法学部140回講演会 平成28年10月28日 現代社会と過失犯 法科大学院准教授 稲垣悠一 犯罪行為は、原則として故意犯が処罰されますが、例外として過失により人の 生命や身体を害した場合も処罰されます。故意行為は、意図的に何らかの法益 (法によって守られた利益)を害するのですから、多かれ少なかれ、通常人とは 異なる特殊な人々(反社会的勢力、犯罪集団、反社会的人格者など)がクローズ アップされます。過失犯の場合も反社会的な性格の持ち主の過失が問われる面 はあります。しかし、現代社会は様々な危険が内在する社会であり、過失犯は、 自動車等の高速度交通手段、医療、工場、製品の製造などに内在する危険性と、 それに携わる「普通の人々」の過失(注意義務違反)が結びつき、それらが第三 者の生命身体への侵害という形で顕在化したとき、 「普通の人々」に対して追及 されることがあります。つまり、過失犯は、誰であれ、犯し得るのです。過失が 問題となるのは、①無保護状態の者への配慮を怠り、あるいは危険な施設等を適 切に管理しなかったことで、要保護者や無関係の第三者を死傷させるなど、行為 者の過ちが強く非難される場面であることが多いですが、しばしば「結果を予見 できなかった」として予見可能性の有無が争われます。将来への予見を問題とす る以上、結果を回避すべく、現代社会において如何なる人間像が求められている のかを考える必要があるでしょう。 また、過失は、②本来的には自律的な個人が対処すべき危険について、それを 回避できなかったことの責任を第三者に追及するという形で問題とされること もあります。ここには、被害者側の自己決定・自己責任が及ぶ範囲と第三者の法 的責任の限界という問題が横たわっており、上記と別異の観点から、現代社会に おける自律的個人のあり方を考察することができるように思われます。 本講演では、現代社会で刑事過失が問題となった具体的事案の検討を通して、 現代社会と自律的個人のあり方を異なる角度から分析することを試みるもので す。
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