第13回 講義スライド - 青山学院大学理工学部化学・生命科学科

マッカーリ、サイモン物理化学(上):p. 403-p. 426
量子化学Ⅰ
第13回「多原子分子の結合と
ヒュッケル分子軌道法」
混成オービタルについて学習し、多原子分子の構造とオービタルとの関係につい
て学ぶ。また、ヒュッケル分子軌道法を学習し、共役分子のオービタル、及びそ
のエネルギーの求め方について学ぶ。
担当:青山学院大学理工学部化学・生命科学科
阿部 二朗、小林 洋一
1
【原子価結合理論(Valence bond theory, VB法)】
“化学結合を各原子の原子価軌道に属する電子の相互作⽤によって説明する⼿法”
2個の原子が接近して、それぞれの原子の電子が1個だけ⼊った原子価軌道が
互いに空間的に重なり合う(overlap)ことによって、共有結合が生成する。
重なり合った軌道に⼊っている対になった電子は、両方の原子の原子核に引き
つけられ、そのために⼆つの原子の間に結合ができる。
水素原子の電子配置︓1𝑠1
フッ素原子の電子配置︓1𝑠 2 2𝑠 2 2𝑝𝑥2 2𝑝𝑦2 2𝑝𝑧1
2
【原子価結合理論(Valence bond theory, VB法)】
“化学結合を各原子の原子価軌道に属する電子の相互作⽤によって説明する⼿法”
2個の原子が接近して、それぞれの原子の電子が1個だけ⼊った原子価軌道が
互いに空間的に重なり合う(overlap)ことによって、共有結合が生成する。
重なり合った軌道に⼊っている対になった電子は、両方の原子の原子核に引き
つけられ、そのために⼆つの原子の間に結合ができる。
炭素の電子配置︓1𝑠 2 2𝑠 2 2𝑝𝑥1 2𝑝𝑦1
2𝑠 2
2𝑝𝑥1
2𝑝𝑦1
2𝑝𝑧0
CH4
⼆つしか結合をつくることができず、CH4の四つの結合、
及び結合角を説明できない
3
【ライナス・カール・ポーリング(Linus Carl Pauling, 1901-1994年)】
ポーリングは20世紀における最も重要な化学者の一人として広く認められてい
る。量子力学を化学に応⽤した先駆者であり、化学結合の本性を記述した業績によ
り1954年にノーベル化学賞を受賞した。また、結晶構造決定やタンパク質構造決
定に重要な業績を残し、分子生物学の草分けの一人とも考えられている。ワトソン
とクリックが1953年にDNAの生体内構造である「⼆重らせん構造」を発表する前
に、ポーリングはほぼそれに近い「三重らせん構造」を提唱していた。多方面に渡
る研究者としても有名で、無機化学、有機化学、金属学、免疫学、麻酔学、心理学、
弁論術、放射性崩壊、核戦争のもたらす影響などの分野でも多大な貢献があった。
1962年、地上核実験に対する反対運動の業績
によりノーベル平和賞を受賞した。ポーリング
は単独でノーベル賞を2度受賞した数少ない人物
の一人である。後年、大量のビタミンCや他の栄
