肥満と低身長が特徴の新たな希少遺伝病を発見 AFF4 遺伝子が発育

肥満と低身長が特徴の新たな希少遺伝病を発見
AFF4 遺伝子が発育・体重増加をコントロール
1.発表者:
泉幸佑 (東京大学分子細胞生物学研究所 助教)
白髭克彦(東京大学分子細胞生物学研究所附属エピゲノム疾患研究センター 教授)
2.発表のポイント:
◆特徴的な顔つき、発達の遅れ、肥満と低身長を特徴とする新たな遺伝病(CHOPS 症候群、
注1)を同定しました。
◆エクソーム解析(注2)により、CHOPS 症候群は AFF4 遺伝子に変異が生じることが原因
であると突き止めました。
◆AFF4 遺伝子を標的とする体重増加の異常を治療する薬の開発につながる可能性が期待され
ます。
3.発表概要:
次世代シークエンサーの普及によって種々の疾患の原因遺伝子の同定が簡便に行えるように
なりました。特に希少疾患の原因遺伝子は、生物学的に基本的かつ重要なプロセスに関わるも
のが多く、その研究が思いがけない発見に結びつくことがあります。
東京大学分子細胞生物学研究所の泉幸佑助教、同分子細胞生物学研究所附属エピゲノム疾患
研究センターの白髭克彦教授らの研究グループは、米国フィラデルフィア小児病院のイアン・
クランツ(Ian D. Krantz)教授らとの共同研究により、特徴的な顔つき、発達の遅れ、肥満と
低身長を主な特徴とする CHOPS 症候群(注1)という新たな遺伝病を発見しました。そして、
この疾患が AFF4 遺伝子の変異により発症することを明らかにしました。
AFF4 遺伝子が作り出すタンパク質は通常、DNA から RNA が作られる転写の過程で、RNA
分子を連結する反応(転写伸長反応)を活性化する役割を担っています。通常は分解される
AFF4 タンパク質が、患者では AFF4 遺伝子の変異により分解されず、大量に細胞中に存在す
ることで、転写調節が異常になっていました。また、この転写の異常は、研究グループが過去
に報告したコルネリア・デ・ランゲ症候群(注3)で見られたものと類似していました。
今回の一連の研究により基本的な転写伸張反応の制御機構について新たな理解がもたらされ、
成長や体重の増加を調節する分子機構の一端が明らかになりました。この成果は、AFF4 遺伝
子を標的とする体重増加の異常を治療する薬の開発につながる可能性があります。
4.発表内容:
数十兆個あるヒトの細胞が多種多様な機能を果たすためには、ゲノム上の 2 万個の遺伝子が
それぞれ必要な時期に必要な量だけ転写されること(転写調節、注4)が必須です。遺伝子発
現は、多くのタンパク質が協調的に働くことで制御されており、これらのタンパク質をコード
している遺伝子の変異により、発達遅滞を伴う疾患が発症することが知られています。
東京大学分子細胞生物学研究所の泉幸佑助教は米フィラデルフィア小児病院の Krantz 教授
と共に、特徴的な顔つき、発達の遅れ、肥満と低身長といった似通った症状を持つ患者を発見
し、このような症状をもたらす疾患を CHOPS 症候群(注1)と命名しました。そして、全エ
クソン配列解析(注2)を実施することで CHOPS 症候群は、AFF4 遺伝子に変異が生じるこ
とが原因であると突き止めました。
AFF4 遺伝子から作られるタンパク質は遺伝子発現調節を担うタンパク質の一つで、細胞内
で転写伸長因子複合体(Super Elongation Complex、SEC、注5)と呼ばれる複合体を構成し
ています。この SEC は転写を実際に行う RNA ポリメラーゼ(注6)をリン酸化することによ
って、その働きを活性化するいわば RNA ポリメラーゼが転写を開始する際の点火役のような
役割を持ち、通常は積極的に分解されることで細胞内では低量に保たれています。CHOPS 症
候群の患者の細胞で見つかった AFF4 遺伝子の変異は、いずれも AFF4 タンパク質を分解する
タンパク質によって認識される短い領域に存在していました。そしてこの変異により、AFF4
タンパク質は分解を逃れ過剰に蓄積していました。
