうか比企
﹁⋮⋮⋮⋮⋮そうか。それではあと三ヶ月もすれば、ついに君も18
?
﹂
恐怖と後悔に白目を剥きかけていると先生から声が掛かる。
?
?
288
?
まるで純真な少女のように赤らんだ頬で、平塚先生はいつぞやの
⋮⋮⋮⋮そう、クリスマスイベント辺りで奉仕部が崩壊しかけていた
時に連れていかれた東京湾河口の橋の上と同じように俺の肩を優し
く抱いた。
だがあの時と明らかに違う、まるで包み込むように⋮⋮ともすれば
獲物を絡めとる蜘蛛の糸のような、粘っこくまとわりつくような、も
あー、楽しみだなぁっ
⋮⋮⋮⋮ねっ、比企谷っ⋮⋮﹂
う逃げ道などないかのような抱き方で⋮⋮
﹁はっはっは
!
もじもじと内股になりながらもバシバシと背中を叩く平塚先生を
戦慄の眼差しで見ながら俺は思う⋮⋮
?
僕、もう終わりなのん
終わり︵意味深︶
289
!
ぼっち王子はぼっち姫の居城へと︻前編︼
ついに来てしまったのか⋮⋮
目の前にそびえる、特になんの変哲もないごく一般的な一軒家が、
今の僕には監獄に見えますよ
いや、ここに入ったあとに監獄に連れていかれるのん
って目
他人の家にお呼ばれするのなんて、子供の頃にお情けでお誕生会に
呼ばれて以来だ。
もちろん呼んでもらえたはずなのに、コイツなんで居んの
で見られるまでが通常営業です。
﹁お、おう﹂
﹁八幡いらっしゃい。待ってたよ﹂
の顔を見るなりうっすらと紅色に染まる笑顔の花が咲いた。
い黒髪をシュシュでポニーテールにした可憐な少女が顔を覗かせ、俺
しばらくすると玄関がガチャリと開き、可愛らしいエプロン姿で長
ロチンが落ちてきた音に聞こえるからアラ不思議。
ピンポーンと、普段ならなんてことのない音のはずなのに、今はギ
そして俺は意を決してインターホンに手を伸ばした。
の感じで問題ないだろう。
一応手土産は持った。服装もカジュアル過ぎず真面目過ぎずなこ
?
門までとてとてお出迎えに来てくれた留美は、俺の手をぎゅっと握
り玄関まで引っ張っていく。
いやだから普通に手を繋ぐの恥ずかしいからやめて貰えませんか
290
?
?
俺は今日、ついに鶴見家への強制呼び出しを食らったのだ。
×
×
﹁八幡。早く入って。時間勿体ないから﹂
×
ねルミルミ。
しかし後ろ姿しか見えない留美を見ると耳が真っ赤になっている
事から、そんなに普通ってわけではなさそうだ。ふ∼っ、一安心だぜ。
やだむしろ恥ずかしいっ
﹁入って﹂
﹁おじゃましまーす⋮⋮﹂
ろう、スリッパでパタパタと走ってくる音がした。
や、やべぇ⋮⋮ついに遭遇しちまうのか⋮⋮大丈夫
?
待ってたわよ∼
ふふふっ、
んな目をした男連れてきちゃったら、普通通報しちゃうよね
比企谷くんね
﹁あらいらっしゃ∼い
?
?
真っ赤に俯くルミルミ。
ピンポン鳴った途端にすごい勢いで飛び
やばいなんか可愛いんですけど。
てか俺まで赤くなっちゃうからやめてね
でママ呼びはちょっと恥ずかしいですよねー。
由比ヶ浜は除外な方向でオナシャス。
﹁えっと⋮⋮初めまして。留美⋮⋮さんの、知人
す﹂
?
知人だなんて他人行儀ねぇ。留美
!
もしくはお義母さん
いや呼べるかよ。
よ
﹂
の母親やってます⋮⋮えっとぉ、ルミママって読んでくれればいいわ
﹁あら、こちらこそ初めましてー
の比企谷と申しま
にしても普段はママって呼んでんだな。やっぱこの思春期に人前
!
﹁マっ⋮⋮お母さん⋮⋮うるさい。余計なこと言わないで⋮⋮﹂
出してっちゃうんだから∼っ﹂
﹁まったくもう留美ったら
即通報されるような事はなさそうだ。
しかもイケメンとかいうお世辞はどうでもいいとして、とりあえず
さすが留美の母親だな。想像以上に美人だ。
パタパタと現れたのは、これまたエプロン姿のとても綺麗な女性。
ママ安心しちゃったぁ﹂
結構イケメンじゃない
!
?
可愛い娘がこ
ドアをくぐって玄関に入ると、たぶんリビングがある方向からであ
!
!
?
291
!
?
﹂﹁⋮⋮
﹂
このこのぉっ﹂
﹁そ れ に し て も、う ふ ふ っ
てー
﹁⋮⋮
そんなに仲良さそうに手ぇ繋いじゃっ
!
すけどこの人⋮⋮
﹁い、いやいや違うんですよ
来られたってだけでっ﹂
ちゃんと分かってるからっ﹂
?
⋮⋮つまらないものですけど⋮⋮﹂
!
﹂
?
八幡君っ﹂
?
やん。
僕もうダメです。出会い頭から完全にペース握られちゃってます
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
﹁ふふっ、了解よ
﹁⋮⋮ひ、比企谷でお願いします⋮⋮﹂
いかしらっ
でもありがと。有り難く頂くわね、比企谷君っ。あ、八幡君の方がい
﹁まぁ、わざわざこんなことしてくれなくてもいいのに∼
うふふっ、
﹁お、おう。おじゃまします⋮⋮あ、こんなもんでスミマセン。えっと
あと留美さんとかキモいからやめて。⋮⋮留美﹂
﹁マ、お母さんもううるさいっ⋮⋮ほら八幡、早く上がって⋮⋮⋮⋮⋮
どっち方面で分かってるんですかね。
﹁大丈夫大丈夫
げ、玄関まで留美⋮⋮さんに引っ張って
慌てて離すが時すでに遅し。なんか超によによしちゃってるんで
念していた⋮⋮
ひぃっ⋮⋮留美に手を引っ張られたままだったことをすっかり失
!?
!
×
×
る。くつろげるかよ。
リビングから見えるキッチンにて、鶴見母娘は昼飯の準備をしてく
れているらしい。
そ っ か。だ か ら エ プ ロ ン 姿 で ポ ニ ー テ ー ル だ っ た の か。な ん か
292
!? !
リビングに通された俺は、現在一人ソファーにてくつろぎ中であ
×
すっげぇ可愛かったなルミルミ。
⋮⋮いや、あくまでも兄的な目線でね
ポニテでエプロンしたルミルミに﹁お兄ちゃん、ごはん出来たけど
?
﹂とか冷たく言われた日にはなにかに目覚めちゃいそ
すでになんか目覚めかけてね
食べんの⋮⋮
う
?
?
父ちゃんが落ち着いた人なんだろうか
束は是非ともやめて頂きたい。
いや別にフラグとかじゃないからね
的なお約
!
﹂
?
ルミルミ
ママが見つめてます。
だからやめてっ
?
チキンに温玉が乗ったシーザーサラダ。
前に留美がお母さん料理が得意だから期待してて
けど、マジですげぇ旨そう。
とか言ってた
ソーセージと野菜がゴロゴロしているポトフ。揚げたてのフライド
上 に 掛 か っ た た っ ぷ り チ ー ズ が ト ロ ッ ト ロ そ う な ミ ー ト ド リ ア。
テーブルに着くと、そこにはなんとも旨そうな料理が並んでいた。
!
優しげな微笑みで俺の手を引っ張る留美を、嬉しそうな笑顔でルミ
﹁八幡。ごはん出来たよ。行こ
そんな不安にゾクゾクしていると留美がててっと走ってきた。
?
らしいから、アクシデントで早く帰って来ちゃいましたー
留美が連れてきたとか知られたら、どうやらマジで俺殺されちゃう
父親と言えば、今日はゴルフコンペに行ってて夜遅いらしい。
?
あんな明るい母親なのに、なんで留美はあんなに落ち着いてるんだ
ちなみにシリアスな笑いでは無い。
フ ラ ン ク 過 ぎ て ぼ っ ち に は 引 き つ っ た 笑 い し か 出 来 な い レ ベ ル。
ら、由比ヶ浜マよりもさらにフランクな感じだったな。
留美の母親だからもっと落ち着いてるクール系美女かと思ってた
しかし意外だったのはルミママだよな。
!
﹁うおっ⋮⋮すげぇ﹂
!
293
?
﹁どう
お母さんのごはん美味しそうでしょ﹂
べ、別になんてことない⋮⋮﹂
﹁おう、すっげぇ旨そう。⋮⋮でも、留美もコレ手伝ったのか
な﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮っ
﹁うぅ⋮⋮八幡の⋮⋮変態﹂
なんで
﹂
﹁ほらほらぁ、いつまでもイチャついてるんじゃないわよ
パーイ
﹂
﹁いや彼氏じゃないですからっ
いやマジですって。
てかルミルミも否定しようよ
﹂
﹂
!
いやなんで
﹂
?
た。
あれ
俺ルミルミと交際スタートさせてないよね
×
?
すげぇ
なんか彼氏発言が流されちゃったまま食事が始まってしまいまし
﹁あ、や、頂き⋮⋮ます﹂
﹁⋮⋮八幡、食べて
﹁じゃあ頂きましょー。八幡君召し上がれ∼﹂
!?
と留美を見ると、真っ赤に俯きながらもルミママと乾杯していた。
!?
﹁もー、八幡君てばそういうのいいからぁ
!
﹁そ れ で は ∼ ⋮⋮ 留 美 が 初 め て 彼 氏 を 連 れ て き た お 祝 い に ぃ、カ ン
ぐふっ⋮⋮また恥ずかしい所を見られてしまった⋮⋮
ブルにやってきた。
軽く洗い物をしていたルミママが、エプロンで手を拭きながらテー
うから早く食べましょっ
冷めちゃ
﹁いやマジですげぇって。留美はいい嫁さんになりそうだな﹂
ず頭をポンポンと撫でてしまった。
エプロンの裾を両手で握ってモジモジする留美が可愛すぎて、思わ
!
?
?
!
?
294
?
?
?
×
×
端的に言うと、このご馳走はマジで美味かった。
ドリアなんかトロトロクリーミーだし、ポトフはソーセージをチョ
リソーに変えてたみたいでピリ辛で美味。
フライドチキンもカリッカリのジューシーでめちゃくちゃ美味い
し、カリカリベーコンとカリカリクルトンに温玉をトロッと割った
シーザーサラダも、シーザードレッシングが手作りらしくて超美味
い。
あまりにも美味くて、夢中で食ってる最中に留美がチラチラ俺に視
線を向けてくるのもあんま気付かない程だった。
留 美 ∼。ふ ふ
たまに目が合うとすぐ恥ずかしそうに俯いちゃうし。
ねぇ
﹁ごちそうさまでした。マジで美味かったです﹂
﹁ん ∼、八 幡 君 の お 口 に 合 っ て 良 か っ た わ ぁ
ふっ、お粗末さまっ﹂
﹁お粗末さま⋮⋮でした﹂
いやホント美味かった。やばいよ八幡胃袋掴まれちゃうっ
え
﹂
なんか怒らすようなこと言っちゃった
なんか超久しぶりのバカはちまん頂きました
はいスミマセンでした。
人の話聞いてよバカはちまん﹂
﹁だからっ⋮⋮特にどれが美味しかったか聞いてんの。⋮⋮ちゃんと
?
はもう嬉しそうに幸せそうに。
すると、ぷくっと頬っぺだったルミルミが、一気に破顔した。それ
すっげぇトロトロクリーミーで美味かったぞ﹂
﹁い や、ホ ン ト ど れ も 美 味 か っ た け ど ⋮⋮ そ う だ な。ド リ ア な ん か
!
295
?
⋮⋮いやどれもマジで美味かったけど﹂
?
!
!
すると留美がモジモジと上目遣いになって聞いてくる。
﹂
﹁あの⋮⋮八幡﹂
﹁どうした
どれが
﹁⋮⋮う、その⋮⋮どれが美味しかった
﹁へ
?
?
するとなぜか留美がぷくぅっと頬を膨らます。
?
?
どれくらい嬉しそうかと言うと、ニヤニヤを誤魔化す為にリンゴみ
たいに真っ赤に染まった自分の頬っぺたをぐにぐにしちゃうくらい
に。
うん。誤魔化せてませんね。
留美∼﹂
﹂
⋮⋮⋮⋮ あ、 べ、 別 に な ん て こ と な い け ど っ
﹁良かったね∼
﹁う ん っ
んん
﹂
⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮えへへぇっ⋮⋮ん
なに
ど、どうかしたんですか
﹁え
!
マジで
なのっ﹂
へ
﹂
!?
ツで美味かったぞ
﹂
﹁ありがとなルミルミ。今まで食ったドリアの中でも圧倒的にダント
ろう事もはばからず、隣に座る留美の頭を優しく撫でた。
なんかもうそんな留美が可愛すぎて、ルミママにからかわれるであ
留美のドリアの方が8万倍美味かったです。
サイゼさんごめんなさい。
⋮⋮お、お母さんに教えて貰って、ずっと練習⋮⋮してたのっ⋮⋮﹂
てたから⋮⋮八幡の好物なのかなぁ⋮⋮って思って⋮⋮ママ⋮⋮っ
﹁前に⋮⋮八幡が、サイゼのミラノ風ドリアを良く食べてるって言っ
目遣いで見ながらぽしょぽしょと言葉を紡ぐ。
すると留美はものっすごい恥ずかしそうにチラッ、チラッと俺を上
ね∼、留美っ
﹁八幡君が家に来るって決まってから、何度も何度も練習してたのよ
?
﹁実はねぇ、そのドリア。八幡君の為にって、留美が一人で作ったもの
するとルミママがニヤニヤと笑い、人差し指をピッと伸ばす。
?
﹁ルミルミ言わないで⋮⋮キモいっ⋮⋮﹂ ミルミは、恥ずかしそうにこう言うのだった。
すると頭を撫でられながら、気持ちよさそうにうっとりしていたル
?
296
!
!
!
?
?
?
続く
297
﹂
もう留美ったらパパが居ないとこだといっつ
ぼっち王子はぼっち姫の居城へと︻中編︼
﹁それでね、八幡君っ
﹁わー
⋮⋮もうお母さんホントやだっ
﹂
マ マ だ っ て 八 幡 君 と も っ と お 話 し た い ん だ か ら ー。で
わー
だってこの
⋮⋮八幡。お
八幡君。こないだシーから帰って来たあとなんてねぇ
わー
現在昼飯が終わり、俺は鶴見母娘のガールズトーク
笑いで付き合わされている最中である。
﹁もうっ
ママあっち行って⋮⋮
﹂
覆いたいくらいに恥ずかしいという点だろう。やだマジ恥ずかしい。
通常のそんな光景と違うのは、それを聞かされている俺も手で顔を
を覆い隠して悶えに悶えている。
その例に漏れず、留美も足をバタバタさせながらちっちゃい手で顔
くって、子供が恥ずかしくて死にたくなるってよくありますよね。
母親が子供の赤裸々トークを子供の目の前でカミングアウトしま
に引きつった
⋮⋮ う ぅ ぅ ⋮⋮ バ カ は ち ま ん
だって留美ったらホント可愛かったのよ
母さんの話なんて聞かなくていいから⋮⋮﹂
﹁なんでよ∼
子ったら⋮﹂
﹁も う ホ ン ト い い 加 減 に し て よ マ マ
⋮⋮﹂
!
?
ねー
﹁い ー や っ
﹁お母さんほんともういいから⋮⋮あっち行っててっ⋮⋮﹂
もいっつも八幡八幡言ってるのよ∼
!
なぜか俺が罵られました。
?
!
!
﹂
!
ママお茶入れてくるわね﹂
悶える娘と悶える俺を残してキッチンへと去っていったルミママ
しょうか
﹁はいはい。それじゃあ八幡君が買ってきてくれたケーキでも頂きま
﹁ママぁっっっ
八幡八幡って言えばいいのに∼﹂
﹁もう留美ったらしょうがないわね∼。いつもみたいに満面の笑顔で
!
?
298
?
!
?
?
!
!
?
!
を複雑な思いで見送りつつ、留美の方に視線を向けると涙目の留美が
真っ赤な顔で口を尖らせて、なぜか俺を睨んでいた。
やだちょっと理不尽。
とにかくルミママが席を外した事で、ようやくリビングは、という
か留美が落ち着きを取り戻したと思った矢先、なんかルミママがすぐ
に引き返してきた。
﹂
お客様にお
﹁留美ごめんっ。紅茶切らしちゃってたみたいだから、ちょっとコン
ビニで買ってきてくれない
﹁⋮⋮えー⋮⋮やだ﹂
﹁いいじゃないすぐそこなんだから∼﹂
﹁だって、お母さんと八幡残して行きたくないもん﹂
確かに俺もこのお母さんと二人で残りたくはない。
﹁あの⋮⋮俺が買ってきますよ﹂
があった。
﹂
⋮⋮⋮⋮ほーん。
﹁留美。まぁお袋さんの言う事ももっともっちゃもっともだ。ちゃん
と待ってっから、ちょっと買ってきてくんねぇかな﹂
﹁八幡まで⋮⋮分かった。買ってくる⋮⋮急いで帰ってくるから、お
母さんと変な話しないでよね八幡﹂
﹁あんがとな、留美﹂
299
﹁八幡君はお客様なんだからいいのっ﹂
﹂
だから八幡君はお客様だって言ってるでしょ
﹁だったら八幡、一緒に行こ
﹁留∼美
無いでしょ
い、いや、なんかするわけないでしょうが
?
と、若干非難の目をルミママに向けたのだが、その時ルミママと目
!
﹁母親として、年頃の娘と年頃の男の子を家に残して出ていけるわけ
﹁⋮⋮だったらママが行ってくればいいじゃんっ⋮⋮﹂
すると留美が、ぶす∼っとすっごいむくれっ面になる。
?
?
?
買い物頼むなんて失礼なことはママ許しませんっ﹂
!
ポンポンと頭を撫でると、渋りながらも赤くなって目を逸らした。
やべぇな⋮⋮今日だけで一体何回お兄ちゃんスキルが発揮されち
まうんだよ。
俺は悪くない。社会が悪い。可愛すぎるルミルミが悪いのだ。
﹁んじゃあよろしくな﹂
﹁うん﹂
早く帰って来たいのだろう。ててっと急いで家を出ていく留美を
見送る。
さて⋮⋮
﹁比企谷君。ちょっとお話があるの。聞いてくれるかしら﹂
﹁⋮⋮はい﹂
本日呼び出しを食らった理由はどうやらここからが本題のようだ。
ふぅ、リビングに待っているのは果たして鬼か蛇か⋮⋮
×
私はただ、比企谷君にど
?
﹁お礼、ですか⋮⋮
﹂
うしてもお礼を言いたくて来てもらったんだから﹂
﹁ふふっ、そんなに畏まらなくてもいいのよ
てしまったのだが、そんな俺を見て留美の母親は優しく微笑んだ。
これからどんな会話が成されるのかも知らない俺は思わず畏まっ
﹁⋮⋮いえ、こちらこそご挨拶が遅くなってしまってスミマセン﹂
成る程。やっぱ留美の母親だわ。
た様子で語り掛けてくる。
留美の母親は、先ほどまでのフランクさのナリを潜ませ、落ち着い
めまして。比企谷君、今日はわざわざ来てくれてありかとう﹂
﹁さ、留美が帰ってきちゃう前にきちんとお話しとかなくちゃね。改
た。
ソファーに向かい合って座ると、早速留美の母親が話し掛けてき
×
た。
どういう事か尋ねようとすると、留美の母親はおもむろに頭を下げ
?
300
×
﹁比企谷君。あなたには感謝してもしきれないわ。留美に、娘に笑顔
﹂
を取り戻させてくれてありがとう﹂
﹁ち、ちょっ
﹁⋮⋮﹂
ちょうどその頃から家にお友達を連れてくる事も無く
⋮⋮だから私も父親も、留美が自分から話してくれるまで
?
って言ったんだけど、あ
?
の
あの子が八幡って言いだしたの
あの子が一気に変わったのはクリスマスの前あたりからな
⋮⋮ふふっ、その頃からなのよ
?
﹁でもね
とずつでも留美は強くなれていたのか。
そうか⋮⋮あんな最悪な解消の仕方だったけど、あの時からちょっ
なったの。その時はまだ理由を言ってくれなかったけどね﹂
﹁千葉村から帰ってきてから、あの子ちょっとずつだけど笑うように
知り合い
願いしてね﹂
かせたの。⋮⋮ちょっと過保護だけど、知り合いに様子を見るのをお
の子が自分でどうしても行くっていうものだから、心配だったけど行
ちゃうから、無理に行かなくてもいいのよ
なったみたいで、私達は気付かないフリしながらも、夏は暑いし疲れ
﹁結 局 そ の ま ま 夏 休 み に 入 っ ち ゃ っ て ね
学校で千葉村に行く事に
待とうって、気付かないフリをしていたの﹂
くってね
﹁でもあの子、私達に心配掛けたくないからか、なんにも言ってくれな
んだもんな。
そうか。千葉村での一件よりも前からああいう状態が始まってた
いか⋮⋮って心配していたの﹂
なっちゃったから、もしかしたら留美はお友達と何かあったんじゃな
ちゃってね
﹁⋮⋮去年の夏前くらいだったかしら⋮⋮あの子、急に笑わなくなっ
そして、留美の母親が苦しい胸の内を語りだした。
?
?
?
﹄
﹃八幡が劇の主役やらないか
って言ってくれたの
?
﹄って、
ら帰ってくる度に﹃今日八幡がめんどくさそうな顔して手伝ってくれ
たの
!
!
301
?
?
は。最初はなんの事かと思ったんだけど、コミュニティーセンターか
!
もうホント嬉しそうに﹂
あいつ、あんなに﹁どうしてもって言うならやってあげてもいいけ
っ
ど﹂みたいな顔してやがったくせに、ホントはそんなに楽しそうだっ
たのか。
﹁だからさすがに私も聞いちゃったのよ。八幡って誰のことなの
て。⋮⋮⋮⋮ そ し た ら、そ の 時 に な っ て や っ と 全 部 話 し て く れ た の
よ、あの子。八幡は千葉村で出会った高校生だって。そしてそこで留
美 の 為 に 苦 し ん で く れ た 人 な ん だ っ て。夏 前 か ら お 友 達 と な に が
あったかって事も、クリスマスであなたと再会できて嬉しかったって
ことも全部﹂
﹁そう⋮⋮なんですか﹂
すると留美の母親は、とてもとても悲しげな笑顔になった。当時の
辛い心境を思い出すかのように。
﹁私は母親なのに、愛する娘が苦しんでる時になんにもしてあげられ
なかったの⋮⋮情けないわよね、母親なのに⋮⋮⋮⋮だから留美から
あなたの事を聞いて、ホントはちょっと悔しかったのよ。母親の私が
なんにも出来なかったのに、見ず知らずの高校生に負けちゃうなんて
ね⋮⋮って﹂
﹁でも⋮⋮留美を真っ直ぐに育てた親御さんが居たからこそ、そんな
状態でもあんなにいい子のままへこたれずに頑張れていたんだと思
いますよ﹂
留美の
そう言う俺の言葉に、悲しげな笑顔から一転、とても優しい笑顔へ
と変わった。
﹁うふふっ、本当にしっかりしたいい子なのね、比企谷君は
言ってた通りの男の子でホント良かったわっ﹂
でもそれ以上に本当に本当にすっごく嬉
﹁あ、や、そ、そんな大したもんでは⋮﹂
﹁悔しかったんだけどねっ
⋮⋮だから改
302
?
⋮⋮ありがとう、比企谷君。留美を笑顔に
しかったのよ。やっと留美が笑ってくれたってこと
めてもう一度言わせてね
!
俺は、こんな立派な母親に、こんな風に感謝してもらえる事なんて
してくれて﹂
!
?
?
何一つやっちゃいない。
⋮⋮やっちゃいないが、ここでそれを言うのはなんだか無粋な気が
した。
だから、一言だけ返しておこう。
﹁⋮⋮いえ、とんでもないです﹂
×
って話だよな。
?
﹄
?
かなかのもの。刑事罰に問われるような真似だけは決してしない小
せいつぞやのように﹃リスクリターンの計算と自己保身に関してはな
しかし平塚先生は俺のことをなんと言っていたのやら⋮⋮ま、どう
であった。
ですよねー。ルミママの娘への貞操観念にちょっと安心した瞬間
こっそりと平塚先生からリサーチ済みだったらしい。
どうやら留美が家で俺の話題を出すようになってから、俺のことは
とは、ケラケラ笑いながら話したルミママの談である。
ことなんて許すわけないでしょお
らって、見ず知らずの男子高校生と夜遅くまでディスティニーで遊ぶ
﹃そ り ゃ、い く ら 娘 が し っ か り し て て そ の 娘 が 信 用 し て 懐 い て る か
知っていて、俺達に解決の課題を出していたって事なんだろう。
それにしても、てことは平塚先生は最初からなにか問題がある事を
てかルミママっていくつだよ。むしろ平塚先生がいくつだよ。
世話をボランティアで行くんだよ
まぁそりゃ普通に考えたら高校教師がなぜ小学生の林間学校のお
葉村でも信頼出来る平塚先生にお世話をお願いしたんだそうだ。
なんとルミママと平塚先生は高校時代の先輩と後輩の仲らしく、千
した。
そんな畏まった話が一段落すると、留美の母親とはまた色んな話を
×
それじゃあそろそろ留美も帰ってくる頃だろうし、最後にも
悪党﹄とかなんとかだろうな。
﹁さて
!
303
×
う1つだけ﹂
﹁な、なんでしょう⋮⋮
﹂
﹁あの子、ホントに比企谷君を心から信頼しているの。だからね
﹂
﹁我儘、とは⋮⋮
﹂
﹁彼氏のフリをしてあげたままでいて欲しいってこと
﹂
申
高校三年生が、中学一年生の彼氏になってあげてるなん
て。世間体とかね
大変でしょ
⋮⋮ふふっ、
し訳ないんだけど、あの子の我儘に付き合っててもらえないかしら
?
?
比 企 谷 君。
?
に付き合いますよ﹂
﹁うふふっ、さすが留美とルミママが見込んだ男の子ね
今後ともよろしくね、八幡君っ﹂
!
﹂
?
留美がいつくらいまでオネショしてた
﹁ただいま。八幡⋮⋮お母さんと変な話してなかった
話が付いたちょうどその頃、心配そうな顔した留美が帰ってきた。
﹁うっす﹂
それじゃあ
﹁まぁ⋮⋮俺なんかでお役に立てるんなら、しばらくは留美の勘違い
てる。
勘違いに付き合ってやるつもりだったわけだから、答えなんか決まっ
もとより留美が本当に好きなやつでも出来るくらいまでは、留美の
に飲ませてやりてぇぜ。
ったく⋮⋮こんな良い親御さんの爪の垢を煎じて、うちのクソ親父
そもそも俺自身が留美の勘違いに対して断りきれてないわけだし。
わな。
こんな良い母親にこんな風に懇願されちまったら断りようがない
なんだってしてあげたいの﹂
メな母親だから、せめてこれからは留美が幸せになれる為にだったら
⋮⋮私、留美が苦しんでる時になんにもしてあげられなかったダメダ
る娘を持つ母親の我儘だと思ってお願い出来ないかな
﹁ちゃーんと分かってるから。留美の勘違いなんだって。だから愛す
ニヤっと笑うルミママに、あはは⋮⋮としか返せない。
?
?
﹁おうおかえり。大丈夫だぞ
?
304
!
?
?
のかなんて全然聞いてねぇから﹂
﹁⋮⋮バカはちまんっ﹂
ペシッと頭にチョップを食らわせてからむくれっ面でパタパタと
キッチンへと走っていく留美の背中を見ながら、あの母親に愛されて
ればこいつの将来は安泰だな、なんて思う今日の八幡なのでした∼。
×
と思っていたのだが、ルミママ
?
たら∼
﹂
せっかくだから、留美のお部屋に八幡君をご招待してあげ
!
﹁え⋮⋮う、うんっ﹂
ちょっと留美さん
肯定するんじゃありませんっ
?
なんでちょっと嬉しそうなのん
!
そんなに恥じらってまでそんな危険な提案を
いやいやもう私帰りますんで。
?
なってしまったでござる。
お二人さんお熱いわね∼
!
﹁八幡くーん。留美まだ中学生だから、不純な行為はほどほどにね∼
ミママが優しく声を掛けてくれた。
結局そのまま無理矢理引っ張られて二階に連れていかれる俺に、ル
すね。
赤く染まった顔をプイッとしながらも、手は離してはくれないんで
﹁⋮⋮ほんとお母さんってバカ⋮⋮もう知らないっ﹂
﹁ひゅーひゅー
﹂
断る気まんまんだったのに、ルミルミに手を握られて逃げられなく
﹁は、八幡⋮⋮ほら、早く行こ﹂
﹁あ、いや、俺はそろそろ⋮﹂
に二人っきりとか八幡恥ずかしいんですけど。
いくら留美が中学一年の子供と言ったって、さすがに女の子の部屋
?
﹁あ、留美
はまだ俺を帰してはくれないようだ。
てそろそろおいとましましょうかね
留美が買ってきてくれた紅茶を飲みながらケーキも食い終わり、さ
×
!
305
×
﹂
しねぇよ。てかほどほどってなんだよ
あんたさっき今の状況全部理解してくれてるって言ってたばっか
じゃねぇかよ⋮⋮
﹂
すると階段を上がっていた留美が振り向いて、キョトンとした顔で
とても可愛く首を傾げた。
﹁八幡。不純な行為ってなに
﹂
留美は友達居ないから、友達同士でそういった知識とか
﹁⋮⋮気にすんな﹂
﹁
俺は友達居なくても知識だけは豊富ですけどね
で盛り上がったりしないから分からないのかな
あれかな
?
突撃
そんなキモすぎる己をなんとか押さえつつ、俺は留美のお部屋へと
マジキモい。
やばい中学生の女の子の部屋に入るのにドキドキと緊張してる俺
かった。
しばらくドアの前で待てをされていると、﹁もういーよ﹂と声がか
やっぱり女の子の部屋って聖域なんでしょうか。
もじもじっと一言を残し、一人室内へと入っていった。
ら、ちょっと片付けてくるっ﹂
﹁⋮⋮ 八 幡 ⋮⋮ ち ょ っ と 待 っ て て ⋮⋮ ち ら か っ て る か も 知 れ な い か
留美の部屋の前までやってくると、留美はすっと手を離した。
?
?
?
っべー
マジパないっしょ
マジでカッコ悪いっしょ
!
!
いやいや、僕なに意識しちゃってるのん
相手は留美だよ子供だよ
ドアを開けた瞬間にふわりと鼻孔をくすぐる超いい匂い。
!
なぜかちょっと震え声で敬語になっちゃう俺まじクール。
﹁⋮⋮し、失礼しまーす﹂
!
?
306
?
?
?
?
﹁うん⋮⋮﹂
部屋に入ると、留美は例の熊のぬいぐるみを抱っこして、壁を背も
たれにしてベッドの上に座っていた。
とは思えないくらい落ち着いた雰囲気
ぐるりと部屋を見渡してみると、やはり留美の部屋らしく女子中学
生、最近はJCって言うの
⋮⋮
﹁どうしたの
八幡﹂
座ってちゃダメでしょう
いやルミルミさん
﹂
お客さん居んのに、ベッドの上で膝を立てて
と ⋮⋮⋮⋮ そ の ⋮⋮ な ん だ。三 角 形 の 布 が ⋮⋮ ば っ ち り 見 え て い た
留美に部屋を観察している事をたしなめられ留美に視線を向ける
﹁お、おうスマンなブッ
﹁⋮⋮八幡⋮⋮あんまり部屋じろじろ見ないで⋮⋮恥ずかしい⋮⋮﹂
女の子してんだなと感じた。
それでも所々に置いてあるぬいぐるみやら小物なんかが、やっぱり
だった。少なくとも、小町の部屋のようなバカそうな空気がしない。
?
と、俺の赤くなった顔と逸らした視線、そして自分の位置と俺の位置
と角度をゆっくりと認識していった留美は、とたんにぷしゅーっと音
がするくらいに真っ赤になると、ガバァッっとスカートを押さえて女
の子座りになった。
﹂
そして上目遣いのすげえ涙目で一言こう言うのだった。
﹁⋮⋮八幡の⋮⋮えっち⋮⋮
続く
完全に冤罪です。それでも僕はやってない。
!
307
!
?
?
すっげぇキョトンと首を傾げるルミルミから視線を逸らしている
?
ぼっち王子はぼっち姫の居城へと︻後編︼
∼∼∼っ﹂
くっ⋮⋮あんなものはただの布だと分かってはいるんだが⋮⋮
﹁⋮⋮う
女の子座りで一生懸命スカートを押さえ付けながら、涙目な上目遣
いで睨んでくるこの留美の恥ずかしがりっぷりを目の当たりにする
とこっちまで恥ずかしくなってしまう⋮⋮
と、とりあえず声掛けてみっかな。
﹁あ∼っと⋮⋮その、スマン﹂
いや別に俺に落ち度とか無いんですけどね
え
なんだって
穏やかじゃないっ
﹁⋮⋮どうせ責任取って貰うんだし、これくらいなんてことない⋮⋮﹂
﹁お、おう、そうか。そりゃ助か⋮﹂
﹁⋮⋮べ、別にいい。パ、パン⋮⋮ッ⋮⋮くらい平気﹂
すると真っ赤な顔で頬を膨らませながらも留美が答えてくれた。
?
﹁そんなことよりいつまでそんなとこにつっ立ってんの
なんか今恐ろしいこと言いました
?
⋮⋮座れば
とてもそんなことで片付けられないような台詞をスパッと横に置
いて、視線を逸らしながら自分のすぐ隣をぽんぽんと叩く。つまり隣
に座れ、と
﹂
はさすがに恥ずかしくありませんかね。
﹁い、いや、俺は床でいいぞ
﹁⋮⋮⋮⋮パンツ見た癖に﹂
そんなにぽしょっと恐ろしいこと言わないで
?
﹁⋮⋮ん﹂
﹁了解しました⋮⋮﹂
もう俺には選択の余地が無いということですね分かります。
!
いやいや女の子の部屋で二人きりでベッドで隣同士に座るっての
?
308
"
いいでしょ﹂
!
?
?
?
仕方なく留美の隣にちょっと間を置いて腰掛けると、むっ
っと不
!
満げなルミルミがピットリと隣に寄せていらっしゃいました︵白目︶
×
留美﹂
﹂
?
﹂
?
なのだ。
前に話した時に、そ
そんな不安そうで悲しそうな顔しないでっ
そ、そうじゃなくてだなっ ホ、ホラ
!
﹁⋮⋮えっ⋮⋮﹂
やめてっ
このすげぇ罪悪感。
や
!
!
やばいルミルミ泣いちゃいそう
﹁あ
!?
!
なんだよ
なっちゃってたんだけど、前に話した時はそんなんじゃ無かったはず
そうなのだ。ルミママにも言われたが、なんか彼氏みたいな事に
ケではないよな
﹁おう⋮⋮えっとだな⋮⋮⋮⋮俺と留美は、別に付き合ってるってワ
使。
年下の女の子は妹に見えちゃうように調教してくれた小町マジ天
そっちの趣味があるやつだったら完全にヤバイやつだろ。
く っ そ ⋮⋮ や べ ぇ よ ⋮⋮ マ ジ で 俺 ノ ー マ ル で 助 か っ た わ。こ れ、
首をこてんっと傾げて、つぶらな瞳で俺を覗きこんでくる。
﹁八幡と私の関係⋮⋮
﹁その、なんだ。⋮⋮俺達の関係についてなんだが⋮⋮﹂
﹁なに﹂
﹁あのな
腑に落ちない事を言われたんだよな。
ルミママは理解しているとは言ってくれたが、それでもどうしても
な。
取り返しがつかなくなる前に、ここはきちんと確認しとくべきだ
んですもの。
敢えて避けては来たが、なんかこのままじゃまずい気がびんびんな
やはりここは聞いといた方がいいんだろうか⋮⋮
×
?
!
309
?
×
!
﹂
の、なんだ、留美が大学生とかになった時に、俺にまだ彼女が居なかっ
たら可哀想だから、その時は彼女になってくれるって話だったろ
﹁⋮⋮あ。⋮⋮うん﹂
あ。って、忘れてたのん
?
留美の口からロリコ
色々と厳しいんだよ社会的なアレが﹂
いや、昨今はな
﹁だよな
﹁ロリコンってやつ
はっきり言わないでね
お、おう、そうだな﹂
ちょっと留美さん
﹁ぶっ
﹂
?
?
ることじゃないのに⋮⋮私もう大人だし⋮⋮﹂
いやだからボソボソと恐いこと言わないで
愛し合う男女の関係とか非常に危険な台詞だからね
僕
?
です。
おっと⋮⋮まさかのカップルランクが大幅に上がっちゃった模様
﹁⋮⋮今は婚約者で我慢する﹂
かるだろ。
さすがに大学に上がる頃までにはちゃんと本当に好きな奴も見つ
ふぅ⋮⋮どうやら納得してくれたみたいだ。
嫌だから、今は恋人じゃなくてもいい﹂
﹁分かった。私も八幡がロリコンとか言われて白い目で見られるのは
妥協案を見つけてくれたみたいだ。
しばらくブツブツと言っていた留美だったが、ようやく自分の中で
⋮⋮
て か ル ミ ル ミ 俺 大 好 き 過 ぎ だ ろ ⋮⋮ 大 丈 夫 な ん で し ょ う か
?
﹁別に⋮⋮愛し合う男女の関係なんだから⋮⋮他人にどうこう言われ
した。
すると留美はと∼っても不服そうに口を尖らせ拗ね始めちゃいま
八幡捕まっちゃうからねっ☆
ズいんだ﹂
﹁⋮⋮だから少なくとも現段階で俺と留美が付き合うとかってのはマ
ンとか言われると、なんか色んな意味でヤバイです。
?
?
310
?
?
?
!
×
になっちゃうのん
﹂
﹁携帯出して﹂
﹁携帯
?
恋人から婚約者にランクアップしちゃった事が﹃そんなこと﹄扱い
﹁そんなことより八幡﹂
×
んでしょうか⋮⋮
だから私達が一緒に居ればぼっちじゃなくなるでしょ
⋮⋮だから
﹃この子達は八幡と私が別々に持ってたらぼっちになっちゃうけど、
いる。
ピトリと寄り添わせた熊達を、とても優しそうな眼差しで見つめて
﹁えへへ、良かったね。やっと会えたね⋮⋮﹂
とくっつけるルミルミ。
俺からスマホを受け取ると、嬉しそうに二つのストラップをピトッ
﹁⋮⋮ん﹂
るストラップの熊の、友達の熊がブラブラしている。
取り出したスマホには、留美のと同じ⋮⋮正確には留美のに付いて
﹁ほれっ﹂
な。
あ、そういうことか。そういう事なら俺も早く出してやんなきゃ
を⋮⋮というか付いているストラップをブラブラとさせていた。
ていると、
﹁えへへ∼﹂と先に携帯を取り出した留美が嬉しそうに携帯
どいいかも⋮⋮などと考えつつカバンからスマホを取り出そうとし
いや、でも用がある度に校門で待たれて目立っちゃうよりはよっぽ
?
てかこの状況で連絡先知られちまったらマジでヤバいんじゃない
あ⋮⋮そういえば俺、ルミルミと連絡先交換してねぇな。
なんだいきなり携帯って。
?
⋮⋮この子達が可哀想になったら、また私と八幡が会えばいいの⋮⋮
?
311
×
だから、お揃い⋮⋮﹄
あの夜の電車内で留美が語った言葉が頭を過った。
そういやそうだったな。俺と留美が会うのには、こういった意味も
あったんだっけな。
﹁八幡。今日は来てくれてありがとね。私も⋮⋮すご、まぁまぁ楽し
みにはしてたけど、この子達の事もずっと会わせてあげたかったの。
わ、私は別に八幡にどうし
今受験生で大変だろうからってお母さんが言ってたからずっと我慢
してた。⋮⋮⋮⋮⋮⋮わ、私じゃないよ
だから、今日は来
てもずっと会いたかったとか⋮⋮そういうんじゃないし⋮⋮こ、この
子達をこうして会わせてあげる事をだからね⋮⋮
家出てくる前に思い出して付けてきて良かったわ
ふぅ⋮⋮⋮⋮あっぶね
嬉しそうに小さく頷く留美を見て、俺はこう思うのだった。
﹁⋮⋮ん﹂
﹁おう。俺も留美んちに来れて良かったわ﹂
だが、決して不快ではない。
ないお礼を聞いてると、なんだかむず痒くなってしまう。
う捻くれ者の俺だが、こうして裏もなんにもない留美の素直とは言え
普段は人の言動の裏ばかりを探って、すぐに自己防衛に走ってしま
める留美の頬はほんのりと朱に染まっている。
こっちに一切目を向けず、俯きっぱなしで手元の熊達を優しく見つ
い。ありがと﹂
てくれて嬉しい。私があげたこのストラップも付けててくれて嬉し
?
下と一色︶にどんな冷たい視線を向けられるか分かったもんじゃない
から、いつもは勿論付けてないんですよ、ええ⋮⋮
﹁え へ へ へ ∼、八 幡 が ち ゃ ん と 付 け て て く れ て 嬉 し い ね、ダ ッ フ ル
尋常ではない罪悪感に襲われちゃうっ
!
312
?
さすがに普段俺があんなストラップ付けてたら、世間様︵主に雪ノ
!
!
君っ。⋮⋮私もちょっとだけ嬉しいよ﹂
やめてっ
!
優しく熊に語り掛ける留美を見て、この優しい女の子をいとおしく
感じる一方、今後はどんなに雪ノ下たちに蔑まれようとも罵られよう
とも、このストラップは二度とはずすまいと心に誓う八幡なのであっ
た。
×
﹂
爆弾を落としあそばされました。
﹂
﹁ねぇ、八幡﹂
﹁なんだ
﹂
﹁八幡はキスしたことある
﹁ブフォっ
?
⋮⋮お前⋮⋮急になに言ってん⋮﹂
マジでそこは決して譲らないよねルミルミ
﹁お前じゃない。留美﹂
!
いやまぁちょっとだけ、そんなこと言うんじゃ
したけどね
﹁八幡きたない﹂
?
ごほっ
?
!
なにそのテンションの高さ。
八幡がしたことなんてあるわけないよねっ
留美
﹁だよねっ
ちょ
そんな留美見たことないよ
﹂
!
⋮⋮そりゃ、八幡なんかが⋮⋮キスなんてしたことあるわけ無
そんな台詞を2パターンの留美で繰り返し言われたら泣いちゃう
留美。
と、いつも通りの落ち着いた女の子の様子で先程の言葉を繰り返す
いよね﹂
﹁ん
に返って、気まずそうにもじもじしながら咳払いで誤魔化した。
俺が若干びっくりした目で見ていると、留美は﹁⋮⋮はっ﹂っと我
?
?
!
﹁いや、そんなのしたことあるわけねぇだろ⋮⋮なんだよ急に﹂
!
﹁ごはっ
って予感はしてま
ちゅっちゅさせたりと、とってもご機嫌なお姫様が急にとてつもない
そ の 後 も し ば ら く 熊 同 士 を な ん か 恥 ず か し そ う に ハ グ さ せ た り
×
?
!
?
313
×
!
﹁⋮⋮こ、こないだね
してる
学校の子たちが教室で、彼氏とキスしちゃった
いやいやそんなのいくらでも居るからね
感しかしない。
﹁⋮⋮キス、してみる
﹁いやしないから﹂
﹂
俺のあまりにも早い即答にルミルミご不満モード。
いやそんな膨れられましても。
﹁⋮⋮八幡のいくじなし﹂
さっきのキョトンと﹁不純な行為ってなに
いくじなしでスミマセン。でもホント捕まっちゃうからっ
なんなのこの子
か言ってたルミルミを返して
やっぱり興味津々なお年頃じゃないですか。
﹂と
⋮⋮そ
⋮⋮つまりキスごときでは不純などでは無いと言うわけですね
?
?
?
慢しててね⋮⋮
約束だからね﹂
幡も勇気ないよね。じゃあ⋮⋮私がもう少し大人になるまで⋮⋮我
﹁⋮⋮まぁどうせ八幡だしそういうとは思ってたけど⋮⋮今はまだ八
ういうのは、その、なんだ、こ、恋人になってからだな⋮⋮﹂
﹁⋮⋮だ、だからさっき言ったろ⋮⋮俺捕まっちゃうからね
?
!
!
!
チラッ、チラッと恥ずかしそうに横目で見てくる留美。もう嫌な予
﹁じゃあさ⋮⋮八幡﹂
むしろほとんどの奴がしたこと無いだろと信じたいまである。
?
﹁うん。でも八幡、高校生にもなってキスしたこと無いなんて可哀想﹂
﹁おう。そうか⋮⋮﹂
ほぉ⋮⋮やはり最近の中学一年生の性は乱れてますな。
の間違いですね。
○させてる
てるの見て⋮⋮思い出しちゃったの﹂
とかってバカみたいに騒いでたんだけど⋮⋮いまダッフル君達がし
?
!
⋮⋮⋮⋮中学一年生にキスする勇気ないとか言われたり我慢して
?
314
×
てね
とか言われる俺ってマジヤバくなーい
からね
約束した覚えはないんですけど、その約束は誰にも言っちゃダメだ
とっても危険な言葉を言い残してベッドから立ち上がる留美。
悟しててよね。あ、そだ。んしょ﹂
﹁⋮⋮約束破ったらお母さんと、あとお父さんにも言い付けるから覚
?
なんでマッ缶の空き缶が飾られてんだ
﹂
?
もうとっくに突入してるだろって
やだなー、そんなわけ無いじゃないですかー
え
ても後悔しませんわ。
⋮⋮やばい。このままルミルミルートに突入しちゃって逮捕され
取って置いて⋮⋮ある⋮⋮の﹂
﹁⋮⋮ 八 幡 が ⋮⋮ 始 め て 私 に く れ た モ ノ だ か ら ⋮⋮⋮⋮ 大 事 に ⋮⋮
うに口を開いた。
俯いてもじもじと空き缶を手で弄びながら、それはもう恥ずかしそ
んと座った。
ると、熊ではなくマッ缶の方を手にして戻ってきて、俺の隣にちょこ
すると留美はちょっと気まずそうにチラッと一瞬だけこちらを見
﹁ん
いるかのように置かれていた一本の缶の方だった。
だが⋮⋮俺が気になったのはその熊自身では無く、その熊が抱えて
立ち上がったみたいだ。
どうやら留美は、キャビネットの上に飾られた熊を持ってくる為に
のお友達の、前から私の部屋に住んでるダッフル君﹂
﹁まだ八幡に見せてなかったよね。八幡に買ってもらったメイちゃん
に置くと、キャビネットへと歩いていく。
すると留美はストラップの熊同士を寄り添わせてそっとテーブル
!?
感情はあくまでもお兄ちゃんスキルの一環ですからね
留美の頭を自然と撫でていた。
だからまぁ俺はそのお兄ちゃんスキルに従って、あまりにも可愛い
?
と、突然いろはすが降臨しちゃうくらいのヤバさ。いやいや、この
?
?
315
?
?
?
﹁⋮⋮⋮⋮私、八幡に頭撫でられるのは、子供扱いされてるみたいでな
んだか嫌⋮⋮⋮⋮⋮⋮なんだけど、なんか気持ち良いし、胸の辺りが
あったかくなるから⋮⋮⋮⋮ちょっとだけ⋮⋮好き﹂
!
うっとりと幸せそうな留美を、俺はしばらく撫で続けていた。
俺のお兄ちゃんスキル半端無いよね
×
﹁⋮⋮ん﹂
帰って来ちゃうとマズいだろ﹂
夕ご飯くらい食べてけばいいのに⋮⋮﹂
﹁いや、さすがにそれは⋮⋮な
?
﹂
?
むすっとはしてるけどね
﹁⋮⋮別に寂しそうになんかしてない﹂
し、お夕飯くらい食べて行けば∼
﹁あら∼⋮⋮八幡君もう帰っちゃうの⋮⋮
留美も寂しそうにしてる
するとルミママがパタパタとわざわざ見送りに来てくれた。
声掛けてから玄関へと向かう。
階段を下りて、キッチンで夕飯の準備をしているルミママに一応一
﹁えっと⋮⋮今日はご馳走さまでした。お邪魔しました﹂
帰る支度をした。
しゅんっ⋮⋮とする留美の頭をもう一度ポンポンっと撫でてから
なんか字面だけ見ると不倫相手との会話みたいですねやだー。
?
﹁⋮⋮もう帰っちゃうの
﹁よし。んじゃそろそろ帰るわ﹂
なんか頭撫でてばっかりと思ったけど気のせいですよね。
なっていた。
校生活を聞かれたり頭を撫でたりしている内に、気付いたら夕方に
頭を撫でたり留美の中学での近況を聞いたり頭を撫でたり俺の学
×
?
いやホント平塚先生の二個上の先輩とは思えないくらい可愛らし
パチリとウインクするルミママ。
﹁あ∼、旦那が帰って来ちゃったら大変だものねっ﹂
﹁いや、さすがに今日はこの辺で⋮⋮﹂
?
316
×
いっすね
⋮⋮おっと⋮⋮ブリットの古傷が疼いちまったぜ。
﹁まぁまだ大丈夫だとは思うんだけどね∼。でも無理に引き止めるの
もなんだしね。八幡君、またいつでも遊びに来てねっ﹂
﹁は、はぁ﹂
こ れ は ⋮⋮⋮⋮ ホ ン ト に ま た 来 る 事 に な る ん だ ろ う か。ま ぁ 確 か
に悪くは無かったが。
留美も寂しそうだし、また来てもいいかなと思う反面、あんまり来
ない方がいいとも思う。
留美がずっと俺に対しての気持ちを勘違いしたまま、こうやって会
い続けたりしてると、留美の本物の恋心ってやつを邪魔してしまうか
も知れない。
ちょっと辛いかも知れないが、本当なら早めに気付かせてやりたい
んだよな。
そ ん な 俺 の 微 妙 な 表 情 の 変 化 と 留 美 の つ ま ら な そ う な 顔 を 見 て
そうだ
﹂
ねぇねぇ八幡君っ。初めて家に来てくれた記念に、
とったのか、ルミママはポンと手を叩いた。
﹁あっ
写真ですか
⋮⋮いやいや遠慮します恥ずかしいんで⋮⋮﹂
留美と一緒に記念写真撮らない
!
?
留美もやはり恥ずかしげに俯く。
すると、ルミママは留美をチョイチョイと呼んでコソコソと耳打ち
⋮⋮で、でもっ⋮⋮⋮⋮うん。じ、じゃあ⋮⋮﹂
をし始めた。
﹁え
すると留美がてけてけと俺の元へと走ってきた。
そして上目遣いでお願いしてきちゃったよ⋮⋮
﹁⋮⋮八幡。私もせっかくだから、八幡と記念写真⋮⋮撮りたい﹂
もう断りようが無いじゃないですかー。
仕方なく、そのまま玄関での撮影会と相成りました。なぜかお姫様
抱っこで⋮⋮⋮⋮
317
!
﹁私もいい⋮⋮恥ずかしい﹂
﹁はい
?
!
?
留美の真っ赤に慌てた様子に、なんだか嫌な予感しかしない。
!?
どうしてこうなった。
さっきルミママのお願い聞いてくれるっ
﹂って、すっごい恐い笑顔で言ってくるんだも
だってあの人、﹁八幡君
て約束したわよねっ
﹁よ、よし。じゃあ持つぞ⋮⋮
色々とツライ。
やべぇ、すっげぇスベスベで柔らかいんですけどこの子
イカンイカンっ⋮⋮俺はノーマル俺はノーマル⋮⋮
俺の首に回してきたもんだから顔が超近いィィィ
だよコレ⋮⋮
留美∼、すっごいラブラブ感が出てる
子の母親が撮影しようと構えてるって、どんだけシュールな絵面なん
てか人んちの玄関で中学一年生の女の子をお姫様抱っこして、その
!
そう自分を叱咤激励していると︵激励ってなんだよ︶、留美が両手を
!
けど、スカートなもんだから直で太ももに触れることになっちゃって
やっぱすげー軽いなコイツ。軽いから抱っこするのは楽勝なんだ
き上げる。
今までに無いってくらい恥ずかしそうなルミルミをヒョイッと抱
﹁⋮⋮うん﹂
﹂
ちょっとあなた、俺の状況理解してくれてるんだよね
ん。
?
いいねいいね∼
!
﹁やだ﹂
﹁もー
留美のケチ∼。あんまり独占欲強いと男が逃げちゃうわよ∼
⋮⋮静みたいに﹂
やめたげてよぅ⋮⋮
はいチーズっ
﹂
!
に構えた。
﹁⋮⋮⋮ふふふっ、それじゃあ行くわよ∼
?
318
?
?
?
あとでママと交代してねー♪﹂
﹁おおうっ
よぉ
!
なに言ってるんですかねこの人⋮⋮
?
!
ボソリと恐ろしい一言を付け加えたルミママは、ようやく撮影の為
!
?
﹃ちゅっ﹄﹃パシャリっ﹄
なに今のパシャリの前のちゅって
⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮は
え
⋮⋮また会いに行くからね﹂
﹁⋮⋮ 八 幡。今 日 は 楽 し か っ た。私、こ ん な に 幸 せ だ っ た の 初 め て
た。
階段の途中でピタリと止まると、振り向きもせずに一言声を発し
いった。
こっちに顔を向けることなく自室へと伸びる階段へタタッと掛けて
はっとした時には、留美はすでに俺から一目散に飛び降りて、一切
当たってるんですけど。
なんか頬っぺたにすっげぇ柔らかくてすっげぇあったかいモノが
?
?
すっごい良い写真撮れたよー
八幡くーん
?
﹂
その一言だけを残して階段を駆け上がっていってしまった。
﹁わーお
!
ア、アンタなんてことすんすかっ
チリと写っていました⋮⋮
﹁なななな
なにって、ラブラブツーショット写真よ
﹂
﹂
この人味方じゃ無かったのん
じゃねぇよ。
?
留美の勘違いだって分かってるって言ってましたよね
八幡君が彼氏に
なるってことを了承してると思い込んでるんだってことっ﹂
﹁もちろんっ。留美の勘違いだって分かってるわよ
⋮⋮こんなことしちゃったら⋮﹂
?
であって⋮⋮﹂
﹁いやそうじゃなくて、留美が俺の事を好きだと勘違いしてるって話
いやそれ勘違い違いですから⋮⋮
?
﹁ん
いや、よ
ちょっと待って
え
?
?
?
!?
だ、だって、さっき俺の状況理解してくれてるって言ってまし
﹁ちょ
?
には、お姫様抱っこされたルミルミが俺の頬にキスしている姿がバッ
ルミママが嬉っしそうに俺に見せ付けてきたデジカメの液晶画面
!
?
たよね
?
319
?
?
!
﹁なんでそれが勘違いなの
留美は八幡君のこと大好きじゃない。八
幡君は女心がまるで分かってないわね∼﹂
乙女心は比企谷
まだ子供かも知れないけど、
するとルミママが、すっと表情を変えた。
﹁留美はね、あなたの事が大好きなのよ
女の子の気持ちを勝手に勘違い扱いしちゃダメよ
?
もって思ってたでしょ
留美の為にも﹂
この人⋮⋮本当に全部理解してやがる⋮⋮
?
そんなのは留美の為でもなんでもないのよ
理解した上でこんな事すんの⋮⋮
﹁でもね
今日の留美の
﹁比企谷君はさっき、もう留美の家にはあんまり来ない方がいいのか
﹁いや、しかし⋮⋮﹂
君が思ってるなんかより、ず∼っと複雑なんだからね﹂
?
?
で。
ちゃーんと責任取ってもらうんだから∼﹂
﹁だからね
比企谷。留美にあんな顔させたんだから、もう逃がさな
笑顔なのに、それはもうすんごく背筋がゾクリとするような微笑み
するとルミママはにっこりと微笑んだ。
もの﹂
顔見てたらぜーんぶ分かっちゃった。あの子のあんな顔初めて見た
?
?
?
カメを振る。
さっきちゃんと言ったでしょお
!
よ
っ て。⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮ だ ー か ー ら っ
!
永遠に確定したようです。
どうやらここ鶴見城に住まうルミルミ姫への次回以降のご謁見が
比企谷八幡18歳。
留美を泣かせたら絶対
これからは留美が幸せになれる為にだったらどんな事だってするの
﹁うふふっ
私は留美の母親なの。
とっても素敵スマイルの横に液晶画面をかざして、ヒラヒラとデジ
いわよ
?
320
?
?
に許さないからねっ、八幡くんっ♪﹂
?
終わり
321
雪宿り
暦の上ではもう春とはいえ、この季節に降る雨は氷のように冷た
い。
この日俺は急な雨降りにずぶ濡れになりながらも、なんとか定休日
の店の軒先まで辿り着き雨宿りをしていた。
﹁う∼⋮⋮さっみぃ。あんだよ⋮⋮今日雨降るなんて言ってなかった
だろ⋮⋮﹂
冷たい雨に濡れた制服と冷たい風に、想像以上に体温が奪われてい
く。
こりゃ風邪引いちまうな。つうかこれだけ濡れてるんなら、今さら
雨宿りなんかせずにチャリで一気に帰っちまうか。
﹁⋮⋮貴方のその言葉のチョイスには、底知れない不愉快さと嫌悪感
﹂
雪ノ下さん。勝手な想像して俺を罵る
を抱かされるわね⋮⋮端的に言うと気持ちが悪いわ
いやいやなに言ってんの
のをやめて貰えませんかね。
?
てかなんでそんなに頬を染めてんだよ。そんなに真っ赤になるく
?
322
そう思っていた時、パシャリパシャリと雨の中を駈けてくる足音が
近づいて来ることに気付いた。
その道路に溜まった水を鳴らしながら駈けてくる足音が、パシャリ
⋮⋮と俺の目の前で止まった。
比企谷菌﹂
﹁⋮⋮あら、そんなにずぶ濡れになってまで、冷たい雨でその身体を洗
い流して除菌しているのかしら
そこには、俺と同じように冷たい雨でずぶ濡れになった少女が、悪
?
戯な微笑を浮かべ一人佇んでいた。
×
×
﹁⋮⋮お前だってビショビショに濡れてんだろうが⋮⋮﹂
×
らいに気持ち悪いんですかね。
﹂
﹁お前が想像力豊かな事は良く分かった。⋮⋮てか今日はお前一人で
帰りか
﹁え、ええ⋮⋮由比ヶ浜さんは⋮⋮その⋮⋮今日は三浦さん達と用事
があるそうよ⋮⋮﹂
だからそんなに自分の恥ずかしい想像と発言を引っ張るんなら始
めから言うなよ⋮⋮
﹁そうか⋮⋮﹂
﹁ええ⋮⋮﹂
しばしの沈黙。
店の軒先で無言で雨宿りをしている二人。実に気まずい。
雪ノ下に気付かれないように、横目でチラリと覗いてみる。
こいつの華やかさは普段見慣れているのだが、なんかこう⋮⋮艶や
かな濡れ髪やうっすらと透けているシャツなんかが、なんつうか普段
より色っぽくて目のやり場に困る。
自分から横目で覗いているくせに目のやり場に困るもなにもあっ
たもんでは無いが。
すると雪ノ下もこちらにチラリと視線を向けたもんだからバッチ
リと目が合ってしまった。
通報だけは
目が合った途端にお互いにすごい勢いで目を剃らし俯く。
やっべぇ⋮⋮雪ノ下を盗み見てたのバレちまったか
ご勘弁願いたい。
てか、なんでこいつまで横目で覗いてくんだよ⋮⋮
⋮⋮そっ、その卑猥な視線を向けてくる
!
やっぱり通報一歩手前だったわ。
ころだったわ﹂
あっぶね
﹁べべべ別に卑猥な視線なんて向けてねーし﹂
﹁そ、その隠しきれない動揺が⋮⋮動かぬ証拠だわ⋮⋮
⋮⋮﹂
﹁⋮⋮﹂
覗き谷くん
のは⋮⋮あ、あの⋮⋮やめて貰えないかしらっ⋮⋮危うく通報すると
﹁ひっ⋮⋮ひ比企谷くんっ
?
?
!
323
?
﹁⋮⋮﹂
そしてさらなる沈黙。
もう恐くて視線を向ける事は出来ないが、どうしても視界の隅に
入ってきてしまう雪ノ下は、恥ずかしそうにずっと俯いていた。
×
も風邪引いちまう前に早く帰れよ
﹂
﹁⋮⋮ええ。⋮⋮その、ありがとう﹂
なんだか素直に礼を言われてしまった。
なんか調子狂うだろうが。
﹂
﹁⋮⋮小雨になってきたし⋮⋮私もそろそろ帰るわ⋮⋮もうここから
﹁なんだよ⋮⋮
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮その⋮⋮ひ、比企谷くん﹂
﹁⋮⋮面目ない﹂
ら本末転倒じゃないかしら﹂
﹁はぁ⋮⋮まったく。人を心配しておいて、貴方が風邪を引いていた
すると雪ノ下が呆れたようにため息を吐いた。
ていたが、随分と体温を奪われていたようだ。
雪ノ下が来てから恥ずかしさと気まずさで熱くなりすっかり忘れ
おおう⋮⋮やべぇ、俺が風邪引いちゃいそうじゃないですか。
!
?
﹁お、おう⋮⋮それじゃあ⋮⋮な⋮⋮⋮⋮⋮ヘックショ
﹂
﹁⋮⋮あー、雨も小降りになってきたし、俺はもう行くわ。⋮⋮雪ノ下
すかね。
ま、これくらいの雨なら問題ないか。そろそろ離脱させてもらいま
合ってしまったからなのだろう。
ずぶ濡れな上に、先ほどお互いに盗み見た視線がタイミング悪く
が、この沈黙は正直気まずい。
普段雪ノ下と部室で二人の時の沈黙はなぜだか中々悪くないんだ
が少し小降りになってきた。
沈黙もまだ暫く続きそうかというところで、ザーザー降りだった雨
×
?
324
×
おう。気を付けて帰れよ﹂
なら走ればそんなに遠くはないのだし⋮⋮﹂
﹁お
なんだよこの要領を得ない会話は。わざわざ俺に報告する必要無
くないですかね
﹂
ばいいんじゃないかしらっ⋮⋮
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮は
﹂
﹁かかか勘違いしないで貰えるかしらっ
腐った危険人物を家に招き入れるような真似はしたくはないのよ
?
?
⋮﹂
﹁これは部長命令よ比企谷くん。貴方に拒否権は無いのよ⋮⋮
?
こうして俺は雪ノ下と小雨の中、二人肩を並べて走りだした。
まじかよ⋮⋮
﹂
﹁あ、や、だがさすがに独り暮らしのお前の家に俺だけで行くわけには
る時よりも凄かったです。
なんかすっげえまくし立てられました。それはもう一色に振られ
ないというだけの話よ﹂
原菌を学校中に撒き散らされたら部長としての責任問題になりかね
を帰して熱でも出されたら私も寝覚めが悪いしあまつさえ貴方の病
うな所を見過ごすわけにはいかないし責任があるのよこのまま貴方
でも誠に遺憾ながら奉仕部部長として部員が目の前で風邪を引きそ
?
私だって貴方のような目の
あ、貴方も完全に雨が止むまでは⋮⋮家に、よ⋮⋮⋮⋮⋮寄っていけ
﹁だ ⋮⋮ だ か ら そ の っ ⋮⋮ 走 れ ば そ ん な に 遠 く は な い の だ し っ ⋮⋮
握っていた。
訝しく思って雪ノ下を見ると、真っ赤に俯きスカートをギュッと
?
?
×
今、この家には俺と雪ノ下しか居ない。そのあまりの緊張感とこの
二度目となる雪ノ下邸は、しんと静まり返っている。
﹁おう。サンキュー⋮⋮﹂
﹁タオル、持ってくるわ⋮⋮少しだけ待っててくれるかしら﹂
×
325
?
×
静けさで、心臓が激しく早鐘を打つ音だけが響いていた。
まさかあいつが俺一人を家にあげてくれる日がこようとはな。
暫く玄関で待っていると、なんかモコモコした雪ノ下さんがもふも
ふと歩いて来ました。
﹁ごっ、ごめんなさい⋮⋮髪を拭いたり着替えたりしていたら、少し時
間がかかってしまったわ﹂
そう言いながら手渡してくれたバスタオルは、とても良い匂いがし
た。
﹁いや、問題ねぇよ。サンキューな﹂
これが雪ノ下の匂いなのかと⋮⋮これが雪ノ下が普段使っている
バスタオルなのかと思うと、おもわず拭くフリをして、顔を埋めて思
これじゃ完全に変態じゃねぇか。
いっきり深呼吸してしまった。
ってヤバイヤバイ
誤魔化すようにタオルを頭部に持っていき頭をがしがしと拭きな
がら、思わず今の雪ノ下の格好に目を奪われてしまう。
なんというか⋮⋮まぁ、アレだ。
﹁な、なにをさっきからジロジロと見ているのかしらこの男は⋮⋮穢
れてしまうじゃない﹂
﹁俺は見るだけで人を穢れさせちゃうのかよ⋮⋮。えっと、なんつう
か⋮⋮お前らしくない格好だなと思ってな﹂
うん。ホント雪ノ下らしくない。
だって、目の前に立ってるのはフード付きのモコモコしたパンさん
なんだもん。
いや、さすがにフードは被ってないけどね
ね。
そんな格好でしゅんっ⋮⋮とされちゃうと可愛すぎるからやめて
﹁や、やっぱり変かしら⋮⋮﹂
う⋮⋮超モコノ下さん。
ゼントした猫のルームシューズを履いてるもんだから、なんつうかも
上下モコモコパンさんパジャマを着た上に、さらに由比ヶ浜がプレ
?
326
!
﹁や、そ の ⋮⋮ か、か わ っ ⋮⋮ 悪 く な い ん じ ゃ ね ぇ の ⋮⋮
ギャップ萌えってやつか﹂
あ れ か、
ハチマン女心は難しす
あ、どうやらゆきのんは嬉しかったみたいです。
ど仕方がなく購入したのよ﹂
私がどうしても見たいと言うものだから甚だ遺憾ではあるのだけれ
日由比ヶ浜さんとお買い物に行った時に由比ヶ浜さんがこれを着た
﹁でもこれは別に自分の趣味で購入したとかそういう訳ではなくて先
ぎてワカリマセン。
嬉しいのか不快なのかハッキリしようね
⋮⋮られているのだと思うと、さ、寒気がするのだけれどっ⋮⋮﹂
だ か ら 仕 方 の な い こ と よ。⋮⋮ そ ん な こ と よ り 貴 方 に、そ の、萌 え
﹁そ、そう。わ、私って可愛いもの。なにを着たって似合ってしまうの
嬉しそうに罵倒してきた。
すると雪ノ下は真っ赤に頬を染め、なんだかとても恥ずかしそうに
?
どうやら雪ノ下はこの雨降りを見て、帰宅したらすぐに風呂に入れ
るように携帯から操作していたらしい。
さすが超高級マンションに住まうブルジョアは、そんなシステムは
標準装備なんですね。
風邪を引かれると困るから入れと促されさすがに断ったのだが、ゆ
きのんが一度言い出した事を取り下げるわけもなく、結局入る事に
なってしまった。
まぁ濡れた制服を乾燥機で乾かして貰ってる今、確かに風呂にでも
浸かって身体を温めないと本気で風邪引いちゃいそうなんだけどね。
それでも元々は雪ノ下が入る為に沸かした訳だから、先に俺が入る
訳にはいかんだろ⋮⋮と抵抗はしたんだよ
?
327
?
なぜだか分からんが、今俺は雪ノ下んちの湯船に浸かっている。
俺は一体なにやってんだろ。
×
×
﹁ふぃ∼⋮⋮﹂
×
その時はこんな一悶着の末、俺の完全敗北が決定したわけだ。勝利
を知りたい。
﹃貴方の方がよっぽど冷えきっているのだし、私と違って着替えもな
﹄
やはり変態ね﹄
私が入った後のお湯で、なにか良からぬ行為
いのだから貴方が先に入りなさい﹄
﹃いや、だがな
﹃それともあれかしら
でも楽しみたいのかしら
しら⋮⋮
﹄
﹄
貴 方 が 入 ら な い の な ら ⋮⋮ そ、そ の
⋮⋮⋮⋮本当に一緒に入ってしまうわよ⋮⋮
?
﹂
﹂
?
ました⋮⋮
びびびびっくりした⋮⋮危うく年齢指定になっちゃうのかと思い
消え入りそうなか細い声を残し、雪ノ下は脱衣所から出ていった。
﹁そ⋮⋮それではゆっくり身体を温めてね﹂
﹁お、おう。⋮⋮問題ない、です⋮⋮﹂
お風呂から上がったらこれに包まっていてもらえるかしら⋮⋮﹂
着替えが無いの⋮⋮⋮⋮その⋮⋮ここに毛布を置いておくから⋮⋮
﹁申し訳ないのだけれど、制服が乾くまで、やはり貴方が着られそうな
﹁ひぃやぁいっ
﹁ひ、比企谷くん⋮⋮
いや、いっそ断って一緒に入ってしまうという選択肢も⋮⋮
れたら、断るに断れないじゃないですか⋮⋮
こんな台詞をあんなに真っ赤になってまで悪戯めいた笑顔で言わ
?
方 が 先 に 入 り な さ い ⋮⋮
⋮⋮⋮⋮と、とにかく、貴方の言う家主がそう言っているのだから、貴
﹃ふ ふ っ、冗 談 に 決 ま っ て い る じ ゃ な い、こ の 飢 え た 狼 谷 く ん。
﹃⋮⋮ななな
お、お前なに言ってやが⋮﹄
﹃そう⋮⋮⋮⋮⋮⋮それだったら⋮⋮⋮⋮いっそ二人で一緒に入るか
に入るわけにはいかん﹄
⋮⋮とにかく家主が入る為に沸かした風呂に、急に押し掛けた俺が先
﹃お、お前な⋮⋮だから別に俺は入らんでもいいと言ってるだろうが
?
?
?
?
328
!
?
×
なる問題が。この毛布からはさらに雪ノ下の匂いがするのだ。
まさかこれって、雪ノ下がいつも使ってる毛布じゃねぇのか
なの
⋮⋮普通自分が毎日使ってる毛布なんか異性に貸してくれるもん
?
邪な気持ちを抑えながら毛布に包まり脱衣所を出た。しかしさら
かったか。
やばいな⋮⋮ちょっとおかしくなってるわ。やっぱ来るんじゃ無
しようもなくクラクラしてしまう。
これで雪ノ下も風呂上がりに身体を拭いているのかと思うと、どう
やっぱすっげえ良い匂いすんな、これ。
で身体を拭く。
風呂から上がり、雪ノ下が用意しておいてくれた新しいバスタオル
×
﹁⋮⋮あと、これ、毛布もあんがとな⋮⋮すげぇ温かいし⋮⋮なんかす
﹁そう、それは良かったわ⋮⋮﹂
﹁おかげさんですげぇいい湯加減だったわ﹂
﹁え、ええ⋮⋮その⋮⋮しっかりと温まったかしら﹂
﹁あ、その⋮⋮風呂サンキューな﹂
う、かなり恥ずかしい格好なのだ。
それもそのはず、なにせ俺はパンツ一丁で毛布に包まっているとい
端にバッと視線を逸らした。
ドアを開けた俺に気付くと栞を挟んで本を閉じ、こちらを向いた途
と、雪ノ下がソファーに腰掛けて本を捲っていた。
風呂場からリビングまでの廊下を歩き、リビングのドアを開ける
返り討ちにされちゃうのかよ。
るレベルだろ。
リートぼっちじゃ無かったら確実に雪ノ下襲って返り討ちに合って
コレはホントにやばい。ちょっとこれ、俺のような訓練されたエ
?
げぇ良い匂いするし気持ち良いわ﹂
329
×
その台詞に雪ノ下の頬は赤く赤く染まった。
やっぱ⋮⋮いつも使ってるやつじゃねぇかよ⋮⋮
﹁⋮⋮そ、そんな事よりその格好のままそんな所につっ立っていられ
ても迷惑だし、こっちに来て座ったらどうかしらっ⋮⋮﹂
﹁そっ、そうだな﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
き、気まずい⋮⋮
なんですかねコレ。どうしたらいいんですかね。
向かい合ってソファーに腰掛けてから五分ほど経つが、お互いに何
も喋れず俯くばかり。
普段、部室に居るときにはもう感じなくなってしまった緊張感だ
が、やはりこれは勝手が違いすぎる。
﹂
330
どうしたもんかと思っていると、雪ノ下が深く呼吸をしてから立ち
上がる。
﹁⋮⋮⋮⋮比企谷くん。紅茶⋮⋮要るかしら
﹁あ、頂き、ます⋮⋮﹂
あれだけお互いに緊張していたのに、お互い意識しすぎていたの
を取り戻しているようだ。
チラリとキッチンに視線を向けると、雪ノ下もその香りに落ち着き
が、ゆっくりとほぐれていくのを感じた。
その香りが鼻腔をくすぐりはじめた瞬間、固まっていた身体と緊張
そしてキッチンから漂ってくる紅茶の香り。
?
に、甘いその香りがリビングに充満した頃には、ようやくそこは普段
×
の落ち着く心地好い場所となっていた。
×
﹁どうぞ﹂
×
﹁おう﹂
優しい笑顔で俺の前に紅茶を置いてくれる雪ノ下。紅茶を持って
きてくれた頃には、そこはもう部室と変わらない穏やかな空気が流れ
ていた。
普段と違うのは、注がれた紅茶が入ったカップとソーサーが、小刻
みに震えてカチャカチャと音を立てていたことくらいか。
いくら落ち着いた空気になったとはいえ、やはり雪ノ下もまだ緊張
しているのだろう。その証拠に、俺も口へと運ぼうと持ち上げたカッ
プが小刻みに震え、水面が揺らめいているのだから。
でもまぁ、さっきまでの気まずく居心地の悪い空気とは比べるべく
もない、とても心地いい緊張感だ。
そんな居心地の良さの中で、俺と雪ノ下は常と変わらず静かに本を
捲っている。
会話も無い、BGMも無い、ページを捲る音と紅茶を啜る音だけが
﹂
331
たまに響くこの空間を居心地が良いと思えるのは⋮⋮⋮⋮たぶん、雪
ノ下と二人で居るときだけなんだろう。
どれくらいの時間が経ったのだろうか。そんな良く分からない極
﹂
上の一時を過ごしていた時、不意に雪ノ下から声がかかった。
﹁紅茶、おかわり要るかしら
﹁ん、サンキュ。頂くわ﹂
雪ノ下も同じように緊張を思い出したのか、ビクりと身体を強ばら
そして先ほどまでの緊張感を身体が、心が思い出してしまった。
がってくるのを感じた。
その僅かに触れてしまった指先から、一気に熱が身体中を駆け上
の指がほんの少しだけ触れてしまった。
カップを渡そうとする俺の指と、カップを受け取ろうとする雪ノ下
俺は、俺達は心地好いその空気に油断していた。
?
せ、カップを床に落としてしまう。
﹁わ、悪いっ
﹁いえっ、私こそ⋮⋮﹂
!
軽くパニックになってしまい、立ち上がって慌ててカップを拾おう
と屈んだその先には、同じく屈んだ雪ノ下の陶磁器のように白く美し
い顔があった。
今までにもこんなような事が何度かあった。
マラソン大会の後の保健室。バレンタインイベントで雪ノ下が落
としてしまったボウルを拾おうと屈んだ時。
だが、今のお互いの距離は、そのどれよりも遥かに近い。
お互いがほんの少し⋮⋮ほんの2センチずつほどの僅かな距離を
詰めれば、唇が触れてしまう程のあまりにも近い距離。
早く離れなければと後ろに引こうとするのだが、なぜだか身体が
まったく動かない。そして雪ノ下も動かない⋮⋮
唇が触れてしまいそうな程の近さで見つめ合ってしまっていたの
はほんの数秒間か、はたまた数分間か。
頭の中がぐるぐるとクラクラと、グチャグチャに掻き混ぜられてい
サッと背を向ける。
⋮⋮⋮⋮俺は⋮⋮今なにをしようとしていた。
流れに身を任せて、雪ノ下の唇に触れようとしていたのか⋮⋮
なにが理性の化け物なものか。なにが自意識の化け物なものか。
?
332
るような感覚に陥っていたその時、まるでスローモーションのよう
に、雪ノ下の切なげに潤んだ瞳がゆっくりと閉じ始める。
そして⋮⋮⋮⋮俺も目を閉じその僅かな距離を縮め始めたその瞬
間⋮⋮
ピーッピーッピーッ
﹂
﹂
乾燥機が停止の合図を室内に響かせ、我に返った俺と雪ノ下はすご
い勢いでバッと距離を取った。
そ、そうだなっ
!
!
お、おう
﹁せせせ制服の乾燥がしゅしゅ終了したようねっ
﹁おっ
!
二人してみっともなく噛み噛みで声も上摺りながら、お互いにサ
!
俺は流れに逆らえずに、雪ノ下を穢そうとしていたのか⋮⋮
情けねぇな。自分の欲望で大切な物を壊してしまう所だったのか。
でも⋮⋮だったら雪ノ下はどうなんだろうか⋮⋮
?
それとも⋮⋮
確かに雪ノ下も流れに身を任そうとしていた。あの雪ノ下でさえ
も。
単なる気の迷いなのか
うが。
あの雪ノ下雪乃だぞ
あんなの、一時の気の迷いに決まってんだろ
いや、馬鹿か俺は。まだ勘違いし続けんのかよ。
?
雪ノ下のその声に窓の外に目をやると、いつの間にか雨はすっかり
﹁⋮⋮雨、上がったみたいね⋮⋮﹂
?
カップを片付け、着替えを済ませ、借りた毛布を返し、そして玄関
へと向かっているこの時まで、雪ノ下はずっと俯き一言も声を発さな
かった。
俺は⋮⋮雪ノ下を傷つけてしまったのだろうか⋮⋮
やはり来るべきでは無かったのだろうか⋮⋮
湿りきった靴を履くと、せっかく乾いた靴下が不快に湿る。
しかし俺は早くこの場を離れなければいけない。早く離れたい。
気持ちの悪い足元など気にせずに、雪ノ下に背を向けてドアに手を
かけた。
﹁雪ノ下。⋮⋮えっと⋮⋮今日はありがとな。⋮⋮助かったわ﹂
心にもない礼をする。
返答など望むべくも無いのに。
333
と上がっていた。
×
×
帰り支度を済ませて玄関へと向かう。
×
﹂
返事が無いのを確認してからドアを開けようとしたその時だった。
﹁ひ、比企谷くんっ
微笑んでいた。
だとしたらさっきの雪ノ下のあの行為は
一時の気の迷いじゃ⋮⋮ないのか⋮⋮
どせずに雨宿りにくればいいわ
⋮⋮ふふっ⋮⋮私の家に雨宿りに
る責任者としては致し方のないことなのよ。⋮⋮だからまた、遠慮な
﹁あら。そんなの迷惑に決まっているじゃない。でもこれは部を預か
微笑みから悪戯めいた微笑みへと表情を変化させた。
すると雪ノ下は潤んだ瞳と朱色に染まった頬をそのままに、優しい
﹁や、そう、だな。迷惑じゃなければ⋮⋮な﹂
?
?
⋮⋮傷、つけた訳じゃないのか⋮⋮本当に良かった。
のこんなにも優しい微笑みは初めて見た気がする。
雪ノ下と知り合って、もう少しで一年経とうという所だが、こいつ
日みたいに、うちで雨宿りすればいいわ﹂
﹁あの⋮⋮も、もしもまた⋮⋮急な雨に降られたとしたら⋮⋮また、今
言葉に詰まる雪ノ下だが、俯かずに俺をしっかりと見据えている。
﹁あ、あの⋮⋮⋮⋮﹂
﹁どうした⋮⋮
﹂
雪ノ下が、潤んだ瞳と朱色に染まった頬を一生懸命に上げて、優しく
急に声をかけられ驚いて振り向くと、先ほどまでずっと俯いていた
!
と向かう道すがら、未だ今にも泣き出しそうな曇り空をぼーっと見上
マンションを出てチャリを勝手に置かせてもらってる店の軒先へ
﹁ええ。また明日﹂
﹁雪宿り、か⋮⋮。ま、機会があったらな。じゃあな﹂
も無邪気で、そしてあまりにも魅力的だった。
くすりと目を細めて微笑む雪ノ下は、あまりにも美しく、あまりに
来る訳だから⋮⋮雪宿り、とでも言うのかしらね﹂
?
334
?
げながら、我知らずこんな独り言を呟いていた。
﹁⋮⋮また、雨降んねぇかな⋮⋮﹂
了
335
望んではいけない贅沢な望み︻前編︼
三年生に進級してから早二ヶ月。
進学校の受験生とはいえ、まだ死に物狂いで全ての時間を勉強へと
費やす程の危機感の無いうちは、今日も休み時間を友達と騒いで過ご
していた。
てかうちら受験生なんだけ
やっぱさがみん歌上手すぎでしょ﹂
﹁昨日のカラオケ盛り上がったよねー﹂
﹁ねー
﹁いやいやゆっこだって超上手いじゃん
どー﹂
﹁まぁまぁ、こんなに気楽で居られんのもあとちょっとだけじゃん
さがみんっ。ねぇ遥﹂
と心の中でツッコむ。
いや、そもそも修復云々言うほどの大した仲では無かったんだろ
う。ただ単に文実で話が合ったからその時だけつるんでた上辺だけ
の関係。
でも文化祭後の体育祭でやらかしてしまったうちを不快に感じた
遥達が今度はあっさり敵に回っただけという、女のあまり綺麗ではな
い世界では良くあるお話。
だ か ら も う う ち と あ の 子 達 は 永 遠 に 関 わ ら な い 関 係 に な る か と
思ってたんだけど、三年になってクラスメイトにもなり、なぜか今は
こうやって上辺だけでは無い友達関係になっている。
みたいに見返り
まぁ端的に言うと、体育祭の後にこの二人に謝りに行ったのだ。
別にその謝罪に、また上辺だけでも仲良くしてね
を求めていた訳ではない。
?
336
﹁いやいや普通もう気楽では居られないから﹂
じゃあ勉強しろよっ
しっかし⋮⋮⋮⋮あの遥達とこんなに仲良くなるなんてね。
!
うちと遥達は二年の時の体育祭で、修復不能な程の仲違いをした。
!
!
!
ただ、体育祭の後にうちの行為を振り返ってみた時、あまりの身勝
手さと無責任さに恥ずかしくなってしまい、謝らずにはいられなく
なったってだけ。
悔しいけど、ぶっちゃけうちはあの体育祭で少しだけ成長したよう
に思う。
大勢の前でみっともなく泣き叫んで手に入れたのは、自分自身の小
ささとしょーもなさを顧みられるようになったって所かな。
そんなうちの見返りを求めない真摯な謝罪になにかを感じてくれ
たのだろう。あの二人も自分達こそゴメンと真摯に謝罪してくれた
のだ。
とまぁこんな訳で、それ以来うちと遥とゆっこは今では気の置けな
い仲になった訳なんだけど、うちはそんなこの二人にもどうしても言
えない秘密を抱えて悩んでいたりする。
認めたくなんか絶対無いけど
うちは⋮⋮実は今とても気になる人が居る。気になるというか、こ
れは恋とでも言えるんだろうか⋮⋮
るし、うち⋮⋮
だったらガールズトークの一環として、気の置けない仲の友人とは
恋バナとかするだろって
あ、あぁ
う、うんうん
そうだよねー⋮⋮﹂
になれたってのに、まさかアイツまで同じクラスになっちゃうなんて
﹁うへぇっ⋮⋮マジで引くよねー。せっかくあたしら三人同じクラス
ニヤついてるよー﹂
﹁うっわ⋮⋮見てよ遥、さがみん⋮⋮まーたヒキタニが変な本読んで
⋮⋮
⋮⋮ い や、寧 ろ こ の 二 人 だ か ら こ そ 言 え な い。⋮⋮ 言 え な い っ て の
でも、この二人にだって流石にこればっかりは言えないんだよね
?
!
ねぇ⋮⋮ねっ、みなみちゃん﹂
﹁⋮⋮へ
!
言える訳ないじゃんよぉ⋮⋮
?
337
?
と、そんなこと考えながらもまたチラチラそいつのこと見ちゃって
!
今うちが恋してるっぽい相手が⋮⋮⋮⋮まさかあの比企谷だなん
てさぁ⋮⋮
×
⋮⋮ほ、ほら、やっぱ
!
﹂
かったよねー
そ、そんな事ないってば
!?
受験のこと気になっちゃって、たまにぼーっとしちゃってるんじゃな
へ
⋮⋮
?
﹁⋮⋮ん
!
﹁あ ー、そ れ あ た し も 思 っ た ー。さ が み ん 一 年 の 時 は そ ん な こ と 無
キとかあるよねー﹂
﹁なーんかさぁ、最近みなみちゃんて、たまにぼーっとどっか見てるト
どだ。
抑えきれずに家に帰ってきてベッドでゴロゴロとのたうち回ったほ
三年でまた同じクラスになれたって知った日なんかは、ニヤニヤが
そりとアイツを盗み見る毎日を過ごすようになっていた。
企谷が気になりだしてしまい、体育祭後は誰にもバレないようにこっ
そしてみっともなく泣き叫んで成長とやらをしたうちは、そんな比
しくて死にたくなった。
まった。それが分かってしまった時、己の身勝手さ無責任さに恥ずか
る内に、アイツのやり方を目の当りにする内になんとなく分かってし
そして担ぎ上げられた体育祭実行委員長でまたアイツと仕事をす
のかを。
が一切見えて無かったのだ。なんでうちが悲劇のヒロインになれた
それが心地好くて、それがさらなる惨めさを駆り立てて、うちは現実
みんなが優しくしてくれるから、みんなが気を遣ってくれるから、
された。
うちは文実で惨めな姿を晒した後に悲劇のヒロインとして持て囃
ですよ。あんまり見たくなかった醜い現実を。醜いうちを。
そう。成長してしまったからこそ、色々と見えてしまう事もあるん
ように思う。
うちはあの体育祭で、自分で言うのもなんだけど、結構成長出来た
×
?
338
×
いのかな
うち
﹂
ついつい比企谷を見ちゃうのって二年の後半の時
からだけど今までバレた事なんか無かったのに
まさか遥たちに感付かれてたなんて⋮⋮
って。
て か ⋮⋮ 正 直 自 分 で も 少 し 自 覚 し て た ⋮⋮ 最 近 見 す ぎ じ ゃ な い
!
やっばい⋮⋮
!
!
!?
﹁そっかー。ま、そりゃそうだよね。あたしもそろそろ真剣に考えね
ばっ﹂
﹂
﹁いやいや遥、あたしらは大会終わるまではバスケに人生掛けるって
そうでした
約束したはずだよ
﹁はっ
⋮⋮ってアンタこの前部活サボってこっそり勉
!?
!
﹂
!?
まっていた。
×
×
で見つつ、うちは気付けばまた比企谷にチラチラと視線を向けてし
なんか二人して小芝居しながらキャッキャしてるのを呆れた笑い
むやに出来たみたい。
ふぅ⋮⋮女バスの二人の話題が部活に逸れた事で取り敢えずうや
﹁なぜそれを∼
強してたくせに⋮⋮﹂
!
そんなのよりももっとずっと大きくて激しい感情を、比企谷に対し
とゆっこにどうしても謝りたいと思ったのと同じ感情を⋮⋮んーん
それはつまり、自身の行為に対する恥ずかしさに耐え切れずに、遥
うちは惨めな文化祭と体育祭で成長した。
度と無いんだってこと。
分かってるんだ。うちと比企谷の人生が交わることなんてもう二
うちは⋮⋮一体どうしたいんだろうか。
×
ても抱いたって事に他ならない。もちろん雪ノ下さんにもね。
でも、うちは謝れなかった。
339
?
?
だって⋮⋮その謝るという行為は比企谷に対するクラス中の⋮⋮
学校中の悪意を、うちが一身に背負わなきゃならなくなるのと同義な
のだから。
比企谷みたいに強くもない、どうしようもない小物のうちには、あ
んなのはどうしたって耐えられそうもなかった。
だからうちは比企谷に謝りたいという思いから目を逸らして自己
保身に走った。
だからうちには、もう比企谷に対しては謝る権利さえ無いのだ。
今さら謝るなんて単なる自己満足にしか過ぎないんだから。ただ、
自分の気持ちを楽にしたいってだけの謝罪行為を比企谷に対して行
う権利なんかうちには無い。
それでも⋮⋮それでもやっぱり比企谷にどうしても謝りたかった。
そんな権利無いって分かってるのにやっぱり我慢出来なくて、三年
って心に決めた時があった。
てめぇなんざ許すわけ無ぇだろ
!
340
になって奇跡的にまた同じクラスになれた時に、どう思われようが今
こそ謝ろう
に対して﹁今さらなに言ってんだ
嫌われているんなら、恨まれているんなら、単なる自己満足の謝罪
いなかったのだ⋮⋮
比企谷は⋮⋮うちと同じクラスになったこと自体に気付いてさえ
その視線はうちの上をなめらかに通り過ぎていった。
とか逸らすとか気付かないフリとかそういうんじゃなくて、ただただ
また同じクラスになれた時、一瞬目が合ったかと思ったのに、睨む
なのに、比企谷はうちを嫌っても恨んでもいなかった。
るって思ってた。恨んでるとさえ思ってた。
あれだけの事をされたんだ。比企谷は絶対にうちのことを嫌って
ってことを。
﹃比企谷は、うちの事なんて視界にすら入ってない﹄
なれたその時に気付いてしまったんだ。
でも、ずっと比企谷を見てきたうちだからこそ、また同じクラスに
!
﹂と罵ってくれたって良かった。余計に嫌ってくれたって良かった
!
んだ。
で も さ ⋮⋮⋮⋮ な ん の 意 識 も さ れ て な い 相 手 に 謝 ま っ た っ て、
﹁あー⋮⋮そういやそんな事あったっけな。別になんとも思ってねぇ
から気にすんな﹂ってなるのがオチだよね
たぶん比企谷は、そう言ってうちを許すだろう。だって許すもなに
も、意識さえしてないんだから。
だからうちは謝ることを諦めた。なんの意味も無い謝罪には、文字
通りなんの意味もないんだから。
せめて比企谷にうちという存在を意識して貰いたい。
例えそれがどんなに負の感情であっても、相模南という存在をちゃ
んと意識してさえくれたら、うちは謝れるのに⋮⋮気持ち、伝えられ
るのに。
でもそれは、うちなんかにはもう望んではいけないくらいの、贅沢
な望みなんだろう。
だからうちに出来ることは、うちに許されてることは、今日もこう
受験生のうちは、塾の無い日は学校帰りにたまにこうして図書館に
寄って勉強したりしている。
家に帰ると色んな誘惑が待ってるし、ファミレスとかだと周りが五
月蝿くて集中出来なかったりするから、勉強するならやっぱり図書館
が一番いい気がするんだよね。調べ物があればすぐ調べられるし。
しかしこの日は座る場所も無いくらいに大盛況だった。
図書館て、たまにこういう妙に混んでる日があるんだよねぇ。
﹁はぁ⋮⋮せっかく来たのに参ったなぁ⋮⋮﹂
こんなんだったらわざわざ遠回りして図書館なんか来ないで、とっ
とと帰っちゃえば良かったよー⋮⋮
341
?
して意識もされていない相手に、一人惨めに恋しい視線をただ送るこ
とだけ⋮⋮
×
×
﹁うっわ⋮⋮今日は混んでんなぁ﹂
×
でもなんだか無駄に悔しくて、どっか空いてないかなぁ⋮⋮って探
してみた。
前に発見した、あんま人気が無い穴場の席とか二階とか、色々と隈
無く探した結果、図書館の隅の方に席が一人分だけ空いてたのをよう
と、うちはその席を確保して一息ついた所でようやく周
やく発見出来た
る。
と思ったけど時すでに遅し。急に合席状態になった先
ぐぅっ⋮⋮べ、別に図書館なんてどう利用しようと自由じゃん
もそも二人用の席を一人で使ってる方が悪いんじゃん⋮⋮
!!
ずに、まぁ一応礼儀としてちょっとだけ頭をペコリと下げようかな
ようやく知った。
﹂
お前﹂
?
こ、こんなことって⋮⋮っ
﹁⋮⋮相模じゃねぇか⋮⋮なにしてんの
﹁ひ、比企谷っ
う、嘘でしょお
!?
体育祭の事後処理の最中、偶然廊下でぶつかりそうになってしまっ
!
たことじゃなくって、うちに対してだからこそ向けられているのだと
と先客に視線を向けた時、その先客の唖然とした視線が、合席になっ
?
うちはなんとも言えない恥ずかしさを誤魔化す為に、強気に悪怯れ
!
そ
客さんが、うちに唖然とした視線を送ってくるのをヒシヒシと感じ
やばいっ
熱くなってしまった。
ちゃったけど、客観的にうちの行為を考えたら結構恥ずかしくて顔が
よ う や く 見 つ け た 椅 子 に 嬉 し く な っ ち ゃ っ て 勢 い に 任 せ に 座 っ
なってしまった訳だ。
つ ま り 現 在 利 用 し て い る 先 客 に 合 席 を お 願 い す る み た い な 形 に
が一つづつあるだけの、基本的に二人用の席だ。
あ⋮⋮やべっ、ここって小さなテーブルに対して向かい合った椅子
りを見渡した。
よぉっし
!
!?
342
!
!
て以来完全に止まっていた比企谷とうちの時計の針が、今確実に動き
出したのだった。
続く
343
望んではいけない贅沢な望み︻閑話編︼
⋮⋮って、おーい⋮⋮フリー
﹁オラそこボックス入んの遅っせーぞ
﹂
なんか外してんじゃねーよヘッタクソ
んじゃおうかなってね。
もちろん進学希望ではあるけど、部活に励めるギリギリまでは楽し
いのフッツーな女子高生。
勉強よりも体を動かす事の方が得意な、自分でいうのも憚られるくら
まぁなんでこんな進学校に受かっちゃったのか分かんないくらい、
て
言うのに、今日も部活に励んでいる超真面目な女子高生だ。なんつっ
あたし由宇裕子︵通称ゆっこでっす︶は、進学校に通う受験生だと
あはは∼と笑いながら、遥もあたしの横に腰掛けた。
﹁じゃあもっと気合い入れろよ﹂
﹁まぁね∼。最後くらいは二回戦は突破したいよねー﹂
もっと必死感出せよって話だけどねー﹂
﹁まぁ三年にとってはもうすぐ最後の大会だかんねー。てかうちらも
な声を掛けてきた。
もありクラスメイトでもある親友の遥が、呆れたような面白がるよう
先に休憩に入りスポドリで咽を潤していたあたしに、同じ女バスで
﹁おーおー、今日も男バスは激しく活動しておりますなー﹂
いる。
るような音を響かせる中、今日も男バス顧問の檄が通常営業で飛んで
キュッ、キュッ、と、バッシュがアコースティックギターの弦を擦
ほど蒸し暑い。
まだ本格的な梅雨入りはしていないとはいえ、六月の体育館は唸る
!
344
!
!
そんな脳筋なあたしなんだけど、ここんトコすっごい気になる事が
あるのだ。
ちょうど今は周りには遥しか居ないし、ずっと気になってた事を話
してみようと思う。昨日のカラオケの件もあるしね。
﹁ねぇねぇ遥ー。ちょ∼っと話があるんだけどさぁ⋮⋮﹂
﹂
いつものあたしの語り掛ける感じとは違う何かを察したらしい遥
は、意外な切り返しをしてきた。
﹁もしかして、みなみちゃんのこと⋮⋮
んじゃあズバリ言ってみますかね。
⋮⋮さっすが遥。やっぱこいつも分かってたか∼。
?
﹂
﹁そ。さがみんのこと。⋮⋮んー⋮⋮さがみんさぁ、たぶんアレ、恋し
?
てるよね⋮⋮
×
線を送ってるんだよね。
まぁ端的に言うと、あたしらとの会話中にチラチラとどこぞに熱視
んだけど、最近はそれに輪を掛けておかしい。
いや、三年になってからずっとおかしかったとまで言えるレベルな
そんなさがみんの様子が、ここ最近おかしいのだ。
さがみんと遥とあたしで同じグループを組むまでの仲良しとなった。
緒になって、仲良くしてみたり敵対したりと色々あったけど、今では
二年の時はクラスは別れたけど、偶然文実とか体育祭実行委員で一
なかったけど。
ループで、あたしは二番手グループだったからそこまで関わってはい
もっともあっちは一年の時は結衣ちゃんと同じクラス内トップグ
もクラスメイトではあった。
三年になってからのクラスメイトではあるけど、あたしは一年の頃
相模南。
×
でもさ⋮⋮その相手らしい人物ってのがさぁ⋮⋮
345
×
昨日のカラオケでも、切なそうな顔して失恋ソングばっか歌って
﹁だよね∼。やっぱみなみちゃん恋してるよね∼。しかもかなりの悲
恋
たしさぁ。しかもたぶんその相手って⋮⋮﹂
﹁⋮⋮ね﹂
やっぱ遥もあのカラオケは気になっちゃいますよねー。
とは言え、まぁまだ確信が持ててるワケではない。
でもホントにそうなのだとしたら、あたしはちょっと遥と話したい
事があるんだ。
さすがに本人に確認したって素直に答えてくれるワケが無い。だ
から、ちょっと揺さ振ってみようと思ってる。
﹁あのさ遥∼。今日の休み時間にでもさ、ちょっとさがみんを⋮⋮﹂
そしてうちらは結託して、休み時間にさがみんにカマをかける算段
を立てた⋮⋮
﹂
﹁お ー い ⋮⋮ 遥 ゆ っ こ ー ⋮⋮ あ ん た ら い つ ま で 休 憩 し て ん の ー ⋮⋮
﹂
﹁ひゃいっ
﹂
!
どうやら顧問様からの本日のしごきは長くなりそうでありますっ
﹁す、すみませ∼ん
!?
?
で体力残ってるかしらっ
×
ふむふむ。今日も切ない視線をある一方行に送ってますね。
油断してバレてないつもりでヤツにチラチラと視線を送るからだ。
それは、こうやって当たり障りの無い話をしていれば、さがみんが
しながら盛り上がっていた。
あたし達は、さがみんの机に集まって昨日のカラオケの話なんかを
﹁昨日のカラオケ盛り上がったよねー﹂
×
?
あ、朝からそんなにハードにしごかれたら、作戦決行の休み時間ま
!
346
?
×
さがみんのそんな視線を確認しながら、あたしと遥は目配せをす
る。
よし。作戦決行だ
う、うんうん
て慌てて話を合わす。
あ、あぁ
!
⋮⋮ほ、ほら、やっぱ
!
﹂
かったよねー
そ、そんな事ないってば
﹁あ ー、そ れ あ た し も 思 っ た ー。さ が み ん 一 年 の 時 は そ ん な こ と 無
キとかあるよねー﹂
﹁なーんかさぁ、最近みなみちゃんて、たまにぼーっとどっか見てるト
畳み掛ける。
それでもさらに確信を持てるように遥とアイコンタクトを取って
なんか久しぶりに見たな、この嫌な笑顔。やっぱビンゴか。
無理やり自分を合わそうとする卑屈な笑顔だ。
昔は良く見せてたけど、最近ではほとんど見せなくなった、相手に
そう言うさがみんの表情は、とても辛そうな苦笑い。
﹁⋮⋮へ
そうだよねー⋮⋮﹂
するとずっと視線をそちらに向けていたさがみんがビクゥッとし
の女。
おっ、遥さんも中々のやり手ですなぁ。ただの脳筋とは違うな、こ
ねぇ⋮⋮ねっ、みなみちゃん﹂
になれたってのに、まさかアイツまで同じクラスになっちゃうなんて
﹁うへぇっ⋮⋮マジで引くよねー。せっかくあたしら三人同じクラス
つつ、ついにさがみんを揺さ振る一言を投げ掛けてやった。
さがみんがそっちに視線を送ってる事なんか気付かないフリをし
ニヤついてるよー﹂
﹁うっわ⋮⋮見てよ遥、さがみん⋮⋮まーたヒキタニが変な本読んで
!
!
!?
うち
﹂
!
作戦はここまでっ
とばかりに、さがみんの誤魔化しの話に
ちょっと⋮⋮やりすぎたかな⋮⋮
よし
?
顔面蒼白になって両手を顔の横でブンブンするさがみん。
いのかな
受験のこと気になっちゃって、たまにぼーっとしちゃってるんじゃな
へ
⋮⋮
?
﹁⋮⋮ん
!
!?
!
347
?
?
!
乗るように、あたしと遥は勉強の話から部活のへとシフトさせ、あら
かじめ用意しておいた小芝居を交えつつ誤魔化されてあげたフリを
する。
でもそれに安心したさがみんは、あたし達の小芝居を呆れ顔で笑い
ながらも、やっぱり切ない熱視線をヒキタニに送り続けるのだった
⋮⋮
×
ねー
く ー っ
やっぱこれのために仕事もとい部活動に励んでんのよ
ちゅーちゅーと、良く冷えたシェイクを渇いた喉へと運ぶ。
をするあたし達。
音などではなく、マックシェイクの紙コップでボコンとお疲れの乾杯
部活上がりにマックに寄って、グラスの小気味のいいチーンという
﹁おつかれさーん﹂
﹁はーい。今日もおつかれー﹂
×
!
﹁さてとっ
ますか﹂
んん
ん
!
⋮⋮ではでは、例の件についてのお話でもし
!
⋮⋮⋮⋮てか意味分かんないんだけど
﹂
なんでヒキタニなの
てみなみちゃんて誰よりもヒキタニが嫌いなんじゃないの
だっ
!?
⋮⋮⋮⋮え
なに
﹂
?
事があんだよね⋮⋮﹂
﹁ったくマジ意味分かんない
聞けよ人の話⋮⋮
?
そしてあたしは語りだす。これは絶対だと言い切れる話ではない
!
﹁⋮⋮あー、あのさ⋮⋮あたし、その事について、遥に話しておきたい
店内だっつの。声でけーよ⋮⋮
最初は溜め息を吐いていた遥も、徐々にご立腹になってきた。ここ
!?
!
﹁だねー。⋮⋮はぁ、まさか本気でさがみんがヒキタニなんかをねぇ
!
て︶、あたしは遥に本日の本題を投げ掛けた。
シェイクで喉を潤しながら︵喉は余計に渇くんだけどね、甘すぎ
!
348
×
けど。
それに気付いてからもあんまり認めたくは無かった話だけど。
認めたくないからこそ、あんまり口に出したくは無かった話だけど
も。
﹂
﹁今から言う話はさ、結構うちらにもクルものがあると思うから、覚悟
しといてね⋮⋮
?
×
﹁さがみんさぁ、体育祭の後うちらに謝りに来てくれたじゃん ﹃本当
た遥がゴクリと喉を鳴らすのを確認してから口を開いた。
ガラリと雰囲気を変えたあたしに、意味分かんなくてプリプリして
×
はこんな風に仲良くなれたんだもん﹂
﹁ね。あたしもその時はこの件はこれでお終い
って思って深く考え
に、あんな風に真剣に謝ってくれたから、うちらも素直に謝れたし、今
﹁⋮⋮うん。良く覚えてる。ホントはうちらの方こそ謝りたかったの
と謝っておきたかったの⋮⋮﹄ってさ﹂
ちゃったの。⋮⋮だから、自己満足かも知んないけど、遥達にちゃん
色々と分かっちゃったら、自分のしょーもなさも醜さも⋮⋮全部見え
に ご め ん。う ち、な ん に も 分 か っ て 無 か っ た。文 化 祭 も 体 育 祭 も。
?
﹁だからさ、そんなさがみんのセリフと、さがみんがヒキタニに惚れて
あっ⋮⋮って、遥があたしを見た。
しょーもなさが見えちゃったんだ⋮⋮って﹂
の 時 に は 関 係 の 無 い は ず の 文 化 祭 の 話 も し て き た ん だ よ。自 分 の
祭も﹄って。⋮⋮うちらと仲違いしたのは体育祭だけの話なのに、あ
﹁さがみん言ってたんだよ。うちらに謝りに来たのに﹃文化祭も体育
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
の引っ掛かりを真剣に考えてみたんだよね﹂
したらヒキタニのこと⋮⋮って気付いちゃってさ、そのとき初めてあ
は。⋮⋮でさ、三年で同じクラスになってから、さがみんってもしか
なかったんだけど、なんかちょっと引っ掛かってたんだよね、ホント
!
349
×
るっぽい理由を客観的に考えてみたら、あたしも見えちゃったんだよ
﹂
ね⋮⋮さがみんも含めてあたしらがしでかしちゃった過ちってやつ
が⋮⋮﹂
﹁あたしらがしでかした⋮⋮
﹂
?
すると、少し考えてみた遥の顔が、みるみる内に青ざめていく。
ニーに出なかったら、さがみん⋮⋮どうなってたと思う⋮⋮
さがみんが被害者にならなかったら、さがみんがエンディングセレモ
な∼⋮⋮⋮⋮あの時さ、もしヒキタニがさがみんを罵らなかったら、
﹁そ。普通に考えたらすぐ分かる事なのに、なんで気付かなかったか
?
待って
⋮⋮じ、じゃあもしかしてあのスローガン決
脳筋だけど感だけはいい遥は、今のやりとりだけで全て察したよう
だ。
﹂
﹁⋮⋮⋮⋮え
めの時も
!?
に広めたんじゃん⋮⋮﹂
﹁⋮⋮だから覚悟しとけって言ったでしょ﹂
﹂
﹁いやいやこんなん覚悟しきれないからっ
キタニに謝りに行ってくる⋮⋮
!
んのよ
⋮⋮ヒキタニだってそれが分かってっから、学校一の嫌われ
﹁あんたアホでしょ。そしたら今度はさがみんが学校中から悪意受け
!
⋮⋮やばいあたし明日ヒ
たくなったんだけど⋮⋮だってうちらがヒキタニの悪い噂を学校中
﹁マジか⋮⋮⋮⋮どうしよう、ゆっこ⋮⋮あたしちょっと今、軽く死に
文化祭を無事に回したんだよ⋮⋮﹂
かったでしょ、文実。⋮⋮たぶんヒキタニって、一人で悪役になって
﹁たぶんね。だって、アレが無かったら、確実に文化祭間に合って無
!?
﹂
﹁はぁぁぁ∼⋮⋮そっかぁ∼⋮⋮うわー⋮⋮もう死にてー⋮⋮⋮⋮っ
て、じゃあみなみちゃんとか滅茶苦茶キツくない
こいつは感がいいんだか悪いんだか⋮⋮
そこに気付くのは今なのかよっ
!?
ら、そりゃ惚れるでしょ。もう王子様だよ王子様。でもだからこそキ
﹁そ。学校中の悪意を受けてまで自分が助けられたって知っちゃった
!
350
!?
者のそしりを甘んじて受けてたんじゃんっ﹂
?
ツくてキツくて仕方ないよね。だって、そんなヤツに惚れちゃって
も、今のあたし達以上に罪悪感がある相手に告るなんてマネ出来るわ
けないし、誰にも相談も出来ないんだから⋮⋮﹂
﹁⋮⋮どうしようゆっこぉ⋮⋮いっそこのままあたしにトドメ刺して
﹂
なになに
﹂
!?
さがみんがほんの少しだけ
?
﹁さがみんが辛いのは、誰にも相談出来ないで一人で抱え込んじゃっ
作戦だなんて言うのもおこがましい。
それは単純でなんの解決にもならない、あまりにも情けない方法。
﹁マジでっ
でも気が楽になる作戦﹂
﹁⋮⋮でもまぁ、唯一出来る事はあるよ
はぁ⋮⋮と溜め息を吐きながらシェイクをブクブクしてる。
﹁だよね∼⋮⋮﹂
しょ。ヒキタニも、さがみん本人だって﹂
んだから。あんな今更のことを蒸し返したところで誰も得しないで
﹁出来るわけ無いじゃん。だって、うちらこそが思いっきり当事者な
ぎですよね。
いやいやまだ気付いてから60日やそこらなのに八万回は言い過
つの。
そんなの、この事に気付いちゃってから八万回くらい考えた事だっ
﹁あたしらになんか出来る事って無いかなぁ⋮⋮﹂
開いた。
しばらく黙ってズゾゾっとシェイクを啜ってた遥がようやく口を
×
シェイクを啜るのだった。
そしてあたし達は、マックの隅っこに座り、お通夜状態で残った
﹁刺すかっ﹂
?
﹁あのさ∼⋮⋮﹂
×
!?
351
×
てることだと思うんだよね。⋮⋮だからさ、あたしらが相談に乗って
﹂
﹂
この脳筋女
あげんのよ。誰かに打ち明けるってだけでも楽になれるって事もあ
んじゃん
﹁⋮⋮⋮⋮は
なに言ってんのこのバカって目で見ましたよ
﹁ど、どゆこと⋮⋮
﹂
﹁だからさぁ⋮⋮⋮⋮相談出来やすい環境をあたしらで作んのよ﹂
んなこと分かってるっての。
は﹂
﹁その相談があたしらに出来ないから悩んでんじゃん、みなみちゃん
!
﹁つまり⋮⋮
﹂
でのヒキタニの評判を上げんのよ﹂
﹁だからさ、さがみんがあたしらに相談しやすいように、あたしらん中
?
﹃なんかヒキタニって意外と格好良いよね∼﹄とか、
かも知んないじゃん
﹂
﹁⋮⋮ヤバいゆっこ天才っ
!
?
⋮⋮
れるようになるワケでもなく、結局はなんの解決にもなんないのよ
その作戦がもし上手くいったとしたって、さがみんがヒキタニに告
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
﹂
株が上がればさ、さがみんも﹁実はさぁ⋮⋮﹂って相談しやすくなっ
ツって結構いいヤツだよね∼﹄とかってね。あたしらん中でヒキタニ
﹃こ な い だ ヒ キ タ ニ が プ リ ン ト 運 ぶ の 手 伝 っ て く れ た ん だ ∼。ア イ
てくみたいな
出してあげんのよ。今日みたいな悪口じゃなくて、ちょっとずつ褒め
﹁だからぁ⋮⋮あたしらの雑談中に、ちょこちょこヒキタニの話題を
ちょっとは考えなさいよアンタ⋮⋮
?
?
明日から他のクラスメイトにはバレない程度に、少しずつヒキタニア
ゲをしていく事に決めたのだった。
でもまさか⋮⋮翌日にはその作戦が脆くも瓦解する事になろうと
352
?
?
?
ビシィッっとあたしを指差す遥を冷たい目で睨みつつ、あたし達は
?
は夢にも思わなかったんだけどねー⋮⋮
×
﹁おはよー
みなみちゃん﹂
おっはよー
遥っ、ゆっこ
﹂
!
﹁はよー、さがみーん﹂
﹁あっ
!
なんか朝から妙に元気じゃありません
この子。
でも、なんかすでに様子がおかしいんだけど⋮⋮
来ていた。
朝連を終えて遥と教室に入ると、帰宅部のさがみんはすでに教室に
﹁ひー⋮⋮今日も朝からちかりたー⋮⋮﹂
×
!
なんだろう⋮⋮
﹂
なんで朝からこんなにニヤついてんの
﹂
なんか良い事とかあった
?
別に全然なんもないよーっ
?
ど、え
うちー
﹁えっと⋮⋮さがみん
﹁えー
!
?
と訝しげな表情で遥とアイコンタクトを取っている
?
すると⋮⋮
﹁⋮⋮⋮⋮っ
⋮⋮⋮ン∼っ⋮⋮
﹂
!
え
マジでなにこれ
︶、かと思えばまたン∼っ⋮⋮
?
と声にならない声で唸っては机に突っ伏してジタバタするという
︵結局ニヤニヤしちゃってんだけどね
元は明らかにニヤついちゃわないように頑張ってプルプルしてるし
文字に引き結んでチラチラとヒキタニに視線を送りながらも、その口
その後もHRが始まるまでの間、さがみんは起き上がって口を真一
?
と地団駄を踏んでいる。
と、さがみんが声にならない声を上げて机に突っ伏して、バタバタ
!
と不意にガラリと扉が開き、件のヒキタニが登校してきた。
なんだこれ
ヤしてんじゃないのよ。
いやいや嘘でしょ。だってさっきから隠しきれないくらいニヤニ
?
?
朝のSHRまでの間、いつものようにさがみんと雑談してたんだけ
?
!
?
?
?
353
×
奇行を繰り返していた⋮⋮
!
さがみん壊れちゃったの⋮⋮
?
なにこれ⋮⋮
さがみんっ
!
昨日は学校終わりに図書館に寄って勉強するとか言ってたけど、あ
んた一体なにがあったの
続く
354
?
!?
なんでなんで
望んではいけない贅沢な望み︻中編︼
ななななな
いやちょっと待て。良く考えろ
うちは今ここに何しに来てんの
なんで比企谷がこんなトコに居んの
!?
⋮⋮受験勉強に来てんじゃん⋮⋮
!?
!?
ないっ
早くなんか受け答えしなくちゃ
変な子だって思われちゃうじゃ
真っ赤に染めて固まっているうち⋮⋮という状態だからだ。
なぜなら今の現状は、比企谷に急に声を掛けられて引きつった顔を
うちの思考回路はとんでもない速度でフル回転してる。
いっ⋮⋮
だ、だったら比企谷がここに来てたってなんらおかしくないじゃな
!
!
なにしてんのっつった
ここどこだと思ってんの
図書
?
た言葉はこんなんだった。
﹁は⋮⋮は
?
そして密かに恋い焦がれている相手にうちが半年以上ぶりに掛け
!
﹂
ぐふっ⋮⋮やっぱうちってバカなんじゃないの⋮⋮
×
ら。
なにせうちは比企谷遭遇時の最初の体勢から一切動けてないのだか
比企谷は、たぶんかなり引きつった顔してうちの出方を窺ってる。
いよ⋮⋮なにより自分自身が一番呆れてるし。
うぅ⋮⋮呆れたようにそう言う比企谷の顔が恥ずかしくて見れな
?
館 じ ゃ ん。べ、勉 強 し に 来 た に 決 ま っ て ん じ ゃ ん。バ カ じ ゃ な い の
?
×
355
?
?
﹁お、おう⋮⋮そうだな﹂
×
比企谷が目の前に居るという緊張感と超久しぶりに言葉を交せた
高揚感。そしてせっかく夢にまで見た会話が出来たのにも関わらず、
己のあまりのアホ丸出しの対応に対する呆れっぷりに、うちは涙目に
なりながらもなんとか無言で鞄から勉強道具を取り出してテーブル
に並べ始めた。
その間もずっと視線をガンガンに感じて、さらに顔が熱くなるのを
感じる。
マジでここでやんの
﹂
この鬼ぃ
でも⋮⋮あまりにも恥ずかしくてそっちに目を向けられるワケな
なに
んてないっ
﹁⋮⋮え
比企谷から当然のツッコミが入る。
うぅっ⋮⋮今のうちに、あんたとの会話を強制すんの
?
勿体ないじゃないよ⋮⋮﹂
めちゃめちゃ震え声でした。もう早く枕に顔をうずめたいぃ
ろが⋮⋮﹂
﹂
!!
めちゃめちゃ好きだっての
ろ⋮⋮そんな嫌いな奴と向かい合ってたって勉強なんて捗らねぇだ
﹁いやいや言いたい事は分かるが、お前って俺のこと大嫌いなはずだ
た。
自分でも全く気付かず、うち史上最大級の失言をしてしまったのだっ
られたもんだから、なんかイラっときたのかトチ狂ったのか、うちは
そんなパニック寸前のうちに比企谷から無慈悲な一言が投げ掛け
が零れちゃいそうだよぉ⋮⋮
る手で勉強の準備を続ける。なんかもう色んな感情が入り乱れて涙
比企谷からの冷え冷えした視線を一身に受けながらも、うちは震え
!
たくないけど、せっかく来たんだから⋮⋮その⋮⋮べ、勉強しなきゃ
席空いてないんだからっ⋮⋮う、うちだってあんたとなんか一緒に居
﹁う、うっさいなぁ⋮⋮仕方ないじゃない⋮⋮今日めっちゃ混んでて
に答えた。
声が震えちゃわないように細心の注意を払いながら、うちは超必死
!
?
!
﹁あ∼、もーうっさい
!
356
!?
?
×
ったく
今のうちにはあんたとの会話は難易度高過ぎなのよ
!
ちょっと時間ちょうだいよっ⋮⋮
﹂
なんでまだ話し掛けてくんのよ
﹁あー⋮⋮っと⋮⋮⋮⋮さ、相模
は、はぁ∼
を辱めたいのよ
﹁⋮⋮なによ﹂
﹂
!
?
こいつなに言ってんだろ。
﹁⋮⋮なにが好きだって⋮⋮
﹂
﹁へっ
ん∼っと⋮⋮⋮⋮
?
!?
なにが好きかって
ん
?
うちさっきなんてった
いくらなんでもそれはな
ア、アホかぁっっっ
なにいきなり告っちゃってんのぉぉぉ
!?
そそそそんなんじゃないからね
んでそのまま救急車に運ばれて旅に出たい⋮⋮
﹁ちちち違い違う
!?
うちは勉強すんのがめちゃめちゃ好き
!?
だから、別に大嫌いなあんたが目の前に居ようが居まいが全然問題な
いしてんのキモいんだけど
あんたなに勘違
ブルに頭をガンガンと打ち付けて意識を失いたい⋮⋮
嗚呼ぁっ⋮⋮か、顔が熱い⋮⋮燃え上がっちゃいそう⋮⋮もうテー
いでしょうがっ
!!
⋮⋮⋮⋮うっわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ
?
!?
!?
?
あんたどんだけうち
そ、そりゃ正直あんたとはお喋りしたくてたまんないけどさ、ちょ、
!
ふ∼。うちの剣幕にようやく比企谷がおとなしくなってくれた。
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂
×
!
!
!
357
×
いって言ってんだけど
﹁っ
﹂
﹂
﹂
すげぇ意外だな。てかここ図書館だからね
お前の大声ですげぇ見られてるからね
好きなの
さっきから
﹁⋮⋮お、おう、そうか。ビックリしたわ⋮⋮つうかお前そんなに勉強
!?
?
ごしたい⋮⋮そして目が覚めたら夢だったらいいのに⋮⋮
もう今すぐベッドにダイブして毛布に包まって三日三晩悶えて過
すごい冷たい視線を受けまくっていた⋮⋮
恐る恐る周りを見渡すと、うちらは図書館利用者さん達からものっ
?
?
×
え
なんで片付けてんの
嘘っ⋮⋮やだっ⋮⋮
﹁⋮⋮な、なんで
﹂
﹂
なんでって⋮⋮だってお前が有無を言わさず始めちまったんだ
もん﹂
﹁だからあんたも気にせずやってりゃいいじゃん⋮⋮
⋮⋮せっかく勉強しに来たのに俺が煩わしいと
?
か思われてたら後々寝覚め悪いから、もうこの場所は譲るわ﹂
たらやり辛いだろ
﹁⋮⋮はぁ⋮⋮お前ね、そう言いながら、なんだかんだ言っても俺が居
!
﹁あ
!?
!
⋮⋮⋮⋮テーブルに広げた勉強道具を片付け始めてしまった。
フリして比企谷のことばかり考えていると、比企谷はそう一言漏らし
うちがテーブルに真っ直ぐに向かって、俯いて勉強に集中している
﹁⋮⋮マジで始めんのかよ⋮⋮チッ、しゃーねぇなー⋮⋮﹂
やっぱうちってバカなんじゃないだろうか⋮⋮
んだいって優しいんだよね。比企⋮⋮⋮⋮っ
いんだ。比企谷ってやっぱ結構格好良いよね。比企谷ってなんだか
比企谷なんて目の前には居ないんだ。比企谷なんて好きなワケな
ここは無心になって勉強に取り組もう。
うちもうダメだ⋮⋮恥ずかし過ぎて顔あげらんない⋮⋮とにかく
×
!?
?
358
!?
×
?
﹁だっ⋮⋮だからうちは気にしないってばっ
んかあんたに借り作るみたいでさぁ⋮⋮﹂
﹁はぁ
﹂
なにいってんの
⋮⋮やだよ⋮⋮な、な
なんでお前が空気なんだよ意味分からん。
小馬鹿にするように語り掛けてきた。
でも、でも比企谷は⋮⋮そんなうちの気持ちなんて知らず、うちを
本人に想いを吐露するのは想像を遥かに超える痛みだ。
比企谷の事が気になりだしてからずっと抱えてた想いだけど、いざ
る。
うちは一切比企谷に顔を向ける事なくノートに向かって話し掛け
にしないで⋮⋮勉強してりゃいいじゃん⋮⋮﹂
んじゃん⋮⋮。あんたが気にならないんなら⋮⋮別にうちなんて気
﹁⋮⋮ひ、比企谷からしたら⋮⋮うちなんて空気みたいな⋮⋮⋮⋮も
とってのうちなんて⋮⋮
自分で言っときながら胸が締め付けられる。⋮⋮だって比企谷に
でしょ⋮⋮
⋮⋮あんたは⋮⋮うちが居ようが居まいが、気になんて⋮⋮なんない
﹁べ⋮⋮別にうちが気にしないって言ってんだから⋮⋮いいじゃん。
せないよ⋮⋮
もうこれ以上比企谷に借りなんて作ったら、もうあんたの前に顔出
!
﹂
んなワケねぇだろ。空気どころか超意識し
⋮⋮⋮⋮比企谷、うちのこと嫌い、なの⋮⋮
てるっつうの。超嫌いだっつうの﹂
﹁⋮⋮⋮⋮え
なに
好かれてるとか思ってたの
比企谷、うち嫌いなの⋮⋮
泣いてないけど。え
あ⋮⋮れ
?
﹂
?
﹂
同じクラスになった日、うちのこと視界に入って無かった
んなの知らないワケねぇだろ⋮⋮﹂
﹁だって
﹂
﹁当たり前だろ。ぼっちは人様に迷惑が掛からないように常に細心の
じゃん
!
﹁は
の⋮⋮
﹁だ、だって比企谷⋮⋮うちが今あんたと同じクラスだって知ってん
?
?
﹁いや当たり前だろ。俺お前のおかげでどんだけ泣いたと思ってんの
?
居ても居なくても一緒
?
?
?
?
!
?
359
?
?
?
?
注意払ってんだよ。また俺と同じクラスになっちまったなんて相模
にとっちゃ不快でしか無い事案に対して、俺が存在感消すなんて当然
の配慮に決まってんじゃねぇか﹂
いやいやなにその配慮⋮⋮そんな不可思議な配慮を、さも当たり前
のように言われても⋮⋮
で も ⋮⋮⋮⋮ 比 企 谷 に と っ て ⋮⋮ う ち は 空 気 じ ゃ 無 か っ た ん だ
⋮⋮っ。
﹁そっか⋮⋮嫌い、なんだ﹂
うちはやっぱりちょっとどうかしちゃってるみたいだ。
好きな男に超嫌いと言われて、こんなにも嬉しいだなんて。いや、
それじゃドMの変態じゃん。さすがに嬉しいってワケでは無いけど、
でもどこかホッとしてる自分が居る。
一つ胸のつかえが取れたような、そんな感じ⋮⋮
なに悪くは無いんじゃねぇの⋮⋮
﹁なにそれ⋮⋮
﹂
なんかそれじゃまるであんたがずっとうちのこと見
頭をがしがしと掻いていた。
比企谷は照れてるのか一切うちに視線を寄越さず、横を向いたまま
しまった。
比企谷のあまりにも急な言葉に、うちはポカンと比企谷を見つめて
?
嬉しすぎて潤みきった瞳も、燃え上がる程に熱い顔も、どんなに俯
あぁ⋮⋮うちはなんでショートカットなんだろ⋮⋮
てたみたいじゃん⋮⋮マジキモいんだけど⋮⋮﹂
?
360
そしたらなんと﹁嫌いなんだ﹂と言ったまま俯いているうちを見て
勘違いしたのか、比企谷がとんでもないフォローをしてくれた。
ここ
⋮⋮ な ん か 段 々 変 わ っ て き た っ て
﹁あ、や⋮⋮ま、まぁ嫌いではあるんだが、その⋮⋮なんつうの
﹂
最近はそんなでもねぇわ﹂
﹁⋮⋮へ
﹁体 育 祭 が 終 わ っ た 辺 り か ら か
?
か、周りに対する表情とか態度とか見てると⋮⋮まぁなんだ⋮⋮そん
?
?
いてもこの短い髪じゃ上手く隠せないじゃん。
見られるワケにはいかないから、スカートをギュッと握って力を込
めて涙がこぼれないように頑張って、顔を見られないようにジッと
テーブルの上のノートに視線を向けて俯いてるけど、どうしたって
真っ赤になっているであろう耳がどこにも隠れてくれないよ⋮⋮
﹁⋮⋮チッ、やっぱ超嫌いだわ⋮⋮﹂
そんなうちの頭上に、比企谷の酷いけど温かくて優しい呟きが、ボ
ソリと降注いできた⋮⋮
×
げ出そうと
した比企谷をなんとか引き止める事に成功したうちは、
もちろん当然のように帰ろうと⋮⋮いや、むしろ恥ずかしすぎて逃
た。
あれからたっぷり二時間、比企谷とうちは黙って勉強に励んでい
×
﹄
?
こかに吹っ飛んじゃうし、比企谷のシャーペンが走る音、ページを捲
勉強疲れも、たまに比企谷が集中してる真剣な顔を覗き見る事でど
思ってたけど、意外や意外むしろとても集中出来た。
比企谷の前では緊張しまくって勉強なんか身が入らないだろうと
も充実した時間を過ごせていたように思う。
でも比企谷が諦めて勉強を再開してからは、お互いになんだかとて
いやいや頑張ったもなにもうち最悪じゃん⋮⋮
うちのこんな脅迫めいた呟きに、ついに比企谷が折れたのだ。
のかなぁ⋮⋮
この貴重な時間分で受験失敗したら、うちどうやって後悔したらいい
せっかく貴重な勉強時間を削ってわざわざ図書館来たのになぁ⋮⋮
﹃いいよ。比企谷が帰るって言うならうちが帰る。⋮⋮あ∼あー⋮⋮
かなり頑張ったと思う。
?
361
×
る音が、うちの目の前に比企谷が居るんだ
胸が温かくなってとても落ち着いたから。
って実感させてくれて、
んだかうちも比企谷と一緒に一息つきたくなっちゃった⋮⋮
﹁⋮⋮あ⋮⋮じ、じゃあうちも行く⋮⋮﹂
もじもじと言ってみたけど即後悔しました。
なにその超嫌そうな顔っ⋮⋮ムカつく
!
別にうちに向けられた言葉じゃないことくらい分かってたけど、な
﹁ふ∼⋮⋮ちっと休憩してくっかな﹂
ふふっ、比企谷もすっごい集中出来てたんだねっ。
﹁くぁ∼⋮⋮疲れた∼⋮⋮⋮⋮うおっ、もうこんな時間なのか﹂
な
たと思ったのかは、こいつが次の瞬間に漏らしたこの言葉がソースか
じゃあなんでうちだけじゃなくて比企谷が充実した時間を過ごせ
!
﹁⋮⋮⋮⋮へいへい﹂
﹁ほら⋮⋮比企谷、早く行くよ
﹂
でもうちは気にせず立ち上がり休憩スペースへと歩きだした。
!
俺というか、千葉県民なら誰だって好きだろ。まぁなぜか俺の
周りではあんまり評判良くないんだが⋮⋮﹂
﹁あ
﹁比企谷ってさ⋮⋮その甘ったるいコーヒー、ホント好きだよね﹂
が迷わず黒と黄色の危険色丸出しのコーヒーのボタンを押していた。
うちが冷たいミルクティーのボタンを押した横の自販では、比企谷
喉が渇いていたみたいだ。
暖房の効いた図書館で集中して勉強してたから、なんだかすっごい
けないんだよね。
図書館で勉強するのはいいんだけど、飲食禁止なトコだけはいただ
休憩スペースに着いてすぐさま自販に向かう。
と悟ったみたい。
どうやら帰るか帰らないかの攻防戦の末、うちに抵抗しても無駄だ
!
比企谷はなぜかちょっとシュンとした感じで、休憩スペースの椅子
に腰掛けた。
362
?
?
いや、それ好きな千葉県民はごく一部だから⋮⋮
うちも挑戦してみた事はあるけどちょっと⋮⋮
うちは、めっちゃドキドキしながらもそんな比企谷の隣にちょこん
と座ってやった。
きゅ、休憩スペースもそこそこ混んでるし、一応一緒に図書館を利
ほ、他の利用者さんの迷惑になっちゃうもんっ⋮⋮
用 し て る う ち ら が 隣 同 士 に 座 る の は お か し い 事 じ ゃ な い ⋮⋮ よ ね
⋮⋮
うちは火照る顔を冷ますように、冷えたミルクティーをゴクゴクと
なにこれ緊張しすぎて味しないじゃんっ
流し込んだ。
ひゃぁっ
!
墓穴掘っちゃった
﹁⋮⋮てかなんで俺がこれ好きだって知ってんの
⋮⋮⋮⋮
し、しまったぁ
!
﹂
?
﹁は、は
⋮⋮んな毒々しい色した缶いつも飲んでりゃ、嫌でも目に
いや、間違いはないですけど⋮⋮も⋮⋮
これじゃまるでうちが毎日比企谷を見てるみたいじゃん⋮⋮
!
これ⋮⋮﹂
すると比企谷はまたちょっとシュンとして一言。
﹁そんなに毒々しいか⋮⋮
あんたどんだけMAXコーヒーLOVEなのよ⋮⋮
?
あんまり気負わなくても普通に話し掛けられるよね
﹁あのっ⋮⋮ひぃ、比企ぎゃやはさぁっ⋮⋮﹂
うちもうお家帰るぅぅ⋮⋮
﹁⋮⋮んだよ⋮⋮﹂
﹁ん ん っ ⋮⋮ え、え っ と ⋮⋮⋮⋮ 良 く コ コ に 来 て 勉 強 と か し て ん の
!
?
ようやく比企谷とこうして話すことにはちょっとだけ慣れたから、
た事を思い切って聞いてみた。
しばらく黙って休んでたんだけど、うちはどうしても気になってい
!
うで、右手で顔をパタパタしながら激甘な缶コーヒーを流し込む。
予想外にうちに隣に座られた比企谷もどうやら顔が火照ってるよ
!
!
入ってくるに決まってんじゃんっ⋮⋮﹂
?
363
?
⋮⋮
今まで見たこと無かったからさ⋮⋮﹂
﹁あー⋮⋮そうだな。最近は部活も自由参加になったから週二くらい
しか行ってねぇし、塾が休みの日は大体ここに来てるな﹂
うちもまぁまぁココ来てるけど全然知らなかったぁ⋮⋮
﹁⋮⋮へぇ﹂
マジで
かな⋮⋮﹂
﹁⋮⋮ほーん﹂
な、なによその生返事
⋮⋮な、無いけど⋮⋮一応聞
超興味無さそうじゃんか
う、うちだって⋮⋮興味なんかない
﹂
いといてやろうかな⋮⋮
﹂
﹁⋮⋮で
﹁で
⋮⋮あ、明日かぁ⋮⋮
﹁⋮⋮⋮⋮チッ⋮⋮まぁ明日、だな﹂
﹁ま、また被っちゃったらキモいし﹂
﹁いやなんでだよ⋮⋮いつだっていいだろうが⋮⋮﹂
﹁⋮⋮⋮⋮つっ、次はいつ来んのよっ⋮⋮﹂
!
!!
⋮⋮⋮⋮うち、なに言ってんの⋮⋮
なに言っちゃってんのぉぉ
?
﹁う、うちも明日塾休みだから⋮⋮来る予定だったんだけど⋮⋮﹂
は、うちの予想の斜め上を行っていた。
じゃあ明日は一緒に勉強出来ないな、と思ってたうちから出た言葉
うちは明日は塾があるんだよね。
!
﹁うちも⋮⋮塾無い日か遊びに誘われてない日は⋮⋮だ、大体来てる
まさかこんなにニアミスしてたなんて⋮⋮
!?
?
企谷のトコしか無かったってだけの話なんだから。
そりゃそうだ。今日はたまたま混んでて、たまたま空いてた席が比
﹁⋮⋮まぁ、ね﹂
はならんだろ﹂
﹁おう⋮⋮そうか⋮⋮まぁ別に明日が被ったところで、今日みたいに
!?
364
?
?
でも⋮⋮でも⋮⋮
正直自分でもビックリしたし、自分で自分を止める事が出来ない
﹂
⋮⋮ど、どうせ目的地は一緒なんだから⋮⋮明日学校
うちのとんでもない暴走は、ここから始まったのだ。
﹁じ、じゃあさ
﹂
﹂
そ、それってなん
⋮⋮⋮⋮ う ち な に 言 っ ち ゃ っ て ん の な に 言 っ
から一緒に来ればいいんじゃん⋮⋮っ
う っ わ ぁ ぁ ぁ ぁ
ちゃってんのぉぉ
いやなんでだよ
ここここれはヒドすぎでしょぉっ
﹁⋮⋮は
!!
﹁だだだだって結局ココ来るんだから一緒じゃん
!?
暇なのよっ
だからうちの暇潰しの相手になりゃいいじゃん
﹂
﹁比企谷は自転車だから余裕だろうけど、うちはここまで歩きだから
よ⋮⋮﹂
﹁だからなんで俺とお前が示し合わせて一緒に来なきゃなんねぇんだ
かおかしいの
!
!
!? !
わけ無いじゃないのよ
比企谷にはデメリットしかないそんな意味分かんない提案を飲む
!
﹂
しゃあねぇな∼⋮⋮﹂
﹁⋮⋮はへ
﹁んだよ、はへって⋮⋮﹂
?
に行くとか言いながら、俺のチャリ狙ってんじゃねーだろな⋮⋮﹂
﹁だってお前言いだしたら聞かないだろうが⋮⋮⋮⋮てかお前、一緒
﹁⋮⋮いや、明日、一緒に来るの⋮⋮
﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮ は ぁ ∼ ⋮⋮ な ん な ん だ よ お 前 ⋮⋮。く っ そ ⋮⋮
生穴の中で過ごしたい⋮⋮
やばい死ぬほど恥ずかしいっ⋮⋮もう穴掘って埋まりたい⋮⋮一
!
365
?
!
!?
!
?
あぁぁぁぁっ⋮⋮なんなのこの必死感っ⋮⋮
!
?
う、嘘⋮⋮
ホントに⋮⋮
約束が出来たの⋮⋮
ただ学校から図書館に一緒に行くってだけだけど、比企谷と明日の
明日、比企谷と放課後デー⋮⋮違う違う違うってば
?
のに、その想いが胸の奥の奥の方でズクンと鈍い痛みを発し始めてい
それはうちにとって死んじゃいそうなくらい幸せなことのはずな
まっていた。
その望みはあまりにも大きく、そしてあまりにも贅沢に変化してし
あれからたった数時間後にその望みが叶ったかと思ったら、さらに
けだったのに⋮⋮
⋮⋮それがどんな感情であれ、ただうちの存在を認めて欲しいってだ
ほんの数時間前までは、ただ比企谷に相模南を認識してもらいたい
うちの望んではいけない贅沢な望み。
?
たことに、あまりにも幸せすぎたうちはまだ気付かないでいた⋮⋮
続く
366
!!
?
望んではいけない贅沢な望み︻後編︼
﹂
ぼふっ⋮⋮とベッドにダイブすると、うちは奇声をあげながらごろ
うちやらかしまくっちゃったよぉぉぉっ
ごろとのたうち回る。
﹁うっわぁぁぁ
切れない。
﹃めちゃめちゃ好きだっての
﹄
﹃⋮⋮ひ、比企谷からしたら⋮⋮うち
うにギュッと抱きしめながら転がっても、全っ然この気持ちが押さえ
どんなに枕に顔をうずめても、どんなにタオルケットを抱き枕のよ
!
うち⋮⋮なんつうこと口走っちゃってんの
﹄
?
うっわぁ
明日からどんな顔してあいつと会えばいいのよ⋮⋮
恥ずかしすぎんでしょ∼
!
ト無理っ
﹂
ホーント嘘ばっか。
﹁うちってマジでバカだよ∼
もう死にたいよぉ
うちってホントバカ。
恥ずかしくて死にたい
!
!
ちょっと思い返してみただけでも顔が燃えそうになる。もうホン
!?
から⋮⋮明日学校から一緒に来ればいいんじゃん⋮⋮っ
なんて空気みたいな⋮⋮⋮⋮もんじゃん⋮⋮﹄﹃目的地は一緒なんだ
!
!
!
聞いたことも無いっての
死にたいどころか一分一秒でも早く明日になれ
つうの
へへっ、明日こっそり撮っちゃおうかな
あ、そうだっ
﹁明日、連絡先交換しちゃおうかな∼﹂
って思ってるっ
うちってばたったあれだけの出来事に浮かれ過ぎじゃない
こんなんじゃ明日学校行ったら、朝からニヤニヤし過ぎてゆっこ達
もう
?
こんな時、携帯なんかにあいつの写メでも入ってればな∼⋮⋮
!
!
こんなに目元も口元もだらしなく緩みきってる自殺志願者なんて
?
!
367
!
!
!
!
!
にバレちゃうじゃんっ
!
?
﹂と怒鳴りこまれるまで、ひたすらニヤニヤごろごろ
そんなしょーもない事ばかり考えているうちは、この後お母さんか
ら﹁うるさい
いた。
×
﹂
ななにかを忘れてしまっている⋮⋮そんなモヤモヤも同時に抱えて
⋮⋮⋮⋮⋮⋮でも、うちはあまりにも浮かれ過ぎてて、とても大事
し続けるのだった。
!
いた。
﹁ずっと隠しててごめん
!
で心配
してくれていた二人に本当の事を言うって決心をした。
うちは今朝からずっと一人でずっとニヤニヤしちゃってて、その事
夢にも思ってなかったはずだ。戸惑って当然だよね⋮⋮
そりゃそうだ。まさかうちの口からこんな事が語られるだなんて
遥とゆっこは、うちの謝罪にお互い顔を見合わせて困惑している。
﹁⋮⋮でもっ﹂
﹁そうだよさがみん⋮⋮うちら全然気にしてないって﹂
⋮⋮﹂
﹁あ ⋮⋮ み、み な み ち ゃ ん。そ ん な に 気 に し な く て も い い か ら さ っ
かったのにっ﹂
うち、二人にはちゃんと言わなきゃいけな
翌日、うちは昼休みに特別棟の屋上にて真剣に頭を下げて謝罪して
﹁本当にごめんなさい
×
だよだよ
ね、ねぇ
遥﹂
?
うちら、マジで気にしないってば、あはははは﹂
﹁いや、マジで大丈夫だって
﹁う、うん
!
比企谷の事を好きだなんてカミングアウトされたら、誰だって笑っ
そりゃね。文化祭の真実や体育祭の真実に加えて、まさか⋮⋮あの
そう言いながら二人は顔を見合わせて苦笑いをしてる。
!
!
そしてついにこの昼休み、うちはその決心を実行に移したのだ。
?
368
!
×
ちゃうよね⋮⋮
だってうちは、この二人から軽蔑される覚悟で打ち明けたんだか
ら。あの体育祭の時のように、また無視される覚悟で打ち明けたんだ
から。
なんならこの事をクラス中に言い触らされて、クラス中の笑い者・
嫌われ者になったって仕方ない。
でも、確かにゆっこ達は苦笑いはしてるものの、うちが想像してい
た、覚悟していたような態度とはなんか違うような気がした。
なんていうか、うちに対する眼差しは蔑みとかじゃなくって、やれ
やれっ⋮⋮みたいな
﹂
すると二人して﹁いやー﹂とか﹁まったくー﹂とか言いながら笑顔
﹂
結構痛いんですけど
でうちの肩をバシバシと叩いてきた。
﹂
いやちょっと
﹁な、なに
﹁ったくさがみんはー
いやマジで恐いんですけど。
暴行は続くのでした。
その後も一切この行動の理由を教えてはくれず、一方的な笑顔での
いやいや意味が分かんないんだけど
﹁ホントだよー、なんつうタイミングだよコイツー
!?
!?
!
?
×
﹂
図書館はイチャイチャする場所じゃないん
てたら、まさか昨日そんな事があったなんてねー﹂
﹂
﹁ちょっとみなみちゃん
だよ
﹁い、イチャイチャなんてしてないからっ
?
?
いと言うのかねっ﹂
﹁二人っきりで三時間以上同じ席で勉強するわ、﹃明日一緒に行こ
﹄
﹁さがみん嘘はイカンな嘘は。それのどこら辺がイチャイチャじゃな
!
?
369
?
!
!?
×
﹁いやー、朝からなーにをずっとニヤニヤニヤニヤしてんのかと思っ
×
﹂
なーんて約束しちゃうわ実にけしからんですなぁ
﹂
強をしてたんですかねー
﹁∼∼∼∼∼っ
?
ななななんなの
一体
一体なんのお勉
!
いっ⋮⋮
う、うち、こんな覚悟は出来てないよっ
メチャメチャ恥ずかし
れるというよりは攻められている。満面の笑顔で。
確かにうちは二人から責められる覚悟はしてた。でも今は責めら
!?
うちは二人の肴になっていた。
!!
!?
さがみんかーわーいーいーっ﹂
涙目になっちゃってるし
﹁いやーん
!
みなみちゃん超乙女じゃーん﹂
!
もうヤダっ
で
どーすんのどーすんの
ぐっ⋮⋮こ、こいつらぁ⋮⋮
﹁で
﹂
﹂
だってぇ
﹁⋮⋮にゃ、にゃにが⋮⋮
﹁にゃ、にゃにが
﹁きゃーっ﹂
!
﹂
!?
﹂
﹂
なんならあたしらも超協力するよ
クラス連
もう明日っからさ、教室とかでもガンガン話し掛け
うちもうお家帰りたいっ⋮⋮
﹁だぁかぁら∼
てけばいいんじゃん
﹁いやいや無理だからっ
﹁そんな事ないってー
!
!
!?
!
﹁そうだよさがみーん
教室で一緒にお昼とか食べれるよぉ
ひ、比企谷と一緒に教室でお昼っ⋮⋮
その光景を想像しただけでも顔が溶けちゃいそう⋮⋮
﹂
?
あいつ最初に誘った時なんて、超嫌そうな顔すんだろなぁ。
!
!
!
中の目が気になるんなら、明日っから四人でグループになろうよ∼﹂
?
!
う ち は ⋮⋮⋮⋮ 気 が 付 い た ら 両 手 で 顔 を 覆 い 隠 し て い た ⋮⋮⋮⋮
﹁やー
!
か っ て 言 わ れ た 時 く ら い に 赤 く 赤 く な っ て る ん じ ゃ な い か と 思 う。
たぶんうちは、昨日比企谷に﹁最近のお前はそんなに悪くない﹂と
!
?
370
!
?
?
?
ど、どうしよう。うちの望みが留まるところを知らないくらいに膨
れ上がる。
でも⋮⋮⋮⋮その次の瞬間、そんなうちの勝手に舞い上がりまくっ
図書館なんかで偶然出会えてたくさ
ていたうちの欲は打ち砕かれたのだ。
﹁ホント良かったね、さがみん
ん話も出来て、んで⋮⋮ちゃんと謝れてさっ﹂
!
ゆっこが何気なく放ったその一言で、うちの視界は一瞬で真っ暗に
なった⋮⋮
×
﹁え⋮⋮さがみん
どした
﹂
⋮⋮どうしたの
﹁みなみちゃん⋮⋮
?
﹂
?
うそ⋮⋮マジで⋮⋮
﹂
?
﹂
?
うちの望みはなんだった
うちが本当にしたい事ってなんだった
ら除外してしまっていたのだろうか。
から、意識的に一番大事な事を、一番しなきゃならない事を頭の中か
⋮⋮⋮⋮うちは、比企谷と楽しくお喋りが出来てしまったあの瞬間
け入れてくれたの⋮⋮
﹁まだ謝れてないのに、ヒキタ⋮⋮比企谷ってみなみちゃんのこと受
﹁え⋮⋮
その一言で、明らかに二人の顔が引きつった。
﹁⋮⋮⋮⋮うち⋮⋮⋮⋮まだ⋮⋮謝ってない﹂
?
?
一瞬で固まってしまった事に二人が心配になって声を掛ける。
つい今しがたまで真っ赤になって照れ照れにトロけていたうちが、
×
?
?
なかろうが、ちゃんと謝りたいんじゃなかったの⋮⋮
?
371
×
うちは⋮⋮あいつにどんな悪感情を持たれようが、どんなに許され
?
なんなの
⋮⋮それって、
自分の過ちをあいつに謝罪もせずに、なに勝手に仲良く
なろうとしてんの
﹂
あ、あ は は、
?
⋮⋮⋮⋮うちは⋮⋮⋮⋮
﹁あ、や、まぁそれはそれでラッキーなんじゃん⋮⋮
⋮⋮ねっ
み な み ち ゃ ん の こ と 嫌 っ て な い っ て こ と じ ゃ ん ⋮⋮
ラッキーラッキー⋮⋮
?
あ、謝んなくて
!
分かってるはずだよね。
くなれたんだ⋮⋮だから、ゆっこ達だって、そんなのは間違いだって
うちとゆっこ達は、ちゃんと謝りあえたからこんな風に本当に仲良
仲良くなれるなんて、遥の言う通り超ラッキーだって﹂
さがみんがベタ惚れしちゃうのも分かるわー⋮⋮
﹁だ、だよねー。⋮⋮てかマジ比企谷って優しくて良いヤツじゃーん
?
?
?
?
うちが⋮⋮うちが求めてたのも⋮⋮⋮⋮⋮⋮そんなんじゃ、無いん
×
だ。
×
る。
結局屋上ではなんの答えも出せないまま放課後まできてしまった。
﹃まだ⋮⋮謝ってない﹄
その一言を最後に黙り込んでしまったうちを、ゆっこ達は物凄く心
配してくれたんだけど、うちの頭の中ではあまりにも色んな思いが渦
巻き過ぎてて、申し訳ないんだけどその心配に応えてあげられなかっ
た。
ごめんね、遥、ゆっこ。答えを出したら、明日またちゃんと謝るね。
うちは⋮⋮本当になにをしてるんだろう
ちょっとお喋りが出来
たからって、調子に乗ってたんじゃないの
?
あれだけ非道いことをしときながら謝りもせずに仲良くなろうだ
?
372
!
うちは今、複雑な思いを抱えながら一人駐輪場であいつを待ってい
×
なんて、うちってホント最低だ。
﹃うち、最低⋮⋮﹄
いつか屋上で葉山くん達に呟いた言葉が頭を過る。
あのとき自分を最低だなんて言った自分を殴ってやりたい。
あのときのうちは、ただ慰めて欲しかったから⋮⋮そんなこと無い
よって否定して欲しかったから、だから最低なんて言葉を口にしただ
けだ。今にして思えば﹃うち最低﹄とか言ってるうちが最低だった。
でも今のうちは、あのときよりももっと最低だ。
だったら、こんなにも悩むんだったら、とっとと謝っちゃえばいい
じゃん。
ちゃんと謝罪して、そこから始めればいいんだ
⋮⋮⋮⋮ で も、そ れ は 出 来 な い。今 は ま だ そ れ が 出 来 な い 事 は 分
かってる。
許してもらえないのが恐いから
いから
か出来るようになったのに、それを失ってしまうかもしれないのが恐
せっかく話せるようになったのに、せっかくこうして待ち合わせと
?
てるなら、辛いけど、苦しいけど、それでも喜んで謝罪するだろう。
そ れ は ⋮⋮⋮⋮ 比 企 谷 が、う ち を 許 し て く れ る こ と
うちは⋮⋮うちは自分が何を恐れているのかはもう分かってるん
だ。
な に が 恐 い
⋮⋮
?
×
×
373
!
それによってクラスに居場所が無くなるのが恐いから
?
違う。そんなんじゃ無い。むしろそういう結果になるって分かっ
?
今うちが謝っても、つい先日まで考えていたような意味も無い謝罪
×
にはならないとは思う。比企谷はうちを、相模南をちゃんと認識して
くれてたんだから。
でもダメなんだ。
昨日のあいつを見てたら分かる。たぶん比企谷は、なんの迷いもな
くうちを許すだろう。
ホントは、そんな簡単に許されていいことなんかじゃないのに。許
してもらえるワケなんかないくらいに酷いことしたのに。
それでも比企谷は顔を赤くして頭をがしがし掻いて面倒くさそう
に﹁気にすんな﹂とあっさりうちを許すだろう。
だから恐くて仕方がない。謝れないよ⋮⋮それじゃ。
許してもらえると分かってての謝罪は、それはそれでやっぱりなん
の意味の無い謝罪になってしまうのだから。
それじゃ、最低なうちに甘すぎるんだよ。比企谷も⋮⋮うち自身も
⋮⋮
謝れないから、謝るのが恐いから、このまま
?
せっかく掴んだ比企谷とお喋り出来るチャンス
だったらどうすんの
比企谷を諦めんの
を投げ捨てんの
?
だったらどうする。どうすればいい。良く考えろ、相模南。それが
うちに唯一出来る事だろ
その答えを導きだせた瞬間、気持ちがふわりと軽くなって、同時が
辛い現実を用意しておけばいいんだ⋮⋮
許されるのが分かってるんなら、許されないのと同じかそれ以上に
された。
⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮そして、あるひとつの答えがようやく導きだ
!
374
このまま謝んないでヘラヘラと比企谷の隣
?
あわよくばもっと仲良くなっちゃおうだなんて
だったらどうすんの
に立つつもりなの
狙っちゃうの
?
アホか、そんなワケないじゃん⋮⋮
?
バカでしょ。もう無理だよ⋮⋮その幸せを知っちゃったから。
?
心臓を握り潰されるのかと思うくらいに苦しくなった。
でも⋮⋮これならようやく自分を許せそう⋮⋮だよね
ホンっトにうちは勝手だなぁ⋮⋮
今のうちの思考回路は、どうやってあいつからこのニヤケ面を隠せ
なこと全部吹っ飛んじゃうんだもんなー。
企谷がうちを発見して嫌そうにしかめた顔を見ちゃったら、もうそん
あれだけ悩んだのに、苦い答えを導きだしたのに、あいつが⋮⋮比
ったく
くる姿が飛び込んできた。
そうこうしている内に、うちの視界にはあいつがこっちに向かって
?
⋮⋮って、ただそれだけに支配されちゃってんだもん
ばいいんだろ
⋮⋮
?
にしてもマジでムカつく
×
情が超語ってんだけど
してんの
時間勿体ないんだけど﹂
ふんっ、どうせどうしようもないツンデレなうちですから
しなんてこうなっちゃうんですよ⋮⋮。
はぁ⋮⋮
﹁うっせーな⋮⋮だったら先行きゃいいだろが﹂
心底面倒くさそうに頭をがしがし掻いている。
だ、だって仕方ないじゃんよ⋮⋮
照れ隠
﹁比企谷⋮⋮おっそい。どんだけ待たせんのよ。あんたなにトロトロ
思いついた♪
だからムカついたうちは次の瞬間、このニヤケ面を誤魔化す作戦を
!
﹁てかなんで怒ってんのにそんなにニヤニヤしてんだよ⋮⋮﹂
今更だけど。
どうやら上手く誤魔化せたみたいだけど、印象は最悪な模様です。
?
?
375
!
×
!
なんなのその顔。うわっ、こいつマジで居やがったよって、その表
!
×
﹁
﹂
印象最悪な上にニヤケ面を誤魔化せて無いとか、ちょっとうちって
救いようなくないですかね
⋮⋮
!
!?
あ、あんたがキモいから笑っちゃったのよ
早く行こ﹂
﹁う、うっしゃい
うぅ⋮⋮ホラ
!
ないんですかね⋮⋮﹂
ホンっトーにごめんなさい
﹁⋮⋮おい﹂
﹁ひゃっ⋮⋮
﹂
なんで黙って
まさかこいつから声を掛けてくるとは思ってなかっ
なによ﹂
たから超油断してた⋮⋮
﹁⋮⋮は
んの
﹁お前さ、暇潰しに俺を同行させてんじゃねぇのかよ
!
超ビビった
﹂
よかったりする。
か心配になるほどに静かなのに、そんな無言の道のりが不思議と心地
静かすぎて、うちの激しい鼓動が比企谷に聞こえちゃうんじゃない
転車の車輪がカラカラと鳴る音だけ。
うちと比企谷は黙∼って歩いてる。響くのは、比企谷が押してる自
に歩けるなんて⋮⋮
だって⋮⋮人生で初めてなんだもん。好きな人と肩を並べて一緒
てはとても大切な十分間になるだろう。
図書館まではたった十分程度の道のりではあるけども、うちにとっ
こうしてうちは比企谷と初めて一緒に外を歩く事が出来た。
!
﹁俺、なんでこんな悲しい思いしてまでお前と図書館行かなきゃいけ
!
!?
!
で も、せ っ か く だ か ら な ん か 喋 り た い し、な ん か 話 題 振 る か な。
ですけども。
うち的にはすでに幸せを一杯貰っちゃってて、暇と思う暇が無いん
?
?
あ、そういえばそんな誘い文句だったっけ⋮⋮
?
376
!?
⋮⋮もし可能なら、アレを切り出したいし⋮⋮
﹂
﹂
﹂
﹁あ、え∼っと⋮⋮⋮⋮あ、そういえば比企谷ってさ﹂
﹁あん
なんで
﹁ど、どこの大学狙ってんの⋮⋮
﹁⋮⋮は
﹁⋮⋮は
﹂
ヤツだったけど⋮⋮﹂
﹁はぁ⋮⋮マジでお前ってそんなんだったっけ⋮⋮元々めんどくさい
﹁⋮⋮⋮⋮いーから﹂
﹁え、別に言いたくないんだが﹂
ての⋮⋮﹂
﹁だっ、だからただの暇潰しだっつってんでしょ。単なる世間話だっ
?
﹁はっ
ま、マジ⋮⋮
いやいやいや、嘘
﹂
マジで
なにコイツ、頭いいの
実は、か、かかか格好良いしっ⋮⋮頭も良い
とか、何げに優良物件なんじゃん⋮⋮
マジか⋮⋮もしかして比企谷って⋮⋮モテちゃうんじゃない⋮⋮
?
!
え
! !?
マジなんなのコイツ
!? !?
﹁⋮⋮はぁ⋮⋮わあったよ⋮⋮え∼っと⋮⋮一応第一は││大⋮⋮﹂
?
﹁あんだよ⋮⋮驚きすぎだろ⋮⋮なんでそんな驚いてんだよ﹂
な、なんでってそりゃ⋮⋮
でも、うちから出てきた言葉はまたしても予想の遥か斜め上を行っ
ていた。
なに言ってんの
﹁だって⋮⋮⋮⋮う、うちと一緒だから⋮⋮﹂
ってハァ
!?
いっての
うちって暴走したら止まんなくなっちゃうの
マジかよ⋮⋮﹂
なんなの
﹁⋮⋮え
!?
と て も じ ゃ な い け ど 今 の う ち の 学 力 で 受 か る よ う な 大 学 じ ゃ 無
!?
?
!
?
377
?
?
?
!?
?
いや、実は十分モテてるんだけどね。強烈な人達から⋮⋮
?
﹁ちょ
なにその嫌っそうな顔
う、うちの方が嫌だっての
﹂
!
へっ。
﹁あんたが落ちれば⋮⋮
﹂
あ、う ち っ て 一 応 今 は 学 友 に は カ テ ゴ ラ イ ズ さ れ て る ん だ。へ
とくわ﹂
﹁そりゃ悪かったな⋮⋮ま、大学行ってまで学友にならない事を祈っ
んばろっ。
まぁ目標を高く持つのはいいことよね。⋮⋮⋮⋮べ、勉強マジでが
みようかな⋮⋮
ど、どうしよう⋮⋮奇跡的にセンター通ったら、一応記念受験して
!
を切り出してみよう。
⋮⋮ふぅ∼⋮⋮よしっ⋮⋮こうやって普通に話せてるんだし、アレ
だもんね。
別にそれは嫌じゃないけど、でもいつかは言わなくちゃなんないん
そしてまたも広がる沈黙。
いや、確実にうちが落ちます⋮⋮ってもう受ける気まんまんかよ。
?
うちの⋮⋮⋮⋮答えを⋮⋮
×
×
﹁んだよ⋮⋮﹂
気楽に気楽にっ。
ゴクリと喉が鳴る。ま、まぁコレ自体は断られたって、他にいくら
でも手の打ちようはあるんだ
﹂
いやいや、そんな先の話なんか分かるわけねぇだろ﹂
日って、空いてない⋮⋮
﹁あ、あ の さ ぁ ⋮⋮ ま だ 半 月 以 上 先 の 話 な ん だ け ど さ ⋮⋮ 6 月 2 6
!
﹁なんでお前にそんなことが分かんだよ﹂
﹁て、てかそもそも比企谷に予定なんかあるわけ無いよねー﹂
﹁は
?
378
!?
﹁比企谷⋮⋮あ、あのさ⋮⋮﹂
×
?
﹁だって比企谷じゃん﹂
﹁予定が無い理由を俺だからって理由で決め付けんのはやめてもらえ
ませんかね⋮⋮﹂
﹁ちょ、ちょっとその日さ、前々から調べ物したいと思ってた事があん
まぁ予定なんか入らないのは分かってるけど﹂
だけど、一人だとちょっと⋮⋮ってヤツなんだ。だからそこ予定入れ
ないでね
﹁いや無視かよ。てか一人で調べられない物ってなんだよ。お断りし
たいんですけ⋮﹂
﹁お 願 い ⋮⋮ そ こ だ け ⋮⋮ そ の 日 だ け 付 き 合 っ て く れ れ ば い い か ら
⋮⋮﹂
正直比企谷と真正面から向き合うのは辛い。
こうやって目を合わせてるだけで顔からは火が出そうになるし心
臓は爆発しそうだ。
でもうちは、そんなヘタレなうちを押し殺して、恥ずかしすぎて今
すぐにでも逸らしたい目が逃げ出しちゃわないように、真正面から
真っ直ぐに比企谷を見つめた。
⋮⋮⋮⋮ や っ ぱ り 比 企 谷 は 優 し い ね。う ち の こ と な ん か 嫌 い な ク
セに、真剣な態度にはちゃんと真剣を返してくれる。
﹁⋮⋮チッ、しゃあねぇなぁ⋮⋮まぁ予定が入んないようなら前向き
に検討するわ﹂
照れくさそうに、ぷいっと横を向いてしまう。
﹁⋮⋮あんたの前向きな検討って、全然信用ないんだけど⋮⋮﹂
うちはそんなちょっぴり可愛い比企谷にキュンッとしつつも、あり
がとうってお礼も言えずにいつもどおり憎まれ口を返し、真っ赤な顔
を誤魔化すように比企谷とは反対方向に顔をぷいっと背けたのだっ
た。
379
?
