異世界に召喚され、男子勢が王女に惚れる中、唯一

異世界に召喚され、男子勢が王女に惚れる中、唯一女騎
士に惚れた俺氏 緋澄
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︻小説タイトル︼
異世界に召喚され、男子勢が王女に惚れる中、唯一女騎士に惚れ
た俺氏 ︻Nコード︼
N0603DK
︻作者名︼
緋澄
︻あらすじ︼
突如光に包まれ、ランガ王国という異世界に転移する事となっ
チート
を得るべく、異世界で生きる
た高校2年生︱︱宮西悠とそのクラスメイト。
だがそんな中、数多くの
為にとチートを2つ程与えてくれようとした神でさえも欺いた宮西
1
悠は結果オーライで5つのチートを手にする。
イレギュラーにイレギュラーが重なるハードな異世界ライフ。彼
の命運はどうなるのか︱︱!?
剣と魔法が存在する異世界アクションファンタジー!!
アルファポリス様でも投稿してます
`*︶
http://www.alphapolis.co.jp/co
1∼5話程度先に投稿しているので宜しければ︵*´ω
ntent/cover/534065755/
2
1話 異世界召喚
﹁はぁ⋮⋮可愛い彼女が欲しい⋮⋮そして癒されたい⋮⋮﹂
みやにしゆう
放課後の終礼に担任の教師が教室へやって来るのを待ちながら、
頬杖を木造の机でつきながら鬱々と宮西悠は呟いた。
﹁全く⋮⋮良いご身分だな、悠さんよぉ。猫被りまくった学校での
お前なら告白すれば彼女の1人や2人出来るだろうが﹂
さくらいあ
盛大に皮肉を込めながら悠の机に苛々とした空気を振り撒きなが
きと
ら歩み寄りバンッ、と机を両手で叩いたのは悠の幼なじみの桜井彰
斗だ。
ツーブロックの髪型に、鋭い目付き。
そしてガタイの良い体から不良? とよく呼ばれがちだが、実際
はロマンチックな恋を夢見るキモい男だという事は悠と彰斗だけの
秘密となっている。
﹁うっせぇな、彰斗。猫被って何が悪いってんだ⋮⋮それにしても、
こう⋮⋮ピーンと来るような女性は居ないものかねぇ⋮⋮﹂
﹁ピーンと来るようなってどんな女だよ⋮⋮。ま、猫被るのが悪い
とは言わないが⋮⋮はっきり言ってキモいぞ? 何が﹁大丈夫かい
3
?﹂だよ。キモすぎてゲロ吐くかと思ったわ﹂
嘆息しながら彰斗は先日、日直だった同級生の女の子が運ぼうと
した大量のプリントの山を然り気無く手を差し伸べ、キモいセリフ
を口にした悠の真似をした。
﹁わぉ、お前のその顔でそのセリフはキモすぎだわ⋮⋮お巡りさー
ん!! ここに変態がいまーす!﹂
﹁うるせぇ!! 黙れ糞野郎。⋮⋮それにしても未希ちゃんおっせ
ぇな﹂
﹁確かに今日は何時もよりも遅いな⋮⋮ミキティー何してんだか﹂
未希ちゃん、ミキティー。等と様々なあだ名を持つのが悠や彰斗
の担任である結月未希だ。
低身長に加え、童顔。そして生徒達へのフレンドリーな態度から
全生徒から人気の女性教師である。
ティーチャー
未希ちゃんと呼ぶのは殆ど男子生徒だけで、女子生徒や一部の男
子からは未希と先生を組み合わせたミキティーというあだ名で呼ば
れていたりする。
未希は背が低い為、生徒に紛れていても違和感がない。
4
そんなことあってもしかしてもう教室に居たりする?
という考えの下、悠は周囲を見回してみるが視界に飛び込んでく
るのは談笑したりする他生徒達だけだ。
﹁あれ? マジでいないんだけど。ミキティーがどこいったか彰斗
知らね?﹂
﹁テメー、人の話聞いてたか? 俺がお前に聞いたよな? だった
ら俺が知ってるわけねーだろうがバカ﹂
頬杖を崩し、後ろ頭をボリボリ掻きながら尋ねると、こめかみに
青筋を浮かばせながら彰斗が罵倒を吐いた。
̶̶もっと男なら爽やかにならないと。女の子にモテないよ?
という天然か、はたまた敢えて言っているのか、神経を逆撫でる
悠の発言に彰斗の苛立ちゲージが振り切れた。
﹁あぁ、いいぜ、やったろーじゃねぇか!! 俺だってそこそこモ
テんだよ。見とけ悠。数分後、テメーの笑う顔を拝む事になるだろ
うがな!﹂
﹁ちょ、彰斗。それ失敗します宣言だよね? ゴメン、俺が悪かっ
た。考え直せ彰斗。俺はお前にフラれる歴16年のレッテルをはり
たくないんだ!﹂
﹁うっせー!! こうなりゃ、やけくそだ。やけくそ!﹂
5
心なしか、小さな涙を浮かべていた彰斗を止めに入るが、彰斗は
女子生徒達数人が固まって談笑している場所へと向かっており、悠
の言葉は届かない。
̶̶もう、ダメだ。
そう思った刹那、ガラリと教室のドアが開かれた。
﹁はぁ⋮⋮ホンット、職員会議ってどうしてあんなに長ったらしい
んだろうね! はーい! ホームルーム始めるよー! 座って座っ
てー!﹂
悠や彰斗の担任教師である結月未希だ。
̶̶教師がそんな発言していいのか?
とクラスメイト達の心中は一致し、視線が集まるがそんな事は全
く意に介さず、ホームルームを始めようと席に着くように促した。
はーい、や、うぇーい。等と伸びた返事を教室内に響かせ、次々
と自分の席に着席していくが、突として教室が光に包まれる事とな
った。
突拍子のない不思議現象に皆、素っ頓狂な声を上げるが教室内に
居た人間は1人残らず、なすがままに光に飲み込まれていった。
6
7
1話 異世界召喚︵後書き︶
ノリで書き始めた小説ですが、楽しんで頂けたら幸いです♪
8
2話 カミサマ
﹁⋮⋮どこだ? ここ⋮⋮﹂
先程まで悪友である彰斗と談笑のような事をしていた筈だった悠
はいつの間にか、辺り全てが白に染まった奇妙な空間に佇んでいた。
﹁おー、やっと気がついたか。後がつっかえてるんでさっさと説明
済ませるから耳の中、かっぽじって聞けよ?﹂
﹁⋮⋮は? ちょ、アンタ⋮⋮誰? それに⋮⋮ここは何処だ?﹂
﹁だから、それを含めて話すから聞けって言ってんだろうが﹂
少し、荒い口調にて無精髭を生やした齢30程の男性が地べたに
胡座をかきながら言い放った。
悠は周囲を見回すが、見慣れたクラスメイト達の姿はなく、
オッサンと自分だけの2人となっていた。
9
﹁お前らはランガ王国ってところに異世界召喚される事になったん
だ。んで、俺は地球のカミサマってもんをやってんだが、異世界を
治めているカミサマの力がこれまた強くてな⋮⋮。強引に異世界へ
と召喚される事となったお前らを地球に引き留めておく事が出来な
かったんだ﹂
﹁⋮⋮異世界⋮⋮だと!? うおおおおおおぉぉぉ!! チートだ
! チート! チートをくれんだよな? そうなんだよな?﹂
地球にいた頃からライトノベル等を読み、異世界に憧れる少年A
であった悠にとって目の前のオッサンが言っている事は渡りに船だ
った為、喝采をあげていた。
﹁チートっつーのか? まぁ、異世界の神から全員にスキルを2つ
だけ与えろって言われてるな﹁いやいやいや、2つと言わず、10
個くらい下さいよ!!﹂﹂
後ろ頭を掻きながら複雑そうな面持ちにてオッサンがスキル、と
口にするがその与えられる数に不満であった悠は割り込むようにし
て土下座のポーズを取りながらまくし立てる。
﹁あのな、俺も一応はカミサマなんだ。そんな1人だけ贔屓して、
突出させるわけにゃいかねぇんだよ。だから大人しくスキルを2つ
10
﹁そこを何とかお願いしますッ!! 靴でも何でもペロペロ舐めま
すからあああぁ!!﹂﹂
大人の対応を求めるオッサンの思う通りにはいかず、悠は粘り強
くも複数のチートを貰えるよう頼み込んでいた。
﹁あのさ、お前って人間の誇りとか無いの? そんな見ず知らずの
相手の靴を﹁誇りを持ってたらチートを沢山くれんのか!? あぁ
ん!? 違うだろ!? 誇りなんてもんはそこら辺の犬に食わせた
わ!!﹂﹂
呆れ混じりに悠に向かって言葉を発するが、返ってきたのは誇り
を捨てた欲望に忠実な人間の怒声だった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
そして悠がひたすら大量のチートを懇願し始めて数時間後。
ふと、思い付いたかのような表情をオッサンこと地球のカミサマ
とやらが浮かべた直後、思いもよらない言葉が彼から言い放たれた。
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﹁そんなにチートが欲しいのなら⋮⋮少し、ゲームをしようじゃな
いか。賭け金は君に与えられるであった2つのチート。そして景品
は⋮⋮そうだな。元々、スキルも私が適当に選び与える筈だったの
だが、
̶̶̶̶5つのチートとそれらを幾万とあるスキルの中から自由
に選ぶ権利を与えよう。さぁ、どうする? 宮西悠君よ﹂
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3話 ポーカー
﹁⋮⋮ゲーム?﹂
﹁あぁ、そうだ。リスクを負ってスキルを手に入れるのなら平等だ
ろう? 別にこの提案は拒否してもいいし、受けてもいい。どうす
るよ?﹂
やったろーじゃねぇか
⋮⋮で、ゲームは何のゲームなの?﹂
﹁⋮⋮ふっふっふ、うぉっしゃああぁ!!
ぁ!
カミサマの思いもよらない提案に喝采をあげながら悠は食いつい
た。
︵全員、スキル2つ貰えるのならどうせ、そのままスキルを2つ貰
って召喚されても所詮モブキャラ止まり。ならば、一世一代の賭け
に出るのが男だろうがよおおおぉ!!︶
﹁⋮⋮そうだな⋮⋮何か勝負にもってこいのゲームを君が提案して
くれ。俺が提案したらインチキ等と負けた際に文句を言うだろ?﹂
ニヤニヤと意地の悪そうな笑みを向けるカミサマに向かって、ま
13
さにその通りの行動をしようとしていた悠は胸中でチッ、と舌打ち
をかましていた。
﹁⋮⋮そうだな⋮⋮ポーカーなんてどうだろうか。トランプって物
を使うんだが⋮⋮﹂
﹁ポーカー⋮⋮ポーカー⋮⋮了解した。ルールも一通り今覚えたか
らさっさとやろうか﹂
視線を上へと泳がせ、ポーカーと何度か復唱してから何処からか、
1組の赤と白が基調となったトランプを取り出していた。
どうやってルールを一瞬の間に覚えたのか?
という疑問が頭の中に浮かぶが、カミサマ相手にその質問は
野暮だろうと思い、喉元にまで迫ってきていた言葉を悠は飲み込ん
だ。
﹁ほら、確認しな。何も特に仕掛けをしていないが、後々文句を言
われてはかなわんからな。あぁ、君が折り曲げたり印を付けようと
すれば問答無用で君の負けとなるぞ﹂
そう言ってイカサマをさせないようにと事前に注意をし、持って
いたトランプを差し出した。
14
直後、それをぶんどるようにして奪い、やろうと思っていた事を
禁止された憤った子供のような態度を取りながらじっくりと目を通
していくがそれらの行動は全てブラフ。
注意されたからといって、カミサマ相手にイカサマ抜きで勝てる
とはつゆ程も思ってはいなかった悠はイカサマをする気満々である。
︵イカサマ禁止ぃ? 馬鹿じゃねーの!? 勿論、やるに決まって
んだろうが!! だが、こうも監視されているとあからさまなイン
チキは出来ねぇ⋮⋮。仕方ない、親役を適当にこじつけるなりして
俺がやろう。イカサマ方法は⋮⋮ボトムディールでいこう︶
1枚、1枚丁寧にトランプのカードを確認していく姿を監視され
セカンド・
ていた事もあり、悠はデックからトランプを配っていく際にトップ
。
カードを配るように見せかけてその実、2枚目を配る
ディール
ではなく、4枚の同じカードの塊̶̶ボトムを作ってデックの一
番下にセットし、トップカードを配ると見せかけて1番下のカード
を配り、何の苦労もなくフォーカードを手に入れる事が可能なボト
ム・ディールを悠はチョイスした。
15
不機嫌そうな態度を振り撒き、イカサマをあたかもしないように
見せかけるという布石を打ちつつも親になれるようにとカミサマに
話し掛けた。
﹁なぁ、アンタがトランプを配るとインチキされる気がするんで俺
が配ってもいいか?﹂
﹁インチキをする気は更々無いが⋮⋮まぁ、別に構わんよ﹂
カミサマがイカサマをする事を懸念しているような口振りだが、
実際は自分がイカサマをする為の布石である。
カミサマ相手にこのクズっぷり。
将来は良い詐欺師になれる事だろう。
そしてカードの確認を始めて数十分。
ふんだんに時間を使い、確認をすると同時にエースの4枚の塊̶
̶ボトムをデックの一番下に仕込んだ悠は腰を下ろしながら口を開
16
き、スキルを賭けたポーカーが始まった。
﹁それじゃあ、配るぞ﹂ 17
4話 根っからのクズの実力
ボトム・デ
というイカサマ方法を実行するべく行動していた。
ポーカーを提案した悠は、フォーカードを得る為に
ィール
チート
スキルの為ならばカミサマとの神聖なる勝負だろうと手段をいと
わない根っからのクズである悠は考え無しにポーカーを提案したワ
ケでは無かった。
地球でどこにでもいそうな男子高校生をやっていた頃、毎週のよ
うに悪友である桜井彰斗と毎週末に賭け事をやっており、その際に
使われていたのがポーカーだったからだ。
負ければ1000円のハンバーガーセットを奢る、という勝負で
あったが、男子高校生の懐事情はかなり苦しいのだ。
その為、彰斗と悠はポーカーを使って勝負していたが最早、ポー
カーでのイカサマ勝負となっていた。
ボトム・ディール
を実行しようとふぅ、と
そして、彰斗とのイカサマポーカー勝負にて培った中でも特に完
成度に自信があった
一息吐いてから悠はデックの一番下にセットした4枚のエースの塊
18
̶̶ボトムを移動させずにあたかも、まんべんなくシャッフルして
いるように見せかける。
それを30秒程続け、万を辞して口を開いた。
﹁それじゃ、配るぞ﹂
言葉を発した直後の#ディール︳︳配る︳︳#動きはもう、光速
といっても良いほどに速く、そして手慣れていた。
ボトム・ディール
の完成度はプロのそれであり、イカサマを
トランプを5枚ずつ配る際に用いた時間は僅か3秒。
する為だけに鍛え上げられたその技術はもう絶句ものだ。
カミサマと勝負にイカサマを刹那の逡巡もなく使用しようと決断
し、行動に移した今の悠の姿を彰斗が見れば間違いなく、こう言う
だろう。
̶̶̶̶お前、根っからのクズだわ。と。
しかし異世界に加え、チートというロマンの前であれば汚名だろ
うが、ドブだろうが何でも被るのが宮西悠という人間である。
19
イカサマを使用したというのにも拘わらず、平然と素知らぬ顔で
﹁さ、やろうか。交換は1度だけだからな﹂と言い放っていた。
その表情はもう、熟練の詐欺師の顔であった。
クズという言葉以上の彼にピッタリな言葉があるだろうか? い
や、ない。
﹁1回だけか⋮⋮分かった。なら、俺は全て捨てよう﹂
何の躊躇いもなく持っていた5枚を全て捨てていたカミサマ。
その捨てたカードには1つだけペアが出来ており、嘘だろ!? ブタじゃねーの!? と内心驚くが、それを顔に出すようなヘマを
熟練のイカサマ師がする事はなく、心を無にしながら手札にあった
エース以外のカードであるハートの5を捨て、山から1枚引いた。
手にしたのはスペードの4であったが、フォーカードというブタ
が当たり前の1回交換の制限付きポーカーにしてはもう、ぶっ壊れ
レベルに最強な役を手にしていた悠に焦りは欠片もない。
﹁よし、それじゃあ、見せるぞ﹂
20
不安をそそるような満足気な顔を浮かべるカミサマの表情に多少
の愁いが湧き出るものの、フォーカードだぞ? と胸中で連呼しな
がら悠が応じる。
﹁ふははは!! 全世界のカミサマに愛されしこの宮西悠の手札を
見て驚きやがれっ! オープンッ!!﹂
21
5話 倍プッシュ
﹁おりゃあああぁぁ!! エースのフォーカードだ! スキルは頂
いたああぁ!!﹂
威勢良くそう叫ぶと同時に悠は手札にあった5枚を柄が見えるよ
うに地面へと叩きつけた。
イカサマをしていた彼の表情端々には隠しきれぬ下卑た笑みが浮
かんでおり、傍から見れば完全に悠が悪役だろう。
トランプをシャッフルする役を配る役と兼任していた悠はどんな
事が起ころうとストレートが出ず、かつ、同じ数字が続かないよう
にシャッフルした筈だったが
﹁くくっ、良い役のところ悪いな。俺もフォーカードだ﹂
憎たらしい程に晴れやかな笑みを浮かべるカミサマのカードは
10のハート
10のスペード
10のクラブ
10のダイヤ
そしてハートの2だった。
22
恐らく目の前に居るルールを覚えたてのカミサマは知らないのだ
ろう。
役は同格であるが、勝負では負けているという事を。
だが、勝負では勝ったものの、どうにも消しきれない愁いが頭の
中を渦巻いていた。
︵⋮⋮嘘だろっ!? ちゃんとフォーカードとストレートは絶対に
来ないように仕込んでおいた筈なんだが⋮⋮あり得ねぇ⋮⋮︶
実はこの根っからのクズこと宮西悠はあろう事か、デックにまで
仕掛けを施していたのだ。
その為、100%勝負が始まる前から決まっていたというのにギ
リギリの勝利。という事に止めどなく考えれば考える程に疑問が湧
いてしまっていた。
﹁なぁ、役が同じだとどうなるんだ? 引き分けか?﹂
神聖なる勝負にイカサマが使われていた事を全く知らないカミサ
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マは首を傾げながら尋ねてくる。
絶世の美人。や、可愛い幼女。といった思春期の男子高校生が思
い浮かべそうな女神がすると先程の30程のオッサンカミサマの行
為も可愛い。と思えるが、髭を生やしたオッサンがやると誰得なん
だよ⋮⋮。と突っ込んでしまいたくなるものだ。
その為、あまり見たくもない仕草を目にした事によって悠の吐き
気ゲージが少々だが、確実に上昇していた。
﹁役が同じ場合は、役を作ったカードを比べるんだ。2が最弱でエ
ースが最強。よって俺の勝ちだ。何なら調べてもらっても構わない﹂
手札をメンコでもやるかのようにパシィ、と地面に叩きつけてい
た時のふざけた雰囲気はすっかりなりを潜めており、真剣な表情に
て言い放っていた。
﹁⋮⋮あー、本当のようだな⋮⋮俺の負けか⋮⋮約束は約束だ。そ
れじゃ、スキルの用意をするぞ﹂
24
てっきり、イカサマチェックでも入るかと思っていたが拍子抜け
する程にあっさりと自分負けを認めたカミサマを唖然と見詰めてい
たが何故か悠の頭には先週、彰斗が言い放ったとあるセリフが頭の
中で反響していた。
̶̶̶̶ふふふ、今回の賭けは俺の勝ちのようだな。だが、今日
の俺は一味違うぜ? ⋮⋮このハンバーガーセットの権利を使って
⋮⋮
倍プッシュだ!!
