バイタルサイン 実践講座 8 バイタルサインをどう活かすか:高齢者編 ファルメディコ株式会社 代表取締役社長 医師・医学博士 はじめに 狹間研至 先生 がきちんと保たれていることを、治療中の疾患や服用 中の薬剤を念頭に置きながらチェックすることが求め 薬剤師は、 なぜバイタルサインを活用するのでしょう られているのです。 か。いろいろな答えがあると思いますが、私は、薬剤師 では、一つ一つについて、バイタルサインを含めて見 が薬の専 門 職として、自ら調 剤した薬 剤がきちんとし ていきましょう。 た効果を発揮しつつ、想定される副作用がないことを 1. 食事 確認し、患者さんに対して責任を持つためではないか 食事がきちんと摂れていなければ、当然エネルギー と考えています。 バランスがマイナスとなり、体重が減少します。体重計 例えば、降圧薬としてカルシウム拮抗薬を調剤すれ で簡 単に測 定できるので、週に1回は体 重を測 定し、 ば、それがコンプライアンスを保って服用され、期待さ 経過を見ていくとよいでしょう。 また、低蛋白血症や脱 れた時期に期待された降圧作用を発揮し、同時に、過 水 症になっていると、下 腿に浮 腫(むくみ)が出ます 。 度の降 圧によるふらつきや血 管 拡 張による顔 面 紅 潮 靴下の跡が強くついていたり、脛骨の前面を押さえる などの副作用が出ていないかを、 きちんと自分で確認 とへこんだりしないかをチェックしてみましょう。 するということです。そして、 もし効果が不十分であっ 2. 排泄 たり、副作用が出ていたりすれば、薬理学、薬物動態 排 便 の 状 態 は 基 本 的には 問 診 が 頼りになります 学、製 剤 学などの薬 学 的 専 門 知 識を活 用して、その が、介護を受けている方や認知症の患者さんでは、本 理由を読み解き、 どのように修正すればよいのかを医 人に対する問診では判定できない場合もよくあります。 師に提案することで、医療のPDCA(plan-do-check- 腸管内にガスがたまって腹部の膨満が見られたり、聴 a c t )サイクルに密 接に関わっていくことが 大 切です 診 器で腸の蠕 動 音が聴 取しづらかったりすれば、便 (図)。 秘の可能性を考えなければなりません。逆に、腸の蠕 そして、 このような活動は、一般の外来患者でも重 動 音が亢 進していれば、食 物が消 化された後、十 分 要ですが、超高齢社会を迎えて認知症や独居の高齢 に水分を吸収されることなく直腸に達し、下痢を来す 者が増えるわが国では、在宅医療の分野でも重要性 ことが多いです。腸の蠕動音や腹部の張り具合は、薬 が急速に高まっています。 剤の影響も受けやすいので、ぜひチェックしてみてくだ 今回は、高齢者の在宅医療において、バイタルサイ さい。 ンをどのように活用できるのかを考えてみたいと思いま 3. 睡眠 す。 睡眠不足や昼夜逆転傾向になっている場合は、例 高齢者が安定して生活するために えば午後に訪問した時には熟睡されていることもあり ます。 また、睡眠薬や精神科薬が効き過ぎて、昼間に 加齢性変化および加齢に伴う種々の疾患は、高齢 意識レベルの低下が見受けられることがあります。 さら 者の生活の質を落としがちです。若年者と全く同じよ に睡眠不足が続くと、脈拍が高くなったり、不整脈が出 うにというのは生物学的にも困難ですが、私は、食事・ たり、不穏症状が現れたりすることもあります。 排 泄・睡 眠がリズムよくきちんと行われ、呼 吸・循 環が これらの症状については、対症療法的に薬を投与 落ち着き、感 染がない状 態であれば、 まずは、その人 するのではなく、夜間頻尿など睡眠が阻害されている らしく生活できる医学的基盤は整っていると考えてい 原 因を考えたり、 日中に持ち越さないよう薬 剤や投 与 ます。 量・投 与 方 法の選 択を考えたりといったフォローが必 逆に言えば、薬剤師が要介護高齢者の在宅での薬 要になります。 物療法支援に訪問した際はまず、 これら基礎の部分 7 図. PDCAサイクル 旧来の 処方箋調剤業務 Plan 処方監査 多職種協働 情報共有 Act Do 次回処方への提案・介入 調剤/服薬指導 バイタルサイン フィジカルアセスメント 薬理学 薬物動態学 製剤学 Check これからの 処方箋調剤業務 前回処方の 妥当性検討 4. 呼吸 や脈拍が参考になります。体温は、一般には37℃以上 呼吸数、聴診による呼吸音、酸素化の指標としての を発 熱ありと判 定します が、平 熱 が 3 5 ℃台の場 合に SpO(経皮的動脈血酸素飽和度) をチェックすること 2 は、36.5℃でも微熱と判定することも多く、 日常の体温 が基 本になります 。 また、胸 鎖 乳 突 筋や広 背 筋など、 との比較や経過を見ることが大切です。 また、微熱そ 首や背中の筋肉を使う努力様呼吸になっていないか、 のものは高齢者に限らず脱水で見られることも多く、 こ 苦悶様顔貌はないかなども参考になります。 れらとの鑑別も重要になります。 喘息、肺気腫、肺炎などの各基礎疾患に応じて、使 脈拍も、常日頃の脈拍数や不整脈の有無との比較 用している薬剤を念頭に置きながらチェックしましょう。 を行い、いつもと違うかどうかという観点でチェックして 5. 循環 いくとよいでしょう。 基 本は、血 圧、脈 拍 数、不 整 脈の有 無になります 。 測定は自動血圧計でも十分可能ですが、不整脈があ おわりに る場合は、脈拍数がきちんと測定されないこともあるの 高齢者の在宅医療の現場は、今後ますます増えて で、脈拍は問診しながら自然に橈骨動脈で測定するよ いきます 。 日本の医 療 提 供 体 制の変 化に伴い、医 療 うにすればよいでしょう。 依存度が比較的高い方も、 自宅や高齢者施設で長期 循 環についても、高 血 圧や不 整 脈など患 者さんの 療養されるケースが出てきました。薬剤師が自ら調剤 基礎疾患と薬物療法の内容を念頭に置き、一連の治 した薬 剤の効 果や副 作 用をきちんとチェックし、不 具 療経過として見ていくことが大切です。 合があれば、薬学的専門知識に基づき次の一手を考 6. 感染 えていくことは、超高齢社会の医療ニーズに応えるこ 誤 嚥 性 肺 炎や皮 膚 疾 患に伴う蜂 窩 織 炎などの感 とにほかなりません。 染 症は、高 齢 者ではしばしば経 験します 。治 療には、 ぜひ、 ご自身が調剤した薬剤を服用している高齢者 抗菌薬や抗炎症薬、NSAIDs( 非ステロイド性抗炎症 が、安定して過ごされているかどうかをチェックしてみ 薬)などが用いられますが、炎症の指標としては、体温 てください。 きっと、新たな展開が見えてくると思います。 8
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