6月26日。あと半月もすれば、うちの18回目の誕生日がやって
くる。今よりほんの少しだけ大人になれる。
だからうちが謝るのはその日。
そしてうちは、その日あいつに告白する。
ちゃんと謝罪して許されて、そして告白してフラれるんだ。
そう。簡単に許されてはいけないうちの過ちは、比企谷によって簡
単に許されてしまうだろう。
でもそれじゃ比企谷はうちを許しても、うちはうちを許せない。許
されるのが分かった上での謝罪なんて、謝る側からしたらなんの意味
も為さないんだから。
だからうちは許されてから、フラれるのが分かってて告白するん
だ。
許されることにより手に入ってしまう比企谷との時間を自分自身
の手で失う。
それが比企谷に謝る為のうちの覚悟でありうちの出した答え。
でも⋮⋮⋮⋮やっぱうちってどうしようもないヤツだよね。
こんな覚悟を決めたのに、もしかしたら⋮⋮⋮⋮なーんて微々たる
期待をしちゃってるんだから。
比企谷がうちの告白なんて受け入れてくれるはず無いのに、フラれ
て失う事がうちの過ちの対価だと思ったからこそ、こんなくだらない
作戦を思いついたってのに、それなのに僅かに期待してしまうズルく
て情けないうち。
でもさ、そんなズルくて情けないところが、うちみたいな普通の女
の子なんだよね。
うちはどう逆立ちしたって雪ノ下さんや結衣ちゃんや生徒会長み
たいになんかなれっこない。
こんな風にズルくて姑息でヘタレなうちは、なんの希望もなく、た
だ絶望する為だけに自爆できるなんて強心臓は生憎持ち合わせてい
ないのだ。
380
そう。うちは普通の普通の女の子。
だから、99.9%の絶望に、たった0.1%の希望を持って立ち
向かう事くらいは許してよね。
そんなほんのちょっとでも縋るモノがなければ、うちはまた途中で
ヘタレてしまうかも知れないから。
だからうちはこの計画を実行するまでは絶対にヘタレないように、
そのほんの僅かの希望にしがみ付く為に残りの半月を精一杯頑張っ
てみようと思う。残りの半月で、少しでも比企谷に振り向いて貰える
パーセンテージを上げられるように。
さしあたっては少しでも一緒に居られるように、今日の勉強会から
ガンガンに攻めてってやるぞ
明日からは教室でぼっちの比企谷に話し掛けまくって、クラスの連
中に冷ややかな視線を浴びたって全然構わない。そして明日からは
一緒にお昼だって食べるんだから
うっさいっての
んじゃねぇのかよ⋮⋮﹂
﹂
﹁は、はぁ
い
うち⋮⋮
キモいからうちに指図しないでくんな
﹁⋮⋮おーい、なにボーっとつっ立ってんだよお前⋮⋮時間勿体ない
!
離 れ て し ま っ た 比 企 谷 と の 距 離 を 詰 め る 為 に ゆ っ く り と 走 り だ す。
あいつの隣に並べるように走りだす。
こんな風に比企谷との心の距離が縮まっていって、いつかホントに
あいつの隣に立っていられるように、後ろめたさ無く真っ正面から
しっかりと向き合えるようになることを夢見ながらっ
了
!
381
!
!
⋮⋮⋮⋮ホントに頑張れんの
?
そんな一抹の不安を抱きつつも、考え事をしてしまってて少しだけ
?
?
ラノベの香りは私を運命の航海へといざなう︻前編︼
私、家堀香織は、今まさに愛しの⋮⋮⋮⋮けぷこんけぷこん。
比企谷先輩と今まさに二人でディスティニーシーの門をくぐった
のだ
比企谷先輩とデートが出
けぷこんてなんだよ。ヤバイよ。たった一回見ただけなのに、あの
変な人の影響受けまくってるよ⋮⋮
それにしてもおかしいな⋮⋮私、もしも
!
来るとしたら、まずアキバ辺りだろうだなんて思ってたのに⋮⋮
どうしてこうなった⋮⋮♪
﹂
!?
×
⋮⋮ひ、比企谷しぇん輩
×
突如の出会いでは壮絶に噛んでしまうまでがデフォとばかりに、今
日も今日とて出会い頭のひとかみっ
甘噛みしちゃうゾッ☆
オラわくわくすっぞ
って所でまた偶然会ってしまった
と、意気揚々と本屋さんを目指して施設内を
巻を求めてららぽに来ていた。
私はその日、前々から目を付けていた作家さんの新作ラノベの第一
!
⋮⋮えっと、比企谷先輩はなぜこちらにっ
﹂
このご都合主義⋮⋮もしかして私ってラノベの主人公
闊歩し、さぁ目の前が書店だよっ
のだ。
なんなの
﹁そ、そうですね
?
かなんかなの
?
!
﹁いや⋮⋮なぜもなにもただ本屋に来ただけなんだが﹂
!
!?
!?
382
!
﹁お、おう家堀か。なんかまた会ったな﹂
﹁っ
×
!
そこ本屋さんですもんねー
﹂
!
またの偶然の出会いに自分を見失ってしまい、居場所も
﹁あははは⋮⋮で、ですよねー
あっぶね
!
てかこれマジでもう運命なんじゃね
ディスティニーなんじゃね
比企谷先輩と運命の遭遇に私の心がぴょんぴょんと浮き足立つ。
見失ってました。
!
﹂
待ってくださいよ比企谷先輩
なんで
今日は前から目を付けてた好きな作者さんの新作が
⋮⋮⋮⋮⋮⋮ってちょっと
好きだぁぁっ
たけを。
﹁ち、ちょっと待ってくださいってば
!
いやん泣いちゃう
×
やり並んでニヤつく私だったのです
もう目の前なんだし、せっかく
えへへ∼。
とかなんとか脳内では嘆きながらも、嫌がる比企谷先輩の隣に無理
!
どくさがられる、めんどくさい女でお馴染みの家堀香織です。
どうも。ほんの数メートル先の本屋さんに一緒に入るのにもめん
﹁めんどくせぇなぁ⋮⋮﹂
なんだから一緒に行けばいいじゃないですかぁっ⋮⋮﹂
!
どんだけ人付き合いに手慣れてないのよっ⋮⋮くっそう⋮⋮⋮⋮
こっ⋮⋮この男っ⋮⋮
﹂
いやだって別に一緒に来たわけじゃないし、挨拶済ませたら解
!
﹁え、ええまぁ
﹁お前もなんか買いたい本でもあんだな﹂
?
一切止まらないで先に行っちゃうんですかぁっ
!?
!
散するもんなんじゃねぇの
﹁え
!
?
!
!
思ってたんだけどな﹂
いいですよね∼
!?
比企谷先輩にオススメして貰った作者さんではありますけどもっ
﹁マジですか
この人の作品て。ま、まぁそもそも
﹁お、家堀それ買うのか。俺はちょっと様子を見てから考えようかと
×
383
!
?
?
×
これなら七英雄にだって勝つる
!
⋮⋮﹂
そして私はピコーンと閃いた
!
コレ面白かったら貸してあげますよっ﹂
﹁じゃあじゃあ
ちゃんすっ
﹂
大物ゲットだぜ
いいの
マジで
!
﹁え
うひょっ
?
あれだけ欲した繋がりを、今度は私の方から繋げる
そーなのだ
!
!
﹂
!
﹁⋮⋮そういうのお腹いっぱいだから﹂
⋮⋮どうもサーセン。
やー、二人でお買い物って超楽しい
いなぁ⋮⋮
いやでも待てよ⋮⋮
でカフェデートとか誘えんじゃね
って理由
?
し上げております﹂
上げのお客様に、ららぽーと今季決算ラッキーチャンスの福引券を差
﹁ありがとうございます。只今ららぽーと全館にて、千円以上お買い
姉さんから一言お声が掛かった。
そんな妄想で悶々としながらレジにて商品を差し出すと、レジのお
?
このあと早く新刊読みませんか
うー⋮⋮これで比企谷先輩とのお買い物は終了かぁ⋮⋮つまんな
冊だけを手に取り一緒にお会計へと向かう。
どうやら今日の比企谷先輩のお目当ては漫画だったらしく、新刊一
しかった。
ちょっとしたひとときではあったけど、⋮⋮⋮⋮なんか、堪らなく楽
や 漫 画 コ ー ナ ー、一 般 文 芸 コ ー ナ ー を 軽 く 見 て 回 る だ け の ほ ん の
まぁ所詮は本屋さんだけでのお買い物だったから、ラノベコーナー
!
っべー。テンション上がりすぎてキャラまで見失い始めたよ私。
なんか敬礼しちゃいました。
し、いくらでも貸しちゃいますでありますよ
﹁もちろんですよー。比企谷先輩にはたくさんお借りしちゃいました
!
?
?
384
!
?
600くらいでしょ
じゃあ関
へー。まぁデパートとかそういうのって、決算時期になるとそうい
うの良くやってるよね。
千円かぁ。私のラノベが税抜き
係無いね。
?
せっかくなん
400くらいだ
千円で福引き一回出来るみたいですよっ
?
?
そういえば比企谷先輩は漫画⋮⋮てことは
ん
﹁先輩先輩
ピッタリじゃん。
よね
?
店員さんの前でそういう事をハッキリと言うんじゃ
なんか可愛いくない
?
いけど、二人分のお買い物のお会計を一緒に済ますとか、なんなの
この微々たる幸せにニヤついちゃう私って
しかもこれって⋮⋮
!
比企谷先輩が小銭を渡してくれる。手渡しで。そう手渡しで
なにこれ手が触れちゃうチャンスじゃん
いやん小銭の手渡しなんて、どうしたって手が触れちゃうぅ
〟様子だったので、な
!
な ん だ よ ー
比 企 谷 先 輩 っ て ば、ち ゃ ん と 私 を 女 と し て 意 識 し
んだか胸がポカポカ、顔もポカポカしちゃいましたとさっ☆
れないように慎重かつ照れた⋮⋮〝照・れ・た
でも⋮⋮渡してくれる前後で比企谷先輩の顔を覗き見たら、手が触
かよコノヤロー。
﹁しゃせー⋮⋮﹂とか言うやる気のないコンビニ深夜店員のお会計時
ました⋮⋮
緊張しながら手を差し出すと⋮⋮⋮⋮若干高い位置から落とされ
!
!
!
私が千円札で支払いを済ませて商品と福引券を受け取り、会計後に
!
?
うっわぁぁ∼⋮⋮なんかどうせ当たんない福引きとかどうでもい
分の漫画を出してくれた。
﹁ま、どうせタダだしな﹂と、後ろに並んでいた比企谷先輩がレジに自
ありません
こらこらっ
﹁どうせポケットティッシュくらいしか当たんないだろ⋮⋮﹂
で二人分を合わせて買って、福引きしちゃいましょうよ﹂
!
!
!
!
385
?
?
ちゃってんじゃーんっ
×
×
﹂
ふひっ。
!
ていた⋮⋮
﹂
﹁お め で と う ご ざ い ま ー す
ポートでーす
キップが当たっちゃいましたよ
そんなバカな⋮⋮これなんてディスティニー
!
なんか運命の片道
ひ、比企谷先輩と、まさかのシーデートだと
これもう香織ラノベ主人公疑惑再燃でスレが祭状態だよ
どどどどうしようっ
!
家堀。今度の休みにでも行ってくれば
﹂
どうやったらこの難攻不落の捻くれぼっちさんを
こ、こんなチャンス滅多にないんだからねっ
デスヨネー、ソーナリマスヨネー。
でもでも
?
理詰めで落とせるのかを
今朝うちで会ったけど。
!
弱くて甘いお節介焼きの素敵な先輩を落とす悪魔の策略を
それにはまず⋮⋮⋮⋮誘わなければ
やっばい⋮⋮熱で頭が沸騰してクラクラするし、ばっくんばっくん
!
!
この、捻くれてるけど、正当な理由の無い施しを嫌い、かつ年下に
そして私は思いついたのだ。
お空のママンに叱られちゃう
こんな一生に一度巡り合えるかどうかのチャンスを不意にしたら、
!
か、考えろ香織
!?
﹁いやー⋮⋮こういう事ってマジであるんだな⋮⋮⋮⋮良かったな、
!
?
?
!
二 等 賞、デ ィ ス テ ィ ニ ー シ ー ペ ア パ ス
福引き所にて、私達はお約束ネタを二人仲良く実行しながら固まっ
﹁マジ⋮⋮かよ⋮⋮﹂
﹁嘘⋮⋮だろ⋮⋮
×
?
!
!
386
!?
と心臓が破裂しちゃいそう
線を向ける。
私は深く深く息を吐き、強張った真っ赤な顔で先輩に縋るような視
谷先輩⋮⋮
だんまりして俯いちゃってる私に訝しげな視線を向けてくる比企
逃げちゃダメだ逃げちゃ⋮⋮ってそれはもういいですね。
!!
﹂
﹂
﹂って顔を向けてくる。やだちょっと傷ついちゃう
﹁ひ、比企谷先輩⋮⋮あ、あのっ、せっかくなんで今から行きません
⋮⋮
﹁⋮⋮は
心底﹁なんで
?
?
コレ、どうやって分けます
﹂
!?
ろ﹂
甘っま∼い
アメリカンスウィーツ並みの甘さだよ
なんでアメリカのお菓子って致死量レベルの甘さなのん
貰ったモノです
わ、私一人で貰うのは理屈に合いません
﹂
輩だったらこのペアパスポートを素直に受け取れますか
﹁いや、だったらな⋮⋮
比企谷先
﹂
!
﹂
?
﹂
!?
6800だから、一枚分換算で、先輩が受け取るには
二割ほど不足してるので、不足額を私が先輩に請求することとなりま
ト代金が現在
﹁なのでコレを分けるとしたら金銭が発生してしまいます。パスポー
﹁⋮⋮いやだからな
スポート現物配布では割りに合いませんよね
﹁しかもその福引券代金は私六割、先輩四割の負担額です。なのでパ
?
?
!
﹁こ、このパスポートを当てた福引券は、二人のお買い物の合計金額で
?
!
﹁いや、分けるもなにも、お前が当てたもんなんだからお前のもんだ
る。
そう言いながら、震える手でペアパスポートをヒラヒラさせてや
﹁だ、だって
しかし私は負けない。負けてたまるもんですかっ⋮⋮
?
!
?
387
!
!
!
すが宜しいですかっ
﹂
⋮⋮し・か・も
パスポート一枚ずつ持ってたって、友
でも私はそんな事でお金を貰うだなんて納得出来ませんし貰い
ませんけどね
﹂
どうですか実
ドヤァ︶、ウルウ
それになんで今からなんだよ⋮⋮﹂
﹂
つまりせっかく手に入ったパスポートを有効かつ有意義に生か
!
すには、今から二人で行く以外の方法が存在しないんですよ
﹂
﹁いや人の話聞いてね
﹁だって⋮⋮
そして私はいろは師匠の教えに従い︵見て盗んだ
!
﹁つ
﹁いやでも俺は小町と⋮﹂
に勿体ないでしょう
が引けるので、勿体ないけどゴミ箱行き確実なんです
入ってしまったパスポートを他の子と行くのに使うのは私も正直気
達の居ない先輩は確実にゴミになりますし、こういった経緯で手に
!
﹁で
﹁ま、まぁそれくらいなら⋮⋮﹂
!?
!
?
×
理詰めどころか最終的にはこの泣き落としである。
勿体ないから行きましょうよぉ⋮⋮﹂
と絶対逃げるじゃないですか⋮⋮ねぇ比企谷先輩っ⋮⋮パスポート
﹁だって、比企谷先輩、こうやって外に出てる時にでも捕まえとかない
めてやりましたよ、ええ。
ルと潤んだ目をとびっきりの上目遣いにして、比企谷先輩を攻めに攻
!
!
無理矢理連れてきたのだよ
好きだぁぁっ
フハハハハ
たけを︵二回目︶
やっぱり比企谷先輩は年下に甘くて優しいなぁ。
!
﹁わ、私実はシーに来るの初めてなんで、めっちゃ緊張してます
!
いや、緊張してんのは別の理由ですけども
!
﹂
!
!
とまぁこんな感じで、私の完璧なる理論的な策略︵泣き落とし︶で
×
388
!?
!
!
×
﹁お、おう、そうか。俺も初めてだからちょっと緊張してるわ⋮⋮﹂
⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮いいいいいやっほーいっ
比企谷先輩の初めてゲットだぜ
恥ずかしいけどっ
緊張しまくりだけどっ
テンションMAXで
テンションが危険水域にまで到達しちゃってるよ。
おっとイカンイカン。
なんなら私の初めてを比企谷先輩がゲットだぜぇっ
!!
!
い⋮⋮っ
私の隣に居る人も含めて、まるで夢の世界に迷い込んじゃったみた
に夢の国。
ヴェネチアみたいな街並みと海と火山が織り成すその世界はまさ
をくぐり抜けた先に広がった光景はまさに異世界⋮⋮
エントランスを抜け、ヨーロッパの街並みを模したショッピング街
だから☆︵白目︶
どうせ、週明けにはなぜかいろはにバレててす巻きにされちゃうん
一杯楽しまなくっちゃ
でもこんなディスティニーは二度と有り得ないんだから、今日は目
おかしくなりそうだけどっ
!
!
緒に視界に入れた時、ぽーっとしていた私は知らず知らずぽしょりと
独り言を呟いていた。
なんだって⋮⋮
﹂
﹁やばい幸せっ⋮⋮なんか⋮⋮新婚旅行みたい⋮⋮﹂
﹁⋮⋮え
?
389
!
!
!
この異国情緒漂う夢の国を密かに片想いしている大好きな人と一
!
?
︻悲報︼俺氏、死亡のお知らせである。
続く
390
﹂
ラノベの香りは私を運命の航海へといざなう︻中編︼
﹁⋮⋮⋮⋮えっと、なにがですか
こっちも難聴系返しをして知らないフリしてほっとけばいい
もし誤解があるようならちゃんとその誤解を解いとか
持ち良く迎えられなくなっちゃうじゃないっ
私ミラクルなナイトを迎えちゃうつもりだったのかよ。
﹂
香織恥ずかし
新婚旅行に来ちゃっ
な、なにを仰っていらっしゃるの
どこにも誤解はありませんでしたッ
﹁え、や、なんか今、新婚旅行がどうとかって言ってなかったか⋮⋮
はい
し、新婚旅行⋮⋮
まさに言いましたよその単語
﹁は⋮⋮⋮⋮は
﹂
﹁いや、なんかボソッと言ってなかったか⋮⋮
でしょうかね⋮⋮
!
聞こえちゃいましたぁ
たみたいとかなんとか⋮⋮﹂
﹁⋮⋮⋮⋮ テ ヘ ッ ☆ や だ ぁ
?
!
ないと、せっかくのドリームでディスティニーなミラクルナイトが気
だ、だって
じゃんって
え
どうしよう私超ブルブルしてんよ。
しながら先ほどの発言の真意を問う。
引きつった顔を精一杯の笑顔に変えて、私は比企谷先輩にガクブル
?
!
いっ﹂とかって言ってみようかな⋮⋮
?
?
しない
物
!
ドン引きしていらっしゃるぅ⋮⋮
⋮⋮ひ、比企谷先輩の顔がっ
少 し だ け 期 待 し て 火 照 る 顔 を そ っ と 比 企 谷 先 輩 へ と 向 け
⋮⋮⋮⋮⋮⋮ひぃぃぃやぁぁぁっ
凄く警戒してらっしゃるぅ⋮⋮
!
!
391
?
!
?
こ、これってギャグに見せ掛けて気持ちを伝えるチャンスだったり
?
!
?
?
?
!
!?
これ、まだ現状では気持ちがバレたら逃げられちゃうパターンのや
!
つだよ
ご、ごごごご誤魔化さなくては ﹁テヘッ☆やだぁ
て頬を赤らめてる場合では断じて無いのである
!
ん
それを言えば誤魔化せるってことなのん
﹃頭が真っ白に⋮⋮﹄
だけはあかんて⋮⋮
や、やだなぁ
﹂なん
!
さ、さすがに夢の国ですよ
し、しんこん、しんこ⋮⋮神転⋮⋮⋮⋮そ、
神様転生モノですよ神様転生モノ
﹁あはは∼
そう
!
﹂
みたいな
⋮⋮って感
動してただけですよー⋮⋮つ、つまり、し、神転旅行⋮⋮
!
私なに言ってん
?
⋮⋮
と歪んだ笑顔になってっけどさ、え
そんな単語初耳なんですけど。
?
させられて異世界に旅行にでも来ちゃったみたーいっ
ねっ、なんかここがあまりにも異世界じみてて、なんだか神様に転生
!
!
散々苦悩してようやく辿り着いた答え。それは⋮⋮
!
⋮⋮あかんそれ誤魔化す時に絶対言うたらあかんヤツや⋮⋮吉兆
?
その時、私の中のリトルかおりんが、こそっと耳元で囁いてきた。
!
!
てへへぇっ
の
?
い神転って﹃しんてん﹄って読みで合ってんのかどうかすら知らない
んですけども
おいおい、これ結果的に正解だったのん
うん。やっ
?
その時、私の頭の中ではこんなビジョンが浮かんでいた。
てかすでに疑惑ですら
ガチオタ疑惑に拍車が掛かってんだけど
?
ない件について。
?
安定のドン引きである。
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂
ぱすげぇわ﹂
声がソレとか⋮⋮なかなか突き抜けてるっつうか⋮⋮
や、まぁ、なんだ⋮⋮さ、さすが家堀だな⋮⋮初めてシーに来た第一
﹁お、おう⋮⋮スマンな。俺そっち系あんま詳しくないんだわ⋮⋮い
我ながらこれは酷いと思いつつも比企谷先輩を見る。
?
392
?
!
?
そもそも私、神様転生モノとか実は全然知んないんだけど。だいた
?
そのビジョンの中で、私は大草原のようにわらわらと草が生えては
高速で流れていくモニターの中で、膝を落として両手を地面について
うなだれていたのでした⋮⋮
×
い
﹁まぁそれはいいとしてですね⋮⋮比企谷先輩
以上、私、実はどうしてもやりたい事があるんですよ
﹁﹂
いと思うぞ
﹂
﹁おうどうした。いくら夢の国でもさすがに俺tueeeeは出来な
!
!
自分で言うのもなんだけど私メンタル強えーな。
﹂
せっかくココに来た
る︶だったけど、いつまでも大草原の中でうなだれている場合では無
スタートではまさかの出遅れ︵むしろフライングで一発失格まであ
る。
ぶわっと溢れる涙を華麗にスルーし、私は気持ちを立て直しに図
×
﹂
そしてその⋮⋮お、お願いを聞いて欲しいんですけども⋮⋮﹂
なんだよ準備って。お願いってどんな
﹁そ、それは準備が終わってからでっ⋮⋮
﹁は
すか
﹁と、とにかくソレの準備があるんで、ちょっとここで待ってて貰えま
説得力ェ⋮⋮
﹁ち、違いますから⋮⋮あの、私は別にオタクとかでは無いんで⋮⋮﹂
自分で言うのもなんだけど私心が折れんの早えーな⋮⋮
?
つぐんらしい。ついさっき知ったのだ
!
比企谷せんぱーい⋮⋮お
しかも私はいろは程のあざとさが出せない分、逆に先輩にこうかば
い。
ふへへぇ、どうやらやはり比企谷先輩は年下の甘えには弱いらし
たいな酷いもんでもねぇだろうしな⋮⋮﹂
﹁⋮⋮たく⋮⋮しゃあねぇな。まぁ家堀の頼みだってんなら、一色み
願いしますっ⋮⋮﹂
?
!
?
393
×
!
?
﹁ではでは﹂
そして私は眼前に広がる地中海の名を冠するというメディテレニ
アンポートを背にし、すぐ目の前にあるパーク内最大のおみやげ品の
店、エンポーリオの中へとウッキウキで吸い込まれていくのだ。
そしてソレはあった。
ニヤつく口元を押さえつけながらなんの迷いもなくそのブツを手
に取りレジへと向かい、流れるようにスムーズにソレを入手した私
は、小走りで比企谷先輩の元へと向かう。
﹁お待たせしましたー﹂
とまぁまぁ育ってる胸を張り、袋からブツ
﹁お う ⋮⋮ て か 準 備 っ て な ん だ っ た ん だ よ。な ん か 買 っ て き た の か
﹂
﹂
その言葉に私はふふん
を取り出した。
﹁じゃじゃーん
私が取り出したソレを見て、予想通りに顔を引きつらせる比企谷先
輩。
ク ッ ク ッ ク ッ ⋮⋮ で も ね
さっきお願い聞いてくれるって約束
⋮⋮しちゃったんだからねっ
恥ずかしがらずに一緒に付けましょうっ﹂
﹂
﹁いやそんなもん付けられるワケねぇだろ⋮⋮﹂
﹁な、なんでですかー
﹁いや無理だから﹂
さぁさぁ
﹁ふふふー、ミキオさんとミニコさんの耳付きカチューシャでっす
?
﹂
?
人生終了しましたとでも言わんばかりに、心底嫌そうな顔をしてる
ジ一色の友達だな⋮⋮﹂
﹁うぐっ⋮⋮ち、ちくしょう⋮⋮家堀だから油断してたわ⋮⋮お前マ
⋮⋮嘘だったんですかぁ⋮⋮
﹁⋮⋮さっき、お願い聞いてくれるって⋮⋮約束したじゃないですか
言ってやりましたよ。
すると私は、わざとらしくちょっとだけぶすぅっとした態度でこう
!
?
!?
!
394
!
!
?
比企谷先輩にちょっぴり罪悪感。無理やり連れてきて無理やりこん
なの付けさせて。
私も必死なんです⋮⋮
せっかく女の子に生まれたからには、一度でもいいから大
でもスミマセン
だって
!
チューシャを装着したのだっ
むのよっ⋮⋮
ミニコさんのカチューシャを付けた私を見て、比企谷先
輩ってば、ちょっとだけ私に萌えたっぽいんだよねっ
!
もーっ
遠慮とかしないで惚れちゃってもいいのよ
ばっちこーい
だから比企谷先輩にまずどこ行きたいか聞かれたとき、私はワクテ
言ってたんだよね。
なんか前に友達が、コレとタワーオブキラーが超楽しかったって
ら、センターオブジマウンテンの列に並んでいる。
そんなこんなで、今私たちはお互いに恥ずかしがりながら悶えなが
!
?
瞬間に萌え萌えきゅんっ☆ってなったの見逃さなかったんだからっ。
なんかカチューシャ付けさせられて嫌そうだった表情が、私を見た
!
でもでも
悶えてましたよ、ええ。
ちなみに比企谷先輩が嫌々装着してから、私、軽く10分くらいは
谷先輩マジやばい。
死ぬほど恥ずかしそうにミキオ耳のカチューシャを付けてる比企
!
ぐぅっ⋮⋮比企谷先輩めぇ⋮⋮どんだけ私を萌えさせれば気が済
一言で言おう。マジやばい。
×
!
そ し て つ い に 私 は ミ ニ コ さ ん の、比 企 谷 先 輩 は ミ キ オ さ ん の カ
?
好きな人とディスティニーでバカップル丸出しな行為したいじゃん
!
×
!
395
×
カでMapとToday︵ディスティニーに入園すると貰える地図と
案内ね︶を見ながら、目の前にそびえる火山を指差したのだ。
列に並び始めて早一時間超え。さすがに土曜の夢の国はお混みで
いらっしゃる。
いやぁ⋮⋮ディスティニーに来たカップルは別れるとかいう都市
伝説。
なーんて思ってたけど、その都市伝
あ ん な の 年 間 ど ん だ け の カ ッ プ ル が デ ィ ス テ ィ ニ ー 来 て ん だ よ。
んなもん単なる確率の問題だろ
説は中々に捨てたもんじゃないんだね。
だって、周りのカップルとか、初めの頃はイチャイチャイチャイ
チャしてて、あまりにも目障りだから爆発すればいいのにって思って
たけど、今やイチャイチャにも飽きたのかつまらなそうに別々に携帯
とか弄ってる始末。穏やかじゃないわね。
よく言う話だけど、車の運転とかこういうイライラする時にこそ、
お互いの本性がモロに出んのよねー。
フハハハ
こういった時間を穏やかな気持ちで乗り越えられない程度の貴様
らなど爆発するまでも無い、早く別れてしまうがいいわぁ
ハ。
カップルって言っちゃった☆
私たちは超マイペースで超穏やか
!
!
り。
男と一緒に居て、会話が無いのにこんなにも気まずく無いのなんて
ホント比企谷先輩くらいだ。
まぁ私は比企谷先輩のミキオ姿を見て悶えてればいいしね♪
苦手そうですけど﹂
﹁やー、長いですね。比企谷先輩は行列に並ぶのとか大丈夫な方なん
ですか
﹁おう。さすがはディスティニーと言うべきか、ここのは統率が取れ
てるから特に問題はないな﹂
統率って⋮⋮軍隊かよ。
396
?
そんな前後左右がギスギスカップルに囲まれた中、私たちカップル
ん
!
はと言うとぉ⋮⋮きゃっ
んん
!
気が向いたら学校の話したりオタ話したり各自で好きに過ごした
!
?
﹁随分と長いこと並んでて疲れたんじゃねぇの
てやるよ﹂
先輩、そしていろはを散々たらして来たんか
ほれ、荷物持っとい
ん
そうなんか
?
﹂
﹁うぉぉぉぉぉっ
﹂
﹁ひぃぃぃぃぃっ
超 油 断 し て ま し た
しないのよ
︶や光る地底生物。
ゆっくりと進む乗り物。光るキノコ︵巨大化したり1UPしたりは
るアトラクションかと思ってた。
ンは、スプライドマウンテンと同じようにラストにただ落下して終わ
乗り物に乗り込んでゆっくりと地底を探索するこのアトラクショ
じゃんか
ランドのスプライドマウンテンと全然違う
向けながら、比企谷先輩に荷物を渡しちゃったりするのですっ⋮⋮
そして現在たらされ真っ最中の私は、熱く火照った顔を精一杯下に
?
こういうふとした瞬間の何気ない優しさで雪ノ下先輩や由比ヶ浜
くっそう⋮⋮この天然スケコマシめが⋮⋮
?
!
?
なななナニコレ∼
こんなの初めてぇぇ
!
かのような雄大な景色。
そしてそのままの勢いで一気に落下
ナニコレ超楽しい
!
ひ、比企谷先輩ってば、うぉぉぉぉぉっ
!
!
見合わせて二人して大爆笑。
﹁ヤバイ超楽しい
だってぇ
落下した後は呆然として一瞬の沈黙ののち、落ち着いた時には顔を
!
た外の景色は、まるで空高くからメディテレニアンポートを一望する
乗り物は山の山頂まで辿り着く。そこから一瞬だけ視界に広がっ
!
加速で頂上へと向けて一気に走りだしやがったのだ。
巨大な地底怪獣の出現と共に、この乗り物の野郎が急にとんでもない
キャッキャウフフしながらうっとりと見てたんだけど、ラスボス的な
薄暗い中、そんな幻想的な光景を隣の比企谷先輩と中々の密着度で
?
397
!
!
×
!
×
!
×
あはははは﹂
とか言って叫んでただろうが。
また後でもう一回乗りましょうよ
﹁んだよ家堀だって、ひぃぃぃぃぃっ
くくっ﹂
﹁これ超サイコーじゃないですか
﹂
﹂
超綺麗そう
自然
次は夜に乗りましょ
!
麗そうじゃねぇか
﹁で す ね ー
﹂
やっばーい
﹂
⋮⋮ じ ゃ あ じ ゃ あ
﹁そうだな。にしても、さっき見えた景色とか、夜景だったらすげぇ綺
!?
なんかもう普通のカップルみたいなんだけど
﹁おう、まぁいいんじゃねぇの
!
?
決定しちゃった
⋮⋮
﹂
﹁いやぁ比企谷先輩。コレは凄いですねー⋮⋮﹂
帰る
?
帰宅の提案ナチュラル過ぎんだろ
﹁そうだな。どうする
帰んねぇよ
?
!
思ってたばっかなのに早くも帰宅の予感⋮⋮
せ、せっかくの奇跡のシーデートなんだもん
どうにか比企谷先輩
こ れ は マ ズ い ⋮⋮ 今 さ っ き ま で 夜 ま で 一 緒 に 居 ら れ る ぅ ♪ と か
!!
ふ と 比 企 谷 先 輩 を 見 る と 信 じ ら ん な い く ら い に 引 き つ っ て い た
やばいこれはぐれたら即終了のお知らせ。
ニーは凄いですね。
うっひゃぁぁ、こりゃスゲーや⋮⋮やっぱ休日とかのディスティ
あってさっきまでよりもずっと混雑していた。
アトラクションの施設を出ると、さすが一時間以上並んでただけ
くれるなんてな∼。ホント無理やり連れてきて良かったぁ⋮⋮
それにしても⋮⋮へへっ、比企谷先輩があんなにも楽しそうにして
!
しかもなんか超幸せで超楽しいうちに、夜まで一緒に居られる事が
!
?
!
に笑い合えてるよ、私たち。
!
!
398
!
!
!
!
をつなぎ止め無いとっ⋮⋮
つなぎ止め⋮⋮る
⋮⋮やばい⋮⋮手、繋ぎたい⋮⋮
いやいやさすがにそれは無理ゲー過ぎる
チャンスっ⋮⋮
﹁あ⋮⋮あの、比企谷⋮⋮先輩⋮⋮
じゃないですか⋮⋮﹂
﹁だな。よし帰るか﹂
﹁だから帰んねぇよっ
つい激しいツッコミをっ
﹁すみません⋮⋮﹂
いやんっ
﹂
﹁こ、これってちょっとこのまま歩くのって、ぜ、絶対にはぐれちゃう
﹁おうどうした﹂
﹂
さすがにそこまでは高望みしすぎて夢見がちだけど、でもこれって
!
その時、私は以前比企谷先輩との間で夢見た行為が頭を過った。
?
!!
﹂
ふぇぇ⋮⋮こ、これは恥ずかしいっ⋮⋮
﹂
﹁だからっ⋮⋮その⋮⋮はぐれちゃわないように、袖⋮⋮摘んでて、い
い、ですか、ね⋮⋮
うぉぉぉぉぉっ⋮⋮なんて恥ずかしさだよっ
先輩が敵なうはずもなかったのだ
﹁⋮⋮ほれ﹂
!
は、年下甘やかしスキルが高レベルで自動的に発動されちゃう比企谷
ルウルしまくっちゃって、そんなナチュラルウルウル上目遣いの私に
でもあまりにも恥ずかし過ぎるこの状況のおかげで自然と目がウ
!
?
399
?
!
﹁えっと⋮⋮その、だからですね⋮⋮
!
?
!
嬉し過ぎてつい涙がこぼれそうになってしまった。
恥ずかしそうに明後日の方向を向きながら、頭をガシガシと掻いた
比企谷先輩が左手を差し出してくれたのだ。
胸がきゅんっとなる。夢見ていた比企谷先輩の手が、今目の前にあ
るんだもん。
手を繋げるわけではないんだけどね。
﹁ご、ご迷惑をお掛けします⋮⋮﹂
声にならない程に小さい声で、恐る恐る比企谷先輩の袖をちょこん
と摘んでみた。
!
﹁おう⋮⋮はぐれんなよ﹂
めっちゃヌルヌルじゃんかよぉ
はぅっ⋮⋮やべぇよ⋮⋮手が尋常じゃなく湿ってきちゃったよ
なにこの手汗
!
私の中の乙女ちゃん
これはもう比企谷先輩のコートの袖がビチョビチョになっちゃう
レベル。
ごめんね
!
としてたのに、今は仕事をしない乙女ちゃんが恋しいよっ
この瞬間だけでもカムバッ∼ク
!
続く
いやんヌルヌルな幸せってなんだか卑猥っ︵海老並感︶
でした☆
そんなヌルヌルな幸せを噛み締める恋する乙女な香織ちゃんなの
マする私。
袖、そしてその袖をちょこんと摘むヌルヌルの手を眺めながらニマニ
混み合うパークで、ちょっと先を歩く比企谷先輩の背中と左手の
!
400
!
ちょっと前までは働け働けと、ブラック企業ばりに乙女を働かそう
?
ラノベの香りは私を運命の航海へといざなう︻後編︼
ホント美味しー
んじゃあ∼私のチュロスもどう
﹁おー、コレなかなか美味いな。マジで餃子の味すんのな。ホレ、家堀
も食ってみ﹂
﹁はむっ⋮⋮あっ
ぞっ﹂
捗りますわー。
来ないのは残念だとか、決してそういう事はない。そう、決して
らねっ
べべ別にそんな恥ずかしい行為をしたかったワケじゃないんだか
!
でもまぁ私は別に食べ歩きしながらお互いのフードをあーんと出
冒頭から妄想スタートとか酷くね
むと食べている。うふふ
んとし合ってる妄想に励みながら、私は自分のチュロスだけをはむは
ドックを購入し、食べ歩きしながらお互いに食べ掛けのフードをあー
私がディスティニー定番のチュロス、比企谷先輩がシー名物の餃子
チュロスが定番だよなぁ﹂
﹁さ ん き ゅ。ム グ ム グ ⋮⋮ お ー、や っ ぱ デ ィ ス テ ィ ニ ー っ つ っ た ら
!
?
?
なっちゃっただけなんだからっ
の国を散策するというのは、なんとも幸せな時間なんだもん
ビアンゴースト、ロストフォレストデルタを散々遊び倒し、お腹が空
ランドを抜けたあと、そのお隣のエリア・マーメイドラクーンやアラ
私達は、センターオブジマウンテンのあるエリア・ミステリーアイ
!
袖が握られてるし、左手で持ったチュロスをぱくぱく食わえながら夢
さすがに手は繋げないけど、私の右手にはしっかりと比企谷先輩の
いはないのだ。
でもまぁ妄想関係無く、今の状況がヤバいくらいに楽しい事には違
!
401
!
た だ ち ょ っ と 妄 想 し て み た ら 思 い の ほ か 楽 し く て や め ら れ な く
!
いたという事で散策を食べ歩きへと切り替えていた。
やっぱディスティニーって言ったら食べ歩きですもんねー
夢の
ど う し た 家 堀。⋮⋮ あ、も し か し て お 前 も 餃 子 ド ッ ク 食 い た
﹂
﹂
上目遣いしてあーんとか言っちゃえばいいの
﹁⋮⋮⋮⋮そーですね﹂
ス食いたくなってきちまったし﹂
﹁しゃーねぇな。じゃあもう一個買いに行くか。俺もちょっとチュロ
ん
ナニコレナニコレ
夢キマシタワー
﹁んじゃあ食うか﹂
﹁⋮⋮えっ
かったか
﹁ん
りゃしない。
国の散財トラップの巧妙さは目を見張るモノがある。夢も希望もあ
!
餃子ドックを物欲しげに見ていたただの食いしん坊さんに見られ
てただけみたいですね。
夢なんて無かったんや︵白目︶
さぶいぃぃっ﹂
×
をいい場所で鑑賞する為に早くから場所取りして待ってる
んだけど、そうすると、ホラ⋮⋮ねぇ
いけないじゃない⋮⋮
なんかこういう成り行き上で繋げられた繋がりって、理由次第では
?
せっかく今日一日ずっと摘んでる比企谷先輩の袖を離さなくちゃ
?
ダッフルコートのポケットにかじかんだ手を入れたいのは山々な
んだけど、とにかく寒さが尋常ではない。
ジック
ここディスティニーシーの水上ナイトショー、ファンタジアミュー
命懸けなのです。
海沿いの三月上旬のディスティニーは夜のショーを見るだけでも
﹁うひ∼
×
!
!
402
!
!!
!? ?
?
!?
×
一度離しちゃうと、もう繋がれなくなっちゃう気がするんだよね。
って言わんばかりに、買い物のお会計やトイレとかで仕方なく
だからもう、今日は袖を摘んでるのはあくまでも自然な行為なんで
すよ
離さざるをえなくなった時とかも、私の元へと帰って来た比企谷先輩
を発見したら、パークが混んでようが混んでなかろうがお構い無しに
テテテつと急いで駆け寄って行って、すぐにちょこんと摘んでたんだ
よねっ⋮⋮
人。
﹂
油断するとすぐに帰宅を提案しやがるんだよねー、この
帰りたい帰りたい言いながらも、実は結構楽しんじゃって
んの、俺様にはお見通しなんだZEっ☆
ふふん
?
るだろ
﹂
﹁⋮⋮そのまま帰んないですよね⋮⋮
﹂
﹁あ、じゃあなんかあったまる飲みもんでも買ってくるわ。家堀もい
?
ったく
﹁わぁってるっての⋮⋮﹂
﹁⋮⋮帰らせませんよ⋮⋮
﹁マジでさみーな⋮⋮もう帰りたい⋮⋮﹂
入れてもらえたりしたら、超幸せなのになぁ。
うぅ⋮⋮手を繋いで、右手を比企谷先輩のコートのポケットに招き
!
!
!
ふむ。まぁこういうちゃんとした理由があって袖を離す分には問
題ないんだよね。
帰ってきたら速攻摘んじゃえばいいんだから。
﹁あ、じゃあ申し訳ないんですけどお願いします。⋮⋮えっと、紅茶
か、無ければココアで﹂
思わず自然にやってしまいました。反省は
﹁了解。んじゃ寒みーけどちょっと待っててくれ﹂
﹁かしこまっ☆﹂
﹁お、おう⋮⋮﹂
⋮⋮いやん死にたい
してるけど後悔もしている。
!
403
?
﹁さすがに置いて帰るわけ無いだろうが﹂
?
?
そして比企谷先輩はダラダラと冷や汗をかきながらかしこまポー
やっぱシ
ズで固まってしまった私をスルーして飲み物を買いに行ってくれた。
ホントなんだかんだ言って女の子に優しいんだよなー
スコンだからかな
︶、
!
に、この緩んだ顔をなんとかしようぜ
りじゃなくて、たまにはクスクスとかって可愛い表現が使えるよう
てか私も一応女の子なんだからさー、こういう時はニヤニヤばっか
いに一人でニヤついている時だった。
そんな予想外に紳士な比企谷先輩の姿を思い出して、情けないくら
あれはかなり妹さんに調教されてますなっ。
待っててくれたりね。
るのを待っててくれたり、私がコートを脱いで席につくまで座るのを
レストランに入る時も出る時も、自然の流れで扉を開けて私が先に通
タとピッツァを食べたんだけど︵ピッツァだって︵笑︶私さむっ
できるイタリアンレストラン、リストランテ・デ・カナレットでパス
夕ご飯はヴェネチアンゴンドラが運河を通るのをすぐ真横で一望
だったもんな。
へへっ、さっき夕ご飯食べた時も至るところでレディファースト
!
うぉいっ
じっちゃったの
なんで大音量なんだよ
目覚まし切る時着信音とかい
輩向けアニソンが響き渡ったのだった。
まぁそれはともかくとして丁度その時、辺り一面に大音量で幼女先
?
!?
じゃないんだよっ
ぐ ふ ぅ ⋮⋮ 周 り の 目 が 痛 い で ご ざ る 痛 い で ご ざ る っ ⋮⋮ せ め て
イッツアスモールワールドとかにしとけよ私ぃぃ
﹁⋮⋮はい。もしもしっ﹂
電話に出た。
ぶわっとあふれ出る涙をハンカチで押さえながら、いまいましげに
!
404
?
!
夢の国でアイドル活動頑張ってゴーゴーレッツゴー言ってる場合
!?
!
﹂
﹃なんでいきなり不機嫌
﹁っ
﹄
いろは﹂
もよって⋮⋮いろはさんだったのです⋮⋮
﹁どどど、どうしたの
×
﹃⋮⋮ん
どしたの
﹄
﹁にゃ、にゃんでもにゃいよ
スタートからクライマックスきたコレ
﹁う、うん﹂
?
てるんだってー﹄
巻いてるとこに運悪く智子が出くわしちゃったらしくて、超からまれ
ちゃったらしくって、なんかサイゼのドリンクバーでやけ飲みして管
﹃そ し た ら さ ー、﹃⋮⋮ は
誰 ⋮⋮ ﹄っ て バ ッ サ リ と 切 り 捨 て ら れ
るつもりで声かけたんだって﹄
⋮⋮ほら、一応バレンタインイベントで会ってるし、知ってもらえて
ん か 恵 理 ち ゃ ん が ね ⋮⋮ 今 日 ば っ た り 街 で 三 浦 先 輩 見 か け て さ ー
﹃いやー、それがさー、今さっき紗弥加から連絡あったんだけどさ、な
チッ⋮⋮納得してもらえてなによりでーす。
とこか﹄
﹃あ、お出掛け中なんだ。なんかキョドってるし、キモい趣味関係って
?
?
ちょっと出先なんだよねー⋮⋮⋮⋮なんかあったの
﹂
ひ、暇 っ ち ゃ 暇 な ん だ け ど ー ⋮⋮
ふぅ⋮⋮とりあえず挙動不審な事は流してくれるみたいね⋮⋮
﹄
﹃まぁいいや。でさ、香織って今ひまー
!
!?
?
?
﹃⋮⋮ふーん﹄
﹂
あまりの動揺に、噛むわ上擦るわの大騒ぎ。やべー、もちつけ私
!?
×
?
﹁あ、や ー ⋮⋮ ど、ど う か な ー
!
認もせずに出た電話の向こうから聞こえた声は⋮⋮⋮⋮⋮⋮よりに
アニソン大音量と周りの冷ややかな視線から逃れる為に、相手の確
ななななんという事でしょう
!?
?
405
!
!?
×
﹁﹂
⋮⋮⋮⋮いやまじであのアホなにやってんだよ⋮⋮
そして相手は男関係じゃなくて三浦先輩かよ⋮⋮アイツ一体どこ
って智子から紗弥加にSOSが入ったみたいで
に向かってんだよ⋮⋮
﹃だから、助けてー
それからわたしと香織にも連絡したんだけど、香織には繋がんな
﹁あー⋮⋮っと、どしよっかなー⋮⋮
﹄
どこに居んの
﹄
ちょ、ちょっとだけ無理かも
﹃そっかー。今お出掛け中だもんねー。で
答えられるワケ無いじゃん
?
﹂
疑われてんの
場所まで聞いてきますかね
疑ってんの
!
﹁や、やー、ほらっ、その⋮⋮ね
なに
?
ちょっと私猜疑心強すぎじゃね
!?
!?
なにか気付いたの
﹃⋮⋮⋮⋮あー﹄
なんなの
?
なー⋮⋮﹂
?
?
方なく行くけど、香織はどうするー
だけど、なんか智子が死んじゃいそうだって嘆いてるからわたしは仕
いい迷惑だよねー。ぶっちゃけ超めんどくさいから行きたくないん
﹃で、一応わたしが掛けてみたら繋がったってわけ。マジ恵理ちゃん
ずっと繋がらなければ良かったのに。
あ、そっか⋮⋮今ここ超混んでるから電波状況が悪いんだ。いっそ
かったみたいだよ﹄
ね
!
!?
だかメイト
みたいな名前のヤツ﹄
﹃分かった、アレでしょー。なんかキモい名前の店⋮⋮なんかアニメ
!?
?
!?
!?
?
ねぇぞ小娘
乗らないワケにはいかないのだっ
ないのである。
血涙を流し唇を噛み締めながらも肯定するしか私の生き残る道は
!
⋮⋮と、若干キレそうになりながらも、今はこのビッグウェーブに
!
406
?
おいこら我らがアニメイトさんを名前からしてディスってんじゃ
?
﹁⋮⋮あ、あー⋮⋮ま、まぁそんなとこ⋮﹂
あと20分程で、水と光のスペクタクルショー、
[∼♪本日は東京ディスティニーシーにご来園頂きまして誠にあり
がとうございます
﹃⋮⋮﹄
﹁⋮⋮﹂
﹃⋮⋮﹄
﹁⋮⋮﹂
声低っく
引くくらいに声低っく
﹂
な、なに言ってんのなに言ってんの
⋮⋮やっちまったぁぁぁ
⋮⋮テレビ見てたら聞
﹄
だったら最初から家族でシーに来てる
﹂
!
まずいまずいまずい⋮⋮
だからこれはねっ
くらいにしときゃ良かったよっ
﹁いやいやいや
!?
んだー
!! !
﹃⋮⋮あー、テレビかー。⋮⋮今って出先じゃ無かったっけー⋮⋮
こえてきただけなんだけど
﹁へ、へ
!
ポットの園内アナウンスが聞こえてきた気がするんだけどー⋮⋮﹄
﹃⋮⋮あ、あれ∼
⋮⋮なーんか今さー、千葉の超メジャーデートス
ファンダジアミュージッ⋮⋮⋮⋮]
!
?
⋮⋮って悪りぃ、電話中
ティーパック渡されるだけで数百円とかぼったくりだろ⋮⋮って事
でココアにしといたんだけど良かったか
﹃⋮⋮﹄
﹁⋮⋮﹂
だったか。ちょっとまだあっち行ってるわ﹂
?
比企谷先輩のまさかのディスティニー商法のディスり発言からど
それとも数時間
れくらいの沈黙が流れたことだろう。
ほんの数秒
?
気ーな、天使のような声だった。
るいろはの次の一言は、とっても明っかるーく、とってもとっても元
まるで永遠とも思えるような苦しくて残酷な時間の終わりを告げ
?
407
!?
!
﹁おーい家堀。なんか紅茶はティーパックのヤツしか無くて、熱湯と
!
?
!?
!?
!
﹃かーおりちゃんっ﹄
﹁⋮⋮はい﹂
﹃明日ってさ、もちろん暇だよねー
﹁⋮⋮はい﹂
♪﹄
さー、〝ちゃんと居て〟よね
なんだかわたし急に香織と二人
たっぷりガールズトークしようねー
で女子会やりたくなっちゃった♪明日朝イチで香織んちに行くから
?
でもおかしいな。その素敵なショーは、私が想像していたよ
たのだ。
やったねたえちゃん
豆知識が増えるよ
!
りも、ずっとキラキラと輝いて、ずっとずっと幻想的に私の瞳に映っ
あれ
いう他は言葉が無かった。
たくさんの光や花火が水面に美しく照らされて、それはもう見事と
夢のようなショーだった。
がら見た水上ナイトショーは、壮大なBGMと光が織り成す、まるで
そのあと、比企谷先輩の袖を握りしめ、あったかいココアを飲みな
?
人生の春の終わりを覚悟した涙で滲んだ瞳で見ると、水上ナイト
!
ショーは通常よりもずっとキラキラ輝いて見えるんだってさっ︵白
目︶
終わり⋮⋮
?
408
?
ラノベの香りは私を運命の航海へといざなう︻家に着
超楽しかったですねー♪やっぱ夜景のセンターオブジマウ
くまでが遠足編︼
﹁いやー
ンテンとか超綺麗だったしっ﹂
﹁だな。⋮⋮ったく、今日はどうなる事かと思ってたけど、なんだかん
だ言って意外と楽しんじまったわ﹂
﹁えへへ∼っ﹂
シーの閉園時間までたっぷりと楽しんだ私達は、ディスティニーリ
ゾートラインを降りてから舞浜駅までの道のりを、今日の思い出話で
盛り上がっていた。
ふふふ、おやおや比企谷君。珍しくなかなか素直じゃないかねっ
でも私はそんな比企谷先輩の何十倍も楽しかったんですよっ
!
だー
う男女とか、これもう完全にラブラブカップル成立じゃないですかや
ふひっ⋮⋮ディスティニー帰りにちょっと照れた笑顔で微笑み合
あーりませんかっ♪
みっぱなしのコートの袖の先にある笑顔だけに集中しとこうじゃ
ておくとして︵完全に憶えてるじゃないですか︶、今は右手にずっと掴
そんな不毛な遠い過去の記憶など、とりあえず明日の朝までは忘れ
ワワワワタシナンニモオボエテマセーン。
けども。
夜の水上ショー辺りの一部記憶だけがなぜだか欠落しております
?
なる⋮⋮
もうこんな奇跡なんて起きようもない現実を考えると、このまま二
人でどっか遠くに行っちゃいたいのにな⋮⋮って衝動にも駆られる
409
!
││ホントはもうこれで帰りなんだと思うと、胸がギュッと苦しく
!
んだよね。
⋮⋮もう、休日にこうやって一緒に居られることなんて無いんだろ
うなぁ⋮⋮
まだこの奇跡の一日は終
そんな切ない想いを吹き飛ばすかのように、袖をギュッとギュッと
強く握りなおす。
なにを弱気になっちゃってんのよ香織
わって無いじゃん。
もうちょっとだけ楽しもうぜっ
だって⋮⋮遠足はうちに着くまでが遠足なんだから。
!
﹂
﹁なん⋮⋮だと⋮⋮
﹁嘘⋮⋮だろ⋮⋮
﹂
が⋮⋮こ、これはっ⋮⋮
に扱き使いながらも、なんとか改札を抜けてホームへと上がったのだ
そんな、最近は過労気味で過労死寸前な乙女心をワンマン社長ばり
!
めっちゃ混んでる∼∼∼
只でさえ土曜ディスティニーで超混んでるのに、
くぎゅぅ∼⋮⋮やべぇ、つ、潰されるぅ∼
⋮⋮
閉園直後にそのゲストが一気にひとつの駅に押し寄せるんだもん
そりゃそうかっ
!
よりも嫌う比企谷先輩には拷問だなこりゃ。
そして事件は起きた。
人波にもみくちゃにされながら、まるで人生のようにその流れに身
を任せていたそんな時、ずっと頑張って離さないようにしていた愛し
離したくないよ
離れたくないっ
!
い袖から手がスルリと抜けてしまったのだ。
││やだっ
!
へと手を伸ばして、縋るように手を彷徨わせる。
なんも見えないけど、私は必死に比企谷先輩の手があるであろう方
!
410
?
私達はその光景に戦慄した。
?
!
これはもう年末のアメ横レベル。統率の取れていない人混みを何
!
!
ギュッっっっ
⋮⋮ん
なんか良く分かんないまま、掴んだソレの方へと身を近付けた。
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
ひぃぃぃやぁぁぁぁぁぁっ
とかって鉄板ネタが
手を繋いじゃってますよ私ぃぃっ
どこのおっさん
手をぉ
!!!!!
⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮っ
て、ててててててっ
その手の先を見ると、誰
!?
!
!
!
﹁⋮⋮﹂
﹁は、はわわわっ⋮⋮
×
﹂
﹂
!
あれぇっ
手、手が離れてくれない
!?
てるんじゃっ
ちょっとドッキドキっ
テヘッ♪
で良く良く見ると、なんのことはない、私
が無意識にギュギュギュッと力強く握ってました
!
!
!?
も、もしかして実は比企谷先輩が離したくなくて手をギュッと握っ
!?
慌てて離そうとブンブンと手を振ってみたんだけど、あ、あれぇっ
﹁す、すみましぇんっ
がれた手を見て真っ赤になっていた。
比企谷先輩に視線を向けると、なんとも困惑したかのようにその繋
ど、どさくさに紛れて手を繋いでしまった。
!
×
ンゲフン⋮⋮夢にまでみた比企谷先輩の手だったのです⋮⋮⋮⋮っ。
待っていてくれるワケでもなく、それはもう紛うことなき愛しのゲフ
?
!
なんか掴めたんだけど、触感が布じゃなくってなんだか肉々しいぞ
?
アレ
!
×
411
?
?
!?
いやいやテヘじゃねぇよ。
頭では離そうと思ってんのに、なに身体だけが勝手に反応しちゃっ
てんのよ。
身体だけが勝手に反応って、なんだかちょっぴりエロチック☆
離したくても離せない手にあまりにも気恥ずかしくなってしまい、
私は比企谷先輩と向かい合って手を繋いだまま俯いてしまう。
人混み凄かったもん
やばいよやばいよっ⋮⋮比企谷先輩に変な子だって思われちゃう
⋮⋮えっと、大丈夫だったか⋮⋮
よ手遅れでしたねうふふ。
﹁か、家堀
な﹂
すもんっ⋮⋮
でもでも仕方ないじゃないですかぁ⋮⋮手が離れてくれないんで
で、ですよねー⋮⋮
顔がカァッと燃え上がる。
﹁⋮⋮そうか⋮⋮で、その、アレだ⋮⋮。て、手なんだが⋮⋮﹂
﹁⋮⋮⋮⋮はい。あ、ありがとうございます。大丈夫、です⋮⋮﹂
?
?
こんな混んでるトコで、また今さっきみた
?
恥ずかしーーー
恥ずかしよぅっ
⋮⋮ちゅ、繋いでても⋮⋮い、いいですかねっ⋮⋮
ぎゃあっ
!
﹂
!?
もうダメだよ⋮⋮死んじゃいそうだよ⋮⋮
だだだだって離れないんですもん離れないんですもん
!!
でいる事を認めてくれた。
ま、マジか⋮⋮このまま繋いでていいのん⋮⋮
?
しで﹁まぁ⋮⋮この様子じゃしゃあねぇな⋮⋮﹂と、手を繋いだまま
そうお願いすると、対する比企谷先輩もお得意の照れ隠しの頭がしが
今や誠に遺憾ながらお得意となってしまったウルウル上目遣いで
!
いにはぐれそうになっちゃうの恐いんで⋮⋮しばらくっ⋮⋮そのっ
すかっ⋮⋮んで、ですね
﹁そ、そのぉ⋮⋮ですね⋮⋮ ココ、め、めっちゃ混んでるじゃないで
!
412
?
!
初めて繋いだ比企谷先輩の手は、思ってたよりもずっとがっしりし
ていて、ああ、やっぱ男の子なんだなぁ⋮⋮って思ってしまう。
繋いだ手の温もりは半端なくって、私同様に熱を持ってしまってる
んだなってよく解る。
いつか元カレと繋いだ手は違和感たっぷりで、異性と手を繋いで歩
くのなんてこんなもんなんだなぁ⋮⋮ってガッカリしたんだけど、今
の私の手は違和感どころか、もうこのまま指先からとろけ始めて、比
っ て く ら い に。
って主張してくるくらいにあまりに自
企谷先輩の手とフュージョンしちゃうんじゃない
手が私の居場所はここだよ
かのように私が言うと、右手を顔に向けてパタパタしながら、比企谷
二人の手汗まみれでベタベタになったまま繋いでる手を誤魔化す
﹁お、おう。マジであちーな⋮⋮﹂
ましたねっ⋮⋮﹂
﹁あはは⋮⋮めっちゃ混んでるせいで、なんだか暑くなってきちゃい
然。
?
さらに混んできたホームで電車の到着を待っていると、人に押され
て身動きが取れないままに私は比企谷先輩の腕に抱きつくような格
好になってしまっている。
もちろん手を離すワケは無いから、右手は繋いだままで、左手を比
企谷先輩の腕に絡めるように抱きついてしまい、えーっと⋮⋮その
⋮⋮なんていいますか⋮⋮
比企谷先輩ってば超ラッキーじゃな
む、胸を思いっきり腕に押し付けちゃってる状態なんですよね⋮⋮
それはもう超むにっと⋮⋮
なにこの逆ラッキースケベ
いですかぁ
!
などと言ってる余裕も無く、この完全に押し潰れちゃってる胸から
!
413
?
先輩も恥ずかしさによる暑さを誤魔化していた。
×
×
ぐぅ⋮⋮こ、これはどうしたもんか⋮⋮
×
私の半端ない鼓動が伝わっちゃうんじゃないかって心配になるレベ
ル。
比企谷先輩はというと、さっきから一切微動だにしない。もう石
像。超石像。
っ
﹂とかって脳内で絶対慌ててそう。やべー超可
少しでも動くと、﹁やべぇ⋮⋮腕で胸の感触楽しんでんじゃね
て思われちゃうぅぅ
こ、混んでるから、人に押されただけなんですからね
芽生えてしまった。
そしてチラッと赤くなった耳が見えた瞬間、ちょっとだけ悪戯心が
愛い☆
?
された風にほんの少しだけ動いてみる。
むにっ。
ち ょ、ち ょ っ と あ ん ま り 押 さ な い で よ
それなのに胸が
!
もっと動いてみる。
むにっ、むにゅっ。
っ て い う 空 気 を 纏 っ て、
背けっぱなしの顔をバレないように覗きこみながら、後ろの人に押
!?
⋮⋮比企谷先輩が見る見る真っ赤になっていく
ぽを向いてる
当たってるなんて全然気付いてないけど
ってフリしてずっとそっ
より一層固まってるけど、顔も耳も超真っ赤っ赤
や∼ん
!!
く。
ふへへへっ⋮⋮ど、どうかね
比企谷君っ。
そして私はクレヨンな園児ばりに、にへらぁ∼って顔になってい
?
よりは私ずっとあるんですよ
メロンヶ浜先輩とは比べるべくもないけど、絶壁ノ下先輩や並はす
?
はい。傍から見なくても完全に痴女ですね。
けど私。
⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮ ど う し よ う。傍 か ら 見 た ら 完 全 に 痴 女 な ん で す
!?
414
!
やばいよこの人可愛いよぉ⋮⋮
!
!
!
こんなこと、比企谷先輩にしかしないんだから
わ、私のこの清らかなる胸を男に触れさせたのなんてこれが初めて
なんだからね
ってちゃんと報告したいです︵遠い目︶
ブコメの神様っ⋮⋮
ちょ⋮⋮マジかよ
帰るだけでどんだけイベント満載なんだよラ
などとポエマーぶっている場合ではなかった。
れていくようで、なんともいえない物悲しさを誘う⋮⋮
徐々に車窓から遠ざかっていく夢の国は、まるで現実へと引き戻さ
│││ディスティニーの帰り道はなんだかいつも寂しくなる。
た。
うやく到着した電車に乗り込む。乗り込むというよりは流し込まれ
そんなこんなで混雑する退屈な待ち時間を密かに楽しみながら、よ
!
になって守ってくれている。
つまり⋮⋮か、壁ドン状態⋮⋮
︻雑誌のインタビュー記事より抜粋││
少女マンガですかー
︵笑︶
いや∼、全然読まないです
そして、押し寄せる乗客達に私が潰されないように比企谷先輩が壁
た私。
他の乗客に車内へと流されていく中、自然とドア側へと追いやられ
うちに着くまでが遠足どころか、帰り道がメインイベントかよ。
! !?
だってあんなの有り得なくないですかぁ
かおりん﹁え
よぉ
?
あと壁ドンっ︵笑︶
て、とぉってもお花畑で幸せそうで羨ましいっていうかぁ
││週刊脳内文春より︼
﹂
?
415
!?
イケメンが常に花背負ってるとか草生えちゃいますよね
?
?
あんなもんに憧れちゃってる少女マンガ脳なスイーツ︵笑︶女子っ
!
!
ビバ壁ドン
⋮⋮⋮⋮⋮⋮少女マンガさんサーセン。
壁ドン万歳
!!
なにか
し、しかしっ⋮⋮近い近い近いっ
これもうキス出来ちゃうレベル
私を守ってくれてる比企谷先輩の背後には花が咲き乱れてますが
!
頑張ってくれてる比企谷先輩に、お礼のキスをしちゃおうかしら
いやんそれお礼じゃなくて単なる私の欲望でしたっ
え
なにを
もう我慢なんて出来ませんよ旦那
まだキスを我慢しろって
!?
無理無理無理
私からじゃなくて比企谷先輩からしたいのか
!
!?
﹁す、すまんな家堀⋮⋮ちょっとだけ我慢しててくれ⋮⋮﹂
私に比企谷先輩が一言。
あまりに近すぎる顔に真っ赤になってあわあわしていると、そんな
!
?
ぐぅぅっ⋮⋮と低い唸り声をあげて、私が潰されちゃわないように
!
?
それともあれかな
な
?
!
!?
目を閉じて待ちキス状態。
ああっ⋮⋮私のファーストキスは満員の電車内かぁ⋮⋮な、なんだ
ばっちこーい
かとっても背☆徳☆感っ。
よーぅし
!
け我慢しててくれ⋮⋮﹂
⋮⋮メダパニが解けて次第に冷静になっていく私。
さっきのはキス待ち顔だっただなんて⋮⋮
比企谷先輩ごめんなさい⋮⋮キモいどころか超素敵なんです⋮⋮
でも言えないです
!
﹁いや⋮⋮直視出来ないくらいキモくてスマンな⋮⋮もうちょっとだ
企谷先輩が苦々しい顔をしていた。
⋮⋮⋮⋮一向にやってこない唇に片目だけ薄目を開けてみると、比
!
!
416
!
もう完全に血迷って目がぐるぐるになっている私は、ついにスッと
?
それを言えずにあなたに苦い顔をさせてしまっている情けない私を
許してね。
⋮⋮お願いっ⋮⋮誰か私を深い深い穴に埋めてください⋮⋮
そして私は呟くのでした。
﹁⋮⋮⋮⋮全然問題ないです⋮⋮﹂
×
いている。
!
げに見てるんだよねー。
﹄
ウフフ、そんなに幸せそうで素敵なカップルに見えるのかしらっ
﹄
﹃えーっと⋮⋮家堀、帰りどうする
﹃どうするって
?
ま、マジですか⋮⋮
てもいいんだけど⋮⋮﹄
﹃え
﹄
⋮⋮その、送って頂けるのならと
﹃おう⋮⋮いや、でもアレじゃねぇか
滅相もないです
やめとくって話なんだが﹄
﹃いやいやいや
!
﹄
いえいえ、何でもないれすっ⋮⋮⋮⋮えへへ、女の
﹃そうか。んじゃ送ってくわ﹄
あ
!
子に親切なそういうトコも妹さんに調教されたんですかっ
﹃やった⋮⋮
?
?
ても嬉しっ⋮⋮た、助かります﹄
!
まぁこんな感じで家まで送って貰える事になったのだ。
?
!
家知られんのキモいとかなら
﹃あー、結構遅くなっちまったから、お前さえアレなら家まで送ってっ
?
?
なんだか通り過ぎる道行く人達も、そんな私達をとっても微笑まし
やっばい幸せ
めちゃくちゃ寒いのに超あったかい♪
私は駅から家まで10分ほどの距離を、比企谷先輩と手を繋いで歩
等間隔に設置された電灯だけが照らす真っ暗な帰り道。
×
﹃うっせ。ほっとけ﹄
と
!
417
×
!?
駅のホームでずっと手を繋ぎながらこんな会話をしてる私達に、あ
の時も周りの人達はすっごい微笑ましい笑顔を向けてくれてたっけ
な。
なにこれ
いつまで手ぇ繋いでんの
﹂っていう空気はビン
いやぁ⋮⋮もちろん電車が空いてきた辺りから、口には出さないけ
ど﹁え
ビンに感じてたんですよ
?
りで気付かないフリして頑張っちゃいましたよっ
急きょのお出掛けになっちゃいましたし無理矢理連れて行っちゃ
﹁あの⋮⋮比企谷先輩。今日はホントにありがとうございました⋮⋮
!
もうそんな訝しげな視線も空気も、冷や汗かきかき視線逸らしまく
そんなの離すワケ無いじゃないですかー
?
?
?
?
いましたけど、その⋮⋮⋮⋮めっちゃ楽しかったですっ﹂
﹁おう、そうか。まぁその、なんだ⋮⋮俺もなかなか悪く無かったわ﹂
ふふっ、まったくこの人は
それって比企谷先輩のデート終了時の定型文かなんかなのっ
事みたいだ。
あんなに楽しかったほんの一瞬前までが、すでに遠い遠い昔の出来
﹁⋮⋮はい﹂
﹁そうか﹂
駅から家までって、こんなに近かったっけ。
の前まで到着してしまっていた。
幸せで顔を綻ばせながらとことこと歩いていると、いつの間にか家
﹁⋮⋮⋮⋮あ⋮⋮その、そこ⋮⋮家です⋮⋮﹂
しくって仕方がない。
でもこの噂の捻デレってヤツも、今ではなんだか可愛くっていとお
発する比企谷先輩は、なんだか前にも見た気がするな∼。
照れくさそうに頭をガシガシ掻きながら、そんな捻くれたセリフを
?
!
むしろここまでの奇跡を神様に感謝しなく
そっかぁ、楽しければ楽しかった程、お別れってこんなにも辛いん
だなぁ⋮⋮
で も ま ぁ 仕 方 な い
!
418
!
ちゃいけないよね。
Oh My God
それ嘆いてね
なんだよこれ。
門の前まで到着すると、名残惜しいと悲鳴をあげる右手をそっと離
す。
あ⋮⋮れ
手って、繋いでないとこんなに違和感なの⋮⋮
あ、あはははは﹂
な、なんでも無いですよっ
しまった右手を、ただ呆然と見つめてしまった。
家堀﹂
⋮⋮あ、や、やー
﹁ど、どうした
﹁っへ
なに
!?
俺の手汗のせいで夜風で急激に冷やされてるって事
﹂
当て付けかなにか
ホンっトこの人はムードもへったくれも無いんだから
﹁⋮⋮んなワケないでしょ﹂
に対してのクレームかなにか
﹁⋮⋮え
ちょっと急に手が冷えちゃったなぁって⋮⋮
!
?
?
そもそも手汗なら私も同等にかいてますけど
?
ぷっ
⋮⋮た、ただ
あまりの違和感に驚きを隠しきれない。私は、独りぼっちになって
?
?
﹄
比企谷先輩っ﹂
済むからいっかな
﹁あのっ
﹂
!
てあったまれよ﹂
﹁おう。今日は随分と冷えたから、風邪ひかないように早く風呂入っ
んでくれた。
そうやって元気にペコリと頭を下げると、比企谷先輩は優しく微笑
﹁わざわざ送って頂いてありがとうございましたっ﹂
単なるお礼だった。
そんな本音を覆い隠すように、私から出た言葉はなんてことは無い
﹃次はいつ会えますか
﹁ん
?
⋮⋮でもまぁおかげで辛い別れも、あんまりシリアスにならないで
ですか
!
?
?
!
?
!
?
419
?
!
!?
?
私は子供かよっ
とか思いながらも、そんな優しい言葉が何気なく
﹂
俺またなんかやっちまったの
なんか今笑うとこだった⋮⋮
まった。
﹁え
なに
?
﹁あはは、いやいや、やっぱよーく調教されてんなぁっと
﹂
﹁⋮⋮うっせ。ほっとけ⋮⋮んじゃあ帰るわ、またな﹂
﹁
﹂
って顔で、目が徐々に淀んで
出てくるこの男のナチュラルな女ったらしっぷりに、思わず笑ってし
!
いくこの人に、私は笑いながら声を掛ける。
?
?
えへへ∼、ではまたっ﹂
カしちゃった
!
﹁たっだいまー﹂
×
よ
﹂
あんた何の連絡もしないでどこほっつき歩いてたの
遅くなるなら遅くなるで、ちゃんと連絡しなさっ⋮⋮⋮⋮
!
な、なに
﹂
?
しばらく固まっていたお母さんは、次第にニヤニヤしてきた。
﹁⋮⋮へ
見るなり固まってしまった。
不機嫌そうにドカドカと玄関まで歩いてきたお母さんは、私の顔を
?
﹁ちょっと香織
がブツブツと文句を言いながら出迎えてくれた。
玄関を開けてただいまの挨拶をすると、キッチンの奥からお母さん
×
も、そして置いてけぼりになっちゃったこの右手も、少しだけポカポ
やっぱりちょっと切ないし物悲しいけど、最後の﹃またな﹄で、心
り続けた。
比企谷先輩の背中が見えなくなるまで、ずっと右手をブンブンと振
﹁はいっ
私はその事実に、思いっきり破顔してしまう。
と⋮⋮
比企谷先輩が⋮⋮再会の約束の挨拶を自らしてきてくれた⋮⋮だ
!
?
?
!
?
420
!?
×
!?
﹂
あー、成る程ね∼
そういうことかー﹂
いやちょっと待て、なんでそこでニヤつくんだよ。
もう香織ったら
いやだからなにが⋮⋮
﹁あら∼
﹁は
!
﹂
例の先輩でしょ
最近お母さんさぁ、﹁あれ
てるから∼。アレでしょ
﹁にゃっ
﹁良かったぁ
!
﹂
私が産んだのって女の子
!?
?
﹂って心配してたくらいだったのよー。あまりにも
?
∼﹂
グレてやろうかしら。
⋮⋮酷い言われようである。
私だって泣くときは泣くよ
﹂
﹁でも今度からデートならデートって先に言いなさいね
配かけちゃダメよ
⋮⋮デ、デートとかじゃ無いしっ⋮⋮そ、それにちょっとしたア
?
?
しゃーないわねぇ、今回だけは大目に見てやりましょ
?
﹂とか苦しげに言っ
?
私ってば帰宅早々デートだってバレるくらいにだらしなく
││な、なんでデートだってバレた⋮⋮
なに
?
上りながら今起きた事態に考えを巡らせる。
私は心の中でお父さんただいまと声を掛け、自室へと伸びる階段を
あ、お父さん居たのねん。
てる男の人の声がしますね。
リビングの方からは﹁デ、デート⋮⋮だと⋮⋮
なんか﹁お赤飯炊かなくっちゃ∼♪﹂とかなんとか言ってますね。
我がママン。
パチリとウインクをかましてルンルンでキッチンへと戻っていく
うかねっ﹂
のかしらぁ∼
﹁まぁ舞い上がり過ぎて連絡を忘れる程に楽しんじゃったってコトな
⋮⋮でも連絡入れるの忘れててごめんなさい⋮⋮﹂
クシデントで急きょ出掛ける事になっちゃっただけだから⋮⋮うー
﹁っ
?
さすがに心
女っぽさを捨て過ぎてて。やー、私の記憶違いじゃなくて良かったわ
だったわよね
!
!?
﹁うふふ、みな迄言うではないよ香織さん。お母さんちゃんと分かっ
?
!
!?
!?
421
?
!
私どんだけ情けない顔してんのよ
緩んだ顔をしてたの⋮⋮
なにそれ恥ずかしい
!
?
と姿見に映りこんだ我が姿を見て、私は愕然と力なく崩れ落ち
うぉ∼いっ
はっ
駅のホームを含めて、今日はやけに微笑ましげに
顔どころか全身緩みっぱなしのご帰宅じゃねぇかよ
⋮⋮⋮⋮カ、カチューシャ着けたままじゃねぇかぁっ⋮⋮⋮⋮
たのだった。
ねー
自室の扉を開けて、さて、一体どんだけ緩んだ顔をしてるんですか
身に襲い掛かるッ
イギリスの詩人が過去に残した言葉。この名文句が、今まさに私の
││事実は小説より奇なり。
はもっともっと厳しかったでござる。
想像しただけで顔が熱くなって仕方ない程の羞恥だったのに、現実
!
見られてんなと思ってたら、素敵なカップルを見てる眼差しじゃな
くって、単なるディスティニー帰りの浮かれたバカップルを見る嘲笑
の眼差しだったのかぁぁぁ
よ い 子 の み ん な っ
浮かれすぎたディスティニーではカチュー
ぐふっ⋮⋮ただのしかばねに私はなりたい⋮⋮
!
シャorファンキャップを着けてる事が自然になりすぎちゃって、つ
?
いつい外すの忘れちゃいがちになっちゃうから、帰り道は頭上に気を
つけてねっ☆
×
×
422
!
!?
!
!
?
いやぁぁぁぁぁ
!!?
!
×
カチューシャを優しくベッドに叩きつけてから悶えること数十分。
ここで私はある重大な事実に気付いてしまう。
⋮⋮ ひ、比 企 谷 先 輩、今 も カ チ ュ ー シ ャ 付 け っ 放 し で 一 人 で 電 車
乗ってんじゃね⋮⋮
いひ
!
⋮⋮⋮⋮⋮ぶっ
﹂
﹁くっくっくっ⋮⋮ふっ⋮⋮ふふふ⋮⋮あははははっ
ひひひひひっ
ベッドを転げ回って大爆笑
っひぃ
比 企 谷 先 輩 の 顔 を 思 い 浮 か べ て し ま い、申 し 訳 な い ん だ け ど
私はそのあまりのシュールなヴィジョンと、それに気が付いた時の
?
で、でもゴメンなさい比企谷先輩っ
ぶはっ
!
!
帯番号、し、知らないんですぅっ⋮⋮ぐひっ
!
これは早急に連絡先を交換しなくては
!
!
不幸を知らせるお知らせって、見ないなら見ないで永遠に気になっ
私はそっとスマホをベッドの端っこに置いたのだが、あれですよね
メールを見るだなんて、そんな精神ポイントは残ってませんから⋮⋮
いや、もう無理ですよ⋮⋮今日は色々ありすぎて、今いろはからの
スマホのディスプレイを見ると、そこには一色いろはの文字が⋮⋮
どその時、不意にスマホが震えた。どうやらメールが届いたようだ。
と、そんな時だった。スマホを眺めながら決意を固めていたちょう
未だニヤニヤしながら、私は新たなる野望を決意するのでしたっ
よし
!
!
!
わ、私、早く報告してあげたくてもっ⋮⋮あ、あなたの携
ぶほっ
!
!
て、永遠にモヤモヤしちゃいますよね。
それはそれで精神衛生上とても宜しくないので、本当に恐る恐る、
本当に嫌々メールを開いてみた。
423
!
?
[こんばんやっはろー香織っ︵*
∀`*︶
!!
結衣先輩が﹁なにそれあたし聞いてないし
ちゃって、どういうことか各方面に聞いてみたのね
そしたらさー
?
﹂って
えっとさー、明日の事なんだけどー、わたしどうしても気になっ
´
⋮⋮⋮⋮
たのに、明日また比企谷先輩に会えるんだっ⋮⋮
比企谷先輩に会える
⋮⋮しかも比企谷先輩が私の部屋に入るんだ
明日確実に行われるパーティー︵血みどろの処刑︶よりも、明日も
!!
│││││もう休日に会うことなんて早々無いだろうって思って
らも、心の奥底ではこんな事を考えている私が居たのです。
鹿のように足元がプルプルと震え、白目を剥いて意識を失いかけなが
どうせ出来るわけのない現実逃避を思い浮かべて、生まれたての小
こういう時は北に向かうのが定番かしらね。
さてと、荷物をまとめておきますかね。
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂
ティーになっちゃったのでよろしくでーす♪]
息巻いてるらしいからさー、明日の女子会は中止で、五人でのパー
なんか雪ノ下先輩が首根っこ捕まえてでも先輩も連れてくるって
明日なんだけどぉ、朝から香織んちに集合になっちゃった
テヘ☆
超反応しちゃってすぐに雪ノ下先輩に電話しちゃったみたいでね
!
って事の方が優先順位が上に来てしまっている、今日も明日も懲り
!
ちっくしょー⋮⋮⋮⋮
424
!?
!
?
ない家堀香織なのでした∼っ☆
!
﹁好きだぁぁぁぁぁっ
タケヲ︵三回目︶
﹂
425
おわりっ
!
めぐり愛、空 Ⅱ
午前中の退屈な講義を終えて、私は学食へと向かって歩いている。
うぅ∼、ダメダメっ
退屈な講義だなんて、そんな風に思っちゃったらダメじゃない
私はいつからこんなに不真面目になっちゃったんだろうなぁ⋮⋮
確かに大学に入ってからの私は、毎日の生活に正直ずっと物足りな
さを感じてはいた。
│││あの頃は良かった│││そんな、昔を懐かしんで現在を否定
するような嫌な言葉を、自分で言うことになるだなんて思わなかった
ほどに。
でも、それでもここまで気が抜けていたわけではない。だって、ほ
んの二ヶ月弱前までは、それなりに毎日をこなしていたはずだから。
だったらなんでこんなにまで気が抜けちゃっているのか⋮⋮⋮⋮
それは⋮⋮
﹁はぁ⋮⋮明日も雨かぁ⋮⋮﹂
それはこの梅雨空が、ここ最近の土日を毎週のように雨模様にして
しまっているから⋮⋮
│││私は、私、城廻めぐりは、五月から雨が嫌いになった。
元々雨の降る休日って結構好きだった。温かい紅茶を傾け、たまに
雨の降る窓の外の景色を眺めたり雨音をBGMにしながらのお部屋
での読書は、この上なく贅沢に感じられたから。
でも今はとても嫌い。だって、あの日と同じようなあの澄み渡った
青空が広がってくれなければ、彼とは廻り合えないのだから。
426
!
!
そこの可愛い彼女∼っ、一緒にランチしようぜぇ∼﹂
×
﹁へーい
×
!
×
そんな、朝からシトシト雨が降り続く金曜日。どんよりとした空と
同じようにどんよりとしながらとぼとぼと歩いていた私は、急に肩を
はるさん﹂
一緒にごはん食∼べよっ♪﹂
叩かれてそう声を掛けられた。
﹁あ∼
﹁やっほー、めぐりー
はるさんこと雪ノ下陽乃さんは、私が高校生の時の二つ上の先輩。
とっても尊敬している大好きな先輩なんだけど、有り難い事に私も
そんなはるさんに気に入って貰えてるみたいで、大学は違うのに、暇
﹂
な時なんかはこうやって遊びに来てくれたりと、何かと気に掛けてく
れている。
﹁はいっ。喜んでっ﹂
﹁よし、んじゃあ行こっか
ちょっとお高いイタリアンカフェへと行くことになった。
食 じ ゃ や だ な ー﹂っ て タ イ プ だ か ら、今 日 も 学 外 に あ る 良 く 行 く
はるさんが学食に居ると目立っちゃうし、はるさん自身が﹁えー、学
に行くのがいつもの流れ。
さんが遊びにきてくれた日なんかは、学外に出て美味しいランチをし
普段なら仲良くしてるお友達と学食に行くんだけど、こうしてはる
!
!
おっと、学食で待ってくれているであろうお友達にお断わりのメー
ルをいれておかなければっ
×
×
を始めた。
ちょっとしたランチコースもあるんだけど、私はいつもアラカルト
でラザニアを頼んでる。
ここはデザートも美味しいからコースでもいいんだけど、デザート
はここからの帰り道の途中にある鯛焼き屋さんに決めてるんだよ
ねっ。
はるさんも注文を終えて、ウェイターさんが席から離れると、いつ
427
!
!
大学から歩いて20分ほどのカフェに到着すると、私達は早速注文
×
大学生活は順調にいってる
﹂
ものように近況報告だったり雑談だったりと、まったりとしたガール
ズトークが始まる。
﹁めぐりー、最近はどうなの
順調は順調ですよー﹂
?
突いてきた。
だからわたしはついにめぐりにも春が来
﹁なんかここんとこ、んー⋮⋮ここ二ヶ月くらい
き生きしてなかったっけ
﹂
たのかなー、なんて思ってたんだけど﹂
﹁ごぼっっ
危うくお水を噴いちゃうトコだったよー
あ、危なっ⋮⋮
?
⋮⋮ちち、違いますよっ
べ、別に春なんて来て
いやー、あのめぐりも遂
やっぱりそうなんだぁ
﹂
﹁ごほっ⋮⋮ごほっ
にかぁ
﹁⋮⋮おやおやぁ
!
ないですっ⋮⋮﹂
めぐりって結構生
でも、はるさんはそんな可愛らしい動作で、ちょっと痛いトコロを
るさんはやっぱりすごいなぁ。
こんな何気ない動作まで、周りのお客さん達の視線を集めちゃうは
するとはるさんは首をかしげてキョトンとする。
ては、大学なんて退屈かもね。⋮⋮でもさ⋮⋮﹂
﹁ふふっ、確かにね。あの学校で生徒会長なんてしてためぐりにとっ
⋮⋮なんてっ⋮⋮﹂
ちゃうのは良くないとは思うんですけど⋮⋮あの頃は良かったなぁ
﹁えへへ、まぁそんなとこですかねー。⋮⋮ホントはこんな風に考え
わっ⋮⋮やっぱりはるさんにはお見通しなんだなぁ。
高校の時の方がずっと生き生きしてたもんね﹂
﹁ん、なーんか含みがあんじゃーん。やっぱ物足りないんじゃない
﹁あ、はい
?
両手を顔の横に持ってきてぶんぶん手を振ってるのに、はるさんっ
﹁ち、ちがっ⋮⋮﹂
﹁あははっ、めぐり顔真っ赤だよ。ふーん、へー、そうなんだぁ﹂
私のその慌てた態度で、はるさんはさらに楽しそうに笑う。
!
?
428
?
!
!
!
!
?
!
!
たら全然聞いてくれないっ⋮⋮
﹂
﹁あ、だからかぁ。なーんでそんなに気が抜けちゃってんのかと思っ
たら、もしかして最近うまく行ってないとか
仕方ないなぁっ⋮⋮
ら逸れる気ないでしょぉ⋮⋮
んーっ⋮⋮
﹁もう⋮⋮はるさんてば、私を馬鹿にし過ぎですよー⋮⋮﹂
だと思うけどねー♪﹂
﹁あ、そうなんだ。へぇ⋮⋮片想いねぇ。でもめぐりにしては十分春
自分の恋バナを人に話すことなんて無かったんだよね⋮⋮
私、たぶん今までちゃんと恋とかしたこと無かったから、必然的に
ひゃあっ⋮⋮ホントに恥ずかしいっ⋮⋮
かしいなぁ⋮⋮た、単なる片想いみたいな感じ⋮⋮で、すっ⋮⋮﹂
﹁ほ、ホントに春とかってワケじゃ無いんですよ
⋮⋮うぅ⋮⋮恥ず
うー⋮⋮もうはるさんてば勝手に進めないでよぉ⋮⋮このお話か
?
﹂
とっとと告ってとっととヤッちゃいなよ∼﹂
﹁ひひっ。でもめぐりだったら告っちゃえば余裕で上手く行くでしょ
うに
﹁や、ヤッちゃっ⋮⋮
か、顔が熱いよぉ⋮⋮
はるさんのバカぁっ
はうっ⋮⋮
もう∼
!
ら謝ってきた。
﹁あ は は ゴ メ ン ゴ メ ン っ。ち ょ っ と め ぐ り に は 刺 激 的 過 ぎ た か な。
⋮⋮
まぁそれは言い過ぎにしてもさ、めぐりだったら大抵の男なら余裕で
OKだろうし、早く彼氏作って大学生活に生き甲斐持ちなって
ね∼﹂
﹁もう
だからはるさんは私に信用なさすぎですよー⋮⋮﹂
あ、でもめぐりだとちょっと心配だから、わたしのお眼鏡に適ったら
!
ずっと身持ちの固かっためぐり姫の心を盗んだのはどこの
そっ⋮⋮それに、相手なんて言えないし⋮⋮
﹂
﹁んでー
誰∼
だ、だからっ、
?
429
!?
!
!
⋮⋮私が湯気を出して俯いていると、はるさんはケラケラ笑いなが
!!
!
!?
!
!
?
﹂
﹁言えないですっ⋮⋮
﹁⋮⋮え
﹂
﹂
そんなすごい勢いで言えないって言
うって事は⋮⋮もしかして、わたしの知ってる人⋮⋮
?
⋮⋮
﹁あー⋮⋮うー⋮⋮ち、違います違いますっ
﹂
!
ちょうどそのとき料理が運ばれてきた。
上がり下さいませ﹂
ゲッティーニ・トマトクリームソースになります。ごゆっくりお召し
﹁お 待 た せ 致 し ま し た。こ ち ら は ラ ザ ニ ア、こ ち ら は 渡 り 蟹 の ス パ
にはいかないのに⋮⋮
ど、どうしよう⋮⋮他の誰よりも、はるさんだけには知られるワケ
顎に手を充てて真剣な顔でブツブツと何か言っている。
かった。
私 は 必 死 に 否 定 し た ん だ け ど ⋮⋮ は る さ ん は も う 聞 い て は い な
⋮⋮⋮⋮でもわたしに言えないような⋮⋮﹂
﹁わ た し と め ぐ り の ⋮⋮⋮⋮ 共 通 の ⋮⋮⋮⋮ め ぐ り が 惚 れ る よ う な
いです
そそそそんなんじゃ無
そんな簡単な事にも気が付かなかったなんて∼⋮⋮私のバカぁ∼
それは知ってる人って事になっちゃうよねっ⋮⋮
⋮⋮しまった⋮⋮それはそうだよね⋮⋮言えないって事は、つまり
?
﹁あー、えっと⋮⋮ア、アレ⋮⋮
するとはるさんはちょっとビックリした様子で私を見つめる。
⋮⋮
てくるものだから、つい私は食い気味で答えるのを拒絶してしまった
だからなんて答えようかさっきから困ってたのに急に相手を聞い
相手がはるさんだからこそ言えるわけがない。
!
んじゃ食べよっか
﹂
はるさんは一旦思考を停止させて﹁ええ、ありがとう﹂と料理に目
をやる。
﹁よしっ
﹁は、はいっ⋮⋮﹂
?
430
?
!
!
ここの料理はいつも美味しい。
ラザニアが大好物の私の中でも、ここのお店はトップクラスだと
思ってる。
でも⋮⋮⋮⋮おかしいな⋮⋮⋮⋮今日は、味が全然分からなかった
⋮⋮
×
⋮⋮それじゃっ﹂
それだけはダメって⋮⋮反対されちゃうのかな⋮⋮
あとで否定されちゃったりするのかな⋮⋮
呆れてるのかな⋮⋮
⋮⋮はるさんは、私の事をどう思ってるんだろうか⋮⋮
ペコリと頭を下げて、私ははるさんに背を向けた。
た
﹁⋮⋮あ、そ、そうですねっ。えっと⋮⋮今日はありがとうございまし
なよー﹂
﹁あ、めぐりー、駅あっちだからわたしはここまでね。気を付けて帰ん
今日はいつものお決まりの鯛焼き屋さんにも寄らなかった。
食事を終えて、傘を差しながら大学までの道のりを並んで歩く。
つしかないんだもん。
そうな⋮⋮そしてはるさんには決して言えないような名前なんて、一
だって、私とはるさんの共通の知り合いで、私が好きになっちゃい
でもたぶんはるさんは気付いちゃったよね⋮⋮
だから、はるさんには知られたくなかったのに⋮⋮
人でもあるんだ⋮⋮
私が片想いしている相手は、はるさんの大事な妹さんの大切な想い
モソモソと食べていた。
近況なんかを楽しそうな振ってくれてたけど、私は黙って頷きながら
食事中、はるさんはもうさっきの話題には触れないように、自分の
×
とぼとぼと歩き始めた私に、後ろからパシャパシャという足音が近
?
431
×
!
付いてきた。
振り返ると、はるさんがちょっと難しい顔をして私の前に止まる。
﹁あの⋮⋮さ、めぐり﹂
﹁はい﹂
⋮⋮そっか。あとでどころか、今ここで私の想いは否定されちゃう
んだ⋮⋮
│││でも、はるさんが口にした言葉は、私にとってはとっても意
外な言葉だった。
﹁えっとさ、わたしは可愛い妹を持つお姉ちゃんだから、悪いけどめぐ
りを応援する事は出来ない。⋮⋮⋮⋮んー、でもね、わたしにとった
ら、めぐりも可愛い妹みたいなもんなんだよねー。⋮⋮だからさ、応
援はしてあげないけど、こっそり応援してあげる。ふふっ、超矛盾し
てるけど、まぁめぐりのやりたいように頑張んなっ﹂
はるさんはにぱっと笑顔になると、私の肩をパシッと叩いて﹁じゃ
中へと消えていった。
ホントは私を応援なんてしたくはないだろうはるさん。でも、はる
﹂
さんはそれでも私に頑張れって言ってくれた。
頑張るぞー、おー
⋮⋮だったら私はっ⋮⋮
﹁よーし
!
少しだけ頑張れそうな気がした
!
ふふっ、周りの人はビックリしちゃってたけど、今の気合いで私は
!
432
ねーっ﹂と駅に向かって行ってしまった。
﹂
﹂
⋮⋮はるさん⋮⋮私は⋮⋮
﹂
﹁はるさん
﹁んー
﹁⋮⋮⋮⋮私、頑張ります
!
するとはるさんは振り向きもせず、左手をひらひらさせながら雨の
!
?
×
天気予報のお姉さん
来週はそろそろ晴れさせてっ
れでも私はそれを早く聞きたい。
お願い
!
いちゃった
でも⋮⋮⋮⋮⋮⋮その祈りは、私が思っていたよりもずっと早く届
私はお姉さんに祈るように手を合わせた。
天気予報のお姉さんにお願いしたってどうなるわけでもないのに、
!
正直一週間予報の一週間先の予報なんてあてにはならないけど、そ
だから私が知りたいのはさらに来週の週末情報。
が付いていた。
一週間予報では明日の土曜日も明後日の日曜日もずっと雨マーク
テレビの目の前に張りつくと正座をして番組の進行を見守る。
その声を聞いた途端、私は文庫本をソファーに投げ出して、バッと
﹃それではお天気です﹄
流れてくる音に耳を傾ける。
知らず知らずそわそわしながら、私は本に集中出来ずにテレビから
要なBGMは音楽ではなくってテレビなのだっ。
普段なら自室で音楽をかけながら読書をするんだけど、今の私に必
ら、ソファーで本を読んでいる。
今日一日を終えて、私はリビングでなんとなくテレビを点けなが
×
!
なるでしょう
﹄
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂
やったぁぁぁっ
明後日⋮⋮晴れる⋮⋮の
やった⋮⋮
!
ホントに⋮⋮
やった⋮⋮
!
?
!
!
?
は関東はどうやら梅雨の中休みになりそうですね
貴重な晴れ間と
た太平洋高気圧で⋮⋮⋮⋮梅雨前線が⋮⋮⋮⋮と、いうわけで、日曜
﹃明後日の日曜日はずっと雨の予報⋮⋮⋮⋮どうやらこちらの発達し
!
!
433
×
私は思いっきりテレビに抱きついてから、携帯電話のある自室へと
駆け出した。
自室に戻ると急いで携帯電話をバッグから取り出して、なんてメー
ルを打とうか試行錯誤
﹁えーっと⋮⋮ひ、さ、し、ぶ、り、だ、ね、っと⋮⋮﹂
機械に弱い私は、未だにメールを打つのにも一苦労。
あーでもないこーでもないと、打っては消して打っては消しての繰
り返し。
﹁うー⋮⋮これじゃ堅すぎだよねぇ⋮⋮うわぁ⋮⋮これじゃすっごく
軽い女の子みたい∼⋮⋮﹂
ようやく納得のいく内容が完成したのは、天気予報が終わってから
軽く一時間ほど過ぎていた⋮⋮
うぅっ⋮⋮ホント私って⋮⋮
完成したメールはとってもシンプルだけど、三週間ぶりに送るメー
ルとしてはこんなもんかなっ
ここのところずっと雨だったけど、なんと
明後日の日曜日は梅雨の晴れ間なんだって︵^│^︶v
!
[比企谷くん久しぶり
?
明後日の日曜日、いつもの公園で息抜きに読書でもどうかな
?
私は比企谷くんが来られなくてもいつものベンチで読書してるか
﹂
ら、比企谷くんも来てくれたら嬉しいな♪]
﹁送信っっっ
て所がちょっぴり恥ずかしかったかもっ⋮⋮
えへへっ、返信⋮⋮来るといいな⋮⋮っ
!
!
送ってからもう一度見直してみたら、
[来てくれたら嬉しいな♪]っ
私は携帯電話を高々と上げて送信ボタンを押した。
!
﹂
約10分後、携帯電話がプルプルと震えた。
﹁早っ
!
434
!
!
受験勉強と長い雨でストレスたまってるだろうし、もし良かったら
!
比企谷くんって、メールを送っても返信がかなり遅い人だから、早
い返信は期待してなかった分すっごくビックリした
ちょうど携帯電話を弄ってたのかな
!
﹂
││││返信が来てくれる事を期待してるのに、いざ返信が来ると
いつも緊張で手が震えてしまう。
断られちゃったらやだな⋮⋮
ホントは迷惑がられてたらどうしよう⋮⋮
私は震える指先でメールを開いた⋮⋮
えっと、送信者:比企⋮⋮
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮やったぁぁぁぁぁっ
!!!
私は、もう夜中だと言うのに、一階のお母さんが心配して駆け上
がってきてしまうくらいの声で叫んでしまった。
だって、だって、これは仕方ないと思う
!
私はベッドにダイブしてから、緩み切った顔でもう一度メールの返
信を確認するのだった。
[送信者:比企谷八幡くん
本文:了解です]
続く
435
?
めぐり愛、空 Ⅲ
本日は快晴なり
軽やかだ。
﹁よ∼しっ
﹂
!
そして私は、たっぷりと詰まった重い荷物を両手に抱えて、軽やか
行っくぞぉ
それでも、この浮かれた心は本当に今にも飛び立てそうなくらいに
所の公園なんだけどねっ。
ふふっ、もっとも私がこれから向かうのは、どこまでもどころか近
地いい。
飛んで行けそうなくらいに、どこまでも運んでくれそうなくらいに心
とは言えないはずなのに、もしも翼を広げられたのなら、どこまでも
の青空は、梅雨の晴れ間ということもあって、蒸し暑くてとても快適
一週間以上ぶりの⋮⋮土日に関して言えば、もうひと月ぶりくらい
!
な足取りで大好きな公園へと向かうのだった。
×
んー、早く来すぎちゃったかなぁ
現在時刻はまだ午前9時半過ぎ。
再会以来、何度か比企谷くんとここでデー⋮⋮⋮⋮んん
ん
のんび
!
しぶりだからっ。
来ちゃったのかと言えば、それはここでこうして会えるのが本当に久
まだまだ来ないのは分かってるのに、だったらなんでこんなに早く
早くても精々11時前とかだしね。
し、比企谷くんだって駅前の本屋さんが開いてから来るからどんなに
りと一緒に読書したりお話した時はこんなに早く来たこと無かった
!
そもそも待ち合わせ時間を決めてあるわけでもないし、あの偶然の
?
436
!
×
いつものベンチに腰掛けて文庫本を用意する。
×
私は、何度かここで比企谷くんを待ってるうちに、知っちゃった事
が幾つかある。
その一つは、今まさにこの時間の幸福感がすごいってこと
な
まだかな
って、ドキドキワクワクしながら待ち人を待ってる時
けど⋮⋮でも、この大好きな場所で大好きな本を読みながら、まだか
なっちゃってからのこの一ヶ月は、ただただ本当に苦痛なだけだった
を良く聞くんだけど⋮⋮ん、実際に梅雨に入ってから全く会えなく
普通は、待ち人を待ってるだけの時間はとっても苦痛なだけって話
!
り頭に入ってこないところかな。
えへへ、読書家として致命的過ぎて全然ダメだねっ。
まだかな
!
って。
でもこの時間が堪らなく幸せなんだからしょーがない
?
をなぞってる。
大好きな本にとっても失礼かな
この場所で何度か比企谷くんを待つようになって知っ
少ししたらちゃんと読んであげるから許してね
そうそう
﹂
ちゃった事はもう一つあるんだよね。
それは⋮⋮それはっ⋮⋮
!
比企谷くーんっっっ
!!
﹁⋮⋮あっ
?
さすがに今は行間まで読みとれるほど集中できてないけれど、あと
?
私は未だ家を出た時となんら変わらない幸福感の中で本の文字列
?
日も本を片手にソワソワしながら彼を待つのだ。
ドキドキワクワクしながら、まだかな
×
待ち人を待つこと一時間以上。
×
だから今
まぁ一つ難点があるとすれば、ソワソワしすぎて本の内容があんま
間はとっても大好き⋮⋮
?
!
!
437
!
?
×
それは待ちに待ったこの瞬間のとっても不思議な気持ち。
私はようやく視界に入ったばかりの、まだまだ遠くから歩いてくる
比企谷く
比企谷くんを発見した瞬間に、しゅばっと立ち上がってぴょんぴょん
と飛び跳ねながら、力一杯ブンブンと手を振る。
私はいつもこうやって彼をお迎えするんだけど、ふふっ
な
その顔はいつも真っ赤
そんなに私のお迎えって恥ずかしいのか
に向けて、頭をポリポリ掻きながら歩いてくるんだよねっ。
んてばこうしてる私を発見すると、いつも恥ずかしそうに顔を斜め上
!
のかも。
てる。んーん
どちらかと言えばドキドキの割合の方が遥かに高い
私は比企谷くんの到着を待ってる時は、いつもドキドキワクワクし
があることを私は知っちゃったんだ。
そんな比企谷くんの恥ずかしそうな顔を見る度に不思議に思う事
!
わせた時、私大丈夫なのかな
って。
だからいつも思うんだよね。こんなんでいざ比企谷くんと顔を合
るし、実は顔だってずっと強張ってる。
持ってる手がず∼っと小刻みに震えちゃってるくらいには緊張して
正直なとこを言ってしまえば、ベンチに腰掛けてからは、文庫本を
?
比企谷くんの顔を見た瞬間にどっかいっちゃうの
彼の隣っ。
これが私が比企谷くんと会うようになってから知っちゃった、二つ
とっても心地いいんだよね
緊張で強張ってた笑顔だって自然と綻んじゃう。
に安心感へと変わる。
してた鼓動も、比企谷くんの恥ずかしそうな顔を一目見た瞬間に一気
あれだけ震えていた手も、あれだけ苦しいくらいに激しくバクバク
!
でもね、そんな風に緊張に緊張しちゃってる気持ちなんて、いつも
なって。
り出来るのかな、引きつった笑顔なんて見せちゃっても大丈夫なのか
緊張し過ぎちゃって、ちゃんと声が震えずにちゃんと噛まずにお喋
?
!
438
?
の幸せな気持ち。
﹁比企谷くん久しぶりだね
れてありがとー﹂
ちょっと近すぎたのかな
今日は急なお誘いなのにわざわざ来てく
比企谷くんは目の前の私の顔から逃れ
て、しっかりと目を見てご挨拶。
やっと私の前まで来てくれて比企谷くんに、私はずずいと間を詰め
!
?
るように少しだけ背を反らすと、さらに真っ赤になって挨拶をしてく
れた。
﹁⋮⋮うっす﹂
×
か﹂
むぅ
ひと月前くらいにここで本読んだばっかじゃないす
?
君にとってはこのひと月はたったのひと月だったの
!
⋮⋮
﹁⋮⋮ちょ
それは不機嫌にもなるよー。もう
でもまぁあれっすね。最近は本当に結構ストレス蓄まってた
かったです⋮⋮。ここでのんびり本読むの好きなんで﹂
んで、今日は誘ってくれて⋮⋮えーと⋮⋮その、なんだ⋮⋮う、嬉し
⋮⋮
﹁めちゃくちゃ怒ってんじゃないすか⋮⋮俺、今なんかしましたっけ
﹁ふーんだ。別に不機嫌になんてなってませーん﹂
!
なんで急に不機嫌丸出しになってんすか⋮⋮﹂
私にとってこのひと月がどれだけ長かったのか知らないくせにっ
!?
﹁そうっすかね
﹁えへへ、比企谷くんとこうして読書楽しむの久しぶりだよー﹂
つい顔が綻んでしまう。
やれやれと隣に座る比企谷くんは、やっぱりとても可愛くって、つい
もう何度か隣に座って読書してるのに、相変わらず恥ずかしそうに
企谷くんへの予防策。
これは、恥ずかしがっちゃってすぐに距離を空けて座ろうとする比
ベンチに腰掛けて、すぐ横をポンポンと叩く。
×
?
!
?
439
×
﹁⋮⋮⋮⋮ホントにっ
﹁は、はぁ⋮⋮﹂
﹂
﹁えへへっ、じゃあやっぱりお誘いして良かったよー﹂
一瞬で機嫌が良くなった私にちょっと戸惑いながらも、比企谷くん
は苦笑いではあるけれど優しく微笑んでくれた。
まったく私もホントに現金なもんだよね。
つい今さっきまでむくれてたのに、たったそれだけですーぐご機嫌
になっちゃうんだからっ。
私との読書が比企谷くんにとっての安らぎの時間なんだと確認で
きて満足したところで、私たちはさっそく物語の世界へと心を旅立た
せた。
とても穏やかな時間が流れていく。さっきまではあれだけ集中出
来なかった読書が嘘みたいに、今はいくらでも内容が入ってくる。
隣 に 比 企 谷 く ん が 居 て く れ る だ け な の に ⋮⋮ な ん だ か 不 思 議 だ
なぁ。
たまにチラリと横目で、真剣に本を読んでいる比企谷くんの横顔を
覗き見しては口元が緩んだりしてたけど、そんな時間も幸せに感じな
がら読書に耽っていると、気が付いたら二時間くらい経っていた。
ん⋮⋮そろそろいいかな⋮⋮いいよね⋮⋮
﹁あ⋮⋮の、比企谷くん⋮⋮
﹂
⋮⋮喜んでくれるといいんだけど⋮⋮
うー⋮⋮初めての経験だから、ちょっとだけ緊張ちゃうな。
ほんの少しだけ早くなる。
比企谷くんと同じ時間を過ごし始めてから落ち着いていた鼓動が、
?
どうかしました
?
企谷くんが私を見る。
﹁な、なんですか
﹂
ずっと集中してたから、急に声を掛けられた事にビクッとなった比
?
440
?
﹁あのぉ、比企谷くんさ⋮⋮﹂
?
コクリと喉を鳴らして深く息を吐くと、胸の前で両手の人差し指を
合わせてもじもじとさせる。
別にこんなに緊張する程のことじゃないとは思うんだけどっ⋮⋮
﹂
?
﹂って顔になった比企谷
なにぶん初めての経験だから仕方ないよねっ
﹁お腹⋮⋮空かない
予想外だったのだろう私のセリフに﹁へ
?
げる。
!
×
所狭しと詰まっている。
﹂
﹁こ の 普 通 の 食 パ ン の が た ま ご サ ン ド で 胚 芽 の パ ン が カ ツ サ ン ド
で、ゴマ入りのパンがBLTになってるよ
﹁おお⋮⋮すげー美味そう﹂
ホントはそのあと、比企谷くんからランチとか誘ってくれないかな
山。
だからどんなに遅くともせいぜいお昼二時過ぎくらいまでが関の
帰りましょうか﹂って言いだすまでが私たちの時間だった。
今までは適当に読書をして、比企谷くんが﹁そろそろ腹も減ったし
をするのは初めてなんだよね。
私と比企谷くんは、もう何度か会ってるんだけど、実は一緒に食事
﹁は∼い。召し上がれ∼﹂
﹁じゃあその⋮⋮頂きます⋮⋮﹂
なのどうぞー﹂
﹁へへー、張り切りすぎてちょっと作り過ぎちゃったんだけど、お好き
!
バスケットの中には、色とりどりのサンドイッチと骨付き唐揚げが
×
食べてくれたら嬉しいな﹂
﹁じゃじゃーん
今日はお弁当作ってきてみたんだっ。比企谷くんも
くんに、後ろに置いといたランチバスケットを見せびらかすように掲
?
!
441
×
なーんてちょっとだけ期待したりもしたんだけど、その望みはさす
がに叶わず、もちろん私から一緒にごはんなんて誘えるわけもなく、
結局今の今まで比企谷くんとごはんを一緒に食べた事がなかった。
でも今日は本当に久しぶりだしもっと長く一緒に居たい。それに
やっぱり一緒にごはんだって食べたいもん
﹄
はんだって食べたいっていう願いを叶えるにはどうしたらいい
│││そして私の出した結論は、
﹃だったら作ってきちゃえばいいんだ
という単純明快な物だった。
?
誘ってもらえないし誘えもしない。でももっと居たいし一緒にご
!
料理で喜んでもらえるのかなんて全然分かんないんだもん⋮⋮
私は、期待半分不安半分で比企谷くんに聞いてみた。
﹁⋮⋮マジですっげぇ美味いです﹂
いかも⋮⋮なんてふと思っちゃったけど、本当に美味しそうにお弁当
先輩の私が不安そうにそう訊ねたら、美味しいって答えないわけ無
!
だって、男の子にお料理を振る舞うのなんて初めてだから、私のお
はない。
なんとか願いは叶ったけど、だからといって手放しで喜べるわけで
﹁どう⋮⋮かな﹂
料を買い揃えて、今日は朝からお弁当作りに励んでみたんだ。
だから一日中雨だった昨日は、近所のパン屋さんとかスーパーで材
!
を食べてくれる比企谷くんの顔をみたら、そんな風に疑っちゃったの
良かったぁ
たっぷり食べてね﹂
が一瞬でバカみたいに思えちゃった。
﹁えへへっ
!
きれない笑顔で優しく一言を付け加えるのだった。
私は夢中で食べてくれる比企谷くんとお弁当を見つめながら、隠し
かもしれないなっ。
私、元々お料理は好きな方だけど、もっともっと好きになっちゃう
んだな∼。
大切な人に美味しいって言ってもらえるのって、こんなにも嬉しい
!
442
?
﹁あ、あと、トマトはちゃんと食べなきゃ駄目だぞー
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮はい﹂
×
﹂
?
と注ぐ。
これって﹂
﹁今日は蒸し暑いからね∼。よく冷やしといたから美味しいよっ﹂
﹁ども。⋮⋮ってアレ
比企谷くんがいつも飲んでるコーヒー買ってきといたんだよ
﹂
わっ、今日一番の食い付き
﹁マジっすか
それ、すっごく甘いけど、ちょっと癖になっちゃうかも﹂
﹁そ
?
ふふっ、でも喜んでくれたのなら持ってきて良かったな。
ホントに比企谷くんはこのコーヒーが好きだなぁ。
!?
!?
﹂
あの⋮⋮城廻先輩⋮⋮
げぇ家庭的っすね﹂
⋮⋮むっ。
﹁⋮⋮あ、アレ
城廻先輩
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
﹁先輩⋮⋮
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
﹁⋮⋮⋮⋮もう
比企谷くん
﹂
この間約束したでしょ∼
﹂
私は膨れた頬っぺたを隠そうともせずに比企谷くんを見つめる。
﹁⋮⋮⋮⋮あ、⋮⋮そうか⋮⋮えっと、その⋮⋮め、めぐり先輩⋮⋮
?
?
﹁私だって怒る時には怒るんだからねー
じゃあもう一回﹂
﹁⋮⋮そんなに頬をパンパンにしてまで怒らなくても⋮⋮﹂
!
!
?
?
?
!
﹂
﹁うめっ⋮⋮やー、料理は美味いし気もつくし、城廻先輩って実はす
?
りのミルクを加えたような、ミルクチョコレート色の液体をコポコポ
トを食べている比企谷くんに水筒のコップを渡すと、琥珀色にたっぷ
うわぁ⋮⋮って顔しながら、BLTサンドからこっそり外したトマ
﹁はいっ、どうぞ﹂
×
?
443
×
!
﹁うぐっ⋮⋮め、めぐり先輩は、家庭的っすね⋮⋮﹂
﹂
⋮⋮え
﹄
よ、呼び方変えるんすか⋮⋮
﹄
さんも先輩も変わらないもん
そんなにダメでしたか⋮⋮
えっへ
?
ってお願いしたんだよ
﹁えへへ∼、私こう見えてお料理もお掃除も得意なんだよー
ん
そう。前回会った時、呼び方を変えてね
﹄
ね。だって、いつまでも城廻先輩じゃ嫌だったから。
﹃あの⋮⋮比企谷⋮⋮くん
﹃な、なんでしょうか﹄
﹃なんで
﹃うおっ
﹃当たり前だよー
﹄
﹄
﹄
⋮⋮め、めぐりで
?
﹃名前呼びはさすがに⋮⋮ってか呼び捨てってことですか
いいよ⋮⋮
?
﹄
だってもう何度も外で会ってるんだし﹄
﹃⋮⋮は
﹃そ⋮⋮その城廻先輩って、私もう嫌なんだけどなー⋮⋮﹄
?
﹃えと⋮⋮じゃ、じゃあ⋮⋮城廻さんとか⋮⋮
﹃うん
?
!
そ、そんな
!?
ん
それじゃあこれからはもう名前で呼んでくれなかったら
!
比企谷くんそんなに嫌なの∼
﹃もー
﹃えへへ∼、なぁに
﹄
?
比企谷くんっ﹄
い、嫌じゃないですよっ⋮⋮め、めぐり先輩﹄
﹃だぁ
!
﹃⋮⋮マジか⋮⋮はぁぁぁ⋮⋮了解です﹄
返事しないからねー﹄
﹃んん
﹃は、はぁ⋮⋮ありがとうございます⋮⋮﹄
﹃⋮⋮ん、んー⋮⋮まぁ及第点かな∼⋮⋮﹄
﹃いくらなんでもそれは⋮⋮⋮⋮じゃあ、め、めぐり先輩で⋮⋮﹄
愕然としなくてもっ﹄
は別に呼び捨てでもいいんだけどな⋮⋮って比企谷くん
﹃や、まぁさすがにそこはさん付けでもいいけど⋮⋮うん⋮⋮でも私
!?
?
!
?
! !?
?
!
!
!
?
444
?
!
あの時はさすがにちょっと恥ずかしかったな。もっとも比企谷く
んの方がずっと恥ずかしそうだったけどね。
でも、初めてめぐりって呼んでもらえた時はとっても嬉しかった
なぁ。恥ずかしくて﹃及第点かな﹄なんて言って誤魔化しちゃったけ
ど、ホントは顔が緩みきっちゃうくらい嬉しかった。
いつかは⋮⋮さんも先輩も取って欲しいなぁ⋮⋮なーんてねっ
ちゃった⋮⋮
り 返 っ て い た ら、比 企 谷 く ん か ら と ん で も な い 攻 撃 を 浴 び せ ら れ
と、そんなちょっと前の嬉しくもあり恥ずかしくもある想い出を振
!
よね﹂
﹁∼∼∼∼∼∼っ
油断してたっ
﹂
もう頭から湯気が出ちゃってそうなくらいに
あ∼∼∼⋮⋮どどどどうしよう
くなってくよぉ⋮⋮
結構本気で痛いっすから
﹂
比企谷くんはそういうとこホントぉにズルいんだから
めぐり先輩
!
﹂
ねぇぇ
!
私は真っ赤になった顔がバレないようにしっかり
!?
﹁も ぉ ぉ ぉ
顔が真っ赤になってるのが分かる。
!
り続いているうちに、いつの間にか雨はそのまた次の季節を運んでき
せっかくのひと月ぶりの晴れ間で喜んでたんだけど、ずっと雨が降
﹁あはは、だね∼。特に梅雨の晴れ間だからすごく蒸し暑いよね∼﹂
﹁や、やっぱもう七月ともなると、外じゃ暑いですね⋮⋮﹂
ん、んー⋮⋮やっぱり今日はちょっと⋮⋮
だけどっ⋮⋮
初めての楽しい食事も終えて、私達はまた本の世界へと旅立ったん
×
ポカポカと叩くのだった⋮⋮っ。
と俯いて、ワケが分かんないって顔をしている比企谷くんを、両手で
うぅぅっ⋮⋮
わっ
﹁ちょ
?
顔がみるみる熱
﹁⋮⋮め、めぐり先輩は、なんつうか⋮⋮いいお嫁さんになれそうっす
!
?
!
×
445
! !!
!
?
×
ちゃってたみたい。
今日くらいならまだ我慢出来るけど⋮⋮この場所での読書会は、そ
ろそろお終いになっちゃうんだろうか。
私はこのひと月の間、ただ比企谷くんと会いたいなって。ただ早く
一緒に本読んだり楽しくお喋りがしたいなって。
そんな事ばかり考えてて、ちゃんとその先のことまで考えてなかっ
た⋮⋮
│││本格的な夏が来ちゃったら、私達の関係はどうなっちゃうん
だろう⋮⋮
そんな思いに耽っているのと、まさにその話題を比企谷くんが振っ
てきたのはほぼ同時だった。
﹁あれですね。あと少しして梅雨が空けたら、もう本格的に夏ですね﹂
﹁そう⋮⋮だね∼﹂
⋮⋮比企谷くんは、なにを言わんとしてるんだろう。
⋮⋮だって⋮⋮ここでの大切な時間が無くなっちゃったら、私は
⋮⋮どうすればいいのかな、比企谷くん⋮⋮
﹂
﹁いやいや、そういうワケにもいかないっすよ。だって城っ⋮⋮め、め
ぐり先輩だって紫外線とかマズくないですか
だって、この話題を振ってきた比企谷くんが⋮⋮もうここでの読書
でしかない。
日焼けしちゃうのが嫌いじゃなかろうが、それは全部私の勝手な都合
私がどんなに真夏のお日様の下での読書が好きだろうが、どんなに
分かってる。ホントに意味の無いただの無駄な抵抗なんだって。
﹁⋮⋮わ、私結構日焼けしちゃうのも嫌いじゃないんだよねー⋮⋮﹂
?
446
やっぱり、そういう事なのかな⋮⋮
﹁やっぱり、その、真夏の真っ昼間に公園で読書ってのは、さすがに厳
しいかも知んないですよね﹂
あっちに行けばたくさん木陰だってあ
⋮⋮わ、私は真夏のお日様の下での読書っ
!
ほ、ホラ
!
﹁そ、そんなことないよー
﹂
て好きだよ∼⋮⋮
るしっ⋮⋮
?
分かっていながらも、私は無駄な抵抗をしてみる。
!
はやめようって言ってるって事なんだから⋮⋮
﹁いやでも、さすがに真夏じゃ熱中症になっちゃいますって﹂
﹁⋮⋮でもっ⋮⋮﹂
⋮⋮たぶんだけど、どんなに恋い焦がれて夏が終わったとしても、
もうここでの読書は戻ってはこないんだと思う。
だって、比企谷くんは大事な受験が控えてるんだから。暇な大学生
の私と、のんびりと読書に割いてる時間なんて無くなってく。
そして私はお誘いのメールさえ出来なくなるんだろう。
それが分かってるから、私はギリギリまで引き止めたいんだ。
ただ一緒に読書をするだけの関係。その関係は一旦途切れたら終
わってしまうから、だからギリギリまで途切れないように⋮⋮
﹁⋮⋮えっと⋮⋮やっぱもう無理だと思うんで⋮⋮﹂
﹁⋮⋮うん﹂
あ∼あ⋮⋮さっきまではあんなにも楽しかったのに、ホントあっけ
ま、まぁどこ
ど、どういうこと⋮⋮かな
所変えてまでわざわざ一緒に読書とかする意味が分かりませんよ
ねーっ⋮⋮﹂
﹂
﹁ち、違うの違うの ば、場所変えるって
⋮⋮
図書館⋮⋮とか
?
嘘、みたい⋮⋮比企谷くんからそんな提案してくれるだなんて⋮⋮
447
なかったな⋮⋮
次は⋮⋮⋮⋮いつ君に会えるんだろうね⋮⋮
﹂
﹁えーとですね⋮⋮その、も、もしめぐり先輩さえ良ければなんすけど
﹂
⋮⋮夏の間は場所変えません
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮えっ⋮⋮
?
﹁あ、いや、その⋮⋮嫌なら全然大丈夫、です⋮⋮で、ですよねー。場
?
﹁⋮⋮いや、どっかの喫茶店とか⋮⋮
?
!!
でもいいんですけど⋮⋮それなら、雨降っても大丈夫ですし﹂
?
?
じゃあ比企谷くんも⋮⋮私とおんなじように、雨の日も一緒に読書
したいって、思ってくれてたのかな⋮⋮
えへへ⋮⋮やっぱり君は最低だねっ⋮⋮年上のお姉さんをこんな
にもやきもきさせて、こんなにも惑わせるなんてさっ⋮⋮
﹁⋮⋮⋮⋮しょ、しょうがないなー比企谷くんはー。可愛い後輩の君
がそこまで言うんなら、頼れる先輩の私が聞いてあげないわけにはい
かないよね∼﹂
そっか、じゃあ今度からは、あの時と同じような澄み渡った青空
じゃなくっても、いつでも君と会えるんだね。
﹁いや、別に無理にとは⋮﹂
いい
空だけってわけじゃないんだ。
一度言ったことは簡単には取り
﹂
﹁いやいや、またそんな大事︽おおごと︾にしなくても⋮⋮﹂
たとえ澄み渡った青空だろうと、たとえどんより曇天模様だろう
どんなに小さい事だって積み重ねが大切
と、たとえ激しい雨が降っていようとも
一大事だよ∼
!
読書家の道は一日にして成らずだよ∼﹂
!
﹁大事だよ
なんだからね
?
448
もう比企谷くん
もう賽は投げられたんだよっ
?
これなら嫌いになっちゃってた雨だって、またきっと好きになれそ
うだよ。
﹁いーのっ
消せないんだからね
?
!?
そうだよね。私と比企谷くんをめぐり逢わせてくれる空は、別に青
?
!
!
どんな天気だって、この空の下なら私達は⋮⋮
﹂
﹁いやそれただのことわざってだけで、別にカエサルの名言とかじゃ
ないっすからね
私と比企谷くんは、いつだってめぐり逢えるんだからっ
449
終わり
!
?
︻前編︼
私の青春ラブコメはまだまだ打ち切りENDではな
いっ
カーテンの隙間から零れる陽の光と味噌汁の香りに目を覚ます。
ぐぅぅっ⋮⋮あ、頭痛い⋮⋮クソッ⋮⋮ゆうべ飲み過ぎたか⋮⋮
!
まったく⋮⋮まだまだ若いというのに前日の酒が残るようになっ
しかしそういえばゆうべ私はどんな酒をした⋮⋮
てきてしまうとは不甲斐ないっ⋮⋮まだまだ若いというのにっ
││ん
?
そういえば私はどうやって家に帰ってきたんだ⋮⋮
でやけ酒していたら誰かに会ったような⋮⋮
││ん
﹁痛っつつつ⋮⋮﹂
と、不意に声が掛けられた。
﹁⋮⋮あ、ようやく起きたんすか。朝メシ出来てるんで食いますか
ちょっ
ま、前隠して下さいよっ⋮⋮
ったく﹂
二日酔いでも味噌汁くらいは飲んだ方がいいっすよ⋮⋮⋮⋮ってか
?
昨夜の残った酒が頭をボーっとさせる中そんなことを考えている
のだぁぁ
なぜ私はこんな素晴らしいモノを装備しているのに結婚出来ない
美乳が、何一つ生地に被われることなく見事に揺れているな⋮⋮
⋮⋮ふむ⋮⋮パンイチか⋮⋮我ながら惚れ惚れするような豊満な
る。
身体に掛かっていた布団がずり落ちて、現在の我が状況を理解す
胡坐をかく。
二日酔いによる頭痛になんとか耐えつつ起き上がり、ベッドの上に
?
気がさし、とっとと退散したあと初めて入ったゴールデン街の赤提灯
の席で佐智子の旦那の愚痴という名の家族の幸せ話を聞かされて嫌
確か行きたくもないのに佐智子の娘の八歳の誕生会に呼ばれて、そ
?
?
!
!
450
!
!?
﹁あ、ああスマンな。これは失礼。⋮⋮うん
味噌汁か⋮⋮どうりで
なぜ私の部屋に誰か居るんだ⋮⋮
?
頭は痛いわ吐き気がするわで正直食欲はまだ無いが、せっかくだし
ふふっ⋮⋮やはり二日酔いには味噌汁だものな。
さっきから良い匂いがするなと思っていたよ﹂
?
戴くとするかな⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮って、んん
え
?
ちょ、ちょっと待て⋮⋮
?
﹂
!?
は⋮⋮
﹁ひ、比企谷ぁっ
お、お前なぜここにっ
私は痛む頭を押さえつつキッチンの方へと視線を向けると、そこに
!?
あるのだった。
﹂
﹁き、君は一体なぜここに居るんだね
かないんだが
まったくもって理解が追い付
る、私の数年前の教え子、比企谷八幡が器に味噌汁を注いでいる姿が
そこには、顔を赤くしてこちらには絶対に視線を向けまいとしてい
!?
×
それがなぜ私の家で味噌汁を注いでいるというのだ。意味が分か
らない⋮⋮
打ちされる⋮⋮だと⋮⋮
﹁⋮⋮うら若きって。⋮⋮⋮⋮その状況でゆうべのこと憶えてないと
が熱き鉄拳制裁を加えねばなるまい。
私はバキバキと拳を鳴らす。相も変わらぬ問題児に、久しぶりに我
くとは見上げた根性だな﹂
もそもうら若き女性の家に上がり込んだ挙げ句、その家主に悪態を吐
﹁ほう、比企谷。恩師に対して随分なクチのききようではないか。そ
?
ぬぅっ⋮⋮数年ぶりに再会した教え子に、開口一番に面倒臭いと舌
⋮⋮。チッ、めんどくせぇなぁ⋮⋮﹂
﹁ち ょ ⋮⋮ マ ジ か よ。⋮⋮ ア ン タ ゆ う べ の こ と 憶 え て ね ぇ の か よ
!
451
×
比企谷に会ったのは確か7∼8年ぶりなくらいのはずだ⋮⋮
!?
!?
×
か言われりゃ、そりゃ面倒臭くもなるでしょうよ⋮⋮えっと、まぁと
りあえず隠してくんないすかね⋮⋮﹂
ふむ⋮⋮流石にもうあの頃とは違うという訳か。
昔であれば慌てて釈明したところだろうに、今ではこのような余裕
隠してくんないすかね
の態度というわけだものな。
その状況
?
│││うん
?
⋮⋮⋮⋮⋮⋮い、いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああっ
いうことをっ⋮⋮
﹁っっっ
﹂
出した。今、自分がどういう格好でベッドに胡坐をかいているのかと
そして私は比企谷に言われた通り、我が状況を改めて確認して思い
?
いや、まだまだ乙女だけどもっ
﹂
数年ぶりに会った教え子にパンイチ姿
をモロに見られてしまうとはっ
どうして
!
清らかな女性の柔肌をバッチリ拝んでおいて
﹁⋮⋮き、貴っ様ぁぁ
!
﹂
なんという恥ずかしさっ
﹁嘘言うなぁ∼∼∼
ぐふぅ
でいると、比企谷も顔を赤くしながら頭をがしがしと掻く。
ゆでダコみたいに熱く赤くなった顔で、涙目になって比企谷を睨ん
!
﹁⋮⋮大丈夫っすよ。見てない見てない﹂
﹂
なんという言い草かぁ
!
いで騒ぎすぎだろ⋮⋮﹂
﹁⋮⋮乙女かよ⋮⋮いい歳した女性が、ちょっと見られちゃったくら
ていうかなんで
きゃー
きゃー
!
な、なんということだぁっ
きゃー
!
!?
!
!!
﹁いやぁぁぁぁっ
!
乙女であるかのように力一杯あられもない肢体を隠す。
私は先ほど身体からずり落ちた布団を慌てて拾い上げると、まるで
!!!
!
!!!
!?
!
452
!
!
﹁あーっと⋮⋮平塚先生。取り敢えずゆっくりでもいいんで、ゆうべ
のこと思い出してくれませんかね⋮⋮﹂
そ、そうだな⋮⋮確かにこのままでは埒が開かん。
一先ず比企谷に乙女を穢されてしまった事は一旦置いておくとし
て、ゆうべの飲み屋での出来事に思いを巡らせてみることにしようか
⋮⋮
×
全額旦那のヘソクリで家族でハワイ旅行行っちゃっ
羨ましくなんかないぞぉ
たってよかろうがぁぁぁ
﹁く っ そ ぉ ぉ
﹂
私だって結婚したいぞぉ
!
!
おのれぇ⋮⋮そんなことわざわざまだ独身の私に敢えて言わなく
た♪﹂だとぉっ
やったのよぉ
にっ。ま、だから罰として今年の記念日はすっごいお祝いをさせて
誕生日だけはひと月以上前から楽しみにして張り切ってるっての
とか私の誕生日とか覚えてくれてないのよねー、まったく。⋮⋮娘の
くそっ、佐智子のヤツめ⋮⋮なーにが﹁ウチの旦那って結婚記念日
×
!?
?
!
私は新宿を彷徨いながらやけ酒が出来る飲み屋を探していた。
普段はあまり新宿など来ないのだが、佐智子の家が新宿にあるタ
ワーマンションだった為、その帰りにぶらついているという訳だ。
ふっ⋮⋮旦那は外資系勤めで新宿のタワーマンション暮らし。八
タワーマンションごと爆発しろ
歳の娘と五歳の息子の四人暮らしか⋮⋮
ふはははは
!
出来そうだ。
いい感じに寂れた風情が今の私にはちょうどよく、とても良い酒が
そして私は飲み屋街にある一軒の飲み屋に辿り着いた。
!
453
×
道行く人々の視線が若干気になりながらも、佐智子の家を退散した
!
暖簾をくぐり店内に入ると、満席というわけでは無いが、仕事帰り
のサラリーマン達で程よく賑わっている。
私はカウンター席につくと、とりあえずの一杯を頼んだ。
﹁オヤジ、とりあえず焼酎。あとはツマミを何品か適当に見繕ってく
れ﹂
カウンター内のオヤジは一瞬だけ若干驚いたような表情になった
が、﹁はいよ﹂と頷くと酒とツマミの準備を始めた。
まぁこんな飲み屋にいちげんさんで入ってきた一人客が、こんなに
若くて美人のお姉さんでは驚くのも仕方あるまい。ふふふっ。
私は、まず焼酎を一気に飲み干すと、ツマミで出されたモツ煮込み
と砂肝串を適当に摘みながら二杯目の焼酎をチビチビと飲んでいた。
おお⋮⋮この店はなかなかの当たりかもしれんな。このモツ煮込
みはしっかりと煮込まれていてトロける程に柔らかく、味もよく染み
込んで濃い味付けになっている為、よく酒が進みそうだ。
もっとお洒落なお店とかにしましょう
﹂
ようやく二人っきりの飲み会が実現したんだから、私だ
いツマミと酒出してくれんだよ﹂
﹁嫌ですー
け違うお店なんて行くわけ無いじゃないですかぁ
店は
こういう
⋮⋮せっかく良い気分で飲んでたというのに、とん
﹂
⋮⋮はぁぁぁ、まぁせっかく待望の比企谷先輩との
貴様等のようなリア充が来るような店では無いのだよ
だ招かれざる客だな⋮⋮
!
!
飲み会なので、今日は言うことに従いまーすっ
!
﹁酷いです先輩
!
!
⋮⋮クソがっ
みとか嫌だったんだよ⋮⋮﹂
﹁だったら文句いうんじゃねぇよ⋮⋮ったく、だからお前と二人で飲
!
!
454
そうしてしばらくツマミ片手にチビチビとやり、さて、それでは次
ココなんですかぁ
は日本酒にでもするかとお品書きを眺めている時だった。
﹁え ー
よー﹂
?
﹁⋮⋮うっせーな。だったらお前一人で行けよ。こういう店の方が旨
?
!
﹁はいはい⋮⋮ったく。敬礼って、お前はどこのあざとい後輩生徒会
長だよ⋮⋮﹂
﹂
﹁だ れ で す か ー あ ざ と い 後 輩 生 徒 会 長 っ て ぇ。私 は 比 企 谷 先 輩 の、
かーわーいーいー後輩ちゃんですよぉ
なっ
ひ、比企谷ぁ
﹂
⋮⋮って、うおっ
ひ、平塚先生じゃな
チッ⋮⋮目障りだから帰れば良かったのに⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮ん
ます﹂
﹂
?
﹁⋮⋮ああっ
﹂
あ、ご無沙汰して
﹁そうなんですね。⋮⋮いやホントご無沙汰してます﹂
飲み屋があったから寄ってみたんだよ﹂
﹁いや、私はこの近くの友人宅に呼ばれてね。その帰りにいい感じの
いる可能性に言及する所ではないのかね⋮⋮
比企谷⋮⋮そこはまず職場の事よりも結婚してこの辺りに住んで
も、今はここら辺に勤めてるんですか
﹁ああ、俺は仕事帰りにちょっと飲みに寄っただけっすよ。平塚先生
んだ﹂
﹁ああ、こちらこそご無沙汰だなっ⋮⋮じゃなくて君こそなにしてる
?
遠く新宿の地の飲み屋街の中の一軒により果たされたのだった。
可愛げが無くもある問題生徒だった比企谷八幡との再会は、こうして
私、平塚静と、私が総武高校で教師をしていた頃の、可愛くもあり
?
?
!?
﹂
ビックリしたぁ
﹁あ、あれ⋮⋮
﹁うわっ
いっすか
?
!?
⋮⋮び、ビックリしたのはこちらも同じだよ⋮⋮
!
?
×
歳をとったせいか、逆にその淀んだ目のおかげで落ち着いた大人の男
数年ぶりに再会した比企谷は昔と変わらず淀んだ目をしているが、
!
455
!
!? !
×
﹁ちょ、平塚先生、こんなとこでなにしてんですか
×
のようにも見える。
もしかしたらコイツ、あと20年後30年後には苦み走っったナイ
誰ですか、このオバサン⋮⋮﹂
スミドルになるのかもしれんな。
﹁ちょっと比企谷先輩⋮⋮
⋮⋮こ、小娘ぇ
?
﹁⋮⋮あ、そうですね。それじゃあ﹂
残念だが致し方あるまい。
るよ﹂
﹁おっと、比企谷。どうやら私はお邪魔なようだな。それでは失礼す
楽しみにしていたようだからな。
まぁ仕方あるまい。先程の話から察するに、今日の飲み会をよほど
しかし先ほどからこの小娘が私を邪魔者の如く睨んでいるな。
しないな⋮⋮
ふっ、だがなぜか旧知の友にでも会ったかのようで、別段悪い気は
では無いか。
まったく⋮⋮なんなんだ比企谷のこの余裕な態度は。調子が狂う
﹁ほっとけ﹂
﹁ぷっ⋮⋮ネタが古りぃっての。やっぱ相変わらずっすね﹂
くら温厚な私でも、危うく怒りで髪が金色に変わるところだったぞ﹂
﹁比企谷⋮⋮どうやら後輩の教育が行き届いていないようだな⋮⋮い
やるところだというのにっ⋮⋮
ぐぅっ⋮⋮この小娘が教え子であったのなら、たっぷりと教育して
﹁へー﹂
の高校時代の恩師だ﹂
﹁おいバカやめろ。命がいくつあっても足りなくなるぞ。この人は俺
ちょっと若くてちょっと可愛いからって調子に乗りおって⋮⋮
いるぞぉ
比企谷にこっそりと耳打ちしているようだが、しっかりと聞こえて
!!
そういうと比企谷は小娘へと向き直る。
﹂
456
!
!
﹁えっと金沢。悪いんだが、今日の飲みはキャンセルにしてもらえる
か
?
へ
﹁⋮⋮え
⋮⋮⋮⋮えぇぇぇ
や、やですよぉ
﹂
私、ゆうべからずっと
!
私だってずっと誘ってて、ようやく折れて今日付き
﹂
﹂
﹁マジでスマンって。この埋め合わせはちゃんとすっから、な
﹂
倍返しにしてもらいますからね⋮⋮
﹁⋮⋮ホントですか⋮⋮
﹁いやなんでだよ。倍にして返さなきゃなんないの⋮⋮
﹂
可愛い可愛い後輩を放置するんですから、それ
?
?
くらい当然じゃないですかぁ
!
うそれでいいわ﹂
﹂
比企谷先輩との高級フレンチディナーゲット
すると小娘はキラーンと瞳を輝かせた。
﹁やったぁ
﹁いやそれ倍じゃ済まないよね⋮⋮
!
いもんですよーだ
よーしっ
﹂
今のうちからお店チェックして、ワイ
!
よもやこんな風に比企谷と酒を酌み交わす日がこようとはな⋮⋮
肩を並べ合う。
ようやく小煩い比企谷の後輩が店を立ち去り、私達はカウンターで
れるがいいわ
のふざけた流れは呪わずにはいられんっ⋮⋮呪いの業火に身を焼か
そしてそういう女ほど早くゴールインしていくという世の中のこ
だ。
とりは。いつの時代も、こういう世の中を舐め腐った女はいるもの
なんだろうか。なぜか既視感を覚えるな、比企谷と小娘のこのやり
ンもなに飲むか考えとかなきゃ♪﹂
!
﹁ふふんっ、乙女との約束を反古にするんですから、これでもちょー安
?
!!
﹁はぁぁ⋮⋮たく、わぁったよ⋮⋮なにを倍にすんだか分からんが、も
!
﹁当たり前ですよぉ
﹂
?
合ってくれたんじゃないですかぁ⋮⋮
﹁だってだって
会った恩師と酒を酌み交わしてぇんだよ﹂
﹁悪いって。さすがに毎日会社で顔合わせてるお前より、数年ぶりに
楽しみにしてたんですよぉ
!? !?
?
!
!
!
457
?
?
﹁良かったのか
さっきの後輩は﹂
﹁ああ、いいんですよ。むしろラッキーくらいに思ってるでしょ﹂
﹁ふっ、そうか。よし比企谷。積もる話も色々とあるが⋮⋮﹂
﹁そうですね。まずはこれでしょう﹂
私は右手に冷酒を、比企谷は左手に中ジョッキを持つ。
﹁久しぶりの再会に⋮⋮﹂
﹁奇跡的な偶然の再会に⋮⋮﹂
そしてお互い胸の高さに掲げた酒をチンと軽く合わせる。
﹁乾杯っ﹂﹁乾杯っ﹂
続く
458
?
︻中編︼
ウマい
﹂
私の青春ラブコメはまだまだ打ち切りENDではな
いっ
﹁くぅ∼っ
まぁたまにはいいではないか。私は嬉しいのだよ。こうし
﹁こいつ、言うようになったな
﹁なんすか
﹂
﹁ところで比企谷﹂
はしないだろう。
お得意の捻デレはどうしたのかね﹂
ならば先ほどの件を問いただしても、のらりくらりと誤魔化したり
なっ。
ふ っ ⋮⋮ ど う や ら、な か な か い い 人 生 を 過 ご し て き た み た い だ
悪そうな顔でニィっと歯を見せて笑う比企谷。
すんで﹂
﹁たく⋮⋮いつの話してんですか。そういうのはとっくに卒業してま
!
⋮⋮はぁ∼、これは驚いた。あの比企谷がなぁ⋮⋮
て、ずっと思ってましたから﹂
まぁ俺も嬉しいですよ。いつかこうして平塚先生と酒飲みてぇなっ
﹁た ま に は っ つ か、い つ も そ う や っ て 飲 ん で そ う で す け ど ね ⋮⋮。
て君と酒が飲めるだなんてなっ﹂
﹁ははは
ですから⋮⋮﹂
﹁⋮⋮いやいや先生、一気飲みって⋮⋮それ日本酒の飲み方じゃない
私は偶然の再会の嬉しさも手伝い、酒を一気にあおった。
!
あんな素っ気ない扱いで怒らせてしまったりとかは大丈夫なのか
﹁先ほどの小むす⋮⋮君の後輩の事だが、本当にアレで良かったのか
?
すると比企谷はビールを一口飲むと、事もなげに答える。
﹁あー、別にそういうんじゃなくて金沢は単なる後輩ですよ。今年の
459
!
!
!
付き合ってるとかでは無いのかね﹂
?
?
新人なんですけど俺が教育係にされちゃったもんで、社内でも結構一
緒に行動してる時間が長いってだけで﹂
﹂
﹁ほう⋮⋮その割には随分と懐かれていたじゃないか。少なくともあ
の娘の方は特別な感情を持っていそうだったが
た。
ふふ、比企谷に対してこの言い方は意地悪すぎたかな。
どうせこいつは顔を赤くして﹁そ、そんなんじゃ無いっすよ
か言うの⋮
﹁まぁ否定はしませんけどね﹂
!
こいつホントにあの比企谷か
好かれちまうみたいなんですよね﹂
﹁昔から小町に調教されてきたんで、どうやら俺はああいうタイプに
な、なん⋮⋮だと⋮⋮
﹂と
私は数年ぶりに会った小憎たらしい教え子に悪戯っぽく笑いかけ
?
﹁⋮⋮へ
⋮⋮ああ、だからさっきも言ったじゃないですか。もうそ
定するとはなぁ⋮⋮﹂
﹁ほ、ほう⋮⋮い、意外だな⋮⋮君がそういうのをなんの抵抗もなく肯
好意も持たれていることをあっさりと認めたぞっ⋮⋮
!?
かんでも勘違いとか言って誤魔化してるような歳でもないんで﹂
そんな事を言って苦笑しながらビールをあおる比企谷は⋮⋮なん
というか、大人だっ⋮⋮
くっ、な、なんだこの気持ちは⋮⋮捻くれていた教え子の成長は嬉
しいはずなのに、なんというか⋮⋮物悲しさを感じるというか⋮⋮な
な、なぜ私が置いてきぼり感を感じねばならんのだっ
んか、置いてきぼり感
はぁっ
﹁そ、そうか。君も随分と成長したもんだな﹂
かそんな風に考えるようにもなりましたね﹂
違いだと否定しちまうのも、あんまりにも失礼かな、と⋮⋮いつから
方で、せっかく俺なんかを想ってくれる相手の気持ちをそんなもの勘
﹁成長というかなんというか⋮⋮でもまぁ、俺の勝手で一方的な考え
!
?
460
!?
ういうのは卒業したんですって。いつまでも高二病患って、なんでも
?
!
遠く見るかのように、まだ半分ほどビールの入ったジョッキを見つ
めて微笑む教え子。
見つめているのは残ったビールなのか、それとも遠い記憶なのか
⋮⋮
﹁⋮⋮ふっ。君は本当にいい成長をしたようだな。ではもう昔のよう
﹂
に、自分の気持ちを誤魔化して逃げたりせずに、今後は彼女の気持ち
と真正面から向き合うつもりかね
くはあるかも知れない。
だが、私は敢えて喜ぼう
いい男になった君の成長をっ⋮⋮
﹂
だがしかし付き合ったりしているわけでは無いのだろう
!
⋮⋮確かに、与り知らない所での問題児の成長は正直少しだけ悲し
?
﹁いや、金沢とは今でもちゃんと向き合ってますよ
﹁⋮⋮ へ
﹂
?
!
いるなどとぬかすつもりでは無いだろうなぁ⋮⋮
﹁ちゃんと真正面から向き合った上で⋮⋮﹂
﹁⋮⋮⋮⋮は
﹂
﹁⋮⋮全力で逃げてます﹂
端にどんよりと目を曇らせ、ばつが悪そうに頭をガシガシと掻く。
するとすっかりといい成長を遂げたと思っていた我が教え子は、途
!?
⋮⋮ま、まさか付き合う段階などとっくに卒業して、け、結婚して
?
⋮⋮
⋮⋮こ、こいつは真面目な顔して何を言っとるんだ⋮⋮これじゃあ
し。なのでちゃんと向き合った上で全力で逃げてる最中です﹂
と抱えてるんで、あいつと付き合うとか無理ですね。めんどくさい
付き合うとか俺には荷が重すぎるでしょ。ただでさえ他にも厄介ご
じゃないすか⋮⋮気持ちはもちろん嬉しいんですけど、ああいうのと
﹁⋮⋮ そ も そ も 金 沢 み た い な 普 通 の リ ア 充 と 俺 が 釣 り 合 う わ け な い
て仕方なく来ざるをえなくなった﹂と前置きした上で、
比企谷は、﹁今回の飲みはちょっとした賭けに負けたから約束とし
そんな真剣な顔で逃げてると言われても⋮⋮
いやいや君はなにを言っているんだね⋮⋮
?
461
?
﹁⋮⋮結局君は大して変わっとらんではないか
⋮⋮まったく
せっ
!
まったく、やはり君はどうしようもない奴のままだ
に変われるようなら、そんなもの自分じゃ無いじゃないっすか﹂
﹁人間、そんなに簡単に変われるもんじゃないっすよ。そんなに簡単
と昔と変わらぬ腐った笑顔を見せた。
呆れ果てて頭を押さえていると、その時初めて、比企谷はニヤァっ
かく君の成長に乾杯しようかと思ったというのに⋮⋮﹂
!
⋮⋮⋮⋮乾杯っ﹂
まぁそうでなくては比企谷では無いといえるまであるなっ。よ
﹁ふ、ふはははっ
らした言葉を思い出した。
﹂
﹁ところで比企谷﹂
﹁なんすか
るのか
﹂
なにか問題でも抱えてい
?
しばらく近況などを肴に飲んでいたのだが、先ほど比企谷がふと洩
どうやら今夜はいい酒が飲めそうだ⋮⋮
しっもう一杯いくか
な
!
×
﹁先ほど言っていた厄介ごととはなにかね
?
うのかね
﹂
実に羨ま⋮⋮けしからんっ
きっ、君はいつの間にそんなにモテ男になったとい
!?
なんということだっ
!!
!?
私を差し置いて、あの比企谷がより取り見取りとはなんと嘆かわし
!
﹁な、なんだとぉ
といいますか⋮⋮﹂
﹁えーと⋮⋮まぁ他にも言い寄られている件があるといいますかなん
そう言うと比企谷は苦笑いをする。
﹁あ、あー⋮⋮まぁ大したことじゃないんですけどね﹂
もっとも言い辛いような事ならば聞きはしないがな。
いわけにはいくまい。
可愛い元教え子がなにか困っていることでもあるのならば、聞かな
?
462
×
!
!
!
×
いことかっ⋮⋮
﹁あ、や、いつの間にというかなんというか⋮⋮まぁ平塚先生が居なく
私の知っている人物という事か
なった辺りからなんですけど⋮⋮てか、じゃあそれ以前からなのか
⋮⋮﹂
﹁⋮⋮ ほ う ⋮⋮ で は な に か ね ⋮⋮
⋮⋮﹂
﹁いや恐いよ。なんでそんなに攻撃的なんだよこの人⋮⋮﹂
成る程⋮⋮それならば何人かは宛てがあるな。
というか、あれからずっと言い寄られているという事なのか⋮⋮
クソがっ⋮⋮
聞こえんぞ﹂
﹂
﹂
⋮⋮まさか雪ノ下
﹂
さすがに声には出さんが、リア充爆発すればいいのに
!?
私にも幸せを寄越せぇ
なにが全力で逃げてる、ニィ⋮⋮っだ貴様ぁぁっ⋮⋮
こぉのスケコマシがぁ
﹁うおぉっ
﹁リア充爆発しろぉぉぉ
﹁⋮⋮全員っす⋮⋮﹂
﹁あぁ
﹁⋮⋮⋮⋮っす⋮⋮﹂
⋮⋮
くそうっ
れとも由比ヶ浜だったりするのか
うタイプに好かれるとかなんとか⋮⋮⋮⋮なるほど一色か。いや、そ
﹁⋮⋮ああ、そう言えば先ほどの小娘の時にもぬかしてたな。ああい
?
?
?
る。大人だものな。
﹁⋮⋮ま、まぁ冗談はさておき⋮⋮﹂
﹁冗談では無いだろ⋮⋮﹂
﹁⋮⋮一体どんな状況でそうなっているというんだね⋮⋮﹂
﹁え、えーとですねぇ⋮⋮﹂
比企谷は頭を抱えながら語りだした。
今夜は酒が不味くなりそうだ⋮⋮
463
!
私はプルプルと震える拳をギュッと握り締めて冷静沈着に対応す
!
!
!
!?
!!
!!
?
×
⋮⋮一色か⋮⋮
?
前に現われましてですね⋮⋮﹂
﹁⋮⋮あいつ
﹂
﹁で、まぁそんな悪くない毎日を過ごしてた時に、不意にあいつが目の
いまでは憎むべきリア充だがな。
﹁君はそこだけはブレないな﹂
ちでしたけども﹂
はとてもいい毎日を過ごしてましたね。まぁもちろん大学ではぼっ
飲んだり遊んだりして、いい大学生活を送ってたんですよ。俺にして
﹁あいつらとは、別々の大学でもちょくちょくと会っては、こんな風に
そういう所も受け入れる覚悟は出来ていたのだろうな。
比企谷のようなどうしようもない男に惚れ込んだ時点で、比企谷の
あの二人ならそうなんだろう。
です﹂
来なかった俺と、その後もとてもいい友人関係を続けてくれていたん
いつらは、逃げた情けない俺をちゃんと容してくれて、応える事が出
﹁まぁ当時は絶賛高二病を患ってたんで勿論逃げました。それでもあ
﹁ほう⋮⋮﹂
⋮⋮雪ノ下と由比ヶ浜から告られたんですよ﹂
や、正確には目を背けていただけなんですが、⋮⋮⋮⋮卒業式の後に
﹁⋮⋮俺はそんな事になってるとは全然知らなかったんですが⋮⋮い
×
と思ったら、今度はそれを知った雪ノ下と由比ヶ浜までが再燃しちゃ
﹁⋮⋮それからなんですよ⋮⋮一色の猛烈なアタックが開始されたか
しかしそこから比企谷は一気にドヨッとした表情へと変化した。
が表情に滲み出ているぞっ。
苦笑しながらそう言う比企谷ではあるが⋮⋮ふっ、嬉しそうな感情
じゃなかったはずなのに、残りの高校生活を全部勉強に費やして﹂
あいつ、大学にまで俺を追い掛けてきたんですよ⋮⋮大して勉強得意
﹁そうっすね。高校の頃にはそんなそぶり見せなかった癖に、なんと
?
464
×
いまして⋮⋮﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
﹁結局その関係のまま今に至るって感じですかね⋮⋮もちろん四人で
会って飲んだりもしてんすけど、最初はいいんだけど次第にギスギス
いやまぁ俺がいつまでもはっきり出来
しだしちゃったりして、最終的には結局俺が罵倒されるんすよ⋮⋮飲
み屋の個室で土下座ですよ
ないのが悪いんですけどね⋮⋮﹂
﹁そ、そうか⋮⋮﹂
﹁あと、特に一色なんかは、社会人になって俺が一人暮らし始めた辺り
から、かなりの頻度でメシ作りにとか掃除しにきてくれたりしますし
ね。悪いからもういいと断る度になぜか俺が振られるとか意味分か
らんでしょ⋮⋮たぶん明日も来ますし⋮⋮﹂
な、なんというか⋮⋮
﹂
﹁で、その押し掛けがバレる度に、また雪ノ下達に呼び出しですからね
⋮⋮﹂
﹁き、君はそれで誰かを選ぼうとかは思わないのかね⋮⋮
?
﹂
が。そしてそれは彼女たちもそうなのかも知れんな。
﹁⋮⋮そういや先生は留美って覚えてます
﹁留美⋮⋮⋮⋮あの千葉村とクリスマスの時の小学生か
﹂
いや、まぁ四人で居られること事態は楽しんでいるのかも知れん
楽しんでるとかそういうのは一切無かった。
きなり結託したりしますしね⋮⋮﹂
よね⋮⋮恐いし。あと恐い。あいつら、なぜか熱い友情を発揮してい
﹁正直⋮⋮ここまでくるともうどうすればいいのか分かんないんです
ここまでいくとこの状況を楽しんでるんじゃないのかコイツは
?
せ、成人式
き合わされましてね⋮⋮
﹂
﹁そいつです。こないだ留美の成人式があって、なぜか俺が会場に付
!?
?
465
?
⋮⋮も、もうそんなになるのかっ⋮⋮
?
というかこの男、一色たちだけでは無いのか
ぐはっ
!?
なぜコイツがあの時の小学生と未だに付き合いがあるのかとかは
!
!?
もう知らん
﹁式が終わったあと、成人のお祝いしてくれって言って、どうしても家
に来たいっつうから、なんか家に来たんですよ﹂
もう修羅場一直線の未来しか見えん⋮⋮
﹁家でお祝いしてたらあいつらが乗り込んできて詰みました⋮⋮留美
なんてマジで妹みたいなもんだし、留美だって俺の事は兄貴くらいに
し か 見 て な い っ つ う の に ⋮⋮ で も そ れ 言 っ た ら 今 度 は 留 美 ま で 交
ざって罵倒してくる始末で⋮⋮﹂
コイツ本気で言ってんのか
全然分かっとらんではないか
なんということだろうか⋮⋮
あれだけ捻くれていて可愛げの無かった可愛い教え子が、数年経っ
!
!?
たらとんだハーレム王になっていようとは⋮⋮
続く
466
!
私の青春ラブコメはまだまだ打ち切りENDではな
いっ︻後編︼
比企谷のあまりのハーレム王ぶりに絶句したままの私と、己のあま
りのハーレム王ぶりにある意味絶望で絶句したままの比企谷は、遠い
目をしながらしばらくチビチビと飲み続けていた。
ははっ、今の私の目に光彩は宿っているのだろうか⋮⋮
そんな気持ちになってしまう程の力のない無表情な冷笑でグラス
の中の液体を眺めていると、隣からシュボッという良く聞き慣れた音
がした。
﹁ほう、君も煙草を吸うようになったのか﹂
ふと横を見ると、私の隣では比企谷がなかなかさまになっている様
子で煙草をふかしていた。
私の視線に気付いた比企谷は、親指の爪でチョイッとフィルターを
⋮⋮んー、まぁ、そっすね﹂
弾いて灰を灰皿に落とすと、指に挟んだ煙草を軽く掲げる。
﹁ああ、これっすか
ら立ち上ぼる煙を見つめニヤリとする。
﹁⋮⋮昔、かっこつけた大人が居ましてね。いつかその人みたいに格
好良くなりてぇなって真似事みたいに吸ってたら、いつの間にかいっ
なんだ格好いいって
ぱしの喫煙者になっちゃってましたよ﹂
か、格好いい⋮⋮
い、いやいや待て待てっ
もう酒が回ってきてるのか私は⋮⋮
﹁⋮⋮ふっ、そうか。それは悪いことをしたね﹂
くっ⋮⋮なんだ
!?
こんな風に言われるのは教師冥利に尽きるというものではないか。
たしかに若干酔いが回ってきているのかも知れんが、だが教え子に
?
!
467
?
グラスに残った酒をグイと煽ると、もう一度軽く煙草をふかしてか
?
?
私はとりあえず一旦気持ちを落ち着けて、皮肉めいた笑顔を向けな
がら自分も煙草を取り出した。
﹁⋮⋮まったくですよ﹂
そして教師と教え子は笑顔で煙草をふかしながら、今一度乾杯する
のだった。
×
先ほどの偶然の再会か
ふふっ、確かに驚いたな﹂
?
だったのだろう。
﹂
つまり比企谷をはじめ、生徒達がそれを知ったのは四月の始業式
願いしておいた。
は言わず、転任が完了するまでは他の教師や校長たちにも口止めをお
転任の話は二月ごろには上がっていたのだが、私はその事は生徒に
ら、春休みの内に転任した。
│││私は、比企谷達が二年生を無事に終了したのを見届けてか
ら、先生はすでに転任してたんですからね。なんにも言わずに⋮⋮﹂
﹁⋮⋮はい。ホントびっくりしましたよ。春休み終わって学校行った
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮そうか﹂
るんすよ⋮⋮﹂
の日⋮⋮俺達の前から先生が突然居なくなったあの日の事を言って
﹁⋮⋮違いますよ。そんな事じゃあない。⋮⋮俺が言ってるのは、あ
見ていた。
ほどの記憶を呼び起こしているのではないかのように、どこか遠くを
私が比企谷に視線を寄越すと、比企谷はとてもじゃないが、つい先
﹁ん
﹁⋮⋮それにしても、あの時はホントびっくりしましたよ﹂
そんな時、不意に比企谷はこんな言葉を発したのだった。
で酒を酌み交わしている。
先ほどまでの淀んだ空気はどこへやら、今はまた穏やかな空気の中
×
﹁なんで⋮⋮⋮⋮誰にもなにも言わずに行っちゃったんですか
?
468
×
?
﹁⋮⋮そうだな。まぁそれなりにフラグは立てておいたのだがね﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹃今、近い場所でこの光景を見られてよかったよ﹄、
﹃いつま
でも見ていてはやれないからな﹄、
﹃溜めてしまっている仕事があって
な⋮⋮。三月までもうあまり時間がないし、今のうちに片付けておき
たいんだ﹄⋮⋮⋮⋮っすよね。⋮⋮確かあのヘンテコなバレンタイン
イベントの時に言ってましたよね﹂
⋮⋮まったく、この小僧めっ⋮⋮
﹁ふっ、なんだ、やっぱり気付いてたんじゃないか﹂
﹁⋮⋮後々考えたら、ですよ。⋮⋮ああ、あれはそういう事だったのか
⋮⋮ってね﹂
﹁⋮⋮そうか﹂
﹁⋮⋮はい﹂
なぜなにも言わなかったのか⋮⋮か。
それは、先ほど君が言っていた事の裏返しに理由があるんだよ。
﹃いつまでも見ていてはやれないからな﹄
あの時の私の台詞。
裏を返せば、許されるのであれば、いつまでも見ていてやりたい
⋮⋮そういう事だ。
私は教員生活の中で、間違いなくあの時あの学校で、君達と共に学
んでいられたあの瞬間が最高に一番楽しく幸せだった。
捻くれながらも優しく悲しい比企谷。
常に完璧であろうと藻掻く本当は弱い雪ノ下。
元気な笑顔の裏でそれに迷う由比ヶ浜。
葉山も三浦も海老名も、それぞれ問題を抱えながらも毎日を生きて
いた。
ふふふ、ついでに一色もな。
どいつもこいつも問題児ばかりだったが、だからこそこいつらが成
長していく姿を一番近くで見られている事が、教師として大人とし
て、何よりも幸せだった。
あんな充足感を得られた事などないんだよ。後にも先にも私の教
469
員生活の中で。
だから教師としてあるまじき事を思ってしまったのだよ。
│││ああ、いつまでもこの子達をそばで見ていたい⋮⋮
と。
ふふっ、まさに教師失格だな。
この職に就いた以上は、どんな生徒であれ常に平等でなくてはなら
ない。
今まで送ってきた生徒達。これから迎える生徒達。
それなのに私は、あの時の生徒達に肩入れをし過ぎた。
今まで送ってきた生徒達の事も忘れ、これから迎えるべき生徒達の
事も考えもせず、ただ今この瞬間のこの生徒達さえずっと見守ってい
けたらいいのに、なんて考えてしまっていた。
だからこそ言わなかったのだ。言えなかったのだよ。教師失格の
470
けじめとして。
失格の私が今後も教師を続けていく以上、こいつらに見送られて感
動の涙など流している場合では無いなんて思ってしまったんだよ
⋮⋮
﹁誠に情けのない話だが、あの頃は私にも少し思う所があってね⋮⋮
本当に勝手な話だが、あのまま去る事がベストだと考えていた⋮⋮。
ふっ、今にして思えばどうしようもない馬鹿馬鹿しい理由なのだが
ね﹂
﹁⋮⋮﹂
﹁それに⋮⋮﹂
いかんいかん。ついしんみりとしてしまったな。せっかくの酒の
席が台無しになってしまったではないか。
だから私はニヤリと比企谷に笑い掛けた。
少年マンガの王道ではないか﹂
﹁⋮⋮熱い友情で結ばれた友が、別れの言葉などなにひとつ言わずに
そっと去っていく⋮⋮はははっ
振る。
すると心底呆れた笑顔を私に向けた比企谷は、やれやれと首を横に
!