悠と彰斗の賭けは通常、ハンバーガーセットを奢るだけだったの
だが、彰斗が提案してきたのは1000円のハンバーガーセットを
奢ってもらう権利を手にした今、その権利を上乗せしてのもう一戦。
勝てば2000円のトンカツ定食。
負ければ先程の白星はなかった事になる。という勝負だった。
結局、欲を出した彰斗は無残に散ったが、悠は何故かその出来事
を思い出していた。
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﹁いいや、まだスキルは選ばない。手にした5つのスキルを使って
⋮⋮
̶̶̶̶倍プッシュだ!!﹂
26
6話 漸く
﹁⋮⋮倍プッシュだぁ?﹂
﹁あぁ、そうだ。今手にしたスキルを使って更にスキルの量を﹁駄
目だ﹂⋮⋮へ?﹂
例え高校生だと言っても心は一端のギャンブラーな悠はスキルを
賭けてもう一戦。
と、提案するがそれはあっさりと却下された。
﹁勝負をする以前に言っただろう? 後がつっかえている、と。こ
れでも結構忙しい身でな。もし、どうしても勝負がしたいのなら君
がスキルを選ぶ為に確保していた時間を充てる事になるがどうする
?﹂
カミサマは右手をぷらぷらと振りながら悠の様子を窺っていた。
要するに、もう一戦するのならスキルを選ぶ時間がないので自分
で選ぶ権利が消えるぞ?
という事だろう。
それを数十秒かけて理解した悠は、何故か得意気にふふん、と鼻
息を振り撒きながら
27
﹁そりゃ勿論⋮⋮
̶̶̶̶倍プッシュ発言取り消しで!﹂
先刻まで頭の中を支配していたギャンブラー魂はどこへ行ったの
か。
自由に選べる5つのスキルとランダムで選ばれる10個のスキル。
どちらがよりお得か、というのを瞬時に見極めた悠は一瞬の躊躇
いもなく、発言を取り消していた。
勝負に勝つ前提で話を進めていたのは根っからのクズにのみ、な
せる技だろう。
﹁⋮⋮くくっ、そうか。そうか。なら、スキルを早く選べ﹂
口角を吊り上げながらパチン、と右手で指を鳴らす。
直後、膨大な数のスキル⋮⋮というよりも最早、文字の羅列が部
28
屋全体を支配した。
一応、魔法なら魔法。
体術は体術と項目別で分けられていたものの、それでも部屋を支
配した文字の羅列の量は計り知れない。
﹁⋮⋮多すぎだろ﹂
つい、そんな言葉が洩れるがカミサマは悠の呟きに反応する事な
く、ニヤニヤと意地悪そうな笑みを浮かべながら動向を眺めている
だけだ。
恐らく、スキル選びに関しては一切口を出すつもりが無いのだろ
う。
一応、平等という言葉に重きを置いているらしいカミサマに
一番便利なスキルは?
等と聞いてもまともな返答を貰えないだろうな。
と思いながら、悠は細分化された項目の1つ、1つに目を通して
いった。
29
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
﹁それじゃ、これと⋮⋮これと⋮⋮あとこれと、あれと⋮⋮あれだ﹂
一体、何分⋮⋮いや、何時間も時間を掛けてスキル選びに熱を入
れていた悠は、やっと決まったのか、床や天井。そして壁等に存在
していたスキルを指差しながらカミサマに伝えていた。
﹁⋮⋮へぇ⋮⋮まぁ、俺からは何も言うつもりは無いが⋮⋮悪くは
ないと思うぞ﹂
﹁そりゃ、どーも﹂
腕を組ながら未だに胡座をかいていたカミサマに悪くはない、と
いう評価を頂いた悠は反射的に軽く会釈する。
﹁んじゃ、結構時間が掛かったが転移させるぞ⋮⋮ま、今度ポーカ
ーをやる時はお互いイカサマ無しでやろうや﹂
30
口角を上げ、カミサマは勝負の際に見せていたカードを悠に見せ
つけながら転移をさせようと行動に移す。
カミサマが手にしていたカードをよく、よく見てみるとまるで幻
覚でも見せられていたかのように4枚の10のカードが4や、3と
いったカードへと変化していった。
﹁なっ!?﹂
﹁スキルは久々に楽しませて貰った駄賃だ。俺の前で堂々とイカサ
マをする度胸は認めるが、相手は選べよ?﹂
まさかの告白に悠は開いた口が塞がらなくなっていたが、そんな
事はどこ吹く風だ。
と言わんばかりに悠は転移する光に包まれ、姿を消していた。
31
7話 出会い
カミサマによって転移させられた悠は、気がつくと西洋風の大広
間に立ち尽くしていた。
なんとか7世
みたいな感じの王様がふんぞり返
それはまさに、昔、世界史の資料集に鼻毛を生やしたりと盛大に
落書きを施した
っていた部屋そっくりだった。
﹁⋮⋮やっべ⋮⋮異世界にハンバーガー売ってっかな⋮⋮﹂
異世界に召喚され、開口一番の悠のセリフは何とも緊張感を感じ
させないものであった。
日々、色褪せた毎日をだらだらと送っていた彼にとってはハンバ
ーガーセットギャンブルが一番の楽しみであったが為にそんな心配
事を口にしていた。
﹁おい、もっと他に言うべき事があるだろうが⋮⋮﹂
呆れ混じりに悠に向かって言葉を言い放ったのは最近、ハンバー
ガーセットギャンブルで負けが込んでいた桜井彰斗だ。
32
転移の光に包まれた直後、まるで全員が同じタイミングで召喚さ
れた形となっていた。
カミサマとの会話が間にあったにも拘わらず、タイムラグ0の現
状に驚いていたものの、事前にカミサマから説明があったので﹁何
が起こったんだ!?﹂等とわめき散らす事もないのだ。
その上、学校での座席の丁度後ろがリア充共だった事あって培わ
れていた周囲の会話スルースキル[レベルマックス]によってこれ
以上なく冷静に淡々と彰斗と悠は会話していた。
﹁他か⋮⋮出来れば美人な王女様でありますように⋮⋮とか?﹂
﹁おっ、悠もたまには良い事を言うじゃねーか。そうとも、美人な
王女を俺が上手くたらしこみ、そこから始まる俺のリア充ライフ!
! 50歳までの人生計画は今、立て終わったわ﹂
﹁⋮⋮クズだな﹂
﹁お前にだけは言われたくねーよ!!﹂
適当に思い浮かんだ事を口にするが、これが意外とビンゴだった
らしく彰斗は得意気な顔で淡々とクズ思考を述べていく。
33
このまま放置するとマジで50歳までの人生計画を語りかねない。
そう判断した悠は蔑むような眼差しを向けながら盛大にブーメラ
ンを決めていた。
﹁それにしてもよ⋮⋮普通、﹁や、やったぞ! 勇者召喚成功だ!
! これでこの国も安泰だ!﹂ってモブ共が叫ぶなりしてからの⋮
⋮﹁ゆ、勇者様方。お願いします! 私のこの体を好きにして貰っ
ていいので、どうか私共をお助けください!﹂ってセリフを言われ
る筈だろ?﹂
﹁⋮⋮なぁ、彰斗。それ、ツッコミ待ちなのか? ⋮⋮まぁ、それ
はさておき⋮⋮俺ら以外誰も居ねぇな﹂
演劇魂でも急に燃え上がったのか、彰斗はアルトボイスでどこぞ
のオッサンのような声を出した直後、吐き気を催してしまう程にキ
モく甲高い裏声で、キャピキャピと空想上に存在する王女の真似を
都合の良いセリフに変えながら言い放つ。
ぼーっと突っ立っていた悠であったが、今一度周囲を見回し、目
に飛び込んできたのは華美な装飾が施された中世の西洋のような大
広間と担任である結月未希ことミキティーやクラスメイトの面々。
そして妄想の激しい彰斗だけであった。
34
床へと視線を移せば何やら召喚の際に使われたであろう青く描か
れた円形状の魔法陣が存在するだけ。
要するに、悠達を召喚した人間が居ないのだ。
だが、そんな事を考える時間も束の間。
悠達が召喚されて数分後、大広間に唯一存在した幅が4m程の無
駄に大きな扉がガチャリ、と音を立たせながら開かれた。
﹁ねぇ、本当に勇者様方はここにいらっしゃるの?﹂
﹁文献によれば間違いない筈です。私共が王家に代々伝わるあの召
喚部屋に立ち入った状態では不具合が起こった、という言い伝えも
ありますし、前々からご説明した通り遠隔地からの召喚でなければ
⋮⋮﹂
白銀のティアラを頭に乗せ、純白のドレスを身に纏った金髪碧眼
のいかにも西洋。
といった特徴を持った端正な容姿の少女は騎士甲冑に身を包んだ
女性に向かって険しい表情を向けながら部屋へと足を踏み入れてい
35
た。
36
8話 リア王
﹁な⋮⋮なんだあの美少女は⋮⋮神々しすぎて前が見えないぜ⋮⋮﹂
扉が開かれた直後、姿を現した純白のドレスに身を包んだ女性を
目にした悠のクラスメイトの男子勢は皆、見惚れていた。
悠の隣にいた彰斗も例に漏れず、眩しそうに日除け代わりにと手
で目を覆うが口とは裏腹に実は見てたいのか、日除け代わりにして
いた右手からは大きな隙間が空いていた。
﹁確かに美少女だなぁ⋮⋮﹂
別にここで
̶̶いや、全然可愛くなくね? ぶっちゃけブスじゃないか?
等と嘘を吐く理由もなかったので悠は素直に同意していた。
直後、そうだろう、そうだろう。
と自分の事でもないのにも拘らず、得意気に首肯する彰斗の行動
にツッコミたくなるが刹那、全員の注目を集めていた女性が一度、
咳払いをしてから悠達に向けて口を開いた。
37
﹁私はランガ王国第1王女。リシャラ・ランガと申します。この度
は私共の都合により、誠に勝手ながら召喚の儀を執り行わせて頂き
ました。⋮⋮本当に申し訳ありません⋮⋮﹂
前口上を述べ、目元に小さな涙を浮かばせながらティアラを頭に
乗せた女性が謝罪をする。
̶̶あれ? ライトノベルとかにありがちな傲慢王女じゃないの
? 滅茶苦茶良い子じゃん!!
と内心、べた褒めしていた悠に対してクラスメイトの男子共はど
こぞの過保護な親を彷彿させるようなセリフを言い放っていた。
事実、彰斗は﹁わわわっ、あ、頭を上げて下さい! 悪いのは貴
方じゃない。悪いのは全て王様だ!﹂
等とまだ顔も見たことがない王様をディスりながら頭を上げて貰
おうと奮闘していた。
﹁あ、有難うございます⋮⋮こんな何の取り柄もない私に優しくし
て頂けるとは⋮⋮これ程嬉しい日がありましょうか⋮⋮﹂
38
主に男子共から慰められていた王女は社交辞令のような言葉を予
め決めていたかのように一切の迷いなくスラスラと口にしていく。
その容姿で何の取り柄もない。
って言われても皮肉にしか聞こえないぞ?
等と、呆れていた悠の熱だけが段々と男子勢の中で唯一、冷めて
いっていた。
﹁いやいやいや、王女様はもうそれは美しく、人類の宝と言っても
くれやまみのる
過言じゃないです! 何でもお申し付け下さい。貴女様のナイトで
ある、この不肖紅山稔は精一杯尽くさせて頂きます!﹂ だが、王女の言動には悠を除く男子共がまるで打ち合わせでもし
というアダ名が定着していた紅山稔だ。
ていたかのように否定する最中、王女のナイトだ! と名乗りあげ
リア王
た男が居た。
学校では
稔はどこかの大企業のお坊ちゃんならしく、常日頃から数人の取
り巻きがひっつき虫のようにくっついているのだが、頭が回らない
リア王
と命名したのはリア充大嫌いを地で行く
取り巻き共と稔は良いように自己解釈していた。
何を隠そう、
39
彰斗である。
稔達はリア充の王を短縮させて
ているが、実際は大間違いだ。
リア王
と呼ばれていると思っ
リア王
を安直にも稔
幾多の悲劇に見舞われ、哀れな最後を遂げた主人公リアの物語で
ある、シェイクスピアの4大悲劇の1つの
リア王
に登場する登場人物達もだいたい皆死ぬように、
の不幸を祈ってアダ名にあてた、というのが事実である。
それは
取り巻きのお前らもウザいからさっさと黙れよ。
という意味も込められたとっても奥が深いアダ名であった。
取り巻き共が﹁お似合いですよ!﹂とおだてている光景を前に、
すっかりと気が萎えてしまった悠はカミサマに貰ったスキルってど
うやって使うんだろ⋮⋮と思いながら周りを見渡していた。
その際に、視界へと飛び込んできたのは、茶髪ロングヘアーの女
騎士であった。
40
精緻に整った勝ち気な容姿にやや吊り上がっていたしばみ色の瞳。
言葉を交わさずとも感じられる凜とした雰囲気等、王女とは違っ
たタイプであったが、その女性の騎士を目にした悠の頬にはほんの
りと薄紅が差していた。
41
9話 玉砕
﹁⋮⋮やばい、ピーンときちゃったわ。てか、美人すぎないか⋮⋮﹂
女騎士を凝視しながらも、無意識のうちに悠はそう言い放ってい
た。
﹁おぉ、悠にもあの可愛さが分かるか! 覚えとけ? その気持ち
が⋮⋮恋だ!﹂
﹁可愛い? ⋮⋮美人が一番マッチしてる気がするが⋮⋮まぁいい
や。⋮⋮そうか、これが恋か﹂
彰斗の視線の先には王女。
しかし、悠の視線の先には女騎士。
会話が噛み合わないのは自明の理であったが、生まれてこの方一
度もリア充になった事のない彰斗に諭されながらも自分の気持ちを
認知していっていた。
彰斗と悠が会話をしている最中も紅山稔ことリア王とその腰巾着
共は王女へ必死のアプローチをしていたがそんな光景は一切気にす
る事なく、悠が一世一代の大勝負に出ようとした。
42
﹁なぁ、彰斗⋮⋮俺、ちょっとプロポーズしてくるわ﹂
﹁なんだぁ? まぁ、悠の初恋を応援したいのは山々なんだが俺も
あの王女ちゃんに惚れてしまって⋮⋮へ? おい、今、プロポーズ
するとか言わなかったか!? せめて告白にしろよ! 飛躍し過ぎ
だボケ!! ⋮⋮お、おい? ちょ、ちゃんと人の話は聞こうぜ?
な? な? って無視すんなあああぁぁ!﹂
思い立ったが吉日。
つい先刻程前に女騎士に一目惚れした悠は直ぐ様、告白よりも何
段階もグレードアップした行為を行動に移そうと恋愛に関してはピ
ュアなハートを持った彰斗の叫びを無視しながら王女の隣にて直立
不動で待機している女騎士の下へと歩を進め始めた。 ﹁おい、何だよ宮西。お前も王女様に惚れたクチか? だが残念だ
ったな、王女様は既に稔君にベタ惚れ状態だ⋮⋮ん?﹂
勿論、女騎士の下に向かう場合は王女の隣に居るのだから最短距
離で行こうとすればリア王とその腰巾着共と王女の間を横切る事に
なる。
周りがちゃんと見えてればそんな事はせずに、キチンと迂回をす
あかいしとおる
るのだが、全く周りが見えていなかった悠はそのまま横切ろうとし、
腰巾着の1人̶̶赤石透に話しかけられていた。
43
その光景を前に悠も自分と同様、王女に惚れているとばかり思っ
ていた彰斗は﹁あちゃあ⋮⋮﹂と目を手で覆いながら言い放ってい
た。
だが、その際にまたしても手の指と指の間にちゃんと大きな隙間
を作っているがそこは彰斗クオリティ。
王女を横切った事で透も何がしたいんだ? こいつ。と言わんば
かりの素っ頓狂な声を上げた透だったが、そんな彼を一切気に留め
ず不思議そうな顔を浮かべる女騎士と相対した。
しかし、そんな彼女の表情もドストライクだったようでプロポー
ズをする事に微塵の躊躇いも無かったのだが、起こそうとしていた
行為をさらに急き立てる事となっていた。
︵ぐはぁっ!! 何、その表情⋮⋮天使か!? 天使なのか!? 畜生、可愛過ぎるぜ⋮⋮︶
そして、一度気持ちを落ち着かせようと深い息を吐いてから
﹁あ、あの⋮⋮貴女に一目惚れしました!﹂
﹁⋮⋮は?﹂ 44
悠はありのままを伝えるのだが、そんな事を全く知らない女騎士
は咎めるかのように冷たく訊き返す。化粧っ気のない整った容姿に
はどことなく苛立ちめいたものが現れており、傍から見ても悠への
彼女の好感度は0だと誰でも断言出来ただろう。
﹁そ、それで⋮⋮その⋮⋮俺と⋮⋮じゃなくて、僕と清い結婚を前
提としたお付き合いを⋮⋮﹂
﹁⋮⋮私はリシャラ様の剣でありリシャラ様を守る盾だ。すまない
が、男にうつつを抜かす気は無い。それに、お前みたいな軟弱そう
な奴は頼まれても御免だ﹂
お前は思春期の中学生か!
と離れた場所で悠のセリフに対して彰斗がツッコミを入れていた
が、それは人知れず虚空に呑まれていた。
少々、幼さが感じられる突拍子のない一世一代のプロポーズを右
手を突き出しながら実行に移したが、見事に一刀両断された事で悠
は膝から崩れ落ち、両手で頭を抱えて蹲った。
45
10話 ステータス
﹁そういじけるなって⋮⋮﹂
の
を
一瞬の躊躇いなく、一刀両断された事で見事玉砕してしまった悠
はよてよてと覚束ない足取りで部屋の隅へと移動し、床に
ひたすら右手の人差し指で書いていた。
﹁⋮⋮俺はいない者として扱ってくれないだろうか﹂
友人の見事な玉砕っぷりを遠目から眺めていた彰斗は励まそうと
駆け寄るが、肝心の悠はひたすら呪詛のように同じ言葉を呟くのみ。
女騎士の下から離れる際にもその言葉を悠が言い放っていたから
か、召喚されたランガ王国の現在の状況等、王女が同情をさそうよ
うな口調で言い放っていた。
﹁おいおい、お前の持ち味だったあのしつこさはどうしたよ!? 負けても尚、ギャンブルを止めようとしないあの屈強な精神は何処
に行った! ストーカーは犯罪だが、フラれたからなんだ! まだ
46
色々とやりようはあるだろうが! お前の恋はまだ始まったばかり
だろ! 元気だせよ悠!!﹂
そんな彰斗の言葉を遠くから聞いていた女子生徒は
̶̶ただ、止めるに止めれなかっただけじゃないの?
と言わんばかりの呆れを孕んだ眼光を容赦なく浴びせてくるが、
他人の視線等に鈍い悠と彰斗が気づく筈もなく、悠は彰斗の言葉に
元気づけられていた。
﹁ま⋮⋮まだ始まったばかり⋮⋮そうだな⋮⋮助かった、彰斗。危
うくこれからの時間を全てニートのように引きこもろうかと考えて
たよ⋮⋮。もう少し頑張ってみるぜ﹂
先程まで光を失っていた瞳が徐々に光を取り戻しつつあったので、
̶̶お前、まだ何も頑張ってないよな?
