キノコのガイドブック 1)キノコ入門 - 横浜国立大学 地域実践教育研究

横浜市保土ヶ谷区内に発生するキノコのガイドブック
―陣ヶ下渓谷公園と横浜国立大学構内―
2007 年 3 月
横浜国立大学教育人間科学部
岩間淳美
原田
洋
はじめに
市街地化の進行に伴い、都市の緑地は減少している。しかし、わずかに残された都市の
中の自然は、私たちにとって身近なものである。そのような都市の中の自然を有効に活用
するため、減少を防ぎ守るためには市民や行政の理解や協力が必要である。
横浜国立大学では、文部科学省の「現代的教育ニーズ取組支援プログラム」の中の「地
域活性化への貢献」部門として「地域交流科目による学生参画型実践教育―都市再生を目
指す地域連携―」を平成 16 年度から 3 年計画で実施している。その軸となる『地域交流科
目』は「コア科目」「関連科目」「地域課題プロジェクト」から成るが、この中の「地域課
題プロジェクト」の一つに「帷子川流域の自然活用化プロジェクト」がある。このプロジ
ェクトは、帷子川流域をフィールドに行政、学校、市民など他機関と協働で都市と自然が
共生できる環境づくりを推進することを目的としている。地域と連携してプロジェクトを
進めていくためには、流域の自然環境を把握するとともに、地域の人々の自然への興味や
理解が必要不可欠である。
以上の目的から、平成 17 年度には対象地域を帷子川中流域に限定した植物的自然のガイ
ドブックを作成した(茂木・原田,2006)。
本研究ではプロジェクトの一環として、対象物をキノコとした地域の身近な自然解説の
ためのガイドブックを作成することを目的とした。
調査地と方法
調査対象地は、横浜市保土ヶ谷区内のまとまった緑地の存在する陣ヶ下渓谷公園および
横浜国立大学構内の2地域である。
陣ヶ下渓谷公園は面積約 15ha、保土ヶ谷区川島町に位置する。横浜市内唯一の渓谷があ
り、標高は下流側の低いところで 20m、高い部分で 70mである。この一帯は、スギ人工林
やコナラやヤマザクラを主体とする雑木林に広く覆われている。(図 1)
横浜国立大学は面積 45ha、保土ヶ谷区常盤台の標高約 50m、緩やかな丘陵地上に位置す
る。1969 年の建設以来積極的な緑地形成が図られてきており、緑豊かなキャンパスとなっ
ている。(図 2)
ガイドブック作成のために行なった調査は大きく分けて 2 種類である。
1.生態分布調査
踏査により採取・確認したキノコは確認場所を地図上に記録し、明るさ・材の形態や腐
朽程度などの生育状況をチェックリストに記入した(表 1)。
さらに写真や絵で記録をとり、それら調査記録をもとに図鑑を用いて種を分類同定した。
2.文献調査
上記方法による調査結果と既存の調査報告、さらに文献などの資料をもとにガイドブッ
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クのための原稿を作成した。
調査結果
1.キノコ相
2006 年 4 月~11 月の調査において、陣ヶ下渓谷公園で 29 科 86 種、大学構内では 34 科
115 種の計 38 科 173 種を確認した。種名や詳細な確認場所については付録の表と目録を参
考にしてほしい。そのうち共通して確認した種は 16 科 28 種と、全体の種数の 16%ほどで
あった(図 3)。地理的に近いにもかかわらず、発生種に違いが生じるのはなぜだろうか。
その原因のひとつとして、調査地による植生の違いが挙げられる。
たとえば、大学構内ではイグチ科やベニタケ科のキノコが陣ヶ下の 2 倍ほど多く出現し
ていることがわかる(図 4)。イグチ科やベニタケ科はそのほとんどが樹木と外生菌根を結
ぶ種である。キノコと菌根をつくる樹木には、北半球で森林の優占種となるようなものが
