メインシンポジウム 3「精神科診断学のあるべき方向性」 DSM の立場から 北村 秀明 要 旨:2013年に発行されたDSM-5の基本方針の一つに、「医学の一分科としての精神科」がある。 そもそも精神科診断の革命といわれたDSM-Ⅲにおいて、もっとも強調されたのが精神科診断にお ける「医学的モデル」の再興であり、ワシントン大学に集うセントルイス学派の人々から強い影響 を受けたものである。診断信頼性を重視した範疇的診断は、現在のDSM-5まで踏襲されるDSMシス テムに共通する形式的側面であり、これによって内科における診断推論の各種アプローチに類似し た方法が精神科診断にも応用可能となった。「DSM-5鑑別診断ハンドブック」にある鑑別診断のた めの鑑別表や系統樹は、まさにその実例であろう。DSMでは診断の対象は狭義の精神生物学的疾患 にとどめず、「精神機能の基盤となる心理学的、生物学的、または発達過程の機能障害によっても たらされた、個人の認知、情動制御、または行動における臨床的に意味のある障害によって特徴づ けられる症候群」を障害(disorder)として扱い、精神保健の専門家の共通言語を目指した。しかし、 DSM-Ⅲの発行から四半世紀以上が経過して、特にパーソナリティ障害について、上記の医学的モ デルでは対応が難しい状況が明らかとなり、DSM-5の第Ⅲ部にパーソナリティ障害のDSM-5代替モ デルが掲載されるに至った。この代替モデルは主に心理学者が研究してきたパーソナリティの特性 論に基づく次元モデルに基づくもので、パーソナリティ障害研究に新しい研究方法を提供する。精 神病理現象にいわゆるpoint of rarity(希少点)が存在するのであれば、範疇的に分類することに意味 がある。そうでなければ分類はあくまで恣意的であり、正常から連続する病理と理解するのが正し い。我々が毎日の臨床で接する精神病理現象は、連続と非連続の混合物と考えられ、これらを決定 する分析手法も開発中と聞く。医学的モデルの復興に始まり、次元モデルの導入に至るDSM発展の 経緯は、現代的な精神病理研究に依拠した精神科診断学のあるべき方向性を示唆している。 Key words: validity and reliability of psychiatric diagnosis, diagnostic and statistical manual of mental disorders (DSM), operational diagnostic criteria, medical model, dimensional model 1.は じ め に 精神疾患の診断・統計マニュアル (髙橋三郎, 大野 裕, 染矢俊幸 (訳) , 1996)、およびDSM-IV-TR精神疾 本来、精神科診断学のあるべき方向性について、 患の診断・統計マニュアル(髙橋三郎, 染矢俊幸, DSM-5の立場から語る資格は、DSM-5作成実行 大野裕(訳) , 2003)の一部翻訳に関わり、以降、精 チーム、あるいは同委員長のDavid J. Kupfer博士、 神科臨床、研究および教育において長く利用して または同副委員長の Darrel A. Regier博士以外に きた。また、最新版であるDSM-5の日本語版(日 有り得ない。しかし筆者は、前版であるDSM-IV 本精神神経学会(監訳), 髙橋三郎ほか (訳), 2014) - 46 - についても、日本精神神経学会の監修のもと訳出 する。例えば偶然に発見された高血圧は疾患であ に従事し、DSM-5診断面接ポケットマニュアル り、血管障害の危険を高めるが、その時点で患者 (髙橋三郎(監訳), 染矢俊幸, 北村秀明(訳), 2015)、 の苦痛や生活障害が存在するとは限らない。一方、 DSM-5診断トレーニングブック: 診断基準を使い 患者は通常、病的異常体験あるいは具合が悪い体 こなすための演習問題500(髙橋三郎(監訳), 染矢 験として「病気」を発症する。