という野暮なツッコミ台詞が頭に浮かぶが、彰斗はゴクリ、と人
知れず言葉を飲み込んでいた。
47
﹁手始めに⋮⋮俺は後でミキティーに相談してみるよ﹂
﹁何故、そこで未希ちゃん!?﹂
﹁独身歴が一番長いミキティーの起こそうと思った行動の裏を掻き
続ければ上手くいくんじゃないかな? という俺の浅はかな考えだ﹂
﹁浅はかって自分で言っちゃったよ!﹂
先程まで、世に絶望してしまったような表情を浮かべていた友人
が少しばかりクズでアホな言動を普段通り言うようになった事で安
堵した彰斗は先程までガン無視していた王女の言葉に耳を傾ける。
﹁̶̶というワケなのです。どうか、私共を助けて下さい⋮⋮﹂
だがしかし、重要そうな話の全ては既に話終わってしまったよう
で耳を傾けるが既に時遅し。
クラスメイトだった男子共の五月蝿い喝采が聴覚を支配していた。
アホ
﹁ぐおおおおぉぉ⋮⋮なんてこった⋮⋮悠に気を取られてたせいで
マイエンジェルの言葉を聞き損なっちまったあああぁぁ!! 何を
するのか全く知らねぇが俺も手伝うぜ! うおおおおおぉぉ!!﹂
勿論、その喝采には彰斗も加わっていた。
48
対して女子は単純、バカ、これだから男ってやつは⋮⋮等と冷や
やかな視線と共に罵倒を男子達に投げつける。
そして、いつまでもこういじけるワケにはいかねぇな。
と、普段の調子をすっかり取り戻した悠が立ち上がった直後、一
番気になっていた言葉が耳に飛び込んできた。
と思い浮かべて貰っても宜しいでしょうか? 魔王
﹁皆さん⋮⋮本当に有難うございます⋮⋮。早速なんですが、まず、
ステータス
と戦う為にも光属性の使い手をキチンと把握しておかなければいけ
ませんので⋮⋮﹂
49
11話 ハズレチート
﹁ステータスって思い浮かべりゃいいのか⋮⋮よし、どんなスキル
をあのカミサマがくれたのか気になってたところだしな⋮⋮﹂
ステータス
と思い浮かべようとしていた。
王女の言葉を聞き取っていた彰斗がそう口にした直後、時同じく
して悠も
しかし、目を爛々と輝かせていた彰斗とは裏腹に既に自身のスキ
ルを知っていた悠の表情の端々に浮かぶのはちゃんとくれたよな?
という懐疑心だけだ。
ステータス
と思い浮かべた。
だが、だらだらといつまでも悩んでいたって仕方がない。
という事で意を決して悠は
ステータス
名前 宮西悠
スキル 雷魔法
治癒魔法
召喚魔法
転移魔法
スペシャルセット×1
50
全言語理解
鑑定
﹁⋮⋮お、おぉ⋮⋮﹂
ステータスと思い浮かべた直後、自身の目の前にホログラフィー
のようなものが浮かび上がり、感嘆の声を思わず洩らす。
それと同時に、安堵のため息を続けて吐き、安心感に浸っていた。
スキル選びの際、一度だけ悠がカミサマから忠告を受けており、
それあって体術や剣術といったスキルを取得していなかった。
やはり、それらは人智を超越したチートという存在をもってして
も、経験に勝るものは無いらしく、どうしても剣を使いたい。もし
スペシャルセッ
くは、強くなりたいと思うのならば、地道に努力をしろ。
と助言されていた。
。
スキルを取得する際に悠が一番気になっていた
ト
大事な生命線とも言えるスキルの枠を1つ消費してしまうが、便
51
スペシャルセット
を選んで
利なアイテムが数個程詰め合わせとなったものらしく、そこまで他
に欲しいスキルも無かったので悠は
いた。
そして、見覚えの無い全言語理解や鑑定はおまけみたいな物だろ
う。
と勝手な自己解釈をし、自分を納得させた後、悪友である彰斗は
どうだったのかと気になり、視線を向けるが
﹁ぬおおおおおおぉぉ⋮⋮何で⋮⋮何で⋮⋮料理スキルなんてもん
があるんだよおおおおおおぉぉ!?﹂
スキルがキチンと存在していた事に安堵していた悠とは反して彰
斗は恨みがましくうめき声を上げていた。
カミサマとスキルを賭けたギャンブルをしていないであろう彰斗
は恐らく2つのスキルしか与えられていない筈。そしてその中の1
つが料理スキルだった。
そう瞬時に理解した悠はまるで先刻の自分のように頭を両手で抱
える友人の肩をそっと手を乗せ
52
﹁⋮⋮あー、その⋮⋮なんだ⋮⋮今後、頑張ってれば多分、良いこ
とがあるさ﹂
﹁うっさいわ!!﹂
励ますが見事、失敗に終わった。 53
12話 久保田静香
ステータスの確認が一通り終わり、勇者︵笑︶は誰になったのか
な? と思い浮かべながら悠と彰斗が周囲を見渡すと何故か剣呑な
雰囲気に辺りは包まれていた。
悠は彰斗の料理スキル以外のスキルである火魔法をひたすら持ち
上げまくる事で元気づけていた為に周りの変化を機敏に察知する事
が出来ていなかったのだ。
﹁あれっ? 何? この空気⋮⋮﹂
頓狂な声を上げながら物憂げな表情を浮かばせながら悠はキョロ
キョロと首を右、左にと曲げると先程まで王女がいたであろう場所
辺りに生徒達が密集している事に気がついた。
そして、続くように怒声があがった。
﹁何でお前みたいな奴が光魔法の使い手なんだよッ!!﹂
﹁⋮⋮うっざ⋮⋮なりたくてなったワケじゃないんだから仕方がな
いだろうが⋮⋮﹂
54
怒号を撒き散らしていたのはリア王こと紅山稔の腰巾着である赤
石透であった。
くぼたしずか
そして透の右腕の先には胸ぐらを掴まれ、不機嫌そうな顔で透を
静香
という名前でから
宥めながらも毒を吐いている久保田静香がいた。
昔、男なのにも拘わらず、女のような
かわれた事があるらしく、積極的に人と関わろうとしなかった故に
学校ではすっかり孤立し、1人で読書をしているイメージが周囲に
こびりついてしまっていた男子生徒だ。
インドアだからか、彰斗のようにガタイは決して良いとは言えず、
どちらかと言うと痩躯という言葉がピッタリである。眼鏡をかけ、
勤勉そうなオーラを醸し出している活字中毒であるが、それの前に
ゲーマーでもあった。
始まりは高校1年生の時のゴールデンウィーク最終日の午後11
時。
高校生ならば既に追い出されているであろう時間帯であったが、
某ゲームセンターの格ゲーの台にて悠と彰斗が静香と出会って以来、
仲の良いゲーム仲間となっていた。
55
高校1年生の頃からのゲーム仲間が苦しんでいるところを見過ご
せなかった⋮⋮ではなく、何でも首を突っ込む癖がある悠は渦中で
あった場所へと向かって歩を進めて行き、
﹁おいおい、リア王の腰巾着さんよぉ! ウチの静香ちゃんをイジ
メないでもらおうか。ホラホラ、静香ちゃんも君の事を怖がっテグ
フッ!!﹂ 助けようとしていた静香に殴られていた。
しかも胸ぐらを掴まれていた筈だったのだが、静香ちゃんとおち
ょくった直後、直ぐにひっぺがしていた為に﹁なら、初めからそう
しとけよ﹂と付け加えるように小さな声で悠は発していた。
﹁おい、悠! 何度言ったら分かるんだよ。静香ちゃんって呼ぶな
といつも言ってるだろうが!﹂
﹁ひ⋮⋮ひでぇ、折角助けてやろうと思ったのにこの仕打ち⋮⋮﹁
今のはお前が悪い﹂⋮⋮うえっ!? 彰斗は静香の味方すんの!?﹂
右頬を押さえながら理不尽な攻撃を繰り出した静香に向かって抗
議するが、面倒事に首を突っ込んでいた悠の後を追いかけていた彰
56
斗の思いもよらない言葉によって形勢不利へと陥っていた。
しーちゃん
って呼ばないと駄目だってグフッ!!﹂
﹁あたりめーだ⋮⋮だからいつも言ってるだろ? 静香ちゃんじゃ
なくて
﹁⋮⋮お前ら⋮⋮マジでいい加減にしねぇとぶん殴るぞ?﹂
﹁⋮⋮いや、既に俺ら殴られてんすけど⋮⋮﹂
彰斗が得意気に訂正するが、それすらも静香は気にくわなかった
ようでボディに重い一発を食らわせていた。普段は悠と彰斗がそう
口にする事はないのだが、口にするのは決まって何かをはぐらかす
時や静香を落ち着かせようとする時のみだ。
その為、おふざけと静香も分かっているのである程度手加減をし
ていたりする。
傍目からは到底予想も出来ないだろうが、先程の行動は一応じゃ
れあっているだけなのだ。
﹁で、どうしたんだよ静香。面倒事は避ける事で有名なお前がリア
王の腰巾着に絡まれてるなんてよ﹂
﹁⋮⋮あー、えっとだな。俺のスキルに光魔法ってのがあってな。
で、腰巾着さんはリア王以外に光魔法を使える人間が居ることが気
にくわないらしい﹂
̶̶えっ? どうして腰巾着が静香のスキルを知ってるんだ?
57
と当たり前の疑問が浮かぶが、そう言えば王女が自分に伝えろと
言っていたっけか。思い出し、1人で納得していた。
そして、あー、面倒くせぇなそれ。
等と思いながらうんざりしていた静香を同情していると腰巾着の
主である稔が悠達の下へと歩み寄っていた。 58
13話 裏ランキング
﹁光魔法の使い手が2人。いいじゃないか、戦える人間は出来る限
り多い事に越した事はないだろう? 何が問題なんだい? 透﹂
歩み寄ってきた稔は作り笑みのような表情を浮かばせながら小首
を傾げる。
向かってくる途中、髪を掻き上げる仕草をしていたのだが、世間
で言うイケメンフェイスである稔の場合はさまになっており、﹁こ
れだからイケメンは⋮⋮﹂と彰斗は毒を吐いていた。
﹁えっ? ⋮⋮それは勿論、稔君以外に勇者が似合う人はいな⋮⋮
いや、何でもない。騒いでごめん稔君⋮⋮﹂
似合う人はいない。
そう言い切る前に稔から向けられていた眼光に耐えられなくなっ
たのか、透はあっさり引き、頭を下げていた。
﹁透が迷惑を掛けてしまったみたいだね。本当にすまなかった⋮⋮
だが、これからは共に背中を預けて戦っていかなければならない。
⋮⋮だから、これで手打ちにしてもらえないかい?﹂
﹁⋮⋮チッ⋮⋮別にそこまで気にしては無い。今度から気をつけて
貰えればそれで十分だ﹂
59
というものが密かに
爽やかな笑みを浮かべながら稔は頭を下げるが、それが逆効果だ
裏ランキング
という事に彼は気づいていない。
悠達が在籍するクラスでは
行われていた。
それは、決して人前では言えないランキングである。
綺麗な女子生徒ランキング、モテる男子生徒ランキング。
それらが人目に晒されたとしてもさほど問題ではない、と思える
程に裏ランキングの内容は酷く、そしてゲスい。
ぶっ殺したくなる程にウザい生徒の行動ランキング
の断ト
そして彰斗が情報収集にあたった第3回裏ランキングの項目であ
った
ツ1位であったのが
稔
リア王が謝る時などに見せる爽やか∼な笑顔であった。
ちなみに、裏ランキングに情報を提供してくれた生徒は稔は勿論、
彼の腰巾着。そしてキャーキャー五月蝿い頭がわいてる女子生徒を
除いている為、裏ランキング自体、偏見といっても過言ではない。
忌々しそうに舌を鳴らし、精一杯敵意を取り除いた言葉を発した
60
静香は稔の近くに居たくないのか、直後、逃げるようにして距離を
取っていった。
そんな揉め事を眼前に、王女であるリシャラはオロオロしながら
泣きそうな表情で見守っていた。
男子生徒は王女の行動を見て癒されていたのだが、女子生徒の何
人かは﹁あざとい⋮⋮﹂と毒づいていた。
﹁⋮⋮で、では! 光魔法の使い手も分かった事ですし、召喚した
ばかりで体もお疲れでしょう。皆さんの部屋となる場所へとご案内
致しますので私についてきて下さい!﹂
解決したのを見図って王女は口を開き、ててて、と小走りで部屋
の扉の下へと向かっていった。
61
14話 プレゼントボックス
リシャラ王女に案内された部屋は6畳程のクローゼット、ベッド、
そして勉強机のような木造の机のみが備わった無駄な物が一切置か
れていない所であった。
異世界においても、時間の概念はあるようで、現時刻は昼の13
時。
夕方の7時から夕食なので1人1人に使用人として配属されたメ
イドが時間になると呼びに来るとの事。
それまでの6時間は自由に過ごして貰って構わないという事なの
でどうしようかなあ?
とベッドの上に胡座をかきながらも悠は小首を傾げていた。
﹁んー⋮⋮彰斗達と会話する。ってのも悪くはないが、それは深夜
にでもできるよなぁ⋮⋮静香と一緒に彰斗の部屋へ深夜に突撃する
のは決定事項として⋮⋮やっぱ、魔法⋮⋮だよな﹂
深夜に彰斗の睡眠を妨害するのは揺るがないらしく、それを基に
次々と予定を決める。
そして、まず初めに浮かんだのが勿論、魔法であった。
62
ここがどっかの金持ちの家。
というのであれば、部屋の探索といった小学生のような行為に走
っていただろうが、ここは異世界である。
スペシャルセット
を唯一視認出来たのがステータスであ
を
折角イカサマをし、スキルが5つもあるのに何もしないのはアホ
だろう。
と思い、先ずは何よりも気になっている
開封する事にしていた。
スペシャルセット
﹁⋮⋮てか、どうやって中身確認するんだよ⋮⋮﹂
悠が
った。
その為、ステータスと思い浮かべ、目の前に自分のステータスが
記載されたホログラフィーが浮かび上がるのだが、ここからどうす
ればいいのかと頭を悩ませていた。
﹁タップしてもすり抜けるだけだし⋮⋮どうしよ⋮⋮適当に叫んだ
スペシャルセット
の部分をタップし
ら出てくるとかねーかな? 出てこいッ! スペシャルセットッ!
! ⋮⋮おっ、おぉ!!﹂
ホログラフィーに浮かぶ
ても反応無しだった為、手詰まりであったのだが、ふと思い付いた
63
叫ぶ。という行為を実行しようと部屋の外にて待機しているメイド
さんに聞こえる事、覚悟で思い切り叫んだ。
すると、先程まで何も無かった筈の机の上に横3m、縦2mの巨
大なプレゼントボックスが出現する。
プレゼントボックスには丁寧にリボンが結ばれてあり、無駄に包
装に拘った作りとなっていた。 ﹁⋮⋮デカイな! ⋮⋮デカイプレゼントボックスを見ると何故か、
残り物詰め合わせ的な事しか思い浮かばないんだよな⋮⋮﹂
そうグチグチ言いながらもベッドから立ち上がり、出現したプレ
ゼントボックスの包装をほどいていく。
その際に、未だ浮かび上がっていたホログラフィーであるステー
プレゼントボックス
という文字が跡形もなく消えていた事
タスに消えろ! と命じようとするが、自身のステータスのスキル
欄に
に対し、へぇ⋮⋮と感嘆の言葉を洩らしていた。
そしてリボンをほどき、周りを包んでいた包み紙も剥ぎ取ったと
ころでプレゼントボックスの蓋に手を掛けながら悠が御開帳ー! と抑揚のある声で叫んでいた。
64
65
15話 鑑定
プレゼントボックスを開いた瞬間、箱は光の粒子となって虚空に
消えていった。
机の上に残ったのは一本の黒塗りの刀と指輪のようなリング。
そして化学の実験に使用するようなビーカーが5個に閃光弾のよ
うな物が10個程だった。
リングをよくよく見てみればドクロのようなモノを模ってあり、
それを見た悠は
墮天使の右腕
﹁⋮⋮くっ! 静まれッ!! 俺の右手!! ⋮⋮⋮⋮このアイテ
ム達、すんごい厨二心をくすぐってくるな⋮⋮﹂
まず始めに刀。
これがダメだった。
日本でこんな刀を持っていても痛い奴としか思われない。
その為、健全な男子高校生には縁がないアイテムなのだが、実際
に目にするとかつて厨二病を発症してしまっていた悠は抑えがきか
ず、右腕を必死に押さえていた。
しかし、既に黒歴史ノート等。
66
ありとあらゆる厨二アイテムを一度克服していた悠の場合は直ぐ
様、我を取り戻していた。
だが、厨二アイテムの追撃が始まる。
﹁ど、ドクロのリング⋮⋮だ、と!?﹂
と
秘技勇者のただ
アルテ
かつて指ぬきグローブを装着し、加えて安物のドクロリングをメ
リケンサックのように装備してから彰斗と行った
ィメットアッパー
のパンチを圧倒する魔王の|ニンニク臭いただの悪臭︽息吹︾
いう戦闘シーンから始まる遊びに熱中していたのだ。
かつての自分を懐かしみながらも悠は⋮⋮
̶̶右手の中指に装着した。
ふぅ、これで脅威は去ったか。
と去るどころか装備してしまってが、1人安堵のため息を吐いた
直後、閃光弾やビーカーには一切見向きもせずにドクロリングを鑑
定していた。
67
ドクロのリング [詳細] 製作者がドクロ好きだっただけで性能に関してドクロ
は一切関係していない。主にアイテムを収納する事を目的としたア
イテムボックスのコンパクトバージョンである。
﹁⋮⋮おぉ⋮⋮やっぱスペシャルセットは選んで正解だったな⋮⋮
んで他はどんな性能なんだか⋮⋮﹂
スキル選びの際に発揮していた自身のチャレンジ精神を称賛しな
がらも刀、ビーカー、そして閃光弾のような物へ次々と鑑定を使用
していく。
ひがん
緋巌
[詳細] 血を浴びれば浴びる程、切れ味が増す刀。魔物等を料
理する際に使用する場合は切れ味が良すぎて腕がポロリしてしまう
可能性大。
リバイタ
生命のポーション
[詳細] 生物に備わる自然治癒力を活性化させるポーション。
68
死んでなければどんな損傷も一瞬で治せる逸品⋮⋮だと思う。
閃光弾
[詳細] 名前のまんま。閃光弾の説明を求めるような知能指数
が低い人の事など知りません。カミサマもそこまで暇じゃないんで
す。
﹁⋮⋮⋮⋮何、この鑑定結果⋮⋮﹂
そしてそう呆れ混じりに呟き、悠は立ち尽くしていた。
69
16話 転移
﹁⋮⋮えっと⋮⋮気にしたら負けだな。これ﹂
そう呟くと同時に悠は手早く中指に嵌めていたドクロリングへと
刀等を収納していく。
イメージ能力に長けているのも元厨二病疾患者だった事が大きい
だろう。
収納箱のような物を思い浮かべながら手詰まる事なく収納してい
の確認も終わり、優先事項
く姿はまるで魔法という概念が存在する世界にて生きてきたのか!