多くあるがスギはキノコと外生菌根をつくらない。主な調査地として、陣ヶ下渓谷ではス
ギの人工林が、大学構内では常緑広葉樹林が挙げられるが(図 1,2)スギ林を含む陣ヶ下
渓谷では菌根性のキノコは発生しにくいものと考えられる。
また、菌根性のキノコは発生しにくいものの、陣ヶ下渓谷では特にスギの枝から発生す
るスギエダタケ(写真 17)のように個性的なキノコが発生している。なおイグチ科やベニ
タケ科のキノコはそれぞれアワタケや、ニセクサハツのようなキノコである(写真 14)。
このように、植生が発生するキノコの種や種数に影響を与えているものと考えられる。
2.キノコ発生種数の月別変化
月別のキノコの確認種数は 7 月が最も多く 78 種、次いで 10 月の 63 種、6 月と 8 月の
57 種であった(図 5)。
柴田(2006)によると、菌糸体が生長するための適温は 22~27℃といわれ、十分に生長
した菌糸がキノコ(子実体)をつくるためには 5~20℃以下の低温や降水などの条件が必要
と考えられている。どの程度の低温刺激が必要か、温度と降水のどちらが主因となるかは
ごく一部の種以外ははっきりしていない。
一般に、キノコの季節は秋と思われているが、このように暖温帯では秋よりも梅雨~夏
に発生が多いこともある。
3.ガイドブックの章立てとテーマ
ガイドブックの章立てとテーマは以下の通りである。
Ⅰ.キノコの世界
1.キノコって何だろう
2.キノコの世界をのぞいてみる
Ⅱ.キノコの体
-キノコを見分けよう-
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1.担子菌類と子囊菌類
2.最も馴染み深いハラタケ類
3.ヒダのないヒダナシタケ類
4.体の中に胞子をつくる腹菌類
5.ゼリー状のキクラゲ類
6.子囊の中に胞子をつくる子囊菌類
Ⅲ.キノコはどこに生えるか
1.地上に生えるキノコ
2.木に生えるキノコ
Ⅳ.個性あるキノコたち
1.小さなキノコと大きなキノコ
2.軟らかいキノコと硬いキノコ
3.多彩なキノコの色
4.変色するキノコ
5.キノコの匂い
6.乳液を出すキノコ
7.ヌメリのあるキノコ
Ⅴ.私たちの暮らしとキノコ
1.食べられるキノコ
2.毒のあるキノコ
3.キノコを利用する
Ⅵ.珍しいキノコ
Ⅶ.キノコと生き物の不思議な関係
1.キノコを食べるナメクジ
2.虫を食べるキノコ
3.植物を養うキノコ
4.キノコに寄生する菌
Ⅰ~Ⅲ章は、キノコの定義や生活、形態による分類、キノコの発生場所をもとにした栄
養生活の違いなどの導入的な内容となっている。
Ⅳ~Ⅵ章ではキノコの色や食毒などの特徴をもとに、多様なキノコをカテゴライズして
紹介している。
Ⅶ章では、キノコと他の生き物のかかわりについてトピック的に紹介している。
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Ⅰ.キノコの世界
1. キノコって何だろう
(1)キノコの由来
「キノコ」は、もともと「木の子」に由来する。木が枯れるとキノコがよく生じるが、
そこでキノコと木とは別の生き物でなく、木が生まれ変わったものと考えたのだ。また、
そのためにか木に発生するキノコにはシイタケ・エノキタケなど、宿主と結びついた名称
を持つものが数多くある(中村,1982)。
(2)キノコは植物か?
キノコは木と深い関わりを持っている。それでは、キノコは木と同じ“植物”なのだろ
うか?
実はキノコはカビと同じ“菌類”の仲間である。菌類は従来植物に属する生物とされて
いたが、その構造や生活の仕方の違いから現在では植物から分けて独立する生物群と考え
られるようになった。生物五界説において“菌類”は「植物界」「動物界」と並ぶ大きな生
物群のひとつの「菌界」を構成している(図 6)。
(3) 菌類とは
菌類とは一体どのような生き物なのだろう?
