看護学学術用語検討委員会のこれまでの成果

看護学学術用語検討委員会のこれまでの成果について
A さん:学術用語検討委員会は 1986 年に発足して、看護学において用いられている学術用
語や看護実践を記述する用語を取り上げ、さまざまな観点から検討を行ってきました。こ
こではあらためてこの委員会の果たしてきた役割を振り返り、これからどのような役割を
果たすべきかについて話し合いたいと思います。みなさんからのご意見をお願いします。
B さん:これまでの委員会でも、委員会メンバーが交代するたびに、繰り返し議論が行われ
てきました。そのなかで何度も確認しあったことは、JANS としては看護学の核となる用語
を扱うこと、つまり専門領域に関する用語はそれぞれの専門分野の学会で扱えばよいとい
うことでした。
C さん:日本看護科学学会だけでなく、最近は各専門分野の学会が増加しているということ
もあり、専門分野の用語は専門分野で定義するという考えは納得できますね。
A さん:それではどんな用語を定義してきたのか、まずは JANS の学術用語検討委員会の
成果物を確認していきましょう。
「看護学学術用語集(1995 年)
」と「看護学を構成する重要な用語集(2005 年)」
A さん:看護学学術用語集(35 用語、1995 年作成)と看護学を構成する重要な用語集(100
語、2005 年作成)は、いずれも看護学の核となる用語をとりあげていますね。
実際、用語の定義がよく練られていて、現在でも十分に通じるような定義ばかりです。
会員の方々にもぜひ目を通していただきたいです(JANS のホームページに掲載されていま
す)
。まずは「看護学を構成する重要な用語集」より日常生活行動の定義をみてみます。
「看護学を構成する重要な用語集」2011 年より
80.日常生活行動 activities of daily living
日常生活行動とは、人間が成長・発達し、社会活動を営むための行動の総称である。
これらの行動は、生命維持に関わる側面から、人間的成熟に関する側面、社会的関係を
形成・発展させる側面へと、相互に関連しあって現れるものであり、個別的特徴をもつ。
類義語に、日常生活動作(活動)と訳されている ADL(activities of daily living)、家事
や買い物、公共機関の利用などの関連(または応用)動作を示す APDL(activities of
parallel to daily living)または IADL(Instrumental activates of daily living)がある。
ADL は、元来、リハビリテーション医学の用語であり、1976 年に日本リハビリテーショ
ン医学会が、食事、排泄、整容、更衣、入浴、移動などの万人に共通して毎日繰り返さ
れる一連の身体動作群と定義している。日常生活行動と日常生活動作(活動)は、ほと
んど同義に用いられる場合もあるが、日常生活行動は、単なる身体動作群だけではなく、
人間的成熟や社会的関係の形成・発展などにも関連し、その人らしさを形作る行動を含
むより包括的な視点をもつ概念である。
参考文献(省略)
1
B さん: 看護においては、人間の生命維持に関わる側面だけでなく、心理的な面での成熟
や社会関係を形成する側面が含まれること、またリハビリテーションの分野の類義語と比
較して、単なる動作群ではなくその人らしさを形作る行動を含むなどの特徴が明らかにさ
れています。
C さん:急性期医療の場では、生命維持がまずもって優先されることが多いのですが、そも
そも人間の生活は、その人が生まれ育った家庭や社会とは不可分のもので、その人の価値
や文化からの影響を含んでいます。そうした包括的な視点が示されています。
A さん:あらたに加えたいことはありますか?
