米国金融資本市場を通してみた Jリート市場への

Special
■ J リート市場 15周年を迎えて
米国金融資本市場を通してみた
Jリート市場への課題と期待
関 雄太
野村資本市場研究所
研究部長
たことから、Jリート市場関係者が参考とすべき点は
時価総額 9,000 億ドル規模に
拡大した米国リート市場
Jリート市場が2001 年 9月10日の市場創設から15
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依然として多いはずである。
厳しい競争と非公開化取引
年を迎えた。上場銘柄数は当初の2 銘柄から2016
こうした問題意識から、近年の米国リート市場にお
年 8月末時点で55 銘柄 、市場時価総額は約 0.2 兆
ける特筆すべき動きをいくつか見てみる。注目すべき
円から約 11.6 兆円へと、目を見張る成長を遂げてい
動きの第一は、活発なM&Aと非公開化取引であ
る。
る。NAREIT( 全米 REIT 協会 )
がフォローしている
しかし、最近 15 年間の米国リート市場の合計時価
2004 年以降 、2015 年までの12 年間で上場リートの
総額の変化を見てみると、1,387 億ドル( 2000 年末 )
M&Aディー ル 数 は 計 117 件 に 達 す る( REIT
から9,388 億ドル( 2015 年 末 )へと増 加している。
。しかも、そのうち53 件はPublic to
Watchによる)
モーゲージ債権を保有しないエクイティリートの合計
Private 、すなわち非上場の不動産ファンドや年金基
時価総額に限っても、1,344 億ドルから8,864 億ドルへ
金などによって上場リートが買収され、非公開化され
と、6.6 倍近くもの拡大を遂げている。いずれにせよ、
た取引である。もちろん、この12 年間には新規公開
Jリート市場が15 年前に追いかけていた背中は、さら
( IPO )
も計 116 件実施されており、相変わらずIPO
に遙か先まで行ってしまったというべき成長ぶりであろ
と公募増資が米国リートの主要な資本調達アクション
う。
であることに変わりはない。しかし、米国リート業界
米国リートとJリートには、制度上 、いくつかの大きな
が、決して一本調子に成長してきたのではなく、常に
違いがあるにせよ、稼働不動産の賃貸料から得られ
競争と評価にさらされ、特に市場における評価が保
る利益を投資家に分配するという基本構造は同じで
有不動産の価値を割り込むような事態となれば、別の
ある。したがって、この15 年に米国リート市場で起き
上場リートに買収される可能性が高まったり、非公開
ARES 不動産証券化ジャーナル Vol.33
J リート市場 15 周年を迎えて
化を検討せざるを得なくなる状況に立たされるという
のは、
日本人から見て忘れられがちな事実かも知れな
インフラ分野でも資本市場を活用
い。逆に言えば、常に大型化や効率化、あるいは保
こうした米国リートの多様化を支えているのが、政
有資産価値の向上と顕在化を目指すというのが上場
策・制度の変更である。1999 年リート現代化法あるい
リートの基本目標ということであろう。また、公的年金
は2008 年リート投資多様化強化法( RIDEA )
によっ
を中心に、上場リートを会社ごと買収して自らの不動
て、リートに法人課税対象となるサービス子会社の保
産ポートフォリオにしてしまうといった「 豪快な」取引
有やジョイントベンチャー設立を認めたことにより、ホテ
を行う機関投資家がいくつも存在している状況も、米
ルやヘルスケアなど、オペレーションや付帯サービスが
国リート市場のダイナミズムを生み出す要因であり、同
不動産の賃料・資産価値にも大きく影響するセクター
時に日本との大きな違いといえるかもしれない。
において、直営オペレーターが保有不動産をリートと
してスピンオフしたり、業界の合従連衡が活発化した
リートの保有資産の多様化
と考えられる。さらに、内国歳入庁( IRS )
が私的通
を次々と発行し、無
達書( Private Letter Rulings )
第二に注目されるのが、上場リートの投資対象資
線通信基地局や発電施設などをリートの適格資産と
産の多様化・拡大である。2000 年末の米国エクイティ
して認めたことが、インフラ分野で新興リートが立ち上
リートの合計時価総額のうち、オフィス・インダストリア
がる契機となっている。
ル・商業・住宅の4つのサブセクターが占める比率は約
実は、米国では近年、
リートの他にも、マスター・リミ
78%に達していた。ところが、2015 年末時点の同じ
テッド・パートナーシップ( MLP )