﹁⋮⋮へっ、じゃあ仕方ないっすね﹂
⋮⋮ありがとう、比企谷。
情けない私の、情けなく逃げ出した理由をそれ以上追及しないでく
れて。
いつかまた酒の席で、この情けない理由を君に話せる時がくるとい
いな。
私は、小馬鹿にしたような表情を無礼にも恩師に向ける、この小生
意気で小憎たらしい元教え子に、心からそう思うのだった。
×
このまま良い話で終わると思った
た
残念
私は平塚静ちゃんでし
!
﹂
?
﹂
?
スタイルらって抜
?
﹂
﹁男ってやつは、チチがでかくて美人なら、あとはもう何でもいいん
﹁おいよせやめろ⋮⋮元教え子の前で揉んでんじゃねぇよ⋮⋮﹂
群にいいんらぞ∼
﹁なぁなぁ比企谷ぁ∼、私って美人じゃらいかぁ
こんなに若くてこんなに美人だというのに⋮⋮あと若い。
ちっくしょぉぉぉ⋮⋮なーんで結婚出来ないかなぁ、私は⋮⋮
この酔っぱらい⋮⋮﹂
﹁無視かよ⋮⋮そして結局また始めんのかよ⋮⋮めんどくせぇなぁ、
﹁なーんれ私は結婚出来ないんだろうら∼⋮⋮
﹁⋮⋮だって、さっきから永遠にそれの繰り返しじゃないですか⋮⋮﹂
﹁そんら嫌そうな顔するら∼﹂
﹁⋮⋮なんすかね﹂
﹁なぁ∼、比企谷ぁ∼﹂
⋮⋮⋮⋮ふむ、少し酔っているな⋮⋮
?
どよく回り、話題の中心は私の近況になってくる。
しんみりした話も幕を閉じ、宴もたけなわになってくると酔いもほ
×
じゃらいのか∼⋮⋮
?
471
×
!
﹁何でもいいわけねぇだろ⋮⋮﹂
本当に私がモテない理由がまったく分からん⋮⋮
こんな優良物件など、なかなか居ないんだからねっ⋮⋮
﹂
その赤くなった耳は、アルコールによるものなのかね⋮⋮
すると比企谷は耳まで真っ赤にしてそっぽを向く。
﹁⋮⋮あれにはまだ続きがあったんすよ⋮⋮﹂
﹁あ、ああ⋮⋮﹂
て﹂
﹁前に言ったじゃないですか。それは相手に見る目がないんですよっ
どきどきっ⋮⋮
ど⋮⋮今ならまぁいいか⋮⋮﹂
﹁⋮⋮⋮⋮はぁぁぁ、⋮⋮あの頃は恥ずかしくて言えませんでしたけ
な、なんだ格好良すぎって
﹁⋮⋮⋮⋮はへっ
﹁アレですよ⋮⋮平塚先生は⋮⋮格好良すぎるんですよ﹂
る。
シガシと掻くと、目を逸らしながら私がモテない理由を教えてくれ
すると比企谷は面倒臭そうに、それでいて照れ隠しのように頭をガ
?
﹁俺があと10年早く生まれていて、あと10年早く出会っていたら、
?
﹂
たぶん心底惚れていたんじゃないかと思う⋮⋮⋮⋮俺はあの時そう
にゃにを
思ったんですよ⋮⋮﹂
﹁⋮⋮⋮⋮にゃ
まさかこの私まで落とす気じゃないだろうな
こ、こいつは突然なにを言い出すんだ
!
の男じゃ及び腰になっちまう。⋮⋮ま、俺みたいな将来の夢が専業主
夫だった奴からすれば、その余りの頼れる格好良さに、心底惚れ抜い
ちゃうと思うんすけどね﹂
ふっ、と薄く笑みを浮かべながら煙草を口に持っていく姿は、なん
だかとてもムラム⋮⋮げふんげふん。
﹁でも、並みの男だと下手にプライドが邪魔しちゃって格好良すぎる
472
!?
?
﹁先生は⋮⋮男の目から見たら格好良すぎるんですよ。だから並大抵
!?
!?
!?
先生には手が出せない。だから昔言ったように見る目がない⋮⋮と
いうよりは、先生に見合うようなろくな男にはまだ出逢えていない
なんて恥ずかしい台詞を恥ずかしげも無くっ
⋮⋮って言った方が正しいかもですね﹂
ひ、比企谷め⋮⋮
ぎってとこじゃないですかね。⋮⋮だから、そんなに焦んなくたっ
共っすよ。もし先生が悪いとするのならば、先生の魅力が高レベル過
﹁⋮⋮ だ か ら、ま ぁ ⋮⋮ 悪 い の は 先 生 じ ゃ な く て 周 り の 情 け な い 男
魔化すかのように、グラスに残っていた酒を一気に飲み干した。
⋮⋮とは思ったが、やはり恥ずかしいのか、赤くなった顔をさらに誤
!
て、い ま に 先 生 の 魅 力 に 見 合 う よ う な い い 相 手 が 見 つ か り ま す よ。
⋮⋮だって先生は、マジで魅力的なんですから﹂
⋮⋮⋮⋮⋮⋮きゅんっ。
私は
!
お、お前はそうやって色んな女をスケコマシて来
いやいや、きゅんっじゃないだろうが
おのれ比企谷ぁ
たのだな
!
お前に興味を持った女など即落ちに決まっとろうがぁぁっ
なんという天然ジゴロか
!
﹂
あ、あははははっ⋮⋮ま、まぁそこまで言われてし
こ、これはいかん
は、反則なんだからぁっ
くぅぅぅ
!
だから言うだけ言って、その照れ顔はやめんかぁ
﹁⋮⋮うっす﹂
まっては私も悪い気はせんよっ⋮⋮
﹁そそそそうかっ
!
!
!
!
!
分からんっ⋮⋮
﹃10年早く生まれていて、あと10年早く出会っていたら﹄
473
!
!
キザっぽさは無く、なんなら照れた笑顔でそんな事を言われたら、
!?
酔いが冷めてきたんだか余計に酔いが回ってきたんだか、もう良く
!
⋮⋮か。
│││いや、しかし待てよ⋮⋮
い、全然オッケーではないのか⋮⋮
今の比企谷はたぶん25∼6歳くらいだろう
ン歳だ⋮⋮
│││そんなに問題なくね⋮⋮
むしろ適齢期⋮⋮
確かにコイツには言い寄る女が多く居る。
⋮⋮
そして私は30ウ
せているわけだし、比企谷も私を選べば幸せになれるのではないか
わ、私ならば⋮⋮あんな小娘共など黙らせられる程の力も持ち合わ
人生を悩んでいるまである⋮⋮
かってはいないではないか⋮⋮それどころかその選択による今後の
だ が し か し 幸 い な 事 に コ イ ツ 自 身 は 未 だ 誰 を 選 べ ば い い の か 分
?
?
だが今ならどうだ⋮⋮昨今では、たかだか十ウン歳差の夫婦くら
生徒だったわけだしな⋮⋮
確かにあの頃の十ウン歳差はかなりデカかった。そもそも教師と
?
?
まぁやぶさかでは無いしな
わ、わわわわ私は何を血迷っているのだ
って、いっかぁぁぁーん
こ、これで上手く既成事実さえ作れればっ⋮⋮⋮⋮
!
!
はぁぁ
性職者たるこの私がっ⋮⋮⋮⋮って性職者ってなんだぁ
だろうが
誰が安いAVの話をしているのだアホか
聖職者
474
!!
か、可愛い元教え子を救う為ならば、私が比企谷を拾ってやるのも
?
い、いくら酔っているとはいえ、何をアホな事を考えているのだ私
!?
!?
!
!!
!
ダメだ⋮⋮どうやら思いの外酔いが回っているらしい⋮⋮
取り敢えず一旦落ち着いて、この可
今 日 は せ っ か く の 再 会 の 素 晴 ら し い 日 な の だ。酒 に 飲 ま れ る な
私っ
よし。冷静になってきたぞっ
かっ⋮⋮
﹁ふはははは
次の注文はまだかね
は、早く次の乾杯をッッッ
今夜は飲むぞぉ
!
いぇ∼い﹂
よーし
で飲んじゃうぞぉ
!
﹁勘弁してくれ⋮⋮﹂
×
﹂
もう記憶無くなっちゃうま
!
いくのが分かる⋮⋮
私はなにしてるんだ⋮⋮
せてやりたいっ⋮⋮
!
⋮⋮もう
!
⋮⋮ま、まさかっ⋮⋮
﹂
き、君はまさか再会を果たして気分良く酔いつぶれたの
を良いことに、か弱い美人恩師を襲ったのか
!?
﹁ひ、比企谷
!
しかしあれ以降の記憶は一切無い⋮⋮そしてこのあられもない姿
死にたい⋮⋮
酔い潰して既成事実をこしらえようとしてたのかぁぁぁ
私は7年ぶりくらいに再会した元教え子にあろうことか欲情して、
なんということか⋮⋮
くださいよ⋮⋮﹂
﹁二日酔いの寝起きにネタ挟まなくていいから⋮⋮取り敢えず服着て
!
昨夜の自分にラストブリットを食らわ
私はわなわなと両手で頭を抱える。顔から一気に血の気が引いて
﹁思い⋮⋮出した⋮⋮﹂
×
!
﹁よし比企谷
!?
!
愛い元教え子と、今一度純粋な気持ちで酒を酌み交わそうではない
?
!
﹁⋮⋮いやなんでそんなに目がギラギラしてんだよ⋮⋮﹂
!
!
!
475
×
﹁襲うかよ
﹂
そこ憶えてねぇのかよ
﹂
一番面倒臭いところじゃねぇか
!?
吐き散らかすわした上に、
﹃あぁぁぁ
﹄とか叫びながら
⋮⋮こっちだってそこそこ
暑いわぁぁ
服脱いで勝手に寝ちまったんだろうが
!
働いたんだぞ
﹁﹂
﹂
﹂
﹁大体なんでパンツ履いてんのに襲われたと思うんだよアホか
ろこっちが襲われかけたわ
﹁﹂
いい店を知ってるんだ﹂
?
﹂
﹁な、なぜだ
比企谷∼、一緒に飲みに行こうぜー
!
﹁磯 野 野 球 し よ う ぜ み た い な 言 い 方 は や め て く だ さ い。絶 対 帰 り ま
いいではないか
﹁なにその死亡フラグ⋮⋮遠慮しときます⋮⋮﹂
かないかね⋮⋮
﹁こうしてせっかく再会出来たんだ。良かったら⋮⋮今夜も飲みに行
﹁なんでしょうか⋮⋮﹂
﹁時に比企谷﹂
げふん。
それにしても⋮⋮既成事実は作れなかったのか。残ね⋮⋮げふん
か上手いじゃないか。
味噌汁を黙って有り難く頂いたのだった⋮⋮比企谷め、料理もなかな
私はその後、元教え子に土下座で謝ってから、用意してくれていた
!
!
⋮⋮⋮⋮これは酷い︵白目︶
!
むし
除やら、ゲロまみれで汚れた服洗濯したり朝飯用意したりで死ぬほど
酔ってたのに、あんたが暴れた後の片付けやら吐き散らかした後の掃
!
!
﹁酔いつぶれたあんたを介抱して送り届けたら、散々部屋で暴れるわ
﹁だが私はなぜ服を着ていない
!
!?
476
!?
!
!
す﹂
﹁なんて強情なんだね君は
いいじゃないかぁっ﹂
﹁すみません許してください﹂
│││その後も粘った私だったが、なぜか全力で拒否されて比企谷
は去っていった⋮⋮ふふふ、奴め照れおって。
⋮⋮⋮⋮私、昨夜なにしたんだろう⋮⋮
だが、私はしっかりと比企谷の連絡先は手に入れ、いずれまた飲み
に行こうとの約束もちゃんと取り付けたのだった。
こうして、数年ぶりに再会した比企谷との宴はひとまずの幕を閉じ
た。
比企谷はとても魅力的な男に成長しており、この私もほんの少しだ
けだが惑わされるほどだった。
そんな比企谷との関係は今後どう変化していくのかは分からない
が、せっかく奇跡の再会を果たせたのだ。ほんの少しずつでも、奴と
の関係もいい感じに変化させていきたいものだと思う。
無いがっ
ま、まぁ別に比企谷とどうこうなりたいというわけでは決して無い
が⋮⋮⋮⋮決して
!!
てのは誰にも分からんからなっ。
私の、私達の戦いはこれからだ
つまりなにが言いたいのかといえば⋮⋮
そう
これではまるで例のアレではないか
!
477
!
ふふふ、それでもまだまだ若い私達だ。今後どうなっていくかなん
!
決して違うんだからぁ
!!
はっ
ち、違うぞ
!?
!?
!
!?
私の青春ラブコメは、決して打ち切りENDなんかでは、断じて
ぬぁぁぁぁぁぁいっ
終わりっ︵意味深︶
478
!!!
ぼっち姫は、愛する王子様と共に運命の国で聖夜を祝
う︻前編︼
11月。
まだ木々が赤や黄色に色づき始めてから僅かしか経っていないと
超綺麗ー
メリークリスマ∼ス
﹄
今年のディスティニークリスマスもすっごい
いうのに、テレビの向こうでは早くもクリスマス特集で賑わってい
る。
﹃きゃーっ
盛り上がってますよぉ∼
してるのって。
いい大人が11月にメリークリスマス
とか言ってキャーキャー
話なんだろうけど、正直ちょっと引くよね。
まぁこの女性タレント達もあくまでも仕事ではしゃいでるだけの
なにがメリークリスマスなんだか。
ばっかみたい。まだ11月だっての。
斐もなく大はしゃぎ。
土曜日のお昼過ぎ、ちょっと頭の緩そうな女性リポーター達が年甲
!
!!
だったんだけど、それが聞こえちゃったのかな
リビングのソファーでテレビを見ていた私に、キッチンの方から声
?
ちゃったことさえ気が付かなかったくらいのぽしょりとした呟き
私自身はそんなに声を出したつもりじゃ無かったし、むしろ声に出
﹁⋮⋮クリスマス⋮⋮かぁ⋮⋮﹂
つい食い入るようにテレビを見ていた。
私はココアの入ったマグカップを両手で持ってふーふーしながら、
てると、ほんの少しだけ羨ましく思っちゃう自分が居る。
ラしてるディスティニーランドのクリスマスイルミネーションを見
でも⋮⋮⋮⋮ばかみたいに思いながらも、テレビの向こうでキラキ
!
479
!?
!
留美∼、そんなに羨ましそうな顔しちゃってぇ﹂
今日のブランチはディスティニーのクリスマス特集なん
が掛けられた。
﹁あ ∼
だぁ。なーに
ふふふっ
八幡く
﹁⋮⋮別に⋮⋮羨ましくなんて無い。ただ、このタレント達がばかみ
もう留美ったら無理しちゃってぇ
﹂
?
たいだなって引いてただけ﹂
﹁またまたぁ
んと行ってきたらぁ
!
﹂
?
﹂
﹁⋮⋮ も う、マ マ し つ こ い し う る さ い っ ⋮⋮ 私 は 八 幡 と デ ィ ス テ ィ
ちょっとくらい息抜きしたいんじゃなーい
﹁あ、で も さ、八 幡 く ん だ っ て た ぶ ん こ こ の と こ ろ 勉 強 し 詰 め で、
無理なんかしてないよ。別にホントに大丈夫なのに⋮⋮
ママは私の顔を見て、とても心配そうな顔をしてる。
﹁⋮⋮留美⋮⋮﹂
なにも胸が苦しくなるものなんだな⋮⋮
かったけど、好きな人の顔が見られないのも声が聞けないのも、こん
自分が男の人を好きになることなんて無いと思ってたから知らな
ちゃうのは嫌だから、電話はしなくていいって言ってある。
たまにメールでやり取りくらいはするけど、私が八幡の邪魔になっ
もう9月をちょっと過ぎたくらいから一度も会ってない。
期だからしばらく会うのは我慢してる。
││八幡とは、あの訪問以来何度か会ってるけど、今が追い込み時
れっぽっちも思ってない⋮⋮から﹂
は、別に八幡とクリスマスにディスティニー行きたいとか⋮⋮⋮⋮こ
験 生 の 八 幡 は ⋮⋮ 今 が 一 番、大 事 な 時 期 で し ょ。⋮⋮⋮⋮ だ か ら 私
﹁⋮⋮別に私はクリスマスとか興味ない⋮⋮し。⋮⋮⋮⋮それに、受
顔がいつもすっごい熱くなる⋮⋮
もう何度もからかわれてるけど、いつまで経っても全然慣れなくて
からかってくる⋮⋮
⋮⋮うー⋮⋮ママは八幡のあの日の訪問以来、ことあるごとに私を
?
!
ニーなんて行きたくないんだってば
!
480
?
!
私はソファーから不機嫌そうに立ち上がると、テレビを消して自室
へと向かう。
⋮⋮ママごめんなさい。ママが私の心配をしてくれてるのはすご
く良く分かる⋮⋮
でも今は私が我慢しなくちゃいけない時期だから。
部屋に戻って八幡に貰ったダッフルくんを抱きしめると、ベッドに
ぼふっとダイブする。
枕元に置きっぱなしの携帯を見ても、八幡からの連絡はもちろん無
い。今ごろ、一生懸命頑張ってるんだろうな⋮⋮
液晶に映しだされる、私に頬っぺたにキスされて真っ赤になって動
揺してる八幡と、八幡とお揃いのメイちゃんのストラップを眺めなが
ら、いつの間にか目の端に浮かんでいた水滴を袖でごしごししてる
その⋮⋮今度は⋮⋮ラ
と、ふといつかの電車内でのあの約束が頭を過った。
合わない
﹂
?
481
﹃なんか寂しいね。また来たいな⋮⋮。八幡
ンドにも行こう⋮ね﹄
﹃そうだな。また今度⋮⋮な﹄
﹃うんっ、やくそく﹄
でも⋮⋮でも⋮⋮
だからあの約束が今後果たされないわけじゃないけど⋮⋮
けじゃない。
⋮⋮別にあの約束はいつ果たすとか、そういうのを決めて言ったわ
!
﹁⋮⋮八幡に会いたいな⋮⋮一緒にディスティニーのクリスマス⋮⋮
行きたい⋮⋮﹂
×
×
﹁あのさ、鶴見さん。ずっと前から気になってたんだよね。俺と付き
×
﹁⋮⋮なんでですか
﹂
﹁⋮⋮ ク リ ス マ ス
﹂
クリスマスになると付き合わなきゃいけないの
﹁いや、なんでって⋮⋮ホラ、もうすぐクリスマスだしさ﹂
?
﹁大体あなた誰
﹁⋮⋮え
ちょっと
つ、鶴見さん
﹂
⋮⋮私、あなたの事なんて知らないんだけど。⋮⋮
﹁あ、いや⋮⋮そういうわけじゃ﹂
?
!?
話が以上なら私はこれで﹂
?
物を取りに戻る。
ホントばっかみたい。
なんで告白とクリスマス前がセットになってんの
?
なきゃなんないとか意味分かんない。
今日もバッサリ切り捨ててきたのー
教室に戻ってくると、私を一人の女の子が待っていた。
﹂
﹁あ、鶴見さんお疲れ∼
入ってから何人目∼
!
﹂
?
﹂
今月
イケメンで女子に超モテモテの、サッカー部の次期主将っ
て言われてるウチの学校の超有名人だよ
?
らないの
﹁知らないって⋮⋮うわー、勿体なーい。今日呼び出してきた先輩知
なんないの
だからって、会ったこともない知らない男子に告白なんてされなきゃ
﹁それにしても⋮⋮ホントばっかみたい。なんでもうすぐクリスマス
てる。ホントめんどくさい⋮⋮
唯一の友達の小野寺さんも、そういった煩わしい人間関係に苦労し
男子からはいらない告白をされて女子からは疎まれる。
も⋮⋮﹂
﹁いやー、お互いモテる美少女は困りますなー。男子的にも女子的に
いこのあいだ告白されて断ったばっかじゃん﹂
﹁もう⋮⋮からかわないでよ、小野寺さん。大体小野寺さんだって、つ
?
?
そもそも話したことどころか会ったことさえ無い男子に告白され
じゃん。
全然関係無い
まだ後ろで喚いている見知らぬ男子生徒を無視して、私は教室に荷
!?
?
482
?
?
ホントは勿体ないなんて全然思ってないくせに。
﹁⋮⋮全然知らないし興味ない。⋮⋮ああ、だから誰
﹂
って言ったら
そういう話を他人にしちゃうのは正直まだ少し恐かったんだけど、
小野寺さんには八幡の事は話してある。
彼氏が居るんだもんねー﹂
﹁今日の鶴見さんは一段とドギツいねっ。ま、鶴見さんには大好きな
得。
いつもより振り方がキツくなっちゃったワケが分かった。うん、納
どうりで一目見た時から生理的に受け付けなかったんだ。
そういう自信過剰なナルシストとかホントきもい。
じゃないの⋮⋮
誰 で も 自 分 の こ と 知 っ て る は ず だ っ て 思 っ て た っ て こ と ね。馬 鹿
愕然としてたんだ。⋮⋮自分が女子に人気があるからって、女子なら
?
八幡も応援してくれたし頑張って一歩踏み出してみたんだ。
でも⋮⋮
﹂
﹁⋮⋮だから彼氏じゃないって。まだただの婚約者﹂
﹂
んじゃ帰ろっか
﹁いやだからそれおかしいってば⋮⋮﹂
﹁
﹁ふふっ、まぁいっか
!
今日だって、ワケ分かんない告白呼び出しにも関わらず、私が戻っ
てくるの待っててくれたしね。
﹁うん。帰ろ﹂
そして二人で帰宅の徒についた。
ただ、ここ最近の帰り道は少しだけ胸が苦しくなる。
すっかりと陽が落ちるのが早くなった夕暮れどきに、街のクリスマ
スの灯火がとっても良く映えるから。
×
×
483
?
最近は毎日のように二人で帰宅するようになった。
!
?
×
帰り道は、至るところでイルミネーションがキラキラしてる。
個人の家の玄関先にもLEDライトで光り輝く飾りやリースが飾
られ、駅前の店の軒先にも可愛らしいツリーが飾られている。
私はよく大人びてるとか冷めてるとか思われがちだけど、実は昔か
らクリスマスは大好きだったりする。
日常の生活がつまらないから、少しだけ非現実感を味わえるこの雰
囲気と輝くイルミネーションが、つまらない日常を支配してくれるク
リスマスは、なんだかちょっぴりワクワクしてくるんだよね。
でも、今はそんなつまらなかった日常が、とても幸せなんだって気
付いた。
大好きなママが居てパパも居て、まだおっかなびっくりではあるけ
ど、ほんの少し信じられる友達が居て。
そして⋮⋮なによりも大切な八幡が居て。
∼っとしちゃってたみたい。
﹁⋮⋮なにって⋮⋮⋮⋮あ、ほう、はは∼ん
﹂
?
﹂
?
﹂
どうりで最近より一層不機嫌オーラ
そう言って小野寺さんはちょっと意地悪そうな笑顔を私に向けて
きた。
﹁⋮⋮なに
﹁いやいやいや、なるほどね∼
より一層って⋮⋮
放ってるワケだぁ﹂
⋮⋮なに
!
﹁なるほどって、どういうこと⋮⋮
﹂
でもとりあえずそんな事よりも⋮⋮
けど。
なんだか私がいつも不機嫌オーラ放ってるみたいに聞こえるんだ
?
?
484
だから、そんな気持ちになれた初めてのクリスマスに八幡と一緒に
⋮⋮おーい、鶴見さーん
?
居られたとしたら、どれだけの幸せを感じられるのか知りたかったな
⋮⋮
﹂
⋮⋮るみさん
なに⋮⋮
﹁⋮⋮さん
﹁⋮⋮え
?
うわ⋮⋮なんか私、店の軒先に飾られたツリーを見てたら、ついぼ
?
?
?
﹁ふ ふ ー ん ♪ さ っ き も ク リ ス マ ス と か 馬 鹿 み た い と か 言 っ て た く せ
に、実はクリスマス大好きなんでしょー﹂
むっ⋮⋮
﹂
﹁それなのに彼氏さん⋮⋮じゃ無かった、婚約者さんが受験生で会え
ないから荒んでるんでしょー
そ、そんなんじゃ⋮⋮ないっ⋮⋮﹂
なんでママといい小野寺さんといい、こんな風にすぐ
からかってくるかなぁ⋮⋮
もうっ⋮⋮
ねってやりたい⋮⋮
う ー っ ⋮⋮ す ご く ム カ つ く 顔 で ニ ヤ ニ ヤ し て る 小 野 寺 さ ん を つ
﹁⋮⋮なっ
!
そんなに大好きな人が居てさー﹂
﹁やーん、鶴見さん超かわいー
﹂
せたら、もっとモテちゃうよぉ
﹁⋮⋮むぅっ﹂
ホントムカつくっ
﹂
もうケチんぼー。ケチケチルミルミー、ケチルミー﹂
﹁⋮⋮ケチルミゆーな﹂
﹁即答
﹁絶対いや﹂
んって超気になるんだけど、今度私にも会わせてよぅ
あの鶴見さんがそこまでデレちゃう婚約者さ
﹁ね ぇ ね ぇ 鶴 見 さ ん
!
そんなアワアワしてるトコ学校で見
別にそんなに大好きってわけじゃっ⋮⋮﹂
!
?
﹁べっ
﹁いやー、いいなぁ鶴見さん
顔が火照って仕方ないからやめて⋮⋮っ。
!
!
!
でやってきていた。なんだか最近、帰り道が短くなった気がする。
そんなくだらない会話をしてたら、いつの間にかいつもの別れ道ま
係になっちゃうのは⋮⋮ちょっとだけやだ、かも⋮⋮
かも知んないし⋮⋮せっかく友達になれた小野寺さんと、また変な関
小野寺さんもかなりの変り者だから、八幡のこと好きになっちゃう
いっぽいんだもん⋮⋮
⋮⋮ だ っ て、八 幡 を 好 き に な る 女 の 子 っ て、ち ょ っ と 変 り 者 が 多
!
485
!?
!
!
!?
﹂
⋮⋮⋮⋮あのさ、余計なお世話かも知ん
そしたら去りぎわに小野寺さんが声を掛けてきた。
﹂
﹁ねぇねぇ鶴見さん
﹁⋮⋮なに
﹁だから膨れっ面やめてっ
!
へへっ、じゃねっ﹂
ントに奇跡が起きちゃった
だって、玄関の前に⋮⋮サンタが立ってるんだもん
サンタにしか見えなかった。
スプレをした不審者が立っていたわけでもないけど、でも今の私には
別に本物のサンタがソリに乗って待っていたわけでもサンタのコ
!
そんな馬鹿げた事を考えながら家までの最後の角を曲がった時、ホ
はぁ⋮⋮まったく。私ってまだまだ子供だな。かっこわる⋮⋮
﹁クリスマスの奇跡⋮⋮起きないかな⋮⋮﹂
ちゃったっけっ⋮⋮
えへへっ、クリスマスの奇跡とかいう馬鹿げた言葉を本気で信じ
たけど、ホントに⋮⋮ホントに嬉しかったなぁ。
最初は恥ずかしさと緊張で素直になれなくてあんまり喋れなかっ
あの日、本当に奇跡的に八幡との再会を果たした。
ど。
居たから、あんまり八幡と一緒に過ごせたってイメージはないんだけ
あの頃はただの憧れとしか思ってなかったし、周りに人もいっぱい
そういえば去年のクリスマスは八幡と過ごせたんだっけ。
私は去年のクリスマスを思い出す。
小野寺さんと別れて一人っきりの帰り道。
﹁クリスマス、かぁ⋮⋮﹂
×
でも⋮⋮まぁありがと。
もうホントうっさい⋮⋮
ないよぉ
ないけどさ、いくら婚約者さんの為って言ったって、我慢は体に良く
!?
?
!?
×
!
!
486
×
﹁八幡っ
﹁おう﹂
のっ
﹂
﹂
﹁はぁっ⋮⋮はぁっ⋮⋮な、なんで
⋮⋮なんで八幡が⋮⋮家に居ん
八幡が消えちゃわないようにギュッと⋮⋮ギュウッと。
と八幡だと確認出来るようにギュッと腕を掴んだ。
もう自分でもなんだか分からないくらい必死に駆け寄ると、ちゃん
×
サンタは私の姿を確認するとニヤッと笑って片手を上げた。
走りだした私が大声でサンタの名前を呼ぶと、その腐った目をした
書かれちゃうような、そんなだらしない顔だと思う。
たぶんこれが少女マンガとかだったら、パァッって文字が顔の横に
く分かる。
鏡を見てるわけでも無いのに、今の自分の顔がどうなってるのか良
!!
×
?
﹂
﹁ん、ああ。⋮⋮っとその前に、久しぶりだな。二ヶ月ぶりくらいか
?
﹂
﹁あ、うん。久しぶり⋮⋮正確には二ヶ月と8日ぶりだけど⋮⋮で
なんで居んの
次はラン
八幡がコートのポケットから出したのは、カードサイズの一枚の紙
⋮⋮
﹁⋮⋮これ﹂
それは⋮⋮夢の国、運命の国への招待状だった。
﹁いや、まぁ、なんだ⋮⋮前にシー行った時に約束してたろ
﹂
?
て、電話か何かで連絡すればいいのに﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮ばっかみたい。こんなの、わざわざ持ってこなくたっ
どいいかなと。⋮⋮留美のクリスマスが空いてんならどうだ
と最近勉強疲れで精神的に参っちまっててな。気晴らしにはちょう
ドの方に行くって。⋮⋮まぁ別に今じゃなくてもいいんだが、ちょっ
?
487
×
﹁おう。ほれ、コレ渡しにきた﹂
?
?
?
⋮⋮八
どうしよう⋮⋮嬉しすぎて顔が緩んじゃってるし泣いちゃいそう
だしで顔が上げられないじゃん⋮⋮ばかはちまんっ⋮⋮
﹁こんなの持ってくる暇があんなら、少しでも勉強してれば
幡ってホントばか﹂
﹁っ た く ⋮⋮ 久 々 に 会 っ た っ つ う の に 相 変 わ ら ず 酷 い 言 わ れ よ う だ
な﹂
八幡はすごく苦笑いしてるけど、だってこればっかりは仕方ない
⋮⋮私、嬉しくても満面の笑顔で抱きつくようなキャラじゃないし、
家の前でそんなことしたら八幡逮捕されちゃうし。
﹁⋮⋮八幡はホントどうしようも無いけど、勉強の合間を縫ってわざ
わざパスポート持ってきた八幡のばかっぷりに免じて、特別にクリス
マスはランド付き合ってあげる﹂
そんな見え見えのツンデレ行為に付き合ってくれた八幡は、私に掴
まれてない方の手で頭をぽんぽんと優しく撫でてくれた。
﹁おうそうか。そりゃありがとな、ルミルミ﹂
﹁だからルミルミって言わないで、キモい﹂
八幡にルミルミって言われて頭を撫でられるのは、子供扱いされて
るみたいで好きじゃない。
だから普段だったら頬を膨らませて冷たい視線を向けてキモいっ
て言うんだけど、今日はどうしたって無理そう。
だって、さっきからずっと俯きっぱなしの私の顔は、そんな顔が出
来る余裕が無いくらいに、だらしなくニヤケっぱなしだから⋮⋮
続く
488
?
ぼっち姫は、愛する王子様と共に運命の国で聖夜を祝
う︻中編︼
今日は12月24日、クリスマスイブ。
サンタが夢の国への招待状を届けてくれたあの日から、私はひと月
以上も今日この日だけを楽しみに毎日頑張ってきた。
﹁⋮⋮ママ、どうかな﹂
八幡との待ち合わせは9時だというのに、5時には起きて部屋中に
ありったけの服を広げて、一時間以上かけて決めた服をばっちりと着
込んでママに感想を求めた。
クリスマスを意識したコーディ
これなら八幡くんも他の女の子なんかに目が行かない
﹁わぁ、留美すっごい可愛いわよ∼
ネートなの
﹁⋮⋮そう、かな
⋮⋮えへへっ⋮⋮ま、まぁ八幡は元々他の女になん
日のクリスマスファッションはばっちり。
これでファーポンポン付きのショートブーツで足元を決めれば本
のあったかレギンスを履いている。
赤いミニスカートの下にはトナカイと雪の結晶の、ノルディック柄
のファーが付いたお気に入りの薄いピンクのコート。
クリスマスデートである今日私が選んだのは、襟元と袖にモコモコ
わねっ﹂
?
﹂
!
それじゃママ
!
スだもん。実際にこのひと月の間に、夢の中ではもう何度も八幡と
かしいしムカつくけど、今日は夢にまで見たディスティニークリスマ
なんだかちょっと張り切り過ぎって八幡に思われちゃったら恥ず
﹁うんっ﹂
がヘアアレンジしてあげましょうかねっ
てるのにいつもの髪型だと勿体ないわねぇ。よ∼し
﹁おやおやぁ、それは朝からごちそうさま♪でもせっかくおめかしし
て目が行くわけないけどね﹂
?
489
?
ディスティニーに行ってるくらいだし。
本日はどのようなヘアスタイルをご所望でござい
だからたまにはいいよね。
﹂
﹁それではお姫様
ますか
﹂
﹂
⋮⋮んー、じゃあストレートはそのま
まで、前髪編み込みにしてみよっかな
留美だったらすっごく似合うと思うよ
⋮⋮前髪編み込みかぁ。
ダメ
んー⋮⋮
﹁あら
なんで⋮⋮
?
そう告白した瞬間、なんかすごい抱き締められた⋮⋮。
うぅ⋮⋮⋮⋮頭、撫で辛く⋮⋮なんない、かな⋮⋮﹂
﹁えっと⋮⋮前髪を編み上げちゃったら⋮⋮その⋮⋮八幡が⋮⋮⋮⋮
がら、ママにその重要事項を打ち明けた。
も、とても重要な事だから⋮⋮⋮⋮私は俯きっぱなしでもじもじしな
マの顔なんて見てられないからそのまま俯いちゃったんだけど、で
これを言うのはあまりにも恥ずかしくって、とてもじゃないけどマ
そう⋮⋮
うぅ∼⋮⋮ちょっと恥ずかしい⋮⋮またママにからかわれちゃい
?
!
﹁んー⋮⋮髪型自体は可愛いと思うんだけど⋮⋮﹂
?
?
﹁かしこまりましたお姫様っ
今日は私っぽく基本はストレートがいいかな﹂
﹁んー⋮⋮よく分かんないけど、シーに行った時は片側に纏めたから、
?
×
×
﹂だって。
うに上気したホカホカ笑顔のママに綺麗に編み込んでもらった。
なんか、﹁撫でるのは頭の上の方だから大丈夫よっ
そしてついに出発の時間。
私はこの日の為に用意しといた八幡へのクリスマスプレゼントを
!
490
?
?
結局、私をしこたま抱き締めたり撫で回したりして、なんか満足そ
×
押し込んだバッグを、むふーっと満足気にぽんぽん叩いてから玄関へ
と向かった。
なんかちょっと悔しいけど、ドキドキとニヤニヤが止まんないっ
⋮⋮
﹂
﹁八幡くんとの待ち合わせは近くの駅じゃ無くって、舞浜の改札なん
だっけ
﹁うん﹂
﹁ふふっ、わざわざ待ち合わせをあっちにするなんて、留美ってば乙女
しちゃってるんだからぁ∼﹂
﹁⋮⋮べ、別に大したことない﹂
│││ホントは早く八幡に会いたくてしょうがない。
だから待ち合わせはシーの時みたいに、すぐに会える最寄り駅の方
がいいのかも知んない。
でも⋮⋮ちょっと憧れがあったんだよね。
舞浜の改札前で待ってて、改札から出てくる恋人にぶんぶん手を
振って笑顔で駆け寄ってく待ち合わせって。
小さかった時に見た光景だけど、なんかそわそわと待ってる時も、
待ち合わせ相手を発見した時も、女の人が凄く幸せそうな顔してたか
ら。
デートの待ち合わせは男が先に待ってなきゃダメとかいう、よく分
からないこだわりを相手に押し付けるめんどくさい女も居るみたい
だけど、私は八幡が到着するまでの間、ワクワクして待ってる時間も
幸せで好きだから、クリスマスのディスティニーデートで舞浜の改札
前でする待ち合わせは、ある意味それだけでも夢にまでシチュエー
ションのひとつだったりする。
でも、バカはちまんはそういう女心なんて全然分かってないんだよ
ね。
﹄
現地集合でいいのか
なんで
最寄り駅同じなんだから一緒に
私が待ち合わせ場所を舞浜の改札前でって提案したら、
﹃え
行けば良くねぇか
?
?
491
?
って、呆れた感じで言われた。ホントばか。
?
?
って聞かれても、恥ずかしくて答えらんない
私がそうしたいって言ってんだから、余計なこと言わなくてもいい
のに。
だって⋮⋮なんで
じゃん⋮⋮
しかもそのあと、
キツいって
ホントムカつく
た∼っぷり楽しんでくんのよぉ﹂
そう心に誓いながらブーツを履いて玄関を開けた。
﹁留美、行ってらっしゃい
﹂
﹁ふふっ、はーい♪⋮⋮あ、留美
!
⋮⋮そ
今夜は寒くなるって言ってなかったっけ
﹁⋮⋮うんっ、行ってらっしゃい﹂
﹂
マフラーはしてかなくてもいいの
﹁うん。まぁそれなりに楽しんでくる﹂
!
﹁んー、大丈夫。⋮⋮じゃあ行ってきます﹂
﹁⋮⋮
!
これから待ち合わせだっていうのに、なんで突然膨れちゃっ
てかキツいってなに
﹁留美
﹂
全部八幡のせい
べ、別に⋮⋮﹂
たの
﹁
!
今日会ったら仕返ししてやんなきゃ。
もう
!?
そしたら慌てて掛け直してきてちょっと面白かった。
電話を切ってやった。
なんて失礼なこと言うもんだから、八幡がそう言った瞬間にピッと
ら、そっちでいいならそっちの方がいいかもな﹄
﹃まぁ近所で待ち合わせすっと、知り合いとかに見られたらキツいか
?
?
にまで見た雪の国へと踏み出したのだった。
×
﹁⋮⋮寒い⋮⋮﹂
×
492
?
?
﹁うん平気。今日は暖かくなりそうだから﹂
?
なんだかママにとても優しい笑顔で見送られながら、私はついに夢
?
!
?
!
!!
×
うー⋮⋮12月の寒空の下だってのに、張り切りすぎてちょっと早
く来過ぎちゃったかも。
舞浜の改札前で待っている現在の時刻は8時20分。すでにかれ
これ20分以上はここに立っている。
つ ま り は 待 ち 合 わ せ の 一 時 間 以 上 前 に は こ こ に 到 着 し ち ゃ っ て
た っ て 事 に な る わ け だ け ど、さ す が に 張 り 切 り す ぎ て て 自 分 で も
ちょっと引く。
でもまぁ、こんなにそわそわした気持ちのまま家でただ時間を潰し
てたとしても、たぶん早く行きたくて行きたくて心此処にあらず状態
だったろうから、電車が駅に到着する度に八幡の姿を探せる幸せがあ
早く八幡来ないかな⋮⋮
る今のこの状態の方が、精神衛生上よっぽど良いと思う。
でもやっぱり寒い⋮⋮
ここに到着してから、東京方面からと千葉方面からの京葉線の到着
の音を何度聞いて、そしてその度に改札から流れてくるたくさんの人
の中を何回注意深く観察した頃だろう。
今日のランドの開園時間は8時。
もう開園してから30分ほど経つ時間だからか、電車が到着して改
札へと押し寄せる乗客の勢いが一段と激しくなるそんな人波の中に、
あの人波の中から、一瞬で発見しちゃうなん
私はついに待ち人の姿を発見した。
我ながら凄くない
て。
たぶん私じゃなかったら、あの人混みの中からあんなに影の薄そう
な男の子をこんなに離れた距離から発見するのなんて絶対無理。
でもそれが難なく出来ちゃう私は、やっぱり八幡が大好きなんだ
なって思う。
私は、Suicaをかざして改札から出ようとしているずっと待ち
焦がれていた男の子に、どうしたって滲み出ちゃう笑顔を隠そうとも
しないで駆け寄っていく。
493
!
あまりの人混みにすでに死んだ魚の目をしている猫背の男の子。
?
﹂
さすがに恥ずかしくて手はぶんぶん振れなかったけど⋮⋮
﹁八幡っ
やっと会えた⋮⋮
見た。
ん
手が止まった。
そう言って八幡はいつものように頭を撫でて⋮⋮くれようとして
﹁おう、久しぶりだな。俺も息抜きしたかったから気にすんな﹂
その⋮⋮⋮⋮ありがと﹂
﹁そんな事よりも、八幡、久しぶり。受験勉強忙しいのに、今日は⋮⋮
八幡に引かれたらちょっと泣きそうだし。
いよね。
まさか待ち合わせ時間よりも一時間以上早く来てたなんて言えな
﹁うん﹂
﹁そうか﹂
気にしなくていい﹂
﹁うん。でも今日も私が勝手に早く着いちゃっただけだから、八幡は
てきたつもりだったのに、やっぱ待たせちまったのか﹂
﹁うおっ
おう留美、早えーな。⋮⋮待たせないように今日も早く出
私が笑顔で名前を呼んで袖を掴むと、八幡はビックリした顔で私を
×
やっぱりとても格好良かった。
夢の中では毎日のように会ってたけど、ひと月ぶりに見る八幡は、
!
!
×
!?
むー⋮⋮やっぱり撫で辛いのかな。
?
まぁ身長の関係で、どうしたって上目遣いになっちゃうんだけど
ちょっと上目遣いな感じで聞いてみる。
﹁お母さんがやってくれたの⋮⋮⋮⋮変
﹂
﹁な、なんかアレだな。今日は髪型がすごいな﹂
?
494
×
ね。
﹂
﹂
﹁いや、その、よく似合ってるっつうか、うん。⋮⋮か、可愛いと思う
ぞ⋮⋮
﹁∼∼∼∼∼っ
よく分からん
﹁な ん か 服 も ク リ ス マ ス っ ぽ く て 可 愛 い し ⋮⋮ う ん、な ん だ。
八幡が褒めてくれたっ⋮⋮
?
どうしよう。顔がすごい熱
⋮⋮⋮⋮全体的に見て、すげぇいいんじゃねぇの⋮⋮
けど⋮⋮﹂
⋮⋮嘘
い⋮⋮
!
﹁お前はどこのガキ大将だよ⋮⋮﹂
﹁まぁ八幡のシスコンは今更だし、褒めてくれたお礼にキモいのは我
しそうな八幡に、褒めてくれたお礼をしなきゃね。
罵倒されるのを嘆いてるように言いながらも、なぜだかちょっと嬉
﹁結局罵倒されちゃうのかよ⋮⋮﹂
﹁⋮⋮シスコン﹂
ろって調教されてんだよ﹂
﹁えーと、アレだ。小町に鍛えられてるからな。まずはとにかく褒め
ミルミって言うんだから。
まったく⋮⋮ホント八幡は油断するとすぐにお前って言ったりル
?
むっ⋮⋮
﹂
﹁⋮⋮お前じゃないって何回言ったら理解するわけ
てよ。留、美
﹁⋮⋮留美﹂
いい加減学習し
﹁女の子の髪型とか服を褒めるなんて八幡のくせに生意気﹂
れるから。
こういう時、ロングっていいよね。真っ赤な耳がちゃんと隠れてく
て悪態をついて誤魔化す事にした。
嬉しくて恥ずかしくて仕方がないから、私はぷいっとそっぽを向い
してたし諦めてたから油断してた⋮⋮
どうせ八幡の事だから、髪も服もなんにも言ってくんないのは覚悟
!?
﹁⋮⋮ん。⋮⋮⋮⋮で、何﹂
!
495
!?
?
慢してあげる﹂
﹁⋮⋮そりゃありがとよ﹂
﹁あ⋮⋮あと、その⋮⋮八幡がキモいのは置いといて⋮⋮可愛いって
褒めてくれたのは⋮⋮まぁまぁ嬉しかった⋮⋮ありがと⋮⋮﹂
もうっ⋮⋮さっきからずっと恥ずかしくて八幡が見れないじゃん
⋮⋮
ようやく会えたのに、ず∼っとそっぽ向きっぱなしの私ってなんな
の
﹁お、おう﹂
どうした﹂
﹁あともうひとつ⋮⋮﹂
﹁ん
﹁髪型はこんなんだけど⋮⋮頭は撫でても大丈夫ってお母さん言って
たから⋮⋮さっき撫でようとしてた分⋮⋮⋮⋮撫でさせてあげる﹂
ちょっと変じゃない
そう言って頭をずいと八幡の方へと傾ける。
あ、れ⋮⋮
?
え へ へ ぇ ∼ っ ⋮⋮ や っ ぱ り 気 持 ち い い
んぽんと優しく撫でてくれた。
だけど、八幡は真っ赤な顔で﹁おう、そうか⋮⋮﹂って言いながらぽ
そこに気付いちゃったら堪らなく恥ずかしくなってきちゃったん
なんか頭撫でを催促してるみたいなんだけど⋮⋮
?
い つ ぶ り の 頭 撫 で だ ろ
なっ。
×
?
て引っ込める。
嘆きながら歩きだした八幡の左手に右手をのばしかけた私は、慌て
﹁⋮⋮理不尽すぎんだろ﹂
﹁八幡。時間もったいないから早く行こ﹂
危うく撫でてもらってるだけで一日が終わっちゃうとこだった。
を向けることにした。
満足するまで撫でてもらってから、私たちはようやくランドへと足
×
496
?
?
×
あぶない
今日はそうじゃなかったんだ。
先に歩きだした八幡は、着いてこない私を不思議に思ったのか、振
﹂
り返り心配そうな顔を向けてくる。
﹁留美、どうした
﹂
くらいの高さに右手を差し出した。
﹁⋮⋮ん﹂
えっと、なに
﹁⋮⋮⋮⋮は
﹂
﹁⋮⋮⋮⋮ん
ホントに鈍感⋮⋮
﹂
なんでいきなりここで握手す
すればいいのか⋮⋮
なんで八幡は気が付かないの
?
⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮手、繋いで⋮⋮﹂
⋮⋮八幡ってどんだけバカなの
﹁えと⋮⋮あ、握手
﹁は
?
!
そう言って戻ってきた八幡に、私はそっぽを向いたまま、握手する
?
こんなこと言わせないでよ⋮⋮バカはちまんっ⋮⋮
ると思うわけ
もう
?
その初めて八幡から繋いでくれた手は、恥ずかしくて熱を帯びてい
頭を掻きながらぎゅっと握ってくれた手。
私が向いている方向とは逆方向にそっぽを向いて、照れくさそうに
﹁ぐっ⋮⋮ったく、しゃあねぇなぁ﹂
て﹂
﹁この状態で待ってる私の方がずっと恥ずかしいから⋮⋮⋮⋮早くし
﹁はぁぁ⋮⋮死ぬほど恥ずかしいんだけど⋮⋮﹂
だって⋮⋮クリスマスだもん⋮⋮
かったんだもん。そしてそれは今日どうしてもして欲しかった。
でも⋮⋮ホントたまにはでいいから、八幡の方から繋いできて欲し
よって言うのは信じらんないくらい恥ずかしい。
もう死にそう⋮⋮自分から繋ぐのは少しは慣れてきたけど、繋いで
きたっていいでしょ⋮⋮﹂
⋮⋮クリスマスデートの時くらい⋮⋮⋮⋮たまには、八幡から繋いで
﹁い つ も は 私 か ら 繋 い で る ん だ か ら ⋮⋮ 八 幡 が 誘 っ て き た 時 く ら い
!
?
?
?
?
!
るからなのか、とてもとても熱かった。
497
!
!
?
その熱すぎるくらいのぬくもりは、12月の寒空の下で凍り付い
ちゃいそうだった私の手と心を、チョコレートみたいに甘く優しく溶
かしていってくれた。
続く
498
すごーい⋮⋮﹂
ぼっち姫は、愛する王子様と共に運命の国で聖夜を祝
う︻中編︵後︶︼
﹁わーっ⋮⋮八幡見て見て
﹁だな﹂
﹂
やっぱりランドのクリスマスって言ったらこのツリーだ
ライトアップされたら綺麗なんだろうなぁ⋮⋮﹂
﹁⋮⋮﹂
よね
﹁八幡八幡
られた巨大なクリスマスツリーに見惚れていた。
ドのメインストリートとも言えるワールドバザールの真ん中に立て
手を繋いでパークに入った私たちは、エントランスを抜けて、ラン
!
と思って八幡を覗き込んで見ると、八幡はとても微笑ましそう
﹃でもな、俺のほうがもっと一人でできる﹄
それは決まって八幡と一緒に居る時。
まに子供みたいにはしゃいじゃう時がある。
私は自分がこんなキャラじゃないって理解してるつもりなのに、た
あぅ⋮⋮またやっちゃった⋮⋮
⋮⋮⋮⋮
に私を見ていた。
ん
右手はしっかりと八幡の体温を感じてるから、それはない。
一瞬八幡が居なくなっちゃったのかと不安になったんだけど、私の
答が無い。
矢継ぎ早に感嘆の声を上げちゃったんだけど、なぜか八幡からの返
﹁⋮⋮﹂
﹁夜になるの楽しみっ⋮⋮えへへ﹂
﹁⋮⋮﹂
﹁わぁ
!
!!
499
!
!
?
去年のクリスマス会、相変わらずぼっちだった私が一人で作業をし
てた時、手伝うと言ってくれたのに意地を張って拒絶した私に、こん
などうしようもない台詞なのに、一人で頑張る私に八幡がニヤリと胸
を張って言ってくれた言葉。
こんなに情けない台詞をドヤ顔で言い切る八幡に、思わず笑顔を向
けてしまった。
思えばあの時から、私は八幡に心を許したんだと思う。
それより前に八幡が手伝ってくれた時も、作業が終わった時に少し
だけ笑顔になっちゃったし、それどころか初めて会った時から、よく
分からないシンパシーみたいなものは感じてた。
でもたぶん、本当の意味で八幡に心を許し始めたのは、たぶんあの
って言っちゃったけど、ホントはとても嬉し
瞬間からなんだと思う。
ばっかじゃないの
かった⋮⋮
のは、私が八幡にとって特別な存在なんだって自負できるから。
腐った八幡のくせに、あんなにあったかい眼差しを向けてきてくれる
確かに今は子供に向けられる庇護欲かも知れないけど、でも目が
る私の思考はどこか矛盾してるのかな。
そう⋮⋮悔しい。悔しいんだけど、でもやっぱり嬉しかったりもす
欲しいから。
だからホントはちょっとだけ悔しい。八幡には私を対等に扱って
か年下に向けられる庇護欲からくるものなんだって事は分かってる。
││この微笑みは、好きな異性に向けられるものじゃなくて、妹と
る。
そんな時八幡は、決まってこんな微笑ましい笑顔で私を見てくれ
りはしゃいじゃったりする。
時、家に来てくれた時とかに、ついつい自然と笑顔がこぼれちゃった
だからあれ以来、総武高校の校門での再会の時とかシーデートの
?
だから今はまだ庇護欲でも構わない。八幡の特別であることには
違いないんだもん。
500
!
そのうちもっと綺麗で大人の女になって、八幡に自慢の恋人として
見てもらうのが、今の私の目標。
だからまだまだ子供の私は、八幡にこの眼差しを向けて貰えるのが
やっぱり好き。
⋮⋮好きなんだけど、うぅ⋮⋮でもやっぱり恥ずかしい⋮⋮それと
これとは別問題⋮⋮
ついつい子供みたいにはしゃいでる姿を好きな人に見られて微笑
まれちゃうなんて、なんか女として負けた気分⋮⋮
だから私は、真っ赤に染まっているであろう顔をぷくっと膨らませ
八幡キモい﹂
て、今日もこう悪態をついて嬉しい胸の内を誤魔化すのだった。
﹁⋮⋮なにニヤニヤ見てんの
またしてもなんかキモく嬉しそうな顔してる八幡の手をぎゅっと
?
るな⋮⋮﹂
﹁そりゃね。八幡が混雑時OKのパスポートを事前に入手しといてく
⋮⋮お、おう。そうそう、それな﹂
れなかったら、今日は入園出来なかったくらいだもん﹂
﹂
﹁⋮⋮え
﹁
いって顔してんだろ
﹁別にクリスマスにディスティニーに来たのは、アトラクションを楽
か﹂
﹁し か し こ う 混 ん で た ら 乗 り 物 な ん て 乗 れ な そ う だ な ⋮⋮ ど う す っ
ない。まぁそういうトコも全部好きだけど。
まったく⋮⋮頼りになるんだかならないんだか、ホントよく分かん
?
八幡てば自分で用意しといてくれたのに、なんでよく分かってな
?
501
!
引っ張って、私はクリスマスカラーに彩られたディスティニーランド
×
を、ウキウキで駆け出した。
×
﹁うおー⋮⋮やっぱクリスマス本番ともなると、尋常じゃなく混んで
×
?
しみたいから来たってわけでもないし、別にいい。ただクリスマス
に、この夢の国の雰囲気の中で一緒に居るってところが重要なんで
しょ﹂
ホント八幡は分かってないなぁ。
クリスマスムードの中を手を繋いで二人で過ごすってところがポ
イントなのに。
それが大人のクリスマスディスティニーデートってもんでしょ
それなのにいきなり乗り物乗れないとか嘆くなんて、八幡ってホン
トお子様。
﹁おう⋮⋮そういうもんなのか⋮⋮﹂
﹁うん。八幡は分かってなさすぎ。⋮⋮⋮⋮⋮⋮でも﹂
私はほんの少しだけ頬を赤らめてこほんと咳払いを一つ。
﹁⋮⋮まぁ八幡がどうしてもアトラクションを楽しみたいって言うん
なら、私も一つ乗りたいのあるし、付き合ってあげなくもない﹂
﹁⋮⋮お前が乗りたいだけじゃねぇのかよ⋮⋮﹂
ま、まぁ確かに私が乗りたいことも無くはない⋮⋮
でも八幡と違って私はまだほんの少しだけ子供だから、乗りたいと
思ったって別にいいでしょっ⋮⋮
あと、
﹁お前じゃない⋮⋮留美﹂
ばかはちまんっ。本日二回目なんだけど。
ついって事は、自然体ではいつも私のこと
私がジトっとした目で怒ると、
﹁すまん、つい﹂と笑いながら答える
ばかはちまん。
むっ、なに笑ってんの
これは、いついかなる時でも留美って出てくるように、きちんと指
導しないとダメだな。
﹁⋮⋮ 今 度 お 前 っ て 言 っ た ら、婚 約 者 の 比 企 谷 八 幡 に 会 い に 来 ま し
たって、総武高校の職員室と八幡の部活に挨拶に行くから﹂
﹁マジですみませんでした﹂
もう土下座する勢いの八幡なんか無視して、むくれた私は八幡の手
502
?
をお前って思ってるって事だって分かってんのかな、この八幡は。
?
を離してファストパスを取りに行くのだった。
すぐさま必死に追い掛けてきた八幡が、また自分から手を繋いでき
たから一応は許してあげたけどね。
ちなみに八幡が手を繋いできた時、膨れてた頬っぺたからぷしゅっ
と空気が漏れてニヤケちゃったのはないしょ。
⋮⋮それにしたって、こんなに可愛い婚約者が挨拶に行くって言っ
てあげてるのに、土下座してまで止めようとする意気地なしの八幡許
すまじ。
×
クリスマスとか言わずにいっぱい来よう。
ていうか来年は八幡も暇な大学生になるんだから、ハロウィンとか
よし。来年のハロウィンは八幡とまた来よう。
くわくするんだよね。
ハロウィンの時期も、クリスマス同様にパーク中が彩られるからわ
飾らがしてあってやっぱり可愛い。
それでも普段なら特に気にしない所も、ちょこちょこクリスマスの
だけでまだ分からないから、これからじっくりと探索してみよう。
ウエスタンタウンの方は、ファストパス取りに行くために通過した
ミネーションが点いたらまた違うんだろうけど。
ぱりエントランスから白亜城までのランドの中心部かな。夜のイル
ザールまで戻って来たけど、一番クリスマス感を味わえるのは、やっ
ト ゥ ー ン パ ー ク か ら ト ゥ モ ロ ー タ ウ ン に 入 っ て ま た ワ ー ル ド バ
実感がホント好き。
なくても、ただ歩いて見て回るだけでもホント楽しいよね。この非現
ハロウィンとクリスマスのパーク内は、アトラクションなんか乗ら
に染まったパーク内を散策することにした。
なんとか夕方の時間帯にファストパスが取れた私達は、クリスマス
×
どうせ八幡は大学生になってもぼっちで寂しいだろうから、可哀想
503
×
な八幡を引き受けるという責務をおった私は、その責任を果たさな
﹂
きゃいけないわけだし。
どうした
﹁ねぇ八幡﹂
﹁ん
﹂
来年の俺が可哀想なこと
?
うね﹂
﹁え、なに
はすでに決定事項なの
なんで突然ディスられてんの
﹁八幡は来年もやっぱり可哀想だから、たくさんディスティニー来よ
?
あれ
でもよくよく考えたら八幡には私が居るんだから、全然可哀
配はしたくないもんね。
もう八幡は私のだから余計な心配かも知んないけど、これ以上の心
私が知らないだけで、他にもまだ居るのかも。
いけど頭がちょっと残念なお団子美人。あとあざといの。
胸が中学一年生の私並みのすっごい美人と、胸は嫌味なくらい大き
ん。
現在進行形で強力なライバ⋮⋮余計な虫が何人か付いてるんだも
な虫が寄ってこないから安心。
なんか八幡が愕然としてるけど、私的には八幡が可哀想な方が余計
?
?
むしろ幸せ一杯に決まってる。
﹂
よし、﹃私がそばに居ない時に限り可哀想﹄に訂正しておこう。う
ん。
﹁んー、やっぱり八幡は幸せものだった﹂
﹁あ、そう⋮⋮そりゃ、あんがとさん⋮⋮
としてんの
むっ、幸せものだって教えてあげたのに、なんでそんなにキョトン
?
八幡はすごい幸せものだよ。よかったねっ﹂
八幡と一緒に居られる私は幸せものだから、私と一緒に居られる八
﹁うん
てしてもう一度教えてあげた。
だから、八幡がいかに幸せものなのかを、私の素敵スマイルを持っ
?
504
?
想でもなんでもないじゃん。
?
!
幡も同じくらい幸せものなはず。
だから私がいかに幸せなのかを客観的に見た上で八幡に﹁よかった
ねっ﹂って言ってあげたんだけど、自分の幸せな姿を想像しすぎて、な
んかすごい笑顔になっちゃったみたい。
鏡で見たわけでもないのに、自分でも今すごい笑顔だったんだろう
なって分かっちゃうくらいに微笑んでたっぽい。
﹂
八幡がそんな私の顔見てビックリしてたし、すぐに照れくさそうに
顔背けたし。
なんか⋮⋮恥ずい⋮⋮
﹁そ、そんなことよりさ、そろそろちょっとお腹空かない
話題を変えて誤魔化しちゃった。
ホント私って八幡の事とやかく言えないくらいヘタレだよね⋮⋮
うぅ⋮⋮
でもお腹空いちゃったのはホントだし⋮⋮
アトラクションにはまだ乗ってないけど、色んなとこ見て歩き回っ
てたら、気が付いたら意外といい時間になってた。
お腹が鳴っちゃう前になんか食べないと、八幡にくぅ∼って聞かれ
ちゃうかも知んないっ⋮⋮それは女として由々しき事態だよね。
﹂
﹁⋮⋮ん、ま、まぁそうだな。俺はまだ減ってねぇけど、留美が腹減っ
たんならどっか入って食うか﹂
とりあえずチュロスでいいよ﹂
﹁チュロス好きだな⋮⋮まぁそれでいいんならとりあえず買ってくっ
か﹂
﹁うん﹂
やっぱりディスティニーの食べ歩きっていったらチュロスだよね。
これが嫌いな女子とかありえないと思う。
チュロス売り場も行列が出来てたけど、回転が早いからか思ったよ
505
?
ああ。今日ちょっと家出んのがギリギリになっちまってな。朝
﹁もうすぐお昼になんのに、八幡はまだ空いてないの
﹁ん
?
﹁ふぅん。あ、じゃあすぐそこにチュロス売り場のワゴンがあるから、
飯食ったの遅かったんだよ﹂
?
りも早く売り場まで到着した。
八幡は食べないの
﹁えーと⋮⋮チュロス一本﹂
﹁⋮⋮あれ
おごられるのが当然
﹂
みたいな顔してる女が嫌いな私は断固とし
ちなみに今日は全部八幡がおごってくれるみたい。
をしてくれた。
キャストさんが私にチュロスを渡してくれてる間に、八幡が支払い
﹁そっか﹂
えなくなっちまうからな﹂
﹁おう。元々そんなに腹減ってねぇから、今から一本食ったら昼飯食
?
﹁ん
あれ
留美⋮⋮⋮⋮あ﹂
ト目で睨み付ける。
私はチュロスを左手に持ったままその場に立ち尽くして、八幡をジ
⋮⋮むっ。
八幡はサイフをしまいながらさっさと歩きだした。
﹁んじゃ行くか﹂
し嬉しいな。
⋮⋮えへへ、やっぱりちゃんと次に会う約束があるのは安心できる
おごられるのは気に食わないけど結果オーライってとこかな。
それなら次のデートの約束も取り付けられたみたいなもんだから、
上で。
もちろん次のデートの際は私がおごり返すという条件を飲ませた
りを受けることを了承した。
くらい金の事は気にすんなってことで押し切られて、渋々八幡のおご
て拒否したんだけど、自分から誘ったんだからってのと、クリスマス
!
て戻ってきた。
今日は約束したはずでしょ、八幡⋮⋮
﹁っと、すまん﹂
謝りながらギュッと手を握られた瞬間に、膨れた私はすぐさま機嫌
を直す。
506
?
?
むくれた私が右手を差し出したまま立ってるのを見て、八幡が慌て
?
﹁⋮⋮ん﹂
でもすぐにご機嫌になっちゃうと、ばかはちまんはすぐに忘れちゃ
うから、機嫌が直らないフリして釘を刺しておこうかな。
﹁八幡。次に手を離した時に繋ぎ忘れたら⋮﹂
﹁絶対に忘れません﹂
﹁⋮⋮ん﹂
よし。じゃあ今回だけは特別に許してあげるね。
ぱくっとチュロスを食べながら、またディスティニー散策再開っ。
んー。やっぱり美味しいな。
そしてサクサクとチュロスを何口か食べたところで、ふと悪戯心が
芽生えた。
八幡は女に免疫が無いから、絶対に恥ずかしがるはず
そして私は八幡の口元に食べ掛けのチュロスを掲げた。
⋮⋮あ、や、だ、大丈夫だ。腹減ってねぇし⋮⋮﹂
﹁⋮⋮ん。八幡も一口食べれば﹂
﹁へ
慌てた様子で断ってきた。
﹁美味しいよ。ほら﹂
﹁だから要らんっての⋮⋮﹂
⋮⋮今ど
⋮⋮なんか八幡をからかうつもりでやったのに、ここまで拒否され
るとちょっとだけショック⋮⋮
なんか、絶対に食べさせてやりたくなってきた。
﹁もしかして八幡、間接キスが恥ずかしいとか思ってんの
き中学生だってそんなの気にしないよ。八幡カッコ悪﹂
バッカ、そそそそんなわけにゃいだりょ⋮⋮﹂
恥ずかしそうに悶えてるから、仕方ないから噛み噛みだったところ
⋮⋮
噛みすぎ⋮⋮ホント八幡てヘタレで可愛い。そんなとこも好きっ
﹁は
し、八幡以外とするつもりは無いけどね。
﹃中学生だって﹄とか言いながら、もちろん私はそんなのしたことない
?
507
!
へへへ⋮⋮予想通り、八幡は食べ掛けの断面をチラリと見てから、
?
?
はスルーしたげる。特別サービスだかんね。
﹁そんなわけないんなら、じゃあ⋮⋮ハイ﹂
八幡は、今度こそはと口元に掲げたチュロスを、それはもうヤレヤ
レって感じで溜め息を吐きながらサクっと頬張った。
﹁うん⋮⋮まぁ、美味い﹂
頭を掻きながらすっごい恥ずかしそうにむぐむぐしてる八幡を見
て、私はつい口元を緩ませながらこう思うのだった。
うん。やっぱり八幡は幸せもの。
そして八幡が一口食べたチュロスを、頬を染めながら大事にはむっ
と食べた私も、やっぱり幸せものっ。
×
た。
なにこれ。時間経つの早すぎじゃない
ほーんテッド⋮⋮
﹂
ほ、
あんなの年中やって
る ア ト ラ ク シ ョ ン じ ゃ ね ぇ か。⋮⋮ っ と、な ん つ っ た っ け か
?
﹂
﹂
?
からやってるんだけど﹂
うってコンセプトでやってるから、ディスティニーハロウィンの時期
﹁ま ぁ 厳 密 に 言 え ば、ハ ロ ウ ィ ン と ク リ ス マ ス を 同 時 に お 祝 い し よ
﹁そうなの
ホーンテッドがクリスマス仕様になってるの知らないの
﹁ホーンテッドアパートメントね。ていうか年中やってるって、八幡、
?
?
﹁そういや、なんでアレそんなに乗りたいんだ
から、私達は急いで目的地のファンタジータウンへと向かう。
楽しみにしていたアトラクションのファストパスの時間になった
?
してる間に、気が付けばもうすっかり夕方になって、陽も暮れかけい
混みまくってるパーク内だけど、ぐるぐると歩き回ったり食べ歩き
﹁ん、おう﹂
﹁そろそろ時間だよ。八幡行こっ﹂
×
?
508
×
﹁詳しいな⋮⋮﹂
﹁そんなの千葉県民の常識﹂
﹁マジか⋮⋮﹂
どうやら千葉県民の常識を知らなかったことで八幡が少し凹んで
るみたいだけど、八幡の千葉知識へのプライドなんてどうでもいいか
ら無視。
特に墓地のとこが凄い綺麗でね
だから八幡と乗りたかったの﹂
﹁普段と全然違うからすごい楽しいよ。なんかとってもいい雰囲気な
の
﹁そうか﹂
﹁おう、そうだな﹂
﹁えへへ、楽しみだね
﹂
ど、ようやく二人でライドに乗り込めた。
ションだから、建物の中に入ってからは結構時間が掛かかったんだけ
やっぱり今日はすごい混んでるしこの時期で一番人気のアトラク
よね。
なんか行列してる中スイスイ進めるのって、ちょっとした優越感だ
ファストパスという事で、とてもスムーズに建物の中まで行けた。
⋮⋮
どうやらまたはしゃいじゃってたみたい⋮⋮あぅ⋮⋮恥ずかしい
の微笑ましい笑顔を向けてくれた。
八幡を引っ張り気味に先行して嬉しそうに言う私に、八幡はまたあ
?
このライドは密閉まではいかないけど、前後のライドの乗客からは
ドキしてきちゃう⋮⋮
内が暗いから、この密着具合で気持ち良く撫でられると、すごくドキ
ホーンテッドは一応お化け屋敷の扱いだけあってアトラクション
⋮⋮気持ちいい。
ぴっとりと寄り添ってはしゃぐ私を、八幡は優しく撫でてくれた。
してはイマイチなんだけど、ライドの広さを完全に無視して八幡に
このアトラクションのライドは比較的広くて恋人同士の密着度と
!
509
!
ほとんど見えないような作りになっている。
だから暗闇と密着と頭撫でで少し変な気持ちになっちゃった私は、
周りの目を気にする事もなく、初めて八幡に抱きついてみた。
留美さん
﹂
抱きつくって言っても腕にだけど。
﹁ちょ、ちょっと
自慢気に言う私に、八幡は珍しく素直に感想を言う。
﹁ね、楽しかったでしょ﹂
ら降りた八幡は、私の言い付けを守って手を繋いでくれる。
そんなドキドキの夢のひとときもあっという間に終わり、ライドか
か胸がぽかぽかした。
オススメしてたとこを八幡も楽しそうに喜んでくれたから、なんだ
しょ﹂って笑顔で答えてあげた。
けは、隣から小さく﹁おおっ⋮⋮すげ﹂って聞こえてきたから、﹁で
けど、私オススメの墓地の真っ白な雪景色が視界一杯に広がった時だ
結局アトラクション内ではそのまま無言の時が流れていったんだ
八幡も、私を意識しちゃってホーンテッドどころじゃないかも⋮⋮
まりアトラクションに集中出来ない。
⋮⋮やりすぎたかな。せっかく乗ったのに、ドキドキしすぎてあん
﹁⋮⋮はい﹂
﹁ほら、八幡。もう始まってるからちゃんと見て﹂
発展途上な胸はまだまだ薄いから⋮⋮
あのお団子みたいに胸がおっきかったらバレないかもだけど、私の
るかも⋮⋮
腕に胸を押し付けちゃってるから、私の鼓動が八幡にバレちゃって
どうしよう⋮⋮ドキドキがやばい。
悪態を吐きながらも、私の顔と身体は燃え上がるように熱い⋮⋮
﹁⋮⋮留美さんっていうの、キモい⋮⋮﹂
!?
﹁お う。マ ジ で 良 か っ た わ。あ そ こ が 雪 景 色 に な っ て る と は 思 わ な
510
!?
かったから、すげぇビックリした﹂
﹁えへへ、でしょ﹂
さっきまで抱き付いちゃってたからか、八幡はまだなんだか照れ気
味。
私の心臓もまだ全然大人しくなってくれないけどね。
〝それ〟は、お互いにちょっと照れ合いながら、アトラクション施
設から久しぶりに外へ出たときだった。
﹁うわぁ⋮⋮すごい⋮⋮﹂
〝それ〟は私達を待っていたかのように一斉に輝きだす。
いつの間にかすっかり陽が落ちて暗くなったパークを、クリスマス
イルミネーションが、優しく、暖かく、そっと包み込んだ。
そう。今まさに、私と八幡の運命の聖夜が始まったのだ。
続く
511
ぼっち姫は、愛する王子様と共に運命の国で聖夜を祝
う︻後編︼
キラキラと輝くイルミネーションに包まれて、私達はディスティ
ニーをゆっくりと歩く。
もう、ただ歩いているだけで、まるで夢のなかに居るみたいに幻想
的。
﹁⋮⋮綺麗だね、八幡﹂
﹁そうだな﹂
元々私と八幡はあんまり会話が多い方じゃない。ていうか少ない。
でもホーンテッドを出てから、暫くのあいだ光り輝くパーク内をの
んびりと見て回ったんだけど、会話はホントにこれだけ。
512
でも、私と八幡との間の会話なんてそれだけで十分だよね。なんの
不足もない。
私をこんな気持ちにさせてくれるのは。
たぶん他の誰とも、こんな気持ちになれる事なんてないんだろう
な。
八幡だけだよ
をあげるから。
八幡、もう少しだけ待っててね。あとちょっとしたら、サプライズ
出したかのように、ばくんばくんてずっと早鐘を鳴らしてる。
ディスティニーが夜に包まれてから、私の小さな胸がその事を思い
意してきたんだ。
こんな気持ちにさせてくれる八幡に、今日はすごいプレゼントを用
?
×
×
﹁寒っ⋮⋮﹂
×
冬のディスティニーの夜は尋常じゃなく寒い。
留美﹂
﹂
凍り付くような風が吹くと、布に覆われてない部分が痛くてジンジ
ンする。
﹁大丈夫か
﹁⋮⋮うん。大丈夫﹂
﹁もう夜になったし、マフラーとかした方がいいんじゃねぇか
マジで
どう考えたって寒くなんのなんて分かってたろ
﹁⋮⋮マフラー持ってきてないし﹂
﹁⋮⋮ は
むぅ⋮⋮しつこい
今はまだいいんだってば。
﹁だからホントにいらない。八幡しつこい﹂
﹁はぁ⋮⋮ったく、風邪引いても知んねぇぞ⋮⋮
﹁子供扱いしないで﹂
﹂
﹁いや、大丈夫って事ねぇだろ。遠慮すんなって﹂
﹁別に大丈夫。いらない﹂
八幡はそう言うと、自分が巻いてるマフラーに手を伸ばした。
⋮⋮しゃあねぇなぁ⋮⋮じゃあ俺の使え﹂
?
﹁ん
そうだな。なに食いたい
さすがにチュロスじゃねぇよな﹂
﹁⋮⋮じゃあ八幡、温かくなりたいから、そろそろ夕ごはんにしよ﹂
でも⋮⋮ホントは、ありがと。
なに拒否した。
私は八幡からの優しい申し出を、いつものように悪態を交えつつ頑
?
!
?
﹂
﹁あったまりたいって言ってんのに、外で食べ歩きするわけないじゃ
ん。ばかじゃないの
だからなんでばかって言うとちょっと嬉しそうな顔すんの
八幡って変態なのかな。
まぁ八幡だししょうがないよね。
そして私達は、クリスタルキャッスルっていうブッフェレストラン
?
?
513
?
?
?
ニヤリと苦笑する八幡に冷たい眼差しを向けて言ってやる。
?
で食事を取った。
ママのごはんで舌が肥えた私には味はあんまりだったけど、ガラス
張りのこのレストランからはライトアップされた白亜城が近くに見
えたから、とても素敵なクリスマスディナーになったと思う。
ちなみに八幡も味はイマイチだったらしく、しきりに﹁留美の作っ
たドリアの方が八万倍美味いな﹂とか言ってた。
⋮⋮ ば か は ち ま ん ⋮⋮ そ れ 言 わ れ る 度 に 料 理 の 味 が 分 か ん な く
なっちゃうんだから、やめてよねっ⋮⋮
でも⋮⋮来年のクリスマスディナーとクリスマスケーキは、仕方が
ないから私が作ってあげようかな、うん。
×
る。
私もキラキラしてるかな
﹂
?
かったからな﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
去年って、なに⋮⋮
?
﹁んー、まぁそうだな。去年はパレードんとき、ゴタゴタしてて見れな
なってるの知らなかったの
﹁クリスマスな感じって、八幡、パレードもクリスマスバージョンに
﹁そうだな。なんかクリスマスな感じになってるしな﹂
?
キラキラ光る電飾の光を浴びて、八幡の顔もキラキラと照らされ
ね﹂
﹁エレクトリックパレード久しぶりに見たんだけど、やっぱりいいよ
飾ったミキオ達が、夜のパークを美しく華やかに彩る。
ンに光り輝くフロートと、クリスマスバージョンのコスチュームに着
お馴染みのBGMに乗せて、クリスマスバージョンのデコレーショ
クトリックパレードの開始を告げる。
パーク内に響き渡る機械音声のアナウンスが、ナイトショー・エレ
﹃レディース・アン・ジェントルマン﹄
×
⋮⋮ん⋮⋮
?
514
×
﹂
﹁八幡⋮⋮去年もクリスマスにランド来たの⋮⋮
たお団子⋮⋮
誰と⋮⋮
⋮⋮ま
?
⋮⋮あ、あーあー、違げぇ違げぇ。いや、まぁ由比ヶ浜も居たっ
?
仕事﹂
﹁なに⋮⋮
仕事って﹂
﹁いやいや声低っ⋮⋮だからそういうんじゃ無くてだな⋮⋮仕事だよ
﹁⋮⋮ふーん﹂
ちゃ居たが⋮⋮﹂
﹁へ
?
あれの視察も
?
ね。
﹁私、去年のクリスマス、先生からイベントに参加してみないか
って
電飾が眩しくて明るいけど、夜だし赤くなってる顔はバレないよ
からの笑顔を向ける。
目の前を通る光り輝くフロートの灯りに照らされて、私は八幡に心
﹁な、なんすかね﹂
﹁ねぇ八幡﹂
いられるんだ。
こうして手を繋いで、クリスマスのランドでパレードを一緒に見て
そ、今の私達があるんだ。
あの日、ホントに⋮⋮本っ当に奇跡的に八幡と再会できだからこ
ていた。
愕然とする八幡は無視して、私は去年のクリスマスの事を思い出し
﹁言う隙さえ与えられなかったんだが⋮⋮﹂
﹁そうならそうと、早く言えばいいでしょ。ばかはちまん﹂
まったく、ホント八幡ってだめだめ。
⋮⋮⋮⋮ホッ、なんだ、そういうことかぁ。
的には八人の大所帯になって行って来たんだよ﹂
兼ねて行って来いって平塚先生にパスポート何枚か貰ってな。最終
﹁ほら、去年コミセンでクリスマスイベントやったろ
浮気を仕事って言って誤魔化すとか、八幡男として最低。
?
なんて無いんだし。でも一人でなんでも出来るようにって頑張って
言われて、正直迷った。ぼっちの私が行ったって、なんにも楽しい事
?
515
?
る時だったから、本当は嫌だったけど無理に参加したんだ⋮⋮⋮⋮で
もね、今は参加して、本当に良かったって思ってる﹂
八幡と会えたから⋮⋮恥ずかしくてそこまでは言わなかったけど、
八幡はちゃんとそこまで汲み取ってくれたみたい。
﹁そっか。ま、手伝いで無理矢理参加させられただけだけど、俺も行っ
て良かったわ﹂
そう言って、とても優しい笑顔で頭を撫でてくれたから。
パレードのBGMと光に包まれながら撫でられるのは本当に幸せ。
今日一番の夢心地。
こんなに人混みが凄いのに、ゲスト達の騒めきも凄いのに、まるで
この世界には私と八幡しか居ないみたいな錯覚に襲われる。
ふわふわと宙に浮いてるみたいな感覚に陥っちゃうくらいに、まる
で夢の中みたい。
そんな物悲しい時間のはずなのに、私の心臓はより強く、より早く
鼓動する。
﹁ツリー、見に行こ﹂
516
パレードも終わり、暫くしてから花火が上がった。
普段ならディスティニーミュージックのなか打ち上げられる花火
だけど、このシーズンばかりはBGMもクリスマス。
クリスマスソングに耳を傾けて夜空に咲く光の花を眺めながら、私
はずっと頭を撫でて貰ってた。
そしてこのあと私は⋮⋮⋮⋮
﹁八幡﹂
﹂
×
花火も終わり、夢の時間もあとほんの少し。
﹁どうした
×
?
×
﹁ん
ああ、そういやイルミネーションが点灯してから、まだ行ってな
かったな。んじゃ行くか﹂
﹁うん﹂
パレードと花火を見ていた場所から、ワールドバザールのツリーま
ではすぐ近く。
ほんのすぐ近くのはずなのに、目の前にそびえるこのツリーが視界
いっぱいに広がるまでには、なんだか物凄い時間が掛かったような気
がする。
﹁綺麗⋮⋮﹂
私は目的も忘れて思わずうっとりと眺めてしまった。
﹁だな。昼間見た時も凄かったけど、やっぱライトアップされると別
モンだよな﹂
﹁うん⋮⋮﹂
暫く無言で眺めてたけど、刺すような寒さと、それに反比例するか
のような八幡の手のぬくもりに、私はするべき事を思い出した。
思い出した途端に、なんだか顔がカァッと熱くなる。
﹂
こくりと喉を鳴らして、私は意を決して八幡へと言葉を放つ。
﹁八幡、あのさ﹂
﹁おう﹂
﹂
﹁クリスマスプレゼント⋮⋮⋮⋮ちょうだい
﹁へ
渡してくれた。
って⋮⋮⋮⋮あ、あれ
﹂
八幡は鞄をごそごそすると、可愛くラッピングされたプレゼントを
ほれ﹂
﹁お、おう、そうだな。ツリーの下とかで渡した方が雰囲気あるしな。
スプレゼントを要求するなんて有り得ないよね。
そりゃね。子供が親にねだる訳でもあるまいし、普通自らクリスマ
私からの突然のプレゼント要求に、八幡が間抜けな声をあげた。
?
八幡、プレゼントなんて用意してくれてたの⋮⋮
?
?
そ り ゃ 用 意 す る だ ろ。ま さ か 驚 か れ る と は 思 わ な か っ た
﹁嘘⋮⋮
﹁は
?
517
?
?
?
⋮⋮⋮⋮てか、じゃあなんで要求したの
ホントびっくりした⋮⋮
﹂
まさか八幡のくせに、自ら女の子にプレゼントを用意してくれてる
なんて⋮⋮
予想外の出来事に、嬉しさと驚きで、ちょっとだけ視界が霞む。
私は八幡から手渡された包みを、俯いたままギュッと胸に抱き締め
る。
どうしよう⋮⋮めちゃくちゃ嬉しい⋮⋮身体が震えるほどに⋮⋮
よし。これは私の宝物にしよう。永遠に。
﹁八幡のくせに生意気っ⋮⋮﹂
﹁俺はクリスマスプレゼント用意しとくだけで生意気なのかよ⋮⋮﹂
生意気に決まってんじゃん⋮⋮八幡のくせに⋮⋮八幡のくせにっ
⋮⋮
むしろこの嬉しすぎるサプライズは、私
あまりのサプライズに、つい我を忘れて歓喜に酔い痴れちゃってた
けど⋮⋮ダメでしょ私⋮⋮
み、八幡に無情の言葉を発した。
あとは何が欲しいんだ⋮⋮
﹂
﹁あり⋮⋮がと⋮⋮。でも、これじゃ足んない。もっとちょうだい﹂
﹁マジかよ⋮⋮はぁ⋮⋮で
?
せっかくプレゼントをくれたのに、さらなるプレゼントの要求に肩
を落とす八幡。うー⋮⋮ごめんね⋮⋮
﹂
?
518
!?
だから私は嬉しさを押し殺して、その幸せの包みをバッグに押し込
の計画に支障を来すんだから。
!
?
心の中で謝りながらも私は指を差す。今、私が一番欲しているもの
に向けて。
こ、これ
﹁それ。それが欲しい﹂
﹁⋮⋮は
×
?
×
ぬくぬくっ、いい匂いっ⋮⋮
!
×
私は、八幡に貰ったマフラーをぐるぐる巻きにして顔をうずめて、
その八幡のぬくもりと匂いをクンクンと堪能してる。
﹁えへへっ⋮⋮﹂
うぅ⋮⋮なにこれ⋮⋮まるで麻薬みたいに私の心をあっという間
に支配していくぬくもりと香り。
あぅ⋮⋮幸せ⋮⋮
﹁あのな⋮⋮⋮⋮だからさっきから何度もマフラー使えって言ったろ
﹂
うが⋮⋮。プレゼントくれとか言わないで、寒いなら寒いって言え
よ、アホ⋮⋮﹂
﹁アホとかハラスメントだからね、八幡。訴えてやる﹂
﹁俺、散々ばかはちまんばかはちまん言われてるんだけどっ
﹂
﹁なんか嬉しそうなくせに⋮⋮﹂
﹁うぐっ
言葉を詰まらせた。
やっぱり嬉しいんだ⋮⋮変態はちまん。
﹁八幡が変態なことは取り敢えず置いとくとして、いいの
かったんだから﹂
﹁⋮⋮さいですか﹂
ふふ、なんだか八幡、力が抜けた顔してる。
﹁マジ
﹂
﹁次は私がプレゼントあげる﹂
﹁今度はなんすかね⋮⋮﹂
﹁ねぇ八幡﹂
の顔にしてあげるからね。
でもね八幡。その力が抜けちゃった顔を、これから驚きでいっぱい
のかな。
プレゼントプレゼントって要求されて、私が嫌な女とかって思った
私が欲し
冷めた瞳で一瞥してそう言うと、八幡は痛いとこ突かれたみたいに
?
!
へへ∼っ、と悪戯っぽく笑いながら、私はバッグからごそごそと、可
519
!
﹁うん。マジ﹂
?
愛くラッピングした包みを取り出した。
喜んでくれるかな⋮⋮すっごいドキドキする⋮⋮
今ここで開けんの
﹂
﹁はい。あげる。開けてみて﹂
﹁へ
!
の為だけのマフラー。
﹁⋮⋮むっ、手編みのマフラーなんて、重いとか思ってない⋮⋮
﹂
げようって頑張った、私の八幡に対する想いがいっぱい詰まった八幡
本を読んだりママに教わったりしながら、少しでもいい出来に仕上
前から、少しずつ少しずつ用意してた。
│││あの日八幡が夢の国の招待状を届けてくれるよりもずっと
﹁んだよ⋮⋮手編みとか反則だろ⋮⋮﹂
りにもなるからね﹂
ようにしてね。あとは受験の日とかにしてけば、あったかい上にお守
で、受験生の八幡は、それでちゃんとあったかくして、風邪引かない
﹁⋮⋮そ。私が貰ったこのマフラーの代わりに、今使えばいいよ。ん
﹁ああ、すげぇあったかそう⋮⋮ってかコレ⋮⋮﹂
﹁うん。あったかそうでしょ﹂
﹁マフラー⋮⋮﹂
開け放たれた包みから出てきたもの。それは、
﹁おおっ⋮⋮﹂
少しずつ開いていく包みに、私の胸は激しく脈打つ。
大事そうに、ゆっくりとラッピングされた包みを開く。
冷たい目と声で二度目の開けてみてを言い渡された八幡は、とても
私が開けてって言ったんだから、八幡は大人しく開ければいいの
﹁⋮⋮はい﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮開けてみて﹂
私からプレゼントを渡された八幡が驚いたように尋ねてきた。
?
﹁ア ホ か っ ⋮⋮ ん な わ け ね ぇ だ ろ ⋮⋮⋮⋮ す っ げ ぇ 嬉 し い っ つ ー の
は、不安な気持ちがバレないように怒ったフリをして尋ねた。
マフラーを持ったまま固まってる八幡に少しだけ心配になった私
?
520
!
?
⋮⋮絶対受験の時してくわ﹂
﹁⋮⋮ん﹂
良かった⋮⋮喜んでもらえた。
八幡が本当に嬉しそうな顔してくれたから、完成するまで悪戦苦闘
して大変だった毎日なんて、一瞬でどっかに飛んでっちゃった。
﹁⋮⋮にしてもすげぇな、これ。マジで売ってるヤツみてぇじゃねー
か﹂
﹁⋮⋮でしょ。最初はママ⋮⋮お母さんに見てもらいながら練習した
⋮⋮⋮⋮どう
もう、﹂
んだけど、ある程度出来るようになったら、あとはもう全部一人で
やったんだよ
?
﹂
﹁えへへっ﹂
うん。私の勝ち。
よし。あとは最後の仕上げ
やりたかった言葉を、八幡にプレゼントするからね。
もうひとつ、恥ずかしくてずっと言えなかった、でもずっと言って
!
﹁へっ⋮⋮違いない。留美には敵わねーわ﹂
だから。
しなくて済むように。だって、その為に私はなんでも頑張ってきたん
これを八幡に言ってやれるように⋮⋮そして八幡が、もう私の心配
ずっと八幡に言ってやりたかった言葉のひとつ。
へへへっ、言ってやった。
﹁⋮⋮っ
﹁八幡なんかより、私の方がもっと一人でできる﹂
そして私は小さな胸をいっぱいに張る。
?
んじゃあ、有り難く使わせてもらうかな﹂
×
521
!
×
﹁おし
!
×
そう言ってすぐにマフラーを巻こうとした八幡を、私は慌てて止め
る。
いや、だって留美が今しろって⋮⋮﹂
﹁八幡、待って。まだしないで﹂
﹁は
八幡慌てすぎ。
﹁大丈夫、か⋮⋮
どうかしたのか⋮⋮
﹂
マヒしちゃってるのか分からないくらいにパニックになりかけてる。
もう顔が燃え上がりそうなくらい熱いのか、血の気が引いて感覚が
手の震えも尋常じゃない。
るのもやっと。
どうしよう⋮⋮こんなの初めてだ。足がガクガクと震えて、立って
私は深く息を吐いた。
⋮⋮⋮⋮ふぅ⋮⋮
﹁⋮⋮⋮⋮よろしく﹂
﹁私が巻いてあげる﹂
﹁いやいやいや、別に自分で巻けるっ⋮﹂
﹁⋮⋮私が巻いてあげる﹂
もう
困惑してる八幡から、無言でマフラーをむしり取ってやった。
?
?
ん、おう﹂
と自分を奮い立たせる。
!
少しだけおしゃれに巻いてあげたマフラーは、八幡によく似合って
﹁うん。これでよし﹂
顔を見つめながら、私は心の中でよしっ
うに、嬉しそうに、照れくさそうにするほんの10センチ先の八幡の
一巻き、二巻き。ぐるぐるとマフラーを巻かれる度に、あったかそ
ると、ふわりとマフラーをかけてあげる。
震える声をなんとか絞りだして八幡を私の身長の高さまで屈ませ
﹁⋮⋮
巻けないでしょ﹂
﹁別になんともない。ていうか早く屈んでよ。そのままじゃマフラー
八幡は心配そうに気遣ってくれる。
震える手の先にあるマフラーを見つめて固まったままでいる私を、
?
522
!
?
いた。
うん。やっぱり八幡は格好良いな。
手縫いのマフラーもいい出来だよね。
│││こくりと喉を鳴らす。そして、覚悟が出来た。
巻き終わってマフラーから放した両手は手持ちぶさた。
その手持ちぶさたになった両手を、ほんの10センチしか離れてな
い八幡の頬を挟むように優しく添えて、そして⋮⋮⋮⋮そして私は
⋮⋮⋮⋮八幡の唇に、熱く震えるまだ幼く小さな唇を、そっと押しあ
てた⋮⋮
﹂
おっきなディスティニーのクリスマスツリーの下で、キラキラと灯
び続ける光に包まれながら⋮⋮
×
りのほんの10センチ先の八幡から目を逸らさずに、ずっと伝えた
やり押さえつけて、まだ八幡の頬に両手を添えたまま、キスしたばか
るように熱い頬を、八幡からぷいっと逸らして隠したい気持ちを無理
だから私は、涙で滲む瞳を、ぷるぷると震え続ける唇を、燃え上が
まだ、ずっと言いたかった言葉を言ってないから。
でも⋮⋮まだ終わってないから。
い恥ずかしくて今すぐにでもここから走って逃げたい。
ホントは私だって慌ててる。もうホントやばい。死にそうなくら
てだした。
スッと離すと、ようやく我に返ったのか顔を真っ赤にさせてすごい慌
暫く固まっていた八幡だけど、まだ離れたくないと名残惜しむ唇を
﹁な、なななっ⋮⋮なんてことしやがる⋮⋮
×
かった気持ちをきちんと言葉にして伝えるのだった。
523
!
×
﹁八幡⋮⋮⋮⋮⋮大好き﹂
やっと言えた。やっと伝えられた。
今さらかも知んないけど、素直になれない捻くれものの私がずっと
言葉に出来なかったキモチ。
⋮⋮あうぅ⋮⋮もう無理。
キスしちゃって、大好きって言っちゃって、ついに私の振り絞った
勇気はここで力尽きた。
この距離で八幡と目を合わせ続けるのはさすがにもう無理っぽい
⋮⋮
再度固まっちゃった八幡に背を向けて、真っ赤に茹で上がった私は
逃げるようにテテッと距離を取る。
でもあと一個だけ。
あと一個だけ言い忘れてた言葉があったんだ。
少しだけ八幡と距離を取ってクルリと振り返った私の目に映った
のは、光り輝くツリーをバックに立っている大好きな八幡。
そして八幡の目に映ってるのは、運命の国の素敵なイルミネーショ
ンと、美しくライトアップされた白亜城をバックに、真っ赤な顔して
﹂
微笑む私、なのかな。
﹁ねぇ八幡
八幡だけじゃない。八幡と私を出会わせてく
?
﹁メリー クリスマスっ☆﹂
れた、この世界中のすべてに感謝を込めて、聖夜のお祝いの言葉を。
八幡に⋮⋮ううん
そして私は叫ぶ。私史上最高の笑顔で。
!
524
!
おしまいっ♪
525
一色﹄
いろはす シャンメリー味
﹃せーんぱいっ﹄
﹃おう。どうした
その日は受験勉強と小町とケーキ食うので忙しいぞ﹄
﹄
﹄
可愛い可愛い彼女と迎える初めてのクリスマス
やんないのかと思って﹄
!?
ホントにもう
このばかっ
﹄
せめてクリスマスくらいは一緒に居た
!
いから、普段超我慢してんじゃ無いですか
!
かってます
⋮⋮⋮⋮ わ た し が 普 段 ど ん だ け 先 輩 に 甘 え る の を 我 慢 し て る か 分
﹃そ ん な わ け 無 い じ ゃ な い で す か
マジでなんなんですかねこの人
の受験勉強に気を使ってくれてたっぽいから、てっきりそういうのは
﹃だから恐ぇよ⋮⋮いや、まぁ確かにそうなんだが⋮⋮なんかお前、俺
に彼女放置とか、まさか本気で言ってないですよねぇ⋮⋮
﹃ちょっと先輩⋮⋮
﹃いや恐いよ﹄
﹃⋮⋮⋮⋮⋮⋮は
﹃え
﹃クリスマスイブの予定なんですけどー﹄
?
?
けで
イブはわたしの家に集合ですっ﹄
﹃はぁ⋮⋮わぁったよ⋮⋮了か⋮⋮⋮⋮は
お前んちに行くの
いや
?
?
﹃え、いや⋮⋮だったら尚更マズいだ⋮﹄
﹃さ っ き 責 任 取 る っ て 了 承 し ま し た よ ね
ん﹄
異論反論一切認めませー
付けてあるんで大丈夫ですよー。わたしと先輩の二人っきりです﹄
﹃イブは、強制的にお母さんとお父さんにはデートに行くように申し
それはちょっと⋮⋮一色の両親とか会ったこと無いし無理で⋮﹄
?
イクです。なので責任とってください。⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮と、いうわ
﹃⋮⋮もうわたし傷つきました。乙女心がズタズタです。ハートブレ
いというか、非常に感謝しております⋮⋮﹄
﹃や、ま、まぁその点につきましては、誠に申し訳ないと言うか有り難
!
!?
526
?
?
?
!
﹃うぐっ⋮⋮﹄
﹃と、い う わ け で 本 件 は 決 定 事 項 と な り ま し た
でーす♪﹄
﹃⋮⋮﹄
ではではよろしく
12月某日の、ベストプレイスでの心休まる食事中に、突如襲来し
た一色の怒涛の猛攻撃後の勝利の敬礼ポーズを思い出しながら、俺は
イブの寒空の下、一色宅へと足を運んでいた。
あのバレンタインの告白を受けて、めでたく付き合う事となった俺
と一色。
あれから早10ヶ月。俺たちは破局もせず、未だ恋人同士という肩
書きのままで居れている。
付き合い初めは俺のライフをゴリゴリ削る作業︵色々あったが、と
りあえず校内で発見される度に所構わず抱きついてきたりするのは
マジで勘弁してもらいたかった⋮⋮︶に没頭してきた一色だが、さす
がに受験生へと進級した俺に気を遣ってか、三年になってからは甘え
てくるのをかなり我慢してくれている⋮⋮というかあまり顔自体出
さなくなった。
あまりにも構わな過ぎた俺に愛想を尽かしたのかと心配したこと
もあったのだが、実は物凄く我慢してて、たまに淋しそうにこっそり
泣いてる時がある。でも一旦甘え始めると際限なく甘えてしまい迷
惑を掛けてしまうから、受験が終わるまでは自分が我慢しなくちゃい
けないんだ⋮⋮なんて事を寂しそうな笑顔で言っていたと、一色の友
人らから聞かされたりしていて、本当に申し訳なく思っていた。
だからまぁ、あの時は照れ隠しにあんな風に言ったが、元々クリス
マスくらいは一緒に居ようという腹づもりではあったのだ。
さすがに一色宅での二人きりのクリスマスパーティーになるとは
思わなかったのだが。
てっきりお洒落な店に行きたいだのディスティニー連れてけだの
言うと思ってたからな。
527
!
そんなことを考えながら駅から一色の家までの道のりを歩いてい
ると、気がついたら目的地に辿り着いていた。
×
いたのだ。
﹃手土産厳禁﹄
なにそれ
って、さすがの俺でも思いましたよ
?
と。
え
?
今日この日になるまで、一色から幾度となくひとつの指令が下りて
しっかしホントに手ぶらで良かったのかねぇ⋮⋮
×
なにそれ恐い
││という事らしい。
!?
八幡緊張でリバースしちゃう
!
な罠だったのでは無かろうか⋮⋮
アレはやはり男のレベルを測る為の、一色への想いを測る為の巧妙
としてどうなんだろうか。
にしても、初めてのクリスマスでプレゼントをあげないなんて、男
天使。
為に少しでも勉強しててくださいね☆って事らしい。いろはすマジ
ては、そんなの選んだり買いに行ったりしてる暇があったら、自分の
まぁケーキは自分が作ったのを食べさせたいし、プレゼントに関し
!
んな。もし持ってきたら殺すぞ、お
要約すると、││クリスマスケーキもプレゼントも絶対に持ってく
?
した。
!
﹃はーい﹄
程なくして、インターホン越しからマイハニー︵やだ俺キモい
可愛らしい声が聞こえてきた。
﹁おう一色、俺だけど﹂
︶の
などと若干戦慄しつつ、一色宅のインターホンへと震える手を伸ば
?
528
×
﹃⋮⋮えっとー、どこの俺さんですかー
あ、いや、その⋮⋮﹂
﹄
うっそーん、一応彼氏なんですけど声で分からないのん
﹁え
なぜか突然キョドりだす超クールな俺。
んですよ⋮⋮
ひ、比企谷ですけれども⋮⋮とかって言えばいいのん⋮⋮
ちゃんと言ってくれないと分かりません
?
すいません⋮⋮コミュ障はこういう予想外の展開に対応出来ない
?
?
⋮⋮くすっ⋮⋮もしもクリスマスに愛しの彼女に会いに来た
﹃どこの俺さんですかねー
よー
?
りな自分が少しだけ悔しいっ
嘘です嘘です冗談ですよぅ
今すぐ行きますんで、絶対
﹄
﹁すいません人違いでした。失礼します﹂
﹃やぁぁぁ
そこを動かず待っててくださいね
!
!
俺。なに早くあいつの笑顔が見たいな、とか思っちゃってんの
⋮⋮やべっ
いつまでニヤついちゃってんだ、一色が玄関開けて出
リと音がした。
一色への想いに悪くない感慨に耽っていると、玄関の方からガチャ
ホント、俺はいつのまにやらいろはす色に染め上げられてんな。
?
いかんいかん。のっけから一色の魔の手︵可愛い︶に落ちすぎだろ
ったく、あのアホめ。和んじまったじゃねぇかよっ⋮⋮
まった。
インターホン越しに慌てた声を聞きながら、俺は思わずニヤケてし
に
!
!
もう見なくても、どんな表情でそのセリフを言ってんのかが丸分か
このやろう⋮⋮
すー﹄
い会いに来ちゃった俺だけど﹂って言ってくれないと分からないで
俺さんなら、
﹁愛するいろはに会いたくて会いたくて、我慢出来ずにつ
?
んでたんですかー
ってからかわれちゃうか通報かの二択になっ
こんなにニヤニヤして待ってたら、もしかしてさっきのやりとり喜
てきちまうじゃねぇかよ。
!
?
529
?
!!
ちゃう
遅いですよぉ
﹁も ー
⋮⋮⋮⋮ ふ ふ っ、い ら っ し ゃ い、せ ー ん ぱ
!
を元に戻し、愛しの彼女へと視線を向けた⋮⋮
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
うん⋮⋮まぁ、そうだね⋮⋮
×
もじもじと立っていた。
﹁⋮⋮むー
ちょっと先輩
反応薄すぎじゃないですかね
﹁⋮⋮おう、一色。待たせたな。えっと、上がっていいのか
×
いや、感じちゃったらマズいんです。
考えるな、感じろ。
﹁んじゃ上がるぞ﹂
ないようにと努めた。
可愛い可
だから俺は呆れたフリしてとにかく冷静を装って、一色をあまり見
いろはすの絶対領域とか、俺もう直立してんのが奇跡ですわ。
なんだよ可愛すぎんだろお前⋮⋮
てたんだけど、いざ目にすると破壊力ありすぎて死ねる。
いや、確かにこいつならこういう事やりそうな予感がビンビンにし
嘘です。
こんな事態が起きそうな予感してたから、特に驚きは無かったわ﹂
﹁⋮⋮恥を忍んでまでやるんじゃねぇよ⋮⋮てかすまん。なんとなく
ルーとか有り得なくないですかねー﹂
愛い彼女が恥を忍んでこんな格好してるっていうのに、まさかのス
!?
?
!?
×
!
﹂
クのボーダーのニーハイを履いたミニスカサンタが、真っ赤な顔して
そこには、ふわりとした亜麻色の髪にサンタ帽を乗せて、白
ピン
俺は扉が開ききる前に、口角をヒクヒクさせながらもなんとか表情
いっ﹂
!
むしろ別の事︵材木座の笑顔とか︶を色々と考えながら一色の横を
530
!
×
通り抜けようとしたのだが⋮⋮
おやおやぁ
﹂
?
﹂
なんか耳が赤いですよぉ
﹁ぶー⋮⋮つまんない⋮⋮⋮⋮⋮⋮ん
﹂
せんぱーい
﹁なんだよ、どうかしたのか
﹁おやおやおやぁ
なに言っちゃってんの
﹂
それに、
別におかしな所なんてないりょ
なんか歩き方おかしくないですかぁ
﹁は
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
﹁﹂
どうしようもう死にたい。
?
?
﹂
お い や め ろ、や め ろ く だ さ い。ま だ 外 だ か ら ね
!
柔らかいのが超ぐにぐにと当たってるから
通行人き
?
このこのー、この捻デレさんめー
﹁もう、先輩ってばー。ちゃんと意識しちゃってんじゃないですか反
そして、めちゃくちゃ嬉しそうに腕に抱き付いてきやがった。
おいなんだよそのムカつく顔。
一気に小悪魔の微笑へと変化していく。
俺が噛んだ瞬間、一色の表情がさっきまでのぶうたれた表情から、
?
?
?
?
?
?
応しちゃってんじゃないですかー
﹂
﹁ち ょ
やめて
!
わたしだってこんな格好、先輩以外に見せ
ちゃって八幡本体が立っていられなくなっちゃうでしょうが
﹁じゃあ早く入りましょ
!
よって、人生で初めて彼女の家にお邪魔するという嬉し恥ずかし夢体
八幡︶など知ってか知らずか、この戦いを煽っている張本人の一色に
そんな俺の中で繰り広げられている二人の熱き戦い︵八幡VSミニ
いろはすがグイグイと引っ張る度に、すげぇ気持ちいいんすよ⋮⋮
た腕を離していただけませんかね⋮⋮
いやだから家に連れ込まれるのはまだいいんだけど、一旦その絡め
いっ﹂
た く な い で す し。え へ へ ∼、で は で は 先 輩 を 一 色 家 へ ご あ ん な ∼
!
531
?
ちゃったらどうすんの
!
そんな格好でそんなの当てられちゃったら、ミニ八幡が立ち上がっ
!
?
!
!
験を、前屈みで行うという黒歴史確実な珍事となったのでした。
やだ八幡カッコワルイ
×
考えていた。
サンキューな。てか、なんか手伝う事とかあんなら
シの準備をしてくれている様子を微笑ましく見つめながら、俺はふと
そんな犯罪ギリギリの格好をした一色が、鼻歌まじりに一生懸命メ
可愛いな⋮⋮
ミニスカサンタにエプロンって、なんちゅう格好だよ。ちくしょう
ンに向かっていった。
そう言ってパチリとウインクすると、一色はエプロンをしてキッチ
うの気にしないでくださいねっ﹂
﹁ふふ、ありがとうですっ♪でも今日は先輩はお客さまなんで、そうい
言ってくれ﹂
﹁あ、そうなの
待っててくださいね∼﹂
﹁あ、ところで先輩。もう少しでごはん出来るんで、ソファーで座って
い調子に乗ってました。
すいません完全にバカップルみたいでした俺ごときがごめんなさ
あ、いつも可愛いくてしょうがないんですけどね。
どこの子。
どうしよう、今日は何から何まで可愛いくてしょうがないんですけ
そう言ってはにかむ一色。
だったんで、飾り付けに超気合い入れちゃいましたよー﹂
﹁えへへ∼、毎年飾ってるツリーなんですけど、今年は先輩呼ぶつもり
﹁結構すげぇツリーだな﹂
ていて、とても綺麗でムーディーな雰囲気だ。
部屋の明かりは間接照明とツリーのライトの明かりだけが灯され
リビングに入ると、かなり大きなツリーが飾られていた。
×
?
532
×
一色と付き合いだして気付いた事がある。
まぁ付き合い始める前からなんとなく分かっていた事ではあるが、
こいつって根はすげぇ真面目なんだよな。
俺は一色の彼氏になった事によって、甘えた一色によりてっきり生
徒会の仕事をより一層手伝わされると思っていた。
面倒くせぇなとは思いながらも、まぁある程度は覚悟していて、あ
まりにも一色の為にならないだろうという所までいかない以上は、そ
れなりに手伝ってやるつもりではあった。
甘過ぎだとまた雪ノ下に怒られちゃうけどね。
しかし俺の予想に反して、一色は俺に頼るのをほとんどやめたの
だ。
それは受験生の俺に気を遣ったからというワケだけでは決してな
く、どうやら一色の心境の変化らしい。
533
﹃だって、わたしを推したのが奉仕部の為に利用したからとはいえ、
せっかく先輩が推してくれたんですもん。もう先輩に心配掛けない
で、胸張れるようになりたいじゃないですか﹄
││意外だな、お前はてっきり俺に仕事押し付けまくるもんかと
思ってたぞ││
俺がそう聞いた時に一色が言った言葉だ。
正直驚いた。てか一色を舐めてた。
俺はその一色のセリフを聞いて、こいつやっぱ成長したな⋮⋮と感
動したもんだ。
ちなみにその直後に、
﹃⋮⋮それにぃ⋮⋮前まで先輩に必要以上に頼ってたのはぁ⋮⋮少し
でも先輩と一緒に居て少しでも距離を縮められたらなぁ⋮⋮って理
﹄
由もあったんで⋮⋮彼氏彼女になれた今は、そういうのはもう必要な
いじゃないですかぁ⋮⋮
と、もじもじと真っ赤になった茹ではすに言われて、照れくささの
?
あまり茹で八幡になって逃げ出しちゃったのは内緒な。
やだ言っちゃった
!
あと気付いた⋮⋮ってか、心配していた事が杞憂に終わった事がも
うひとつ。
俺は、一色と付き合う事に正直抵抗があった。
一色はトップカーストでもあり我が校の生徒会長様だ。
そんな一色が、俺みたいな底辺中の底辺と付き合う事になんてなっ
たら、一体どうなってしまうのだろうか
もちろん一色の為になるはずなんてない。俺のせいで一色に悪意
が向けられるような事態にはしたくはない。
だから、学校では俺たちが付き合ってる事はバレないようにしよ
う。そう提案したりもしたのだが、一色はそんなの一切お構い無し
に、ガンガン傍にきてガンガン抱き付いてきたりした。
これは非常にマズいと思った。そして、拒否しても拒否しても構わ
ずに距離を詰めてくる一色の行動により、やはりあっさりと噂が広
まってしまった。
しかしここから予想外の事態が起きた。
俺みたいなのと付き合う事によって、てっきり一色に悪意が向くと
思っていたのに、予想とはまったく逆に〝一色いろは〟の評判はなぜ
かすこぶる上がったらしい。特に女子からの。
もちろん一色に想いを寄せていた男子たちは、裏であることないこ
とコソコソ言ってたらしいが、今やすっかり人気の生徒会長になって
しまった。
これはアレだな。女子アナの法則だ。
結局そうい
普段あざとくキャピキャピしてる好感度の高い女子アナが、野球選
手やらIT企業社長やらと結婚すると、世間では﹁ケッ
福ムードになって好感度がガンガンに上がるってヤツだ。
時代から付き合ってる一般人男性と結婚という話になると、一気に祝
う事かよ﹂ってな空気に変わり好感度が一気にガタ落ちするが、学生
!
534
?
一色が葉山を狙ってたのは有名だし、それ以外にも高カーストのイ
ケメン男子達をジャグリングしまくってたのもまた有名だろう。
そんな一色が、なんのステータスにも為り得ない⋮⋮どころかマイ
﹂という流れが出来上がったらしい。
一色さんて、ステータス重視とかじゃなくって、意外と純愛に
ナ ス に し か な ら な い 無 名 の 嫌 わ れ 者 に 熱 を 上 げ て い る っ つ う 事 で、
﹁あれ
生きる乙女なんじゃない
これには一色もすげぇ驚いてた。
﹃わたし、元々下心のある男子以外には別に好かれてませんでしたし、
先輩と付き合う事で悪い噂が流れたって今さらですよー﹄
とか言ってはいたが、なんだかんだ言いながらもそれなりに覚悟は
してたらしい。
覚悟した上で、それでも﹃そんなくだらないことわたしは気にしな
いから大丈夫ですよ﹄って事を俺に見せて安心させたくて、必要以上
に校内で絡んで来てたんだそうだ。
それなのにまさかの想像とは真逆の事態に、﹃人間の心理って謎で
すよねー﹄と、半ば呆れた感じで言ってたっけな。
まぁそんな訳で、一色と付き合う上で一番心配していた事態は、む
しろ良い方向に変わってくれた。
世の中ってホント分かんないよね。俺と付き合う事で好感度が上
がるとか、さすがに予想出来ないでしょ。
まぁ、〝一色さんて、男の趣味は悪いよねー〟との悪口だけは残っ
ちゃったみたいだけどね。
なんで涙目
﹂
いろは特製クリスマスディナーが出来ました
やだ、八幡泣いちゃダメ
﹁お待たせしましたー
よー⋮⋮⋮って先輩
!
﹁すげ⋮⋮マジで旨そう﹂
が所狭しと並べられたダイニングへと足を運ぶ。
訝しげな視線に負けない超クールな俺は、旨っそうな特製ディナー
﹁いや、気にするな。ちょっと己と見つめあってただけだ﹂
!?
!
!?
535
?
?
シーフードがごろごろ入ったグラタンに、肉がホロホロと口の中で
トロけそうなビーフシチュー。
愛情たっぷり詰め込んである
皮がパリパリなローズマリー香るローストチキンに豆がたっぷり
コブサラダ。
﹁ふっふっふ、頑張っちゃいましたよ
んで、有難く食べてくださいねっ﹂
ディナーでした。
?
どれもお世辞抜きに本当に旨くて、とても素晴らしいクリスマス
どれもこれも旨そうなご馳走だぜ
そして亜麻色の髪がふわりと揺れるミニスカサンタ美少女の笑顔。
!
!
いやいや、いろはすは戴いちゃってないからね
×
こいつマジで高スペックだな。
﹂
﹁なんかコレ売り物レベルじゃねぇか
に腕上がってね⋮⋮
?
﹁へっへ∼、超頑張っちゃいましたもんっ
もし売るとしたら、わたし
俺の誕生日んときより、さら
もかってくらいに手の込んだホールのクリスマスケーキ。
たのだが、しばらくしてから一色が自慢気に持ってきたのは、これで
メシを食い終わったあとは、リビングに移動してまったりとしてい
﹁おお、すげぇ﹂
﹁じゃーん﹂
×
タダですよタダ
もう先輩ってば、どんだけ幸
!
なんか普通にいい値段取るケーキ屋のクリスマスケーキくらいの
そりゃいきなり現実的な金額出されりゃ適当にもなんだろ。
﹁むー⋮⋮適当すぎやしませんかね⋮⋮﹂
﹁⋮⋮あー、幸せ幸せ﹂
せ者なんですかねー﹂
ら先輩に限りタダッ
の手作りという付加価値込み込みで税抜き五千八百円てところ、今な
!
?
!
536
×
値段じゃねぇか⋮⋮しかも税は別なのね。
だがまぁそんな一色に軽く引きはしたものの、実際にケーキは凄い
し、頑張って作ってくれたってのも一目瞭然だ。
﹁冗談だ冗談。いやマジですげぇ旨そうだ。頑張って作ってくれてあ
んがとな﹂
そう言って一色のフワフワさらさらな頭を優しく撫でる。
付き合い始めた頃は照れくさくてこんなこと出来なかったんだが、
俺の中で徐々に一色は身内なんだと判断出来てきたのか、年下という
こともあって最近はオートでスキルが作動するようになってきた。
﹁えへへ∼⋮⋮﹂
そして一色は俺に頭を撫でられるのが好きらしく、撫で始めるとい
つも目を瞑って撫でやすいように擦り寄ってくる。超可愛い。
﹁⋮⋮なんかわたし、この為に頑張ってる気がしてきますよー﹂
﹁仕 事 上 が り に 一 杯 目 の ビ ー ル を 飲 ん だ サ ラ リ ー マ ン み た い に 言 う
なんですかそれー﹂
渋々俺から離れると、一色はキッチンから一本のビンと二つのグラ
スを持ってきた。
﹁ケーキと一緒に食べようと思って用意しといたんですよー。ではで
は先輩、グラスをどうぞ﹂
﹁⋮⋮﹂
﹁ひ ゃ ∼、こ う い う の 開 け る の っ て、め っ ち ゃ 恐 く な い で す か ー
?
537
な﹂
﹁ふふっ、もう
精神的にマズいんですよ
?
﹁仕方ないですねー。んじゃちょっと待っててくださいね﹂
⋮⋮
ケチとかそういうんじゃ無くてですね
﹁ぶー、もうちょっとくらいいいじゃないですかー、けちー﹂
﹁⋮⋮お、おい、早く食おうぜ﹂
なんとかなりませんかね。いつも恥ずかしいんですよね、これ。
いや、撫でるまではいいんだけどさ、最終的に抱き付いてくるのは
くるまでが一連の流れ。
とかなんとかくだらないやりとりをしながら、最終的に抱き付いて
!
⋮⋮⋮⋮うー⋮⋮とりゃっ﹂
しゅぽんだってしゅぽん
﹂
シュポーンという派手な音と共に、そのビンから解き放たれた栓が
あははっ、マジウケるー
!
凄い勢いで飛んでいった。
﹁きゃー
﹁⋮⋮﹂
!
⋮⋮⋮⋮ あ は は は は っ
⋮⋮ ご ほ ご
⋮⋮⋮⋮ ヤ バ い 超 楽 し い
!
笑っている。
栓 が ⋮⋮ 栓 が ぁ っ
⋮⋮ ふ、ふ ぅ ∼ ⋮⋮ ん ん
﹁ひ ー っ
ほっ
!
!
が注がれていく。
どうかしました
﹁⋮⋮⋮⋮おい﹂
﹁⋮⋮
﹂
や、やだなぁ、これシャンメリーですよシャンメリー
﹁これ酒じゃねぇかよ⋮⋮﹂
﹁えー
?
んですかね。
てかそれ最早シャンパンだよね
﹁⋮⋮お前一応生徒会長だろ﹂
﹂
?
そんな潤んだ瞳で不安気に覗き込む程度の
なんだよやっぱこいつまつ毛長げぇし目もでかくて超可愛いな。
てか近い近い。
上目遣いで、俺がそんな簡単になびくとか思ってんじゃねーぞ
この俺を舐めんなよ
思ってんじゃねぇだろな。
こいつマジであざとく上目遣いすりゃ、なんでも許して貰えると
な∼⋮⋮なんて。ダメ⋮⋮ですか⋮⋮
人っきりのクリスマスなんですし、こっちの方がいい雰囲気が出るか
﹁う ー ⋮⋮ ち ょ っ と く ら い い い じ ゃ な い で す か ー ⋮⋮ せ っ か く の 二
?
いやいやどこの世界にアルコール入りのシャンメリーが存在する
﹂
そして無理矢理渡されたグラスに、甘い香りを漂わせる美しい液体
スー。はーい、どぞどぞ﹂
⋮⋮⋮⋮ っ と、で は お 待 た せ し ま し た。ホ ラ ホ ラ 先 輩、グ ラ ス グ ラ
!
!
栓が床にコロコロ転がってる所を見ながら、一色はさらにケタケタと
しゅぽんのなにがそこまでウケるのかは分からないが、飛んでった
!
!
?
?
538
!
?
?
そんな綺麗な目とまつ毛をちょっと濡らしたくらいで以下同文。
﹁まぁ最近のお前はかなり頑張ってるしな。ちょっとだけにしとけよ
﹂
じゃあシャンメリー飲んじゃいましょー
﹂
もう落ちるの見え見えだったじゃないですかやだー。
﹁はーい
!
﹁ではでは
わたしと先輩が、初めて愛する恋人と過ごす聖なる夜に、
⋮⋮メリーを注いで、俺たちはグラスを軽く合わせた。
そ し て 一 応 シ ャ ン メ リ ー で 通 す ら し い 一 色 の グ ラ ス に シ ャ ン パ
慣れって恐いよね。
いちゃう。
もう嘘泣きかよとかツッコむことさえ無くなった自分にたまに驚
﹁はいはい。シャンメリーシャンメリー﹂
!
×
﹁え、なにそれ恥ずかしい。⋮⋮⋮⋮乾杯﹂
かんぱーい﹂
!
×
ないきおい。
そしてもちろんケーキも抜群に旨い。
やばい、やっぱクリスマスは最高だぜ
﹁ふふっ⋮⋮﹂
た。
いきなり。
﹂
⋮⋮お、おう。クリスマスだな﹂
なんだ
?
﹁は
トにもうクリスマスなんだなぁって⋮⋮﹂
﹁あ、いえいえ、先輩がクリスマスケーキ食べてるとこ見てたら、ホン
すると一色はとても優しげに微笑んだ。
?
?
二人してケーキを頬張っていた時、不意に一色がくすりと笑いだし
!
俺、もしかして知らず知らずにニヤけちゃってた
なに
?
どうかしたか
﹁なんだ
?
?
539
?
なんだよシャンメリー旨いじゃん。メリーなのに酔っちゃいそう
×
﹁去年のクリスマス前に先輩達の話を立ち聞きしちゃって心動かされ
て、わたしも本物が欲しいって本気で思い始めて⋮⋮﹂
もう本物発言は勘弁していただけないでしょうかね⋮⋮
﹁それからもホントに色々あって、あのバレンタインの日、ようやくわ
たしは本物を手に入れられた⋮⋮と思います﹂
マジで本物発言はもう勘弁して欲しいが、だが本当に一色にとって
の本物が俺であったのなら、これほど嬉しいことはない。
正直、俺にとっての本物がなんなのかは未だによく分からん。
あの時俺が求めた本物とやらは、確かにあいつらの中に見ていた。
いや、それは今も変わらないのかもしれない。
だがその対象は、今では違う形で一色にも向いている。
そんなもの存在しないのかも知れないと思っていた本物ってもの
の可能性は、実は案外いろんなところに転がってるのかもな。
愛情なり友情なり家族愛なり形は違えど、本気で欲しいと求めたの
﹁ぷっ
確かにっ﹂
﹂っていうところじゃないんですか
そこは否定してもいいんだよ
よねー﹂
﹁⋮⋮うっせ﹂
いろはす。
?
﹂
?
﹁でも、よく分からんってことは、裏を返せば手に入れられたかも知れ
ないって思ってるってことですよねっ
﹂
ぐっ⋮⋮そう取られちゃうのん⋮⋮
?
540
ならば、いくつでもいくらでも手に入る、そういう物なのかもしれな
い。
﹂
そして少なくとも、愛情というカテゴリーで俺が心から欲っしてい
る本物は、この一色いろはなんだと思う。
﹁先輩は⋮⋮本物を手に入れられましたか⋮⋮
﹁⋮⋮どうだろうな。まだよく分からん﹂
を手に入れられたぜ
﹁はぁ⋮⋮まったくぅ⋮⋮そこは﹁一色が手に入った時点で、俺は本物
?
﹁俺がそんなこと言ったらキモ過ぎて捕まっちゃうわ﹂
!
﹁でもまぁ、そういうことを正直に言うトコが、ホント先輩らしいです
?
!
やばい、なんか熱くなってきちまった⋮⋮俺は無意識に手をパタパ
タさせて顔を扇いでしまったらしい。
﹁えへへ∼、先輩がそれをする時って、恥ずかしくて熱くなった顔を誤
﹂
﹂
せーんぱいっ﹂
なに言っちゃってるりょ
魔化す為なんですよね∼
﹁は
﹁動揺し過ぎですよー
⋮⋮そのうち、もう疑
照れくささと格好悪さで、また無意識に手をウチワ代わりにしなが
くそ⋮⋮一色め⋮⋮
いようがないくらいの本物になってあげますからね☆﹂
﹁まぁだったらそれでいいですよ♪い、ま、は
﹁ぐぬぬ⋮⋮﹂
?
!
らも、そんな一色の小悪魔めいた笑顔を見ながら、もうすでに疑いよ
!
うもないくらいにコイツが本物なのかも⋮⋮なんて思っちゃう、今日
の八幡なのでしたー
×
も経つんですよね∼﹂
まだ俺を悶え死させる会話が続くの
なに
?
﹁それにしてもあれですよねー。付き合い始めてから、もう10ヶ月
×
とか思っちゃう
とか聞いてくる割には妙に楽しそうな一色に、俺からも
ホント下手したら未だに俺の名前知らないのん
﹁お前だってずっと先輩のままだろうが⋮⋮﹂
お返ししてやる。
?
﹁はぁ
それ言ったらお前だって一色は一色じゃねぇかよ﹂
んですぅ﹂
﹁だって先輩は先輩じゃないですかー。だから私は先輩のままでいい
?
酷くない
るのに、未だに一色って酷くないですかねー﹂
よくよく考えたら、もう10ヶ月も先輩の彼女やってあげて
﹁ぷっ
?
?
541
!
?
!?
×
!
!
﹁それはそうですけど⋮⋮ん
⋮⋮⋮⋮はっ
それって口説いてます
!?
今は一色だから名字が変わるまではずっと一色って呼んでやるぞ
?
プロポーズにしてもいくらなんでも遠回し過ぎ
?
ね
⋮⋮ふ、ふひっ⋮⋮は、腹がよじれ
もーダメー﹂
な、なんかすっごい久しぶりですよね、このやりと
るっ⋮⋮くくくっ﹂
﹁せ、先輩⋮⋮ わ、笑うんなら、思いっきり笑ってくださいよっ⋮⋮
!
!
!!
くくくっ⋮⋮ぶはっ
りー
!
マジでなんか懐かしいわ
﹁なっ
!
﹁あははははっ
わせてぶはっと吹き出した。
しかし久しぶりのこの振り芸とこの返しに、俺達は思わず顔を見合
難聴で誤魔化す主人公とかホント屑ですよねごめんなさい。
しちゃうのである。
だがしかし
難聴系主人公であるこの俺は、聞こえなかったフリを
いや、もう振られるどころかプロポーズ要求されちゃってますけど
﹁付き合っててもやっぱり振られちゃうのかよ⋮⋮﹂
てくれって言ってくださいごめんなさい﹂
てて分かりにくいんで結婚したいならちゃんと比企谷いろはになっ
って言ってます
? !?
﹂
ひ、酷くね
!?
あははははっ
﹁ぶはっ
﹂
ぷっ⋮⋮ば、爆笑堪えてる先輩の顔⋮⋮ガ、ガチでキモいっ⋮⋮⋮⋮
!
!!
取って置きますね♪﹂
﹁な の で、い ろ は 呼 び は し ば ら く は い い で す よ ∼。将 来 の 楽 し み に
⋮⋮
付き合って10ヶ月も経って名字呼びする俺らしさってなんだよ
のいろは呼びって、なんか違和感しか無いですしっ﹂
どねっ。なんかそっちの方が先輩らしいですし、ぶっちゃけ先輩から
﹁はぁ、はぁ⋮⋮ふぅ∼⋮⋮⋮⋮ふふっ、ま、実は一色でいいんですけ
すくいながらも、ようやく言葉を発した。
しばらくしこたま笑い転げたあと、息も絶え絶えな一色が指で涙を
!
542
!
?
⋮⋮こいつはまた、そんな真っ赤な顔してなんつう恥ずかしいこと
を⋮⋮
こんなこと言われちまったら、俺は俺らしく熱い顔をそっぽ向かせ
て、頭をがしがし掻きながらこんなダセェ台詞を吐くくらいしか出来
やしねぇよ⋮⋮
﹁⋮⋮そいつはどうも﹂
その後もこんな感じでしばらくの間シャンメリーとバカ話が進み、
穏やかでまったりとした時間が過ぎていったのだが、急に一色がなに
クリスマスプレゼントくださいよぉ﹂
酔ってんの
せんぱーい
かを思い出したかのように、突然ふざけた事を言い出した。
﹁あ
﹂
なに
﹁⋮⋮は
え
おかしいなぁ、シャンメリーのはずなのに。
プレゼントプレゼントぉ﹂
やはり男のレベルを測る為の罠だったのか
わたし、先輩の為に料理もケーキもすっごい頑
まさか初めてのクリスマスなのに、彼女にプレゼント無
もうとんでもない悪顔でニヤァァァっとしやがった⋮⋮
﹁えー⋮⋮
いんですかぁ⋮⋮
﹂
?
棒読みなのに、なんで表情だけはそんなに生き生きとしてるのん
やっぱりなにかしらして貰わないとわりに合わなくないですかー
⋮⋮んーと、じゃーあ∼⋮⋮﹂
そう言って一色は人差し指を顎に当てて首を左右に揺らして、あざ
?
﹁ホント先輩はどうしようもない彼氏さんですねー。んー、でもでも、
?
ねぇねぇいろはすー、そんなに小芝居じみた一切心の籠もってない
﹁てめ⋮⋮﹂
すかー⋮⋮
張って作ったのに、先輩はそれをただ無駄に浪費しにきただけなんで
?
?
543
?
!
﹁いやプレゼントって、お前が持ってくんなって⋮﹂
﹁はーやーくー
!
どうやらこの目は本気らしい。
クソッ
!
俺が憎々しげに一色を見ていると、こいつはニヤァっと⋮⋮それは
!?
?
?
!
?
とさ全開でウンウン唸りながら考えてるフリをする。
これ完全に罠ですね。今から発言する事を要求する為にやりやが
りましたよねこの子。いろはすマジ悪魔。
スカラシップ貯金さ
どうしよう恐えぇよ⋮⋮一体なにを要求されるんだよコレ⋮⋮
おいマジで口座にいくら残ってたっけ⋮⋮
んさようなら
?
フリばっかだな。
⋮⋮どうせ最初から予定調和な流れなんだろ
のなんて決まってたんだろ
?
え
なに
なの
発表さえはばかられるくらいの恥ずかしいプレゼント
?
くなっちゃいそう。
?
先ほどの恥ずかし爆弾を投げつけてきたあと、俯いたままになっ
﹁あの⋮⋮一色さん⋮⋮
﹂
気になりますけど別に知りたくはないです。聞くだけで恥ずかし
性諸君は平気で行えているんですかね、私気になります。
ていうか、彼女に好きだなんて言うベリーハード級の行為、世の男
ここにきてとんでもない爆弾を全力で投げつけてきた一色。
×
⋮⋮⋮⋮⋮⋮やばい帰りたい⋮⋮
⋮⋮っ﹂
﹁その⋮⋮先輩に⋮⋮ちゃんと、好きだぞって⋮⋮言って欲しい、です
?
なってもじもじと上目遣いになっていた。
そう恨みがましい視線を向けると、一色は意外な事に耳まで赤く
?
初めから欲しいも
一色が大袈裟にプレゼントを思いついたフリをする。
俺が心の中で諭吉さんとの来るべき今生の別れを済ませていると、
﹂
そうだ
!
﹁あ
!
×
544
!
?
×
ちゃってる彼女に声を掛けた。そんなに恥ずかしいなら初めから言
わないで
かっ﹂
ぐはぁ
?
肉体関け⋮⋮
﹁そりゃ先輩ですし、それなりに覚悟はしてましたよ⋮⋮
その⋮⋮わたしだって、お年頃の女の子ですし⋮⋮
肉体関係とか言わないで
えっちとかにだって興味ありますしっ⋮⋮﹂
やめて
そして言い直した方も余計に恥ずかしいから
?
﹂
まぁそういうところは分かってますよ
なので⋮⋮そこら辺
?
安になっちゃうじゃないですかぁ⋮⋮
先輩って先輩の分際で意外
も言って貰えないなんて、その⋮⋮さすがにちょっとだけ⋮⋮⋮⋮不
かなぁ、なんて⋮⋮。えっちもキスもしてくれないのに⋮⋮好きだと
﹁⋮⋮せめて一度くらいはー⋮⋮ちゃんと好きだって言って貰いたい
恥ずかしそうに上目遣いなもじはすになった。
そこまで言うと、ぷくっと頬っぺからぷすっと空気が抜けて、また
でもっ﹂
はまぁ⋮⋮二人でゆっくりと進んで行けたらな、って思ってます⋮⋮
うか
﹁⋮⋮でも、そこは所詮先輩なんで、そこまでの期待は荷が重いってい
毎日思っちゃってんのかよ⋮⋮
⋮⋮
ら⋮⋮キスとかして欲しいなぁ⋮⋮とか、毎日のように思ってますよ
﹁それに⋮⋮わたしからばっかりじゃなくて⋮⋮たまには先輩の方か
!
!
でも、そ、
﹁⋮⋮ だ っ て ⋮⋮ 先 輩 わ た し に な に も し て く れ な い じ ゃ な い で す
膨らませると、プリプリと怒りだした。
すると一色はその恥ずかしさを誤魔化すかのようにぷくっと頬を
!
!
!
自分が恥ずかしいからってだけの逃げで、こんなにも俺の事を想っ
│││俺はマジでどうしようもないな⋮⋮
まんの人達も何人もいますしぃ⋮⋮﹂
とモテるし⋮⋮わたし達付き合ってるって言ってるのに、奪う気まん
?
545
?
?
てくれている一色に、こんな思いをさせちまってんのかよ⋮⋮
やっぱり俺みたいなどうしようもないヤツには、恋愛なんてものは
荷が重すぎるのかも知れない。
だが、だからといって俺のこんなくだらない独り善がりで、この恋
愛から逃げるわけにはいかない。もう、俺一人の問題では無くなって
しまっているのだから。
どうやったらこいつから不安な思いを
すでに俺の頭の中の選択肢には、こいつを悲しませるって選択なん
かなくなっちまってる。
だったらどうすればいい
取り除いてやれる
しいんだもん
展開を上手く切り抜けることを考えたかもしれない。だって恥ずか
とまぁ、ここまで考えが及んでも、それでも普段の俺ならまだこの
だろ。
アホだな俺は。そんなの、わざわざ考えるまでもなく一つしかねぇ
?
これからする行動を迷いなくしようと思えたのは、アルコールの力
でいつもの情けない俺よりは、少しだけマシな俺になれているからな
のだろう。
いろはすマジ策士
てか、ここまで計算してシャンパ⋮⋮シャンメリーを飲ませたのだ
ろうか⋮⋮
!
もうすでにキャラ崩壊してんじゃないですか。こんな
彼女に、自分から初めてのキスをした⋮⋮
なにこれ
の八幡ちゃうよ、恥ずかしくて死んじゃうようっ
しかし、これではまだ終われないのだよ⋮⋮
嘘だといってよ
!
?
546
?
しかし今日は多少のアルコールが入っている。
!
そして⋮⋮俺はソファーの隣で不安そうに俯いているいとおしい
?
!
⋮⋮ う っ そ ん。こ れ で も ま だ 終 わ れ な い の ん
バーニィ
!
羞恥に耐えてそっと唇を離すと、いろはすトマトみたいに真っ赤に
なってびっくり顔で固まっている一色に、愛の言葉を囁いた。
︵注︶いろはすトマトは透明です。
﹁⋮⋮ や、や ー、そ、そ の ー ⋮⋮ お、俺 は ⋮⋮ 一 色 の こ と が、そ の
⋮⋮⋮⋮す、好きだぞ⋮⋮﹂
⋮⋮おいおい愛の言葉を囁いたキリッじゃねーよ。
なんだよこれ酷いもんだな。恥ずかしすぎて俯いちゃってるよ俺
⋮⋮。今すぐにでも死ねるレベル。
くそぅ⋮⋮にしても結局一色の策略通りに言わされちまったじゃ
ねぇか⋮⋮
どこまで行っても、俺は一色の掌の上だな。
さっきまであんなにあざとく涙目で振る舞ってたクセに、どうせも
うさぞかしドヤ顔でニヤニヤしてんだろ⋮⋮
はぁ⋮⋮これはまたしばらくからかわれて、胃が痛い日々が続くん
だろうな⋮⋮と、恐る恐る顔を上げた先では、小悪魔笑顔で見下ろし
ていると思われた一色が⋮⋮⋮⋮⋮⋮先ほどからのびっくり顔のま
﹂
ま、さらにみるみる茹で上がっていった。
﹁∼∼∼っ
り始めた。
﹁や、やばいですやばいですっ
なんなんですかコレぇ
⋮⋮策略通
!
じゃないですかぁぁっ
頂けませんかね。
﹂
たぶん俺の方が君の八万倍くらい恥ずかしいからね
﹁ぐぬぬっ⋮⋮せ、攻めなら全然平気なのに、受けに回るとここまで違
?
てかそんなに恥ずかしくなっちゃうんなら、初めっからやんないで
やっぱり策略なのかよ。
!
547
?
りに好きって言わせただけなのに、思ってたよりも破壊力が凄過ぎ
!
そして俺と目が合った途端に両手を頬に当てて、イヤイヤと顔を振
!!
うだなんてっ⋮⋮﹂
先輩のバカぁ
ぽしょりと攻めとか受けとか言うんじゃねぇよ⋮⋮ちょっと頭に
腐海が沸いちゃうじゃねーか⋮⋮
ど、どうした⋮⋮
てと俺の前まで歩いてきた。
﹁一色⋮⋮
﹂
﹂
どうしたのかと見ていると、後ろ向きで顔を見せないまま、とてと
が、不意にしゅたっと立ち上がった。
一色は、悶えに悶えてようやく落ち着いたのか静かになったのだ
んだよ。
しかし悶え慣れてるってなんだよ。どんだけ黒歴史量産してきた
り返して嵐が過ぎるのを耐えていたようだ。
き締めたり床に投げ付けたり拾ってはまた抱き締めたりと、奇行を繰
ファーなりテーブルなりを両手でバンバン叩いたり、クッションを抱
がら頭を抱えて乗り切ったのだが、一色は悶え慣れてないからか、ソ
俺は悶え慣れてるから、精神的な嵐が過ぎ去るのをぷるぷる震えな
!!
もぉぉぉ
このあざと八幡∼
﹁しかも先輩からキスしてくるってぇぇ
ずるいですずるすぎですぅぅぅ
なんだよ可愛いなお前。
!! !
それからはとにかく悶えた。もちろん俺も一緒に。
!
﹂
じゃないですかぁ⋮⋮﹂
﹁はい
すげぇ真っ赤な顔を俯かせてもじもじしていると思ったら、突然
ばっと両手を広げた。
ぎゅぅぅぅって⋮⋮
!
﹂
﹁⋮⋮先輩、わたしもう色々と我慢出来なくなっちゃいました。とり
﹂
あえず今すぐぎゅぅってしてください
﹁⋮⋮は
?
!
548
!
?
﹁うー⋮⋮先輩の不意打ちのせいで、わたし我慢出来なくなっちゃた
?
すると一色はクルリとこちらを向いた。
?
⋮⋮⋮⋮先輩が恥
⋮⋮ わ た し、先 輩 に
﹁⋮⋮だ、だからぁ、ぎゅぅってしてくださいよぅ
ずかしがるからずっと我慢してたんですよ
﹂
この子⋮⋮
ぎゅぅってされたいです⋮⋮っ
突然なに言ってるの
いきなり抱き締めなきゃないないの
!
俺は照れくささでそっぽを向きながらもゆっくりと立ち上がり、両
すマジ孔明。
もちろんアルコールの力も思う存分働いてると思うけど。いろは
無かった。
んないじらしい彼女を感じてしまったあとでは、もうどうという事は
普段なら恥ずかしくてとてもじゃないが出来ないような行為も、こ
なに真っ赤になって幸せそうにしてくれる。
きだと言っただけで、たった一回俺の方からキスをしただけで、こん
そして情けない俺がなにもしてやれないってのに、たかだか一回好
えてくる。
そして色々と理由をつけては、普段甘えられない分を思いっきり甘
ろう。俺の為に頑張って料理やらケーキやらを用意してくれた。
かと思えば、今日のクリスマスを思いっきり楽しみにしていたんだ
けで見事に運営している。
手伝って欲しいであろう生徒会の仕事も、俺に頼らずに自分たちだ
掛けないように会いに来るのさえ我慢している。
こんなにも甘えたがりの一色が、受験生の俺に気を遣って、迷惑を
こんな一色を見せられて、かなり心が動かされていた。
だがしかし、俺はこの10ヶ月間の一色を見てきて、そして今日の
と、普段の俺なら確実にそう考えていただろう。
さっきので八万あったライフはすでにゼロになっちゃってますよ。
いやいや、そんな恥ずかしい真似が出来るわけねぇじゃねーか⋮⋮
なに
?
!
!?
?
?
手を広げたまま、こんな俺なんかをずっと待ってくれていた一色の小
549
?
さくて細い身体を、ご要望通りに強く強く抱き締めた。
﹁ふぁっ⋮⋮先輩が初めて抱き締めてくれたぁ⋮⋮⋮⋮えへへ∼っ、
せんぱい⋮⋮せんぱぁいっ⋮⋮﹂
一色は広げていた腕を俺の腰に回すと、同じように強く強く抱き締
めて俺の胸に顔を擦り付けてくる。
なんだよ可愛いすぎんだろ⋮⋮
│││いつもは一色から一方的に抱きついてくるのを、恥ずかしさ
を誤魔化す為に鬱陶しいフリをして離そうとするだけだったが、こう
して強く抱き締め合えるってのは、ぬくもりを感じ合えるってのは、
こんなにも幸せなことなんだな。
そりゃぎゅっと抱き締めて欲しいとか言ってくるわけだ。
一色を⋮⋮つうか女の子を抱き締めたのなんて初めてなわけだが、
こいつ、ホントに華奢で柔らかくて、あったけぇんだな。
そうだ
わたし先輩に言わなきゃいけないことすっかり忘れて
!
550
そして俺達は、しばらくの間その幸せのぬくもりを心行くまで味
わった。
どれくらい経ったのだろう。随分と長いこと抱き締め合ったよう
な、ほんの一瞬のような。
そんな時、不意に一色が耳元でこう囁いた。
﹁せんぱい⋮⋮わたし、今超幸せです﹂
﹁そうか。俺も⋮⋮その⋮⋮幸せ⋮⋮だぞ﹂
﹁えへへ∼、やっと先輩が素直になった﹂
抱き合ったままではあるが、一色は少しだけ俺から身体を離して悪
戯っぽい笑顔を見せた。
﹂
﹁⋮⋮うっせ、お前のせいで酔ってっからな。こんなん今だけだ﹂
﹁ふふ、はいはい♪了解でーす
こいつ完全にバカにしてんだろ⋮⋮
!
そう言って、またギュッと抱き付いてきた一色だったが、
﹁あ
ました﹂
!
どうかしたか
﹂
﹂
突然なにかを思い出したかのように声をあげた。
﹁ん
のだった。
そんな愛らしい微笑みをたたえながら、俺の可愛い彼女はこう言う
笑顔。
たぶん俺にしか見せない、俺にだけ見せる魅惑的な飾らない小悪魔
その笑顔はあざとさもなんにもない一色いろはの素の笑顔。
た。
もう一度俺の胸から出てきた一色は、俺に本日最上級の笑顔を見せ
﹁えへへ、せーんぱいっ
?
﹁Merry Christmas♪﹂
おしまいっ☆
551
!
?
﹂
あなたと過ごす聖なる夜は、ラノベみたいな恋したい
﹁あーきはーばらーっ
ついにやってきました人生初の秋葉原
めてくんない
﹂
﹁おい、家堀こときりりん氏⋮⋮恥ずかしいからマジでそういうのや
年にしてアキバ初上陸のどうも家堀香織です。
あれだけガチオタだのなんだのと散々言われたというのに、高校二
!
!!
え
いい男っ
でお馴染みの比企谷先輩である
!
馴染んでないって
ウホッ
尊敬する先輩のこの方
役として付き合ってもらった、我が愛しのげふんげふん。
そんな私の隣で嫌そうに顔を歪めるのは、私のアキバ初上陸の引率
?
だっていい男なんだもん
して∼、ふひっ﹂
﹁じゃあ1人んときにやってくれ⋮⋮﹂
のっけからテンションMAXリラックスすぎっしょ
﹁まぁまぁ、よいではありませんか∼﹂
やっばい
どうしてこうなった
的ないきさつとやらを⋮⋮
ふふふ⋮⋮これは説明せねばなるまいね⋮⋮
る。
てへっ☆と超可愛く舌を出す私に、比企谷先輩は驚愕の表情を向け
﹁すみません嘘でしたごめんなさい﹂
いんだよ﹂
﹁んで⋮⋮お目当てのカップル限定フィギュアとやらはどこ行きゃい
!
﹁やー、やっぱアキバに来たからには、一度は叫んでおきたいと思いま
!
ふふ、私の中では馴染みまくってるから大丈夫なのでありますよ。
!
!
?
!
もう楽しくて仕方がないっ。
!
?
552
?
×
いやもうある先輩もなにも比企谷先輩なんですけどね
││運命のシーデートから早10ヶ月弱。
我ながら結構仲良くなれたかなぁ
?
わらず⋮⋮
でも
とかは思ってる。
あれ以来、私と比企谷先輩の関係は⋮⋮⋮⋮まぁ特にそんなには変
?
今日はある決心を胸に、駐輪場である先輩を待っている。
12月中旬。
×
⋮⋮家堀じゃねぇか﹂
ひ、比企谷しぇんぱいこんにちゅわっ⋮⋮﹂
普段ではないのだ。
普段とは違うのだよ普段とはっ
あ、あのぉ⋮⋮ク、クリスマスイブって空いてますか
なにせ今日の待ち伏せは、あの日のお誘いなのだからっ⋮⋮
﹁先輩
﹂
⋮⋮い、いや奉仕部+小町と一色でクリスマス会やるとか
?
ぐはぁっ
!
で強制参加させられるらしいが﹂
﹁⋮⋮は
!?
!
あくまでも〝普段なら〟って注釈付きのお話であって、今日はその
いやいやフラグ立てといたとかそういうんじゃないのよ。
⋮⋮⋮⋮。
ひと噛みしちゃうぞっ☆
﹁ッ
﹁あれ
なくなったくらいには、顔を合わせても緊張とかしなくなっ⋮
少なくとも出会い頭恒例の噛み噛みかおりんもめっきり顔を出さ
あるのかよないのかよ。
かったりしちゃう。
道にマックとかサイゼとか寄っちゃったりすることもあったりな
たまに⋮⋮たまーにだけど帰りが一緒になったりするし、その帰り
!
?
!
553
×
!!
お誘い開始直後から暗礁に乗り上げちった
私そんなん聞いてないかんね
ぐっ⋮⋮ちくしょう
ぜ⋮⋮
てかいろは
あんたさっきそんなこと一言も言ってなかったよね
!?
!
うふふっ♪
!
﹂
?
ム購入のプレゼントグッズらしいんですよっ⋮⋮﹂
なにそれ⋮⋮そんなん現実にあるイベントなの
?
な、なんかラノベかよ
!?
かホントすいません。
﹁ね⋮⋮ねっ
ってイベントですよねー⋮⋮
ラノベじゃあるまいしそんなイベントあるわけないじゃないです
﹁え
﹂
なんかそれ、クリスマスにカップルで来店したお客さん限定の、ゲー
﹁ア、アキバでどうしても欲しいフィギュアがあるんですけどっ⋮⋮
ごくりとノドを鳴らして決意の眼差しを向ける。
﹁あ、や、それはその⋮⋮﹂
﹁いや待て、まず説明してくんない
﹁ぐぬぬっ⋮⋮んじゃあ25日でもいいです﹂
悔しいけど、私はあの絆とは無関係だから⋮⋮
クリスマスだから私には言わなかったんだろうね。
だからこそ、今回の奉仕部クリパは、あの人たちの絆の為の最後の
まぁあの子は嫁候補みんなの味方なんだけども。
への嫁入り待った無しですわ
ホント超可愛くてリアルで妹に欲しいレベル。これは比企谷先輩
ちなみに小町ちゃんは意外と私の味方だったりする。
てか今まさにエンカウントしちゃわないかドッキドキ☆
トしちゃいそう。
なんだよ並魔王って。なんか並の魔王って平原とかでエンカウン
い
てか三大魔王︵絶壁魔王・メロン魔王・並魔王︶からの警戒が超強
すっかり私に先輩情報を流してこなくなった⋮⋮
⋮⋮いろははあの日の魔界︵マイルーム︶の流血パーティー以来、
!?
!?
!
554
!
?
あはは﹂
×
言うわけで
しょ⋮⋮
と
私と比企谷先輩は、12月25日の夜にアキバで
クリスマスデートなんです
!
?
⋮⋮内密だって言ってんのに、なんでいつの間にかバレてるんで
もちろんヤツラにはご内密でとお願いしております。
けどね。
先輩にあんまり迷惑かけらんないから夕方からのお願いにしといた
まぁ期せずして二日連続でのクリスマスになっちゃって、受験生の
とまあこんな深い理由でこうなったわけだけど、うん。浅っさい
×
は、ち、ま、ん、だ、け、ダヨっ☆
で も こ の 私 が こ ん な 可 愛 さ を 見 せ る の な ん て ⋮⋮ こ の 世 界 中 で、
フッ⋮⋮最近すっかりあざとくなってしまったどうも私です。
の男子にはお願い出来ないんですよぅ⋮⋮﹂
﹁比企谷せんぱーい⋮⋮お願いしますよぅ⋮⋮内容が内容なんで、他
﹁いや、よく分からんが面倒くさいんで⋮﹂
である。
ぶっちゃけ最近は比企谷先輩の扱いにもなかなか慣れたもんな私
れ。
かなり疑いの眼差しが強くて旗色が悪そうではあるが、そこはそ
!
ポジっぽい⋮⋮⋮⋮いやんっ
挫けないで私
!
ショートダッフルに茶色いコーデュロイのハーフパンツ。
あ、そ う そ う。本 日 の わ た く し の お 召 し 物 は、キ ャ メ ル カ ラ ー の
私は悪くない。社会が悪い。
本番視されてる世の中の風潮がおかしい。
そもそもクリスマスっつったら25日なのに、なぜだかイブの方が
!
やべぇ⋮⋮イブじゃなくて25日って辺りが、すでに二号とか愛人
!
!
555
!
×
防 寒 で し っ か り と タ イ ツ を 履 き 込 み 足 元 は ミ ネ ト ン カ の ブ ー ツ。
そこにマフラーとポンポン付きのニット帽スタイルという良くも悪
くも普段の私らしさ全開なコーデとなっております♪
まぁせっかくのクリスマスデートだし、編み込みヘアアレンジした
りミニスカート履いたりピンクの可愛いアウター着たり、はたまたミ
とか思ってた時期が私にもありました。
ニスカサンタコス+ニーハイ履いちゃったりと、もっとこう頑張っ
ちゃおうかな
ミニスカサンタは常識的にどうなんですかね。
でも今日はちょっと思う所がありまして、普段の私のままで居たい
な⋮⋮と。普段の私を見てもらいたいな⋮⋮と。
ありのぉおぉお∼∼♪
すみません勢い余って突然熱唱︵調子っぱずれ︶しちゃいました。
そして私はアキバ到着即謝罪
﹁⋮⋮たく⋮⋮しゃあねぇな⋮⋮﹂
これで勝つる
心底反省したフリをして、涙目な上目遣いでご機嫌伺い。
私がアキバに誘えるのなんて⋮⋮比企谷先輩くらいですしー⋮⋮﹂
とアキバに行ってみたかったのはホントですし⋮⋮だからといって、
谷先輩、絶対にアキバに付き合ってくんないじゃないですか⋮⋮ずっ
﹁ホントにごめんなさい⋮⋮⋮⋮だって⋮⋮こうでもしないと、比企
﹁お前な⋮⋮﹂
まり取れないのん。
時間が惜しくて仕方がないのよ⋮⋮実はアキバの滞在時間もあん
出来なさそうなんですものっ⋮⋮
だってぇ⋮⋮夜だけになっちゃったから、本日の計画が半分も遂行
もう斎藤一も真っ青なくらいの即斬っぷり。
!
﹂
瞬殺で完全勝利。そろそろ敗北を知りたい。うひっ
﹁ではでは行きましょー
556
?
﹁⋮⋮全然反省してねぇじゃねーか⋮⋮やっぱ帰るわ﹂
!
!
!
﹁やぁぁぁぁっ
ごめんなさぁぁぁいっ
帰んないでぇぇぇ
!!
すぐに敗北を知れました。うひっ︵白目︶
!
×
﹂
!
﹁ひ、比企谷先輩っ⋮⋮
んか違うんですけどっ⋮⋮
お前の刻はいつ止まってんの
!?
!?
!?
前のは取り壊されて、今のは新
ま、まさか最上階にタイムマシンが突っ込んじゃったから
?
﹂
﹁え
なんだってー
!
しいからに決まってんだろ﹂
な
﹁⋮⋮え
﹂
?
まってんだろ﹂
マジで冷たくあしらわれました。
わ、私べつにオタクじゃないんですけどもっ
いやいやさすがに冗談に決まってんでしょ。
﹁あの
?
証明終了にならないのかしら
を楽しみにしてたのになぁっ⋮⋮
それにしても、くっそう⋮⋮あの風情を感じる、場末っぽい小汚さ
?
らなかった時点で、私のガチオタ説が単なる疑惑であることのQED
しっかしそんなこと知らなかった⋮⋮てかそんな事もリアルに知
節子、訂正するとこそこやない。シュタゲの件や。
﹂
﹁お い オ タ ク。ち ょ っ と リ ア ル に 戻 っ て こ い ⋮⋮ 単 な る 老 朽 化 に 決
⋮⋮
な、なんでこんなに小綺麗なのっ⋮⋮
ラ、ラジ館がっ⋮⋮私の知ってるラジ館とな
かった先の光景に、私は戦慄した。
して、なんとか着いてきて貰った比企谷先輩と一緒にワクテカで向
それはもう公衆の面前で土下座する覚悟も辞さない勢いで拝み倒
﹁なん⋮⋮だとっ﹂
×
そ、それはまさかっ⋮⋮
!?
?
!
557
×
?
!?
とかなんとかブツクサ言いながらも、地元以外の初のオタクショッ
プを、しかもお一人様じゃない幸せな状態で心行くまで楽しみました
♪
まぁ私オタクじゃないんですけどね。
その後もラジ館向かいのゲマさんやら、憧れのアキバのメイトさん
やらを探索した私は、名残惜しいけど次の目的地へと向かうことにし
た。
﹁あのぉ、比企谷先輩⋮⋮﹂
﹁どうした﹂
まだ大してアキバ満喫してな
﹁アキバはそろそろいいんで、せっかく東京出て来たのでもう一ヶ所
﹂
目的アキバだったんじゃねぇの
行きたいトコあるんですけども⋮⋮﹂
﹁は
いと思うけど、もういいのか
⋮⋮ホ、ホントはもっと満喫したい所なんですけどもっ⋮﹂
ホントはもっとアキバを堪能したいでござる
││うっきゃぁぁ
﹁ぐふっ
?
また来るからねっ
出来ればまたこの人と。
!
閉じたのでした☆
ふふふ、比企谷君。無駄な抵抗はよしたまえよっ
!
だけは上手くなった私の熱いおねだりバトルは勃発した瞬間に幕を
そしてまた、年下に甘い捻デレ先輩と、その捻デレ先輩に甘えるの
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
﹁え、やだけど⋮⋮﹂
﹁⋮⋮⋮⋮えっと⋮⋮原宿に、行きたいです⋮⋮﹂
れないのかも知れない⋮⋮
だけどその願いは、これからの私の行動によっては、二度と叶えら
さらばアキバ
まっこと後ろ髪引かれる思いではございますが⋮⋮
のだ⋮⋮
ううっ⋮⋮でもでも、実は今日の本来の目的はそっちだったりする
程度の滞在だなんてっ⋮⋮
夢にまで見たアキバデートが、たったの一時間
堪能したいでござる
!
!
!
!
558
?
?
×
∼﹂
アキバから山手線一本なんですから
ついに私達は原宿駅に降り立った
!
はっ⋮⋮
やばい目からいろはす︵ほんのり塩味︶がっ⋮⋮
初めて来たんだけど﹂
?
またしても比企谷先輩の初めてゲットだぜっ
﹁で、これってどこ行きゃいいの
ひゃっほい
!
レープでも食べたいし♪﹂
?
なにこれ、満員電車
芋洗い
?
メてた。
あっれ∼
?
ここには何度か友達と来たことはあったけど、クリスマスの夜をナ
方までよく見渡せるんだけど、これはまたなかなか⋮⋮
竹下通りに入る所は少し下り坂になってて、入り口から通りが先の
度⋮⋮
比企谷先輩が早々に音を上げるのも無理はない。なにこの人口密
﹁⋮⋮⋮⋮よし、帰るか﹂
﹁うっわ⋮⋮﹂
そして、竹下通りの入り口に立った私達は絶句した。
⋮⋮まぁ、その〝後で〟が、無事に迎えられればなんだけどっ⋮⋮
しね∼﹂
﹁とりあえずですよとりあえず。また後でどっかで食べてもいいです
﹁ああ、そういやなんも食ってねぇな。てか夕飯クレープなの⋮⋮
﹂
﹁ん じ ゃ、ま ず は 竹 下 通 り で も 行 き ま し ょ う か。お 腹 空 い た か ら ク
?
ふぉぉぉっ⋮⋮ま、まさか比企谷先輩と原宿に来ることになろうと
!
﹁まぁまぁいいじゃないですか
来なくちゃいけねぇんだよ⋮⋮﹂
﹁くそっ⋮⋮なんでこんな日にこんなリア充御用達みたいなところに
×
﹁ダメです、行きますからね﹂
?
559
×
﹁マジかよ⋮⋮﹂
私達は歩きだす。この茨の道を⋮⋮そう。この戦いから、逃げ出す
わけにはいかないのよっ
⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮ う ん、無 理。絶 対 に は ぐ れ ち ゃ う よ
ね、コレ。
そしてそこでかおりんフラーシュッ
ピコーン☆と閃いちゃったよっ
﹂
﹂
﹁あの⋮⋮比企谷先輩⋮⋮
﹁おう、どうした帰るか
⋮⋮殴りたい。
﹁あ、すんません⋮⋮﹂
なんか心読まれました。
目 は 口 ほ ど に モ ノ を 言 う っ て ね
たぶんすんごい目をしたんで
!!
⋮⋮﹂
﹂
?
﹁⋮⋮だな。⋮⋮え
ま、まさかまた⋮⋮
﹁⋮⋮あ、あの⋮⋮こ、これ⋮⋮完全にはぐれちゃうじゃないですか
きゅって胸が苦しくなる。
ドキドキが一気に襲ってきた。
見つめる⋮⋮
でもそんな冷たい眼差しから一転、熱い熱い熱視線で比企谷先輩を
しょうね、私。
?
!
?
を、頑張って比企谷先輩に真っ直ぐ向ける。
﹂
?
560
!
?
ごくりと喉を鳴らして、逸らしたい程に恥ずかしくて熱を帯びる顔
?
﹁そのっ⋮⋮は、はぐれちゃわないようにっ⋮⋮また手、ちゅ、繋いで
×
も⋮⋮いい、ですか⋮⋮
×
×
10ヶ月ぶりに繋がれた手はホントに熱くて、私の手も心もトロト
ロにとろけていった。
私の右手はまるでこのまま永遠に繋がってたいと主張するかのよ
うに、私の意志とは関係なく、比企谷先輩の手を強く強く握りしめた。
愛する人と繋がってしまうと不思議なもので、さっきまであれだけ
人で溢れていたこの通りも、まるで気にならなくなる。
歩くのも大変なはずの人混みも、途中で何軒か寄ったオシャレな洋
服屋も、行列に並んで買ったクレープの味も、もうあんまり覚えてな
い。
﹂
気が付いたら、いつの間にか竹下通りが終わってた。
﹁っと⋮⋮竹下通りってのはここで終わりなのか
﹁⋮⋮はい﹂
﹁にしてもすげぇ人だったな﹂
﹁⋮⋮ですね﹂
せっかくの比企谷先輩との原宿デートのはずなのに、手を繋いでか
らの私はずっとこんなもん。
竹下通りに入ってから急に口数の減ってしまった私を、心配そうに
どっかで休むなり帰るな
覗き込んでくる比企谷先輩と目が合い、私は力なくその優しい顔に笑
顔で答えた。
﹁えらい混んでたもんな。疲れちまったか
りするか﹂
はぁ⋮⋮まったくこの先輩は⋮⋮
ただ自分が帰りたいから﹃帰る﹄って連発してたくせに、ちょっと他
ついさっきまでは人混みが嫌だから、面倒くさいからって理由で、
?
561
?
ずっと考えないようにしてた今日の決意を、繋がれた手の体温に無
﹂
理矢理引っ張りだされちゃったからだろうか。
﹁家堀⋮⋮
﹂
?
﹁あはは、大丈夫ですよっ﹂
﹁どうかしたのか
﹁⋮⋮え、あっ、えっと⋮⋮ごめんなさい⋮⋮﹂
?
人を心配しだした途端に、自分のことなんか一切関係のない﹃帰る﹄に
﹂
﹂
﹂
変化しちゃうんだもんな∼⋮⋮このどうしようもないお人好しめっ
﹁えと⋮⋮比企谷先輩
﹁おう﹂
いや、まぁ別に構わんけど、大丈夫なのか
﹁ちょっと行きたいトコがあるんですけど﹂
﹁へ
﹁へへ∼、だいじょぶですよっ﹂
きましょうよ﹂
そこは、本日の本当の目的地。
私は今日、あそこで先輩に告白する⋮⋮
×
!
﹁せっかくここまで来たんだから、表参道のイルミネーション見てい
﹁そうか。それなら良かった。で、どこ行きたいんだ
?
?
!