D さん:はい。ヘンダーソンが述べているように、健康な成人であれば日常生活行動はで
きれば自立して行いたいものであることや、たとえ他者に依存しなければならないときも、
日常生活行動を自分なりの仕方で支援してもらうことがその人の尊厳を保つことにかかわ
っていることも付け加えたいと思います。
A さん:そうですね。そのような看護学独自の「ものの見方や考え方」がそれぞれの学術
用語に反映されているのですね。
B さん:いずれにしろ、まだ看護系大学も少なかった時代に「看護学とは何か」そして「看
護は学問としてこれからどのような課題に取り組まなければならないか」を、先輩方はこ
れらの用語集を通じて共に理解し、取り組まれたのだと思います。
A さん:これらの用語集が看護学の学的基盤について明示し、方向付けたということですね。
B さん:たしかに看護学学術用語集がまとめられた 1995 年から比べると、看護系大学の数
も桁違いに増えました。研究活動の基盤となる看護系の大学院や専門分野の看護系学会が
増加していること、それを背景に看護学の研究活動が活発になっているのも、議論を重ね
てきたことの結果だと、歴史的に評価できると思います。
A さん:今現在ではどうですか。
D さん:今、現在でも、看護学では専門分化が進みつつあり、ややもすれば、その分化の
プロセスのなかで看護学の本質や価値から逸れてしまうかもしれないという危惧もありま
す。ですので、これらの用語は、看護の独自性や、看護学の使命を理解するうえでとても
重要だと考えます。
C さん:その一方で、近年、在宅や地域での療養が推進されているという動向をふまえると、
あまり看護学独自の用語にこだわりすぎると、他の職種との連携のときに妨げになってし
まうという面もありますね。
B さん:そうですね。これまで看護学で用いられてきた外来語由来のカタカナ用語などは、
他の分野では理解されないものが多かったと思います。
D さん:そうした面は多々、あったと思います。ですが、だからといって看護がその独自
の視点や役割を表現することをせず、どの職種にも共通する内容しか扱わないといったス
タンスをとるならば、看護を受ける人の利益にはなりませんし、看護は存在意義を失って
しまうと思います。
2
B さん:賛成です。それに以前に比べて、看護を受ける人々への説明と同意が求められるよ
うになり、専門用語が受益者にとってどうなのかという視点も重視されるようになりまし
た。
A さん:今日では、看護学の独自の視点や役割を伝えつつも、他の職種や看護の受益者に
とっても分かりやすい用語が望まれるということだと思います。他には気づいた点はあり
ませんか?
D さん:用語集のほうはよく見てみると、語順がばらばらで、分類や体系化は行われてい
ませんね。
B さん:本当にばらばらですね。
C さん:となると、看護学の重要用語についても、樹形図のような分類や体系化が必要なの
かしら。体系化が看護学の発展にどのように寄与するのか、そしてその作業を誰がすべき
なのかも考えてみなければいけませんね。
看護行為分類
A さん:それでは、看護行為分類のほうはどうですか?
C さん:これは先の用語集とは別の角度からまとめられていますね。看護診断でいう看護介
入分類 NIC(Nursing Intervention Classification)によく似ています。
B さん:看護行為に関する用語がとりあげられていて、それぞれ「Ⅰ定義」
、
「Ⅱ対象の選択」
「Ⅲ方法の選択にあたって考慮する点」「Ⅳ実施に伴って行うこと(観察・確認、安全策、
照会・報告・対策、対象への教育、心理的支援)、「Ⅴ期待される成果」が記述されていま
す。研究論文などでときどき引用されていますね。
C さん:そうですね。行為はそれぞれ、6つの領域に分類されて、看護行為を網羅するよう
に書かれています。
A さん:それでは領域2の基本的生活行動の援助から「排泄介助」についてみてみましょう。
看護行為用語分類
【6つの領域】
領域1 観察・モニタリング
領域2 基本的生活行動の援助
領域3 身体機能への直接的働きかけ
領域4 情動・認知・行動への働きかけ
領域5 環境への働きかけ
領域6 医療処置の実施・管理
2C0101
排泄介助
Ⅰ.定義
排泄用具を用いて,便や尿を排出させること
3
同義語:排尿介助、排便介助、オムツ交換
Ⅱ.対象の選択
・排泄障害のある人
・床上安静、または室内安静が必要な人
・意識障害のある人
