楽劇《ラインの黄金》

ザルツブルク・イースター音楽祭
in JAPAN
楽劇《ラインの黄金》
名匠ティーレマンが聴かせる
究極のワーグナー
文:眞鍋圭子
クリスティアン・ティーレマン ©Matthias Creutziger
クリスティアン・ティーレマンの指揮するワーグ
トラ・ピットで過ごしたが、興味と好奇心は募る一方
ナーの《ラインの黄金》が、この11月にサントリーホー
だという。彼の《指環》演奏の魅力は、全作品の鳥
ルで開催される『ザルツブルク・イースター音楽祭 in
瞰図が頭の中にあって、それぞれの示導動機が極め
JAPAN』で、ホール・オペラ®として実現する。
て鮮明に浮き上がってくること。それだけで、物語の
ベルリン・ドイツ・オペラの音楽監督を辞した後、
内容と状況がありありと目に浮かんでくる。
ティーレマンは同オーケストラと合唱団、ソリストを
ティーレマンは《指環》を指揮していると、
“ドイツ
率いて、ヨーロッパ各地に演奏旅行に出かけた。プ
音楽の森の中の道”を歩んでいる気がするという。
ログラムは「ワーグナー作品集」。その中の「《ワル
すなわち《ライン》の管弦楽的会話の部分では、多
キューレ》からの抜粋」のリハーサルを見学した。
分にモーツァルトやメンデルスゾーン、
《ワルキュー
通常のコンサート故、指揮者の動作や顔の表情さえ
レ》はベートーヴェン、
《ジークフリート》はウェー
見ることができた。スコアが譜面台に置かれてはい
バー、
《神々の黄昏》はブラームスやブルックナーを
るが、ティーレマンはほぼ暗譜で歌詞を口にしなが
想起させ、作曲法もオーケストレーションもそれまで
ら指揮をし、フレーズの終りは必ず声を出してその
の作品とはまったく異なるものが生まれている、と。
言葉を発音し、言葉でテンポを設定している。ワー
舞台統括は、デニー・クリエフ。知的な演出で知ら
グナーの楽劇を上演するということは、なるほど、言
れ、06年のホール・オペラ®《トゥーランドット》では
葉と音楽が同じ重要性を持たなければならないの
心理描写の優れた画期的な演出で話題を攫った。
だと、カルチャーショックさえ受けた。
今回の《ライン》は、サントリーホールのステージ後
ワーグナーがこの《指環》全編を完成させるに
方席上に3つの小舞台を配置。左にブルーの「ライン
は、35歳から61歳までの26年間という気の遠くなる
川」、中央に「神々」の世界、右に暗い「ニーベルハ
歳月を必要とした。台本では最後に三部作の「序
イム」。その中で、
「黄金」がどの場所に移動してい
夜」として《ラインの黄金》を付け加えたが、作曲の
くかを視覚化してみせる。作品の細部まで知り尽くし
着手は《ライン》が最初。しかし《ライン》の中には、
たマエストロの明確な示導動機の演奏に加えて、ク
後に出てくる登場人物や状況の示導動機がすでに
リエフの演出は、視覚的にも観る人の知的好奇心を
意味深く散見される。それぞれの示導動機は、台本
刺激するのではないのだろうか? 管弦楽はシュター
の段階から彼の頭の中にあったのだ。祖父の代か
ツカペレ・ドレスデン、出演はミヒャエル・フォッレ
らのワグネリアンだったティーレマン家では、ワーグ
(ヴォータン)、藤村実穂子(フリッカ)他。上演が
ナーの音楽が常に鳴り響き、クリスティアンも揺り
何とも楽しみである。
かごの中からワーグナーを聴いていた。ワーグナー
の主要作品のすべてを指揮したことがある彼にとっ
ても、
《指環》はワーグナーのすべてを含んでいる
特別の存在だ。コレペティの時代から親しんだ《指
環》を、バイロイト音楽祭では2006年からの5年間
指揮している。総稽古もいれると300時間もオーケス
36
ザルツブルク・イースター音楽祭 in JAPAN
ホール・オペラ®
ワーグナー:楽劇《ラインの黄金》
11/18(金)18:30、11/20(日)16:00
サントリーホール
サントリーホールチケットセンター0570-55-0017
http://suntory.jp/HALL