無のための協働容器

無のための協働容器
kacer 作
現実の作業が無ければ捉えることのできな
い魅力は確かに存在する。
七月にしては冷たい風の吹く朝、五階建ての建物の屋上から目覚めて
間もない郊外を、抱え込んだ思いに別色の意志を塗り重ねた表情で、安
全のため内側へ弧を描いている囲いを握り、眺めている男がいた。
男は二十歳を超えてもなお積極的な理由を探すのが苦手だった。重要
だが重大でない。核心だが中央でない。そのような日々の生活を無理や
り重大なものにそして中央へ仕立て上げようと試みた男の努力は、下ら
ない数百枚の日記と、内奥が薄く透けてみえる魅力的でわくわくする未
来の選択肢に捧げられた。
現実の作業が無ければ捉えることのできない魅力は確かに存在する。
男は恥を回避する自らの臆病な習性に生活を妥協させ、自尊心を保つた
めの空虚を胎内に宿らせ、完全な喪失を避け続けてきた。
男は一人の純真な女性を傷つけてしまった。邪気の無い滑らかな魂へ
惹かれるあまりにそれを血だらけに切り刻んでしまった。精神的な病の
せいに転嫁しようと目論んだこともあった。
目の前にあるのは予期可能な虚無ときつく乾いた生きるための容器だ。
もはやそれを知覚する者も男しかいない。傷つけた内部の後味の悪さが
男を生かしている。辛うじて残り香を伝え続けてきた。しかし今消え去
ろうとしている。青年の凶暴さ、野蛮さ、決意なるものは、その語り口
から発せられるゆえに許されている。
「為す・創る」の内部に予め「生きる」は包まれている。現実の作業
が無ければ捉えることのできない魅力は確かに存在した。コンクリート
の地面があった。待っていればこちらに来るという代物でないことは確
かだ。
無のための協働容器
無のための協働容器
現実の作業が無ければ捉えることのできない魅力は確かに存在する。
作
kacer
更新日
2016-09-22
登録日
2016-09-22
形式
小説
文章量
掌編(679文字)
レーティング
青年向け
言語
ja
管轄地
JP
権利
Copyrighted (JP)
著作権法内での利用のみを許可します。
発行
星空文庫