講演「進むべき道筋に向けての論点整理」

講演「進むべき道筋に向けての論点整理」
文部科学省「産業界のニーズに対応した教育改善・充実体制整備事業委員会」委員
元立命館大学キャリア教育センター長
加藤
敏明
皆さん、こんにちは。加藤です。限られた時間ですので、私のほうからは午後のセッシ
ョンあるいは今後の取り組みに向けて、キャリア教育から具体的な就職支援に向けて今、
我々は何をすべきかというところの論点整理を試みたいと思っております。先ほどから文
科省を含む五つの行政の方々の説明がございました。これだけをとってもかつてなかった
ことで、それぐらい行政が横断的に取り組む時代です。キャリア教育の重要性、さらには
大学の学びの中で企業等と連携をして就職支援をしていくというインターンシップに代表
される産学連携教育の重要性がいかに増してきているのかということは、もはや論を待た
ないところです。私としましては、今後のあるべき方向性の手がかりとして、先駆的な取
り組みをしている国々の動向をもとに世界標準なるものを導き出し、世界の動きをもとに
少し論点を整理させていただきたいと思っております。
キャリア教育の世界標準は「完成段階」に
ということで本題に入ります。キャリア教育とインターンシップに代表されます産学連
携教育を並列することにつきましてはいろいろと議論のあるところですが、本日はガイダ
ンスの趣旨に照らしてざっくりと、世界は今、座学のキャリア教育から産学連携教育、す
なわち教室やキャンパスの外で体を動かし体験する学びへどのように移行してきたのかを
まずご紹介します。
これ(3頁)がキャリア教育と産学連携教育の世界標準でございます。キャリア教育が
この世に公式の場に初めて用いられたのは 1970 年のアメリカです。当時のアメリカの連邦
教育局長のマーランドが講演の場で「(学生にとっての)すべての学びは、キャリア教育で
あるべきだ」と発言しました。ということで、赤い破線で囲みましたように全ての教育が
キャリア教育だという考え方が本来の姿なのですが、実際に教育現場ではいわゆる狭義、
教室の中で座学で行われるキャリア教育というものが実体です。そして、プラス体験型の
学び、すなわちインターンシップ、サービスラーニングあるいは企業実習などの体験型学
習、ここでは総称して産学連携教育と呼びますが、これを組み合わせて結果として専門教
育と教養教育等も含め大学のコアの学びのボトムアップを図っていくというのが、現在の
高等教育における世界標準となっています。もちろん、我が国も。
この基本を押さえながら、最初にキャリア教育から見ていきましょう。これ(4頁)は
関西のとある大学に許可を得てお借りしたもので、間違いなく日本の先駆的な立ち位置に
ある大学のキャリア教育の取り組みです。左側の緑色の科目群は、従来から継続して展開
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されてきました大学のコアの学び、いわゆる専門教育です。一方、右側の黄色の科目群が
近年この大学で取り入れられてきたいわゆるキャリア教育です。この大学では人間力強化
軸としてますが、これは事実上のキャリア教育で、内容をご覧いただきますと「スタディ
スキルズ」や「キャリアプラン」などの座学もありますが「インターンシップ」科目も盛
り込まれ、座学と体験型学習を往還して最終的には就職支援につなげていこうという意図
が明確に示されています。これが現在の日本のトップランナーの姿です。
目を海外に転じますと、こちら(5頁)がアメリカの大学です。シンシナティ大学やノ
ースイースタン大学など、アメリカでも産学連携教育における先駆校が該当します。すぐ
にお気づきと思いますが、黄色がないですね。つまりキャリア教育が一見、姿を消してい
ます。シラバスで科目名を確認しても、キャリアエデュケーション(キャリア教育)とい
う用語が見当たりません。それではアメリカではもう、キャリア教育は不要の産物となっ
てしまったのでしょうか。
事実は真逆です。シラバスを詳しく見ていきますと専門教育を担当する 1 人の先生が、
自分のセメスター(年 3 期)あるいはクオータ(年 4 期)の授業の中で、1セメスターあ
るいは1クオータを使って自分の抱えてる学生を外に送り出しています。体験型の学習を
授業に組み込んでいるのです。すなわち、緑色の専門教育の中に黄色いキャリア教育が完