・病状のためベッドから出られない人(体力消耗など)
・麻痺のある人
・脊髄損傷の人
・平衡感覚異常のある人
・鋼線牽引している人
・脳槽ドレナージをしている人
・整形外科術直後で症状安静が指示されている人
・体重負荷により骨折の危険のある人(骨転移など)
・排泄自立前の子ども
Ⅲ.方法の選択にあたって考慮する点
・用具:尿器、便器、装着型集尿器、オムツ、ポータブルトイレ
*対象それぞれのゴールを目指して、現在の状態に応じた用具を選択する。その際、
回復を妨げない、症状を悪化させない、苦痛が少ない方法を選択する。オムツは最終手
段としてだけ用いるのではなく、自立に向けた一時的な方法としても使用する。
・体位:安全性と安楽性、および羞恥心を考慮した体位
・場所:プライバシーが確保できる
・環境:臭いが拡散しない
・排泄行動の自立度
Ⅳ.実施に伴って行うこと
1.観察・確認
・排泄パターン:排尿間隔・排便間隔、回数、1 日の排泄のリズム
・尿意・便意、1 回量、性状、尿臭・便臭
・対象者の排泄方法についての反応(考え、気持ち)
2.安全策
・排泄物による汚染を避ける
・治療上、危険で無理な体位は避ける
・固定部位の確保
・自己予防(転倒・転落)
3.照会・報告・対策
・血尿あるいは下血や緑黒色粘液混入便などの発見時
・尿量が少ないとき
4
4.対象への教育
・対象それぞれのゴールの確認
・用具を用いた方法とその必要性
5.心理的支援
・不用意な言動によって自尊心を傷つけないようにする
・プライバシーを守り、羞恥心を最小限にする
Ⅴ.期待される結果
・膀胱部の緊満が消失する
・腹部膨満が軽減する
・すっきりする
・不快感がない
・苦痛がない
・排泄のゴールへの希望が持てる
・排泄の自立に向けてステップアップする
・陰部・殿部のスキントラブルがない
A さん:いかがですか。
B さん:それぞれに、この定義をみて、私だったらこうした内容を加えたいというのがある
のではないでしょうか。おそらくこれらの看護行為の定義はあくまでも基本形を示したミ
ニマムな定義ではないかと思います。もしこれら基本形の用語に関してこれ以上の発展形
を考えるとするならば、コクランがしているように、研究を通じて各行為のエビデンスを
積み重ねて評価することではないかと思います。
C さん:それは実践に携わっている方々にとっては最も欲しい情報だと思いますし、取り組
みとしては一つのまとまった研究に値するような大掛かりな作業になりますね。
A さん:他にはどうですか?
D さん:そうですね。例えば、わたしだったら期待される結果に「排泄へのゴールへの希
望がもてる」というのがありますが、希望がもてるような介助の仕方について知りたいで
す。というのも一つの看護行為がもたらす効果や、看護を受ける人にとってももつ意味に
は複数あり、単に排泄ができたというだけでなく、その人の尊厳や生きる意味にもつなが
るような実践もあると思うからです。
たとえば、急性期医療の場では人工呼吸装着中の患者さんへのケアがそうですが、熟練
のナースはおむつ交換をしつつも、患者さんの不安を軽減し、患者さんが自己統制感を取
り戻せるようなコミュニケーションをとっている・・・という例もあります。
B さん:実際の看護場面では、一つの場面でいくつもの看護行為が重層的に提供され、全体
として複数の効果を達成しているのが現実ですよね。
A さん:看護行為分類はあくまでも行為について記述したものであり、それを看護実践とし
5
て行う場合には、これらの看護実践の特性を理解しておかなければ、技術だけが専行して
しまうということになりかねませんね。
D さん:その意味では、看護実践のありのままを記述することも重要だと思います。そう
することではじめて文脈のなかでの看護実践の構造が見えてくるのだと思います。
B さん:あと、先の用語集とも比較してみると、看護学のすべての分野にかかわる共通の用
語がとりあげられているとは思いますが、抽象度がかなり違うということがいえますね。
C さん:行為分類のほうが具体的です。
A さん:つまり JANS 学術用語検討委員会では、学的基盤に関する抽象的な用語と、看護
行為に関する具体的な用語とが定義されているということになります。
学術用語の利用状況
A さん:さてこれらの学術用語がどのように利用されているのか。2016 年の 5 月、看護学
学術用語に関する制作物の利用状況および日本看護科学学会の学術用語の検討に関する活
