COVER STORY: Highlight Reviews 展 望 特集 高分子マシンとその応用 導電性高分子を用いたエネルギー変換マシン 奥崎秀典 山梨大学大学院医学工学総合研究部 [400-8511]甲府市武田 4-4-37 准教授,博士(理学). 専門はソフトアクチュエータ,導電性高分子, 有機エレクトロニクス. [email protected] www.ccn.yamanashi.ac.jp/~okuzaki/okuzaki.html 高分子材料の体積変化を外部刺激でコントロールできれば、 (DE : dielectric elastomer)アクチュエータを開発し しなやかに動くロボットやソフトアクチュエータ、人工筋肉 ている 8)。電圧印加により電極間に静電引力がはたら などへの応用が期待できる。中でも電気刺激は制御性に優れる き、エラストマーが圧縮変形することで、垂直方向に ことから、さまざまな EAP(electro-active polymer)アクチ 大きく伸長する。構造が単純でエラストマー材料の汎 ュエータが検討されている。本稿では、エネルギー変換マシ 用性も高いが、①駆動電圧が数 kV と高い、②伸縮性電 ンとしての導電性高分子アクチュエータについて解説する。 1.はじめに 制御性に優れた電気刺激を用いて高分子材料の形状 や大きさを変化させることができれば、軽量でフレキ シブルなソフトアクチュエータや人工筋肉への応用が 可能である 1)∼ 3)。EAP(electro-active polymer)アク チュエータは、電流駆動型(イオン伝導性高分子、導 電性高分子)と電圧駆動型(誘電性高分子)に大別さ れる。代表的なイオン伝導性高分子であるフッ素系高 分子電解質膜(Nafion や Flemion 等)の表面に金また は白金を化学めっきした IPMC(ionic polymer metal composite)に、含水状態で 0.5 ∼ 3 V 印加すると、膜 中の対イオンが水をともなってカソード側に移動する ことによりアノード側に屈曲する 4)。一方、不揮発性 のイオン液体を溶媒に用いることで、空気中で長時間 安定にアクチュエータを駆動させることができる。安 積らは、イオン液体を含んだフッ素系高分子ゲルを、 イオン液体とカーボンナノチューブからなる「バッキ ーゲル」電極で挟むことにより三層アクチュエータを 作製している 5)。電圧印加によりアノード側に屈曲し、 空気中 30 Hz で 8,000 回以上動作する。 これに対し、電圧駆動型アクチュエータは電流がほ とんど流れないため、電気化学的な消耗や熱による劣 化が少なく、優れた耐久性が期待できる。平井らは、 ジメチルスルホキシドに膨潤したポリビニルアルコー ルゲルに 250 V/mm の電圧を印加すると 0.1 s で 8 %収 縮することを報告している 6)。さらに、可塑化したポ リ塩化ビニルゲルが、高電圧印加によりアメーバ様の クリープ変形することを見いだし、オートフォーカス 機構への応用について検討している 7)。一方、Pelrine らはシリコーンやアクリルエラストマーシートの両面 にカーボンや銀グリースを塗布した誘電エラストマー 126 ©2013 The Society of Polymer Science, Japan 極が限られる、③予ひずみ(プレストレイン)が必要 等の課題がある。 本稿では、エネルギー変換マシンとしての導電性高 分子に焦点を当て、最近の研究動向を紹介するととも に、筆者らの研究も交えながら導電性高分子アクチュ エータの今後を展望したい。 2.導電性高分子アクチュエータ ポリピロール(PPy) 、ポリチオフェン、ポリアニリン に代表される導電性高分子は主鎖に π 共役系をもち、酸 化還元による電解ともない可逆的な体積変化を示すこと から、EAP アクチュエータとして注目されている 9),10)。 導電性高分子の電解伸縮は、①溶媒和したドーパント イオンの高分子マトリクスへの挿入、②電子状態の変化 による高分子鎖の構造変化、③高分子鎖内の静電反発、 および④高分子鎖間の静電反発により起こる(図 1)。 