全に組み込まれてしまっていて、シラバスの表にキャリア教育が出て来ない時代になって
いるのです。言い換えれば、1 人の専門教育や教養教育の先生が従来型の授業とともにキャ
リア教育を両方とも展開しているのです。手掛けることができる教育力を習得したのです。
これが世界のトップランナーの姿なのです。
以上を踏まえて 3 段階に整理をします。キャリア教育の初期段階というのはご覧のとお
り(6頁)。緑色で囲ってる所は単位認定、さらにブルーの線で囲った所は卒業要件(要卒)
単位です。いわゆる大学の学びの中核ですね。今でも多くのカリキュラムがそうであるよ
うに、入学当初教養教育に比重がかかり、そこからだんだん専門教育の比重を高めていっ
て卒業に向かうという形をとります。そこに初期の段階では黄色のキャリア教育という科
目がパラパラと出てくる。担当するのは多くが専門教育や教養教育の先生方とは異なり任
期制や嘱託の先生方です。企業経験をお持ちの方々が多いのが特徴です。これが初期の姿。
正直いって、日本ではまだこの段階にある大学が少なくありません。そして、これが発展
段階(7頁)
。この段階になりますと、ご覧のようにキャリア教育は単位認定の中に入るの
が一般的です。要卒の中に必ずしも入っていない事例が多いので、ここでは取りあえず外
しておきました。満遍なく全ての学年にキャリア教育科目が配置されるようになりますが、
依然として専門教育や教養教育の先生が直接手掛けるというのは非常にレアでして、やは
り外部から招へいされた先生方にお任せするというのが実態です。思い起こしていただき
たい。さきほど示しました関西の先駆的な大学はここに位置します。世界的に見ると典型
的な発展段階の大学なのですね。日本ではトップランナーですが…。
そしていよいよ完成段階を迎えます(8頁)。先ほどシンシナティ大学などのアメリカの
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先駆校を紹介しましたが、まさにこの段階にあり、もはやキャリア教育は専門教育や教養
教育のカリキュラムにしっかり組み込まれるばかりか、従来からずっと大学に所属してい
た先生方の手によって、座学のキャリア教育もインターンシップなどの産学連携教育もそ
の先生たちの手によって展開されるというのが世界の標準になっているのです。日本がこ
れから本格的に目指すべき方向性を議論する際の論点整理として、提示させていただきま
した。
長期インターンシップがアメリカ社会を変えた
次にキャリア教育から産学連携教育に焦点を移し、お話しします。
ここではコーオプ教育という用語が出てきます。いわゆる長期のインターンシップをア
メリカではコーオプラティブ・エデュケーションと呼ぶのが一般的です。コーオプラティ
ブとは「協力しあう」の意味です。企業などキャンパスの外の方々と協力しあって学生の
人間的な成長を育む、という考えに立つ教育プログラムです。事実上の長期のインターン
シップですが、専門教育と深く結びつけられるのが特長です。これから発祥の国アメリカ
の歩んだ道をご紹介しましょう。
これ(10 頁)は、1 世紀余りの歩みの概要です。コーオプ教育は 1906 年、ちょうど 110
年前にアメリカのシンシナティ大学で誕生しました。ハーマンシュナイダーという工学部
の先生が、長期のインターンシップを展開したことに始まります。彼は後年、国の諮問委
員会のヒアリングで「理論と実践の往還が教育の質を向上させる」という言葉を残しまし
た。コーオプ教育の本質です。
時代は進み、第 1 次、2 次の世界大戦を経て、アメリカは唯一のほぼ無傷の戦勝国となっ
たため、世界最強の経済大国として豊かな社会を謳歌する 1950 年代から 60 年代を迎えま
す。その間、黄金の 50 年代、豊潤の 60 年代を経てベビーブーマー世代、日本でいうとこ
ろの団塊の世代に何が起きたのかと言いますと、彼らが大学生になった 60 年代の後半に、
深刻な学力の低下現象が起こるのです。SAT(大学受験標準試験)の平均点の言語部門で 40
パーセント、数学部門で 26 パーセントという大変な学力の低下が社会問題となりました。
豊かな社会が若者たちを甘やかし、教育が弛緩した結果です。
そこで冒頭にも触れましたが、第 19 代の連邦教育局長、後の初代教育長長官となるシド
ニー・マーランドが、1970 年の 12 月の講演で“Every learning should be Career Education.
