代数学入門 参考資料 0 2016 年度後期 工学部・未来科学部 1 年 担当: 原 隆 (未来科学部数学系列・助教) § はじめに — 「整数」の織りなす神秘の世界 ■整数論の思考法: ピタゴラス数を巡って 定義 (ピタゴラス数) 等式 x2 + y 2 = z 2 を満たす 整数の組 (x, y, z) ̸= (0, 0, 0) を ピタ ゴラス数 Pythagorean triple と呼ぶ。 特に、x, y, z の 最大公約数が ±1 となるようなピタゴラス数を 原 始的ピタゴラス数 primitive Pythagorean triple と呼ぶ。 サモス島のピタゴラス Pythagorus at Samos 例: 有名なピタゴラス数としては (x, y, z) = (3, 4, 5), (5, 12, 13) などが知られている。 注 ピタゴラス数の概念の根底にあるのは明らかに直角三角形に関する ピタ ゴラスの定理 Pythagorean theorem (または 三平方の定理 ) y z (底辺)2 + (高さ)2 = (斜辺)2 である。ピタゴラス数を見つけることは、3 辺の長さがすべて 整数 となる もの を見つけ出すことに他ならない。 x 雑談 (ピタゴラス教団について) 古代ギリシア哲学は 万物の根源(アルケー)は何か? と言う 根本的な問への回答を模索する形で発展した。「万物の根源は水である」というタレスの主張など は非常に有名である。ピタゴラスは 万物の根源は 数 である との思想の下、ピタゴラス教団と呼 ばれる宗教結社を率いて数学の研究を進めた。ちなみに、ピタゴラス教団の言う「数」とは 自然数 1, 2, 3, . . . のことであり、ものを数える際に用いられる根源なる数である自然数を用いて万物は記述 出来るはずだとしたのである。したがって、ピタゴラス教団に於いては 直角三角形といえば 3 辺の 長さが (3, 4, 5) のもの、(5, 12, 13) のもの、. . . . . . しか存在しなかった (!) ことになる。 ところで、ピタゴラスの定理を使えば、底辺および高さが 1 の直角三角形の斜辺の長さが √ 2と なるように、容易に 無理数 に遭遇することとなる (中学校の数学でも、おそらく平方根の概念と三 平方の定理は同時期に学習したことであろう)。当然ピタゴラス教団の中でも、ピタゴラスの定理を 用いて 整数ではない辺の長さを持つ直角三角形が存在すること に気付いた者がいた。しかし、ピタ ゴラス教団の掲げる思想の下では、各辺の長さが 整数という「美しい数」で表せない数となる三角 形など存在してはならなかった のである。そこで教団は、そのことを進言した者を殺害し、「各辺の 長さが整数でない直角三角形の存在」を闇に葬り去った、という逸話が残されている。ピタゴラス教 団は、我々が想像するよりも過激な組織であったようである。 なお、驚くべきことに、ピタゴラス教団が活躍する遙か以前 (紀元前 1900 年–1800 年頃) に、バビ ロニアに於いて √ 2 の値の近似計算を行っていたと見られる粘土板が発掘されている。 ピタゴラス数の性質を少し調べてみよう。 命題 (x, y, z) がピタゴラス数であるならば、x, y のうち少なくとも一方は偶数いである。 余りに注目する x, y, z は 奇数(2 で割って 1 余る数)か 偶数(2 で割って 0 余る数)の 一方に必ず分類される (!!) ⇝ x2 + y 2 と z 2 を 4 で割った余り に注目してみよう □ ⋆ 「余り」による分類 は整数論の常套手段 【証明の方針】 ⇝ この考え方を徹底して追求して登場するのが 合同式 の概念 babababababababababababababababababab 本講義の目標 ⋆ 高校の『数学 A』で学んだ「整数の性質」を 「余り」による分類 の考え方や 合同式 を用いて再考察し、より深く理解し直す ⋆ (初等) 整数論の応用例 (RSA 公開鍵暗号、ガウスの整数とフェルマーの最終定理の 話題など) について理解する 参考 ちなみにピタゴラス数を見つける方法は、かなり昔から既に知られている; 定理 (ピタゴラス数の決定) ( ピタゴラス数 (x, y, z) は、整数 m, n を用いて (x, y, z) = m2 − n2 , 2mn, m2 + n2 ) と表さ れる。 例: (m, n) = (2, 1) ⇝ (x, y, z) = (3, 4, 5), (m, n) = (4, 3) ⇝ (x, y, z) = (7, 24, 25), (m, n) = (3, 2) ⇝ (x, y, z) = (5, 12, 13), (m, n) = (7, 4) ⇝ (x, y, z) = (33, 56, 65), . . . . . . ピタゴラス数を決定する問題は古来より考えられており、上述の定理はギリシアの数学者ディオ ファントスによる著書『算術(アリスメーティカ)』にも記されている。この本を愛読書としていた フランスの数学者ピエール・ド・フェルマーが、本の欄外に人騒がせな書き込みをしたことから巻き 起こった フェルマーの最終定理 Fermat’s last theorem を巡る騒動は非常に有名。この辺りの話題 は、頑張れば今の皆さんの知識でも取り組むことが出来るとは思われるが、ガウスの整数 Gaussian integers を学習してから振り返ると非常に見通しが良くなるので、講義の終盤でガウスの整数を扱っ た後に再度触れることにしよう (お楽しみに)。 「そんなの待てない!! 直ぐにでも証明を知りたい!」という意欲的な (或いはせっかちな) 方は、例え ば一時期ブームを巻き起こした 結城浩著『数学ガール —フェルマーの最終定理』(SB クリエイティ ブ) の第 2 章を参考にして自力で挑戦してみよう。自力で証明を考え出す程の自信が無くても、読み 物感覚で流し読みするだけでも面白くてためになる本だと思います。
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