菌類は、生物の遺がいや排泄物に潜り込み、それらに含まれる栄養分を体外に分泌する
酵素で溶かして体表面から吸収し、生活のエネルギーを得ている。遺がいや排泄物は菌類
に利用されることによって分解されて無生物界にもどせる状態になり、再び植物が使うこ
とができるようになる(上田・伊沢,1985)。このようなことから、菌類は生態系の中の「分
解者」や「還元者」と言われている。
なお、植物・菌類・動物の違いについては表 2 を参考にしてほしい。
(4)菌類の中のキノコ
ところで、キノコとは菌類の中のどのようなものを言うのだろうか?
そもそも私たちの知っている「キノコ」は、キノコの本体ではない。
キノコの本体は、カビと同様に顕微鏡的なごく細い菌糸である。菌糸は枝を分け、まとま
りのない形をして土の中・落葉や木材の中を伸長している(今関・本郷,1989)。これで生
活をしているが、種々の条件がそろい、さらに温度などのある刺激が与えられると、繁殖
のために胞子形成の器官として子実体をつくる。この子実体と呼ばれるものが、普段私た
ちが“キノコ”と呼んでいるものにあたる(図 7)。
実はキノコとは、科学的にまとまった生物群に与えられた名前ではないのだが、
「菌類(真
菌類)の中でも特に、その胞子を作る器官(子実体)が大型になり、顕微鏡を使わなくて
も見えるもの」に対して使われている(柴田,2006)。
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2.キノコの世界をのぞいてみる(写真 1)
野生のキノコ、と聞くと秋季に山の中でのキノコ狩りを想像するかもしれない。しかし
実は彼らは、私たちの身近な場所にもたくさん存在している。
ノウタケは、若いうちは白色をしているが成長すると茶色くまるでパンのように柔らか
くなり、外皮が破れて胞子を飛散する。名前の通り、脳みそのように見える。初夏から秋
にかけてよくみられる。写真のように、道路のわきにみられることも多い。ウスキテング
タケは、薄黄色で可愛らしいが、毒キノコなので注意。7~8月の夏の盛り、大学構内の
講義棟のわきに、道路沿いにと大量に発生した。ヒビワレシロハツは、木片を細片化した
チップや落ち葉の下から真っ白い姿をのぞかせている。傘の表面がひび割れているのが特
徴で、陣ヶ下渓谷公園では初夏から秋までよく見かけるキノコである。
Ⅱ.キノコの体-キノコを見分けよう-
キノコという名称は非常に幅広いものに対して用いられており、現在、それらキノコは
おもに形態によって人為的に分類されている。ここでは、その分類を参考にいくつかのキ
ノコを紹介する。ひとくちにキノコと言っても様々な形のものがあること、そしてそのよ
うに多種多様なキノコが身近に存在していることを知っていただきたい。
1.担子菌類と子囊菌類(図 8)
キノコをつくる菌類には、担子菌類に属するものと子囊菌類に属するものがあり、その
多くは担子菌類に属している。調査地内で確認したものでも、その 9 割以上は担子菌類で
あった。
私たちが普段キノコと呼んでいるものは、胞子を作るための生殖器官である。担子菌類
と子囊菌類では、その胞子のできる最先端の細胞に大きな違いがある。
担子菌類では、最先端の細胞の一部が「担子器」というものになり、その頂部に胞子を
つくる。子囊菌類では最先端の細胞の一部が「子囊」という袋になり、その袋の中に胞子
をつくる(上田・伊沢,1985)。
以下、担子菌類であるハラタケ類・ヒダナシタケ類・腹菌類・キクラゲ類と子囊菌類の
5つに大別して紹介する。
2.もっとも馴染み深いハラタケ類
キノコと言われて普通、思い浮かぶのはこのハラタケ類だろう。
ハラタケ類には普通、傘・ヒダ(又は管孔)・柄の 3 部分がある(写真 2)(図 9)
。
この形のものは数が多く、陣ヶ下と大学構内で確認したキノコのうちの 6 割近くを占める。