か
﹂
﹁そうですよ
﹂
﹁それってどこにあんだ
また移動すんのか
﹂
﹂
そっか。ここら辺が初めての比企谷先輩が、場所なんて分かる
﹂
﹁ふふ、大丈夫ですって。すぐそこですから
﹁あ、そうなの
に一気に支配された。
がったところで、視界はキラキラと輝くクリスマスイルミネーション
そのまま大通りを少し歩いて、ひとつめの大きな交差点を左に曲
右にまがる。
竹下通りを出たところで丁度青に変わった信号を渡って大通りを
?
?
わけ無いもんね。興味も無いだろうし。
ん
?
﹁表参道のイルミネーションって、テレビなんかでよくやってるヤツ
×
?
!
?
562
?
?
×
?
﹁うおっ
すげ⋮⋮。え
なに
?
ここ
?
こんなに近かったのかよ﹂
?
﹂
﹁だからすぐそこって言ったじゃないですか。ホラホラ、行きましょ
!
突然目の前に現れた、表参道のけやき並木に灯された暖かく光るL
EDライトの洪水に圧倒された比企谷先輩の手をぐいっと引っ張っ
て、私は光の世界へと足を踏み出した。
│││やっべぇ⋮⋮ノドが超カラカラすんよ⋮⋮唇なんかカッサ
カサだっての⋮⋮
こんなカサカサの唇で告るとか有り得なくない
⋮⋮グロスリップ塗り直して艶々プルンとさせてぇよぅ⋮⋮
緊張が限界超えてすっごいお腹も痛くなってきちゃったし
かよ。
!
い訳じゃんよ。
こういう時こそアレだ
勇気の出るあのおまじないを唱えよう
オラに力を分けてくれ、シンジくん
おまじないってそれかよ。
?
脳内さん仕事してぇっ
しかも口に出して言っちゃってんよ︵吐血︶
﹁ど、どうした家堀⋮⋮いきなりネタか
﹂
﹁⋮⋮逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ⋮⋮﹂
!
!
唇がカサカサだのお腹痛いだのって、結局は逃げ出す為の単なる言
!
どうせ目の前だし、一旦ラフォーレにでも戻ろうかな⋮⋮
ぐぬぬっ⋮⋮ダメだぁ
襟沢
うっわ⋮⋮ここに着いちゃう前にトイレ行っときゃ良かったぁぁ
?
たぶん戻っちゃったら、この決心が終了しちゃうっ⋮⋮
!!
!
!
﹁やはは⋮⋮な、なんでもないですよー﹂
!
私はどこまでいってもシリアスの神様からは見放されて
⋮⋮⋮⋮ぷっ
ったく
!
563
?
るのよね∼☆
⋮⋮ ち ょ っ と お 願 い し た い 事 が あ る ん で す け
でもまぁ、己のシリアス向いて無さ加減に、逆にリラックスしちっ
た♪
比企谷先輩
よしっ
﹁あ の
ど﹂
いた私は隣を歩く比企谷先輩にそう切り出す。
﹁はぁ⋮⋮なんか今日は色々とお願いされる日だな。で
﹁えっとですね⋮⋮﹂
なんだ
﹂
?
い﹂
﹁え⋮⋮
﹂
お前、な、なに言ってんの⋮⋮
﹂
⋮⋮お願いします
れって⋮⋮え
﹁いいから
ちょっと待て、お前⋮⋮そ
?
んなんだもん
だってもう告ったようなも
!
ソンソン踊らにゃシンガッソー
ってなもんよ
!
比企谷先輩が好きだぁぁぁぁぁっ
企谷先輩に向かって⋮⋮
﹁私は
!
ハーフパンツをギュッと握ってクルリと振り返り、唖然としてる比
の距離を取る。
私は比企谷先輩の手を振りほどき、タタッと数歩だけ走って先輩と
!
しようがしまいが今後どちらにせよ気まずくなんなら、言わなきゃ
!
でもここまで来たら逃がすもんかよ
だから比企谷先輩が早くも逃げ出そうとしてる事は分かる。
このお願いで、もうほとんど告白したようなもんだ。
!
?
?
勘違いとか気の迷いとかって誤魔化さないで、ちゃんと聞いてくださ
﹁私が今から言うことを、ちゃんと真剣に受け取って欲しいんです。
事のないような真剣な眼差しを向ける。
そして私は比企谷先輩へと顔を向けて、たぶん今まで先輩に送った
?
キラキラと輝くけやき並木の灯火に包まれて、ちょっとだけ落ち着
!
!
!
564
!
!
誰よりも好きなの
手放したくないの
そばにいて欲しいの
﹂
!
!
の辺り。
ときはクリスマス、12月25日の夜7時くらい
?
まだ終わらんよ
﹂
トドメの一撃を食らうがいいわっ
ンの中、私のラノベ丸パクりのシャウトは止まらない
ま だ だ
フゥーハハハ
﹁よっく聞けよ、比企谷八幡
私と、付き合ってくれぇぇぇぇぇっ
そんな見世物感丸出しの中、果たして比企谷先輩が出した答えとは
はい。どう見ても見せもんですよね理解してます。
おいおい、なに見てんだよ通行人ども。見せもんじゃねぇんだよ。
端無いんですもん。
だって、叫び終わったあとの、この静けさに我に返った恐怖感が半
あれですよね、人間、勢いって恐いですよね。
真ん中にこだまが響く。ええ。まぁ脳内ですけども。
付き合ってくれぇぇ⋮⋮くれぇぇ⋮⋮くれぇぇ⋮⋮と、大都会のど
!
!
そんな行き交う人達の視線が尋常ではない聖夜のイルミネーショ
い。
人混みが半端な
場所は表参道のど真ん中。昔よくドラマなんかで見た、あの歩道橋
叫んだ。超叫んだ。
好きで好きでしょうがなぁぁぁいっ
!
﹂
ドン引きの比企谷先輩に拒否られました。ですよねー。
﹁うえ゛ぇぇぇぇぇ∼んっ
!!
565
!
!
!
!
!
!
﹁いや、すまん。無理﹂
!?
!
そして私は極限に達した羞恥に耐えきれずに逃げ出した。
!
これは逃走ではない。勇気ある撤退である
逃げ出したって言っちゃってるよ私
×
﹂
ライディング決め込む女の子とか、マジでウケる。
あはは⋮⋮⋮⋮クリスマスの夜に、原宿のアスファルトでヘッドス
れてみっともなくヘッドスライディングする私。
大泣きして、逃げるように爆走を続けながらも、ついには足がもつ
﹁ぶべっ
前のように奇跡は起きなかったけどさ。
まぁ初めて比企谷先輩に借りたラノベってわけでもないし、当たり
みたんだ。
でもさ、ちょっとだけでも奇跡を夢見て、ラノベの力をお借りして
もう、今度こそ私と比企谷先輩の繋がりはちゃんと断ち切れた。
本当にごめんなさい、先輩⋮⋮でも、これでようやく諦めがついた。
踏み出すには、もう今しか無かった。
バレンタインなんてさらに受験生には大変な時期だろうから、一歩
由を作らないと、永遠に言えそうも無かったから⋮⋮
でも私は、こうやってクリスマスだのなんだのと無理矢理にでも理
けないのは分かってる。
ホントは受験を控えてる先輩を混乱させるような真似をしちゃい
諦めたかったんだよね。
だからどうせ振られるんなら、私らしく豪快に振られて、キッパリ
│││いや、まぁ振られるのなんて分かってたことだ。
人の前で振られたってのよ。
だって、あんなトコに居られるわけないじゃん。一体何百人、何千
う全速力で。
表参道から裏路地に入りとにかく走る。いわゆる裏原を、それはも
×
!
566
×
ここまでくれば、さっきの吉本ばりの喜劇を目撃してた通行人の視
線は気にしなくてもいいけど、それでも大泣きしながら全速力ですっ
ころんだ女の子に対する視線はやっぱり半端ない。
今 日 は 黒 歴 史 記 念 日 だ わ。も う 本 日 付 で 歴 史 記 念 館 が 創 立 出 来
ちゃうレベル。
﹁痛ったぁ⋮⋮﹂
うぅ⋮⋮どうしよ⋮⋮顔とか擦り剥いちゃってないかな⋮⋮
聖夜に顔に傷を残すなんて、女の子としてはとてもじゃないけど容
認出来ない。
周囲の視線はひとまず我慢して、道路の上で女の子座りになって顔
を擦ってみる。
ホッ⋮⋮どうやら顔に傷は無いみたいで一安心。タイツ破けて膝
擦り剥いちゃったけど。
おっと、いかんいかん。早くこの場を撤退しなきゃね
クリスマスの夜に一人で道端にへたりこんでる美少女なんて、男共
の恰好の餌食にされちゃうじゃない。
ほら、言わんこっちゃ無い⋮⋮言ってるそばからなんか男が近付い
て来ちゃったみたいだよ。
もう涙は枯れて気持ちも落ち着いたから、現在の心境でナンパなん
﹂
⋮⋮⋮⋮ っ た く、に し て も お 前 足 早 え ー よ
かされたら、たぶん目で殺しちゃうゾ☆
もぅ⋮⋮振った女なんかほっといてよぉぉ⋮⋮
どうやら枯れてなかったらしい涙が、呆れたような、でも照れくさ
567
!
なんで追っかけて来ちゃってんのよこの人⋮⋮
﹁⋮⋮ 家 堀、大 丈 夫 か
⋮⋮﹂
﹁∼∼∼っ
なんで⋮⋮
バカじゃないの
!
?
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮ふ、ふぇぇぇっ⋮⋮ひ、比企谷しぇんぱぁぁい⋮⋮﹂
?
!?
!!
そうな比企谷先輩の顔を見た途端に、それはもうものすごい勢いでボ
ロボロと溢れ出てきちゃいました。
﹁ほれ、立てるか﹂
﹁⋮⋮ふぁい﹂
振ったあとに優しくするとか、どんだけ外道なんだよこ
うぅ⋮⋮また手を握っちゃったじゃんよ⋮⋮
もう⋮⋮
んにゃろめっ⋮⋮
×
!
!
比企谷先輩との無言の間は、他の人と違って全然嫌じゃない。
しばらくのあいだ続く無言。
ふわぁぁぁ⋮⋮心がポカポカするんじゃぁ。
をこくこくと飲んでみた。
そんなアホな先輩を微笑ましく見つめながら、買ってくれたココア
﹁⋮⋮いただきます﹂
いや、それ旧社名ですけど。
に他社のコーヒーをちびちびと飲む先輩。
けながら、利根コカコーラボトリングもっと頑張れよ⋮⋮と、不満げ
渋々買ってきたらしき、マッ缶とは違う缶コーヒーをカシュッと開
の中間違ってんだろ﹂
﹁ったくよ⋮⋮京都ならまだしも、東京にもマッ缶売ってねぇとか、世
アが、めっちゃあったかい⋮⋮
あったかい⋮⋮私を座らせて比企谷先輩が買ってきてくれたココ
﹁⋮⋮ありがとうございます﹂
﹁ほれ、確かココアとか好きだったよな﹂
歩いたとこで発見した公園のベンチに座らされている。
私は、あまりにも一目の多い裏路地から移動させられて、ちょっと
×
でも、さすがに今ばかりは実に気まずい。
568
×
とは言え、現状では話し掛けられても困っちゃうけどね
﹁⋮⋮しっかし﹂
はうっ⋮⋮話し掛けてくんのかよっ⋮⋮
!
いきなり本命の話題じゃないですかやだー
思ったわ⋮⋮﹂
ぶはぁっ
ざっまぁ
いですかぁ
ちょっとニヤつきかけちゃったけど、でもさ
りの女にいきなりその質問は無いでしょうよ。
やっぱ振ったばっか
ふひひ、どうやらそれなりに私の愛の告白が響いてるみたいじゃな
に頭をがしがし掻いていた。
て、私と目を合わせないようにそっぽを向きながら、超恥ずかしそう
恨みがましく横目で睨めあげると、比企谷先輩は耳まで真っ赤にし
よぅ⋮⋮
もっとこう、核心に迫るには、徐々に段階を踏んで行きましょう
!
﹁⋮⋮ お 前 な ん つ う こ と し て く れ ん だ よ ⋮⋮ 恥 ず か し く て 死 ぬ か と
さすがの比企谷先輩も、この沈黙はキツかったのかな。
!?
﹂
ずか死させてやんよっ
ふんっだ⋮⋮もう気持ちバレちゃったんだから、好き好き言って恥
﹁うぐぅ
もん⋮⋮﹂
﹁だって⋮⋮仕方ないじゃないですか⋮⋮好きになっちゃったんです
だから私はこのばかちんに対して頬を膨らませて口を尖らせた。
?
!
それに関係無いこともな
?
いじゃないですか⋮⋮だからこそのあれなんですけど⋮⋮
﹂
でもうどうしようもないくらいに好きだし、少しだけでも希望が欲し
﹁だって⋮⋮振られることなんて分かってましたけど⋮⋮でも、マジ
﹁あんだよ⋮⋮関係って⋮⋮﹂
いですもん⋮⋮﹂
﹁べっつにむくれてなんてないですけどー
行動は別に一致しねぇだろ⋮⋮てかなんでむくれてんだよ⋮⋮﹂
﹁⋮⋮ぐっ、その、なんだ⋮⋮好っ⋮⋮⋮そ、そういう気持ちと、あの
!
?
569
!
!
!
好きって知られちゃった事と怒ってる事で、なんか普段だったら恥
ずかしくて言えないような言葉がスラスラ出てくる。
であるならば、この勢いでこの恥ずかしい全容を全部吐いてしま
えっ
﹁⋮⋮なにせ、いくら千葉の兄妹とはいえ、まさかの実妹ENDなんて
いう、倫理崩壊読者騒然の奇跡を起こしたクリスマスデートコースで
すもん⋮⋮だったら、もしかしたら大穴の私が勝てるなんていう奇跡
﹂
だって、起きるかも知んないでしょっ⋮⋮﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮はっ
﹂
!?
⋮⋮⋮⋮ホントはスカイ
?
呆れてるのか驚愕してるのかは分からないけど、先輩の特別という
⋮⋮﹂
⋮⋮私は、あの三人のような、比企谷先輩の特別じゃないですから
﹁ま、結 局 当 然 の よ う に 奇 跡 な ん か 起 き や し ま せ ん で し た け ど ね。
だ話は終わりませんよとばかりにさらに言葉を紡ぐ。
あんぐりと口を開きっぱなしの比企谷先輩に、こんなんじゃまだま
⋮⋮あそこだったらロマンチックだしっ⋮⋮﹂
だったら公開告白は表参道のイルミネーションでいいかなぁって
﹁⋮⋮時間無かったんで、まぁ小説内で原宿とアキバって言ってたし、
験生の先輩にあんま迷惑かけらんないから⋮⋮
予定狂っちゃったからさ⋮⋮さすがに二日連続のクリスマスで、受
たんですよ⋮⋮⋮⋮でも﹂
ションが綺麗なトコで、公衆の面前でさっきのセリフを叫ぶ予定だっ
ツリーにも行くつもりだったんですよ⋮⋮んで、そのあとイルミネー
クりですし⋮⋮マジでバカみたいでしょ
﹁はいはいそーですよー⋮⋮さっきのバカげた告白だってアレの丸パ
定フィギュアとかって言ってたのか⋮⋮
﹁⋮⋮⋮⋮おまっ⋮⋮だから原宿で買い物とか、アキバでカップル限
うん。その気持ちよく分かります。
心底唖然とした顔を私に向ける比企谷先輩。
?
ワンフレーズに、ずっと固まってたこの人はようやく再起動した。
570
!
﹁⋮⋮は
なんだよ、特別って﹂
﹁はぁ⋮⋮ここにきてまだしらばっくれるんですか⋮⋮
ったく⋮⋮
じゃあハッキリ言ってやりますよ。〝比企谷先輩に想いを寄せてる、
あ の 人 達 の 気 持 ち な ん て。
雪ノ下先輩と由比ヶ浜先輩といろは〟ですよ﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
﹁も う と っ く に 分 か っ て る ん で し ょ
⋮⋮。だからせめて豪快に散ってやろうかな
って思ったんですよ
⋮⋮⋮⋮でも私はただの後輩ですからね。あの人たちにはなれない
?
ら、意外な切り返しが返ってきた。
﹁⋮⋮家堀、お前さ、なんか勘違いしてねぇか
﹂
﹂
そんな時、この私の乙女にサービス残業を強いるブラック上司か
てかどこら辺でそんな失礼なこと言われてたんだよ。
ス残業で過労死寸前だよ⋮⋮
働かなさでは千葉随一とも言われたこの私の乙女が、今じゃサービ
恋ってのは厄介だね。厄介極まりない。
大好きな人の前で、鼻水垂らして大泣きしちゃってんよ⋮⋮
みっともねぇな∼、私⋮⋮
特別だったら⋮⋮良かったのになぁ⋮⋮うぇぇっ⋮⋮﹂
﹁う゛ぅ∼っ⋮⋮ひぐっ⋮⋮あーあ∼、私も⋮⋮あの人たちみたいに、
単なもんでもなかったみたいだ。
⋮⋮バッサリ振られたからって、そんなに簡単に割り切れるほど簡
へへ⋮⋮そりゃ現実は⋮⋮⋮⋮そんなに甘くは無い⋮⋮ですよ、ね﹂
⋮⋮ご都合主義のラノベに⋮⋮⋮⋮すがってみたんですけど⋮⋮え
⋮⋮⋮⋮ 持 ち た か っ た か ら っ ⋮⋮ ぐ す っ ⋮⋮⋮⋮ あ ん な 有 り 得 な い
﹁でも、さっきも言ったけど⋮⋮⋮⋮少しくらいは⋮⋮その⋮⋮望み
⋮⋮スッキリすると⋮⋮思ったんだけどなぁ⋮⋮
⋮⋮﹂
に永遠に悶々とし続けるよりは、よっぽどスッキリすると思ったから
⋮⋮あのまま奉仕部の方々やいろはに気を遣って、想いも告げられず
?
?
571
?
?
﹁⋮⋮へっ
?
﹁いや⋮⋮まぁこんな風に気持ちぶつけてきてくれた家堀に適当なこ
⋮⋮
と言うのは失礼だからハッキリ言っとくがな⋮⋮あぁ、くっそっ⋮⋮
こんなことホントは絶対に言いたくなんかねぇんだかんな
な存在かもしれん⋮⋮﹂
はぁ⋮⋮⋮⋮正直に言っちまえば、確かにあいつらは俺にとって特別
?
﹂
変わりゃんからにゃ
﹁⋮⋮⋮⋮にゃ
ドSなの
﹂
?
だから言ってんだろうが
!
?
﹂
?
ちくしょう﹂
!
めて見る⋮⋮
でも
﹁⋮⋮ひ、比企谷先輩⋮⋮
で、でも
これじゃまるでっ⋮⋮
?
!
!!
そ、それって﹂
目撃してきたけど、ここまで悶えてここまで恥ずかしそうな先輩は初
今まで何度も比企谷先輩が照れくさそうに頭をがしがし掻く姿は
いわ⋮⋮もう二度と言わねぇからな⋮⋮
⋮⋮⋮⋮そんなに悪くねぇ、よ⋮⋮⋮⋮。くそっ、死ぬほど恥ずかし
﹁ぐぅ⋮⋮正直言って、お前と一緒に居る時間は、結構楽しいっつうか
嘘⋮⋮比企谷先輩にとっての私って⋮⋮
わ⋮⋮⋮⋮そ、それに趣味も合うしな⋮⋮﹂
⋮⋮何度もこうやって二人でどっか行かされるわ手とか繋がされる
﹁ああ、マジマジ。なんだかんだ言って、お前とは色々あったからな
﹁⋮⋮マ、マジ、ですか⋮⋮
と、特べっ⋮⋮⋮⋮ぐぬぬっ⋮⋮そ、そういう感じなんだよっ﹂
お前も、今じゃどっちも変わんねぇくらいには⋮⋮その、なんだ⋮⋮
﹁だぁぁ
⋮⋮俺にとっちゃ、あいつらも
﹁だ、だがな⋮⋮ぶ、ぶっちゃけ、今や家堀も別にあいつらとそんなに
﹁⋮⋮だからわざわざ言わなくたって分かっますって⋮﹂
?
Sなの
?
いやなんでここにきて惚気らんなきゃなんないの
なんなの
?
ちょっとだけムッとしてそれに答える。
?
!
572
!
なんで
なんでそうなんの
﹂
﹂
?
振った女に﹃でもお前も
﹁ま、まさか私をキープしとくつもりですかっ
﹁は
?
﹂
る。
そうなっちゃうでしょ
でもそうでしょ
比企谷先輩は、私と付き合ってくれないんですよね
い、いや、そんなつもり無かったんだが⋮⋮﹂
﹁嘘、マジで⋮⋮
﹂
﹁いや、だって
⋮⋮
!
こ、こんのやろぉ
かぁ
﹂
﹁嘘だろ⋮⋮
え
そ、そういうことになっちまうの⋮⋮
だって、別
ふ、普通はアレですよっ
﹂
?
振った
なら振ったなりに、きちんと距離を空けなきゃダメなんですかんね
﹁あ、あったりまえじゃないですか
に誰とも付き合うとか、そういうつもりは無いんだぞ⋮⋮
?
胸が痛んだって、あのままほっといて帰るのが常識でしょうが
⋮⋮あまつさえ特別だ
!
⋮⋮お前は一番じゃないけど、特別な女だから俺
振ったくせに振った女に優しくするなんて
なんて言うなんて
﹂
!?
!
のそばから離れんなって言ってるみたいなもんですからねぇぇっ
!
振られて走り去った女を追っかけて来たりしちゃいけないんですよ
!?
!
?
!?
?
﹁⋮⋮もうそれって、完全に、私をハーレム要員にする気じゃないです
!
﹁ぐ、ぐぅ⋮⋮まぁ、そんな感じでも無くはない⋮⋮な﹂
﹁でも、お前も特別な存在だと⋮⋮﹂
合うとか、そういう選択肢自体がまだ存在してねぇっていうか⋮⋮﹂
は恋愛とかそういうのは荷が重いっつうか⋮⋮だから俺は誰と付き
﹁お、おう⋮⋮てかお前だからとかそういうわけじゃ無くてだな、俺に
!?
突然投げ付けられた私の衝撃のセリフに、比企谷先輩は動揺して
か
特別だ﹄なんて、まるっきり女たらしのセリフそのものじゃないです
﹁いやいやいや、だってそうじゃないですか
?
?
!?
!!
573
!?
?
!?
?
!?
﹁え
なにそれ
⋮⋮こんの女ったらし
ス
こっちはバッサリ振られて気持ちに整理
⋮⋮うっわぁ、ホント最悪だよこの人⋮⋮まさ
どこの勘違いハーレム野郎だよ﹂
﹁あんただよあんた
ふ、ふんっだ
おとといきやがれってんだべらんめぇ
!
ホントに帰っちゃうのん⋮⋮
チラッ、チラッっと⋮⋮
あ、あれ⋮⋮
んだからねっ
そうよ、もう私は気持ちに決着を付けたのだよ
い程にっ
それはもう清々し
べ、別にそのまま帰っちゃったって、悲しくもなんともない
?
置いてかない
かミジンコ無い⋮⋮じゃ無かった微塵も無いんだからっ
今の無しぃぃぃ
未練なんかっ⋮⋮み、未練なんかぁぁぁ⋮⋮
嘘です嘘です
!
﹂
﹁い や ぁ ぁ ぁ ぁ っ
でぇぇ
!
!
コートの袖を掴む。
ビックリした
!
!
で泣き付いた。
﹁やっぱ無理無理無理ー
このまま疎遠になっちゃうのなんて絶対無
そして両手で袖をギュギュギュっと握りこむと、すがるように涙目
﹁⋮⋮うわっ
﹂
私は高速ダッシュで比企谷先輩に追い付いて、光の早さで先輩の
!
!
だ、だから、べべべ別に比企谷先輩なんかににに⋮⋮み、未練なん
!
!
ハッ
?
私はこの場から立ち去る比企谷先輩の背中をチラッチラと見送る。
!
了解だ⋮⋮さっきのは無かったことにしくれ⋮⋮じゃあな﹂
どうしていいか分かんねぇんだよ⋮⋮⋮⋮でも、まぁそういう事なら
﹁ひ、ひでぇ⋮⋮⋮⋮くっ、わ、悪かったな⋮⋮俺こんな経験ねぇから
!
に鬼畜だよ外道だよ⋮⋮
付けたってのに、まだ惑わそうとすんの
﹂
!!!
なんなのよこの天然スケコマシ
とらぶるぅぅー
もう
ケコマシ
ああ
!!
だから誰彼構わず惚れられちゃうんじゃないのよ
!
?
!
!?
!
!?
574
!
!
!?
!
!!
?
理ぃ
﹂
⋮⋮これは酷い。
告白する前の私の固い覚悟︵絹ごし豆腐︶どこ行った
付き合う気もないのに女を手元に置いとくダメ男と、そのダメ男に
泣いてすがりつくダメ女の酷い構図は、とてもじゃないけどママンに
は見せられないよっ。
﹂と許しを乞うダメ女の素質を開花させることになろう
うふふふふ⋮⋮この歳にして早くも、愛人に捨てられかけて﹁捨て
ないでぇぇ
とはね⋮⋮
そして私は言う。言ってやんよ
私、もうこの際ハーレム要員でもいいです
今の私の心からの思いの丈ってヤツをさぁ
﹂
﹁⋮⋮比企谷先輩
ちこいです
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
たぶん今まで生きてきた人生の中で一番ドン引きされました
ヘへ☆
﹁あうっ﹂
言って後ろから見える耳はめっちゃ真っ赤だ。
ばっ
テ
ドン引きしたりチョップしたりの比企谷先輩だけど、なんだかんだ
﹁⋮⋮もう帰んぞ﹂
と心地いい。なんかもう私だめぽ。人として︵白目︶
うひひ、比企谷先輩に軽くチョップされた脳天が、なんだかちょっ
!
!
!
!
なにその素質。世界で一番要らない素質じゃないですかやだー。
!
!
!
×
×
575
?
!
﹁⋮⋮アホか﹂
×
へへ∼っ
ゴリゴリと我がライフを削ってまで好き好き言った甲
﹂
斐あって、ちゃんと私のこと意識しちゃってんじゃあんっ
﹁えへへ⋮⋮はーい
ホントはさ、ちゃんと分かってるんだよね。
別に比企谷先輩は、私を繋ぎ止めておきたくてあんな事を言ったん
じゃないってコト。
比企谷先輩が極度のシスコンなのは知ってたけど、私も小町ちゃん
と関わるようになってそれがよく分かった。なんで先輩があんなに
年下の女の子に弱いのか。
小 町 ち ゃ ん マ ジ で 可 愛 い も ん ね ー。や っ ぱ り い ろ は と 似 た も の
持ってるけども。
そりゃあんな妹に子供の頃から甘えられてりゃ、年下女子にも弱く
なるわ⋮⋮
だから、ただでさえ年下女子に甘くて弱い比企谷先輩だもん。
自分にあんなに気持ちをぶつけてくれた年下女子が目の前でゴミ
屑みたいに弱ってたら、手を差し伸べるのを我慢なんか出来なくなっ
ちゃうよねっ⋮⋮
でも、でも⋮⋮
ホント
あのとき比企谷先輩が言ってくれた言葉に嘘がなかったのもまた
!
﹂
在になってきてるって事はホントなんだよねっ⋮⋮
﹁おし、んじゃ行きましょー
﹁⋮⋮なんで急に元気になってんだよ⋮⋮﹂
!
そんなに真っ赤な耳しちゃってから
ふっふっふ、そりゃ元気にもなりますとも
もー、分かってるクセにぃ
に、この捻デレさんめっ
!
!
!
そりゃ正直複雑な想いではあるけども、なんかすっごいスッキリし
!
576
!
!
!
比企谷先輩にとって、私があの人たちに負けないくらいの特別な存
!
ちゃった♪
涙にまみれて、目も鼻も赤くなっちゃってるブサイクな顔のままだ
けど、私はもうそんな些細な事は気にせずに、にっこにこにーで比企
谷先輩の隣に並んだのでしたっ。
待てよ
もしかしてさぁ、私って⋮⋮実は一歩リードしてね
⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮ん
あれあれ
?
くらいに特別な存在になってきてるんでしょ⋮⋮
こ、これって、かおりん大勝利ー
フラグがビンビンに立っちゃっ
うへ⋮⋮うへへっ⋮⋮マジすかマジすか
だけじゃん⋮⋮
げないどころか特別な存在だって言って貰えたのって⋮⋮⋮⋮わ、私
気持ちをちゃんと受けとって貰えたのって⋮⋮あまつさえそれで逃
でも、比企谷先輩に気持ちをぶつけたのって⋮⋮しかもその上その
?
だ、だってさ、実は私って、比企谷先輩にとってあの人たちと同じ
?
?
!
かおりんお外走ってくるーーー
てませんかね
やっべぇ
!?
!
﹂
ただひとぉつ
﹁ていっ
ぎゅうっ
﹁お、おいっ﹂
﹁ひひっ、いいじゃないですか
!
を得ずに、私から繋いでやったぜ
!
そう。今まで何度か繋いできた手だけど、初めて比企谷先輩の許可
いですか∼﹂
もう今まで散々繋いできた仲じゃな
しかしながらついさっき散々お外を爆走した私がすべき事は、今は
!
!?
!
577
?
!
!!
!
﹁おい⋮⋮俺はハーレム要員なんざ求めてねぇぞ⋮⋮﹂
﹁や、やっだなぁ、比企谷先輩ってばぁ⋮⋮あんなの冗談に決まってん
じゃないですか∼﹂
10割ほど本気でしたけども。
﹁じゃあ離せ⋮⋮﹂
ふふふ、比企谷君。君は相変わらずの甘さだね。甘々だよ。
私はもう気持ちバレちゃってるんですよ
マックス飲み過ぎの後遺症じゃないのかねっ
﹁先輩
⋮⋮⋮⋮ふふ、こ
?
?
﹂
れからはもう遠慮なんかしないで、ガンガン攻めちゃいますからね
?
﹁⋮⋮勘弁してくれ﹂
﹁もちろん嫌でっす﹂
ばちこーん☆とウィンクをぶちかましてやると、比企谷先輩は嫌そ
うに照れくさそうにそっぽを向いた。
うふふ、ちょっと手汗がじわっとしてきましたよっ
やー、人間開き直っちゃうと強いもんだね。
?
むしろ照れ隠しでアピりま
今まであれだけ出来なかった好き好きアピールがこんなに容易く
出来まくれるなんてね。
フッ、実際は超超恥ずかしいんダヨ
くってるまである。
帰宅後即枕行き待ったなし
?
気まんまん。
﹁チッ⋮⋮もう帰るぞ﹂
﹂
﹁え、もう帰るんですか
に勿体ないですって
せっかくクリスマスに原宿まで出て来たの
そんな、黒歴史覚悟の私の猛攻に耐えかねた先輩は、もう逃げ出す
!
もちろん逃がすわけなど無いのよ
?
れるだけ攻めとかなきゃね
﹁もう帰りたいんだけど⋮⋮﹂
!
恥ずかしい行動を冷静に振り返って死にたくなっちゃう前に、攻めら
どうせ今夜の黒歴史悶えタイムは不可避なんだから、現在の自分の
?
!
578
!
﹁とりあえず表参道戻りません
さっきはあんまりイルミネーション
﹂
あれから時間結構経ってるし、もうあのお笑い寸劇
ごはん行きましょうよごはん
もう私、プレッシャーから解
!
﹂
﹁ぐふぅっ
﹁だってぶっちゃけなんか照れくせぇし⋮⋮﹂
﹁そこまで嫌がんなくたっていいでしょ⋮⋮﹂
﹁行きたくねぇー⋮⋮﹂
放されたんで、お腹超空いちゃいましたよぅ﹂
﹁そだ
私はもうちょっとだけワガママを言って甘えてみる。
そんな年下に甘々な先輩を引き連れて表参道へと向かう道すがら、
ちゃんと着いてきてくれる比企谷先輩は、ホントに優しいな⋮⋮
ふふっ、どんなに嫌がっててブツクサ言ってても、なんだかんだで
爆走してきた道を戻っていく。
どこまでも嫌がる比企谷先輩の手をぐいぐいと引っ張って、先ほど
⋮⋮
して自虐して笑い話にするくらいじゃないとライフが持ちませんて
たぶん永遠に忘れることなんて出来ないであろうあの事件は、こう
自虐ですよ自虐︵白目︶
﹁お笑い寸劇ってお前⋮⋮﹂
を目撃した人なんて居なくなっちゃってますって
﹁大丈夫大丈夫
で、どんだけ恥かいたと思ってんだよ﹂
﹁無視かよ⋮⋮てかもうあんなとこ戻りたくねぇよ⋮⋮お前のおかげ
顔ぐっちゃぐちゃですし⋮⋮﹂
見れませんでしたし、なにより私トイレ行きたいです⋮⋮なにせもう
?
日はどこも混んでて入れねぇだろ﹂
んー⋮⋮まぁ確かに⋮⋮
でもね
せっかくのクリスマスなんだから、お洒落なお店とかじゃなきゃわ
﹁でもそれなら心配ご無用ですよっ。私、クリスマスだからって﹁えー
?
579
!
!
不意討ちで己を振り返りさせないで
やめて
!
﹁⋮⋮それにあれだろ。どうせお洒落ぶってる店とかなんて、こんな
!
!
!
?
たし嫌ですー﹂とかって、面倒くさいタイプの女じゃないんで、比企
﹂
谷先輩が食べたいならラーメンとかでも全然どんとこいですよっ﹂
﹁マジ
若干猫かぶってる時のいろはのモノマネを交えつつそう言ったら、
東京なんてあんま来ないでしょうから、実
比企谷先輩が超釣れた。もう超爆釣。
﹁へへ、マジですマジです
ですか∼
﹂
は行ってみたいラーメン屋さんの一軒や二軒くらいあるんじゃない
!
﹂
?
﹁えへへ∼﹂
大好きな人とお洒落な
そんなこんなで、クリスマスディナーはラーメン屋さんに決定
いやまぁそりゃ私だって女の子ですから
店でいいムードなディナーとか憧れだよ
?
て事に勝ることなんてないじゃない
まさにプライスレス
いやん香織的に超ポイントたっかいー♪
?
﹂
なんならラーメン食べ終わった後にホテルに部屋取って、一晩
中エロゲでも楽しんじゃいますっ
﹁あ
!
でもさ、比企谷先輩が食べたいものを、二人で楽しく食べられるっ
?
!
﹁やめろ。お前まで小町に洗脳されて謎のポイント制になんな⋮⋮﹂
谷先輩的にポイント高くないですかぁ
﹁んじゃ付き合っちゃいますよー。いやぁ、こういう女の子って、比企
﹁ま、まぁ無くもねぇな⋮⋮﹂
ちょっと悪い笑顔で尋ねると、やっぱりまんざらでも無いみたい。
?
軌を逸したハードモードプレイだろ⋮⋮﹂
﹁でもやってみたら意外と面白いかも知んないですよ
だから私オタクとかじゃないですからね
﹂
﹂
﹁⋮⋮ったく⋮⋮ガチオタってところ以外は、俺の周りでは家堀が一
?
!?
番の常識人だと思ってたのによ⋮⋮﹂
﹁ちょっと
﹁もういいからそのネタ﹂
!?
580
?
﹁お前マジでアホだな⋮⋮あんなん千葉の兄妹にしか許されない、常
?
!
﹁ぐぬぬっ⋮⋮﹂
そんなバカな会話で盛り上がりながらいつの間にか裏道を抜ける
と、表参道のけやき並木に灯った、キラキラと輝くイルミネーション
が視界いっぱいに広がった。
﹁わぁ⋮⋮綺麗⋮⋮﹂
⋮⋮綺麗って、さっきも見たろ﹂
私は思わず感嘆の声を漏らした。
﹁は
﹁⋮⋮あ﹂
比企谷先輩に呆れたように言われて思い出した。
そういえば、さっきもこの光景見たんだった⋮⋮見たはずだった
⋮⋮⋮⋮なのに頭の中にあるさっき見たこの景色の映像とは、全然
違って見える。
だって、さっきはこんなにカラフルじゃ無かった。
こんなにキラキラと輝いて無かった。
だから全然違う景色にしか見えない。
│││そっか⋮⋮こんなにも違うんだな。恋を諦める覚悟で見る
景色と、恋に希望を抱いて見る景色って。
さっきと同じはずなのに、さっきとは全然違う灯火に包まれながら
ゆっくりと歩く。
今気付いたけど、私の右手を包む体温も、さっきまでとは全然違う
ように感じる。
なんか、さっきまでよりもずっと幸せのぬくもり⋮⋮
あったかくて優しいぬくもりと光に包まれて、まるで夢の中の出来
事のような、不思議な浮遊感でクリスマスの街を歩いていると、私は
不意に比企谷先輩に言わなきゃいけなかった事を思い出した。
581
?
うわ、マジで今さらだなぁ⋮⋮なんでこんなこと忘れてたかな⋮⋮
ったく、余裕無さすぎだったでしょ、私。
﹁ねぇ、比企谷先輩っ﹂
ずっと握ってた手を、さらにギュッと強く握る。
急に名前を呼ばれた先輩が私を見る。
私はそんな先輩に、私らしくにひっと笑いかける。
そして私は言う。この聖なる夜のお祝いの言葉を。
﹁Merry Xmasっ☆﹂
おしまいっ♪
582
雪解け
今にも雨が零れ落ちそうな曇天模様。
この刺すような凍える空気では、もしかしたらあの雲から落ちてく
るのは、液体ではなくて結晶なのかもしれない。
年が明けた日のさらに翌日、そんな凍える寒さの中、私は自宅から
程近くにある小さな神社で初詣を済ませた。
別にどうしても初詣に行きたかったというわけではなく、毎日の勉
強のほんの息抜きの散歩がてらに、ほんの少しだけ足を伸ばしてみた
⋮⋮という程度の事なのだけれど。
私は今まで、家の都合で初詣に行かざるをえないという事情でもな
話。
マカデミア
マカダミア
ナッツのチョコとかお
583
ければ、あえて初詣に赴きたいと思ったことなど無い。
だけれど、なぜか今年は自ら足を運んでしまった。
本当は昨日のうちからなんとなくそわそわしていた。
昨日は行かず仕舞いだったのだけれど、結局2日となった今日は初
詣に来てしまった。
なぜ私はそうも初詣に行きたいと思ったのかを考えた時、ふと昨年
の元旦に友人らと行った浅間神社での初詣の記憶が頭を過った。
││ああ、そうか。私は別に初詣に行きたかったわけでは無く、昨
年のあの出来事がなかなかに楽しかったから、その記憶に引っ張られ
ていたのか。
来年も一緒に初詣行きたかったんだけど、パパが
とか張り切りだしちゃってさぁ⋮⋮
!
﹃ゆきのんごめん
突然ハワイ旅行に行くぞー
なっちゃったの
土産に買ってくからねっ﹄
?
クリスマスが明けてから、由比ヶ浜さんからかかってきた一本の電
?
ママもノリノリになっちゃって、あたしお正月はハワイで過ごす事に
!
!
!
受験生という事もあり、来年もまた由比ヶ浜さんに連れられて、あ
の男と共に初詣に赴く事になるのだろうと思っていたものだから、あ
の電話の内容には、少しだけ⋮⋮ほんの少しだけだけれど、落胆の色
を隠せなかった私が居た。
そもそも受験生にとって冬休みはとても重要な追い込みの時期だ
というのに、由比ヶ浜さんは旅行などに行っている余裕などあるのか
しら。
いいえあるはずがない。
もし私が由比ヶ浜さんであれば、とてもではないけれど、お正月休
みを旅行に充てるだなんて愚かな選択はしないのだけれど⋮⋮
ご両親も、由比ヶ浜さんの学力を随分と楽観視しているのね。
まぁ由比ヶ浜さんの場合はあの学力で総武高校に入学出来たとい
的なのだろう。
これは三学期の自由登校時期は、由比ヶ浜さんを私の家に缶詰めに
しなければならないわね。
⋮⋮ふふっ、覚悟していなさい
隣に誰が居るわけでもないのに、私は自然とそう呟いていた。
い事に少しだけ寂しさを感じてしまったようだ。
いのだけれど、昨年の初詣の事を思い出してしまった私は、情けのな
せっかく外に出てきたのだから、このままどこかの店に寄ってもい
﹁さて⋮⋮お詣りも済んだことだし、そろそろ帰りましょうか⋮⋮﹂
?
584
う、神の意志さえも超越したかのような奇跡的な運の持ち主なのだ
し、常識では計り知れない何かがあるのかもしれないわね。
そしてその運の強さ故に、かなり楽観的になってしまっているので
は無いかしら
はずよね
それでも、運だけで成功するほど大学受験は甘いものではない⋮⋮
?
ご両親もあの由比ヶ浜さんの親なのだから、家族揃って随分と楽観
?
×
辿り着いたのはマリンピア。
×
遠回りをする事にした。
なら切らしかけている茶葉も購入しておこうかと思い立ち、少しだけ
も買おうかと近くのコンビニにでも入ろうかと思ったのだが、どうせ
今日もそんな不可思議な感覚を覚えながら、私は適当なお茶請けで
どに。
むしろこの弱さを感じる度に、胸の奥がぽかぽかと暖かく感じるほ
の弱さを不快とは感じない。
⋮⋮いや、確かにこれは弱さなのかも知れないけれど、不思議とそ
⋮⋮
本当に私は、いつの間にこんなに弱くなってしまったのだろうか
慣れてしまったからなのだろう。
それはたぶんあの部屋で、私の焼いたお菓子を食べる二つの笑顔に
た。
だけにお菓子を焼くことに虚しさを感じるようになってしまってい
はいつの頃からか、誰に食べさせる訳でもないのに、自分で食べる為
もちろん簡単なクッキーやスコーンでも作ればよいのだけれど、私
していたのだった⋮⋮
年末年始にかけて勉強に集中するあまり、すっかりお茶請けを切ら
がら歩を進めていると、私はふとあることを思い出した。
あまりの寒さに、帰宅してからの温かい紅茶の香りに思いを馳せな
﹁あ⋮⋮そういえば⋮⋮﹂
早く帰ってお茶にしよう。
寒い⋮⋮
×
×
585
×
×
別にここでなくとも茶葉はいくらでも手に入るのだが、私はほんの
一年ほど前から、なにかあるとここに買い物に来るようになってい
た。
ここは、一年少し前のクリスマスシーズンに偶然彼に出会った場所
だから。
もっともあの時の邂逅はあまり良い記憶ではない。
﹃もう、無理して来なくてもいいわ⋮⋮﹄
あの時、確かに私は彼を諦めた。
もう元に戻ることなんて無いかと思われた私達の関係性に絶望し
て放った、諦めの拒絶だった。
でも、それでも彼は諦めなかった。
本当は全く間違ってはいなかった。あの修学旅行での彼の取った
手段は決して間違いではなかった。
そのはずなのに、私達が彼を拒絶したのは単なる我が儘。
586
彼に判断も決断も押し付けただけの無力な私達が、彼の選んだ方法
そんな難しい問題ではない。ただ、嫌だっただけだ。
を容認出来なかった。
容認
ふふっ、そんなことあるわけもないのだけれど。
密かに胸を高鳴らせながら。
また彼と偶然会えるかもしれないなんて、まるで幼い少女のように
しまう。
だから私は一人で買い物をするときには、なぜか自然とここに来て
ここで一度断ち切って、そしてここから始まった気がする。
だからこの場所は、彼と私をギリギリの所で繋いでくれた場所。
くりと、私達は終わっていたのかもしれない。
あの邂逅がなければ、もしかしたらあのまま静かに、あのままゆっ
否定した私達なんかに、彼は諦めずに本音をぶつけてきてくれた。
押し付けた勝手な信頼と醜い嫉妬心で、彼のやり方を⋮⋮彼自身を
?
そもそもあの男は、こんなに寒い日に、それも正月休みなんかに、な
んの理由もなく外出などするはずも無いのだから。
そう落胆を恐れて自分の心に予防線を張りつつ施設に足を踏み入
れた時、私の心臓は信じられないくらいにどくんと高鳴った。
その激しい鼓動と共に、徐々に、でも確実に体全体が熱を帯びてい
くのを感じる⋮⋮
﹁⋮⋮お、おう﹂
夢見る少女でもあるかのように望んでいた彼との偶然の出会い。
新たな年が始まったばかりだというのに、相も変わらず淀んだ目と
みっともなく丸まった猫背。
セットなどする気も一切見られないボサボサの髪を面倒くさそう
に揺らし、彼、比企谷八幡はマリンピアを退店する所だった。
×
いのかしら
﹂
﹁あら、年も明けたというのに、相変わらず挨拶ひとつきちんと出来な
×
﹂
?
めて本当に振り出して積もり始めまでは待っていただけませんかね
﹁⋮⋮今いきなり謝罪回りしても驚かれて通報されるだけだから。せ
の方々に、今のうちから謝っておきなさい
わね。これから起こりうる記録的豪雪で迷惑を掛けるであろう他方
前触れなのかしら。このままだと記録的な大雪にでもなりかねない
﹁それにしてもあなたが正月休みに外出しているだなんて一体なんの
てくれる。
こんな時は、この男と対峙した時に自然と発動する悪態が私を助け
だわ。
思考が追い付かなかったというのであれば、それは私にも言える事
﹁あけましておめでとう﹂
だよ⋮⋮あー⋮⋮まぁおめでとさん⋮⋮﹂
﹁⋮⋮うっせーな。あまりにも突然すぎて思考が追い付かなかったん
?
587
×
⋮⋮﹂
まったく⋮⋮
私は、本当にこの男との会話にはいつも心を躍らせ顔が緩んでしま
う。
別に罵倒が楽しいというわけでは決してなくて、私から投げ掛けた
どんな言葉にも、本当に嫌そうな顔をしながらも、的確に私の心をく
すぐったく突ついてくれるこの会話が本当に好き。
こんな人は、今まで出逢ったことがない。
私 は ⋮⋮⋮⋮ 誠 に 遺 憾 な が ら、こ の 男 に ⋮⋮ 比 企 谷 く ん に 好 意 を
持ってしまっている。
そんなに騒ぎ立てるほど大した感情ではない。
ただ、もしもこの男が私の前から居なくなってしまったら、もう私
588
は生きていても意味が無いと思えるくらいの、その程度の気持ち。
﹁ふふっ、異常気象を引き起こし兼ねない程に、自分の行動がおかしな
事は否定しないのね、引きこもり谷くん﹂
﹂
﹁⋮⋮ ま ぁ、な。確 か に 今 日 の 俺 の 行 動 は、一 切 俺 ら し く は 無 い な
⋮⋮﹂
﹁⋮⋮
理由でもあったのだろうか
えた。
﹁⋮⋮そう﹂
?
﹁ええ、そうね。似たようなものね。まぁ由比ヶ浜さんも居ないこと
﹁お前も似たようなもんか
﹂
私の怪訝な視線に気が付いたのか、比企谷くんはそう言葉を付け加
だけの、まぁ暇潰しだ﹂
﹁ん、まぁあれだ。勉強の気晴らしにちょっと買い物に出てきたって
?
そこまで理解していて、わざわざ大好きな家から出てまで外出する
比企谷くんにしては珍しい返答に、思わず小首をかしげてしまう。
?
だし、大した暇潰しにはならないのだけれど﹂
﹁ああ⋮⋮そういやあのバカ、家族でハワイに行ってるらしいな⋮⋮
メール読んでビックリしたわ。あの成績で正月旅行とか、ある意味尊
敬しちまうよな﹂
﹁ふふっ、まったくね。私も彼女からの電話を聞いて、唖然としてしば
らく固まってしまった程だもの﹂
⋮⋮由比ヶ浜さんには申し訳ないのだけれど、彼女の呆れた行為
も、こうして比企谷くんとの会話を楽しめる為の話題になるのであれ
によって、私達はしばらく
ば、そう悪いものでも無いのかも知れないわね。
そんな由比ヶ浜さんの身を挺した犠牲
のあいだ立ち話を楽しめたのだった。
×
?
だから私は、私らしくもなく少しだけ粘ってみることにした。
い。
私は、もっと比企谷くんと話していたい。このまま帰らせたくな
なんでも無いだなんて事あるわけがない。
﹁⋮⋮いえ、なんでも無いわ﹂
﹁なんだよ﹂
しむような声を出してしまった。
私は彼とのこの時間が永遠に続けばいいのに⋮⋮と、思わず名残惜
楽しい時間はいつも瞬く間に過ぎ去っていく。
﹁⋮⋮あっ﹂
﹁それはすいませんでしたね⋮⋮じゃあ俺はそろそろ帰るわ﹂
もっとも彼はそんな私の辛辣な言葉にげんなりしているけれど。
の顔がほころんでいるのがよく分かる。
貴重な時間を無駄にしたようには見えないであろうくらいに、自分
﹁そうね。貴重な時間を無駄にしてしまった気分だわ﹂
﹁なんかすっかり話し込んじまったな﹂
×
﹁そうね。それでは私も帰る事にしようかしら﹂
589
×
私は用事があってここに来たわけでは無いのよ。
﹁いやなんでだよ。お前これからマリピンに入るんじゃねぇのかよ﹂
﹁言ったでしょう
そう、ただの暇潰し。あなたとの無意味な会話で、十分に貴重な時間
は潰せたわ﹂
﹁へいへい、さいですか。⋮⋮たく、貴重なのか暇なのかどっちなんだ
よ⋮⋮﹂
なんとでも言いなさい。
私は、ほんのすぐそこまででもいいから、可能な限りあなたとの時
間を楽しみたいのよ⋮⋮
﹁では行きましょう﹂
﹁⋮⋮一緒に帰んのかよ﹂
⋮⋮一緒に帰ると言っても、駅までの短い道程なのだけれどね⋮⋮
それでも、ほんの少しでもあなたと一緒に居たい。
││そんな私のささやかな願いを、神様とやらが聞き入れてくれた
のかしら。
マリンピアから出た私達の瞳に映った光景は⋮⋮
﹁⋮⋮⋮⋮雪﹂
どうやら二人で会話を楽しんでいる間に、空からは白い贈り物が舞
い降り始めていたようだ。
﹁⋮⋮⋮⋮ 比 企 谷 く ん ⋮⋮⋮⋮ 雪 宿 り ⋮⋮⋮⋮ し て い か な い か し ら
⋮⋮﹂
﹁⋮⋮お、おう、さんきゅ﹂
590
?
×
×
﹁どうぞ⋮⋮﹂
×
どうしようもない緊張感の中、千葉には珍しい、雪が降るほどの寒
さに凍えた身体を癒すように、私は彼に温かな紅茶を振る舞う。
﹁申し訳ないのだけれど、今はちょうどお茶請けを切らしてしまって
いて何もないの。⋮⋮簡単なクッキーでも焼いてくるから、それまで
は紅茶だけで我慢していてくれるかしら﹂
﹁⋮⋮や、お構い無く⋮⋮てか今からクッキー焼くとか面倒くせぇだ
ろ。別に俺は紅茶だけでも有り難いぞ﹂
﹁ふふっ、いいのよ。私が焼きたいから焼くだけなのだから﹂
そう⋮⋮今は無性にお菓子を作りたい気分なの。
美味しそうに食べてくれる笑顔の為だもの。だからこれは私の為。
﹁そうか⋮⋮んじゃあスマンがよろしくな﹂
﹁ええ﹂
私は抑えきれないほどの口元の緩みを隠すように彼にクルリと背
591
を向けると、私の宝物のひとつでもある、胸元に猫の足跡があしらわ
れた黒のエプロンをして、さらにもうひとつの宝物、ピンクのシュ
シュで髪をひとつに纏めてキッチンへと向かう。
﹁お前って金持ちのくせに物持ちがいいな。まだそのエプロン使って
んだな﹂
﹁え、ええ⋮⋮まぁまぁお気に入りなのよ⋮⋮﹂
誰かさんが初めて似合うと言ってくれた物だもの⋮⋮
大切に決まっているでしょう⋮⋮
私は比企谷くんに聞こえるか聞こえないかくらいに小さく呟くと、
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮これもまぁまぁお気に入りなのよ⋮⋮﹂
くれてんだな⋮⋮あんがとな﹂
﹁⋮⋮あ、あと⋮⋮その、なんだ⋮⋮そのシュシュも⋮⋮未だに使って
?
顔を見られないように足早にキッチンへと向かった。
×
⋮⋮もう⋮⋮あなたは本当にずるいわ⋮⋮
×
×
部屋一杯に広がるバターとバニラエッセンスの香りに包まれて、私
と比企谷くんはひとときの安らぎの時間を楽しむ。
彼が一口二口と、クッキーを頬張る度に溢す笑顔は、私にとって何
よりもかけがえの無い最高のお茶請けね。
いつも飲んでいる紅茶なのに、今だけはひときわ美味しく感じられ
るのだから、人の味覚とはあてにならない不思議なものね。
│││こうして比企谷くんが私のところに宿るのは今日で二度目。
一度目の宿りの別れ際には、また私の家で雪宿りをすればいいわと
言ってあげたのに、この男ときたら、あれ以来雨が降る度にまるであ
の出来事が無かったかのように振る舞うのだから、私の心はやきもき
するばかりだった。
ふふっ、何事も無かったかのように振る舞ってはいても、雨が降る
度にそわそわとしている態度は隠し切れてはいなかったのだけれど。
でも結局、恥ずかしくて素直になれない捻くれものの私と、恥ずか
しくて素直になれない捻くれもののこの男では、よほどのきっかけで
も無ければ誘うも誘われるも容易に出来るはずも無く、結局今日まで
あの約束は果たせられないままでいた。
だから今日この日、偶然出会えた日の天よりの贈り物⋮⋮それも雨
どころか雪が降ってくれた事は、少しだけ早いけれど、明日の私に
とって最高のプレゼントといえるだろう。
﹁⋮⋮前回あなたが家に来た時は雨だったのに、今日は雪になってし
まったわ。これも、あなたが柄にもない外出なんてするからいけない
のよ。⋮⋮ふふっ、ほんの言葉遊びのつもりだったのだけど、今回は
本当に雪宿りになってしまったわね﹂
ゆっくりと過ぎていく心地良い安らぎの時間に気持ちが緩み、私は
微笑みながらついそんな軽口をたたいてしまった。
﹁⋮⋮お、おう⋮⋮そう、だな⋮⋮﹂
するとなぜかこの男は途端に顔を赤くし、所在なさげにあさっての
方向に顔を向けた。
592
一瞬だけ理解出来なかった彼のその所作だったが、私はすぐにそれ
を理解して俯いてしまう。
気持ちが緩んだ為に、つい〝雪宿り〟という言葉を発してしまった
ことに気が付いたから。
彼⋮⋮いいえ、私達は、あの日以来雪宿りという行為を行った事実
を避けてきた。
⋮⋮だって、あの日私達は⋮⋮⋮⋮口づけを交わそうとしたのだも
の⋮⋮
例えほんの事故からの流れとはいえ、確かに自らの意思で唇を触れ
合わせようとしていた。私も⋮⋮そして彼も。
だから、雪宿りという言葉を表に出した時点で、どうしたってあの
日を意識してしまう。
マリンピアの前で彼を誘った時は、彼をどうしても帰したくなくて
⋮⋮あ、そ、そういえば、も、もう雪は止んだかしらっ
私は彼から顔を隠したまま立ち上がると、外の様子を確認する為、
もう止んだのか⋮⋮
﹂
リビングのカーテンをほんの少しだけ開けてみた。
﹁⋮⋮あ﹂
﹁ど、どうした
?
﹁うお⋮⋮マジかよ⋮⋮すげぇな、これ﹂
と変貌していた。
にか雪国にでも迷い込んでしまったかのように、一面真っ白な世界へ
茶を飲んだりと、安らぎの時間を楽しんでいる間に、まるでいつの間
マンション自室からの眼下に広がる景色は、クッキーを焼いたり紅
滅多に無いんじゃないかしら⋮⋮﹂
﹁⋮⋮そ、その⋮⋮積もってしまっているわ⋮⋮こんな大雪、千葉では
?
593
必死だったから気にも止めなかったのだけれど⋮⋮やはりこうして
この部屋で二人きりになると、雪宿りという言葉はどうにも気恥ずか
ん
しいものね⋮⋮ああ⋮⋮顔が熱い⋮⋮
﹁んん
⋮⋮﹂
!
﹁お、おおっ⋮⋮そ、そうだな﹂
!
いつの間にか私の隣に並んで、少しだけ開けたカーテンから窓の外
を眺めて感嘆の声を上げているほんの10cm先の比企谷くんの横
顔に、どくんと心臓が跳ね上がる。
ち、近い⋮⋮
﹁あの⋮⋮ひ、比企谷⋮⋮くん⋮⋮﹂
滅多に見られない大雪に興奮したのか、私との距離感にも気付かず
に窓の外を眺めていた彼が、隣でおどおどと赤くなっている私によう
﹂
やく気が付き、慌ててサッと距離を取った。
﹁す、すまん
﹁あ⋮⋮い、いえ⋮⋮なんでもないことだわ⋮⋮﹂
一気に気まずくなってしまったこの室内ではあるが、私は⋮⋮⋮⋮
さらにこの空気を気まずくしてしまう言葉を発する覚悟を決めたの
だった。
﹁それよりも⋮⋮こ、この雪では、自宅に帰ることもままならないので
﹂
はないかしら⋮⋮⋮⋮。こ、今夜は⋮⋮そのっ⋮⋮と、泊まっていく
といいわ⋮⋮﹂
も遥かに簡単に折れた。
まぁ合理的で面倒くさがりな考え方をする彼のことだから、この雪
の中を帰るという選択に難色を示したのかもしれない。
でも⋮⋮もしも私と同じように、この安らぎの時間をかけがえのな
いものだと感じていて、少しでも一緒に居たい、少しでもこの時間を
共に過ごしたい、と感じてくれているのだとしたら、とても⋮⋮とて
も嬉しいのだけれど。
彼がどう思って泊まる事を了承したのかは分からないけれど、た
594
!
﹁⋮⋮⋮⋮へっ
?
×
×
比企谷くんは私の突然の提案に対して、正直私が想像していたより
×
だ、比企谷くんは小町さんに外泊の連絡を入れた際は、かなりからか
われていたみたいで、電話を終えたあとは今にも死にそうな顔をして
いた。
まったく⋮⋮この男は本当に学習しないのね。
﹃大雪で帰れなくなっちゃったから、お兄ちゃん友達の家に泊まって
くるわ﹄
な
ふふっ、彼を少しでも知っている人間であれば、もうこの時点で間
違い探しをする必要性も無いものね。
彼の為に初めて食事を作った。
今まではせいぜいお菓子を焼くのと、あとは嫁度コンテスト
る、小町さん主催の怪しげなイベントで作った事はあったけれど、こ
うして比企谷くんの為だけに食事を作ったのは初めて。
悔しいけれど、こんなに食事の用意に幸せを感じた事は無かった。
もしも彼の妻となる日が来るのだとしたら、毎日がこんなにも幸せ
なのかしら⋮⋮
それはそれで、幸せすぎて恐い気さえしてしまうわね。
そして二人で囲んだ食卓は、私にさらなる幸せを与えてくれた。
まったくこの男ときたら、美味しい料理を賛辞する際の言葉のボ
﹂しか言わないんだもの。
キャブラリーが無さ過ぎるわね。
なにを食べても﹁美味ぇ⋮⋮
じゃない。
べ、別に彼が﹁美味ぇ⋮⋮ ﹂と顔を綻ばせる度に私が顔を隠して
いたから、言葉を発せなかったという訳ではないのよ⋮⋮
らしく勉強に励んでいる。
もちろん比企谷くんが勉強道具など持ってきている訳は無いから、
私お薦めの参考書などを貸し出してあげている。
595
?
その程度の賛辞しか無いのでは、私からはなにも言う言葉が無い
!
そして幸せの食卓もあっという間に過ぎていき、現在私達は受験生
!?
!
この受験勉強時間は、お互いに教え合いながら勉強するタイプでは
ないから、とてもとても静かなものだった。
目の前に多少好意を持っている異性が座って居るというのに、あま
りの静けさと安心感に、時間を忘れて集中しすぎていたようだ。
ふと私の背面の壁にかけられた時計を見ると、時刻は11時を回っ
ていた。
このままいくと、こうやって勉強しながら日を跨ぐのでしょうね。
⋮⋮あの短針と長針が12の数字の位置で重なったら、その時は私
の⋮⋮
本当に信じられない。
まさかこうして比企谷くんと二人っきりのままに、私の記念日を迎
えられるだなんて。
私はここ数年、その日を楽しみにしていた事なんて一度として無
かった。
唯一昨年だけは、ほんの少しだけ楽しみにしていたのだけれど。
ただ唯一楽しみにしていた昨年も、冬休み中という事で心から楽し
みに出来ていた訳では無いし、姉さんのおかげで実家に赴くことと
なってしまい、結局は酷い記憶しか残らなかった。
│││今日この日、彼と出会えて、こうして二人っきりでその日を
迎えられるのは、奇跡的な出来事が幾重にも積み重なっただけの、本
当にただの偶然。
だから、ただ偶然居合わせただけの彼には、こうしてその日が迎え
られる事にはなんの意味も持たないのだろう。
それでも私にとっては、これほどの幸せは無い。
たぶん今までの人生において、これほどまでにその日へと刻が刻ま
れるのが待ち遠しいと感じたことなど無い。
ふふっ、あなたにこんな期待を掛けてしまうのは余りにも荷が勝ち
596
すぎるのでしょうけれど、もしも私のその日をカケラでも憶えていて
くれて、おめでとうと一言でもお祝いの言葉をかけてくれたのだとし
たら、不覚にも感極まってしまうかもしれないわね。
まぁそこは比企谷くんだもの。
そんな期待はするだけ無駄なのでしょうけれど⋮⋮
さぁ、あとほんの一時間弱。勉強に不必要なそんな邪念は一旦捨て
て、目の前の公式に集中するとしようかしら。
×
そう。あれだけ待ち遠しく思っていたのに、勉強に集中するあまり
たらしい。
が、我に返って振り返ると、時計の針は数分前に零時を回った所だっ
私はあまりの突然の事態に一瞬頭が真っ白になってしまったのだ
﹁⋮⋮え﹂
﹁その⋮⋮なんだ⋮⋮誕生日、その⋮⋮おめでとさん﹂
きた。
向きながら、バッグからごそごそと取り出した包みを私に差し出して
そして⋮⋮比企谷くんはその熱を帯びた顔を隠すようにそっぽを
が、その零度の視線とは対称的に、比企谷くんの顔は熱を帯びていた。
私は、このデリカシーのカケラもない男に冷たい視線を向けたのだ
んど無言で勉強していたのだから驚くのも無理はない。
ただでさえ二人きりの空間で緊張しているというのに、これまで殆
声を掛けられて、少しだけ驚く私。
﹁⋮⋮あー、その⋮⋮雪ノ下﹂
た。
くなっていて不審に思っていたのだが、その彼が突然声を掛けてき
なぜか数分くらい前から比企谷くんが妙にそわそわと落ち着かな
それは、お互いに勉強も一段落して一息ついた時だった。
×
に気が付かなかった。数分前から、日付は1月3日、私の誕生日へと
597
×
﹂
ど、どうして
変わっていたのだ。
﹁わ、私に⋮⋮
ていたというの⋮⋮
﹁⋮⋮なにかしら
﹂
あなたはいつの間にこんな物を用意し
されちまうと正直困るっつうか⋮⋮⋮⋮っておい⋮⋮
私は泣いてなんか⋮⋮
!
泣いてなんか⋮⋮いない⋮⋮わ
⋮⋮意識過剰が過ぎるのではない
﹁⋮⋮なっ⋮⋮なにを言っているのかしらこの男は⋮⋮わ、私は⋮⋮
が揺れているのかなんてこと、とっくに分かっているくせに。
なぜ泣いているのか⋮⋮違うわ、なぜ泣いてしまうくらいに私の心
よ﹂よ。
それにしても本当にこの男には腹が立つ。なにが﹁なに泣いてんだ
てしまっているのかもしれないわね。私は。
本当に情けないことね。自分で思っていたよりも、ずっと弱くなっ
知らず涙を流してしまうだなんて⋮⋮
なんということだろうか⋮⋮嬉しさのあまり、この男の前で知らず
は勝手に涙がつたっていた。
だけれどその考えを嘲笑うかのように、私の意志とは無関係に頬に
⋮⋮泣いている
﹂
まぁ、有体に言えばつまらないもんだ。⋮⋮だからあんま中身を期待
﹁別 に 大 し た も ん て 訳 で も ね ぇ し ⋮⋮ 何 よ り も 俺 の セ ン ス だ か ら、
ふふっ⋮⋮本当にあなたらしくもない行動ね⋮⋮
││俺らしく無い。あの時の言葉は⋮⋮そういう意味だったのね。
マリンピアで会った時の彼の言葉を思い出す。
⋮⋮﹄
﹃⋮⋮ ま ぁ、な。確 か に 今 日 の 俺 の 行 動 は、一 切 俺 ら し く は 無 い な
このタイミングで渡せる事になるとは思ってなかったんだが⋮⋮﹂
もう今日か。渡しに行けたら行こうかと思ってな。⋮⋮まぁまさか
﹁⋮⋮あー、なんだ⋮⋮今日買いに行ってたんだ⋮⋮⋮⋮明日、いや、
?
﹁なにかしらってお前⋮⋮なに泣いてんだよ⋮⋮﹂
?
?
?
598
?
?
かし、らっ⋮⋮﹂
﹁⋮⋮いやいやお前⋮⋮⋮⋮はぁ⋮⋮ま、それでいいわ﹂
面倒くさそうに頭を掻きながら、私から背ける頬は朱に染まってい
る。
⋮⋮ふふっ、やはりあなたも素直ではないのね。
結局、私はしばらくのあいだ嗚咽を漏らしてしゃくり上げてしまっ
ていた為、会話することもままならないでいたのだった。
×
比企谷くん。
?
のか
布団とか貸してもらえると助かる﹂
﹁お、おう、そうだな⋮⋮⋮⋮えっと⋮⋮俺は、ソファーで寝ればいい
ましょうか⋮⋮﹂
﹁⋮⋮も、もう随分と遅い時間になってしまったことだし、そろそろ寝
そして私は声をあげる。一世一代の勝負。
であるならば、この負けず嫌いな性格を存分に行使してあげるわ。
る。
動だけれど、今は勝負に負けているという悔しさが働いてくれてい
たぶん普段の情けない私では決断出来ないくらいに恥ずかしい行
比企谷くんがお風呂に行っているあいだに私は決意していた。
﹁ええ﹂
﹁風呂いただいたわ。サンキューな﹂
私、負けるのは嫌いなのよ
一方的に泣かされたままでは、なんだか彼に負けた気分だもの。
をしてやらないと気が済まなくなっていた。
比企谷くんにもお風呂を勧めながら、私はこのサプライズの仕返し
んだあとは何事もなかったかのように振る舞った。
泣き腫らしてしまった顔を隠す為、逃げるようにお風呂へと駆け込
×
││顔が⋮⋮全身が燃え上がりそう⋮⋮心臓が破裂しそう⋮⋮
!
?
599
×
わ、私はお客の来る予定もない
でも、比企谷くんごときに負けたままでいるわけにはいかないの
よ。
﹁な、なにを言っているのかしら⋮⋮
けてこう言い放つ。
そして私は背けたい程に赤くなっているであろう顔を真っ直ぐ向
﹁だから﹂
﹁マジか⋮⋮布団無しで寝なきゃなんねぇのかよ⋮﹂
じゃない⋮⋮﹂
一 人 暮 ら し の 身 な の よ。も う ひ と り 分 の 布 団 な ん て あ る わ け 無 い
?
﹁あ、あなたは⋮⋮今夜は私と一緒に⋮⋮私のベッドで寝なさい﹂
その瞬間、この部屋は凍り付いた。
×
なんか幻聴が聞こえたんだが⋮⋮﹂
?
私の家には布団が一組しか無いの。そ
?
﹂
?
⋮⋮
由比ヶ浜さんが度々泊りに来るのだから、無いわけがないでしょう
も、もちろん布団はもう一組はあるわ⋮⋮
たをソファーに寝させるわけにはいかないの。簡単な解でしょう
して夏場ならまだしも、このような真冬に布団も無しに受験生のあな
﹁しつこい男ね。いいかしら
﹁いやお前なに言ってんだよ。んなこと出来るわけねぇだろが⋮⋮﹂
いいのよっ⋮⋮﹂
﹁げ、幻聴などでは無いわ比企谷くん。あ、あなたは私と一緒に寝れば
﹁えと⋮⋮ゆ、雪ノ下⋮⋮
場は凍り付いているのに、私は熱くて熱くて仕方がない。
とてつもない沈黙が二人を襲う。
×
理由で認めるわけにはいかないわ⋮⋮こ、これは部長命令よっ⋮⋮﹂
て帰ると言うのであれば、布団無しでソファーで眠るという案と同じ
﹁言っておくけれど、もう電車は動いていないし、この大雪の中を歩い
さんもいつも一緒に寝ているというだけの話だけれどね⋮⋮
でももしもあなたがその事を指摘してくるようであれば、由比ヶ浜
?
600
×
﹁も、もう奉仕部は解散したろうが⋮⋮
﹁⋮⋮だったら命令よ﹂
﹁比企谷くん
﹂
私は先ほど、あなたの愚かなサプライズで有り得ない
てこう告げてあげるのだ。
顔と涙が今にも零れ落ちそうな瞳を、精一杯の悪戯めいた微笑に変え
愕然としている比企谷くんに、私は真っ赤になって引きつっている
﹁もう部長の権限とか関係無くなっちゃったよ⋮⋮﹂
!
めざるをえないわね。⋮⋮でもね
あなたも理解しているでしょう
程の恥をかかされたわ。悔しいけれど、あの瞬間だけは私の負けと認
?
私は、勝負事で負けたままでいるのはどうしても許せないの。だか
?
らこれは、先ほどあなたに恥をかかされた仕返しなの。異論反論抗議
﹂
質問口応えは一切認めないわ。⋮⋮ふふっ、あなたにも、私以上に恥
﹂
ずかしい思いをさせてあげるから覚悟なさい
﹁嘘⋮⋮だろ⋮⋮
?
よ⋮⋮﹂
﹁⋮⋮つい今しがた泣いてないわ
とか虚言吐いたばっかじゃねぇか
﹁あら、私、暴言も失言も吐くけれど、虚言だけは吐いたことがないの﹂
?
どに。
むしろこの弱さを感じる度に、胸の奥がぽかぽかと暖かく感じるほ
快とは感じない。
確かにこれは弱さなのかも知れないけれど、不思議とその弱さを不
と思う。
一人で生きていけると思っていた私からしたら、本当に弱くなった
私は本当に弱くなった。
と招き入れるのだった。
谷くんの袖を絶対に逃がさないよう強く強く掴み、そして⋮⋮寝室へ
私は、今にも逃げ出しそうにブツブツと無駄な抗議をしている比企
?
601
?
そしてその弱さを感じてぽかぽかと暖かくなる心は、今はいまだか
つて無い程に熱く熱く私の胸の奥を暖めてくれている。
それは、幼少時代から長年に渡って私の心に積もってしまった深く
冷たい雪さえも溶かしてくれるのではないかという程の熱をもって。
私の18回目の誕生日の今日は、私をこんな風
でもそれだけじゃ私の心の中の雪を完全に溶かし切るにはまだ不
十分なの⋮⋮
だから比企谷くん
にしたあなたが責任を持って、私の心の中に積もった雪を、そして私
自身を、あなたの温もりで完全にトロけさせてね。
せめて⋮⋮窓の外に降り積もったこの白い贈り物が⋮⋮雪解けす
るまでのあいだだけでも⋮⋮
了
602
?
桜の花びらと煮っころがし︻前編︼
あと数日もすれば、新たな月、新たな学期、そして新たな年度へと
駒を進める、そんな春休みのそんな一日。
あたしは、〝今日こそは〟という決意を胸に秘め、春休みに入って
から結構な頻度通っている予備校で、その日一日の講義が終了するの
をただ待っていた。
その決意のおかげで、ここ数日間のせっかくの講義が台無しになっ
てしまった。
つまり、今日こそはというその決意は、ここ数日間、常に胸に秘め
たままずっと実行出来ずにいたのだ。
あたしの家は裕福とは掛け離れていて、何人も姉弟が居る中であた
しが予備校に通う余裕なんてほとんど無い。
幸い弟の大志が、高校受験が終わって塾通いを一旦終了させたか
ら、昨年よりは余裕があるらしいが、それでもあたしの予備校代だけ
でも馬鹿にはならず、去年誰かさんに教えてもらったスカラシップを
併用して、なんとかやりくりしてもらっているって状態だ。
もう受験生なワケだし、前と違って塾代を稼ぐ為に勉強時間を削っ
てバイトなんかしてたら本末転倒だしね。
だからせっかくの貴重な講義を、いつまでも決意を実行出来ずに、
こんなモヤモヤして集中出来ないまま受けるなんていう勿体ない事
態は、これ以上容認は出来ないのだ。
⋮⋮うっ⋮⋮、とかなんとかって、昨日も一昨日も思ってた気がす
るけどさ⋮⋮
でもホント、今日こそは決着付けなきゃなんないよね。
603
結局一切集中出来ないまま時間が過ぎていき、本日の講義も滞りな
く終了してしまった。
あたしは、自分の席から何個か右斜め前にある席で、かったるそう
に帰り支度をしてるヤツの後ろ姿を視界に入れてから深く深く息を
吐き出すと、拳をギュッと握って立ち上がる。
やばい⋮⋮なにこれ⋮⋮鼓動が半端無いんだけど⋮⋮
やっぱ今日はやめとこうかな⋮⋮⋮⋮ってダメだろあたし
腹括んなよ
あたし
らっ⋮⋮もう今日を逃したら二度とチャンスは巡ってこない覚悟で
こ、これは別にあたしの為じゃなくって、けーちゃんの為なんだか
!
よしっ⋮⋮声掛けるぞ⋮⋮
﹁⋮⋮ひ、ひぃっきがやっ﹂
第一声から壊滅的に声がひっくり返ってしまった⋮⋮うぅ⋮⋮も
!
その斜め前の席へと辿り着く。
そしてあたしは震える足を気合いでなんとか前へと進め、ついには
!
う全力で走って逃げ出したいっ⋮⋮
×
一声が壊滅的にひっくり返ったからか、あたしに突然声を掛けられた
コイツ、比企谷八幡は、驚きと狼狽えから普段はダルそうに半開きに
している目を大きく見開きながらあたしを見た。
願わくば驚いた理由は前者であってもらいたい⋮⋮
﹁⋮⋮ぁぅ⋮⋮﹂
色々な感情が入り交じってしまい、あまりの恥ずかしさに真っ赤に
俯いて、小さく呻く事しか出来ないでいるあたしに、比企谷は困った
ように声を掛けてきた。
604
!
お、おう⋮⋮どうかしたか﹂
×
普段あたしから声を掛けることなんてまず無いからか、もしくは第
﹁
×
!?
﹁⋮⋮おい、ど、どうしたよ、川⋮⋮川⋮⋮⋮⋮さーちゃん﹂
殴るよ﹂
﹁だっ、だからあんたにさーちゃん言われる筋合い無いっつってんだ
ろ
﹁⋮⋮すいません﹂
いや、沙希は一回くらいしか呼ばれたこと無いけど
マジでコイツなんであたしの事さーちゃんって言ったり沙希って
言ったりすんの
さ。
なんにしてもすごい恥ずかしいじゃんよ⋮⋮
あ⋮⋮でもお蔭で普通に喋れたかも。
けーちゃんがどうかしたのか
さて、ここからが本題だ⋮⋮
﹂
﹁あ、うん⋮⋮ありがと⋮⋮で、さ﹂
﹂
﹁ああ、もうそんな時期だっけか。それはおめでとさん﹂
﹁来月⋮⋮ってか来週から小学校に上がんだよね﹂
﹁ん
﹁あ、あのさ、けーちゃ⋮⋮京華の事なんだけど﹂
事をついに語りだした。
そしてあたしは、ここ数日間ずっと比企谷に聞いてもらいたかった
﹁⋮⋮そ、あんがと﹂
だから取り敢えずはその件に関してのお礼は言っとかないとね。
ふぅぅぅ⋮⋮どうやら話は聞いてくれるみたいだ。
﹁ま、まぁ取り敢えず聞くだけならいいけど﹂
いたままだけど。
いかないから、なんとか頑張って顔は上げておく。目線は斜め下を向
でも話を聞いてもらうのに、礼儀として俯きっぱなしってわけには
てしまってる。
かしいあたしは、腰あたりの高さで両手を合わせてもじもじと動かし
ようやく本題に入れはしたものの、やっぱりどうしようもなく恥ず
﹁あ、あのさ⋮⋮ちょっと話あんだけど、いい
!
?
!?
だ、大丈夫っ⋮⋮けーちゃんの為けーちゃんの為⋮⋮
!
?
605
!
?
あたしはごくりと咽を鳴らすと、なんとか比企谷と視線を合わせて
意を決した。
﹁⋮⋮た、大志も総武に入学するから⋮⋮あの⋮⋮その⋮⋮⋮⋮つっ、
次の日曜に、ウチで入学祝いしよっかって話になっててさっ⋮⋮﹂
そこまで言うとあたしの勇気は底を尽きた。
なんとか合わせていた視線に耐えきれなくなり、俯いて目をギュッ
と瞑る。
﹁だっ⋮⋮だから、もし良かったらなんだけどっ⋮⋮京華喜ぶと思う
言い切った
からさ、あ、あんたも⋮⋮京華の入学祝いにウチに来てくんない⋮⋮
﹂
⋮⋮言った
遂にあたしは言い切ってやった⋮⋮
そこには、先ほどよりもさらに目を大きく見開いたまま固まってい
る片目だけをうっすらと開けて比企谷の反応をうかがってみた。
俯むきっぱなしだけど、目はギュッと瞑りっぱなしだけど、恐る恐
!
どもりながらではあったけど、ここ数日間秘め続けていた思いを、
!
る、腐った目の男が立っていた。
×
×
愛してるぜ川崎
﹄
男が、マジで有り得ないんだけど、どうやら⋮⋮好きらしい。
﹃サンキュー
!
﹄って若干キレ
!
まぁあの日以来、せっかくの体育祭んトキも修学旅行んトキも、ア
あたしはあの時からアイツの事が気になりだしたのかな。
たけど、でもホントは結構⋮⋮いや、かなり嬉しかった。
クしたしで、心の中で﹃なんてことしてくれんだよ
驚いたしパニクったし顔がメチャクチャ熱くなったし心臓バクバ
あの時はあまりにもビックリしてつい叫んじゃったっけ。
いつかのアイツの突然のセリフ。
!
606
!
!?
あたしは⋮⋮あたし川崎沙希は、目の前で驚いて固まっているこの
×
イツの顔をまともに見られなくなっちゃったけど⋮⋮
│││あたしだってそこまで馬鹿じゃない。
あの時のあのセリフが、アイツの本心からの告白とかなんて一切
思っちゃいない。
あたしはいつも一人で居るから詳しいことは全然知んないけど、な
んかあの文化祭では文実で色々とトラブってたらしいから、それ関連
で焦ってた比企谷にとっての有益な情報をたまたま教えてあげられ
たあたしに、ノリとかそういう勢いで、つい﹃愛してるぜ﹄なんてフ
ザけたセリフが口から出ちゃったってだけの、その程度の一言なんだ
ろう。
それは分かってる。頭では理解出来てんのに、それでもあたしはな
んか嬉しかった。あのフザけた馬鹿なセリフが。
ホント笑えるよね。
607
〝あの時からアイツが気になりだしたのかな〟なんて嘘ばっか。
あたしはたぶん、もっとずっと前から比企谷に惹かれてたんだと思
う。だから、あんな馬鹿なセリフにときめいちゃったんじゃん。
そう。
あたしは、いつも一人で居て、いつも面倒くさそうにだらけてて、そ
して⋮⋮その癖いつもなんの関係もない他人にお節介ばっか焼いて
る比企谷を、いつの頃からか常に目で追ってた。
別に一人で居る事が苦と思ったことなんて一度も無かった。
家族さえ居れば、一人で生きてくのなんてどうってこと無かったあ
たし。
それなのに、その筈だったのに⋮⋮⋮⋮あたしは悔しいけど、比企
×
谷に惚れている⋮⋮
×
×
﹁⋮⋮ね、ねぇちょっと、なに固まってんの
返答は⋮⋮
﹂
?
固まり過ぎだっての。
けーちゃんの入学祝いに誘われたのがそんなに意外だったっての
?
⋮⋮それはつまり⋮⋮俺がお前んちに誘
?
バカじゃないの
﹂
?
!?
それにほら
ま、前にあんた約束したじゃん
⋮⋮や、あんな約
だから、比企谷に入学祝いに来てもらえたら、あの子
⋮⋮すごい喜ぶんじゃないかなって⋮⋮思ってさ﹂
?
!
﹁⋮⋮そ、そうか﹂
﹁そ
!
⋮⋮
﹁ああ⋮⋮進路相談の時のやつな﹂
こういう機会でも無いと、もう会う機会もなかなか無いじゃん⋮⋮﹂
手してやるって⋮⋮まぁバレンタインのイベントんトキ会ったけど、
束、比企谷が憶えてっかどうかは知んないけどさ、会ったら京華の相
!
んじゃん⋮⋮
いいんだけど⋮⋮⋮⋮ほ、ほら、なんか京華って妙にあんたに懐いて
﹁べっ、別にあたしとしてはあんたが来ようが来まいがどっちだって
て誘ってるようにしか見えないよね⋮⋮
ぐっ⋮⋮そりゃ周りから見ても比企谷から見ても、ウチに来なよっ
い
﹁は、はぁ ⋮⋮気味悪いから、さ、誘われてるとか言わないでくんな
われてんのか﹂
﹁⋮⋮あ、や、えっと、なに
あ、あたしの方がガチガチになってるってのにさぁ⋮⋮
?
だっ⋮⋮
﹁そう⋮⋮それ⋮⋮。で、どう⋮⋮
来れる⋮⋮
﹂
?
でも、比企谷から出てきた言葉は、そんなあたしの予想とは違うも
通らないであろう事なんて、まず覚悟はしてた。
だからまぁ、初めから無茶な要求だって分かってるし、その要求が
なさそうだし。
だなんて思わないだろうし、それも女子の家なんか死んでも行きたく
そもそもこいつ面倒くさがりだし、休みの日にわざわざ外出しよう
⋮⋮正直分が悪いのは分かってる。
?
こいつ⋮⋮あんなその場だけの口約束、ちゃんと憶えててくれてん
!?
608
?
のだった。
め、迷惑なわけ無いじゃん
⋮⋮って違う違う
そ、そ
﹁あー、なんつうか⋮⋮俺がお前んちに行って、お前は迷惑じゃねぇの
﹂
は
!
か
﹁⋮⋮へ
!
﹂
け、けーちゃんが喜ぶことを、あたしが迷惑と
か思うわけ無いじゃん
うじゃなくてっ⋮⋮
!?
?
マジであたしのシスコンとあんたのシスコンじゃ質が違うかんね
﹁あんたにだけは言われたく無いんだけど﹂
﹁⋮⋮やっぱシスコンだな﹂
!
!
?
半目で睨み付けると比企谷はなんか怯えてた。
﹁と、とにかくだ。⋮⋮めんどくせぇっちゃめんどくせぇんだが、俺が
行ってけーちゃんが喜ぶっつうんなら、行くのもまぁやぶさかでは無
﹂
いな。けーちゃんはマジでいい子だし、出来れば門出を祝ってやりた
いしな﹂
﹁⋮⋮ほんとにっ
び、ビックリした⋮⋮﹂
やばっ⋮⋮
﹁うおっ
!?
まう。
うぅっ⋮⋮顔から火でも出てんじゃないの⋮⋮
﹁⋮⋮し、しかしアレだな﹂
﹁⋮⋮へ
い、いや、お願いして来てもらうってのに、さすがにそこま
﹁そうと決まったら、なんかお祝いでも用意しないとな﹂
かのように話し始める。
そんなあたしをよそに、比企谷はそっぽを向いて何かを思いついた
?
あまりにも恥ずかしくて、あたしはまたもや俯いてもじもじしてし
﹁いや⋮⋮大丈夫だ﹂
﹁⋮⋮あ、なんかごめん⋮⋮﹂
出しちゃったよ⋮⋮恥ずかしい⋮⋮
りの嬉しさにテンション上がって、あたしらしくない勢いで身を乗り
まさか比企谷が乗り気になってくれるとは思わなかったから、あま
!
!?
?
609
?
では悪いからいいって﹂
﹁んなわけにもいかないだろ。ってか、どうせお祝いに行くんなら、な
﹂
こういう
それともハンカチとかか
ん か プ レ ゼ ン ト し た い し な。⋮⋮ ど ん な の が い い ん だ
のって。シャーペンとかノートか
?
じゃないかってこんな一言を⋮⋮
﹁⋮⋮じゃ、じゃあさ⋮⋮今度、一緒に買いに行かない⋮⋮
続く
﹂
普段のあたしが今のあたしを見たら、驚きすぎて卒倒しちゃうん
だからあたしはつい言ってしまった。
そして、その願いが叶ってしまったから。
数日間モヤモヤしっぱなしだった決意をようやく伝えられたから。
でも、この日は少し浮かれていたのかも知れない。
たぶん普段だったら死んでも言えないような恥ずかしすぎる提案。
しかしあたしはそこでひとつとんでもない事を閃いてしまった。
かれた理由のひとつなのかも知んない。
もしかしたら、妹を優しい目で見つめてる所なんかも、こいつに惹
こういうとこって、やっぱ比企谷もお兄ちゃんなんだよね。
?
?
610
?
桜の花びらと煮っころがし︻中編︼
3月も終わりに近付く頃には、つい数週間前までの寒さが嘘であっ
たのかと思えるほど、陽気も景色も、そして気持ちもすっかりと桜色
に春めいてくる。
特に今日は見事なまでの快晴に恵まれ、春物とはいえ上着を羽織る
と少々暑く感じられるほどだ。
こんなうららかな春日和の平日は、日がな一日、是非とも陽の降り
注ぐリビングのソファーでゴロゴロしていたいはずなのだが、なぜだ
か俺は柄にもなく外出しているという不測の事態に陥っている。
刻は昼前、場所はららぽ前。
お誘い。
611
貴重な春休みの1日に、なぜこんなデートスポット前に居なければ
ならないのかというと、それはつい先日のある人物からのお誘いが
あったからなのだが⋮⋮
﹁⋮⋮ひ、比企谷⋮⋮その、遅くなってごめん﹂
﹁お、おう⋮⋮別に時間ぴったりだし今来たところだから気にすんな﹂
そう。まさに今待ち合わせ場所に到着したこの人物。
青みがかった黒髪をお手製のシュシュでポニーテールにし、とても
可愛らしい白のミニ丈ワンピースにデニムジャケットを羽織ってき
たこの人物、川なんとかさんこと川崎沙希と買い物をすることになっ
たからなのである。
?
可愛らしいミニ丈ワンピース⋮⋮⋮だと
?
⋮⋮⋮⋮ん
×
×
事の成り行きは、先日予備校にて誘われたけーちゃんの入学祝いの
×
もちろん断る気満々だったのだが、なんか川崎がすごいもじもじし
ちゃってて断り辛かったってのと、単純にけーちゃんを祝ってやりた
いという気持ちが重なって、ついそのお誘いを受諾してしまったの
だ。
そこで、お祝いの席に行くなら行くでプレゼントを用意しなきゃ
な、という話になった際、川崎からのまさかの買い物同行発言。
あまりにも突拍子の無かった誘いに唖然として、つい﹁お、おう﹂と、
またもや受諾してしまったのだ。
やだ八幡人間関係のアドリブに弱すぎっ
でサキサキはこんなに女の子みたいな格好してるん
少々驚いて川崎の格好に目を奪われていると、そんな俺からの視線
備校で見かけるといつも⋮⋮ってことね
あ、普段私服を見る機会のあるような関係ってわけじゃなくて、予
かよ。
お前普段細身のジーンズとか、ハーフパンツにタイツとかじゃねー
?
そんなわけで日時と場所を決めて待ち合わせたわけだが⋮⋮なん
!
なにジロジロ見てんの
﹄とか言うかと思ったら大間違いでし
と、真っ赤に顔を染め上げて、不安げにもじもじとしていらっしゃ
いました。
なんだよ可愛いなおい。
﹂
﹁や、やー⋮⋮よ、よく分からんけど、なんつーか⋮⋮その⋮⋮似合っ
てんじゃねぇの⋮⋮
そしてさらに赤く俯いてしまった川崎に、つい俺も顔が熱くなって
﹁⋮⋮あっそ⋮⋮あ、あんがと﹂
かのように表情を緩めた。
に、川崎はうっすらと潤んだ瞳を一瞬見開いたと思ったら、安心した
こんな褒めてんだかなんだかよく分からん俺の情けなすぎる言葉
は、恥ずかしいよう⋮⋮
?
612
?
に居心地が悪そうにしていた川崎が一言。
﹃は
た。
?
﹁⋮⋮ぅぅ⋮⋮や、やっぱ変かな⋮⋮﹂
?
俯いちゃいました。
なにこれ
×
?
今日はけーちゃんのお祝いを買いに来ただけでしょ
に来りゃ、こんなザマになっちゃうのも仕方ないよね
?
来るせめてものことだろう。
﹂
﹁あー⋮⋮なぁ川崎、けーちゃんてどんなの喜ぶんだ
﹁⋮⋮﹂
﹁⋮⋮おーい、川崎さん
﹁⋮⋮﹂
あん
?
﹂
早く買い物を済ませて、とっとと川崎を解放してやるのが、俺に出
い。
であるのならば、あんまり長い時間付き合わしちまうのも申し訳な
ところなのだろう。
であればと、俺が変なものを買わないように監視役を買って出たって
こいつもいいお姉ちゃんだから、少しでもけーちゃんの為になるの
俺には、川崎の助けはなかなかに有難いのだ。
たいが、如何せん何をあげれば喜ぶのか⋮⋮そもそも好みが分からん
まぁせっかくけーちゃんにプレゼントをあげるなら喜んでもらい
んだけど。
そもそもなんで二人で買いに来る必要があったのかも分かんない
?
まぁ人と馴れ合うことに不慣れな俺と川崎が二人で買い物なんか
?
おいおいなんだよこの初々しいカップルみたいな状況は。
店内へと足を踏み入れた。
そのままで居ても一行に埒が開かないので、俺達はどちらともなく
×
けると、なんか妙にニマニマして明後日の方向を向いたままですね。
質問に一切返答が無い為、仕方なく横を歩いている川崎に視線を向
?
613
×
つーかニマニマした顔を引き締めようとして力を込めてるもんだ
から、目元と口元あたりがヒクヒクしてる。
⋮⋮なにこの初めてのデートでついつい顔が緩んじゃって、相手に
バレないように一生懸命表情を誤魔化そうと努力してるみたいな図。
ああ、俺との買い物が嬉しいわけ無いから、けーちゃんのプレゼン
ト選びが嬉しくてしょうがないんですね。この重度のシスコンさん
め。
ふぅ⋮⋮あぶねぇあぶねぇ。危うく勘違いて告白して鉄拳制裁さ
れちゃうとこだったぜ⋮⋮鉄拳制裁されちゃうのかよ。
振られちゃうのかよの新パターンにしても俺の未来は辛すぎじゃ
﹂
ないですかね⋮⋮
﹂
﹁お、おい川崎
﹁⋮⋮ふぇ
いやいやふぇ
って。お前油断し過ぎだろ⋮⋮
なんか言った
﹂
!?
﹁あ、あー、けーちゃ⋮⋮京華の好きなもん
って話だよ﹂
け、京華はうなぎが好き
!?
あ、ああ、うん。そうだよね⋮⋮にゅ、入学祝いね﹂
ず色々と見て回んない
﹂
﹁いや、まぁなんでも喜ぶとは思うけど⋮⋮じ、時間あるし、取り敢え
俺との買い物は、そんなに現実逃避したいんですかね。
ったく、こいつどんだけぼーっとしてんだよ⋮⋮
やっぱり君たち姉妹なんですね。
好きなもの↓うなぎ。
﹁⋮⋮
ントするとか聞いたことねぇわ⋮⋮﹂
﹁いやお前うなぎって⋮⋮小学校に上がる入学祝いにうなぎをプレゼ
だよ﹂
?
すると自分が油断し過ぎて俺からの問い掛けが聞こえてなかった
な、なに
ことに気付いた川崎はあたふたし始める。
﹁⋮⋮
!?
⋮⋮どうやら買い物自体を無理に早く済まして、川崎を解放してや
﹁お、おう⋮⋮そうだな﹂
?
614
!
?
?
﹁⋮⋮いやだから、けーちゃんてどんなの好きなんだ
!!
!!
んなきゃならないって気遣いは必要無いらしい。
まぁ俺は早く済ませて早く家に帰りたいんですけどね。べ、別に川
崎との買い物が楽しいだなんて思ってないんだからね
それから俺達はららぽ内をのんびりと歩き回った。
てかなに俺川崎の顔覗き見ちゃってるのん
んでいるように思える。
もたまに覗き見る表情を見る限りでは、こいつもかなり自然体で楽し
んなゆったりとした空気感の中で、最初はガチガチに固まってた川崎
ちょっと雪ノ下と二人で部室に居る時を思い出しちまうような、そ
会話はほとんど無いのになんか気まずくないんだよな。
お互いに自分たちの距離感だか空気感を理解しているからなのか、
だが、正直思っていたよりもずっと居心地は悪く無かった。
くらいに無い。
そこはぼっちの俺とぼっちの川崎らしく、会話なんかビックリする
!
やめな、あたしに触れたらケガするよ。
すげぇ訝しげな目で睨
大丈夫です触れません。なぜなら触れてもいないのにすでに致命
傷の切り傷だらけだからです。
﹁⋮⋮まぁ色々と見て回ったわけだが、いくつか候補も上げたし、どれ
がいいかなと﹂
文房具店に行って可愛い文房具セット見たり、雑貨屋行って可愛い
髪飾り見たり、衣料品売り場に行って可愛いハンカチ見たり、おも
ちゃ屋行ってぬいぐるみ見たり、食品売り場に行ってうなぎ見たり。
うなぎは嘘です。
615
?
だって普段見ることが出来ない自然と緩んだ表情とか私服姿とか、
﹂
なんかちょっと可愛いいんですもの。
﹁⋮⋮なに
あ、いや⋮⋮﹂
まれちゃった
やっべ、ちょっとジロジロ見すぎちったか
﹁へ
?
サキサキの視線まじジャックナイフ。
!
?
?
とまぁホントあっちこっち歩き回って、川崎の意見を聞きながらい
くつか候補をあげていたのだ。
﹁やっぱ入学祝いっつったら、最初に見たプリキュア文房具セットと
かが鉄板かと思うんだが﹂
プリキュアは明らかに俺の趣味なわけだが、布教用として幼児に贈
るのは悪くないアイデアだろう。
まぁ川崎に聞いたところ、けーちゃんもプリキュア好きらしく、布
教の意味は無いんだけれども。
けーちゃんがテレビやスクリーンに向かって﹁ぷりきゅあがんば
れー﹂とか応援してたら萌えキュン死しちゃいそう
すると川崎は俺の問いに対してこんな解を出した。
それは⋮⋮先程まで俺が感じていた弛緩した空気をやはり川崎も
感じていて、気が弛んでしまっていた為につい口走ってしまった、余
りにも素な答えだったのだろう⋮⋮
﹁んー、けーちゃんホントはーちゃんが大好きだから、はーちゃんがく
れるならなんでも喜ぶとは思うけどさ、そういうものよりは、ハンカ
﹂
なんであんたの質問に答えてんのに黙ってんの⋮⋮
突然の事態に唖然としてたところにジャックナイフを突き付けら
れて、ついどもってしまう。
ほんと恐いんで勘弁してください。
616
!
チとかぬいぐるみみたいに、いつも持ってられるモノだったり一緒に
居られるモノの方が喜ぶんじゃない
?
⋮⋮⋮⋮いやいやはーちゃんてあなた⋮⋮
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
×
﹁⋮⋮なに⋮⋮
﹂
×
?
×
﹁⋮⋮お、おおおう。いや、なんでもねーぞ﹂
?
いや待て、そんなことよりも⋮⋮だ。〝弛んで油断してた所で出た
お前けーちゃんと話してる時とか、俺の事はーちゃんて呼ん
素〟って⋮⋮
なに
でるのん
どうすんの
﹂
なにそれ想像したらちょっと恥ずかしくない
﹁⋮⋮あっそ。で
⋮⋮ってか、これ気付いちゃったらマズいよね
よ、よし⋮⋮ここは冷静に対応しようぜ俺
このまま聞かなかったことにして流しちゃおう
それは、そのまま和やかに何件か店を回り、もうそろそろプレゼン
の気持ちは弛んだ素のままなんですもの。
だって、そのやりとりに危機感を持ってたのは俺だけで、当の本人
糖分で。
│││しかし俺は考えが甘かったのだ。それはもうマッ缶ばりの
そんな危険な記憶、誰も幸せにならないもんな。
う事は綺麗さっぱり忘れてしまおう。
俺も、どうやら川崎が家では俺をはーちゃんと呼んでるらしいとい
どうやらこのまま何も無かったことに出来そうだ。
ふぅ、助かったぜ。
﹁うん。そうだね﹂
みっか﹂
﹁お、お し ⋮⋮ じ ゃ あ そ う い う の 売 っ て そ う な 店 を 重 点 的 に 回 っ て
!
!
川崎は主に精神的な被害、俺は主に肉体的な被害が。
及んじゃいそう。
なんかこの失態に気付いたら、被害は川崎だけじゃなくて俺にまで
?
うん。どうやら川崎は自分の失態に気付いていないようですね。
﹁⋮⋮そ﹂
﹁あー、その、なんだ。そういう事なら、そっち方面で考えてみっか﹂
?
トを決めようかと思っている時だった。
617
?
?
?
?
﹂
はーちゃ
不意に袖を摘まれくいくいと引かれたと思ったら、ついにとてつも
ない爆弾を全力で投げ付けられてしまったのだ。
﹁あ、はーちゃんはーちゃん。あの店とか良くない
﹂
じゃなくてさ、あの店ってまだ入って無くない
﹁⋮⋮⋮⋮へ
﹁いや、へ
⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂
⋮⋮完全なるフリーズである。
?
﹁◆☆*▽★※▲∼∼∼っっっっっ
川崎は叫んだ。超叫んだ。
﹂
こ れ は ア レ だ。気 持 ち が 弛 ん で る 時 に 先 生 を お 母 さ ん っ て 呼 ん
まぁそりゃそうなりますよね。気持ちは分かります。
マズい状況です。
でも唱えるかのように、蚊の鳴くような声でブツブツ言っててかなり
顔を覆い隠したまましゃがみこんでぷるぷると震える川崎は、呪咀
﹁無理無理無理死ぬ死ぬ死ぬ無理無理無理死ぬ死ぬ死ぬ⋮⋮﹂
俺の足を鞭打ってますんでやめてくれませんかね。
痛い痛い。川崎のイヤイヤに連動したポニーテールが、ペチペチと
ぶんぶんと頭を左右に振る。
絶叫した川崎は、両手で顔を覆い隠してその場にしゃがみこんで、
!!!
に下から上へと赤くなってきて湯気を出して沸騰しそう。
あ、やばい。なんか泣き出しそうな川崎の涙目な顔が、漫画みたい
だったその表情が、その全身が小刻みに震え始めた。
そしてその思考は次第に川崎の脳を覚醒させ、フリーズしたまま
い。
しがたの、そして先程からの自らの失態が脳内を駆け巡っているらし
どうやら無意識に摘んでしまった袖を見つめながら、川崎はつい今
?
?
じゃったり、父親かと思ってねぇねぇお父さんって話し掛けたら知ら
618
?
ないオッサンだったみたいな恥ずかしさだ。
確 か に 気 持 ち は 分 か る。分 か る ん だ が ⋮⋮⋮⋮ こ の 状 況 は す こ ぶ
る宜しくない。
平日の昼間とはいえ、春休み中のららぽはなかなかに賑わいを見せ
ている。
そんな中、耳まで真っ赤にした顔を両手で覆い隠して、ぷるぷる震
えてしゃがみこんでいる女の子と、その傍らには目が腐った怪しい男
が一人。
これどう考えてもヤバいよね
﹂
どうしよう痴漢かと思われて通報されちゃうよう
﹁お、おい川崎
﹁無理無理無理無理⋮⋮﹂
いや俺が無理だわ。
罰を科せられるかも知れないんだからね
﹂
﹁シッ
見ちゃダメよ
﹂と、テンプレ
!
ただ一点のみだろう。
﹁ねぇママ∼、あれなーに
!
朗報があるとすれば、その間は運良く通報されずにいられたという
永遠ともいえるような。
│││一体どれ程の時が流れたのだろうか。ほんの一瞬のような、
びつつ、川崎の復活を待つことしか出来ない無力な俺でした。
しかし、結局どうすることも出来ず、周りから好奇の視線を散々浴
?
君はまだ羞恥に耐えるだけだからいいけど、俺はそれに加えて刑事
!
?
﹁⋮⋮よしっ⋮⋮﹂
それはそれで甚だ心外なんですけどね。こ
の子が一方的に自爆しただけですから
それって朗報なのん
たダメ彼氏の図と捉えられているっぽい。
これは痴漢とかそういうんじゃなくて、痴話喧嘩の末に彼女を泣かせ
親子ガヤが今にも聞こえてきそうな空気の中で悟ったのは、どうやら
?
川崎に動きが見られた。
今日も通常営業でいわれのない悪評に心を傷めていると、ようやく
!
?
619
!
小さく気合いを入れたかと思ったら、突然スックと立ち上がったの
だ。
あまりにもいきなりの行動だった為に驚いて川崎を見ると、頬はま
だ仄かに赤らんでいて、目の端にはうっすらと涙が浮かんでいるもの
の、その瞳には確かな意志が宿っていた。
もちろん目は合わせてくれようとはしないけれども。
一切こちらを見ずに一歩を踏み出す川崎は、俺にこんな一言を述べ
早く行くよ﹂
てから、俺の反応など意に介さずに一人歩き始めた。
﹁⋮⋮比企谷、なにやってんの
﹁⋮⋮﹂
うん。どうやら無かったことにしといて欲しいみたいね。
了解しました。それでいいならむしろ大助かりですよ。
﹁ちょっと、なにやってんのさ。時間勿体ないから早くしなよ﹂
﹁⋮⋮おう。すまんな﹂
トレードマークのポニーテールのせいで隠しようのない真っ赤な
耳に苦笑いしつつ、俺はそんなキツめなセリフを吐きながらも一切こ
へのプレゼントを手に入れた。
最 終 的 に 入 学 祝 い と は あ ま り 関 係 の 無 い う さ ぎ の ぬ い ぐ る み に
なってしまったが、けーちゃんが寝るときに抱っこしてくれんなら、
うさぎのヤツも本望ってもんだろう。
⋮⋮こっちこそ京華の為にありがと。あの子、喜ぶと思う
﹁いい買いもんが出来たわ。ありがとな﹂
﹁んーん
よ﹂
どうもヤンママなイメージが抜けきれませんね。
じゃなかった、我が妹を想う姉の表情だった。
そう言う川崎の表情は、我が子を想う本当にとても優しい母親⋮⋮
?
620
?
ちらを振り向かすに先を行く川崎の隣に並び立つのだった。
×
×
それからはまたしばらくのあいだ店内を周り、ようやくけーちゃん
×
よし
それじゃあ買い物も済んだし、そろそろ帰りましょうかねと
お花摘みにでも行きたくなっちゃったのん
たのに、なぜか途端にもじもじし始めたのだ。
どうしたのん
﹁ん
どうかしたか﹂
﹁⋮⋮あ、あのさ、比企谷﹂
?
息を吐いてからとても言いづらそうに言葉を紡ぐ。
﹁えと⋮⋮その、さ⋮⋮なんか、お、お腹とか減んない⋮⋮
?
た。
﹂
﹁じゃ、じゃあさ
﹁⋮⋮は
⋮⋮ちょ、ちょっと食べてかない⋮⋮
ぼっち二人で外食とかハードル高過ぎない
まさかの食事の誘いかよ⋮⋮
マジ⋮⋮
﹂
そのハードルを気にも止めないほどにお腹空いちゃったのん
﹁あ、いや⋮⋮﹂
﹁で、さ⋮⋮ま、まぁこっちもたまたまなんだけど⋮⋮な、なんかレ
いやいや、たまたま作ってきた弁当ってなんだよ。
んだよね⋮⋮﹂
﹁あのさっ⋮⋮き、今日たまたまなんだけど、べっ、弁当作ってきてあ
これは断らねばとした所で、またしても俺の意見は掻き消された。
?
?
!?
?
!
早く帰ろうぜ。そう言おうとした所で、続く言葉を遮られてしまっ
﹁そうだな。もうこんな時間だしな。んじゃ⋮﹂
も減るだろう。
スマホを確認してみると時間は昼の二時を回っていた。そりゃ腹
頭がいっぱいすぎて、メシなんかすっかり忘れてたわ。
ああ、そういやプレゼントの事と川崎の事︵主にご乱心のこと︶で
腹
﹂
問い掛け返した俺に、川崎はもじもじして俯くと、はぁぁ∼と深く
?
つい今しがたまで優しい母親の表情をしていたばかりの川崎だっ
提案しかけた時だった。
!
?
621
?
?
﹂
ジャーシートとかもあるからさ⋮⋮⋮⋮今日は天気良くて暖かいし、
どっかで⋮⋮は、花見でもしながら弁当食べない⋮⋮
⋮⋮頬を桜色に染めて花見の誘いをしてくる川崎。
マジか。まさかこんなことになるとは⋮⋮
気まずそうに目を泳がせて、恥ずかしそうに不安そうにもじもじと
俺の答えを待っている川崎を見ている俺は、いけないいけないとは思
いつつも、こんな気持ちが頭を過らずにはいられなかった。
│││なんだよ川崎⋮⋮いくらなんでもさすがにこれじゃ勘違い
しちまうだろうが⋮⋮
続く
622
!?
どこ行くんだ
﹂
桜の花びらと煮っころがし︻後編︼
﹁⋮⋮で
﹁⋮⋮あ、えっと⋮⋮﹂
﹁べっ
別にたまたまだからたまたま
ちょ、ちょっと携帯弄ってた
かと思ったら、途端に顔を染め上げてあたふたと言い訳を始めた。
俺が多少驚きの目で見ると、その視線に気付いた川崎はハッとした
⋮⋮下調べばっちりじゃねぇかよ。
﹁⋮⋮そうか﹂
ら、ここら辺で探してみたんだ﹂
あったっぽいんだけど、最初にららぽで買い物って決めちゃってたか
﹁最初っから買い物を千葉にしとけは、駅から近いとこに千葉公園が
﹁ああ、行田公園か﹂
あったんだよね﹂
﹁な ん か こ こ ら 辺 で 花 見 で 調 べ た ら さ、行 田 公 園 が 良 い っ て 書 い て
バスに揺られていた。
ららぽを出た俺達は南船橋から西船橋へと移動し、駅前から乗った
?
それなのにいちいち茶化すのなんて無粋ってものだろう。いや、茶
とも、今日という日を楽しみにしていたことは疑いようがない。
意してくれてたり、わざわざ場所調べたりしてくれてたんだ。少なく
いが、二人で買い物に行くと決めていた今日この日にわざわざ弁当用
川崎にどういう意図があるかなんて俺にはさっぱり見当が付かな
あっぶね。危うく勘違⋮⋮って、コレはもういいか。
あ、アレか。いざ家族で花見に行く際の予行演習的なやつか。
てたんですかねこの子。
きただのたまたま花見スポット調べといただの、どんだけ楽しみにし
てか、たまたま弁当持ってきただのたまたまレジャーシート持って
おいおい、たまたまがゲシュタルト崩壊起こし掛けてるぞ。
ら、たまたま花見情報が出てきただけだからっ⋮⋮﹂
!
623
?
!
化すって言っても脳内オンリーな話なわけだが。
川崎にどんな意図があるにせよ、今日に限っては俺も単純に花見を
楽しんでみよう。そうでもなきゃ、ここまで楽しみにしてたヤツに失
礼だよな。
恥ずかしいからあまり認めたくはないが、こいつと二人の買い物っ
てのも、なかなか悪く無かったし。
そんならしくもない思考を巡らせている俺と、必死に言い訳したあ
とは静かに俯いたままの川崎を乗せて、バスは目的地へとひた走る。
ほどなくして到着したバスを降りて広い公園に足を踏み入れると、
そこには数百本にも及ぶ桜が、儚くも美しく咲き誇っていた。
お、おう、そうだな﹂
×
﹁なに
⋮⋮どうかした﹂
キリとしてしまった。
普段のこいつからは全く想像出来ないそんな表情に、俺は思わずド
顔は、まるで乙女そのものって感じだ。
咲き誇る桜に、そっと感嘆の声を上げて見つめる川崎の眼差し、横
勘弁してくれよ⋮⋮調子狂っちまうじゃねぇかよ⋮⋮
﹁
﹁⋮⋮綺麗﹂
×
なんかこいつまた緊張してね
﹁そ、そうだね⋮⋮﹂
ん
﹁じゃ、じゃああっち行ってみっか﹂
緊張されちゃうと、俺にも感染っちゃうからやめてね。
二人で居る事には随分慣れたつもりだったんだが、ここにきて急に
?
﹁いや、なんでもない。うし、腹減ったし早く場所決めて食おうぜ﹂
もう気持ちが落ち着くところがないですよ。
わり。
しかしそんな乙女な眼差しも次の瞬間にはジャックナイフに早変
?
?
624
×
!?
﹁⋮⋮うん﹂
平日とはいえ、春休み中で花見シーズンの公園はかなり賑わってい
た。
子供を連れた母親グループや、カップル・友達同士で来ている連中。
そんな賑わう花見客の間に見つけたスペースに川崎から受け取っ
たレジャーシートを広げ、俺達は腰掛けた。
﹁ちょうど桜の下が空いてて良かったね﹂
﹁だな。すげーいい眺めだもんな﹂
そう。本当にいい眺めだ。
雲一つない澄み渡った青と、美しく咲き誇るピンク、そして辺り一
面に広がる芝生の緑のグラデーション。
首が疲
そして目の前に視線を向けると、ミニ丈ワンピースのまっさらな白
俺、ずっと上を向いてないといけなくなっちゃう
えなんすよ。
正座を
てかやっぱ黒レースなのね。この子って見た目の印象︵ヤンキー︶
と違って中身はとんでもなく純情乙女なのに、なんでこんなに黒レー
ス大好きなんでしょ。
でも川崎が白とか履いてたらやっぱ似合わないか。いや、それはそ
れでめちゃくちゃそそるゲフンゲフン。
しかしこれはマジでいかん。俺が一人で楽しむ分には構わないん
だが構わないのかよ。川崎は見た目はかなりの美人さんなのだ。
周りの目を引くくらいに美人な川崎が、黒い布をこんなに丸出しに
してたら、周りのけだもの共に見られちゃうかもしれん。
それは決して許されん。こんな素晴らしい桃源郷は俺の記憶の中
だけに留めておきたい。
625
から覗く黒レースのグラデーション。
やめて
これは女の子座りって言っちゃっていいの
れちゃうからその黒のレースを隠して
なんつーの
!
?
片方に崩したような座り方されちゃうと、正面に座ってるとマジ丸見
?
!
!
やだっ、俺ってば独占欲が強い彼氏みたい
か押さえ付けて、俺は意を決して川崎に話し掛けた。
は単純に可哀想だし、このままもうちょっと見ていたい願望をなんと
とまぁ冗談はさておき、周りの男共から見せ物になっちゃうっての
!
﹂
これどうやって伝えたらいいのん
﹁えーとだな⋮⋮川崎﹂
﹁なに
⋮⋮あれ
?
?
いい眺め↓パンツとか、まるっきり変態になっちゃわないですかね
なんかさっき、すげーいい眺めとか言っちゃってなかったっけ俺。
?
でもまぁあれだ。これが雪ノ下とか由比ヶ浜、あまつさえ一色とも
なるとそれはもう大変な事態に陥りそうだが、川崎なら大丈夫な気が
する。
﹂とかで済んだはずだし、今回もそんな感じで済む可能
前 に 見 ち ゃ っ た こ と あ る し、そ ん と き も 冷 め た 態 度 で﹁⋮⋮ バ カ
じゃないの
性大⋮⋮だよね
さよなら俺の黒い桃源郷。また会おうぜ
⋮⋮﹂
﹁⋮⋮は
前
あんたなに言って、ん⋮⋮⋮⋮の⋮⋮⋮⋮﹂
?
﹂
触れる者みな傷つける切れ味鋭いジャックナイフなはずなのに、プ
なにそれ可愛い。
﹁⋮⋮ぅぅ⋮⋮ばか﹂
たいな赤い顔と潤々の涙目で睨み付けてきた。
ガバァッと両手でスカートの裾を押さえたかと思うと、茹でダコみ
﹁∼∼∼っ
でカァッと赤くなった。
むき出しの生足の奥を交互に見比べて、ようやく事態に気付いたよう
きながらも結局チラチラ見ちゃってる手癖の悪い俺の視線と、自分の
最初訝しげな視線を寄越してきた川崎だが、見ないようにそっぽ向
?
﹁そ の、な ん つ ー か ⋮⋮ ま、前 を 隠 し て く れ る と あ り が た い ん だ が
!
?
?
!?
626
?
ルプルと涙目で睨み付けてくる川崎の目と﹁ばか﹂はとっても可愛
かったです。まる。
×
﹂と咳払いが聞こえてきた。
ハンカチで隠されてしまった桃源郷に思いを馳せていると、﹁んん
ん
ようやくのサキサキ覚醒か。お昼とは言っても、そろそろ夕
﹁⋮⋮じゃ、じゃあそろそろお昼にしようか﹂
おお
!
空腹を誤魔化すべく、目蓋の裏にしっかりと焼き付けた、今はもう
したら復活すんだろ。
まぁさっきららぽでもこんな状態から見事に復活したし、しばらく
じゃ無かった⋮⋮﹂とかブツブツ呟いてるし。
になんてことないっ⋮⋮﹂とか﹁やっぱこんな慣れないの着てくん
なんか﹁もうお嫁に行けない⋮⋮﹂とか﹁パ、パンツくらいなら別
サキはずっとプルプルしっぱなしだしなぁ⋮⋮
でもあれから暫く経つけど、肝心の弁当を持ってきてくれてるサキ
あー⋮⋮腹減ったなぁ⋮⋮
×
今から食べんのに、なんでご馳走様なわけ
?
﹁そ、そうだな。⋮⋮なんつーか、ご馳走様でした﹂
﹁は、はぁ
なんかこいつまた緊張⋮⋮って、あ。
﹁あ、ああ⋮⋮さんきゅ﹂
﹁えと⋮⋮は、はいコレ﹂
いやホントに美味でございました。
あ、今更つい心の声が⋮⋮
?
弁当渡してくれようとしてる手が若干震えてるし、緊張の原因はこ
公園に入った辺りからまた緊張し始めてたっけか。
場所取りからのサキパンですっかり忘れてたが、そういやこいつ、
あれ
﹂
たことにしてくれって空気を纏いながら鞄をごそごそしていた。
チラリと川崎を見てみると、先ほどのららぽと同じように、無かっ
方なんですけどね。
!
?
627
×
!
の弁当にあるんだろうか
⋮⋮あのさっ⋮⋮﹂
あ、ああ﹂
﹁へ
﹁そ、その⋮⋮た、大したもんじゃないから⋮⋮﹂
うじゃないですか。
急にそんなに迫ってこないでください。ビクッとしてどもっちゃ
﹁お、おおおう﹂
﹁あっ
けてきた。
弁当を受け取って早速蓋を開けようとした時、川崎が慌てて声をか
?
こいつ。
?
×
うわぁ⋮⋮地味⋮⋮
いるのかを理解するのだった。
そして弁当の蓋を開けた俺は、なぜ川崎がこんなにももじもじして
まさか⋮⋮
と同じように不安げにもじもじしている川崎の光景が頭をよぎった。
しかしその時、ふと俺の頭の中に、いつぞやの奉仕部部室での、今
なにをそんなに不安がってんだか。
物なんて入っているわけがない。
こいつは由比ヶ浜と違って料理出来るはずだし、そんな破滅的な代
レーとかでなければ。
ケチをつけるなんて事しないっつうのに。中身が木炭とか桃入りカ
別に大したもんじゃなくたって、わざわざ作ってきてくれた弁当に
言を告げて、不安げにもじもじしてやがる。
慌ててなに言いだすのかと思ったら、大したもんじゃないなんて一
どうしたんだ
ん
?
いほどの地味さだった。
川崎から受け取った弁当は、おおよそ女子高生が作ったとは思えな
×
628
!
?
×
なんつーか⋮⋮茶色
いなり寿司にサワラの西京焼きに切り干し大根等々。
唯一とも言える彩りが筑前煮に入った人参の赤色と言うのも、また
郷愁をそそる。
そして⋮⋮⋮⋮ああ、里芋の煮っころがしか。
お袋の味と言うよりは、もうお婆ちゃん味ってレベルの地味さの弁
当をまじまじ見ていると、川崎が気まずそうに謝ってきた。
﹁⋮⋮なんか、地味で悪いね⋮⋮あたしさ、基本地味なものしか作れな
くってさ。せっかくの花見だし、少しは見栄えのいいのに挑戦しよう
かとも思ったんだけど⋮⋮⋮⋮そ、その⋮⋮せっかく作るんなら、得
意料理にしたいな、と⋮⋮ホントごめん﹂
いやいやちょっと待て。
アホかこいつ。なんでわざわざ作ってきてくれたってのに、地味な
こと程度で謝られなくちゃなんねぇんだよ。
確かに地味は地味だが、めちゃくちゃ有り難いっての。
それに⋮⋮地味と思われようともあえて得意料理を選んだってこ
とは、その、なんつうか⋮⋮一番美味いものを俺に食わせようと思っ
てくれたからだろ
言お断わりを入れてから煮っころがしを口に運んだ。
﹁⋮⋮うめっ⋮⋮﹂
マジで美味い⋮⋮
シンプルな里芋だけの煮っころがしなのに、本当に美味い。
煮崩れないくらいの絶妙な柔らかさに炊き上げられた里芋は、出
汁・砂糖・みりん・醤油がしっかりと中まで染み込んでいて、丁寧な
下処理をした上に、一度きちんと冷まして味を馴染ませたんだろう
なって事が窺える。もしかしたら前日の晩から準備してたのかも知
れない。
愛情のたっぷりこもった極上の家庭の味。得意料理だと挙げるだ
けの事はあるわ。
629
?
だから俺は川崎の不必要な謝罪なんか無視して、いただきますと一
?
だから、俺は不安げに上目遣いで見つめてくる目の前の少女に、こ
の気持ちをきちんと伝えてやんなきゃならない。
ふ、普段だったら恥ずかしくて絶対に言わないんだからね
﹁川崎、マジでうめぇわ﹂
すると心配そうに暗い顔をしていた川崎は、パァッと笑顔の花を咲
かせた。
﹁⋮⋮そ、そっか。良かった﹂
﹁おう。こんな美味い煮っころがし食ったことねぇわ。これならいく
らでも食える﹂
愛情込めて作ってくれたにもかかわらず、不安げだった川崎を安心
させてやりたいという思いと、本当に美味いと感じたことを伝えたい
という思いが重なりあって、俺らしくもなく素直に絶賛してしまっ
た。
すると今度はその素直な感想に、川崎は逆に居心地悪そうにもじも
じしてしまう。
﹁⋮⋮あ、あんたちょっと褒めすぎだっつうの⋮⋮たかだか里芋くら
いでさぁ⋮⋮﹂
﹁いやだってマジで美味いし﹂
﹁∼∼∼っ⋮⋮⋮⋮マジで芋くらいでバカじゃないのっ⋮⋮﹂
なぜだか罵倒されました。
俯いてしまった川崎。だが、僅かに見える口元が上に歪んでしまわ
ないようにプルプルしてるのが見えた。
耳まで真っ赤にしてるし、これは褒められて喜んでるってことでい
いんだよね
ぱ、地味だよね⋮⋮完成した弁当見たら我ながらビックリしちゃって
630
!
この子はホント素直じゃないですね。それ俺が言っちゃうのん
﹂
﹁でもさ⋮⋮﹂
﹁あん
?
?
﹁あ、や、褒めてくれたことはホント嬉しいんだけどさ⋮⋮⋮⋮やっ
?
さ⋮⋮彩りとかそういうの、全然無いじゃん
﹂
⋮⋮これでも一応女子
﹁別に、マジですげぇ美味いんだから、そんなことどうでも良くねぇか
だってさ、
ったくよ⋮⋮んなこと気にすんなっつの。
はりこいつなりに気にしてるんだろう。
いつかの部室でも得意料理を言いにくそうにしてたくらいだし、や
とを言いながら徐々に沈んでいってるのが分かった。
⋮⋮つい今しがたまでニヤつきを抑えようとしてたのに、そんなこ
高生だってのに⋮⋮なんだかなって思っちゃって﹂
?
﹂
﹁⋮⋮比企谷⋮⋮⋮わっ﹂
﹁うおっ
﹁なに
﹂
﹁⋮⋮それに⋮⋮ホレ﹂
しまった。
いた。そして手元の弁当に視線を向けた俺は、思わず口角が上がって
拾いに走る中、その突然の春風によって、辺りは一面桜色に染まって
客達がキャーキャーわーわー笑いながら、飛ばされた自分の荷物を
らゴミやらが宙を舞った。
その時、突然強い春風が辺りを駆け抜け、花見客達のコンビニ袋や
!
×
×
には、数枚の桜の花びらが彩りを添えていた。
春風に美しく舞い踊る桜吹雪の悪戯で、地味な里芋の煮っころがし
に華やかにしてくれんだろ⋮⋮知らんけど﹂
﹁まぁ確かに地味っちゃ地味だが、足りない彩りならこいつらが勝手
?
てか、弁当の時の彩り発言から、川崎がまったく目を合わせなく
なった。
631
?
花見を終えた俺達は、無言で帰路についていた。
×
なに
やっぱあの発言って恥ずかしかったの
後にどうかと思ったんだよね。
て俯いちゃったんだもん。
﹃なにこいつ自分に酔ってんの
俺も言っちゃった
だけどーwキザなぼっちとかwww﹄とか思っちゃったのかな
マンマダナカナイ。
やっぱ花見なんて来なきゃよかったよぅ
ハチ
超恥ずかしいセリフ言っちゃってん
てたかと思ったら、ハッとなってまた湯気が出そうなほどに赤くなっ
だって川崎さん、俺がああ言ったのをぽかんと惚けた顔して見つめ
?
一刻も早く包まりたいよぅ
!
くっそう
早く俺に布団を頂戴
!
?
?
﹁あ、あのさ、比企谷⋮⋮﹂
﹁お、おう﹂
?
﹁も、もうすぐ新学期じゃん⋮⋮ で、さ⋮⋮も、もしまた同じクラス
なんすかね。トドメなの
追い打ちかけられちゃうんですかね。
お構いなしに、ようやく川崎が口を開いた。
来るべき夜のベッドタイムに内心悶え苦しんでいる俺のことなど
歴史って。
いや、一人になってからの方がより一層自覚しちゃうんだよね、黒
れるのか⋮⋮
ということでここでお別れだ。ようやくこの恥辱地獄から解放さ
う。つまりは駅から家までが逆方向なのだ。
俺と川崎は地元は一緒なのだが、中学が違うだけあって学区が違
ていた。ちょっと意識飛びすぎじゃないですかね。
内心一人でそう悶えていると、いつの間にやら地元の駅まで到着し
!
!
?
べ、別に他意は無くって
⋮⋮やっぱあたしもう少し料
に な っ た ら ⋮⋮ あ た し、あ、あ ん た の 弁 当 作 っ て き て あ げ よ う か
﹂
⋮⋮っ
いや
﹂
﹁⋮⋮へ
﹁あ
!
理上手くなりたいっていうか⋮⋮す、少しは地味から脱却したいじゃ
!
?
632
?
?
!
ん
⋮⋮だ、だからさ
﹂
あ、あんたが見たり食べたりして協力してく
﹂
じゃ、じゃあ約束ね
れると助かるっつうか⋮⋮ど、どう
⋮⋮っしゃ
﹁お、おう﹂
﹁マジで
﹁⋮⋮おう﹂
﹁じゃあねっ⋮⋮﹂
﹁くぁっ⋮⋮うし、帰るか﹂
から考えればいいよな。
あんまり細かい事は、もしも、もしもクラスが一緒になっちまって
ま、あくまでもクラスがまた一緒になっちまったらの話だ。
さすがの俺でも勘違いせざるをえないだろ⋮⋮
どうしてくれんだよさーちゃん。そんな笑顔見せられちまったら、
はぁ⋮⋮参った。
らゆら揺らし、今度こそ家路についたのだった。
そう桜色にはにかんだ川崎は、ご自慢のポニーテールを愉しげにゆ
たら⋮⋮まぁ⋮⋮嬉しい⋮⋮かも、知んない﹂
らさ。そん時もあたしが料理作るから、また美味しいって言ってくれ
﹁それと、けーちゃんの入学祝いの日も、家に来んの楽しみにしてるか
のように声をあげると振り返った。
逃げるように立ち去ろうとしていた川崎が、なにかを思い出したか
﹁あ﹂
⋮⋮
つ う か 約 束 っ て ⋮⋮ ま だ ク ラ ス が 一 緒 に な る と は 限 ら な い だ ろ
しそうな顔されたら訂正できないだろうが⋮⋮
⋮⋮あんなに必死に迫られたらノーなんて言えないし、そんなに嬉
言うが早いか、川崎はバッと顔を逸らして立ち去っていく。
!
!
!!
ぐぅっと伸びをして空を仰いだ視界に広がったのは、美しく咲き誇
633
!?
!?
!?
る桜の花と美しく舞い散る花びら。
顔先をヒラヒラと横切っていく桜の花びらを目で追いながら、ふと
考えることは一つだけ。
││ああ、また美味い里芋の煮っころがし食いてぇなぁ⋮⋮
了
634
友チョコだからっ
2月。それはモテない男子諸君にとっては、一年で最も迎えたくな
い月のひとつであるだろう。
〝最も〟なのに〝∼のひとつ〟では些か矛盾しているようではあ
る が、2 月 と 同 等 に 迎 え た く は な い 月 が あ る の だ か ら 致 し 方 な い。
まぁそれはもちろん12月なわけだが。
と、今に限って言えばキリストの誕生日などはどうでもいいのだ。
なにせ現時点で迎えているのは2月なのだから。
そしてその忌むべき2月の中でも、特にその月の中頃辺りともなる
中頃とかボカしてたのに14
今年はなんといい年なのであろうか。
と、教室内のリア充たちによる色めき立つ空気が勘に障るようになっ
てくる。
だがしかし
有体に言うとウザイ。
ふははは
なぜならば14日が日曜日なのだ
日って言っちゃったよ。
﹄
﹃はい、あげる﹄
﹃うそマジ
﹄
﹃ぎ、義理チョコっていうか、単なる友チョコなんだから勘違いしない
でよねっ
﹄
た、たまたまお菓子作りたくなっちゃったからついでに
﹃へぇ⋮⋮でもそのわりには手作りじゃん﹄
﹃は、はぁ
作っただけだっつーの⋮⋮
﹃ぷっ、はいはい﹄
﹄
十倍返しだかんねっ﹄
﹃っべーないわ∼。まじパないっしょ
﹃あー、マジむかつくぅ
!
⋮⋮なる寒々しいやり取りを見ないで済むからに他ならない。
!
!
635
!
!
つまりはバレンタイン当日にそこかしこで行われるであろう⋮⋮
!
!
!?
!
!?
最後だけなぜか戸部になってしまうくらいに、想像しただけでも鬱
陶しい事この上ない。
そんなわけで、2月の12日である今日さえ乗り切れば、あとは日
曜日に小町から貰えるチョコを楽しみにしていればいいだけの簡単
なお仕事なのである。
まぁここまで言っといてなんだが、そもそも俺はバレンタインって
嫌いじゃないんだよね。小町にチョコ貰えるっていう素敵な記憶し
かないから。
ただしあえてこれだけは言わせてもらおう。
リア充諸君。バレンタインデーが日曜でザマァ︵笑︶
さて、それではとっとと部活行って読書でもしながら、来たるバレ
にも理由があるといえばある。
もしバレンタインが部活がある日であったのなら、情けなくも色々
と考えてしまうことがあるからだ。
おそらくではあるが、雪ノ下はともかく、由比ヶ浜は義理だとか
言ってなにかしらくれるんだと思う。
なにが嫌って、そう考えてしまうこと自体が嫌なのだ。
勝手に期待してそわそわしてる自分がどうしようもなく気持ち悪
いし、これでもしも貰えないようなことがあったら、たぶん自分の意
識過剰っぷりが恥ずかしくて死にたくなってしまうだろう。
あとは、まぁ単純に受け取るの恥ずかしいし。
だから、バレンタインが日曜で本当に良かった。
てか、当日が休日だからってことで、前倒しで今日くれちゃったり
しないよね
?
636
ンタインに思いを馳せましょうかね。
×
×
正直な話を言えば、バレンタインが日曜である事が助かったのは他
×
⋮⋮ってクソッ⋮⋮結局そんなこと考えちゃうんじゃねぇかよ、自
意識過剰な化け物さんよ。
あ∼⋮⋮今日はもう、いつにも増して帰りたい。
││俺のそんな願いが、まさかこのすぐ後に予想だにしない形で
叶ってしまうとは、人生ってのは上手くいってんだか上手くいかない
ように出来てんだかよう分からんな。
とにかく、願いは叶ったというのに、その叶い方が最悪な形なので
ある。
﹁やぁ、比企谷。待っていたぞ﹂
それは、特別棟への渡り廊下を歩いている時だった。
我が校随一の残念教師と定評のある三十路女教師から突然お声が
﹂
﹁ふむ⋮⋮まぁいい。頼みごとというのはな⋮⋮これなんだが﹂
⋮⋮ っ て こ れ、午 前 中 の 現 国 で 配 ら れ た プ リ ン ト
そう言うと平塚先生は手に持っていたプリントを差し出してきた。
﹁⋮⋮ プ リ ン ト
じゃないですか。それ、持ってますけど⋮⋮﹂
﹁いや、別にこれは君のでは無い。頼みというのはだな、今日風邪で欠
﹂
席した生徒にこれを届けてきて欲しいのだよ﹂
﹁⋮⋮⋮⋮は
とんでもない場所へと赴くこととなってしまったのだ⋮⋮
637
掛かったのだ。
﹁⋮⋮どもっす。えっと⋮⋮なぜここで⋮⋮
﹂
﹁いやなに、ちょっと君に頼みごとがあってね。あと、先ほど不愉快な
?
お願いだから心を読まないで
ことを考えていなかったかね⋮⋮
な、なぜ⋮⋮
!
?
﹁め、滅相もございませんっ⋮⋮⋮⋮で、頼みごととは﹂
!?
?
こうして俺は、たかだかプリント一枚届ける為に、よりにもよって
?
×
を押すと死んじゃう病がっ
と淡い期待をしている時だった。ガチャリと玄関
インターホンというワンクッション無しにいき
なり出て来ちゃうのん
!?
ろうよ。
﹁⋮⋮な、なん⋮⋮で
﹂
⋮⋮なんであんたがここに居んの⋮⋮
﹂
!?
どうしてこうなった⋮⋮
そこに立ちすくんでいた。
パジャマ姿に綿入りの半纏を羽織った我がクラスメイト、相模南が
そう弱々しく言葉を漏らし絶句した少女。
?
確認すると唖然とした表情で固まってしまう。そりゃ当然のことだ
そうダルそうな返事をして玄関から顔を出したそいつは、俺の姿を
﹁⋮⋮はーい⋮⋮⋮⋮っ
!? ?
ちょっと待って
が開く音がしたのは⋮⋮
けばいんじゃね
このまま誰も出て来ないといいな⋮⋮てか郵便受けにでも入れと
んじゃないのか
大体インターホン越しに俺が名乗った時点で、手酷く追い返される
ピンポンと音は鳴るものの、しばらく待っても応答が無い。
!
俺は恐る恐るインターホンに手を伸ばす。ああ⋮⋮インターホン
がって⋮⋮
く そ ⋮⋮ あ の 三 十 路 め ⋮⋮ 依 頼 と い え ば な ん で も 済 む と 思 い や
ない。
しかし、頼みごとという名の依頼を受けてしまったのだから仕方が
いや、マジでなんで俺なんだよ⋮⋮
まったのだと愕然としていた。
俺は、とある一軒家の表札に書かれた名前を見て、本当に来てし
﹁マジで来ちまったよ⋮⋮﹂
×
?
?
638
×
×
﹄
全然知りませんけど﹄
?
⋮⋮
﹄
け な く た っ て 問 題 な い で し ょ う が ⋮⋮ 休 み 明 け で 良 く な い っ す か
﹃んな無茶苦茶な⋮⋮だ、大体こんなプリントごとき、わざわざ今日届
せんぞ﹄
これは私からの頼みごとでもあり依頼でもあるんだ。NOとは言わ
﹃⋮⋮君は普段ならすぐに帰ろうとするではないか⋮⋮とにかく、だ。
﹃いやいや俺これから部活なんで超忙しいです﹄
といえば、君を置いて他にあるまい﹄
﹃そ、それはあれだ⋮⋮放課後に暇を持て余している生徒で最適な者
けなくちゃなんないんすか﹄
﹃いやいやどういうワケっすか。意味が分かりません。なんで俺が届
ントを相模に届けてくれ﹄
﹃君は⋮⋮はぁ⋮⋮まぁいい。⋮⋮で、だ。そういうワケでこのプリ
くとしたら戸塚くらいです﹄
﹃や、まぁ俺には関係の無い事ですしね。たぶん病欠したことを気付
を持ちたまえよ⋮⋮﹄
﹃⋮⋮まったく⋮⋮君はクラスメイトが病欠したかどうかくらい興味
﹃⋮⋮あ、そうなんすか⋮⋮
﹃今日は相模が風邪で休んだろう
×
だ、だからこの土日とかも勉強にはとても重要なのだ
!?
た﹄
!
これは命令だ
﹃いやいやそれこそ教えちゃいけない個人情報だろっ⋮⋮
グダグダ言わずに持っていけ
!
に考えてんだよ⋮⋮﹄
﹃あぁもう面倒くさい
!
あんたな
﹃ああ、その点は心配するな。こっちの紙に住所と地図を書いておい
相模んちなんて知りませんし﹄
﹃いやいやそんな個人情報喋っちゃってもいいのかよ⋮⋮それに俺は
よっ⋮⋮﹄
題生徒でな
﹃⋮⋮そ、それは、だな⋮⋮さ、相模はああ見えて進級がギリギリな問
?
639
?
×
﹄
﹄
!?
な﹄
﹃ち、ちょっ
×
玄関をバタンと閉められました。
おーい⋮⋮ちょっとくらい話聞いてくんない
⋮⋮これマジで通報とかしにいったんじゃねーだろな
?
登校したらとんでもない噂になっちゃってんじゃね
あれ
もう通報済んだのん
と振り返ってみると、そこにはパジャ
た時、先ほどよりも遠慮したように、静かにガチャリという音がした。
⋮⋮そんな現実に起こるであろう辛い未来に辟易として踵を返し
?
や ば い。も う 帰 ろ う。プ リ ン ト な ん か 知 ら ん。で も こ れ 月 曜 日 に
⋮⋮
になってね
勝手に押し掛けてきたストーカーに恐怖して逃げ出したみたいな図
なんだよこれ⋮⋮まぁ予想の範疇ではあるけども、なんかこれじゃ
?
言うが早いか、ハッとした表情を見せたかと思ったら、思いっきり
﹁⋮⋮あ、いや⋮⋮これ届けに⋮﹂
この状況どうしてくれんだよ。
⋮⋮
くそっ⋮⋮思い出しただけでも無茶苦茶しやがるな、あの独身め
×
﹃⋮⋮とにかく頼んだぞ。雪ノ下の方には私から話を通しておくから
⋮⋮﹄
が 相 模 に ⋮⋮ 俺 と か あ い つ が 一 番 関 わ り た く 無 い 人 間 で し ょ う が
﹃頼みでも依頼でもなく命令になっちゃったよ⋮⋮そもそもなんで俺
!
?
﹂
?
相模は真っ赤に俯きながらも、困ったような上目遣いで俺がここに
﹁⋮⋮な、なに
あ、半纏姿が恥ずかしかっただけなんですかね。
立っていた。
マ姿に可愛らしいカーディガンを羽織った相模が、真っ赤な顔をして
?
640
×
いる理由を訊ねてきた。
﹁あ、いや、だからこのプリント持ってけって平塚先生に命令されてな
⋮⋮﹂
ペラリとプリントを掲げると、唖然とそのプリントを見つめなが
なんてことしてくれんのよあの独身⋮⋮。こんな
ら、相模はぽしょぽしょとこんな事を呟いた。
﹁⋮⋮マジで⋮⋮
んまだ無理だってばぁ∼⋮⋮﹂
相模はそんな無意識の呟きなんて聞かれてないつもりなのだろう
が、生憎俺は難聴系ではないのだ。
だからその呟きが聞こえてしまった俺は、当然のようにこう思って
しまう。
││まだ無理って⋮⋮どういうことだ⋮⋮
未だ放心状態の相模にプリントを押し付け、俺は帰宅の徒に着いた
﹁まぁそういうわけだ。ほいよ﹂
れたみたいだし。
どうやら相模も俺が先生に言われて来ただけだって所は信じてく
ろう。
だから俺はとっととこの厄介な仕事を終えて、早くマイホームへ帰
興味ありますよ
いや、平塚先生が早く貰われてくれればいいのに⋮⋮ってことには
もない。
い。どうせいくら考えようと答えなんざ出やしないし、そもそも興味
まぁ、そんな不毛なこと︵主に独身について︶を考えたって仕方な
あと、相模あたりにも裏では独身呼ばわりされてるのね。
?
と振り向いて見てみると、なんか相模さんにブレザーの裾を
なんで
﹂
たんだから⋮⋮お、お茶くらいしてきゃいーじゃん⋮⋮﹂
﹁⋮⋮⋮⋮はっ
?
641
?
?
⋮⋮つもりだったのだが⋮⋮、なんか前に進まないんですけど⋮⋮
あん
え
?
摘まれていました。
?
﹁ちょ、ちょっと待ってよ⋮⋮こんな寒い中わざわざ届けに来てくれ
?
﹁だっ
﹂
だからっ⋮⋮お茶くらい出すから、家に寄ってけばっつって
んの⋮⋮
意味分かんないんだけど﹂
﹂
﹁いやいやなんで俺がお前んちに寄らなきゃなんねーんだよ⋮⋮なに
なに言ってんの
いざ家に入れといて、あとあと不法侵入とかで訴えちゃうの
﹁⋮⋮は
?
見てんの
俺があの相模に家に上がるのを誘われてるとか、なんか悪い夢でも
マジでなんの冗談だよ。
関係ねぇだろ﹂
﹁だからなんでだよ。別に俺は仕事で来ただけだから、貸し借りとか
ら、早く上がってよ⋮⋮﹂
﹁⋮⋮た、ただあんたなんかに貸し作んのが嫌なだけだっての⋮⋮ほ
かね。
裾摘みながらの冷徹な眼差しとか、一体どこ向けのご褒美なんです
すげぇ冷たい目で見られちゃいました。
?
なにそれズルくね
がってくんないと、この寒空でまた熱上がっちゃうんだけど⋮⋮﹂
﹁寒っ⋮⋮ね、ねぇ比企谷、うち熱あんだけど⋮⋮。あんたが早く上
しく〟ブルッと震えやがった。
の腕で身体を抱くような体勢を取って、わざとらしく⋮⋮〝わざとら
するとなかなか提案に折れない俺に業を煮やしたのか、相模が自身
?
なんだよ⋮⋮そんなに顔赤いって、マジで結構熱あんじゃねぇのか
﹁⋮⋮うん﹂
一瞬驚きの表情を見せたが、すぐさま顔を赤くさせて俯いた。
相模は、
﹃お邪魔すっから早く家入れよ﹄という俺の諦めたセリフに
はぁ⋮⋮マジかよ⋮⋮
⋮⋮﹂
﹁⋮⋮ わ ぁ っ た よ ⋮⋮ つ ー か お 邪 魔 す っ か ら、お 前 は 早 く 家 入 れ よ
そんなんもう脅迫じゃないですかやだー。
?
642
!
!
?
?
?
だから早く家入って暖まれっつってんのによ⋮⋮
×
リア充ってのは、みんなこういうものなの
?
断るとか手伝うとか言ってる時に﹁⋮⋮いいからうちの部
が世の情け
屋で待ってて﹂とひと睨みされたら、大人しくその言葉通りに従うの
でもね
のは分かってるんですよ。
いや、もちろん熱がある女の子にお茶を用意させるなんて酷いって
る。
そして当の相模はというと、キッチンにお茶の準備をしに行ってい
ん
とか難易度高すぎじゃね
いやだからって女の子の自室で二人っきりになんなきゃならない
いらしくて、暖房で暖まってる部屋はここだけなんだそうだ。
うっそマジかよとは思ったんだが、どうやら今家には相模しか居な
そう。リビングとかではなく相模の自室。
⋮⋮俺は今、なぜか相模の部屋で一人座っている。
ゲー良い匂いとかしちゃってるし。
や っ べ ⋮⋮ 緊 張 で ド キ ド キ し ち ゃ っ て る ん で す け ど。な ん か ス
×
?
ろ⋮⋮
ふへっ⋮⋮あのキャビネットの引き出し開けたら何が入ってんだ
なんか至るところが可愛いんですけど。相模のくせに。
んぴょんモノですよマジで。
相手は相模だってのに、女の子の部屋に一人で居るなんて心がぴょ
てわけだ。
とまぁそんなこんなで、俺は一人で相模の部屋の床に腰掛けてるっ
だってほら、恐いじゃないですか。
!
てはいけないようなおかしな思考に捕らわれはじめていた時、急にド
なんて、緊張とぴょんぴょんであまりにも頭が麻痺し過ぎて、考え
?
643
×
?
アが開いた。
ちょ、ちょっと相模さん
ノックくらいして頂けないかしらっ
!?
﹁お、おう﹂
ちょっと待って
なんで俺に対してこんなに素直なの
﹁⋮⋮さんきゅ﹂
﹁⋮⋮はい、どうぞ﹂
てかなに相模ってちょっと可愛いくね
とか思っちゃってんの
⋮⋮ああ、これが弱ってる時の可愛さ効果ってやつか。
いだってのは分かんだけど。
まぁ頬が染まったのは熱のせ
今会話してんのって間違いなく相模南だよね
﹁⋮⋮うん。大丈夫。⋮⋮ありがと﹂
のかよ﹂
﹁いや、全然待ってねぇし気にすんな。⋮⋮てかお前身体は大丈夫な
﹁ご、ごめん⋮⋮お待たせ﹂
だからねっ
べべべ別に部屋中ジロジロ眺めて、やましい事なんて考えてないん
た。
俺はドアの開く音に、光の速さで手に持ったスマホへと視線を向け
!?
?
?
?
?
ねぇの
﹂
じ ゃ キ ツ い だ ろ ⋮⋮ な ん か 毛 布 に で も 包 ま っ て た 方 が い い ん じ ゃ
﹁あー、確かに部屋は暖かいけども、風邪引いてるお前はそのまんま
たカップを両手で持ってふーふーしている。
を置くと、向かいにちょこんと座ってミルクティーらしき液体の入っ
お盆をテーブルに置いた相模は俺の前にコーヒーの入ったカップ
?
だから素直過ぎて恐え∼よ⋮⋮
相模は一旦カップをテーブルに置くと、ベッドから毛布を引っ張っ
てきて雪だるまみたいに包まった。
なにそれ可愛い。
﹁えっと⋮⋮んじゃ頂きます⋮⋮﹂
644
!
﹁⋮⋮うん。そうだね﹂
?
﹁⋮⋮どうぞ﹂
カップに注がれたコーヒーはすでにミルクなんかが入れられた状
態で、美味そうなミルクコーヒー色をしている。
生半可な甘さじゃ物足りないよ
でもちゃんと砂糖は入ってんだろうな。言っとくけど俺は甘党だ
よ
⋮⋮
なんで
﹁おう。この甘さがまたなんとも⋮⋮﹂
⋮⋮ん
﹂
もしかしてやっぱ甘すぎた⋮⋮
﹁⋮⋮なんでこんなに甘いんだ
?
﹁いや、この甘さが美味いんだが﹂
⋮⋮ちょっとビックリさせないでよ⋮⋮。失敗したのかと
だからそういう事じゃなくてですね
って話なんだが。このしつこい甘さは練乳入りだよな﹂
?
ない。
あ、他人の家でコーヒーを振る舞われた経験自体が無かったわ
何はともあれ、こんなコーヒーを好んで飲む人間なんて誠に遺憾な
!
俺の経験上、他人の家でこんな極上のコーヒーが出てきたことなど
に酷似しているのだ。
そうなのだ。このコーヒーの美味さは、よく家で作るマッ缶もどき
知ってんの
﹁あー、スマンな。⋮⋮ってか、なんで俺が甘いコーヒーが好きだって
?
なによ⋮⋮と、ホッと胸を撫で下ろす相模。
思ったじゃん⋮⋮﹂
﹁⋮⋮は
そりゃそんなんじゃ甘すぎだ
心 な し か 口 角 が 上 が っ て る よ う に 見 え る の は ⋮⋮ 気 の せ い だ よ ね
なんでも無いような事みたいに素っ気ない態度を取る相模だけど、
﹁⋮⋮あ、そ。良かった﹂
かぽかするんじゃ∼⋮⋮
ほぁぁ⋮⋮この絡み付くような甘さとちょうどいい温度で、心がぽ
﹁⋮⋮うめぇ﹂
たまにブラックも飲むんで大丈夫なんですけどね。
?
?
?
よね﹂
﹁え
?
?
?
645
?
!?
ってことなんでしょうかね。
貴様などこんな甘ったるいコーヒーでも飲んで糖尿
がらごく少数だろう。これを俺に振る舞うなんて、一体どんな了見だ
こいつ。
ふはははは
病にでもなれば良いわ
すると相模はなんとも呆れた表情で、なに言っちゃってんのお前
﹂
だってあんたあの甘ったるい缶コーヒーばっか飲んでんじゃ
とでも言うかのようにこう言うのだった。
﹁は
ん。そういうのが好みなんでしょ
﹁⋮⋮お、おう。そうだな﹂
×
てかなんで相模は俺なんかを家にあげたの
ればいいの
なんか勢いで家に上げられちゃったけど、俺って相模となんの話す
も気まずい空気が流れている。
暖かい部屋で温かいコーヒーを啜ってホッと一息吐く反面、なんと
×
⋮⋮うん。やっぱ美味いわ。
もう一口啜るのだった。
そして俺はそんな思考をとっとと打ち切り、この極上のコーヒーを
思考がドツボにハマっちゃいそうだからやめとこうね。
いやだからなんで知ってんだよって話なんだが、なんかこれ以上は
?
!
!
?
長居する理由なんてひとつも無い。
正直話すことも無いし気まずいし、大体こいつ体調悪いわけだし、
俺が嫌いなはずなのだ。
まぁ俺自身は別にどうという事は無いのだが、相模は他の誰よりも
俺と相模には浅からぬ因縁がある。
考えたらこれってとんでもない状況だった。
やばい⋮⋮美味いコーヒーでちょっと気が紛れてたけど、よくよく
?
?
646
?
?
×
これはとっととコーヒーを飲み終わらせてとっとと帰っちゃおう。
﹁あ、あのさ⋮⋮比企谷﹂
えー⋮⋮なんか話し掛けてくんの⋮⋮
⋮⋮
﹂
﹂
﹁なん、で⋮⋮こんなプリントの為に、わざわざ家まで来てくれたの
﹁⋮⋮あん
早く飲み終わらせて帰りたいんすけどー⋮⋮
?
あんただった
⋮⋮えっと、いくら先生に言われたからっ
て、たかがこんなどうでもいいプリントじゃん⋮⋮
!
﹂
いやまぁそれはそれは嫌がったんですけどね
ちょっと言い辛い
⋮⋮マジ信っじ
成績。んなこと言われた上に押し付けられ
﹁あー、まぁなんだ⋮⋮。お前ってアレなんだろ
﹂
んだが⋮⋮﹂
﹁な、なに
﹁進級ギリギリなんだろ
ちまったら、まぁ来ざるを得ないだろ﹂
言わせんな恥ずかしい。
すると相模はみるみる顔を赤く染めていく。
あの人
!?
だから言わせんなって言ったのに。
そ、そんなこと言ったの
﹂
!
?
ぐぅ⋮⋮あの独身っ
﹁は、はぁぁぁぁ
らんない⋮⋮
!!
!?
とかホントあり得ないですよねー。
?
それ嘘だかんね
んなの信じないでね
!?
俺はひとつも悪くないからね
﹁ち ょ、ち ょ っ と 比 企 谷
?
﹁は
マジで
﹂
0位以内だから
?
﹂
⋮⋮言っとくけど、うちこう見えて文系得意で、国語だけなら学年2
!?
ですよねー。そんな恥ずかしい個人情報を大嫌いな奴に流される
!
?
りそうじゃん⋮⋮。も、もしかして先生になんか言われたりした⋮⋮
ら、別にこんなもん休み明けでもいいだろとか理由付けて、絶対嫌が
?
﹁そ、そうじゃなくってさ
﹁いや、だから平塚先生に依頼されたからだって言ってんだろ﹂
?
?
!
647
?
!?
?
?
﹁マジだから
れた⋮⋮
なんだったら成績見せてもいいから
くっそ⋮⋮ふざけんなよあの残念独身め
﹂
こんな辱めを受けてま
くて、今はそんなことどうだっていい。⋮⋮嘘だろマジかよ⋮⋮騙さ
そ り ゃ す げ ぇ 意 外 だ な。相 模 っ て 成 績 い い ん だ な ⋮⋮⋮⋮ じ ゃ な
!
のは分かる。
だがなぜだ
ここに寄越した
﹁なんであの人は⋮⋮こんなことしたんだ⋮⋮
﹂
なぜそんなすぐバレる嘘を吐いてまで、わざわざ俺を
平塚先生が俺をここに来させる為にそんな適当な嘘を言ったって
と、そこで俺の思考は停止する。なにか⋮⋮なにか変だ。
⋮⋮
で相模んちにまで来たっつうのに、それ嘘なのかよ。ワケ分からん
!
お前なんか知ってんのか
したのが視界の端に入った。
﹁相模⋮⋮
﹂
?
﹁⋮⋮それは⋮⋮﹂
マジでなんか理由があんのか
相模はなぜだかとても所在なさげにもじもじとし始めた。
﹁⋮⋮相模
﹂
俺のその独り言とも言える呟きを聞いて、意外にも相模がビクリと
そんな疑問が、つい口から出ていたみたいだ。
?
?
﹁⋮⋮は
なんだよ相談て⋮⋮﹂
﹁それは⋮⋮うちが平塚先生に⋮⋮相談したからだと⋮⋮思う⋮⋮﹂
た解を告げた。
と、意を決したように俺を真っ直ぐに見つめ、全く想定していなかっ
しばらくもじもじしていた相模だったが、こきゅっとノドを鳴らす
?
た。
648
!
?
﹁あ⋮⋮そのっ⋮⋮﹂
?
?
すると相模は一旦は俯いたのだが、またすぐさま視線をよこしてき
?
その瞳は⋮⋮とても不安でとても弱々しい潤んだ光をたたえて。
﹂
元気にやってるかね﹂
﹁比企谷⋮⋮うちの話、聞いてくれる⋮⋮
※※※※※
﹁やぁ相模。最近どうだ
?
どうしたんだろう
と、自然と足が止まっていた。
﹁あ⋮⋮っと⋮⋮こんにちは、平塚先生。えと、元気か
﹁
﹂
なんだか元気が無いというか、なにか悩み事
でも抱えているように見えてね﹂
の終わりくらいからか
﹁いやなに、大したことでは無いんだが、ここ最近⋮⋮というか二学期
う事ですか﹂
とは、どうい
正直この先生がうちにこんな風に声を掛けてくるなんて珍しい。
だ。
そんな時、たまたますれ違った平塚先生にそう声を掛けられたの
ろ帰ろうかなと廊下を歩いていた。
部活に所属してないうちは教室で友達と適当にダベった後、そろそ
それは、年が明けてしばらく経った日の放課後だった。
?
?
確かにうちはある悩みを抱えている。でもそれは人には話せない、
話しようのない悩み。
だから、そんな気持ちが表に出ないように胸の奥にしまい込んでい
たのに、うちとはほとんど関わりのないこの人には、まんまと見透か
されてたってことか。
﹁⋮⋮別にうちに悩みなんて無いです⋮⋮﹂
﹁そうか。それはすまなかったね﹂
﹁⋮⋮失礼します﹂
⋮⋮でもこの悩みを人に話したところで何の要領も得ないだろう
し、そもそもが好き好んで人に話したいような話では無い。
649
?
?
うち、そんな風に見られてたんだ⋮⋮気を付けてたのに⋮⋮
!?
だから、今のこの思いさえも見透かされてそうな現状が居心地悪く
て、うちは慌ててその場を去ろうとした。
しかし、そんなうちの背中からこんな声が掛かったのだ。
﹁あー、相模。君が悩みが無いと言うのであれば、それはそれで構わな
い。だがな、もしも本当は一人で悩みを抱えていて、もうどうしよう
も無くなって誰でもいいから話したくなったのならば、私はいつでも
職員室で待っているからな﹂
﹁⋮⋮﹂
うちは、その言葉に何も返す事が出来ずその場から足早に立ち去っ
た。
×
た。
そう言ってニカッと笑う平塚先生は、なんだかとても格好良かっ
えるのは、教師にとって最上の喜びだからなっ﹂
﹁ふふっ、気にするな。むしろ私は嬉しいよ。生徒に悩みを話して貰
⋮⋮﹂
﹁あ の ⋮⋮ 昨 日 悩 み な ん て 無 い と か 言 っ た ば っ か な の に ス ミ マ セ ン
ワケだ。
聞も無く、翌日には早くも差し出された手にすがってしまったという
うちは帰宅してからずっとその事ばかり考えてた。で、結局恥も外
んない。
でも⋮⋮⋮⋮もしかしたら平塚先生ならなんか知ってんのかもし
ちゃうなんて。
悩みなんて無いとか言った舌の根も乾かない内から、もう相談に来
よね⋮⋮
⋮⋮ホントうちって決心とかそういうのが超弱いダメダメ人間だ
た。
それなのに⋮⋮その翌日の放課後、うちは平塚先生の前に座ってい
×
なんでこの人結婚できないんだろ。
650
×
﹁さて、では聞こうか、君の悩みを。⋮⋮まぁ別に気負う必要はない。
君が話したい、話せるところだけでも良いのだからな﹂
﹁⋮⋮はい。えと⋮⋮これはうちの悩みでもあると同時に、平塚先生
君の悩みなのに私に質問
⋮⋮ふむ。まぁ構わないぞ。特
に対しての質問も含まれているというか⋮⋮聞きたいことがあるん
です﹂
﹁⋮⋮ん
に恋愛ごととかならどんとこいだ
﹂
いや⋮⋮そんなヤル気満々な笑顔をされても先生に恋愛ごとの質
問はしないですよ⋮⋮
﹁⋮⋮えっと⋮⋮平塚先生なら⋮⋮その⋮⋮あいつと仲良いみたいだ
﹂
⋮⋮比企谷
から⋮⋮なんか知ってるんじゃないかと思いまして⋮⋮﹂
﹁あいつ⋮⋮
﹁⋮⋮はい。⋮⋮あ、あの⋮⋮ヒキタニ⋮⋮じゃなくて
のことについて⋮⋮です﹂
って。
無力なうちなんかよりも遥かに有能で、遥かに頼られていた。
かったけど、でも⋮⋮それでも⋮⋮悔しいけど有能だった。
確かに比企谷は性格が悪くて捻くれてる奴だって認識は変わらな
でも、その思いは体育祭で全部吹き飛んだ。
だからマジでクズ野郎だと思ったし、酷い噂だってバラ撒いた。
なんないの
このクラスカーストでも上位に居るうちが、こんなこと言われなきゃ
あんないつもぼっちで居るようなキモい奴に、なんでこのうちが、
うちは、泣かされた当初こそはあいつの事が許せなかった。
を吐いたのか。
││文実の時、なぜあいつはあんな行動を取って、なぜあんな暴言
て吐露した。
そしてうちは、体育祭の最中くらいからずっと抱えてきた悩みを全
﹁⋮⋮そうか﹂
表情から一転、真剣な視線を向けてきた。
うちがその名前を告げると、平塚先生は先ほどまでのおちゃらけた
!
?
?
651
?
!
?
⋮⋮って。
そして思った。こいつが、なんの理由も無くあんな酷いことするだ
ろうか
⋮⋮って。
?
比企谷も⋮⋮⋮⋮そして葉山くんも⋮⋮
﹁なんで⋮⋮なんですか⋮⋮
うち、良く分かんないです⋮⋮﹂
聞いてくれている平塚先生に洗いざらい打ち明けた。
うちは、胸の中で燻り続けていたそんなたくさんの疑問を、真剣に
れないのに⋮⋮
ちゃえば学校一の嫌われ者なんていう汚名だって返上出来たかもし
だって、そんな隠された何かがあるんなら、それさえ明るみに出し
いの
だとしたら、なんでその隠されている〝何か〟をつまびらかにしな
ているんだと思う。
だからたぶん、あの一連の騒ぎには、うちの知らない事実が隠され
し。
え、あの後なぜか比企谷と楽しげに会話してるのだって何度か見た
それどころか、あの屋上での暴言騒ぎを直接糾弾した葉山くんでさ
てた。
たちはあいつに対する態度を一切変えないのもずっと不思議に思っ
みたいな立場になったはずなのに、それなのにあいつの周りにいる人
それに、うちらが広めた悪評によって、あいつは学校一の嫌われ者
なことすんの
スローガン決めの時も屋上の暴言も、こいつがただの腹いせであん
?
やっぱり、先生は知ってるんだ。
﹁⋮⋮先生⋮⋮知ってるんですよね
?