? と錯覚する程だ。
スペシャルセット
̶̶何をしようかな。
気になっていた
軟弱
というワードが木霊
が早くも終了してしまった悠はそう思い浮かべる。すると何故か女
騎士に唾棄するかのように発せられた
していた。
ステータスを見る限り、魔法という概念は存在してもどこぞのゲ
ームのようなレベルといった概念は異世界でも存在しないのか。
70
と肩をすくめてガッカリしながらも悠は部屋のドアへと向かい、
押し開けた。
﹁あー、居た居た。メイドさーん! 少し気になったんですけど、
ダンジョンってどこにあるか知りません?﹂
ダンジョン
という言葉を悠が発した事に少々、驚いていたよ
能天気な声でドア付近に待機していた白髪のメイドへと尋ねる。
うだったが、コホンッ、と一度咳払いをする事によって落ち着きを
取り戻す。
ダンジョン
という言葉を知っているのか。
﹁ダンジョンはここ、王城から西に10km程離れた場所に存在し
ます﹂
何故、
という余計な質問を挟む事なくメイドは淡々と業務口調にて答え
る。
悠にとっては何故? と聞かれても別に不都合もなかった為、尋
ねてもらって構わなかったのだが、ゲームをやっていたから。とい
う回答しかする事が出来なかったので、胸中では人知れず安堵して
いた。
71
﹁どもどもー! いやぁ、助かりました。ダンジョンがなければど
こで強くなるんだよ、って話ですからね⋮⋮あ、ではでは失礼しま
したー!﹂
軽い馴れ馴れしい口調にて礼を言い、悠は部屋へと戻る。
その際、メイドは何言ってんだ? コイツ。と言わんばかりに眉
根を寄せ、頭の上に疑問符を浮かべていたがそんな事に対して説明
する義理もなかったのでそのまま放置していた。
﹁えーっと⋮⋮西に10km⋮⋮西に10km⋮⋮あ、いけそうか
も﹂
渋面を浮かべながら復唱した後、口角を上げながら呟いた。
﹁̶̶̶̶︽転移︾!!﹂
72
17話 ランガ王国
﹁⋮⋮酷いな﹂
転移魔法を使用し、西へ10km先に飛んだ悠の第一声だった。
異世界と言われ、魔法と剣のファンタジーな世界と連想してしま
っていたが悠の眼前に広がる光景は防壁の役目を果たさんと言わん
ばかりに存在する巨大な鉄製の壁。
周辺には無秩序に建物がひしめいた廃墟のような光景。
人気は無く、錆びた鉄の匂いが漂う退廃的な街並みであった。
その酷い有り様を前に、程なくして悠は天を仰ぐが広がっていた
のは青い空⋮⋮ではなく、灰色の何かが空一面を覆っていた。
先程まで居た王城の辺りに目を向ければ、活気溢れているように
見えるが、だとしても
73
̶̶王城を囲うように存在するこの壁は何なのか。
̶̶自分達が来た世界は想像していたような楽しい場所ではなく、
残酷で、死が身近に感じてしまう世界ではないのか。
先程までの考えを捨てると同時に、ダンジョンは何処だ?
と首を振る。
しかし、視界に飛び込んでくるのは退廃した街と壮大な防壁のよ
うな壁だけだ。
すっかり手詰まりになっていた悠だったが、そんな彼に声をかけ
る人間が1人居た。
﹁⋮⋮見ない顔だね⋮⋮どこかの集落から流れ着いた人かな?﹂
悠よりも少し歳上の男性。
20前後といったところだろうか。
黒いフロックコートを身に纏っており、どことなく気品を感じさ
せる貴族然とした金髪碧眼の男だ
74
何処かで見たことがあるような顔だな。
と思いながらも悠は渋面になりながらも言葉を返す。
﹁⋮⋮えぇ、まぁそんなとこです﹂
﹁申し訳ないね⋮⋮魔族のせいでろくに資材も集められないお陰で
ここ一帯は修理も出来ず、放置するしかなかったんだよ﹂
普段は誰よりもおちゃらけていた悠だったが、目上のそれも初対
面の人間の前ではいつものふざけた調子は影を潜めていた。
﹁この壁⋮⋮は? それに上にある灰色の膜みたいなやつは何なん
ですか?﹂
﹁⋮⋮何も知らないのかい? ⋮⋮そうだね、簡単に言うと魔族が
このランガ王国に入ってこれないようにする結界代わりみたいな物
かな。君の言った灰色の膜のお陰で今はまだ、この壁が役に立った
事はないんだけどね﹂
̶̶良い機会だ。 そう思った悠は金髪碧眼の男性に次々と質問をしていくが、その
質問の内容に彼は目を見張っていた。恐らく常識なのだろうが、召
喚されたばかりである悠が知っている筈もなく、疎い人間と判断し
75
てか彼は苦笑いを浮かべながら話し始めた。
﹁壁がないと民が不安になる、という理由でダンジョンさえも自由
に行き来は出来ないからね。僕個人としては壁はいらないんじゃ無
いだろうか、と思うんだけど⋮⋮生憎、口出しできる人間じゃない
のさ﹂
﹁⋮⋮道理でダンジョンがないワケだ﹂
﹁ん? ダンジョンを探していたのかい? それはすまないね⋮⋮
1月に一度、騎士団が良い素材を求めて探索するんだがその時に遠
目から見てみてくれ。普段はああやって封鎖されてるんだ。⋮⋮今
日あたりに召喚の儀が行われている筈なんだが、それによって召喚
された勇者達がダンジョンを攻略してくれると良いんだがね﹂
自嘲気味に笑う男の言葉を聞き、苦い顔を悠は浮かべるが直後、
男が指を指して場所を教えてくれた為に小さくだが口角を上げてい
た。
﹁⋮⋮へぇ⋮⋮勇者が召喚されるんですか﹂
﹁それも知らなかったのかい!? 国で大々的に知らせた筈だった
んだけどなぁ⋮⋮﹂
うそぶく悠に金髪碧眼の男は、先程よりも驚いてみせた。
76
﹁⋮⋮勇者には期待してるのさ。国の為ではなく、僕個人として⋮
⋮ね。僕には2つ下に妹が居るんだが、その妹に重荷を押しつけす
、、、、
ぎた。僕同様に父も。妹には誰1人として理解者は居ない。僕達が
理解者になってやりたいが、残念な事に僕達ではどうやっても理解
者にはなれないんだ。だから勇者には妹の理解者に⋮⋮妹を救って
やって欲しいんだ﹂ ﹁⋮⋮そうですか。見つかると良いですね。妹さんの理解者が。⋮
⋮では、ここらで俺は失礼させて貰います﹂
悲しそうに語る男にそれだけ告げて、悠はダンジョンの方へ歩き
始めた。
男はそんな悠に﹁長々と話してしまってすまなかった。また⋮⋮
会えるといいね﹂と、口にしてから悠とは反対方向に歩き始める。
そして金髪碧眼の男が悠と別れて数分後、彼に駆け寄る騎士が1
人居た。
、、
、、
﹁王子!! 何処に行っていたんですか! 私達がどれだけ捜した
と⋮⋮﹂
﹁ゴメン、ゴメン⋮⋮ちょっと面白そうな勇者と会話してたんだよ﹂
﹁勇者って⋮⋮召喚の儀は今日ですよ? まだ王城に居らっしゃる
筈です。見え見えの嘘はお止めください﹂ ﹁はははっ、ちょっとしたお茶目なジョークだよ。本気にしないで
くれよ﹂
77
﹁あ、貴方という人は⋮⋮﹂
そんな会話を交わしながらも、王子と呼ばれた男は先程まで悠が
居た場所を一瞥して小さく呟いた。
̶̶̶̶期待しているよ⋮⋮勇者君
78
18話 ダンジョン
﹁来てみたはいいもの、本当に壁で塞がれてるんだな⋮⋮﹂
親切な貴族然とした男性のお陰でダンジョンの目の前と思しき場
所に辿り着いていたが、ランガ王国を囲う巨大な壁によってダンジ
ョンそのものが遮られており、壁に
︻この先、冥府のダンジョン︼
という印がなければ場所はあやふやにしか特定出来ていなかった
だろう。
﹁だが、まぁ⋮⋮俺には関係ないわな⋮⋮︽転移︾!!﹂
僅かな逡巡も無く、悠は丸腰のままダンジョンへと転移する。
転移直後、彼の周囲一帯には赤茶けた岩が広がる遺跡のような場
所に佇んでいた。
そこには人の手が加わった形跡が一切無かったが、悠が転移した
場所が入り口付近だったからか、雨や風にえぐりとられている所も
たた見受けられる。
79
だが、不思議と遺跡のような外観のダンジョンは原理は不明だが
一定の明るさを保っており、視界に困る、といった事は今のところ
は起きないでいた。
﹁武器は⋮⋮いや、魔法だけでいいか。魔力とか上限さっぱりだか
らなぁ⋮⋮今回は様子見って事で危なくなったら直ぐに帰るか﹂
悠には体育の授業にて剣道を一応は習っていたもの、半端な技術
では折角のイカスな刀の質が悪くなってしまうのでは? と思い、雷魔法だけで進もうと決めていた。
そしてどこに続くのか予想不可能のダンジョンにてカツ、カツと
靴の音を木霊させながらひたすら歩き進める。
﹁それにしても、イメージだけで魔法が発動するってのは便利だよ
なぁ⋮⋮ま、詠唱でしか発動しないとかだったらそれはとてつもな
く困るんだがな﹂
自分の発言にくつくつと笑いを溢しながら右手にて小さく雷魔法
を発動させ、バリッ、と音を響かせる。
自身の魔法使用上限がある、等と後先考えずに雷魔法を発動させ
80
ていた悠だったが、
そういえば雷魔法を頭の上で発動させたら髪って逆立つのかな?
と思い、右手を頭の上に持っていこうとした刹那、
﹁ギィギィ﹂
﹁ギギィギィ﹂
数にして凡そ10数体のゴブリンが悠の前に姿を現していた。 81
19話 誤転移
﹁ギィギィ﹂
﹁ギギィギィ﹂
掠れた野太い鳴き声がダンジョンに木霊する。
遺跡のようなダンジョンは周囲を何かが薄く照らしている為、視
界に困る事が無かったので直ぐに視認する事が出来ていた。
悠の目の前に姿を現したのは煤けた緑色の肌を持ち、少々丸みを
おびた体型に見えるものの、生きるために特化されたようなしなや
かな筋肉。
空気にさらしている肌という肌は無数の傷痕が刻み込まれており、
歴戦の戦士といった佇まいである。これが誰しもが鼻で笑う魔物だ
ろうか?
否。
手にしていた、やけに使い込まれている得物や、遠目からではよ
く分からなかったが近づいてきている今ならハッキリと悠は断言出
来る。
̶̶コイツらが雑魚という立場なら、人間はとうの昔に滅んでい
82
るだろうと。
悠に近づいてきているゴブリン共の全長は約2m程。
それが10数体である。
背中には気持ち悪い汗が滝のように流れていたが、悠の頭には女
騎士に残酷にも告げられた﹁軟弱﹂という言葉が反響するのみだ。
それと同時に、自分にダンジョンの場所を教えた貴族然とした男
性に腹を立てていたがそれはお門違いというモノである。
金髪碧眼の彼が教えた場所は︻冥府のダンジョン︼
それは貧弱な人間でも武器を持てば倒せる魔物など、ごまんとい
るだろう。
しかし、悠が今いるダンジョンは︻終末の神殿︼
かつて人間が全盛期を誇った時代に召喚された勇者が5人でパー
ティーを組んでやっと最下層近くまで辿り着いた伝説のダンジョン
である。
かつての勇者達が居れば、現魔王にも太刀打ち出来たんじゃない
のか?
と謳われる程だ。
83
金髪碧眼の男性が教えた場所は王国を囲う鉄の防壁に接していた
︻冥府のダンジョン︼であったが、転移魔法をまだ1度しか使って
ないにも拘わらず、慢心していた悠は誤転移してしまい地下7km
先に位置する︻終末の神殿︼に転移してしまっていた。
目の前で自身を値踏みするゴブリン共に臆していた悠だったが、
脱軟弱を掲げていた彼に撤退という2文字は存在しない。
ふぅ、と深い息を吐き、心を落ち着かせてから奮い立たせるよう
に猛り叫ぶ。
﹁やったろーじゃねぇかああああああぁぁぁ!!! かかってこい
やああぁぁぁ!! コンチクショウッ!!﹂ 84
20話 vsゴブリン
悠が叫んだ直後、ゴブリン共は彼を敵と認知したのか、押し掛け
るようにして迫り来る。
ランガ王国に仕える騎士の平均的な力量を数値化し、10とする
ならば、悠の目の前に居るゴブリン共は凡そ420。
騎士42人分の戦闘能力を持つゴブリン10数体を相手に戦闘を
経験した事のない素人である悠が勝つ事など不可能といってもいい
だろう。
普通ならば一目散に逃げるだろうが、彼は違う。
血走った双眸で見詰めながら刻々と距離を詰めてくるゴブリンの
群れを眼前に悠は一瞬の迷いなく⋮⋮
̶̶ドクロリングから閃光弾を取り出し、ゴブリン共に投げつけ
た。
対人戦闘において有効手段は目潰しと金的。
この危機的状況にて冷静にもその判断が出来たのはまだ、ファン
85
タジー世界に来た。というゲーム感覚が残っていたからなのか。
閃光弾を投げつけた彼は悪どい笑みを浮かべながら哄笑する。
﹁ぎゃははははは!! クズい? セコイ? 汚い? そんなもん
は全て敗者の戯言だぁ! 世の中はなぁ、結果が全てなんだよ。正
々堂々戦うとでも思ったか? はいッ、残念! プギャー!!﹂
まさに根っからのクズ。
発言が全て悪者のセリフである。
だが、そんなグスい発言をしながらも悠は雷魔法にて生成した雷
剣にて首を刈っていく。
ゴブリン共の首は太く、そして硬い為、そこらの剣では斬ること
すら叶わないが雷でつくられた剣で斬れない事はなかった。
異臭に文句をわめき散らしながらも閃光弾によって目を潰され、
さなが
悶え苦しむゴブリン共の背後ピンポイントに転移し、下卑た笑みを
浮かべながら首を刈り取るその姿は宛ら死神か。
﹁臭い! 臭すぎるよ!! お前らなぁ、今度は体臭がムリなんで
す、ごめんなさい。ってフラれたらどうしてくれんだ!? ぶっ殺
すぞ! ⋮⋮あ、もうぶっ殺してたや。あっはっは﹂
普通ならこうも上手くいかないと思うのだが、ゴブリン達にとっ
86
ても目を潰されるという体験は初めてだったのだろう。対処法も分
からず、まともに目が使えない為に無抵抗で惨殺されていた。
数十後、辺りには死臭が漂い、物言わぬ屍が積み重ねられていた
がそれでも尚、哄笑は止まっておらず、嫌そうな顔をしながらも悠
はゴブリン共の死体からとある物をえぐり出す。
̶̶̶̶魔石である。
魔物にはその魔物の核となる魔石が存在し、それは言わば人間で
言う心臓部である。
そしてその魔石は召喚魔法に必要不可欠なモノでもあった。
つい先程、鑑定スキルを使い、召喚魔法を調べてみたところ召喚
魔法を使用するには自身が殺した魔物から抉りとった魔石が必要ら
しく、その魔石に血を垂らすと己の召喚獣となるらしい。
しかし、デメリットも存在する。
召喚獣を召喚する時は自身の魔力がごっそり持っていかれるらし
い。
それは召喚獣それぞれによって違うが、基本、1体につき召喚者
の100分の1程度の魔力だ。
87
ゴブリンという見た目にやや難がある魔物であったが、無いより
マシ。
と思い、召喚獣にしようと決めていた。
そしてグロテスクな死体から取り出した濁った魔石に悠は唇を切
った際に流れ出る血を垂らす。 直後、手に持っていた魔石は閃光を発した後、粒子となって消え
ていくと同時に悠の召喚獣の記念すべき一体目となった。
88
21話 ブービートラップ
﹁いやぁ、流石ゴブリン。手応えなかったな⋮⋮﹂
悠が召喚獣としたゴブリンもとい、ゴブリン古代種と呼ばれるゴ
ブリンソルジャー14体程を己の駒とした彼は途中、地面に落ちて
いた木の棒をカンカン、と地面に叩きつけながら歩を進めていた。
しかし、︻終末の神殿︼においてゴブリンソルジャーは雑魚の中
でも雑魚という立ち位置。
先程の魔物ごときで怯んでいてはまともに先へ進む事が出来なく
なる為、悠程の余裕が無ければ攻略等不可能である。
﹁それにしても軟弱ってどうやったら抜け出せんのかな?﹂
悠が召喚された世界は剣や魔法のファンタジーな世界なれど、レ
ベルというものは存在しない。
例え、先程のゴブリンソルジャーを倒したとしても悠が成長する
ワケはなく、たまたま召喚魔法を持っていたからいいものの、下手
すればお金に換金出来る素材や魔石が手に入るだけだ。
決して悠が欲しているのは豪遊な生活でもなし、人々から崇めら
89
れる事でもない。
先刻程前に自分をばっさり一刀両断した女騎士を自身の力で惚れ
させる事だけである。
ぶっちゃけ、女騎士とイチャラブ出来るのなら魔王だろうが神様
だろうがどうでもいい、というのが彼の考えであった。
﹁剣とかを鍛えるってか? ⋮⋮誰に鍛えて貰えばいいんだよ⋮⋮﹂
一瞬、あの女騎士も佩剣してたし、もしかして教えてもらえちゃ
ったり?
と期待に胸を膨らませるが
﹁⋮⋮あー、無理だわ。無理。フッた相手を教えようとするか? 普通。逆の立場なら絶対、他の人に丸投げするわ﹂
一瞬でその期待は忘却の彼方に消える。
はぁぁぁー、と深い溜め息を吐きながら脱軟弱をする方法を考え
ていると奇妙な物が悠の目の前に存在していた。
﹁ボタン⋮⋮だよな?﹂
90
赤く丸いボタンであった。
不自然なくらい目立っていたそれは、壁に設置してあり、その上
︻このボタンは押すな︼
と記載されているくらいだ。
怪しい事この上ない。
﹁おいおい、こんなん押せって言ってるもんだよな?﹂
誰も居ないにも拘わらず、そう確認を取る。
探索している最中、場違いなボタンを見つけ、その上︻このボタ
ンは押すな︼とまで書いてあるモノを押さない人間がいるだろうか
? いや、いない。
そして悠は
﹁まぁ、いいや。ポチッとな﹂
押した。
もう馬鹿としか言いようがない。
普通、慎重に慎重にいくものだろうが彼の場合、イケイケドンド
ン状態だ。
そして押した直後、
91
﹁あ゛⋮⋮﹂
しまった。と言わんばかりの素っ頓狂な声を発し、突として光に
包まれて悠は何処かへと転移する事となっていた。
92
22話 デュラハン
﹁⋮⋮おいおい、マジかよ﹂
悠の転移直後、開口一番のセリフであった。表情はひきつってお
り、恨めしげに声を出す。
子供でも引っかかりそうにないブービートラップに引っかかった
悠はとある一室に転移してしまっていた。
そこは先程と同じ、赤茶けた岩などが周囲を覆い尽くしていた遺
跡のような場所。
だが、先程までとは違って悠が転移した場所にはある魔物が彼と
対峙するかのように佇んでいた。
・・・
黒の甲冑に身を包み、やけに使い込まれた白銀の剣身を持った剣
を片手に、黒い馬に乗った首無しの騎士。
̶̶̶̶デュラハンが悠の目の前に存在していた。
93
悠は知る由もなかったが、デュラハンとは
ばれる魔物である。
黒い死神
アンデッド系において最高峰に位置するデュラハン。
とまで呼
熟練と呼ばれる者達ですら徒党を組んで挑まねば死は免れない魔
物を、召喚されたてホヤホヤの悠が倒せる筈もなかった。
その為、流石の彼も分が悪いと感じ取って今回は潔く逃げの一手
を選択するが
﹁⋮⋮は!?なんで転移が!?﹂
悠が転移した先は転移魔法が使えない特殊な空間であった。その
為、戦う事を余儀無く選択せざるを得なかった。
焦燥感に駆られながらも表情を歪め、荒げた声を発する。
デュラハンを眼前に、弱腰になっていた悠。しかし、それは仕方
ないとも思えた。
禍々しい瘴気のようなモノを全身から放ち、デュラハンの持つ得
94
物は刃渡り2m程の太刀のようなものを手にした魔物。
しかも、今回は目がない。
閃光弾という手段が使えない為、どうしようもなかったが、童貞
のまま死ぬわけにはいかない。
その事実が悠を奮い立たせ、ガシャンガシャンと金属が擦れるよ
うな音を響かせながら彼を敵と認識した魔物と相対する事となった。
95
23話 雷球
﹁ここからはお巫山戯抜きで行かせて貰う﹂
普段の腑抜けたような様子は影を潜ませており、真剣な眼差しに
てデュラハンを睥睨する。
悠としては、格好良い事を言っているつもりだろうが、ここから
も何も、まだ戦いは始まってすらない。
﹁⋮⋮こんな感じか﹂
デュラハンの全身から噴き出すかのように溢れ出る瘴気に当てら
れていたが、彼の表情は変わらず臆していないのは未だゲーム感覚
だからなのか。
そして、転移魔法が使えないと分かってからというもの、先程の
対ゴブリンの時とは違い、悠がデュラハンの背後を取れる可能性は
皆無。
その為、彼が先刻前のように雷魔法で剣を生成する事はなかった
が、代わりに野球ボール程の手で持てる大きさのボールを雷魔法で
96
作っていた。
戦闘の訓練を受けていなければ、戦闘経験も先程のゴブリン斬殺
事件以外、一度もない男子高校生。
そんな悠が刀を手にしたところで自分と対峙する歴戦の騎士のよ
うなデュラハンに太刀打ち出来るか?と聞かれれば彼は物凄いスピ
ードで首を左右に振る事だろう。
では、大人しく殺されるのか?と言われても答えはNOである。
だが、全てNO、NOと言っていてもこの危機的状況が打破される
事はない。
そこで悠が考えついたのが今、手にしているボールを模した物で
あった。
別にデュラハンが剣を持っているからといって自分まで剣で戦う
必要などない。
悠には騎士の誇りを持ち合わせているワケでもなければ、ぶっち
ゃけ、勝てるのならばどんな汚い戦術でも採用する男である。
相手は近接戦しか出来ない騎士なのだから遠くから雷魔法で生成
97
した野球ボールーー雷球で攻撃すればいつかは勝てるんじゃね?