ハラタケ類の傘・ヒダ(管孔)・柄の部分を詳しく見てみる。
(1)傘(写真3)
ハラタケ類のキノコは、きちんとヒダが下を向くように、傘が地面と水平に開いて立っ
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ている。傘には、胞子が雨に濡れないように守る役割があるのだという(小川,1983)。
傘の一つ一つをよくみてみると、その色や形、模様、条線やイボの有無など、種によっ
て異なっている。
(2)ヒダ(管孔)(写真 4)
ヒダや管孔には、胞子をつくる担子器がある。ヒダや管孔というような複雑な形状は、
表面積を増やすための手段だと考えられている(根田・伊沢,2006)。観察する際には、柄
とヒダの付き方や、ヒダや管孔の細かさ、色などに注目してみると良い。
クロハツのヒダは厚く、間隔が大きく疎である。また、古くなるとヒダが黒色となる。
ベニヒダタケのヒダは柄に離生している。ヒダの色は、初め白色だがのち肉色となる。ア
ワタケの傘の裏はヒダ状ではなく管孔状である。この管孔は、比較的大型である。ウラム
ラサキシメジは、傘の裏が紫色をしている。ヒダの間隔は狭く密である。ユキラッパタケ
のヒダは疎で薄く、柄に垂生している。
(3)柄(写真 5)
ハラタケ類のキノコは、ほとんどのものが柄を持っている。柄にも、種によってその質
や太さ、長さ、模様などの特徴がある。また、柄にツバやツボを持つものもある。ツバは
幼菌時にヒダを保護していた内皮膜の、ツボは幼菌時に子実体を覆っていた外皮膜の名残
である(根田・伊沢,2006)。これらは、種を決める際の手がかりとなるので採取するとき
は壊さないように気をつけたい。
3.ヒダのないヒダナシタケ類
ヒダナシタケ類には様々な形のものが含まれている。そこで、ヒダナシタケ類のキノコ
の中でも数多く出現した多孔菌類と、その他とを分けて紹介する。
(1)多孔菌類(写真 6)
木材上に発生する、硬いものが多い。胞子を作る部分は、管孔状や乱れて迷路状、針状
などがある。
アミスギタケは、多孔菌類の中でも柄がはっきりとあるキノコである。柔軟な革質で、
傘の裏は管孔状である。ニクウバタケは、丸太や枯木上に発生し、陣ヶ下ではニガクリタ
ケと同じ材に発生していた。傘の裏は薄歯状である。ホウネンタケの傘の裏は細かい管孔
状、薄紫色をしている。コルク質で手に持ってみると軽く、重量感がない。ツヤウチワタ
ケは傘の表面に環紋があり、裏面は細かい管孔状で柄を持つ。全体的に薄く硬い。スジウ
チワタケは短い柄を持ち、クリーム色で、傘の裏は管孔状をしている。
(2)その他ヒダナシタケ類のキノコ(写真 7)
ラッパや、珊瑚、棍棒などの形をしているものがある。棍棒状のものでは、表面全体に
胞子をつけている(大作・吹春,2004)。また、傘の裏が細かい針状のコウタケ属の 1 種の
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ようなキノコもある。
4.体の中に胞子をつくる腹菌類
(1)団子のようなキノコ(写真 8)
団子のような体積のある子実体の内部に胞子をつくり、成熟すると表皮が破れたり、穴
が開いたりして胞子を噴出する。ノウタケやオニフスベ、ホコリタケ、ニセショウロ属の 1
種、ヒメツチグリ属の 1 種などがこの仲間である。これらは公園園路上やコンクリートの
通路沿いで普通に目にする。特に身近に見られるキノコと言えるだろう。
(2)スッポンタケ類(写真9)
実に不思議な姿をしたキノコである。卵のような幼菌を切ってみると、圧縮された姿が
見られる。子実体はこの卵のような袋の中で、完全に形を整え、頭の先が割れると水を吸
い上げながら伸び上がる。キノコは数時間で伸び、たちまちしおれてしまうという(小川,