動についてのニーズ調査をしました。振り返ってみましょう。
C さん:学術用語はどのくらいの認知度があったのかしら。
B さん:はい。報告いたします。調査開始時点での日本看護科学学会の会員は 7,765 名(そ
のうちエラーメールは 164)で、1 ヶ月間の調査期間で最終的に 840 名が回答してくれまし
た。回答者は教員が全体の 68.5%、看護師が 21.0%でした(以下、看護学を構成する重要
な用語集は「重要な用語集」
、看護行為用語分類は「行為分類」とします)
。
重要な用語集、行為分類ともに認知度は約 50%でした。利用状況についてはいずれも「使
ったことがある」人の割合が 1/4 程度でした。
「使ったことがある」人と「使ったことがな
いが今後つかってみたい」人をあわせると、重要な用語集が 53%、行為分類が 43%で、重
要な用語集のほうが多かったです。
調査結果データ
1.認知度:重要な用語集、行為分類ともに認知度は 50%程度であった。
看護学を構成する重要な用語集
知っていますか
看護行為用語分類
知っていますか
【無記入】
0%
【無記
入】
1%
知らな
い
52%
知って
いる
48%
知らな
い
52%
6
知って
いる
47%
1.利用状況:
「使ったことがある」人の割合は 1/4 程度。「使ったことがある」
「使った
ことはないが今後使ってみたい」を合わせてみてみると、重要な用語集のほうが多
い。
看護学を構成する重要な用語集
使ったことはありますか
【無記入】
28%
看護行為用語分類2005
使ったことはありますか
使ったことが
ある
25%
使ったことがな
い
19%
【無記入】
28%
使ったことはないが
今後使ってみたい
28%
使ったこと
がある
23%
使ったことはな
いが今後使って
みたい
20%
使ったことがない
29%
2.関心のある用語
重要な用語集のほうが含まれているとの回答が多い。
看護学を構成する重要な用語集
関心のある用語は含まれている
か
【無記
入】
45%
看護行為用語分類
関心のある用語は含まれている
か
はい
41%
はい
51%
【無記
入】
54%
いいえ
4%
いいえ
5%
3. 用語の定義
「はい」と「いいえ」の回答の割合をみると、重要な用語集のほうが「いいえ」の割合が高い。
7
看護学を構成する重要な用語集
用語の定義は十分か
【無記
入】
47%
看護行為用語分類
用語の定義は十分か
はい
37%
【無記
入】
56%
はい
29%
いいえ
15%
いいえ
16%
4.研究・教育・実践での利用の可能性
いずれも重要な用語集のほうが高い。教育、研究、実践で比較すると、教育での利用の可能性が
最も高いことがわかる。共通して、研究と実践での利用に関して「いいえ」の割合が高まっている。
看護学を構成する重要な用語集
研究に役立つか
【無記
入】
46%
看護行為用語分類
研究に役立つか
はい
47%
【無記
入】
56%
いいえ
9%
いいえ
7%
看護行為用語分類
教育に役立つか
看護学を構成する重要な用語集
教育に役立つか
【無記
入】
45%
はい
35%
【無記
入】
55%
はい
52%
いいえ
3%
はい
42%
いいえ
3%
8
看護行為用語分類
実践に役立つか
看護学を構成する重要な用語集
実践に役立つか
【無記
入】
48%
はい
33%
はい
40%
【無記
入】
57%
いいえ
10%
いいえ
12%
「関心のある用語は含まれていますか?」との問いに「はい」と答えた方は、重要な用
語集で 5 割、行為分類で 4 割でした。「定義は十分ですか?」の問いは、「はい」と「いい
え」の割合だけでみると、重要な用語集のほうが「いいえ」の割合が高い。会員にとって
重要な用語集のほうが関心のある用語が含まれていて、さらに明確な定義を求めている様
子がうかがえます。
研究・教育・実践での利用の可能性いずれも重要な用語集のほうが高い。教育、研究、
実践で比較すると、教育での利用の可能性が最も高いことがわかります。また教育よりも、
研究、実践で「いいえ」の割合が高まっていることを考えると、研究や実践で使用できる
ほどには定義が十分になされていないということになります。
C さん:重要な用語集、教育に関心が向けられるのは、教育関係者が多いということもある
のでしょう。
D さん:会員がもっと明確な定義を望んでいるということは伝わってきますね。
A さん:引き続き用語の検討が必要だということは確認できましたね。
9