養素を摂取する健康法を提唱し、更にこの着想
を一般化させて分子矯正医学を提唱、それを中
心とした数冊の本を著してこれらの概念、分析、
研究、及び洞察を一般社会に紹介した。
(Wikipediaより)
4
【混成オービタル】
VB法において、原子価(結合の数)や結合角を説明するために導⼊された概念。
例えば水素化ベリリウムでは、ベリリウムが2価であることを説明するため、 2𝑠
電子を一つを𝑝𝑧 に昇位して2つのオービタルを組み合わせることにより、2個の
等価な𝑠𝑝混成オービタルをつくる。
例1)水素化ベリリウム(BeH2)
ベリリウム原子の電子配置︓1𝑠 2 2𝑠 2
𝑠𝑝混成オービタル
混成
ベリリウムの原子
オービタル
ベリリウムの混成
オービタル
𝑠𝑝混成オービタル
1
𝜓sp =
2𝑠 ± 2𝑝𝑧
2
分子オービタル
𝜓BeH2 = 𝑐1 𝜓Be(2s) + 𝑐2 𝜓Be(2p) + 𝑐3 𝜓H(1s)
5
【混成オービタル】
VB法において、原子価(結合の数)や結合角を説明するために導⼊された概念。
例えば水素化ベリリウムでは、ベリリウムが2価であることを説明するため、 2𝑠
電子を一つを𝑝𝑧 に昇位して2つのオービタルを組み合わせることにより、2個の
等価な𝑠𝑝混成オービタルをつくる。
例1)水素化ベリリウム(BeH2)
ベリリウム原子の電子配置︓1𝑠 2 2𝑠 2
混成
6
𝑠𝑝混成オービタル
【𝒔𝒑𝟐 混成オービタル】
例2)フッ化ホウ素(BF3)
ホウ素の電子配置︓1𝑠 2 2𝑠 2 2𝑝𝑥1
𝑠𝑝2 混成オービタル
混成
ホウ素の混成
オービタル
ホウ素の原子
オービタル
𝑠𝑝2 混成オービタル
𝜓1 =
分子オービタル
𝜓BF3 = 𝑐1 𝜓B(2s) + 𝑐2 𝜓B(2p) + 𝑐3 𝜓F(2p)
7
𝜓2 =
𝜓3 =
1
3
1
3
1
3
2𝑠 +
2𝑠 −
2𝑠 −
2
2𝑝
3 𝑧
1
6
1
6
2𝑝𝑧 +
2𝑝𝑧 −
1
2
1
2
2𝑝𝑥
2𝑝𝑥
【𝒔𝒑𝟐 混成オービタル】
例2)フッ化ホウ素(BF3)
ホウ素の電子配置︓1𝑠 2 2𝑠 2 2𝑝𝑥1
混成
ホウ素の混成
オービタル
ホウ素の原子
オービタル
8
𝑠𝑝2 混成オービタル
【𝒔𝒑𝟑 混成オービタル】
例3)メタン(CH4)
炭素の電子配置︓1𝑠 2 2𝑠 2 2𝑝𝑥1 2𝑝𝑦1
𝑠𝑝3 混成オービタル
混成
炭素の混成
オービタル
炭素の原子
オービタル
分子オービタル
𝜓CH4 = 𝑐1 𝜓C(2s) + 𝑐2 𝜓C(2p) + 𝑐3 𝜓H(1s)
9
𝑠𝑝3 混成オービタル
1
𝜓1 = 2𝑠 + 2𝑝𝑥 + 2𝑝𝑦 + 2𝑝𝑧
2
1
𝜓2 = 2𝑠 − 2𝑝𝑥 − 2𝑝𝑦 + 2𝑝𝑧
2
1
𝜓3 = 2𝑠 + 2𝑝𝑥 − 2𝑝𝑦 − 2𝑝𝑧
2
1
𝜓4 = 2𝑠 − 2𝑝𝑥 + 2𝑝𝑦 − 2𝑝𝑧
2
【𝒔𝒑𝟑 混成オービタル】
例3)メタン(CH4)