頭痛がして非常に 俊幸, 北村秀明, 渡部雄一郎(訳), 2015) といった関 気分が悪い体験をしている人は、一過性の高い血 連本の翻訳も手がけた。そのような事情から、米 圧を認めるかもしれないが、高血圧という疾患を 国から輸入されたDSMシステムが、本邦におけ 持つとは限らない。DSMでは、疾患でも病気で る精神科診断学のあるべき方向性に示唆を与える もなく、精神的苦痛に関連する生物学的、社会的、 としたらそれは何か、論じる機会を得ることと 文化的、心理的要因の複雑な相互作用を認めて「障 なった。 害」を用いる。今でこそ統合失調症はSchizophrenia DSM-5精神疾患の診断・統計マニュアルの訳者 であるが、DSM-ⅢではSchizophrenic Disorderで の序にもあるように、DSM-5の基本方針は、①毎 あった。DSM-5においても、Selective Mutism、 日の診療に役立つ診断分類体系、②医学の一分科 Specific Phobia、Agoraphobia、Pica、Anorexia としての精神科、③神経内科とのつながり、④歴 Nervosa、Bulimia Nervosa、Enuresis、Encopresis、 史的背景をもつ用語を廃止して、各疾患群をうま Gender Dysphoriaなど、disorderが付かない名称 く記述できる用語に置き換える、⑤精神科という がある。これらの疾患概念は比較的長い歴史を有 特殊性を代表している「臨床的関与の対象となる するため、無理にdisorder付きの名称を与えると、 ことのある他の状態」の大幅な拡大である。③か 臨床家に違和感と混乱を与えるために、そのまま ら⑤はマニュアル本体を読めば自明なことであり、 にしていると考えられる。 2013年にDSM-5の原版が発行されてから今日に 統合失調症や双極性障害のような疾患に近い 至るまで、各障害群の詳細については本邦の専門 「障害」もあれば、適応障害や身体症状症のよう 家によって十分に分析され、多くの解説や総説が な病気に近い「障害」もあり、押し並べて「障害」 すでにある。そこで本稿では、DSMの立場とし と一括するやり方に疑問を感じる者も多いと聞く。 て最も重要と思われる②に関連する事項に限定し 当然ながら身体疾患の診断学の診断単位は疾患で て論じることで、精神科診断学のあるべき方向性 ある。精神医学も特に内因性精神疾患と言われた に関して、DSM固有の貢献とは何か考えてみたい。 早発性痴呆や躁うつ病において疾患単位(disease entity)の確立を目指したが、DSMシステムの作 成者はこれが成功したとは考えていない。特徴的 2.疾患や病気ではなくて障害 な臨床症状、あるいはいくつかの症状の出現順序 や経過に特徴があり、病理学的にもこれらの臨床 DSMで生み出される診断は、疾患(disease)や 像を説明しうる一定の所見がある症例群は、将来 病気(illness)ではなくて障害(disorder)と呼ばれ 的に一つの疾患である可能性があるという意味 る。これはDSMの特徴としてよく知られた事実 から、臨床病理学的疾患単位(clinicopathological であるが、筆者のように、精神科医のトレーニン disease entity)と呼ばれる。アルツハイマー病は グを受け始めた時に、すでにDSMの日本語版が 未だに原因が不明の神経変性疾患であり、その診 利用可能であった世代はしばしば忘れがちである。 断は老人斑や神経原線維変化、大脳皮質の層状変 いずれの用語とも広義には正常な機能の不全を表 性といった神経病理所見を有する臨床病理学的疾 すと言ってよいが、概念的な違いを知っておくこ 患単位といって良いだろう。しかし、重篤な精神 とは重要である。医師は身体器官および器官系の 疾患である統合失調症や双極性障害といえども、 構造と機能の病理学的異常として「疾患」を記述 確実な病理所見は見出されていない。DSMにお - 47 - ける「障害」は、精神疾患においては身体疾患と 3.