﹁じゃ、じゃあ教えてください
うち、ずっとモヤモヤし続けてきたん
じゃあ⋮⋮やっぱりあいつの行動には意味があったんだ。
﹁ああ⋮⋮まぁ知っているといえば知っている、な﹂
あったのか﹂
あいつの行動に、どんな意味が
先生のその得心がいったような表情で、うちは確信した。
﹁成る程な。そういうことか。ふむ。良く分かった﹂
良く分かんない⋮⋮でも、絶対になにかあるはずなんだ。
?
!
652
?
です
⋮⋮分かんないけど⋮⋮でも、知らなきゃいけないような気が
してっ⋮⋮﹂
たぶんただ知りたいってだけじゃ無いんだと思う。それだけだっ
たら、うちはここまで悩んだりはしない。
たぶん胸のどっかにどうしようもない何かが引っ掛かってるんだ。
あんたは、ちゃんとそれを知らなきゃなんないでしょって⋮⋮
﹁ま、教えるだけなら簡単なんだが、それではせっかくここまで悩んで
きた君にはいささか勿体ないな。自分で考えて真実に辿り着いてこ
﹂
そ悩んだ価値があるというものだ。⋮⋮よし、簡単なヒントをやろ
う﹂
﹁ヒント⋮⋮
⋮⋮
?
?
祭と体育祭の手痛い屈辱で⋮⋮
でも、それでもまだ足りないっていうの
て無いの
うちはまだ自分を顧みれ
自分がそういう人間だなんて十分理解してたつもりだった。文化
自己保身⋮⋮
曇り⋮⋮
曇りが取れた瞬間、答えはすぐ目の前に現れるものだよ﹂
剣に悩んできた君になら、その曇りを晴らせるのではないかね
な真実を隠してしまう事がある。それが今の君の状態だ。今まで真
相模、時にその自分可愛がりの自己保身が、己の目を曇らせて、簡単
てしまうのは当然のこと。なにせ自分は可愛いものな。⋮⋮だがな
なに、それは恥ずべきことでは無い。人間、誰しもが自己保身に走っ
﹁君は、物事に対してつねに自己保身に走ってしまうきらいがあるな。
﹁⋮⋮﹂
だけで、答えは全く見えなくなってしまう﹂
るようなことなのに、ほんの少しでも見通す目に曇りが生じてしまう
⋮⋮これは本当に簡単な事なんだ。普通なら、ちょっと考えれば分か
﹁ああ。とはいえ、これはそのまま答えみたいなものかもしれんがな。
?
ただひとつ分かったことは、今まではあの事件の真相の理由には、
?
653
!
比企谷や葉山くんに何かしらの事情があったからなんだって思って
た。
でも、平塚先生の話を聞いてる分だと、その事情ってのは比企谷や
うちの事情
葉山くんではない。むしろうち自身にあるかのような口振りだった
うちの自己保身
?
⋮⋮
﹂
うちの理由
﹁っ
?
したら、そしたらその時うちは一体どうなっていたのだろうか⋮⋮
という本当に簡単な問い。
﹁⋮⋮どうしよう⋮⋮うち⋮⋮なんてことを⋮⋮っ﹂
その解を得たうちは、目の前が真っ暗になった。
うちは⋮⋮⋮⋮うちを生かしてくれた恩人に⋮⋮
うちは⋮⋮うちは⋮⋮
!
そしてその簡単な問いは、いとも簡単に解も用意してくれていた。
それが自己保身による目の曇りってヤツなんだろう。
よ⋮⋮
なんでこんな簡単な問いが、なんで今まで全く思いつかなかったの
?
それは⋮⋮⋮⋮もしも、もしもあの文化祭で比企谷が居なかったと
その時、今まで考えもしなかったような問いが頭の中を支配した。
?
てな。いつだって自分自身を傷付けたがるんだ。それによって、悲し
﹁はぁ⋮⋮まったく⋮⋮ホントにあのバカのやり方は常に捻くれてい
﹁⋮⋮﹂
のやり方も悪い﹂
⋮⋮だがな相模、それは君一人が悪いというわけではない。あのバカ
い。それが、行いを間違い、そしてその間違いに気付いた者の責任だ。
見えてしまった今、君はその過ちときちんと向き合わなければならな
﹁答えは出たようだな。⋮⋮君のしでかしてしまった過ちが。それが
を、肩にポンと置かれた温かな手が優しく引き戻してくれた。
⋮⋮そのまま水中に深く沈みこんでしまいそうになったうちの心
!
654
!?
い気持ちになる人間が居ることなど考えもせずにな﹂
先生を見ると、とてもじゃないけどそんな悪態を吐いてるようには
見えない、呆れたような寂しげな笑顔だった。
﹁確かに責任を放り出して逃げた君は悪い。それ以前に、全てを人任
せにして、己の成すべき事から、自身から目を背けた君は間違いなく
弱い人間だった。辛いだろうが、それは今後君が正面から向き合わな
ければならない事実だ﹂
﹁⋮⋮は、い﹂
﹁だがまぁそれはこれからの君次第でどうとでもなる。二度と自分を
恥じないで済むように成長すればいいだけの話だ。そして、そのあと
に比企谷の悪名が轟いたのは、それは全部あいつ自身の責任だ。あい
つ自身が好きでそう仕向けたんだからな。だから、その点に関しては
君は気にするな﹂
﹁でもっ⋮⋮﹂
先に未来を切り開けるのは若者の特権だぞ
﹂
歳を食うと、悩んだ末に
権なら、そこで一歩立ち止まって悩みぬくのもまた若者の特権だ。今
﹁周りも見ずに楽しさだけを求めて猪突猛進で突っ走るのも若者の特
いや⋮⋮そんな汚れた大人の世界をそんな笑顔で言われても⋮⋮
見なかったフリをするのが常套化してしまうからなっ﹂
?
655
﹁言いたいことは分かる。だがな、比企谷自身がそれを望んでいない
んだ。だから、比企谷に負い目があるというのなら、逆に君は気にす
るべきではない﹂
そんなの⋮⋮無理だよ⋮⋮
気にしないなんてこと、出来るわけないじゃん⋮⋮
﹂
﹁だが、どうしても気にすると言うのなら、そうだな。一度、ちゃんと
比企谷と話をしてみたらどうだ
のツラぶら下げてあいつと話せばいいっていうんですか⋮⋮
﹁それは知らんよ。それは、君自身が考えることじゃないのかね
﹁でも⋮⋮そんなの⋮⋮うち、どうしたら⋮⋮﹂
﹂
﹁あ、あいつと ⋮⋮そ、そんなの無理です⋮⋮今更、うちなんかがど
?
﹁ふっ、どうするべきか大いに悩みたまえ。悩んで悩んで悩みぬいた
?
?
!?
までの相模が前者の特権をさんざん行使していたのなら、これからの
﹂
相模は後者の特権も大いに行使すればいい。⋮⋮ふっ、どっちも青春
を謳歌するってヤツだろう
⋮⋮そうニヤリと歯を見せて笑う平塚先生は、本当にとても格好い
い大人だった。
ホントなんでこの人結婚できないんだろ
ふひっ﹂
青春を全力で謳歌中だか
だけの、さっきの相模の思い出話で言えばただの自己保身だ。
マジで自己満足だ。謝罪なんて、ただ自分の罪の意識を軽くしたい
﹁ああ、そうだな﹂
ちの自己満足だよね﹂
て比企谷にとっては迷惑でしか無いってことくらい⋮⋮。単なるう
違う、見ないようにしてた。⋮⋮分かってる。今更うちに謝られたっ
﹁⋮⋮比企谷⋮⋮本当にごめん⋮⋮うち、自分が見えて無かった⋮⋮。
ったく⋮⋮ホント無茶苦茶だなあの人。ショック療法すぎだろ。
てことなのか⋮⋮
これはつまり、相模の悩みを聞いた平塚先生の、俺に対する依頼っ
だからあの人、依頼だとか言ったのか。
﹁⋮⋮そうか﹂
てくれたんだと思う⋮⋮﹂
ちの背中を押す為に、風邪で休んだのを利用してあんたを家に寄越し
﹁結局⋮⋮そのあともウダウダと悩んで一向に動きだせないでいるう
いや、最後の要らなくね
﹁って事があってさ⋮⋮﹂
※※※※※
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
らなっ
んで未来を切り開く特権も使いたい放題
﹁あ、ちなみに私もまだまだ若者だから、猪突猛進で突っ走る特権も悩
?
!
⋮⋮頭では当たり前のようにそう考えているはずなんだが、なぜだ
656
?
?
!
か相模の顔を見ていると、もうこいつの表情からは自己保身なんて感
情は無いんじゃないのかとさえ思える。
それは、平塚先生が言っていたように、悩みに悩みぬいた末の答え
だからなのだろう。
別にあれはうちの為にやった事
﹁確かに自己満足なのかもしれんが、それ以前にお前はひとつ勘違い
をしているぞ﹂
﹁⋮⋮勘違いって、アレでしょ⋮⋮
なんかじゃない。ただ比企谷が仕事を遂行する上で一番効率がいい
手 段 を 好 き で 取 っ た だ け だ か ら、お 前 に 謝 ら れ る 筋 合 い 自 体 ね ー
よっ、てこと⋮⋮でしょ﹂
﹁⋮⋮お、おう﹂
なんだよ先に言われちまったよ、分かってんじゃねぇか⋮⋮
﹁でもさ⋮⋮助けられといて勝手な言い草かも知んないけど、それは
あくまでも比企谷側の一方的な意見で、うちからしたらどんなこと言
われたって助けられたことに変わり無いんだよ⋮⋮﹂
﹁⋮⋮そうか﹂
﹁それにさ⋮⋮うちらが悪口言い触らして比企谷が嫌われ者になった
⋮⋮
それを連れ戻そうとしただけの
時、比企谷はみんなにホントのこと言えば助かったわけじゃん
って﹂
相模は責任放棄して逃げたんだぞ
俺の何が悪いんだ
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
?
上手くいけばうちをクラスから浮かせる⋮⋮だけじゃなくて、いじめ
の 対 象 に だ っ て 出 来 た は ず な の に ⋮⋮ 報 復 出 来 た は ず な の に ⋮⋮。
それなのになんの言い訳もしないで黙って嫌われてたのは⋮⋮それ
は間違いなくうちの為じゃん⋮⋮﹂
﹁は、はぁ バ、バッカお前、あれは⋮⋮あれだ。ぼっちの俺がそんな
信じるに決まってんだろ。⋮⋮つまり、なんだ。俺は無駄な事をする
のが嫌いな合理主義者ってだけの話だ⋮⋮だから別に全然お前の為
657
?
?
﹁そうすれば、比企谷に向けられてた悪意が全部うちに向くってのに。
?
言い訳言ったって誰も信じねーだろ。リア充代表のお前らの意見を
?
なんかじゃねぇっつの⋮⋮﹂
アホかこいつ⋮⋮そんなこと考えた事もねぇよ⋮⋮
くっそ、なんか暑ちーな。この部屋暖房効きすぎなんじゃねぇの
まぁ風邪ひいてんじゃしょうがねぇか。
﹁⋮⋮ぷっ﹂
いやいや、なに噴き出してんだよお前。つい今しがたまで泣き出し
そうな顔してたくせによ⋮⋮。俺、なんか笑えるようなこと言った
俺がそんな思いから訝しむような目で睨んでいると、
って言うんだっけ
﹁⋮⋮あ、ごめん。なんかちょっと笑っちゃった。⋮⋮だ、だって⋮⋮
ぷっ、なんか今の比企谷って、ちょっとツンデレ
そんな感じに見えちゃったからさ﹂
﹁チッ⋮⋮アホか﹂
ばっ、ばっかじゃねーの
そ、そんなんじゃ無いんだからねっ
などと見当違いも甚だしいことを宣︵のたま︶いやがった。
?
﹂
!?
ら ず 謝 ら れ る の に 比 べ た ら、礼 を 言 わ れ る 方 が 幾 分 マ シ だ し ⋮⋮。
﹁⋮⋮ああ⋮⋮ま、そりゃ確かにお前の勝手だわな。⋮⋮意味も分か
てるだけなんだから⋮⋮礼を言うのなんてうちの勝手でしょ⋮⋮
ありがとう⋮⋮かな⋮⋮⋮⋮。こっ、こんなのうちが一方的に感謝し
れた事に違いないわけだし⋮⋮⋮⋮じゃあ、こういう場合は⋮⋮あ、
も、仮にホントにあんたにその気が無かったとしても、うちが生かさ
自己満足で謝ったって、やっぱなんの意味も無いよね。⋮⋮それで
﹁でも⋮⋮そうだよね。比企谷にそんなつもり無かったのに、うちが
!?
酷くない
﹂
なんか和んじゃってんだけど。
まぁどちらにせよ相模に言われるのはなんか気色悪い点は変わらん
が﹂
﹁ちょ
でもまぁ相模だし。
はぁ⋮⋮なんだこれ
!?
それに⋮⋮今のこいつの笑顔は意外と悪くないかもしれない。
くなくて済むしまぁいいか。
こうやって勝ち気に笑ってる方がいかにもこいつらしくて、むず痒
こいつが殊勝な態度取ってるとかやっぱ気持ち悪いわ。
?
!?
658
?
?
!?
?
ちょっと前までの蛇のような狡猾さもすっかりナリを潜めて、ちゃ
んと可愛い女の子の笑顔も出来んじゃん、お前。
笑 い す ぎ て 出 て き て し ま っ た 涙 な の か、そ れ と も ⋮⋮⋮⋮ い や、
まぁ良く分からないけれども、とにかく目の端に溜まった涙を指で拭
いながら笑う相模を見ながら俺は思う。
これは、相模に対する印象は変えなきゃなんねぇのかもな。
×
⋮⋮も、もっとゆっくりしてきゃいいじゃん⋮⋮
﹂
!
お前病人だかんな
﹁⋮⋮あ﹂
か
﹂
﹁いやなんでだよ。もう用事は済んだろ。それに大体お前忘れてねー
﹁へ
﹁コーヒーごちそうさん。んじゃ、俺はそろそろ帰るわ﹂
俺は立ち上がる。
すっかりぬるくなってしまったマッ缶擬きをグイと一気にあおり、
けどね。相模の部屋に入るのなんて。
なんか、想像以上に長居しちまった。てか、想像自体してなかった
しょうかね。
うし、ようやく話も終わったみたいだし、そろそろおいとましま
×
これはあれか、俺が家から出たのを確認したあとに速攻でお花摘
じもじしている。
しかし相模は、自室から玄関に来るまでのあいだ、ずっと俯いても
いやまぁ鍵閉めなきゃだしね。そりゃ着いてきますよね。
が、寝てろと言ったのに相模は玄関までとてとてと見送りに来た。
荷物を持って、ひとり部屋から出る俺。
﹁⋮⋮うん﹂
﹁ほれ、病人はとっとと寝てろ﹂
あ、じゃねぇよ⋮⋮熱あんだろうが。
?
659
×
?
?
みってヤツか。
こんなにもじもじしてまで我慢させるのも忍びない。なんかゴメ
ンね、早く帰らねば。
⋮⋮あ、うん。⋮⋮今日はわざわざありがと⋮⋮あと、変な話に
﹁⋮⋮んじゃ、お邪魔しました﹂
﹁っ
付き合ってもらっちゃってごめん﹂
﹁い、いや﹂
だからなんか調子狂うっての⋮⋮やっぱ弱ってる時ってのは、なん
か色々と弱気になっちまうものなんですかね。
あまりにも素直でちょっとだけ可愛⋮⋮くなんかは全部無いけど
も、そんな相模に若干照れくさくなっちまった俺は、そそくさと靴を
履いて玄関から出ようと⋮
﹂
び、びっくりしたぁ⋮⋮
﹁あのさっ⋮⋮比企谷⋮⋮
うお
!
格って必要なのん
﹁う、うちと
⋮⋮と、友達になってくんない⋮⋮
⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮は
?
!
﹂
だからお前がトイレに行きたいのを俺が嫌がるわけが無いだ⋮
れば諦める⋮⋮。だからさ⋮⋮一度だけ、言わせて﹂
﹁⋮⋮分かった上でのことだから⋮⋮嫌なら嫌だって一回言ってくれ
?
⋮⋮なんだよ、間違ってるとか資格って。早くトイレに行くのに資
⋮⋮こんなこと言う資格なんて無いのも分かってる⋮⋮﹂
﹁⋮⋮ う、う ち が こ ん な こ と 言 う な ん て 間 違 っ て る の は 分 か っ て る
お前もじもじしすぎだっての⋮⋮だから早くトイレ行けよ。
﹁あの⋮⋮その⋮⋮﹂
﹁⋮⋮んだよ﹂
な、なんだよマジで心臓飛び出ちゃうんでやめてください。
!
×
×
?
660
!
×
?
ら
﹁だっ、だから友達にっ⋮⋮﹂
んなわけねーだろ。勘違いもそこまで
?
﹁⋮⋮は
別に心配なんてしてねぇよ⋮⋮ただ、俺が来たことで、熱で
⋮⋮ホントに自然に、うちの身体の心配とかまでしてくれた⋮⋮﹂
てくれてさ、それにあんたは気付いて無かったのかもしんないけど
﹁⋮⋮良い奴、だよ。⋮⋮だって、うちなんかの為にこんなトコまで来
くるといっそ清々しいな﹂
る。⋮⋮それに俺が良い奴
﹁いや、別に信頼なんてされてないから。むしろ疎外されてるまであ
だもん﹂
な気がしてた。ゆいちゃんとか、あの雪ノ下さんが信頼してるくらい
﹁⋮⋮やっぱさ、比企谷って良い奴だよね。⋮⋮ホントはずっとそん
はい。聞きなおした俺のせいですよね。
それに一回しか言わないって言いませんでしたっけ
﹁だからなんでだよ⋮⋮﹂
ホントはばっちり聞こえちゃったか
こいつ。
時が止まったかのように静まり返る。
いまなんつった
え
﹂
?
いや俺難聴系じゃないから
なんだって
﹁え
?
マ ジ で 暑 ち ー な ⋮⋮ 風 邪 感 染 さ れ て 熱 で ち ゃ っ て ん じ ゃ
俺は相模の言葉を遮って否定した。
﹁やめとけ﹂
ちゃったのよ⋮⋮ただ、それだけ⋮⋮。嫌なら嫌でい⋮﹂
﹁だ か ら ⋮⋮ う ち は も っ と 比 企 谷 と 喋 っ て み た い な、と か ⋮⋮ 思 っ
ねぇだろな⋮⋮
ク ソ
な、なにがズルいんすかね⋮⋮
んのよ⋮⋮ちょっとだけ⋮⋮⋮⋮ズルいけど﹂
﹁ふふっ、そういうトコだよ。そういうトコが⋮⋮良い奴だっつって
俺が相模の事なんか心配するわけねーだろ。馬鹿馬鹿しい⋮⋮
いやマジで。
も上がって風邪が悪化されでもしたら、寝覚めが悪いっつうだけだ﹂
?
!
661
?
!
?
!
そんなわけにはいかないだろ。
﹁⋮⋮っ⋮⋮。だ、だよね、ごめん⋮⋮ちょっと普通に話せたくらいで
ちょっと調子に乗っちゃったのかも⋮⋮忘れて⋮⋮﹂
そう言って、いつもの卑屈な苦笑いを浮かべる相模。
んだよ⋮⋮さっきはせっかく可愛い笑顔出来るようになったって
のによ。
さっき自分でも言ってたろうが。文
なんで俺は相模なんかをフォローしようとかしちゃってん
﹁⋮⋮違げーよ、そういうんじゃ無くて、だな⋮⋮﹂
あれ
の
││他人という関係性。
でもまぁ、これでいいのだろう。間違いは無いはずだ。
からない。
振り向きもせずに出てきたから、今相模がどんな顔してるのかも分
じゃあなと玄関から立ち去る俺。
﹁⋮⋮﹂
⋮⋮だから俺に関わるな﹂
ス ト 相 模 と ク ラ ス の 最 低 辺 の 俺。そ れ が 他 で も な い お 前 の 為 だ ろ。
﹁だから、俺とお前は今まで通りなのが一番いい。クラスの上位カー
たくないからなのだろう。
に魅力的なものだったから、この気味の悪い卑屈な苦笑いは、もう見
さっきの、ほんの少しだけ可愛いと思ってしまった笑顔がなかなか
されて、お前はクラスで立場を無くすぞ﹂
﹁ここにきて急に俺と仲良く喋ってみろ。確実にクラスの連中に詮索
なぜフォローするのか⋮⋮それはたぶん⋮⋮
だってわんさか居るだろうし﹂
り ゃ い じ め ら れ っ か も な。普 段 の 調 子 こ い た お 前 を 嫌 っ て る ヤ ツ
化祭のことがバレたら、お前はクラスで浮いた存在になる。下手す
﹁お前、自分の立場忘れんなよ
?
これは、俺が体育祭後に相模とこれからなるであろう関係を表した
もの。
662
?
?
もしかしたら、あの時考えていた関係性とは多少変化したものに
なったのかも知れない。だが、多少違えどやはり他人というこの関係
はこれからも続いていく。
居ても居なくても同じ。そんな一切の関わりのない関係性こそが、
俺と相模には合っているはずだ。
ついつい遅くなっちまった、夜風が身にしみる寒空の下の帰宅中、
俺は自分にそう言い聞かせながらも、ついさっき見たばかりのとても
良い相模の笑顔が、どうにも頭の中にちらつくのだった。
×
に嬉しいことはないっ⋮⋮
ふははは⋮⋮は⋮⋮
!
然とした。
のかと思っていた⋮⋮
ら、日曜にうぇいうぇい遊びに行った先でそういった行為を済ますも
ゆ、油断していた⋮⋮リア充どもは、バレンタインが日曜なのだか
りがそこかしこで執り行われていたのだ。
バレンタインなど過ぎたはずなのに、教室では件の寒々しいやりと
﹁なん⋮⋮だと
﹂
頭とは裏腹に心が叫びたがっている俺は、教室に入るなりさらに愕
頭では分かってるんだよ。分かってはいるんだが⋮⋮くっ⋮⋮
くれたことを素直に喜ぼうではないか
天使が自分のおやつ用に残しておいた貴重なチロルを俺に回して
行ってる暇なんて無いしな。
ま ぁ そ こ は 受 験 生 な の だ か ら 致 し 方 な い。チ ョ コ な ん て 買 い に
がチロルだったことくらいか⋮⋮
唯一悲しかったのが、昨日我が愛しの小町ちゃんから貰えたチョコ
!
つまり、世界はバレンタインデーを無事やり過ごせたのだ。こんな
週明けの月曜日。
×
?
663
×
リア充って、別に休日の度にどっか遊びに行くわけでは無いのね。
﹁⋮⋮うっぜ﹂
俺は誰にも聞こえないようにひとりそう呟くと、 いつものように
と、教室中に鳴り響いたのではないか
?
イヤホンを耳に差し込み、そのまま机に突っ伏⋮⋮⋮⋮そうとしたの
だが、その前に⋮⋮パァン
な、なにやつ
と思える音がする程の勢いで肩を叩かれたのだ。
!
戸塚たんなの
る。戸塚たん
?
朝から俺の存在に気が付いて近寄ってくる人間なんて限られてい
!?
害者へと視線を向ける。
?
﹂
なにしてんのもなにも、あ、朝の挨拶してるだけじゃん
?
るよ、みんな見てんじゃねぇか⋮⋮﹂
﹁そ っ ⋮⋮ そ ん な の、挨 拶 く ら い 当 然 で し ょ ⋮⋮
⋮⋮﹂
友達なんだから
﹁なんで俺に朝の挨拶なんてしてくんだよって話だろうが⋮⋮どうす
クラス中が何事かとこっち見てんじゃねぇかよ。
ってかお前声でけーよ⋮⋮
﹁いや、違くてだな⋮⋮﹂
⋮⋮
﹁は、はぁ
﹁⋮⋮いやお前なにしてんの﹂
う、うっすって普通の挨拶返しではないよね。
って俺普通に返しちゃったよ。
﹁⋮⋮う、うっす﹂
﹁ひ、比企谷⋮⋮おはよ﹂
立っていた。
したもじもじ相模が、俺にまるで視線を向けないようそっぽを向いて
ヒリヒリする肩をさすりながら向けた視線の先には、顔を真っ赤に
﹁ってーなぁ⋮⋮誰だよ⋮⋮⋮⋮⋮⋮は
﹂
その音に案の定クラスの視線が集まってしまう中、俺はそのDV加
戸塚がこんな勢いで俺を叩くわけがない。
だがしかし
?
?
664
!
!
俺に関わるなっつったよ
﹁いや友達じゃねーし⋮⋮ってかマジでなにしてんだよお前⋮⋮、こ
﹂
この空気。
の前俺が言ったことちゃんと聞いてたの
ね
ホントどうしてくれんの
ちの為だし⋮⋮﹂
じゃん⋮⋮でも、うちの為だって言うんなら、むしろこっちの方がう
﹁⋮⋮た、確かに言ってたけど⋮⋮でも、それはうちの為って言ってた
なんかヒソヒソ言われてっけど、お前大丈夫なの
?
﹂
それはうちの問題でしょ
うちがこっちの方がいいって
﹁だからお前なぁ⋮⋮俺とこんな風に会話なんかしてたら、お前の立
場が⋮﹂
﹁だからぁ
言ってんだからそれでいいの
!?
嫌なら嫌でいい。嫌だって一回
?
うが、うちの勝手でしょっ⋮⋮﹂
わない。⋮⋮だったら、うちが朝からあんたに挨拶しようがなにしよ
はあんたと友達になれるんなら、クラスで浮くのもハブられんのも構
﹁⋮⋮比企谷はうちと友達になるのを拒否はしなかった。そしてうち
のかよ⋮⋮
本当にアホだなこいつ。浮くのもハブられんのも、全部覚悟の上な
⋮⋮﹂
だ っ て、そ れ は 元 々 う ち に 降 り 掛 か る は ず の も の だ っ た ん だ か ら
ら れ よ う が い じ め ら れ よ う が、そ ん な の も う ど う だ っ て い い ⋮⋮。
なれる方を選んだの⋮⋮。それが叶うんなら、クラスで浮こうがハブ
﹁⋮⋮嫌だとは言われなかったから⋮⋮だからうちは比企谷と友達に
そりゃ確かにそう言ったけども⋮⋮
たのは、うちの為だからやめとけって言っただけ﹂
た。うちの意見を否定はしたけど拒否はしなかった。比企谷が言っ
言われればそれで諦めるって⋮⋮。でも、あんたは嫌とは言わなかっ
﹁⋮⋮金曜にさ、うち言ったじゃん
お前、下手したらクラスからハブられんぞ⋮⋮
ホントに分かってんのかよこのバカ⋮⋮
!
!
はぁ⋮⋮なんでお前そんなに赤くなって、膨れっ面して口尖らせて
665
?
?
?
んだよ⋮⋮おこなの
と、俺の机に何かを叩きつける相模。
待ってるのん
もう俺のライフは尽きてるんですけど、さらなるオーバーキルでも
⋮⋮と思ったら、なんかすぐさま引き返して来ましたよこの子。
な相模はプイッと顔を逸らして自分の席へと帰って行った。
と、さらりととんでもない爆弾を置き土産にして、激おこで真っ赤
ないからあんたと休み時間もお昼も過ごすから、よろしくっ⋮⋮﹂
﹁そ、そういうことだから⋮⋮。このあとホントにハブられたら、仕方
?
ら、勘違いしないでよね
﹁﹂
うっそ∼ん⋮⋮
⋮⋮あと、十倍返しだからっ
﹂
!
!
⋮⋮
やめて
みんな見ないで
﹂
なになにどうい
その表情マジでシャレにならないって。
さがみん
!
てかガハマさん
﹂
﹁なんなの
?
ちょっと南ちゃん
?
?
﹂﹁なんで南がヒキタニなんかと仲良くしてんの
!?
﹁ちょ
!
散々馬鹿にしてたこの寒々しいやりとり、俺がやっちゃうのかよ
!
﹁そ、それあげる ⋮⋮⋮⋮ぎ、義理っていうか、単なる友チョコだか
もう嫌な予感しかしない。
ばぁん
?
﹂
一番驚くところがそこなんですか
と、あいつヒキタニじゃなくて比企谷だから﹂
﹁うそっ
ちょっとそこのモブ子Aさん
ね。
る相模の背中を見ながら思う。
││俺は、取り巻き達に囲まれて、質問責めを受けながら席へと戻
?
!?
666
!
!
﹁⋮⋮ごめん。あとでちゃんと詳しく話すから⋮⋮全部。⋮⋮⋮⋮あ
うこと
!? !
⋮⋮たぶん相模は本当に全部を話すんだろう。
それにより、あいつの立場、あいつの環境はどのように変化してい
くのだろう
やはり俺や相模が想像したように、蔑みや侮蔑の視線を向けられて
クラスから孤立するのだろうか。
それとも、あんな風に笑えるようになった成長した相模を受け入れ
て貰えて、またカースト上位として青春を謳歌出来るのだろうか
﹃友チョコだからっ
﹄
ように書いてあった一言、
作りであろうチョコに添えられたメッセージカードに、念を押すかの
められたり貰ったチョコを開けさせられたり、そしてその明らかに手
なぜか居座っている一色から、とても素敵な笑顔で囲まれて、問い詰
あ、ちなみに放課後に部室で雪ノ下と由比ヶ浜、そして相変わらず
だった。
俺はまた相模のあんな良い笑顔が見れたらいいな、と、心から思うの
いんだが⋮⋮⋮⋮それでも、たとえどんな結果になったとしても⋮⋮
そればっかりはその時が訪れてみなけりゃ分からない。分からな
?
終わり
見たってのは、また別のお話な︵白目︶
に思わずニヤけてしまい、さらに三人に問い詰められて三途の川を
!
667
?
冴えない沙和子の育てかた︻前編︼
﹁せんぱぁいっ、ここってどうすればいいカンジになりますかね∼
が﹂
﹁え∼
﹂
正直最初はどうなることかと思われたこの生徒会も、今では昨年ま
この生徒会が発足して早5ヶ月。
この上なく発揮して羨ましいくらいにキラキラと輝いている。
そんな中、相も変わらず我らが生徒会長一色さんは、自分らしさを
わなきゃとかで、この上なく目まぐるしい日々を過ごしていた。
業生の穴を埋めなきゃとか、やれ新入生歓迎のイベントで楽しんで貰
新年度へと駒を進めると、中間管理職たる私たち生徒会は、やれ卒
教えてくださいよぉ、せんぱーい﹂
﹁アホか⋮⋮そこはお前が自分で判断しなきゃなんねーところだろう
?
外部の助っ人さんに来て貰ったりもす
での生徒会運営と見劣りが無いくらいに上手く活動できていると、先
かな
生方からもっぱらの評判だ。
こうやってたまに
るけれど。
?
まさかそんな一色さんが生徒会長になるだなんてちっとも思って
てはいない⋮⋮そんな、ちょっと派手な印象の噂だった。
ている上に男の子に甘えるのが上手で、女の子達からはあまり好かれ
ただ、その有名さは決して良いだけのものでは無く、容姿に恵まれ
でも知ってるくらいに学年の有名人だった。
一色さんは、こうやって一緒にお仕事をするようになる前から、私
りによるところだと思う。
でもこんなにも良い生徒会になれたのは、ひとえに一色さんの頑張
?
って不安な気持ちで一杯だった。
なくて、、元々興味があって書記に立候補していた私は、一体どうなっ
ちゃうんだろう
!?
668
?
その不安通り、発足当初こそ色々と問題を抱えて大変だった一色さ
ん率いる生徒会運営も、誰とは言わないけど、認めて欲しい人が居る
のであろう一色さんの予想外の頑張りと、そんな一色さんのひた向き
な姿に引っ張られた私たち役員によって、発足から5ヶ月間の昨年度
はとても良い実績を残せたんじゃないかなって思うのです。
×
しば。
でも
確かに羨ましいな⋮⋮って思っちゃったりもするけれど
!
に押されっぱなしだし、やっぱり羨望の眼差しで見ちゃうこともしば
通の私は、未だに私とは全っ然違う一色さんの華やかさに毎日のよう
今までこういった派手な部類の人たちと関わる機会が無かった普
見た目や性格が華やかで、男子からの人気はかなり凄い。
色さんなのだ。
てみたんだけど、そこで出会ったのが私とは真逆の存在ともいえる一
そんな地味で普通な私は、かねてより興味のあった生徒会へと入っ
と地味、かも⋮⋮
らいに、どこにでも居るような普通の見た目。むしろ普通よりもずっ
そして見た目は、これはもうホント自分で言うのもはばかられるく
ていうくらいに、そんなに学力が飛び抜けているわけでもない。
か奇跡というか、たまたま記念受験したら運良く受かってしまったっ
確かに進学校には通えているものの、ここに入れたのも偶然という
タリと合うであろう言葉は⋮⋮そう、普通。
県内有数の進学校へと通うそんな私を形容する言葉の中で、最もピ
生。
私 藤沢沙和子は、総武高校に通う進級し立てなピカピカの二年
×
で、周りの目を気にしたりお洒落に気を遣ったりと大変なんだろう
むしろこんな普通の自分が好きだし、派手な人たちは派手な人たち
になりたいわけでも無いんです。
⋮⋮私は別に今の自分が嫌いなわけでも、ましてや一色さんみたい
!
669
×
なぁ⋮⋮なんて思ったりもする。
つまり、普通で地味な今の毎日こそが、私的には一番身の丈に合っ
てるし幸せだなぁって本当に思ってる。
だって普通って⋮⋮実はとっても掛け替えのない事なんだよね。
││なんだけど、確かにそうなんだけど⋮⋮
そんな風にずっと思っていた私にも、最近はその〝普通でいること
〟に対しての悩みなんかもあるのです⋮⋮
×
ことがあるのです⋮⋮
ただけの単なるお出掛けではあるのだけど⋮⋮
あれは、生徒会室でみんなで雑談していた時のこと。
﹁普段休みの日ってどんなところに遊びに行ったりしますかー
ど羨ましそうな物欲しそうな顔が出ちゃってたのかな
﹂と
だから一色さんがよく行くと話してたのを聞いていた私は、よっぽ
は、とてもじゃないけど入れそうもない高嶺の花だったんです。
を飲むくらいが関の山の私にとって、そういった所謂お洒落カフェ
私と同じく地味で普通の友達同士で、マックやドトールでカフェオレ
スタバでさえも場違いに感じてしまうような、せいぜい学校帰りに
はとてもとても敷居が高いお店だから。
でも、残念ながら私は未だ入店したことが無いのです。私にとって
いなぁ⋮⋮と思っていた、とても素敵で可愛いカフェだった。
普段よく友達と行くらしいそのカフェは、実は私も一度入ってみた
出てきたある1つのカフェの名前。
の一色さんの質問により始まった会話の中で、その一色さんの口から
?
デ、デートと言っても、ただ単に優しい先輩がご厚意で誘ってくれ
!
実は⋮⋮こんな私でも、一年生の時に一度だけ男の人とデートした
×
に、副会長の本牧先輩がこっそりと﹁よ、よかったら⋮⋮さっき一色
そんな私に気を遣ってくれたのか、その日の生徒会が終わったあと
?
670
×
さんが言ってたカフェに今度行ってみない⋮⋮
です
﹂と誘ってくれたん
真っ赤に染めて待っててくれたっけなぁ⋮⋮。ホントにいい人
うなんだろう
って考えてしまったから。
冴えない普通の女の子と一緒に街を歩くのって、男の子からしたらど
なぜそんな疑問を持ってしまったのか。それは、私みたいに地味で
のでした。
私ってこのままでいいのかな〟って、疑問を抱くようになってしまう
してしまったわけなのだけど、私はそれ以来、地味で普通な自分に〝
結局その人生初デートは、本牧先輩のご厚意に甘えるカタチで実現
!
もう本っ当にビックリしちゃってわたわたしてる私の答えを、顔を
?
誘ってくれたりもするから、もしかすると⋮⋮もしかすると
これは
合ったりもするし、
﹁また今度どっか行こうよ﹂なんて緊張した様子で
厚意なんだけど、でも⋮⋮あのお出掛け以来、実はちょくちょく目が
あのデート⋮⋮じゃなくってお出掛けはあくまでも本牧先輩のご
あまりにも冴えなくて。
だから、なんだか申し訳なくなっちゃったんだよね。隣に居る私が
私服姿だってなかなかキマってた。
でも、本牧先輩は見た目は結構格好いいと思うし、お出掛けの時の
じだから、そこから受ける印象なのかもしれない。
それは、普段の言動や立ち居振る舞いが物凄く真面目で大人しい感
だと思う。
本牧先輩も、失礼ながらどちらかといえば普通の部類に入る男の人
?
もし今度またお出掛けするような事があった時、隣で歩いてる女の
ら、むしろそれこそ申し訳なさが倍増しちゃうんです。
ど、でももしも私のこの恥ずかしい自惚れが間違ってなかったとした
通な私なんかに対してそんな感情を抱いてくれるわけは絶対無いけ
同じ空間に一色さんみたいな素敵な子が居る中で、こんな地味で普
れちゃったりもする瞬間があったりなかったり⋮⋮
厚意なんじゃなくって好意なんじゃないかって、恥ずかしながら自惚
!
671
!
子がまたこんなに地味な子でいいのかな
って。
正直私は今までこれといった恋なんてしたことが無い。
まぁ人並みに﹃この人格好いいなぁ﹄とか﹃この人ちょっといいか
もっ﹄くらいには思ったこともあるけど、だからと言ってなにか行動
を起こそうとかまでに考えが至ったことはない。
仮に考えが至りかけても﹁私なんかじゃ⋮⋮﹂って、どうせ行動に
移す前に諦めちゃうだろうし。
そんな本物の恋も知らない私は、やっぱり今のところ本牧先輩に恋
をしているって事は無い。すごくいい人だなぁとはいつも思ってる
けど。
⋮⋮って、別に本牧先輩が私に好意を向けてくれてるなんてことあ
るわけ無いんだし、勝手な妄想でこんな風に考えちゃうのは失礼過ぎ
だよねっ⋮⋮
って。
でも⋮⋮少なくともまたどっか行こうよってお誘いを受けている
ことは事実なわけで。
だから⋮⋮⋮⋮だから私は、今とても悩んでいます。
藤沢沙和子は、このまま冴えない女の子のままでもいいの
無いのです。
し、もしかしたらそのお相手が本牧先輩ってことだって決して0では
こんな私でも、いずれは恋の1つくらいはしてみたいって思ってる
?
今までなんの疑問も持たずに過ごしてきた地味人生だけど、こう
っ
672
?
いった考えが思い浮かんでしまった今だからこそ、こんな私なんかで
?
もこの辺でそろそろ、この﹃冴えない私﹄から脱却したって良いので
はないでしょうかっ⋮⋮
×
⋮⋮と、そうは考えてみたところで、じゃあどうすればいいの
×
てなると、また問題山積になってくるんだよね。
?
×
だってこの十六年間という月日のなかで、今の私で居ることが
なぜなら、本当に本気でどうすればいいのかが全然分からないんだ
もん
当たり前だったんだから。
お洒落だって良く分からないから、無理に頑張ってお洒落して出掛
けしてみてもハズしちゃうと思うし、どういう所に行ってどんな態度
をしていれば男の人が〝一緒に居て楽しい〟って思ってくれるのか
とか、私には全っ然分からない⋮⋮
とかも
友達に聞こうにも、残念ながら私の周りの友達は今までの私と同
様、そっち方面には疎い子たちばかり。
だから最近仲良くなった一色さんに相談してみようかな
考えたんだけど、それもやっぱりなにか違う気がした。
じゃなくて男の人の意見を聞いてみたいんだよね。
ベルとなると荷が勝ちすぎちゃうし、何よりこういう相談は、女の子
でも⋮⋮やっぱり今の私にとって、相談相手がいきなり一色さんレ
に一生懸命考えてくれるんじゃないかなって思う。
だからたぶん私がそんな相談をしても、笑ったり馬鹿にしたりせず
面目でとっても一途でとってもいい子。
一色さんは女子の間で囁かれている噂と違って、本当はとっても真
?
なんだから。
今の私が求めてるのは、男の人がこんな私と一緒に居てどう思うか
どんな風になれば一緒に居ても恥ずかしくないのか
?
なってしまうんです⋮⋮
だって、私の知り合いにそういうのが分かる男の人なんて居るわけ
ないじゃないっ⋮⋮
⋮⋮⋮⋮⋮⋮お父さん⋮⋮
⋮⋮⋮⋮⋮うー、ダメだなぁ私⋮⋮
?
くれる経理の稲村先輩にもなんとなく相談しづらいし、じゃああとは
るわけないし、本牧先輩ほどでは無いにせよ最近よく話し掛けてきて
そもそもが本牧先輩関連の悩みだから本牧先輩に相談なんて出来
!
673
!
と、そこまで考えが至ったところで、とびっきりの一番の問題に
?
本日の生徒会を終えて、うんうん唸りながら廊下を歩いている私
居るじゃない
私の近くにも、そんな頼れる男の人
は、その時ふとある考えが頭を過った。
││そうだっ
がっ
!
!
って言うのの代表みた
?
はマシな女の子へと導いてくれるはず
デートだってたくさんしてるだろうから、こんな冴えない私でも少し
い つ も 美 女 に 囲 ま れ て る か ら 女 性 の 扱 い だ っ て 上 手 い だ ろ う し、
くれるだろう。
そうだ。あの人なら依頼という形でなら真剣に私の悩みを聞いて
いな人
ンルの小説の主人公みたいな、まさにリア充
る、私はあんまり読んだことが無いけど、ライトノベルっていうジャ
我が総武高校が誇るとんでもない美女達に慕われて信頼されてい
とても凄い、私が一番尊敬している人。
本来であれば私なんかとはなんの接点もないような、とても素敵で
るのにとても相応しい人のことを。
すっかりと頭から抜け落ちてしまっていたのです。この件を相談す
そ う。〝 私 の 近 く 〟 な ん て 考 え て し ま う の が お こ が ま し い か ら
!
走りで急ぐこと。
さっき生徒会室で別れたばかりだけどまだ間に合うかなっ⋮⋮
そして駐輪場へと到着した私が辺りを見回してみると⋮⋮
﹁居たっ﹂
へと駆け寄り、尊敬する先輩に対して大変失礼ながらも、なんの前触
その人の姿を視界にとらえた私は自分でも驚くくらいの勢いで彼
?
差し当たってまずすることは、急いで靴を履き代えて駐輪場へと小
ようやく一筋の光を見つけた私はすぐさま行動に出る。
ようなことも絶対にない。
その上すごく優しいから、私の恥ずかしい相談内容を他人に漏らす
!
674
!
⋮⋮ご、ご相談があるのですが
﹂
!
れも無しにこう声をかけるのでした。
比企谷先輩っ
!
﹁あ、あのっ⋮⋮
675
続く
!
冴えない沙和子の育てかた︻中編︼
カタカタと音を鳴らして揺れるカップの中で、まるで嵐の中の海で
﹄その難題の解決に一筋の光明が見え
あるかのように波立つ黒い液体が、今更ながら自分が緊張で震えてい
るのだと教えてくれる。
﹃冴えない私をどう育てるか
たことに喜び勇んで、ついつい勢いに任せて今の状況になってしまっ
たものの、冷静に考えたら、あまりにも私らしくないくらいの大胆な
行動だよね⋮⋮
うぅ⋮⋮物凄く緊張してきたっ⋮⋮
﹁ど、どうぞ⋮⋮。あ、これ、ミルクとお砂糖です﹂
﹁お、おう、悪いな⋮⋮。つうか一人で取りに行くの大変だったろ。だ
﹂
私のお願いで先輩を無理に連れてきちゃったんですもん
から俺が行くっつったのに﹂
﹁いえ
これくらい当然ですよ
﹁⋮⋮そうか﹂
!
ミルクと砂糖を比企谷先輩の前に丁寧に置くと、私は自分用の紅茶も
テーブルに置いて静かに席に着く。
緊張で強張る身体を落ち着かせる為に、ふぅ∼と深く一息吐いてか
ら、予想通りに大量のミルク達をコーヒーに注ぎはじめた先輩をこっ
そりと覗き見る。
││わわっ⋮⋮。私ってば、ホントに比企谷先輩と二人っきりでお
茶しちゃってるっ⋮⋮
私たちは、今駅前のサイゼにてお茶をしている。もちろん相談した
というくらいに、指
いが為に、無理を言って比企谷先輩に付き合ってもらったんだけど
⋮⋮、その⋮⋮我ながらなんて事しちゃったの
先も足も震えが止まらないくらい緊張してる。
!?
676
?
ドリンクバーで注いで来たコーヒーと、たぶん使うであろう大量の
!
!
﹄
⋮⋮ え と ⋮⋮⋮⋮⋮⋮ 書 記 ち ゃ ん
⋮⋮ご、ご相談があるのですが
だって⋮⋮私にとってこの先輩は⋮⋮
比企谷先輩っ
﹄
ど、ど う か し た の か
﹃あ、あのっ⋮⋮
﹄
﹃⋮⋮ は
⋮⋮
﹃ふ、藤沢ですっ
﹃お、おう、もちろん知ってるぞ
﹄
⋮⋮いやほらあれだ⋮⋮。一色がい
なんか用か
つも書記ちゃん書記ちゃん言ってっから、ついな﹄
﹃⋮⋮⋮⋮﹄
﹃いやそんなジットリと睨まんでも⋮⋮。で
⋮⋮⋮⋮そ、その⋮⋮ですね。ひ、比企谷先輩に、折り入って
?
俺に
﹄
﹃⋮⋮ぅぅ∼﹄
﹃ふ、藤沢藤沢
﹄
﹄
⋮⋮なんでちょっと泣きそうなんだよ⋮⋮。んで
なんで藤沢が俺に相談なんだ
?
?
﹃⋮⋮そ、それはその∼⋮⋮あの⋮⋮です、ね⋮⋮
×
と一代決心をしたのち、
﹁ちょっ
!
かここまでお付き合い頂いたのだ。
!
藤沢沙和子ですよ
比企谷先輩ってば
私は藤沢です
!
││もうっ
ですよね⋮⋮
!? !
ちょっぴり傷ついちゃうかも⋮⋮確かにあんまり直接お喋りした
!?
絶対に私の名前覚えてなかった
とここでは⋮⋮﹂と、後輩に甘い比企谷先輩を泣き落として、なんと
た私は、このままじゃ埒が開かない
結局その場では相談することが出来ずに、ただただもじもじしてい
×
?
﹃だからその意味がよく分かんねぇんだけど⋮⋮なんで書記ちゃんが
がありましてっ⋮⋮﹄
ご相談というかなんというか⋮⋮ちょっと⋮⋮聞いて頂きたいお話
﹃っ
!
×
!
?
677
?
×
?
!
?
?
?
!
!!
×
!?
×
ことは無いけれど、私と比企谷先輩だってそれなりに共に修羅場を
潜ってきた仲なんだけどなぁ⋮⋮
﹂って言われなかっただけでも良しとしなくっ
ふふっ、でもそんなトコが比企谷先輩らしいといえば比企谷先輩ら
しいのかな
今はあの場で﹁誰
ちゃ。
││比企谷八幡先輩。
今まで誰にも言ったことは無いけど、お父さんとお母さんの次くら
いに私がとても尊敬してる人。
出会いは去年の12月。私が生徒会役員となって初めての⋮⋮そ
して一番大変だったお仕事の現場でのことだった。
発足したばかりだというにも関わらず、初めてのお仕事が他校との
合同イベントという、難易度がかなり高いものな上、当時は不安要素
でしかないと思われていた一色さんという新生徒会長。
それに加えて、合同でイベントを行う海浜総合生徒会さん達のよく
意味が分からない危うさも手伝って、予想通り⋮⋮いや、当初の不安
な予想なんか可愛いものに思えるくらいに、場は混迷を極めていた。
││これはもうダメかも⋮⋮
そんな、私達生徒会役員たちが諦めムードに包まれ掛けていた時、
問題要因の一つとされていた一色さんが連れてきたのが比企谷先輩
だった。
顔と名前までは知らなかったものの、比企谷先輩の悪い噂は私だっ
て聞いた事があったし、当時同じ二年生だった本牧先輩や稲村先輩に
至っては、一色さんの居ないところで﹁なんであんなヤツ連れてくる
んだよ⋮⋮﹂
﹁意味分かんねーよ、あの一年﹂なんて、比企谷先輩や一
色さんに対しての文句を言っていた事だってあった。
顔も名前もよく知らない程度の私も、やっぱりちょっと恐いなって
いう印象を持っちゃって、最初の頃は近付けないでいたんだよね。
でも、そんな不安や苛立ちが比企谷先輩に向けられるのは2日も保
たなかった。なぜならその翌日からは、比企谷先輩無しでは議事進行
678
?
?
が全く進まなくなる程に優秀な人だという事が判明したから。
比企谷先輩自身は海浜総合の会長さんに手を焼いて、会議が上手く
回らずに頭を抱えているみたいだったけれど、でも比企谷先輩は知ら
ないのだ。比企谷先輩が参加してくれるまでの、あまりにも酷い会議
の様子を。
比企谷先輩が参加してくれたからこそ、会議が少しずつではあるけ
れど、まともに変化していったのを。
始めはあんなに不満を言っていた本牧先輩達でさえ、いつの間にか
比企谷先輩を認めて頼って指示を仰ぐようになっちゃうくらいに、新
先輩は。
生徒会にとって、役員達にとって、そして私にとっての心の拠り所に
なっちゃってたんですよ
今後の生徒会運営を考えてくださっていた比企谷先輩にとっては、
甚だ迷惑な話だったみたいだけれど。
おかげでクリスマスイベントが無事終了したあとも、なにかにつけ
て引っ張り回していた一色さんのお願いにも、嫌な顔ひとつせず⋮⋮
ふふっ、なんてね。
嫌な顔ひとつせずなんてとてもとても言えなくらいに嫌な顔ばか
りしてたくせに、
﹁めんどくせぇな﹂ってブツブツ文句を言いながら手
伝ってくださっている比企谷先輩を見てたら、あんなつまらない噂
は、ただの噂なんだなぁって思うようになっちゃった。
仮に噂の内容が事実だったとしても、それはたぶん先輩の不器用な
優しさ故の、致し方のない解決策だったんだろうなって⋮⋮なんの疑
いも持たずに信じられるくらいに。
だから私はこの人を、比企谷先輩を心から尊敬している。
普段黙ってる時は、とても失礼だけど私と同じく地味タイプなはず
なのに、それなのにいざとなるとこんなにも凄くてこんなにも優しく
て、そしてこんなにも頼れるこの素敵な先輩を。
││でも、私はそんな憧れにも近い程に尊敬する比企谷先輩に、私
679
?
なんかのこんなどうしようもない相談を今からしちゃうんだ⋮⋮
冷静に考えるととんでもなく馬鹿な行為だよね。なんで私、こんな
くだらない相談を、よりによって比企谷先輩にしてみようだなんて
思っちゃったんだろ⋮⋮
ど、どうしようっ⋮⋮やめとこうかな⋮⋮。だって、こんな相談し
たら比企谷先輩に呆れられちゃうかもしれないし、もしかしたら⋮⋮
嫌われちゃうかもしれない⋮⋮
そしてなによりも、は、恥ずかしい⋮⋮
がいいのかな
なんて思い始めたことも、あとは⋮⋮⋮⋮本牧先輩と
地味で冴えない自分のことも、それに疑問を持ち始めて変わった方
しょ⋮⋮
だって、これを相談する以上、私は先輩に全部話すことになるんで
!
藤沢。⋮⋮あー、なんだ⋮⋮言いづらい事なら、
?
って覚悟を決めた。
││地味な私はこのまま地味なままでいいのかな││
になってしまう。
になんにも話すことが出来ないようじゃ、冴えない私は冴えない以下
恥ずかしかろうが呆れられようが、せっかく来て頂いた比企谷先輩
じゃいけない
顔を上げた視線の先にある心配した先輩の表情を見た私は、これ
﹁⋮⋮あ﹂
兄のような声に、私は思わず顔を上げる。
そんな、不安で震えている妹の頭を、安心させるよう優しく撫でる
無理して言わんでもいいんだからな﹂
﹁どした。大丈夫か
る私の頭上から、とても優しい声がかかった。
でも、情けなくて恥ずかしくて、顔を伏せたまま俯いてしまってい
る私。
た。こんな相談に比企谷先輩を付き合わせてしまったことを後悔す
││ここにきて、ようやく自分がしでかしてしまった過ちに気付い
なぜだか、それはあまり知られたくない。
デートに行ったことだって話さなきゃだし⋮⋮
?
!
680
?
そう思い立ったこの瞬間になんにも動きだせないようじゃ、本当に
実は私⋮⋮﹂
なにも変われないし変わらないんだ。
﹁⋮⋮そのっ
×
めて、比企谷先輩に私を語るのだった。
安な瞳から零れ出てきちゃいそうな水滴も、全部全部無理やり押し込
だから私は、緊張に震える手も足も、羞恥に染まる頬も身体も、不
!
全部話しちゃった⋮⋮
!
かも
な本性のわたしも、分け隔てなく全部受け入れてくれるから、
﹃せんぱいってね、愛されキャラなわたしだけじゃなくって、結構黒い
い、ついつい調子に乗って曝け出しすぎちゃったかも⋮⋮
全部受けとめて、全部の私を見てくれるかのような錯覚を覚えてしま
地味な私も情けない私も変わりたいと思いかけてる私も、この人は
らないんだけど、物凄く話しやすいというか話してしまうというか。
私は比企谷先輩とあんまりお喋りしたこと無いのに、なぜだか分か
流れ出しちゃったかのように、本当に全部話してしまった。
し始めちゃったら、まるで貯まりに貯まったダムの水が、堰を切って
ホントは濁せるところは濁そうかな、なんて思ってたのに、一度話
⋮⋮うー、は、恥ずかしい⋮⋮
﹁⋮⋮と、言うわけなんですっ⋮⋮﹂
×
うまである。逆説的に言えばそれだけ真剣に悩んでるってことだろ。
さ堪えて俺みたいなのに打ち明けられるってとこに、逆に感心しちま
﹁⋮⋮いや、まぁ気にすんな。つーかそんな言いづらい話を、恥ずかし
しまって⋮⋮﹂
﹁⋮⋮すみません⋮⋮。こんなつまらないご相談に付き合って頂いて
そっか、こういうことなんだ。
を思い出した。
生徒会室で二人で居た時、一色さんがニコニコと漏らしていた言葉
一緒に居て楽なんだよねー。あはは、あんな変な男初めて見たよー﹄
?
681
!
×
﹂
そんな真剣な悩みをつまらないなんて思わねーよ﹂
﹁∼∼∼っ
││やっぱり、この人に相談して良かった⋮⋮
こんなどうしようもない相談なのに、こんなにも真剣に聞いてくれ
るんだな。
﹁⋮⋮ただ﹂
それ、俺が一番なんの役にも立た
そう言って比企谷先輩は頬を掻きつつ困惑な表情を浮かべる。
﹁相談する相手間違ってねぇか
解出来るが﹂
⋮⋮へ
むしろ比企谷先輩しか考えられないです、こ
そ、そんなわけ無いじゃないですか
﹁そんなこと無いです
!
居なかったから、たまたま歩いてた俺が都合が良かったって話なら理
んやつだろ⋮⋮。いや、まぁ誰かに聞いて欲しくても話すヤツが他に
?
居ないです
そんな比企谷先輩になら、素敵な女の子になる為に必
﹁あんなに素敵な女性達に囲まれてる男の人なんて比企谷先輩の他に
先輩みたいに、
だって私の周りには先輩みたいな人は居ないですもん。
んなご相談っ⋮⋮。だ、だって﹂
!
なんでだろう
あれ
×
⋮⋮物凄く引きつってる⋮⋮
?
そんな想いを一息で吐き出してから先輩へと視線を向けると、あ、
要な事とか手に取るように分かるじゃないですかっ⋮⋮﹂
!
?
あれ
そのメガネ、度 合ってる
?
そ、それに私別に勘違いなんてしてないです﹂
藤沢、なんか勘違いしてね⋮⋮
よな﹂
﹁合ってます
なんで⋮⋮
﹁いやいやしてるだろ﹂
あれ⋮⋮
?
!
?
682
!
?
×
?
?
﹁ちょ、ちょっと待て。俺は別に葉山とかじゃねぇんだけど⋮⋮。あ、
×
だ、だって比企谷先輩は、雪ノ下先輩とか由
話が噛み合ってない⋮⋮
﹁⋮⋮はぁぁぁ∼﹂
深い深いため息を吐くのだった。
わ、私なにも変なこと言ってないよね⋮⋮
る比企谷先輩。
別にあいつらと俺は一切関係ないだろ﹂
だったらなにが勘違いなんですか
﹁だがな
?
照れくさそうに頭を掻きながら、素敵な女性達であることを肯定す
れん﹂
かにあいつらはお前の言うように素敵⋮⋮い、いや、まぁそうかもし
﹁⋮⋮なぁ、藤沢、だからお前は勘違いしてるっつってんだよ。⋮⋮確
?
すると比企谷先輩はしばらく呆然としたように固まると、
﹁⋮⋮﹂
るじゃないですか﹂
比ヶ浜先輩、それに一色さんていう素敵な女性達に囲まれて愛されて
﹁してないですってば
?
﹁そりゃあれだろ。部活の関係で俺があいつらの近くに居れてるって
だけの話だろ。囲まれてんじゃなくて、たまたまあいつらの近くに添
えられてるただのぼっちってだけの、言わばオマケだ。奉仕部に所属
﹂
してるってだけで一瞬そう見えるのかもしれんが、マジでそれただの
誤解だからな
う、嘘⋮⋮比企谷先輩、それ本気で言ってるんでしょうか⋮⋮
思ってた⋮⋮
この人⋮⋮
そ、それもう鈍感というよりは現実逃避の域ですよ先輩
気で気付いてないの
!
たいところだが、俺には役に立てそうもないわ﹂
結構世話になってるし、役に立てるっつうんならなにかしらしてやり
﹁すまんな、悪いけどそういうことだ。なんだかんだ言って藤沢には
?
まさか本
言ってたのは確かだけど、そんなのただの冗談で言ってるものかと
比企谷先輩と一色さんが会話してる時、ちょくちょくぼっちとか
?
?
683
!
﹁か、関係ないもなにも、思い切り関係してるじゃないですか﹂
?
そんなの比企谷先輩の方こそ勘違いなんですよ
そう言って席を立とうとする先輩。
││だめっ⋮⋮
頑張っ
⋮⋮あとは、これは絶対に誰にも言えない内
せっかく尊敬する先輩とやっとこんなにお話出来たのに
!
!
んて考えが頭を過っちゃったのに
﹁あの⋮⋮
﹂
うんじゃないかってくらいに高速で回転する。
もんか、と⋮⋮私の大したことの無い頭は、今夜は知恵熱でも出ちゃ
比企谷先輩にもっと相談を聞いてもらいたい、このまま帰してなる
嫌
それなのに、これでこの時間が終わりになっちゃうなんて、絶対に
!
時に私も一色さんみたいに比企谷先輩に助けてもらいたいな⋮⋮な
緒だけど、この相談を比企谷先輩にしてみようって思いついた時、同
て打ち明けられたのに
!
!?
﹂
⋮⋮
﹁うぅ⋮⋮﹂
⋮⋮ で す っ
頬っぺた赤くなっちゃったら、チークの具合が分からな
くなっちゃうよぉ⋮⋮
ぎ、疑 似 デ ー ト
?
!
﹃デ、デ ー ト と い う か ⋮⋮ そ う
!
!
⋮⋮わー
に頬を染める。
イクなんて背伸びしちゃったモノを我が顔に施しながら、先日の迷言
日曜日の朝、張り切って早起きした私は、普段はほとんどしないメ
と口走っちゃったんだろ⋮⋮
ちょっと思い出しただけでも物凄く恥ずかしい⋮⋮。私、なんてこ
×
じゃ、じゃあ今度の日曜日、私とデートして頂けないでしょうかっ
﹁な に か し ら し て や り た い と お っ し ゃ っ て 頂 け る の で あ れ ば っ ⋮⋮
でもないセリフだった。
そして私の口から出たのは、あまりにも突拍子もない、こんなとん
!
×
!?
684
!
×
⋮⋮⋮⋮。ひ、比企谷先輩はああおっしゃいますけどもっ⋮⋮、やっ
だ、だからその⋮⋮い、一度疑似で
ぱりいつもあんな素敵な人達と同じ時間を過ごしてるのって、絶対に
おっきいと思うんですよ⋮⋮
﹄
!
と慌てて言い訳がましくまくし立てたセリフ。
ね。今はそんなことよりも、出来る限り自分を磨かなくちゃ
鏡の中の私を見る。
るように。
うような気がする。ただ、ダメなとこを指摘してもらいたかっただけ
⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮って、あれ
なんだか当初の目的と、どこかが違
も冴えない私を覆い隠したい。少しでも可愛い女の子に見てもらえ
し慣れないメイクをして、普段着ないようなお洒落をして、少しで
もん。
それでも、今日は疑似とはいえ、初めての比企谷先輩とのデートだ
きた自分が一番よく分かってる。
に何度だってこの顔を見てきた自分が、この顔と十六年間付き合って
そんなの、毎日のお風呂上がり、目が醒めたとき、顔を洗ったとき
通の女の子。
念ながら眼鏡を外したって髪をおろしたって、びっくりするくらい普
美少女⋮⋮⋮⋮なんて、物語のヒロインのようなことは一切なく、残
私だって、眼鏡を外しておさげをおろせば、実は誰もが驚くような
!
うん。よく分からないことをいつまでも考えてたって仕方ないよ
よく分からないや。
なんでだろ。なんで私あの時あんなに必死になっちゃったのかな。
い、無い⋮⋮よね。
いや、言い訳もなにも、その内容に間違いは無いんだけど⋮⋮間違
い
突然のデートのお誘いに唖然とする比企谷先輩の表情を見て、まず
ないじゃないですか⋮⋮
がいいんじゃないかってとこが見えて、指摘とかして頂けるかもしれ
もいいからデートとかしてみたら、私のダメなとことか、こうした方
!
?
685
!
じゃ無かったっけ⋮⋮
なんだかもう自分が自分でよく分からないけれど、でも、結局目的
は変わらないよね。
今の私が精一杯に飾り立ててみて、その上でやっぱり冴えてないと
ころを指摘してもらえばいいんだから
!
マッサージして無理やり引き締めつつ、たぶん今までの人生で一番に
そして私 藤沢沙和子は、なぜだか緩んでしまう口元をぐにぐに
!
輝かせた私で、玄関の扉に手を掛けるのだったっ
続く
686
?
冴えない沙和子の育てかた︻後編︼
4月も半ばに近づこうかというとある日曜日。私は比企谷先輩と
のデートの為、待ち合わせ場所である千葉駅前に到着した。
現在時刻は、えっと⋮⋮⋮⋮あ⋮⋮まだ10時だ⋮⋮
まさか比企谷先輩と二人でお出掛けすることになるなんて、ほんの
数日前までは想像もしたことなかった事態だから、ついにデート当日
たる今日この日は、張り切りすぎて家を早く出すぎちゃったみたいっ
⋮⋮。
頑 張 っ て 慣 れ な い ヒ ー ル 付 き の 春 色 パ ン プ ス な ん て 履 い て き
ちゃったものだから、待ち合わせに遅れちゃわないように慎重だっ
まさかあの人が犯人だったなんて⋮⋮
687
たって事もあるけど。
⋮⋮まだ待ち合わせ時間まで一時間もあるよぉ⋮⋮
どうしたものかと思った私は、おもむろにバッグから読みかけのミ
ステリー小説を取り出して近くのベンチに腰掛けた。
比企谷先輩がいつごろ到着なさるか分からないし、下手にこの場を
離れるわけにはいかないもんね。
フィクションの世界に入り込んでおけば、まだ待ち合わせ一時間前
だというのに緊張で激しくドキドキしちゃってる事を忘れられそう
じゃあ激しい鼓動を落ち着かせる為に、少しだけ物語の世
だし、思いがけず早く着き過ぎちゃったのも逆にちょうどよかったの
かも。
よしっ
﹁⋮⋮っふぅ∼﹂
×
界の中へと旅立とうかな。
!
×
まさかまさかの結末
!
×
でも、あの生い立ちを聞いちゃうと、あれは仕方の無い悲しい事件
だったのかな⋮⋮なんて、少しだけ思ってしまう。
﹁⋮⋮あ﹂
と、ついうっかり物語の世界に没頭しすぎていたことを思い出した
﹂
私は、慌ててバッグから携帯を取り出して時間を確認する。
﹁っ
や、やっちゃった⋮⋮現在時刻は11時23分。待ち合わせ時間を
23分も過ぎちゃってる
やってしまったぁ
!
でも私は待ち合わせ場所のすぐそばのベンチ
私はあわあわし始める。はぁぁ
⋮⋮って、あ、あれ
!
!
ずだよね⋮⋮
に腰掛けてるわけで、比企谷先輩が到着すればすぐに見つけられるは
?
﹁あっ
﹂
い、居た
比企谷先輩が待ち合わせ場所に立っている。手にはスマ
いる一人の男の人の姿に目が止まった。
なっちゃった私だけど、ふと待ち合わせ場所だった所に立ちすくんで
ちゃったとしても仕方ないよね⋮⋮と、ほんの少しだけ目頭が熱く
⋮⋮まぁあんなに無理なお願いだったわけだし、ドタキャンされ
もしかして私、ドタキャンされちゃったのかな⋮⋮
いる自分にも気が付いた。
でも、安心したのと同時に、一気に不安に押し潰されそうになって
かったぁ⋮⋮
と い う こ と は、比 企 谷 先 輩 は ま だ 来 て な い っ て こ と か ぁ。よ、良
?
││なんで
かったんだろう
早く行かなくちゃ
こんなに近くに居るのに、なんで声を掛けてくれな
って今はそんなことどうだっていい
!
遅くなってしまいました⋮⋮﹂
!!
て、先輩が気付かなかったんだから意味はない。初デートで20分以
先輩の前に立って、深々と頭を下げる。いくら近くに居たからっ
﹁ス、スミマセンっ
私は慌ててバッグを手に取ると、必死に先輩へと駆け寄った。
!
?
?
688
!!
ホを持ち、どんよりとした目で時間を確認してるみたいだ。
!
!?
上の遅刻なんて看過出来るはずがない。最悪だよね、私。
怒って帰っちゃってたって当然なのに、比企谷先輩は待っててくれ
たんだ。
あぅぅ⋮⋮情けないやら申し訳ないやらでもう泣きそうっ⋮⋮
罵倒される覚悟で恐る恐る顔を上げた私は、そこでとても予想外の
﹂
ものを目の当たりにする。
﹁⋮⋮は
ひ、人違い
あれ
⋮⋮ああなんだ、お前藤沢か﹂
﹂
?
そりゃ私の地味な顔なんて、
?
わらないだろうけど⋮⋮
﹁⋮⋮⋮⋮あ﹂
その時私はある重大な事を思い出した。
わ、私、今日おさげじゃないし眼鏡も外してるんだった⋮⋮
!
いつも美人さんに囲まれてる比企谷先輩にとってはその他大勢と変
私の顔、忘れちゃってたのかな⋮⋮
その言葉の意味が分からず、首をかしげる私。
﹁⋮⋮へ
﹁ん
違っていた。
でも次の瞬間、比企谷先輩から出てきた言葉は私の想像とは全然
そうだよね⋮⋮それは怒るよね⋮⋮ぅぅ⋮⋮涙出ちゃいそう⋮⋮
﹁あの、比企谷先輩⋮⋮本当にスミマセンでした⋮⋮﹂
⋮⋮
⋮⋮ こ れ は ア レ か な。お 前 な ん か も う 知 ん ね ー よ っ て こ と か な
?
﹁あ、人違いですけど﹂
﹁あ、あのっ⋮⋮﹂
×
の顔が待っていた。
輩の顔ではなく、心底意味が分からんという、呆然とした比企谷先輩
そこには、大遅刻をやらかしてしまった後輩に対して怒る比企谷先
?
×
?
689
×
?
﹁わわわ私です藤沢ですっ﹂
﹁お、おう悪い。なんかいつもと違いすぎて気が付かなかったわ⋮⋮。
じゃあアレか。俺が来る前からずっとそこで本読んでたの藤沢だっ
たのか。罰ゲームかなんかでからかわれただけなのかと思って危う
く泣いちゃうとこだったわ﹂
⋮⋮さ、最悪だよ⋮⋮。少しでも良い自分を見せようと、無理して
背伸びしてみた結果がこれだなんて⋮⋮
元々印象薄いのに、トレードマークでもあるおさげと眼鏡姿じゃな
⋮⋮本当にスミマセンでした⋮⋮私、本に集中しちゃって、
かったら、比企谷先輩が私に気付くわけないじゃない⋮⋮
﹁⋮⋮っ
時間を忘れちゃってました⋮⋮﹂
せっかく来てくださった比企谷先輩には申し訳ないけど、今日の
デートは止めておいた方がいいんだろうな⋮⋮
﹁おお、気にすんな。目の前に居たのに気が付かなかった俺も悪いし﹂
﹁⋮⋮でも﹂
﹁それにあれだ。俺も20分前くらいには到着してたんだが、その時
﹂
点でもう藤沢は本に夢中になってたってことは、それよりもかなり前
からここで待ってたってことだろ
﹁⋮⋮あ、はい⋮⋮﹂
もらうことにしよう⋮⋮本当にすみませんでした⋮⋮
!
だったら、本当に申し訳ないからこそ、ここはお言葉に甘えさせて
ことで、私の罪悪感を少しでも軽くしようとしてくれてるんだ。
うぅ⋮⋮やっぱり比企谷先輩は優しい⋮⋮お互い様って事にする
間が抜けてたってことで、この件はこれでお開きだな﹂
家だからいいとこで時間を忘れちまう気持ちも分かる。まぁお互い
﹁じゃあ遅刻どころかずっと居たわけだし、それにあれだ。俺も読書
?
﹁にしてもあれだな。今日は随分と印象が違うなお前。それも変わり
ひゃいっ
⋮⋮や、やっぱり変でしょうか⋮⋮﹂
たいっつぅ例のアレの一環か﹂
﹁あっ
!
690
!
まだ申し訳なさに凹んでいるところに来た突然の質問に、私はびっ
!
くりして声が裏返ってしまう。は、恥ずかしいっ⋮⋮
﹁あー、いや⋮⋮べ、別に悪く無いんじゃねぇか⋮⋮
﹂
比企谷先輩に、ちょっと嬉
⋮⋮そ、そうですかっ⋮⋮あ、ありがとうございます﹂
しくて顔が熱くなる。
少しだけ照れくさそうに褒めてくれた
﹁∼∼∼っ
?
はいっ﹂
﹂
?
これ。
?
ここから格好良いところを見せてけばいいんだか
!
ね。
﹃あー、悪りぃ。先に言っとくが、俺は⋮⋮なんつーんだ
エスコート
そう。事前に打ち合わせした時に比企谷先輩に言われてたんだよ
ようかな、と⋮⋮﹂
﹁えと⋮⋮ですね。とりあえずお洒落なお洋服屋さんとかに行ってみ
らっ。
からこれから
今は変だって思われなかっただけでも良しとしなくっちゃ。これ
薄いのかぁ。まぁいつも周りは美人さんばかりだし仕方ないよね。
むぅ⋮⋮悪くはないって言ってくれたはしたけど、やっぱり反応は
﹁あ
﹁で、今日はこれからどうすんだ
しまってる自分にも驚かされる。⋮⋮なんだろ
で申し訳なさと情けなさで凹んでたことも忘れて、軽く舞い上がって
そしてちょっと一言悪く無いって言われたくらいで、つい一瞬前ま
良かったぁ⋮⋮少しは可愛いって思ってくれたりしたのかな。
?
!
みたいなのは出来ないからな。全然そういうの分からんし。⋮⋮
?
れてくわけにもいかんし﹄
と。
比企谷先輩ってよく卓球とかラーメン屋さんに行くのかな
って
計画なわけなんだし、であるならば私が行き先を決めて、私がどれだ
だろうけど、今回の擬似デートはあくまでも私の我が儘による私改造
たぶん普通なら男の人がデートコースとか決めてくれるものなん
が決まった瞬間だった。
思ったのと同時に、デートコースは私が選ばなくちゃいけないって事
?
691
!
地味を脱却したいって相談してきた藤沢を卓球とかラーメン屋に連
?
一緒に街を歩いてて肩身
ってとこをリサーチ出来る
け格好良いところを先輩に見せられるか
の狭い思いをさせちゃわずに済むのか
って計画を
!
ってところの路面店。
そこでなんでもないような顔してお買い物できたら、比企谷先輩に
に何気なくスッと入っていける女の子って、やっぱり格好良いよね。
路面店に入るなんて余りにも恐れ多いことなんだけど、そういうお店
なファッションブランド、しかも商業施設内にある店舗じゃなくて、
ただでさえ普段はしまむらくらいでしか服を買わない私が、お洒落
やっぱりイケてる女の子と言ったらショッピングだよね。
してるような、お洒落なセレクトショップ
そして私が最初に選んだのが、クラスの派手目な女の子達がよく話
いけど⋮⋮
なんだか当初の計画から大幅にズレてるような気もしないでもな
立てていた。
かをスマートに回って、比企谷先輩に感心してもらおう
だから私は、普段の自分が絶対に行かないような敷居の高いお店と
のは、むしろ好都合かもしれない。
?
?
尊敬する先輩が傍で見ててくれることだし、頑張ってみよう
羨望の眼差しで眺めることしか出来なかったお店へと歩を進めるの
だった。
⋮⋮このあと巻き起こる、格好悪くて情けない自分の惨めな姿を想
像することも出来ないまま⋮⋮
×
×
⋮⋮やっぱり入りづらいっ⋮⋮
!
692
?
﹁こいつやるじゃん﹂って思ってもらえるかも。
よし
!
そして私はドキドキワクワクで比企谷先輩を引き連れて、前々から
!
お店に到着した私は、扉の前で一瞬たじろいでしまう。
×
こういうお店は基本扉が開けっ放しだから、慣れてる人なら入りや
すいんだろうけど、しまむらな私にはまるで秘境。場違いすぎる。
﹂
﹂
﹁⋮⋮ここなのか⋮⋮。あー⋮⋮これってやっぱ俺も入った方がいい
のか⋮⋮
﹁ぜ、是非ともお願いしますっ⋮⋮
ていうか私一人じゃ無理です
そもそも冴えない私を育てて欲しいから来てもらったのに、お店に
一人で入店じゃなんの意味もないんですっ⋮⋮
比企谷先輩と初めてのお買い物。そして敷居が高すぎるブランド
ファッションショップ。
あまりの緊張で足がカタカタと震えてるけど、先輩に格好悪いとこ
ろを見られたくない私は、なんとか平静を装って店内へと足を踏み入
れてみた。
﹁いらっしゃいませぇ♪﹂
ショップ店員さん達の明るく元気な挨拶に、私は恥ずかしながらビ
洋服屋さんの店員さんって、こんなに笑顔で迎え入れてく
クゥッとしてしまった。
⋮⋮え
れるものなの
に、そういうのが置いてありそうなコーナーに行ってみた。
ピースとかでも見てみようと、マネキンに飾られたワンピースを頼り
と、とりあえずはそろそろ新しいのが欲しいなって思ってたワン
う⋮⋮
いって思われちゃうし、早く適当にショッピングを済ませて早く出よ
でもこのまま何も見ないで逃げ出したんじゃ比企谷先輩に格好悪
││これは無理だ⋮⋮やっぱり私には場違いすぎた⋮⋮
く思えちゃったんだもん⋮⋮
で、頑張ってお洒落してきたつもりになってた自分の姿がみすぼらし
だ、だって⋮⋮店員さんってすごく着こなしとかがお洒落で綺麗
いく。
顔でペコリとお辞儀をしながらお店の奥へと逃げ込むように入って
私は恥ずかしさをなんとか押さえ込んで、店員さんに若干卑屈な笑
!?
693
!
!
?
!?
⋮⋮あ
これ可愛いかも
嘘でしょ
﹁いっ⋮⋮
﹂
ワンピース一枚でこの値段なの
いちっ⋮⋮
気なく値札を見た私は一気に血の気が引いてしまう。
うやく楽しくなってきたかもっ⋮⋮と、少しだけ弛緩した気持ちで何
ふぅ⋮⋮どうなることかと思ったお洒落ショップのお買い物も、よ
うん。これなら普段使いにもお出掛けにもたくさん使えそう。
そう思って手に取った花柄のワンピース。
!
ピースどころか全身コーデ買えちゃうよっ
こんなの買えない
!
説だって我慢しないで買えちゃう⋮⋮
無理無理無理
﹁⋮⋮っへ
﹂
可愛いですよ
しかもその帰りに本屋さん寄って、余ったお金でハードカバーの小
!
こ、こ れ ⋮⋮ 同 じ よ う な デ ザ イ ン の 洋 服、し ま む ら だ っ た ら ワ ン
!?
!?
﹁は、はい⋮⋮﹂
﹂
ち な み に 私 も 今 着 て る ん で す け ど ぉ、ホ
ラっ、こうやって下にパンツを合わせても凄く合うんですよ∼
?
ク。
なん、で⋮⋮
﹂
?
その後も次から次へとそのワンピースに合うのであろうアウター
じゃなくって、秋くらいまではガンガン使えちゃいますよー
﹁あ、こういったアイテムなんかも凄く合うんで、これからの季節だけ
⋮⋮
こういうお店って、洋服自由に見させて貰えないの
矢継ぎ早にお洒落店員さんの口から語られるお勧めセールストー
?
ススメなんですよ∼
ジャケットにもとても合わせやすいんでヘビロテ確実ですっごいオ
﹁こ ち ら そ の ま ま で も と っ て も 可 愛 い で す し ぃ、カ ー デ ィ ガ ン と か
の間にか背後に居たらしき店員さんが笑顔で話し掛けてきた。
その恐ろしいワンピースをそっと元の場所に置こうとした時、いつ
!
!
?
694
!
!
!?
!?
こちら先週入ったばっかりの新作なんですよぉ
﹁あ
!
﹂
ね∼
!
?
とかボトムス
を手に持って合わせてくれる店員さん。
﹂
?
それではあちらがレジになりますのでっ﹂
!
﹂
?
﹁そ、そんなこと無いですよ ⋮⋮ワ、ワンピース欲しかったんで、い
きお前、値段見て驚いてなかったか
﹁おい藤沢⋮⋮あんな高けぇの買っちゃって大丈夫なのかよ⋮⋮さっ
た。
ていく私に、比企谷先輩が心配そうにこそっと声を掛けてきてくれ
半分ほど魂が抜けてしまった状態で店員さんにレジへと連行され
本も買えない⋮⋮
⋮⋮ああっ⋮⋮これでしばらくは節約しないと⋮⋮もう来月まで
﹁かしこまりましたっ
﹁あ、いえ⋮⋮もう大丈夫です⋮⋮﹂
﹁他にも店内ご覧になりますかぁ
私には無理です⋮⋮これはもう断れません⋮⋮
﹁ありがとうございますぅ♪﹂
﹁⋮⋮あ、あの⋮⋮じゃ、じゃあこちらをっ⋮⋮お、お願いします⋮⋮﹂
?
お店の出口まで着いてきてくれた店員さんに商品を手渡され、私は
﹁ありがとうございましたぁ﹂
顔を浮かべて強がりを言うことだけ⋮⋮
でもバレバレなのに、今の私に出来ることといったら引きつった笑
⋮⋮格好悪い⋮⋮どうやら先輩には全部バレバレみたい。
いお買い物できちゃいましたっ⋮⋮えへへ⋮⋮﹂
!?
初めてのお洒落ショップでの苦いショッピングを力なく終えたので
した。
×
×
次なる目的地へと足を向ける。
﹂
﹁ちょ、ちょっと疲れちゃいましたし、時間もいい時間なので、お茶
⋮⋮というかランチにしませんか
?
695
?
軽く泣きそうになりながらも、私はなんとか気持ちを立て直して、
×
﹁お、おう﹂
まだ待ち合わせてから一軒のお店に入っただけなのに﹁疲れちゃい
次こそは比企谷先輩に感心して
ましたし﹂って発言はいかがなものなんでしょうかね、私⋮⋮
で、でもここから立て直さなきゃ
もらいたい
!
を楽しめれば名誉挽回できるはず
と盗み見る。
?
先輩はもう注文が決まっていたみたい
私も先輩と同じく、分かりやすいオムライスとコーヒーにしようか
しかし、メニューを見てもいまいちよく分からない。
どどどどうしよう
あっ
私も早く決めないと⋮⋮
!
﹁あー、じゃあオムライスプレートとブレンドで﹂
てないよぉ⋮⋮
あぅぅ⋮⋮チラチラと周りを見渡すばかりだったから、まだ決まっ
こしていた私たちに、ホールの女の子が声を掛けてきた。
入店して席に通されてから、しばらくのあいだメニューとにらめっ
﹁ご注文お決まりでしょうか
﹂
丸出しになっちゃうから、比企谷先輩にバレないようにチラッチラッ
でもあんまりキョロキョロと店内を見回してると慣れてない感が
が痛くなってきそう⋮⋮
⋮⋮うわぁ、ここもまたとにかくお洒落⋮⋮。また場違い感にお腹
!
先ほどの格好悪い失態も、お洒落なカフェでお洒落なカフェランチ
ん
たくない。なにせ今日を全力で楽しむ為に全財産持ってきたんだも
ど、それでも今日の擬似デート中だけはあんまりお金のことは気にし
一軒目で予想外のとんでもない散財をしちゃった私ではあるけれ
高すぎるお店。
そちらも前々から羨望の眼差しで眺めていただけの、私には敷居が
カフェとはまた違うお洒落なカフェ。
そして到着したのが、一色さんに教えてもらって本牧先輩と行った
!
!
!?
!
696
!
な
でも今日からイケてる女の子へとステップアップする私は、なんか
これちょっとお洒落っぽいし、なんとなく分かるかも
こう、もっとお洒落で格好良いものを頼んでみたい。
あ
!
洒落で良いかも
野菜を煮ただけなのに、なんか名前がお
?
あ
これなんか聞いたことある
好きなんですよ、エスプレッソ﹂
んなお喋りを一生懸命に楽しんだ。
主に私が話し掛けてばかりだったけど。
しばらくして届いたランチはとても美味しくて大成功
と思って
!
レッソになります。ごゆっくりどうぞ﹂
﹁お待たせいたしました。こちらが本日のブレンド、こちらがエスプ
たところに、すっかり忘れていた食後のドリンクが到着した。
やっとこれで素敵な女の子のデートらしくなってきた
!
人でするランチが嬉しくって、お料理が届くまでのあいだ、先輩と色
私はその言葉に一抹の不安を覚えながらも、初めて比企谷先輩と二
そ、そうなんだ⋮⋮
﹁ほーん。俺らの歳くらいの女子にしちゃ珍しいな﹂
﹁はい
あ、やっぱりちょっと格好良かったのかなっ。
﹁藤沢お前エスプレッソなんか飲むのな﹂
へと戻って行く中、比企谷先輩が訝しげな表情で私を見ている。
ドリンクは食後で⋮⋮と、注文を聞き終えたホールの女の子が厨房
﹁⋮⋮エ、エスプレッソで﹂
類だよね。
どんなのかいまいち分からないけど、たぶんお洒落なコーヒーの種
!
カフェラテとかでも良いんだけど⋮⋮なんかもっとこう⋮⋮。
あとは飲み物⋮⋮どれが格好良いかな⋮⋮
!
確か野菜を煮たやつだよね
なんかベーグルサンドってちょっと格好良いし、ラタトゥイユって
と⋮⋮あとは﹂
﹁えと⋮⋮じゃ、じゃあ私はチキンとラタトゥイユのベーグルサンド
!
!
!
697
?
⋮⋮⋮⋮⋮⋮え
なにこれ。
た液体が注がれていた。
?
﹂
濃すぎる
⋮⋮ え
な に こ れ ⋮⋮ 原 液 か な に か
?
カルピスみたいに薄めて飲むものなの⋮⋮
⋮⋮ に っ が い
⋮⋮
!!
思わず吹き出しそうになってしまった。
﹁っ
だから私は何でもないような顔でエスプレッソを口へと運ぶ。
ころがバレてしまう。
でもここで固まってしまったら、またもや比企谷先輩に格好悪いと
﹁お、美味しそう∼⋮⋮いただきま∼す⋮⋮﹂
ラテアートが施されてるみたいな姿を想像してたのに⋮⋮
なんかこう、カフェオレの上位互換みたいな、葉っぱとか猫とかの
こ、これがエスプレッソ⋮⋮
想像してたのと全然違う⋮⋮
⋮⋮そこには、とても小さいカップの中に、ほんの少量の黒々とし
の⋮⋮
私はコーヒーを頼んだはずなのに、なんでこんなにカップが小さい
?
!!
の容量は見込めない。足すための水もミルクも無いし。
﹃俺らの歳くらいの女子にしちゃ珍しい﹄
だからたぶん、これはこういうモノなんだろう⋮⋮
こんなの⋮⋮普通の女子高生が好んで飲むわけないもん⋮⋮
﹂
﹂
すっごく美味しいです
﹁⋮⋮藤沢、どうした。大丈夫か
﹁あ、はい
!
?
沈んだ気持ちでカフェを出たあとのデートも、それはそれは酷いも
り喉の奥に流しこんで。
それでも私は嘘を吐く。美味しい美味しいって、苦い液体を無理や
してるのがバレバレなんだって。
でも比企谷先輩が私を見る目で嫌でも分かってしまう。また無理
格好悪いところを見られたくない私は、またも強がりの嘘を吐く。
!
698
?
でもこの小さな小さなカップでは、この濃すぎる液体を薄めるほど
?
!?
?
のだった。
普段行き慣れないカラオケで、この日の為に自室やお風呂で練習し
てきた普段は絶対に歌わないような流行りの歌を歌ってみても、そも
そも歌なんてちっとも上手くもない私の歌声では素敵に歌い上げら
れるわけなんてなく、声はひっくり返るし高音は出ないしで、あまり
と張り切った次のボーリングでは、普段履き慣れない
にも情けないオンステージとなってしまった。
今度こそ
×
今日はお付き合いくださって、本当にありがとうござ
とても助かりました⋮⋮﹂
!
くて悔しくて、わざわざ私の為なんかに時間を割いて来てくださった
助かっただなんて大嘘もいいところ。本当は情けなくて恥ずかし
お別れの時まで嘘吐いちゃうんだね、私。
﹁そ、そんなこと無いです
﹁おう。役に立てたとは思えんが﹂
いました⋮⋮﹂
﹁⋮⋮あのっ
今日は、そもそもからして駄目だったんだね。
思えば、その集合からしてやらかしちゃったっけな。
お別れの挨拶をしている。
今私たちは、本日の集合場所でもあり解散場所でもある千葉駅前で
だなんて思ってしまったこと⋮⋮
てくださった私の為の擬似デートなのに、その終わりを〝ようやく〟
本当に最悪だ。なにが最悪って、せっかく比企谷先輩が親切心で来
×
││そして、ようやく今日のデートが終わる。
一生懸命に探して見つけてくれました。
⋮⋮もう情けなさで今にも泣き出しそうな私を横に、比企谷先輩が
ないコンタクトを落としてしまう始末。
には痛い足を庇ってボールを投げた際に転んじゃって、普段付け慣れ
ヒールで擦り剥いてしまっていた足ではロクなプレーも出来ず、仕舞
!
!
699
×
比企谷先輩には、本当に申し訳ない気持ちしかないっていうのに⋮⋮
﹁⋮⋮きょ、今日の経験を生かしてっ⋮⋮こ、今後も頑ば⋮⋮頑張って
いきたいなって思⋮⋮お、思いますっ⋮⋮﹂
ずっと堪えていた涙。今は先輩とお別れする前だから、まだ流した
くない。流すわけにはいかない。
⋮⋮今にも零れてしまいそうな涙をさらに堪えようと力を込める
⋮⋮なんて、口が裂け
から上手く喋れない。本当に情けなすぎる。最後の最後まで格好悪
い⋮⋮
とてもじゃないけど、今日はどうでしたか
ても聞けるわけがない。
﹁そうか、まぁ頑張れよ﹂
そう言って先輩は改札に向かう為に背中を向けた。
やっと⋮⋮やっと涙を我慢しないで済むんだ。比企谷先輩の背中
が視界に映った瞬間、その視界が酷くぼやけてきた。
﹁なぁ、藤沢﹂
ビクッと全身が震える。
だって、もう我慢を放棄しちゃったから、今先輩に顔を見られたく
ないっ⋮⋮
私はとめどなく流れてしまっている涙を隠そうと慌てたんだけど、
有り難い事に比企谷先輩は私の方には振り向かず、背中を向けたまま
でお話を続けてくれた。
﹁あー、なんだ。今日のデー⋮⋮外出は藤沢からの依頼みたいなもん
だから、悪いとは思うがちゃんと感想は言っとくな。⋮⋮今日の擬似
﹂
デートなんだが⋮⋮⋮⋮正直つまらなかったわ﹂
﹁っ
当に本当に楽しくなかったです⋮⋮
物凄く緊張はしてたけど、それでもあんなに楽しみにしてた今日こ
の日を、ひとつも楽しくなかったと感じてしまっている自分が悔しく
700
?
口を開くとしゃくりあげちゃいそうだから何にも言えないけど、本
﹁⋮⋮﹂
﹁⋮⋮お前は、どうだった﹂
!
てしょうがない。
﹁⋮⋮だよな。とても楽しんでるようには見えなかったもんな﹂
無言を肯定と受け取ってくれたのだろう比企谷先輩が、さらに言葉
を紡ぐ。
﹁⋮⋮はぁ⋮⋮こんなこと誰にも話したこと無かったんだが、まぁ仕
方ねぇな。⋮⋮実を言うと俺はちょっと前まで〝変わる〟ってこと
を心の中で小馬鹿にしてた事があってな。そんなに簡単に変われた
ら、そんなの自分じゃねーよ、なんで無理に自分を変えて過去の駄目
な自分を否定しなきゃなんねぇんだよ、なんでそのままの自分でいて
いいと自分に言ってやれないんだよ⋮⋮とかな。⋮⋮まぁそんな捻
﹂
くれたこと考えちゃってる俺格好良いとか思っちゃってたわけだ﹂
﹁⋮⋮
﹁けどな、ちょっと前に平塚先生に言われたんだわ。君はもともとよ
く分からん奴だったが、昔よりは多少わかるようになったってな。人
の印象は日々更新され続けるし、一緒に成長し続けていけばわかって
いく⋮⋮だとよ。ま、要は俺もどうやら知らず知らずに変わってたら
しい﹂
﹁⋮⋮﹂
﹁笑えるよな。あんだけ変わるって事を見下してたくせに、先生にそ
う言われた時、心のどっかで思いのほかそういうのも悪くねぇなって
思っちまったんだよ。⋮⋮だからまぁ、少なくとも今の俺は〝変わる
〟ってことも〝変わりたい〟って願うことも、そんなに悪くない事だ
と思っている。今の自分ってものを鑑みて、これじゃいけないと真剣
に悩んでる奴のその思いを馬鹿にして否定する方が、よっぽど馬鹿で
見下していい独り善がりな価値観なのかもなって思うようになって
きたまである。⋮⋮ま、そんなわけで今回の藤沢からの真剣な依頼を
受けちまったってわけなんだが⋮⋮﹂
比企谷先輩はそこまで言うと、呆れたような溜め息を吐く。
﹁⋮⋮今日の藤沢のは、正直な話、ちょっと前まで俺がふざけんなと否
定してた方の成長欲求だった。なんつーか、本当に変わりたいのか
?
701
?
成長したいのか
って感じたわ﹂
そんなこと無いっ⋮⋮
私は変わりたいって思いま
⋮⋮本当に変わりたいようには思えなかった⋮⋮
ううん⋮⋮
!
かもしれん。お前言ってたよな 自分みたいな地味で冴えない女
﹁悪いな。本来なら、こないだ相談を受けた時に言っとくべきだった
したよ⋮⋮
?
?
?
﹁⋮⋮っ
﹂
く後ろ向きで酷くみっともない、くだらない理由だ﹂
﹁だがな、前者の理由は酷いわ。なんの熱意も信念も一切感じない、酷
は、とてもとても辛辣だった。
ちょっと苦笑い気味に話す比企谷先輩だけど、その次に放った言葉
思わねぇけど﹂
じゃないと思う。まぁ一色みたいになっちゃった藤沢を見たいとは
受けたんだ。自分がなりたいと目標を持って努力するのは悪いこと
﹁正直な、後者の理由をキラキラした目で話してたから今回の相談を
﹁⋮⋮は、い﹂
⋮⋮と。だから変わりたい、成長したい、と﹂
い女の子に憧れるし、自分もああいう風に素敵な女の子になれたらな
﹁あとはこうも言っていた。いつもそばで見てる一色みたいな格好良
﹁⋮⋮はい﹂
申し訳ない⋮⋮ってな﹂
と一緒に歩いてる男はどう感じてるんだろう、隣に居るのがなんだか
?
だ周りからどう見られてるのかだけにしか意識が向いてない薄っぺ
らな変身願望。そんなもんに中身なんかあるわけねぇよな。⋮⋮だ
から今日の藤沢は本当に空っぽだった。⋮⋮お洒落に見せよう、格好
良いとこ見せようって無理ばっかしてっから、買いたくもない高いも
ん買っちゃうわ、苦くて飲めないコーヒーを我慢して涙目で飲むわ、
慣れないカラオケで慣れない流行りの歌うたって外しまくるわ、傷め
た足庇ってすっ転ぶわ。ひでぇもんだったろ﹂
⋮⋮返す言葉もない。本当に全部その通り。
702
!?
﹁⋮⋮変わりたいから、成長したいからって真剣な想いじゃなくて、た
!
って俺は
格好悪い行為をしながら格好悪い姿を晒してたってことか⋮⋮
﹁変わりたいってのは、そういうんじゃ無いんじゃねーの
思う﹂
﹁⋮⋮ひぐっ⋮⋮はっ、い⋮⋮﹂
薄っぺらな方じゃなくて、憧れと
に入ってるからデー⋮⋮外出に誘ったわけだろ
⋮⋮だったらいく
﹁⋮⋮それにあれだ。副会長だって、普段の一生懸命な藤沢を見て気
﹁⋮⋮ひゃい⋮⋮﹂
はマジで感謝してるしな⋮⋮﹂
たが、地味だろうがなんだろうが、普段の真面目で一生懸命な藤沢に
るってみんな分かってるだろうし、俺も、その、なんだ⋮⋮前にも言っ
変わってくだろ。別に無理しないでも、普段の藤沢にもいいとこあ
か目標とかの信念がある方なら、そう想い続けてりゃそのうち勝手に
しなくてもいいんじゃねーの⋮⋮
﹁あー⋮⋮なんだ。だからそんなに無理してまで、一気に変わろうと
がしと掻いて、とても優しく語り掛けてきてくれた。
そんな私の様子を感じたのか、比企谷先輩は困ったように頭をがし
もう会話どころか﹁はい﹂の一言だけでさえしゃくりあげてしまう。
?
⋮⋮知らんけど﹂
たって、俺と同じようにつまんなかったって思っちまうんじゃねぇか
無理してちぐはぐな振る舞いばっかしてるお前とまたどっか行っ
てることを恥ずかしいとか思うわけねぇだろ。むしろ今日みたいに
らお前が自分に自信がなかろうが、副会長が地味なお前と一緒に歩い
?
そこまで言うと、比企谷先輩は手をひらひらさせて、改札の方へと
歩いていく。
後ろ姿しか見えないけれど、後ろ髪から覗く耳が真っ赤になってる
から、たぶん顔まで真っ赤にさせながら、私の為に恥ずかしさを堪え
てここまで言ってくれたんだろう。
﹁⋮⋮あ、ありがとう⋮⋮ひぐっ⋮⋮ございまちたっ⋮⋮﹂
だから私は、しゃくりあげちゃうのも噛んじゃうのももう一切気に
703
?
﹁だからまぁ、あれだ⋮⋮あんま無理しない程度に頑張れよ﹂
﹁⋮⋮ひゃ、いっ⋮⋮﹂
?
び、びっくりした﹂
おはようございます
﹂
せずに、心からの謝意を述べて、その優しい背中に深々と頭を下げる
のだった。
﹁うおっ
﹁あ⋮⋮比企谷先輩
×
だ。
﹁⋮⋮あっ⋮⋮す、すみません⋮⋮
!
﹁違います違います
そんなんじゃ無いんです
⋮⋮私は、自分で選
!
⋮⋮
﹂
というか、やっぱり相談したのが比企谷先輩で本当に良かったです
れでも昨日の出来事があって本当に良かったって思ってます。⋮⋮
﹁昨日はホント格好悪いところをたくさん見せてしまいましたが、そ
比企谷先輩にはっきりと言ってもらえて、やっと気が付いたから。
そう、これは自分の意思。
んで元に戻しました﹂
!
てたよな。⋮⋮アレを気にして元に戻したんならホントすまん﹂
﹁その⋮⋮昨夜はなんか悪かったな。すげぇ偉そうなこと語っちまっ
すると比企谷先輩は、とても気まずそうにこんな事を言ってきた。
じ地味で冴えない私に戻っていた。
そう。あの酷いデートの翌日、私はおさげと眼鏡姿の、いつもと同
﹁はいっ﹂
たのか﹂
﹁あ、いや⋮⋮それは別に構わないんだが。⋮⋮⋮⋮そうか、元に戻し
してっ⋮⋮﹂
いきなりで驚かせてしまいま
でどうしても決意表明したくて、駐輪場にてずっと待ち構えていたの
惨めで格好悪い運命の擬似デートの翌朝、私は尊敬する先輩に朝一
!
×
!
すっかり忘れてたこと、思い出せましたから﹂
﹁いえ、本当に比企谷先輩だから良かったって心から思ってるんです。
﹁いや、俺は別に⋮⋮﹂
!
704
!
×
││私は、ここ最近で今まで関わった事が無かったような、学年の
中心人物たる、一色さんのようなキラキラ輝く素敵な女の子と関わる
ことになったり、デート⋮⋮と呼ぶのはおこがましいのかもしれない
けど、それでも本牧先輩にお出掛けに誘って貰えたりして、分不相応
過ぎて舞い上がっちゃって忘れてたんだ。
そもそも私が自分自身に抱いていた感情を。
﹂
﹁えへへ、すっかり忘れてたんですけど、私、地味で冴えない普通の自
分が、実は結構好きなんです
そう言い切った私は、自分でも気付かないくらいにとても自然な笑
顔を先輩に向けていた。
今まで比企谷先輩のことは、最初は恐い人だって思ったり、途中か
らは一番の尊敬する先輩になったりで、常にどこかで緊張していた。
だから、昨日のデートも含めて実は初めてかもしれない。比企谷先
輩とちゃんと正面から向かい合って、本当の笑顔を見せられたのは。
││あっ⋮⋮そっか⋮⋮。これが〝変わる〟って、〝成長する〟っ
てことなのかも││
そんな私の本当の笑顔を見た比企谷先輩は、またもや照れくさそう
に頭をがしがしと掻きながら一言。
﹂
﹁そうか。ま、それでいいんならいいんじゃねーの﹂
﹁はいっ
普通で地味な現在︵いま︶こそが、とても掛け替えがなくて身の丈
に合っている藤沢沙和子の人生そのもの。
身の丈に合わない無理ばっかりしたって、それはもう藤沢沙和子で
は無くなっちゃうのだ。
だからもう無理はやめよう。私は私らしい人生を送っていけばい
いじゃない
!
705
!
⋮⋮結局のところ、私は私なんだよね。
!
││でもっ⋮⋮
﹁でもやっぱり、キラキラと輝く素敵な女の子になりたいっていう憧
れは、今後もずっと持ってるって思うんですっ⋮⋮。もちろんもう昨
日みたいに無理はしませんけど。⋮⋮⋮⋮だ、だからっ﹂
顔が⋮⋮身体が燃え上がるように熱を帯びる。
比企谷先輩に向けていた自然な笑顔が、一瞬で不安で弱々しい表情
へと変化していく。
私の単なる願望を
さっきまでのが今後の私の決意表明なら、これは私の単なる願望。
でも聞いてください
﹁⋮⋮また、近い内に擬似デートにお付き合いいただけますか⋮⋮
!
﹂
ことを言う比企谷先輩。
ふふっ⋮⋮でもその表情を見ちゃったら分かりますよ
それでも
恥ずかしそうにそっぽを向いて、そんな実現しなさそうなつれない
とくわ﹂
﹁⋮⋮まぁ、役に立つっていうんなら、前向きに善処することを検討し
比企谷先輩に見ていて欲しい。ゆっくりと育っていく私を。
落な自分、格好良い自分を見せ付けたいわけでもない。ただ単純に、
また擬似デートをして昨日の失態を挽回したいんじゃない。お洒
打ち建てる。
震える手でスカートをギュッと握り、震える足をしっかりと大地に
すか⋮⋮
ゆっくりとマイペースに変わっていく私を、また見ていてもらえま
!?
!
束が取り付けられたってだけの事なのに、なんで私の心臓は、こんな
││おかしいな⋮⋮。ただ、尊敬する先輩との次の擬似デートの約
れるって。
年下にどうしようもなく甘い比企谷先輩は、私のその願望を聞いてく
?
706
!?
にも嬉しそうに楽しそうにドキドキと躍ってるんだろう⋮⋮
なんで目尻も口元も、こんなにも自然と緩んじゃうんだろう⋮⋮
でも今はまだいいよね。
な乙女心。
るような、でもまだ分かりたくないような、そんな私の人生初の複雑
⋮⋮それが一体なんなのか。それはホントはもう分かっちゃって
?
?
だってそんなのは、また次の擬似デートを楽しみながら、冴えない
﹂
私をゆっくりと育てながら考えればいいことなんだから
終わり
﹂
﹂
707
﹂
﹂
なんか今日の沙和ちゃんなんかちょっと綺麗
﹂
!
ほら、あそこ⋮⋮C組の一色さん
!
﹂
!
お、ま、け☆
﹁あれ
⋮⋮﹂
⋮⋮い、一色さん
!?
!
私 別 に な ん に も 変 わ っ て な い よ
なんか今日の沙和子ちゃん綺麗∼
そそそそんなことないよ
﹁あ、ホントだ
﹁え
﹂
は、はい
﹁あのー、藤沢さん⋮⋮
﹁え
?
﹁お、お客さん来てるよ∼⋮⋮
?
書記ちゃんおはよー﹂
﹁⋮⋮え
﹁あ
?
?
﹁ほ、ホントに何も無いってば
﹁土日か今朝にでも、なんかあったんじゃないの∼
!?
!
?
﹁またまた∼﹂
!?
?
!
?
!?
﹁ど、どうしたの
一色さんっ⋮⋮この間の議事録なら、今日の放課後
に提出する予定だけど⋮⋮﹂
﹁あ ー、違 く て ー ⋮⋮ ち ょ ぉ っ ∼ と 書 記 ち ゃ ん に 聞 き た い 事 あ っ て
﹂
さぁ、もし良かったらなんだけどー、今日のランチ、二人で生徒会室
なんてっ﹂
でどーかなぁ
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂
!?
⋮⋮じゃあまたお昼に生徒会室でねー﹂
凄い笑顔なのになんかちょっと怖いよ
﹁い、一色さん
全然怖くないよぉ
わ、私まだ行くって言ってなっ⋮﹂
?
﹁またお昼に生徒会室でねー﹂
﹁ちょっ⋮⋮
﹁えー
?
お終い♪
708
?
?
?
?
﹂
運命の国のいろは 続
﹁いろはちゃんおめでとー
﹁一色さん、おめでとう﹂
﹁⋮⋮おめでとさん﹂
﹁ありがとうございますー﹂
本日四月十五日は、我が奉仕部とは特に関係の無いはずの後輩 一
色いろはの十七歳誕生日の前日だ。
なんて理由は
関係は無いはずなのだが、なぜか奉仕部の部室にてささやかな誕生
日パーティを開いている。まぁなんで関係無いのに
部でのお祝いなんてしてやれないんだろうが。
ば、誕生日当日などは引く手あまた︵男限定︶で、結局こうして奉仕
まぁ土日祝日だろうと平日だろうと、一色クラスのリア充ともなれ
日だからに他ならない。
そしてなぜ前日に誕生パーティなのかと言えば、それは明日が土曜
今さら説明するまでも無いよね。単なる成り行きです。
?
﹁だよねー
このケーキ超おいしいですぅ。やっぱ今日はお腹空けと
ホントはあたしも手伝いたかったんだけど、残念なが
﹂
こいつマジで、いつの間にこんなに陥落させられてたんだよ⋮⋮
色を見る雪ノ下もホント優しい眼差しを向けてますね。
冷や汗を掻きながらも、幸せそうにもきゅもきゅケーキを頬張る一
い。
断固として手伝わせなかったゆきのんグッジョブと言わざるを得な
手伝いたいと甘えられまくって、危うく気持ちが折れかけながらも
いや俺もホント良かったです。
﹁なにがっ
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮ホント良かったです﹂
ら今回はゆきのんが一人で用意してくれたんだー﹂
!
!?
709
!
﹁えへへ、こうして皆さんにお祝いして頂けるなんてホント光栄です
んー
!
いて良かったー﹂
!
﹁じゃじゃーん
これあたしとゆきのんで選んだプレゼントっ !
だ。
﹁わぁ
絶対大切にしますー﹂
!
出会ってからたかだか数ヶ月。そのたった数ヶ月で、こいつの本質
な。
なにせ俺の持論は﹃人間なんてそんな簡単には変わらない﹄だから
としても、自分の人を見る目の無さに呆れてしまうことがままある。
時には想像出来ないほどの成長をしたという事実を差し引いたのだ
一色を見ていると、こいつ自身が予期せぬ経験を経て、出会った当
所と同じくらいに大切な存在になっている。
捻くれてる俺だって解っている。こいつはもう、俺にとってはこの場
⋮⋮いや、単なる可愛い後輩ってだけじゃないことくらい、いくら
な。
それなのに、今ではすっかり可愛い後輩になっちまってるんだもん
とまぁホント酷いものだった。
﹃ふわふわ系非天然隠れビッチ﹄
﹃どこか空々しい薄ら寒いもの﹄
かせまいとする作為的なものを感じる。こういうのは高確立で地雷﹄
﹃穏やかな気性とやや控えめな女性らしさを全面に出し、その裏を覗
﹃ざわざわと心にさざ波が立つ。これは単純な警戒警報﹄
⋮⋮一色の第一印象、それは本当に酷いものだった。
││ホント、初見の時の印象からは考えらんねーよな。
と緩んでしまっている。
そんな一色の笑顔を遠巻きから見ている俺の表情もついつい自然
プレゼントを受け取る一色は、本当に嬉しそうで無邪気な笑顔。
ありがとうです
べながらいつの間にかプレゼント譲渡会へと移り変わっているよう
そんな幸せ空間がさらなる加速を見せる。パーティはケーキを食
喜んでもらえたら嬉しいんだけど﹂
!
が変わるわけがない。つまり、実は一生懸命だったり、実は一途だっ
710
!
たりというこいつの本質が見抜けなかったってだけの話。
いかに自分が達観したつもりになって勝手な印象を相手に押し付
けてしまってたのかって事だ。
⋮⋮ったく、なにがキングオブぼっちの人間観察力舐めんなだよ、
ダサすぎだろ。
〝よく知りもしないくせに、勝手に理解したつもりになって理想や
偏見を押し付けるな〟
これは、他者が俺を見たとき、俺という人間を判断した時に常に吐
き捨てるように思うこと。
なんのことはない。俺自身も他者に同じことをしていたのだ。そ
れは、俺が最も嫌う欺瞞でしかないというのに。
はっ、全然ダメダメだな、俺も。こんなどうしようもない間違いを、
こんなあざとい小悪魔後輩に教えられるだなんてな。
なに勝手にニヤニヤ見てんですか 正直気持ち
だからあざとくないですぅ
超素ですー﹂
?
時は、まさかこのあざとい膨れっ面がこんなにも可愛く見えちゃう日
が来るだなんて想像できなかったよな。
などとまた謎の感慨に耽ってニヤついていると、笑われたと思われ
たのか当の本人はさらにご立腹なご様子。
﹁だから結局なんなんですかねー。いつまでもそのニヤニヤした顔を
711
﹁ちょっと先輩
悪くて無理ですごめんなさい﹂
﹁⋮⋮﹂
てへっ、やっぱり一色は一色でした
﹂
?
!
?
×
﹁ふぇ
?
﹁つーかお前あれだよな﹂
×
なんですかー
﹁ふぇ
?
じゃねぇよ。あざとい、やり直し﹂
﹁むー
!
ぷくーっとリスみたいな一色もホント見慣れたもんだ。最初見た
!
×
直視してるのもいい加減キツいんですから早く用件を言ってくださ
い﹂
ぐ っ ⋮⋮ 人 が ち ょ っ と 見 直 し て や っ て り ゃ こ の 辛 辣 な 罵 倒 だ よ
⋮⋮
こいつがこんなに変わったのは雪ノ下の影響かも知れませんねぇ。
﹁ったく⋮⋮まぁいいけどね。⋮⋮ん、まぁあれだ。お前ずいぶん前
﹂
から誕生日を無駄アピールしてたわりには、ホントにプレゼントなん
も用意しなくても良かったのか
そうなのだ。こいつ確か年明け一発目くらいから早々に﹁ちなみに
わたしは四月十六日ですよ、先輩﹂とかってアピールしてたくせして、
﹂と、キツく宣告されていたのだ。
新年度が始まった直後くらいから﹁プレゼントとかガチで要らないん
で用意しとかないでくださいね
って聞いてみたら、この子あっけらかんとこんなこと言いまし
俺としてはかなり助かるから全然いいんだけど、一応興味本位でな
んで
た。
すかー
いくら俺でも泣いちゃうよ
さすがに売り飛ばすのは良心が痛みますしー﹄
やだ、聞かなきゃよかった
?
んでね
?
もしかしてプレゼントで口説こう
そんなにわたしになにかプレゼント
﹁だから前に言ったじゃないですかー
でくださいって。なんですか
⋮⋮はっ
!
?
お前のことを想って選んだプレゼントを受け取って
したかったんですか
としてました
?
扱いに困るから気にしない
扱いに困るから売り飛ばすなんて思考が頭を過った時点で良心痛
フィクションと違って厳しいんですね。
現実は
﹃だってぶっちゃけ先輩からモノ貰っても取り扱いに困るじゃないで
?
長すぎ早すぎで、ちゃんと内容を聞き取ろうとする気も沸いてこ
こいつもう職人芸の域だろ⋮⋮
んでお受け致しますごめんなさい﹂
りも先にすることがありますよね、ちゃんと順番を守ってくれたら喜
ちゃけ女の子の夢なんでかなり心惹かれますが、まずはプロポーズよ
欲しいとか言ってエンゲージリングでもくれるつもりでしたか、ぶっ
!?
712
?
!
!
?
?
ねぇよ⋮⋮
本日二回目の、そして通算何回目か分からないお断わりをされた俺
は、恭しくペコリと頭を下げてはぁはぁ息を切らしている一色に呆れ
た眼差しを向けていたのだが、なぜか教室内の気温が数度くらい下
﹂
﹂
がったような錯覚に陥ったことに気がついた。
﹁⋮⋮一色さん
﹂
⋮⋮ひ、ひぃぃっ
穏やかじゃないわね
日パーティなんだし、みんな仲良くしようぜ⋮⋮
くのだった。
そんなこんなで、一色の誕生パーティは平和ににこやかに過ぎてい
てた一色にまで罵倒されちゃいました。女子恐い。
ふぇぇ⋮⋮せっかく仲裁してあげようかと思ったのに、なぜか怯え
﹁先輩はすっこんでてください﹂
﹁ヒッキーうるさい﹂
﹁黙りなさい﹂
﹁お、おい、どうした。なんか知らんが一色怯えてんじゃねぇかよ﹂
?
トがあったのかは皆目見当もつかないが、とりあえずせっかくの誕生
今の恒例のお断わり芸のどこに雪ノ下たちの逆鱗に触れるポイン
な、なにこれ⋮⋮
﹁っ
﹁⋮⋮いろはちゃん
?
×
何はともあれ、心地よい疲労感に包まれながら駐輪場へ向けて歩い
ルズトークに交ざれるわけねえっつうの。
まぁもちろん俺は蚊帳の外だったけどね。コミュ症ぼっちがガー
しいひとときだったようでなによりだ。
山あり谷あり嵐ありの誕生日会ではあったが、最終的には本当に楽
までの道のりを一人歩いている。
最終下校時刻を告げるチャイムが校内に鳴り響くなか、俺は駐輪場
×
713
!
!
?
?
!?
×
﹂
ていると、先ほどまで部室でさんざん聞いていたはずの甘ったるい声
やばいですやばいですぅ⋮⋮
お前とは今さっき別れたばっかじゃなかったっ
!
が、なぜか後ろからかけられたのだ。
なんで
﹁せんぱ∼い⋮⋮
⋮⋮は
け
!
?
⋮⋮はぁっ、はぁ
?
﹁⋮⋮えと⋮⋮これなんですけどー⋮⋮﹂
ちゃうような状態に陥っているわけでは決してない。よね
奴はとんでもないものを盗んで行きましたと銭形警部に心配され
ちゃっているのだろう。
さ ん ざ ん 罵 っ た あ と の 上 目 遣 い だ か ら、そ の ギ ャ ッ プ に や ら れ
困る。
ぶっちゃけ最近このウルウル上目遣いが、ムカつくことに可愛くて
﹁⋮⋮だからなにがだよ﹂
﹁せんぱい⋮⋮やばいんですよぉ﹂
ふぅ∼と深く息を吐き、上目遣いで俺を見上げる。
一色はしばらくはぁはぁと息を整えると、ようやく落ち着いたのか
ろよ⋮⋮
⋮⋮こいつめんどくせえな⋮⋮息を整えるか罵るかどっちかにし
⋮⋮﹂
なセリフ⋮⋮先輩には世界一似合いません⋮⋮よ
つこくすがってきてるみたいじゃないですか⋮⋮はぁっ⋮⋮そ、そん
﹁⋮⋮はぁ⋮⋮はぁ⋮⋮な、なんですか、それじゃまるで振った女がし
﹁⋮⋮んだよ。さっき別れたばっかだろうが﹂
わざわざ摘んでくるあたりがやはりあざとい。
前屈みではぁはぁと息を整える。
とてとてとようやく俺に追い付くと、ブレザーをちょこんと摘んで
放っているかのようなヨロヨロ走りで走ってくる一色の姿。
わたしよくトロそうって言われるんですよねー、という空気を全身で
訳は分からないが、とりあえずうんざり気味に振り向いてみると、
?
か紙を取り出してぴしぃっと俺の目の前にかざしてきた。
すると一色は鞄から財布を取り出すと諭吉さん⋮⋮ではない、なん
?
714
?
⋮⋮⋮⋮ん
は
がヤバいんだよ﹂
これって⋮⋮
?
い事が理解できた。
﹁⋮⋮なんだこれ。有効期限⋮⋮四月十六日⋮⋮
ニーのパスポートって有効期限なんてあったっけ
え
ディスティ
⋮⋮てかこのパ
?
そんなデザインだったっけ﹂
?
ちゃったりするのん
本気で引くとこだったわ。まぁ親の可能性もあるけども。
良かった。これで一色がディスティニーの株主とかだったら割と
いうところはなかなかきっちりしてんな。
ションで落札したってことか。こいつ金にうるさいだけあって、こう
ほーん、成る程な。要は一色がその安いパスポートをネットオーク
ちゃったりするんですよ﹂
ポートが安く出品されてたりするんで、都合さえ合えばオトクに行け
ションで売りさばく人も多く居るんです。で、たまに期限の近いパス
﹁でですねー。株主さんの中には使わないパスポートをネットオーク
なんてやってんの
⋮⋮こ、こいつ⋮⋮金が大好きそうだとは思っていたが、まさか株
当とは別にプレゼントとして配布される株主用パスポートですねー﹂
株主優待券ってのがあるんですよ。要はディスティニーの株主に配
﹁そりゃ有効期限くらいありますよ。んでパスポートにはですねー、
一色はふふんっ、と偉そうに胸を張ると、その説明を始める。
なにそのムカつく顔。すげー負けた気分になるんだけど。
﹁やだなー、先輩。そんなことも知んないんですかー
﹂
有効期限過ぎちゃうと美味しくお召し上がれなくなっ
スポート、なんか変じゃね
?
?
?
なんなの
?
仕方ないからその部分をよく見てやると、ようやくこいつの言いた
そう言って一色はそのパスポートの一部分をペシペシ叩く。
﹁よく見てくださいよー。ここですよ、こーこー﹂
したような顔で﹁やれやれ⋮⋮﹂と首を横に振る。なにそれ腹立つわ。
いやホントなにがヤバいのん
と思っていると、一色は心底バカに
﹁なんだよ、ディスティニーのパスポートじゃねぇかよ。これのなに
?
?
715
?
?
﹁で
なにがヤバいんだ
﹂
それを落札したっつーんなら、明日まで
﹂
に使う予定があるから落札したんだろ
﹁だ、だからですね⋮⋮
なにゆえヤバいのか。その答えを求める俺に、一色はもじもじと気
まずそうに重い口を開くのだった。
×
と。
?
覚悟しとくこったな。
葉山よ、こいつを甘く見ているとマジで逃げらんねぇぞ。せいぜい
だが今は、感心というよりは寧ろ尊敬してしまってるまである。
した日だ。
あの日は、この一色いろはという少女に対して、初めて心から感心
る。
こいつはあの日から一切ブレずに、自分の思いのままに行動してい
いつかのモノレールでの帰り道、俺が傷心の一色に掛けた言葉。
﹃すごいな、お前﹄
んなにも健気にその想いを果たそうと真っ直ぐ突き進んでいる。
あいつはそんなこと一切お構い無しに、こんなにも一生懸命に、こ
ティニーといえば正にその振られた場所。
ほ ん の 数 ヶ 月 前 に 葉 山 に 振 ら れ た ば か り の 一 色。し か も デ ィ ス
番感じた事は、やっぱり一色はすげーな⋮⋮ってことだ。
それを聞いて感じた。まぁ葉山は正直どうでもいいとして、俺が一
られたんだとか。
だがまぁやはりそこは鉄壁の葉山。上手いこと言われて体よく断
るんじゃないのか
これを持って葉山を誘えば、今度こそ二人でディスティニーに行け
これは運命的な出会いなのだと。運命的ななにかを感じたのだと。
トをオークションで発見した時にピコンと閃いたらしい。
一色の話によると、どうやらたまたま自分の誕生日までのパスポー
×
﹁で、まぁそれはそれとしてだな﹂
716
?
?
?
?
×
確かに感心を通り越して尊敬の域にまで達している一色の真っ直
アイツはああみえて
先に言っとくが、悪いけ
今から葉山んとこに赴いて
ぐな想いには感動するのだが、それとこれとは別問題。
﹁俺に助けを求めてどうするつもりだ
一緒にアイツを説得してくれってことか
ど俺にアイツを説得する自信なんかねぇぞ
?
?
よ﹂
﹁だ、だって
﹂
そんなことしたら邪魔も⋮⋮わ、わざわざ雪ノ下先輩た
﹁てかそもそもそんなのさっき部室で相談すりゃ良かったじゃねぇか
が早いんだな。
あら意外。さっきまでさんざん感心してたのに、今回はやけに諦め
﹁あ、そうなの
なんでもさすがに今回は諦めてますよ﹂
﹁⋮⋮むー、そんなの分かってますー⋮⋮もう時間も無いんで、いくら
一色の真っ直ぐな想いだけだと思う。
頑固なアイツを動かせるとしたら、それは他でもない、お前の⋮⋮
しかしこればっかりは俺にはどうすることも出来そうにはない。
かしてやりたいと思わなくもない。
そりゃ可愛い後輩の頼みだし、なんとかしてやれるもんならなんと
頑なだからな。一度断ったことを受け入れるとは到底思えない﹂
?
君いま邪魔者って言い掛けたよね。
ま ぁ あ い つ ら の 前 で 話 し て 由 比 ヶ 浜 あ た り が 張 り 切 り 始 め る と、
﹂
まーた三浦たちも連れて来ちゃってクリスマスんときの二の舞にな
じゃあ結局俺になにしろっつーんだ
りかねないからな。
﹁で
?
手伝わせる気は満々だったはず。
しかし一色は俺からのその問い掛けに、すっとそっぽを向くともじ
もじと体をくねらせ、とても言いづらそうにあうあうと口をもごつか
せる。
717
?
ちのお耳に入れるほどのことでは無いかなー、と⋮⋮﹂
!
あれだけ息切らしながら追い掛けてきたくらいだ。俺になにかを
?
⋮⋮こ、こいつまさか
ぎるよいろはす
明日までの期限のパスポートを俺に買い取
らせるつもりじゃねぇだろうな⋮⋮しかも定価とかで。恐いよ、恐す
!
ディスティ
そんな可愛い顔で買い取り要求してこないで
込んみながら。
やめて
やばい思わず買っちゃうかもしれない。
﹂
﹁⋮⋮あ、明日⋮⋮先輩が付き合ってくれません⋮⋮
ニー⋮⋮﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮は
ニーランドに来ている。
どうしてこうなった。
?
﹃いや、明日はちょっとアレがアレ⋮﹄
お前アレだぞ
?
﹃そういうのいいんで﹄
﹃⋮⋮⋮⋮。いや、しかしな
﹄
?
せっかくの誕生日の
だってほら、先輩って明日ヒマじゃないですかー
うんで、先輩が一緒に来てくださいよって言ってるんですけど⋮⋮
﹃だっ⋮⋮だからー⋮⋮せっかく買ったパスポートが無駄になっちゃ
﹃ちょっと待て、落ち着け一色。なに言ってんの
﹄
こうして四月十六日の今日。俺はなぜか一色と二人でディスティ
?
!
スカートをいじいじといじくり、とても不安げな上目遣いで俺を覗き
片手で胸元のリボンを弱々しくキュッと握りこみ、もう片方の手は
そして一色はついにその重い口を開く。
﹁⋮⋮えと、ですね⋮⋮﹂
!
×
?
!
×
﹄
?
普段のお出掛け程度な
?
デートなんて願い下げに決まってるじゃないですかー
﹄
らまだしも、せっかくの誕生日に好きでもない下心まみれの男の子と
﹃⋮⋮はぁ∼⋮⋮先輩ってバカなんですか
も誕生日の外出に付き合いたいってヤツ居んじゃねーの
ディスティニーに俺と行ってどうすんだよ。お前なら他にいくらで
?
?
718
×
﹃は
お前って俺のこと好きなの
﹄
う、うっわ、自意識過剰すぎてガチで引くんでしゅけ
なんなの
﹃は、はぁ
せ、先輩は下心もつような度胸とか無いじゃないですか
だ、だからほら⋮⋮単純にディスティニーを楽しめると思っ
どっ⋮⋮
?
﹃お、おう﹄
?
だからお願いしま
!
なに
﹃⋮⋮﹄
﹄
入れたパスポートなのに、こんなにがんじがらめにして嵌めてまで俺
つーかこれ完全に嵌められただろ。葉山と行きたいがゆえに手に
攻不落どころか即落ちでしたね。
とまぁこんな流れで難攻不落な俺が落とされたわけだが⋮⋮あ、難
?
﹃⋮⋮♪﹄
﹃え
お前いまニヤリとしなかったか⋮⋮
﹃⋮⋮⋮⋮はぁ∼⋮⋮ったく、しゃあねぇなぁ⋮⋮﹄
す⋮⋮﹄
あの日の辛い思い出を克服したいんです⋮⋮
なっちゃうのが嫌だから⋮⋮。だから誕生日に思いっきり楽しんで、
いんですっ⋮⋮好きなのに、トラウマとか嫌な思い出のまま行けなく
﹃⋮⋮だからわたし⋮⋮誕生日はどうしてもディスティニーに行きた
﹃⋮⋮そ、そうか﹄
るってゆーかぁ⋮⋮﹄
て な く っ て ⋮⋮ ち ょ っ と デ ィ ス テ ィ ニ ー が ト ラ ウ マ に な り か け て
﹃⋮⋮で、でもですね⋮⋮
実はあの日以来、ディスティニーに行け
﹃わたし、こう見えてディスティニーって超好きなんですよー⋮⋮﹄
﹃⋮⋮あんだよ﹄
﹃せ、せんぱいっ⋮⋮﹄
しかしだな⋮⋮﹄
﹃⋮⋮ 振 ら れ ん の 本 日 三 回 目 な ん だ け ど。も う い い け ど ね。⋮⋮ ぐ、
たってだけですごめんなさい﹄
⋮⋮
?
全然そんなことないですよー。ではでは今まさに言質とっ
?
たんで明日はよろしくでーす﹄
﹃えー
?
719
!?
!
?
!
?
なにぬぼーっと考えに耽ってんですか、時
と二人で行くことに、一色になんのメリットがあんのか知んないけ
ど。
﹁ちょっとせんぱーい
﹁やっば
ちょお楽しみじゃないですかー
﹂
ている一色を見ていたら、そんなことはどうでもよくなってしまう。
が、ぐいぐいと俺のパーカーの袖を引っ張って満面の笑顔を浮かべ
間もったいないから早く行きますよー。ほらほらー、はーやーくー﹂
!
?
なにせ今日は一色の誕生日なのだから。
やれやれ、仕方ないから今日は思う存分付き合ってやりますかね。
!
×
荷物がかさばると思うんだが﹂
ずなのに。
あったー
﹂
!
ポケモンみたいに相棒を決めた一色は、その相棒を頭に装着する。
んー、よし、コレに決めた
﹁⋮⋮ ん ー、コ レ か な ぁ。あ、で も 今 は や っ ぱ コ ッ チ か な ぁ ⋮⋮。
おかしいな、俺にはそんな経験無いはずだよね。
やら嫌な予感は当たったようだ。
一色が指差したコーナーを見て、俺は軽く引きつってしまう。どう
﹁あ
あそこですあそこです﹂
おかしいな、なんか嫌な予感しかしない。俺にはそんな経験無いは
物。
男女二人でパークに入った途端に土産物屋。そしてかさばらない
ばらない物なんで問題ないです﹂
﹁別にお土産買うわけじゃないんで大丈夫ですよ。てか買ってもかさ
か
﹁なぁ、一色。今パークに入ったばっかでいきなり土産物屋に寄んの
引っ張られた俺も、同じく吸い込まれていくわけなのだが。
ク 最 大 の 土 産 物 屋 へ と 吸 い 込 ま れ て い っ た。正 確 に は パ ー カ ー を
のかと思いきや、一色はさっそくグランドエンポーリアムというパー
エントランスを抜けてワールドバザールに入り、まずはどこに行く
×
!
720
×
?
!
﹂
へへ∼﹂
まぁもちろんカチューシャなわけですよ、これがまた。
やだよ、俺も着けんの⋮⋮
﹁でー、先輩はー⋮⋮よし、コレがいいかなぁ
﹁⋮⋮え
!
﹁あたりまえじゃないですかー 言っときますけど拒否権とか無い
?
なにせ今日はわたしのバースデーなんですから﹂
﹁⋮⋮⋮⋮ぶっ
﹂
ですよねー。俺に断る権利なんてあるわけないですよねー。
の頭にカチューシャを装着するいろはす。近い近いいい匂い可愛い。
そう言いながら、俺の言い分など一切聞く耳を持たずに、勝手に俺
ですよ
?
ないでぶっ
﹂
﹁くくっ⋮⋮くくくっ⋮⋮ぜ、全然っ⋮⋮わら、笑ってなんて⋮⋮な、
﹁おい、笑うくらいなら着けんじゃねーよ⋮⋮﹂
!
というか、それ笑いを堪える努力ってする意味ないよね
﹁⋮⋮嘘つけ﹂
君いま面白かったって言ったよね。
﹂
⋮⋮マジかよ。今日一日これで過ごさなきゃなんねぇの⋮⋮
つーか、
﹁⋮⋮なんでウサギなんだ
?
﹁はぁ∼⋮⋮面白かった。先輩先輩、超可愛いです。超似合ってます﹂
指を当てつつ笑顔を向けてきた。
ひとしきり笑って笑い疲れると、ようやく顔を上げて、潤んだ瞳に
?
続ける一色をうんざりと見つめ続けることしか出来ないでいる俺。
その後もプルプルと笑いを堪える努力を見せながらも、永遠と笑い
⋮⋮
な に そ の 意 味 の 無 い 嘘。思 い っ き り 噴 き 出 し て ん じ ゃ ね ぇ か よ
!
なんだこいつ、可愛いすぎんだろ。
ヤバい。
なにがヤバいって、ウサ耳いろはすが可愛すぎるところ辺りがマジ
だ。
てやパンさんでも無い、なぜかウサギの耳が付いたカチューシャなの
そう。ディスティニー恒例のミキオさんでもミニコさんでも、まし
?
721
?
?
こ れ は ア レ か。自 分 を 一 番 可 愛 く 魅 せ る に は ウ サ 耳 が 一 番 だ と
知っての犯行か。完全犯罪成立です。
﹂
ちなみにウサ耳八幡の気持ち悪さは犯罪成立でした。
﹁もー、先輩はそんなことも知らないんですかぁ
重して頂きたい。つい見ちゃうだろうが。
?
﹂
のかよ。イースターってのはな、キリストの復活祭⋮﹂
?
ただの独り言だっ
﹁先輩いつまで一人でぶつぶつとうんちくたれてんですか
今いろはす居なかったのん
会計済ませてきたんで早く行きますよー﹂
﹁⋮⋮﹂
やだ恥ずかしい
たのん
もうお
だけの話だろ。そもそも日本人はイースターの意味なんて知ってん
させようかという大人の事情で無理やりひねり出したイベントって
イベント閑散期のこの時期に、いかに客を呼ぼうか、いかに金を落と
ウィンやらクリスマスみたいなでかいイベントが存在しない、言わば
よ。大体ディスティニーでイースターなんて取り上げたのは、ハロ
﹁なぁ一色、なんで俺らがそんなんで盛り上がらなきゃなんねぇんだ
⋮⋮ほーん、成る程そういう事か。イースターバニーな、うんうん。
いなくないですかー
かく今の時期に来たんだから、イースターバニーにならなきゃもった
﹁今ディスティニーはイースターで盛り上がってるんですよ
せっ
いくら薄いと言っても、それなりにちゃんとあるんだから少しは自
だからなんでそんなに偉そうに胸を張るんだよ。
?
?
図ってマジでヤバくないですかー
って言ってるそばからずんずんと行ってしまう一色の背中を、やれ
ちゃうのはいかがなものかと思います。
てか一色さん、人が熱く語ってんのに無視して一人でどっか行っ
?
やれと苦笑いで追い掛けるウサ耳八幡なのでしたー。
待ってよいろえもーん
!
722
?
!
ウ サ 耳 付 け た 俺 が 一 人 で デ ィ ス テ ィ ニ ー 商 売 ヘ イ ト を し て る 構
?
×
⋮⋮⋮⋮え
マジ
いやいや楽しみってお前⋮⋮
﹁ですです。えへへ∼、超楽しみですよねー﹂
﹁な、なぁ一色、しょっぱなからコレ乗んの⋮⋮
?
﹂
土産物屋で買い物を済ませた俺たちが最初に訪れた場所。それは
×
からね
今回は介抱してくれるおかんも介抱して欲しい葉山も居ないんだ
﹁いやお前スペマンて⋮⋮前にさんざんな目に遭っただろうが⋮⋮﹂
いたのだ。
炎の女王に介抱されるくらいに、ふらふらになって吐きそうになって
そう、記憶にも新しいが、一色は以前これに乗って、おかんこと獄
である。
れたランド三大マウンテンのひとつ、スペースユニバースマウンテン
今俺たちが並んでいる列の先にあるアトラクションは、言わずと知
?
?
いてるんですよ そんな昔の失態を未だに引きずってるとか、先
﹁はぁ∼⋮⋮先輩は一体いつの話をしてるんですかねー。時は常に動
ね。
一発目でコレって、これだけで今日一日が終わっちゃいませんか
?
⋮⋮大丈夫
﹂
?
それ壮大なフラグ臭しかしないんだけど。
たしならあんなの超余裕に決まってるじゃないですかー
﹁あの時はたまたま体調が優れなかったってだけの話です。普段のわ
⋮⋮昔もなにもほんの四ヶ月弱前の出来事でしょうよ。
すいませんね、しつこい油汚れ並みのしつこさで。
つこいです﹂
輩って結構しつこいですよねー。ウチの換気扇回りの汚れくらいし
?
﹁⋮⋮あっそ。ま、別にいいんならいいんだけどよ﹂
?
723
×
﹁ふえぇ⋮⋮﹂
通常のジェットコースターと違って、スペマンは暗闇の中をひたす
ら駆け回るコースターだ。
ゆえに乗ってる最中は次にどっちに曲がるかとか、上がんのか下が
んのかとかがイマイチ判別しづらい。まぁちゃんと見てれば分かる
んだけどね。
そんな暗闇のコースターに、ぶんぶん振り回され三半規管をぐわん
ぐわん刺激され、ようやくゴール地点へと辿り着いた一色は、壮大な
﹂
フラグ立てをしっかりと回収し、情けない声をあげながらふらふらし
ていた。アホか。
﹁⋮⋮だから言ったろうが⋮⋮大丈夫か
﹁は、はいぃぃ⋮⋮だ、大丈夫っ⋮⋮ぅぷっ⋮⋮﹂
なんとかアトラクション施設を抜けて出口までヘロヘロと歩き、一
色を近くにあったベンチに腰掛けさせた。
弱ったウサはすは、桃味天然水のペットボトル︵例のアレ︶をくぴ
くぴ飲みながらぐでぇっとうなだれている。
おい、いくら俺の前だからって油断しすぎじゃないですかね。あざ
とさのカケラもねぇよ。
帰る
﹂
﹂
﹁ち ょ っ と 休 憩 す れ ば 大 丈 夫 な ん で、ち ょ っ と 待 っ て て く だ さ い ー
⋮⋮﹂
そう言ってまたぐでぇっとなる一色。
﹁まぁ別に急いでるわけでもねぇからゆっくり休め﹂
﹁ふぁい⋮⋮﹂
それからしばらく休憩したのだが、一色は一向に動こうとはしな
724
?
これはアレだな。残念ながら致し方ない。
﹁どうする
﹁なんで帰るんですか
?
ゼロタイムで叱られちゃったよ。元気じゃん。
!
?
い。
それとも帰
これはいよいよ帰るか⋮⋮と思ったのも束の間、弱ったウサはすが
弱々しく声を掛けてきた。
﹁せんぱぁい⋮⋮﹂
﹁おう、どうした﹂
なんか新しい飲みもんでも買ってくるか
とビクビク興奮していたのだが、
?
﹁お願いがあるんですけどー⋮⋮﹂
﹂
﹁なんだ
る
ヤバい、また怒られちゃうゥゥ
?
﹂
今こいつなんつったの
﹂
トイレ行きたいんじゃないのん
﹁おう。そんなの好きにしろよ⋮⋮⋮⋮⋮⋮は
え
?
﹁ちょ
ま、まじですか⋮⋮
え
なにお前、手を
ダメ元で言ってみたのに⋮⋮﹂
勘違いだ勘違い
先輩は一度言ったこと曲げるん
!
俺のこと好きなの
﹂
?
な。
まさか昨日に引き続き、このキモいセリフを吐くことになろうとは
なの
﹁なぁ一色よ。なぜそこまでして俺と手なんか繋ぎたいんだよ。なん
だがまだ反撃の余地は残されている。てか実際意味わからんし。
ぐぅ⋮⋮勘違いとはいえ、とんでもない失言をしちまたよぅ⋮⋮
てくるのやめてもらえませんかね。
ちょっとここで何の前触れもなく、いきなり最大級の黒歴史を抉っ
それは本物と言えるんですかね﹂
なんですか勘違いって
?
?
なに言ってんのこの子
!
﹁⋮⋮え
﹂
﹁いやいや待て待て待て
は
繋ぐっつったの
は
?
なんで俺と一色が手を繋がなきゃなんないの
?
?
!
?
恐る恐る一色を見ると、それはもう物凄くびっくりしていた。
?
﹁⋮⋮そ、そのぉ⋮⋮て、手を、繋いでもらっても⋮⋮いいですか⋮⋮
ああ、トイレ行きたいのか。
一色は怒る様子もなく、俯きっぱなしでもじもじしている。
!
?
ですか
?
?
? !?
?
725
?
?
?
だがなりふり構ってなどいられない。ディスティニーで可愛い女
の子と手を繋ぐとか、想像しただけで八幡死んじゃう。
この一撃必殺の攻撃を加えればこうかはばつぐんのはずだ。
自意識過剰でキモいと生ゴミでも見るかのように蔑まれて、この問
題を有耶無耶に出来るであろう。
やだ犠牲が大きすぎ
から早く次に行きたいじゃないですかぁ⋮⋮ だったら、先輩に
ただー⋮⋮わたしまだふらふらですしぃ⋮⋮でも時間もったいない
﹁ガチでキモいんで勘違いしないでくださいお願いします。⋮⋮た、
大物が掛かったぜ
よしHIT
﹁ななななんですかまた口説いてますかごめんなさい﹂
!
え、えい⋮⋮だと
﹁⋮⋮えいっ﹂
でも回避しな⋮
言質は取られているが、ここはなんとか上手く誘導してなんとして
い。
とはいえ、さすがにそれを容認できるほど俺に度胸があるわけがな
が高くなってく一方だし。
じゃ、パスポート代金を時間配分で換算すると、一時間あたりの割合
で も デ ィ ス テ ィ ニ ー を 満 喫 し た い ん だ ろ う な。た だ 休 ん で る だ け
しかし意外としっかり者でリアリストの一色は、それを堪え忍んで
なんて嫌だし恥ずかしいのだろう。
また気まずそうに俯く一色を見るに、実際はこいつも俺と手を繋ぐ
⋮⋮ま、そんなとこだろうな。
引っ張ってってもらうのが一番効率いいってだけの話です⋮⋮﹂
?
だか手を繋いだくらいで顔ちょー真っ赤とかどんだけウブなんです
﹁まったく、いつまで固まってるんですかねこの先輩はー。てかたか
⋮⋮マジかよ⋮⋮
優しく包まれた。
一色の謎の掛け声とともに、俺の左手が柔らかくて温かいなにかに
?
726
!
!
か、ガチでウケるんですけど。ほらほら、早く行きますよー﹂
⋮⋮一色の小さくて温かい右手に包まれた俺の左手が、異常なくら
いの熱を帯びる。
そりゃ顔もガチでウケるくらいに赤くなってるだろうよ。
だがな一色、なにが初心だよこのやろう。
後ろ姿しか見えないから顔は見えんが、グイグイと引っ張って行こ
うとしてるお前の耳だって尋常じゃなく真っ赤じゃねぇかよ。お前
の手だって、俺の手くらい熱くなっちゃってるじゃねぇかよ。
⋮⋮緊張しちゃって手汗とかすげぇかい
あとで気持ち悪いとか言ったって遅いからな
﹁⋮⋮言っとくがアレだぞ
ち ゃ う か ら な ⋮⋮
感謝してくださいねっ﹂
ばちこーんとあざとくウインク。
﹁⋮⋮さいですか﹂
なんだよお前。ふらふらしてんじゃねぇのかよ
かよ。
超元気じゃねぇ
ふっ、今日一日だけは、しょーがないから特別に我慢してあげます♪
﹁⋮⋮ま、普段なら気持ち悪くて絶対に触りたくないですけどぉ、ふ
いに赤く染まっているくせに、お得意の小悪魔微笑を浮かべ、
その顔は予想通り⋮⋮というか予想を遥かに上回るほど、林檎みた
を引っ張り中だった一色がようやく振り向く。
俺のせめてもの照れ隠しの憎まれ口に、そっぽを向いたまま絶賛俺
⋮⋮﹂
?
ないのかよ
それに今日一日ってなんだよ。ふらふらが治るまでの間だけじゃ
?
巡った俺の右手と一色の左手は片時も離れることはなく、まるで初め
から一つのモノであったかのように、しっかりと繋がれたままだっ
た。
727
?
││結局その言葉通り、このあと各スポット、各アトラクションを
?
×
着を付けなけりゃならないんだな。
そして今日、ずっと誤魔化してきたこいつからの想いに、ついに決
魔化してきた。
ろう。気付いて、深読みして、気付かないフリして、そして自分を誤
いや、ホントのことを言えば、もっとずっと前から気付いてたんだ
態を。
だからさすがに気付いている。たぶん、これから起きるであろう事
⋮⋮なんだよ、鈍感系よりよっぽどタチ悪いじゃねぇか。
して、そして自分を誤魔化すだけだ。
俺はこう見えて鈍感系ではない。ただ、深読みして気付かないフリ
しまいそうにただただ儚く煌めく。
光り輝くイルミネーションに照らされるその横顔は、今にも消えて
傾けるでもなく、ただ切なそうに俯くばかり。
ちらりと横を見やれば、一色はパレードを見るわけでも音楽に耳を
からは、もう一言も言葉を発していない。
から少しずつ少しずつ口数が減り初め、パレードを見る為に腰掛けて
つい数刻程度前まで子供のようにはしゃいでいたのに、夕方くらい
くなっていった。
⋮⋮辺りが暗くなり始めた頃から、一色の様子がだんだんとおかし
る。
えるように、無言のまま、繋がった手から感じる温度だけを感じてい
キラキラと輝く夜のパレードを眺めている俺たちはその寒さに耐
四月も半ばとはいえ、海辺の夜はまだまだ寒い。
×
││俺は⋮⋮こいつの想いには││
728
×
﹁⋮⋮ねぇ、先輩﹂
﹁ん、どうした﹂
﹁パレード超綺麗ですよね∼﹂
﹁ああ、だな﹂
﹁パレードが終わったら、次は花火やりますね﹂
﹁まぁいつものことだしな﹂
﹂
﹁わたし、花火は白亜城の前で見たいんですよねー﹂
﹁おう。まぁいいんじゃねぇの
じゃあじゃあ∼、パレード終わったら速攻で一番いい
立っている。
││そして俺たちは、一色曰く花火を見る為のベストスポットに
﹁だから引っ張んなくても行くっての﹂
﹁ほらほら、早く早く∼﹂
﹁ちょ、おい⋮⋮引っ張んな﹂
﹁⋮⋮⋮⋮ではでは、とっとと行きますよー﹂
﹁⋮⋮そうだな﹂
﹁⋮⋮あ、ほら⋮⋮パレード、もう終わっちゃいましたね、先輩⋮⋮﹂
﹁⋮⋮﹂
﹁⋮⋮﹂
﹁えへへ∼﹂
﹁へいへい。ったく、しゃあねぇな﹂
場所狙っちゃいますよー﹂
﹁よっしゃ
?
この場所は、そう⋮⋮⋮⋮あの日、夜空から降り注ぐ光の花の中、一
729
!
色が葉山に想いを告げたあの場所。
※※※※※
﹂
﹁⋮⋮ずっと前から先輩のことが好きでした⋮⋮わたしと、付き合っ
てもらえませんか⋮⋮
緊張と羞恥で足が震えて立っているのもやっとだったけど、夜空に
咲いた花の光が優しく包んでくれていたからなんとかがんばれた。
私は今日、人生で二度目の告白というものをしてみた。
││││私は今まで告白なんてしようと思ったことが無かった。
気になる人、いいなって思う人に色んなモーション掛けて、相手を
惚れさせて告白させるまでのプロセスが楽しいというのに、自分から
告白するなんてナンセンスだ。
もっとも告白されるまでが目的みたいになっちゃってるから、いざ
告白された時にはもうその人には冷めちゃってるんだけど。
そんな私が、白亜城の前で光の花とディスティニーの音楽に包まれ
薄っぺらな笑顔の仮面を着けて、薄っぺらな仮面の笑顔を振りまい
て、可愛いわたしを演じて男の子たちにちやほやされてれば満足の
730
?
ながら、まさかこの人に自分から告白することになるなんてね。
×
×
当時の私は、本当に中身の無い女の子だった。
×
⋮⋮違うか、どこか満たされない空っぽの気持ちを誤魔化す為に、満
足したつもりになっていたのかもしれない。
そんな自分に気付かせてくれた先輩との出会いは、なかなかに酷い
ものだった。
〝可愛いわたし〟を妬んだクラスの女の子たちによる、イタズラと
言うにはあまりにもやりすぎな、虐めにも近いような行為。
って平気な顔で振る舞って⋮⋮でもその実、腹の中で
でも当時の私は、そんなのあたかも有名税でもあるかのように、な
んでもないよ
はどす黒い感情でずっとモヤモヤしてた。
モヤモヤしてたけど⋮⋮でもそんなかっこわるい感情は、ずっと仮
面の下に隠してたのに⋮⋮
﹃ちょっと悪目立ちしたら、そいつには何言ってもいいと思ってる。
遊びだから、ネタだから、いじってるだけだから。⋮⋮やっぱ、やら
れたらやりかえさないとな⋮⋮﹄
⋮⋮なんか、この人には私がわたしである事を全部見透かされてる
んだなって思った。
最初は視界にも入ってなかったような、そこらのモブ以下だと思っ
てたどうでもいい先輩に。
まったく⋮⋮そんな綺麗事並べまくって、そのあともあれやこれや
上手いこと言っちゃっても、ホントは単に自分の大切なものを、大切
な場所を守りたかっただけのくせにさ。その為に私を利用しようと
思っただけのくせにさー。
﹃先輩に乗せられてあげます﹄
⋮⋮でも、私はそれに、先輩に乗ることにした。
わたしを見透かしたことも、私を利用しようとしたことも、全部
ひっくるめて〝この人面白いかも〟って思っちゃたから。
乗せられてあげれば、この人にはもっと面白い目にあわせてもらえ
るかもって思っちゃったから。
って。
だからあの時、初めて私はわたしをやめて、素顔の笑顔を先輩に向
けたんだ。
たぶんあなたはこの私も受け入れてくれるんでしょ
?
731
?
││そしてそのなかなかに面白い先輩を本当の意味で意識したの
はあの時。
わざわざ思いなんて巡らせなくても、いつでもあの冷たく静まり
返った薄暗い廊下での光景が頭を過る。
﹃俺は⋮⋮本物が欲しい﹄
どうでもいい人から面白い先輩にランクアップはしたけど、でも
⋮⋮あんなに冷めてるだけだと思ってたあの先輩の熱い思い。
恥ずかしくたってカッコ悪くたって、大切な居場所を守る為に、一
歩を踏み出す為に吐き出した本当の自分。
ずっと空っぽで生きてきた私の心臓は、いとも容易く一発で鷲掴み
にされた。
そして悔しいけど羨ましいなって思った。だから私も欲しいなっ
て思った。その本物ってのを。
って。
﹃すごいな、お前﹄
って。
誰よりも照れ屋で不器用なくせして、照れくさそうに顔赤く染め
!
ちゃって。
ほんっとにずるずるです
!
ほんっとにずるいですよ、先輩は
だから私言いましたよね
?
732
そしてクリスマス前のディスティニーでの、人生で初めての告白。
でも、所詮本物でもなんでもない偽物の告白は、当然の如く夜空に
咲く光の花とおんなじように、綺麗さっぱり見事に散ってしまった。
そりゃそうだよね。ただ本物に憧れて本物が欲しくて、近くにあっ
その日の帰り道、先輩はこんな私
たものに無理やり手を伸ばしただけの偽物の告白だったんだもん。
⋮⋮でも、先輩は憶えてますか
に言ってくれたんですよ
?
﹃その、なに。あれだな、気にすんなよ。お前が悪いわけじゃないし﹄
?
﹃先輩のせいですからね、わたしがこうなったの⋮⋮⋮⋮責任、とって
?
くださいね﹄
せーんぱいっ
?
って。
ふふふ、だから今がその時なんですよ
?
⋮⋮⋮絶対に逃がしません。あの時の約束、きっちりとここで守っ
てもらいますからね
×
すぎちゃいましたもんね。
﹁⋮⋮なぁ一色。マジで言ってんのか⋮⋮
﹂
いくらわたしだって、このシチュエーションでこ
?
んなセリフ、冗談で言うわけないじゃないですかー
?
⋮⋮へぇ∼⋮⋮
お前って、葉山じゃねぇのかよ﹂
﹁⋮⋮なんつうか、よく分かんねぇんだけど⋮⋮なんで俺なんだよ。
にぷいっとそっぽを向く。
苦笑いで私の意見を肯定してくれた先輩は、次の瞬間照れくさそう
﹁⋮⋮だな﹂
﹁ふふっ、でもこういう方がわたし達らしくていいじゃないですか﹂
そういうトコ、ホントあざとくてムカつくんですよ、もう。
でも先輩はそんな私の安い演技に乗ってくれる。
んねぇんだよ⋮⋮﹂
﹁⋮⋮ったく⋮⋮なんで告白されてる最中に、相手に罵られなきゃな
ですよね。
でも身体も声も震えまくってるから、先輩には演技だってバレバレ
けて言う私。
破裂しそうな心臓をなんとか落ち着かせようと、わざとらしくおど
?
﹁バカなんですか
﹂
でも、やっぱりちょっとは予感してたのかも。今日はちょっと攻め
私の突然の告白に、先輩は戸惑いの色を隠せない。
×
﹁なんかちょっと意外です﹂
733
×
﹁あ
なにがだよ﹂
﹁わたし、先輩の事だから、これなんの罰ゲーム
とか、そんなの一時
の勘違いだろ⋮⋮とかくだらないこと言って、誤魔化して逃げようと
するもんだとばっかり思ってました﹂
そこは本当に意外。
もしそんなこと言うようなら、私が如何に先輩のことが好きなの
か、先輩が恥ずかしくて立ってられなくなるくらいまで、じっくり
じっくり語ってやろうと思ってたのに。
﹁⋮⋮お前は俺の事なんだと思ってんだよ⋮⋮。いや、まぁそう言っ
て逃げたい気持ちは山のようにあるんだが﹂
﹁やっぱりあるんだ⋮⋮﹂
﹁⋮⋮だがまぁ、なんつうか、今日の⋮⋮ってか今のお前を見てたら、
そんなしょーもないこと言うのが、なんかとんでもなく失礼な気がし
てな﹂
﹁⋮⋮っ﹂
そ、そっかぁ⋮⋮。私の真っ直ぐな気持ちは、ちゃんと受け取って
もらえてるんだ⋮⋮
⋮⋮でした
そんな先輩の言葉に、ようやく落ち着いてきてた心臓が、また激し
く高鳴り始める。
⋮⋮そ、そういえばなんで葉山先輩じゃないんだ
⋮⋮やっぱり、ホントずるい。
﹁ん
⋮⋮それを自覚してないから天然のたらしなんですよ先輩は⋮⋮
﹁⋮⋮はぁ∼﹂
ような人間でもない。葉山なんかとは偉い違いだ﹂
風に思ってもらえるようなことをした覚えもねぇし、思ってもらえる
﹁⋮⋮んで、なんで俺なんだよ。別に俺は一色に好⋮⋮その、そういう
まぁ自覚はしてますけれども⋮⋮
愕然と私を半目で見つめる先輩。
﹁⋮⋮お前ぶっちゃけすぎだろ﹂
便利アイテムです﹂
よね。まぁぶっちゃけてしまいますと、葉山先輩は先輩を落とす為の
?
734
?
?
!
呆れ果てた顔で深く深く溜め息を吐いた私に、先輩はちょっとビ
ビってるご様子。
﹁ホント偉い違いですよね⋮⋮ふふっ、まぁわたしの告白にYESで
もNOでもちゃんと答えをくれたら教えてあげます。わたしが如何
に先輩に心を盗まれちゃってるのかを、切々と、懇切丁寧に﹂
ちゃんと答えてくれなかったら、それを含めて全
﹁⋮⋮なにそれ、答えたくないんだけど﹂
﹁でもダメですよ
校集会で発表しちゃいますから﹂
﹁⋮⋮いやそれはマジで勘弁してくれ⋮⋮﹂
﹁ふふふ、それはわたしを生徒会長にした先輩が悪いんですからねー﹂
⋮⋮ではでは先輩、答えをどう
甘いですよ先輩。結局は全部そこに行き着くんですから。
﹁これが責任ってやつの重さですよ
ぞ﹂
﹁クイズ番組かよ⋮⋮﹂
そうになる。
ようやく口を開いた先輩の重い声に、私の心臓は一気に押し潰され
﹁⋮⋮一色⋮⋮俺は⋮⋮﹂
その表情はとても苦しそうに歪んでる。
││数十秒の間黙り込んでしまった先輩の顔。
全部包み込んでくれる先輩とのカタチなんだよね。
でも、これこそが何一つ飾ることのない素の私と、そんな素の私を
てる。
エーションのはずなのに、いつの間にかいつものペースになっちゃっ
ニーの音楽と光の花に包まれながらの、ムード満点最高の告白シチュ
んー、おかしいな。ディスティニーランドの白亜城前、ディスティ
?
これはあれだ⋮⋮またダメなんだね⋮⋮
また私の想いは届かない⋮⋮
735
?
⋮⋮⋮⋮でも、でもまだこれで終わりじゃないんですよ
﹁⋮⋮先輩は、憶えてますか⋮⋮
は取れない
先輩。
⋮⋮取る責任はあくまでも生徒会長の責任。その恋愛感情の責任
﹁⋮⋮責任、取ってくれってやつか⋮⋮。だがな、﹂
全燃焼の先輩は、困惑気味にこう答える。
せっかく答えを出そうとしてたのに、それを遮られてしまった不完
たこと﹂
あの日の帰り道に二人でお話し
完成なままの中途半端なお菓子が出来上がってしまうから。
そんな先輩を無視して私は言葉を紡ぐ。このまま答えたんじゃ、未
て、ひどく驚いている。
輩は、早く答えを出せと迫っていた他でもないこの私に言葉を遮られ
覚悟を決めて、私を切り捨てる為の答えを口にしようとしていた先
﹁先輩﹂
りのスパイスを。
女の子特有の、とてもずるくてとても甘い、とっても刺激的なとびき
まだ私は、この告白劇に最後のスパイスを振りかけてないんです。
?
でも先輩はやっぱり甘いですね。なぜなら私が今尋ねてるのはそ
れじゃないの。
﹂
﹁違いますよ、先輩。それよりもちょっとだけ前に言ったことです﹂
﹁⋮⋮へ
シゴを外された格好になり、なんとも間の抜けた声を漏らす。
﹁思い出してみてくださいねー。記憶力のいい先輩なら、絶対に憶え
﹂
﹂
てるはずです。⋮⋮んー、そーですねー、ヒントは⋮⋮可哀想とかそ
ういうの⋮⋮
﹁か、可哀想⋮⋮
間には﹁ああ⋮⋮﹂と記憶を手繰り寄せたみたい。
すると先輩はんー、と一瞬だけ過去の記憶に意識を巡らせ、次の瞬
?
?
736
?
そう言いたいんでしょうね、先輩は⋮⋮
?
てっきり責任取って発言かとばかり思っていたであろう先輩はハ
?
可哀想だって思うじゃない
さすが先輩。頭だけは無駄にいいんですよね。
﹃振った相手のことって気にしますよね
ですか。申し訳なく思うのが普通です﹄
⋮⋮これが私があの時先輩に放った言葉。
そう、すでにあの時から私の作戦は始まっていたのだ。先輩を簡単
に逃がさない為の、ずるいずるい作戦が。
そして私はわたしらしく瞳を目一杯に潤ませて、先輩に甘えた上目
遣いでこう迫るのだ。
って顔で
﹁ねぇ、せんぱい。昨日も言いましたけど、こう見えてわたしって、実
﹂
はディスティニー超好きなんですよねー﹂
﹁は
こいつこのタイミングでいきなりなに言いだしてんの
私をまじまじと見つめる先輩。
でもそんなのお構い無しに私は言葉を続ける。
られずにいたんですよねー⋮⋮﹂
これも、すべてはこの作戦の為に。
今日この瞬間にこの作戦が芽吹く為に、昨日のうちから蒔いておい
たスパイスの種。
そして私は言う。今にも芽吹きそうな新芽を無慈悲に摘むように、
この決定的なずるい言葉を。
﹁⋮⋮わたし、もしこれで先輩にまで振られちゃったら、トラウマ拗ら
せて二度と大好きなディスティニーに来れなくなっちゃうかもで
すー⋮⋮﹂
精一杯可愛く、精一杯あざとく、精一杯庇護欲をそそるように、私
737
?
わたしあの日以来、今日この日ま
?
で軽くトラウマになっちゃってて、その大好きなディスティニーに来
﹁でも、これも昨日言いましたよね
?
?
はそれを告げる。
それを聞いた先輩はもちろん当たり前のように固まっっちゃった
けど、そんなの知ったことじゃない。
⋮⋮今が勝負の時だから。
﹁⋮⋮女の子にとって、とっても大切なクリスマスに好きな人に振ら
れて、そして誕生日にまで大好きな人に振られたような場所なんて、
超可哀
先輩は、可愛い可愛い後輩のそんなトラ
もう一生来れなくなっちゃいそうじゃないですかー⋮⋮
想じゃないですかー⋮⋮
?
﹂
あげるのだ。
?
これは対先輩にだけ許されるずるさなんですよ
子。私だってドン引きだよ、こんなの。
⋮⋮でもね
?
││ホントに酷い言い分だと思う。普通に引くよね、こんな女の
うが女の子らしいじゃないですか∼って﹂
﹁だから前に言ったじゃないですかー
ちょっとずるいくらいのほ
弱々しい抵抗の声を聞いた私は、ニヤリと悪い笑顔を先輩へと向けて
先輩は物凄く引きつった表情で最後の抵抗を試みるけれど、その
﹁お、お前⋮⋮ずりーぞ⋮⋮﹂
ていうか脅し文句としか言えない。
は脅し文句という方がしっくりくる。
⋮⋮我ながらあまりにも酷い落とし文句。落とし文句というより
⋮⋮
ウマを、一生抱えて平気な顔で生きていけるような鬼畜なんですかー
?
とも、一番効率がいいと思える答えに落ち着いてしまう。逃げてしま
みして誤魔化して、最終的には自分が本当は望んでいない答えだろう
だからこんな風に直接好意を向けられても、いろいろと考えて深読
先輩は、他人から好意を向けられるのことにとても弱い。
て、先輩の為のずるさだから。
だって⋮⋮このずるさは、ずるい行為をしている私の為じゃなく
?
738
?