これに対し、ドデシルベンゼンスルホン酸のような大 きなドーパントイオンの場合、還元時に脱ドーピング は起こらず、代わりに電解液からカチオンを取り込む 図 1 ポリピロール(PPy)フィルムの電解伸縮機構 高分子 62 巻 3 月号 (2013 年) 展 望 ため体積は逆に膨張する。Kaneto らは電解重合により 作製した PPy フィルムが 12.4 %の伸縮率と 22 MPa の発 生応力を示すことを明らかにし 11)、ダイアフラムポン プや触覚ディスプレイへの応用について検討している。 エネルギー変換効率は 0.3 %以下 12)と低いが、電気化 学的酸化還元が二次電池の充放電に相当することから、 入力エネルギーのほとんどは回収可能である。伸縮速 度(13.8 %/s)13)は筋肉(300 %/s)に比べ遅いが、こ れはフィルムの伸縮がイオンの拡散律速であることに 起因する。 一方、Smela らは MEMS(micro-electro-mechanical system)技術を用いて PPy マイクロアクチュエータを 作製している。一辺 300 µm の立方体のヒンジ部分に PPy を電解重合することで、立方体の開閉が 1 s 以下で 起こる 14)。また、マイクロロボットアームを作製し、 直径 100 µm のガラスビーズをマニュピュレートするこ とに成功している 15),16)。さらに、Otero らは二枚の PPy フィルムをテープで接着した三層アクチュエータを作 製し、電気化学−力学(electrochemo-mechanical)挙 動を詳細に検討している。興味深いことに、素子はア クチュエータ機能と触覚センサ機能を同時に発現する ことがわかった 17)。2 本の配線だけで制御可能なこと から、積層化によるインテリジェントシステムへの応 用が期待できる。 COVER STORY: Highlight Reviews 図 2 PEDOT/PSS フィルムの電気伸縮機構 逆的に伸縮することがわかった 25)。10 V 印加によりフ ィルムは 2.4 %収縮し、ポリピロールフィルムに比べ 2 倍以上大きい。電解液やレドックスガスを用いていな いことから、PEDOT/PSS フィルムの電気収縮メカニ ズムは従来の電気化学的ドーピングと明らかに異なる。 電流値は 95 mA であり、ジュール熱の発生によりフィ ルムの表面温度は 25 ℃から 64 ℃に上昇した。電圧印加 によりフィルム近傍の相対湿度が急激に上昇すること 3.ポリマッスル から、フィルムの伸縮は水蒸気の吸脱着に基づくこと 導電性高分子アクチュエータのほとんどは、電解液 がわかった(図 2)。ここで、電気刺激は水蒸気の吸着 中か膨潤状態で動作する「湿式システム」であり、空 平衡をコントロールしており、PEDOT/PSS フィルム 気中で駆動させるにはレドックスガスや固体電解質、 は電圧のオン・オフに応答して、あたかも呼吸をする イオン液体などが必要であった 18),19)。筆者らは以前、 かのように水分子を吸ったり吐いたりして伸縮すると 電解重合により合成した PPy フィルムが空気中で高速 いうユニークな性質をもつことが明らかになった 26)。 変形する現象を見いだし 20)、直接回転運動を取り出す さらに、PEDOT/PSS フィルムの伸縮をテコの原理で 「高分子モーター」を試作している 21),22)。さらに、PPy 拡大し、実際の筋肉のように動作するアクチュエータ フィルムに数 V 印加することにより空気中で収縮する 「ポリマッスル」を開発した(図 3)27)。電圧のオン・ ことを明らかにし、EAP アクチュエータ特性について オフに応答し、8 万回以上安定に動作することがわかっ 23) 詳細に検討してきた 。しかし、PPy フィルムの電気 ている。 収縮率は約 1 %と小さく、キャスト法や印刷法に比べ PEDOT/PSS アクチュエータは形状記憶合金と同様 電解重合法によるフィルム作製は効率が低く時間がか に電圧印加によるジュール加熱で駆動するが、マルテ かる等の問題があった。 