が、いわゆるシェール
比率を見ると、約 54%に低下している。伝統的なサ
ガス革命が進展する中、石油・天然ガスの採掘・精
ブセクターに代わって比重を高めているのが、ヘルス
製・輸送のプロジェクトカンパニーの上場・エグジット先
ケア、ホテル・リゾート、森林 、
レンタル倉庫(セルフ・ス
として活用されている。実際 、米国 MLPの市場時
トレージ)、インフラ、データセンターなどのサブセク
価総額は2000 年末の148 億ドルから2015 年末には
ターである。言い換えれば、近年の米国リート市場の
3,470 億ドルへと大幅に拡大した( Yorkville Capital
成長を牽引してきたのは、どちらかといえば非伝統的
による)
。ここでもIRSがMLPの適格事業の範囲を
なサブセクターということになる。
拡大したことが市場成長に影響を与えたと言われて
直近の時価総額トップ10の大型リートの中で、無
いるが、米国がリート、MLPという資本市場を活用し
線 通 信 基 地 局 を 保 有 す るAmerican Towerと
て通信やエネルギー関連のインフラ開発を側面支援
Crown Castleがそれぞれ2 位( 2016 年 7月末時価
したという経緯は、
日本の政策関係者にも重要な示唆
総額:約 489 億ドル)、4 位(同:約 327 億ドル)
にランク
を持っていると考えられる。
される一方、オフィスリートが一社も入っていないことな
ども、日本から見ると驚かされる状況といえる。ちなみ
にAmerican TowerとCrown Castleは、今では、
分厚い投資家層の存在
米国のスマートフォン普及とICT 技術による新たなビ
上記のような米国リートの成長・ダイナミズム・多様化
ジネス開発やイノベーションを側面から支援した重要
を支えているのは、なんと言っても米国の金融ストック
な会社と評価されている。
の蓄積と厚みのある投資家層であろう。特に2000 年
末の資産残高 6.9 兆ドルから2015 年末には15.6 兆ド
ルまで拡大した米国ミューチュアル・ファンド( 投資信
September-October 2016
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Special
託 )市場は、リートセクター全体の最大の投資家層を
ジ効果 、安定したキャッシュフローあるいは配当期
形成していると考えられ、
リーマン・ショック直後のリート
待 、他の証券等との低相関など)
が高齢者層の資産
の大規模な資本増強やヘルスケアリートなど新興セク
運用ニーズと合致することで生まれた好循環 、すなわ
ターの成長が可能になったのも、経験豊かな投信マ
ち、ベビーブーマー層の金融資産 → 投資信託 →
ネージャーの存在によるところが大きいと言われてい
リート → 多様な不動産セクターでの開発・取引・再編
る。
の活発化という資金サイクルこそが、米国リート市場
さらに、巨大な投信市場を支えるのが米国の個人
拡大の原動力と言えるのではないだろうか。
金融資産であり、
この15年間にその規模は35.9兆ドル
日本の個人金融資産は2015 年末で1,740 兆円(日
( 2000 年末 )から70.8 兆ドル( 2015 年末 )
となった
銀による)
と、
15 年前の1,401 兆円から増やしてはいる
( FRB 統計による)
。確定拠出年金プログラムなどを
ものの、米国との差は開くばかりであり、
また今後の人
通じて、現役世代も投信を活用した資産形成を積極
口動態を考えれば減少へ転じる可能性もある。個人
的に行う米国個人セクターだが、現時点での金融資
金融資産の運用・活用とリート市場拡大の好循環を
産の相当部分はベビーブーマー層( 1946 年から64
生み出すことが、Jリート市場の次の15 年のビジョンに
年生まれ)
を中心にした中・高齢者層に保有されてい
位置づけられるべきであろう。
る。このように考えてくると、
リートの特性(インフレヘッ
せき ゆうた
1990 年 、慶応義塾大学法学部卒。1999 年 、南カリフォルニア大
学マーシャルビジネススクール修了( MBA)。1990 年に野村総
合研究所入社後 、2004 年 、野村資本市場研究所設立に伴い転籍。
ニューヨーク事務所勤務を経て 2011 年より現職。共著書に『 地
方創生に挑む地域金融 』( 2015 年 、きんざい )、
『 新しい資本市場
-商品と組織のイノベーション 』( 2007 年 、東洋経済新報社 )な
ど。
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