範疇的診断は医学的モデルにもとづく 同じ意味での疾患の存在が厳密には不明であるこ と、一方で精神科臨床ではこのような狭義の疾患 第14回の日本精神科診断学会において、Samuel に該当しない人間の広範囲の精神的苦痛と機能障 B. Guzeは「精神医学における医学的モデル」と 害に対応しなければならない現実を示している。 題した特別講演をした。太田敏男によるその講演 DSM-5の使用法の章には、精神疾患の定義が掲 内容の日本語訳が、季刊 精神科診断学の6巻1号 載されている。これには、『本書の第II部で扱わ (1995年)に掲載されている(Guze, S., B., 太田敏男 れる各障害 ( 「医薬品誘発性運動症群および他の医 (訳),1995)。その中で端的に彼の思想が示されて 薬品有害作用」および「臨床的関与の対象となる いる文章を引用してみると、『「精神医学における ことのある他の状態」の各章に含まれる障害を除 医学的モデル」によって私が語ろうとしている内 く)は、精神疾患の定義を満たしていなければな 容ですが、それは基本的に、非常に簡単なことで らない。DSM-5に示されるすべての疾患のすべて す。それは、われわれ精神科医が精神科患者と彼 の側面をとらえることのできる定義はないが、以 らのもつ病気、問題、障害、疾患など(表現はど 下の各要素が必要である』とある。先に述べたよ れでもかまいません)について考えるとき、一般 うに、障害概念の示す範囲は疾患概念よりも広く、 医師が考えるようなやりかたで考えようと提案す その総体であるDSMが考えるMental Disorders ることです』とある。また、Guzeとその同僚の名 (日本語版では精神疾患と訳されている)に、例え を冠したGoodwin & Guze’ s Psychiatric Diagnosis ば人間に普遍的な人生における苦悩などが不適切 の第6版において、Guzeは「精神医学には唯一 にも包含されてしまう可能性があるので、DSM の モ デ ル し か な く、 そ れ は 医学的モデルであ システムを利用するにあたって、臨床家には慎重 る」と信じたtough-minded individual(意志の強 な診断態度が求められている。 い、または感傷的にならずに現実的な考え方をす る人)として紹介されている(North, C. S., Yutzy, 精神疾患とは、精神機能の基盤となる心理学的、 S. H., 2010)。当時、Guzeを含めたセントルイスの 生物学的、または発達過程の機能障害によって ワシントン大学のグループは、心理主義に強く傾 もたらされた、個人の認知、情動制御、または 斜した米国精神医学界の中で、最も強力に生物学 行動における臨床的に意味のある障害によって 的精神医学を推進しようとしていた一派であった。 特徴づけられる症候群である。精神疾患は通常、 1980年に発行されたDSM-Ⅲの作成に関わった委 社会的、職業的、または他の重要な活動におけ 員の多くが、Guzeと同じワシントン大学の精神 る著しい苦痛または機能低下と関連する。よく 科で教育・研究・臨床に従事した人々であり、結 あるストレス因や喪失、例えば、愛する者との 果的にDSM-Ⅲ以降の精神科診断学が、身体医学 死別に対する予測可能な、もしくは文化的に許 と同じ範疇的な診断の仕方を標準モデルとしたこ 容された反応は精神疾患ではない。社会的に逸 とは当然であろう。第二次世界大戦の戦禍を逃れ 脱した行動(例:政治的、宗教的、性的に)や、 てヨーロッパから米国に移住した多くの著名な精 主として個人と社会との間の葛藤も、上記のよ 神分析家(ユダヤ人が多かった)に先導された米国 うにその逸脱や葛藤が個人の機能障害の結果で 精神医学の、心理主義的(精神分析的)診断学への なければ精神疾患ではない。 反動であり、その背景には精神医学が医学の世界 から排除されてしまうのではないかといった危機 感があったと言われている。 