炭素の電子配置︓1𝑠 2 2𝑠 2 2𝑝𝑥1 2𝑝𝑦1
混成
炭素の混成
オービタル
炭素の原子
オービタル
10
𝑠𝑝3 混成オービタル
【共役炭化水素と芳香族炭化水素】
共役炭化水素や芳香族炭化水素では、𝜎結合でできた分子骨格(𝜎結合骨格)とそ
の結合平面(𝑥 − 𝑦面とする)に垂直な2𝑝𝑧 オービタル同士の重なりによる𝜋結合
の両方をもつ。
例)エテン(C2H4)
一般的に、共役分子における𝜋オービタルは分子全体にわたって非局在化する。
このような場合、𝜋電子は𝜎骨格の電子によって決まった実効的な静電ポテン
シャルの中を運動している(𝜋電子が分子骨格よりに閉じ込められている)とも
みなせる。この仮定を𝝅電子近似という 。
11
【エテンの永年方程式】
エテン(C2H4)の𝜋オービタルを考える。炭素原子は2𝑝𝑧 オービタルを1個ずつ提
供して非局在𝜋オービタルを形成することから、非局在𝜋オービタルは2𝑝𝑧 オービ
タルの一次結合として表せる。
𝜓𝜋 = 𝑐1 2𝑝𝑧1 + 𝑐2 2𝑝𝑧2
この波動関数による永年方程式は
𝐻11 − 𝐸𝑆11
𝐻12 − 𝐸𝑆12
෡ 𝑧𝑗 d𝜏
𝐻𝑖𝑗 = න 𝑝𝑧𝑖 𝐻𝑝
𝐻12 − 𝐸𝑆12
=0
𝐻22 − 𝐸𝑆22
𝐻11 = 𝐻22 ︓クーロン積分
𝐻12 = 𝐻21 ︓共鳴積分(交換積分)
𝑆𝑖𝑗 = 𝑆𝑗𝑖 = න 𝑝𝑧𝑖 𝑝𝑧𝑗 d𝜏︓重なり積分
12
【永年方程式の求め方(第11回の復習)】
𝑓1 = 𝑝𝑧1 , 𝑓2 = 𝑝𝑧2 として計算すればよい
𝜙 = 𝑐1 𝑓1 +𝑐2 𝑓2 として以下の式に代⼊
෡
෡ 𝑐1 𝑓1 +𝑐2 𝑓2 d𝜏
න 𝜙𝐻𝜙𝑑𝜏
= න 𝑐1 𝑓1 +𝑐2 𝑓2 𝐻
෡ 1 d𝜏 + 𝑐1 𝑐2 න 𝑓1 𝐻𝑓
෡ 2 d𝜏 + 𝑐1 𝑐2 න 𝑓2 𝐻𝑓
෡ 1 d𝜏 + 𝑐2 2 න 𝑓2 𝐻𝑓
෡ 2 d𝜏
= 𝑐1 2 න 𝑓1 𝐻𝑓
= 𝑐1 2 𝐻11 + 𝑐1 𝑐2 𝐻12 + 𝑐1 𝑐2 𝐻21 + 𝑐2 2 𝐻22
= 𝑐1 2 𝐻11 + 2𝑐1 𝑐2 𝐻12 + 𝑐2 2 𝐻22
(演算子のエルミート性より)
න 𝜙 2 𝑑𝜏 = 𝑐1 2 𝑆11 + 2𝑐1 𝑐2 𝑆12 + 𝑐2 2 𝑆22
変分法のエネルギーの式に代⼊すると、
𝑐1 2 𝐻11 + 2𝑐1 𝑐2 𝐻12 + 𝑐2 2 𝐻22
𝐸(𝑐1 , 𝑐2 ) = 2
𝑐1 𝑆11 + 2𝑐1 𝑐2 𝑆12 + 𝑐2 2 𝑆22
𝐸(𝑐1 , 𝑐2 ) 𝑐1 2 𝑆11 + 2𝑐1 𝑐2 𝑆12 + 𝑐2 2 𝑆22 = 𝑐1 2 𝐻11 + 2𝑐1 𝑐2 𝐻12 + 𝑐2 2 𝐻22
13
【永年方程式の求め方(第11回の復習)】
𝑐1 について微分すると
𝐸 2𝑐1 𝑆11 + 2𝑐2 𝑆12 +
𝜕𝐸
𝑐1 2 𝑆11 + 2𝑐1 𝑐2 𝑆12 + 𝑐2 2 𝑆22 = 2𝑐1 𝐻11 + 2𝑐2 𝐻12
