ことば・言葉・コトバ 「旦那さん」新用法

「旦那さん」新用法
「このまえ,旦那さんがギックリ腰になっ
これには“ある人物像と結びつく話し方”=
て…」 ― 娘の友達のお母さん(私にとっ
「役割語」に通じる機能があるのではないか
ては“ママ友”)から,こう話しかけられ混
と思い至り,許容できるようになってきた。
乱したことがある。
“はて,うちの夫はギッ
なぜなら,私の観察では,
“「旦那さん」新用
クリ腰になったことはないのだが”と疑問
法”を使うのは,料理上手,縫い物上手など
に思いながらも聞いていると,どうやら
家事が得意で,バブル世代の私より少し年下
「旦那さん」とは彼女の夫のことらしいとわ
の,話し方もかわいらしい“癒やし系”ママ
かってきた。「旦那さん」
(=自分の夫)が初
(妻)に多く,彼女たちの「キャラ」に似合う
めてギックリ腰になり,それは自分にとっ
ことばづかいのように思えてきたからだ。
「昨
ても初めての体験であったとのこと。
「ギッ
日は旦那さんのお誕生日でした」
「旦那さん
クリ腰になると,大変なのねー !」と,これ
が出張から帰ってきました」…など,ネット
まで何度もギックリ腰になってきた私に伝
上で自分の家や家族のこと,生活の中のお気
えたくて話しかけてくれたのだった。
に入りについて書きつづるブログでも,とき
それまで私の中では,
“ママ友”との会話
どき見かける。暮らしの中の一つ一つを丁寧
で出てくる「旦那さん」は,話者の夫では
に大切に過ごす彼女たちには,夫=「旦那さ
なく,聞き手の夫のことであった。それゆ
ん」という言い方がしっくりくるのだろう。
え,自分の夫のことを指すこの“「旦那さ
近い将来,“「旦那さん」新用法”が,ステ
ん」新 用 法”に, と て も 驚 い た。 し か し,
キな癒やし系ママ(妻)たちの使う「役割語」
この用法は意外にも広まっているようで,
として認識される日がくるだろうか,など
その後,別の“ママ友”からは「旦那さん
と思い始めていたつい先日。娘のクラスの
が送ってくれるそうなので,大丈夫です」
お母さんたちとの集まりで「うちのダンナ
というメールがきた。彼女の息子が我が家
なんか…」と言っている自分に気づいた。
「旦
に遊びに来るときのこと。この「旦那さん」
那さん」などと言うキャラではないにして
も彼女の夫であった。
も,せめて「夫」というニュートラルな言い
最初は驚き,
“いい大人”が公の場で自分
方にしておけばよかった。ほとんど初対面
の親のことを「お父さん(お母さん)が…」
のお母さんたちとの会話だったのに,この
と言っている姿を見るのと同じような気ま
ひと言で伝わってしまったことは大きかっ
ずさを感じたこの“新用法”だったが,最近,
たに違いない。
太田眞希恵(おおた まきえ)
SEPTEMBER 2016
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