1983)。キツネノタイマツやキツネノエフデなどがある。
5.ゼリー状のキクラゲ類(写真 10)
キクラゲに代表されるゼラチン質のキノコで、水分を含むと軟らかいが、乾くと小さく
硬くなる。ほかの担子菌類とは縁が遠く、より原始的な菌類とされる(根田・伊沢,2006)。
調査地内で確認したものは、キクラゲ、アラゲキクラゲと過去に報告のあるツノマタタケ、
タマキクラゲの 4 種のみである。
6.子囊の中に胞子をつくる子囊菌類(写真 11)
子囊菌類は、担子菌と並ぶ菌類の大きなグループである。キノコをつくる種類は少ない
が、茶碗形でその上面に胞子をつくるものや、チャコブタケのように表面の小さな穴に胞
子をつくる硬質なキノコなど、さまざまな形がある。アミガサタケ、オオゴムタケ、ミミ
ブサタケ、ズキンタケ、ナガエノチャワンタケ、クロノボリリュウタケ、チャコブタケな
どがこの仲間である。
Ⅲ.キノコはどこに生えるか
1. 地上に生えるキノコ
地上生のキノコは最も一般的で種類も多い。地上には落ち葉などの植物遺体、動物の遺
体や排泄物など様々な有機物が存在し、それに応じて土壌動物とキノコが解体と分解を行
っている。地上に生えるキノコには主にこのように生物遺体などを分解する腐生のものと、
樹木の生きた根と結合して菌根をつくり栄養のやりとりをする共生のものがある。
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(1)落ち葉から生える:腐生菌(写真 12)
ハナオチバタケは、小形で針金のような細い柄を持っている。名前のとおりに落ち葉を
分解する。落ち葉の降り積もった場所でよくみることができる。オオホウライタケは、落
ち葉の積もった場所でよくみられた。写真に見られる白い物体は、マットと呼ばれる菌糸
がフェルト状になって広がったものである。ツブカラカサタケは積みわらなどに発生する
とされる。膝が埋まるほどに厚く積まれた落葉上で確認した。環境条件が整えば長い間発
生し続け、落葉の山を小さくしてしまう。
(2)土壌の有機物を栄養とする:腐生菌(写真 13)
写真のヒメツチグリ属の 1 種、カニノツメ、ニッケイタケは、土壌の腐植など既にもと
の形を留めていない有機物を栄養源としている。
(3)樹木と共生する:菌根菌(写真 14)
(2)と同様に土壌から顔を出すが栄養の取り方は大きく異なる。地下に入り込んだ菌
糸が、樹木の生きた根の細胞と結合して水分や栄養分のやりとりをする「菌根」をつくる
ことがある。このようなキノコを菌根菌、または共生菌と呼ぶ。菌糸が植物の皮層細胞に
入り込む「内生菌根」と、細胞内には入り込まない「外生菌根」があるが、前者を形成す
るものにはカビ類が多く、キノコには「外生菌根」を形成するものが多い(今関・本郷,
1987)。樹木は、菌根を結んだキノコに光合成産物である炭水化物を与え、一方キノコは樹
木にリンや窒素などの無機養分や水分を受け渡している。マツ科、ブナ科、カバノキ科、
フタバガキ科、フトモモ科などの現在地球上で最も繁栄している樹種が菌根をつくってお
り、樹木とキノコは厳しい自然の中でともに生きるパートナーであるといえる(根田・伊
沢,2006)。また、菌根菌であるキノコの多くは肉質・大形でキノコ採取の対象となるもの
が多く、かのマツタケもアカマツと菌根を結ぶ菌根菌である。
また、樹種によって菌根をつくるキノコの種類も違ってくる。そこで、採集したキノコ
がどのような樹林内に発生していたかなど、生育環境を観察することが同定にとって大切
になってくる。さらに、どのような樹種にどんなキノコが発生するかを知っていれば、予
測をしながらキノコ採集を行うことができ、散策が楽しいものとなるだろう。
テングタケ属・イグチ科・ベニタケ科や、他にもキシメジ属・フウセンタケ属・アセタ
ケ属・オニイグチ属などに菌根菌が多く存在する。
1.
