52 東洋大学人間科学総合研究所 2015 年度活動報告 ■若手研究者支援研究チーム① 日本の平安時代における『萬葉集』伝来史の超域的研究 研究チームの研究課題名 日本の平安時代における『萬葉集』伝来史の超域的研究 ユニットリーダー 池原陽斉(奨励研究員、文学部日本文学文化学科・非常勤講師) 研究分担者名 客員研究員 古田正幸(福島工業高等専門学校准教授) ※2016 年 3 月まで。現在は宮城学院女子大学学芸学部日本文学科准教授。 研究計画の概要 『萬葉集』は飛鳥時代後期(7世紀後半)から編纂が始まり、幾度かの編纂の過程を経て、奈良時代 後期の8世紀後半にほぼ現在の形になったと見られる文献である。 完成したのは平安時代初期と思しい が、概ね奈良時代に成立した文献と見做してよい。 しかし、 『萬葉集』の原本は現在に伝わらない。現存する伝本は、いずれも平安時代以降のものであ る。これら平安時代の伝本(現存するもの散佚したものを含めて)が享受され、平安時代以降の和歌 や物語に影響を与えていく。 『人麿集』や『赤人集』といった萬葉歌人の名を冠した私家集はその最た る例であるが、 『萬葉集』の平安時代における影響はそれだけに留まらない。 たとえば、 『源氏物語』 「末摘花」巻の文章が、萬葉歌人・山上憶良の「貧窮問答歌」を下敷きとし て書かれていることが指摘される(鈴木日出男「源氏物語と万葉集」 、 『国文学 解釈と鑑賞』第51巻 第2号、1986年)ように、その享受の層は広く深い。平安時代の側から『萬葉集』を捉え直すことは、 日本文学文化のありようを検討するに当たって、重要な意味を持つ。 その一方で、 『萬葉集』には長い研究の歴史があり、それは『源氏物語』や『古今和歌集』といった 平安時代の代表的な文学作品も同様である。両者を横断してその影響関係を論じていくことは、個人 の力ではなかなかなし得ないことである。 そこで、 『萬葉集』研究を専門とする池原と、 『源氏物語』と平安私家集を専門とする古田が、それ ぞれの専門性を生かし、協力して平安時代における『萬葉集』伝来史の一端を解明しようともくろみ、 取り組んだのが本研究である。 53 日本の平安時代における『萬葉集』伝来史の超域的研究 当該年度の研究活動 平安時代中期(10世紀後半)に編纂された私撰集『古今和歌六帖』は、総歌数約四千五百のうち、 約4分の1を『萬葉集』所収歌が占めている。平安時代中期における『萬葉集』の享受・伝来を考える うえで重要な文献であり、大久保正、佐竹昭広らの研究成果がある。 このうち、佐竹の研究( 「萬葉集本文批判の一方法」 、 『萬葉集抜書』岩波現代文庫、2000年、初出1952 年)は『六帖』所収の萬葉歌を、 『萬葉集』の漢字本文を読解した成果と認めるもので、 『萬葉集』の 本文研究に大きく寄与したものである。しかし、半世紀が経過した現在、批判論文も提出されるよう になっており、改めてその価値を検証し直す必要がある。 そこで、 「仮名文献による『萬葉集』本文校訂の可能性―佐竹昭広説の追認と再考」を執筆し、この 問題に取り組み、 『日本文学文化』第15号(東洋大学日本文学文化学会、2016年2月)に掲載した。 また、 『萬葉集』の享受が指摘される平安中期の歌人・藤原長能(徳植俊之「藤原長能の和歌―そ の歌風形成と特質について」 、 『国語と国文学』第87巻第10号、2010年)について、その歌集『長能集』 の注釈的研究に取り組んだ。今後、注釈をさらに進展させていく予定である。
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