狭義の操作主義を精神医学用に拡張して、精神 病理の概念化と操作化の手続きをとり、診断信頼 性が担保された診断カテゴリーを得たならば、あ - 48 - とは身体医学と同様な方法論が利用できるように 所見から、追加の検査の必要がないくらいに他の なる。現在、内科における診断推論のアプローチ 医学的疾患の生理学的作用による精神病性障害の には、大別すると徹底的検討法、アルゴリズム法、 可能性が低い場合は、他の医学的疾患の生理学的 パターン認識、仮説演繹法の4つの方法がある(野 作用による精神病性障害を除外し、得られた臨床 口善令, 福原俊一, 2008)。DSM-5鑑別診断ハンド 症状や経過から、統合失調症の薬物療法を開始す ブックには、66の疾患についての鑑別表と、29の ることに躊躇しないくらいに統合失調症である可 現在ある症状の系統樹が掲載されている(髙橋三 能性が高まった場合は、統合失調症の確定診断を 郎(監訳), 下田和孝, 大曽根彰(訳), 2015)。この 下すことになる。確率というと難しく感じるが、 系統樹はまさにアルゴリズム法そのものであっ 要は頭の中で可能性を見積る思考実験のようなも て、内科では低Na血症の鑑別診断のように、限 のである。他の医学と同様に、範疇的な診断を精 定された状況、比較的狭い範囲の鑑別診断、すな 神医学において行うということは、当たり前では わち臨床的問題が比較的単純な場合に有効である あるが、医学教育で慣れ親しんだ思考法を利用で と言われるが、実際の精神科臨床ではむしろ、パ きるという便利さと安心感がある。 ターン認識や仮説演繹法に類した診断推論がより 一般的かもしれない。教授や先輩医師の指導のも と、典型的とされるうつ病を何度も診ることで経 4.DSMに対する批判とDSM-5の対応 験が蓄積され、自らの中にうつ病の内包を定着さ せることでうつ病の診断ができるようになる。パ DSMシステムを揶揄する言葉として有名なも ターン認識は経験を積んだ医師ならば正確、迅速、 のに、精神医学における“バイブル”、“チェック 実用的、労力と時間の点で低コストと言われるが、 リスト”診断がある。前者のバイブルとは、比喩 未経験の疾患に対しては、パターンを形成しにく 的にそれぞれの分野でもっとも権威があるとされ い。精神科診断では概念化のみで操作化がない場 る書物という意味である。正統なユダヤ教から見 合は外延の決定が不安定となりやすいので、他の れば異端であったキリスト教が、徐々に土着化・ 疾患との区別という点において高い信頼性を得る 大衆化して、苦難の末に最後はローマ帝国内で公 ことが難しいという弱点がある。操作的診断基準 認され、ついには国教となる。キリスト教の権威 を用いる場合は、実際には仮説演繹法のような形 はますます強大となり、世俗化されたキリスト教 式が好まれる。仮説演繹法はエビデンスに基づい の用語としての“バイブル”が生まれた。内科医で た医学で重視される方法で、最初に患者の訴えか あれば、ワシントンマニュアルを知らない者はい ら臨床的問題を同定し、次に可能性の高い鑑別診 ないが、。「ワシントンマニュアルは内科治療のバ 断の候補を3から5個リスト化する。検査前確率か イブル」は、非常に良い意味である。2015年の時 ら、検査特性・検査結果(病歴、診察の情報も含む) 点で邦訳でさえ13版を数える世界的に有名なこの を踏まえて検査後確率を推定して、検査後確率が マニュアルをバイブルとするのは、セントルイス 検査閾値まで下がれば除外診断(rule out)、検査 のワシントン大学の権威もさることながら、その 後確率が治療閾値を超えれば確定診断(rule in)と 内容の素晴らしさ故に、長きにわたり内科医に するものである。DSM-5を利用した精神科臨床に 支持されてきた実績によるのであろう。しかし、 当てはめて考えれば、精神症状や異常行動といっ DSMを取り巻く事情は、これとは少し違うよう た臨床的問題を同定し、DSM-5の診断カテゴリー だ。DSM-Ⅲ-以 来 ず っ と、DSMシ ス テ ム は、 お から候補診断を3から5個リスト化する。