(学生にとっての全ての学びは、キャリア教育であるべきだ)”と発言したのです。これに
はエピソードが伝えられています。当初、同行した官僚が草稿を用意していたのですが、
会場となったアメリカ中部の中堅大学の会場を埋めた学生たちの態度があまりにひどく、
深刻な学力の低下を初めて目の当たりにしたマーランドは草稿を傍らに置き、さきほどの
発言から講演を始めたといいます。Career Education(キャリア教育)という用語が公式
の場に登場した瞬間でもありました。
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その後、1972 年にかけて彼の部下だったホイトをはじめ、エバンス、マッキン、マンガ
ムが連名で定義を 2 度行い、キャリア教育は全米に定着します。並行するように 1971 年か
らは莫大な資金、いわゆる助成金がコーオプ教育に投入されます。キャリア教育を展開す
る上で、その時点で半世紀余りの歴史を持つコーオプ教育の有効性が認められたわけです。
1996 年までの 25 年間に実に 2 億 7500 万米ドルもの助成金が取り組む大学に配られました。
結果、何が起きたかというとご承知のとおりです。新しい教育を受けた若者たちの中から、
いわゆる IT ベンチャー起業家が数多く輩出されるのです。アメリカのいわゆる IT バブル
を演出した顔ぶれたちです。教育改革の成果は着実に現れたわけですね。
ワンディ・インターンシップが危機意識を阻害
アメリカを例にお話ししました。コーオプ教育の長い歴史を持ち、また国が総力をあげ
てそれを支援した結果、国家経済さえも動かしたという事実。教育改革が国力にさえ強い
影響を及ぼすものであるという先例は、その後の世界に強いインパクトを与えました。照
明するものとして、今日の産学連携教育(インターンシップ)の動向に見て取れます。
これ(11 頁)が国際比較の現状です。左から。世界は今、インターンシップの期間は 1
ヵ月以上が標準です。さらに有償。単位化はもちろん、大学実施率は私の調べる限り、間
違いなくほぼ 100 パーセントです。これが国際標準というものです。一方、下にいって日
本の現状を見てみましょう。
これも左から。期間は世界の 1 ヵ月以上に対して 1 週間から 3 週間が多数を占めます。
有償、単位化が当たり前の時代ですが、我が国は無償で非単位のものが主流。大学実施率
もほぼ 100 パーセントの海外に比べて 70 パーセント程度にとどまり、学生の参加率に至っ
ては過半を大きく越えるのが当たり前の世界標準に比してわずかに 2.6 パーセント。これ
が現実です。
無償や非単位という点では、新卒一括採用システムや就職協定など我が国固有の事情が
あるのでとりあえず置いておいて、注目すべきは大学の実施率と学生の参加率です。日本
でも大学の実施率が近年かなり急速に高まったと、先ほど文科省から説明がありました。
18 年間に 5 倍になったのは喜ばしい限りですが、世界標準のほぼ 100 パーセントに比べる
とまだまだ道半ばというところです。
でも、何といっても我々が重視しなければならないのが実施期間と学生の参加率ではな
いでしょうか。まず実施期間ですが、今や世界は 1 ヵ月から 3 カ月というのがインターン
シップの基本です。これに対して我が国はヵ月の単位ではなく週間。ご承知のとおり多数
派は 10 日間くらいで、そこに土日が入り実質 1 週間というのが実情です。海外でこれくら
い短期のものは初等・中等教育でこそ見受けられますが、高等教育ではむしろレアケース
です。ですから国際比較上は明らかな立ち遅れと言っていいかもしれません。
それ以上に目を覆いたくなるような立ち遅れが、学生の参加率です。アメリカは希望す
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る学生のほぼ全員、数値では 90 パーセント以上の学生が複数回参加しています。採用シス
テムのど真ん中に位置付けられていることに由来します。欧州では東欧諸国が少し遅れて
いる実情がありますので、平均すると 5 割くらいになります。意外に高いのが東アジアの
国々です。近年急速に普及が進み、80 パーセントは越えているようです。従来は韓国が一
歩前を進む感じだったのですが、すでにシンガポールでは完璧に 100 パーセントとなり、