木に生えるキノコ
写真 15 は大学構内の体育館裏にて撮ったミダレアミタケである。巨木を覆いつくすよう
に、小さなキノコがびっしり生えている。木に生えるキノコには多孔菌類などの硬質のキ
ノコが多いが、中にはシイタケやナラタケのようなハラタケ類のキノコもある。
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(1)腐朽の程度とキノコ(写真 16)
枯れ木を分解するキノコは種類が多く、また、腐り具合によって発生するキノコが変化
する。一つの枯れ木を観察してゆくと、その分解段階ごとに違ったキノコをみることがで
きる。
カワラタケは、よく目にする定番のキノコであり、分解力が強く針葉樹・広葉樹の両方
に発生する。カイガラタケは分解力は強く、また傘の裏がヒダ状になっているので見分け
やすい。ベニヒダタケは分解力が弱いので、材の分解が進んだ最終段階で発生する。他の
キノコによって分解された残りを栄養にしている(根田・伊沢,2006)。
(2)樹種とキノコ(写真 17)
カワラタケのように樹種を選ばずに針・広葉樹どちらにでも発生するような種もあれ
ば、特定の樹種のみから発生するものもある。
ホウロクタケは広葉樹の枯木に発生し、通年生なので季節を問わず観察できる。エゴノ
キタケは、エゴノキの枯れ木上に発生し、スギエダタケは針葉樹(特にスギ)の落枝から
発生するキノコである。
(3)生きている木に発生するキノコ(写真 18)
枯れた木に生えたのか、それともキノコが木を枯らしたのか。疑問に思ったことのある
人もいるだろう。木材腐朽菌は枯れ木に生えるものがほとんどだが、中にはナラタケのよ
うに生きた木に寄生して枯死させるものもある。また、生きた木の枯れた部分に生えるも
のもある。そのようなキノコは、直接宿主を枯死せる力はないが腐朽の進行によって宿主
の強度を弱めて風害を招くことがある(今関・本郷,1987)。
コフキサルノコシカケは、多年生であるため季節を問わず見かけるキノコである。多く
は幹の根元付近に発生していたが、大学内で確認したこの個体は幹の高い位置に発生して
いた。枯木を分解する菌であるが、生木に発生することもある。というのも、樹木の幹で
生きた細胞は表面近くのみで、その内部はほとんどが死んだ細胞である。死んだ細胞であ
る心材の中で、菌糸を繁殖させて養分を得ている。また、発生して間もないコフキサルノ
コシカケを観察したところ、7月では全体が白色であったものが、8月末には表面が茶色
くなっていた。この表面の茶色は自らの胞子が降り積もったためである。
ベッコウタケはサクラなどの広葉樹、根株部の心材を腐らせる。空洞となった木は倒れ
やすくなり、風折れなどの原因となる。スルメタケもベッコウタケと同様に広葉樹の根株
腐朽菌であるが、このように地下の根を侵して宿主から離れた地上に姿を現すこともある。
Ⅳ.個性あるキノコたち
1. 小さなキノコと大きなキノコ(写真 19)
イヌセンボンタケの1個体の傘の大きさは1cm程度と超小型で可愛らしいが、ときにお
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