𝜕𝑐1
𝜕𝐸
𝐸 を𝑐1 について最小化しようとしているので 𝜕𝑐 = 0 であり、以下の式が得られる。
1
𝑐1 𝐻11 − 𝐸𝑆11 + 𝑐2 𝐻12 − 𝐸𝑆12 = 0
同様に𝐸 を𝑐2 について微分
𝑐1 𝐻12 − 𝐸𝑆12 + 𝑐2 𝐻22 − 𝐸𝑆22 = 0
⼆つの式は𝑐1 , 𝑐2 ついての連立方程式であり、𝑐1 = 𝑐2 = 0以外の意味のある解は、
係数の行列式が0のときである。すなわち
𝐻11 − 𝐸𝑆11
𝐻12 − 𝐸𝑆12
14
𝐻12 − 𝐸𝑆12
=0
𝐻22 − 𝐸𝑆22
【ヒュッケル(Hückel)分子軌道法】
ヒュッケル分子軌道法は1930年エーリッヒ ヒュッケルにより提案され、以下の
仮定を⽤いることにより、ハミルトン演算子を具体的に指定することなく非局
在𝜋オービタル、及びそのエネルギーを算出する⼿法である。
仮定1:𝝅電子系のみを扱う
仮定2:重なり積分𝑺𝒊𝒋 は𝒊 ≠ 𝒋であれば𝟎、 𝒊 = 𝒋であれば𝟏とする
仮定3:どの炭素原子についてもクーロン積分𝑯𝒊𝒊 は等しく、通常𝜶で表す
仮定4:隣接炭素原子間の共鳴積分𝑯𝒊𝒋 (𝒊 ≠ 𝒋)は等しいと仮定し、𝜷で表す
15
【ヒュッケル(Hückel)分子軌道法】
エテンについてのヒュッケルの永年方程式は
𝐻11 − 𝐸𝑆11
𝐻12 − 𝐸𝑆12
𝛼−𝐸
𝛽
𝐻12 − 𝐸𝑆12
=0
𝐻22 − 𝐸𝑆22
𝛽
=0
𝛼−𝐸
∴𝐸 =𝛼±𝛽
ヒュッケル法では、𝛼と𝛽に実験から決定される量を当てはめるため、ハミルトン
演算子を具体的に指定することなくエネルギーを定量的に求めることができる。
𝐸 = 𝛼 + 𝛽を以下の方程式に代⼊
𝑐1 𝐻11 − 𝐸𝑆11 + 𝑐2 𝐻12 − 𝐸𝑆12 = 0
どちらの式からも
𝑐1 = 𝑐2 を得る
𝑐1 𝐻12 − 𝐸𝑆12 + 𝑐2 𝐻22 − 𝐸𝑆22 = 0
また、波動関数の規格化条件より
𝜓𝜋 = 𝑐1 2𝑝𝑧1 + 2𝑝𝑧2
න 𝜓𝜋 ∗ 𝜓𝜋 𝑑𝜏 = න 𝑐12 2𝑝𝑧1 + 2𝑝𝑧2
16
2 𝑑𝜏
= 𝑐12 1 + 2𝑆 + 1 = 1
𝑝𝑧1,2 は規格化されて
いることより
【ヒュッケル(Hückel)分子軌道法】
ヒュッケルの仮定より𝑆 = 0
∴ 𝑐1 = 𝑐2 = 1/ 2
𝐸 = 𝛼 − 𝛽についても同様に求めると、𝑐1 = 1/ 2, 𝑐2 = −1/ 2
エテンには2個の𝜋電子があるため、両方の電子が最低エネルギーのオービタル
を占める。エテンの𝜋電子エネルギーは𝐸𝜋 = 2𝛼 + 2𝛽であり、オービタル、及
びそのエネルギー準位図を以下に示す。𝛽が負であることに注意
𝜓𝜋 = 1/ 2 2𝑝𝑧1 − 2𝑝𝑧2
エネルギー
𝐸2 = 𝛼 − 𝛽
2𝑝𝑧1
2𝑝𝑧2
𝛼
𝐸1 = 𝛼 + 𝛽
17
反結合性
𝜓𝜋 = 1/ 2 2𝑝𝑧1 + 2𝑝𝑧2
結合性