中国でも波及が進んでいます。
さらに海外との落差で見逃せないのは、大学入学前の環境の違いです。欧米の場合です
が、学生たちの多くは小中高校で既に 2 週間、3 週間程度のインターンシップは体験してい
るのです。しかも複数回。当然、大学に来ると 1 カ月以上の本格的なものでなければイン
ターンシップでないという意識が学生の中にあります。このような世界の動向を前に、我
が国の学生の参加率は 2.6 パーセント。いかに世界から立ち遅れてしまってるのかという
ことが、如実に表れている数値です。
ところが、厄介なことにこれほどの立ち遅れが日本ではあまり危機意識として表面化し
ていませんね。その理由のひとつが、ワンディ・インターンシップと呼ばれるものの存在
です。註にちょっと小さな字で恐縮ですが、「企業主体のワンディ・インターンシップ等を
含むと推定 70 パーセント程度」と入れました。大学人から見れば、就職を控えた数多くの
学生が「インターンシップに行ってきました」と報告してくるために、世界標準並みの学
生がすでにインターンシップを経験しているような錯覚を覚えてしまうのです。断言しま
すが、ワンディ・インターンシップは海外ではインターンシップとみなされません。会社
説明会に分類されます。
米国は連邦政府挙げて長期インターンシップを推進
ということで、我が国においても座学のキャリア教育ばかりでなく、キャンパスの外と
連携して専門教育等を底上げし、本格的に世界に通用する人材を育まねばならない時代が
到来している実情を確認しました。その上で我々はどこに向かい何をなすべきか、進むべ
き道について触れたいと思います。
まず、アメリカの選択した道から探ってみようと考えました。アメリカはご紹介しまし
たように、キャリア教育は完成段階にあります。1 人の先生が教養教育の担当であろうと、
専門教育の担当であろうと、座学もやれば学生を外に送り出しもする。事前、事後学習も
手掛ける。要するに従来型の授業もキャリア教育も産学連携教育もなんでもできるという
先生が珍しくない時代に入っています。これ(13頁)は先ほど提示したアメリカの歩み
の概要ですが、緑色の枠で囲ったところを改めてご注目ください。キャリア教育の完成段
階にあるアメリカでさえ、キャリア教育の導入には一筋縄ではいかぬ歴史があったのです。
国際学会で先駆校の先生方と意見交換しますと、本音ベースで様々な証言を耳にします。
その一つが、繰り返し行われたキャリア教育の定義化です。1970 年にマーランドがキャリ
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ア教育を公式の場で初めて用いました。日本の文部科学大臣がいきなり「すべての学び(教
育)はキャリア教育であるべきだ」と発言したわけですから、直後にはものすごいハレー
ション(反発の声)が起きたといいます。従来からずっと大学の先生をしていた方々の多
くが「自分もキャリア教育なるものを行わねばならないのか」とか「キャリア教育がカリ
キュラムを占有してしまうのか」と恐れたわけです。一種の被害妄想といいますか、とん
でもないことを大臣は言い出した、と大学界は大騒ぎになります。
そこでマーランドの部下であるホイトが 2 年間に 2 度も定義化を手掛けます。71 年に定
義をしたのですが大学側が納得せず、やむなく今一度定義を行ったと聞きます。結局、従
来型の専門教育や教養教育において、学生の人生に焦点をあてて少し教え方に工夫をする
ことが真意であり、「社会全体の(教育改革)運動」の一つだと定義されました。公教育の
中の、ソーシャルムーブメントである。つまり教育改革運動であって、従来から教室で行
われてきた専門教育や教養教育を追い払ったりするものではないし、教え方が間違ってい
るというわけでもない。しかし、経済社会の高度化に伴って求められる人材の資質も高ま
るわけだから、それに合わせて教え方に工夫をしてみよう。ほとんどの学生がこれから迎
えようとしている職業人生に焦点をあてて、今学んでいることが人生でどのような意味を
持ち、将来に向けて何を学んでゆくべきかを示すことのできる教育へ意識を変換しようと
説いたわけです。その結果、ようやくハーレーションは沈静化に向かったといいます。
でも、現実の話をすれば、沈静化にはお金の要因が大きかったようです。1971 年に始ま