検査には 互いに異なるパラダイムの下に精神疾患を理解し 医学的疾患を示唆する検査所見のほかに、その後 ようとする精神保健の専門家の間のコミュニケー に追加される臨床症状や経過に関する詳細な情報 ションを促進する共通言語(これは言語を異にす が含まれる。単純な例を挙げれば、得られた検査 る部族間の交易を可能とする、両者が使いこなせ - 49 - るために必然的に簡便とならざるを得ないが一定 DSM-5の第Ⅲ部「新しい尺度とモデル」には、 の伝達性を有する「接触言語」と似ている)とし パーソナリティ障害群のDSM-5代替モデルが掲 て利用されてきた。これは評価されるべき点であ 載されている。DSM-Ⅲの発行(1980年)から四半 る。一方、医師は当然のこと、臨床心理士やソー 世紀以上が経過し、医学的モデルでは対応が難し シャルワーカーなど精神保健に従事する大抵の専 い状況が明らかとなり、特にパーソナリティ障害 門家は、DSM診断を用いた上で活動しなければ についてはパーソナリティ心理学の研究者からの 診療報酬の請求ができないとか、福祉サービスの 批判が強かった。新しい尺度とモデルの章の序 提供がDSM診断に完全に依存しているとか、臨 文には、「DSM-5に両方のモデルを含めることは、 床研究においてはDSMの診断基準を対象選択と 現行の臨床実践との連続性を保つという米国精神 して用いた研究が重要視された可能性など、この 医学会評議員会の決定を反映している一方で、現 診断システムが不必要に広範囲の領域に影響力を 行のパーソナリティ障害群の研究方法の多くの欠 持つに至ってしまった現状があるようだ。米国で 点に答えることを目指した新しい研究方法を導入 は、多くの関係者がそれを支持しているというよ している。例えば、特定のパーソナリティ障害の りも必要に迫られて、一部の者は半ば強制されて 診断基準を満たす典型的な患者は、しばしば他の と感じつつ使用してきたことに対する反発が、バ パーソナリティ障害群の診断基準も満たす。同様 イブルとして揶揄する態度の背景にあるように思 に、患者は、ただ一つのパーソナリティ障害に一 われる。 致する症状型を示すことが少ないという意味で、 このようなDSMシステムに対する批判を受け 他の特定されるまたは特定不能のパーソナリティ て、DSM-5ではどのような対応がなされたのだろ 障害がしばしば正しい(しかしほとんど情報にな うか? DSM利用の在り方については、米国にお らない)診断となる。」とある。この代替モデルを ける事情を云々しても我々日本人には意味のない 推進してきたのは、人間の個人差としてのパーソ ことである。個々の障害群の診断基準の変更点に ナリティ特性を研究する心理学者たちであって、 ついても、第Ⅳ部の付録A「DSM-ⅣからDSM-5 DSM-5パーソナリティ障害の特性領域として掲 への主要な変更点」を読めば事足りる。診療や統 載される、①否定的感情Negative Affectivity(対 計マニュアルとしてDSM-5を利用する際には、こ 情緒安定性Emotional Stability)、②離脱Detachment れら変更点に十分注意する必要があるが、診断基 (対外向Extraversion)、③対立Antagonism(対同調 準の変更自体はDSMが誕生した時から脈々と行 性Agreeableness)、④脱抑制Disinhibition(対誠実 われてきたルーチンワークであって、「その時点 性Conscientiousness)、⑤精神病性Psychoticism で得られる最良の科学的証拠に基づいて診断基準 (対透明性Lucidity)の5つは、パーソナリティの5因 を改訂する」という方針自体は、精神科診断学の 子モデル(いわゆる「ビッグ・ファイブ」)に対応 進歩に寄与しうるDSMの立場からの一貫した方 するものであり、情緒安定性Emotional Stability)、 向性と言えよう。