俺 は 天 才 か!
という結論に至っていた。
そして、雷球を両手に1つずつ手にした悠は未だ自分の動向を窺
っていたデュラハンに対し、投げつけ、攻撃を始める。
98
24話 慢心
雷球を野球のピッチャーが投球するような要領でデュラハン目掛
けて投げつけた。
不敵に笑う悠の腕から迸るかのようにして目にも止まらぬ速さで
雷球はデュラハンへと飛来する。直後、大気を引き裂くかのような
轟音が響き、雷球によってダンジョンの一部が吹き飛び、石塊が雹
のように降り注ぐ。
﹁おりゃあっ! さっさと死ねッ!!﹂
投げては生成。投げて生成を繰り返し、数にして数百にものぼる
雷球を投げ終えると漸く嵐のような猛撃を止める。
魔力の使い過ぎなのか、はたまたモーションによって疲労しただ
けなのか、ぜぇぜぇと呼吸を荒くしながらも爆煙に包まれていたデ
ュラハンが存在していた場所にどうにも消せない愁いを表情の端々
に残しながらも視線を向けた。
だが、数秒経っても何の音沙汰も無かった為か、悠は余裕綽々と
﹁魔石は残って置いてくれよ﹂と口にしてしまうがそれは杞憂とい
うモノ。
99
言葉を発した直後、砂煙は晴れていき、あっけらかんとするデュ
ラハンは悠の目の前に存在していた。
デュラハンには傷一つついておらず、瀕死の状態ならまだしも、
予想外の出来事に悠の双眸は驚愕に見開かれる。
﹁⋮⋮あっれぇ⋮⋮俺的には死んじゃってても可笑しくないと思っ
てたんだけどな﹂
そう悠が歯噛みしながら苦笑いを浮かべる最中、デュラハンが乗
っていた黒い馬がすっと左前脚を一歩進め、重心を動かす。
そして続くように右前脚も前にーー
刹那、デュラハンの姿が掻き消える。言うなれば霞んだ。そうと
しか言い様がない程の動作だった。
何が起こった!?
と言わんばかりに慌てて首を振ると、遠く離れた場所で静止して
おり、デュラハンが佇んでいたのは悠の直線上に位置する場所だっ
た。
100
彼の攻撃とは打って変わってデュラハンの攻撃は静謐であり、重
苦しい沈黙が場を支配する。
デュラハンが何をしたのか。
未だに理解出来ていなかった悠だったが沈黙を破った小さな落下
音によって気づく事となった。
ぼとっ。
悠の直ぐ側にて響いた音に小首を傾げかけるが、彼の視線の斜め
下には
ーーーー肩から斬り落とされた悠の左腕が落ちていた。
101
25話 vsデュラハン
﹁⋮⋮は?﹂
何が起こったのか未だ理解出来ていないのか、素っ頓狂な声を上
げるが直後、かつてない程の激痛が悠を襲う。
﹁あ゛っ、あ゛あぁぁああああぁぁぁぁああああああああ̶̶̶̶
ッ!!﹂
堪らず右手で切断面を押さえ、悶え苦しむがそんな悠を何もせず
に見守っておく程デュラハンは生易しい相手ではない。
大地を蹴り、猛然と一気に駆け寄り、追撃しようとデュラハンが
行動に移す。
逼迫した中、デュラハンが自身へと近づいてきている事を敏感に
察知した悠は自分を袈裟懸けに斬り殺そうとする敵に対し、奔る激
痛を雄叫びでねじ伏せながら口早に言い放った。
﹁出て来いゴブリンッ!!﹂
102
召喚獣というものは本来、自身の血を捧げる事で、召喚に応じて
貰い、召喚者の下へ馳せ参じるものなのだが、召喚方法を知らない
悠はそうわめき散らす。
しかし、不幸中の幸いか。彼には大量の血が今も流れており、偶
然にも召喚に成功していた。
超越者たる風格を醸し出すデュラハンが悠へと斬りかかるのを遮
るかのように総勢14体のゴブリンソルジャーが姿を現す。
行く道を上手く阻んでくれたゴブリンに感謝しつつも悠は後方に
リバイタ
飛び退き、むせ返るような血の匂いに怯む事なく、冷静に対処しよ
うと慌ててドクロリングから生命のポーションを取り出し、毒々し
い色をした液体を半ばヤケクソに喉へと流し込んだ。
直後、悠の左腕の残骸は光に包まれ、細かな粒子と化して消えて
いったが、その刹那、彼の失った筈の右手が光に包まれ、元通りに
再生を始めた。
腕が完全に再生し、腕が動く事を確認した時には既に14体も存
在したゴブリンは6体まで数を減らしており、危機的状況に変わり
はなかった。
103
眼前に広がる光景にギリッと唇を噛み締めながらも、打開策を考
える。
その際も、ゴブリンが盾として活躍している僅かな時間を無駄に
しまいと落雷のようなものをデュラハンの頭上から落とすが、軽捷
に避けるデュラハンに当たる気配は微塵も見受けられない。
ゴブリンがあと3体となったところである策を悠は考えついた。
そして、直ぐ様行動に移そうとひっきりなしに剣を振るいつづける
デュラハンを横目に背後に回ろうと駆け出した。
全身に雷を纏わせ、疾走する悠は未だゴブリンと対峙していたデ
ュラハンの背後へと回る事に成功する。
そして硬く握りしめ、雷を纏った右の拳をデュラハンの身体目掛
けて繰り出し、渾身の一撃をお見舞いしようとするが、咄嗟に手に
していた剣を空中で回転させ、逆手持ちに変えたデュラハンは悠の
胸へと剣を突き立てた。
その為、彼の拳がデュラハンに届く事はなかったが、その機転は
想定済みと言わんばかりに左腕で自身の胸へと突き立てた剣が抜け
104
ないようにがっしり掴み、不敵にわらいながら口元を歪める。
﹁捕まえたぞ首無し⋮⋮俺の雷、ちゃんと味わえよ?﹂
ごほごほと咳き込み、赤い飛沫を口から零しながらも味方である
ゴブリンすらも巻き込む落雷をデュラハン目掛けて落とし、轟音が
壮絶に響き渡った。
105
26話 辛勝
ダンジョンに凄絶な轟音を響かせつつも、デュラハンに一矢報い
た悠であったが、力が思うように入らないのか、胸に剣が刺さった
まま仰向けになるように脱力する。
対してデュラハンは人間ならばまちがいなく致死量以上の電撃を
受けたにも拘らず、ぎごちない動きであったが体を機械仕掛けの人
形のようにギギギと体を曲げていた。
閃光弾で怯む相手でもなければ、召喚獣が悠に居るワケでもない。
召喚獣は一度死んでしまうと契約が破棄され、二度と召喚する事
が出来なくなるのだ。
治癒魔法が一応使える事には使える筈なのだが、今の悠は五体満
足であり、体のどこが悪いのか皆目検討もつかない。
疲労を治せばいいのか? とは思うものの、疲労を治すイメージ
が湧かない為に出来ないでいた。
106
ーーーー逃げられない。
そう悟った悠は両の瞼を閉じ、その時が来るのを待ちながら地面
へと倒れ込んだ。
刹那。
何もしていないにも拘らずバチバチィという音が耳を劈く。
倒れ込んだ悠の直ぐそばには今は亡きゴブリンと自身の血が混ざ
り合ったむせ返るような鉄臭い血が大地を赤く塗っていた。
未だ雷を全身に纏ったままであった悠は血溜まりに体を埋めたよ
うで、血を伝ってデュラハンに攻撃が命中したというワケだ。
先程のゴブリンソルジャーの返り血を大量に浴びていたデュラハ
ンは悠が落とした落雷の時点で既に瀕死の状態だったらしく、思い
もよらない追撃に堪らず倒れ込み、息絶える。
アンデッドといえど、光属性の攻撃出なければ倒す事は出来ない。
というワケでは無いらしく、活動出来なくなる程の負荷を与えれば
他の魔物と同様に死ぬのだ。
リバイタ
デュラハンが斃れた事に乾いた笑いを洩らしつつも、本日2本目
となる生命のポーションをドクロリングから取り出し、辛うじて動
107
く右手で喉に流し込もうとするが
﹁ははっ、俺ってば超運良いな⋮⋮﹂
デュラハンに突き刺された傷口がちょうど心臓部より数cm程離
れた場所であった事に気づき、手を数秒止める。
リバイタ
そして笑みを浮かばせながらも生命のポーションを流し込み、す
っかり閑散としてしまったダンジョンに悠は1人、笑い声を響かせ
た。
108
26話 辛勝︵後書き︶
速度が落ちてきましたね︵白目
109
27話 教えを乞う
デュラハンとの死闘の後、どっと押し寄せてきた全身を支配する
程の疲労には勝てず、1時間ほど休養してから悠は立ち上がってい
た。
﹁えっと⋮⋮魔石はやっぱりここか﹂
ゴブリンソルジャーの場合は心臓の代わりのように魔石が存在し
ていたが、勝手がもしかして違うのか? と思いながらも探してい
るとやはり、心臓部あたりに魔石は存在していた為、悠は抉り出し
ていた。
ゴブリンは濁った汚い魔石であったが、デュラハンの魔石は青く
澄んだ色。思わず見惚れてしまうが数秒程で我を取り戻し、手に付
着していた自身の血を魔石に垂らす。
すると前回同様に魔石は光を発し、粒子となって消えて行く。
召喚獣契約を終え、デュラハンは悠の召喚獣となったのだが、同
時に彼の背中には黒い紋様が刺青のように浮かび上がっていた。
﹁⋮⋮んあっ!? 何だこれ⋮⋮﹂
110
デュラハンとの戦闘によって悠の服が引き裂かれるなりしていた
為、血溜まりに映る自身の背中に頓狂な声を上げる。
実はゴブリンと契約した際も刺青のように背中に刻まれていたの
だが、悠の召喚獣として契約したゴブリンは先の戦闘によって全て
死んでしまった為、紋様は消えていた。
浮かび上がる紋様は契約した召喚獣によって変わるのだが、デュ
ラハンの紋様は見る人が見れば失神してしまいかねない程に珍しい
ものである。
﹁十中八九、召喚魔法の影響だろうな⋮⋮ま、気にしても仕方がな
いか。案外格好良いしほっとこ、ほっとこ﹂
能天気に笑い飛ばしながら、﹁さて、と﹂と口にし、デュラハン
を召喚しようと試みる。
そして今回も悠の全身、至る所から血が流れ出ていた為、召喚を
難なく行う事が可能であった。
﹁えーっと⋮⋮出て来い首無し!! 確かこんな感じだったっけな﹂
111
血さえあればセリフなど召喚魔法には一切関係ないのだが、それ
を知らない悠は前回同様に口にした。
そして1拍間をあけた後、悠の視線の先の地面に直径3m程の黒
い法陣が浮かび上がり、そこからデュラハンが姿を現す。
今や味方となったデュラハンだったが、凄まじいまでの威圧感は
健在なようで、我ながらよく生きてるなぁ。と苦笑いを浮かべてい
た。
そして、デュラハンが姿を現した事を確認した悠は鑑定を使用し
て自分の召喚獣の名前を︻デュラハン︼だと確認し、﹁デュラハン
ね⋮⋮﹂と前口上を口にしてからにへらっ、と笑いながら続けざま
に言葉を発す。
﹁なぁ、デュラハン。
ーーーーー俺に剣を教えてくれないか?﹂
112
28話 テンションMAX
﹃それがマスターの願いと言うのならば、その御心に従うまで。承
った﹄
無機質な声が脳内に響く。
急な出来事に悠は目を剥き、声の出処を見つけようと首を左右に
振るが、視界に映るのはいつの間にか下馬し、臣下の礼をとってい
る先程自身が召喚したデュラハンと魔石を失い、体を保てなくなっ
たのか、全身が砂となり消えつつあったデュラハンであったモノ。
そしてそこら中に存在する血溜まりだけだ。
﹃何をしている? マスターが私に話し掛けたのだろう?﹄
挙動不審になっていた悠をまるで直ぐ側で見ているかのような発
言。
だが、彼が挙動不審になるのも仕方のないというモノ。元々、冗
談半分の発言だったのだから。
召喚獣に自我はあるのか?
首から上が無いけど聞こえているのか?
113
などと様々な疑問が頭の中で渦巻いていながらの懇願。
駄目で元々だったのだが、恐らくコミュニケーションが取れてる
であろう自身の召喚獣であるデュラハンに確認を取る。
﹁き、聞こえてる⋮⋮のか?﹂
﹃あぁ、聞こえているとも。それにしても、私をそこらの知性の無
い雑魚共と同列に扱われるのは心外だな﹄
怪訝そうに眉をひそめる悠に対し、そう嘆息してみせる。
頭は無いのだが。
﹁えっと⋮⋮本当に聞こえてるのなら、その堅苦しい臣下のなんち
ゃらってな感じの行為を止めてくれる? そういうのは別に良いか
らさ﹂
比較的、世界史の授業は資料集に落書きをする程度には好きであ
った悠には臣下の礼をとる騎士の絵を何度か見た事があり、予備知
識として持っていた。
頭は無いのだが、遠回しに頭を上げて。と頼む悠の言葉を本当に
聞き取ったかのように片膝を折っていたデュラハンは立ち上がる。
114
始終馬に乗っていたので分からなかったが、デュラハンの身長は
180程。勿論、頭無しでの身長だ。
平均的な身長であった悠は176cm。自動的に少し見上げるカ
タチとなった。
﹃これでいいか?﹄
﹁お、おぉ⋮⋮オッケー、オッケー。もう文句無しの満点だよ﹂
主である悠に確認を取るデュラハンに対し、ちゃんと会話が出来
ている事に1人、感動していた彼は感嘆する。
﹃話が逸れてしまったが稽古をつけろ。という話だったな。まぁ、
この空間は地上での1秒が2秒となる不思議な場所なんだ。稽古に
はもってこいだと思うぞ﹄
﹁1秒が2秒⋮⋮1秒が2秒⋮⋮んん??﹂
慧眼だな。
と言いたげな口調で悠に伝えるデュラハンの発言が上手く理解出
来なかったのか、彼は何度も同じ言葉を壊れた人形のように復唱す
る。
115
そんな彼を見兼ねたのか、呆れ混じりに言い直した。
﹃つまり、地上では半日という時間であったとしても、ここでは1
日分の時間が流れるという事だな﹄
﹁なーるー!﹂
やれやれと肩を竦めるデュラハンを眼前に握りしめた右拳で左の
手のひらをポンッと叩きながら時遅くして納得する悠を見て毒気を
抜かれていた。
﹁あ、そうそうデュラハン。今、地上では何時なのか知らない? 俺、19時前には戻らないといけないんだよね⋮⋮﹂
はぁぁー、とため息を吐く悠を眼前にデュラハンはそういえば、
と口を開く。
﹃言い忘れていたが、このフロアにある物はすべてマスターの物だ。
向こうの扉の先に色々と置いているんだが、確かその中に時計があ
ったかもしれないな﹄
﹁え、マジで!? ヒャッホーウ! デュラハンさん太っ腹ぁ! お宝お宝ァ!!﹂
そして、思いがけない事を耳にした悠はテンションMAXにしな
がらデュラハンが指差した扉の下へと向かって駆け出していた。
116
29話 格好いい物は何よりも勝る
﹁⋮⋮す、すげぇ⋮⋮﹂
デュラハンが指し示した扉の向こうには剣、薙刀、脇差、打刀、
仕込み刀、槍、バックラー、弓、短刀、短剣、祭儀剣、太刀、双剣、
鎧通し等。
宝石類は全く無かったが、武器や野営での必需品など。まるで誰
かが使っていたような物ばかりが揃ってあった。
﹁あれあれぇ? もしかして、デュラハンさんって訪れた人間を返
り討ちにしては戦利品を次々とGETしちゃってましたー?﹂と、
聞こうかと思ったが、溢れる武器達の中に︻聖剣︼という鑑定結果
となった物を発見した悠は尋ねるのを止めていた。
そのせいで、気持ち悪い脂汗がびっしょり今も流れている。
﹃お目当ての物は見つかったか? マスター﹄
目が眩む程の珍しい武器の数々に見入っていた悠は当初の目的で
ある時計の事がすっかり抜け落ちてしまっていた為、デュラハンの
117
言葉を聞き取った直後、慌てて探し始める。
ぶっちゃけ、聖剣は格好いいので欲しかったのだが、面倒臭い事
になりそうだったのでスルーし、使えそうなポーションや、便利そ
うなアイテムを鑑定してはドクロリングに収めていく。
途中、膝あたりにまで垂れる長さの外套を見つけていた悠は自身
の服がビリビリに引き裂かれ、血がどっぷり滲んでいた為に上から
黒い外套を羽織っていた。
ブラックウルフ
外套の名を︻黒狼の外套︼。
絶滅した黒狼の毛皮で作られた逸品なんだとか。
勿論、悠が︻黒狼の外套︼を羽織った理由は、衣服が欲しかった
のもあるが、格好良かったからだ。
﹁お、あった! あった! 多分、これじゃね?﹂
時計を探し始めて数分後。
短剣、呪いのアイテム等をドクロリングに収納しながらもやっと
時計らしい物を発見していた。
白銀の金属にて作られた見るからに高そうな時計。
118
針は未だ動いており、短針は丁度3を指していた。
今、悠が手にしている時計の指す時刻があっているのならば、ま
だダンジョンに来てから2時間程度しか経っていない事となる。
そういえばここはダンジョンの外よりも時間の進む速度が遅いん
だっけか。
と、納得しながら時計を腕にはめる。
時計の名は︻ミスリルの腕時計︼というものだったのだが、ミス