った連邦政府によるコーオプ教育への助成金は 26 年間で総額 2 憶 7500 万ドルに達してい
ます。教育にはお金がかかります。教育熱心な先生が潤沢な資金を獲得して長期インター
ンシップ、すなわちコーオプ教育を手掛ける。やってみると学生たちが見違えるように成
長することが分かる、という好循環が生まれ、急速に全米に広まった経緯があるのです。
以上が、国際学会などで得た情報をもとに整理したアメリカの歩みです。
産学が「自律」をキーワードに教育指針を共有
定義化され、コーオプ教育すなわち長期インターンシップが全米に本格的に波及する際、
私たちが参照すべき重要な課題が提示されました。学生たちの何を、どのように育むのか
という産学双方の教育課題の整理と共有です。いくら連邦政府から助成金が出たからとい
って、何の理念もなく連携がなされればそれは持続しません。アメリカでは試行錯誤の結
果、段階を踏んで教育課題が整理されました。
第一段階では、学生を送り出す大学側が「自ら担うべき能力」と、大学と学生を受入れ
る企業とが「連携し得て育むべき能力」に、シンシナティ大学をはじめとする先駆校を中
心に教育課題が整理されました。これは大学の特色が色濃く反映されるものだけに、各大
学では学内でしっかりと議論が必要です。相手は経済界であり、行政であり、地域と広が
りがあり、当然のこととして教育課題も目標も異なってきます。まず大学側が、教育課題
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を整理したのです。
次なる段階は、いよいよ産学、つまりキャンパスの外の連携すべき相手との協議です。
大学側から見て、相手が何を求めているのかを明確化するのです。特に経済界の場合、採
用も関わってきますので、いかなる資質や能力を連携を通じてどのようにして育むのか、
徹底的に議論されたといいます。もちろん議論の大元は、最初の段階で大学側が行った教
育課題です。
その結果、アメリカではオートノミー(Autonomy)、日本語にすると「自律」というキー
ワードが導き出されました。よくよく考えれば、この自律という能力は教室の中でなかな
か教えにくいものです。従来の授業のように壇上から教授が「皆さん自立しましょう」と
言って伝授されるものではありません。論理的思考力などは教室の中で理論を学びながら
じっくりと鍛え上げられるものです。従来型の授業の最も得意とするものですよね。とこ
ろが、このオートノミー(自律)という能力はなかなか教室の中で学びにくく、もしかし
たら学べないかもしれないという整理の下に、アメリカでは産学連携教育の大きな教育課
題に掲げられ、共有されたのです。
日本の進むべき道もまた「自律」
ということで、ここからはアメリカの歩みを参照しながら日本の進むべき道筋について、
私なりの私見を示したいと思います。
昨年 4 月、経済同友会さんが「これからの企業・社会が求める人材像と大学への期待」
というレポートをまとめられました。私の話の後で、リポートをまとめるにあたって中心
的な作業を担当されました藤巻執行役が詳しくお話しされると思いますが、これは実に素
晴らしいリポートです。何がすばらしいかと言いますと、アメリカの掲げた産学が共有す
べき教育課題の「自律」がここに明確に示されているからです。
この資料(16頁)をご覧ください。
「課題設定力・解決力」、
「(ストレス)耐力・胆力」、
「多文化理解力」(加藤による命名)
、「コミュニケーション能力」の 4 つの能力を企業が求
める資質・能力と整理しています。いずれも自律に深く関わる資質であり能力です。検証
してみましょう。この 4 つの資質・能力を文部科学省が世に出した「学士力」に当てはめ
てみます。それがこの資料(17頁)です。それぞれ色付けしましたが、学士力に当ては
めると該当しないものが浮き出てきます。黒にし下線を引いてあります。それを改めて整
理し直したものが、この資料(18頁)です。アメリカに倣い、「大学が担うべき能力」と
「経済界等と連携して育むべき能力」に分けますと、学士力はこのように再分類されます。
前者には、論理的思考力をはじめ、数量的スキルや倫理観、生涯学習力が並びます。中で
も論理的思考力、ロジカルシンキングは科学の原点ですよね。仮説を立て検証し、物事の
真理を探究する。これこそ、従来から高等教育に課せられた教育の王道にほかなりません。
大学の先生方が最も得意とする領域でもあります。
