平成28年後期講座④関西の鉄道史‐経営と地域社会‐

平成28年後期講座④関西の鉄道史‐経営と地域社会‐
第1講義
関西の鉄道網形成史(概説)
現在のJR西日本の路線、多くは明治中期に完成していました。大阪環状線もほぼ完成していたの
ですが、工場群のある安治川を横切ることができなかったので戦後まで持ち越されました。一方で、
関西私鉄(南海、阪神、京阪、阪急、近鉄)は明治18年の南海(難波-大和川間)から始まって明
治末~大正期にかけて開業します。創業時の苦労や沿線の特長を紹介してまいります。
スライド、ビデオも見ますので、肩のこらない講座です。
第2講義
各社の戦略に見る鉄道旅新時代
本講義は、近年の鉄道を使った旅行の変化に着目し、各社の戦略を解説する。鉄道を使った旅行
は、単なる移動手段としていかに早く着くかではなく、楽しみながら移動する新しい段階に移行して
いる。その楽しみとは、車両においては工夫を凝らしたデザイン、沿線の名産品を使った食事などの
サービスに見ることができ、それらの例を紹介しながら、新しい鉄道旅の在り方について議論してい
く。
第3講義
山陽鉄道の経営者1-中上川彦次郎
明治期に設立した山陽鉄道の経営者に注目し、4回の講義で、4人の最高責任者の経営理念、経営
手法について説明していく。今回は初代社長の中上川彦次郎の経営を取り上げる。中上川の経営方
針は斬新で、長期的な視野に立ち、スケールメリットを重視したものであった。その具体的な内容や
実施後の影響を解説する。
第4講義
摂河連絡輸送近代化の歩み-河陽鉄道・河南鉄道から大阪鉄道へ-
当市にとって重要な公共交通機関である近畿日本鉄道(南大阪線、旧称大阪鉄道)の路線が当市域
をめぐって異様に曲折する形で建設され、昭和戦前の在阪大手私鉄7社の中で異色の存在とされた
歴史的事情を近世以来の南河内と大阪都市経済圏との交流関係の近代的再建として説明したい。
さらに大正末~昭和初期に、大阪鉄道が大和観光圏進出に当たってライバル大阪電軌との間で展
開した競争の経緯と結末にも言及したい。
第5講義
山陽鉄道の経営者2-村野山人
本講義では山陽鉄道の副社長であった村野山人に注目し、同社で果たした役割について解説する。
同社の設立を早くから唱えた村野であるが、①創業に向けて奔走した時期、②会社発足後、③中上
川彦次郎社長退任後、3つの時期にわけて、その特徴を見ていく。
第6講義
鉄道から眺める関西まちづくり史-郊外開発の系譜
関西では、鉄道と郊外開発は、特に私鉄沿線において、表裏一体の歴史を刻んできました。鉄道開
業直後から、田園地帯は住宅地に、別荘地は高級住宅地に転じていき、戦後は団地やニュータウン
が造成されました。しかし近年は、少子・高齢化、鉄道利用者数の減少傾向を受けて、郊外開発にか
つての勢いはありません。都心回帰が進み、コンパクトシティが謳われる今、関西のまち(づくり)はど
うなっていくでしょうか?歴史を振り返りながら考えていきましょう。
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第7講義
大阪鉄道(現、近鉄南大阪線)時代の藤井寺経営地と山岡倭
現在の近鉄南大阪線は1923年(大正12年)に天王寺と河内長野を結ぶ新会社として発足し、1935年
(昭和10年)頃には古市や藤井寺の宅地化によって乗客が増加しました。1937年(昭和12年)には阿
部野橋駅に大鉄百貨店が開業しますが、これらの大鉄による経営戦略は、大阪商船グループの経
営者として活躍した山岡順太郎の長男、山岡倭によって導かれました。山岡は大鉄の取締役として
田園都市構想をとなえ、藤井寺駅に野球場や教材園を設置、郊外都市整備による大鉄の経営発展
を主導しました。
第8講義
山陽鉄道の経営者3-松本重太郎
本講義では山陽鉄道の2代目社長の松本重太郎に注目し、その経営について解説する。松本がど
のような形で山陽鉄道に関わり、どのようにして社長になったのか、また同社での立場、経営の改
革の具体的内容、サービス優良企業への展開について見ていく。
第9講義
山陽鉄道の経営者4-牛場卓蔵
本講義では山陽鉄道の専務取締役に就任した牛場卓蔵に注目し、その経営について解説する。具
体的には、牛場の独特な鉄道事業全体の経営方針・理念を確認し、その中で山陽鉄道において実
践した経営を概観する。また、山陽鉄道の国有化に向けての対応についても可能な限り見ていく。
第10講義 駅ナカ・ビジネスの源流-駅弁とキヨスク
鉄道の旅ではかつて食堂車、駅弁が楽しみの一つで、キヨスクも御馴染みでした。本講座ではそれ
らが生まれた事情をさぐります。名物「イカめし」「峠のかまめし」や敗戦後の「鉄道パン」はもとより、
キヨスクの定番、売れ筋上位3位(たばこ、菓子、雑誌)、昭和50~60年頃キヨスクの全駅売上高が
全国ランキング10位前後だったことも紹介します。スライド、ビデオも見ますので、肩のこらない講座
です。
第11講義 電鉄系百貨店の歴史-なぜ今も大阪はデパートの激戦地なのか
大阪はデパート(百貨店)の激戦地ですが、実は今から80年ほど前の昭和初期も激戦地だったので
す。鉄道駅にある阪急百貨店、阪神百貨店、近鉄百貨店(上本町店、あべのハルカス本店)、京阪
百貨店、南海髙島屋、大丸など、どのような理由で駅(または駅近く)に生まれたのか「誕生秘史」に
迫ります。また戦前「百貨店の顔」デパート・ガールについてもふれます。スライド、ビデオも見ますの
で、肩のこらない講座です。
第12講義 関西の鉄道とレジャー-遊園地、野球場を中心に
「ひらぱー(枚方パーク)」はよく知られていますが、元は「枚方大菊人形」が有名でした。遊園地(動
物園)、野球場と戦前関西私鉄の沿線開発はとどまることを知りませんでした。高校野球とプロ野球、
甲子園の大規模開発にかけた阪神、阪神に対抗した阪急、なんば駅に大阪球場を構えた南海、当
初は近鉄パールズ(=真珠の意味)だった近鉄など、有名選手・監督も見てまいります。スライド、ビ
デオも見ますので、肩のこらない講座です。
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