う。
単純に自分が傷付きたくないから。裏切られて傷付くのが嫌だか
ら。
確かにそれが大部分を占めてるとは思うんだけど、それだけならま
だいいんだよね。
でもそれだけじゃない。先輩にとっても、好意を向けている相手に
とっても一番辛いのは、もっと深くにある悲しい思考回路。
それは、例えば⋮⋮そう。││自分と付き合うことによって、相手
が被る風評被害││とかね⋮⋮
だから、もしも先輩が、本心では私からの好意を受け取りたいと
思ってくれたのだとしても、たぶん先輩は受け取ろうとはしない。
先輩は全然解ってないです。好意を向ける相手にとって
なんだかんだと一方的に勝手な理由をつけて、好意を振り払ってし
まうのだ。
でもね
は、それがなによりも辛いことなんだって。
ガチで腹立ちます。
私の為を思って断るとか、マジで何様だと思ってるんですかねー。
聖人君子にでもなったつもりですか
しいか嬉しくないか⋮⋮好きか嫌いかだけでいいんですからね
だからこれは、単なるきっかけをあげているだけ。
合ったりなんかしない。
くら可愛い可愛い後輩のお願いとはいえ、同情なんかで無責任に付き
ホントに好きじゃなきゃ、ホントに付き合いたいと思わなきゃ、い
だけはばしっと通ってる人だから。
だって、先輩はバカで捻くれ者でたまにキモいけど、ちゃんと信念
考えてはいない。
⋮⋮別にこの作戦で、先輩を脅してでも付き合ってもらおうなんて
?
他人からの真っ直ぐな好意には、余計なことなんて考えないで、嬉
だからこそ先輩に対してだけは、この作戦を使ってもいいんです。
?
739
?
本当は断りたいんだけど、こいつがここまで言ってるし、まぁ仕方
ないか⋮⋮って、先輩が自分に言い訳が出来る為のきっかけ。
もし先輩が、こんなに真っ直ぐに好意を向けてくる私の想いに応え
たいと思いながらも、そんなバカでしょーもない言い訳で逃げちゃう
ようなら、たぶん先輩は今後も言い訳を続けて誰からの好意にも応え
ないだろう。
⋮⋮それがあの二人だとしても。
だから私はここであなたを逃がすわけにはいかないんです。
たとえ私がここで散ったとしても、いつの日か本物を手に入れて欲
しいから。変な言い訳なんかせずに、ちゃんと自分の気持ちを大事に
してもらいたい。
││そんな、先輩の為先輩の為だなんて綺麗事を思ってたって、そ
こは恋するずるい乙女な私です。
振られたっていいだなんて言いながらも、本心ではやっぱり振られ
たくない⋮⋮先輩の本物は私であって欲しい、そして先輩という本物
が欲しいなんて、そんな邪な事を考えちゃう私は、スパイスまみれの
このレシピに、最後にもうひとつまみの甘い甘いお砂糖を加えて最後
の仕上げ。
﹁せーんぱいっ﹂
そろそろ魔法の時間も終わる頃。
││夜空を彩る光の花と音楽に包まれてるうちに、運命の魔法が解
けないうちに、わたしはこの告白の仕上げを完成させましょう││
そして私は真っ直ぐに先輩を見つめる。そっぽなんて向かせない
くらいに真剣に。
﹁⋮⋮わたしまだ先輩からプレゼントもらってないですよね。だから
わたしにプレゼントをください。⋮⋮わたしの十七回目の誕生日プ
レゼントは、また先輩と一緒にディスティニーに来られる魔法のパス
ポートが欲しいです﹂
740
ホント自分でもビックリするくらいの寒いセリフ。精神状態が普
通の時ならギャグでも言えないような恥ずかしいセリフ。
でもまぁ、ここまでの流れがあまりにもムード無さすぎてスパイス
効きすぎてたし、これくらい甘い方が甘党の先輩にはちょうどいいで
すよね
思った通り居心地悪そうに赤面する先輩は、ついに耐えきれなく
なったのか、ぷいっとそっぽを向いてしまった。
そしていつも見慣れた照れ隠し。頭をがしがし掻いて、やれやれと
溜め息まじりに、完成した甘くスパイシーな告白をゆっくり咀嚼す
る。
美味しくなかったですか⋮⋮
?
ふふふ、さぁ、感想をどうぞ。
お口に合いましたか⋮⋮
﹂
?
れはしても施しは受けん﹂
なにが可笑しいんだよ﹂
﹁⋮⋮⋮⋮ぷっ、あはははは
﹁あ
﹂
いってんじゃ、俺が施しを受けた形になっちまう。⋮⋮⋮⋮俺は養わ
ポート代は俺が払わなきゃ割に合わんだろ⋮⋮。なのにもう来れな
前 持 ち だ し な。払 わ せ て く ん な か っ た し。⋮⋮ だ っ た ら、次 の パ ス
﹁⋮⋮まぁ、なんだ。誕生日だってのに、結局今日のパスポート代はお
れるサイン。
このポーズでこのセリフを吐いたときは、私のわがままを聞いてく
私は知っている。先輩のしょうがないは、照れ隠しのOKサイン。
﹁ああ⋮⋮しゃあねぇな﹂
﹁⋮⋮しゃあない、ですか
﹁⋮⋮ったく⋮⋮しゃあねぇなぁ⋮⋮﹂
?
!
⋮⋮せっかくわたしが超甘くしてあげたのに、返ってくる感想が
超最低っ﹂
741
?
﹁くくっ⋮⋮だ、だって、ホント先輩ってどうしようもないんですもん
?
⋮⋮⋮⋮ぶっ
!
!
﹁アホか⋮⋮甘過ぎだってんだよ⋮⋮﹂
ホントにやれやれですねー、先輩は。
超感激してます
﹂ってアピールしたいところなのに、
せっかく想いが届いたのに、ホントだったら涙とか流して﹁わたし
超幸せです
た涙だけじゃないですか、まったくー。
でもまぁ、今日はこれくらいで勘弁してあげますね
せーんぱい
?
しこたま笑ってしこたま涙を流してようやく落ち着いてきたわた
!
わたしの瞳からとめどなく流れてくる涙は、笑いすぎて出てきちゃっ
!
しは、逃げられちゃわないようにすっと先輩との距離を詰め、そして
先輩の唇に
そっと唇を寄せる。
先輩の頬に
?
ささやきを。
﹁⋮⋮せんぱい
⋮⋮だ
?
⋮⋮⋮⋮な
?
私は煌めく光の花に照らされて、絶妙な手の角度と腰の角度がポイ
の国の夜空に打ち上がる。
この時を待っていたかのように、本日四月十六日最後の花火が運命
そして神様のイタズラか、はたまた運命の魔法か。
顔を浮かべて後ろへひとステップ。
先輩がビクッと仰け反ったのを見計らった私は、ニヤリと小悪魔笑
のでっ﹂
から、先輩は頑張ってわたしの本物になってくださいね
わたし、頑張って先輩の本物になりますね
そして私はそっとささやく。この捻くれものの素敵な先輩に愛の
⋮⋮あの日と同じ、あのモノレールの帰り道と同じトコ。
私が唇を寄せたのは先輩の耳元。
願いしますごめんなさい。
いやいや違います。そういうのはちゃんと段階を踏んでからでお
?
?
742
!
ントのお得意敬礼ポーズをびしっと決めて、お砂糖とスパイスたっぷ
り出来たてホカホカの愛する彼氏さんをメロメロに悩殺してやるの
だ
﹁これからずっとずっと⋮⋮よろしくです♪﹂
終わり☆
743
!
女王様は初めてのお出掛けでどうやらご機嫌なご様
子です︻前編︼
まだ薄日が射す程度の一日の始まりの時間、ピピピッとけたたまし
なんで
││
い電子音に夢の世界から強制的に引きずり下ろされる。
││え
今から東京に集合だから﹄
﹁⋮⋮あー⋮⋮もしもし﹂
です。
て幸せだよね。従者にはそんな権利ないんすよ、ホント羨ましい限り
これは出るべきか出ざるべきか⋮⋮なんていう選択肢がある人っ
したものに決まっている。
ちなみにもちろん俺が入力したわけではない。本人が勝手に入力
が表示されていた。⋮⋮優美子⋮⋮と。
を知らせる時間表示ではなく、とある人物からの電話を知らせる文字
表示された文字は、寝呆け眼で思い浮かんだ目覚まし解除のし忘れ
﹁⋮⋮げ﹂
だった。
に表示された文字を見て、俺は思わず一文字だけの言葉を発したの
思考の定まらないボンヤリとした頭で何気なしに見たディスプレイ
もしかして癖で目覚ましのセットを解除し忘れたのかも⋮⋮そう
するわけがないのだ。
なぜなら今日はGW真っ最中。俺のスマホが目覚まし機能を発揮
それが本日、頭に最初に浮かんだ思考だ。
?
なんだって
﹃あ、ヒキオー
⋮⋮え
?
?
744
?
?
﹁ちょ、ちょっと待ってくださいませんかね三浦さん⋮⋮と、東京って
﹂
なに
?
東京っつったらあーし達の隣の県に決まってんじゃん﹄
﹃は
?
⋮⋮県じゃねーから。
﹁い や い や、そ り ゃ 東 京 く ら い 分 か る っ つ ー の。な ん で 東 京 な ん だ
よって話だよ。しかも集合が東京って範囲広すぎだろ﹂
﹃東 京 っ つ っ た ら 東 京 駅 に 集 合 に 決 ま っ て っ し。ダ ッ シ ュ で よ ろ し
くー。あ、着いたら電話﹄
そう従者に簡潔に指示を出した女王様は電話をお切りになられま
した。
うん。早く行こう。
ワケが分からないよ、などという不毛なキュゥべえ的思想など即座
にトイレに流して即東京駅へと向かった俺は、無事合流を果たしたな
んかちょっと上機嫌なご主人様に、なぜか新幹線の切符を渡されてさ
らなる旅路につく。
そうだよね、もう考えるのはよそうね。
八幡は、今なぜか遠い軽井沢の地に立っています。
今こそ言おう。ワケが分からないよ。
745
隣の席で安らかな寝息を立てる三浦を起こしてしまわぬよう無と
化した俺は、目的地に到着して三浦に新幹線を降ろされるまで、我が
身に起こった不可思議な出来事を走馬灯のように振り返っていた。
おかしいな、確か今日はリビングでダラダラと菓子でも食いなが
ら、蓄まってたプリキュアを見る予定だったんだけどなー。
﹂っと気持ち
!
﹂
改札を出て駅構内から出たところで、三浦は﹁んー
よさそうに伸びをして一言。
﹁やっぱ空気うまーい﹂
GWっつったら軽井沢っしょ﹂
﹁⋮⋮いや、あのさ⋮⋮な、なんでいきなり軽井沢
﹁は
?
││そう。早朝から叩き起こされて三浦に連行された俺 比企谷
﹁⋮⋮そんな常識知んねーよ⋮⋮﹂
?
×
こないだGWどっか行こうって言ったっしょ﹂
﹂
?
しら
的に決めた事を、二人の同意みたいに言うのはやめていただけないか
お前と一緒に予定を立てた記憶が無いんだけど⋮⋮。一人で一方
時、あ、じゃあ軽井沢行っちゃおうかなって。へへっ﹂
結構好きなんだよね。んで、こないだヒキオとGWの予定立ててた
﹁あー、あーしさぁ、子供の頃よく親に連れてきてもらったことあって
﹁⋮⋮で、なんで軽井沢
話になってはいたのだが、なぜに軽井沢なんだよ。
そんな三浦とつい先日、確かにGWにどっか行こう︵強制︶という
ま、良い奴ではあるんだけどね。
とても厄介なやつだ。
替えした三年から、不本意ながら友達ということになってしまった、
││三浦優美子。こいつは二年の時からのクラスメイトで、クラス
ですよねー、お見通しですよねー。
﹁大体さぁ、事前に言っといたらヒキオ絶対逃げんじゃん﹂
⋮⋮
事前に予定を言っといてくれりゃ、なんとしてでも逃げ出したのに
ちまうとは⋮⋮。ちょっと侮ってたわ。
に、まさか実現しちまうとは⋮⋮どころか、まさかこんな遠出になっ
まま学校が休みに入ったから、その話は流れたもんかと思ってたの
クソッ、マジで油断してたぜ。GW前になにも言って来ないでその
いや、そういう問題じゃなくてだな⋮⋮
﹁なんで
﹁⋮⋮ったく。こんなとこに来る予定があんなら早く言えよ﹂
意識にも入れない三浦は、先を急ごうと足早に歩きだす。
怪訝な表情を浮かべまくっているであろう俺のことなど視界にも
×
?
⋮⋮なんて不満には思っていても、へへっと楽しげに綻んでる無邪
?
746
×
気な笑顔を見ちゃうと、まぁいいかと思えてきちゃう最近の俺は、ど
うやら意外にも三浦のことが気に入っているらしい。
とにかくこいつって、俺が言うのもなんだけど生き方が不器用なん
だよな。ホント俺が言うのもなんですね。
これほどの容姿とこれだけのカリスマ性、そして実は〝おかん〟と
言われる程の︵言ってるの俺だけだけど︶優しい母性を備えていれば、
もっと上手く立ち回ればいくらでも良い人生が歩めるだろうに、今で
は新しいクラスメイトよりも俺なんかを選んでしまったばかりに、ク
ラスで浮いた存在となってしまっている。まぁ元々が人の上に立つ
お方だから、多少浮いたくらいじゃ頭の高さは元と大して変わらんけ
ども。
とにかくあまりにも自分に正直すぎる余りに周りから誤解を受け
るのだ。かくいう俺もその誤解をしていた一人だし。
その不器用さと本当の内面を垣間見た最初のきっかけは、クラスで
747
の由比ヶ浜とのいざこざやテニス対決のあと。
俺はてっきり三浦と由比ヶ浜の間には、もう埋まらない溝が出来た
とばかり思っていたのに、三浦は何事もなかったかのように由比ヶ浜
を受け入れた。
普通ああはいられないと思う。友達と言いつつも、どこか見下して
いるというか、単なる取り巻きとしてしか見ていないだけの女王様
だったら、あれは絶対に有り得ない。
つまり三浦の傲慢な我が儘は、自身を女王と思って振る舞っている
からではなく、単に不器用なだけなのだ。お互いに腹を割って話せる
友達が欲しいだけなのに、あのキツい性格が邪魔をしてそう思われて
しまっているだけなのだ。
だからまぁそういうところがちゃんと見えてくると、こいつの我が
﹂
早くしろし、時間もったいないっしょ﹂
儘もなかなか可愛く思えてきてしまうのが不思議なもんだ⋮
﹁痛って
﹁ヒキオー⋮⋮
でげしげし蹴ってくるこいつは、やはり紛ごうこと無き傲慢な女王様
⋮⋮前言撤回。感慨に耽っている俺の脛を、不機嫌そうに腕を組ん
?
!?
そのものである。
×
だけど、アレか
﹂
俺まったく軽井沢について知んないん
浅間山とか白糸の滝とか
まぁ白糸の滝とか超綺麗だけど、あそこはさすがに車とか無
?
?
﹁⋮⋮旧道
﹂
とかってとこ。ほら、テレビなんか
〝軽井沢と言えば〟な、メインストリート的
﹁あ、んーと⋮⋮旧軽井沢銀座
?
でよく流れんじゃん
?
るだけ。とりあえず旧道行って店とか見て回るし﹂
いと行けたもんじゃないから、今日は歩ける範囲を適当にブラブラす
﹁ん
?
﹁なぁ、どこ向かってんの
てるのかとか全然分からん。
んの知識も無く、駅を出てからひたすら歩くばかりで今どこに向かっ
しかし俺は軽井沢に対してはそんな程度のイメージだけで他にな
しで、よくよく考えてみれば軽井沢のイメージにぴったりだな。
てるイメージがあるから、こいつ我が儘お嬢様っぽいしテニス上手い
それはそうと、そういや軽井沢って金持ちが避暑に来てテニスやっ
×
のってなんなんでしょうかね。
﹁⋮⋮んで、そのメインストリートとやらにはいつ着くんだ
?
﹁もうちょいかな。あー、でも今日はまだまだ歩くし、駅前でレンタサ
し。
と思ってたんだけど、意外と普通なのな。駅だって綺麗ででかかった
いている。てか軽井沢って、駅出たらずっと森にでも囲まれてんのか
駅を出てから、ちらほらと店がある大通りを、ただただまっすぐ歩
だ。普段歩かな過ぎだろ。
かれこれ30分くらいは歩いてんな。普段の俺なら三日分くらい
ンの割には、さっきから随分歩いてる気がすんだが﹂
メイ
⋮⋮ああ、なんか見たことあるかもな。にしても俺の好きそうなも
好きそうなのも売ってっし﹂
なとこ。色んな店あっから結構楽しいんだよね。ちょっとヒキオが
?
748
×
?
イクルしちゃっても良かったかも﹂
﹂
さっきからアホ面観光客っぽい
﹁⋮⋮ そ ん な に 歩 く の か よ ⋮⋮。で も あ れ だ、チ ャ リ 借 り ん の は
ちょっとな⋮⋮。だってアレだろ
のがウキウキ笑顔で漕いでる二人乗りとかのやつだろ
あんなんしか貸してなかったら、商売あがったりに
こ ん な に 混 む も ん な の
G W の 軽 井 沢 っ て ⋮⋮。も う 人 を 掻 き
﹁な、なんだこれ⋮⋮めちゃくちゃ混んでんじゃねぇかよ⋮⋮﹂
⋮⋮うわぁ⋮⋮
やく目的地に到着したようだ。
そんなくだらない会話を楽しみつつダラダラと歩いていたら、よう
なっちゃうよね
そりゃね
﹁⋮⋮あ、そ、そう﹂
﹁⋮⋮普通のも貸してっから﹂
三浦と二人でアレ乗るとか完全な罰ゲームでしかない。
リがたまに走ってんだよな。
そう、さすが有名観光地。さっきから恥ずかしい前後二人乗りチャ
?
?
﹁そう
お盆の時とかこんなもんじゃ無いし﹂
違いでは無いのかも知れない。
しょ﹂とかいう意味不明なセリフも、一部の人達にしたらあながち間
さっき三浦が当たり前のように言ってた﹁GWっつったら軽井沢っ
分けないと先に進めないレベル。
?
れちゃうんじゃない
かったのか。
?
?
ます。
﹁⋮⋮それでいいとか思ってんの
﹁思ってないです﹂
﹂
統率の取れていない人混みをなによりも嫌う俺には無理だと思い
﹁あ、あのさ、俺、通りの入り口で待っててもいいか⋮⋮
﹂
元 も 子 も な い だ ろ そ れ じ ゃ。や は り 自 宅 最 強 説 は 間 違 い で は 無
?
749
!
!
マジすか。有名避暑地恐るべし。避暑に来てんのに人の熱気で倒
?
抵抗なんて無駄やったんや
と最初から分かっていた物分かり
のいい俺は、その後恐ろしい人混みの中を無理やり引きずり回され、
人混みを掻き分けて色んな店を見て回る羽目となりました。
服屋や雑貨屋、あとは三浦曰くよく雑誌やテレビなんかにも出るら
しい有名なパン屋なんかにも寄って、あらかた三浦が満足した頃に
は、俺はすでに息をしていなかった。
さすがにそんな様子を見兼ねた女王様は、なんとなんと従者の俺な
んかに優しさを見せて、通りの入り口で待っている許可を与えてくだ
さったのだ。さすがおかん。
元々三浦のせいで死にかけてんのに、今はなぜかその三浦の優しさ
に感涙している始末。これがDV被害者の心理ってやつか。
﹁お疲れヒキオ。はい、これ食べな﹂
と顔を上げると、その三浦
再度店を回り始めたはずの三浦を通りの入り口付近で待っていた
もう店を回るのやめたのか
時、不意に優しい声が掛けられる。
あれ
?
出してくれていた。どうやらコレを買いに行ってくれてたらしい。
﹁⋮⋮お、おう、サンキュ。なんか悪いな﹂
﹁き、気にすんなし。引きこもりのヒキオを、人混みであんなに連れ回
しちゃったのはさすがにやりすぎたっつーか⋮⋮ま、だからほら﹂
心配してくれてる割には悪口も忘れないよね、この子。
ま、これがこいつなりの照れ隠しなんだけど。やっぱ雪ノ下に通じ
るとこあるなぁ。
﹂
﹁おう、じゃあ有り難く頂きます。⋮⋮てかこれ、チョコソフトかなん
かか
と思いつつも、疲れた身体と頭がどうしようもなく
コレート色⋮⋮よりもやや薄めの色をしていた。
何味なんだ
れなかった。
糖分を欲してしまい、俺の口は三浦の答えを待つ暇さえも与えてはく
?
750
!
の手には二本のソフトクリームが握られていて、そのうち一本を差し
?
極力三浦の手に触れないように受け取ったソフトクリームは、チョ
?
﹁⋮⋮これ、コーヒー味⋮⋮か
﹂
た っ し ょ ヒ キ オ が 好 き そ う な も の 売 っ て る っ て。あ ん た、あ の
﹁⋮⋮ジジィかっての。⋮⋮でも、へへっ⋮⋮良かった。さっき言っ
﹁⋮⋮すげぇ美味い。生き返るわ﹂
身体に染み渡る。
ああ⋮⋮まぁ知んないけど、でもマジで美味いわ。なんか、疲れた
だからそんな常識知んねぇよ⋮⋮
﹁そ。⋮⋮てか旧軽井沢銀座って言ったらモカソフトっしょ﹂
?
くっそ甘いコーヒーばっか飲んでっから、モカソフトとか好きなん
じゃないかなーって﹂
﹁あ﹂
そうか、こいつが言ってたのってコレのことだったのか。
ちゃんと友達の好みを考えて、友達に合わせてもくれるんだよな、
三浦って。
もっとも俺の本当の好み︵自宅警護︶には一切合わせてくんないけ
ど。
それにしてもホント三浦っておかんだよな。美味そうにソフトク
リームを頬張る俺の顔を見て優しく微笑む姿なんかはマジおかん。
﹂
そしてある程度俺の様子を伺って満足したのか、三浦もようやく自
分の分を食べだした。
﹁んー、やっぱ美味いわ。超ナツいんだけど
キモッ﹂
べ、別に見てねぇよ。⋮⋮ま、その⋮⋮なんだ、好み
﹁⋮⋮なにニヤニヤ見てんの
んだよ、なかなか可愛いじゃねぇかよ。
笑ってしまいそうになる。
ないが、俺も三浦が美味そうにソフトクリームを頬張る姿を見てつい
さんざん美味そうに頬張ってる姿を見られたお返しってわけじゃ
!
﹁⋮⋮あっそ﹂
ばっちりでマジで美味かったわ。ごっそさん﹂
﹁ばっ⋮⋮
?
751
?
!
そっけなく﹁キモッ﹂とか﹁あっそ﹂とか言いながらも、どうやら
まんざらでも無いらしい女王様は、自慢のドリルをみょんみょんしな
がらそっぽを向いて、真っ赤な顔を若干ニヤつかせながらソフトク
リームをペロペロ舐めているのだった。
はてさて、女王様と従者の初めてのお出掛けは、まさかの小旅行と
なってしまったわけだが、このあと一体どうなりますことやら。
続く
752
女王様は初めてのお出掛けでどうやらご機嫌なご様
子です︻後編︼
清涼感漂う軽井沢独特の空気感、緑ゆたかな森の中の散歩道。
旧軽井沢銀座をあとにした俺は、三浦に連れられるがままに森を彷
徨っている。
駅前から旧軽井沢銀座に向かうまでの道はなんというか普通で、都
会︵我が街・千葉︶から少し地方に来たくらいな気分だったのだが、駅
方向へと道を引き返しただけなのに、通りから一本横道に入っただけ
でそこは全くの別世界と化していた。
整然と立ち並ぶ木々に囲まれた真っ直ぐな一本道をただただのん
びりと散策する、まさに軽井沢のイメージそのものの世界だ。
753
揺らめく木漏れ日と五月の爽やかな風薫る、この最高に心地の良い
散歩道。
そんな素晴らしい散歩を楽しみながら隣を歩く女王様は⋮⋮⋮⋮
なんだかご機嫌があまりよろしくないようです⋮⋮
なんかさっきから不機嫌そうにチッチチッチ舌打ちしてるんです
よ⋮⋮どうしたらいいんですかね⋮⋮
﹁⋮⋮あ∼、ムカつく﹂
でもまぁ俺は三浦がなににイラついているのかは大体検討がつい
てるんだよね。だって分かりやすすぎなんだもん。
﹁⋮⋮チッ、せっかく気持ち良い空気のなか気持ち良く散歩してんの
に、公衆の面前でイチャイチャしてんじゃねーし。ここは自然を楽し
む場所であって、イチャイチャしたいんなら家帰れっつうの﹂
そうなんですよ。なんかイチャイチャしたバカップルが横を通り
気候的にもロケーション的にも最高だし、GWと
過ぎるたびに不機嫌さが増していくんですよ。
まぁそりゃね
もなれば人目もはばからずにイチャイチャを見せ付けるバカップル
?
主に俺の心臓の為にも。
達が有名観光地に沸いてきちゃうのも分かるんだけどさ、もうちょっ
と自重してもらえませんかね
しっかしアレだな。俺みたいなのとか平塚先生みたいなのが、こう
いう胸クソ悪いイチャイチャカップルに憎しみの呪咀を投げ掛ける
なら分かるんだけど、三浦みたいなリア充の女王様でも爆発すればい
いのにみたいなこと思ってるもんなんだな。
﹁あ∼あ﹂
また新たな一組のバカップルが横を通り抜けていったあと、三浦は
盛大な溜息を吐く。
そしてこいつはそのあととんでもないセリフを吐きやがった。
﹁やっぱこういうトコは隼人と来たかったなー﹂
⋮⋮すいませんね、八幡で。
この、初めから俺には無理難題なんだよ⋮⋮という一見無慈悲に思
えるようなお言葉。
普通なら反感を持ってもおかしくないようなこのセリフなのだが、
むしろ今の俺には安心したというか、どこかホッとしてしまうような
一言だったりする。曲がりなりにも、こいつとは友達だしな。
││三浦優美子は、葉山隼人に振られている。
由比ヶ浜はその事に触れなかったものの、三年に上がったくらいか
らなんとなくそんな気がしていたのだが││なにせあれだけ葉山と
一緒に居たがった三浦が、クラスが替わった途端に付き合いをやめて
いたのだから││一緒にメシを食うようになってからのある日、不意
に三浦はこう告げてきたのだ。
﹃あんさぁ、あーし、隼人に振られたから﹄
あまりにも不意打ち過ぎたし、そもそも俺にはそういう時になんと
答えれば正解かなんて分かるわけもないから、情けないことにアホ面
ぶらさげて﹁そうか﹂と一言返すくらいしか出来なかった。
754
?
あのお互い一言ずつの重いやりとり以降、決して葉山の名を出すこ
との無かった三浦。
だから三浦がわざわざこんな軽口を叩いて来たってことで、俺はな
んとなくホッとしてしまったのだ。こいつやっと吹っ切れたのかな
⋮⋮と。
たぶんだが、三浦も友達である俺にそう告げたかったから、あえて
あんなセリフを吐いたのではないだろうか。もうあーし吹っ切れた
から余計な気ぃ遣うなし、と。
もちろん俺からそれを聞くだなんて不粋な真似なんか出来やしな
いけども。
そんなことを考えていると、なんだか胸の奧が少しだけむず痒いよ
うな、でも少しだけあったかくなるような
ふにゅん。
そんな不思議な気持ちになる。なんだかんだ言っても、三浦は三浦
付けてやんないとなんか負けた気分になんじゃん﹂
なんだよその理論⋮⋮なぜ人はわざわざ争いの中に身を投じるの
か。て か 別 に イ チ ャ つ い て る カ ッ プ ル 共 は こ っ ち な ん か 気 に し て
ねーから。
ふ ぇ ぇ ⋮⋮ や ば い よ ぅ ⋮⋮ い い 匂 い だ よ ぅ ⋮⋮ め ち ゃ 柔 ら か い
よぅ⋮⋮
⋮⋮もう説明するまでもないだろうが、つまりは三浦が突然俺の腕
に腕を絡ませてきたのだ。思いっきりアレが当たってます。むしろ
ヒキオの分際であーしにくっつかれんのが不満なワケ
押し付けてきてます。
﹁⋮⋮なに
?
755
なりに俺にも気を遣ってくれてんのかもな⋮⋮ってふにゅんてなに
﹂
?
なんか見せ付け
いきなりなにしてんの⋮⋮
だってさっきからバカップルウザくない
﹁ちょ、ちょっと三浦さん
﹁は
?
られてるみたいでイラつくし。⋮⋮だ、だったらあーしらだって見せ
?
?
﹁⋮⋮ま、しゃーないから今日はヒキオが彼氏役でいいし﹂
?
﹂
﹁⋮⋮や、むしろ最こ⋮⋮いや、なんでもないです﹂
ヒキオが嬉しく
あまりの心地好さに思わず本音がダダ漏れになりかけた俺を見て、
三浦はニヤァっと口の端を歪める。
﹁ま、あーしプロポーションには結構自信あっし
﹂
?
と勝ち誇ったかのように、顔を赤くしちゃってるであろ
なっちゃうのも分かっけどぉ
ふふん
?
浦。
やめて
動かないで
超柔らかいから
!
居るあいだはこれに決定だから﹂
じゃ八幡の八幡が持ちませんよ
こ ん な ん
つーわけで、今から軽井沢に
マ ジ す か ⋮⋮。こ れ で こ の あ と ず っ と 過 ご す の ん
?
し、仕 方 な く な ん だ か ら ね っ
別 に 万 乳 引 力 の 誘 惑 に 引 か れ
ちゃったわけじゃないんだからっ
緑を映す水面がとても美しい雲場池に立ち寄ったり、森の中に突如現
旧軽井沢銀座をあとにしてからは、そこから程近い観光スポット、
むにゅと楽しむ散歩ってなんだよ。
まま気の向くまま、むにゅむにゅと気ままな散歩を楽しんだ。むにゅ
この散策は三浦も特に目的地があるわけではないようで、足の向く
!
して大人しく従うことにしましょうかね。
てた三浦がようやくご機嫌を直したみたいだし、従者たる俺は心を殺
たいんだけど⋮⋮でもま、さっきまで不機嫌丸出しで舌打ちしまくっ
た、確かに色々とヤバいんだけど、正直恥ずかしいんでやめて頂き
﹁∼∼∼♪﹂
子で、有無を言わさずにぐいぐいと俺を引っ張っていく。
そんな従者の複雑な心の葛藤など女王様には一切興味がないご様
!
?
キオもまんざらじゃ無さそうだしぃ
﹁どうしてもヤダっつうんならあーしも考えたけどさぁ、なーんかヒ
!
う俺の動揺を隠せない顔をニヤニヤと嬉しそうに覗き込んでくる三
!
!
!
756
?
れたカフェを楽しんだりと、もともと徒歩で歩き回ることに乗り気で
はなかった俺でさえ、何だかんだ言って散策を満喫してしまってい
た。
それもこれも軽井沢特有のこの心地好い空気と景色、そして二の腕
を優しく包み込む心地好い感触がそうさせてくれたのだろう。はい
はいおっぱいおっぱい。
そんな、あまりの幸福感に脳がトロけそうになっていた時だった。
あれっ⋮⋮﹂
不意におっぱいが⋮⋮違った、三浦が立ち止まり前方へすっと指を伸
ばす。
﹁⋮⋮あ、ヒキオ
三浦が指差したその先にあったもの、それは白樺に囲まれた小さな
小さなチャペル。
そしてそのチャペルでは今まさに一組の若いカップルが、喜びのな
か祝福の鐘の音を一身に浴びていた。
﹁⋮⋮わぁ﹂
さすがに無関係の高校生が式に近寄れるワケはなく、遠巻きからそ
の姿をただ眺めるだけではあるのだが、三浦は祝福を受けている新た
な夫婦をほわんとした乙女の表情で見つめている。
ったく、ホントこいつって、普段の女王様然とした姿しか知らない
ヤツからしたら、全く想像出来ないくらいの乙女なんだよな。
もしかしたら﹃将来の夢はお嫁さん﹄なのかも知れないってくらい
には乙女丸出し。解ってはいるんだけど、つい先ほどまでとのあまり
のギャップについつい微笑んでしまう。
ま、そんな優しげな笑顔されちゃったんじゃしばらく動くわけにも
いかないし、もうしばらくはあの若いカップルのこれからの幸せを、
ご主人様に付き合って、共に見送ってあげましょうかね⋮⋮と、三浦
からカップルへと視線を戻した時だった。
﹁⋮⋮ねぇ、ヒキオ﹂
つい今しがたまでのカップルに向ける感嘆の声とのあまりの声の
トーンの違いに、俺は思わず再度三浦に目を向けてしまう。
そしてその視線の先にあった横顔は、寂しさを湛えながら儚く消え
757
!
入りそうな、そんな横顔。
そして三浦が次に発した言葉。それはつい先ほど俺の頭のなかを
過った無責任な思考をいとも容易く否定し、そして後悔させてくれる
言葉だった。
﹁⋮⋮あーしさ、隼人のこと⋮⋮ホントに好きだったんだぁ⋮⋮﹂
×
もんじゃないしな。見た目だけじゃなく中身も。⋮⋮ホントよくよ
﹁⋮⋮そりゃそうだろ。あんな格好良い男はそうそうお目にかかれる
んだ∼⋮⋮って。それからはもう隼人に夢中になっちゃった﹂
﹁だからさ、総武来て隼人に会ってマジビビった。へぇ、こんな男居る
い男ってのがそうは居ない。
大抵の男じゃ三浦に気圧されちゃうし、そもそも三浦よりも格好良
だろうな。
になれたこと無かったんだよね﹂
さ﹄とか﹃カッコ悪﹄とかしか思えなくてさ、今まで心から男を好き
﹁⋮⋮あーしこんな性格してっからさ、どんな男を見てきても﹃だっ
真っ直ぐとチャペルに目を向けたまま。
で も 女 王 様 は そ ん な こ と は 知 ら な い。だ か ら 三 浦 は 語 り 続 け る。
すか。
るような上手い切り返しが出来ないから、胸が傷んじゃうじゃないで
いう時、俺みたいな役立たずの従者ではご主人様のご期待に添えられ
たく⋮⋮ホント従者の気持ちも少しは考えてくださいよ⋮⋮こう
話なのだろう。
だから今だって、いつも通りにこいつのペースを守っているだけの
自分のペースを相手に強いる。
女王様気質からくるものなのかどうかは知らないけど、いつだって
こいつはいつも突然だ。
×
く考えたらマジムカつくわ﹂
758
×
﹁ふふっ、だっしょぉ
﹂
隼人、超∼格好良いもんね。つーかヒキオご
ときがなに隼人に対抗意識燃やしてんの
う っ せ。対 抗 意 識 な ん て 持 っ て ね ー よ。厳 然 た る 劣 等 意 識 だ け
だっつの。
﹁⋮⋮だから、本当に好きだった。あーしの人生で、あんなにもドキド
キしたことって今まで無かった⋮⋮あんなにも毎日が輝いてたこと
無かった﹂
││さっきは﹃吹っ切れたのか﹄なんて無責任に思ってしまったが、
そんなことは無い。そんなことあるはずが無い。
だってこいつは、あんなにも葉山が好きだったのだ。あんなにも恋
い焦がれてたのだ。
由比ヶ浜の前でならともかく、俺や雪ノ下の前でまで、こいつご自
慢のメイクをぐちゃぐちゃに落としてボロボロのパンダになってま
でも、抑えきれない溢れる想いを吐き出したのだ。
あのマスカラまみれの真っ黒な涙が偽物なわけはない。本当の本
物の気持ち。
あの本物の気持ちが、たかだかひと月そこらで簡単に吹っ切れるわ
けが無いではないか。
ホント馬鹿だろ俺。なにが﹃こいつ吹っ切れたのか﹄だよ。
三浦は吹っ切れたんじゃない。ああやってわざと自分に檄を入れ
て吹っ切れようと、ちゃんと気持ちに整理を付けようと努めていたの
だ。こんな時までおかんっぷりを発揮して俺なんかに気を遣ってま
で。
マジで頭が下がるよ女王様。お前ってホントいい女だな。
そんな俺の感心を余所に、三浦はさらに言葉を紡ぐ。
﹁⋮⋮あんさ、勘違いすんなし。あーしは別に隼人に対しての気持ち
﹂
にはちゃんとケリ付けてっから﹂
﹁⋮⋮へいへい。痛てっ
﹁あーしが今ちょっと考えてんのはさ、このさき隼人よりも好きにな
だから脛蹴るのはやめなさいって⋮⋮
!
759
?
?
れるヤツなんて現われんのかな∼ってこと⋮⋮あんなにドキドキさ
せてくれる男なんて、隼人以外に居んのかな∼⋮⋮って﹂
よ
﹁⋮⋮どうなんだろうな。あんな完璧なヤツに巡り合えるなんてかな
りの確率だろうしな。⋮⋮でもま、それでもいいんじゃねぇの
く言うだろ。一番好きなヤツとは結ばれないとかなんとか﹂
超ウケるんです
⋮⋮⋮⋮なんかさ、そんなん相手に申し訳なくない⋮⋮
いつも勝
か、隼 人 と 一 緒 だ っ た ら も っ と ド キ ド キ し た ん だ ろ う な ぁ、と か。
ね、あーし⋮⋮あー、隼人だったらこんな時こうすんだろうなぁ、と
好きなヤツが出来たとしても、絶対に隼人と比べちゃうと思うんだよ
﹁でも本題はここからなんだよね⋮⋮なんかさ、今後もしそれなりに
⋮⋮こいつマジで俺の話なんて聞きゃしねぇな⋮⋮
﹁ま、確かにそうかも知んないんだけど、﹂
﹁⋮⋮うっせ。⋮⋮ったく人がせっかく⋮﹂
キモい漫画とか小説くらいっしょ﹂
けどぉ。よく言うだろとか言ったって、あんたの恋愛感なんてどうせ
﹁ぷっ、なにヒキオが恋愛とか語っちゃってんの
?
か
普通。
失恋に苦しんでる時に、未来の相手への申し訳なさとかまで考える
││ホントこいつどんだけ不器用なんだよ。
葉山への想いだけではなく、今はまだ見ぬ将来の相手にまでも。
いま三浦は、自らのその強い想いにこんなにも苦しんでいるのか。
く重い。
⋮⋮想いが強ければ強いほど、その想いが叶わなかった時の傷は深
そう寂しげに呟き、三浦はまたチャペルを静かに見つめる。
そうな結婚とか出来ないんじゃないのかなって考えちゃって⋮⋮﹂
申し訳ないとかずっと考えちゃうとしたら、あーしにはあんなに幸せ
手に比べて、いつも勝手にがっかりして。⋮⋮もしそんな風に相手に
?
慰められるような気の効いたセリフなんか思い付くわけがない。
でも、それでも三浦は一応は友達だ。友達なんて居たことない俺に
760
?
俺 に は こ い つ に 言 っ て や れ る よ う な 素 敵 な 言 葉 は 思 い つ か な い。
?
はよく分からないが、たぶんこういうとき友達だったら、少しでも心
の重荷を軽くしてやれるよう、なにかしらしてやるもんなんじゃない
のだろうか。
⋮⋮だったら俺は俺なりに、その友達の為に下手くそな言葉を並べ
てみよう。
﹁⋮⋮ま、考えすぎだろ。俺らなんてまだ十七年とちょっとしか生き
てねぇんだぞ。まだまだそんな短い人生なのに、その内お前が葉山を
好きでいた期間なんてさらに微々たるもんだ。⋮⋮確かに葉山クラ
もしかしたら最
スのヤツになんてまた巡り会えっかどうか分かんねぇけど、好きにな
るってのはそういうもんじゃ無いんじゃねーの
﹁ぷっ﹂
キャラ崩壊だよ
知らんけど﹂
ついつい人生とか愛について語ってしまった。ふぇぇ⋮⋮こんなん
⋮⋮なんつうか、さすがに恥ずかしいな。三浦の熱にほだされて、
だって強くなってくんじゃねーの
最初のうちだけだろ。長いこと一緒に居りゃ情だって湧くし、想い
初はお前の言うように申し訳ないとか思うかも知れないが、そんなん
?
俺、我ながらちょっといいこと言っちゃったとか
﹁⋮⋮ホントヒキオってヒキオだよね。せっかく珍しく似合わないこ
あんたブレなさすぎっしょ﹂
と言ってっくせに、最後に照れ隠しで﹁知らんけど﹂とか付け加えっ
から全部台無しだし。あはは
きゃ良かった⋮⋮
で、でもまぁキャラ崩壊は起こしていないようで安∼心
ヒキオに話したらスッキリしたから話して良かった。あんがと、っ
リしているような晴れ晴れとした笑顔で。
そして三浦はようやく俺を見る。その顔は、なんだかとてもスッキ
さー、ぷっ、ヒキオに話したら⋮⋮﹂
ティブだっつう話だよね。⋮⋮あ∼あ、ずっとモヤモヤしてたのに
﹁ふぅ∼⋮⋮でもま、マジでそうかもね。あーし今からどんだけネガ
!
⋮⋮⋮⋮ ち く し ょ う、恥 ず か し い の 堪 え て 頑 張 っ た の に。言 わ な
!
761
?
思ってたのに、なんでこいつ笑っちゃってんすかね。
⋮⋮ってあれ
!
?
﹂
て感謝の気持ちでも述べるつもりなんですかね、ご主人様。
﹁なーんか馬鹿馬鹿しくなっちゃったし
⋮⋮ い や、ま ぁ 分 か っ て ま し た け ど ね。ま ぁ 馬 鹿 馬 鹿 し く 思 っ
ちゃっても、お役に立てたのなら何よりです。
﹁ま、現れるかも現れないかも分かんないもんを今から考えてたって
しょうがないかぁ﹂
﹁ああ、ホントしょうがねぇな﹂
﹁⋮⋮でもさ、それでもやっぱ考えちゃうんだよね、あーしバカだから
さ。⋮⋮でもこのままモヤモヤしっぱなしってのもなんか癪だし先
に進めないし。⋮⋮だからもしやっぱこの先あーしの前に隼人より
もドキドキさせてくれる男が現れなかったとしたらさ⋮⋮﹂
すると三浦は横目でチラリと俺を見やると悪戯っぽくふふんっと
笑う。その目には、さっきまでの寂しげな光はもう宿ってはいない。
いつものこいつの勝気な眼差し。
﹁そんときはヒキオで我慢してやるしっ﹂
﹁いやなんでだよ﹂
﹁だってさ、ヒキオ相手にだったら申し訳なく思う必要とかなくない
いくら隼人が一番って思ってても、ヒキオなら気楽に一緒に居
﹂
な解決策でも一応確保しとけば、もう無駄にモヤモヤしなくても済み
そうじゃん
ジ特権階級。
なる。大丈夫
俺、調教されすぎじゃない⋮⋮
?
ま、三浦はホントいい女だし、これから先の人生、いくらでも素敵
?
笑顔を浮かべる三浦を見るとなんだか口角が上がってしまいそうに
そんな不満たらたらな将来設計に愕然としながらも、隣で無邪気な
儀過ぎだろ。
は未来さえも女王陛下に奉仕しなきゃなんねぇのか⋮⋮俺の人生難
⋮⋮従者の将来の縛り方さえもやっぱ支配者様だな。やれやれ、俺
﹁酷くね⋮⋮
﹂
こんな最低なセリフを、さも当たり前のように言ってのける三浦マ
?
?
762
!
れっかなって。ま、最悪な事態に備えて、ギリギリ譲れる最低ライン
?
なーんか超スッキリしたし、結婚式はもういっか﹂
な男が寄ってくるだろう。
﹁っし
そう言って三浦はチャペルに背を向け、また俺を引っ張り回す態勢
に入る。
見るだけ見て言うだけ言って満足したらまた引っ張り回す気かよ。
ホント勝手気儘な女王様だな。
これからのさらなる連行を思い浮かべて苦笑を浮かべていると、三
浦は意外なことを口走る。
﹁じゃ、そろそろ駅の方に向かうし﹂
え、マジ
なんだろう
別に一切得してないのに、なんだか棚ぼた気分
﹁おう、そうだな。疲れたし、帰るにはそろそろいい頃合いだなっ﹂
!?
!
でも、そんなわけ無いですよねー。
﹁⋮⋮なに急に元気になってっし。てか誰が帰宅提案したん
帰るわけ無いっしょ﹂
?
⋮⋮な、なん⋮⋮だと
ちくしょう騙された
ようやく帰れるとぬか喜びしたぶん落胆
レットモールってかなり広い施設なんじゃねーの⋮⋮
から行くの⋮⋮
マジで今
しかも行ったことないから知んないけど、アウト
!
あ は は ∼、覚 悟 し と け し ヒ キ オ 今 か ら 行 く プ リ ン ス
!
りたいからどんだけ見て回るか分かんないし、せっかくだからあんた
ショッピングプラザって死ぬほど広いからっ。あーし店いろいろ回
﹁ぷ っ
日一番の悪顔で口角を上へと歪めたのだった。
そしてそんなこの世の終わりのような顔をした俺を見た三浦は、本
?
が半端無いよ
?
レットモールが駅の南口側にあっからそこ行くだけー﹂
﹁ざ ー ん ね ん、こ っ か ら が 今 日 の メ イ ン だ か ら ぁ。目 的 地 の ア ウ ト
﹁え、でも駅に向かうって⋮﹂
まだ
ついつい口調が俺らしくないような明るい口調になってしまった。
?
!
?
﹂
763
!
!
のそのダッサいカッコもあーしがコーデして少しはマシにしてやる
し
!
﹁⋮⋮う、そ⋮⋮﹂
││その後ドナドナの如く連行されたそのアウトレットモールと
やらは想像を遥かに超えて広く、めちゃくちゃ楽しそうな女王様にあ
ちこち引っ張り回されたり着せ替え人形にされたりメガネ掛けさせ
られたりと、想像を絶するまさに地獄でした。
でも﹁あーし新しいブーツとか欲しいし﹂と入った靴屋で、ブーツ
を試す度にチラチラ見えた素敵な布のことは決して忘れません。
うん。まさに地獄に仏︵ピンク︶
×
え
デ ー ト だ っ た の
?
﹁は
﹂
﹂
﹁やっぱお前ってお嬢様だったりすんだな﹂
﹁ん
﹁⋮⋮しっかしアレだよな﹂
﹂
た⋮⋮。ま、いいんだけどね、なんか三浦が嬉しそうだったし。
ちなみに俺も三浦がコーディネートしてくれた服を買わされまし
を楽しまれたご様子です。
モールなんてなかなか来る機会が無いらしく、思う存分ショッピング
し っ か し よ く も ま ぁ こ ん な に 買 い こ ん だ も ん だ。ア ウ ト レ ッ ト
いでござる、働きたくないでござる。
もれて帰りの新幹線のシートにもたれこんでいる。もう動きたくな
俺は今、ようやく本日の全日程を無事に終えて、三浦の戦利品に埋
?
初 耳 な ん で す け ど。俺 は て っ き り 女 王
そこまで疲れた態度見せる男とかあり得なくなーい
﹁だからジジィかっつーの。だいたいさぁ、せっかくのデートで女に
﹁つ、疲れた⋮⋮﹂
×
様の付き添いかと思ってましたわ。
?
すげぇなこいつ。俺からの問いかけに〝ん〟と〝は〟しか言って
764
×
?
?
ねぇよ。
まぁそれはともかくとして、やはり三浦んちはなかなかの金持ち
だったりするんだろう。なにせこいつ、今日すげぇ金使ったからな。
旧軽井沢銀座でも色んな店回ったし森を散策中だって観光地価格
の カ フ ェ と か 楽 し ん だ し。そ し て ア ウ ト レ ッ ト モ ー ル で の 爆 買 い。
中国富裕層の日本旅行かよ。
ついでに言うと﹁あーしが誘ったんだから別にいらない﹂と、危う
く俺の新幹線代まで出そうとしやがったからね、この子。
金払ってんのになぜか
もちろん施しなど受ける気のない俺は、スカラシップ貯金からなけ
なしの諭吉さんをちゃんと出しましたよ
不機嫌オーラが立ち込めてましたけど。
﹁いやお前、今日めちゃくちゃ金とか使ったろ。やっぱ小遣いとかた
くさん貰えてんだろうなと﹂
てか俺の周りってブルジョア率高いよね。雪ノ下とか葉山とか三
浦とか。
!
﹂
あーしんちは別に金持ちとかじゃないけど﹂
あ、率って言うほど知り合い居ませんでした
﹁は
﹁⋮⋮へ
ちってワケじゃないんじゃね
﹂
月 の 小 遣 い と か 結 衣 と 変 わ ん な
由比ヶ浜と変わらんの⋮⋮
かったし﹂
﹁マジで
?
?
お菓子を買う時だけは財布の紐がゆるゆるに
?
トイレ行っとけとあれだけ⋮⋮
浦が少し居心地悪そうにもじもじし始めた。だから新幹線乗る前に
と、他人事ながら見果てぬ未来に向けて戦々恐々としていると、三
大変だな⋮⋮
よ。高校生にして早くも恐ぇーよ。将来由比ヶ浜の旦那になるヤツ
もしそれがホントなら、逆に由比ヶ浜ってどんだけ貯めこんでんだ
なるけども。
なかの堅実派だぞ
だって由比ヶ浜といったら、ああ見えてかなり財布の紐が堅いなか
?
765
?
﹁ま、まぁそれなりに裕福な方なのかも知んないけど、別段すごい金持
?
?
いや、そんなこと恐すぎてもちろん言えないけどね
﹂
トイレじゃ無かったのん
﹁⋮⋮つーか、きょ、今日は特別だし﹂
あれ
﹁特別ってなんだ
なにせご主人様だからな。
?
楽しみにしてたか
、せっかくだし思いっきり楽しみたいなぁとか思ってて⋮⋮
?
マジ
たっつーか⋮⋮﹂
﹁⋮⋮は
だからまぁ⋮⋮いいかなぁ⋮⋮って﹂
⋮⋮だ、だってホラ、どうせあーしら受験生でしばらく
?
遊べなくなっちゃうし⋮⋮
!
⋮⋮でも
企谷八幡じゃなくてこいつが三浦優美子じゃなかったら、あまりの可
これってギャップ萌えの最上級クラスだろ。たぶんこれで俺が比
る。
んみょん照れまくりで発表してる姿も、なんか全てが可愛く思えてく
チャ楽しかったらしいってのも、そしてその事をこうしてドリルみょ
今日をそんなに楽しみにしてたってのも、実際に今日はメチャク
どうしよう。なんかあーしさんが可愛くて仕方ないんですけど。
みたいな﹂
まぁ今日はメチャクチャ楽しかったから大満足だし、まぁいっか⋮⋮
ちゃったしで暫くはなんも買えなくなっちゃったけど
﹁⋮⋮ で、羽 目 外 し 過 ぎ て 遊 び ま く っ ち ゃ っ た し 買 い 物 い っ ぱ い し
か⋮⋮
てか小遣い前借りしてまで俺の分の新幹線代も出そうとしてたの
⋮⋮⋮⋮マジかこいつ、そんなに今日を楽しみにしてたのかよ⋮⋮
?
﹁∼∼∼っ
﹂
お、親に頼み込んで、数ヵ月分の小遣いとお年玉まで前借りしてき
ら⋮⋮
﹁⋮⋮や、その⋮⋮今日は結構、つーか⋮⋮、超
ぼそぼそとヴェルタースな理由を語りはじめた。
すると三浦はぷいっとそっぽを向くと、縦巻きロールを弄りながら
言わせんな恥ずかしい。
ヴェルタースでオリジナルな存在だぜ
ヴェルタースですかね。だったら俺にとっての三浦もなかなかの
?
?
?
766
?
?
?
?
愛 さ に 思 わ ず ハ グ し ち ゃ っ て る レ ベ ル。も う 俺 た ち 関 係 な く な っ
ちゃった。
﹁で、さ⋮⋮﹂
﹁お、おう﹂
なんだか三浦の態度が妙にむず痒くて悶えかけていると、突然三浦
は俺に問い掛けてきた。
﹂
﹁⋮⋮そのっ⋮⋮あ、あーしは超楽しかったんだけどぉ⋮⋮ヒ、ヒキオ
﹂
今それ聞いてくるんすか
はどうだった⋮⋮
﹁⋮⋮へ
ちょっと⋮⋮
んじゃん⋮⋮
﹂
こあっから⋮⋮ホントは嫌だったとか、そーいうんやっぱあったりす
﹁ほ、ほら⋮⋮なんか今日は、結構無理に連れてきちゃったみたいなと
不安いっぱいの表情でチラチラと俺の様子を窺っていた。
マジかよ⋮⋮と、横目でチラリと三浦を見やると、意外にも三浦は
?
?
どね
結構無理に連れてきちゃったというか、まぁほぼほぼ強制でしたけ
?
連れてきちゃった俺にも少しでも楽しんで欲しかったから。
自制しないで、勢いで頭撫でちゃえば良かった
くっそ⋮⋮こいつが小町だったら思いっきり頭撫で繰り回してや
んのに⋮⋮
!
せてやろうじゃないか。
?
まったく⋮⋮我ながら相変わらず酷い言い回しだな。来たいから
時間まで付き合ったりしねぇよ﹂
どこにも行かねーんだよ。⋮⋮で、つまんなかったら死んでもこんな
つまり少しでも嫌だと思ってたら、いくら呼び出されようが初めから
﹁あほか、俺を舐めんなよ
俺は誰よりも自分の欲望に正直な男だ。
だったらせめて、少しでもこいつが喜べるような捻くれっぷりを見
わけもなく、俺らしく捻くれたセリフを吐いてやるのが精一杯。
しかし結局意気地の無い俺は三浦の頭に手を伸ばせる度胸がある
!
767
?
?
⋮⋮ だ か ら か。だ か ら 新 幹 線 代 ま で 出 す 気 で い た の か。無 理 矢 理
?
来た、楽しかったから最後まで付き合ったって言えば済む話だっての
に。
でもま、小町曰く捻デレさんの俺にはここら辺が限界ってとこだ
ろ。こんな捻くれたセリフで女王様にご満足なさって頂けるかは知
らんけど。
﹂
せめて獄炎を撒き散らして怒りださないことを祈るばかり。
﹁痛って
そのとき左肩に激痛が走った。どうやら三浦にパンチされたらし
い。
どうやら俺の捻デレでは三浦に通じなかったらしい⋮⋮と思った
のだが⋮⋮
﹁⋮⋮ あ ー し 眠 い か ら も う 寝 っ か ら。ヒ キ オ の 肩 ち ょ っ と 貸 せ し
おい﹂
⋮⋮っ﹂
﹁ちょ
乗せておねむの体勢に入ってしまったのだ。こちらを一切向かずに。
あまりの意味不明な突然の出来事に面食らったのだが、ズシリと肩
に掛かる頭の重さと体温、そしてふわふわの金髪からふわりと薫る甘
い香りに意識を全部持ってかれてしまい、なんかもうどうでもよく
なってしまった。
でもこのままじゃさすがに悔しいから、せめて最後の抵抗にとバレ
ないように覗き込んだ三浦の顔は、角度的にとても見えづらくはある
ものの、とてもとても真っ赤に、そして嬉しそうに見えたのだった。
││我が儘女王様は難易度高すぎてなにが正解なのかはよく分か
らないけれど、どうやら初めてのお出掛けは大変ご満足いただけたよ
うです。
768
!?
左肩を殴ったかと思えば、なぜか女王様はそのまま痛む左肩に頭を
!?
終わり
769
深い腐海に引きずり込まれ
秋葉で深く暗い海に溺れかけた休日が明け、今日もひとり教室に入
り席へと着く。
二ヶ月ほど前に三年生へと進級した俺は新しいクラスにも未だ馴
染めず、今日も気ままなぼっちライフを送っている。
﹂
まぁ進級しようが卒業しようが、どこに行こうとも俺のぼっちライ
フは安寧なのだけれど。
﹁ヒッキー、やっはろー
﹁おう﹂
進級してクラスがバラバラにはなったのだが、なんの腐れ縁なのか
由比ヶ浜とはまた同じクラスになってしまっている。
二年の時はあまり教室内では声を掛けてこなかった由比ヶ浜なの
だが、クラスが変わった途端にこうしてちょくちょく声を掛けてくる
ようになった。そのたびにクラスの男共の視線が痛くて痛くて、正直
やめてもらいたいです。
とはいえ戸塚ともクラスが変わってしまったし、こうして朝から俺
に声を掛けてくる奴なんて他には無く、とりあえず由比ヶ浜の早朝
やっはろーさえ切り抜けてしまえば、そのあとは平穏なぼっちライフ
が待っているのだ。だから俺は朝のSHRが始まるまでのあいだ、少
し寝ておこうと机に突っ伏そうと身を屈め⋮⋮
﹁はろはろー、ヒキタニくん﹂
⋮⋮ そ う。ク ラ ス は バ ラ バ ラ に な っ た の に、由 比 ヶ 浜 と あ と ひ と
り、このクラスには知り合いがいる。
しかし、休み前まではこうして声なんて掛けてこなかったじゃねぇ
かよ⋮⋮
恐る恐る顔を上げると、そこにはほんのりと頬を染めた海老名さん
が、妖しい笑みをたたえながら俺を見下ろしていた。
770
!
×
⋮⋮⋮⋮今までこんな経
?
﹄
?
﹁っ
﹂
悪い返事をするのが精一杯だった。
返しが出来るわけなどなく、ただただどもってキョドって、気持ちの
こういった突然の出来事に弱いぼっちは、とてもじゃないが上手い
﹁⋮⋮う、うす﹂
とは無いだろうと油断していました。
か言ってたくらいだから、まさか海老名さんの方から近づいて来るこ
いや、でもやっぱ怖いです。てか﹁これ以上本気にさせないでね﹂と
から。
そんな熱情を向けてくれる人など、俺には存在したことが無かった
少しだけの熱を胸に感じる。
そう思うと、うっすらと背筋に冷たい汗が伝わると同時に、ほんの
たのだろうか。俺なんかを想っていてくれたのだろうか。
あんな目を人に向けられるくらいに、あの人はずっと思い悩んでい
た。
あの時の海老名さんの目は深く沈んでいた。本気で壊れかけてい
あの日、別れ際に放ったこの一言。
⋮⋮⋮⋮⋮病んじゃうよ⋮⋮
験ないけどなぜだか分かるんだー。⋮⋮たぶん私、本気でデレたら
らさ、これ以上私を本気にさせないでね
﹃⋮⋮ねぇ、比企谷くん。私さ、結衣を裏切りたく無いんだ。⋮⋮だか
なぜなら、俺と海老名さんはどこか通じるところがあるから⋮⋮
からかう為に、あんなくだらない嘘や放言を言う人間とは思えない。
マジで意味が分からなかったのだが、それでも俺にはこの人が俺を
白された。
海老名姫菜。つい先日、俺は秋葉からの帰りの電車内でこの人に告
×
そんな俺の横を何事も無かったかのように通り過ぎる海老名さん
771
×
!
が、一瞬だけそっと俺の肩に触れる。
リア充同士ならば﹁おはよっ﹂とか言って肩をぽんと叩くだけの何
気ない行為なのだろうが、その一瞬だけ触れた手から感じた熱い体温
と粘りつくような粘度は、そんな軽いものでは無かったように思えた
のだった。
ゆうべのアレ観た
⋮⋮なんでこうなる⋮⋮
﹂
﹁⋮⋮いや、俺はノーマルな視点からしか見れないから﹂
ねぇ⋮⋮スタート時には想像も出来なかったよー、ぐ腐っ﹂
やぁ、まさかあの二人があんな空気を出してくれるようになるとは
﹁あ、そ う な ん だ ね ー。じ ゃ あ 帰 っ た ら 早 く 観 た 方 が い い よ
い
く そ ⋮⋮ も う 寝 れ そ う も な い な ⋮⋮。と に か く ⋮⋮ 極 力 関 わ ら な
いようにしよう⋮⋮
﹁ねぇねぇヒキタニくん
×
﹁あ、や⋮⋮、俺は深夜アニメは後で観る派だから⋮⋮﹂
?
×
そりゃそうだろうよ⋮⋮
そして⋮⋮その中でも特に驚愕の視線を向けてくる人物がひとり。
態は、クラス連中からしたら完全に想定外なのだ。
とりの学年トップカースト、海老名姫菜までが俺に構うなどという事
別のクラスになったからといっても、未だ女王と親交の深いもうひ
で認知されている現実。
普段俺に声を掛けてくる物好きは由比ヶ浜だけ。それがクラス中
ちょっとマジでヤバいって。クラス中からすごい見られてるから。
た。
俺の前の席に迷わず座ると、いきなり趣味全開のトークで攻めてき
突っ伏そうとした矢先に強襲してきた腐れ姫。
休み時間。今日もいつものようにイヤホンを耳に差し込んで、机に
?
772
!
!
×
﹁⋮⋮ひ、姫菜
ど、どしたの
そんな風に喋ってるなんて﹂
珍しくない
?
⋮⋮
﹂
﹂
?
││なんだ
この違和感は⋮⋮
姫菜がヒッキーと
﹂
あたしにはよく分かんない
し、な、なんか邪魔になっちゃいそうってゆーか⋮⋮
!
この感じは⋮⋮
?
それは残念。 じゃね、結衣。⋮⋮でさでさヒキタニくん
というか⋮⋮挑発しているように感じる⋮⋮
﹁そ
⋮⋮なんでだ⋮⋮
だって昨日海老名さんは言ってたじゃねぇ
奥の瞳が、一瞬だけ由比ヶ浜の複雑な横顔を追ったのを。
だが今は眼鏡が反射してないから見えてしまうのだ。その眼鏡の
れず、また真っ直ぐに俺を見ることを装う海老名さん。
明らかに何か言いたげに去っていく由比ヶ浜の背中には一瞥もく
⋮⋮だ、だって⋮⋮だってもうさ⋮⋮ぐ腐腐っ﹂
せ め て 今 夜 の ア レ は リ ア ル タ イ ム で 観 る べ き だ と 思 う ん だ ー。
!
なんというか⋮⋮この眼鏡の奥のニコニコした目が、まがまがしい
構図にしか見えないはずなのに、なんだ⋮⋮
一見すれば非オタがオタク話に誘われて、ドン引きして後退ってる
?
?
﹁⋮⋮あ、あー、うん、だ、大丈夫⋮⋮
うよー。まぁアニメとかラノベの話が解るんならだけど⋮⋮﹂
話してるだけだし。⋮⋮あ、でも結衣も交ざりたいんなら一緒に話そ
﹁そうだっけ
でも別にいいでしょ 私とヒキタニくんは趣味の
﹁⋮⋮あ、うん。⋮⋮でもさ、金曜まではこんなこと無かったじゃん
⋮⋮一致はしてねぇよ⋮⋮方向性違うから
じゃない
﹁そ う か な。だ っ て ほ ら、私 と ヒ キ タ ニ く ん っ て 趣 味 が 一 致 し て る
いた由比ヶ浜が、堪らず声を掛けてきた。
海老名さんが俺に話し始めたのを、驚いた様子で自分の席から見て
!?
!
?
の休み時間も、そのまた次の休み時間も⋮⋮俺から離れることは無
││結局その後も海老名さんのオタトークと噴水︵鮮血︶は続き、次
か。由比ヶ浜を裏切りたくないって⋮⋮
?
773
?
?
?
?
かった。
×
どういうって何がー
﹂
?
たの
﹂
﹁⋮⋮あれー ヒキタニくんは土曜日になにがあったか忘れちゃっ
比ヶ浜じゃねーけど、金曜まではこんなこと無かったろ﹂
﹁⋮⋮誤魔化すなっての。⋮⋮なんでいきなり俺に構う。さっきの由
﹁へ
﹁なぁ、どういうつもりだよ﹂
下ろした。
だから俺は敢えて逃げずに海老名さんから少し離れた場所に腰を
とも考えたのだが、俺にも聞きたいことくらいはある。
本音で言えば、ここに海老名さんの姿を認めた時点で逃げ出そうか
﹁はろはろー﹂
そこにはすでに先客が居た。
購買でパンを購入し、ようやく俺の安らぎの場所へと辿り着くと、
心のはずだ。
ことが恒例化している為、とりあえずベストプレイスに行けば昼は安
海老名さんはクラスが変わってからも昼休みは三浦と共に過ごす
あ、それはいつものことでした。
ストプレイスへと向かう。
昼休み。俺はあまりの居心地の悪さに教室を飛び出して、速攻でベ
×
?
ちょっと思ってたよりも、忘れられなくて困ってるの⋮⋮﹂
﹁ふふっ、だよね。⋮⋮だから、私も忘れられないの⋮⋮ていうか⋮⋮
﹁⋮⋮忘れるわけねーだろ﹂
熱を持つ。
その絡み合う艶めくしなやかな指を見せ付けられた刹那、俺の顔が
﹁⋮⋮っ﹂
かのように。まるで恋人繋ぎのように艶っぽく指を絡め合って。
そう言って海老名さんは自分の両手を合わせる。お祈りでもする
?
774
×
?
⋮⋮困ってるの。頬を染めながら笑顔でそのセリフを俺へと投げ
つけてくる海老名さんの瞳は、ちょうどあの日と同じようにすっと光
を失う。⋮⋮これはヤバいかも知れない。
﹁⋮⋮な、なぁ、あんとき言ってたよな。由比ヶ浜を裏切り⋮⋮﹂
そこまで言い掛けた俺は必死で口をつぐむ。
でもヒ
だって、それを口に出してしまったら⋮⋮認めてしまったら⋮⋮
﹁うん、言ったね。結衣を裏切りたくないって。⋮⋮あれ
﹁⋮⋮
﹂
て知ってるのかな⋮⋮
ただ友
もう、気付かないフリはやめたの⋮⋮
﹂
さ⋮⋮結衣が比企谷くんを単なる部活仲間じゃないって思ってるっ
達の部活仲間と話してるだけじゃん。⋮⋮それとも、ヒキタニくんは
なんで私が結衣を裏切る行為になっちゃうと思ってるの
キタニくんはさ、なんで私がこうやってヒキタニくんに近づくのが、
?
?
?
仲良くしようよ。ただの友達だったら別にいいでしょ
﹂
なくてもいいかな って。⋮⋮だからこれからはオタ仲間として
場とかで我慢してたんだけど、もう想い伝えちゃったし、もう我慢し
かで一緒に盛り上がりたいなーって思ってただけなの。今までは立
ヒキタニくん。私はただずっとヒキタニくんとこうして趣味の話と
﹁あははー、ごめんね、ちょっと虐めすぎちゃったかな。安心してね、
けだ。
居られなくなってしまう。それが恐くて、臆病な俺はただ逃げてるだ
気付いてしまえば、それを自覚してしまえば、もう今まで通りでは
ているってことは⋮⋮
││ああ、気付いてるよ。由比ヶ浜が俺に特別な好意を寄せてくれ
?
から。
も、その向けてくれた想いを少しだけ嬉しく思ってしまっているのだ
に告白されてしまっているのだから。そして、ヤバいと思いながら
いるが、そう言われてしまっては断りようがない。なにせ俺はこの人
そこはかとない不安感が身体全体に警戒警報を鳴らしまくっては
そう言う海老名さんの瞳は、もういつも通りに戻っていた。
?
?
775
!
││好きだけど、別に付き合ってくれなくてもいい。ただ一緒に趣
味の話をしてくれるだけでもいいから││
俺なんかにそんないじらしい想いを向けてきてくれる少女に対し、
比企谷八幡が拒否など出来るわけないではないか。
だから俺は答えてしまったのだ。その問いに応じる旨を。
やった﹂
﹁⋮⋮ああ、だな。⋮⋮まぁ、その、なんだ⋮⋮よ、よろしくな﹂
﹁ホント
すると海老名さんは満面の笑顔で喜び、これからヨロシクと手を差
し出す。
こんな程度でこんなにも喜んでくれるってんなら、いくらでもオタ
仲間にくらいなっちゃうぜ
るとどうなっちゃうか分からないよね
だからもう一度言うよ
比企谷くん。⋮⋮これ以上、本気にさせないでね⋮⋮﹂
?
熱い吐息と共に、低く冷たいその音を残して去っていった。
かしい唇が触れてしまうのではないかという程に耳に寄せると、甘く
前のめりになった俺の耳元へと顔を寄せた海老名さんは、その艶め
?
の近くに行くから。⋮⋮最初はただのオタ仲間だけど、近くに居すぎ
﹁⋮⋮じゃあ約束したからね。これからはちょくちょくヒキタニくん
そして⋮⋮
に倒れかける。
名さんにグイと引っ張られたくらいで、俺の身体がぐらりと前のめり
油断していたために抵抗出来なかった。こんなか細く小柄な海老
が硬直する。
前に肩をぽんと叩かれた時の粘つくような熱を感じてゾワリと身体
る。しかし、ただ握手をしただけのはずなのに、何故だか朝のSHR
そして俺も右手を差し出すと、海老名さんはその手をギュッと握
!
⋮⋮そして俺は去っていく海老名さんを振り返って見ることも出
×
×
776
!?
来ず、ただ呆然と立ち尽くすことしか出来ずにいたのだった。
×
あれからいくばくかの時が流れたのだが、事態は悪化の一途を辿っ
ている。
いや、もうそんなレベルでは無くなってしまっていることは、他で
もない、今まさにこの少女の顔を誰よりも一番近くで見ている俺が一
番理解している。
││まだ最初の数日は良かったのだ。休み時間にしろ昼休みにし
ろ、海老名さんは由比ヶ浜や三浦との関係もちゃんと大事にし、本人
が言っていた通りに俺のところへは〝ちょくちょく〟しか来なかっ
たし、最初は不安感いっぱいだった由比ヶ浜へも、
﹃ああ、たまたま休みの日に秋葉で会ってな、そこで趣味で意気投合し
ちゃったってだけの話だ﹄
と部室で正直に説明し、なんとか丸く収まりもした。
もちろん手繋ぎデートになっちゃったなんて言えるわけは無いけ
日に日に海老名さんが俺のところへ来る時間が長くなってきた。
最近は、教室では由比ヶ浜もあまり俺たちに近づいて来なくなっ
た。⋮⋮明らかに海老名さんが近付くなオーラを放っているからだ。
それによる海老名さんと由比ヶ浜のギスギス感が物凄く、それを見
兼ねた三浦が溢れるおかんを発揮して、なんとか場を取り持ってくれ
ているという状況だったりする。あーしさんマジ偉大。でもそんな
あーしさんの俺を見る目が恐すぎて、結局俺には死の恐怖しかないと
いうね。
777
れど。全然正直じゃなかった。
しかしそんなバランスも徐々に崩れ始める。気が付けば海老名さ
んの〝ちょくちょく〟は〝かなりの頻度〟に変わっていた。
そしてそんなある日、あの事件は起きたのだ⋮⋮
×
×
はぁ⋮⋮非常にマズい⋮⋮
×
││あの時、もしも海老名さんからの申し出を断っていれば、こん
なことにはなっていなかったのだろうか⋮⋮
いくら妄想しようと、巻き戻しなど効かないタラレバ話など大嫌い
な俺でさえ、ついついそんな仮定の話に縋ってしまう程に精神を削ら
れている。
だが⋮⋮たぶんではあるけども、仮にあのとき断っていたとして
も、それでもやはり遅かれ早かれこの事態は避けられなかったのでは
全然
ないかとも思う。あの海老名さんの表情を見ていれば、そんな予感は
いとも容易く浮かんできてしまうのだ。
もう疲れているっつうか憑かれているってレベル。やだ
笑えない。
まったく理解が追い付かないままパニック状態に陥っている俺を、
んの抵抗も出来ずに引きずりこまれる。
突如開いた女子トイレの扉。そして中から伸びてきた手に、俺はな
うとした時だった。
ませ、水で滴る手をハンカチで拭いながら女子トイレの前を通過しよ
も安らぎを味わえたら⋮⋮そんな思いでトイレでゆっくりと用を済
らもう三度目の休み時間。この短い休み時間だけでも、ほんの少しで
今日もそんな疲労困憊な休み時間を二度ほど過ごし、何時の間にや
!
口 塞 が れ た の 俺 い き な り 殺 さ れ ち ゃ っ た
ぴちゅぴと水音を立てるこの口を塞ぐ行為の正体に、ようやく次第に
理解が追い付いてきた。
俺の口を塞いでいるのは、俺を亡きモノにするためにあてがわれた
778
?
その手の持ち主は強く壁に押し付け、そしてナニカが激しく口を塞
ぐ。
な に
?
⋮⋮ え
?
だがしかし、一瞬の混乱で思考が停止してしまっていた俺も、ちゅ
りするのん
?
?
屈強な手でも、ましてやクロロホルムを染み込ませた布でもない。
それはもっと柔らかくもっと甘く、そしてもっと瑞々しくもっとい
やらしく、俺の唇だけでなく口内までも侵食してくる生暖かいモノ
⋮⋮⋮⋮。海老名姫菜の唇と舌だった。
﹁⋮⋮ん⋮⋮んっ⋮⋮﹂
狂おしいほどに、貪るように俺の唇と舌を絡め取る海老名さん。
壁に押し付けながらも、絶対に逃がすまいと両手で俺の髪を掻き乱
さんばかりに激しく押さえ付け、執拗に口内をまさぐってくる逆らい
難い劣情に、もしも今この女子トイレに人が入ってきてしまったら、
一体俺はどうなってしまうのだろう そんな簡単に思い浮かぶで
あろう危機的思考にさえも考えが至らない程に、俺は抵抗する事も忘
れて身を任せてしまう。
﹁⋮⋮ん﹂
幸いにもひとりの来客も無いままに口内を⋮⋮心を侵略され続け
る。時には舌を絡ませ合い、時には唇を舐められ甘噛みされて、そし
て数秒⋮⋮いや、本当にたったの数秒なのかは分からない。まるで永
遠とも思えるような永い永い時間が過ぎた頃、ようやく満足したの
か、名残惜しくも不意に俺の口は解放されるのだった。
﹁⋮⋮ぷはぁ⋮⋮あはっ⋮⋮⋮⋮しちゃった、ね。ヒキタニくん⋮⋮
♪﹂
混ざり合う唾液の糸を引かせてゆっくりと唇を離した海老名さん
は、湿り気でいやらしくテカついた唇をペロッと舌なめずりし、今に
も雫が零れ落ちそうな扇情的な瞳で俺を見つめる。
﹁⋮⋮な、なんつうことしやがる⋮⋮﹂
﹁だって⋮⋮もう我慢出来なくなっちゃったから。ヒキタニくん私に
黙 っ て ト イ レ 行 っ ち ゃ う し。⋮⋮⋮⋮ そ れ に ⋮⋮ ヒ キ タ ニ く ん だ っ
﹂
てさんざん私の中に入ってきた癖に、今更そんなこと言っちゃう⋮⋮
﹂
﹁⋮⋮っ
779
?
⋮⋮なぜ、なぜ俺は身を任せてしまった。理性はどこに行っちまっ
!
?
たんだよ、化け物なんじゃねぇのかよ⋮⋮
﹁⋮⋮ふふ、大丈夫だよ ヒキタニくん。今どき友達でもキスくら
?
﹂
?
×
﹄
じゃ、じゃあ今日も⋮⋮先に行ってるから
?
﹃⋮⋮ねぇヒッキー⋮⋮ぶ、部活は⋮⋮
﹄
﹃⋮⋮っ⋮⋮そ、そっか
﹃じゃーねー、結衣。また明日
!
⋮⋮﹄
まだ、行かない⋮⋮の⋮⋮
誰も居ない駐輪場で、誰も居ない廊下で、そして誰も居ない教室で。
なった。
⋮⋮結局あの日から、海老名姫菜は事ある毎にキスしてくるように
の無い仮定の物語を頭の中で綴っている。
この少女の顔を誰よりも一番近くで見ている今、俺はまたもや意味
﹁⋮⋮んっ⋮⋮ちゅぷっ⋮⋮﹂
していれば、こんなことにはならなかったのだろうか。
あの時ちゃんと拒んでいれば⋮⋮いや、もっと前からちゃんと拒否
×
して、俺は一言も発する事が出来なかった⋮⋮
そんな言葉だけを残して女子トイレから出ていく海老名さんに対
⋮⋮⋮⋮またしちゃうかもよ⋮⋮
でも⋮⋮ちゃんと殺しちゃうくらい目一杯突き飛ばしてくれないと
に 嫌 だ っ た ら ⋮⋮ 今 度 か ら は 突 き 飛 ば し て く れ れ ば い い か ら ⋮⋮。
﹁⋮⋮だいじょうぶ⋮⋮今度のは撮ってないから。⋮⋮だから、本当
に口を寄せ、一文字ずつ、ゆっくりと語り掛けてくる。
すると海老名さんは甘い香りを漂わせながら、またしても俺の耳元
普通なんだって。⋮⋮それに﹂
いいくらでもするものなんだってよ 青春謳歌ちゃん達の中では
?
!
780
×
﹃⋮⋮おう、もうちょいしたらな﹄
?
﹃⋮⋮⋮⋮うん⋮⋮じゃあね⋮⋮姫菜﹄
そして今日もいつもと同じだ。
辛そうな笑顔を向けて、俺にだけ小さく手を振って部室へと向かう
由比ヶ浜が教室から出た瞬間に唇を求め迫ってくる海老名さん。そ
んな海老名さんを、俺の唇は当たり前のように迎え入れる日々。
もういつ誰かに見つかったっておかしくはない。なんならもう誰
かに見られていても不思議ではないこの状況で、今日も俺たちは獣の
ようにお互いの唇を求め合う。
海老名姫菜の濃厚な口付けは甘い甘い呪いのようだ。二度と離れ
ないかのように、脳を、心を溶かして腐らせる甘美な呪い。
⋮⋮いや、これは海老名さんだけに呪いの原因を求めるのは間違っ
ている。
ただ、俺が弱かっただけだ⋮⋮海老名姫菜の腐海の魔力に抗えな
いな感じで﹄
いつかの三浦の言葉。
781
かった弱い俺の責任に他ならない。
﹁⋮⋮んっ、んっ⋮⋮ねぇ、比企谷、くん⋮⋮っ⋮⋮ちゅぴっ⋮⋮﹂
﹁⋮⋮﹂
﹁⋮⋮どうしよう⋮⋮私、そろそろ本気になっちゃいっ⋮⋮そう⋮⋮
﹂
だよ⋮⋮ 比企谷くんが⋮⋮んっ⋮⋮ちゃんと拒んでくれなかっ
たのが⋮⋮悪いんだからね⋮⋮
﹁⋮⋮﹂
﹂
?
﹃あ、じゃあもういいや、って。笑いながらそう言ったの。超他人みた
ら⋮⋮ごめん、ね
なくなっちゃって⋮⋮んん⋮⋮授業中とかまで⋮⋮しに来ちゃった
﹁⋮⋮今はまだっ⋮⋮我慢してるけど⋮⋮ちゅぷっ⋮⋮もし我慢出来
?
?
あの時は三浦から聞いただけのセリフなのに、冷たい声音も笑顔も
眼差しも、やけにリアルに脳内再生された海老名姫菜の姿。
あの時俺はこう思ったのだ。
││たぶん彼女は失くしてしまうくらいなら、自分で壊してしまう
ことを選ぶのだろう。何かを守るためにいくつも犠牲にするくらい
なら、諦めて捨ててしまうのだろう││
と。
私、腐ってるから。そう言っていた海老名さん。
彼女の言う腐ってるとは、別に腐女子の腐りではなく、こういうと
ころにあるのだろう。
だからもう彼女は止まらない。止められない。
この現状が壊れてしまうくらいなら、彼女は他の全てを壊してしま
う。裏切りたくないと言っていた由比ヶ浜を、いともあっさりと壊し
かけているように。
だから俺も壊れていく。海老名姫菜を壊してしまった責任くらい
は取らなくちゃならないから。
││壊れていく、か。それはちょっと違うかもな。
壊れていくのではない。深い深い海の底へと引きずり込まれてい
くのだ。どこまでも、永遠に。
﹁⋮⋮ねぇ比企谷くん⋮⋮私たちって、お似合いだよね。⋮⋮だって
私たち⋮⋮⋮⋮もう腐れきってるから﹂
そして⋮⋮俺はさらに引きずり込まれるのだ。腕も、足も、身体も
脳も。
一度絡み付いた甘美なる呪いの舌は、二度とほどける事などないの
だから⋮⋮
終わり
782
恋愛ラノベよりも甘い香りのショコラをあなたに︻前
編︼
エキストラホットなキャラメルマキアートを、プラスチック製のフ
﹂
タの小さな小さな飲み口からちうちうと吸いこむように口内へと注
ぎ込む。
﹁ぉあっちゃっ
いやん
激アツなコーヒーがいつ口内に入り込んでくる
アメリカなら数百
もしかして愛しのあの人にぷるツヤ唇を意識させる
﹂
だいじょぶだいじょぶー
あ、あはは∼﹂
キャラメルマキアート10杯追加で☆
為の甘い罠なのかしらっ
⋮⋮ハッ
り恥ずいしね。
それになんか飲む時に軽くキス顔になっちゃったりしてちょっぴ
億の訴訟を起こして圧勝しちゃうレベル。
ふふふ、私をキズモノにしたら高くつくわよ
か分からなくて怖いっちゅーの。
ちっちゃいのん
て か な ん で 昨 今 の コ ー ヒ ー シ ョ ッ プ の 飲 み 口 の 穴 っ て こ ん な に
!
?
たまにはスタートくらい落ち着いてばしっと決めようぜっ
でもかってほど素敵なお姉さんぶりたいんだもの。
な
にせ私は、目の前に座るこのあまりにも可愛い女の子に対して、これ
!?
⋮⋮いや、そもそもいま話し合ってる内容からして素敵なお姉さん
とは程遠い、それはそれは酷いものなんだけどね
なにせ⋮⋮
?
783
?
!
!?
!
や、やー
!
?
!
﹁えと⋮⋮大丈夫ですか
﹂
﹁っへ
﹁
?
あ、あっぶねぇ⋮⋮冒頭からトリップ街道一直線じゃねーか私⋮⋮
?
﹁しかし⋮⋮ふむふむ。なるほどなるほどー。つまり香織さんは、こ
と悩んでいるワケですね
﹂
の受験戦争まっただ中の今、ウチの愚兄にチョコなんて渡してる場合
なのか
﹁はいそうなんです﹂
たのかい
おいおい素敵なお姉さんよ。早くもどこか遠くに旅立ってしまっ
?
悪いのかしらっ。
!
年生で∼す
⋮⋮
ふ へ ⋮⋮ ふ へ へ っ
私ってば比企谷先輩に面と向かって〝
特別な存在〟とか言われちゃってますんで
!
みたいに言ってるけどこれは酷い︵白目︶
けての相談をさせて頂いているところなのだ
﹂
﹁⋮⋮で、小町さんはどうしたらよろしいかとお考えでしょうか⋮⋮
素敵なお姉さん︵笑︶の威厳無さすぎワロタ。
ドヤッ
!
おほんっ、その愛しの先輩の妹さんに、平身低頭バレンタインに向
?
なにせ⋮⋮なーにーせ
のげふんげふん。いやもう愛しのでいいです。おーるおっけーです。
そんな私は現在意識高い系の総本山と名高いあのカフェにて、愛し
に進みましょうかね。
⋮⋮さ、お約束のネタもしっかり放り込んだことだし、そろそろ先
はご愛嬌。そもそも私オタとかじゃないですから。
相変わらず自己紹介がイタすぎて、どこにでも居る感じがしないの
!
れオタで美少女寄りのピチピチでモテモテな、どこにでも居る高校二
││││どうも
私、家堀香織と申します。しがないリア充系隠
年下の女の子に食い気味に敬語で即答とか、あらまぁなんてカッコ
?
!
﹁んー、小町は全然だいじょぶだと思いますよ
むしろばっちこい
?
784
?
私、未来の義妹候補に対してへり下り過ぎじゃないでしょうかね。
?
です
﹂
やだ
うへ。
ばっちこいとかちょっと私みたい
来私の妹になる運命なのでは⋮⋮
やはりこの子は将
ここまでも順調に
?
てっ⋮⋮
﹂
﹁ぎゃふん
!
!
﹁⋮⋮だって、香織さんはすでにばっちり振られてますからね♪﹂
!
⋮⋮小町ちゃんっ そんなに私のことを信じてくれてるだなん
する。
そう言って小町ちゃんは、ぴっと人差し指を立てて可愛くウインク
すっ﹂
ら 辺 は 考 え て る と 思 う ん で す。⋮⋮ で も、香 織 さ ん な ら 大 丈 夫 で
ちゃうとは思うんですよ。雪乃さんも結衣さんもいろはさんも、そこ
﹁まぁそれでも確かにこの時期にいきなり告白なんかされたら動揺し
ば比企谷先輩を心から信用してるしホント大好きなんだな∼。
よくよく聞くと物凄く酷いこと言ってるけど、やっぱ小町ちゃんて
が丁度いいと小町は思うのです﹂
は見えてると思います。むしろ一日くらい張った気を緩めるくらい
来てるみたいですし、たぶん兄の目にはすでにある程度は受験の成功
感じですけど、ああ見えて結構優秀なんですよ
﹁だいじょぶですよー。兄は普段はどうしようもない生ゴミみたいな
こうして妹君にお伺いを立てているのだ。
私とて先輩に心の負担を与えてしまうのは本意ではない。だから
もんね。今後合わせる顔なくなっちゃうかも。
まぁなにせ告って動揺させて落ちられでもしたらトラウマもんだ
ガママ小悪魔でさえ合格が決まるまでは我慢するらしいのだ。
⋮⋮ そ う な の だ。私 を 悩 ま せ て い る 要 因 の ひ と つ が こ れ。あ の ワ
レンタインは自重するっぽいし⋮⋮﹂
輩と由比ヶ浜先輩は同じ受験生だからともかく、あのいろはでさえバ
﹁⋮⋮でもさぁ、やっぱ迷惑に思われちゃわないかな∼⋮⋮雪ノ下先
!
!
×
785
?
!
×
×
私と小町ちゃんの出会いは今から一年近く前。
あ の 日 は ⋮⋮ う ん。思 い 出 す の も は ば か ら れ る く ら い 恐 ろ し い
⋮⋮
ここだけの話、私は去年の三月にあの三人を出し抜いて比企谷先輩
と デ ィ ス テ ィ ニ ー デ ー ト を し ち ゃ っ た こ と が あ る の で あ り ま す よ。
いやホントここだけの話
ガールズトークIN香織 Sルーム☆︼が開
そ れ は 聞 か な い 約
王からそれはそれは恐ろしい目に合わされましたよ、ええ⋮⋮
の時点で用無しとなった比企谷先輩が帰されたあとは、恐ろしい三魔
まぁ密かなラブハートを誤魔化せたのは先輩本人に対してだけで、そ
て、なんとか上手く誤魔化しきったワケなんだけど、⋮⋮結果的には
ラノベのお返しだの偶然の産物だのとそれはもう必死で言い訳し
いやホントあの日はマジで三途の川を見ましたよ⋮⋮
す。
に、面白がってとことこ付いて来たのが小町ちゃんだったわけなので
催されまして、その際に雪ノ下先輩に引きずられてきた比企谷先輩
血まつ⋮⋮︻ドキッ
ら、まさかの即日即バレという憂き目を味わい、その翌日には早くも
決死の思いではあったけど、いつかバレるだろうとドキドキしてた
!
ど ん な 目 に 合 わ さ れ た の か っ て
⋮⋮ え
?
とは仲良くさせてもらってますっ。
もう小町ちゃんてば超可愛いの
って。
最初会った時びっくりしたも
ん。こ、この子があの比企谷先輩の妹さんなの
⋮⋮きっつ⋮⋮
でも、私はそんな不器用な先輩が、だ、い、好、き、ダ、ヨ♪
持っていかれたのね⋮⋮先輩っ⋮⋮
ホント血の繋がりを疑うレベル。対人スキルを小町ちゃんに全て
!?
!
786
!
まぁ気持ちバレはもちろん小町ちゃんにもで、それ以来小町ちゃん
︵血涙︶
束よ⋮⋮
?
?
×
×
﹄という壮大なフラグをしっか
!
小町反省っ﹂
﹁あ、香織さんすみませーん
ハッキリ言い過ぎちゃっいましたね
ると、小町ちゃんが反省の弁を漏らす。
⋮⋮ふっ、私もまだまだだな⋮⋮などと遠くを見て途方に暮れてい
フリもなくいきなりギャフンとか言っちゃってんですけど。
なよ押すなよ﹂レベルの様式美となるハズなのに、私ってばなんの前
り立てた直後にギャフンと言わされるまでが、ダチョウさんの﹁押す
対にギャフンと言わせてやるぜ⋮⋮
はそれなりの前フリって必要じゃないかしら。﹃くっそ⋮⋮こいつ絶
そもそもこちらからギャフンと言うまでには、その道のプロとして
町ちゃんにぎゃふんと言わされて羞恥に悶えています。
とまぁ私と小町ちゃんの馴れ初めから早11ヶ月強、私はそんな小
×
﹂
?
ひ、日頃のお礼というかぁ⋮⋮
さ、さすがにクリス
⋮⋮あー、いや、そのぉ⋮⋮⋮⋮ま、まぁ申し込むっていう
かぁ⋮⋮
?
﹁っへ
になって説明するのである。
その問いを聞いた瞬間、私はかぁっと顔が熱くなり、しどろもどろ
るドSな小町ちゃん鬼畜可愛い。
未だ悶え中の私を置いて、ひとり先走ってさらなる悶えを与えてく
申し込みするつもりなんですか
﹁それはそうと、香織さんはバレンタインチョコを渡して、また交際の
だぜ⋮⋮
ふむ⋮⋮末恐ろしい⋮⋮さすがいろはの目指すあざとさの完成形
でも可愛いから許す。
わけないなーと思いました︵小並感︶
てへぺろっと可愛く舌を出す行為を見て、この子反省なんてしてる
!
⋮⋮や、で、でもクリスマスの告白は勢
?
いだけで乗り切っちゃったフシもある、し⋮⋮、ラノベをパクって
見境なさすぎだしー⋮⋮
マスに振られたばっかでバレンタインにもっかい交際申し込むとか
?
?
787
!
告ったから、ちゃんと自分の言葉で伝えられなかったし⋮⋮
して☆ なん、て⋮⋮
﹂
ま、
⋮⋮とか⋮⋮、で、も、もし隙あらばまた申し込んじゃったりなんか
ま ぁ 日 頃 の お 礼 も 兼 ね て ⋮⋮ 今 度 こ そ 思 い の 丈 を 語 れ た ら な ぁ ∼
?
いやん小町ちゃんに褒められちった
﹂
!
ちゃんもゲットだぜ
なにがそんなに感心する内容なのかは分からんが、これはもう小町
!
﹁ほえ∼⋮⋮やっぱ香織さんはさすがですね
のだが、小町ちゃんはしきりに感心した様子でうんうん頷く。
年上の素敵な女性︵笑︶たる私のあまりにも残念な切り返しだった
どうも私です。
し、上目遣いと火照る頬っぺたでへどもどとお兄さんへの想いを語る
大好きな先輩の妹さんに、もじもじと両手の人差し指をぐるぐる回
?
﹂
﹂
﹁あの伝説の告白であれだけ壮絶に振られたのに、なかなか出来るこ
!?
ねばなるまいね⋮⋮あの伝説の告白の顛末とやらを。ふっ、若さ故の
過ちか⋮⋮
結論から言おう。あの表参道での告白は軽く拡散しました♪
いやいや音符つけてる場合じゃないから。
なんかクリスマスデート中のニコ厨が、たまたま彼女とラブラブ
うふっ。
デート動画を撮ってたところにあの騒ぎだったみたいで、見事に撮影
されちゃったの
www﹄
﹃男前すぎだろこの女w﹄
﹃うえ
ぇぇぇぇんってwww﹄
﹃勇
﹃やべぇぇぇwww 俺妹かよwww﹄
﹃聖夜にリアル京介︵女︶降臨
ない距離だったんだけど、声と行為は見事にロックオン☆
⋮⋮ま、まぁ救いなのは距離が離れてたから顔とかは全然判別出来
!
"
788
とじゃないですよ
﹁ぎゃふん
!
⋮⋮本日二回目のギャフンが繰り出されたところで、やはり説明せ
!
者様︵女︶に敬礼 君の雄姿は忘れない﹄
﹃リア充爆発したwww﹄
やがったもんだぜ⋮⋮
判明してしまいました。くそがっ
とんだところに伏兵が潜んで
あのガチオタが紗弥加に見せたらしく、声とラノベネタであっさり
そう、紗弥加の兄貴。
を括っていたら、ひとりだけ居たんですよ⋮⋮重度のニコ厨が⋮⋮
YouTube視聴者も居ないし、とりあえず大丈夫でしょ⋮⋮と高
ま、まぁこれなら身バレはしないだろうし、私の周りにはニコ厨も
が青々と茂ったものですよ︵遠い目︶
などなど、当時はみんなに笑顔を提供して、画面いっぱいに大草原
!!
⋮⋮
紅︵吐血︶白︵白目︶歌合戦︵主に私の悲鳴︶︼が開催さ
なんていい子なのかしらっ⋮⋮
でも、なんで小町ちゃんはこんなに私に親身になってくれるんだろ
もう
﹁⋮⋮こ、小町ちゃぁん﹂
﹁なのでそんな香織さんを、小町は全力で応援しようと思うのです﹂
まったのか⋮⋮
にはまるっとお見通しなわけなのですよ。なぜベストを尽くしてし
そんなこんなであの伝説の告白は、私の周りのごくごく一部の方々
場まで持っていく所存であります
もちろん振られたあとにまた手繋ぎデートしちゃったのとかは、墓
いだったんだろうね。
綺麗に見事に玉砕して逆に警戒心が解けたっぽいのが不幸中の幸
いやぁ⋮⋮なんで私いま無事なんですかね。
れました。
︻年忘れ
伝わり、小町ちゃんを含めた五人で、私の部屋でその動画の上映会、
そこからはもう雪崩式にいろは↓由比ヶ浜先輩↓雪ノ下先輩へと
!
!
!
ちゃんはこんなにも私の味方をしてくれるの⋮⋮ だって私なん
?
789
!
!
﹁⋮⋮ねぇ、小町ちゃん。前々から思ってたんだけど⋮⋮なんで小町
?
どちらかといえば雪ノ下
て明らかに後発組だし、小町ちゃんにとっては雪ノ下先輩とか由比ヶ
﹂
浜先輩こそが本命なんじゃないの⋮⋮
先輩達の味方なんじゃないの⋮⋮
?
﹁ほえ
﹂
ほえって
﹂
﹁小町は別に香織さんの味方なんてしてないですよ
どゆこと
﹂
雪乃さん達の味方でもないです﹂
﹁⋮⋮ほえ
加えて言うと
高校生にもなってほえとか言って首をかしげんの許
を傾げた。あざと可愛い。
そんな私の質問に小町ちゃんはキョトンとして、とても可愛く小首
だろう。
なんでこの子は、こんな後発組の私にこんなにも良くしてくれるん
⋮⋮それこそが私がずっと抱えてきた疑問。
してくれてもいいの⋮⋮
な雪ノ下先輩達をコソコソと出し抜いてばっかの私に、こんなに味方
﹁⋮⋮それなのにさ、ディスティニーといいクリスマスといい、大好き
私なんかよりもずっと親密な関係で、ずっと絆があるハズなのだ。
てる。
そう。小町ちゃんが雪ノ下先輩達の事を大好きなことは超理解し
?
惚れてまうやろぉ⋮⋮
!
だけの味方ですから﹂
!
﹁小町は誰の味方でもありませんよ。⋮⋮だって小町は、お兄ちゃん
ヤリ笑顔でこう答えるのだった。
すると小町ちゃんは並はす以下の慎ましい胸をエヘンと張って、ニ
だけど、やっぱりちょっとツラかったです。
なんか小町ちゃんが可愛くて、ついつい私もほえとか言ってみたん
?
⋮⋮やっべぇ、超カッケー⋮⋮
×
790
?
されるの小町ちゃんだけよ
!
?
?
!?
?
×
×
小町ちゃんのあまりの格好良さに若干の戦慄を覚える私。くっそ
ちょいとお
⋮⋮やっぱ比企谷先輩の妹だけのことはあるわ。格好良さも超一級
ちょ、ちょっと待てよ
!?
品なら、ブラコン具合も超一級品よね。
⋮⋮でも⋮⋮ん
んん
待ちよ小町ちゃん
?
とは⋮⋮
そ、それってつまり
﹂
先輩には私がお似合い
!?
実は小町、もしかしたら香織さんが一番お兄ちゃんと
!?
相性いいんじゃないかと睨んでるんですよ﹂
⋮⋮⋮⋮ぃぃぃいやっふぉぉぉいっ
ぐへへへ
!
超シスコン先輩の妹を籠
絡しちゃったってことは、これもうひとり勝ちじゃん
!
これもう勝ちフラグビンビンじゃね
なにそれ妹公認の第一お義姉ちゃん候補ってことじゃん
!!
!?
もじもじし始める。
!?
たいのかな
よぉぅし
いつでもどんとこーい
!
﹁ぎゃふん
﹂
!
っと﹂
残念な
?
てっ まるでちょっとじゃ済まないくらいの残念っ娘みたいじゃ
バ レ テ ー ラ
?
し か も ち ょ っ ぴ り の あ と に 疑 問 符 付 け る の や め
人の方が合いそうかな
達みたいな完璧な人よりも、香織さんみたいなちょっぴり
﹁⋮⋮だって、お兄ちゃんみたいな残念なごみぃちゃんには、雪乃さん
!
んが一番お義姉ちゃんになって欲しい素敵な女性ですから﹂とか言い
な、なにかな小町ちゃん
も、もしかして﹁小町にとって香織さ
するとなぜか小町ちゃんは、ちょっと言いづらそうに目を逸らして
﹁だ、だって⋮⋮﹂
!
﹁ですねー
だと思うってこと
為だって思ってくれてるってことだよね
﹁こ、小町ちゃんは私が比企谷先輩にアタックするのが、比企谷先輩の
!?
私を全力で応援する=比企谷先輩の味方の行為になる⋮⋮ってこ
?
?
!
!?
!
791
!
!
ない⋮⋮。いやいや私全然残念とかとは無縁の存在ですから。
⋮⋮ぐ、ぐふぅ⋮⋮本日三回目のギャフンにして危うく白目を剥い
て意識が飛び掛けたけども、前向きでポジティブなシンキング思考で
考えたら︵ちょっともう動揺しすぎて何言ってるかよく分からないで
もうこれ以上上げて落
す︶、間違いなく小町ちゃんは私が比企谷先輩と相性がいいって思っ
てくれてるってこと⋮⋮なんだよね⋮⋮
まぁ協力とは言っても、出不
やだもうこの子おうち持って帰りたい。小町たんprpr
﹁かしこまちっ☆﹂
言うのだった。
くりと左手を目の横で横ピースさせて、ぱちりウインクで元気にこう
そんな私のお願いに小町ちゃんはピカりんと目を光らせると、ゆっ
精な先輩を一日だけ外に出してもらえるだけでいいんだけど⋮⋮﹂
をお願いしちゃってもいいかな⋮⋮
﹁⋮⋮じゃ、じゃあ私チョコ作り頑張ってみるから、小町ちゃんに協力
張って小町ちゃんへと向き直る。
ほんの一瞬だけ力なく崩れ落ちた私ではありますが、なんとか踏
とすのは精神衛生上ご勘弁いただきたいです。
?
こうして私 家堀香織は、愛しの先輩が受験で大変な最中だという
792
?
のに、義妹ちゃんの協力を得てバレンタインチョコを渡す決意を固め
たのでした
続く
!
︼
恋愛ラノベよりも甘い香りのショコラをあなたに︻中
編
﹁∼∼∼♪﹂
楽しげに鼻歌を口ずさみながら、手作りのチョコケーキに可愛く仕
上げのデコレーションをしている私は、どこからどう見ても乙女丸出
し恋する美少女。
とか言われ続けてきたこの私が、よもやこんなにも乙女丸出し
ふふっ、まさか乙女だけどっか違う世界に転生しちゃったんじゃな
い
になっちゃうだなんてっ
せっかく気分良く乙女してるってのに現実
で見たバレンタインなのである
チャラチャラしちゃうくら
?
だって明日は遂に⋮⋮遂に夢にま
!
!
いにヘッチャラなんだからね
で、でもそんなのヘッチャラよ⋮⋮
に引き戻しおってからに⋮⋮このママンめ⋮⋮
⋮⋮くそがっ⋮⋮
Oh⋮⋮スパーキンッ
のに、なんで鼻歌がドラゴンボールなのよ⋮⋮﹂
﹁⋮⋮あんたさぁ、せっかくそんな、まるで女の子みたいなことしてん
いやん恋って つ、み、ね☆
!
!
じゃね⋮⋮
か、マジでこの時期に外に呼び出してチョコ渡すとか、私って超迷惑
まさか二年連続で早めのチョコ渡しになっちゃうなんて⋮⋮って
さ。
ねー。なにせ当日だと比企谷先輩の受験に丸被りしちゃうんだって
⋮⋮いや、実際はバレンタインデー当日ではなくて数日前なんだよ
!
!
⋮⋮ま、まぁそこは小町ちゃんが推奨してくれたからこそなんだけ
?
793
?
?
ども。
とまぁ、あの小町ちゃんとの作戦会議より約二週間ほど。遂に明日
は小町ちゃんと約束をした日なのだ
﹁⋮⋮ハッ
﹂
いや手遅れだろ、すでに散りまくりだよ。
ちょっと乙女さん仕事して∼
うとこだったぜ
あっぶね⋮⋮自主規制が入んなかったら危うく乙女を散らしちゃ
リームがウ︵自主規制っ︶チみたいになっちゃうところだったわ
っと、やべぇやべぇ
気が逸れてる内に危うく仕上げのチョコク
いっての。せっかくの仕上げが台無しになっちゃうわよー﹂
﹁あ ー、ほ ら ∼ ⋮⋮ ど っ か 行 っ ち ゃ っ て な い で ち ゃ ん と 集 中 し な さ
えられそうです。ふへ。
ばっかじゃねーか︶、なんとかやり過ごして明日という日を無事に迎
されたりと、山あり谷ありホント色々あったわけなんだけど︵いろは
いろはにじぃ∼っと見られたりいろはに疑われたりいろはに警戒
この二週間、本当に色々あったなぁ⋮⋮
!
違う世界に旅立っちゃうんだけどねっ、てへ。
!
と意気込んでケーキ作りを始めた途端に、なんかこの人テーブル
夕ご飯後にキッチンを使う予約をしといて、さぁ
いざ開戦の時
いやまぁ私の場合、集中しすぎると脳内が活発化しちゃってどっか
でいるわけではない。てか集中できなくてむしろ邪魔。
そうなのだ。別に私はなにも好き好んでママンとお喋りを楽しん
⋮⋮﹂
﹁⋮⋮ て か お 母 さ ん さ ぁ ⋮⋮ な ん で さ っ き か ら ず っ と 見 て ん の よ
?
!
しいったらありゃしない。
ちなみにパパンには即刻ご退場願いました︵強制︶
794
!?
!
!?
陣取って、頬杖ついてによによとこっちを眺め続けてんのよね。鬱陶
!
だって、しくしくと悔し涙流してケーキ作りをジッと見つめられま
しても⋮⋮。あんたどんだけ娘大好きなのよ。
でもねお父さん、そんなお父さんのこと、私もまぁギリギリのライ
ンでそこそこ好きだよ 今年は愛娘の手作りチョコケーキあげる
あなたの娘
?
仮にも娘がようやく女の子らしいことし始めたんだもん﹂
﹁ふふっ、半分冗談よ♪ やっぱ何だかんだ言っても嬉しいじゃない
はこうやって立派に育っていってるのよ
言うに事欠いて面白いとか酷過ぎじゃないかしら
﹁⋮⋮あのねぇ、自分の娘になんつー言い草なのよ⋮⋮﹂
どうも、あの香織です。
﹁だって面白いじゃない。あの香織が女の子してんだもん﹂
からね。比企谷先輩の残りものだけど。
!
まさかあの香織をこんなにも
半分本気な件と娘という立場が仮な件について。
﹁ほーんと先輩くんには感謝よねー
﹂
恋する乙女に変えてくれるなんて﹂
﹁ぐふぅっ⋮⋮
!
うぅ⋮⋮顔があちいよぅ
て擬音が浮かんでますね。
﹁ぐはっ
﹂
たぶん今の私の頭上には、ぼしゅうっ
も う あ れ の こ と は 忘 れ て
﹁ホント直哉くんの時とはえらい違いよねー﹂
!
だからあんなんは付き合ってたうちに入んないんだっ
ホ、ホ ン ト に や め て よ お 母 様 ぁ ⋮⋮
よぅ⋮⋮
てばぁ⋮⋮
不意打ちでそんなことハッキリ言われる
!
と、顔が沸いたヤカンみたいになっちゃうじゃない
や、やめてよぅお母様
!
⋮⋮うう⋮⋮もう嫌ぁぁぁ⋮⋮
∼⋮⋮
最近この母親、事あるごとにによによと私をからかってくるのよね
!
さんも先輩くん見てみたいなー、ねーねーねー﹂
﹁ねーねー香織ー、早くお母さんにもその先輩くん会わせてよー、お母
!
!
795
?
!
!?
!
?
だからホントは家でチョコ作りなんてしたくなかったんだけど、家
以外で作れる場所なんかないしさ∼⋮⋮
いろはんちで一緒に作る↓死亡
紗弥加達んちで一緒に作る↓確実に情報が漏れて死亡
小町ちゃんちで一緒に作る↓本末転倒
結論↓ママンの口撃に耐える
だからキッチン借りるからって言った時にはある程度覚悟は出来
⋮⋮たく、ぜっ
てたんだけど、ふぇぇ⋮⋮やっぱ恥ずかしいよぅ⋮⋮
﹁⋮⋮ねーねーうっさい⋮⋮ 子供かあんたは
!
てー会わせないかんね⋮⋮ てか大体先輩はまだ彼氏じゃないっ
!
殴りたいこの笑顔。
ああ言えばこう言いやがってぇ⋮⋮
頑張ってんでしょうが
その展望の為にこうして
ホントに本物の香織なのか疑っちゃうレベル。⋮⋮ふふっ、
﹁さってと
ほんじゃまぁ十分楽しんだことだし、邪魔者なお母さ
﹁⋮⋮う、うっさいわ﹂
そっと呟く。
私 は か っ か と 熱 を 帯 び る 頬 を お 母 さ ん か ら 隠 す よ う に 俯 き つ つ
悪戯っ子のような笑顔でぱちりとウインクする我がママン。
ねー﹂
たいもーん☆ 直哉くんの時は全然そんな乙女な顔しなかったもん
よお母さんっ。やっぱせっかく母親になったからには、娘と恋バナし
良かったわ∼。やっと女の子産んだ幸せを噛み締められた気がする
から
﹁香織ちゃんてばそんなに真っ赤になっちゃってぇ、もう可愛いんだ
!
﹂
親 に 会 わ せ ら れ る よ う な 立 場 じ ゃ な い ん
!
とくのよー﹂
んはとっとと退散するとしましょうかねー。ちゃーんと後片付けし
!
796
つ っ て ん じ ゃ ん ⋮⋮
だってばぁ
!
!
!
?
﹂
﹁おんやぁ
?
まだってことはその展望もありってことー
ぐぅ⋮⋮
!
!
⋮⋮とっととって遅せーよ。もう残すは仕上げと箱詰めとラッピ
ングだけだっての⋮⋮そしてやっぱり楽しんじゃったのかよ。
ルンルンと鼻歌混じりにリビングダイニングから出て行こうとド
アノブに手を掛けるお母さんの背中を眺めながら私は思うのだ。
││私ってそんなに恋する乙女な顔してるんだなぁ⋮⋮。そして
お母さんはただからかってるだけに見えて、実は娘のそんな乙女な様
子を見られて喜んでるんだなぁ⋮⋮って。
なーにー﹂
﹁⋮⋮お、お母さん﹂
﹁ん
﹁⋮⋮い、いずれね。いずれ紹介できるような日がもし来るなら⋮⋮
ちゃんと会わせたげっから⋮⋮﹂
熱々な顔を俯かせて、もじもじと上目遣いでそう言った私に、お母
なんつって☆﹂
さんはにんまりと微笑む。
﹁ふふ、かしこま
いそいそと夫婦の寝室へと向かう。今夜はお楽しみですね
娘譲り
のイタさをばっちり披露した母は、手をひらひらさせて
母娘ね︵遠い目︶
いやいやお母様、さすがに四十過ぎでそれはキツいですぜ。やっぱ
!
﹂
そんな顔をさせるようになった、素敵な素敵な男の子を。
⋮⋮うん、いずれね。いつかは会わせてあげたいな。あんたの娘に
?
?
﹁よっし、完成っと
×
一年。進んで夕ご飯の手伝いしたり休日にお菓子作りに勤しんだり
のしか作れなかったけど、比企谷先輩に恋してると自覚してからこの
へへ、去年のチョコとはえらい違いだなぁ。去年はまだまだ簡単な
きゅきゅっとリボンを結んで冷蔵庫へ。
!
×
797
?
×
と、実は密かに乙女レベルを少しずつ上げていたのだよ
チョコケーキは超自信作
そ り ゃ 料 理 が 楽 し く な っ ち ゃ っ た っ て
クリームとスポンジで四層に分けてる
そ し て あ れ か ら 遥 か に 乙 女 レ ベ ル が 上 が っ た 私 が 作 っ た 今 回 の
しょうがないじゃない
言ってもらえたんだぜ
だってさ、頑張って作ったチョコを好きな人に﹁美味かった﹂って
!
を入れてるトコがポイントなのだ
かなっ⋮⋮
へへへ、これはワクワクもんだぁ
目指さねーよ。
きゃ♪ いやん香織ちゃんてば意味深
目指せR指定
﹁⋮⋮ふへぇ∼﹂
!
ふへへ、なにがあるか分かんないから、隅々まで綺麗に洗っとかな
ませ、私は身を清めるべくお風呂へと向かう。
明日の夢のような一時を思い浮かべつつニヤニヤと後片付けを済
!
⋮⋮早く食べてもらいたいなっ⋮⋮また美味いって言ってくれる
堪んないのよね∼。
覗かせるカリッとした食感のクランチとナッツが楽しめるところが
ふわふわスポンジとふわふわチョコクリームの中から、たまに顔を
!
んだけど、その下段のクリーム層に、荒めに砕いたクランチとナッツ
!
らかになった魅惑のボディを湯船に浮かべ鼻歌を口ずさむ。
みんな友達
みーんなアイドル
!
さっきと違って、今回はもっとラブリーで女の子らしい歌を歌って
るんだからね
!
お風呂に浸かって鼻歌を口ずさみながらも、私の頭の中は明日のこ
とで一杯。
ホントはずっとドキドキしてて、すっごい緊張してんだよね。
798
!?
?
あんなとこ☆やこんなとこ☆まで念入りにウォッシュしてから、清
!
⋮⋮女の子らしいってかどちらかというと幼女向けでした☆
!
だって、比企谷先輩と会うのはなんとひと月半ぶり。実はあのクリ
スマスデート以来だったりするのだ。
三学期になってから自由登校となった比企谷先輩。
ただでさえエンカウント率が低い上にすぐ逃げ出す、名実ともにま
さにはぐれメタルなあの先輩が、この自由登校という機会に学校なん
て来るワケもなく、私はあれっきり会えていない。
つまり告白して玉砕したにも関わらず、そのあとも手を繋いでイル
ミネーションデートなんてしちゃった日以来の遭遇という、なかなか
にハードなシチュエーションでのチョコ渡し。
と い
これってかなりの難易度だよね。どんな顔して会えばいいのかし
らん。
そしてもうひとつの緊張要素。
そ れ は ⋮⋮⋮⋮ 私 っ て ど こ で 先 輩 に チ ョ コ 渡 せ ば い い の
小町ちゃんが当日に﹁家からお兄ちゃんを追い出した
う、そもそもそんな基本中の基本さえもまだ決まっていないという事
実。
いや、ね
いから、ホントチョコを渡せる時間だけ貰えたらいいからね
安で一杯であります
小町軍曹どの
っていう愛のムチ的な。
とは
場所が未確定だから得意の妄想予行練習も出来やしないし、正直不
伝えてあるんだけど、ホントどこで渡すことになるのやら⋮⋮
?
愛さえあれ
⋮⋮これって実は小町ちゃんからのミッションなのかも⋮⋮
!
どんな状況下に置かれても、愛とアドリブで対処せよ
ば関係ないよね
!
!
⋮⋮ふっ、さすがは比企谷先輩の妹さまだぜ。
?
!
799
?
明日は土曜だけど、この大変な時期に一日貰っちゃうのは申し訳な
ら連絡しまーす﹂ってことしか教えてくれないのよね⋮⋮
?
×
×
色んなことに思考を巡らせていたら、気が付けばもう日を跨いでし
×
まうようなお時間。
バスルームから出て、ほんのりとピンク色に染まった柔肌に残る水
滴をバスタオルで優しく拭き取る。
いつかはこの我ながら結構綺麗な柔肌を、比企谷先輩に隠すことな
く隅々まで全部見せることになるのかな∼ぐへへぇ⋮⋮なんて邪な
ことを考えつつ、寝室から用意してきたお気に入りの下着に足を通
す。
まぁいわゆる勝負パンツってほどのモノでもないけど︵勝負パンツ
︶、こういう時はお気に入りのモノで身
なるモノを用意しとくほどの女子力が私には備わって無かったって
わけではない。そう、決して
を固めておきたいよね。
ちなみにクリスマスの夜もこれ着けてましたっ♪
そして下着と同じ色合いの黄色のパジャマを着て寝室へと向かい、
そのままの勢いでベッドにダーイブッ
緩みまくる私。
﹁うひっ﹂
!
クリスマスイルミネーションをバックに自撮りしたやつなのである
待ち受けはもちろん比企谷先輩と私のツーショット
表参道の
に置いといたスマホを手に取って、待ち受け画面を見てはまたも顔が
なんて思いつつベッド脇
小町ちゃんから連絡来てないかな∼
!
なにせ自撮り棒なんか使わない自撮りだから、私と比企谷先輩の顔
って土下寝して泣き落と
クリスマスプレゼントはこ
が超近い⋮⋮というかもう頬っぺがくっついちゃってるところがお
気に入りなのだ♪
コレを撮るの大変だったんですよ
したんだもん。
の写メ一枚でいいですからぁぁぁ⋮⋮
?
枚。
い恥ずかしそうに目をキョドらせてる先輩が超可愛い、私の宝物の一
真っ赤な顔をしながらも、にんまりと幸せそうな私の横で、すっご
!
800
!
?
!
あまりにも幸せそう過ぎて、魔王達に見られたらハラワタまで喰い
ん∼ちゅぅっ﹂
尽くされること確実なヤツですよコレは︵白目︶
﹁ん∼⋮⋮ちゅっ、ちゅっ
そんな宝物に写った照れ顔の先輩にちっすし
まくるかなりキモい私ですがなにか
あらなんですの
!
なにヤキモキさせおってからにぃ
お義姉ちゃんをこん
!
なぁ
だなんてほんの少しだけの不安を覚えなが
例のカフェか
││ま、比企谷先輩の家の近くの公園とかが妥当かな
きゃっ
?
続く
谷先輩んちなんてことは⋮⋮ない、よね⋮⋮
!
?
ひ、比企
なんて、今から
そ れ と も ア キ バ と か 表 参 道
?
ま、まさか学校の屋上かしら
ま さ か の デ ィ ス テ ィ ニ ー
らも、明日はどこで比企谷先輩と会えるのかな∼
どうしよぉぉぉ⋮⋮
これでもしも明日手渡しがキャンセルとかにでもなっちゃったら
なー。
しかしそうは言っても致し方なし。なるようにしかならないです
!
ぅおのれぃ可愛い可愛い義妹ちゃんめぇ
﹁⋮⋮むぅ、やっぱ小町ちゃんからまだ連絡無しか∼﹂
を忘れてたぜ。
おっと、比企谷先輩への熱いちっすに夢中になりすぎて肝心なこと
⋮⋮こ、こんな姿、とても人様に見せられたもんじゃねーよ⋮⋮
延びられたまである。
てかこの写メがあるからこそ、この会えないひと月半を無事に生き
んかしてますが
なんならこの会えなかったひと月半の日課になっちゃってたりな
?
?
イメージトレーニングが捗りまくる私なのでした∼。
だったりしてー
?
!?
!
801
?
!
?
どうぞ、これ先輩の為に一生懸命作りましたっ﹄
恋愛ラノベよりも甘い香りのショコラをあなたに︻中
編︼
﹃比企谷先輩っ
あんがとな家堀。すげー美味そうだわ﹄
﹄
じゃあ頂くとするか。出来れば家堀にあー
超嬉しい
﹃ばっか当たり前だろ
﹃え ー
﹄
も う 比 企 谷 先 輩 っ て ば し ょ う が な い な ∼ え へ へ、
あ、あーん﹄
﹃あーん。⋮⋮むぐむぐ⋮⋮おお、マジで美味ぇ
ちょっと恥ずいですねっ⋮⋮
?
﹄
ふふふ、じゃあクイズです
﹄
正解した
こんなに美味いチョコケーキに、一体なにがそんなに入って
﹄
﹃さぁて、なんですかねー
?
﹄
!
ぞ∼
﹃もう
先輩のえっち
﹃正解は⋮⋮﹄
ピンポーン。
えへへ、それでは答えをどうぞ
!
﹄
﹃フッ、据え膳食わぬはなんとやらと言うしな。知らんけど﹄
﹃やだぁ、比企谷先輩ってばギラギラしすぎですよぅ
﹄
﹃なん⋮⋮だと⋮⋮ よぅし、じゃあ全身全霊を込めて答えちゃう
ら、チョコと一緒に私も食べちゃってもいいですよぉ
?
﹃分っかんねー、教えてくれよ∼﹄
﹃えっへへ∼、なんだと思いますかぁ
るって言うんだー
﹃え
れちゃいましたもんっ﹄
﹃やった♪ だって先輩に喜んで欲しくて、あるものをた∼っぷり入
!
﹃マジか
!
﹃ホントですかぁ
?
んてしてもらいたいんだが﹄
?
?
!?
?
!
802
!
!
!
!
?
?
!?
!
﹃越後製菓
﹄
﹂
﹁⋮⋮⋮⋮ い や な ん で だ よ ⋮⋮ そ こ は 愛 情 と か じ ゃ ね ぇ の か よ
⋮⋮⋮⋮ふがっ⋮⋮って、ハッ
う
〟 なんて考え始めちゃった結果⋮⋮
おまけにそれで大興奮して冴えてしまった頭が〝明日なに着てこ
はR⋮⋮じゅるっ。
なかなか寝付けなかったのだ。もちろん妄想の中で私と比企谷先輩
込みはしたものの、あれやこれやと色んな妄想が捗ってしまって結局
ケーキを作り終えた私は、翌日に向けてさて寝るかとベッドに潜り
にしても、ぐぅ⋮⋮ね、眠い⋮⋮
ねぇよ⋮⋮﹂
﹁⋮⋮ひ、ひでぇ⋮⋮なんつぅ夢なのよ⋮⋮恋する女子高生の夢じゃ
じゃねーか。
⋮⋮なんだ夢か。てかもうあーんのくだり辺りから夢オチ丸出し
!?
頭をガシガシと掻きながら部屋を見渡すと、そこは強盗でも押し
いやさ偶には気合い入れ
入ったんじゃないかってほどに散乱してる。
やっぱ私らしい格好で行くべきかな
て生足ミニスカで悩殺しちゃう ⋮⋮などと、クローゼットから
!?
完全に解き放たれた脳が即座に思い浮かべた重大な事柄⋮⋮
そしてそんな惨状を目の当たりにしてようやくレム睡眠状態から
ぼーっと眺めつつ、徐々に覚醒していく我が頭。
頓された部屋の惨憺たる有様を、寝呆けまなこな引きつった苦い顔で
⋮⋮や、やっぱ深夜テンションてのはヤバいのね⋮⋮と、普段は整
その結果、途中で力尽きて今に至る。
ションショーを朝方まで執り行っちゃったのだ。
キャビネットからありとあらゆる服を出しまくっては一人ファッ
!?
803
!
﹁うっわ⋮⋮﹂
!?
﹁⋮⋮やっべ、いま何時
覚ましを見る。
﹁⋮⋮げ﹂
﹂
!?
!?
思ってんだ私のあほぉぉ
うみたいな展開だったら最悪っしょ
まじっべー
貴重な時間を割いてわざわざ出てきてもらうんだよ
!
!
﹁よ、良かったぁ⋮⋮﹂
とりあえずはセ∼∼∼フっ⋮⋮
まだ連絡きて無かったぁ⋮⋮
⋮⋮じゃねぇよ。ほっこりにんまりうへへってる場合じゃねぇわ。
な比企谷先輩と幸せそうな私のラブラブツーショット待ち受けがっ
慌てて手に取ったスマホを見ると、そこには⋮⋮⋮⋮照れくさそう
!?
!
れですでに比企谷先輩が家出たあとで、どこかで待ちぼうけさせちゃ
てかそもそも小町ちゃんからすでに連絡とか来てないよね
こ
まだ決めてない服決めてメイクするだけで、どんだけ時間掛かると
うと思ってたのにぃ
ら連絡くるか分かんないから、今日は早めに起きて色々と用意しとこ
現在時刻はもう十一時過ぎ⋮⋮マジかよぉ
いつ小町ちゃんか
寝ちゃったんだ⋮⋮﹂的な体勢☆︶をガバァっと起こして机の上の目
イベントにありがちなアレね。好きな男の子の看病中に﹁あ、わたし
床にぺたんと女の子座りしてベッドに添い寝していた体︵お見舞い
!?
!
一瞬だけ緩みかけた気持ちも、鏡に映った酷い有様な自分を見て一
発で引き締まる。
前ボタンが全部はずれて軽くお胸がチラリズムしちゃってる乱れ
たパジャマ姿な上、さらに芸術が爆発してボンバヘッになってる頭の
私。うう⋮⋮乙女ェ
ハードモードやでぇ⋮⋮
ら急いで最上級な私にまで仕上げなきゃならんのか⋮⋮っ
人生
こ、こんな乙女のカケラが一切見られない酷い有様な私を、これか
!
!
804
!
﹁⋮⋮って安心してる場合じゃなかった⋮⋮﹂
!
ム ー ン プ リ ズ ム パ ワ ー で ち ゃ ち ゃ っ と メ イ ク ア ッ プ し
でもホントいつ連絡くるか分かんないから急がなきゃ。
う し
ちゃうぞー
と意気込み掛けた刹那、廊下に響き渡るとたとたという足音とママ
ンの声。
﹁香織ー、お客さまよー﹂
ほえ
×
正解は
ピンポーン。越後製菓
さっきの夢の中での一幕。
?
?
それにしても⋮⋮お客さま⋮⋮
ちゃったのね⋮⋮
な く て 家 の チ ャ イ ム の 音 だ っ た の か ⋮⋮ だ か ら 英 樹 が 夢 に 出 て き
⋮⋮って、夢かと思ってたらあのピンポーンは解答ボタンの音じゃ
!
×
そこで問題である。⋮⋮えっと、誰
だってほら、女の子って遊ぶにあたっては色々と大変なんですのよ
きなり誰かがウチに遊びに来るなんて、小学生時代以来とんと無い。
日までになんの予定も立ててないし当日もなんの連絡もないのに、い
私は友達と遊ぶ際には事前に予定を立てておくタイプなのだ。前
?
つまりは後者、訪れた人ということになる。
いもん。
ない︶、招かれたという前者は当て嵌まらない。だって誰も招いてな
チャコラする予定しか入ってないから︵イチャコラ出来るとは言って
ち な み に 今 日 の 私 の 予 定 は 比 企 谷 先 輩 と 会 っ て チ ョ コ 渡 し て イ
客とは招かれた人、訪れた人のことである。
?
805
!
!
×
つい今しがたまであれこれ考えてた服装やらメイクやらだけに
ん
デリケートゾーンは女だけの秘密の
腕とか脛とかあんなトコとかショリショリなん
⋮⋮や、やっだー
うおっほん
閑話休題だゾ☆
花園なんだからねっ♪
てするわけないじゃな∼い
こないんだよっ
可愛い女の子には頭髪以外に毛なんて生えて
はとどまらず、果てはムダ毛処⋮⋮げふんげふん、げっふんげっふー
?
!
なんて、休日になんの連絡も無しにいきなり家まで押し掛け
!
のが紳士淑女の基本よ
﹃んだよコイツ
いきなり彼女の家に行って﹁わー、来てくれたんだー、
嬉しー﹂とか言われて鼻の下のばさないようにね
!
︵偏見︶
﹃帰ってきたら襟沢がマイルームで煎餅食ってくつろいでました♪﹄
⋮⋮まぁ今のところ一応事前に連絡は入れてきてるけども、いずれ
のよね∼⋮⋮。なんなら仲間内で一番来てるまである。
⋮⋮あ、無神経な襟沢なら微レ存。あいつちょくちょく遊びに来ん
い現状、紗弥加たちって可能性は高くはないかな。
てなわけで考える。約束なんてしてない上になんの連絡も来てな
け勘弁してよって感じでしたよ、ええ。
とにかくアレもいきなり来たりしたこともあったなぁ⋮⋮ぶっちゃ
⋮⋮あ、元カレ⋮⋮じゃなかった、友達の延長線上だったアレね。
だってあるんだぜ
無ぇなぁこの男⋮⋮そろそろ潮時かもねー﹄とか思われてる危険性
こ っ ち に も 色 々 と 準 備 あ ん だ よ ⋮⋮ マ ジ で ど こ ま で も デ リ カ シ ー
い き な り 来 ん じ ゃ ね ー よ ⋮⋮ い き な り 来 ら れ て も 困 る っ つ の ⋮⋮
!
男子諸君
?
まずは先方が心の準備をしておける為に、先にお伺いを立てておく
ある。都合だって悪いかも知れないんだし。
るのは、よほどのサプライズイベントでもなければマナー違反なので
ぜー
とまぁ女の子はある程度の多感な年頃になると、磯野野球しよう
!
?
?
806
!
!
なんて事態が起きそうでわりと怖い。
それはヤバいよ
死んじゃうよ
⋮⋮ヤツが今日という日を嗅ぎつけて来やがっ
││││しかし、そこで私はあるひとつの危険な可能性を思い浮か
べてしまった。
ま、まさかヤツが
たんじゃっ⋮⋮
ひ、ひぃぃぃぃぃぃ
!
ち、ちちち違うのよいろは
!
ここは居留守一択でしょう
厳しい第三者の目で調査をぉぉ
居留守居留守
た。
?
お、お母たまノックを⋮⋮
あんたまさかまだ寝てんの∼
?
でそんなにによによしてんのぉ⋮⋮
あらまぁいやだわぁ
からもう連れて来ちゃったわよぉ
﹂
せっかくだ
って井戸端会議してるおば
!
﹁なに、ちゃんと起きてるんなら返事くらいしなさい
ちゃんな感じ。
えてますよ
なんか変態みたいな目をしたママンが、ニヤつく口元を片手で押さ
?
そう言ってドアを開けたお母さんは⋮⋮⋮⋮えぇぇえ⋮⋮な、なん
﹁ちょっと香織∼
﹂
戦々恐々ぷるぷる震えていると、ガチャリと無遠慮にドアが開かれ
︵白目︶
って母がすでに応対しちゃってる以上それは無理な相談ですよね
!
!!
こ、ここは
今日はそういうんじゃないからぁぁ
いやんもう詰んでるじゃなーい
一日拘束。
今日の予定なんて白状しようものなら即処刑。白状しなかったら
!
!
ふ、不適切かもしんないけど違法性は無いんですぅ
⋮⋮
!
?
?
?
807
!
!
!
!
!
﹁⋮⋮は
﹂
ち、ちょっとママンなに勝手なことしてくれちゃってんの
まだ心の準備ってヤツがさぁ
を認識した母は冷や汗をかいて一言。
﹁⋮⋮あ⋮⋮﹂
⋮⋮あ、じゃねぇよお母様。
?
⋮⋮す、すまんっ﹂
たく感心しつつ、深く深く息を吸いこむのだった。
﹂
ま、
状況の整理を勝手に遂行していく人間の脳の優秀な仕事っぷりにい
私はしばし閉じられたドアをぼーっと見つめながらも、次第にこの
年甲斐もなく頭をコツンとして、ぱたんと静かにドアを閉める母。
かったのよー⋮⋮てへっ﹂
まさかこんな時間までそんなだらしない格好してるなんて思わな
﹁ご、ごめんね香織ー⋮⋮あんたゆうべあれだけ楽しみにしてたから、
ゆっくりと見送ることのみ⋮⋮
るでスローモーションのように逸らされていく愛しの横顔を、ただ
理解が追い付かずに完全に固まっている私に出来る事といえば、ま
た直後、真っ赤な顔をぷいと逸らす。
その人物は私のあられもない姿と散らかった部屋を視界におさめ
﹁
で開いていくドアの隙間から覗いたとある人物。
そう言いながらもすでに止めること叶わず、慣性の法則により惰性
﹁ちょ、ちょっと連れてくるの早かったかしらぁ⋮⋮
﹂
そしてほとんどドアが開いた辺りで、ようやく娘のあられもない姿
もちゃんと見もしないで、ゆっくりとゆっくりとドアを開いていく。
発した髪やはだけたパジャマ姿な私のみっともない姿も部屋の惨状
そんな娘の魂の叫びなど知ったこっちゃないお母さんは、寝癖で爆
!
!?
?
﹁⋮⋮っいぃぃぃぃやぁあぁあぁあぁあぁぁぁぁっっっ
!
808
!?
全力で叫びました。なんていうか超シャウト。
嗚呼、今日お父さんゴルフで良かったな⋮⋮
嗚呼、こんなに叫んだのって、いつぞやの表参道以来だな⋮⋮︵遠
い目︶
なんで比企谷先輩が家に居んのぉ
酷い有様見られちったよぉぉぅ
⋮⋮⋮⋮ななななんでぇ
ひいぃやぁぁぁ
!?
具ってなんだよ。
ボタン全開とはいえ、ちゃんと隠すトコは隠れてる
!
!?
ね分かります。
!
たしゃ。
責 任 取 っ て よ ぅ
ち、散らかしまくってる下着まで見られてないよね
ととか付いてないよね
⋮⋮ ふ ぇ ぇ ⋮⋮ も う お 嫁 に 行 け な い よ ぅ ⋮⋮
⋮⋮
!?
ブラを着けさせてぇぇっ
!
色々とやりたい事もやらなきゃいけない事もあるけれど、と、とり
部屋♪になりそうです⋮⋮
ど、どうやらそんな二人の最終決戦場は⋮⋮まさかの香織ちゃんのお
シー、アキバ竹下表参道とたくさん秘密の逢瀬を重ねてきた私達だけ
偶然出会った本屋さんから始まり、あのカフェやディスティニー
!
!?
よだれのあ
クやら爆発した頭やら部屋の惨状やらを全て見られてしまったよあ
そんなことよりも︵そんなことじゃないけども
︶寝起きノーメイ
ぷるぷるプリンの上にちょこんと乗ったさくらんぼ的なヤツです
から、具までは見られていないはず
だ、大丈夫
!
あえずまずはブラを
!
809
!
!
││││なんということでしょう。
!
続く
810
恋愛ラノベよりも甘い香りのショコラをあなたに︻後
編︼
││ラッキースケベ。
それは男たちの見果てぬ夢、男たちの遥かなる桃源郷、そして男た
ちの欲望のパラダイス。
ア ク シ デ ン ツ な
だいたい同じような事しか言ってない気がするけど気のせい気の
せい。
そ ん な 男 の 欲 望 を 具 現 化 し た よ う な ジ
!
いや無い︵反語︶
お粗末さまでしたっ︵白目︶
﹁⋮⋮い、いや、結構なお点前︵おてまえ︶で﹂
いやん
ないのよ
そこそこあるんだから
︵ドヤァ︶
ぶん見られてないし、それにそこそこ自慢な美乳なもんで。微乳では
ま、まぁお胸だけならまだ許容範囲なんですよ。イケナイとこはた
うも家堀香織です。
て、ただただ俯いた顔を赤面させてクッションの上に正座しているど
ツッコミなど出来る余裕があるわけもなく、比企谷先輩と向かい合っ
なんて全力でツッコミを入れたかったけれども、現状ではそんな
!
﹁しょのっ⋮⋮さ、先ほどはお見苦しいモノをっ⋮⋮﹂
ケベがあっただろうか
ラッキースケベなわけだが、いまだかつてこんなに残念なラッキース
!
嬉し恥ずかし大イベントだもんね。
さんざん濁してきたのに思いっきりおっぱいって言っちゃった
!
好きな人に自慢のおっぱい見られちゃうなんて、どっちかといえば
!
811
?
⋮⋮いやいや結構なお点前ってなんだよ八幡さん
!
?
乙 女 な ん だ か ら も っ と 乳 は オ ブ ラ ー ト に 包 も う ぜ
〟ートだけに。これは酷い。
かって疑いを掛けられてるワケじゃない
にバレてたし。
オ 〝 ブ ラ
バ レ て な い か ら 私 残 念 じ ゃ な い か ら リ ア ル が 充
実しまくってるトップカースト女子ですけどなにか
だからせめて比企谷先輩にはバレ⋮⋮ん
されたくなかったのに、寝起きバズーカ食らったレベルの爆発
誤解、ご・か・
んん
⋮⋮ や だ
こないだも小町ちゃん
だ、だ っ て さ 私 っ て な ん か 知 ん な い け ど、多 方 面 か ら 残 念 と
しまったのがなによりキツい。
⋮⋮じゃあなにがキツいって、好きな人にいろんな惨状を見られて
?
!
頭とか、寝あととヨダレあとの付いたノンメイクな寝起き顔とか、ブ
い
!
なにがー
!
ラもパンツも散らかってる部屋の惨状とか見られちゃうなんて、比企
手遅れ
?
谷先輩にはせっかく隠してたのにバレちゃうじゃんかー
え
?
バレンタイン物語
はてさてこの二人の恋の行方は、いったいどうなりますことやら
と恥ずかしいんだよぅ⋮⋮
×
!
なんて、脳内ナレーション︵CV香織︶して現実逃避でもしてない
?
!
とまぁそんなとっても気まずいムード満点で始まりました今回の
?
小町ちゃんからのメッセージ、
││あのラッキースケベのあと、私は全速力でスマホを手に取り、
たから、てっきり家堀には連絡行ってるもんかと思ってたわ﹂
﹁⋮⋮な、なんかすまんな。小町に家堀んち行ってこいって命令受け
×
812
?
?
?
!
!
!
×
[そろそろお兄ちゃんお届けできました
ライズバレンタインプレゼントです☆ あ
なんでそんなに無理に急ぐんだって
えへ、小町からのサプ
これは小町的に超ポ
そりゃそうでしょ。先輩
んだ服も適当に見繕って先輩を速攻で部屋に引き入れた。
屋を片付けて︵てゆーか単に全部押し入れにブチ込んで︶、あれだけ悩
を確認後、即スマホをベッドに叩きつけ、光の早さで散らかった部
イント高いっ]
!?
!
しております。
あのアホな母じゃ、比企谷先輩になに口走るか分
﹁いえいえいえ そ、そりゃビックリはしましたけどもっ⋮⋮
面所で最低限の身だしなみを整えてからこうして比企谷先輩と相対
以上見られないようにパーカーを深く深く被って部屋を飛び出し、洗
とりあえず自室への連れ込みに無事成功した私は、寝癖と顔をこれ
かったもんじゃないものっ⋮⋮
まってんじゃん
とママンを二人にさせとくなんて不幸な未来しか見えないからに決
?
痴態を晒すくらい安いもんです
﹂
慌てて両手で抱き抱えるようにして胸を隠す私。
私がはうぅとか、ちょっと萌えっ娘みたいで萌えちゃわない
﹂と
も、も し か し て こ の 人 全 部 見
香織ちゃんの豆柴先生見ちゃってね
男性の乳首って、赤ちゃんに母乳をあげるって
?
⋮⋮ え、え っ と ぉ ⋮⋮⋮⋮ え
ちゃってね
ねぇ知ってる∼
!
?
先輩がその胸を一瞥して目を逸らしたもんだから、
﹁はうぅ⋮⋮
て効果音が響いちゃいそうなくらいに強がって胸を張ったんだけど、
痴態を晒しちゃいかんだろ⋮⋮なんて思いながらも、ドンッ
っ
で、でもお忙しいとこわざわざ来ていただいたんですから、ちょっと
!
!
!
?
どうでもいいわ。
⋮⋮てことは当然の事ながら、先輩の意識はあの一部分に全力で集
中してただろうから、爆発頭も部屋の惨状も見られてないんじゃね
おっしラッキーラッキー。
?
813
!
!
!
存在理由がある女性のと違って、なんの存在理由もないんだって∼。
?
?
⋮⋮⋮⋮って、ラッキーなわけあるかぁぁいっ
うぅ⋮⋮恥ずかすぃ∼よぅ でも実際どこまで見られちゃった
!
けどこのまま知らないままの方がお互い幸せかも知んないし、乳問題
かなんてとてもじゃないけど聞けないし⋮⋮、うん。まぁ恥ずかしい
!
!
こ、こ の 気 ま ず い 状 況 で な に 話 せ ば い い
はここまでということでっ⋮⋮
し っ か し ⋮⋮ ひ ぇ ぇ
のぉ
!
常事態なのに、なにせコレ、あのクリスマス以来の再会だかんね⋮⋮
そもそも私の部屋で比企谷先輩と二人っきりって状況からして異
!?
なんかもうパニックになってあわあわしていると、この空気をなん
とかしようと頑張ってくれたのか、まさかの比企谷先輩の方から声を
掛けてきてくれた。
﹂
﹁⋮⋮しっかし、あれだな。⋮⋮すげぇ母ちゃんだな﹂
﹁はへ
はないでしょ私⋮⋮
?
フルっつーか残ね⋮⋮ギャップがあるっつーか﹂
﹃え
あれ
こいつモロ遺伝じゃね
?
ぜんっぜん私に似てないですよねー﹂
!
よ私。
ま、まぁそれはそれとして、おかげさまでようやく落ち着きました
なんだよやっぱ残念なんじゃん私。ついに自覚しちゃったよ。
﹁﹂
﹁⋮⋮いや、そっくりだろ⋮⋮﹂
あの母親⋮⋮
﹁⋮⋮あ、あはは∼、よく言われますぅ⋮⋮な、なーんでしょーかね、
?
ちょっといま残念て言い掛けましたよねあなた。
やめて
!?
で私を見ないで
?
!
﹄みたいな目
﹁あ、いや、見た目はすげぇ綺麗なのに、口を開くと、なんつーかパワ
さらしてはへ
いくら先輩からの突然の問い掛けにビックリしたとはいえ、アホ面
?
814
?
ありがとうママン。こんなに残念な子に産んでくれて☆
と、落ち着いたところで、まだ今日言えていない⋮⋮ってか言わな
きゃいけないことを早速伝えねば
﹁えと⋮⋮きょ、今日はその、ホントに一番大変な時だというのに、わ
ざわざお越しいただきありがとうございますっ﹂
そう。受験生様にわざわざ来ていただいたというのに、お見苦しい
モノ見せつけ事件のどさくさに紛れて、こんな大切なことさえもまだ
お伝え出来ていなかったのだ。⋮⋮くっ、不覚
ホントずるい。
﹁えへへ、はいっ。じゃあ気にしません
﹁おう﹂
粋ってもんだぜ
﹂
ここでこの
ぶっきらぼうな優しさを素直に受け取らないのは、この人に対して無
!
与えないようにしてくれる。しかもナチュラルなあざとさで。
して私が好きなトコは。自分が一番大変なくせに、相手に心の負担を
⋮⋮ふふっ、やっぱこういうとこだよなぁ、この人の良いトコ。そ
ちょっとした息抜きだから気にすんな﹂
な。⋮⋮それにあれだ、ぶっちゃけ受験自体は結構余裕があってな。
﹁お、おう。⋮⋮ま、小町に言われた以上は来ないわけにはいかんから
!
だったら私はその優しさに素直に応えちゃうのだ
!
です♪
﹁っと⋮⋮んじゃ今日来ていただいた理由なんですけど⋮⋮って、今
﹂
さら説明するまでも無いですよねー。ふふふ、例の甘ぁいブツ持って
きますんで、ちょっと待っててもらえますか
﹁⋮⋮よ、よく分からんが、とりあえず了解した⋮⋮﹂
ひひ、どうせなにを持って来るのかなんて分かってるくせに∼
ちょっと調子でてきたぞっ。
そうやってトボけていられんのも今のうちなんだかんね
うし
?
!
?
815
!
ね、これで正解なのですよ。この優しい笑顔での﹁おう﹂がソース
!
﹁じゃ、ちょっと待っててくださいねっ﹂
!
そう言って、私は先輩を一人残して部屋を出る。てかさっきも身だ
しなみ整える為に部屋に残してきたから、本日早くも二回目の置き去
りか。
うふふ、比企谷先輩ってば、主の居ない女の子の部屋でどんな気持
出して渡すべきかな
やべぇ、隠しカメラプリーズぅ
これはお皿に
?
べるのにさすがにアレは問題外だから美味しい紅茶でも淹れよう
へぇ∼﹂
ヤとテーブルに頬杖をついていらっしゃいます。超ウザい。
﹁へぇ∼、あれが噂の先輩くんかぁ∼
﹁⋮⋮﹂
﹁へぇ∼、あれが噂の先輩くんかぁ∼
へぇ∼﹂
!
へぇ∼﹂
!
壊れかけのレディオなのん
!
﹁⋮⋮﹂
壊れちゃったの
﹁へぇ∼、あれが噂の先輩くんかぁ∼
なんなの
?
とないじゃなーい
むしろチャンス
﹂
?
いやいやガッツポーズしてる場合じゃないからね
ンスだよママン。
なんのチャ
?
!
﹁ま、大好きな彼にちょっとおっぱい見られちゃったくらい、なんてこ
くれたくせに、なんでそんなにニヤニヤしてるんですかね⋮⋮﹂
﹁⋮⋮ねぇねぇあなたさ、さっきあんなとんでもないことしでかして
?
なんてウキウキ気分でお湯を沸かしてる脇では、お母たまがニヤニ
!
先輩はMAX大好きっ子とは言っても、甘い甘いチョコケーキを食
いーよね。お茶淹れてフォークだけ持ってこっと。
いや、でもムード的なことを考えたら、やっぱ箱のまま渡した方が
?
からこんなに可愛くラッピングしたけど、どうしよ
ふむ⋮⋮まさかウチでチョコあげることになるとは思わなかった
!!
ちで待ってるんだろな 私の枕とかベッドに顔うずめてクンカク
?
?
ンカしちゃったっていいのよ
×
ゆうべ可愛くラッピングした箱を冷蔵庫から引っ張りだす。
×
?
816
×
﹂
﹁ふふっ、それにしてもさすが私の娘よねー。いい趣味してんじゃな
﹂
い、いい趣味⋮⋮
い、香織ってば∼
﹁⋮⋮へ
!
なのよ⋮⋮﹂
﹂
や、やー、そりゃそうなんですけどもね⋮⋮
だから私てっきり変わった趣味してる
?
ね
まぁ私の周りにはその変わった趣味の美少女が何人か居ますけど
わね、とか言われるもんかと思ってた﹂
結構評判よくないんだよ
てるし猫背でダルそうだし。⋮⋮こう言っちゃなんだけど、学校では
﹁⋮⋮いや、だって比企谷先輩ってあんなんだよ
目はどんよりし
らない人からしたら、とてもじゃないけどいい趣味とか思えなくない
だって先輩の魅力は外側じゃなくて内にあるんだもん。それを知
いいとか言われるとは思わなかったよ。
ぶっちゃけ趣味が
﹁いやいや香織さん。⋮⋮あんた自分の好きな男の子になんて言い草
﹁比企谷先輩っていい趣味なの
いい趣味って比企谷先輩のこと
!?
!?
!?
?
﹂
∼、ああいう子の魅力って。だからこそいい趣味してるって言ったの
よ
うっそ、先輩って年増キラーの素質でもあるの
もんなのよぉ
高校生にしては疲れきってる目なんかも、もともと
﹁ああいったタイプはね∼、歳を増すごとに段々と魅力的になってく
いや、それじゃ私たちも年増になっちゃうじゃん。
!?
﹁マジ
﹂
﹂
﹁そ、マジマジ。気を付けなさ∼い
あの先輩がぁ
たらモテモテになっちゃうかもよ
うっそーん
?
?
?
先輩くん、社会人くらいになっ
クールで格好良いとか言われだすんだから∼﹂
整ってる顔立ちとあの落ち着いた立ち居振る舞いと相まって、今に
?
?
!?
817
?
?
?
﹁ふむふむ。まぁ普通の高校生程度の小娘には分かんないんだろうね
?
?
い、いや、でも確かに比企谷先輩に惹かれてる女の子たちは、高校
⋮⋮あ、先輩って子供にも好かれるタイプ
生女子にしては大人な中身してるかも⋮⋮
え
由比ヶ浜先輩
よね
!
﹂
力でグッとサムズアップ。
﹁今のうちに先輩くんゲットだぜ
!?
比企谷先輩ゲットだぜ
!
よぅし
×
﹁⋮⋮おう﹂
えてくれる。
おんやぁ
かしてマジでクンカってたぁ
たのかなぁ
やっぱ隠しカメラ必須だよこのシチュエーショ
!
それはそれで可愛くて愛おしいから、やっぱ盗撮映像プリーズ。
ま、実際はずっと悶々と部屋を見回してただけだろうけども。でも
ン
ちっきしょー
ふふ、しょうがないよね、先輩だって男の子だもの。
?
?
?
それとも下着漁りでもしちゃって
なにをそんなにキョドってるのかね比企谷君。もし
ドアを開けた私を、比企谷先輩は頬を染めて可愛くキョドって出迎
!?
て、意気揚々と自室へと伸びる階段を上っていくのだった。
さんを適当にあしらいつつ、私はトレイに箱と紅茶とフォークを乗せ
その後もお茶を淹れてる最中さんざんちょっかい出してくるお母
悲しいけど、これ母親なのよね⋮⋮
﹁⋮⋮⋮⋮あ、うん﹂
﹂
母は不敵な笑みを漏らしたかと思うと、キラッと歯を光らせて、全
﹁ふふふ、だから香織
?
﹁お待たせしましたっ﹂
×
818
?
?
!
×
!
﹁よいしょっ﹂
そんな妄想盗撮映像に悶えつつも私は腰をかけた。床のクッショ
ンではなくベッドに。
そして膝の上にトレイを置いて、ポンポンと隣を叩く。
﹂
﹂
あ、いや、俺はこっちで大丈夫だ﹂
﹁先輩先輩っ、こっちへどうぞ
﹁は
﹁先輩先輩っ、こっちへどうぞ
﹁いやだから﹂
﹁先輩先輩っ、こっちへどうぞ
﹂
つい先ほど師匠より直伝されたばかりの奥義〝壊れかけのレディ
オ〟を繰り出して、私の隣に先輩を誘う。
なんかさー、あのクリスマスの夜と一緒で、さんざん恥かいたあ
とってのは、どうやらその瞬間だけは肝が座るらしい。
二人っきりの狭い部屋で並んでベッドに座るとか、ホントなら超恥
そのまま押し倒されてぐふふ⋮⋮こほん。
ずかしいんだけどね∼。
だってだって
まぁもちろんそうなったらそうなっ
たでカモンベイベーばっちこいですけども
?
クライマーズハイってやつかな
しさくらいどうということはないのだ
これはあれかな
?
!
でも今日は不思議と勇気が湧きまくっている。この程度の恥ずか
!
しもあらずなワケじゃない
そ、そんなシチュエーションだって起きちゃう可能性だってなきに
!
攻めまくってやるぜー
まぁもちろん即座に距離詰めちゃいましたけどね♪
うっわぁ⋮⋮私のベッドで先輩と肩寄せ合ってるよ⋮⋮
!
ポ ン ポ ン し て る 場 所 か ら 一 人 分 ほ ど 間 を 開 け て ベ ッ ド に 腰 か け た。
渋々といった感じで私の要求にようやく折れた比企谷先輩は、私が
﹁⋮⋮はぁ⋮⋮わぁったよ﹂
!
くったように、せっかくこうして麻痺ってるんだから、それに乗じて
だから告って玉砕したあとに好き好きオーラ出しまくって攻めま
?
819
!
!
!
?
触れてる腕から先輩の体温がじんわりと伝わってくる。ふんわり
と漂ってくる先輩の匂いが鼻腔をくすぐってくる。
!
今日は比企谷先
⋮⋮⋮⋮あ、これはあかん。クライマーズハイ終了。早いな
でもでも、もうちょっとだけ勇気よ保ってくれ
﹂
輩に、本気の気持ちを伝えたいんだ⋮⋮
﹁⋮⋮比企谷先輩、これ、どうぞ⋮⋮
!
!
よ
去年のとは
﹂
﹁⋮⋮へへ∼、今年は超頑張っちゃいました
去年のとは違うのだ
﹁⋮⋮お、おう、さんきゅ。えと⋮⋮また作ってくれたんだな⋮⋮﹂
ど、好きって気持ちはもう伝えてあるし、今日はこっちが先。
チョコ渡す時って、普通は告白したあとに渡すものなんだろうけ
渡す私。
真っ赤になってそっぽを向いてる先輩にラッピングされた箱を手
!
!
し⋮⋮﹂
かったぞ
⋮⋮なんつーか、家族以外からの人生初のチョコだった
﹁はいはいザクとは違うのね。⋮⋮でもまぁ、去年のも、すげぇ美味
!
ぐぬぬ⋮⋮なんて破壊力だ 大尉のグフじゃ火力不足だぜ⋮⋮
の追い打ちをかけてくる姿はまさに千葉の白いヤツ。
照れ隠しのランバ・ラル大尉をサラッと流したくせに、さらに必殺
﹁⋮⋮う⋮⋮ありがとう、です﹂
?
!
超緊張する∼⋮⋮
!?
!
音が部屋に鳴り響く度に、私の鼓動も鳴り響く。
ふぇぇ⋮⋮な、なんだこれ
あんなに自信
リボンをほどくシュルッという音、包装紙を剥がすガサゴソとした
そうしてようやくラッピングに手を伸ばす比企谷先輩。
﹁⋮⋮うす。じゃあ失礼します⋮⋮﹂
ひぃやぁぁ⋮⋮なんかもう恥ずかしいよぅ⋮⋮
よ
なんすかねこの甘いムード。チョコケーキ渡すまでもなく甘々だ
ですから﹂
﹁⋮⋮ぐぅ⋮⋮と、とりあえず開けてみてくださいよ⋮⋮超美味しい
!
820
!
!
そんな不安
があったチョコケーキだけど、今はもうそんな自信はどこかに消失し
ちゃってる。
﹁おお⋮⋮美味そう﹂
気に入ってもらえるかな 喜んでもらえるかな
?
じゃなくっ﹂
?
だって、超美味しくなるように、あるものを
﹁⋮⋮すげぇな、お前ハードル上げまくってっけど大丈夫か
﹁ノープロブレムです
あれ
正夢的な⋮⋮
のをたっぷり入れちゃいました〟。
なんかこれさ、アレじゃね⋮⋮
?
特に深く考えもせずに自然と放った私のセリフ。つまり〝あるも
なんかこの光景、ついさっき見たぞ
⋮⋮⋮⋮ん
﹂
﹁ひ ひ、美 味 し そ う じ ゃ な く て 美 味 し い ん で す よ。そ れ は も う 尋 常
びで跳ね躍る。ああ、やっぱ幸せだわ、こういうの。
を開いた音と同時に先輩の口から漏れ出たその音に、心臓は緊張と喜
な気持ちに支配されかけてた私のチキンハートだけれど、パカッと箱
?
たっぷり入れちゃいましたからっ﹂
!
?
いるらしい。世間ってどの辺だよ。
?
[結果]
いやんいつかもなにも翌日会っちゃった
[CASE2]
!
そんな顔をさせるようになった、素敵な素敵な男の子を。
⋮⋮うん、いずれね。いつかは会わせてあげたいな。あんたの娘に
[CASE1]
フラグを、すでにいくつか見事に回収しているということを。
たったの一晩で、常時ではそう簡単に回収出来ないような高難易度の
しかし皆さんはお気付きだろうか
そんな名人な私は、実はこの
││ここ最近、どうやら私は世間でフラグ立て名人の称号を賜って
?
821
?
?
いつかはこの我ながら結構綺麗な柔肌を、比企谷先輩に隠すことな
く隅々まで全部見せることになるのかな∼ぐへへぇ
[結果]
いやんさっき見られちゃった☆
⋮⋮我ながら見事である︵白目︶
もっと簡単なフラグならまだしも、普通に生活してたらまぁまず起
こらないようなこんなシチュエーションのフラグを、こうもいとも容
易く回収するあたり、職人気質まで感じられるほどの見事な名人芸で
ある︵吐血︶
とまぁそんな私だからこそ、さっきの夢だって見事に回収しちゃう
んじゃね
つまり
﹂
⋮⋮で、ではでは失礼しまし
なにが言いたいのかといいますと
﹁⋮⋮あるものってなんだ
﹁ふふっ、まずは食べてみてください
!
コレ
キタ
これキマした
魅惑のあーんタイム来ちゃいましたよ
てー、よっ⋮⋮と。⋮⋮は、はい、比企谷先輩っ⋮⋮あ、あーん﹂
!
?
あーんするがよい
て、この甘い空気とセカイの強制力には逆らえませんて
フゥハハハ さあ食べるがよい比企谷君
ぞ
﹂
!
なんでこういう時だけ働かないんだよ
﹁いや自分で食うから﹂
﹁アウチっ
なんでたよ強制力
!
あっさり拒否られた私は、俯きながらど
!?
!
かしくて言えないだけなんだけどね。
具体的に何を見たかなんて言わないのがポイント。いや、ただ恥ず
﹁⋮⋮見たくせに⋮⋮﹂
す黒いオーラを発し、取って置きの一言をぼそりと呟いてやった。
⋮⋮でもまだ負けない
!?
!
822
! !?
!
普段なら絶対にあーんなんかに応じないであろう比企谷先輩だっ
!
!
!
!
﹁⋮⋮ぐっ﹂
そう。全てはこの時の為の餌だった。
寝坊したのも胸をはだけさせてたのも見られちゃったのも、全部全
部私の作戦。計算通り。これこそがセカイの強制力︵大嘘︶
⋮⋮でもただの偶然だって、それは運命であり必然なのだ
﹂
あーんの為に私のおっぱいは犠牲となったのだ
﹁⋮⋮比企谷先輩、あ、あーん
!
の残骸とかがやけにリアル。だ、だって、この残骸に比企谷先輩エキ
や、やべぇ⋮⋮引き抜いたフォークに少しだけこびり付いたケーキ
み、ゆっくりと引き抜く。
もじもじと可愛く開いた口に、震える手でなんとかケーキを押し込
﹁あ、あーん⋮⋮﹂
ま、まぁ私も絶賛泳ぎまくってますけども。
てる。
もちろん先輩の目は私の目と一切合わない。めっちゃ泳ぎまくっ
くりと口を開ける。
私からの二度目のあーんに、比企谷先輩は観念したかのようにゆっ
!
じっくりともきゅもきゅ咀嚼する比企谷先輩と使用済みフォーク
﹂
どうかお口に合いますように
を交互に見つめつつ、私は心臓バクバクでお伺いをたてる。
神様
⋮⋮マジですか⋮⋮
﹁⋮⋮すげぇ美味ぇ﹂
﹁
﹁⋮⋮おう。マジ﹂
⋮⋮⋮⋮ や っ た ぁ ぁ ぁ ぁ
﹄
比 企 谷 先 輩 が 美 味 し い っ て 言 っ て く
!
どうしよ
あの捻デレ先輩が、
﹃悪くない﹄とか﹃まぁ、いいんじゃねーの
れたよおかーさーん
?
とかじゃなくって、
﹃すげぇ美味い﹄って言ってくれたぁ
う超嬉しいよぅ
!
?
!
!
!
!
823
!
ハァハァ不可避。完全に変態の目である。
スとか混ざってんだぜ
?
﹂
﹁ど、どうでしょう⋮⋮
?
!?
ちょ、ちょっと安心して目
これだから料理はやめらんないよねっ⋮⋮うぅ⋮⋮ちょっと泣き
∼⋮⋮よがったよぅ⋮⋮﹂
そう⋮⋮
﹁うう
﹁いやいや泣くなよ⋮⋮﹂
﹁な、泣くわけないじゃないですか⋮⋮
にゴミが入っちゃっただけですっ⋮⋮﹂
⋮⋮安心して目にゴミが入ったってどんな状況だよ⋮⋮支離滅裂
すぎだろ私。
や、やー、私ってばなんだかんだ言って、意外と緊張してたんだな。
実はあーんのくだりとかも、ケーキの出来の不安を誤魔化す為のもの
だったりしてね。
あんなにずっと練習してたから、あんなに自信あったはずのにね。
先輩の言葉にすっごい安心しちゃった。
比企谷先輩は、胸を撫で下ろしてホッとしている私を、呆れたよう
な苦笑いで優しく見つめてくれてる。
チラッと横目で先輩を見るとばっちりと目が合ってしまい、先輩は
顔ごとぷいっと逸らすと頭をがしがしと掻きはじめた。
ナ ッ ツ と か の こ と か
﹁⋮⋮いや、なんだ。マジ美味い。⋮⋮で、あれだ。さっき言ってた
﹂
た っ ぷ り 入 れ た も の っ て の は な ん だ ⋮⋮
⋮⋮
を要求してくる先輩。
ふふふ、だったら答えてやらねばなるまいね
!
対しての照れ隠しなのか、そっぽを向きながら先ほどのクイズの答え
目が合っちゃった照れ隠しなのか私がめちゃくちゃ喜んだことに
?
⋮⋮正解は﹂
﹁⋮⋮まぁナッツも美味しい要素のひとつではありますけど、さっき
の答えとは違いますよ
?
そして私はニヤリと悪戯顔でこう答えてやるのだ。もちろん越後
製菓ではないのよ
?
824
!
"
?
﹁⋮⋮愛情ですっ♪﹂
お、おう⋮⋮そうか⋮⋮とさらに赤面した比企谷先輩に向けて私は
⋮⋮⋮⋮
ここからはシリア
これから本気の想いを告げる。ラノベの丸パクリなんかじゃない、
自分の気持ちを、自分の言葉で。
もうギャグパートはここまでなんだからね
スパートで頑張っちゃうよぉ
!