泉幸佑助教と白髭克彦教授らの研究グループは、CHOPS 症候群の患者の細胞を用いて遺伝
子発現解析(RNA-seq、注7)や ChIP-seq 解析(注8)を行った結果、CHOPS 症候群では
AFF4 タンパク質が細胞内で過剰に蓄積していることによって、RNA ポリメラーゼの異常な活
性化が引き起こされ、HOX 遺伝子(注9)等の初期発生に大切な遺伝子の発現が異常になっ
ていることが示唆されました(図1および図2)。
興味深いことに、CHOPS 症候群は研究グループが過去に解析した遺伝子異常症であるコル
ネリア・デ・ランゲ症候群(CdLS、注2)と症状が類似していました。CdLS はコヒーシン関
連遺伝子(注10)の変異により発症し、コヒーシン病とも呼ばれる疾患です。そこで、両患
者の RNA-seq、ChIP-seq 解析データを比較したところ、二つの症候群で類似した遺伝子の発
現異常が観察されました。さらに、研究グループは SEC、コヒーシンタンパク質と転写伸長反
応中の RNA ポリメラーゼが複合体を形成していることを見出しました。このことはコヒーシ
ンタンパク質も SEC とともに RNA ポリメラーゼの活性化に寄与しており、CdLS で観察され
る転写の異常は RNA ポリメラーゼの活性に異常が生じることに起因することを示唆します
(図2)。
研究グループは、新たな希少疾患の原因遺伝子を同定すると共に、その希少疾患の患者に由
来する細胞を遺伝学、生化学、ゲノム学を総動員して解析することで、RNA ポリメラーゼの
転写伸張反応段階での制御がヒトの体の形成、成長、精神運動発達、体重増加の調節に重要な
働きを担っている可能性を示しました。本成果は将来的にこれら希少疾患の症状を緩和する治
療法の開発つながることが期待されます。CHOPS 症候群の肥満の原因として、食欲異常の関
与が疑われることから、特に、AFF4 遺伝子を標的とした食欲異常の治療法の開発につながる
ことが期待されます。
5.発表雑誌:
雑誌名:Nature Genetics(オンライン版3月2日)
論文タイトル:Germline Gain-of-Function Mutations in AFF4 Cause a Developmental
Syndrome Functionally Linking the Super Elongation Complex and Cohesin
著者:Kosuke Izumi, Ryuichiro Nakato, Zhe Zhang, Andrew C. Edmondson, Sarah Noon,
Matthew C. Dulik, Ramkakrishnan Rajagopalan, Charles P. Venditti, Karen Gripp, Joy
Samanich, Elaine H. Zackai, Matthew A. Deardorff, Dinah Clark, Julian L. Allen, Dale
Dorsett, Ziva Misulovin, Makiko Komata, Masashige Bando, Maninder Kaur, Yuki Katou,
Katsuhiko Shirahige*, Ian D. Krantz*(*shared corresponding authors)
DOI 番号:10.1038/ng.3229
6.注意事項:
日本時間 3 月 3 日(火)午前 1 時 (イギリス時間:3 月 2 日(月)午後 4 時)以前の公表は禁
じられています。
7.問い合わせ先:
東京大学 分子細胞生物学研究所附属エピゲノム疾患研究センター 教授
白髭克彦(しらひげ かつひこ)
電話番号:03-5841-0756
メールアドレス:[email protected]
8.用語解説:
注1:CHOPS 症候群
この疾患の主な症状について、その頭文字をとって命名した。C は発達遅滞(Cognitive
impairment)や 粗い顔貌(Coarse facies)、H は心奇形(Heart defects)、O は肥満