リルの価値を知らない悠はへー︵鼻ほじりながら︶という感想しか
口にしていない。
﹃それは重畳。で、稽古の方はどうする? 先程まで敵同士だった
から仕方ないとはいえ、私はマスターの体を酷く傷つけた。今の本
調子でない体では辛いかもしれん。今日が無理ならば明日からとい
う事にするが⋮⋮﹄
悠を気遣うデュラハンの言葉に一瞬、甘えようかと思うが、三日
坊主。何をやっても続かない。などと昔から両親や親友の彰斗から
言われていた事を思い出し、意を決したような面持ちにて言い放つ。
モーマンタイ
﹁いや、大丈夫。問題ない。サクッと頼みます! デュラハン先生
ッ!!﹂
119
30話 稽古
﹁ぅ⋮⋮がっ、ぐ⋮⋮!﹂
脂汗を額から盛大に垂らし、全身を奔る痛みに耐えながら歯を食
いしばる。
現時刻は17時23分。
訓練を始めて2時間23分が経過していたが、悠がデュラハンと
訓練に使用している空間とダンジョンの外では時間軸が少し異なる。
初めは疲弊しきった悠に対し、あからさまに手を抜いていたデュ
ラハンだったが、本気でやってくれ! と、彼に叱責されて以降、
容赦無く打ち合っていた。
デュラハンと悠が使う得物は扉の向こうにあったありふれた形状
の剣だが、怪我をへらす為、デュラハンが刃の部分を削り、丸くし
ている。
だが、常人外れの膂力を持ったデュラハンが使用すれば例え刃が
無くとも骨くらいなら容易に砕き折る事が可能だ。
120
2、3打ち合っては悠が体に深刻なダメージを受け、苦悶の声を
上げた後、治癒魔法で自身の傷を治していく。という作業が続いて
いた。
初めの方はデュラハンの一振りを受ける度に後方へ吹き飛ばされ
ていたが、今や、2、3撃ならば踏みとどまれるようになっている。
それは紛れもなく成長だ。
そして此度は右腕に深刻なダメージを負ってしまい、襲い来る痛
みに堪らず悠は膝をついてしまう。直後、治癒魔法を行使し始めた
彼が全快するのを待つ間、自動的にデュラハンも手を休める事にな
る。その機会を狙ってデュラハンは尋ねた。
﹃マスター。何故、そこまで強くなろうとする? 何故、そこまで
急ぐ? 贔屓無しに言うがマスターには才能がある。だが、急ぎ過
ぎればそれを潰しかねないぞ?﹄
先の稽古によって折れてしまった右腕に左手を置き、治るイメー
ジを頭に浮かべながら地面に尻餅をついて治癒魔法を行使する。
﹁理由⋮⋮ねぇ⋮⋮ま、死にたくないからってのもあるけど、1番
はやっぱ、惚れた女に軟弱って言われたままは嫌だから、かなぁ﹂
121
あはは、と笑いを含ませながらそう口にする。
呆れた。よく分からない。
そんな言葉でも返ってくるかなぁ、と思いながら発したのだが、
デュラハンの返答は
﹃⋮⋮⋮⋮心底吐き気がする答えだな。愛、友情、信頼。それら程
浅慮な言葉は無いと私は思ってるよ。マスターは私の主だ。だから
警告をしよう。他人を信用するな。常に疑え、後悔した時にはもう、
遅いのだから﹄
その言葉は妙に実感がこもっており、反論しようにも出来なかっ
た。いや、してはいけないとさえ、思ってしまう。
憎しみ、憎悪。それらの感情が込められたデュラハンの言葉。そ
れはまるで﹃かつての自分のようで虫唾が走る﹄とでも言いたげで
あった。
普段は常にふざけているような悠だが、表情を強張らせ、口ごも
ってしまう。
デュラハンは心配をして言ってくれた。それは分かっているが、
一目惚れした相手を馬鹿にされているようで怒りたい気持ちが溢れ
出る。
122
どうにもやるせない気持ちになりながらも、ふぅ、と息を吐き出
し、床に転がる剣を片手に、立ち上がり、
﹁手加減は要らない。あと1時間だけだが、宜しく頼む﹂
この稽古に怒りの矛先を向け、ぶつけよう。
そう意を決し、悠は青眼に構え、デュラハンと再び対峙する。
123
31話 帰還
﹁ーーはッーーはッ⋮⋮はッ⋮⋮﹂
実に3時間半。
デュラハンと悠が修行の場として使用した空間では7時間にもの
ぼる訓練が終了し、大地に仰向けになるように倒れ込み、大の字と
なりながら悠は歯と歯の間から荒々しい息を洩らしていた。
﹃最後の一閃。あれは良かったぞ、あの感覚を明日まで覚えておい
てくれ﹄
どこか満足気に告げるデュラハンを見上げながら、一拍あけてか
ら、どーもと返答する。
だが全力で立ち向かい、魔法は治癒魔法のみしか使わなかったも
のの、右手、右足を使わないというハンデを背負ったデュラハンに
一太刀も浴びせれなかった為、悠の表情の端々にはどうにも消しき
れない不満が残っていた。
ーーはぁ、軟弱から抜け出せる気がしねぇ⋮⋮
124
物憂げにため息を洩らす悠には未だ、自分が居るダンジョンは初
歩も初歩という︻冥府のダンジョン︼だと思い込んでおり、デュラ
ハンもそのダンジョンの中ボス程度にしか思っていない。
実際は︻終末の神殿︼というダンジョンの中層あたりのボスであ
るデュラハンに指南して貰っており、例え︻冥府のダンジョン︼の
最下層に佇むボスと悠の召喚獣となったデュラハンを戦わせれば間
違いなく、デュラハンが勝利してしまうだろう。
﹃あぁ、そうそう。マスター。私をここに召喚したままにしておい
てはくれないか?﹄
﹁んー、別に大丈夫だぞー。ってか、相変わらず不味いな。このポ
ーション﹂
藪から棒に尋ねてきたデュラハンに対し、治癒魔法で消費してし
まった魔力を回復させる為、訓練前に手に入れた魔力回復ポーショ
ンという毒々しい色をした液体を喉に流し込みながら数回首肯する。
﹃マスターには転移魔法があるようだからな。いつでも転移出来る
よう、この部屋に細工をする予定なんでな﹄
ご丁寧にも、理由を口にしてくれたデュラハンに悠は思わず膝を
打つ。だが、転移魔法が使えるとは一言もまだ言ってないような⋮
⋮という疑問に1人、苛まれていると
125
、、、、
、、
﹃あぁ、私はこの通り頭が無くてね。基本は感じ取る事で他者の動
きなどに反応出来るんだ。だからか、色々と覗く事が出来るんだよ。
ま、全部という全部、覗けるワケではないが﹄
中々のチート性能であったデュラハンに驚愕するが、言葉にはど
うにも一抹の寂しさのようなものがあり、深く詮索するのは躊躇わ
れ、慌てて話題を変える。
﹁あ、そうそう。あんまり遅くなり過ぎるとマズイんで俺はそろそ
ろお暇させてもらいましょーかね﹂
﹃そうか。私はこれでもアンデッドなんでな、寝てる事はないので
何時でもここへ訪れてくれ。指南ならいつでも引き受けよう﹄
別れ際、そんな会話を交わし、悠は王城にある自室へと転移した。
126
32話 誰の記憶か
﹁ふぅ、やっと帰ってきたぁ⋮⋮あれ?﹂
約5時間。
体感で10時間以上離れていた自室へと転移した悠はご飯を食べ
る場所へと部屋前でスタンバイしているメイドに案内して貰おうと
扉に向かって歩を進めようとするが、何故か膝から崩れ落ち、酷い
頭痛に見舞われながら素っ頓狂な声を上げる。
﹁っ! ⋮⋮痛ってぇ⋮⋮なんだこれ⋮⋮﹂
右手で頭を押さえ、うずくまる。
慌てて治癒魔法を使うが一向に治る気配はない。
彼の頭痛の原因は時間軸酔い。
急に違う時間軸へと移動した際に酷い頭痛に見舞われる現象だ。
大概は身をおいていた時間軸よりも早く時が進む場所へ移動した
時によく時間軸酔いとなる。
頭痛が自身を蝕んでいく中、悠は手首にはめていた時計を確認す
127
る。
時刻は6時45分。
ーーーあと15分ある。
残り僅かであったが、時間がある事を確認した悠は覚束ない足取
りでベッドへと向かう。
ベットメイキングされ、綺麗に整っていたベットへと倒れこむよ
うにして身を預け、悠の意識は底知れぬ深淵へと溶けるようにして
呑まれていった。
※
僅かに光がさしているようにも思える薄闇の中。
意識は混濁していた。
まるで他人の記憶に入り込んだかと思ってしまうような妙な感覚。
誰かの過去の出来事が頭の中に流れ込んでいる。
128
それは映像を早送りさせるように次々と場面が入れ替わり続けて
いく。
淡い白銀の髪の毛に、白く眩い透き通るような色素の薄い肌。
そして氷河の如き輝きを持った碧い瞳をもった化粧っ気のない高
貴さを感じさせる凄艶な女性が常に脳内を支配する映像に登場する。
怖気を抱くほど美しく、果敢な彼女の瞳は時折、鮮血を想起させ
るような紅眼の瞳へと変貌する。
だが、彼女がその紅眼を他人に見せる事はない。
独りでいる時にのみ、人知れず瞳の色を変色させるのだ。
彼女が騎士と思しき仲間達と、異形の怪物を戦う場面がひたすら
早送りする映像のように流れ込んでいたが、突として変わる。
魔族。
そんな感想を洩らしてしまいたくなるような毒々しい紫の肌を持
ち、頭からは自身の存在を強く印象づけるような角が2本生えた生
き物と戦う場面へと移り変わったのだ。
129
彼女達は襲い来る魔族共と交戦を始める。
だが、自力に差があるのか、実力の差は浮き彫りとなり、1人、
2人と彼女の仲間が傷ついていく。
そんな中、彼女は決して人前で見せた事のなかった紅眼を晒した
のだ。その瞳はまるで魔族共の瞳。
酷似していた。
碧眼から紅眼へと瞳を変色させた彼女は
ーーー強い。
その一言に尽きた。
そして1体、2体と魔族を斬り殺し、ついには全滅にまで至らせ
た彼女は仲間の下へと駆け寄り、自身の瞳について事情を説明しよ
うとするが、帰って来るのは強い拒絶。
彼女が助けた筈の仲間達は彼女を虚ろな目で、畏怖する。
だが、そんな中、彼女に笑顔を向ける人間がいた。
130
しかし、笑顔を向けていた人間の狙いは助けてくれた恩人である
筈の彼女を油断させ、捕らえる事にあった。
彼らは10人もの人数にて、恩人である筈の彼女を捕らえたのだ。
鎖に繋がれた彼女の懇願を聞く者はおらず、弁明さえも誰も聞こ
うとしない。
そして、時が刻々と過ぎて行く。
彼女は断頭台へと立たされていた。
彼女が死ぬのを今か今かと待ちわびる民衆や、騎士達は紅眼をも
った彼女を魔族と信じて疑わない。
彼女が人間に対して、一度も危害を加えていないという事実を彼
女を捕らえた騎士はおくびにも出さない。ただ、魔族と呼び、蔑む
のみ。
そして、断頭台へと立たされた彼女はそこで命をーーーー
131
﹁ーーはッ、ーーはッ、ーーはッ⋮⋮はぁ、はぁ⋮⋮なんだよ、あ
の胸糞悪い夢は⋮⋮﹂
だが、映像は最後まで流れる事はなく、荒々しく息を吐きながら
悠は人知れず目を覚ましていた。
132
33話 穴だらけの案
時刻は19時27分。
多少、夕食の時間より過ぎていたが、寝過ごした。などと言えば
大丈夫だろう。
そう思いながら部屋を出ようとするが、ふと気づく。
死臭の臭いが僅かながら漂う身体に、焼け焦げ、斬り裂いたよう
な痕がくっきりと残っている制服だったモノを中に着ている自分。
それらはどこからどう見てもアウトだろう。
奇怪な目で見られないようにする為にも夕食よりも
風呂! そして着替える。
この2点を済まさねばいけない。だが、しかしどこに風呂場があ
るのか知らなければ、着替えなんて悠は持っていない。
一応、黒狼の外套を羽織ってはいるが、今のままでは、制服をど
133
こにやったんだ? と聞かれれば全力ダッシュを決め込まなければ
いけない事となる。
あぁ、どうしよう⋮⋮どうしよう。
そんな煮えたぎる胸中の中、1つの案が悠の脳内に閃いた。
︵ふ、ふふっ。そうだ、そうだよ。何、難しく考えようとしてたん
だ俺⋮⋮誰もが知ってるじゃないか。結局、世の中は金が全て。と、
いう事は? 今の俺に必要なモノは何か? 答えは⋮⋮そう、
ーーーマネーだ。という事で思い立ったら直ぐ行動! さっそく
ポーションと一緒に回収していたお金をメイドに渡して衣服を用意
して貰い、さらに風呂場へと案内して貰いましょうかね。こんな天
才的な考えが瞬時に思いつくとは⋮⋮俺ってば存在がズル過ぎるぜ
⋮⋮︶
自分の穴だらけの思考に陶酔しながらも、悠はメイドを金で懐柔
しようとドアを開けるがーー
134
緊急事態発生。
なんと、メイドが不在というあってはならない事態が発生してい
たのだ。
マネーで懐柔する以前の問題である。無駄に広い造りとなってい
る廊下からは人気が一切感じられず、完全に1人、ポツンと取り残
されており、苦笑いを浮かべながら悠は1人、小首をかしげていた。
﹁⋮⋮あ⋮⋮あっれぇ!? おっかしいなぁ⋮⋮﹂
135
34話 危険人物認定
﹁ミーティラさん。ご報告が﹂
午後19時。
勇者として召喚された者達が夕食をとる最中、普段使用しない1
0畳ほどの個室にて、神妙な面持ちをさせていた女性が報告を始め
る。
白雪を思わせるような白髪を持ち、黒と白が基調となった服ーー
メイド服に身を包んだ女性が茶髪ロングヘアーの騎士甲冑を着用し
た女性ーーミーティラに向かってそう、告げていた。
、、、、
白髪の女性は勇者召喚にて、召喚されたとある男のメイドとして
という者
今現在は王城にて働いているが、ランガ王国には存在しないが、他
冒険者
の人間が住む国にはギルドというモノが存在する。
ギルドではF∼SSまでのランク付けされた
たちが基本的に活動をしているのだ。
そして、見るものが見れば分かるだろう。
白髪のメイドとして働いている女性がAランク冒険者として名を
136
馳せた高名な冒険者だ、という事を。
﹁報告か⋮⋮レーリャが報告をする時はロクな事がないからな⋮⋮
出来れば聞きたくはないが、そうは言ってられないか﹂
﹁⋮⋮結論から言わせて貰うと⋮⋮あの男は危険過ぎます﹂
酷薄そうに目を細め、一切の感情を排した面持ちにてメイドーー
レーリャが告げる。
彼女は元々、ミーティラの部下であった為、レーリャの口調はど
うしても丁寧なものとなってしまっていた。
﹁あの男の事だ⋮⋮レーリャに淫らな行為をさせようとでも迫った
のか?﹂
あの男ーー宮西悠は会って早々、騎士であるミーティラにプロポ
ーズをするという馬鹿をやらかした張本人だ。
その為、十中八九、レーリャに対し、似たような行為をしたのか
とミーティラが予想しながら、呆れるが返ってきた返答は予想の遥
か斜め上を行くものであった。
﹁⋮⋮その程度の事なら報告せずにあの男のナニを潰して終わりな
んですけどね⋮⋮﹂
137
悪びれなく発するその言葉にミーティラは戦慄するものの、それ
を気に留める事無く、レーリャは続けざまに告げた。
﹁あの男から異常までの血、独特の異臭が。それと、あの男が着用
していた黒い外套。あれはヤバイ類いのモノですね。というか私、
関わりたくなかったので逃げてきました﹂
﹁お前が逃げ出す程か⋮⋮﹂
﹁まぁ、私が面倒事が嫌いなだけ、という事もあると思いますが⋮
⋮あの男は紛れも無く危険人物でしょうね。お手柄です、ミーティ
ラさん﹂
悠にプロポーズされていたミーティラは勝手に彼を注意人物と判
断し、一番信頼が出来るレーリャを表向きはメイドという監視役と
して任命していたのだ。
﹁私は予定通り、1月後にファルティアへ少しの間、里帰りをしま
すが、出来れば監視役はそれまでにして欲しいくらい、関わりたく
ないですね﹂
真剣な眼差しをミーティラに向けるレーリャを前に、彼女はーー
﹁⋮⋮か、考えておこう﹂
138
そう口にする他無かった。
139
35話 有能なメイド
﹁勇者様。外せない私用があった為、場を離れておりました。申し
訳ありません﹂
部屋を出たのは良いものの、肝心のメイドが不在という不測の事
態に見舞われ、悠は1人、挙動不審となっていた。
そんな中、その姿を視認したのか少し離れた場所から小走りにて
白髪のメイドが彼の下へと駆け寄ってそう謝罪をする。
﹁あー、別に気にしてないから大丈夫ですよ? ⋮⋮それよりも﹁
えぇ、承知してます。湯殿はこちらですのでご案内致します﹂
ーーーあれ? 俺、まだ言ってないんだけど⋮⋮そんなに臭かっ
たか!?
怪訝顔にてそう疑問に思いながら自身の着ている裂け破れた制服
や、黒狼の外套の匂いを悠は慌てて嗅ぎ始める。
スタスタと彼の前を不機嫌そうに歩くメイドに追随するように後
140
を追いかけながら、
ーーーなんか鉄臭いような⋮⋮いや、いや無臭だろ⋮⋮だよね!?