ギャグパートってなんだよ。私はいつだって一生懸命なんだから
☆
続く
825
?
恋愛ラノベよりも甘い香りのショコラをあなたに︻エ
ピローグ︼
││愛情です││
その一言で比企谷先輩が照れくさそうに﹁おう⋮⋮﹂と漏らした音
を最後に、しん、と静まり返る室内。
はぁ∼っ⋮⋮やっばい、超ドキドキしてきた
せっかく来てくれたんだ
なーんて思ってたのに、あぁ、な
でも、それでも私は頑張っちゃうよ∼
﹁比企谷先輩⋮⋮﹂
んて情けないんざましょ、私ったら。
れ以上に恐いモンなんてないぜ
あの時の私は、この告白さえ乗りきれれば、もうこの先の人生でこ
に巡りすぎて、なんかもうのぼせちゃったみたいにクラクラする。
やべぇ⋮⋮心臓がバクバクと頑張りすぎるもんだから、熱い血が脳
してる。
∼⋮⋮と心が理解しちゃってれば、緊張なんかしないって方がどうか
こないだ経験したばっかの辛い辛いアレを今からまた味わうのか
いエネルギー使うもんなぁ。
⋮⋮ま、そりゃそっか。解ってても、振られるっていうのはすんご
臓が破裂しそうになってんの⋮⋮
まくったってのに、なんで今さら気持ち伝えるくらいでこんなにも心
てあるのに⋮⋮さんざん伝え倒して、あんなにも好き好きアピールし
おっかしいな∼、もう好きだって気持ちはこれでもかってほど伝え
!
いじゃん
﹁⋮⋮は
﹂
私の告白するぞ宣言に戸惑う先輩。
そりゃそうだ。告白しますって告白なんて聞いたこともない。私
826
?
もん。せっかく会えたんだもん。私の全部を伝えなきゃもったいな
?
!
﹁⋮⋮今から私は、先輩に告白します﹂
!
?
自身だって﹃ちょっと私なに言っちゃってんの ﹄って、若干ビック
リしてるくらいの酷い妄言。
﹁ち、違うんです⋮⋮
あんなのは違うんです⋮⋮ 確かにあれ
き聞いてんだけど⋮⋮﹂
﹁⋮⋮い、いや、あの⋮⋮家堀の告は⋮⋮き、気持ちはクリスマスのと
!?
!
な、なので、今から改
!
ね
﹂
ギャグな流れはお引き取り願いま∼す
﹁でも、ですね⋮⋮
﹁⋮⋮おう﹂
かしら
わざわざ緊張してる様子を見せつけるなんて、ちょっとあざとすぎ
輩の眼前にかざしてみせる。
苦笑いでそう言うと、私はカタカタと小刻みに震えている左手を先
張して震えちゃってまして⋮⋮あ、あはは∼﹂
﹁そ、そうは思ってたんですけど⋮⋮私ってば情けないことに結構緊
!
いやいや萌えてる場合じゃないから。今はシリアスパートだから
くふぅっ⋮⋮も、萌える∼っ⋮⋮
私の言葉に、比企谷先輩は早くも逃げ出したそうに身悶える。
めて自分の言葉で伝えたいんです﹂
にラノベの台詞パクっただけですもん⋮⋮
たから⋮⋮。気持ち伝えるのが不安で恐くて、勢いで乗り切れるよう
は私の想いで間違いはないですけどっ⋮⋮でも私の言葉じゃなかっ
!
るッ
するのだ。対比企谷先輩だけならば、私のあざとさはいろはをも超え
⋮⋮でもこれはこれから先輩に勇気をもらう為の作戦だったりも
?
﹁え
ちょ
家堀さん
﹂
?
﹁な、なんでいきなり繋いでくんの⋮⋮
﹂
られるんじゃ∼⋮⋮。ま、まぁそれ以上にドキドキもんだけど。
ふぁぁ∼⋮⋮やっぱ先輩と繋がれるのは、とんでもない安心感を得
に置かれた先輩の右手にその左手を重ね、一本一本指を絡める。
慌てふためく比企谷先輩をガン無視して、私はベッドの上に無造作
?
﹁だから先輩⋮⋮ちょっとだけ、勇気をくださいっ⋮⋮﹂
!
!?
827
?
?
?
﹁お、落ち着くからです⋮⋮
だめ、ですか⋮⋮
!
神安定剤だね♪
﹂
﹁⋮⋮えへへ∼
すよ
﹂
﹂ってズルいよね。こんなのに逆らえる男の子な
言っちゃってんのかしら
﹁⋮⋮いやなんでだよ、いいから﹂
やっぱ比企谷先輩は私の精
んー、もう可愛いなぁ、照れ照れじゃないですか。やべーよ
家堀香織の想いを伝える為に⋮⋮
たのだ。
ぎゅぎゅっと手をにぎにぎすると、ふぅぅ∼⋮⋮と深く息を吐き出し
そんな照れまくりな比企谷先輩の横顔を見て微笑む私は、より一層
の空気、砂糖吐き出しちゃいそうだよ
こ
なに
ほらほら、比企谷先輩もぎゅって握ってもいいで
││よっしゃ、これならもう大丈夫
らに手のひらいっぱい胸いっぱいに味わう。
私はそんなワガママな手にぎゅっと力を込めて、先輩の温もりをさ
る手は、徐々に落ち着きを取り戻していく。
先輩の、優しい温もりと緊張からくる湿り気を感じられた私の震え
ひっ。
と ま ぁ こ の 通 り な わ け で す よ。比 企 谷 先 輩 マ ジ チ ョ ロ イ ン。ふ
﹁だ、だめじゃねーけど⋮⋮﹂
特にこの人は、年下女子のワガママに尋常じゃなく弱いのだ。
ベル。
んて存在しないでしょ。これに逆らえたらモーホーを疑っちゃうレ
目遣いでの﹁だめ
いろは超えに定評のあるあざとさで攻め込みまくる私。潤んだ上
?
﹂
828
?
てか私、落ち着けたからってちょっと調子のりすぎじゃね
!
!
!
!
!
?
?
×
×
﹁比企谷先輩は、今日がなんの日か知ってますか
?
×
﹁⋮⋮な、なんの日
いや知んねぇけど⋮⋮なんかあったっけ
バレンタイン前ってことくらいしか分からん﹂
ですか
﹂
﹁⋮⋮あー﹂
﹁そうです
今日はまさかの初デート記念日なんですよ
私と先
ら、私去年も先輩にバレンタインよりも前にチョコ渡してるじゃない
﹁ふふ、そうです。ま、それがヒントとも言えるんですけどね。⋮⋮ほ
?
大事なことなので二回言っちゃうくらいの記
?
と、あたかも恋愛マスター
?
からお借りしてたラノベを全部返して、唯一の繋がりを断ち切って、
﹁だから、あの日は無理を言って付き合ってもらって、そして⋮⋮先輩
でもあった。
そう。あの日は人生最良の日であると共に、人生で一番辛かった日
を好きになっちゃいけないって思ったから⋮⋮﹂
うって思ってました。⋮⋮先輩には特別な関係があるから、私は先輩
﹁⋮⋮でも、実はあの日を最後に、比企谷先輩との繋がりを断ち切ろ
﹁⋮⋮うっせ﹂
﹁ひひっ、照れてる照れてる﹂
﹁っ⋮⋮﹂
だったりしてまして⋮⋮﹂
﹁実は⋮⋮ですね。私ってば、もうあの時にはすでに比企谷先輩ラブ
どうも私です。
かのように偉そうに語りますは、現在乙女真っ盛りな恋愛ぺーぺーな
見いだしちゃったりするものみたいよ
と、意外にも毎日の些細な出来事にも、なにかしらの記念とか意味を
面倒くせー、なんて思ってたはずなのに、一旦乙女が仕事始めちゃう
初デート記念日とか考えてお祝いしちゃう女とか、ちょっと痛くて
だよね。
理だと言われた瞬間に、じゃあ⋮⋮と思い浮かんだのが今日だったん
そうなのだ。小町ちゃんにバレンタインの相談をした時、当日は無
念日なんですよっ﹂
輩の。私と先輩の
!
全部精算しちゃおうって思ってました﹂
829
?
!
?
﹁⋮⋮﹂
﹁⋮⋮でも、めっちゃ楽しくてめっちゃ幸せで、今日で先輩と無関係の
関係になるのなんて嫌だ なんて思っちゃったりもして⋮⋮それ
でもやっぱ我慢して、私はラノベを返したんです﹂
あの瞬間の出来事は未だに夢に見るときがある。
せっかく私が
比企谷先輩に手渡したラノベの重みが一瞬にして消失してしまっ
た、あの時の手の軽さを。あの時の喪失感を。
﹁⋮⋮ふふ、でも比企谷先輩が悪いんですからねっ
し涙だゾ
﹂
その夢見から覚めた私は、必ず涙を流してた。ふひひ、もちろん嬉
じられて目が覚めるのだ。
あまりの喪失感にかられた私の手と心が、新しい繋がりの重みを感
未だに見るあの日の夢には続きがある。
たのに﹁気にすんな﹂って
には新しい繋がりを勝手に手渡してくるんですもん。ちゃんと断っ
断腸の思いで自分から繋がりを断ち切ったのに、先輩ってば次の瞬間
?
不安と安心感で想いが
?
パルス逆流しちゃって比企谷汚染で
んですか。もうあれですよあれ、吊橋効果
増し増しで倍率ドンですよ
!
エマージェンシーですよ だから⋮⋮私が比企谷先輩にメロメロ
!
なのは致し方のないことなのですよ ドゥーユーアンダスタァン
﹂
﹁はっ
﹂
ん ん
!
つ、つ い つ い テ ン シ ョ ン が M A X に。ド ロ シ ー リ
!
輩なら、私の愛の説明についてなにかしらの否定でもしてくるかと
持ちを特に否定もせずにちゃんと聞いてくれている。この捻デレ先
無駄テンションに若干引き気味な先輩ではあるものの、私の愛の気
まぁその語ってる相手が本人ってのがかなりおかしな事態だけど。
やっぱ好きな男の子のことを語ると熱くなっちゃうわね。
ラックス∼。
ん
! !?
830
!
!
﹁⋮⋮あんなんズルいですってば。どんだけ私の心を揺さ振ってくる
?
﹁いや⋮⋮全然分かんねーし、なんだよそのテンション⋮⋮﹂
!?
思 っ て た ん だ け ど な。そ れ は 一 時 の 気 の 迷 い だ、勘 違 い だ、な ん て
⋮⋮分かったような顔しちゃってさー。
だとし
でも今日は不思議とそういう態度が見られない。 ⋮⋮んー、私の
気持ちをちゃんと受け入れてくれてるってことかな⋮⋮
たら嬉しいなっ。
チリ畳み掛けてやんよ
まぁなんにせよこれは好都合なわけだし、だったら今のうちにバッ
?
ぶ
⋮⋮なにが言いたいのかといいますと、その
比企谷先輩が悪いってことです
﹁すみません⋮⋮﹂
この天然スケコマシ
﹂
!
精神的にも物理的にも⋮⋮。うぅ⋮⋮お、思い出しただけで
ホント圧が凄いんだよあいつら
も胃がっ⋮⋮﹂
⋮⋮
﹁あの日からはぶっちゃけ色んなプレッシャーとの戦いの日々でした
と女。どうしてこうなった。
熱く甘い告白の最中だったはずなのに、なぜか罵倒しなぜか謝る男
!
くらい好きってことなんですっ⋮⋮そ、そしてそれは全部⋮⋮ぜーん
⋮⋮わ、私は⋮⋮⋮⋮ひ、比企谷先輩のことが⋮⋮どうしようもない
﹁と、とにかくですね
!
!?
なんでよりによってライバルが我が総武が誇る
!
なんど吐血したことかっ⋮⋮﹂
!?
いんですよねすみませんいろはゆきのんガハマさん
危機を何度乗り越えようとも、それでも比企谷先輩への想いを大事に
﹁⋮⋮とまぁホント色々あったわけなんですけども、私はそんな命の
!
いやまぁ略奪する気まんまんで抜け駆けしまくる私が一方的に悪
⋮⋮
ホ ン ト こ い つ 人 の 苦 労 分 か っ て な さ 過 ぎ だ よ こ ん ち く し ょ う め
﹁⋮⋮﹂
い﹂
﹁⋮⋮なんでキレてんだよ痛い痛い爪立てないでくださいごめんなさ
字通り命懸けだったんですからね
﹁ディスティニーデートだってクリスマスデートだって、こっちは文
美女達⋮⋮しかも魔王なんだよぅ⋮⋮
ちっきしょ∼
!
!
!
831
!
してきたわけなのですよっ⋮⋮それこそ、ハーレム要員のひとり程度
の存在なんだとしても、先輩の傍に居られればいいってほどに⋮⋮
﹂
なん
﹁⋮⋮あれ冗談だっつってたじゃねぇか⋮⋮ま、まぁその⋮⋮なんだ
﹂
⋮⋮あ、ありがとな﹂
﹁
ひ、比企谷先輩が好き好き言われてありがとう、だと⋮⋮
なのデレ期なのん
?
ないのかな
なんて自画自賛しております。
これでもかなり頑張った方じゃないのかな
上出来なんじゃ
ど、そこはほら、まだまだ乙女が初心者マークを付けてる私ですから
正直、想像してたよりはなぜか不思議とムードが全っ然無いんだけ
切ったのだ。
まぁデレ期かどうかは分からないけど、とにかく私はここまで言い
?
?
向けてみる。
て た み た い で す。 あ れ
いいわ。
ゴ リ の 教 え だ っ た っ け
ど っ ち で も
?
握り、潤々な瞳で先輩の目を見つめ、そっと唇を開く。
今こそ言うのだ。あなたに届け、マイスウィートハート
私 家堀香織は、比企谷先輩のことが信じらん
!
ないくらい大好きですっ⋮⋮大変な時期だからご迷惑はお掛けした
﹁比企谷先輩⋮⋮
!
⋮⋮私は両手で包み込んだ比企谷先輩の手を胸元でぎゅっと強く
?
右手は添えるだけ。どうやら私は無意識に安西先生の教えを守っ
そっと添えて。
左手は先輩の指に絡めたまま、右手はその手と手を包み込むように
⋮⋮あれ
私、いつの間にか先輩の手を両手で握ってたみたい。
もう一度深く深く息を吐き出し、強く握ったままの手と手に視線を
ここまで来れば、もう私が伝えたいことはあと少しだけ。
?
?
832
!
!?
?
﹂
﹂
ついこないだ振られたばっかなのにアレですけど、わ、私
くなかったんですけど、ここまで言っちゃったらやっぱ言っちゃいま
す⋮⋮
は⋮⋮比企谷先輩の⋮⋮⋮⋮かっ、彼女になりたいでしゅっ⋮⋮
⋮⋮⋮⋮。
あと一歩だったでしょお なんで最後にやらかし
さ、最後の最後で噛むのかよっ⋮⋮︵吐血︶
あと一歩
ぇぇんおかーさぁん もうちょっとだけ残念さをマイル
ホント私ってどこまで残念なのよぉぉ⋮⋮
うえ
ドに産んで欲しかったよぅ⋮⋮
﹂
いま先輩すごいこと言わなかった⋮⋮
⋮⋮⋮⋮ん
あ、あれ
﹁⋮⋮あ、あのぉ⋮⋮い、今なんて言いました⋮⋮
え
ま、
か、彼女になりた
そ、それって⋮⋮
!
え
?
ちょいとお待ちよ八幡さん
﹁ど、どどどどゆことですかねソレ
?
え
?
い、今﹁よろしく頼む﹂って言いましたよね
﹁⋮⋮な、なんでもねぇよ⋮⋮﹂
﹂
﹁いやいやいやいや
⋮⋮
?
!
﹁⋮⋮ま、まぁその、なんだ⋮⋮よ、よろしく頼む﹂
!?
﹁⋮⋮チッ、ざけんな聞こえてんじゃねぇかよ⋮⋮﹂
!
いって告白に対してよろしく頼むって返すってことは⋮⋮え
まじ
?
?
!
!
"
未だイマイチ理解が追い付かないでいる私がキョトンと先輩を見
﹁⋮⋮﹂
!
!
ちゃうのかなぁ、このばかおりぃ
!
?
833
!
!?
?
!?
?
?
﹂
つめていると、この人は肯定も否定もせずに、真っ赤になってスッと
目を逸らすのだった。
﹁⋮⋮え、えぇぇえぇぇえぇぇっっっ
い、いま一旦落ち着いて状況を生理す
って全然落ち着いてないわ。混乱しすぎて女の子の日
?
﹂
﹁ななな、なんで私なんですか
頭腐っちゃいました
い、意味わかんないんですけど
!
な ん で 俺 デ ィ ス ら れ て ん の もちろん比企谷先輩も存分に顔が引きつっておられます。
﹁ち ょ っ と 待 っ て あ れ
?
?
﹂
嘘です冗談です間違いです混乱して私の頭が腐っ
ちゃっただけですごめんなさい無しにしないでぇぇ
!
だ、
先輩も﹁うぜぇ⋮⋮﹂とか言って顔ヒクつか
告白ってさぁ、もっとこう⋮⋮ムーディーな空気が漂
うものじゃないのん
?
ぅ ∼、で、で も な ん で ホ ン ト に 私 な ん で す か ⋮⋮
せてるし。
﹁⋮⋮ う
?
?
あっれぇ
いけど告白が成功した女の子には見えないね☆
泣きながら大好きな男の子に必死ですがりつく様は、とてもじゃな
!
﹁いやぁぁぁぁ
は無しの方向で﹂
⋮⋮⋮⋮くっ、ちくしょう言うんじゃなかったわ⋮⋮やっぱさっきの
?
さだよ
⋮⋮こっちから交際申し込んどいてこれは酷い。近年稀に見る酷
!?
!?
メダパニ中の私は、もう一人の当事者にこんな問いを投げ掛ける。
⋮⋮でもいくら考えても、一人では一向に答えなんて出そうもない
い。
が来ちゃったよ。乙女としてのこの大事な局面で下ネタはやめなさ
るからね
!
!!?
その瞬間、私の部屋は本日二度目の絶叫に包まれた⋮⋮
×
ちょ、ちょっと待ってね
×
!
"
834
?
×
﹂
だってこないだ振られたばっかだし、比企谷先輩には雪ノ下先輩も由
なに
こういうのって理由言わなきゃダメなの す
比ヶ浜先輩もいろはもいるのに⋮⋮
﹁⋮⋮え
!
?
⋮⋮
﹂
足バタつかせられる自信あるぜっ
だ。こういうトコ大好き
屋に突入してくんじゃないの
!?
そんなおバカな不安にかられた私に気を遣ってくれたのか、渋々で
ってくらい不安。
もん なんならドッキリ大成功ってプラカード持ったいろはが部
ト申し訳ないけど、でもやっぱこのままだと全っ然実感湧かないんだ
こんなに恥ずかしそうに悶えさせてまで説明を要求するのはホン
!
こうなった先輩は、大抵どんなお願いでも聞いてくれる確変モード
ガシガシを始めた。
すると比企谷先輩はいつもお決まりのポーズ、そっぽを向いての頭
﹁⋮⋮はぁ⋮⋮チッ、しゃあねぇな﹂
?
もう完全に駄々っ子である。たぶんあと一押しで床に転がって手
﹁それはやだぁぁ
﹂
げ ぇ 恥 ず か し く て 嫌 な ん だ け ど ⋮⋮ や っ ぱ さ っ き の 無 し に し な い
?
はあるけども、比企谷先輩は秘めた想いを語り始めてくれたのだっ
た。
×
そんな人生の中で学んだこと⋮⋮それは他人を信用しないってこと
だ﹂
⋮⋮ う ん。そ れ は な ん と な く だ け ど 分 か っ て る。比 企 谷 先 輩 は 他
人を信用する事を恐がってるって。
﹁⋮⋮別に、他人を信用して裏切られるのが恐いからなんて、そんな綺
麗な理由じゃあない。⋮⋮ただ、他人を勝手に信用して勝手に裏切ら
835
?
!
?
!
×
﹁⋮⋮なんつーか、俺は今までの人生で碌な目にあってこなかった。
×
﹂
れたと感じてしまう自分が気持ち悪いだけだ﹂
﹁勝手に信用して、勝手に裏切られる⋮⋮
﹁⋮⋮⋮⋮他人を信用するってことは、裏を返せばそいつに自分の希
望を、理想を押し付けるってことだ。そいつのことなんて何一つ理解
してないくせに、勝手に理想を押し付けて勝手に失望する。そういう
自分が堪らなく気持ち悪い。だから俺は他人を信用するのをやめた﹂
⋮⋮私は、そんな風に考えたこともなかった。
友達を⋮⋮他人を信用するってことは、自分には信じられる他人が
居るってことだから、それは素敵なモノなんだって思ってた。
比企谷先輩のその考え方は確かに一理ある⋮⋮けど、一理はあるん
だけど、なんだか悲しい。
そしてこの素敵な先輩にそんな考え方をさせてしまってきた、今ま
での比企谷先輩の周りの全てが悲しい。
﹁⋮⋮ で も ま ぁ そ ん な 俺 に も、信 用 し ち ま っ て も い い の か も 知 れ な
いってモノが、場所が出来たわけだ﹂
﹁はい。奉仕部といろは、ですよね﹂
﹁⋮⋮あとはまぁ⋮⋮なんだ⋮⋮か、家堀もな﹂
﹁ぁぅっ⋮⋮﹂
不意打ちでスケコマすのはやめていた
きり悶えると先輩はその続きを紡ぎだす。
﹁⋮⋮そんなわけなんだが、それでもやっぱりあと一歩が踏み出せな
くてな。確かにこいつらなら信用したい⋮⋮でも俺はそんなこいつ
いつの日か、失望
俺はそんな自分が許せるんだろ
らに理想を押し付けてしまってもいいのか⋮⋮
なんてしちまったとしたら⋮⋮
?
一歩を踏み出せなかったのって、そういう理由なんだ⋮⋮
││そっか、あれほど奉仕部を大切に思ってた比企谷先輩が最後の
うか⋮⋮ってな。マジで自意識過剰もいいとこだ﹂
?
836
?
しかも自分で言っといて超悶えてるし
ちょ、ちょっと八幡さん
だけないかしら
!
!?
その後二人してしばらく悶え苦しんだわけではありますが、ひとし
!?
﹂
﹁⋮⋮でも、な﹂
﹁
﹂
﹁でも⋮⋮アレは効いたわ。マジで鈍器で殴られた気分だった﹂
﹁⋮⋮なにが、ですか⋮⋮
﹂
!?
﹁ふぇ
い き な り そ こ 飛 ん じ ゃ う の
がぁっ⋮⋮
ま だ 心 の 準 備 っ て も の
﹁⋮⋮表参道のお前の告⋮⋮叫びだ⋮⋮﹂
?
﹂
?
ってな﹂
ないか、⋮⋮だからまぁ、こいつなら信用してもいいんじゃないのか
斜め過ぎて、仮に俺の理想を裏切られたとしても、ま、家堀ならしゃー
め上から思いっきり打ち返してきてくれんのかもな、⋮⋮あまりにも
﹁こっちが勝手に理想を押し付けたところで、家堀ならそれ以上に斜
﹁わ、私⋮⋮なら
顔してやらかした家堀を見てたら、こいつなら⋮⋮って﹂
﹁だからまぁ、思っちまったんだ。あんなアホな真似を真剣に、必死な
﹁あ、あはは⋮⋮﹂
る自分が馬鹿みたいに思えてくるわ﹂
ねぇよ。⋮⋮あんなんされたら、信用だの理想だのとウジウジ考えて
﹁ったくよ⋮⋮あんなアホな真似、フィクション以外で聞いたことも
!
え
? !?
﹁⋮⋮っ﹂
﹁⋮⋮どんなに綺麗事ぬかしたところで、結局どう転んでも人間なん
て他人に理想を押し付けちまう生きもんなわけだしな。⋮⋮だから
もしかしたら、理想を押し付けても大丈夫だと本気で思える関係、裏
切られたとしても、まぁこいつにならいいかって気持ちを本気で抱か
せ て く れ る 関 係 こ そ が、俺 に と っ て の 本 物、っ て や つ な の か も な。
⋮⋮まだよく分からんけど﹂
﹁ひ、ひぐっ⋮⋮﹂
⋮⋮やばい、どうしよう。なんか自然と涙が溢れてくる。なんだか
今、本当の意味でようやく比企谷先輩と心が繋がれた気がした。
今まで一緒に遊んだり、笑ったり、手を繋いだりして何度も味わっ
837
?
?
た胸のポカポカだけど、今の私のポカポカ具合はそんなのの比じゃな
いもん。
﹁⋮⋮ ま ぁ さ す が に あ の 時 は 恥 ず か し す ぎ て 死 に そ う だ っ た か ら 即
断ったが、ぶっちゃけあん時から頭から離れなかったんだよ⋮⋮家堀
ぇ∼⋮⋮﹂
の真剣なアホ面が﹂
﹁⋮⋮う、うぇ
⋮⋮ぐぅっ
結局行き着く先は残念さかよ
らなくて済むから気が楽だしな﹂
﹁⋮⋮そ、それにあれだ。家堀ってかなり残念な奴だし、あんま肩肘張
"
!
﹂
﹁⋮⋮比企ぎゃやぜんばぁい⋮⋮それは酷いでずよぉ∼、もぉ∼⋮⋮
線に照れくさくなっただけの軽口だろうけどね。
ふふん、どうせ涙まみれ鼻水まみれで先輩を見つめている私の熱視
!
格好わりぃ⋮⋮
てか私ってば、こんな素敵なシーンだってのに、まともに喋れもし
ないとか酷くね
!
と言ってやんよ
今の私の心からの気持ちってやつをさぁ
わ、私ぜっだいに後悔なんてさせまぜんが
﹁お、おう⋮⋮よ、よろしくお願いします⋮⋮
﹂
あとそれセリ
わだし、じぇったいに先輩を幸せにじてみせましゅ⋮⋮
﹁⋮⋮比企谷しぇん輩
らぁ⋮⋮
﹂
!
脳内ではリトルかおりんが﹁おい噛み噛みやんけ
!
涙声だから上手く伝えられるかは分かんないけども、でも、ちゃん
るまいね。
そう言ってまたぷいっとする比企谷先輩に、私は言ってやらねばな
く頼むわ﹂
﹁⋮⋮だからまぁ、なんつうか⋮⋮こんな俺でもよければ、⋮⋮よろし
?
!
﹂と全力で突っ込んでるけども、今はもうそんなこと
!
どうだってよかろうもん
!
フが男女逆や
!
?
!
838
!
!
だって今のはまごうことなき家堀香織の本心なんだから。
たぶん誰にも語ったことのない本心を語って、私の想いを優しく受
け入れてくれた大好きな比企谷先輩。
私は、この人に心の底から人を信用させてあげたい。そして信用し
てもらいたい。
だから私は全身全霊を持って、あなたをずっと好きでいます。
││││こうして、あまりにも残念な告白劇は無事に終幕した。
ま、残念な私と残念な比企谷先輩の告白劇だし、こんな感じが妥当
なトコよね♪
そして恋の結末はと言うと大方の予想が外れ、伏兵のいろはどころ
か、なんとなんと、大穴単勝万馬券の私 家堀香織が、四角抜けて直
線大外一気、恋のターフをズバッと駆け抜けたのであります
ひぃやっほぉぉぉい
今日この日、ついに私と比企谷先輩のお付き合いが決
﹁私は超幸せですよっ
﹁⋮⋮さいですか﹂
﹂
ぎ合って歩いている。ふへへ、もっちろん恋人繋ぎでぇ
んぶん振って元気に歩いておりますです
!
しかもぶ
!
839
!
私たちは今、自宅から最寄り駅までの道のりを、にぎにぎと手を繋
?
!
⋮⋮そう
定したのであります
﹁⋮⋮﹂
﹁∼∼∼♪﹂
﹂
﹁⋮⋮あの﹂
﹁はい
!
!
﹁恥ずかしいんだけど⋮⋮﹂
?
×
×
﹁∼∼∼♪﹂
×
え
う
バカップル丸出しウゼェ はいはい悔しいのう悔しいの
?
と、当然の思考に行き着くのは自明の理。なので現
在、二人仲良くお手手繋いで歩いてるのだ
送っちゃおう
という相反する想いががっぷり四つに組んだ結果、駅までの道のりを
で、先輩には早く帰ってもらいたいものの、少しでも一緒に居たい
⋮⋮すみませんね、所々でウザさが滲み出てしまって。
あ、もちろん残ったケーキは全部あーんで♪
らって、なるべく早く帰っていただくことにしたのだ。
間拘束しとくわけにもいかないので、残ったケーキを早く食べても
ついに夢の交際が開始したものの、受験生である比企谷先輩を長時
いやん私リア充なんで爆発させられちゃいそう
?
だぜ
え
比 企 谷 独 占 禁 止 法 違 反 に 引 っ 掛 か る だ ろ っ て え
へへぇ、それは世界中で私だけには適用されませーーーん
⋮⋮だ、大丈夫かな、マジでウザくね⋮⋮
?
あと胸もね∼。
もう私の熱と先輩の熱がくんずほぐれつ交ざり合ってポッカポカ
ど﹂
﹁いやー、やっぱ寒いですね∼。ま、手があったかいからいいですけ
?
!
!?
何度も諦めかけてたこの手の温もりが、これからはもう私の独占なん
うふふ、なんて幸せなんでしょ。だってさ、今まで何度も味わって
!
!
?
﹂
それどころじゃねぇけど﹂
﹁視線、ですか
﹁⋮⋮あのな、俺は付き合ったこととかないからこれが普通なんだか
ら見たらかなりヤバい。どんだけ浮かれてんだよ。
高校生カップルが手をぶんぶん振って鼻歌うたってるとか、はたか
まぁそりゃそっか。なにせ私のテンションがヤバいからなぁ。
?
840
!
!
﹁⋮⋮まぁ、だな。⋮⋮俺はさっきから周りの視線ばっか気になって
!
なんなんだか知らんけど、俺はお前と違ってこういうの慣れてないか
﹂
一色から聞
?
﹂
あ、あんたなに言ってくれちゃってんのぉ
びっくりしたぁ⋮⋮﹂
﹁ちょっと待ってぇぇぇ
﹁うおっ
い、いろはぁぁ
しかも何人く
私ビッチとかじゃないで
無理やり手を繋いでくるとか何人も経験があ
くっそがぁ なに爆弾落としてくれてんのよ
らい居たとかなに
りそう的ニュアンスとか、私はビッチか
風評被害が尋常じゃないじゃない
!
!
たのよぉぉ
﹁ご、ごごご誤解です比企谷先輩
﹂
わ、私べつに彼氏なんて⋮⋮あ、
ホ、ホント友達の延長線みたいなのが一年以上前にひとり居
心を込めて。
!!
﹁⋮⋮私、初モノですから
﹂
しっかりと取り、真っ直ぐに目と目を合わせ、力いっぱい、誠心誠意
そ し て 私 は こ こ に 宣 言 す る。真 っ 正 面 か ら 比 企 谷 先 輩 の 両 手 を
﹁だ、だから安心してくださいっ⋮⋮﹂
﹁お、おう⋮⋮﹂
ただけですから⋮⋮
でも
いや、彼氏みたいなのが居なかったワケではないんですけど⋮⋮で、
!
!?
も、もし比企谷先輩がアノ病気だったらどうしてくれるつもりだっ
すから
!
﹂
く無理やり手とか繋いでくるし、こういうのって慣れてんじゃねぇの
いたぞ。まぁ何人くらい居たのかまでは聞いてないけど、お前ってよ
﹁いや、だって家堀って付き合ってるヤツ居たんだろ
﹂
な、なんかこの人、今とてもじゃないけど看過でき
ら、お前が思ってるよりずっと恥ずかしいんだからな⋮⋮
﹂
あれ
﹁⋮⋮へ
ん
?
﹁え、えと⋮⋮な、慣れてるとは⋮⋮ど、どういうことでしょう⋮⋮
ないこと言わなかった⋮⋮
?
!
!?
!?
!
!
841
?
?
?
?
!
!
!?
!!?
?
﹁⋮⋮⋮⋮は
﹂
﹂
﹁比企谷先輩に手を出されるまでは、処女厨にもばっちり対応可能、お
客様満足度No.1ですよっ
私なんかダメだった
?
れている模様です。
⋮⋮あっれ∼
だってさ、童貞男子がこ
きつってる比企谷先輩。たぶん今までの比企谷人生で一番ドン引か
ぐっ、と可愛くガッツポーズを決める私に、なぜか真っ赤な顔で引
?
じらせがちな重い病なんじゃないのん⋮⋮
?
てね⋮⋮
馬鹿なの
死ぬの
?
ってアホかぁぁぁ
私なに言っちゃってんの
?
ちゃってたけども⋮⋮冷静に考えたら、私とんでもない失言しちゃっ
で も、ん
⋮⋮ あ ま り に も 突 然 の 衝 撃 的 展 開 で 軽 く 自 我 を 失 っ
こんなん誤解されたままとか有り得ないっしょ。いやマジで。
?
声を大にして処女宣言しちゃってんの
初モノですから︵キリッ︶
じ ゃ ね ー よ ⋮⋮
︵白目︶
いやダメよ香織、今はまだ死んじゃだめ
生きろー
!
う ぅ、も う 恥 ず か し す ぎ て 死 に た い で ご ざ る
比企谷先輩に手を出されるまでは以下略︵ドヤァ︶
!?
﹁⋮⋮どう見ても本気丸出しのアホ面だったろ﹂
したね﹂
﹁あはは∼⋮⋮アホな冗談言ってたら、あっという間に着いちゃいま
Oh⋮⋮先輩との貴重な時間がぁぁ⋮⋮
でいるうちに、気付けばもう駅前。
と、比企谷先輩との幸せ未来と恥ずか死を天秤に掛けて悶え苦しん
!
!
842
?
?
なにこんな澄み渡った冬空の下、出来たばっかの大好きな彼氏に、
!?
!
?
ちっ、誤魔化せなかったぜ⋮⋮
⋮⋮
つまり私は悪くない。比企谷先輩が悪
だってさ⋮⋮離れたくないんだもん。比企谷先輩はどうなのかな
が続く。
駅には着いたものの、しばらくの間はこんなしょーもないやり取り
﹁いやなんでそうなる。意味分からん⋮⋮﹂
﹁つまり悪の元凶は比企谷先輩です﹂
い。
けないんですからね⋮⋮
⋮⋮だ、だってぇ、恥ずかしそうに悶えてる先輩が超可愛いからい
ろですよねー。
自分で言っといて恥ずかしがるなら、わざわざからかうなってとこ
﹁ぁぅ⋮⋮﹂
﹁お前だって目ぇ泳いでんだろうが⋮⋮﹂
﹁うへへ、悶えてる悶えてる∼﹂
﹁⋮⋮ぐぬぅ⋮⋮そ、そうか⋮⋮﹂
で、一番幸せでしたっ⋮⋮﹂
ございました。なんといいますか⋮⋮そのぉ⋮⋮今までの人生の中
﹁ま、まぁそれはともかくとして、その⋮⋮今日はホントにありがとう
!
に交際スタート当日という人生最良の記念日に、こんなに早く先輩を
帰すと思ってんのよ。初志貫徹だよ、香織
ってことでホラホラ、とっと
私、足を引っ張りたくないんです。出来れば
とお帰りくださ∼い﹂
先輩の勝利の女神様になりたいんで
よね、比企谷先輩は
﹁⋮⋮おっと、いつまでもこんなトコで油売ってる場合じゃないです
!
結局私かよ。だってもう泣きそうなくらいに名残惜しいんですも
﹁おうふ⋮⋮﹂
﹁いや、お前が手を離してくんないから帰れないんだが⋮⋮﹂
!
!
843
?
でもでも、いつまでもこうしてるわけにはいかないよね。なんの為
?
のっ⋮⋮
ふふ、でも比企谷先輩
お前が離してくれないからとか言いなが
えへへ∼、まったくぅ、そんなんじゃ捻デレ名人格下げ
ぐに繋がれることを約束されてるんだから。
﹂
﹁それでは比企谷先輩、超頑張ってくださいね
が第一志望に決まった時です
﹁だな。まぁ程々に頑張るわ。んじゃあな﹂
!
ゆっくりと去っていく比企谷先輩の背中。
次に会うのは、先輩
だって昨日までとは違うもん。この手と手は⋮⋮指と指は、またす
いけれど、それでも⋮⋮うん。今日は少しだけ我慢出来そう。
それでも、確かにこの喪失感に苛まれる私の心は酷く脆くて酷く儚
失っていく、このどうしようもない喪失感。
ああ⋮⋮相変わらずこの瞬間はやだなぁ⋮⋮徐々に先輩の体温を
一本とほどいていく。
││そしてあまりにも名残惜しむ絡み合う指と指を、一本⋮⋮また
しちゃいますからねー♪
てますよ
らも、さっきから先輩からのぎゅぅっとした握力だってしっかり感じ
?
﹁な
お、お前いきなりなにしやがる⋮⋮
﹂
﹁⋮⋮ふっふっふ、さっき言ったじゃないですかー
からのプレゼントは、熱っつ∼い口づけが定番ですよ
﹂
勝利の女神様
り、そして⋮⋮⋮⋮私の顔と先輩の顔の距離をゼロにしたのだ。
追い付いた先輩の腕にむぎゅっと抱きつくと、腕をぐいっと引っ張
心は、遠ざかる比企谷先輩の背中へとすぐさま走りだす。
そんな欲望にあっさりと敗北してしまった私の弱くて可愛い乙女
を感じたい。
やっぱりとんでもなく寂しい。あともう一瞬だけでも、先輩の温もり
またすぐに会えるんだから今日は我慢できるはずなのに、それでも
!
!
んだもん
﹁ま、今のはまだ頬っぺですけど、これも私の初モノですよー
ん
?
844
?
!
ホント恋する乙女が暴走中☆ だって、我慢できなくなっちゃった
?
?
!?
﹂
でぇ、唇同士の初モノは、第一志望に合格したら、あ・な・た・に・
あ・げ・るっ
﹁⋮⋮アホか﹂
﹁えへ﹂
⋮⋮ついに、ついに私のファーストキスが奪われちゃいました
︵強制︶
たみたいよ
ぷっ、先輩ってばずっと頭ガシガシしてやんの
いひひっ。
だって、私との唇同士の初モノを得る
強に身が入らなくなっちゃったらどうしましょ
⋮⋮でも、大丈夫だよね
為に、先輩は絶対に合格してくれるはずだもーん
!
?
ブちゅっちゅな生活を手に入れた
あとひとつ絶対にしなくちゃいけない命に関わることも
う、うん。今だけは、今日だけは忘れとこうね⋮⋮
あるけれど⋮⋮
告かな
当面しなくちゃいけないことと言えば、うん。帰ってママンにご報
うんですな∼
けれど、諦めずに願って諦めずに頑張ってれば、いつかは夢だって叶
思えば山あり谷あり⋮⋮基本谷しかなかった気がしないでもない
!
││家堀香織十七歳。こうして私はついに比企谷先輩とのラブラ
今夜興奮して勉
輩の背中を大人しく見送ることを、ギリギリのラインで許可してくれ
しだけ満足した私の心は、今度こそ改札に飲み込まれていく比企谷先
顔は熱いわ胸はドキドキだわでもう大変だけど、ようやくほんの少
!
!
!
今日だけは、この素晴らしいバレンタインに祝福を
このすばっ☆
!!
845
!
?
?
だって今日は私史上最大級の幸せ記念日。今日だけは⋮⋮⋮⋮
!
?
おしまい
││エピローグ││
こっからがエピローグなのかよ。
週が明けた月曜日のお昼休み。私はいろはを特別棟の屋上に呼び
出していた。
﹁⋮⋮う、そ⋮⋮﹂
﹁⋮⋮ごめん﹂
あれだけ逃げ出したかったいろはへの報告。
ホントはしばらく黙ってたかったけど、でもやっぱ⋮⋮それは私の
中のなにかが許さなかった。
あとからノコノコ現れて、出し抜いて抜け駆けして比企谷先輩を横
からかっ攫ってしまった私には、恐かろうがなんだろうが、ちゃんと
伝えなきゃなんない義務があるから⋮⋮
だって、これを伝えるまでは、いろはは先輩とのこれからの関係に
希望を持ったままでいなきゃいけないんだもん。⋮⋮そんなの残酷
すぎる。
⋮⋮あはは、そんなの私の単なるエゴじゃん⋮⋮
ただ少しでも罪の意識を軽くしたいだけのくせに、綺麗ごと言うな
よ私⋮⋮
﹁ホントごめん⋮⋮﹂
﹁⋮⋮﹂
私からの、比企谷先輩との交際宣言に絶句するいろは。俯いたま
846
ま、ギリギリとスカートを握っている。
││これで、私たちの友情も終わっちゃうのかな。
って、私はなにを甘いことを言ってんだろ⋮⋮これでまだ今まで通
りの関係で居たいだなんて、そんなのはあまりにも傲慢だ。
私は⋮⋮親友の本物を奪ってしまったんだから⋮⋮
だから私は、殴られる覚悟で、絶縁される覚悟で伝えにきたんだ。
﹁⋮⋮香織﹂
長い沈黙のあと、いろははゆっくりと顔を上げた。
涙 ま み れ の 哀 し い 顔
憎たらしい略奪者を睨む恨みの籠もった顔⋮⋮
⋮⋮ あ ん た は 今 ど ん な 顔 を し て い る の
⋮⋮
ら。
なるけども、でも私は見なくちゃいけない。それが私の責任なんだか
吐きそうなくらいに胃がキリキリしてるけど、胸が張り裂けそうに
⋮⋮見たくない。私はそんないろはの顔は見たくない。
?
?
泣きそうになりながらも歯を食い縛っていろはの顔を真っ直ぐに
見る。
⋮⋮そこには、⋮⋮ん
あ、あれ⋮⋮
﹁やったね、おめでとー香織っ﹂
?
﹂
ら、私はうっすらと瞳が潤み始めたのを感じた。
優しく抱き締めてくれるいろはの優しい体温を全身で味わいなが
まさかこんなことになるなんて⋮⋮
﹁いろ、は⋮⋮﹂
﹁ホント良かったね。香織はずっと先輩のこと大好きだったもんね﹂
くれた。
わけが分からず呆然としていると、いろはは私をそっと抱き締めて
﹁い、いろは⋮⋮
そこにはなぜか満面の笑顔のいろは。
?
?
847
?
││いろはにとっては憎い裏切り者でしかないはずなのに、それな
先輩が香織を選んでくれて
のにこの友達はこうして祝福してくれるんだ。⋮⋮ああ、私はなんて
いい友達を持ったのだろう⋮⋮
﹁えへへ、ホント香織で良かった⋮⋮
良かったよ。⋮⋮だって﹂
ん
﹁⋮⋮あれ
﹂
なんだって
おかしくな∼い
私が想像してたのと全然違うセ
ないけど、香織くらいだったらどうとでもなるし⋮⋮♪﹂
﹁⋮⋮だって、あの二人を選ばれちゃったら勝ち目なかったかも知ん
りました。
くのかな⋮⋮⋮⋮なんて、お花畑脳みたいに思ってた時期が私にもあ
﹁だって⋮⋮香織はわたしの大切な友達だもん﹂とかって言葉が続
感激に浸っている私の耳元で、いろはが優しく囁く。
!
離れる。
なんだか嫌な予感しかしないけど、恐る恐るいろはの顔を覗きこん
でみると、そこには先ほどまでとなんら変わらないニコニコな満面の
笑顔が⋮⋮⋮⋮⋮⋮って違っがーうっ
頭上にはピキッとオノマトペが付いていらっしゃる
﹁ねぇ香織ー、わたしこう見えて結構怒ってるって知ってるー
﹁は、はひ﹂
ひぇぇ⋮⋮なんか全部棒読みだよぅ⋮⋮
てたのになー﹂
﹂
けされちゃうとかありえなくないですかねー。わたしだって自重し
﹁いやいやマジでビックリなんですけどー。まさかこの時期に抜け駆
?
!?
表情は一緒なんだけど、ひ、額には怒りマークがくっきりと浮かび、
!?
848
え
あっれ∼
リフが聞こえたぞ∼
?
そんな縁起でもない一言を私の耳に残したいろはは、私からすっと
?
?
?
?
?
?
﹁先 輩 の 初 め て の 彼 女 に 絶 対 な っ て や る ー
なー﹂
ふぇぇ⋮⋮目に光が宿ってないよぅ⋮⋮
﹂
っ て 頑 張 っ て た の に
そ し て い ろ は は 私 か ら の 返 答 な ど 一 切 待 た ず に 勝 手 に 語 り だ す。
肢なんてあるはずもなかった。うん知ってた。
なにそれ絶対面白くなさそう。でも聞きません結構ですって選択
﹁ねぇねぇ香織、今から面白い話きかせてあげよっかー﹂
語なんですけれども⋮⋮
え、なにその﹃わたし達﹄って。ちょっと危険な香りしかしない単
﹁⋮⋮へ
可能性もあるかもって、結構前から話し合ってたんだよねー﹂
﹁実はわたしさ、いや違うね。実はわたし達さ、もしかしたらこうなる
﹁⋮⋮う、うん﹂
﹁だからわたしいま超イラついてんだけどー、⋮⋮でも、ね﹂
!
﹃ええ﹄
﹄
﹄
その結果がどう出ようと、うらみっこ無しですよ
みんなで告白する
﹃ですです
面白いじゃない﹄
﹃ひ、ひぃぃ⋮⋮
違いではないですよー⋮⋮﹄
﹃望むとこだし
﹄
﹃由比ヶ浜さん。いくらあなたでも、勝負な以上は容赦はしないわよ﹄
!
!
﹃あたしだって絶対に負けないかんね
﹄
ぐっ、で、でも絶対に負けないですし、それで間
﹃あら、まるであなたが勝つかのような言い方ね、一色さん。ふふふ、
?
!
雪乃先輩、結衣先輩﹄
﹃うん。あたし達は、ヒッキーが絶対に逃げられないように、卒業式に
!
私にとって絶対にろくでもないであろうあの人達との会話を⋮⋮
×
!
!
849
?
×
﹃ではでは、わたし達はここに一時的な同盟を結びます
×
﹃⋮⋮⋮⋮と、それはそれとしてですねー、ま、大丈夫だとは思うんで
すけど、ひとつだけ不安要素というか心配事がありましてですねー
⋮⋮﹄
﹃⋮⋮家堀さん、ね﹄﹃⋮⋮香織ちゃんだよね﹄
でも香織は奉仕部じゃないから、
﹃⋮⋮そーなんですよー。あの子、ちょー先輩大好きですし、抜け駆け
出し抜き上等じゃないですかー
この同盟に入れるわけにもいかないですし﹄
﹃⋮⋮一色さん⋮⋮あなたも奉仕部部員ではないのだけれど⋮⋮﹄
﹃あ、あはは∼⋮⋮ま、まぁいいじゃないですかー。⋮⋮で、ですね、
あ の 子 は こ の 先 も 絶 対 に 暴 走 し ち ゃ う と 思 う ん で す よ ね。⋮⋮ そ
りゃわたしもそれなりに牽制はしてますけど⋮⋮でも⋮⋮﹄
﹃⋮⋮ええ、そうね。彼女の気持ちは彼女だけのもの。いくら恋敵と
は言っても、彼女の想いや行動を私達が制限してしまってもいいとい
う謂われはないものね﹄
﹃ですです﹄
﹃だよね、そんなのあたし達のエコだもんね﹄
﹃⋮⋮由比ヶ浜さん﹄
えへへ、なんか褒められちゃった
﹄
﹃⋮⋮結衣先輩は⋮⋮地球に優しいんですね⋮⋮﹄
﹃⋮⋮
!
﹃あたしどうでもいいんだ
﹄
?
﹃⋮⋮そうね﹄﹃⋮⋮うん。それでいいと思う﹄
﹃⋮⋮で、なんですけどー⋮⋮もし、もしもですよ
?
お人好しな上に年下好きじゃないですかー。⋮⋮香織は年下な上に
﹃⋮⋮はい。まぁ根拠とは言えないんですけど、ほら、先輩って極度の
ということね⋮⋮﹄
﹃⋮⋮あなたがそんな風に言うということは、それなりの根拠がある
﹄
香織が先輩を落としちゃったら、どうします⋮⋮
もし卒業式前に
来ませんし、本人の自由にさせとくつもりではあります﹄
﹃まぁ、そんな感じなんですよー⋮⋮だからわたしは香織の邪魔は出
!?
850
?
﹃ま、まぁ結衣先輩はこの際どうでもいいとして﹄
﹃⋮⋮﹄﹃⋮⋮﹄
?
かなり残念な子なんで、先輩にとっての〝ほっとけない可愛いヤツ〟
になると思うんですよね。それにかなり真っ直ぐな子なんで、下手し
たら先輩の他人なんか信用しないぜオーラを無理やり抉じ開けちゃ
うかもしれないなー⋮⋮と⋮⋮﹄
﹃⋮⋮そう、ね。家堀さんなら、もしかしたら比企谷くんの強固な壁を
壊してしまうかも⋮⋮しれないわね⋮⋮﹄
﹃⋮⋮うん。香織ちゃんて真っ直ぐな上にすっごい積極的だもんね。
⋮⋮もしかしたらヒッキーが信頼するのって、ああいう子なのかも
⋮⋮﹄
﹃⋮⋮そうなんですよー。少なくとも現時点でさえ、先輩ってかなり
香織に気を許してますし⋮⋮やっぱあの残念さと趣味の一致がかな
り強いと思うんですよねー⋮⋮﹄
﹃⋮⋮そうね﹄﹃⋮⋮だね﹄
﹃⋮⋮で、そのもしもが起きちゃった場合、お二人はどうしますか⋮⋮
⋮⋮そうね、悔しいけれど、確かに彼女のことを認
﹃⋮⋮そ、そんなの決まってるし あ、あたしだって叩き潰すもん
﹄
!
﹄
﹃⋮⋮そ、その豊かなお胸で叩き潰されたら、香織圧死しちゃうかもで
すね⋮⋮﹄
﹃セクハラだ
!?
851
﹄
﹃⋮⋮どうする
﹄
!?
﹃⋮⋮あら、ならあなたはどうするつもりなのかしら由比ヶ浜さん﹄
﹃ゆきのん笑顔が超恐いよ
⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮ふふふ、全力で叩き潰すわ﹄
?
?
わ ざ わ ざ 聞 く ま で も な い で しょ う
﹃でもね 私を誰だと思っているのかしら。どうするのかなんて、
﹃ゆきのん⋮⋮﹄﹃雪乃先輩⋮⋮﹄
ないこともない⋮⋮私には、無理だから⋮⋮﹄
のかもしれない。⋮⋮ああいうやり方が出来る彼女を、羨ましく思わ
ば、彼女のあの半ば強引で純粋なやり方の方が、彼に対しては有効な
めている部分もあるわ⋮⋮少なくとも対比企谷くんに関してで言え
?
?
!
﹄
⋮⋮⋮⋮
﹃⋮⋮そもそも言い出しっぺの一色さんはどうするつもりなのかしら
私あの人たちに全力で潰され
ふふ、そんなの決まってるじゃないですかー
大人しくお友達に譲ってお仕舞いにするつもり
﹃はい
やだなにそれ聞きたくなかった
﹁ってことがあったんだー﹂
?
︵白目︶
!
らどうとでもなりそうな香織が相手だったら、むしろラッキー的な
﹂
いくらなんでもそりゃないぜベイベー。
?
べ
﹂
?
⋮⋮ほ、ほら私、一応
?
思わずもじもじしちゃうぅ∼
!
つい自然に言っちゃったけど、先輩の彼女とか、やっ
超照れまくりっしょ
すいませんんん
﹁⋮⋮チッ﹂
ひぃっ
!
!
﹁⋮⋮でもさ 残念ながら香織がわたし達に示してくれたんだよ
!
?
恋はバトルだ略奪上等だ ってね。まさかわたしに悪いと思い
?
!
うひゃっ
比企谷先輩の⋮⋮か、彼女だしー
とそういうこと言うのはどうなの⋮⋮かな
﹁や、やー⋮⋮き、気持ちは分かるけどー、さ、さすがに私の前で堂々
酷い
てことだし
香織でいいってコトは、それはつまりあの二人じゃなくてもいいっ
?
を選んじゃったら、もう巻き返せないかもとか思ってたんだー。だか
﹁まぁあんな同盟を組んでたものの、実際先輩が雪乃先輩か結衣先輩
いやん香織ちゃんたら大出世
ちに、こんなにも警戒される存在になってたのねっ⋮⋮
ふ、ふふふ⋮⋮私ってば、いつの間にか総武高校を代表する美女た
ちゃうのん
?
?
プチッと潰しちゃいます♪﹄
?
×
!?
!
﹂
ながらも抜け駆けしまくってた香織が、今さら彼女ヅラして正論述べ
﹂
たりしないよねー
﹁ぐはぁっ
!
?
852
×
!?
!
×
!
Oh⋮⋮こいつぁとんだ落とし穴だぜ⋮⋮
ん
と、壊れそうな勢いで閉められた扉を放心状態で眺めながら、
敬礼を終えたいろはは無言で踵を返す。ガンッと殴られ、ばったー
たようです⋮⋮
き合い開始は、次なる戦い︵一方的な虐殺︶に向けての単なる序章だっ
拝啓お母さま⋮⋮どうやらゴールと思われた比企谷先輩とのお付
しょう⋮⋮
は、もう伝説級の名シーンとして後世へと語り継がれていくことで
てかしこまポーズを決める弱々しい獲物のとってもシュールな絵面
ポーズをびしっと決める肉食ハンターと、仔犬のごとくプルプル震え
真冬の屋上、寒風吹きすさぶ中、とびっきりの素敵な笑顔で敬礼
﹁⋮⋮か、かしこまっ⋮⋮︵白目︶﹂
﹁短い春だろうから、そのあいだ〝だけ〟、先輩をよろしくでーす☆﹂
う、これは⋮⋮
そしていろははすっと右手を掲げ、絶妙な角度で腰を曲げる。そ
﹁と、言うわけでー﹂
﹁⋮⋮﹂
く、わたし達ちょー攻めまくるからねー﹂
乃先輩たちの総意でもあるわけだし、卒業式過ぎたら香織とか関係な
﹁ま、そーゆーことっ。言っとくけどわたしだけじゃなくて、これは雪
だなんて
まさか今までの自分の行動が自分の首をきゅきゅっと締めあげる
!
なんだ、やっぱいろはマジギレしてんじゃん。あんな無理矢理な笑
顔を張りつけて強がってたけど、ホントは超悔しいんだろうな⋮⋮も
しかしたら、今夜はベッドで大泣きとかしちゃうのかも。
⋮⋮それなのに、私を殴りも私と絶縁もせず、元気一杯に宣戦布告
853
!
私 家堀香織は思うのです。
!
絶対
をしてくれた一色いろはという強く優しい素敵な女の子に感謝⋮⋮
ってね。
でも、私だって伊達に比企谷先輩ラブじゃないんだからね
に譲ってやんないかんね
││はぁ⋮⋮どうやら比企谷先輩の彼女になれたのは、あの人たち
から見たらほんの一歩のリードができただけに過ぎないみたいだけ
ど、でも⋮⋮でも
ぜーった
どいつもこいつもかかってこいやぁ
比企谷八幡は誰がなんと言おうと私のもんだぁぁー
いに負けるもんか
ないでいただけると、私すごく助かっちゃいますっ
かのペロ☆
⋮⋮あ、すみません調子に乗っちゃいました。出来ればかかってこ
!
!
!
!
ハッピーエンド♪
854
!
!?
!
!
恋 す る オ リ 乙 女 た ち の 狂 宴 ∼ あ の 八 幡 を 鳴 ら す の
はあなた∼ ︻前編︼
﹁あっづ∼い⋮⋮﹂
夏なの
あ、真夏でした。なにせ今
ジリジリと照りつける太陽、ゆらゆらと揺らぐアスファルト。
なにこの暑さ。なんなの
日は八月八日、まさに夏真っ盛り。
君が遊んでくんないんだもん
だぁってさぁ、私の唯一の心の友︵友達以上恋人未満☆︶の比企谷
⋮⋮なんていうか⋮⋮暇だったから。全然リア充じゃなかった。
そんなリア充美少女JKたるこの私がなぜ外出しているのか、まぁ
縁のリア充美少女JKだった。ふぅ、あっぶね。
つい昔のクセでぼっちとか言っちゃったけど、今の私はぼっちとは無
る私が柄にもなく外出なんかしてるのかといえば⋮⋮おっと危ない、
そんな夏真っ盛りな夏休みの一日に、なぜ引きこもりぼっち女子た
?
プー
郎。ぜんっぜん遊んでくんないでやんの。最後に会ったの二週間く
らい前だっけ。それホントに友達以上なのかよ。
ふぇぇ⋮⋮比企谷君とイチャコラして遊びたいよぅ⋮⋮
惜しみなく晒して誘惑したいよぅ⋮⋮
ルとかでセクスィーなビキニとか着て、自慢のダイナマイトバディを
!
米が泣いた。
いな形のダイナマイトの寸胴フォルムをイメージしてください。全
ボディって意味じゃなくて、よく漫画なんかで出てくるろうそくみた
あ、ダイナマイトって言っても爆発しちゃいそうなほどのワガママ
!
855
?
比企谷君と友達になってから早四ヶ月くらい経ちます
!
それなりに遊んだりしてますけども
ま、まぁ
けども
?
?
でも夏休みは遊んでる場合じゃねぇだろとか言いやがってあの野
?
そんな貧相バディの自虐ネタを惜しみなく挟みつつ千葉の街を闊
歩する私 二宮美耶は、海浜総合高校に通う三年生である。⋮⋮暇だ
ホントウダヨ
からとか遊びたいじゃねぇよ、勉強しろよ。そりゃ比企谷君も遊んで
くんねーよ。
いやいや、勉強漬けな毎日のほんの息抜きだよ
?
レ存ですもん。
愛しの比企谷君どっかに居ないかなー
なんてキョロキョロと
なのである。だって本の虫の比企谷君と偶然の出逢いの可能性が微
も欲しくなりましたし、何よりもこの本屋さんという空間はワクテカ
サブカルチャー大好き女子としましては新しい漫画やラノベとか
である。
そして本日のそんな息抜きに選びましたのはココ駅前の本屋さん
?
なんとそこにはアイラブ比企谷君がラノベを品定めしてたん
⋮⋮⋮⋮⋮女連れで。
ですっ
と
辺りを窺いながらラノベコーナーへてくてく歩いて行くと⋮⋮なん
?
あまりのショックにドキがムネムネし
おいおい比企谷君よう。キミ、勉強しろよとか言って遊びに応じて
くれませんでしたよね。
なんという裏切り行為
ちゃうぅ⋮⋮
!
もないあの女っ⋮⋮
ズ⋮⋮
勢からの流れるようなかしこまポーズ⋮⋮⋮⋮ん かしこまポー
茶髪ショートボブの、輝くような笑顔の女の子。そしてあの通常体
!
⋮⋮そしてあの女だれよ。雪女でもやっはろーでもあざと会長で
!
?
ぱ比企谷ハーレムの一員だったのかよチクショウ
ああ⋮⋮どうしよう⋮⋮胸が苦しいよぅ⋮⋮
!
ってオイオイ、あの子いつぞやのかしこまっ娘じゃねぇかよ。やっ
?
856
!
!
なんで
⋮⋮
ひっさしぶりぃ﹂
なんで比企谷君は私の誘いを断ってかしこまってるの
﹁やっほー比企谷くぅん
⋮⋮だから私は⋮⋮っ
?
×
おう二宮か。なんだ
﹁ん
えない⋮⋮
お前も参考書探しにきたのか﹂
﹂
比企谷君ラノベ見てんじゃん
って⋮⋮んん
﹁いやいや二宮〝も〟って
!
﹂
!
いってしつこく泣き付かれてな。まぁ俺も参考書見たかったし、その
で忙しいっつってんのに、今日はどうしてもラノベを見繕って欲し
﹁コイツこんなリア充丸出しな見た目のくせにオタクなんだわ。勉強
これが若さゆえのなんとやらか⋮⋮
なにこの笑顔でテーブルの下で蹴りあってるみたいな緊張感。
﹁こ、こんにちはー⋮⋮えと、二宮美耶でーす⋮⋮﹂
警戒っぷり。
どーもーとか言いながらコイツ私のこと絶対覚えてるでしょ、この
げた。
引きつった笑顔を前面に出しつつ、かしこまっ娘はペコリと頭を下
﹁ど、どーもー⋮⋮家堀香織と申しますー⋮⋮﹂
そう言って親指でちょちょいとかしこまを指差すと、
﹁ん、ああ。それはコイツがな﹂
!?
?
言えない⋮⋮受験生なのに暇潰しにラノベを探しにきたなんて言
!
?
⋮⋮あ、うんうんそうそう
﹁へ
私のお邪魔特攻でヤツは超苦い顔をした。かしこまっ娘が。
×
ええ、通常の三倍の速度で迫ってやりましたよ。
昔取った杵柄のあざとさ全開で邪魔してやることにしたの♪
!
?
?
ついでだ﹂
857
×
?
﹁わ、私オタとかじゃないですから
﹁だからネタじゃないってばぁぁ
﹂
﹂
﹁あ、今のコイツのネタだから気にしなくていいから﹂
いえいえもう知ってますんで。お気になさらずにー。
!
これなんて拷問
に こ の か し こ ま っ 娘 ⋮⋮ 香 織 ち ゃ ん の ワ ガ マ マ で 外 出 し た だ
││あー、びっくらこいたぁ。どうやらデートとかじゃなくて、単
ろしやすそうな慎ましやかな胸を。全米が以下略。
とは言うものの、私はこのやり取りで胸を撫で下ろす。この撫で下
なんないのん
なにこれ。なんで大好きな男の子の夫婦漫才見て微笑まなくちゃ
!
?
﹂
﹁家堀、こう見えても二宮もオタクだから気にしなくて大丈夫だぞ。
君に会えたんだもーん。
日ばかりは香織ちゃんにお礼を言わねばなるまいね。なにせラブ谷
なんで今日この日にわざわざ泣き付いたのかは知んないけども、今
れたら断れなかったんだろうね。
けっぽい。比企谷君ってばシスコン拗らせてるから、年下に泣き付か
?
いやまぁオタクだけどさ。
なんなら意外と話が合うんじゃね
飛び火が来た
?
すんなよ
この小娘が。
めようよぅ︵涙目︶
﹂
﹁よ、よろしくねー、家堀さん。あ、なんなら比企谷君じゃなくて私が
ラノベ見繕ってあげよっかー
比企谷先輩っ﹂
?
んだった。
﹁よ、よし
じゃあ行きましょうか
おっと、他人事みたいに言ってるけども、私が先制攻撃を仕掛けた
の下の蹴り合い。女ってコワイ。
邪魔してやりたい私と邪魔されたくない香織ちゃんの、未だ続く机
﹁い、いーえー、お構い無くー⋮⋮﹂
?
858
?
ていうか、私がオタクと聞かされて﹃ああ、やっぱり﹄みたいな顔
!?
まぁ胸部は私の方が小娘なんだけど。⋮⋮もう自分を貶めんのや
?
!
こ、こいつ、場の流れとか関係なくいきなりぶった切ってきや
がった
﹁えー、せっかくだし私も入れてよー家堀さーん﹂
大丈夫ってことは私も交ざっちゃってもいいってことだよ
﹁いやいや大丈夫ですー﹂
﹁えー
ねー
﹂
二宮先
この子。いや、そりゃまぁせっ
ぐぬぬ⋮⋮こ、こいつなかなか強情だな。
輩ー﹂
﹁いーえー、そっちじゃない方の大丈夫って意味ですよー
?
⋮⋮
ました。
とチラリ視線を送ると、なんか私達を見て引きつって
蹴り合いがテーブルからはみ出しちゃってたみたい
﹁⋮⋮わ、悪い。ちょっとトイレ行ってくるわ﹂
やだ
?
しかし比企谷君は逃げられない
しまったからだ。
!
そこでお手洗い借りた
﹁比企谷せんぱいっ、じゃあカフェ行きましょうよカフェ
じゃあどっかお店寄ろうよ
!
トイレ借りればいいですってば﹂
﹁比企谷君
らいいよー﹂
!
そこで
なぜなら敵に周りを囲まれて
ヤバいこの人このまま自宅のトイレまで逃げ出しちゃうんじゃない
私達のにこやかな社交辞令に青ざめた比企谷君は逃げ出した
!
!
どしたの
歩だけ後退った。
そんな美少女二人が笑顔で蹴り合ってると、なぜだか比企谷君が一
合いをする事になるとは⋮⋮人生って分からないもんだ。
てかまさかこの元ぼっちな私がリア充JK︵かしこま︶と男の取り
?
ない気持ちは分かるけどさ。⋮⋮もしかして今日って、なんかあんの
かく連れ出せた比企谷君との一夏のアバンチュールを邪魔されたく
にしてもちょっと強情過ぎない
?
!?
フッ、逃がさんよ。
!
?
!
859
?
!
?
アイコンタクトを交わし、途端に協力的になるオタガールズ。
やるな家堀香織。比企谷君の行動パターンを理解していやがる。
そう感じたのはヤツも一緒らしく、比企谷君の逃げ道を塞ぎながら
も原監督ばりのグータッチでお互いを称え合う。
そうして謎の協力体制を取った私達は嫌がる比企谷君の体を強引
に辱め、駅前のカフェへと向かうのであった。
あーれー、ごむたいなー。
×
そしい挨拶だけ交わし、現在私と香織ちゃんは﹁んん
ん
﹂とわ
!
早く帰って受験に控えた方がいいですってー﹂
来年は同じ大学に通っているだろう身としては、これ
﹂
テージという強固な攻撃の味は。
た達には絶対に真似出来ない、キャンパスライフ一年分のアドバン
いろはすちゃんであれ香織ちゃんであれ、年下を武器にしてるあな
どうよ。後輩では決して立ち入れないこの領域。
﹁ぐぬぬ⋮⋮
生かした宮田君ばりのライジングカウンターをねじ込んでやる。
そんな挑発的な後輩へ、同級生である事のアドバンテージを十分に
がまたなかなかに厄介なんだよね♪﹂
いじゃない
﹁まぁ確かに勉強大変なんだー。なにせ比企谷君ってああ見えて頭い
⋮⋮ほっほう、後輩だと思って優しくしてやってればこの小娘め。
と言ってきましたよこの子。
と、無言の牽制では埒が開かないと感じ取ったのか、直接的に帰れ
か
﹁⋮⋮えっと、二宮先輩は受験生ですし、勉強忙しいんじゃないんです
ざとらしい咳払いをしながら無言で牽制しあっている。
!
二人きりになってから﹁先日はどうもー﹂
﹁いえいえー﹂なんてよそよ
逃げられないようカフェに入店してからトイレに赴くのを許可し、
×
?
!
860
×
?
フッ、ちょっと大人気なかったかしらね。
﹁⋮⋮ま、まぁ受かればの話ですよねー。なにせ私達総武なんで、目標
大学は海浜さんより結構高いと思いますけど∼﹂
﹁ぐはっ﹂
﹁それでも比企谷先輩との大学生活を本気で狙ってるんなら、やっぱ
高校の偏差値がなんぼのもんじゃ 私だって
早く帰った方がいいですって﹂
ちっくしょー
!
総武って言っても由比ヶ浜さんだって居るくらいだし
あと一歩で総武通えたはずなんだからー
﹂
﹁ま、まぁ
⋮⋮
!
!
とりあえず受験の話はよそうかな⋮⋮
あ、そういえば。
?
え
﹂
やっぱり本当になにかあるの
﹁⋮⋮え、知らないんですか
谷君を引っ張り出したみたいだし私をとっとと帰そうとするし﹂
﹁そういえばさぁ、今日ってなにかあるの
家堀さん、無理やり比企
なんという不毛な争い。こんなの誰も幸せにならないよ。
︵白目︶
まぁ受験の時は由比ヶ浜さんが受かって私が落ちたんですけどね
納得しちゃったよ。
﹁⋮⋮ああ、うん、ですね⋮⋮﹂
?
生日なんですよ﹂
なんで教えてくれないのーん
?
﹁うそっ⋮⋮ホント⋮⋮
﹂
ではないので。⋮⋮えーとですね。今日八月八日は、比企谷先輩の誕
のってズルいですからね。私も比企谷先輩に直接教えて貰えたワケ
﹁⋮⋮ む、教 え て あ げ る の も ア レ な ん で す け ど ⋮⋮ な ん か こ う い う
か。
きょとんと首をかしげるくらいだし、よっぽどの事があるんだろう
?
?
私って比企谷君の唯一無二の友達だよ
!?
?
861
?
?
ちょっと比企谷くーん
ね
?
w﹂とか思
あ、私も教えてなかったや。だ、だってさ、自分からわざわざ誕生
日教えるとか、
﹁プークスクス、なに期待しちゃってんの
われちゃいそうで恥ずかしいんですもの。
?
ね
だから比企谷君教えてくれなかったのかー教えてくれなかったん
だよねーそのはずだよね
?
かー﹂
﹂
﹁アハハ∼﹂
﹁ウフフフ﹂
海浜の泥棒猫とかなんと
ま さ か そ の リ ア 充 ら し い
私脱いだら凄いんですとか、あなたちょっとやり方が古典的よ
シ ャ レ オ ツ な 私 服 の 下 に リ ボ ン と か 巻 い て ん じ ゃ な い で し ょ う ね。
⋮⋮ こ い つ、今 日 キ メ る 気 だ な ⋮⋮
?
?
て、いろはから色々聞いてますよー⋮⋮
﹁い、いやだなぁ人聞き悪いですよー。⋮⋮そ、そういう二宮先輩だっ
てカンジ
だね。やっぱ奉仕部とかいろはすちゃんにも内緒で出し抜いてるっ
﹁ああ、だから家堀さんはさっきから邪魔者を撒こう撒こうとしてん
?
!
ん
そういえば比企谷君帰ってこないな。おっきい方かな
もうやめてぇ⋮⋮私∼⋮⋮
れてるけども。
かなフフフ。まぁ私のバディはリボンでラッピングしてもたかが知
そして隙あらば私が二人きりになって、私をプレゼントしちゃおっ
下さんや由比ヶ浜さん、いろはすちゃんの名に掛けてっ︵棒︶
⋮⋮これは二人きりにさせるワケにはいかないでしょう
雪ノ
これだからオタク女の思考回路はショート寸前なのよ、まったく。
?
?
!
みたい。
⋮⋮って、え⋮⋮、ちょ、ちょっと⋮⋮
!?
862
?
なんてお下品なことを考えてたら、ようやく比企谷君が帰ってきた
?
﹁あ、あれ⋮⋮ 香織ちゃん⋮⋮
え、なんで⋮⋮
﹂
﹂
と、お友達、かな。もしかして
?
比企谷先輩、香織ちゃん達と一緒だったんですか
﹁なっ
!?
?
?
香織ちゃんが目を見開いて愕然としてるけど、それは私も一緒だよ
!?
だって、トイレに行って帰ってきただけのはずの比企谷君の隣に、
﹂
ぽわぽわな空気をまとったサイドポニーの美少女天使がちょこんと
くっついていたのだから⋮⋮
﹁な、なんで愛ちゃんが居るのん⋮⋮
?
そう言って香織ちゃんは静かに息絶えた。
死んじゃうのかよ。
続く
863
?
編︼
恋 す る オ リ 乙 女 た ち の 狂 宴 ∼ あ の 八 幡 を 鳴 ら す の
はあなた∼ ︻
﹁初めまして、愛川愛と申しますっ。そうなんですね∼、二宮先輩は比
企谷先輩の中学の同級生なんですか∼。⋮⋮わ∼、ちょっと羨ましい
かもっ⋮⋮﹂
え、
ちょっと愛川さんとやら 最後にぽしょりと付け加えた一文が
丸聞こえなんですが。
ホラ⋮⋮比企谷君も真っ赤になっちゃってるじゃない⋮⋮
なにこれ天然なの
じゃないの
てかなんで普通に同席してんでしょ。あなた自分の席があったん
れている。
私は今、初顔合わせとなった総武高校二年生の女の子に自己紹介さ
!
?
なんで私は香織ちゃんと肩寄せ合ってるのん
ってくらい
?
らデートだったりするのかな
の待ち合わせ時間直前の女の子みたいなんだけど、もしかしてこれか
こんなにナチュラルメイクなのにわざわざ直すとか、まるでデート
だけど。
ナチュラルメイク過ぎて、どっか直す必要性あるの
洗面台でメイクを直してて、せっかくだから付いてきたらしい。
││どうやら比企谷君がトイレから出た時にこの愛ちゃんて子が
?
?
ようだ、な隣の女の子がソース。
⋮⋮ マ ジ で す か 比 企 谷 君。あ な た ま た ハ ー レ ム を 広 げ た の
な
しの王子様だもん。だってそれは、へんじがない、ただのかしこまの
ってそんなわきゃーない。どう見てもこの子の想い人って我が愛
?
864
?
?
しかもあとから来たクセに普通に比企谷君の隣に陣取ってるし。
?
んでこんなに可愛い子ばっかり⋮⋮
でもこのリア王はあれだけ美少女に囲まれてるってのに、なんで香
織ちゃんは今さらこんなにビクンビクンしてんだろ。
いやまぁそんな美少女達を出し抜いてようやく誕生日デートをも
確か
ぎ取った矢先に、次から次へとこうも刺客が送り込まれれば白目も剥
きたくなるだろうけどさ。
しかし、そんなかしこまがようやく再起動。
愛ちゃんとやらに向けて疑問を投げ掛ける。
﹂
﹁⋮⋮ねぇ、えと、なんで愛ちゃんこの駅前のカフェに居たの
﹂
愛ちゃんちって、いろはんちの方だよね⋮⋮
﹁ひぇ⋮⋮
?
には居ないはず。友達でも近くに住んでんのかな
の⋮⋮
﹂
﹁⋮⋮え、えへへ⋮⋮ちょっとお散歩してたら、気付いたらここに居た
?
確かに家がそっちってことは、なにかしらの理由でもなければココ
て、モノレール乗った先にあるとかなんとか。
あ、そう言えば前にどっかで聞いたな。確かいろはすちゃんちっ
その疑問に明らかに動揺を隠しきれない愛ちゃん。
?
真夏の真っ昼間に何時間散歩すりゃ気付いたらこんなトコにいん
のよ。夢遊病患者だって途中で脱水症状になって気が付くレベル。
﹂
﹁いやいや愛川、ちょっと散歩ってレベルじゃねぇだろ⋮⋮なに
趣味は競歩
?
﹂と聞く比企谷君マジ男前。
?
﹁ち、違うんでしゅよ⋮⋮ あ、あの、ちょっと午前中に学校に用事
塞がらない模様です。
ちなみに香織ちゃんは愛ちゃんのお間抜けな言い訳に開いた口が
に向かって﹁趣味は競歩か
と、さすがの比企谷君も全力でツッコむ。ただこんな可愛い女の子
?
反則すぎな噛みっ
?
ぷりだろ。真っ赤な顔して慌てちゃって、もう可愛いすぎて殴りた
しゅとかちゅとかわざとやってんのこの子
がありまちてっ⋮⋮が、学校からお散歩って意味なんでちゅ⋮⋮す﹂
!
865
?
はいダウト出ました。
!
い。
いや、まぁ私も未だにリア充に話し掛けられると緊張して噛んじゃ
うけどさ、これはさすがに反則だって。
なんで私の無惨な噛みっぷりと違ってこんなに可愛いん
この子は比企谷君に不意に話し掛けられると、緊張して噛んじゃう
のかな
だよちくしょう。
⋮⋮なんだろうかこの子。なんか、私の周りの⋮⋮てか比企谷君の
周りに居る子たちとはなにかが違う。
なんていうか⋮⋮正統派
リーダム星人の折本さんと仲町さんじゃない
た
やだ 色モノ集団の中にナチュラルに自分も入団させちゃって
の色モノ集団。
おまけに残念隠れオタクに脳内暴走ぼっちと来たもんだ。なにこ
被った鬼は居るわ。あと爽やかホモイケメンも居たわね。
ツ ン デ レ D V 雪 女 は 居 る わ ア ホ お っ ぱ い は 居 る わ 小 悪 魔 の 皮 を
一癖も二癖もある変な子たちばかり。
んで、比企谷君の周りに居るハーレム要員って言ったら、とにかく
?
だってさ、私の周りにいるヤツって言ったら、デリカシーゼロなフ
?
﹂
⋮⋮えへへ∼、はい
症とか気を付けろよ
﹁∼∼っ
ありがとうございますっ﹂
!
?
しそうなこと。
つか比企谷君さぁ、あんたなに自然の流れでスケコマシてんの
﹁でも去年まで女マネで真夏だって校庭で走り回ってたんですよ
んな優しい声かけてくれてなくね
?
ぴこっと人差し指を立てて可愛くウインクする愛川さんに、
﹁お、お
ふふっ、だからこんなのぜ∼んぜん平気ですっ﹂
てかさっき本屋で出会った時、私にそ
?
?
?
なんか愛川さんに甘くない
あらあらまぁまぁ、比企谷君に心配してもらって嬉しそうなこと嬉
!
866
?
!
﹁いや、まぁ確かに学校からなら歩けない距離じゃねーけど⋮⋮熱中
!
う、そういやそうだな⋮⋮﹂と照れたご様子で愛川さんから目を逸ら
す比企谷君。
﹁比企谷先輩こそとっても珍しいですよね、こんなお昼からお外に出
﹂
てるだなんて。普段お外に出てないんですから、先輩の方こそ熱中症
とか気を付けた方がいいですよ∼
﹁⋮⋮おう、ま、問題ない﹂
﹁ふふふ﹂
ですね。
こ
邪な私達
?
だから香織ちゃんさっきビクンビクンしてたのか
は浄化されちゃったの
が完全に消えちゃってるのよね、さっきから。なんなの
そしてなによりも問題なのは、えっとぉ⋮⋮私と香織ちゃんの霊圧
ことないんだけど。
⋮⋮ あ っ れ ー
な に こ の デ レ デ レ っ ぷ り。こ ん な 比 企 谷 君 見 た
うん。いたずらっぽく微笑む天使の笑顔にはにかむ王子様の構図
?
の子が居ると自分が空気になっちゃうって分かってたのね
ハッ
?
正
直、こればっかりは私にはなんにもお手伝い出来ないんで心苦しいで
す⋮⋮﹂
余裕だ余裕﹂
﹁おう、まぁ順調だから気にすんな。てか愛川に心配されるような学
力じゃねぇっつってんだろ
くても良かったんですよ
今からでも数学やる気があるんなら、私
きゃ、もっと大学の選択肢だってたくさんあって、こんなに心配しな
﹁ふふっ、それはどうですかねぇ。まったくー、先輩が数学捨ててな
?
⋮⋮ありがとな﹂
﹁⋮⋮えへへ﹂
?
未だ続く桃色天上空間。
私は今、天界にて天使との邂逅をはたしてるのかな
違いまし
﹁⋮⋮ な ん で 後 輩 に 教 え て も ら わ に ゃ な ら ん の だ ⋮⋮ ま ぁ、な ん だ
が教えてあげますからねっ﹂
?
867
?
﹁⋮⋮えと、夏休み中もお勉強の方、順調に進んでますか⋮⋮
!
?
!?
!?
た、天使との邂逅にデレデレと鼻の下を伸ばしてる王子様にまとわり
つく小バエでした。
⋮⋮どうしよう。私ってば完全に卑屈になりだしちゃったわ
これはイカン。
そりゃね
これはちょっと居たたまれないわ。
と、ここで香織ちゃんが一旦撤退する模様です。
﹁す、すいませーん⋮⋮わ、私もちょっとトイレ行ってきますー⋮⋮﹂
そうなのよね∼、この子も。
ちょっと引っ掛かるというか⋮⋮やっぱりどこか一癖か二癖はあり
でも、確かに正統派な天使ちゃんにしか見えないんだけど、なんか
?
れはキツい⋮⋮
だが負けるわけにはゆかぬ⋮⋮
とそちらを見ると、香織ちゃんが袖をつまんでくいくいと
と、不意に制服の袖が引っ張られた。
!
﹂と目線だけで伝えると、香織ちゃんは顎をクイと上
?
﹁⋮⋮どうかしたの
家堀さん﹂
く連れショ⋮⋮連れお花摘みに興じるのであった。
そして私達は桃色空間からのデレデレな念を背中に感じつつ、仲良
﹁おう﹂
﹁はい﹂
﹁わ、私も行ってこよっかな∼⋮⋮﹂
達人かよ、通じ合いすぎだろ。
イコンタクト。
げて、
﹁お前も来いや﹂と無言で私を促す。その間、実に0,1秒のア
﹁なによ⋮⋮
引っ張っていた。
はて
!
私、ここにひとりで残されてどう抵抗すればいいんだろうか⋮⋮こ
?
×
ねた。なぜ私を連れ出したのかを。
﹁⋮⋮二宮先輩をお呼びしたのは他でもありません⋮⋮。お気づきか
868
?
×
仲良く無言のままトイレに入った途端に、私は早速香織ちゃんに訊
?
×
とは思いますが、アレはヤバいんです⋮⋮﹂
アレ。まぁアレとはアレの事だろう。
﹁いや、ヤバいのは薄々感じてはいたけどさ、そんなにヤバいの⋮⋮
﹂
﹁それはもいマジヤバいです。どれくらいヤバいかって言うと、ハー
それは
レムの中でいろはが一番警戒してるってくらいヤバいです﹂
なにそれヤバすぎィ
だってあの子、私に対してもかなり警戒しまくってたよ
もう血ヘド吐いちゃうくらいに。私が。
いんだ
﹂
﹁⋮⋮えと、二宮先輩は⋮⋮戸塚先輩って、知ってますか⋮⋮
﹁戸塚君⋮⋮
﹂
しかも一番警戒してんのが雪ノ下さんとか由比ヶ浜さんでさえ無
?
!!
八幡
﹃ふふっ﹄
﹃あれ
わぁ
﹄
お休みの日に偶然会えるだなんて、ぼく
!
今日はすっごく運がいいよ∼﹄
﹄
!?
⋮⋮まさかのボクっ娘⋮⋮だと⋮⋮
!?
﹃と、戸塚
﹃⋮⋮誰
?
!?
まぁ、二宮が居て良か⋮⋮⋮⋮チッ﹄
﹃⋮⋮ う っ せ、お 前 が 観 た い っ つ う か ら 来 た ん だ ろ う が。⋮⋮ ま、
いけないんだからねー﹄
﹃えへへ∼、あんなの私が居なかったら、絶対比企谷君ひとりじゃ見に
﹃おう、映画館で見たのは初めてだったが、やっぱいいな﹄
﹃いやー、楽しかったね、比企谷君っ﹄
落とし&強制︶帰り道の事だった。
││あれはそう。比企谷君と劇場版プリキュアを見に行った︵泣き
⋮⋮
戸塚彩加。忘れるかよ、忘れるわけがないだろう、あの屈辱の日を
﹁⋮⋮いや、ちょっとね﹂
﹁あ、知ってるんだ﹂
!?
?
!?
!?
869
?
﹃お、俺もツイてるわ⋮⋮で、今日は買い物かなんかか
﹄
八 幡 は
!
すげぇ誤解
こ、こいつ
な、なんかお邪魔
﹃う ん ち ょ っ と 新 し い ラ ケ ッ ト 見 に 来 て た ん だ ぁ
﹄
それは誤解だ
⋮⋮⋮⋮あ、も、もしかしてデートとかだった
しちゃってゴメンね﹄
﹃ま、待ってくれ戸塚
は中学んときのただの友達だ
?
!
れて、私はさらなる絶望を知ったのだ。
どうも、男の子相手に必死で﹁待ってくれ
れちゃう女でお馴染みの二宮美耶です。
誤解だ
もう女のプライドズタズタだよ。許すまじ戸塚彩加
二宮先輩﹂
いけないのは比企谷君の方だろ。
﹁⋮⋮ど、どうかしました
﹂と弁明さ
許しちゃ
!
!
!
でも戸塚君と別れた後に、戸塚君が男だと信じられない事を聞かさ
思っちゃいましたね。
⋮⋮やー、あの時はついに比企谷君の本命が現れちゃったのかと
二宮と申しま∼す⋮⋮︵白目︶﹄
﹃⋮⋮⋮⋮。ど、どーもー、比企谷君の中学のときの〝ただ〟の友達の
!
かったみたいで美耶安心。
?
じゃうレベル。
もしも私が腐海の住人だったのなら、泣いて鼻血噴き出して喜ん
﹁それはもうホントにね﹂
﹁比企谷先輩って、戸塚先輩が大好きじゃないですか﹂
うるさいよ確かにそうだけど余計なお世話だよ。
先輩なら分かってるとは思うんですが﹂
﹁えっとですね⋮⋮まぁ女としてのプライドをズタズタにされた二宮
﹁で、どーしていきなり戸塚君が出てくるの
﹂
納 得 さ れ ち ゃ っ た よ。ど う や ら 戸 塚 君 の 被 害 者 は 私 だ け じ ゃ な
﹁⋮⋮ああ﹂
ら⋮⋮﹂
﹁⋮⋮あ、いいの。ちょっと女としての人生を振り返ってただけだか
?
870
!
!
!?
!
あいにく私はBLにはそんなに興味が無いからそこまで喜ばしい
モノではないけれど。
﹁⋮⋮でですね、⋮⋮愛ちゃんってあの醸し出す雰囲気とかから、一時
﹂
そし
期私達の間では女版戸塚って呼ばれてた程の逸材なんですよ﹂
﹁⋮⋮ハッ
そうだよ、なんで気付かなかったかな、あの桃色天上空間
てあの置いてきぼりの空気感
さっきの娘って、確かに戸塚君的オーラまとってたじゃない。
﹁⋮⋮てことは⋮⋮﹂
﹁そ う な ん で す ⋮⋮ あ れ だ け 戸 塚 先 輩 が 大 好 き な 比 企 谷 先 輩 が、愛
ちゃんにデレデレにならないわけが無いじゃないですか⋮⋮だから
ま さ か さ ら に こ ん な 隠 し 玉 が
最重要警戒人物なわけなんです⋮⋮﹂
な ん と い う こ と で し ょ う ⋮⋮
あっただなんて⋮⋮
!
﹁ぶふぅっ
﹂
私と再会する前に告白され済みなのん
!?
もしかして比企谷君ってすでに彼女持ち⋮⋮
な、なんですと⋮⋮
え
?
﹁マジで
あ、いや、そりゃそっか⋮⋮﹂
?
﹁⋮⋮しかも愛ちゃんって、バレンタインで比企谷先輩に告ってるし﹂
隠し玉どころか本命の玉きちゃったよ。
!
告られてんだよね。まぁ振り返されちゃったけどっ
振られたんなら、そこまで警戒する事もなくない
?
普通振られたらゲームオーバーでしょ﹂
﹁⋮⋮あ、あれ
⋮⋮
!
あ、なんかちょっと優越感。私って、そんな比企谷君に中学時代に
な真ヒロインっぷりだよ。
にしても女版戸塚君を振るのかよ比企谷君⋮⋮どんだけ難攻不落
ね⋮⋮あー、ビビったわ。
だ、だよね、私が告白した時、彼女が居るとか言ってなかったもん
!?
871
!
!
!?
!?
﹁まぁなんと先輩は愛ちゃんを振ったらしいんですけどね﹂
?
?
やだそれじゃ私もゲームオーバーじゃない。己の首を力一杯締め
ちゃった。
﹁いやいやいや、それあなたが言いますかね﹂
﹁⋮⋮﹂
かしこまからのさらなる追撃。やっぱ全部知ってるのね。
﹁⋮⋮まぁ振られたくせに未練がましく先輩に友達申請して﹃あわよ
くば﹄を狙ってる二宮先輩にも感心しちゃいますけどー、﹂
このかしこま、ちょいちょいトゲを入れてくるわね。もうテーブル
の下の脛は痣だらけよ
﹁⋮⋮愛ちゃんはもっとパワフルなんですよ。あの子、もっと自分を
知ってもらいたいからって比企谷先輩に宣言して、即日サッカー部退
部して奉仕部に入部しちゃったくらいですから﹂
そのセリフに私は驚愕の表情を浮かべる。
あの子、ああ見えてすごい行動的なのね⋮⋮
﹁でも、いろはのヤツがなにを一番警戒してるかって言ったら、戸塚先
輩みたいな天使感でもなければ、そういった行動的なトコでもないん
です﹂
そう神妙な顔をする香織ちゃんに、私はゴクリと喉を鳴らす。
まだなんかあるの⋮⋮
たらしいんですよ⋮⋮それもいろはみたいなのじゃない、天然の小悪
魔力を﹂
﹂
⋮⋮な、なんだよ天然の小悪魔力って。それもう小悪魔じゃなくて
悪魔じゃん。
﹁天使と悪魔、まさに一人アロマゲドン
あなたがそれ大好きなのは分かったけどさ、そんなド
﹁⋮⋮あ、うん、そうね﹂
いや、ね
!
イカツ派だから。
﹁⋮⋮と、まぁそんなわけで、愛ちゃんはマジでヤバいんですよ⋮⋮さ
872
?
﹁⋮⋮あの子、比企谷先輩に振られて、小悪魔属性まで身につけちゃっ
?
ヤ顔で力強く言われても、私プリパラそんなに詳しくないのよ。私ア
?
すがの比企谷先輩も小悪魔に目覚めてからの愛ちゃんの押しにはあ
の通りタジタジでデレデレでして⋮⋮﹂
⋮⋮た、確かにそれはかなりヤバいよね。
なにせあの戸塚君を女の子にしたような子に積極的に小悪魔的に
せっかく魔王達出し抜いて二
攻められまくるだなんて、比企谷君からしたらとんだご褒美じゃない
むしろ未だ落ちてない奇跡。
﹁⋮⋮ぐぎぎ⋮⋮ちっくしょー⋮⋮
二宮先輩だけな
人っきりで誕生日祝っちゃおう☆ とか思ってたのに、なんでよりに
よって愛ちゃんが遠征してきちゃうのよー⋮⋮
﹂
愛ちゃんの特殊能力、空気
?
と、言うわけで、じゃないよ。いやいやあなたね、あんなこと考え
﹁⋮⋮えぇぇ﹂
力関係を築こうじゃありませんか﹂
﹁⋮⋮と、言うわけで、どうですか二宮先輩。ここは一時休戦して、協
やがれよ。
のくだりは難聴系じゃなくても聞こえないくらい、もっと小声で呟き
おい小娘、心の声が全部お口から出ちゃってんぞ。せめて二宮先輩
らいくらでもどうとでもなったのにぃぃぃ⋮⋮
!
!
てた抜け駆け上等女と協力関係なんて築けると思ってんの
﹂
﹁むぅ⋮⋮二宮先輩も見たでしょ⋮⋮
化施錠︵エアーズロック︶をッ
?
敵を空気にして、その場から閉め出して鍵を掛けてしまう能力ッ
どうせ脳内では漢字で空気化施錠とか書いてあるんでしょ⋮⋮
とでも言いたいんでしょ ふざけたルビに使用しちゃってスミ
?
なんだよ特殊能力エアーズロックって。ルビのふりかた酷いな。
!
!
まぁ確かにあの時の私達の空気っぷりは凄かったけど。
マセンでしたとオーストラリアさんに謝れ。
?
﹂
﹁前にあの能力でいろはも空気にされて、その場から閉め出されたら
﹂
しいですよ⋮⋮
﹁マジかっ
?
お、恐ろしい能力やで⋮⋮エアーズロック⋮⋮
!
うっそ⋮⋮あの小悪魔の皮を被った鬼でさえロックされちゃうの
!
873
!
!
?
﹂
﹁それに確実に八幡生誕祭を祝う為に先輩達の地元まで遠征してきま
したよ、あの子⋮⋮
あれ絶対先輩んちに乗り込む気でしたよ
愛ちゃん恐るべし
﹂
あんたも親友達を抜
け駆けしまくった挙げ句、ラノベと泣き落としで釣ったんでしょ
ねぇねぇ、あんたも十分恐るべしだからね
!
﹂と、額の汗を拭っている香織ちゃんの自分の棚上げっぷりに私が
﹁ふぃ∼、先手を取って連れ出せといて良かったですなぁ、あっぶね
?
?
!
﹁でっすよねー⋮⋮ しかも駅前のカフェでメイク直してたとか、
たって。どんなドジッ娘だよ﹂
﹁う、うん、だろうね⋮⋮。なんだよ散歩してて気付いたらここに来て
!
!
額に汗しつつも考える。
││確かにこの子と協力体制を取るのは危険極まりない。いつ出
し抜かれるか分かったもんじゃない。
でも先ほどのエアーズロックを見ちゃうと、確かにアレはかなりヤ
バい。エアーズロック私の中でも定着しちゃってるよ︵白目︶
誕生日を二人っきり︵私達が居てもただの空気だもの︶で祝わせ
ちゃったりしたら、とんでもないポイントを愛ちゃんにゲットされ
ちゃう気がする。比企谷君のあのデレッぷりは、最早比企谷ポイント
カンスト寸前なんじゃないかと思わせる程の危険を孕んでるしね。
だったら協力してエアーズロックを打ち破って、せめて私達も愛
ちゃんと同等のポイントを稼ぐべきなのかしら⋮⋮
?
⋮⋮そ、そしてあわよくば香織ちゃんと愛ちゃんを出し抜いて、比
まだ迷ってんですか
﹂
企谷君と二人きりになってぐへへへへ。
﹁もう
!?
?
﹁⋮⋮いいですか
悲しい事に私と二宮先輩のハーレム内順位は最
に置ける切ない立ち位置を、無情に説明するのだった。
そして香織ちゃんは人差し指をぴっと立てると、私達のハーレム内
は沈黙を否定と受け取ってしまったみたい。
いかに出し抜⋮⋮協力するかを考えていたら、どうやら香織ちゃん
!
874
!
下 層 で す。下 級 構 成 員 で す。旅 団 で 言 え ば コ ル ト ピ で す。出 番 が 無
い内に、気が付いたら公衆便所で陽乃さん︵変態奇術師︶に汚物のよ
うに始末されてるレベルです﹂
ホントに悲しいわ そしてルビに寒気がしたんですけど。一体
レア能力だから旅団内では生存優先順
なんて文字に変態奇術師ってルビをふったの
てかコルトピ舐めんな
位は高かったし、一部では可愛いと人気だったんだからね
﹂
ここは嫌々ながらも手
を組んで、みんなでポイントを分け合おうじゃないですか
!
が繰り広げられてるような気がするよ。
﹂
﹁⋮⋮ っ た く、仕 方 な い わ ね。今 回 限 り の 特 別 だ か ら ね
サービス、滅多にしないんだから
﹁ふっふっふ﹂
?
﹂
愛ちゃんだけにポイント稼がせてなる
こうして私と香織ちゃんは、この場限りの協力関係を結ぶことと
!
こ ん な
たぶんだけど、香織ちゃんの脳内でも私と同じような長い長い物語
よね。
お前が嫌々ながらって言うなよ。まぁアレよね、同族嫌悪ってヤツ
!
荒稼ぎされる未来しか見えないんですよ
﹁⋮⋮このままでは私達がいがみ合ってる内に愛ちゃんにポイントを
!?
?
!
なったのだ。
おー
!
!!
875
?
!
﹁敵は愛川愛ちゃん唯一人
﹂
ものかぁ
﹁おー
!
││ここに、対天使の最強ユニット 絶対無敵☆残念オタガールズ
!
が結成されたのである
!
﹂
﹂
﹁あ、ところでさぁ家堀さん﹂
﹁なんですか
﹁具体的には何か策あるの
﹁なになに
どんなの
﹂
﹁そりゃもちろんですよー﹂
?
?
?
って寸法ですっ﹂
!
まさにそれっ
﹂
!!
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮てへっ☆﹂
﹁⋮⋮へぇ﹂
﹁⋮⋮﹂
﹁⋮⋮﹂
﹁そう
二人っきりになって、二人で生誕祭を楽しむって寸法かー﹂
﹁⋮⋮なるほどー。⋮⋮⋮⋮で、連れ出した比企谷君と香織ちゃんが
こっそり連れ出しちゃうぜ
で二宮先輩が愛ちゃんの注意を引いている内に、私が比企谷先輩を
﹁愛ちゃんは初顔合わせの二宮先輩にかなり興味を持ってます。なの
?
これはダメかも分からんね⋮⋮︵遠い目︶
続く
876
!
?
押し掛け魔王☆
キャンパスライフ。それはぼっちにとって優しい世界である。
いやまぁ代返とかノートの貸し借りとか知り合いが居た方が何か
と便利なのは確かだろう。
だがそれは青春謳歌︵笑︶な凡庸学生の話であり、俺のような優秀
な学生には当てはまらないのだ。
友人との遊びに時間を取られるわけでもサークル活動に勤しむわ
けでもない俺のようなぼっちは、代返やらノートの心配などないくら
いに時間が有り余っているのだから。もう単位取り放題。なにそれ
泣ける。
﹁おーいハッチー﹂
877
つまりそこさえ我慢してしまえば︵我慢してんのかよ︶、ここ大学と
いう広大な空間はぼっちには暮らしやすい。
﹁なぁ比企谷ー﹂
まぁ中学時代や高校時代にグループ関係を築いていて、いざ大学生
になった途端に友達作りに失敗して図らずもぼっちになってしまっ
た初心者ぼっちには辛い生活だろう。
そいつらのような生温いニワカぼっち共は、学食で一人で飯食って
る所を見られたくなくて、ついには便所飯デビューを飾るなどという
話を聞いたことがあるが、そんな大学生にして初めて便所飯を経験す
﹂
るような甘い連中と年季の入ったぼっちを一緒にしてもらっては困
る。
﹁ねぇハッチー⋮⋮
﹁ねー八幡く∼ん﹂
ろ、どんだけぼっちに過保護なんだよ。
なにせ学食にお一人様席とかあるんだもん。ぼっちに優し過ぎだ
ちライフなどぬるいぬるい。
長年培われてきたプロぼっちともなると、このキャンパスでのぼっ
?
高校時代はさすがの俺も教室で一人で食うのはキツかった。思い
出すぜ、ベストプレイスに逃げ込めなかった悪夢の雨の日を。
﹂
マジで梅雨を殺したいと思ったね。
﹁ハッチー
だが大学では一人で居ても誰も気にしないのだ。気にしてるのは
ニワカぼっち本人のみ。
そう、このひとつの小さな街のごとき広さと人口を誇る大学では、
どこの誰が一人で居ようが皆で居ようが、別に誰も気になどしないの
﹂
﹁比企谷
﹂
﹂
﹁なぁお前いい加減帰ってこいよ﹂
﹁八幡く
である。ビバキャンパスライフ。
﹁ハッチー
んどうせ聞こえてるんでしょ
﹁⋮⋮チッ、あーうっせーなぁ⋮⋮﹂
だから俺にそんな至高のぼっちライフを返して
﹂
!
でしまう。
キモカワ
いるんだなぁなんて、つくづく感じてしまい思わず口角が上へと歪ん
結局俺は⋮⋮今の比企谷八幡は⋮⋮あの場所で、あいつらで出来て
牙にもかけなかっただろうから。
い。多分高校一年までの俺であれば、この物好きな連中でも俺など歯
いや、それを単に物好きと切り捨ててしまうのは違うのかもしれな
入ってくれる物好きな連中も少なからず存在した。
れる人種が集うこの大学生活では、俺のような捻くれぼっちを気に
中学や高校での狭いクラス内の閉鎖的な人間関係に比べ、多様性溢
だがそんなことは無かった。
ものかと思っていた。むしろ信じて疑わなかったまである。
俺はなんの疑いもなく今までと同じ静かなぼっちライフを送れる
!
?
!
﹁うっわ、ハッチーなんか笑ってんだけどー﹂
﹁キモッ
!
878
!
!?
×
×
大学に進学して早数ヶ月。
×
﹁おいお前ら比企谷泣いちゃうから﹂
﹁そうだぞー、比企谷お前らの真
意に気付かないんだから単なる悪口に取られちゃうぞー﹂
うっせーな⋮⋮なんで俺一言も発して無いのにディスられまくっ
なんて嘆きつつも、なんの因
てんだよ。女子二人はなんか顔赤いし。
││とまぁ、どうしてこうなった
果か俺は大学生活を意外にも満喫している。うるさいし面倒くさい
けど、うん、まぁそんなに悪くはない生活だ。
きましたわコレ。
﹁⋮⋮ああそう﹂
﹁あ あ そ う じ ゃ な い よ ー 八 幡 く ∼ ん
﹂
た ま に は 一 緒 に 行 こ う よ ∼
今日みんなで飲みに行くんだぁ﹂
⋮⋮これさえなければ。
×
﹁でさでさハッチー
×
八幡くんて
度でこうして飲みに誘われている。未だほぼ行ったことないけど。
それってなんの用事も無いって事でしょお
服にも耐久力ってものがあってだな⋮⋮
!
だがしかし
⋮⋮マジで俺早く帰んなきゃなんないんだよ、アレ
きにしもあらず。どんだけ行く気ないんだよ。
は行かない事もないかもな、なんて思ってしまいそうになることもな
間内での純粋な飲み会なわけだし、こうも毎日誘われてると、たまに
⋮⋮まぁこいつらの言う飲みってのはいわゆる合コンではなく仲
リア充ビッチ共が
だからそうやって毎日のように服を引っ張るのをやめなさい、この
!?
﹁⋮⋮いや、今日はアレがアレでな⋮⋮﹂
﹁もー
﹂
ばいつもそうじゃん
!
いーこーおーよぉ﹂
﹁そうだよハッチー
!
!
!
879
?
!
!
×
そう。こいつらと過ごすようになってからというもの、かなりの頻
!
がアレで⋮⋮
とてもじゃないが飲みに誘われている場合じゃないのだ。あるん
ですよ、ちょっと生命の危機的なヤツがね
もんがあるんだ﹂
いのちだいじに
﹂
﹁どうせ録り蓄めたプリキュアが見たいとかそんなんでしょー
﹁ねーねーハッチー
﹂
﹁おい、勝手に用事なんぞ無い事にすんな、俺には守らなきゃならない
?
マジで死んじゃうんだってば
行手段に出たらしい。
やめて
誰か助けてぇ
!
⋮⋮あっれー
目は︶女神が舞い降りたのです。
﹁ひゃっはろー
﹂
﹂
比企谷くんモテモテじゃーん
?
魔王襲来と共に俺の隣の席は征服された。
暇だったから
魔王仕事早い
﹁えー
?
!
結構可愛い女子大生二人に引っ張られて困っている俺の元に︵見た
││そんな俺の切なる願いを神様は聞き入れて下さいました。
!
ぐぬぬっ⋮⋮今までさんざん断って来たから、ついにこいつらも強
めてください。
腕をグイグイと引っ張りだした。柔らかいのが超あたってるからや
命の懇願をしている俺など知った事かと、二人の女子が袖どころか
!?
!
!
⋮⋮お姉さんちょっと嫉妬しちゃうなぁ﹂
!
!
880
!
あかんオワタ⋮⋮
×
﹁えと⋮⋮なぜ雪ノ下さんがうちの大学に⋮⋮
×
?
?
×
ぐっ⋮⋮だからあんたの暇潰しで俺の人生をカオスへと陥れるの
やめてもらえませんかね⋮⋮
﹁う そ う そ ー、比 企 谷 く ん に 早 く 会 い た か っ た か ら に 決 ま っ て ん
じゃーん﹂
そう言って豊満なアレを押しつけて腕に絡み付いてくる陽乃さん。
﹄な雪ノ下陽乃の
暇潰しと言われた方がよっぽど幸せだったでござる。
それ以外は魔王
おいおい⋮⋮みんな固まっちゃってるよ⋮⋮
││突然の﹃見た目は女神
こんな美人、滅多にお目にかかれるものじゃないって
!
︶達も先ほどまでと変わらずに席に着いたままなのだ
顔を出すようになった。うん。ホントによく⋮⋮
そんな暇を持て余している陽乃さんは、ここのところよく俺の前に
うまである。
の優秀さを聞き付けた各大手企業からヘッドハンティングされちゃ
雪ノ下建設に就職するも良し、政治家を目指すも良し、なんならこ
びたい放題なのだから。
だがこの人に就活という文字はないのだ。なぜなら就職先など選
ない。
普通の大学四年生なら、今ごろこんなに暇を持て余しているわけが
﹁あはは、だってホント暇だったんだもーん﹂
⋮⋮﹂
﹁⋮⋮そういうのいいんで。ったく、これだから優秀すぎる大学生は
王色かよ。トラウマにならないといいんだけど。
ちなみに女子二人は陽乃さんの気に当てられてガクブル状態。覇
が、完全にこの美人に飲まれてしまい目を奪われている。
俺の友人︵
場も凍り付くってもんだろう。
のに、その超が付くような美人が俺なんかに会いに来たのだ。そりゃ
そりゃね
登場により、学食の空気は一変していた。
!
だがこうして大学にまで押し掛けて来たのは初めてだ。いくら暇
881
?
?
とはいえ、大学にまで来なくてもいいのに。
もう
﹁でもま、暇も潰せたし目的も達成できたし、そろそろ帰ろっかなー﹂
え
穏やかじゃないわね。
?
だだだだ誰
なんなのあの美人
﹁ね、ねぇねぇハッチー
てないよ八幡くん
今の誰ぇ
﹂
女子二人が涙目で必死に迫ってくる。ごめんね
るくらい怖かったよね。
なにあのすげぇ美人
﹂
﹁わたし聞い
泣きそうにな
﹂
﹂
﹁ちょ、お前
おいマジふざけんなー
!
﹁おい比企谷ふざけんなよぉ
彼女とか居ねぇっつってたよなぁ
!?
!
!?
!?
!?
堂内の男子諸君はメロメロです。メロメロの実でも食べたのかな
パチリとウインクを決めて颯爽と去っていく雪ノ下陽乃。もう食
﹁じゃーねー比企谷くんっ。ま、た、ね♪﹂
なんでこんなにギスギスしてるのん
に素敵な笑顔を向けるのはやめてあげてください。
あと暇潰し暇潰し言って〝潰す〟という単語を使う度に、女子二人
だったら来ないでくれた方が助かったんですけど。
いやいやいま来たばっかじゃん。ホントにこれで暇潰せたの
?
にいる無関係の連中からの視線も超痛い。
⋮⋮あー、めんどくせぇ⋮⋮
﹂﹁なんなのよあの女
﹁⋮⋮まて、アレは別に彼女とかじゃないから﹂
じゃあなんだよ
!
んな説明で誰が納得するのん
問の嵐は永遠と続くのでした。
もちろん誰一人納得などするわけも無く、その後も仲間内からの質
?
そうは言うものの、自分で言っててもその説明に納得いかない。こ
﹁⋮⋮あー、なんだ⋮⋮あの人は、高校ん時の部活仲間の姉だ。以上﹂
⋮⋮なにこの修羅場。俺、この謎の修羅場に一切関係なくない
﹁はぁ
﹂
てか仲間内のこいつらだけじゃなくて、今の現場を目撃した食堂内
迫ってくる。
そ し て す っ か り メ ロ メ ロ に さ れ て し ま っ た 男 共 も 涙 目 で 必 死 に
!
!
?
!
?
?
!
882
?
?
?
そんな質問の嵐に淡々と答えつつも、俺の頭の中には先ほどの陽乃
さんの言葉がずっとリフレインしているのだった。
﹃ま、た、ね♪﹄
×
築56年のボロアパートの金属製の外階段をカンカン上り、二階最
電車をいくつか乗り継ぎついに我が家へ。
夢を見ようか。
まぁ十中八九ならんだろう。せめて残りの一、二割の可能性に微かな
今の愛しの我が家が俺のライフの補給になるのかと言ったら⋮⋮
ちは。そう、最初のうちは⋮⋮
分を補給できないことを除いてはなかなかに快適だった。最初のう
からある程度家事をこなしてきた俺には、唯一の難点でもある小町成
スで怠惰な大学生生活を送る上では意外と悪くなく、元々小学生の頃
まぁこの一人暮らしってやつも住めば都といいますか、自分のペー
く都内の大学に通うこととなったのだ。
らもっと大学の選択肢増やすか⋮⋮と進路を変更し、こうして泣く泣
家族総出で﹃独り立ちをしろ﹄と言い含められた俺は、実家離れんな
元々実家から千葉の私立に通うつもりだったのだが、小町を含めた
そう。俺は四月から一人暮らしを始めた。
くれるわけではない。
あるが、いかんせん愛しの我が家と言っても愛しの小町が待っていて
早く愛しの我が家に帰ってライフの補給をしたいところなのでは
のライフが。
れってプラマイ的にはゼロどころか大幅にマイナスだろ⋮⋮主に俺
まぁあの混乱で飲み会話が有耶無耶になったのは助かったが、こ
肩を落としつつ我が家へと向かう帰り道。
﹁⋮⋮はぁ、もうやだ﹂
×
奥から二番目の部屋へと重い足を運ぶと、一人暮らしにも関わらず、
883
×
部屋の中からはなんとも美味そうな香りが漂ってくる。
﹁⋮⋮﹂
残りの一、二割の可能性が潰えた瞬間である。
ふぇぇ⋮⋮お願いだから八幡にも安らぎをください⋮⋮
と突き刺さっているよ
り、しなやかで美しい指先から伸びる綺麗な爪が、俺の柔肌にちょっ
ホラ、今こうしている瞬間にも首に回された腕がギリギリと締ま
なぜならば、早く帰ってこないと命の危機に関わるのだから。
そう。俺には大学の連中と飲み会に行っている余裕などないのだ。
と。
﹁⋮⋮た、ただいま帰りました﹂
今日もその人物にこう言うのだ。
甘い香りと柔らかい何かに包まれた俺は、一人暮らしにも関わらず
﹁おっかえりー、比企谷くんおっそーい﹂
た。
のその人物は美しい笑顔を浮かべて家主である俺に飛び掛かってき
中で料理をしていた人物が全力で振り向くと、可愛らしいエプロン姿
キィッと音を立てて開いたドアに、一人暮らしにも関わらずなぜか
ちゃってるんじゃなかろうか
は 立 て 付 け が 悪 い の だ。地 震 と か で ア パ ー ト 自 体 が 軽 く ひ し ゃ げ
そおっとドアを開けるものの、哀しいかなこのボロアパートのドア
トから部屋の鍵を取り出し、極力音が出ないよう静かに静かに回す。
絶望に打ち拉がれてはいるものの、なんとか気を取り直してポケッ
!
﹁比企谷くんさー、なんか可愛い子たちからモテモテだったじゃん
﹂
884
?
まさかとは思うけど⋮⋮遊びに行っちゃったりしてないよねー
?
?
?
﹁⋮⋮い、いやいやいや⋮⋮別にいつもと変わらない、です﹂
﹁⋮⋮へぇ﹂
恐い恐い恐い
!
本当はあんたのせいだよ 講義が終わってからも延々とあいつ
らに問い詰められてたんだよ
⋮⋮だがそんなことなどお見通し⋮⋮いや、違うか。
そうなるよう仕組む為にわざわざ大学まで遠征してきたのであろ
うこの魔王は、次の瞬間には嗜虐的な笑みを浮かべて俺の腕を強く引
く。
﹁ま、いーや。ホラホラ、もう夕飯の用意出来てるよ。さ、あがってあ
がって﹂
あまりにも美しい笑顔で俺を〝俺の〟部屋へと招き入れるその人
物はもちろん雪ノ下陽乃。
一人暮らしを始めてしばらくしてから、こうして週の大半を暇潰し
にやってくるようになった。
そう。この押し掛け女房ならぬ押し掛け魔王の魔の手が伸びたあ
続かないかも
885
!
!
の日から、俺の平穏な大学生活は終わりを告げたのだった⋮⋮
続く
?
押し掛け大魔王☆
美しき淑女との晩餐。
一流のシェフが手間暇かけてひと皿に仕上げた料理はどれもが素
晴らしい。
特にこの甘鯛のポワレは絶品だ。
上質なバターと、鯛の粗から丁寧に取った出汁が交ざり合ったこの
極上のソースは、見事な焼き加減で皮目パリッと身はホロリと舌の上
でほどける最上級の甘鯛と合わさる事により、口いっぱいに⋮⋮い
や、心いっぱいに至福を届けてくれる。
比企谷くん美味しい
を聞いてくる陽乃さん。
﹂
﹁⋮⋮信じらんないくらい美味いです﹂
まったく⋮⋮わざわざ聞かなくたって答えなんて分かっているだ
ろうに⋮⋮
良かった﹂
いちいち答えんの恥ずかしいんですけど。
﹁そ
とは言うものの、約束された感想なんかにもこうして嬉しそうにニ
コニコされてしまうなら、その恥ずかしさを堪えてでも感想を述べね
ばならないよね。
感想に満足してから﹁はむっ﹂と料理を口に運ぶ陽乃さんをチラリ
眺めると、俺は照れ隠しで目を瞑って念入りに咀嚼する。
886
って違うわ。明らかに方向性がまちがっている。
そもそもなんでフレンチフルコースなんだよ。このボロアパート
にこんなの作れる設備とかありましたっけ
?
やはり弘法は筆を選ばないのか⋮⋮選ばなすぎだろ。
﹁ど
?
テーブルに両肘をつき顎を手のひらに乗せ、とても楽しそうに感想
?
?
﹁あはは、ずいぶんと美味しそうに食べてくれるねー。お姉さん、ごは
んを美味しそうに食べる男の子って結構好きだなー﹂
照れ隠しの念入り咀嚼を、じっくりと味わっていると思ったらし
い。
いや、マジで美味すぎるくらい美味いから間違いではないんだけど
ね。
﹁まぁ⋮⋮ホントに美味いんで﹂
﹁い や ー、比 企 谷 く ん も 言 う よ う に な っ た ね ぇ。感 心 感 心 ∼。
﹂
⋮⋮⋮⋮で∼もっ、⋮⋮わたし以外の女の子をそんなに褒めたら⋮⋮
ダメだぞ
魔王さま恐い
﹁ひゃいっ⋮⋮﹂
恐い
気とかまで包み隠さなくなって怖さが倍増中
いや、強化外骨格稼
そういうところは本当に可愛らしく感じてしまうのだが、その分殺
直に褒めたりするだけで、僅かに頬を赤らめたりする。
だから俺が料理を美味そうに食えば自然に顔を綻ばせるし、俺が素
ちなみに〝あの日〟に関してはあまり触れたくないです。
ロと変わる表情の変化はとても自然だ。
てくれようという気持ちの表れなのか、ここ最近の陽乃さんのコロコ
面を着けっぱなしにしてたくせに、〝あの日〟から俺には本心を見せ
もともと俺には通じないと解った上で、逆に面白がってわざわざ仮
格の仮面を着けなくなった。
││なんというか、ここ最近陽乃さんは俺の前ではあまり強化外骨
!
?
よく生きてるよね俺。
ば分かりやすいだろうか。
とそこにさらに追加効果で肉体的ダメージ︵甚大︶を被る感じといえ
強化外骨格稼働中は主に精神ダメージ︵甚大︶を被り、仮面を外す
働中はそれはそれで背筋が凍る怖さなんですけど。
!
887
!
まぁこの即死級のダメージも、この可愛らしいナチュラルスマイル
の癒し効果によって幾分かはライフが回復するし、あと数ターンくら
いならなんとか生き残れそうです。
×
きも思ったが、なんで今日はこんなに豪勢なんだ
?
あるのかしらん
と。
だから思う。このあまりの豪華過ぎるディナーには、なにか意味が
まぁ毎日こんなご馳走だったら胃が疲れちゃうけども。
て、決してこのような豪勢な料理が毎日のように並ぶわけではない。
容を、一流の腕で極上レベルにまで押し上げてくれるという話であっ
だがそれはいくら極上とはいえ、あくまでも家庭料理のメニュー内
作ってくれる日は常に極上の手料理を振る舞ってくれる。
こ う し て 週 の 約 五 日 ほ ど 家 に 来 て︵来 す ぎ じ ゃ ね ⋮⋮ ︶メ シ を
の腕前にも適用される。
陽乃さんはなにをやらせても超一流。それは言うまでもなく料理
?
命のやりとり︵ディナー︶が未だ続くなか俺はふと思う。⋮⋮さっ
×
等︶がある日でもないのだ。
?
プ臭しかしない。たぶんここで聞いてしまったら負けなんだろう。
これはもう﹁キミから聞いて来なさい﹂という明らかなデストラッ
ながらも、当のシェフは何も言ってこないのだ。
だってそうだろう。こんなあからさまな豪華ディナーを振る舞い
る。
だがしかし、それを聞くことに警鐘を鳴らしている俺がどこかに居
か
分と豪勢っすね﹂なんて、軽ーい感じで聞いてみた方が良いのだろう
││これは聞くべきなのか⋮⋮
﹁雪ノ下さん、今日はなんか随
でもなければ楽しげなリア充イベント︵バレンタインやクリスマス
だが思い当たるフシがない。今日はただの平日であり、誰の誕生日
?
888
×
?
﹂
だから俺は無駄な抵抗と知りつつも、ここは全力でスルーの方向
で、
﹁ねーねー比企谷くんさー﹂
くっ⋮⋮先手をうたれたか⋮⋮
﹁はい⋮⋮﹂
﹁最近はいつもあんなにモテモテだったりするの
﹂
迷うじゃないですか⋮⋮
しかもそいつが雪ノ下並みの方向音痴
﹁ホ、ホラ、大学の構内って広いから、まだ慣れてない奴ってちょっと
﹁⋮⋮へぇ﹂
キャンパス内で迷子になってたんですよ﹂
ントたまたまで、⋮⋮その、まだ入学間もない頃あの子らの片方が
﹁ち、違うんですよ雪ノ下さん。あいつらに好意を持たれてるのはホ
﹁⋮⋮へぇ﹂
だから俺は陽乃さんが求めている答えを忠実に返すのみ。
余裕など一切ない。
だ⋮⋮なんて、いつまでもニヒル面で高二病を患って誤魔化している
もう、俺がモテるとかそんなわけねぇだろ、そんなのただの勘違い
るとは言ってもあの二人くらいですけど﹂
﹁はい。なんかちょっとだけモテてるかも知れないです。あ、モテて
あ、ヤバい。ちょっとだけちびっちゃったかも。
いよね
﹁そういうのいいから。今お姉さんが聞いてるのはそういうのじゃな
﹁あ、い、いや⋮⋮別にモテたりとかそういう⋮﹂
料理に関してかと思ったら、まさかの玄関話のぶり返しでした。
?
?
やってる内にもう一人の女子にも懐かれ
たといいますかなんといいますか﹂
こで、まぁ、仲良く⋮⋮
﹁⋮⋮で、気に入られて連れてかれたのがあのグループでして⋮⋮そ
﹁⋮⋮へぇ﹂
まで案内してやったらなんかちょっと懐かれてしまいまして﹂
だったんです⋮⋮で、たまたま同じゼミ生だったみたいなんで、ゼミ
?
?
889
?
﹁⋮⋮へぇ﹂
これマジやばいっしょ。有史以来、へぇで初の死者が出ちゃうとい
う歴史の転換期に立ち合っちゃってますよ俺。
危うく俺が歴史を動かしてしまうのかという壮大な物語が発生し
﹂
もうこうなったら俺は死
わたしそんな話聞いてないんだけどなぁ。⋮⋮
かかっていると、陽乃さんは残った鯛の切り身に力強くフォークを突
き刺した。
﹁ひっ⋮⋮
﹁おっかしーなぁ
〝あの日〟から一度も﹂
⋮⋮あの日に触れられちゃいました
を覚悟するのみ。
が、死を受け入れる準備が出来た俺の視界に入ってきたのは、殺気
まみれの魔王ではなく、不服そうにぷくっと頬を膨らますあざとい魔
王だった。
﹂
﹁やれやれ、まぁわたしもなんとなく分かってはいたんだけどねー﹂
﹁わ、分かっていたとは⋮⋮
テるかもね﹂
⋮⋮マジかよ⋮⋮俺って大器晩成型なのん
?
には意外とウケ良かったよね。
そういや高校生の頃も、平塚先生とか由比ヶ浜マとかみたいな大人
りの目が晩成なのか。
違うか、俺を見る周
面倒見よくて年下にも好かれやすいから、社会人になったらもっとモ
は、見る人間が大人になっていくと良さが発覚していくの。あ、あと
と見えてくるようになるから、必然的に比企谷くんみたいなタイプ
が隼人ね。でも大人になってくと、そういう上っ面よりも中身が段々
も見た目とかステータスとかしか見えなくなっちゃうのよ。代表例
﹁中高くらいの女の子だとまだまだ精神的に未成熟だから、どうして
とい魔王なのに可愛いから困る。
そう言って陽乃さんはぷりぷりとジト目を向けてくる。うん、あざ
﹁たぶん比企谷くんって、大学とか社会に出たらモテそうだなって﹂
?
890
!
?
!
陽乃さんがこんなことで適当な嘘を吐くワケはない。つまりつい
﹂
に俺にもモテ期到来である。
﹁⋮⋮なに喜んでんの
﹁滅相もございません﹂
モテ期終了のお知らせ。哀しいかな俺には女にモテてる余裕など
無かった。寿命的に。
﹁い や ぁ、早 め に 手 を 打 っ と い て 良 か っ た よ ー。ま ぁ ホ ン ト は も う
ちょっと早く大学に顔出そうかと思ってたんだけど、少し泳がせとい
てみたらこれだもんね☆﹂
ばちこーんと素敵な死のウインクで俺を射ぬく魔王様。
どうやら泳がされた上に早めに手を打たれた模様です。ひと狩り
された獲物な気分。
﹁あ、あはは⋮⋮﹂
﹁うふふ﹂
これはあかん。その笑顔はあかんやつや。
男として生を受けたのならば、誰しもが心を奪われること間違いな
しであろう微笑みを真っ直ぐに向けられながら、俺 比企谷八幡は人
ちゃんと報告しな
確かにあいつらに多少好意は持たれてるかもしん
生の岐路に立たされている。
ていうかさ
なんという理不尽。
ない。とりあえず今の俺に出来ることは二通りの選択肢のうちどち
らかを選ぶことのみ。
ひとつは土下座である。これは俺が最も得意とする所ではあるの
だが、この状況下では悪手の公算が大だ。
わたしに対してなんか疾しいこと
まぁ謝罪する以上はどこがどう疾しいと思ったのかき
なんで謝るのかなー
なぜなら謝った後の展開が目に見えているのだから。
﹃あれ
したっけ
?
891
?
ないけど、俺別になにも悪いことしてないよね
かったから
?
?
⋮⋮まぁ俺の人生において理不尽など昨日今日始まったことでは
?
?
?
ちんと理解した上での行動だろうし、だったらなんで比企谷くんはわ
たしに謝ったのか、そして今後はその反省に対してどう誠意を見せて
いくつもりなのか、比企谷くんの考えを事細かに説明してくれるよね
﹄
なにそれ美味しいの
と、謝罪と賠償の説明一晩コースが待ち受けているに違いない。
理不尽
?
﹁もー比企谷くん忘れちゃったの∼⋮⋮
?
?
んに乙女を散らされちゃった日の、月記念日だよ⋮⋮
﹂
﹂
今日はわたしが比企谷く
じもじくねらせながらこう言い放つのだった。
かべたあと、ポッと染めた頬に両手をあて、恥ずかしそうに全身をも
だが気付いたときにはもう遅い。陽乃さんはほんの僅か微笑を浮
まんまとそのトラップにひっかかってしまった。
していたのだ。そして陽乃さんの掌の上でさんざん躍らされた俺は、
そう。陽乃さんは俺の口からそのセリフを引き出す為に俺を誘導
んの口元を見た瞬間に俺は気付いたのだ。これは罠だと。
だがその俺のセリフを聞いた刹那、僅かながら上へと歪んだ陽乃さ
わず口に出してしまったその一言。
恐怖に駆られて、とりあえずこの場をやりすごしたいが為だけに思
⋮⋮⋮⋮⋮⋮。
今日ってこんなに豪勢なんでしたっけ⋮⋮﹂
﹁⋮⋮や、やー、やっぱ超美味いですね、今夜のご馳走。てか、なんで
伸ばすと震える唇にカップを押しあて一口啜る。
俺はニコニコ笑顔の陽乃さんに笑顔を返し、コンソメスープに手を
THE・話逸らしである。
であるのならば、もうひとつの選択肢を選ぶ以外に手段は無い。
ダメだ⋮⋮謝罪だけはあかん。
?
﹁ぶふぅっっ
!?
892
?
⋮⋮そのとき、築56年のボロアパートの一室に、高級ホテルのレ
ストラン並みの極上コンソメスープが華麗に舞った。
×
今の陽乃さんの言い方には語弊があ
世に言う〝あの日〟である。
⋮⋮だ、だが待って欲しい
るのだ。それも壊滅的に
!
││どちらかといえば、乙女を散らされたのは俺だからね⋮⋮
!
そんなの男を陥れる為によくある手段だろって
︵白目︶
え
?
⋮⋮そして、気が付いたら全裸の陽乃さんと一緒に寝ていました
いった。
に、気分良く次から次へと口へと運ばれていった。いや、運ばされて
も飲みやすくスルスルと身体に入っていき、慣れないはずの酒なの
相変わらず料理は絶品で、陽乃さんが持ってきたシャンパンもとて
しさー﹂と説得され、飲みなれない酒を飲みつつ晩餐を楽しんだ。
あの日は陽乃さんに﹁ホラ、まだ比企谷くんの進学祝いもしてない
かり慣れて油断していたのだろう。
大学生活にも、陽乃さんが暇潰しに家に遊びにくる日々にも、すっ
ら、〝ひと月ほど〟では無くてちょうどひと月前なのか⋮⋮
あれはひと月ほど前⋮⋮いや、陽乃さん曰く月記念日とのことだか
?
なっちゃった☆
⋮⋮ 俺 と 陽 乃 さ ん は ⋮⋮ う ん。そ の ⋮⋮ 一 度 だ け そ う い う 関 係 に
×
の今後の人生を握るありふれた手段だろって
?
どうせホントは最後までいってないくせに、襲われたフリして他者
?
893
×
ばっか、陽乃さんがそんな簡単な逃げ道を残しとくと思うなよ
全裸の陽乃さんが寝ていた場所が問題なのだ。
いや
寝ているあいだに大人の階段のぼっちゃったね
もう人生終了したと思いましたよ、ええ。
やったね八幡
らしたんだぜ
陽乃さんが﹁⋮⋮んっ⋮⋮あ⋮⋮っ﹂って弱々しくも艶やかな声を漏
状況が理解出来ず、気が動転して焦って身体動かしたら、寝ていた
んがはるのちゃんのおうちにお邪魔したまんまで⋮⋮
寝顔を俺の胸にうずめてスヤスヤと寝ていたのだ。⋮⋮はちまんく
陽乃さんは俺に覆い被さるようにして、信じられないくらい綺麗な
それは⋮⋮⋮⋮俺の上。
う可愛らしい場所ではなかった。
陽乃さんが寝ていた場所。そこは俺の隣とか俺の腕の中、なんてい
?
されました。
﹃別にわたしの乙女を散らしたからって気にしなくてもいいからね
〝
って。⋮⋮ま、結果としてこうなっちゃった
わたしの乙女散らしたからって〟﹄
けど、お酒の上での間違いだしホント気にしなくていいからね
と狙ってみよっかな
ちゃったから、あ、じゃあもう問題ないじゃん、って。じゃあちょっ
ん だ よ ね ー。で も 全 っ 然 進 展 し な い ま ま 比 企 谷 く ん 大 学 生 に な っ
とアレだし、勿体ないけど雪乃ちゃんに譲ってあげようかと思ってた
ノ下としての世間体考えると、女子大生が男子高校生狙いとかちょっ
実はわたしね、前から比企谷くんのこと好きだったんだー。でも雪
?
せてから平身低頭正座をしていると、なんとそこで陽乃さんから告白
そのあとあれやこれや黙々とお片付け︵シーツとか色々と︶を済ま
無い︵反語︶
⋮⋮歴史上、ここまで絶望的な朝チュンがあっただろうか
!
?
⋮⋮とんだ告白である。もう告白じゃなくて判決言い渡しだろこ
?
?
894
?
!
れ。
だからもう俺にはこれ以外に口から出せる言葉は存在しなかった。
﹃⋮⋮すみませんでした。陽乃さんの気の済むようにしてください﹄
と、ね。
その辞世の句を聞いた陽乃さんの微笑みは、一生忘れることは無い
だろう。なんなら来世まで引きずるまである。
つまり俺はハメられたのだ。色んな意味で。そう、色んな意味で。
大事なことなので何度でも言いますね。色んな意味でハメられま
した。
即日合鍵を没収され、家に押し掛ける日数が週二前後から週五強に
変化し、そしてあの日以来陽乃さんは異様に束縛が激しくなった。
いや、これはジェラシーとかそういう可愛いもんじゃないと八幡思
うんだ。完全に﹃自分のモノ﹄だと認識した私物を他人に触れられる
らね⋮⋮
﹄
そも言われなくても手なんか出す気ないけども。
ああ、俺このままなにも知らない子供のままでいいや⋮⋮って思い
895
のが嫌で堪らないんだろう。
いま思えば、このひと月ほど帰宅後すぐさま飛び付いてきて、俺の
いや、してないも
服や首もとに顔うずめてハスハスしてたのは、他の女の匂いを探知し
ていたのかもね。やだ恐い
でもホントあの日以来一度もしてないからね
なにも覚えてないけど。
⋮⋮もし次にする
?
ような時は⋮⋮⋮⋮その時は、そういう覚悟があるんだって見なすか
言っとくけどもう簡単にはさせてあげないよ
﹃比ー企谷くんっ、あの日は酒の席の過ちでああなっちゃったけど、
?
!
こんな恐ろしいこと言われたら手なんか出せるわけがない。そも
?
×
ましたよ、あの時は。
×
×
﹁もう比企谷くん汚いなぁ﹂
強烈な爆弾発言に思わず吹き出してしまったコンソメスープを、そ
んな風に文句を言いつつも、どこか満足げな微笑を浮かべてハンカチ
で拭いて回る陽乃さん。
そんな満足そうな魔王様を見て俺は思う。
陽乃さんは、自分が欲しいと思ったものはどんな手段を講じてでも
手に入れる人だ。
だがそれと同時に、自身の価値を誰よりも理解している人物でもあ
る。
だからそんな陽乃さんが、誰よりも価値を理解している自分自身を
使ってまで俺を我が物にしようと思ってくれたというのは、正直とん
でもないくらいに幸せなことだと思う。
そして、今まで知らなかったそんな一面を、余すところなく見せて
そんな事を考えながらぼーっと陽乃さんを眺めていると、テーブル
の上やら床やらに撒き散らされたスープを拭いて回っていた陽乃さ
って、ちょ、ちょっと
んが、俺の口周りを拭く為にスッと距離を詰めてきた。
﹂
﹁い、いやいや⋮⋮自分で拭けますって⋮⋮
⋮⋮
!
896
くれる陽乃さんにかなり惹かれ始めている。ぶっちゃけ最近はかな
り可愛くて仕方がない。可愛さよりも恐怖の方が遥かに上なのをな
んとかしてもらいたいけど。
こうしてわざわざ俺の口からアノ話題を振らせたのも、恥ずかしが
る俺をオモチャにして楽しみたいという悪戯心だけじゃなく、俺の口
から言わせることにより、俺をあの事件に、自分に縛り付ける為なん
病気じゃないよ、病気だね。
だろうな⋮⋮なんて考えると、そんないじらしさが愛おしく感じてし
俺も軽く病気かな
まわないこともない。
アレ
?
﹁ホラ、ちょっとこっち向いて﹂
?
子供じゃないんだからと、恥ずかしくて抵抗しようとしたら、なん
!?
太ももに乗ってるお尻とか超柔らかい
かこの人、あぐらの上に跨ってきましたよ
近い近い近い
!
?
﹂
﹂
即ち世界の破滅じゃないですか。
だから俺は抵抗する心を放棄した。だって世界の為だからね
﹁ねぇ、比企谷くん⋮⋮
﹂
パーティー︵ソロ︶もライフが尽きかけてます。
ロペロと生気を吸い尽くさんばかりの魔王の攻撃に、さしもの勇者
それからしばらくのあいだ陽乃さんのお掃除タイムが続いた。ペ
!
⋮⋮そ、それは勘弁してください。大魔王が本気で怒るとか、それ
怒っちゃうぞー
﹁こーらっ、いま念入りに拭いてるんだから、動いたらお姉さん本気で
﹁⋮⋮ちょ
﹁⋮⋮うん、やっぱ美味しいじゃーん﹂
ていた俺の唇をペロッとひと舐め。
に染めると煽情的な瞳を浮かべ、ハンカチで優しく撫でるように拭い
さっきまでの悪戯めいた瞳はどこへやら、陽乃さんは急に頬を朱色
いいよ♪﹂
﹁いいから動かない動かない。比企谷くんはお姉さんに任せておけば
!
?
魔王様
今なら世界の半分をいただけなくても即座に軍門に降る所存です
やら優しく囁きかけてきた。
ちゃうというところで、大魔王様は甘い甘い吐息と共に、耳元になに
あと一歩で﹁八幡よ、死んでしまうとは情けない﹂と王様に怒られ
?
﹂
け ど ⋮⋮ 今 日 は 記 念 日 だ し ⋮⋮ 特 別 に 許 し て あ げ よ っ か ⋮⋮
⋮⋮⋮⋮⋮⋮どう、する⋮⋮
?
?
897
!?
﹁⋮⋮こないだはさ、次にするときは覚悟を⋮⋮なんて言っちゃった
!
││皆さんはご存知だろうか
いう格言を。
﹃大魔王からは逃げられない﹄と
それはとある大魔王様の名言であるが、意味としては言葉通りの意
味である。RPGなどのTVゲームでは、勇者パーティーは魔王等固
定ボスキャラとの戦闘からは﹃逃げる﹄事が出来ない仕様となってい
るのだ。
だがそんな格言、今の俺にはぬるすぎてヘソで茶が沸かせちゃうレ
ベル。
なぜなら、いくら逃げられないとはいっても、それはあくまでも勇
者パーティーから仕掛けなければ戦闘になどならないのだから。
つまり戦う準備をしっかりと整えて、いざ覚悟を持って戦いに挑ん
だパーティーが﹃逃げられない﹄と嘆くなんて、ちゃんちゃらおかし
な話だと言う事。
それに比べて今の俺の状況はどうだ。
まだ冒険の準備を整えている最中のアリアハンにゾーマ自ら押し
いや、そんなものは存在しない。
掛けて来ているようなこの悪夢に、逃げるなんていう選択肢自体が存
在するだろうか
諦めて戦うか⋮⋮もしくはただ蹂躙されるのみ。
結論。押し掛け大魔王に逆らえるわけ無かった。
だから俺は今を精一杯戦おう。明日の朝日を見る為に
898
?
⋮⋮⋮⋮⋮ふぅ、明日講義が午後からで良かったぜ⋮⋮
!
?
ぐふっ⋮⋮
†GAMEOVER†
899
!
ああっ女神︵めぐり︶さまっ ︻前編︼
海浜総合との合同クリスマスイベントも無事幕を下ろし、俺は夕暮
れの校舎を駐輪場に向けてひとり歩く。
つい先ほどまで奉仕部部室では、俺の意向を一切無視した明日のク
リスマスパーティー話で︵主に由比ヶ浜がひとりで︶盛り上がってい
たのだが、ようやく解放され今に至る。
しっかし⋮⋮よくもまぁあのカオスな合同イベントを無事にやり
過ごせたもんだな⋮⋮なんて、この数週間で精神的にも肉体的にも疲
れ切った体を押して、下駄箱から靴を取り出しつつ苦笑混じりに溜め
息を吐いていた時だった。
900
ふわりと鼻腔を擽る甘い香りと共に、不意に何者かにぽんと優しく
肩が叩かれた。
知らない単語ですね。
﹁比企谷くんだ∼。ふふっ、今日はお疲れ様﹂
疲れ
された俺は、駅までの道のりを侍従するという任務を承ったからだ。
なぜ隣を歩いているのか。なぜならめぐり先輩に昇降口でゲット
神様は、俺の隣を軽やかに歩く。
楽しげに鼻歌を口ずさみつつ、つるりんっと可愛らしいおでこの女
×
笑顔を浮かべて降臨していたのだった。
のある女神、めぐめぐめぐ☆りんこと城廻めぐり先輩が、ふわぽわな
そこには、精神にも肉体にも極上の癒し効果を発揮することに定評
?
×
﹁∼∼∼♪﹂
×
平たく言うと﹁せっかくだから駅まで一緒に帰ろうよ∼﹂という穢
れの無い目力に逆らえなかったというだけの簡単なお話です。
﹁えへへ∼、ちょっとツイてるなぁ。そろそろ帰ろっかなーって昇降
口に行ったら、たまたま比企谷くん発見しちゃったんだもん﹂
﹁⋮⋮そ、そっすか﹂
すいませんその言い方だと、俺と帰るのがラッキーみたいに聞こえ
ちゃうんでやめてもらえませんかね⋮⋮
素敵な笑顔でそんなこと言われちゃったら間違って惚れちゃいそ
うです。
城廻めぐり先輩。
つい先日まで生徒会長を勤めていたひとつ上の先輩であり、俺に
とっては唯一の先輩でもある。
でも正直、めぐり先輩がこうして気軽に俺に話し掛けてきてくれ
901
るって事は、未だにかなり謎なのだ。
俺は文化祭でこの先輩を失望させた。
﹃残念だな⋮⋮真面目な子だと思ってたよ⋮⋮﹄
﹃君は不真面目で最低だね﹄
あの文化祭でのめぐり先輩の辛辣な言葉。
裏を返せば、俺に期待し、信用していたという気持ちの表れ。だか
らこその失望。だからこその辛辣な言葉。
俺はこの人にとって、信用を裏切ったどうしようもない人間であ
る。普通ならもう話したくないと思うものではないのだろうか
﹁それにしても本当にお疲れさま。クリスマスイベント、すっごく良
るこの人は、俺には勿体ない女神様なのである。
ない笑顔で他の誰とも変わらずに、分け隔てなく話し掛けてきてくれ
在なのに、さらにあんな状態にしてしまった俺に、こうして一切裏の
つまりただでさえ普通に話し掛けてきてくれるだけでも希有な存
いなかったから分からないけども。
今までの人生で、わざわざ俺と進んで会話をしたいという人間自体
?
かったよ∼﹂
﹁あれ、城廻先輩も来てたんすか﹂
﹁ふふー、それはもちろんだよ∼。一色さん体制になって初めての生
徒会活動だもん。私すっごく気になっちゃって、こっそり稲村くんに
誰
会計の男子か
招待してもらってたんだ﹂
稲村
⋮⋮⋮⋮ああ、あれか
﹁特に賢者の贈り物がすごかったね
最後のキャンドルサービスな
人だったら、あんなに役員達に心酔されたりはしないだろう。
自分が引退したからって、じゃあもう関係無いだなんて思うような
⋮⋮だよな、この人ホント生徒会活動を大切に考えてたもんな。
そう言って薄めの胸をほっと撫で下ろすめぐり先輩。
しちゃった。初めてなのに、みんな良くまとまれてたと思う﹂
﹁うん。正直な話結構心配してたんだけど、今日のイベント見て安心
﹁そうなんですね﹂
け。
そういやあいつはめぐり会長体制の頃からの生徒会役員なんだっ
?
?
﹁へ
いやいや俺はなにもしてないですよ⋮⋮あれは一色たち新生
んのおかげだね。ホントにありがとう﹂
﹁えへへ。⋮⋮あんなに素敵なイベントが出来たのは、また比企谷く
れの俺は浄化されすぎて昇天しちゃうまである。
なにこのめぐりっしゅ。どんだけ俺を癒すんですかね。穢れまみ
まい、先輩は恥ずかしそうに頬を染めて微笑んだ。
もちろん次の瞬間瞳を開けためぐり先輩とバッチリ目が合ってし
そんな先輩に目を奪われて、ついつい見つめてしまった。
景を思い出しているのだろうか。
めぐり先輩はそう言うとすっと目を閉じる。胸の奥に残るその風
んて、感動して私ちょっと泣きそうになっちゃったもん﹂
!
から﹂
突然の謝意に動揺してしまう。
902
?
?
徒会が頑張ったからであって、俺はただの頭数合わせの雑用担当です
?
確かに雑用面ではそれなりに仕事はしたが、わざわざめぐり先輩自
らお礼を言われるような大層なことはしちゃいない。
だからそんな先輩の笑顔に驚いた。先ほどのセリフの中にあった
僅かな違和感を見逃してしまうほどに。
もし一色さんが比企谷くんをコミュニティセンターに連
﹁ふふっ、そんなこと無いよ∼。事前に稲村くんから色々と聞いてる
んだよ
れて来なかったら、今回のイベントが大変なことになっちゃってたの
も、私知ってるんだからね﹂
めぐり先輩は悪戯っぽくウインクすると、ふふんと胸を張る。
その笑顔は、言い逃れなんてさせないんだからね∼、とかって言っ
ているようだ。
⋮⋮いや、本当に俺にはなにも出来なかったんですよ。あいつらが
居てくれたからこそなんとかなったってだけの話で、俺ひとりじゃな
んの役にも立たなかった。
まるで俺の手柄のように言われてしまい、そう訂正しようとしたの
だけれど⋮⋮言うだけ言って、悪戯な笑顔を浮かべるだけ浮かべて、
またふんふんと楽しそうに鼻歌を歌いだしてルンルンと歩き始めて
しまっためぐり先輩には、どうやら訂正するだなんて無粋なマネは許
されていないようだ。
﹁ハァ∼⋮⋮﹂
だから俺は、がしがしと頭を掻きながら深く溜め息を吐いて、楽し
げに先を行くめぐり先輩の背中を大人しく追う事しか出来なかった。
チッ⋮⋮あの陰の薄い会計め、なに言ってくれやがんだよ⋮⋮暑く
て変な汗かいちゃうじゃねぇか⋮⋮
×
りはすっかりと暗くなっていた。
駅前ともなると周りはクリスマスイルミネーションがキラキラと
輝き、いやが上にも今日がクリスマスなのだと思い出させてくれた。
903
?
×
しばらく談笑しながら歩き、学校からの最寄り駅に着く頃には、辺
×
⋮⋮おかしな話だよな。ここ数週間は毎日クリスマスの事ばかり
考えていたのに、さらにはつい先程までまさにクリスマスイベントを
開催していたってのに、こうしてクリスマスイルミネーションの中を
歩いていると、今更ながらにクリスマス当日なのだと気が付かされる
なんて。
仕事に追われる人生というのは気持ちから余裕が無くなるという
事なのか。やはり忙しなく働く人生は悪と断定せざるを得ないのか
もしれない。
えへへ、なんかクリスマスイ
これは正に専業主夫こそが絶対的正義⋮
﹁わぁ⋮⋮すっごい綺麗だねー⋮⋮
ね∼﹂
﹁ぶっ
専業主夫への飽くなき野望に思いを馳せてたのに、この人
いきなりなに言うてくれはりますのん
ためぐり先輩は﹁ん
﹂と不思議そうにこてんと首をかしげた。
中しているめぐり先輩へと驚愕の表情を向けると、その視線に気付い
なんでもないようなニコニコ笑顔でイルミネーションに意識を集
!?
ちょ
﹂
ブの夜に二人で歩いてるなんて、まるで私と比企谷くん恋人みたいだ
!
に染まり始めた。
﹁ち、違うの違うの
ごめんね
そういう意味じゃないの
﹂
!
!
に見習ってもらいたいです。
﹁私と恋人なんて言われちゃったら比企谷くん嫌だよね
その⋮⋮変なこと言っちゃって﹂
んね
ご、ごめ
やだなにこの年上お姉さん可愛すぎるんだけど。どっかの大魔王
どうやら何の気なしに口を滑らせてしまっただけらしい。
り先輩。
両手を顔の横でぶんぶん振って、慌てて自身の発言を否定するめぐ
!?
が、首をかしげて見つめあうこと数秒、先輩の顔が徐々に徐々に朱
?
!
が。
な気持ちになる罰当たりな男なんて、この世にいるわけないだろう
この人なに言ってんだ。めぐり先輩と恋人とか言われて嫌
は
?
904
!? !?
?
﹂
﹁⋮⋮や、別に嫌なわけでは⋮⋮ただちょっとびっくりしちゃっただ
けです﹂
﹁⋮⋮ホント
﹁いやいや、嘘吐いてどうすんすか⋮⋮あ、いや、びっくりしただけで
はなく、まぁ⋮⋮あとは恥ずかしいというかなんというか⋮⋮。でも
ホント嫌とかそういうのは一切ないんで⋮⋮むしろ城廻先輩と恋人
とか⋮⋮恐れ多いっつーか光栄っつーか⋮⋮﹂
めぐり先輩があまりにも不安げな上目遣いで訊ねてくるもんだか
ら、俺ってばかなり余計なこと口走っちゃってない
ちゃったよ∼﹂
な気持ちなのかな∼
っ て 思 っ ち ゃ っ て、つ い 変 な こ と 口 走 っ
から、クリスマスイブの夜に男の子と二人で歩いてたら、こんな幸せ
﹁あはは、恥ずかしい話なんだけど、私いままで恋人とか居た経験無い
どうしよう。マジで昇天しちゃいそう。
がソース。
しく両手を合わせて、へにゃっと嬉しそうに微笑むめぐり先輩の笑顔
ぽんっ、て擬音が目に見えてしまうんじゃないかというほど可愛ら
﹁そっか∼、えへへ、良かったっ﹂
正解だったようだ。
しかし慌てた俺の口から出た失言は、どうやら今のめぐり先輩には
?
!?
食らっちゃうのかよ。
危うく勘違いして告白して天罰食らっちゃうとこだったわ。天罰
めてください
歩いてるこの状況に幸せを感じちゃってるみたいに聞こえるからや
⋮⋮ってちょっと待って
その言い方だと、今まさに俺と二人で
なんとも神々しい。やはり女神か。
そんな穢れのない朱色の微笑みがイルミネーションに照らされて、
ている。
そう言うめぐり先輩の顔は、耳まで真っ赤に染まるほどに赤くなっ
?
905
?
!
それにしても⋮⋮めぐり先輩って彼氏いたこと無いのか。意外だ
な、すげぇモテそうなのに。
⋮⋮あ、でも思い当たるフシが超ある。
あれだけ草の者︵生徒会役員影部隊︶に四六時中警護されてりゃ、そ
りゃ下手な男じゃ近づくことも出来ないわ。
﹁⋮⋮あ﹂
心酔され過ぎるのも大変だな∼⋮⋮まぁ俺にはそんな心配無用だ
と視線を向けると、なぜか先程までニコ
けど、なんて考えていたら、突如めぐり先輩が声を漏らした。
どうかしたのだろうか
ニコしていためぐり先輩がすげぇもじもじしている。
どれくらいのもじもじっぷりかと言うと、目がふよふよと泳ぎま
城廻先輩﹂
くったり、なでなでとおさげや前髪を撫でまくったり、スカートをい
じいじと弄りまくったり。
﹁えと⋮⋮どうかしましたか
んできた。
﹂
﹁ね、ねぇ比企谷⋮⋮くん
﹁は、い⋮⋮
﹂
﹁私さ⋮⋮その⋮⋮受験生じゃない⋮⋮
﹂
ぐり先輩はこくりと咽を鳴らして、窺うような上目遣いで俺を覗きこ
そのあまりのもじもじっぷりに堪らず声を掛けると、ハッとしため
?
﹁そうなんすか﹂
まぁめぐり先輩だったら内申とか最高レベルだろうし、成績だって
私、高校生活の最後のクリスマスだって言うの
かなり良さそうだし推薦くらいいくらでももらえそうだよね。
﹁だから、ね⋮⋮
⋮⋮めぐり先輩は何が言いたいというのか⋮⋮。まさか、まさかだ
﹁で、ですね⋮⋮﹂
そんな余裕ないし﹂
に、暇で寂しいクリスマスを過ごす事になるんだぁ⋮⋮周りの友達は
?
906
?
?
私推薦が決まりそうだから、全然受験勉強大変じゃない
﹁は、はぁ﹂
﹁でも、ね
?
?
んだよね⋮⋮﹂
?
よな⋮⋮
め ぐ り 先 輩 は も う 一 度 こ く り と 咽 を 鳴 ら す。そ の 顔 は こ れ で も
かってくらいに真っ赤だ。
しばらくはそのままもじもじと俯いていたが、ようやく開いた麗し
い唇から漏れ出た言葉は、俺のまさかの予想を大きく裏切らないもの
だった。
﹁だ、だから⋮⋮もし比企谷くんさえよければなんだけどっ⋮⋮そん
﹂
な寂しい高校生活最後のクリスマスを過ごす可哀想なお姉さんの相
手をちょっとでもしてもらえたら⋮⋮その⋮⋮嬉しいなっ⋮⋮
あ、やばいこれもう天に召されちゃいそうですわ。
続く
907
?
!
ああっ女神︵めぐり︶さまっ ︻中編︼
可憐な顔を真っ赤に染め上げ、もじもじと不安そうにクリスマスの
お誘いをしてくる女神さま。
年上の女性に対してこういう言い方が合っているかと言えばたぶ
ん合ってないとは思うけれど⋮⋮うん、ぐうかわ。可愛すぎて生きる
のが辛いレベル。
むしろデメリッ
にしても、いくら暇なクリスマスとはいえ、せっかくのクリスマス
に俺なんかを誘うメリットなどあるのだろうか
トしかなくない
ル買って、受験生の妹に届けなきゃならないんですよ⋮⋮で、明日は
﹁す、すみません⋮⋮今からマリンピアのケンタでパーティーバーレ
ああ、これが天罰ってやつか。
だけど⋮⋮
あろう事を考えると、正直血の涙が流れちゃいそうなほど勿体ないん
美少女にクリスマスを誘われるなんて奇跡、もう二度と訪れないで
ばならない。
││だがしかし、俺はこの可愛すぎる先輩にこの事実を伝えなけれ
んわかとクリスマスを過ごしそうなイメージではあるけれど。
めぐり先輩はうぇいうぇい勢と違って、どちらかというと家族でほ
う。
一緒に楽しく過ごしたいな♪﹄って人には寂しくてたまらないのだろ
高校生活最後のクリスマスなんて、めぐり先輩のような﹃み∼んなと
いる周りの友人達に気を遣って、一人で暇に過ごさなくてはならない
⋮⋮まぁ、自分だけ受験勉強が大変ではない中、戦場に身を置いて
?
明日で奉仕部関連でのクリスマスパーティーとやらをする事になっ
908
?
てまして⋮⋮﹂
﹁⋮⋮え﹂
⋮⋮⋮⋮ぐぉぉ
﹂て言ってるもん
む、胸がっ⋮⋮胸が痛いよぅ⋮⋮
だってこの人、いま絶対脳内で﹁がーん⋮⋮
そう断言できるくらい、すげぇ分かりやすい顔してんだもん
いきなりお誘いしたって、
!
!
わ、私なに言っちゃってんだろう
﹁⋮⋮あ、あはは、そ、そうだよねー⋮⋮
予定くらい入ってるよねー⋮⋮
ねっ⋮⋮﹂
!
!!
!
お呼ばれもしてないのに、
先輩が来たらあいつらも喜ぶと思いますし⋮⋮﹂
じゃないわ。
長い時間関わってんじゃねーか
あ、文化祭の依頼者はめぐり先輩
いうか、文化祭と体育祭と生徒会選挙って、実は依頼者としては一番
なんだかんだでめぐり先輩もかなり奉仕部と関わってるし⋮⋮と
だろう。
俺の権利うんぬんはこの際一旦置いておいて、実際そんな事はない
﹁そ、そんなこと無いっすよ﹂
疑問。
うけど。そもそも俺にゲストを呼ぶ権利なんてあるかどうか自体が
そりゃ俺がめぐり先輩を誘ったなんて言ったらみんな驚くとは思
生が一人くらい全然問題ないんだけどね。
場を変な空気どころかツラい空気にしてくれそうだし、いまさら上級
⋮⋮いや、どうせ呼ばれてなくてもなぜか材木座とか普通に来て、
ちゃうというか⋮⋮迷惑にしかならないもんっ⋮⋮﹂
三年の私なんかがいきなり行ったって、せっかくの場を変な空気にし
﹁そ、そんなの行けるわけないよぉ⋮⋮
かね
﹁⋮⋮えっと、あ、あぁじゃあ明日城廻先輩も来ればいいんじゃないす
いやマジでヤバかったです。
い や い や も ち ろ ん 抱 き 締 め ま せ ん け ど ね。ギ リ ギ リ の と こ ろ で。
たとしても、誰も文句など言えやしないだろう。
した笑顔で気まずそうに微笑むめぐり先輩をつい抱き締めてしまっ
えへへ⋮⋮と、恥ずかしそうな寂しそうな、見るからにシュンっと
!
?
909
!
!
!?
まぁそれはともかく、雪ノ下と由比ヶ浜にとっても、この人は数少
ない信頼できる先輩だろうし、めぐり先輩が来たからって変な空気と
か迷惑とかは絶対に無いだろう。
だから気を遣うとかそういう気持ちは一切抜きで誘ったのだが、こ
ホントにいいの。⋮⋮いきなり変なこと言っちゃっ
の先輩は寂しそうな笑顔を浮かべてこう言うのだった。
﹁⋮⋮んーん
てごめんね
﹂
﹃ん
時間掛かってたりすんの
﹄
もしかしてクリスマスイベントの後始末とかで、思いのほか
﹁すまん、ケンタ買って帰るの、ちょっとだけ遅くなっても構わねぇか
﹃お兄ちゃんお疲れー、どったの
﹄
⋮⋮えへへ、誘ってくれてありがとね﹂
⋮⋮守りたい、この女神⋮⋮
?
?
×
﹁おう、小町か﹂
×
﹃⋮⋮ほっほう⋮⋮⋮⋮んー、小町は大丈夫だよ。てか今日のクリス
マスイベントの手伝いで勉強遅れちゃったから今やってるんだけど
﹄
だからむし
さー、リフレッシュしたぶん調子いいのか、いま結構ノッてるんだよ
ねー♪ こんなにいい感じなのは久し振りなのです
なんなら帰ってこなくても可
そういうのは親父だけにしといてくれ﹂
﹁おい、聖夜に締め出しとかお兄ちゃん泣いちゃうからやめてね
ろ遅くなるの推奨
!
?
幸せなお兄ちゃんの笑顔こそが、小町にとっての最高のクリスマ
のクリスマスなんだし、お義姉ちゃん候補とゆっくり楽しんできてね
﹃むふふ∼。ま、とにかくチキンは夜食でも構わないからさ、せっかく
?
?
スプレゼントだよ☆ あ、今の小町的にポイントたっかい∼﹄
な ん で だ よ ⋮⋮ と 言 っ て る 最 中 に ブ ツ リ と 電 話 が 切 ら れ ま し た。
910
?
×
?
﹁⋮⋮あ、いや⋮⋮まぁそんな感じだ﹂
?
?
!
小町ちゃん
お兄ちゃんの話は最後まで聞こうね
?
輩へと向き直る。
﹂
﹁⋮⋮ど、どうしたの比企谷くん
クリしちゃったよー⋮⋮
?
﹂
?
リフを吐いてるのん
どうしてこうなった⋮⋮
ほんの一、二時間くらい、買い物ついでに一緒にどうですか
て程度の事だってのに、俺には難易度高過ぎっすよ。
﹂
?
?
﹁ほ、ほんと⋮⋮
ほんとにいいの
﹂
!?
で、そんなに顔が綻んじゃうの
やだー。
なんだかむず痒くって、つい俺の口元も弛んじゃうじゃないですか
?
え、ちょ⋮⋮たかだか俺なんかとちょっとマリンピアに行くくらい
!?
いったらしく、その表情は徐々にぱぁっと花が咲き始めた。
が、首をこてんと倒しながらも次第に俺のセリフの意味を理解して
ぐり先輩は事態が飲み込めないようで、きょとんと小首を傾げる。
そんな、デートの誘いとも言えないようなおかしな誘い文句に、め
﹁⋮⋮⋮⋮へ
っ
なんで俺、クリスマスイブにめぐり先輩をデートに誘うみたいなセ
ぐぬぬ⋮⋮これは恥ずかしい⋮⋮
合ってもらえませんか⋮⋮
わないっていうんで、もし城廻先輩さえ良ければ、マリンピアに付き
あー⋮⋮っと⋮⋮、妹に確認取ったらちょっとくらい遅くなっても構
﹁あ、す、すいません⋮⋮ちょっと家に電話してまして。⋮⋮⋮⋮で、
!
いきなり電話掛け出すからビッ
然いずこかへと電話を掛け始めた俺を唖然と見つめていためぐり先
そう固く決意をしながらスマホをコートのポケットにしまうと、突
なければ
これは愛妹へのクリスマスプレゼントに、さらに愛を増量して贈ら
瞬間だけは目の前の女神にやられちまったよ。
すまん小町。俺の天使No.1は間違いなく小町なんだが、今この
受験生に変な気を遣わせちまったな。
どうやら小町は盛大な勘違いをしているようだが、勘違いとはいえ
?
?
911
!
しかし一転めぐり先輩は、その喜びの表情をぐぐっと無理やり押さ
え付けて、申し訳なさそうに訊ねてくる。
﹁⋮⋮っで、でも⋮⋮ 受験生の妹さんがお家で待ってるんだよね
じゃあやっぱり駄目だよ。私のワガママに比企谷くんと妹
﹁そ、そうなの
﹁はい⋮⋮﹂
﹂
なるべく早く妹さんに比
これが本物ってやつだよ
物のふわぽわさんの破壊力はヤベェよ⋮⋮
ねぇねぇどこかのいろはすさん
﹁じゃあじゃあ時間勿体ないし早く行こ
よーし、せっかくのクリス
﹂
さすがに駅前でそれは恥ずかしすぎるん
マスだし、思いっきり楽しんじゃうぞー、おー
ちょっとめぐり先輩
!
企谷くんをお帰ししなくっちゃだしね
!?
!
?
﹂
と顔を熱くしていると⋮⋮
﹁楽しんじゃうぞー、おー
気にマリンピアへと向かうのでした。
しりと握り、おもちゃ売り場へ親を引っ張っていく子供のように、元
そしてめぐり先輩はどんだけ時間が惜しいのか、突然俺の手をがっ
﹁えへへぇ﹂
﹁⋮⋮お、おー﹂
ないやつですね分かります。
⋮⋮あ、これやっぱループ物や⋮⋮やらないとイベントが先に進ま
!