ンサイト/オーステナイト相間の熱相転移により変形 そこで、ウェットプロセスにより製膜可能な導電性 するため、合金組成で決まる相転移温度や二相間の中 高分子である poly(3,4-ethylenedioxythiophene)/poly(4間状態を制御することは困難である。これに対し、 styrenesulfonate) (PEDOT/PSS)水分散液に着目した。 PEDOT/PSS アクチュエータは印加電圧により任意の PEDOT/PSS は高い導電性や耐熱性、優れた熱安定性 収縮状態をとることができる。さらに、水蒸気吸着量 や力学特性を有することから、帯電防止剤や固体電解コ の増加により収縮率を向上させることも可能である。 ンデンサ、有機エレクトロルミネッセンスのホール輸送 また、収縮応力は自重(2.5 mg)の 1 万倍以上の応力 に相当する 17 MPa(59 gf)に達することがわかった。 層としてすでに用いられており、タッチパネルや有機 これは筋肉(0.35 MPa)や IPMC アクチュエータ(0.23 ∼ 太陽電池のフレキシブル透明電極等への応用も期待さ れている 24)。キャスト法により作製した PEDOT/PSS 15 MPa)、DE アクチュエータ(0.3 ∼ 7.7 MPa)よりも フィルムの両端に直流電流を印加すると、空気中で可 大きく 28)、PEDOT/PSS フィルムの弾性率(1.8 GPa)が 高分子 62 巻 3 月号 (2013 年) ©2013 The Society of Polymer Science, Japan 127 COVER STORY: Highlight Reviews 展 望 イドワイヤー(医療)、点字ディスプレイ(福祉)、パ ワーアシストスーツ(介護)等への応用が期待できる。 さらに、触覚機能をもつアクチュエータや自立分散型 ロボットなどへの応用も可能であり、今後の展開が期 待される。 文 献 図3 PEDOT/PSS フィルムを用いたアクチュエータ「ポリ マッスル」 筋肉(10 ∼ 60 MPa)や IPMC アクチュエータ(0.1 MPa) 、 DE アクチュエータ(0.1 ∼ 3.0 MPa)よりも高いことに 起因する。また、最大出力エネルギー密度(174 kJ/m3) についても、筋肉(8 ∼ 40 kJ/m3)や IPMC アクチュエー タ(5.5 kJ/m3)、DE アクチュエータ(10 ∼ 150 kJ/m3)、 導電性高分子電解アクチュエータ(100 kJ/m3)に比べ 大きいことから、PEDOT/PSS フィルムは優れた EAP アクチュエータ材料として期待できる 25)。 4.おわりに エネルギー変換マシンとしての導電性高分子アクチ ュエータについて、筆者らの研究を交えながら解説し た。しかし、実用化には応答速度やエネルギー変換効 率など克服すべき問題が残されている。一方、導電性 高分子アクチュエータは、①高い電子伝導度、②高い 弾性率と収縮応力、③優れた成形加工性、④センサと アクチュエータ機能を合わせもつインテリジェント性 等の優れた特徴を有する。高性能なエネルギー変換マ シンを構築するには、導電性高分子の電気化学−力学 または電気−力学結合性を高めるような材料設計と高 次構造・階層構造制御が不可欠である。DE アクチュエ ータ 7)や圧電アクチュエータ 29)が数 kV の高電圧で駆 動するのに対し、導電性高分子アクチュエータは 100 ∼ 1000 分の 1 の低電圧で駆動することから、ソフトア クチュエータや人工筋肉として、センサやバルブ、ス イッチ、ポンプ(工学)のほか、能動カテーテルやガ 128 ©2013 The Society of Polymer Science, Japan 1)ソフトアクチュエータ開発の最前線, 長田義仁偏, エヌ・ティー・ エス(2004) 2)未来を動かすソフトアクチュエータ, 長田義仁, 田口隆久監修, シ ーエムシー(2010) 3)Y. 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