日本の平安時代における『萬葉集』伝来史の超域的研究

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東洋大学人間科学総合研究所 2015 年度活動報告
■若手研究者支援研究チーム①
日本の平安時代における『萬葉集』伝来史の超域的研究
研究チームの研究課題名
日本の平安時代における『萬葉集』伝来史の超域的研究
ユニットリーダー
池原陽斉(奨励研究員、文学部日本文学文化学科・非常勤講師)
研究分担者名
客員研究員
古田正幸(福島工業高等専門学校准教授)
※2016 年 3 月まで。現在は宮城学院女子大学学芸学部日本文学科准教授。
研究計画の概要
『萬葉集』は飛鳥時代後期(7世紀後半)から編纂が始まり、幾度かの編纂の過程を経て、奈良時代
後期の8世紀後半にほぼ現在の形になったと見られる文献である。
完成したのは平安時代初期と思しい
が、概ね奈良時代に成立した文献と見做してよい。
しかし、
『萬葉集』の原本は現在に伝わらない。現存する伝本は、いずれも平安時代以降のものであ
る。これら平安時代の伝本(現存するもの散佚したものを含めて)が享受され、平安時代以降の和歌
や物語に影響を与えていく。
『人麿集』や『赤人集』といった萬葉歌人の名を冠した私家集はその最た
る例であるが、
『萬葉集』の平安時代における影響はそれだけに留まらない。
たとえば、
『源氏物語』
「末摘花」巻の文章が、萬葉歌人・山上憶良の「貧窮問答歌」を下敷きとし
て書かれていることが指摘される(鈴木日出男「源氏物語と万葉集」
、
『国文学 解釈と鑑賞』第51巻
第2号、1986年)ように、その享受の層は広く深い。平安時代の側から『萬葉集』を捉え直すことは、
日本文学文化のありようを検討するに当たって、重要な意味を持つ。
その一方で、
『萬葉集』には長い研究の歴史があり、それは『源氏物語』や『古今和歌集』といった
平安時代の代表的な文学作品も同様である。両者を横断してその影響関係を論じていくことは、個人
の力ではなかなかなし得ないことである。
そこで、
『萬葉集』研究を専門とする池原と、
『源氏物語』と平安私家集を専門とする古田が、それ
ぞれの専門性を生かし、協力して平安時代における『萬葉集』伝来史の一端を解明しようともくろみ、
取り組んだのが本研究である。
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日本の平安時代における『萬葉集』伝来史の超域的研究
当該年度の研究活動
平安時代中期(10世紀後半)に編纂された私撰集『古今和歌六帖』は、総歌数約四千五百のうち、
約4分の1を『萬葉集』所収歌が占めている。平安時代中期における『萬葉集』の享受・伝来を考える
うえで重要な文献であり、大久保正、佐竹昭広らの研究成果がある。
このうち、佐竹の研究(
「萬葉集本文批判の一方法」
、
『萬葉集抜書』岩波現代文庫、2000年、初出1952
年)は『六帖』所収の萬葉歌を、
『萬葉集』の漢字本文を読解した成果と認めるもので、
『萬葉集』の
本文研究に大きく寄与したものである。しかし、半世紀が経過した現在、批判論文も提出されるよう
になっており、改めてその価値を検証し直す必要がある。
そこで、
「仮名文献による『萬葉集』本文校訂の可能性―佐竹昭広説の追認と再考」を執筆し、この
問題に取り組み、
『日本文学文化』第15号(東洋大学日本文学文化学会、2016年2月)に掲載した。
また、
『萬葉集』の享受が指摘される平安中期の歌人・藤原長能(徳植俊之「藤原長能の和歌―そ
の歌風形成と特質について」
、
『国語と国文学』第87巻第10号、2010年)について、その歌集『長能集』
の注釈的研究に取り組んだ。今後、注釈をさらに進展させていく予定である。