(Obesity)、
P は肺の異常(Pulmonary involvement)S は低身長(Short stature)や骨形成異常(Skeletal
dysplasia)。
注2:全エクソン配列解析
タンパク質をコードするゲノム DNA 上の領域だけを濃縮し、塩基配列を決定する手法。
注3:コルネリア・デ・ランゲ症候群(Cornelia de Lange Syndrome、CdLS )
1933 年にオランダの小児科女医コルネリア・デ・ランゲによって、発見された疾患。コヒーシ
ン関連遺伝子(注10)の変異によって引き起こされる。主に、特徴的な顔貌、成長障害、難
聴、四肢の形成異常、精神発達遅延などの症状がみられる。
注4:転写調節
遺伝子発現においては DNA の情報がまず mRNA に書き写される(転写)される。この転写反
応は転写開始、伸長、終結の 3 つの段階に分けることができ、それぞれの段階は多種類のタン
パク質によって制御されている。近年は特に転写伸長反応段階での制御機構が注目されつつあ
る。
注5:転写伸長因子複合体(Super Elongation Complex、SEC)
RNA ポリメラーゼの N 末端をリン酸化することにより転写を活性化するタンパク質の集合体。
注6:RNA ポリメラーゼ
転写酵素。DNA を鋳型として RNA を合成する酵素。
注7:RNA-seq
細胞中より全ての RNA を取り出し、その塩基配列を決定する手法。mRNA およびタンパク質
に翻訳されない ncRNA について、種類と量の情報が得られる。
注8:ChIP-seq 解析
ゲノム DNA 上のどこにどのようなタンパク質がどの程度の量、結合しているかを網羅的に明
らかにする技術。
注9:HOX 遺伝子
主に発生における形態形成、器官形成、細胞分化などに関わる転写因子(transcription factor)
をコードする遺伝子群。ホメオボックスという特徴的な配列を有する
注10:コヒーシン関連遺伝子
コヒーシンとは染色体の分配に中心的な役割を果たすタンパク質複合体である。2008 年に哺乳
類ではコヒーシンが転写制御因子として機能していることが白髭とウィーンの分子病理研究所
所長の Peters(ピータース)らによって示されている。
9.添付資料:
図1 本成果によって明らかになった転写の制御機構
プロモーター上に停止している RNA ポリメラーゼにコヒーシンと AFF4 が結合する。AFF4 は
RNA ポリメラーゼの N 末をリン酸化し(図では赤色の炎で示した)、RNA ポリメラーゼは活性化
され、RNA の合成を始める。RNA ポリメラーゼと AFF4 とコヒーシンタンパク質の 3 者による複
合体は転写終結点まで共に移動し RNA を合成し切った後、解離し AFF4 は分解される。ここで、
コヒーシンタンパク質は AFF4 と RNA ポリメラーゼの結合を転写終結まで維持するつなぎ目の役
割を果たす。AFF4 がこのように転写を活性化する一方で、コヒーシンタンパク質は AFF4 と RNA
ポリメラーゼの結合を転写終結まで維持することで、少なくともひとつのポリメラーゼが RNA を
合成している間は、プロモーターに結合している次の RNA ポリメラーゼが活性化されないような
仕組みである。つまり、コヒーシンタンパク質は転写の活性化を必要以上に起こさない、抑制的な
役割も担っている。
図2 CHOPS 症候群およびコルネリア・デ・ランゲ症候群(CdLS)の分子病態モデル
図1で見たように健常者では一度に一つの(実際は決まった数の)RNA ポリメラーゼのみが活性化
され RNA を合成される。それに対して CHOPS 症候群の患者では AFF4 が余っているために次々
と転写の活性化が引き起こされる。CdLS ではコヒーシンタンパク質が少ないため、AFF4 は RNA
ポリメラーゼと転写終結まで行動を共にせず、
次々と新たな RNA ポリメラーゼをリン酸化し、
RNA
ポリメラーゼは過剰に活性化される。