一方、DSM-5ではじめて採用さ 外向性Extraversion、協調性Agreeableness、勤 れた方向性の一つが、次元(ディメンション)概念 勉性Conscientiousness、開放性Opennessの病理 の導入の試みであり、こちらの方がより本質的な 的変異型である。つまり、新しい代替モデルは、 転換と言える。先に述べたように、特にDSM-Ⅲ 従来の類型モデルに対する次元モデルであり、単 が出版された時に強調されたのは、精神医学にお 純化が許されるのであれば、精神医学モデルに対 ける医学的モデルの復権であり、操作的診断基準 する心理学モデルである。DSM-IV、そして現行 を設けることで診断概念の外延を決定し、他との のDSM-5でも標準的方法としては従来通り、パー 境界明瞭な診断カテゴリーを定義することで、身 ソナリティについて障害の有無を記すことが求め 体疾患における鑑別診断法と類似の方法論を援用 られるが、この代替モデルでは次元モデルである することができるようになった。 がゆえに、障害レベルにない場合でもパーソナ - 50 - リティに関する記述が可能である。例えば、症 の完成前には、「測定ばかりを強制して、臨床家 例の定式化(概念化)の際には、その人のパーソ よりも研究者に有用なだけではないか」との批判 ナリティに関して、従来よりも柔軟な形で情報 もあった次元の導入であったが、DSM-5では主に を記述することができるし、英語版ではあるが、 精神症状やパーソナリティ特性の評価、および精 パーソナリティの自己記入尺度であるPersonality 神疾患のスクリーニングの道具として控えめに導 Inventory for DSM-5(PID-5)と、その短縮版で 入され、次元が精神科診断学の将来像であるとす あるPID-5-BFがオンラインで提供されている。 る方向性が示されたのである。 その他、パーソナリティの代替次元モデル以外 でも、DSM-5には次元的な理解や評価の仕方は 多数に及ぶ。第1の例として、統合失調症の各病 謝辞:このような議論に参加する貴重な機会を与 型を廃止して、「臨床家評価による精神病症状の えていただきました、新潟大学大学院医歯学総 重症度ディメンション」を用いてその人が持つ複 合研究科精神医学分野 染矢俊幸教授に感謝申 数の症状の重症度を評価することは、疾患の亜型 し上げます。 分類という身体疾患では馴染みの方法とは異な り、その人が統合失調症、統合失調症以外の他の 精神病性障害、あるいは診断を下すまでにはすべ ての基準を満たさないが臨床的に顕著な徴候を有 する場合にも実施することが可能であり、かつ幻 覚や妄想といった陽性症状から、異常な精神運動 行動や認知機能低下、抑うつや躁状態といった気 分症状に至る広範な症候群を、臨床家は頭の中で レダーチャートを描くように次元的に評価できる。 第2の次元的評価の例としては、DSM-5における 特定用語の柔軟な使用があげられ、診断基準には 含まれないものの、しばしば臨床上問題となる併 存症状や徴候の記述が可能となったことである。 例えば、パニック発作も経験するうつ病の患者を 治療する場合に、その診断にパニック発作を特定 用語として加えることができる。最後に、次元は 一般臨床集団における精神疾患のスクリーニング 法を提供すると考えられていて、 「DSM-5レベル1 横断的症状尺度-成人用・自己記入版」、「親/保 護者の評価によるDSM-5レベル1横断的症状尺度 -6 ~ 17 歳の子ども用」といったスクリーニン グ尺度を第Ⅲ部に掲載している。それぞれに、 「13 領域、追加情報の聴取を必要とする閾値、および 関連するDSM-5レベル2評価尺度」、「12領域、追 加情報の聴取を必要とする閾値、および関連する DSM-5レベル2評価尺度」という別表が付属して いて、同じくオンラインで入手可能であるレベル 2横断的症状尺度との連携を図っている。DSM-5 - 51 -
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