と、体臭を気にしながら湯殿へと向かっていた。
※
﹁ふぅ⋮⋮⋮やっぱり風呂は落ち着くなぁ⋮⋮﹂
日本でいう銭湯以上の広さを持った湯船につかりながら悠はそう
口にする。
魔石のようなモノが埋め込まれたシャワーなどを浴び、一通り身
体を流し終わった彼は、自分を湯殿へと案内をしてくれたメイドが
外で待っている、と言っていた為にかなり急ぎ足となっていた。
﹁それにしても⋮⋮濃い一日だったな⋮⋮﹂
自身についた無数の傷痕を眺めながら感慨深そうに呟く。
141
悠は治癒魔法を使用出来ていたのだが、治癒魔法といえど万能で
は無いようである程度の傷しか治せていなかった。
その為、稽古中に折られた腕などは治したといえど、ひょんな事
で折れてしまうのではないか? と悠は内心ビクビクしているのだ。
﹁それにしてもあの夢⋮⋮いんや、考えても無駄だな。そんな時間
あるならデュラハンに少しでも稽古をつけてもらった方が建設的だ
な﹂
自嘲気味にそう口にし、湯船から出ようと脱衣所に向かって歩を
進め始める。
そして、着替えの服まで何故か用意をしてくれていた準備の良い
メイドに戦慄しながら悠は彼女の下へと向かった。
142
36話 苦労人、その名はデュラハン︵前書き︶
今宵もやってまいりました。アホ更新こと鬼更新の時間です︵↑ま
だ2回目だよバカ野郎
と、いうことでじゃんじゃん更新していきます。
そんな暇あるなら毎日更新に変えろよボケナス。など、感想御待ち
しております︵ぺこり
143
36話 苦労人、その名はデュラハン
﹁お食事はどう致しましょうか? 自室のお部屋にてお取りになら
れますか?﹂
﹁あ、部屋でお願いします﹂
瑞々しく水滴を髪から滴らせ、湯船に浸かっていたからか、顔を
紅潮させながら悠は反射的に口にする。
出来れば彰斗達と話したい。そう思うが、女騎士ーーミーティラ
にフられた事で変に同情されたり、からかわれるのが実に腹立たし
かったので逃げの一手を選択した。
だが、その返答も予想の範疇だったのか、メイドーーレーリャが
驚く事はなく、事務的な口調で承りました。と口にするだけだ。
特に悠がレーリャと話す事もない為、悠に与えられた部屋から湯
殿へと向かう時同様に、帰りもまた、無言であった。
※
144
﹁と、いう感じで俺の一世一代のプロポーズは玉砕だったワケなん
だよ⋮⋮わーん! デュラハン慰めてぇぇぇええぇ!!﹂
レーリャが持ってきた料理に酒でも入ってたのか? と疑わしく
なる程にテンションが高い悠であった。
部屋で食べると言ったものの、やはり1人で食べるのはさみしか
ったようで、逡巡なくデュラハンの下へと転移をしていた。
﹃⋮⋮⋮⋮そうか。大変だったんだな、マスター﹄
呆れながらも返事をするところ、デュラハンは良心的な召喚獣で
あったと言える。
﹁まだエピソードはあってな? あ、デュラハンも飯食う?﹂
﹃⋮⋮もう勘弁してくれ⋮⋮﹄
だが、かれこれ1時間にも渡る悠の一方的な話に流石のデュラハ
ンも痺れを切らしたのか、天井を仰ぎ、そう呟いていた。
145
37話 複雑な心境
﹁がっ⋮⋮ゴホッゴホッ、はぁ、はぁ、やっべ⋮⋮冗談抜きで死に
そ⋮⋮﹂
夕食を終え、メイドであるレーリャに体調が良くないので寝る。
と告げてデュラハンとの修行に勤しんでいた。
普通の者には見える筈は無いのだが、それこそ特殊な目ーー魔眼
を持っているか、デュラハンのような特殊な能力を持っていない限
り、訓練に使用するダンジョンの一室に張り巡るように走っている
亀裂が見える事はないだろう。
その亀裂はデュラハンの能力によるもので、攻撃の威力を抑える
役割を果たしていた。
しかし、その能力は使用するに至って複数の条件があり、丁度そ
の条件が揃った場所が悠達が訓練する為に使用していた一室だった
というワケだ。
赤色の飛沫を咳き込むと同時に眼下に向かって吐き出し、ビキビ
キッと骨が軋む音が全身に響き、悠は苦悶の表情をみせる。
146
ダンジョン外では曙光が差し込み、朗らかな澄んだ蒼い空が広が
っている事だろう。
時刻は8時。
レーリャに知らされた勇者全員が集合する時間まであと1時間と
いったところだ。
治癒魔法によって、睡眠を取らなくても支障がないと分かってか
らというもの、悠は更に熱心に訓練に打ち込んでいた。
﹃105回目の骨折。約束通り今日はこれで終いだ。これ以上は明
日に差し支えるからな﹄
悠の使用する治癒魔法は決して万能ではない。間を数時間程空け
ねば、2回目の治癒行為は1回目の治癒行為よりも劣ってしまう。
それが続くと結果、最終的には治らなくなってしまうのだ。
その為、デュラハンは105回骨折をすれば訓練は終了と随分と
妥協した後、そう口にしていた。
﹁いんや、106だな⋮⋮肋骨辺りの骨も⋮⋮ゴホッゴホッ⋮多分
逝ってると思う﹂
147
死にかけだというのに、一切の緊張感を感じさせる事のない平淡
な声音にて冷静に分析しながら治癒魔法を行使する。
右手にポッと緑色の光を纏わせ、治癒を黙々と開始しながらも悠
はデュラハンに対してこっちに来い、と手招きをしていた。
﹃どうしたマスター⋮⋮ん?﹄
どうやらデュラハンの鎧の一部が壊れていたようで、それを目
聡く気がついた悠は肋骨辺りの傷を治した後、他の傷は後回しにし
てデュラハンの治癒を始めていた。
鎧といえど、デュラハンの場合、鎧も体の一部となっている為に
治癒魔法も効果があるのだ。
言うなれば、召喚獣は召喚者にとって使い捨ての道具だというの
に、わざわざ手当をする悠にデュラハンはあからさまに呆れて見せ
た。
﹃マスターは⋮⋮変わってるな。召喚獣である私に飯を食べさせよ
うとしたり⋮⋮友人のように扱ったり⋮⋮終いにはコレだからな⋮
⋮変わってるよ、マスターは﹄
148
抑揚の貧しいデュラハンの言葉に悠は怪訝顔となりながらも返答
をする。
﹁⋮⋮そうかぁ? 別にそんな変わってるとは思わないけどな⋮⋮
おっと、そろそろ自室に戻っておくべきだな。⋮⋮ま、という事で、
またなデュラハン﹂
﹃またな⋮⋮か﹄
言い捨てるようにして、言うが早いか、素早く自室へと転移をし
た悠を見据えながらもぼそりと呟いた。過去を懐かしむような、微
かな哀しみが入り混じった空虚な声音であった。
149
38話 王女
﹁皆様にお集まり頂いたのは他でもありません。皆様をこの世界へ
と召喚した理由、そしてこれからの事をお話する為でございます。
勿論、私共が皆様を拘束する事はございませんのでご安心を﹂
再度、昨日と同じ、召喚に使われた部屋に訪れた悠達は呼び出し
た張本人である王女ーーリシャラの話に耳を傾けていた。
人目を寄せる金色の髪に碧い瞳。
人為的に造られたと錯覚する程の美貌を持った彼女へ向ける男子
共の好意は傍目からはっきり分かる程に明らかであった。
それはまるで魅了でもされてるのでは? と、思う程に悠を除い
た全員が魅入っている。
﹁⋮⋮いや、やっぱあの時、袈裟じゃなくて突くべきだったな⋮⋮﹂
しかし、悠は何故か1人、デュラハンとの戦闘シミュレーション
をしていた。デュラハンは片手、片足をハンデとして使用していな
いというのに全く歯が立たない事に納得がいっていないのだろう。
150
リシャラの隣に相変わらず女騎士ーーミーティラが護衛役として
立ち尽くしていたが、悠は一瞥だけをしてあとは視界にすらいれて
いない。
チラチラ見てくる女々しい男、と思われたくない事が一番である
が、今はデュラハンをどうやってギャフンと言わせてやるかで頭が
一杯なのだ。
﹁貴方様方をこの地へ喚んだのは私共が住まうランガ王国が国家存
続の危機に瀕しているからでございます。私共では対処しきれない、
そう判断した為、勇者召喚の儀を行わせて頂いた次第です﹂
その言葉に喝采を上げる者も居れば、なんで私達なんだ? と言
わんばかりに顔を顰める者。各々の反応は三者三様であった。
﹁勿論、これはあくまでも私共が皆様に頼み事をしています。この
事を私達が強要する事はありませんし、元々、強要を出来る筈があ
りません﹂
リシャラはいつになく真剣な表情で告げる。
151
﹁皆様には、民の不安の根源たる魔族を駆逐して頂きたいと思って
おります。現状、なんとか踏ん張れている事にはいるのですが、そ
れはいつまでもつか⋮⋮﹂
彼女の瞳の奥には燃えるような何かが湛えられており、どれほど
の思いを抱いて悠達に頼み込んでいるのかを物語っていた。
﹁もし、ランガ王国から出たい。とお思いになられるお方がいらっ
しゃる場合は私に伝えて貰えれば外に出る際の注意事項など諸々を
お話致します。⋮⋮先程の話に関しましては返事の方は急かす事を
勿論の事、致しません。⋮⋮私共からは以上ですのでこれにて失礼
します﹂
深々とお辞儀をしてからリシャラの護衛役数名と共に彼女も部屋
を後にする。
リシャラが居ると変に同情を誘ってしまう。という気遣いだった
のだろうが、それは逆効果であった。
﹁私をよく分からないところに連れて来るだけ連れて来て、後は放
置⋮⋮ちょっと扱いが乱雑過ぎないかなぁ?﹂
プンプンッ! とほほを膨らませてみせたのは悠達の担任教師で
152
ある結月未希だ。
クラスのマスコットキャラクターのような立ち位置となっている
彼女は基本、欲望に忠実であるが故にさらっともっともな意見を口
にする。
﹁でも⋮⋮今の生活ってここに来る前よりも数段良いし、私は別に
帰りたくないからなぁ⋮⋮あの王女様のお手伝いをしても良いと思
うなぁ⋮⋮﹂
家に帰らせろッ!
と、叫ぼうとしていた生徒は勿論いたのだが、未希の言葉を聞き、
ぐぬぬと黙り込む。
俺には彼女が居るんだよッ!
と、叫ぼうとした生徒も居たが、リシャラと比べると月とすっぽ
んどころか、煌びやかな華と犬の糞ほどであったが為にもうどうで
も良くなってしまっていた。
しかし、意見がまとまっている中、唯一1人だけ反対をしていた
者も存在している。
その者は昨日、盛大にフられた男である
153
︵⋮⋮え!? え!? マジで手伝うの!? 魔物とか余裕で殺せ
るとか思ってたら大間違いだぞ? 勇者補正とか無いし、めちゃく
ちゃ痛いんだぞ!?︶
ーー悠だ。
デュラハンという規格外の魔物と一度、対峙していた彼だけは意
見が異なっていた。
まずは彰斗にでも相談してみるか。と思うが、彰斗は静香と一緒
に気を遣い、フられて傷心中であろう悠とは少々距離をとっていた
のだ。
その為、悠が相談出来る相手は1人もいない。
だが、誰かには伝えよう。そう思いながら目を泳がせる事数分。
あぁ、そうだ。ミキティーが居るじゃないか。と思い、駆け寄ろう、
というところで何故かタイミング悪く頭が御花畑なリア王が﹁王女
様の力になろう!﹂と熱弁をふるっており、既に手遅れであった。
154
39話 1ヶ月後
ファイアランス
﹁任せろっ!! 焔の十字槍!!﹂
1m程の煤けた緑色の肌を持った小鬼ーーゴブリンに向かって長
身の目つきが厳しく、不良を想起させる男ーー桜井彰斗が魔法を撃
ち込む。
直後、グギャッという不愉快な鳴き声を洩らしつつ、斃れる。
彼らはゴブリンを倒すと直様、慣れた手つきにて魔石を抉り出し、
直径10cm程の魔石をポーチに収納していった。
﹁やっぱり何度やっても慣れないな。⋮⋮気持ちわる⋮⋮﹂
彰斗の直ぐ隣にて顔を顰めながら嫌そうに魔石を回収していた男
の名は久保田静香。
彼らは2人1組にて︻冥府のダンジョン︼のダンジョン攻略に勤
しんでいるのだが、異世界に召喚されて1ヶ月となる今日はゴブリ
ンなどの弱小魔物が住まう10層を攻略していた。
﹁それにしてもアレだよなぁ⋮⋮可哀想と言うか、何というか⋮⋮﹂
155
﹁⋮⋮あぁ、悠の事か。あれは可哀想だったな﹂
物憂げに呟く彰斗を横目に、呆れ混じりに何回言うんだよ、と付
け加えながら素っ気なく殊更に静香が呟いた。
﹁あの玉砕がキッカケかは知らねぇけど悠が戦闘組から外されると
はなぁ⋮⋮あの女騎士と関われ無いし悲しがってんだろうな﹂
戦闘組。
それは勇者召喚によって喚びだされた者たちの中でも戦闘スキル
が多く、戦闘向きだと判断された者が集うダンジョン攻略チームで
ある。
ちなみに悠は、弱く見せた方が女騎士とのマンツーマン指導が望
めるのでは!? という馬鹿な考えのもと、行動を起こした為に戦
闘組から外されていた。
下心丸出しであった悠は表向き、か弱いインドア系な勇者という
事になっており、自室に篭るといって毎日、デュラハンとの訓練に
て実力をメキメキとつけていっている。
女騎士ーーミーティラとは、目を合わせようとする度に目を逸ら
され、あからさまに嫌そうな態度をみせる為、悠のヒットポイント
は最早0に近い。
156
﹁ま、悠の事は一旦置いておいて、さっさと11層に向かおうぜ﹂
﹁そうだな⋮⋮って、お前がその話題振ったんだぞ?﹂
話題を振っておきながら自分勝手に切り上げるその所業、
ーーー自己中心的思考を極めた彰斗ならではの必殺技である。
そうして、他愛のない話を交えながらも11層へ向かって他の組
同様、歩を進めていた。
157
40話 下層の脅威
﹁ふはははは!! ついに引き分けたぞ! 7512戦7511敗
1引き分け⋮⋮道のりは長かったぜ⋮⋮﹂
ぜぇ、ぜぇと荒い呼吸の中、天井を仰ぎながら大の字で寝そべり
ながら言い放つ。
﹃⋮⋮あれを引き分けと言うのか? ま、まぁ、私はなんでも構わ
ないんだが﹄
デュラハンとの訓練2日目から決闘形式にて訓練を始めていた悠
だったが、一向に勝てる気配が無かった為、悠が勝手に戦闘を3分
間耐えれば引き分け。というルールを後付していたのだ。
そして、今回、3分ジャストで自身の首下へぴったりと刃をつけ
られたものの、これは引き分けだ!! と言い張っていた。
﹁ふはは!! これで俺も一人前だな! 記念にそろそろダンジョ
ンの外にでも行ってみようか﹂
﹃そうだな。この層よりも下層は少し厳しいからな⋮⋮﹂
158
デュラハンが口ごもっていた理由は単純明快。
すでに下層へと足を踏み入れた事があったからである。
5日前。
そろそろ下層に行っても大丈夫だろ。というどこから湧いてきた
のか分からない自身を胸に、下層へと向かったのだが、修行の場と
守護者
と呼んでいた魔物と
している部屋よりも12層程下層に立ち入った瞬間、数百年前︻終
末の神殿︼を攻略していた勇者達が
運悪く出くわし、下半身を消し飛ばされるという生死に関わる重傷
を負わされていた。
リバイタ
生命のポーションを瞬時に使用した事にてなんとか一命を取り留
めたものの、当分は下層に向かわないと悠は固く心に決めており、
ダンジョンの外には出たいと思うものの、下層に下りる気は毛ほど
も起こらないのだ。
﹁下層は厳しいからな⋮⋮じゃないよ? 俺は下層なんて二度と行
かないからね? 冗談抜きで俺、死んじゃうから!﹂
﹃あの時はマスターも魔法を使って無かっただろう? 魔法を使え
ば次こそは倒せるさ﹄
﹁うん、魔法を使えれば倒せるかもしれないけどね? アイツの場
合、魔法を使う使わない以前に、攻撃が早過ぎて魔法を使う暇がな
アイツ
とは、悠が出くわした守護者である全長5mのゴーレ
いってデュラハンも知ってるよね!?﹂
ムだ。しかし、正体不明の魔法を繰り出す守護者を前に、悠は手も
159
足も出ずに逃げ帰る事となっていた。
その為、攻略方法も不明な為、一番手っ取り早い関わらない。と
いう選択肢を彼はチョイスをする事になっていたのだ。
﹁はぁ⋮⋮憂鬱になる事をわざわざ言わなくても⋮⋮あー! もう、
明日、ダンジョンから出るわ。もう、俺出ちゃうわ﹂
﹃それはまた⋮⋮急だな﹄
上半身を起こし、半ばヤケクソにそう言い放つ。それに対し、1
ヶ月もの月日によって悠のノリに慣れてしまったのか、呆れるよう
にして返事をするデュラハンの表情の端々にはこうなる事を薄々分
かってたような感じが見受けられる。
﹁よし、そうと決まれば置き手紙をしてくるよ。ふははは!! ダ
ンジョンの外で強い魔物を見つけて新たな召喚獣を手に入れるぞー
!!﹂
﹃新たな召喚獣⋮⋮か﹄
どこか寂しそうに小さく独り言のように呟いたデュラハンの言葉
を聞き取る事なく、悠は自室へと転移をしていた。
160
41話 ついに真ヒロイン発覚!?⋮⋮すみません、多分嘘です
﹁武者修行の旅に出ます。探さないで下さい⋮⋮っと。こんな感じ
で良いだろ。抜かりはない。流石俺!﹂
ありふれたお決まりの手紙を机の上に書き置いて、悠は満足気に
呟く。
食糧といった物は既に転移魔法にて王城にある食糧庫から少々、
拝借しており、旅の支度は既に整っていた。
﹁それにしても、何故か日に日にミーティラさんから嫌われる一方
なんだよな⋮⋮いや、これはきっと愛のムチだな。ビシバシとムチ
を打たれてるが、そろそろ甘々なアメがきっと貰える筈だ。それに
昔、アメとムチはツンデレと同義とも聞いた事がある。今はツンツ
ンしてるがそろそろデレ期がくる筈だ。うん、そうに違いない。だ
から、デレ期が来るまで旅立つ。という俺の行動には意味があるん
だよ! 素晴らしい! 俺は天才か!﹂
自分以外、誰も居ない自室にて、うんうんと首肯しながら言い聞
かせるようにして呟くその姿はまごう事なき﹃変人﹄である。
自身の言葉に陶酔しつつ、黒一色のリュックサックを背負いなが
161
ら悠はふぅ、とため息を吐き出して自分を落ち着かせる。
ドクロリングというアイテムボックスがあるにも拘らず、リュッ
クサックを背負うのは彼曰く、雰囲気が大事だから、ならしい。
そして、ランガ王国を囲うようにして聳え立つ鉄製の壁を越える
イメージを浮かべながら悠は転移魔法を使用した。
﹁ーーー﹃転移﹄!!﹂
﹁⋮⋮あっれぇ? イメージと全然違うんだけど﹂
悠は森が広がっており、ギィギィと不快な鳴き声を上げるゴブリ
ン共でもいるんだろう。という意味不明な確信を持っていたのだが、
今、彼の眼前に広がっているのは焼け抉れた大地。
外には街があると聞いていたのだが、見えるのは凄絶な戦闘痕の
みであった。
162
よく考えてみれば王城の外ーー防壁の役割を果たす鉄製の壁付近
は瓦礫が散らばっていたりと酷かったな。と今更ながら思い出し、
苦笑いを浮かべる事しか出来ないでいた。
今回、悠はデュラハンを側で同行させると何かと目立って不便だ
ろう。というデュラハンの意見あって、デュラハンには修行に使用
していた部屋にて待機して貰っているのだ。
だが、デュラハンは一応悠の召喚獣な事だけあって、命じれば何
時でも側に喚ぶ事が可能である。
しかし、デュラハンは相当高位の魔物なだけあって悠と視界を共
有する事が出来ていた。その為、打ち合わせでは、彼が危険の時に
は直ぐにデュラハンが助けに入る事となっている。
1人旅は寂しいが仕方ないか。と一抹の寂しさを感じながら歩を
進めようとするが、ある光景が悠の目に映る。
肌は毒々しい紫。
そして頭から生えた2本の角。
そんな異形の者達と戦っている1人の女性が目に飛び込んで来た
のだ。
163
異形の者ーー魔族3人に対して1人という戦っている女性が戦況
的に不利な光景を前に、助けに入るか。と思い、駆け出そうとする
が突如悠は足を止めて頓狂な声を出した。
﹁⋮⋮⋮⋮あの人、俺の世話をしてくれてたメイドさんじゃね?﹂
164
42話 下っ端じゃ話にならん。ボスを出せ、ボスを
﹁おーい!! メイドさーん!! もし良ければ助太刀しましょー
か?﹂
メイドであったレーリャを視認した悠は脂汗を垂らしながら魔族
3人と対峙する彼女に向かって元気良く手を振って自分の存在を知
らせるが、帰って来たのは射殺さんばかりの殺気が乗った眼光であ
った。
﹁何で待機組であるお前が!? ⋮⋮クソッ、お前じゃコイツらに
は勝てん! 早く逃げろッ!!﹂
レーリャが待機組と口にした刹那、彼女の相手をしていた魔族の
中の1人の男がニタァ、と唇を愉悦に歪ませ、レーリャから悠へと
攻撃対象を即座に変更する。
その咄嗟の判断にレーリャはしまった、と言わんばかりに奥歯を
噛みしめるが、他2名の魔族を相手にしている彼女に悠を助けに行
く余裕はない。
﹁⋮⋮コイツが恐らく勇者の中の1人だな。不安因子は育つ前に殺
す。⋮⋮悪く思うな、少年﹂
165
2人に指示を出していたリーダーらしき魔族はそう呟く事で自分
を正当化させ、殺しに対する躊躇という感情を忘却の彼方へと追い
やる。
背中から生えた2本の翼を操り、魔族の男は悠の下へと猛進して
いく。
その間、レーリャは間違いなく悠が殺されると確信しており、王
城にて残っている勇者達が仲間の死によって再起不能とならせない
為にも決死の覚悟で悠の下へと向かう魔族の足止めをしようとする
が、残りの2人の魔族が邪魔をするせいでそれは叶わないでいた。
自分が魔族を早く殺していなかったせいで勇者の1人が死んでし
まった。
飛行し、迫り近づく魔族と悠の距離が残り数m。
レーリャは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべつつ、歯噛みを
しながら自責の念に駆られていたのだが、予想したその瞬間が訪れ
る事はなく、
166
﹁いやーん。こーわーいー! 僕、怖くておションが漏れちゃうか
もぉ﹂
場違いな程に緊張感のない声を上げながら、昔、街中で見たぶり
っ子の真似を悠は始めていた。
内股でしゃがみ込み、記憶していたぶりっ子の真似をするその姿
はキモイ。その一言に尽きるのだが、飛行する魔族は悠のキモイ姿
に目もくれず、手にしていた刃渡り2m程の大剣を彼の首元目掛け
て振るうがブォンッ! という風切り音が響くのみ。
血が飛び散る事はなく、何故か悠は何の前触れもなく得物を振っ
た魔族の前から姿を消していた。元々そこに存在していなかったの
では? と思わせる程に何の痕跡も残されていないのだ。
﹁⋮⋮何処に行った?﹂
堪らず、魔族はそう呟くがその返答は直ぐに返って来る事となっ
た。
﹁いやぁ、ホント、怖いなぁ⋮⋮怖いなぁ⋮⋮なんつって﹂
おちゃらけながら、悠は転移魔法を行使する事によって自身を殺
167
そうとしていた魔族の背後へと移動を終えていた。
彼の声を聞き取った魔族の男は慌てて背後を振り向くがそこには
先程までの巫山戯た様子は影を潜め、酷薄に目を細めながら膨大な
殺気を全身から溢れ出させていた悠の姿があった。
その姿はまるで鬼神。
普段ならば魔族の男は逃げようとしただろうが、悠の殺気にあて
られ、逃げる事すら覚束なかったのだ。
﹁⋮⋮⋮⋮洒落にならんな﹂
その呟きが男の最期の言葉となった。魔族の男を袈裟懸けに斬り
ひがん
殺し、ブンッ! と風切り音を響かせて血振りをした悠は瞬時に取
り出していたすっかり愛刀となっていた緋巌をドクロリングに納め、
﹁うひゃぁ、いつの間にか怖そうな変わった男の人が死んじゃって
るぅ。よく分からないけどラッキー、ラッキー。今日はついてるか
も。あっはっはっは!﹂
そう、うそぶく。
まるで何もなかったかのように笑う悠を眼前に、目を疑うような
光景を見せられた他の魔族達とレーリャは硬直してしまっていた。
168
43話 常識知らずは大抵強い
﹁⋮⋮2人がかりで行くぞ﹂
﹁⋮⋮了解﹂
未だはっはっは! とかしましく哄笑を続ける悠を目を皿にして
見つめていた魔族の2人だったが、慌てて我を取り戻し、レーリャ
を無視してそう呟く。
彼らは見てしまっていた。
今はうそぶく悠であったが、自分達を指示していた魔族の男を殺
す際に一瞬だけみせたあの相手を生き物とも思っていないと言わん
ばかりの澄んだ瞳。
悠
だが、魔族である彼らの主に対する忠誠心は高く、自分達が敵の
情報を少しでも引き出し、次に繋ぐ事しか考えていなかった。
その為、逃げ出したい胸中をおくびにも出す事なく、生臭い香り
が立ち昇る場所へ向かって駆け出す。
﹁うげ⋮⋮今度は2人かよ⋮⋮僕、まだゴーレムに瞬殺される程の
か弱い男子高校生なんすけど⋮⋮勘弁してくれぇ⋮⋮﹂
169
見る見るうちに距離を詰め迫る魔族達を眼前に、顔を顰めてたじ
ろぐが彼らが悠を侮る事はなく、慢心は微塵も感じられない。
なんか上手く逃げれる良い策はないかなぁ、と割と本気で悩んで
いると
ーーービュンッ!!
