654 - 日本オペレーションズ・リサーチ学会

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モバイル環境を考慮した AMI の
数理モデルと性能評価
松澤 俊介,高橋 豊
キーワード:スマートグリッド,スマートメータ,AMI,モバイル環境,ハイブリッド通信
用が検討されています.その一例としては,定期的な
本稿は,松澤 俊介による 2014 年度京都大学工学
データ収集にはポーリング方式を,低頻度または突発
部に提出した卒業論文をもとに加筆修正したもの
的な通信にはランダムアクセス方式を用いることが挙
です.
1.
問題の簡単な説明と得られた結果
げられます.前者ではネットワークごとに設置される
ゲートウェイが各端末の通信タイミング制御を行うの
に対して,後者では各端末が自律的に通信を行います.
検針間隔を基に時間を区切り,さらにこの間隔を 2 分
エネルギー問題に対する解決策の一つとして,Ad-
割し,それぞれにポーリング方式とランダムアクセス
vanced Metering Infrastructure (AMI) が注目され
方式を割り当てることで,両方式の併用が可能になり
ています [1].AMI では,スマートメータと呼ばれる
,後
ます.以下では,前者をポーリング期間(P 期間)
通信機能付きの電力計により,消費電力量のデータを
者をランダムアクセス期間(RA 期間)と呼びます.
自動的に計測し,電力会社へと送信します.電力検針
端末のネットワーク圏外への移動や通信機能の入切
は一定間隔ごとに行われますが,空いている通信容量
に関しては,on/off モデルで表現します.このモデル
を利用して,ガス使用量のデータ収集や電気料金の問
では,通信圏内に存在し,かつ通信機能が on である状
い合わせなどを行うことが考えられています.
これまで,スマートメータ(以下,端末と呼びます)
態を on 状態,それ以外の状態を off 状態と定めます.
さらに,on 状態かつ送信要求を保有する状態,保有し
は各家庭や工場などへの設置が想定されてきましたが,
ない状態をそれぞれ active 状態,idle 状態と呼びます.
今後は電気自動車などの移動体に搭載することも考え
性能評価を行うにあたってはまず,AMI のネット
られます.また,必要に応じて端末の通信機能を切る
ワークの状態を表現する数理モデルを構築します.次
ことで,省電力化を行うことも期待できます.本研究
に,その数理モデルを解析することで,スループット,
では,このようなモバイル環境の導入が AMI のネット
送信成功確率,送信遅延分布の三つの性能評価指標を
ワークの通信性能に与える影響を解析的に評価します.
導出します.ここで,スループットは単位時間当たり
2.
問題の設定と考え方
の送信成功数を表します.また,送信成功確率は,発
生した送信要求が途中で破棄されることなく送信に成
各家庭における消費電力量や太陽光などによる自家
功する確率であり,送信遅延は送信要求の発生から送
発電量のデータは,一定の検針間隔(たとえば 30 分)
信完了までにかかる時間を表します.さらに,導出し
ごとに収集されますが,ガス使用量のデータ収集や電
た性能評価指標について数値実験を行い,そこで得ら
気料金の問い合わせは低頻度または突発的な通信です.
れた結果を用いて,端末の on/off 期間の長さが通信性
これらの性質の異なる通信を同じネットワーク内で統
能に与える影響について考察します.
合するため,AMI ではハイブリッド通信方式 [2] の採
まつざわ しゅんすけ,たかはし ゆたか
京都大学大学院 情報学研究科
〒 606–8501 京都府京都市左京区吉田本町
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3. 定式化
検針間隔,P 期間,RA 期間をそれぞれ T , TP , TRA
と表すと,T = TP + TRA の関係式が成り立ちます
(図 1).また,RA 期間は一定の時間間隔(タイムス
ロット)ごとに区切られており,各端末からの送信はこ
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表1
パラメータ設定
パラメータ
検針間隔 T [sec]
P 期間 TP [sec]
RA 期間 TRA [sec]
RA 期間のタイムスロット数 L
要求発生間隔の平均 T /λ [sec]
図1
値
18
10.5
7.5
5
36
AMI の通信スケジュール
図3
総端末数の増加に対するスループットの推移
4. 結果と考察
図2
各端末の状態遷移
最後に,表 1 に示したパラメータ設定の下で数値実
験を行い,各端末の on 状態と off 状態の継続期間が
れらのタイムスロット内で行われるものとします.RA
ネットワークの性能に与える影響を調べます.
期間の開始直後に,active 状態端末は L 個のタイムス
図 3 は総端末数の増加に対するスループットの推移
ロットのうち一つをランダムに選択し,送信を試みま
を表しています.ここでは off 状態の平均継続期間を
す.ほかにそのタイムスロットを選択した端末がない
1800 [sec] に固定し,on 状態と off 状態の平均継続期
場合には送信に成功しますが,複数の端末が同じタイ
間の比を変化させています.図 3 より,off 状態期間
ムスロットを選択した場合には,それらの通信はすべ
の割合が大きくなるにつれて,スループットを最大に
て失敗し,次の RA 期間で再送を試みます.RA 期間
する総端末数が増加していることが見てとれます.こ
の開始直後(送信の開始直前)に,on 状態端末および
れは,off 状態期間の割合が大きくなることで,ネット
off 状態端末は,それぞれ確率 Poff , Pon で他方の状態
ワーク内の送信要求数が抑制され,送信時の成功確率
に切り替わるものとします.active 状態端末が off 状
が高くなるためであると考えられます.
態へ切り替わる際には,保有していた送信要求を破棄
以上より,ネットワーク内の総端末数が多い場合に
します.また,RA 期間の開始直前において,各 idle
は,off 状態期間の割合が on 状態期間に比べて大きい
状態端末は確率 λ で送信要求を生成します.図 2 は各
ときに,高い通信性能を発揮するということがわかり
端末の状態が遷移する様子を示しています.
ます.
次に,総端末数を NRA とし,n 回目の RA 期間
開始時点における on 状態端末数および active 状態
(n)
(n)
端末数をそれぞれ Non , Nact と書きます.すると,
(n)
(n)
{(Non , Nact )}
は離散時間マルコフ連鎖 [3] と呼ばれ
る確率過程を成し,RA 期間開始時の on 状態端末数,
active 状態端末数に関する定常状態確率を求めること
ができます.さらに,この確率を用いることで,1 タ
イムスロット当たりの送信成功数を表すスループット
参考文献
[1] R. R. Mohassel, A. Fung, F. Mohammadi and K.
Raahemifar, “A survey on advanced metering infrastructure,” International Journal of Electrical Power
& Energy Systems, 63, pp. 473–484, 2014.
“ハイ
[2] 小笠原翔太,原田諭,門田和也,高谷幸宏,高橋豊,
ブリッド通信方式を有する AMI の数理モデルと性能解析,
”
電子情報通信学会論文誌 D, J99-D, pp. 652–661, 2016.
[3] 宮沢政清,『待ち行列の数理とその応用(数理情報科学シ
リーズ)』,牧野書店,2013.
が得られます.
2016 年 10 月号
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