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一方、後者には問題発見・解決力やリーダーシップ能力、自己管理力などが並び、グロ
ーバル社会に向けて科学的な思考力をベースに大きな課題や異なる文化・価値観に立ち向
かってゆく自律的な資質・能力が明確に示されています。
時代はどんどん移り変わってきています。これからの大学は自律に関わる能力を見据え、
問題を発見し、解決する能力に徹底的にフォーカスし、それを教育到達目標に定めて経済
界とともに教育プログラムを開発し、連携して学生を育むことが求められています。ある
いは私たちは多文化理解をとことん育もうと予め決めたら、留学生と日本の学生をシャッ
フルしたり、海外インターンシップを組み上げる。自己管理力を養成するために合宿形式
の教育プログラムを本格導入する、といったように育むべき資質や能力の置き方でインタ
ーンシップなど産学連携教育の中身は様々に変化します。
だからこそ日本においてもキーワードは「自律」ではないかと私は考えているのです。
大学組織が一体となって「自律」を追究すべき
まとめに入ります。冒頭で、論点整理を行いたいと申し上げました。午後のセッション
に向けて、さらには皆様方の今後の取り組みにおいて、インターンシップをはじめとする
産学連携教育導入の際のキーワード「自律」を皆が理解し共有し推進していくのか、今日
はぜひお考えいただく契機にしてほしいのです。
残念なことですが、冒頭で我が国がインターンシップの世界では量的にも質的にも世界
標準に甚だ差をつけられてしまっている現状をお伝えしました。その背景の一つに、専門
教育や教養教育を担当されている大学の中核的な先生方の多くが、未だにキャリア教育や
インターンシップなどを手掛けられていない現実があります。こうした現状では、いきな
り経済界と自律について協議をしようとしても、なかなかうまくいかないことでしょう。
キャリア教育の初期から発展段階にある我が国では、まず組織が一体となって取り組む体
制の整備が必要です。言うまでもないことですが、カリキュラムの中にキャリア教育やイ
ンターンシップなど産学連携教育を組み込むには、大学のトップ並びに研究科や学部のコ
アの教員の理解が不可欠です。この点を強調しておきたいと思います。
どの国を見ても、インターンシップの重要性についてもはや議論の余地はありません。
海外では、赴任したばかりの若手の先生から古株の先生まで、学長、副学長、教学担当の
理事に至るまで、学園内の誰に聞いてもインターンシップは必要という認識に立ってます。
ですから、大学実施率が 100 パーセントに近づき、学生の参加率も極めて高くなるのです。
教育の有効性は世界で実証済みなのです。かたや我が国では残念ながらとても属人性が高
く、熱心な先生が孤軍奮闘で頑張っている姿を目にします。文科省の研修会などを担当し
ておりますが、近年、意識はかなり高まってきていることを感じていますものの、未だ一
丸となってインターンシップなど産学連携教育に取り組む大学はごく一部に限られている
ようです。
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高度化と国際化が急速に進行する今日の経済社会に学生を送り出す上で、教室の中だけ
で教育は完結し得ないことを、大学全体で認識を共有すべきです。大学が組織一体となっ
てインターンシップの専門人材を内発的に、すなわち専任の教職員において育み、彼らが
培った経験とスキルを起爆剤に大学院、学部の中核的な授業のカリキュラムに組み込む。
それに歩調を合わせてキャンパスの外の経済界などと「自律」をキーワードに協議を重ね、
その大学の特色を生かした優れた教育プログラムを開発し、教員の教育力を高める。結果
として学生は学内外で自律的に学ぶようになり、ひいては就職活動に向かい大学は社会の
信任を獲得する。これがホイトのコーオプ教育定義にある「社会全体の(教育改革)運動」
の真意であり、我が国もまた、辿るべき道筋ではないでしょうか。
以上、キャリア教育から就職支援に向けて、私たちがこれから何を目指し何をなすべき
か考える上での論点整理を試みました。ご清聴いただき、ありがとうございました。
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