バイタルサインをどう活かすか :高齢者編

バイタルサイン
実践講座
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バイタルサインをどう活かすか:高齢者編
ファルメディコ株式会社 代表取締役社長
医師・医学博士
はじめに
狹間研至
先生
がきちんと保たれていることを、治療中の疾患や服用
中の薬剤を念頭に置きながらチェックすることが求め
薬剤師は、
なぜバイタルサインを活用するのでしょう
られているのです。
か。いろいろな答えがあると思いますが、私は、薬剤師
では、一つ一つについて、バイタルサインを含めて見
が薬の専 門 職として、自ら調 剤した薬 剤がきちんとし
ていきましょう。
た効果を発揮しつつ、想定される副作用がないことを
1.
食事
確認し、患者さんに対して責任を持つためではないか
食事がきちんと摂れていなければ、当然エネルギー
と考えています。
バランスがマイナスとなり、体重が減少します。体重計
例えば、降圧薬としてカルシウム拮抗薬を調剤すれ
で簡 単に測 定できるので、週に1回は体 重を測 定し、
ば、それがコンプライアンスを保って服用され、期待さ
経過を見ていくとよいでしょう。
また、低蛋白血症や脱
れた時期に期待された降圧作用を発揮し、同時に、過
水 症になっていると、下 腿に浮 腫(むくみ)が出ます 。
度の降 圧によるふらつきや血 管 拡 張による顔 面 紅 潮
靴下の跡が強くついていたり、脛骨の前面を押さえる
などの副作用が出ていないかを、
きちんと自分で確認
とへこんだりしないかをチェックしてみましょう。
するということです。そして、
もし効果が不十分であっ
2.
排泄
たり、副作用が出ていたりすれば、薬理学、薬物動態
排 便 の 状 態 は 基 本 的には 問 診 が 頼りになります
学、製 剤 学などの薬 学 的 専 門 知 識を活 用して、その
が、介護を受けている方や認知症の患者さんでは、本
理由を読み解き、
どのように修正すればよいのかを医
人に対する問診では判定できない場合もよくあります。
師に提案することで、医療のPDCA(plan-do-check-
腸管内にガスがたまって腹部の膨満が見られたり、聴
a c t )サイクルに密 接に関わっていくことが 大 切です
診 器で腸の蠕 動 音が聴 取しづらかったりすれば、便
(図)。
秘の可能性を考えなければなりません。逆に、腸の蠕
そして、
このような活動は、一般の外来患者でも重
動 音が亢 進していれば、食 物が消 化された後、十 分
要ですが、超高齢社会を迎えて認知症や独居の高齢
に水分を吸収されることなく直腸に達し、下痢を来す
者が増えるわが国では、在宅医療の分野でも重要性
ことが多いです。腸の蠕動音や腹部の張り具合は、薬
が急速に高まっています。
剤の影響も受けやすいので、ぜひチェックしてみてくだ
今回は、高齢者の在宅医療において、バイタルサイ
さい。
ンをどのように活用できるのかを考えてみたいと思いま
3.
睡眠
す。
睡眠不足や昼夜逆転傾向になっている場合は、例
高齢者が安定して生活するために
えば午後に訪問した時には熟睡されていることもあり
ます。
また、睡眠薬や精神科薬が効き過ぎて、昼間に
加齢性変化および加齢に伴う種々の疾患は、高齢
意識レベルの低下が見受けられることがあります。
さら
者の生活の質を落としがちです。若年者と全く同じよ
に睡眠不足が続くと、脈拍が高くなったり、不整脈が出
うにというのは生物学的にも困難ですが、私は、食事・
たり、不穏症状が現れたりすることもあります。
排 泄・睡 眠がリズムよくきちんと行われ、呼 吸・循 環が
これらの症状については、対症療法的に薬を投与
落ち着き、感 染がない状 態であれば、
まずは、その人
するのではなく、夜間頻尿など睡眠が阻害されている
らしく生活できる医学的基盤は整っていると考えてい
原 因を考えたり、
日中に持ち越さないよう薬 剤や投 与
ます。
量・投 与 方 法の選 択を考えたりといったフォローが必
逆に言えば、薬剤師が要介護高齢者の在宅での薬
要になります。
物療法支援に訪問した際はまず、
これら基礎の部分
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図. PDCAサイクル
旧来の
処方箋調剤業務
Plan
処方監査
多職種協働
情報共有
Act
Do
次回処方への提案・介入
調剤/服薬指導
バイタルサイン
フィジカルアセスメント
薬理学
薬物動態学
製剤学
Check
これからの
処方箋調剤業務
前回処方の
妥当性検討
4.
呼吸
や脈拍が参考になります。体温は、一般には37℃以上
呼吸数、聴診による呼吸音、酸素化の指標としての
を発 熱ありと判 定します が、平 熱 が 3 5 ℃台の場 合に
SpO(経皮的動脈血酸素飽和度)
をチェックすること
2
は、36.5℃でも微熱と判定することも多く、
日常の体温
が基 本になります 。
また、胸 鎖 乳 突 筋や広 背 筋など、
との比較や経過を見ることが大切です。
また、微熱そ
首や背中の筋肉を使う努力様呼吸になっていないか、
のものは高齢者に限らず脱水で見られることも多く、
こ
苦悶様顔貌はないかなども参考になります。
れらとの鑑別も重要になります。
喘息、肺気腫、肺炎などの各基礎疾患に応じて、使
脈拍も、常日頃の脈拍数や不整脈の有無との比較
用している薬剤を念頭に置きながらチェックしましょう。
を行い、いつもと違うかどうかという観点でチェックして
5.
循環
いくとよいでしょう。
基 本は、血 圧、脈 拍 数、不 整 脈の有 無になります 。
測定は自動血圧計でも十分可能ですが、不整脈があ
おわりに
る場合は、脈拍数がきちんと測定されないこともあるの
高齢者の在宅医療の現場は、今後ますます増えて
で、脈拍は問診しながら自然に橈骨動脈で測定するよ
いきます 。
日本の医 療 提 供 体 制の変 化に伴い、医 療
うにすればよいでしょう。
依存度が比較的高い方も、
自宅や高齢者施設で長期
循 環についても、高 血 圧や不 整 脈など患 者さんの
療養されるケースが出てきました。薬剤師が自ら調剤
基礎疾患と薬物療法の内容を念頭に置き、一連の治
した薬 剤の効 果や副 作 用をきちんとチェックし、不 具
療経過として見ていくことが大切です。
合があれば、薬学的専門知識に基づき次の一手を考
6.
感染
えていくことは、超高齢社会の医療ニーズに応えるこ
誤 嚥 性 肺 炎や皮 膚 疾 患に伴う蜂 窩 織 炎などの感
とにほかなりません。
染 症は、高 齢 者ではしばしば経 験します 。治 療には、
ぜひ、
ご自身が調剤した薬剤を服用している高齢者
抗菌薬や抗炎症薬、NSAIDs( 非ステロイド性抗炎症
が、安定して過ごされているかどうかをチェックしてみ
薬)などが用いられますが、炎症の指標としては、体温
てください。
きっと、新たな展開が見えてくると思います。
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