りは勘弁してください
今まで何度か掛け声に付き合ってきましたが、さすがに今回ばっか
ですけど⋮⋮
?
⋮⋮くっ⋮⋮なんだよこのコロコロ変わる素の表情。やっぱ天然
そしてめぐり先輩は、今度こそ満開の笑顔の花を咲かせた。
!
?
﹁⋮⋮⋮⋮やったぁ
﹂
なるべく遅く帰ってきてくれって言うんで⋮⋮大丈夫です﹂
﹁⋮⋮それなんすけど、今ちょうど勉強がいい調子らしくて、妹自身が
さんを付き合わせるわけにはいかないよ⋮⋮っ﹂
⋮⋮
!
?
!
912
?
余談だが、めぐり先輩のすべすべ柔らかお手々の温もりに赤くなっ
ていたら、勢いで手を繋いでしまったことに気付いためぐり先輩が
﹁はわわわっ⋮⋮﹂と茹でめぐ☆りんになってしまったのは、めぐり先
輩の名誉の為にも墓まで持っていこうと思っている。
続く
913
ああっ女神︵めぐり︶さまっ ︻後編・前︼
ホラ、これとか似合うんじゃない
﹂
やっぱりそのマフラーとぴった
えへへ∼、じゃあ私も比企谷くんとお揃いのニット帽と
⋮⋮んしょっ、と。ふふっ、どうかなっ
や っ た ー ⋮⋮ う ー ん、ど う し よ っ か な ぁ ⋮⋮ 買 っ
!?
!
すぎてドキドキしちゃうんでやめて欲しいんですけど。さっきとか
てかさ、帽子被せてくれたりマフラー巻いてくれるのはちょっと近
ホント申し訳ないです。
の子の彼氏なのかな﹂なんて見られてしまっていたら、めぐり先輩に
俺のようなうだつの上がらそうなヤツが、周りから﹁あんなのがあ
レープとかも食べ歩きしたし。
までにも、さんざんマリンピア内の雑貨屋やら服屋やら回ったし、ク
たら完全にクリスマスデートしてるカップルだよね。この店に来る
ら伊達眼鏡なんかを合わせられてるだけなのだが、これって端から見
まぁマネキンたる俺が、一方的にセーターやらマフラーやら帽子や
ファッションショーを開催している。
俺 と め ぐ り 先 輩 は、現 在 マ リ ン ピ ア の 専 門 店 街 に あ る 洋 服 屋 で
てかもこもこのニット帽めぐりん超ほんわかかわええ。
やばいどうしよう。なんだこれ、ちょっと楽しすぎるんですけど。
ちゃおうかなー﹂
﹁ほ ん と
?
﹁ねぇねぇ比企谷くん
﹁あ、いや⋮⋮ちょ﹂
すっごく似合うよー﹂
りだねー
﹁次はこのニット帽ね。うんうん
﹁ち、近⋮⋮﹂
﹁わぁ
!
﹁⋮⋮はい、すげーかわ⋮⋮に、似合ってます﹂
!
!
マフラーしてみよーっと
﹂
!
!
危うく頬っぺた同士が触れ合っちゃうんじゃないかと思いましたよ。
914
?
﹂
まったく⋮⋮これだから天然は最こ⋮⋮けしからん
﹁ど、どうかしたの
!
も、もしかしてもう疲れちゃった⋮⋮
?
もないめぐり先輩が、心配そうに話し掛けてきた。
﹁あ⋮⋮
ごめんね、無理
ると、そんな童貞男子高校生︵DDK︶の揺れる乙女心など知るよし
めぐり先輩とのあまりの距離感についつい幸せを感じて惚けてい
?
ようやくさっき終わったばっかりなのに⋮⋮﹂
!
ほ、ほんと⋮⋮
﹂
?
かね。
ジで今のセリフ俺が言ったのん
もうキャラ違うんじゃないです
なにこれ、すかさずフォロー入れちゃうとかどこのタラシだよ。マ
安心したように、ほにゃっと微笑むめぐり先輩を見て俺は思う。
﹁そ、そっか⋮⋮えへ、よかったぁ⋮⋮っ﹂
ちゃいましたかね、あ、あはは﹂
﹁ホ、ホントです。⋮⋮すいません、安らぎすぎてちょっとボケッとし
﹁っ
今が⋮⋮た、楽しいというか⋮⋮安らぐまであります﹂
れっぱなしだったから、こうして城廻先輩とクリスマスを過ごせてる
﹁いやいやいや、全っ然疲れてないっすよ⋮⋮
むしろここ最近疲
⋮⋮。それはそうだよね、ずっと大変だったクリスマスイベントが、
に 付 き 合 わ せ ち ゃ っ た の に、比 企 谷 く ん の こ と 考 え て な か っ た ね
!
ようだ。この嬉しそうな笑顔がソース。
自分を殺してまでもめぐり先輩の笑顔を選んだのは大正解だった
おっかなっ⋮⋮﹂
﹁⋮⋮んーっと、じゃ、じゃあ私はこのニット帽とマフラー買っちゃ
笑顔を選ぶに決まってんだろうが。
だったら多少恥ずかしかろうがキャラ変を侵そうが、めぐり先輩の
たのって恥ずかしながら事実だしね。
をさせるわけにはいかないだろ常考。そもそも安らぎすぎて惚けて
しかしあんなに楽しそうに笑ってた女神様に、あんな不安そうな顔
?
915
!
ただ、恥ずかしそうに頬を紅潮させてあわあわと慌て気味の女神様
の顔を見ると、少しチャラ過ぎたかもしんないと若干後悔している。
私とお揃いになっちゃうけ
やっぱ慣れない事はするもんじゃないね
﹁⋮⋮ひ、比企谷くんはどうする⋮⋮
ど⋮⋮﹂
!
がもじもじしながら、ここでまさかの二択クイズ
ぐっ⋮⋮この上目遣い、どっちが正解だよぉ⋮⋮
①買う↓不正解↓えー、私とお揃いにするつもりなのー⋮⋮
ちょっと気持ち悪いな⋮⋮買うのやめよっかな⋮⋮
てか正解だった場合の解答例が無いとか、どんだけ
②買わない↓不正解↓やっぱり私とお揃いとか嫌だよね⋮⋮
⋮⋮
﹂
﹁そ、そっすね⋮⋮結構気に入ったんで、俺も買っちゃおう⋮⋮かな
であるならば、おのずと解はこれしかない。
くわけだから、実に効率が悪いではないか。
り先輩を傷付ける事になってしまう。もちろんそれにより俺も傷付
むのに対し、降り掛かるのが②の不正解だった場合は、他ならぬめぐ
俺に降り掛かるのが①の不正解であれば傷付くのは俺ひとりで済
る自己保身でしかないのだ。
なぜなら①の不正解を回避するのを選ぶということは、それは単な
た。
を問わなければ、解を出すだけならなんとも容易いクイズだと気付い
内心で頭を抱えて悩みかけたのだが、よくよく考えたら正解不正解
中から根絶やしにしていただきたいです。
不正解率高いんですかねこのクイズ。マジでこういうクイズは世の
難易度高い
?
!
己の秘めたるタラシな内面にひとり悶えていると、突如めぐり先輩
?
するだけで傷付きはしない。
うっわ⋮⋮って顔をされて多少俺が傷付いたって、女神様が傷付か
916
!
これならば不正解だった場合でも、めぐり先輩は気持ち悪い思いを
?
ないんならそれでいいじゃない。
と手を合
気持ち悪がられるのを覚悟しつつ、ああ⋮⋮女性の気持ちって難し
いなぁ⋮⋮と密かに涙していると、めぐり先輩はぽんっ
!
﹂
じゃあお揃いだね∼ うふふっ、登校中とかで一緒に
わせて嬉しそうに微笑んでくれた。
﹁ほんと
なっちゃったら、ちょっと恥ずかしいかもっ⋮⋮
!
す。
﹁あ
を買うことにしようよー
スプレゼントみたいになるじゃない
﹁⋮⋮う、うす﹂
い。
事そうに抱えているコレも、単純に自分の物を自分で買ったに過ぎな
めぐり先輩はいい買い物が出来たから喜んでいるだけだし、俺が大
││勘違いすんなよ俺。
斯く言う俺も、小脇に抱えた包みを大事に大事に扱っている始末。
先輩。
マフラーとニット帽を大事そうに胸に抱えてほくほく笑顔のめぐり
自分の物を購入したのと変わらないはずなのに、ラッピングされた
バカップルか。
いの包装紙に包まれたプレゼントの交換会をしました。
もらい、なんだか無性にこっ恥ずかしいシチュエーションの中、色違
ラッピングしてもらい、めぐり先輩が俺の分を買ってラッピングして
こうしてめぐり先輩の提案により、俺がめぐり先輩の分を買って
どうしよう、ウチにもめぐり先輩がひとり欲しい。
ちょっと想像の遥か上をいく女神でした。
﹂
そしたらさ、ふふ、お互いへのクリスマ
じゃあじゃあ∼、私が比企谷くんの分を、比企谷くんが私の分
やはり女神か。覚悟を決めて①を選んだ自分を褒めてあげたいで
!
!?
こういう所に意味を見いだそうと無駄な努力をするのは、もうとっ
917
!?
!
!
くに卒業したはずだろ。
お前はあの大魔王に理性の化け物と⋮⋮自意識の化け物と言わせ
しめたほどの人間だろうが。いい加減目を覚ませ。
﹁えへへ∼、このマフラーとニット帽をメインにペアルックみたいに
して、二人でどこかにお出掛け出来たらちょっと面白いかもね∼﹂
理 性
?
なにそれ美味しいの
⋮⋮ う ん。も う こ の ま ま 目 な ん て 覚 め な く て も い い や
自意識
!
﹁あれ
あー、めぐりじゃーん
﹂﹁ホントだめぐだー
﹂
の決意が一瞬で崩れ去るほどの危険状態に陥っていた時だった。
と、ルンルンとスキップ状態なめぐり先輩を見て、絹豆腐すぎる俺
を闊歩したいまである。
むしろめぐり先輩となら恥を堪え忍んででもペアルックで堂々と街
もうほんわかしすぎて、この先どうなっちゃってもいいってレベル。
思っても、めぐり先輩が言うとほんわかしちゃうじゃねーか。なんか
そもそもなんだよ今どきペアルックって。普通だったらダサいと
?
!
!
その声を聞いた瞬間、お花畑になっていた俺のおめでたい頭は、凍
える冷水をぶっかけられたのだった。
×
先輩へと歩み寄る二人の女性。
私服姿であることから同級生なんだか総武生なんだかも分からな
いが、おそらく終業式が終わって一度帰宅し、それからマリンピアに
遊びにきた同級生なのではないかと思われた。
しかし今はそんなことどうだっていい。いま目の前でニヤニヤし
ている女性達を見て俺の頭を支配しているのは、いつぞやの花火大会
の記憶。あの時の由比ヶ浜の気まずそうな苦笑いと相模達の嘲笑。
918
?
突如として後ろから襲い掛かってきた二つの声。
?
×
振り返った俺の目に飛び込んできたのは、ニヤニヤしながらめぐり
×
⋮⋮くそっ、油断していた
ここは総武高校からの最寄り駅の近
くにある商業施設。総武生が⋮⋮めぐり先輩の知り合いが遊びに来
ていたってなんら不思議なことはないではないか。
めぐり先輩があまりにも優しいから、めぐり先輩があまりにも楽し
そうにしてくれていたから、俺は自分が一番注意しなくてはならない
事態を失念していた。
⋮⋮いや、失念⋮⋮ではないのかも知れない。ただ考えないように
していただけなのだろう。そう、あまりにも楽しかったから。
だが後悔先に立たず。今さら自分の腑抜けた愚かさを嘆いていて
もどうにもならないのだ。
とにかくここはなんとか切り抜けなくてはならない。めぐり先輩
の評判を、俺なんかが落とすわけにはいかない。
考えろ考えろ、と、無い頭をフル回転させていると、この一見危機
的状況かと思われたシチュエーションは、意外にもこんなほんわかと
私てっきり受験勉強
もーぉ、だったら私にも一声掛
なんで二人とも遊びに来てるのー
したやりとりでスタートしたのだった。
﹁あー
頑張ってるんだと思ってたのに∼
﹂
って聞いたら、新生徒
だかなんだかがあるんだ∼って言ってたじゃ
あ、あはは﹂
?
じゃーん﹂
﹂
﹁⋮⋮⋮⋮あ、そ、そうだっけー
﹂
﹁あははじゃないから
﹁ホントだよー
!
⋮⋮いやいや、まだ油断すんの早すぎだろ。現在︵いま︶はそんな
な嫌な感じは一切しなかった。
どうやらこの人たちはめぐり先輩の仲良しのようで、あの時のよう
肩に入っていた力が一気に抜けていく。
!
919
!
あんたクリスマスに予定あんの
けてよー
﹁はい
会の合同イベント
?
﹁そ う だ よ め ぐ ー。だ か ら 仕 方 な い か ら 私 ら 二 人 で 遊 び に 来 た ん
ないよ﹂
!?
?
!
!
!
?
ムーブメントは過ぎ去ったとはいえ、俺は一時期学校一の嫌われ者と
して名を馳せた程の有名人なのだ。
いくら仲が良いとはいえ、こんな目の腐った奴とめぐり先輩が一緒
に居て、友達が良い感情なんか持つわけはない。下手したらせっかく
の仲良し関係に亀裂が⋮⋮
えっと、制服見るかぎり総武生だよね
﹂
可 愛 い ー
超 動 揺 し
ウチのめぐりず
ったく、お前いつの間
﹁てかさぁ、一声掛けてとか言っときながら、めぐりはちゃっかりクリ
﹂
スマスデートなんかしちゃってんじゃーん
にっ
﹁ねー
むがお世話になってまーす
﹁あ、あ の ⋮⋮﹂だ っ て ∼
﹁あ、あの⋮⋮﹂
﹁き ゃ ー
ちゃってるよこの子∼﹂
デートとかじゃなくってただの後輩
ちょっと目付きは悪いけど結構イケメンくんだしねー﹂
﹂
﹁ち、ちちち違うからぁ⋮⋮
だからぁ⋮⋮
﹁⋮⋮ぁぅ﹂
それにしてもいろはすとかめぐりずむとか、商品名をあだ名にする
俺って年上ウケはいいのん
れ気味などうも俺です。
に、綺麗なお姉様方に結構イケメンとか言われてしまって、若干浮か
あの悪名高い二年生だと知れ渡っていなかったようで一安心と共
意的な目を向けてきてくれているらしい。
そしてさらに予想外なのが、どうやらこの人たちは俺に対しても好
先輩の脇腹を肘でうりうりと突つついてらっしゃいます。
違いしている二人のお姉様は、それはもう楽しそうに真っ赤なめぐり
どうやら俺が思っていた以上に仲の良い友達らしく、デートだと勘
つい数秒前までの不安と心配が一瞬でかき消されてしまった。
!
﹁ねー
!
!
やだ、どうしようすっごい恥ずかしいんですけど
!
!
﹁へー、〝ただの後輩〟ねぇ﹂
!
!
?
920
!
?
!
!
!
風潮はどうにかならないもんかな。あんまりそれやると、どっかで大
人の事情が絡んできそうで恐いっての。
まぁめぐり先輩にめぐりずむってあだ名は、商品と合わせて考えて
もピッタリ過ぎだろ⋮⋮とは思いますがね。
しっかし、ホッとして心に余裕が持てたからこそ見える景色っての
もあるもんだ。
俺は目の前で繰り広げられているめぐり先輩と友人達との戯れ合
いを見て、思わず口元が緩んでしまった。
││こうして見ると、めぐり先輩もやっぱり普通の女子高生なんだ
な。
普段俺が⋮⋮俺たちが見ていためぐり先輩は、生徒会長の城廻めぐ
りであり、上級生の城廻先輩である。
921
生徒会長としては多少頼りない所があったにせよ、それでも全校生
徒から愛された生徒会長であることに間違いはない。
俺たち下級生からも、例え同級生からであろうとも、等しく﹃生徒
会長﹄として頼られ慕われていためぐり先輩。
だから失礼ながら、俺はめぐり先輩に対して歳以上の距離感⋮⋮と
いうか壁を感じてしまっていたように思う。
まぁそもそも学生時における年上というのは、たった一歳や二歳違
いでしかないのに、それ以上に〝大人〟を感じてしまいがちではある
けれど。
だからこうして本当の意味での対等な立場の存在と戯れ合うめぐ
り先輩はとても新鮮で、そしてとても愛おしく感じてしまった。
﹁⋮⋮おいおい少年、なにをひとりでニヤけておるのかねっ﹂
そんな油断しきっためぐり先輩の笑顔を見て油断していた俺の耳
﹂
元に、不意に甘い香りと囁き声が届く。
﹁ひゃいっ
!?
うっわぁ、俺キモいわー。
だって仕方ないじゃない。突然初対面のお姉様に耳元で囁かれた
ら誰だってこうなるわ。
あ、陽乃さんの時はただただ恐かっただけですが。
突然耳元で囁いてきたお姉様一号は、年上の余裕かそんな俺のキモ
い対応にクスクス笑うと、お姉様二号の脇突つき攻撃に意識が集中し
たままのめぐり先輩が、こちらを見ていない事をチラリと確認する
﹂
と、さっきほどの耳元では無いにせよ、またもや近くに寄ってきてこ
しょこしょと耳打ちをしてきた。
﹂
﹁⋮⋮間違ってたらごめんなんだけど、もしかして⋮⋮比企谷くん
﹁
⋮⋮え、なぜ俺の名を知っているんだこの人は。
つー⋮⋮と、冷や汗が背中を伝う。
っていうアレね。
寄んないでくれない
﹄
﹃あんたが一緒に居るとめぐりの為になんないから、もうめぐりに近
いう状況下での定番のアレなのだろう。
わざわざめぐり先輩の様子を窺って耳打ちしてくるという事は、こう
つまり、やはりこの人は悪名高い二年生を知っていたのだ。そして
﹁⋮⋮はい、比企谷です﹂
の、ついさっきまで俺の頭を支配していたあの原因しかない。
⋮⋮アホか、なぜもなにも原因なんてひとつしか無いだろ。そんな
?
からは大きく外れていた。
しかしそう構えていた俺の耳に届いた台詞は、またしても俺の予想
えていた。そもそも今日はホントたまたま一緒に居ただけの話だし。
だからそう言われるのならそう言われるで、快く受け入れようと構
ることを嬉しく感じてしまうまである。
しては、こうしてめぐり先輩の事をちゃんと心配してくれる友達が居
ま、それは致し方の無い事だと思うし、めぐりん教の信徒たる俺と
?
922
!?
﹁あははー、やっぱねー
キミの事はめぐりから良く聞いてるよ♪
ああっ、やはりあなたが女神さまかっ。
を機に少し考え方を改めてみようかしらん
と違う方向へと導かれている気がするな。せっかくの導きだし、これ
なんというか、今日はめぐり先輩と一緒に居ることによって、色々
か⋮⋮
││なんか俺って、もしかしてちょっと卑屈に考えすぎなのだろう
そんな俺の頭に浮かんだひとつの考え。
く違う展開に軽く戸惑う。
⋮⋮この人が残念かどうかはさておき、またもや俺の予想とは大き
してこの綺麗なお姉様って、ちょっと残念な人なのだろうか。
なんだよその二流SSのパクリみたいなタイトルの小説。もしか
を一冊書き上げられそうなレベル﹂
のめぐりんがなぜか可愛すぎる件について﹄とかってタイトルの小説
どうりで今日のめぐりは妙に可愛いと思ったよー。もう﹃最近ウチ
!
ろだろう。
﹁ふふっ、そういう事だからさ、ウチのめぐりをよろしくね
!
││めぐり先輩の友達との、この予期せぬクリスマスの邂逅で新た
﹁⋮⋮﹂
た。
弄られまくってあわあわしているめぐり先輩のもとへと戻っていっ
そう耳打ちして俺の肩をぱしんと叩いたお姉様一号は、未だ二号に
く頼りになる後輩クン﹂
すっご
しさが溢れだしてしまい、いつもより可愛いさ倍増に見えるってとこ
謎だが、ま、手のかかる後輩と一緒に居れば必然的に面倒見のよい優
俺と一緒に居ることでなぜめぐり先輩がいつもより可愛いのかは
?
923
?
に知れためぐり先輩情報はふたつほど。
ひとつは、あの皆から愛される元生徒会長城廻めぐりは、一皮剥け
ばひとりの可愛らしい普通の女子高生であるということ。
そしてもうひとつは、どうやらめぐり先輩は仲の良い友達に、俺の
ことを〝すっごく頼りになる後輩〟と良く話しているそうです⋮⋮
ふぇぇ⋮⋮すげぇムズムズするよぅ⋮⋮
続く
924
ああっ女神︵めぐり︶さまっ ︻後編・後︼
ケンタ側の出口を出ると、そこは青いLEDライトでイルミネー
ションされた、淡く輝く小さな広場。
つい先日偶然雪ノ下と出会い、そして一度雪ノ下と終わった場所。
﹁わぁ⋮⋮綺麗⋮⋮﹂
あの時は正直それどころでは無く、この景色に対して特にこれと
いった感想など抱くことはなかったが、気持ちが安らいでいる今、隣
を歩く女神様がそうぽつりと言葉を漏らすのを聞くと、ああ、そうい
やここって綺麗だな∼⋮⋮なんて、今更ながらに間の抜けたことを
思ってしまう。
まぁ何よりも綺麗なのは、この淡いイルミネーションに輝く植樹た
ちではなくて、そんな木々たちの輝きにほわっと照らされるめぐり先
925
輩の神々しさなんだけどな、言わせんな恥ずかしい。
﹁⋮⋮き、綺麗っすね﹂
﹁⋮⋮うん、すっごく綺麗﹂
先 ほ ど 購 入 し た ば か り の 包 み を 胸 に ギ ュ ッ と 抱 い て イ ル ミ ネ ー
ションを眺める先輩は本当に綺麗だ。
こんな言葉がぺらぺらと口から出るようになったら、それこそ本物
のタラシだろうな。ま、どんなに本物のタラシになろうとも、俺にタ
ラされる女の子なんて居ませんけども
﹁⋮⋮﹂
考え事でもしているかのように、こうして何度か黙り込むようになっ
具体的にはめぐり先輩の友人らと別れた直後くらいから、この人は
おかしい。
⋮⋮どうしたというのだろうか。先ほどからめぐり先輩の様子が
ネーションを静かにじっと見つめている。
いつも通りの自虐に精を出す俺の横では、未だめぐり先輩はイルミ
!
たのだ。
﹄
﹃めぐり、どうすんの
ば⋮⋮
⋮⋮せっかくの機会なんだし、あのこと話せ
と 背 中 を 押 し て い た っ て こ と だ っ た り し て
⋮⋮⋮⋮つ、つまり、まさか告白⋮⋮
これから話せば
輩﹄ってだけではなく、俺のことが好きだと話していて、そのことを
││こ、これはまさか⋮⋮めぐり先輩は普段友達に﹃頼りになる後
て変調をきたす要因を作ったであろうその一言を。
だから聞いてしまった。聞こえてしまった。めぐり先輩がこうし
耳聡いのだ。
小さく告げていたその一言ではあったが、生憎俺は難聴系どころか
のひとり。
別れ際、めぐり先輩の肩をぽんと叩き、ぽしょりとそう告げた友人
?
く不安げな表情。
神父様に懺悔室に導かれている迷える子羊であるかのような、弱々し
表情。そんな甘い空気を孕んだドキドキ感とは程遠い、まるで教会の
ソースは先ほどからこうやって考え込んでいる時のめぐり先輩の
くらいはひしひしと感じている。
今回のことに関して言えば、そもそもがそんな雰囲気ではないこと
ネガティブな思考には至らないようにしようと思えたのだから。
ついさっき、少なくともこの女神様と居るときくらいは、そういう
とは違う。
別に﹃俺なんか﹄とか、そういういつもの卑屈さを発揮しているの
うほど俺も青くはない。
⋮⋮などと、そんな勘違いをするほど⋮⋮甘い考えに興奮してしま
!?
?
だからこれは、愛の言葉を囁く前の、少女の憂いなどでは決してな
いのだ。
926
?
それからしばらくのあいだ、俺とめぐり先輩はマリンピアから駅ま
での道のりを、青く淡いイルミネーションに包まれながらゆっくり
ゆっくり歩く。
何一つ言葉も交わさず、ただぼんやりとイルミネーションを眺めな
がらゆっくりと。
﹁⋮⋮比企谷くん﹂
そんな時だった。すっと立ち止まりようやく口を開いためぐり先
輩。
表情は先ほどまでとなんら変わらない、弱々しく不安げなままでは
あるが、その瞳だけは決意の色が見て取れた。
めぐり先輩は風に揺れる髪を手で押さえることもせず、真剣な眼差
しで俺を真っ直ぐに見据える。
﹁あの、ね⋮⋮言おう言おうって、ずっと思ってたの⋮⋮本当は卒業式
の日に言いつもりだったんだけど、今日⋮⋮せっかくこうして君と会
えたから、一緒に居られたから⋮⋮だから今日、言わせてもらいます
⋮⋮﹂
頼りになる後輩という、俺には勿体ない褒め言葉や友人の別れ際の
一言、そしてそれによるめぐり先輩の変調、真剣な眼差しでの﹃言い
たいこと﹄
そんなたくさんのヒントを得ていた俺は、なんとなくだが先輩の意
図と目的を理解していた。
そしてその想像はたがう事なく、今にも泣きそうな顔でスカートを
力一杯ギュッと握った先輩は、深々とそのこうべを垂らせる。
927
﹁⋮⋮君に、話したいことがあるんだ⋮⋮﹂
×
×
真冬の凍える風を受ける二つのおさげがふわりとなびく。
×
﹁⋮⋮⋮⋮比企谷くん、文化祭でのこと、⋮⋮⋮⋮本当にごめんなさい
⋮⋮っ﹂
⋮⋮やはり、か。
誤解は解いたほうがいいと思うけれど﹄
いつからかは知らないが、めぐり先輩はあの時の誤解に気付いてい
たのだ。
﹃いいの
スローガン決めのあと雪ノ下にそう言われたっけな。
﹃誤解は解けないだろ、もう解は出てるんだからそこで問題は終わっ
てる。それ以上解きようがない﹄
そんな雪ノ下に返した答えは、そんなアホみたいに捻くれた答え。
いやぁ、我ながら恥ずかしくて泣いちゃいそうになるわ。
﹁⋮⋮スローガン決めの時もエンディングセレモニーの時も、君は自
﹂
分が悪役を演じることで、文化祭を⋮⋮相模さんを救ってくれたんだ
よね⋮⋮
⋮⋮しかし、あの時点でもう解けないとかほざいていた解は、こう
して知らぬ間に解けてしまっていたわけだ。
﹁文化祭のあと、ずっと考えていたの⋮⋮なんであんなに一生懸命頑
張ってくれていた比企谷くんが⋮⋮あんな⋮⋮酷い態度をとったん
だろう⋮⋮って﹂
情けねぇな。あの時の高二病丸出しの下らない思考により、こうし
私はこう考えるようになったの⋮⋮もしあの
てずっと心に荷を背負わせてしまっていた人がひとり。
﹁⋮⋮それでね⋮⋮
﹃⋮⋮あんなに素敵なイベントが出来たのは、また比企谷くんのおか
ぐり先輩の口から漏れでた違和感。
昇降口で偶然会って、駅までの道のりを一緒に歩いていた時に、め
られちゃった﹂
人を奉仕部にお願いに行ったの⋮⋮。結果は、やっぱりまた君に助け
んだぁ。⋮⋮だからその答えをちゃんと確かめる為に、体育祭の助っ
⋮⋮って。⋮⋮そしたらね、もしかしたら⋮⋮って、分かっちゃった
と き 比 企 谷 く ん が 居 な か っ た ら、文 化 祭 は ど う な っ て た ん だ ろ う
?
928
?
?
げだね。ホントにありがとう﹂﹄
そうか。さっきの違和感はこれか。この人は〝また〟と言ったの
だ。また比企谷くんのおかげだと言ったのだ。
俺にはめぐり先輩に何度も感謝されるような覚えがなかった。感
謝どころか、文化祭の時は悲しませた記憶しかなかったのだから。
だからあの時、ちょっと引っ掛かったのか。
﹁⋮⋮体育祭のときは比企谷くんだけが悪役にならない方法を⋮⋮私
たち運営全体が悪役になる方法を選んでくれたから私ホッとし
ちゃって⋮⋮だから生徒会選挙でまた君を頼っちゃったんだ。⋮⋮
ホント、情けなくってダメダメな先輩だよね⋮⋮。文化祭の時だっ
て、本当は私がやらなくちゃだったのに⋮⋮責任者の私が厳しいこと
を言ってでも、みんなを動かさなきゃいけなかったはずなのに、後輩
の比企谷くんに悪役を演じてもらって救われた上に、それに気付かず
⋮⋮考えようともせず⋮⋮なんにも知らないくせに君に何度も酷い
ことを言っちゃって⋮⋮⋮⋮本当に最低なのは⋮⋮私の方なのに﹂
我ながら本当に情けなくなる。なにが誰も傷つかない世界の完成
だ。ただ自分に酔って、少なくともこうしてめぐり先輩を傷つけてし
まっているではないか。
﹁⋮⋮救ったなんて、大層なことはしてないですよ。単純に奉仕部に
来た依頼でやっただけですし、⋮⋮ああすることが一番効率良かった
だけっす⋮⋮。相模には普通にイラついてましたしね。だからあれ
は俺が好きでやった行動なんすから、その行動によって起きた事態は
俺の、俺だけの物です。⋮⋮だから、城廻先輩が気に病むようなこと
では無いですよ﹂
荷を背負わせて傷つけてしまったこの優しい先輩に掛けられる言
葉が、たったのこれだけかよ。
普段は下らないことばかりすぐ思い付くのに、こういう時はこんな
ことしか口から出てこない自分に腹が立って仕方がない。
だって⋮⋮たぶんこれではこの人は⋮⋮
﹁⋮⋮うん、比企谷くんはそう言うんじゃないかなーって思ってたよ。
⋮⋮そう言って、また君は自分を悪者にしちゃいそうな気がしたから
929
⋮⋮もうそういうの見たくなかったから⋮⋮だからずっと恐くて言
いだせなかったんだもん﹂
⋮⋮この人は余計に罪の意識に苛まれてしまう。完全に悪手だ。
でも俺には、いま言ったセリフ以外、この人が傷つかないで済むよ
うなセリフはなにも思いつかない。
そ し て し ば し の 沈 黙。あ あ ⋮⋮ な ん か 思 い つ か ね ぇ か な。さ っ き
まであんなに楽しかったのに、今はもうプレゼント交換した時が懐か
しい。
なんとかこの人に笑ってもらえる手はないものか⋮⋮もうめぐり
先輩の沈んだ顔は見たくねぇよ⋮⋮と、ひとり無い頭を捻っている
と、先に口を開いたのはめぐり先輩の方だった。
﹁⋮⋮えへへ、ちょっと嘘吐いちゃった⋮⋮確かに比企谷くんがそう
言って誤魔化そうとするのが恐かったから言えなかったってのもあ
でも恐かったのは、それだけじゃないの﹂
930
るんだけどね⋮⋮
⋮⋮それだけじゃない
﹁⋮⋮﹂
とやだなぁって⋮⋮﹂
くんと距離が開いちゃうんじゃないか⋮⋮って。それは⋮⋮ちょっ
化祭の事をわざわざ自分から掘り起こしちゃったら⋮⋮また比企谷
たんだと思う。⋮⋮せっかく比企谷くんと仲良くなれたのに、あの文
ちょっと仲良くなれたかな∼、って⋮⋮だから、逆に恐くなっちゃっ
の生徒会室お引っ越しを手伝ってもらえた時にもお話できて、また
たかな∼、って⋮⋮、生徒会長選挙でまた比企谷くんと関われて、私
﹁た、体育祭で一緒に運営やれて、私ちょっと比企谷くんと仲良くなれ
そうにもじもじとスカートを弄りだした。
頬を赤らめ、さっきからスカートを握ったままの両手が、気恥ずかし
なんというか不安そうは不安そうなままなのだが、先輩は少しだけ
先ほどまでとはほんのちょっと違う空気を纏いはじめた。
一体どういう意味だろうかと先輩の言葉を待っていると、この人は
?
?
⋮⋮マジ、かよ⋮⋮この女神様はそんな風に思ってくれてたのかよ
⋮⋮
他の誰かがこういうことを宣ったとしても、確実にその言葉の裏側
を探ってしまう捻くれ者の俺だけれど、この人の⋮⋮めぐり先輩のこ
の言葉には一切の裏も世辞もないことくらいは分かる。
耐えろ口角挙筋
真剣に不
ヤバいどうしよう、こんな時に不謹慎極まりないんだけど⋮⋮⋮⋮
うん、嬉しくて仕方ないです。
ヤバいヤバい、口がニヤけちゃう
安がってるめぐり先輩に失礼すぎだろうが
てたんだけど、さっき別れ際に言われちゃった⋮⋮言っちゃえば
でも今は穴に籠もっている場合ではない。この優しい女神様にい
なんかもうダメ過ぎて穴掘って籠もりたいレベル。
なったり安らいだり。
会ってから、ひとりで勝手に舞い上がったり卑屈になったり不安に
でずっとこんな風に胸を傷めてくれてたのに、今日はこの人と偶然
こんなにも優しい女神様が、俺の自己満足で情けない解消法のせい
││なんだよ、本当に俺はどうしようもない奴だな。
めぐりん愛されすぎだろ。これが人徳ってやつだな。
言ったのだろうか。
から、その時は助けてあげてねって意味で、あの人は俺によろしくと
めぐり先輩がこの話を俺に告げるのはとても不安だと知っていた
は、これの事なのかもしれない。
⋮⋮あ、さっきあの先輩が言っていた﹁めぐりをよろしく﹂っての
と笑う先輩。
そう言って、困ったような泣き出しそうな笑顔で弱々しくあははっ
た﹂
って⋮⋮。情けなくて最低な私は、友達に背中を押されちゃいまし
?
﹁⋮⋮だからね、そういう不安な気持ちも含めて友達に色々と相談し
!
つまでもこんな不安そうな顔をさせとくわけにはいかんでしょ。
931
!
!
お姉様先輩にもよろしく頼まれちゃったわけだし、ここはいっちょ
やったりますか。先輩を笑顔にしてみせますかね。
やりたくないけど、お姉様先輩からの依頼なんだからしょうがない
よね。
﹁⋮⋮ あ ー、な ん つ う か ⋮⋮⋮⋮ 城 廻 先 輩 に 君 は 不 真 面 目 で 最 低 だ
ねって言われた時は⋮⋮確かにこう、心にくるものがありました﹂
﹁⋮⋮っ﹂
距離が開いちゃいそうなのが嫌だったからと言ったあとの俺から
の責めるような言葉に、めぐり先輩は肩をビクッと震わせて硬直す
る。
ああ⋮⋮別にそういうつもりは無いのに、なんかすげー罪悪感⋮⋮
﹁⋮⋮うん﹂
﹂
﹁すげー心に響いちゃいましたよ。⋮⋮⋮⋮俺、Mなんで﹂
﹁⋮⋮
俺Mなんで、との突然のカミングアウト︵嘘︶に、めぐり先輩は泣
きそうになってた顔をきょとんとさせて首をかしげた。
﹁え、えと⋮⋮ど、どういうこと、かな﹂
﹁だから俺Mっ気があるんで、最低だねと言われて嬉しかったって意
味ですね﹂
いや俺ってばクリスマスイブに美少女相手になに言っちゃってん
の
ちょっと変な気持ちになっちゃったりはしたけれど。やだそれ本物
い、いきなり先輩にな
脳が次第に働きはじめたのか、徐々に顔が真っ赤になっていく。
﹁ひ、比企谷くん な、なにを言ってるの
﹂
!?
まぁとりあえずめぐり先輩がマゾヒストの概要を理解してくれて
完全にゆでダコである。
んてこと言うの
!? !?
932
?
まぁ確かにクリスマスイベント準備の時とか、ルミルミの罵倒に
?
最初は不思議そうに首をかしげていためぐり先輩も、固まっていた
!
て一安心。この女神様は、下手したらそういう下ネタ知識が無いん
じゃないかとも心配したが、さすがにMを知らないほど純情なわけ無
いよね。
マゾヒストについて一から説明しなくちゃならないようだったら、
正直俺死んでたわ。
﹂
﹁いやホントすみません。でも嬉しかったんだから仕方ないじゃない
ですか﹂
﹁ひひひ比企谷くん⋮⋮
﹁⋮⋮だからあの時のことは、もう気にしないでください﹂
突然の性癖暴露︵嘘、だよね ︶に真っ赤な顔であわあわしていた
私は真面目なお話をしてるんだからね
比企谷くんの
天然モノのぷくっと頬っぺでそんな可愛い﹁ばかっ﹂
を聞かされたら、本当になにかに目覚めちゃうよぅ
やめてぇ
ぐふっ
ばかっ﹂
﹁もうっ
輩は、次の瞬間にはぷくぅっと頬を膨らませる。もうホント可愛い。
じぃっと目を合わせたあと、一瞬だけふっと優しい表情になった先
顔で俺をまじまじと見つめてきた。いやいや近い近い。
あ⋮⋮と声を漏らすと、恐る恐るではあるものの、まだ赤みの残る
めぐり先輩だが、どうやら今ので意図に気付いてくれたみたいだ。
?
て、
﹁ぷっ﹂
次第に笑顔になっていく。いつもの素敵な笑顔へと。
あそこで馬鹿げた冗談を交えて﹃気にしないでくれ﹄と言う意味は、
もう気にしなくてもいいという額面通りの意味に加えて、仲良しも継
続しましょうという意思表示でもある。
だから俺の言葉の意味を⋮⋮気持ちを理解してくれたから、色んな
荷をずっと抱えていためぐり先輩は、安心してこんな下らないネタで
933
!?
⋮⋮そしてめぐり先輩は膨らませた頬っぺたをぷしゅっと鳴らし
!?
!
!
!
!
笑ってくれたのだ。
やっぱりキミは、どうしようもなく最
やっぱり女神様の笑顔は最高だぜ
﹂
﹁あはははは、ホントにもぉ
低だねっ⋮⋮
!
奮します﹂
﹁あはははは
も、もうやめてー⋮⋮
はずなのに涙が溢れるよ
﹂
のウケっぷりに思わず嬉しくなってしまう。でもおかしいな、嬉しい
普段は笑わすキャラじゃなくて笑われる︵失笑︶キャラな俺は、こ
いつは誰彼構わず常にウケてるけども。
こんなに笑ってくれるのなんて折本くらいなもんだぜ。もっともあ
⋮⋮おお、マジか。俺がこんなにも笑いを取れるなんて。俺相手に
!
﹁さらに追加で最低だねをありがとうございます。やべぇ、すげー興
様へのご奉仕だろ。
だったらとことん笑顔にさせてあげよう。それが、この優しい女神
先輩を笑顔にさせたくなるではないか。
そんな優しい対応をとられてしまったら、俺はもっともっとめぐり
めているような、そんな気がした。
引っ張ったら、君に対して無粋だもんね﹂なんていう想いを言外に込
そ れ は、﹁じ ゃ あ 私 も も う 気 に し な い か ら。こ れ で ま だ こ の 件 を
差し指で拭うと、敢えてあの言葉を使うのだ。
お腹を抱えて笑うめぐり先輩は、そっと目じりに溜まった水滴を人
!
﹂
お、お腹⋮⋮いたいっ
すから、心からの礼を伝えるのがマゾヒストの務めですよ﹂
﹁いやいや、せっかくこんな素敵な聖夜に女神様が罵ってくれたんで
ちゃっただけなんでしょうけどね。
た と こ ろ に い き な り 下 ら な い ネ タ が 投 下 さ れ た か ら、妙 に ハ マ ッ
まぁ別に俺が面白かったわけではなくて、不安と緊張から解放され
?
!
934
!
!
﹁お、お願い⋮⋮も、もうやめてよー⋮⋮
⋮⋮
!
それからもめぐり先輩を笑顔にしたくて、そのまま調子に乗ってM
キャラで攻めまくっていたのだが、その後笑い疲れてぐったりしため
ぐり先輩から、ぷくっと頬っぺで先輩曰く﹃お姉さんのお説教﹄を正
?
座で頂戴いたしました。
ご褒美かな
×
だと思ってくれたのだろうか
そんな葛藤に悶えていると、もしかしたらめぐり先輩も別れが残念
ちゃってるんだけど⋮⋮
⋮⋮ヤバい。なんか俺、めぐり先輩とお別れするのが残念とか思っ
なにボーっとしてんだよ勿体ねぇな俺。
あ、いつの間にか改札前まで来ちゃってるじゃねぇか⋮⋮んだよ、
ると、めぐり先輩が俺に真っ直ぐと向き直り微笑んでいた。
今日のクリスマスデー⋮⋮付き添いを振り返って思いを馳せてい
﹁⋮⋮えと、比企谷くん﹂
どの楽しさだったな。
の頃の、プレゼントをもらうまでのドキドキわくわく感に匹敵するほ
思えば、こんなに楽しかったクリスマスはいつ以来だろうか。子供
変な空気になったこの聖夜の奇跡ももう終わりのとき。
偶然昇降口で会ってから、さんざん照れてさんざん笑ってさんざん
でも先ほどまでとは違う、心地の良い無言だ。
現在の俺と先輩は無言で歩いている。
けば、そこはもう改札なのだから。
めぐり先輩とのクリスマスももうじき終わる。あと数メートル歩
×
﹁今日は⋮⋮本当にありがとう
﹂
名残惜しそうな笑顔で、俺に一言こう告げた。
?
!
935
×
││そのありがとうには、たぶん色んな意味が含まれているのだろ
う。
単純にクリスマスのお供をする事になった事に対するありがとう。
こんなに遅くまでわがままに付き合ってくれてありがとう。
そして⋮⋮ずっと抱えていた思いを笑い飛ばさせてくれてありが
とう。
それは解るのだけれど、それを敢えて口に出してしまえば、それこ
そ無粋ってもんだろう。
だから俺はちょっと恥ずかしいけども、俺からの返答に先輩が余計
な意味を感じてしまわないように、心からの本心で返そう。
﹁⋮⋮て、てか、俺の方こそすげー楽しかったれしゅ﹂
﹂
言葉を素直に喜んで、頬を染めてはにかんでくれるめぐり先輩マジ女
神。
でも胸にギュゥッと抱き締めてるその包みが、苦しそうにグシャっ
比企谷くんっ﹂
と音を立ててるけど大丈夫なのん まぁ中身毛糸だから平気だけ
どね。
﹁あのね⋮⋮
?
とか返事を返す。
!
﹁⋮⋮は、はいっ、なんでしょうか﹂
﹁あ、あのね わ、私今日本当に本当に楽しかったの⋮⋮
な、な
恥ずかしい事についビクッとなっちゃったけど、気にしないでなん
するとめぐり先輩は突然大きな声で問い掛けてきた。
!?
!?
936
⋮⋮もう死にたいれす。
えへへ∼、良かったぁ⋮⋮
今すぐ穴を掘る為のスコップを用意してくださるかし
﹁⋮⋮うす﹂
!
やはり女神か。酷い噛みっぷりなどどうでもいいとばかりに、俺の
!
誰かー
ら
?
﹁そ、そっか⋮⋮
?
極 度
んでこんなに楽しかったのか、自分でもよく分からないんだけどっ
⋮⋮、でも、本当に楽しかった﹂
﹁そ、そすか⋮⋮﹂
ぐ ぉ ぉ ⋮⋮ な に こ れ す げ ぇ 恥 ず か し い ん で す け ど も
!
俺がMだから責めてきた
の照れ屋さんな俺を恥ずか死させるつもりなのん
なんなのこの女神様じつはドSなの
の
やだベストカップル誕生の予感
?
たのです。
﹂
﹁⋮⋮つ、付き合ってもらえるかな
﹁ひゃい⋮⋮
﹁ち、ちちち違うの
そういう意味じゃないからね
⋮⋮あ、あれ
!?
わ、私いま〝付き合って〟の前に、
﹁またどこか遊びに行けたらい
!
じっくりと自身の発言を吟味し、次第に涙目になっていく。
あろう俺の顔を見ためぐり先輩は一時停止。
あまりの間の抜けた声と、たぶん尋常ではなく赤く染まっているで
﹂
うにガバァッと顔をあげ、大声でとんでもない爆弾発言をかましてき
俯いてしばし沈黙すると、ごくりと咽喉を鳴らして意を決したかのよ
そしてゴニョゴニョを言い終えたらしきめぐり先輩は、もじもじと
⋮⋮もし⋮⋮﹂とかゴニョゴニョ言ってて全然聞き取れないし。
弄 っ た り と 大 忙 し。な ん か﹁⋮⋮ ま た ⋮⋮ 行 け ⋮⋮ る ん ⋮⋮ け ど っ
そう言ってめぐり先輩はわちゃわちゃと髪を撫でたりスカートを
﹁だっ、だからそのっ⋮⋮﹂
?
!
?
!?
⋮⋮
﹂
うう⋮⋮き、緊張しすぎて、ちゃんと言ったかどうかももう
分かんなくなっちゃったよぉぉ⋮⋮
んですけども。
まぁ〝付き合って〟というワードが出た時点でオチは決まってる
らしい。
女神様ご乱心である。どうやらゴニョゴニョの内容はそれだった
!
!?
937
!
?
いなぁ﹂とか、
﹁もしよかったらまた﹂とかってちゃんと言ってたよね
!?
か、勘違いなんかしてないんだから
もぉ 比企谷くんがすごい顔したから私びっくり
﹂
﹁で⋮⋮ど、どうかな⋮⋮ 暇な受験生の為に、またどこかに付き
た。
打ち破るべく、めぐり先輩が真っ赤な顔のままずいと攻めこんでき
りとお互いに気恥ずかしくなってしまったのだが、そんな空気を自ら
交際申し込み︵間違い︶後は﹁あ、あはは﹂と変な笑いをし合った
さい。
ラブコメの神様、もうそういうの間に合ってますんで勘弁してくだ
ではなくラブコメの神様の手によるものだと判明しました。
心から胸を撫で下ろすめぐり先輩を見て、作為的ななにかは女神様
しちゃったよー⋮⋮
﹁だ、だよね
す。作為的ななにかを感じる⋮⋮
ただなんでそこだけ小声で言うんだよって問題があるだけの話で
﹁⋮⋮い、いや、大丈夫っす。ちゃんと言ってましたから⋮⋮﹂
!
んな恥ずかしい思いしなきゃならないのん⋮⋮
﹁⋮⋮やっ⋮⋮たぁぁ∼
﹂
どうも、年中暇な比企谷八幡です。
行っちゃうのかよ分かってましたけども。
﹁⋮⋮うっす。ま、まぁ暇だったら⋮⋮﹂
だからここは申し訳ないのだが、心を鬼にして⋮⋮
いやいやもう無理っす。これ以上はもう色々と持ちませんよ。
?
リスマスの奇跡かと思ったから仕方なく付いてきたってのに、またこ
⋮⋮はぁ、マジかよ⋮⋮女神様のお供なんて今日限りの特別⋮⋮ク
合ってもらえたら、嬉しいんだ⋮⋮けど﹂
?
そんな捻デレ丸出しな煮え切らない答えにも、この女神様は心の底
!
938
!
!
!
から喜んで破顔してくれる。
﹂
俺の捻くれて歪んだ魂は、そんな女神様の笑顔に癒され溶かされな
がらこう思うのだった。
ああっめぐりさまっ
おまけ☆
﹁じゃあじゃあ∼、まずは初詣なんてどうかな
﹁あ、いや⋮⋮初詣とか人混みが凄いんで⋮⋮﹂
﹂
むぅ∼⋮⋮ダメ⋮⋮
﹂
﹁むっ⋮⋮ほ、ほらっ⋮⋮私受験生だし、お詣り行きたいかなーって
⋮⋮
﹁⋮⋮っ
?
や っ た そ れ じ ゃ 私 も 比 企 谷 く ん の 妹 さ ん の 合 格 祈
思ってたんで、そのついででよければ⋮⋮﹂
﹁ほ ん と
!
ニット帽で、二人でお揃いで行っちゃおう
﹂
﹁⋮⋮ぐっ、⋮⋮お、おー﹂
﹁あ⋮⋮あと、ね⋮⋮
!
!
ダメ⋮⋮かな﹂
?
﹁⋮⋮やっ⋮⋮たぁぁ∼
﹂
﹁⋮⋮ぐっ⋮⋮まぁ⋮⋮その⋮⋮ひ、暇だったら⋮⋮﹂
の、もしお暇だったら⋮⋮一緒にどう、かな⋮⋮
﹁実はその⋮⋮私、来月の二十一日が⋮⋮誕生日なんだ、けど⋮⋮そ
﹁⋮⋮なんでしょう⋮⋮﹂
?
おー﹂
願、す っ ご い お 詣 り し ち ゃ う ね え へ へ、じ ゃ あ こ の マ フ ラ ー と
!?
!
939
!?
!
﹁⋮⋮うっ⋮⋮ま、まぁ小町⋮⋮い、妹の受験のお詣りには行きたいと
!
﹁城廻先輩推薦じゃないですか﹂
!
女神様にお仕えする事が決定してしまった信徒としての結論。
どうやら、女神様は大魔王様以上に逆らえる気がしないようです。
終わり
940
二回目のはじめて
﹁⋮⋮ん⋮⋮っ﹂
穏やかなまどろみとは無縁の、苦痛を伴う痛みに目が醒めた私。
私いつの間に寝ちゃったんだろ⋮⋮確かゆうべは
﹁あったま痛∼⋮⋮﹂
⋮⋮あ、あれ
講義終わりに美樹とショッピング行ってカラオケ行って⋮⋮んで、居
酒屋で飲んで⋮⋮⋮⋮って、それか⋮⋮
ヤバい、全っ然記憶が無い⋮⋮普段こんなんなるまで飲む事なんか
ないのに、なんでかゆうべは溜まった愚痴吐いてたらお酒止まんなく
酒で記憶なくなるとかこわっ
なっちゃって、そっからは記憶がないや⋮⋮
⋮⋮こわっ
﹂
﹁⋮⋮え⋮⋮
てか、私どうやって帰って来たんだっけ⋮⋮
⋮⋮
マジで記憶って飛ぶんだ。初めての経験だけど、結構恐いな、これ
!
?
だ。
この内装は、ホテルかなんか⋮⋮
二日酔いで気付かなかったけど、痛いのって頭だ
?
気付いた事実。
初めて感じる数々の痛みと恐怖に次第に覚醒していく私が、今さら
み。
そしてなによりも違和感がある痛み⋮⋮それは、陰部から感じる痛
みたいに、変な所が筋肉痛になってんだけど⋮⋮
体が⋮⋮なんだか痛い。なんか、普段使い慣れてない筋肉を使った
けじゃないじゃん。
てか⋮⋮、え
途端に恐怖が全身を包み、体が硬直する。
?
いま気付いたのだが、私は全く見覚えのないベッドで目が醒めたの
ここ⋮⋮
⋮⋮どこ
?
941
?
!
?
﹁⋮⋮う、そ﹂
私は⋮⋮一糸纏わぬ、生まれたままの姿でベッドに横たわってい
た。
そしてすぐ隣には人の気配⋮⋮
││そこには、一糸纏わぬ生まれたままの姿の男の人が、私に背を
向けて眠っていたのだった。
×
だ っ て、ゆ う べ は 美 樹 と 二 人 で 飲 ん で た じ ゃ ん
?
たってこと⋮⋮
それが、こんな風に失っちゃうなんて⋮⋮マジで笑えるよね⋮⋮
かった⋮⋮付き合えなかったってだけ。
彼氏を作ろうと思っても全然男に惹かれなくて、誰とも付き合わな
みっともないお話。
単に、変にこじらせ過ぎて、捨てるに捨てられなかったってだけの
ずっと大切にしてきたのに⋮⋮なんて綺麗事を言うつもりはない。
たって事になっちゃうんだな⋮⋮
つまりアレも未経験⋮⋮そう、処女。⋮⋮いや、正確には処女だっ
ていた私は、未だ男と付き合った事もない。
がない。ずいぶん前に恋した人への気持ちを変にこじらせてしまっ
││もう二十歳も過ぎたというのに、私は合コンとかにも行った事
?
酔いつぶれてたところを、どっかの男にホテルにでも連れ込まれ
⋮⋮
な ん、で ⋮⋮
これが⋮⋮世に言うお持ち帰りってヤツ⋮⋮
目の前が真っ暗になる。
×
まさか初めてが、酔った私を身勝手にホテルに連れ込んだのであろ
942
!
?
×
う、どこの誰とも知れない男だなんて⋮⋮
﹁⋮⋮うっ⋮⋮うう﹂
あまりの惨めさに、涙がとめどなく溢れてくる。
自分でも分かってるよ。二十代にもなって、たかだかお持ち帰りさ
れたくらいで涙する自分がいかに気持ち悪いかって事くらい。
こんなの、普通の女だったら﹁あ∼⋮⋮やっちゃったぁ﹂くらいの
もんなんだろうね、知らないけど⋮⋮
でも私はぼろぼろと流れる涙を止められずにいる。
私がこうなってしまった原因⋮⋮恋も彼氏も出来なかった原因に
起因してるのかもしれない。
あ ∼ あ ⋮⋮ こ れ が 私 の 末 路 な ん だ ぁ、っ て、こ れ が 罰 な の か も
なぁ、って。
⋮⋮でも神様、こんなのはあんまりだよ⋮⋮
あの事が原因で、あの恋が原因で、一生恋もセックスも出来ないか
もとかは覚悟してた。
でも、それなら覚悟してたのに⋮⋮それなら全然良かったのに⋮⋮
よりによって、見ず知らずの男にお酒の過ちで抱かれたなんて⋮⋮
本来であれば、恐いしキモいし早く服を着て逃げ出したい所なんだ
ろうけど、⋮⋮⋮⋮なんか、もうどうでもよくなっちゃって⋮⋮もう
なんでもいいやって投げ遣りな気持ちになっちゃって⋮⋮、だから私
は溢れ出る涙も拭わず、壊れた人形のように、ただベッドに力なく腰
掛けているのだった。
﹁⋮⋮う、ん﹂
そんな、茫然自失になっている私の横で、この見知らぬ一夜限りの
恋人がどうやらお目覚めのようだ。
自暴自棄になってしまった私は裸でいる事も気にせず、ぼーっと死
943
んだ魚のような目で、その一夜限りの恋人が起き上がる様子をただ見
ていた。
見ていたといっても、涙がぼろぼろとこぼれ落ち続けている私の目
では、輪郭くらいしか見えないんだけど。
そして⋮⋮その男はのそりと起き上がり、私が視線を向けている事
にも気付かない様子でぼりぼり頭を掻くと、キョロキョロと辺りを見
え、なにここ⋮⋮てか俺こんなとこでなにしてんの⋮⋮
渡してこう言うのだ。
﹁⋮⋮は
﹂
って。
ら、なんで私が知ってる声が聞こえてくんの⋮⋮
の名前を。
﹁ひ、比企谷
﹂
﹁⋮⋮え、さ、相模⋮⋮
!?
!?
×
ぬベッドの上で、私は再会を果たしたのだ。高校時代の同級生と。
高校を卒業してから数年。こうして見知らぬホテルの一室、見知ら
﹂
り、私はすぐさま手近にあった布団で肢体を覆い隠して叫ぶ。こいつ
途端に自身が生まれたままの姿でいる事が死ぬほど恥ずかしくな
聞き間違えようがない。
でも、未だ涙で姿は確認出来なくても、この怠そうなあいつの声は
一糸纏わぬ姿で目が醒めた時よりもずっと混乱する頭。
?
酔った上での、行きずりの淫らな行為の相手と思っていたその男か
⋮⋮意味が分からない。
酷く懐かしく⋮⋮そして、とても聞き覚えのある声で。
?
×
944
?
×
現在、私と比企谷は慌てて服を着てから、ベッドの上で向かい合っ
て正座をしている。
﹂
向かい合ってとは言っても、あまりにも恥ずかしくて顔は見れない
けども。
﹁本当にすまん⋮⋮
恥ずかしさでずっと俯きっぱなしの私に、比企谷は先ほどからずっ
と土下座状態で謝罪を繰り返している。
まぁ、そりゃそうだろう。目が醒めたら、隣には全裸で涙をぼろぼ
ろ流した高校時代の同級生が座ってたのだから。
未だ真っ赤な顔で俯きっぱなしのこの姿も、比企谷にはずっと泣い
ているように見えるのかな。
﹁⋮⋮だ、だからさぁ⋮⋮今はそれはいいから⋮⋮私はなんでこうい
う状況になったのかを知りたいんだけど﹂
でもそれは比企谷の勘違い。だってもう私は一切泣いてないから。
つい先ほどまでは、自分の惨めさと情けなさに悲観して絶望して大
泣きしてた私だけども、相手が見ず知らずの男どころか比企谷だと
死ぬほど恥ずかしいけ
知った今では、とりあえず処女を奪われちゃった事なんてどうでもい
い。
⋮⋮いやいや、全っ然よくないけどもっ
どもっ
!
し
にょもにょするっ⋮⋮
すると比企谷はなぜか不思議そうに眉をしかめる。
至るまでの状況を少しでも知りたいのだ。
だから今はとりあえず、どうしてこうなってしまったのか、ここに
!
945
!
で、でもそれは、これからの比企谷との会話でどうとでもなる話だ
!
にしても⋮⋮私の初めてが比企谷なんだなぁ⋮⋮うぅ、なんかも
!
あ、もしかして私が自分を私って言った事⋮⋮
?
お酒の失敗で女をホテルに連れ込んでヤッちゃった
ここ
!
しょ
﹁⋮⋮で
さくなって、あんま飲み慣れない酒ガブガブ飲んでたら、いつの間に
に振られただのなんだのとすげぇ愚痴ってくるもんだからめんどく
日は同じ学部のヤツに居酒屋に付き合わされてな、そいつが最近彼女
﹁⋮⋮ホントにすまん⋮⋮マジで俺も全然覚えてねーんだよ⋮⋮。今
持ちが弛んじゃわないようにビシッと低い声で言ってやった。
さっきまで涙してた暗い気持ちなんてもう一切無いけど、口元と気
たわけ⋮⋮
﹂
なんであんたが私をホテルに連れ込むような流れになっ
はあくまでも、犯したこいつと犯された私って構図を守らなくちゃで
かくペコペコしてるこいつに気持ちを悟られちゃうじゃん
おっとヤバいヤバい。ここで口元を弛ませちゃったりしたら、せっ
のは当然っちゃ当然なんだけど、なんか面白いかも。
事実がこうして目の前にある以上、こうやって下手︵したて︶に出る
そりゃね
それに、私に対してこんなに平身低頭な比企谷は初めて見るなー。
んて、ちょっと⋮⋮どころじゃないくらい嬉しいかも。
下ですれ違ったとき以来だってのに、未だに私の一人称を覚えてるな
でもま、卒業してから数年、会話に至ってはあの体育祭のあとに廊
ったく⋮⋮相変わらず細かいトコが気になるんだなぁ、こいつは。
﹁⋮⋮あ、いやすまん。ちょっと違和感だったから﹂
つーか、今それどころじゃないでしょうが﹂
結構前から矯正して私にしてんだけど、なんか文句あんの⋮⋮
﹁⋮⋮いい歳していつまでもうちとか言ってたら痛いでしょ。だから
?
超笑えるんだけど
か記憶が⋮⋮って⋮⋮感じだ⋮⋮感じです﹂
ぷっ、感じです⋮⋮だって
あの比企谷が私に敬語とか超楽しい
!
ま、まぁそんな比企谷の弱々しい態度は本当に面白いんだけど⋮⋮
!
!
なにこれ、どっちも記憶が無いとか、もうどうしよう
んー、そっかぁ⋮⋮
﹁マジで⋮⋮
?
946
!?
?
?
!
もないじゃん⋮⋮﹂
面白いんだけども⋮⋮でも、状況が分からず仕舞いってのが物凄く
気になってしまう。
﹁マジですまん⋮⋮それ以外に言葉もない⋮⋮﹂
い、いや⋮⋮まぁ記憶無いままヤッちゃったのはお互い様なんだけ
どね。
こういう時、やっぱ女って便利よねー♪
﹁⋮⋮あと⋮⋮その﹂
私が〝女〟なのをいいことに心の中でほくそ笑んでいると、比企谷
はチラッ、チラッっと、ベッドの上に視線をやっている。
﹂
その視線の先には、少し赤い液体で汚れてしまったシーツが⋮⋮
﹁∼っ
こいつがなにを言いたいのかを理解したうちは、火が出ちゃうん
な、なによ、うちが処女だったってのが、そんなに変なわけ
じゃないかってくらいに羞恥で顔が熱くなる。
﹁はぁ
﹂
ち、違くてだな⋮⋮その、なんだ。さ、相模ってモ
感に苛まれてんでしょ⋮⋮
⋮⋮
で、で も さ ⋮⋮ 不 意 打 ち で 突 然 モ テ そ う と か や め て く ん な い
﹁⋮⋮ふ、ふーん⋮⋮あっそ﹂
?
うせ、こんな下らない事でうちの大事なものを奪っちゃったって罪悪
⋮⋮まぁ、言いたい事は分かってるっての⋮⋮あんたの事だからど
て言い訳をする。
あまりの恥ずかしさに声を荒げたうちに、比企谷は必死に首を振っ
テそうだから、なんつーか⋮⋮その⋮⋮意外でな﹂
!
?
見てるって事じゃんよ⋮⋮
に動揺させられてしまったうちは、ちょっ
?
せいぜい罪悪感に苦しめ
と嫌味っぽくやり返してやる事にした。
⋮⋮ふ、ふんっ
!
いきなりの誉め言葉
!
だって、それってあんたがうちのことを可愛いとか、そういう目で
!?
!
947
!
!?
﹁い、いや⋮⋮
!?
﹁⋮⋮そ、そりゃまぁモテるけど⋮⋮でもうち、ちょっと昔の恋ひき
ずっちゃってて⋮⋮あんま他の男が恋愛対象に見えないっていうか
⋮⋮そいつ以外にあげたくなかったと言うか⋮⋮、だから大事に取っ
といたというかなんというか⋮⋮﹂
なにを暴露し
⋮⋮と、比企谷をちょっとからかってやろうとそんなことを言って
みたんだけど⋮⋮う、うち、なに言っちゃってんの
ちゃってんの
なにこれめっちゃ恥ずかしいんだけど⋮⋮
顔面蒼白になった。
﹁⋮⋮ 本 当 に す ま ん
なきゃ始まらないもんね。
んだってしてくれるにしても、やっぱりまずはこうなった経緯を知ら
こいつが一方的に責任を感じてくれるにしても、出来ることならな
うちは黙ってバッグからスマホを取り出す。
ホントうちって、今も昔も全然変わらず俗物まみれだなぁ⋮⋮
ならなんだってするから││に心が揺らいじゃってるし。
それなのに、うちはいま比企谷が言ったセリフ││俺に出来ること
分かるから⋮⋮
のに比企谷は一方的に責任を感じて、うちの身を案じてくれてるって
言ってしまえば喧嘩両成敗みたいな事態なはずなのに⋮⋮それな
ちの心配をしてくれてるんだって分かるから⋮⋮
⋮⋮こいつは、比企谷はなんの裏も掛け値も無しに、心の底からう
苦痛に歪む比企谷の顔を見ていると、少し胸が苦しくなる。
⋮⋮俺に出来ることならなんだってするから⋮⋮
﹂
こ ん な こ と で 許 さ れ る わ け は 無 い と 思 う が
うで、うちのその恥ずかしいセリフを聞いた途端に、こいつは一気に
しかし、やはりそんな捨て身の攻撃は比企谷には効果抜群だったよ
!?
!
!
ちゃんと状況を知れれば、比企谷の罪の意識も軽くなるかもしれな
いし。
948
!
!?
とか思ってたうちに言える事じゃないけども
⋮⋮って、ほんの悪戯心とか照れ隠しで、比企谷に罪悪感をさらに
感じさせてやれ
!
﹁⋮⋮バカじゃん 通報なんてまだしないから⋮⋮。さっきから何
⋮⋮
出すわけないじゃん⋮⋮。あんた、うちの事なんだと思ってんのよ
あのさ⋮⋮状況も分かってないのに、同級生をいきなり警察に突き
が届いた。
と、スマホをタップし始めたうちの耳に、諦めにも似た比企谷の声
﹁⋮⋮通報⋮⋮か。⋮⋮ま、仕方ねぇか⋮⋮﹂
!
まんないでしょ﹂
⋮⋮うち⋮⋮
﹂
?
なんかうち変なこと言った
﹁⋮⋮ん
は
うっさいわね。
の経緯がどうしても知りたいのよ。それが分かんなきゃ、なんにも始
度も言ってんでしょ、うちはなんでこんな事になっちゃったのか、そ
?
だが、うちはこのあと嫌というほど知る事となる。
だからもしかしたら⋮⋮真実を知っているかも⋮⋮
ちを、あの子がそのまま放置して帰るわけが無いんだから。
お酒に強いし、記憶がなくなるくらいべろんべろんに酔っ払ってたう
だってうちは美樹と二人で飲みに行ってた。美樹はうちと違って
よくよく考えたら、そもそも変な話なのよ。
た。
れて、着信履歴から美樹の番号を引っ張ってきてすぐさま電話を掛け
そしてうちは通話内容を比企谷に聞かれないようにベッドから離
﹁⋮⋮あ、⋮⋮そうか﹂
の子ならもしかしたらなんか知ってるかなって﹂
﹁だから美樹に⋮⋮あ、うちが一緒に飲みに行ってた子なんだけど、そ
?
?
真実というのは、知らない方が幸せな事もあるのだということを
⋮⋮
949
?
×
×
激しく揺れる。
おー、無事だったかぁ
││これ、なんて訊ねればいいの⋮⋮
﹃あ、もしもし南
﹄
あんた今どこに居んの
!
﹂
やっぱり⋮⋮ゆうべなにかあったんだ⋮⋮
﹁えっと⋮⋮⋮⋮あ
うちこれなんて答えればいいの どっか知ら
そんなの言えるわけないじゃん⋮⋮
ないホテルに居るとか言えばいいの
いやいやいや
"
!
ってなに
"
ねぇ、ちょっと
﹄
処女喪失しちゃいましたなんて言えるわけ無いじゃんよ⋮⋮
あ
﹃南⋮⋮
?
!?
!
?
がないじゃない⋮⋮
は比企谷なんだから⋮⋮⋮⋮別に、いいよね
ふくろう
﹂
!
なんでいきなり動物物真似⋮⋮
﹄
?
し、死ぬほど恥ずかしいけどっ⋮⋮
なに
?
﹁ホッ⋮⋮ホホホホ⋮⋮ッ⋮⋮
﹃は
?
?
お持ち帰りされて大泣きしたとかだったら絶対言えないけども、相手
美樹が罪悪感抱いちゃうかも知れないから、どっかの知らない男に
!
⋮⋮うちはこうなった経緯をどうしても知りたいんだからしょう
確かに言いづらい事ではあるけども
でも
!
!
それなのに二人で飲みに行った翌日に、どこぞの知らないホテルで
歴とか全部知ってる。遍歴=ゼロですがなにか。
美樹は大学に入ってから知り合った友達だけど⋮⋮うちの男性遍
!
!
⋮⋮無理無理無理
!?
!?
し立ててきた。
美樹は、普段電話した時では有り得ないくらいの勢いで激しくまく
!?
?
相手が電話に出たことによって、今更ながらに緊張でうちの心臓は
三回目のコールでスマホには通話中と表示された。
×
?
950
!?
そのっ⋮⋮ホッ⋮⋮、ホテ⋮⋮ル﹂
ホ、ホテルに⋮⋮居るの⋮⋮
全然聞こえないんだけど﹄
﹁ちっがーう
﹃は
﹁だっ⋮⋮だからっ⋮⋮
﹄
知らない、ラ、ラブホかなんか⋮⋮﹂
﹃マジ⋮⋮
﹂
良かったじゃーん
方だったのだ
?
﹃マジでー
﹁⋮⋮⋮⋮は
!
﹄
どっか
だがしかし本当にビックリするのは、次の美樹の発言を聞くうちの
ば⋮⋮
付き合おうとしなかった友達から、いきなりラブホに居る発言が出れ
ず、ゼミやらサークルやらで何人かのイケメンに告られても、誰とも
そりゃビックリだろうよ⋮⋮どんなに誘われても合コンにも行か
!
!
ようやく言えた居場所に美樹は絶句する。
?
!?
×
な、なにが良かったの⋮⋮
なんで知ってんの
えーっと⋮⋮ヒ、ヒキガヤ
ちょっと待って
を聞いて、その返答が﹁良かったじゃん﹂ておかしくない⋮⋮
﹁⋮⋮え、美樹⋮⋮
﹂
﹃え、だって処女捨てられたんでしょ
﹂
くん相手に﹄
﹁ぶっ
いま比企谷って言った⋮⋮
なに言ってんのこの女⋮⋮
てか、え⋮⋮
⋮⋮
?
?
なんで美樹が比企谷知ってん
?
?
?
?
﹁ちょちょちょ⋮⋮ちょっと待って
?
?
さっきまでどこに居るのか心配してた美樹が、今のうちの衝撃発言
⋮⋮ちょ、ちょっと待って⋮⋮
×
!?
?
951
!
?
×
!
?
!?
?
の
﹂
あとなんでホテルって言っただけで処女捨てられたって知っ
てんの
﹃あ、やっぱ捨てられたんじゃーん﹄
﹁うぐっ⋮⋮﹂
なんだかすごい墓穴を⋮⋮
る為にあたしに電話してきたんじゃないの⋮⋮
﹁⋮⋮マジ⋮⋮です﹂
﹄
美樹がこんなにも動揺してるのは初めてだ⋮⋮
マジでうち、ゆうべなにがあったの⋮⋮
や め て よ 聞 き た く な い レ ベ ル が 上 が る 一 方 だ よ ⋮⋮
し か
苦し気にそう言ったら、美樹は﹁うわぁ⋮⋮悲惨﹂と呟いた。
⋮⋮﹂
﹁⋮⋮ない、です⋮⋮。二人して目が醒めたら、もう意味分かんなくて
?
?
?
?
﹃⋮⋮えっと⋮⋮じゃあやっぱ、ヒキガヤくんもなんも覚えて⋮⋮
﹄
﹃⋮⋮え、南あんたマジで言ってんの⋮⋮ あれからのこと報告す
ら、電話⋮⋮したんだけど﹂
いて⋮⋮っ、ゆうべ⋮⋮なにがあったのか⋮⋮美樹に聞きたかったか
﹁⋮⋮と、とにかく⋮⋮っ、しょ、処じ⋮⋮その件は一旦どっか置いと
!
!
﹄
﹃一応確認しとくけどさ⋮⋮知りたい⋮⋮
あんた誰よ⋮⋮
?
体記憶無いみたい﹂
﹁⋮⋮それがまたさっぱり⋮⋮ちなみに比企谷もうちと会ったこと自
﹃まずさ、ヒキガヤくんに遭遇したのは覚えてんの
﹄
﹃OK、あんたの覚悟は受け取った。じゃあ心して聞くがよい﹄
だって⋮⋮知りたくないけど知りたいんだもん⋮⋮
る事を決めた。
なんかもうマジで知りたくないけども、うちは血涙を流す覚悟で知
!
で、でも知らなきゃなん
﹁ぐぬぬっ⋮⋮し、知りたくないよぉ⋮⋮
﹂
?
ないのよ、うちは⋮⋮
!
それで幸せか⋮⋮﹂とか、さらにレベルが上がる一方です。
もそのあとに﹁まぁ⋮⋮あの惨状を覚えてないってんなら⋮⋮それは
!
952
!?
!?
﹃⋮⋮そっからか。⋮⋮えっとね、恋バナになったとき南が珍しくく
だ巻いてね、お酒がばがば飲んでグチグチ言ってたのよ。やれ断って
も断ってもしつこい男がいて鬱陶しいだの、やれうちはあいつ以外と
恋愛する気なんかないって言ってんじゃん
だのと﹄
⋮⋮うわぁ、うちそんなこと言ってたの
てここら辺の学校に通ってたりすんの⋮⋮
﹃はぁぁ
﹂
⋮⋮文化祭のとき
って思ってあたしもそっちの席に走ってったら⋮⋮あん
たわんわん泣きながら﹃ヒキガヤ∼ヒキガヤ∼
﹄とか
う ち ホ ン ト の こ と 気 付 い て か ら ず っ と
ずっと謝りたかったんだけど、恐くて謝れなかったのぉ⋮⋮
頬擦りしながら謝りまくって﹄
﹁﹂
ループ﹄
﹁ちょっと待って
されて抵抗しないとかおかしくない
酔っ払うと無口にな
?
るタイプらしくって、あんたが抱き付いたり頬擦りしてる最中も、微
来上がってたみたいでさぁ⋮⋮、なんか彼ね
﹃あー⋮⋮いや⋮⋮実は南が突撃した時にはすでにヒキガヤくんも出
!?
あ、あのすぐキョドる比企谷が、いきなり女に抱きつかれて頬擦り
抵抗とかしなかったわけ
﹂
ほ、頬擦りって言うけどさぁ⋮⋮、ひ、比企谷は
﹃そっからは謝って頬擦りしたりありがとうって頬擦りしたりの無限
!
はホントにごめんねぇ
!
﹁ぶぅっ
ついたの﹄
突撃かましてさ⋮⋮泣きながらすっごい勢いでヒキガヤくんに抱き
﹃はぁぁ⋮⋮そしたらあんたさぁ、なんの迷いもなく速攻でその席に
?
マジか⋮⋮比企谷もあの店に居たのか⋮⋮てか比企谷ももしかし
んでたヒキガヤくんを﹄
﹃そんな時さぁ、発見しちゃったのよ、あんたが。同じ店でたまたま飲
⋮⋮にしても、あいつ以外と││とか、うちなに言ってんのよ⋮⋮
ら、ここんとこストレス溜まってたけども。
最近確かにしつこく何度も飲みに誘ってくるヤツが何人か居るか
!
!
!?
!?
953
?
? !?
動だにしないでずーっと黙って、虚ろな目で遠くを見っぱなしだった
のよ﹄
﹁⋮⋮﹂
﹃んで、さ⋮⋮南ヒキガヤくんの連れとか一切無視してそのままそっ
ちの席に居座っちゃって、今度はさっきまであたしとしてた恋バナに
ついて比企谷くんにグチグチ文句言い始めてさぁ⋮⋮﹄
⋮⋮どうしよう⋮⋮二日酔いがぶり返してきちゃったよ⋮⋮頭痛
い⋮⋮
﹃⋮⋮んでぇ、しばらくしたらあんたとんでもないこと言い出したの
よ⋮⋮﹄
⋮⋮うっそ⋮⋮すでに十分とんでもない騒ぎを起こしてるっぽい
全部あんたのせいじゃん
文化祭とか体育
なんでうちが今まで彼氏とか出来なかったと思って
んですけど、まだこれ以上があるの⋮⋮
﹃﹁大体さぁ
んのよヒキガヤぁ
だ
でもあんた
に対する罪悪感が凄くて気持ちも伝えらんないまんまでさぁ
祭とか、あんな事されたら惚れるに決まってんじゃん
!
だから責任
﹂⋮⋮って、泣きながら大声で。あん
来ずに彼氏も出来ずに処女のまんまなんじゃんかぁ
取ってうちの処女貰ってよぉ
!
え
もループに仲間入り。⋮⋮ねぇ、南に分かる⋮⋮
居酒屋で
﹃そっからはさっきのごめんとありがとうのループに加えて、処女貰
⋮⋮ヤバい、軽く死にたい。
たどんだけ蓄まってんのよ⋮⋮﹄
!
?
ろな目で一点を見つめ続けているってカオスな図⋮⋮。それをさ
⋮⋮やっぱ、世の中には知らない方が幸せってこともあるんだね
﹁誠に申し訳ありませんでした⋮⋮﹂
⋮⋮﹄
にして謝りながら聞いてたわけですよ⋮⋮ホント恥ずかしかったわ
あたしとヒキガヤくんの友達は、他のお客さんとか店の人の目を気
?
954
?
からうちはあんたに対する想いを引きずってこじらせて⋮⋮恋も出
!
!
!
!
大声で処女貰えって叫んでる酔っ払いに絡まれてる相手が、ずっと虚
!
⋮⋮
﹃で、なんとか宥めて居酒屋逃げ出して、時間も時間だし帰ろうかって
うちヒキガヤと一
話になったんだけど、そしたらさっきまで泣き上戸怒り上戸だった南
が急に幼児返りしちゃってさぁ⋮⋮﹁やーだぁ
ヒキガヤと一緒に居るのぉ
マジで知らなきゃ良かった⋮⋮っ。
﹂って、ユーカリの木
て、うちが比企谷をお持ち帰りしたみたいです⋮⋮
どうしよう。真実は、比企谷がうちをお持ち帰りしたんじゃなく
⋮⋮う、うん⋮⋮いま危うく意識を失いかけました⋮⋮
ルに連れ込むとはねぇ﹄
ら大丈夫かぁ⋮⋮ってさ。まさかそのあと、南がヒキガヤくんをホテ
からもうあんたら置いてきたのよ。まぁ酔っ払いだけど男も居るか
に抱き付くコアラみたいに離れなくなっちゃって⋮⋮んで、仕方ない
緒がいいのぉ
!
!
ホントはもっと酷かったの
!?
今の掻い摘んでたの
﹃ま、掻い摘んで言うとこんな感じかなー﹄
え⋮⋮
!?
真っ最中だよねー。経緯が分かったから、これでお互い気兼ねなく愛
﹂
し合えんじゃないのー 今日は代返しといてあげっからごゆっく
り∼﹄
﹁ちょ、美樹
?
﹁⋮⋮﹂
⋮⋮こ、これはさすがに比企谷には言えない⋮⋮
いや、別に保身の為とかじゃないのよ
ただ、これを比企谷に伝えるって事は、ゆうべの痴態から比企谷へ
!?
!
あいついま絶対ニヤニヤしてたろ⋮⋮ぁぅ⋮⋮顔が熱い⋮⋮
そう言って美樹は一方的に電話を切ってしまった。
!?
955
!
﹃おっと、話が長くなっちゃったけど、今ホテルって事はお楽しみの
!?
の密かな想いまで、全部言わなきゃいけないって事でしょ⋮⋮
?
い や い や い や 無 理 無 理 無 理 そ ん な ん 言 え る わ け な い じ ゃ ん
⋮⋮
!
って伝えてお茶を濁そうそうしよう。
よ、よし⋮⋮ここはとりあえず比企谷には非は無かったみたいだよ
!
お、おう⋮⋮な、なんか⋮⋮色々迷惑掛けたみた
そう心に決めて恐る恐る振り向いたうちの目に飛び込んできた光
景は⋮⋮
﹁マジ⋮⋮か⋮⋮
あんま意識しちゃうと顔が弛んで崩壊しちゃいそうだったから、極
てないっていう、勿体ないって不満以外は。
瞬で天にも昇る気持ちに変わったのよね。せっかくの初めてを覚え
実は、一夜限りの恋人が比企谷だったって知った時は、絶望から一
││短い春だったなぁ⋮⋮
つまり⋮⋮比企谷にも全部知られました。
ないと、気を利かせて電話してくれてたのだろう。
からなかった場合でも、比企谷の友達に聞けばなにか分かるかもしれ
だからさっきうちが言った言葉を聞いて、もし美樹に聞いて何も分
比企谷はうちに物凄い罪悪感を抱いていた。
らなんか知ってるかなって﹄
﹃うちが一緒に呑みに行ってた子なんだけど、その子なら、もしかした
知りたいのよ。それが分かんなきゃ、なんにも始まんないでしょ﹄
﹃うちはなんでこんな事になっちゃったのか、その経緯がどうしても
頭をがしがし掻いて電話を切るところだった。
これでもかってくらいに真っ赤な顔をした比企谷が、気まずそうに
いですまん⋮⋮じゃあな⋮⋮﹂
?
力考えないようにしてたけども。
956
?
でも⋮⋮せっかくの春も一瞬で冬に変わっちゃいました⋮⋮誰か、
うちにトドメを刺して⋮⋮
×
このままだ。
﹁あ、あにょ⋮⋮ひ、比企谷⋮⋮
?
﹁⋮⋮あの、その⋮⋮き、聞いた⋮⋮
﹂
みたい。まぁ、こいつは常にキョドってるけど。
も必死で比企谷に声をかけてみると、どうやらこいつもド緊張してた
あまりにも気まずい沈黙に耐えきれなくなったうちが、噛みながら
﹁⋮⋮お、おおおう﹂
﹂
ちなみにお互いに電話を切った直後から、しばらくのあいだ無言で
けども。
向かい合ってとは言っても、あまりにも恥ずかしくて顔は見れない
現在うちと比企谷は、ベッドの上で向かい合って正座をしている。
×
言い逃れようがないじゃん⋮⋮どんだけ自分の首絞めまくってん
してしまっている。
うちは真実を知る前に、すでにこんな事を比企谷にカミングアウト
ら大事に取っといたというかなんというか⋮⋮﹄
いっていうか⋮⋮そいつ以外にあげたくなかったと言うか⋮⋮、だか
﹃昔 の 恋 ひ き ず っ ち ゃ っ て て ⋮⋮ あ ん ま 他 の 男 が 恋 愛 対 象 に 見 え な
⋮⋮
言えなかった密かな想いが、よりにもよって本人にバレてるんだから
ああ、全身が燃えるように熱い⋮⋮。だって、うちが今まで誰にも
ぐぅ⋮⋮やっぱり⋮⋮
﹁お、おう⋮⋮まぁ、あらかたは﹂
てか主語なんて言えるか。
れば、主語なんて必要ないよね⋮⋮
恥ずかしすぎて主語は口に出来ないけども、この状況でこう質問す
?
?
957
×
のよ、うち。
知られちゃったも
心の内を知られるのって⋮⋮
⋮⋮ぁぅ⋮⋮今すぐにでもここから逃げ出したい⋮⋮こんなに恥
ずかしいもんなの
││でも、もうどうしようもないじゃん⋮⋮
違ったっけ
恥を食らわば皿までとか言うし
毒
かいてやろうじゃない
あれ
?
!
⋮⋮
んは知られちゃったんだから⋮⋮だったら、この際だから最後まで恥
!
?
!
部言ってやる
﹂
﹁比企谷⋮⋮
﹂
まぁそんな事どうだっていいや。ここまできたら、言いたいこと全
?
﹁あんたさっき、俺に出来る事ならなんだってするって言ったよね
﹁おう⋮⋮﹂
!
無いわけ
﹂
今それ言っちゃう あんたどんだけデリカシー
!
﹁⋮⋮ぐっ﹂
﹁だ、だから
﹂
!?
そこは分かってても普通触れな
経緯はどうあれ、酒に飲まれてうちの処女を
﹂
││今からうちが比企谷にお願いする事は、言うまでもなく絶対に
く大きく深呼吸をする。
黙らせたうちは、すーはーすーはーと、たぶん今までの人生で一番深
恥ずかしさと気まずさを誤魔化すように、ギロッと睨んで比企谷を
﹁⋮⋮理不尽すぎだろ⋮⋮、あ、いや⋮⋮なんでもないです﹂
んか文句ある
!?
今から比企谷にひとつだけ何でもしてもらうけど、な
奪った事に間違いはないでしょ
!
いとこでしょうが
こいつマジでバカじゃないの
﹁⋮⋮すみません﹂
!?
﹁⋮⋮と、とにかく
!
!?
!?
﹁う、うっさい
どっちかっつうとお持ち帰りされたのは俺のほ⋮⋮﹂
﹁⋮⋮ お う、言 っ た な ⋮⋮ っ て ち ょ っ と 待 て、な ん か 聞 い た 話 で は、
!?
!
!
958
?
間違っている。
⋮⋮それは分かってるけども、たぶんこれを言わなかったら、これ
を聞いて貰えなかったら、うちは一生後悔すると思うから⋮⋮
がたがたと震える手でシーツをギュッと握りしめ、まず間違いなく
潤々と潤んでいるであろう涙目な上目遣いで、うちは比企谷にこんな
お願いをするのだった。
﹁⋮⋮うちのせっかくの初めてなのに⋮⋮ようやく叶った初めてなの
に⋮⋮うちも比企谷もなんにも覚えてないのがすごく嫌だ⋮⋮。だ
﹂
から、今から一度、もう一度だけでいいから⋮⋮うちと⋮⋮えっちし
てくんない⋮⋮
そう。どんな事でもって言われた時、まず思い浮かんだのがそれ。
だってうちと比企谷が付き合うとか、そんな夢が叶うはずないし、
弱みに付け込んでそんなお願いをするのは違うと思うから。
だからせめて、身体だけでも比企谷に愛されたって事を、比企谷の
ア、アホか、そんなこと⋮⋮出来るわけないだろ⋮⋮﹂
温もりを、ちゃんと覚えていたいから。
﹁⋮⋮は
ともセックスとか出来ないと思う。⋮⋮比企谷が、うち自身が思って
るよりも、ずっとあんたへの歪んだ気持ちをこじらせちゃってるから
⋮⋮。だから、やっと叶った⋮⋮ずっと夢見てた比企谷との初めてを
どっちも覚えてないなんて⋮⋮そんなの⋮⋮うち、辛い⋮⋮﹂
気付けば、いつの間にかうちはまたぼろぼろと涙をこぼしていた。
もしかしたらこれでもう一回しちゃったら、もっともっと辛くなる
のかも知れない。夢にまで見た比企谷の温もりを知ってしまうから。
でも⋮⋮それでもうちは比企谷に抱いて欲しい。
記憶に無い一度限りのセックスを、一生胸に抱いて生きていくのは
﹂
俺に出来る事ならなんだってするって。だ
あまりにも辛すぎるから。
﹁比企谷言ったよ⋮⋮
からさ、一度だけ、しよ⋮⋮
?
?
959
?
﹁お願い比企谷⋮⋮うちはたぶん、このさき誰とも付き合えないし、誰
?
⋮⋮ったく⋮⋮何度も何度も女にこんなこと言わせんな、このバ
カ。
こんな美人と後腐れなく一回出来るんだから、男だったら速攻で飛
び付いてきなさいよ。
ま、こういう面倒くさくて優しい捻くれ者だからこそ、うちはここ
までこじれちゃったんだけどね。
涙まみれで心からの真剣な性行為のお誘いに、比企谷は﹁ぐぉぉ﹂っ
て頭を抱えてる。
うちを思う優しさとか、うちを思う厳しさとか、比企谷の中で色ん
な感情が葛藤してるんだろうな。
⋮⋮願わくばその色んな感情の中に、少しでもいいから〝相模南を
抱きたい〟って感情も含まれてるといいんだけど。
っ
﹁⋮⋮ヤるだのヤらないだの⋮⋮せっかくの名言が台無しだろ⋮⋮﹂
﹁うっさい、変態﹂
﹁⋮⋮なんでだよ﹂
うんざりしながらも、緊張感溢れる比企谷の顔がゆっくりと近付い
960
そ し て さ ん ざ ん 頭 を 抱 え て 唸 っ て い た 比 企 谷 は 遂 に 顔 を あ げ て、
すっごくキモい照れ顔でこう言うのだった。
ホント締まらないヤツ
﹁⋮⋮やっぱお前アホだろ⋮⋮。くそっ⋮⋮後悔したって、知らにゃ
いからな﹂
ぷっ、大事なトコで噛んでるし
だからうちは言ってやるのだ。この相模南を甘くみんなよ
後悔なんて恐れてたら、乙女は生きてけないっての。
て思いを込めて、とびっきりの悪い笑顔で。
﹁バカじゃん
!
?
!
ヤらないで後悔するより、ヤって後悔しろってね﹂
?
てくる。
こいつも信じらんないくらい真っ赤になってるし、うちと同じくら
いバクバクしてんのかな
﹁あ﹂
すっと瞳を閉じようとした瞬間、うちはもうひとつだけ大事な事を
思い出した。
それは、いつか⋮⋮もし万が一⋮⋮比企谷とこういう関係になれた
時にどうしても言ってみたかったセリフ。
そしてうちはもじもじしながら、真っ赤に染め上げた顔と潤んだ瞳
﹂
を比企谷に真っ直ぐ向けて、絶対こいつが悶え苦しむであろう、この
超有名なセリフを囁いた。
﹁⋮⋮うち、初めてだから、優しくしてね⋮⋮
ひひっ、ま、初めてじゃないんだけどね。
でも、うちはホントに幸せだよ、比企谷。
いよね。
⋮⋮それはめっちゃ残念だし哀しい事だけど、うん⋮⋮まぁ仕方な
││うちと比企谷の関係はこれで終わりなのだろう。
回目の⋮⋮初めて。
でもゆうべのは覚えてないから、これが本当の意味での初めて。二
?
もう会う事も無いって思ってた比企谷にこうして会えて、行為の最
961
?
中のこの短い間だけでも、諦めてた恋をこんなに幸せな気持ち一杯で
楽しめてるんだから。
だから、せめて今だけは、うちを思いっきり愛してよね⋮⋮
﹁⋮⋮アホか⋮⋮あんなツラ見せられた上に抱くのを了承した以上、
一度だけもなにも、お前が満足するまでは責任取り続けるしかねぇだ
ろが⋮⋮﹂
││比企谷がぼそぼそと呟いたそんな声。
語り掛けてきたんだか独り言なんだか、脳内思考が勝手に口から出
てきちゃったんだかよく分からないくらいに小さなその呟きは、うち
の幸せな嬌声に紛れて優しく溶けていった⋮⋮
終わり
∼ピロートークなオマケ☆∼
﹁ねぇ比企谷﹂
﹁⋮⋮おう﹂
962
!
﹁さっきさ、なんかぼそぼそ言ってたじゃん
﹁⋮⋮⋮⋮別になんも言ってねぇよ﹂
なんて言ってたの
﹂
?
くらい﹂
﹁は、はぁ
やっぱ比企谷ってキモいよねー
あはは
﹂
ね、
ちょー笑えるんですけど
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮もう絶対に言ってやんねぇ﹂
﹂
ねぇごめんってぇ
﹂
﹁え、ち ょ っ と マ ジ で な ん か 重 要 な こ と で も 言 っ て た の
ねぇ比企谷っ⋮⋮なんて言ったの
さっきの嘘だからぁ
﹁⋮⋮だからもうぜってー言わん﹂
﹁ウソウソ
!
?
軽く首締まってっから あと前隠せ前
﹂
﹁おいやめろ⋮⋮
﹂
げぇ揺れてっから
﹁っ
﹁⋮⋮﹂
﹁⋮⋮﹂
﹁⋮⋮﹂
﹁⋮⋮変態っ⋮⋮﹂
﹁⋮⋮だからなんでだよ⋮⋮﹂
す
!?
!
も気持ち良すぎて変な声でも出ちゃったんじゃないの∼
﹁⋮⋮あー、分かっちゃったかもー。もしかしてさぁ、ぷっ、あまりに
が﹂
⋮⋮ばっか、だからなんも言ってねぇっつってんだろ
﹁嘘だね。ちょーぼそぼそ言ってたじゃん。あんたが一回目にイク前
?
!
!
!?
!
?
!
おわりん☆
963
!?
!
!
!?
!
!
トリック
[先輩やばいですやばいですぅ、助けて欲しいですー゜。︵p>∧<
q︶。゜゜
実は次期生徒会役員選挙の書類とか修学旅行のあれやこれやを明
日提出しなくちゃならないんですけど、大丈夫だろうと家に仕事を持
ち帰ったらなかなか終らなくって⋮
なので〝ずっ∼と〟待ってますので、今から家に来て下さいね☆]
﹁⋮⋮﹂
日曜の昼下がり、ソファーの上でまったりと贅沢な時間を過ごして
いた時、不意に愛しの後輩いろはちゃんからメールが届いた。
なんだよ愛しの後輩いろはちゃんって。
だって仕方ないじゃない。画面に表示されてる名前が愛しの後輩
いろはちゃんなんだもの。
これはもう半年以上前の出来事なわけだが、生徒会発行のフリー
ペーパー製作をしていた時のこと。
逃げられないように携帯を取り上げられた上で一色に拉致監禁︵生
徒会室に缶詰め︶されたのだが、仕事が終わりようやく手元に返って
きた携帯を見ると、愛しの後輩いろはちゃんという名のアドレスが追
加されていた。
☆★ゆい★☆ならまだいいが、全然よくないね。さすがに愛しの後
輩いろはちゃんは無理だろ⋮⋮とアドレスごと消去してやったら、後
日携帯の提出を要求され、渋々出したらなぜか怒られ再登録。
俺クラスになると、こんな程度のことでいちいち理不尽だとか横暴
だとか騒いだりしない。
なのでもう消すのは諦めました。
くそっ⋮⋮やっぱ見なきゃ良かったなぁ⋮⋮
964
見なければこのあとすぐさま電話が掛かってきても一切無視し、明
日生徒会室に呼び出しを食らって怒られても気付かなかったとシラ
を切れたのに、見てしまった以上は明日呼び出されて追及されるであ
ろう時に、カマをかけられてなぜか速攻でバレるんだよね。
解せん⋮⋮八幡のポーカーフェイスが通用しないなんて。
﹄
しかもわざわざ〝ず∼っと〟待ってるとか書いてくる辺りが超卑
怯。
﹃○○君が来てくれるまで、私ずっと待ってるから
みたいな台詞ってホント狡いよね。
今もずっと待ってるのかもしれない⋮⋮っていう罪悪感を永遠に
煽り続ける、心やさしい相手を苦しめる為の必殺の呪文である。
﹁はぁぁぁ⋮⋮ったく、しゃあねーなぁ﹂
認めたくはないが、愛しの後輩かどうかはともかく、可愛い後輩で
あることは間違いないのだ。誠に遺憾ながら。
しかもここ最近の一色は本当に頑張っている。
常であればこの時期の生徒会長は三年生。それゆえ学校生活を送
る上でのメインイベントである文化祭や体育祭は、昨年のめぐり先輩
率いた前生徒会のように補佐に回り、あくまでも助っ人という形を取
る。
しかし今年の生徒会長はなぜか二年生。なぜかもなにも俺のせい
ですけどね、てへっ
﹂などと
に行われた文化祭も、生徒会長一色いろは率いる生徒会主導のイベン
トとなった。
一色は﹁わたし的にしょぼいのとか嫌じゃないですかー
宣う、自他共に認める見栄っ張りな地味嫌い。
?
965
!
そんなわけでつい先日行われた体育祭、そしてさらにひと月ほど前
!
そ の 一 色 が 自 ら の 指 揮 で 文 化 祭 も 体 育 祭 も 運 営 し た の だ。大 変
じゃないわけがない。主に副会長が。
確かに受験生である副会長は泣きながら頑張ってたみたいだが、だ
か ら と い っ て 一 色 が 頑 張 っ て な か っ た わ け で は な い。む し ろ 超 頑
張ってたまである。
あいつこの一年でホントに成長したわ。人使いの巧みさもワンラ
ンクアップ
おかげで今年の文化祭と体育祭は近年稀に見る大成功だったとい
える。まぁ去年も文化祭と体育祭の最高責任者がアレじゃなかった
ら、もっと大成功だったんだろうけどね。
そしてその二大イベントが終わると次は修学旅行が待っているの
だが、当然のようにそのあとに控える生徒会役員選挙と仕事が被る。
先ほども言ったように常であれば三年生のはずの生徒会長が今年
は二年生。
つまり二年生の一色は、修学旅行と生徒会役員選挙のダブルブッキ
ングとなるのである。
いくら成長したとはいえ、一色もあっちにこっちに駆り出されて本
当に大変なのだろう。
と努めていた可愛い後輩がこうして頼ってきたの
文化祭や体育祭でさえほとんど奉仕部には頼ってこないで、自分た
ちで頑張るぞ
た。
はないが、俺は深く溜め息を吐きながらも出発の準備を始めるのだっ
日曜日に女子の自宅に訪ねるというドキドキと不安がないわけで
もやぶさかではない。
だ。大事な大事な日曜と言えども、たまにはあいつを手伝ってやるの
!
で緊張していた。
966
!
×
×
一色からのSOSが入ってからおよそ一時間、俺はいま一色邸の前
×
一色の家には一度だけ来た事がある。来た事と言っても、あのクリ
スマスのディスティニー帰りに送り届けた︵荷物持ち︶だけだが。
なので場所は知っていたのだが、このインターホンを鳴らすのは初
めてである。
今日は日曜だし、下手したらお父
││おいおいこれってさ、インターホン押したら一色の母親とか出
てきちゃうやつじゃねぇの⋮⋮
様もご在宅じゃないかしら
なんて珍しく意気込んで来てみたものの、早
?
この声⋮⋮
いろはす家速い
ん⋮⋮
﹁はーい﹂
速い
後、呼吸を整える間もなく家主が速攻で呼び出しに応対してきた。
ぴんぽーんと、インターホンの音が周辺と俺の心臓に響き渡った直
震える重い右手をインターホンへと伸ばした。
俺は女子の家を訪ねたら死んじゃう病を押して、緊張でちょっぴり
﹁⋮⋮チッ﹂
⋮⋮⋮⋮。
q︶。゜゜]
[先輩やばいですやばいですぅ、助けて欲しいですー゜。︵p>∧<
よし、ここはやはりメールなど見なかった事にして⋮⋮
訪ねるってのが無理難題だっつーんだよ。
くも帰りたいでござる。そもそもやっぱり俺が休日に女子の自宅を
可愛い後輩の為に
?
!
﹁ぷっ、先輩こんにちはです
﹂
ひとまず第一段階クリアですこし安心したから、最初に噴き出した
⋮⋮助かった、やはり一色いろは本人だったか。
!
967
!
﹁⋮⋮あ、えと⋮⋮ひ、比企谷と申しますが⋮⋮﹂
?
!
件は水に流してやろう。いろはすだけに。
⋮⋮おかしいな、俺の対応、噴き出すほどキモかったか
うん、間違いなくキモかったね。
﹁⋮⋮うっす。来てやったが、まずどうすりゃいい
と、そこでこの事態をよくよく考えてみる。
﹂
緊張し
すぎて声震えるわ一色相手に敬語だわでちょっとキモかったけども。
?
が回らなかったが、そういや俺これからどうするのん
なにそれマズく
なにそれ泣ける。
まさか一色の家に上がっちゃったりすんのか
ね
もしくは資料を渡されて庭でお仕事かな
わたし玄関までお出迎えに
ヤバい今更ながらすげー緊張してきたんだけど。
すると⋮⋮
そうなんですよヤバいんです
行ってるヒマなんて無いんで、早く上がってきちゃってください
﹁あ
?
まず一色んちに行かなくてはならないという緊張で他の事には頭
?
?
レッツゴーです
階段上ってひとつめの部屋ですよー﹂
鍵は開いてるんで、勝手に入って勝手に上がってわたしの部屋まで
!
!
﹁⋮⋮は
﹂
そしてその︵心情的に︶重々しい扉をギィッと開けると⋮⋮
一色の言葉通り玄関の施錠は解かれていた。
てか鍵開いてるとか物騒すぎだろ⋮⋮
には上がらなければならないようだ。
肌寒い秋空の下での青空ワークは免れたようだが、どうやら一色宅
﹁⋮⋮﹂
し立てると、一方的にインターホンを切りやがった。
たくせに、俺の問い掛けに思い出したかのように突然一気にそうまく
インターホンに出た時はいつもと変わらぬふわぽわ空気︵偽︶だっ
!
が入ってくる以上リアルに真っ暗という意味では無く、家中の電気が
いや、真っ暗と言ってもまだ夕方手前の時間帯である。外からの光
真っ暗だった。
?
968
?
?
!
点けられていないという意味の真っ暗。
それは一体なにを意味するのか。答えは⋮⋮今この家には一色し
か居ないという事。
﹁マジかよ⋮⋮﹂
つい先ほどまでは一色の両親に会いたくないとか思ってたけど、い
ざこうなると一色の家で二人っきりって方がよっぽどヤバい。
なにがヤバいってマジヤバい。
いやいやこう見えて俺だって健全な男子高校生ですよ
ちゃうのかよ。
﹁お、お邪魔しまーす⋮⋮﹂
なぜなら階段を上がってすぐのドアの向こうからは、何一つ音も聞
そしてようやく二階に到着した俺はさらなる戦慄を覚えた。
き巣が居るかどうかは知らないけれど。
く。気分はまさに空き巣。ご丁寧にスリッパを履いてお邪魔する空
俺はその階段を、出来るだけ音を立てないよう恐る恐る上ってい
うやら一色邸はごく一般的な一軒家のようだ。
玄関を抜けて廊下を進むと、すぐに二階への階段は見つかった。ど
た。
てこい﹄と言わんばかりに用意されていた一組のスリッパに足を通し
とりあえず靴を脱いでお行儀よく揃え、まるで﹃これ履いて上がっ
問という経験自体がほぼ無いため、なにが正解なのかは分からない。
慣れない初めてのお宅訪問ではあるものの、そもそも俺にはお宅訪
そうだから、仕方なしに薄暗い一色宅にお邪魔してみた。
も、部屋に到着するのが変に遅かったら遅かったで色々言われちゃい
まさかそれが一色の真の狙いでは⋮⋮
俺は戦慄を抑えきれず
押さえられて、一生しゃぶり尽くされるまである。しゃぶり尽くされ
かしくない。そして理性が崩壊して手を出そうとした瞬間の証拠を
美少女JKと広い家で二人っきりとか、いつ理性が崩壊したってお
?
こえず、その隙間からは光さえ漏れてきてはいないのだ。
﹁⋮⋮﹂
⋮⋮え、なにこれ。俺、入る家間違えちゃった
?
969
?
それじゃもう完璧に犯罪者じゃん。俺の人生オワタ。
﹂
ってそんなわけあるか。どこの世界に違う家に繋がるインターホ
ンがあるんだよ。誰ひとり得しないわ。
﹁⋮⋮お、おーい、一色⋮⋮居るかー⋮⋮
スペンス
本格的に恐いんだけど。
ドアの前にて呼び掛けるも一切返事がない。なにこれホラーかサ
?
⋮⋮一色、入るぞ﹂
﹂
ようこそいろはの館へ トリック オ
!
をドアノブにかけて勢いよく開け放った。
ぱーんっ
ア トリック
!
俺はごくりと咽喉を鳴らすと、深く深呼吸をして手汗でベトつく手
ならば帰るわけにはいかない。
﹁っ
てある。
慌てていた一色が、コケて頭でも打って意識を失っている可能性だっ
だったら一色がこの部屋に居ないわけがないのだ。もしかしたら
一色と会話をしたのだ。インターホン越しにだけれど。
本当はこのまま引き返したい。だがしかし、つい先ほど俺は確かに
?
﹁ハッピーハロウィーン
!
紫のボーダーニーソで絶対領域を作り
×
⋮⋮おい、トリートはどこ行っちゃったんだよ。
て立っていた。
上げた可愛い後輩 小悪魔irohaが、満面の悪戯な笑みをたたえ
た黒いミニスカート姿と黒
の羽が付いた黒のノースリーブ、お尻に矢印のようなしっぽを生やし
そこには、可愛らしいツノが付いたカチューシャ、背中にこうもり
鳴らす。
ドアを開けた瞬間に部屋の明かりが灯り、クラッカーが派手な音を
!
970
!
最早いたずらしか残ってないんですけど⋮⋮
続く
971
オア
トリック・オア・トリート。直訳すると﹃惑わすかもてなすか﹄
これは秋の収穫を祝い、また、悪霊を追い払うという宗教的な意味
合いを持つ祭り、古代ケルト人が起源と言われるハロウィンで使われ
る恐怖の言葉である。
ちなみに勘違いしている人も多くいるようだが、ハロウィンはキリ
スト教の祭りではない。
﹁おーい﹂
さて、トリック・オア・トリートの話に戻ろうか。
先ほども記述したように、直訳した場合トリックは惑わす、または
悪巧みなどの意味で、トリートはもてなすやごちそうなどの意味とな
を剥ぐつもりなのか⋮⋮
ぷっ
﹁⋮⋮ちょっと先輩、いい加減帰ってきてくれませんかねー⋮⋮﹂
972
り、トリックやトリート単体ではハロウィンで用いられるようなイタ
﹂
ズラ・お菓子といった意味は持たない。
﹁せんぱい⋮⋮
お前に選択の権利とかあると思ってんの
?
げに恐ろしきはこの小悪魔。こんなに可愛い顔して、俺の身ぐるみ
ぷー、悪さする一択だから﹄と脅迫してきているのである。
小悪魔は、﹃は
いま俺の目の前でトリック・オア・トリックと口走ったこの美しき
ここまで言えばもうお分かりだろう。
﹁ちょっと先輩ってばー﹂
いのだ。
れなきゃイタズラしちゃうぞ☆﹄などという可愛いらしい言葉ではな
か選べ﹄という訳となり、決して我々が良く知るような﹃お菓子をく
の言葉であり、本来は﹃我らに惑わされるか我らをもてなすかどちら
この言葉はハロウィンという祭りにおいて追い払われる側の悪霊
?
?
﹁あ⋮⋮すみません、あまりにもびっくりして、ちょっと考え事してた
わ﹂
ものっそい冷たい目と声で怒られちゃいました
﹁まぁ先輩DEATH死
どうせ下らないこと考えてたんですよ
だって思わず現実逃避しちゃいたいくらい唖然としたんですもん。
!
⋮⋮あっ、ふぇ
﹂
﹂
なんの真似もなにも、どこからどう見
てもハロウィンじゃないですかー
﹁⋮⋮は
﹁⋮⋮なぁ、これは一体なんの真似だ⋮⋮
一色に、俺はまずこれを問わねばなるまい。
ねー﹂と、やはり悪魔か悪霊のような物騒な事をブツブツ言っている
?
?
﹁あっれー 先輩ってもしかしてハロウィン知らないんですかー
言ったよね
いま間違いなく思い出したかのように言い直したよね。あっ、て
?
?
?
まぁハロウィンっていったらリア充イベントみたいなトコありま
すし、ぼっちの先輩には関係無いですもんねー。えっとですね、ハロ
ウィンというのはですねー⋮⋮﹂
﹁いや、別にお前の底の浅いご高説とかどうでもいいから。ついさっ
きまで散々ハロウィンについて考えてたからもう結構です﹂
﹁むー﹂
ぷくっと膨らむあざと可愛い後輩に俺は訊ねる。なんの真似かと
聞いた真意を。
﹁今日はまだ三十日だけど。ハロウィンって明日の月曜だろ﹂
そう。なぜ俺を呼びつけてまで秋の収穫祭を祝うのかとか、今日は
仕事で呼んだんじゃねーのかよ⋮⋮というツッコミはひとまず置い
といて、そもそも本日はハロウィンではない。
ハロウィンっていったら十月三十一日なのですから。
まぁ我が千葉県が誇る東京の名を冠する某夢の国は、九月の頭から
ずっとハッピーハロウィンしてますけどね
そんな俺からの問いに、一色は先輩である俺を小馬鹿にしたように
!
973
?
?
?
ふふんと笑い、慎ましやかな胸をぐいっとむにっと張る。
⋮⋮いくら慎ましやかでも、そのタイトなノースリーブだとライン
がばっちり出ちゃって八幡くんが元気になっちゃうからやめてね。
⋮⋮ふふっ、女の子って、
﹁そんなのもちろん知ってますよ。明日の本番で葉山先輩を惑わす為
の練習に決まってるじゃないですかー
﹂
と優
色々と考えて色々と混乱しちゃったのがバカみたい
てかそんな下らない事の為に呼ばれちゃったのん
たぶん葉山、そもそもお前んちにひとりで来てくんねーぞ
しく諭してあげようかとも思ったのだが、目の前で楽しそうにウイン
?
やだ
﹁⋮⋮あ、そう﹂
記念日当日は大切な人と過ごしたいものなんですよ
?
クする可愛い後輩を前に、その非情な現実は教えないでいてあげる事
にしました。
×
をされたら落ち着くというもの。
全てを理解し、ようやく落ち着き払った俺は、一色に重要事項を伝
える。
﹁⋮⋮ま、頑張れよ。よし、んじゃ帰るか﹂
これは実は思いがけない吉報。なにせ長時間サービス労働を覚悟
していたら、実際はただサプライズ演出の予行演習の為に呼び出され
ただけという事実が判明したのだから
貴重な時間を無駄にしてしまった嘆きよりもそちらの感情の方が
!
勝った俺は、一色を責める事なく、静かに踵を返⋮⋮
﹂
!
﹂
なぜなら凄いパワーで袖を摘まれてしまった
﹁ま、待ってくださいっ⋮⋮
せませんでした
!
なんでだよ、要件は済んだんだろ
?
から。
﹁⋮⋮は
?
974
!
?
?
!
×
一時は理解が追い付かずに混乱しかけた俺だが、ひとたび種明かし
×
﹁いやいや、さすがにこれで帰してしまうほど、わたしも酷い後輩じゃ
ないですってば。少しゆっくりしていってくださいよー﹂
いや、正直こう見えて実は結構いっぱいいっぱいなんですよね、俺。
ただでさえ他に誰も居ない家という緊急事態に加え、露出度がなか
なか激しい小悪魔コスプレをした美少女に、内心ドキがムネムネして
おります。
だ か ら あ ま り 一 色 の 姿 を ま じ ま じ 見 ち ゃ う 前 に 退 散 し ち ゃ い た
かったのだが、一色はそんな俺を帰すまいと力強く袖を握りしめ、ほ
んの僅かに頬を赤らめてこう言うのだ。
﹂
﹁⋮⋮それに⋮⋮ただ先輩を使って明日の練習しようとしただけじゃ
⋮⋮ないんですよ⋮⋮
小悪魔の格好をした一色の、潤んだ瞳での上目遣いは破壊力が半端
ない。
思わずゴクリと咽喉を鳴らす俺に、一色はとても恥ずかしそうにも
じもじとこう告げた。
﹁⋮⋮だって⋮⋮、お仕事の相談はマジもんですし☆﹂
﹁それはホントなのかよ⋮⋮﹂
なにが﹁これで帰してしまうほど、わたしも酷い後輩じゃない﹂だ
よ。単に仕事残して帰られたら困るってだけじゃねぇか。より一層
酷さが際立ったわ。
﹁はぁ⋮⋮なんかもう仕事始める前から疲れたわ⋮⋮。とっととやん
ぞ﹂
﹁はーい♪﹂
⋮⋮やれやれ、なんか俺、一色に甘過ぎじゃないですかね。雪ノ下
の事とやかく言えないわ。
﹁ではでは先輩、はいっ﹂
途端にご機嫌になった一色は、なぜか突然両手を差し出した。それ
はまるでトリートをねだる子供のように。
ほらほら、早く携帯出してくださ
?
975
?
﹁決まってるじゃないですかー
?
﹂
﹁⋮⋮なに
?
やっぱりお菓子頂戴ってことなの
なんなの
?
い﹂
お菓子どころか携帯没収のお知らせでした︵白目︶
どうやら缶詰めのお誘いのようです⋮⋮
ここで逆らっても何一つ幸せがやってこないと知っている俺は、文
句も言わず渋々携帯を一色に差し出した。
ま、俺は携帯なんて暇潰しか時計替わり程度にしか使わんし、そも
そもあらかた片付くまでは付き合ってやるつもりだったしな。
俺から受け取った携帯をむふふとミニスカートのポケットに突っ
ふふっ、ここは先輩専用の特別席です
込んだ一色は、テーブルの横を指差し俺に座るよう促す。
﹁ではではこちらへどうぞ
からね﹂
⋮⋮ああ、そこが本日のブラック企業での俺のデスクですか⋮⋮嫌
だなぁ⋮⋮
テーブルの前に置かれたおしゃれなクッションに座らされてよう
やく一息吐いた俺は、ここで初めて一色の部屋に入ってしまったんだ
と改めて思う。
あまりの事態で女の子の部屋に入ってしまった事を意識せずにい
八
られたのだが、ひとたびこうして腰を下ろすと、女の子らしい内装と
甘い香りに鼓動が速まってくる。てか手汗やべぇ。
だからなんで女の子の部屋ってこんなにいい匂いがするん
幡酔っちゃいそうだよ
?
一色の部屋を観察してみることにした。
キャビネットやテーブルの上にオレンジや黒の小物が並べられて
いたり、壁にジャック・オー・ランタンのランプが飾られていたりと、
一色の部屋はなんともハロウィン感が醸し出されていた。
しかし、そのハロウィン飾りを片付けてしまったら、一色の部屋は
意外にもシンプルそうである。いや、もちろん一色だから可愛いは可
愛いし、とてもお洒落な良い部屋ではある
976
!
そんな童貞丸出しのカコワルイ緊張を少しでも紛らわそうと、俺は
?
ただなんというか⋮⋮一色の部屋ってくらいだから、もっとこう
﹃可愛いわたし﹄を全面に押し出してるような、そこらじゅうにぬいぐ
るみが山のように積まれてたり、カーテンから布団から何から何まで
ピンクピンクしてるようなプリティーな部屋を想像していたもんだ
から、これは逆に俺の好感度が爆上がりだ。
たぶんこいつ、こう見えて男友達とか部屋に上げてねぇな。
一色は誰からも﹃愛されるわたし﹄を演じている。⋮⋮あ、語弊が
あったわ、男限定でね。
それは、見た目から話し方から髪型から制服の着崩しまでと多岐に
渡る。
そんな一色いろはが、自分の部屋に油断を持ち込むわけがない。
もしも愛されたい全ての異性を部屋に招くなら、その男たちが思わ
ず﹃やっぱ一色可愛いわ∼﹄と思うような部屋作りを心掛けるはず。
しかし一色の部屋は至ってシンプルで、可愛さではなくお洒落さと
977
住心地に重点を置いている所から見て、こいつは自分の城に男を招く
ことはないのだろう。
そんな不可侵な領域に、なんの迷いもなく招いてもらえたという事
は、それはとても喜ぶべきことなんだろう。まぁ﹃俺には愛される必
要がないから﹄とも言えるわけだが。
だが少なくとも、俺には〝素の一色いろは〟を見せても大丈夫だと
思ってることは間違いないわけで、そこは素直に喜ぶとしよう。
俺の一色部屋探索はまだ続く。もちろんジロジロ見てたら通報さ
れちゃうから、バレないようにこっそりとね
なぜならその写真に写る男は茶髪ではなくぼさぼさの黒髪。
当然のようにそう思ったのだが⋮⋮なにか⋮⋮違う。
││葉山だろうか。
写っている写真が収められているようだ。
遠目なので分かりづらいが、どうやら総武高校の制服を着た男が
に入る。
そんな時、ふと勉強机の上に写真立てがひとつ置かれているのが目
!
さらにあの爽やかスマイルなどどこにも見あたらず、遠目でもはっ
﹂
きりと分かるのは、目付きの悪そうな仏頂面⋮⋮
﹁⋮⋮あっ⋮⋮
でしたよ⋮⋮
﹂
思わず携帯に手が伸びちゃうトコ
あんまり勝手に人の部屋をじろじろ見
ないでくれませんかねー⋮⋮
!
だからその携帯をしまえ﹂
!
すから
あと先輩と変態言い間違えてるからね
もうジロジロ見ねぇから﹂
おうふ⋮⋮誘導尋問に引っ掛かっちゃった
﹁⋮⋮やっぱ見てたんじゃないですか﹂
!
でダコみたいに真っ赤だ。
そんなに顔を赤くしてまで怒ってるのん
魔化せない。
たぶん、別種の赤さだから⋮⋮
二人の間を気まずい沈黙が支配する。
とは⋮⋮言えない、誤
⋮⋮だけれども⋮⋮物凄いジト目で睨みつけてくる一色の顔はゆ
!
﹁分かった分かった⋮⋮
﹁⋮⋮い、今のは最後通告ですからね。次やったら∼⋮⋮﹂
ね⋮⋮
⋮⋮ま、間違えたんだよ
携帯に手が伸びちゃうトコもなにも、すでに通報準備が完了してま
﹁ま、待て待て、見てねぇから
ぷりぷりと怒った様子で通報の準備をする一色。
!
﹁⋮⋮も、もぉ変態ってば
机に駆け寄ると、凄い勢いでぱたんと写真立てを倒した。
そのとき一色が焦ったような声を漏らして、慌ててぱたぱたと勉強
!
?
ブに手を掛けると、
!
⋮⋮喉渇いちゃったから、お、お茶の用意してきます⋮⋮っ﹂
﹁と、とりあえず先輩は大人しく座っててくださいね
わ、わたし
そしてそんな気まずい沈黙から逃げるように、一色は突然ドアのノ
であわあわと潤んだ目を泳がせている。
俺は俺で頭に血が上って上手く考えがまとまらないし、一色は一色
?
978
?
!
?
そう言っておずおずと部屋を出て行ってしまった。
ドアの向こうに﹁うぅ⋮⋮顔熱いよぉ⋮⋮﹂という声を残して⋮⋮
突然ひとり一色の部屋に残されてしまった俺。
だが⋮⋮先程までのように部屋の中をじろじろと観察する気分は
消えてしまった。
俺の頭の中は⋮⋮視線は⋮⋮ある一点に集中していたから⋮⋮
俺、これからどう一色と接すりゃ
││あの写真立ての中に写っていたのって⋮⋮
いやいや、え、嘘、マジで⋮⋮
いいんだよ⋮⋮
だから簡単に勘違いすんじゃねぇよ。そんなバカで
とする目を無理やり写真に向けて愕然とする。
⋮⋮そして俺は写真立てを表側にひっくり返し、未だに抵抗しよう
写真立てと机が立てたカタリという音だって聞こえやしない。
倒れた写真立てをゆっくりと持ち上げる。心臓の音が激しすぎて、
そして俺はカタカタと震える手を、ついに写真立てに掛けたのだ。
﹁⋮⋮やべぇ、超震えるわ⋮⋮くそっ⋮⋮カッコ悪りぃ﹂
自分では無いという事を⋮⋮
だから俺はきちんと確かめたい。あの写真立てに写っているのが、
あいつと二人で過ごすなんて出来るわけ無いではないか。
だが、たぶんこの不安定な気持ちのまま、あと何時間もこの部屋で
事だ。
⋮⋮ 分 か っ て る。ホ ン ト は こ ん な の は 反 則 だ。や っ ち ゃ い け な い
俺はそっと立ち上がり、そろそろと一色の勉強机に近づいていく。
﹁⋮⋮﹂
イージーな思考は、とっくの昔に卒業しただろうが⋮⋮
いや待て
?
⋮⋮その写真に写っていた目付きの悪い総武高校生は⋮⋮⋮⋮俺
だったから。
979
!
!
﹃なーんちゃって
﹄
ぷぷぷ
かしちゃいましたー
と書かれた付箋と共に。
﹁﹂
あっれぇ
先輩もしかして期待と
あの小悪魔めぇ
なに俺シリアスな空気纏って
してやられたぁ
?
バーカバーカ
!?
!
⋮⋮⋮⋮⋮⋮ぐぉぁあ
ちょっと期待しちゃってんの
!
!
ふぇぇ⋮⋮恥ずかしいよぅ⋮⋮
!
ばーんっ
⋮⋮なぜ全力を尽くしてしまったのか︵白目︶
だったわ
なんていうこの程度の分かりやす過ぎるトリック、まるっとお見通し
⋮⋮フッ、舐めんなよ一色。あの状態で突然ひとり部屋に残される
!
!
?
!
﹁⋮⋮おう﹂
あっぶね
超あっぶね
し、光の速さで本日のデスクに着席していた
に視線を向けてニヤァっと微笑む。
べ、チラリと正座の俺と視線を合わせると、わざとらしく勉強机の上
一色は心底楽しそうな顔でトレイに乗せたカップをテーブルに並
違和感があるとすれば、なぜか正座でいることくらい。
!
をぶち破ってきた時にはすでに光の速さで写真立てを元の位置に戻
僅かに人が近づいてくる気配を感じ取った俺は、一色が元気にドア
!
先輩どうかしましたかー
﹂
それはもう一生トラウマになっちゃうレベルの悪い笑顔でした。
﹁あれ
﹁そーですか
?
⋮⋮⋮⋮ふふふっ﹂
?
980
!
﹁先輩すみませーん、お茶お待たせしましたー﹂
!
!
﹁⋮⋮いや、なんでもない﹂
?
一色のによによといやらしい視線が痛い
⋮⋮なんだよ、ふふふって。
ぐぅ⋮⋮
!
神様、どうか早くおうち帰って毛布に包ませてください。
!
×
あった。
?
あとなんで隣に座ってんの
?
やり場に困るんだけど。
向かいに座るもんじゃないの
?
が腕に超当たってるからね
﹁⋮⋮くぁっ﹂
という嬉しい誤算も
また新手のトリックなのん
?
これは一色の成長の賜物だな。このまま行けば余裕で早く帰れそ
じゃね
考えたらもっと時間経ったかと思ってたのに、かなり良い進捗状況
⋮⋮おお、すげーな。まだ六時かよ。一色と俺がこなした仕事量を
ばして一息吐く。ふと壁に掛かった時計を見るとまだ六時ちょい。
すっかり冷めきってしまった紅茶を一口啜り、肩や腰をグイグイ伸
?
てどうすればいいですかねー﹂なんて訊ねてくる時とか、柔らかいの
近すぎて超いい匂いとか漂ってくるし、たまに﹁先輩先輩、ここっ
狭いんですけど。こういう時って
かなりませんかね。すげぇシュールだし露出度高いし、とにかく目の
たださ
?
その小悪魔コスプレで一生懸命仕事してる姿はどうに
いに駆り出されなくても終わったんじゃね
によりも一色の集中力と成長が著しく、これなら下手したら俺が手伝
そして最近すっかり頼って来なかったから知らなかったのだが、な
ていたほどではないのが幸いだ。
確かに一色の言っていたように結構な仕事量ではあるものの、思っ
いま俺と一色は隣同士で肩を並べあい、無言で資料をまとめている。
⋮⋮あの悪夢のような騒ぎも、気付けば早数時間ほど前の出来事。
×
?
981
×
うだ。
そんな事を思いながら次の資料に目を向けると、そこに書かれてい
た文字が目についた。
[次期生徒会役員 立候補者名簿]
その資料は、次期生徒会役員に立候補している生徒のクラス、氏名、
推薦人二十名の氏名が記載されている束だった。
││マジか。生徒会長だけで、五人も立候補してるじゃねぇか⋮⋮
思えば、去年の今頃はまだ生徒会長立候補者自体が居なかったはず
だ。
そんな中、普段の行いでの悪目立ちから同性に嫌われていた一色
が、弄りという名の嫌がらせで勝手に立候補させられていたのが、今
の俺と一色の関係性を形成する全ての始まりだった。
982
それさえ無ければ、こうして俺がトップカースト後輩女子の家にお
呼ばれするなんていう、普通に考えたら有り得ない状況は存在しな
かったのか⋮⋮なんて、少し感慨深くなってしまう。
普通なら有り得なかったこの状況は、一色の人生にとって果たして
良かったのか悪かったのか俺には分からない。
だが今の状況を、口では面倒くさいなどと悪態を吐きながらも、実
は意外と悪くないと思ってしまっている捻くれ者の自分を鑑みると、
少なくとも俺にとっては、約一年前のあの騒動はとても良い物だった
のだろうと思う。
﹁なぁ、一色﹂
仕事の進捗状況の余裕っぷりで気分が良いという所にそんな感慨
も手伝って、俺にしては珍しく自分から一色に話し掛けてみた。
﹂
なんていうか、話してみたくなった。
﹁なんですかー
が、一生懸命頑張る姿を見せ付けてきたおかげかもな﹂
もんだったってのに。⋮⋮それもこれも、一年生生徒会長だったお前
﹁今年は生徒会役員の立候補者がこんなに居んだな。去年は惨憺たる
?
そう。こんなにも生徒会役員選挙に注目が集まっているのは、紛れ
もなく一色の功績だろう。
普段は目立たずひっそりと活動を行うが故に、生徒たちの認知度は
すこぶる低い生徒会。だからこそ生徒会役員選挙など、ごく一部の生
徒しか興味がないようなイベントだった。
だがまだ一年生だった一色が⋮⋮目立ちたがり屋で頑張り屋の一
色が自ら表舞台に立って活躍したからこそ、こんなにも生徒会活動に
興味を持たれて立候補者も増えたのだろう。
だからどうしても一色に伝えたくなってしまったのだ。あの一言
を。
はっ
も、もしかしていま口説いてます
﹁な、ななな、なんですかいきなり褒めるなんて先輩らしくなさすぎ
じゃないでしゅか⋮⋮
?
二人っきりの部屋で共同作業してるからって、なんかちょっと同
!?
棲してるみたいだなとか思っちゃいましたかすいません確かにわた
しもちょっと思ってましたけど仕事中に告白とかムードなさすぎな
んでもうちょっとムードのある時でお願いしますごめんなさい﹂
﹁⋮⋮﹂
せっかく良いこと言ったのになぜか今日も振られました。たぶん
同一人物から振られた回数の記録はギネスに乗るレベル。
あまりにも長いセリフを一息で言い切ってハァハァしている一色
に、呆れ果てた目を向けていると⋮⋮
﹁⋮⋮でも、それもこれも、先輩のおかげですよ﹂
不意に一色はふっと優しい笑顔になり、真っ直ぐに俺を見つめてく
る。
わたしを
俺はそんな真っ直ぐな瞳に堪えきれなくなり、ふいっと目を逸ら
す。
﹁⋮⋮なんでだよ、俺は別になにもしてねぇだろ﹂
﹂
﹁ふふっ、なんにもしてないわけないじゃないですかー
生徒会長にしたのは、どこの誰々さんでしたっけ
﹁⋮⋮悪かったな﹂
?
﹁⋮⋮例えどんな理由があろうとも⋮⋮先輩がわたしを押してくれた
?
983
?
から今のわたしがあるんですよ
⋮⋮だから、全部先輩
先輩がずーっと見ててくれたか
ら、わたしはこんなにも頑張れたんですよ
のおかげです﹂
││こいつはホントこういうところが狡い。嘘や適当なことばか
り言っておちゃらけてたかと思えば、次の瞬間には突然優しい瞳で嘘
偽りのない恥ずかしい本音を、照れもなく真っ直ぐぶつけてきやが
る。
ほんのりと桜色に紅潮した頬と潤んだ大きな瞳を柔らかく緩ませ
る後輩に、耐久性の低い俺の心臓は悲鳴を上げる。
心臓が働きすぎて全身熱くてたまらんっつーんだよ。
﹁⋮⋮アホか。全部一色の手柄だろ。お前の手柄のお裾分けなんか要
らん。⋮⋮だが、まぁ⋮⋮﹂
そして俺は一色に言う。伝えたかったこの一言を。
⋮⋮⋮⋮はいっ、ありがとうです⋮⋮♪﹂
﹁なんつうか⋮⋮この一年間、お疲れさん﹂
﹁っ
臭くて敵わんわ。
││優しい沈黙が場を支配する。
いや、単に照れ臭くてなんにも言えないだけだけれど。
また淹れてき
そんな沈黙を破って、未だ桜色に頬を染める一色が﹁あ﹂と、なに
かを思い出したかのように呟いた。
﹁えと⋮⋮お茶、すっかり冷めちゃいましたね⋮⋮
ますねー﹂
﹁あ、だ い じ ょ ぶ で す。ス プ ー ン が 落 ち た だ け な の で。⋮⋮ よ い
﹁どうした、大丈夫か﹂
﹁ひゃっ﹂
トレイから何かがカチャンと床に落ちた。
そう言って慌てて立ち上がる一色だが、慌て過ぎたのか持ち上げた
!
984
?
?
⋮⋮ う ん。や っ ぱ こ う い う の は 俺 の キ ャ ラ じ ゃ な い で す ね。照 れ
﹁⋮⋮おう﹂
!
しょっ﹂
││それは⋮⋮俺と肩を並べて座っていた一色が、床に落としたら
しきスプーンを拾おうとした瞬間だった。
俺は決してそちらの方向に顔を向けていたわけでは無いのだが、視
界の端にチラリと見えてしまったのだ。立ち上がった状態で床に手
を伸ばそうと腰を曲げた一色の、黒のミニスカートとボーダーニーソ
の隙間に控えていらっしゃる白い布地が。
だってしょうがないじゃない。すぐ隣にいるミニスカートの女の
子が腰を曲げたら、顔のすぐ横には白い布地が待っているのが必然な
んですから。
⋮⋮これはヤバい。たぶん本日最大級のヤバさだ。
この場所はついさっきまで優しく温かい空間だったってのに、こう
だろうが
⋮⋮そして俺の顔は、俺の意思とは無関係に布地に引き寄せられて
いく。見ちゃうのかよ。
いやいや、男子でそこに目が行っちゃわなかったらそいつホモだ
ろ。健康的な男子ならこれは仕方の無い生理現象なんですよ。
まぁたぶん葉山なら見ないけど。逆説的に葉山はホモ確定と言え
985
も 一 瞬 で ピ ン ク な 空 間 に 変 わ っ ち ゃ う の か よ。俺 の 理 性 は 化 け 物
︵笑︶だね
判定はよく分からんが。
!
!
可愛く揺れて誘惑してきた所で、この俺がお前なんぞ見るわけがない
ふはははは 愚かなりこの白い布地め
そんなにプリプリと
つまりそちらに視線を向けなければ俺の勝ちなのである。勝敗の
るだけなのだから。
はっきりとは見えず、目の端にチラチラと白いモノが誘惑してきてい
だが諦めるのはまだ早い。なぜなら、俺の目からはまだ白い布地は
!
!
る。
やめて
俺の頭の中の海老名さんが失血死しちゃう
!
赤いマジックかなにかで書かれた非情なる一文が。
ただちに逮捕しちゃいますよ
?
[変態発見しました
のえっち☆]
﹁⋮⋮﹂
!
⋮⋮
﹂
⋮⋮お願いだからトリートのターンをください
続く
!
肩を小刻みに震わせて部屋を出ていく一色の背中を見て思うのだ。
?
﹁⋮⋮あっれー
先輩どうかしましたー
ゆっくり振り向いた一色の、信じられないくらい素敵な悪い笑顔を
俺は一生忘れないだろう。愕然と天を仰ぐ自身と、その体勢のまま
せんぱい
あったのは、白のパンツではなく白のショートパンツ。そこには、
だがそこには桃源郷なんて無かったんだ。
だぜ
に俺の視線は目の前の白い布地を完全に捕えた。ピカチュウゲット
脳内で誰向けかも分からない無駄な言い訳を繰り返しながらも、遂
!
﹁⋮⋮いや、なんでもない、です⋮⋮﹂
?
986
!
トリートっ♪
﹁つ、疲れた⋮⋮﹂
﹂
俺は本日の仕事︵サービス︶をようやく終えて、力なくテーブルに
突っ伏していた。
﹁せんぱいっ、お疲れさまでした∼。はいどーぞー
そんなうなだれた俺に、可憐な笑顔で淹れたてのコーヒーを勧めて
くるブラック上司。
いやいやお疲れさまじゃねぇよ。疲れたのはどちらかと言えばお
前のイタズラ攻勢に対してだから。割合で言えば8:2でイタズラ疲
れな。
し か し 疲 れ た 心 と 体 で は 芳 し い コ ー ヒ ー の 香 り に は 逆 ら え な い。
またなにか仕掛けてあるのかと疑いながらもズズッと啜ったコー
ヒーは、
﹁⋮⋮うめぇ﹂
心も体も中から優しく癒してくれるような、そんな超が付くほど
甘ったるいコーヒー。
これって⋮⋮
なのでわたしも試しに買ってみて、吐き出し
﹁ふふっ、良かったです。ホラ、先輩ってあの強烈なコーヒー飲料が好
きじゃないですかー
﹂
と淹れたコーヒーに練乳とか砂糖とかをバカみたいにドバドバ入れ
た、いろは印の特製MAXコーヒーなんですよ
するとしよう。
とにかく今はこのいろはすMAX味をじっくりと味わう事に専念
かのようで、なんだかちょっとむず痒い。
いは、まるで俺だけの為にこの味わいを出せる研究をしてくれていた
もないのだが、人差し指をぴっと立ててウインクしながらのその物言
所々にマッ缶へのディスりが込められていたような気がしないで
?
987
!
そうになるのを我慢して味の研究してみたんですよ。豆からきちん
?
﹁⋮⋮うん、やっぱすげぇ美味いわ﹂
⋮⋮やっべ、マジでうめぇ。さすがお菓子作りを趣味に挙げてるだ
けのことはある。夕飯もすげぇ美味かったし、このいろはすMAX味
も本家より美味いかもしれん。
﹁えへへ∼﹂
こうい
⋮⋮うん。その嬉しそうなはにかんだ笑顔も、コーヒーの美味さに
一役買ってますね。
たまには仕事︵サービス︶も悪くないもんだ。いろはす
うサプライズなら大歓迎なんだよ
ら先輩も食べませんかー
﹄
わたしさっきから超お腹空いて
きちゃったんでなにか作ろうかと思ってるんですけど、もし良かった
﹃先輩、そろそろお腹空きません
だった。不意に一色がこんなお誘いをしてきたのは。
あらかた仕事も片付き、あともうひと踏張りだなと思っていた時
あれは確か七時を回った頃だろうか。
間まで女の子の家に居座ることになるとは夢にも思わなかった。
仕事があれほど順調に進んでいたのだから、まさかこんなに遅い時
現在、時刻はいつの間にやら午後十一時を回ろうかという時間。
?
のだが、どうやら今日は一色の両親が帰宅しないとのこと。
トラブルで父親が地方に急な出張になってしまい、母親は着替えや
ら生活必需品やらを現地まで届けに行ったらしい。
それを聞いた俺は、さすがに両親が帰ってこない家に夜遅くまで居
ることに拒否反応が出て、当然のように余計帰りたくなったのだが、
一人分作るのも二人分作るのも手間は変わらないし、なによりひと
りっきりの夕飯は味気なくてやだとワガママ小悪魔がゴネ始めたた
め、嫌々ながらご相伴に与る事としたのだ。
988
?
?
もちろん時間も時間だし、早く帰りたかった俺は丁重にお断りした
?
一色が夕飯の準備をしてくれている間に出来るだけ仕事を進めて
おくと、まるで社畜の鑑のような殊勝な態度を見せた俺だが⋮⋮
﹃大丈夫ですよ。ほら、これならもうそんなに時間掛からないで終わ
りそうですし、リビングで休んでても今日は誰も帰って来ないから安
心ですので、先輩も一緒にリビング行って休憩しましょうよー﹄
なんて小悪魔美少女に誘惑されたら、ただでさえ働きたくないでご
確かに
あと一時間もあれば仕事が片付きそうだとい
ざるが信条の俺が、それに逆らうなどという選択肢を選ぶことなど出
来ようか
まぁ
う油断もありましたよ、ええ。⋮⋮ソファーで思いっきりダラダラと
休憩を貪ってしまいました。
文庫本を読むフリをしながら、キッチンでお尻をフリフリしっぽを
フリフリ、ふんふん楽しそうに鼻歌うたってお料理する、小悪魔コス
プレにエプロンというけしからん格好をした後輩を盗み見ながら。
なにあれ可愛すぎんだけど。戸塚や小町でもないのに、思わず容量
一杯になるまで動画に収めたくなっちゃったわ。
今にして思えば、あれもトラップだったんじゃね⋮⋮
もちろんそんな素敵な晩餐といえども小悪魔の悪戯心に休息の二
うな、そんな素敵な晩餐。
まるで始めから誰かに振る舞うことを想定して準備されていたよ
なんてレベルではなかった。
お腹空いてきちゃったんで、なにか作ろうかと思ってるんですけど﹂
出来上がった料理はどれも豪勢で絶品で、とてもじゃなが﹁わたし
?
﹄
文字はなく、食事中も食後も当然のようにイタズラは続いたのだ。
※
﹃せーんぱい、お口にあいますかぁ
?
989
?
?
?
良かったですー。⋮⋮あ﹄
﹃おう、すげぇ美味いわ﹄
﹃ホントですかぁ
﹄
﹄
!
んー
らんれふかぁ
?
れも今俺が食わえてたやつ⋮⋮﹄
﹃はむっ
﹃⋮⋮﹄
※
﹄
﹃ちょ、待て⋮⋮これ今お前が使ってたやつじゃねーか⋮⋮それにそ
ねー﹄
﹃というわけで、はい、交換です♪ こっちを先輩が使ってください
﹃ぶっ
愛用のお箸でした⋮⋮
﹃⋮⋮あ、いえ、あはは。⋮⋮そ、その先輩が使ってるお箸、わたしの
﹃⋮⋮どうかしたか﹄
?
?
ませんよ
﹄
﹃⋮⋮いらん﹄
?
それだけでも全然
﹃はぁ、まったく⋮⋮じゃあ顔くらい洗ってきたらどうですか
れてご飯食べて眠くなっちゃわないですかー
疲
﹃遠慮なさらず入ってきてくださいよー。不潔な男子は女の子にモテ
レしてんだよ⋮⋮﹄
﹃⋮⋮入るわけねーだろ⋮⋮あとなんで風呂から上がってまでコスプ
﹃ふー、超スッキリしました。先輩もどぉぞー﹄
﹃⋮⋮敬礼はいいから⋮⋮﹄
ますっ﹄
お仕事残ってますし、眠気覚ましも兼ねてですよ。ではでは行ってき
﹃ぶぅ、疲れちゃったんだからしょーがないじゃないですかー。まだ
﹃いやなんでだよ。俺が帰ってから行けよ⋮⋮﹄
すねー﹄
﹃せんぱーい、わたし疲れちゃったんで、ちょっとシャワー浴びてきま
!
?
?
990
!
違いますよ
﹄
﹃⋮⋮おう、まぁそうだな。んじゃ洗面所借りるわ﹄
﹃どぞどぞ﹄
﹃⋮⋮ふぅ、タオルタオルっと﹄
﹃はい、先輩。タオルどーぞ﹄
﹃おうさんきゅ。⋮⋮ふぅ、さっぱりしたわ﹄
そのタオル、さっきわたしが使ったやつで
﹃ふふっ、それは良かったですー。⋮⋮あ﹄
﹃⋮⋮え、今度はなに﹄
﹄
ふふふ、いい匂いとかしちゃ
⋮⋮⋮⋮全身くまなく色んなトコをぜーんぶ拭いた、可
﹃せ、先輩ごめんなさい
※
﹃﹄
いましたー
愛い後輩使用済みタオル⋮⋮ですよ
したよー
!
行くとかおかしいでしょ どんだけ信用されてんだよ。喜べばい
だいたい恋人でもなんでもないただの先輩置いてシャワー浴びに
だったのに、いつの間にか超雑。
当 初 は 事 前 に 仕 込 ん ど い た で あ ろ う 手 の 込 ん だ ト リ ッ ク の 数 々
なんていうかね、もう雑。
らい続けている内に、気付いたらもうこんな時間である。
と、ダラダラと休憩を貪ったり、こんなイタズラをさらに幾つも食
?
!
とにかくあんな雑で完成度の低いイタズラごときで俺を引っ掛け
顔真っ赤にしてやられたら、なんかもにょもにょすんだろが。
そしてやるならやるで、もっと平気な顔してやれっての。あんなに
まだまだだね。
こんな完成度の低いイタズラで満足するとは小悪魔irohaも
いんだか悲しめばいいんだか分かんねーよ。
?
991
?
?
ようなんて甘すぎる。なんならあの雑なド直球さに余計メロメロに
なっちゃうまである。十分引っ掛かってんじゃねーか。
しかもさ、これって完全に誘ってますよね。マジで襲われても文句
言えんぞ。
まぁもともと葉山を惑わす目的のハロウィンなわけだから、体を
張ったイタズラで勝負をかけんのも当然なんだが⋮⋮⋮⋮それを俺
にやんなよ。危うく俺が惑わされちゃうっつーの⋮⋮
美味いコーヒーを啜りつつそんな数々のイタズラを思い出し、嗚呼
⋮⋮いろはす使用済みお箸、結局使っちゃったなぁ、とか、嗚呼⋮⋮
いろはす使用済みタオル、あのすげーいい匂いと湿り気がいろはす成
分なのかぁ、などとついつい邪な事ばかり考えて惚けていると、自分
では気付かない内に口元でもニヤついていたのだろうか、テーブルに
両手で頬杖をついた一色がニコニコと見つめていた。
感想待ちでしたか。
﹁⋮⋮んー﹂
まぁ正直な意見を言ってしまうと、残念ながら葉山には効果はない
992
﹁⋮⋮なんだよ﹂
﹁いえいえ、なんだか楽しそうだなー、とか思いまして﹂
⋮⋮いえ、楽しくてニヤついてたんじゃなくて、ちょっとだけスケ
ベなこと考えてました。
﹂
﹁別に⋮⋮そんなこともねぇけど﹂
﹁そぉですかー
に楽しいのかねぇ。
﹁ねー、先輩﹂
﹁どした﹂
﹂
?
?
﹁ふふっ、どうでした
﹂
きちゃいますかねー
﹁⋮⋮は
今日のわたしのイタズラ。これなら誘惑で
相も変わらずニコニコと楽しそうにしている一色。なにがそんな
?
なにをそんなに楽しそうにニコニコしてんのかと思ったら、本日の
?
だろう。なにせあいつはホモだからな。違うか⋮⋮違うよね
ホモ疑惑は一旦置いておくにしても、こんなに色々と考えて体を
張った一色に、それを素直に伝えてしまってもいいのかは正直迷うと
ころだ。
確かに迷いはあるのだが、こいつは俺にでさえここまで体を張って
真剣に意見を求めてきているのだ。
だったらこっちも忌憚のない意見を持ってして、一色の真剣さに応
えてあげなければ割りに合わないではないか。
﹁⋮⋮そうだな、残念ながら葉山はこういうの喜ばないと思うぞ﹂
⋮⋮言ってしまって少しだけ胸が傷む。
あんな真っ赤な顔して恥ずかしいイタズラしまくって、誘惑しよう
と頑張っていた一色は何を思い何を感じるだろう。
悲しむだろうか⋮⋮凹むだろうか⋮⋮
しかし俺のそんな心配とは裏腹に、一色はぷくーっと頬を膨らませ
﹂
い ま 感 想 聞 い て る の は 先 輩 に じ ゃ な い で す か。葉 山 先 輩 と
てぷりぷりと怒りだしたのだ。
﹁は
﹂
はこっちのセリフだろ。なんで葉山関係なくなっ
か、いま関係なくないですかねー
﹁⋮⋮
いやいや、は
楽しかったですか
むしろ葉山しか関係なくない
?
かねぇんだよ⋮⋮。あー⋮⋮葉山関係無しでいいのか
﹁ですです﹂
﹂
可愛い後輩がそれをご所望とあらば、俺はそれを答えるまで。
だがしょせん俺には葉山の心の内なんて分かるわけが無いのだし、
分からない。ホントこの小悪魔はいつも俺の想像の範疇外な奴だ。
││葉山が抱くであろう感想を無視するというのは本当に意味が
?
993
?
なんだよこいつ可愛いなとか思っちゃいまし
﹁とーにーかーくー、先輩はどうでしたか
?
嬉しかったですか
﹂
?
ちゃうのん
?
?
﹁⋮⋮なんであれだけ恐ろしいイタズラ連発しといて肯定的な感想し
たか
?
?
?
?
?
あれで誘惑されない男子高校生
﹁⋮⋮まぁ、なんだ⋮⋮あくまでもごく一般的男子の観点から見りゃ、
まぁ⋮⋮良かったんじゃねーの
る。
﹁マジですか
ですよねー
﹂
俺が誘惑されちゃおうがどうだろうがどうでもよくない
という指標なのかもしんないけど。
まぁ俺クラスの捻くれ者でもイケるのなら誰でもイケるんじゃね
でそんなに目ぇキラキラしてんの
なん
ほうほう。じゃあ先輩も誘惑されちゃったってコト
そう言った俺に、一色は凄い勢いで身を乗り出して詰め寄ってく
は居ないだろ⋮⋮。まぁあくまでもごく一般的な男子高校生ならな﹂
?
?
?
!?
?
﹁なんでだよ⋮⋮俺はもう勘弁してくれって感じだわ。お前のイタズ
ラはスパイス効きすぎで身がもたないっつの⋮⋮﹂
いやホントこれ以上はマジヤバい。あんなセクハラまがいのイタ
ズラがまだ続いたら、いくら俺でも小悪魔の虜になっちゃいますよ。
すると、なぜか一色は俺の必死の嘆きに頬を弛ませた。
﹃もう勘弁してくれ﹄とかー、
﹃身がもた
﹁ほーんと先輩は素直じゃないですよねー。⋮⋮先輩、自分が今なに
言ってるか分かってます
﹂
﹂
変、つまり俺はお前にメロメロになりかけてるぜ
って言ってるよ
ない﹄ってことはー⋮⋮⋮⋮それってわたしの誘惑に耐えるのが大
?
!
今の嘆きってそう取られちゃうの
うなもんですよ
﹁なっ⋮⋮
ぐぬぬ⋮⋮
?
?
は無いのだが
大事な事なので略。
決して図星を突かれたわけでは無いのだが、図星を突かれたわけで
連発で疲れただけだわ﹂
﹁⋮⋮おい、妙な言い掛かりつけんな。単にトリート無しのイタズラ
﹁⋮⋮ふっふっふ、遂に先輩も落ちましたね﹂
⋮⋮実際ヤバいし⋮⋮
⋮⋮い、いやでも確かにそう取られてもおかしくないかもしれん
!
!?
!
994
?
そんな変な言い掛かりをつけられたら照れ臭くなるのはしょーが
ないよね。
なんだか顔が熱くて仕方なかった俺は、そっぽを向いてがしがしと
頭を掻く。
一色はそんな無駄な抵抗を謀る俺に意味深な微笑を浮かべると、や
れやれとアメリカンなゼスチャーを交えてわざとらしく溜め息を吐
いた。
﹁まったくぅ⋮⋮仕方ないですねー。じゃあ時間も時間ですし、そろ
そろ先輩をトリックから解放してあげましょうか﹂
そう言って一色はとてとてと俺のすぐ側まで寄ってくると、隣にぺ
たんと腰を下ろす。
こいつがどんな行動に出るのかまったく予想出来ない俺は、びくび
くとこの先の展開をただ見守るのみ。
恐る恐る展開を見守っていると、こいつは俺の前に両手を差し出し
﹂
先輩がこれ以上イタズラされたら身がもたないとか言うんで、仕方な
﹂
いのでトリートをねだってあげます♪ 甘い甘いトリートくれたら、
イタズラやめてあげますよ
に弄ってたの
しかもここまで溜めに溜めた末でのトリートとい
なんなのこいつ。まさかトリートねだる為に俺をあそこまで執拗
な事を言い出した。
こてんと首を倒してきゃるん☆と微笑んだ一色は、今更そんなアホ
?
いろはす恐ろしい子⋮⋮
だ。
││フッ、だが残念だったな。どうやらねだるのが遅すぎたよう
!
う事は、それはもうとんでもないトリートの要求に違いない。
?
995
てこう言うのだ。それは⋮⋮そう。子供がお菓子をねだるように。
﹂
﹁トリック・オア・トリート
﹁⋮⋮は
!
﹁だーかーらー、トリックオアトリートですよトリックオアトリート。
?
﹁悪いがその要求は飲めんな。仕事も片付いた上、そろそろ終電間に
合わなくなりそうだから俺もう帰るし。そもそもお前に寄越せるよ
うなお菓子なんぞ持ってきてない﹂
まさか現金じゃないよね
ふははは
策士、策に溺れるとはこの事だな。
だがトリートな要求は却下だ﹂
﹁つまりこれ以上お前のイタズラに悩まされる必要がない以上、残念
?
﹂
そんなこと言っちゃって。今すぐわたしの要求に応えない
したけど。後悔しても遅いですからね
﹂
﹁やれやれ、仕方ないですねー。ま、そう言うだろうことは分かってま
トに右手を突っ込みつつ制止する。
そう言って立ち上がろうとした俺を、一色はミニスカートのポケッ
﹁好きにしろ、俺はもう帰るからな。マジで終電ヤバそうだし﹂
もうお前のイタズラなど食らわんぞ。
いや恐れるな。一色がどう足掻こうと、俺が帰れば済む話なのだ。
んか恐いんだけど。
⋮⋮なにが彼女にここまでの余裕を持たせるのか。どうしよう、な
に勝ち誇った顔で胸を張る。
だがしかし勝ち誇った俺に対して、一色は愕然とするどころかさら
と、特大のイタズラされて後悔しちゃうかもですよ
すか
﹁ふむふむ。ま、確かにそうかもしれませんけどー、ホントにいいんで
お前は莫大なトリートに目が眩み、調子に乗りすぎたのだよ。
!
まさかそのスマホを人質にする気かこの女⋮⋮
た︶ままだったっけ。
ハッ
﹂
しかないのである。それには人質としての価値はないぞ
﹁はいどーぞ。ハッピーハロウィ∼ン
しかしそんな予想は大きく外れる事となる。人質にでもされるの
?
とはいえ俺にとってのスマホなんぞ、ただの暇潰し機能付き時計で
!
⋮⋮あ、すっかり忘れてた。そういや一色に預けた︵取り上げられ
台のスマホ。
そう言って一色がミニスカートのポケットから取り出したのは一
?
!
996
?
?
!?
かと思っていたスマホは、なんとなんの躊躇もなく俺の手元に戻って
きたのだ。謎のハッピーハロウィンと共に。
とビクッとなった俺を無視して
意味が分からず訝しげな視線を向けていると、一色は不意に立ち上
がる。
な、なんかされちゃうのん⋮⋮
足気にうんうん頷いた。
﹁⋮⋮な、なぁ、お前なにやってんの
?
に。
﹁チッ⋮⋮んだよ⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮は
﹂
あった壁に掛け直した。その表情は、早く盤面を見ろとでも言いたげ
俺の質問に不敵な笑いで応えた一色は、微笑を浮かべて時計を元
﹁ふっふっふ﹂
﹂
ツマミをぐりぐりと回し始め、回し終えるともう一度盤面を眺めて満
やり、おもむろに時計をひっくり返すとなんの迷いもなく裏面にある
との掛け声でその時計を壁から外した一色はニコニコと盤面を見
﹁んしょ﹂
ある。
そこにあったのは仕事中に何度もお世話になった壁掛け時計さんで
一色が向かった先は壁。だがそこにはただ壁があるだけではない。
⋮⋮壁
横をするりと通り抜けると、とてとてと壁に向かって歩いていく。
?
んの
なんで短針が十二の数字を超えて
お か し い な。つ い さ っ き コ ー ヒ ー 飲 ん で た 時 は
確か十一時そこらだったよね
⋮⋮ あ っ れ ー
進んでいたのだが。
その瞬間刻が止まった。 いや、正確にはむしろ刻は若干未来へと
?
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮
﹂
俺はつい今しがた手元に戻ってきたばかりの携帯の電源を入れて
時計を見た。
アナログな壁掛け時計の針と違い、そこに表示されたデジタルな数
997
?
いろはすはなんでわざわざ時計を未来に進めたの
?
?
!
?
?
字は⋮⋮
﹁じゅ、十二時八分⋮⋮だと⋮⋮
﹂
﹁ですです。今はもうハロウィン当日ですよ
﹂
﹂
愕然とする俺に対して、一色は満面の笑顔でそう答えた。
﹁お前⋮⋮なにしてくれてんの⋮⋮
は考えなかったが⋮⋮実はあの時すでに七時だったって事、か⋮⋮
付けていたのかもしれない、よな⋮⋮
にもしなかったが⋮⋮もしテレビを点けていたら時計トリックに気
一色が鼻歌を口ずさみながら料理する姿が可愛くてテレビなど気
理したいからって、テレビは点けさせてもらえなかった⋮⋮
⋮⋮そういえばリビングでくつろいでいる時も、音楽聴きながら料
?
あの時は仕事に集中していたし、一色の成長も見て取れたから深く
六時だった。
かなり仕事を進めたはずなのに、あの壁掛け時計を見た時にはまだ
⋮⋮そういえば、確かに時間がおかしいと思った事があった。
はふと思い出す。
悪戯なウインクでイタズラを宣言する一色の小悪魔微笑を見た俺
﹁ふふ、だから言ったじゃないですかー。イ、タ、ズ、ラ、です♪﹂
?
だからか⋮⋮
れたのか
だから一色の部屋に入った直後に携帯を没収さ
時計と同じ時刻を指していたのだから。
だってリビングやダイニングにあった時計も、一色の部屋にあった
?
なんでこいつはここまでの真似をする。
なんてこった⋮⋮すべてがトリックじゃねぇかよ⋮⋮
││なんでだ
だって今はハロウィンの当日になっちゃったんだろ だったら、
このイタズラは葉山相手にやんなきゃ意味なくない
?
?
998
?
?
こいつ、俺が携帯を時計替わりにしてると知ってやがったな⋮⋮
!
?
?
!
﹄と。このイタズラが使える
だってさっき言ってたじゃねぇか⋮⋮﹃女の子って、記念日当日は
大切な人と過ごしたいものなんですよ
のって、今だけだろ⋮⋮
これはもうお泊まり確定ですねー。⋮⋮と、言うことはー⋮⋮ま
﹁⋮⋮せーんぱい、今から駅に行っても、もう終電なんてないですよー
?
早く甘∼いトリートをくれないと、一晩中イタズラしちゃうか
﹂
﹁ま、待 て 一 色 あ げ た く て も あ げ る ト リ ー ト と か 無 い か ら
しかし肝心のブツは俺の手元にはないのだ。
てあるんじゃなかろうか⋮⋮
!
﹁だーめーでーす
うんだもん⋮⋮﹂
⋮⋮だって先輩は、いつもそう言って逃げちゃ
って﹂
?
っ て。わ た し じ ゃ あ の 人 た ち
?
そこには悲しげに微笑んでいた表情などはひとつも残っておらず、な
そして一色は俯いていた顔を上げ、真っ直ぐ力強く俺を見つめた。
ともしましたけど⋮⋮、⋮⋮⋮⋮⋮⋮でも﹂
けど⋮⋮、先輩とあの人たちの応援して、自分の気持ち誤魔化そうか
﹁⋮⋮迷って悩んで、何度も何度も諦めようかと思ったりもしました
﹁⋮⋮一色﹂
には勝てないのかな⋮⋮
⋮⋮ わ た し じ ゃ ダ メ な の か な ⋮⋮
とっくに気付いてるくせに、先輩はいつもそうやって逃げちゃうから
﹁⋮⋮わたし、ずっと悩んでました。ホントはわたしの気持ちなんて
一色は弱々しくそう呟くと、悲しげに微笑んで俯いてしまった。
﹁⋮⋮え﹂
!
?
ヤバいヤバい⋮⋮ これはまたとんでもないトリックが仕掛け
ちょこんと座った。
ゆっくりと近づいてくる。そしてうるうると瞳を潤ませて俺の隣に
こいつの真意を測りかねていると、嗜虐的な笑みを浮かべた一色が
もですよ⋮⋮
す
だまだイタズラが続いちゃうって事ですよねー。⋮⋮さぁ、どうしま
?
どっか近くで買ってくるから、ちょっと待っててくれ﹂
!
!
999
?
?
んとも一色らしい、元気な悪戯笑顔。
﹁でも、やっぱりやめました。そんなの全然わたしらしく無いし、何よ
りもそんなに簡単に諦められるようじゃ、そんなの本物じゃないか
ら﹂
﹁⋮⋮﹂
﹁だから、やっぱここはわたしらしく、自分からガツンと向かっていか
もう逃がしてなんてあげ
なきゃじゃないですかー 今夜はその為の、きっかけの為のハロ
ウィンなんですよ ⋮⋮せーんぱい
今夜中に先輩を完全に落としてみせます。⋮⋮なーん
!
?
変な目に合っちゃいますよぉ
﹂
﹁ふふふ、さぁどうしますか先輩。早く甘∼いトリートくれないと、大
まさにトリック。小悪魔に魔力に惑わされてしまったようだ。
付かされた俺は、その後の怒涛の誘惑攻撃で完全に撃沈。
そしてまんまとしてやられて一色の想いから逃げているのだと気
ら。
だ。一色の本心を⋮⋮俺が誤魔化している気持ちを知りたかったか
だからこそ、反則と思いながらも確かめずにはいられなかったの
いかと思う。
せながらも、たぶん心の奥では俺の写真だと疑ってなかったんじゃな
⋮⋮俺はあの時、あの写真は葉山に決まっていると自分に言い聞か
時の自分の慌てようが物語っていた。
それは、あの一つ目のイタズラ⋮⋮写真立てのイタズラを食らった
れない。
確かに一色の言う通り、俺はこいつの気持ちから逃げてたのかもし
う。
ふふんと勝ち誇ったかのように鼻を鳴らす一色に目を奪われて思
かすでに結構落ちてるっぽいですしねー﹂
ませんよ
?
んの意味も成さない。ま、分かってたけど。
でもそんな俺の小さく無駄な抵抗は、このあざとい後輩の前ではな
﹁⋮⋮だから、お前にあげられるようなお菓子とか持ってねぇから﹂
それでもどこまでも捻くれ者の俺は、最後の抵抗を試みる。
?
1000
?
たぶん俺は、この先こいつには一生やられっぱなしなんじゃなかろ
うか。⋮⋮だがそんな人生も、なかなかに悪くないかもしれない。
わたし別にお菓子くださいなんて一言も言ってないですよ
そして自然とそう思えてしまった自分を結構気に入っている。
﹁先輩
お 菓 子 じ ゃ な く て、甘 い 甘 い ト リ ー ト が 欲 し い ん で す。⋮⋮ ふ
?
ふっ、じゃあそんなニブい先輩に、優くて可愛い後輩がヒントをあげ
ましょう﹂
一色は蠱惑的な微笑みを赤く染め上げ、俺の顔にそっと寄せてく
る。甘いトリートをねだる為、魅了︵チャーム︶の魔力が籠もった甘
い吐息で俺をさらに惑わせながら。
そして耳元で優しく妖艶に囁くのだ。ハロウィンのあの呪文に、ほ
んのひとつまみのスパイスを添えて。
﹁⋮⋮本物くれないとイタズラしちゃうぞ⋮⋮♪﹂
終わり
その後一色に本物のトリートをあげた俺が、さっきまでのお返しと
ばかりに一色にたくさんイタズラ︵意味深︶し返している最中、今日
は帰ってこないはずだった一色の両親がなぜか〝旅行〟から揃って
ご帰宅し、父親の殺意の籠もった視線に曝される中、娘さんとの仲を
ご挨拶をさせていただくというトドメのイタズラをお見舞いされる
事となるのだが、それはまた別のお話︵白目︶
1001
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