﹁⋮⋮あ、10円玉が﹂
視界に白銀の光が過ぎる。
だが、それを意に介す事なく咄嗟に悠は地面に視線を向けてしゃ
がみ込む。
﹁おっと、見間違いだったや﹂
彼の凡そ50m後方には刃渡り30cm程の投擲用の短刀が3本
刺さっており、顔を上げれると魔族達は殺気が渦巻いている瞳をす
がめていた。
どこかおちょくっているような態度を見せる悠の様子に魔族達は
腸が煮え返るような感情を抱きつつ、追撃の構えをとる。
170
﹁いやぁ、やっぱり今日はついてなかったのかな⋮⋮﹂
ーーーだりぃなぁ、と鬱陶しげに呟きながら後方へと飛び退く悠
の眼前を白銀の刃が奔り抜けた。
だが、攻撃が止む事はなく、間髪容れず繰り出された連撃をふぁ
ぁ、とあくびを漏らしながら首を傾けた悠の直ぐ側を白銀の刃が斬
り裂く。
﹁⋮⋮うーん。あの夢を毎日のように見てたからか、意外と殺す事
に躊躇いはなかったんだけど、お世辞にも気持ち良いとは言えない
んだよな⋮⋮﹂
気だるげに体をずらしながら、縦横無尽に斬りかかる斬撃をのら
りくらりとかわしつつ、頭を悩ませる。
繰り出される白銀の刃は虚しくも残像を斬るのみで、一太刀たり
とも悠に浴びせる事が出来ないでいた。
﹁やっぱ、デュラハンのとこに転移させて後始末はアイツに任せよ
う。うん、なんて完璧な策なんだ!﹂
171
悠々とした足運びにて余裕綽々に回避を続けながら独り言のよう
に呟いた直後、防御に徹していた悠が動く。
﹁ま、武器は壊しておくか﹂
ひがん
言葉を発する時間すら惜しいと言わんばかりに追撃に追撃を重ね
る魔族達であったが、悠がドクロリングから愛刀である緋巌を取り
出した刹那、始めて音らしい音が響き渡った。
ーーーギィィィンッ!!
激突に、大気が耳障りな共鳴音を轟かせる。
耳を劈くような甲高い金属音が虚空を裂くように鳴り響き、直後、
パキリと魔族の1人の得物がひび割れ、音を立てて砕け散っていた。
当然だな、と言いたげな目つきの悠とは反して得物を砕かれた魔
族の瞼は驚愕に見開かれる。
﹁⋮⋮あ、折角の機会だし、デュラハンに内緒で完成させた必殺技
172
をかましてやるか!﹂
わら
無邪気に微笑いながらそう発した。
ぼうよう
刹那、悠の表情からは普段の巫山戯た様子がなりを潜め、感情が
消えた茫洋とした声で言い放つ。
ふつのみたまのつるぎ
﹁﹃片鱗を晒せ⋮⋮布都御魂剣﹄﹂
悠が︻終末の神殿︼にてゴブリンに対し使用した雷剣とは全くの
別物。
ふつのみたまのつるぎ
この1ヶ月で魔力の使い方もデュラハンから叩き込まれていた彼
タケミカヅチ
は自身の実に7割程の魔力を込めて布都御魂剣を生成していた。
モデルは日本神話。
剣の神でありながら雷の神でもある建御雷神の剣をモデルにして
いるが、本物には遠く及ばないものの、悠が生成したモノは擬似神
剣と呼んで良い程の出来であった。
柄は存在せず、全てが雷で生成された言わば魔力の塊。
バチバチッ、と音を響かせながら必殺技を試し終わったらデュラ
ハンのとこへ転移させよ。と心に言い聞かせながら2人の魔族に向
173
かって擬似神剣を振るう。
ふつのみたまのつるぎ
﹁﹃天地を抉れッ! 布都御魂剣!!﹄﹂
雷光一閃。
悠が振るった瞬間、彼を中心として半径50km圏内の地域の音
が、声が爆音に掻き消される事となった。
174
44話 魔化
﹁おっと、ちょいとやり過ぎだったかなァ? ⋮⋮まいっか! 気
にしてもどうにもならないし、気楽にいこ、いこ。あはははハハ!
!﹂
ふつのみたまのつるぎ
、、
悠が放った布都御魂剣によって天が割れ、大地が痛々しいまでに
抉られた光景を生み出した張本人はそう嗤う。
どこか嗜虐的な笑みを浮かべながら。
、、
割れた天から差し込む光が余すところなく悠を照らし、彼の鮮血
が垂らしこまれたような紅眼がレーリャの瞳に映っていた。
ーーー紅い瞳だったか?
おうよう
ぐら
レーリャはそう疑問に思い、鷹揚と佇む悠に尋ねようとするが彼
の底知れぬ闇から響いたようなドス昏い声によって口ごもってしま
う。
﹁んン? まだ息してる生き物いたんだァ。⋮⋮早く殺さないと﹂
175
愉悦の曲線を唇に描き、ドス黒い負の感情を湛えた紅眼で新たな
獲物を探すその姿はまるで本能に付き従う野生の猛獣。
溢れんばかりの膨大な殺気を噴き出しながらレーリャを見据える。
れいり
比較的怜悧な彼女は普段であれば逃げ出したであろうが、悠の今
の姿を前に、慟哭すらも出来ないでいた。
辟易し、死を覚悟するレーリャであったが、悠の様子が可笑しい
事に気づく。
、、
﹁⋮⋮危ない、危ない。ちょっと興奮しただけでこのザマかぁ⋮⋮
デュラハンも厄介なモノを俺に渡してきたもんだな⋮⋮あー、しん
ど⋮⋮﹂
右手で目元を覆い、悠は紅眼を隠す。刹那、膨大な殺気はすぐさ
ま摩耗していった。
ーーー勘弁してくれと言わんばかりに脱力しながら悠は手で覆っ
たまま天を仰ぐ。
5日程前。
176
リバイタ
下層に向かった悠とデュラハンであったが、
守護者
からだ
の攻撃を
守護者
から
受け、酷い損傷を負ったものの、生命のポーションで失った身体を
再生させていた。
しかし、身体が思い通りに動くからといって悠が
逃げれるワケではないのだ。
そんな彼の窮地を救ったのがデュラハンが悠に﹃もしも﹄の場合
に使えと渡していた黒い丸薬であった。
ーーー多用すれば人間とは異質の存在となる。
守護者
からは逃げ切れたも
妙に実感が込められたデュラハンのよく分からない言葉であった
が、悠は逡巡なく丸薬を飲んだ為、
のの、先程のように少しの興奮や、血を数分見るだけでドス黒い何
かが自分を染め上げてくるような感覚に見舞われるのだ。
その際に、瞳は日本人独特の黒眼から紅眼と変色してしまうのだ
魔化
と呼んでおり、悠の場合は不安
が、変な感覚に見舞われる際は決まって普段よりも魔力や力が身体
中を満たしていく。
その現象をデュラハンは
定となっているが、それを御する方法が外にはあるらしく、彼がダ
ンジョンの外に行きたがっていた理由の1つでもあった。
177
そんな異様な光景を眼前に、レーリャは呆然としていたが、すぐ
さま我を取り戻し、足を進める。
手にしていた剣を納める事なく、彼女の瞳には燃えるような何か
が宿っていた。
﹁あー、そうそうメイドさん。大丈夫だった?﹂
今更か。
と思いつつ、喉をくっくっくと鳴らしながら悠が尋ねる。
しかし、直ぐに返事はなく、間を空けて返ってきた予想の範疇を
超えた返答に気持ち悪い脂汗を滝のように流す事となってしまった。
﹁お前は何者だ? ⋮⋮宮西悠。答えろ。⋮⋮動けば殺す﹂
レーリャは首の薄皮1枚程を斬りつつ、酷薄に細めて半眼となり
ながらそう尋ねる。
否、現在進行形で絶賛、脅され中であった。
178
179
45話 勇者︵前書き︶
お待たせ致しました。3度目となるアホ更新の時間です。どうぞ、
ごゆるりと!
180
45話 勇者
ーーー何故あれ程の力を有している!?
凍えるような悪寒が背筋を走り抜けながらレーリャは驚愕に目を
剥く事となっていた。
生物としての本能は今すぐに目の前の勇者ーー宮西悠を殺せ。と
訴えかけてくる。
ふつのみたまのつるぎ
目の前の相手が危険過ぎる存在と理解していた為、その意見には
彼女も賛成であったが、悠が放った布都御魂剣を目にしたレーリャ
は自分では彼を殺す事は出来ないと悟っていた。
冒険者という死と隣り合わせの職業で、しかもAランクの彼女は
元上司にあたる女騎士ーーミーティラに懇願され、勇者の訓練をし
たり、ダンジョンに付き添った経験がある。
少々高価な装備を着用してゴブリンを嬉々として倒す者。
汚らわしいと言って逃げる者。
181
反応は三者三様であったが、レーリャからしてみれば本当にこの
者たちが勇者なのか?
と、疑心してしまう結果となっていた。
身の丈に合わない強力な魔法を使える筈なのに安全第一と言わん
ばかりに︻冥府のダンジョン︼攻略は遅く、擦り傷を負っただけで
3日ほど休む者などがいる始末。
命を賭す覚悟。
冷静な判断力。
絶対たる力。
そして、皆を率いるカリスマ性。
勇者に必要なモノを挙げればキリがないのだが、召喚された勇者
達にはそれが何1つ備わってない。
勇者達は体力もない為、訓練も長くて1時間。
そんな生活が数週間続いたある日、レーリャは唐突に尋ねていた。
ーーー勇者様方はどんな世界で生きてきたのか?
敵を殺す事は出来るのか?
182
あまりにも平和的過ぎる彼らにそう尋ねると予想通りの返答であ
った。
争いのない平和な世界。
殺す事は出来ない。殺しは人道に反する行為だ!
その返答を聞いた翌日から彼女は勇者達に関与する事をあからさ
まに避けるようになった。
こんなヌルい考えを持った勇者を鍛えるくらいなら自分を鍛え、
一刻も早くSランクになる為に己を磨こうと決めたからだ。
勇者の力に興味があったからこそ、ミーティラからの勇者を鍛え
て欲しい。という誘いに乗ったものの、見事に期待外れであった。
ーーー初日に自分が世話をしていた宮西悠という勇者に警戒をし
てしまったのが馬鹿らしく感じてしまう。どうせ彼は弱い魔物の返
チート
というヤツなんだろう。
、
り血でも浴びたのだろう。彼が装備していた外套も勇者達がよく口
ずさんでいる
それほどまでに彼女は勇者に落胆していた。
、、、
どうせ勇者はろくに役立たずに死んでゆく。これまでのようにあ
の王女が苦労する事となるのだろう。
183
彼女はいつか壊れる。
その時がランガ王国の最期になるだろう。
しみじみとそう思いながらランガ王国を後にしたレーリャであっ
たが、宮西悠という勇者だけは例外だった。と思い知らされる事と
なった。
冒険者のランク分けとは表向き、依頼書にあった人材をあて、適
材適所とする為。となっているが実際は違う。
下位の魔族を単独撃破出来る者はBランク。下位の魔族2体を相
手に渡り合う事が可能な者はAランク。
そして中位の魔族を単独撃破出来る者をSランクとし、高位の魔
族と渡り合える者をSSランクという位置づけにしているのだ。
その為、魔族が存在してそうな場所に向かう場合、Aランク以上
の冒険者が1人以上パーティに居る事が義務付けられている。
ランガ王国を後にしたレーリャは勇者を殺すべく王国外にて待ち
伏せていた中位の魔族1体と下位の魔族2体と相対する事となって
しまった。
184
ランガ王国王女であるリシャラ・ランガが大々的に勇者召喚をす
る事を広め、勇者召喚に興味を持ち、様子見でランガ王国にやって
きた世界各地に散らばっているSSランク冒険者やSランク冒険者
グレシア王国
に行く為には魔族達が待ち伏
を勇者達の指南役として雇う為であったが、結果は誰1人として訪
れる事はなかった。
レーリャが向かう
せている場所からでなくては行く事が叶わないのだ。
その為、対峙する事となったが、攻めるに攻めきれず防御に徹す
るしかなく、ジリ貧であった。
そんな中、現れたのが戦闘スキルを持ち合わせていない。という
事で待機組となっていた宮西悠。
ろくに訓練すらも受けてない勇者である彼が魔族に勝てる可能性
は皆無。なのに拘らず、己が勇者であるからか、助太刀する。とほ
ざく。
どうせ、勇者特有の平和的思考を彼も持ち合わせており、話し合
いで解決できるとでも思っているのだろう。
185
悠が魔族に勝てないと信じて疑っていなかったレーリャは慌てて
逃げろ! と叫ぶが、時既に遅し。
中位の魔族が彼を殺さんとばかりに鋭い眼光で射抜き、狙いを定
めて飛び迫っていたからだ。
中位の魔族は恐るべき速度にて距離を詰めるが、レーリャが予想
していた瞬間が訪れる事はなかった。
テレポート
魔族が首元に向かって剣を振り下ろした刹那、悠の姿が掻き消え
る。そしてまるで空間転移をしたかのように中位の魔族の背後に出
現し、逡巡なく首を刈り取って絶命させる。
他の勇者達は人の姿をしていなければ辛うじて殺せる。と言って
いた為、それでは魔族を殺せないと言ってるものだな。とレーリャ
は呆れていたのだが、悠に躊躇いなど一切存在しなかった。
勇者達は何故か例外なく剣を不得意としており、訓練を始めても
直ぐに挫折する軟弱者だと思っていたが、彼の技の冴えは鳥肌が立
ってしまう程に無駄がない。
決して大振りにならず、追撃が来たとしても即座に攻撃を防げる
ように構えているように見える。
186
大振りをすれば殺される。
隙を見せれば殺される。
自分の攻撃では殺す事が出来ないと知っているから攻撃直後に防
御が出来るようにしておく。
そう言わんばかりに弱腰になっている、とも思える攻撃。それは
まるで、自分よりも格上とひたすら打ち合っていたような戦い方。
そんな彼の剣を眼前に、レーリャの全身にゾワリと寒気が走るが、
それは恐れからではない。自分が求めていた圧倒的な力を持つ勇者
がいた事に対する歓喜のあらわれだ。
だが、それと同時に宮西悠という勇者が危険な人間だと認識して
いた。
彼女が見てきた勇者達は例外なく、貧弱で平和的思考をしていた
にも拘らず、1人だけ殺しに躊躇いがない強者がいるのか? と。
そう聞かれれば、まず始めに浮かぶ答えがその勇者は魔族が化け
た勇者ではないのか? というモノだ。
187
そう考えているうちに下位の魔族達が彼に向かって襲い掛かる。
中位の魔族が敵わなかった相手に下位の魔族が勝てるワケがない
じゃないか。
先程とは打って変わって楽観していた彼女だったが、それは悪い
意味で裏切られた。
悠は距離が少々離れたレーリャが吐き気を催す程の膨大な魔力を
濃縮した擬似神剣を生成し、下位の魔族2体を葬ると同時に天を割
り、軽く地形を変えていたのだ。
ーーー圧倒的な力でねじ伏せるその力はまるで魔王。
凄絶な攻撃に絶句していたレーリャであったが、刹那、悠の周囲
を濃密な鬼気が渦巻き始める。
そして響く憎しみに駆られた昏い声。
魔族のような紅眼となっていた悠を前に怖気づくレーリャであっ
たが、突如彼の様子が変化する。
188
その瞬間を逃す事なく駆け出し、何度も耳にした能天気な声が虚
空に響くと同時に手にしていた得物の刃を悠の首筋につけて問う。
﹁お前は何者だ? ⋮⋮宮西悠。答えろ。⋮⋮動けば殺す﹂
189
46話 ⋮⋮シニタイ
﹁な、何者だ? と言われましても年齢=彼女いない歴の絶賛傷心
中の男子高校生としか⋮⋮﹂
﹁⋮⋮巫山戯るな。真面目に答えろ。さもなくば斬り落とすぞ﹂
いや、全く巫山戯て無いんですけど⋮⋮という悠の胸中など露知
らず、レーリャは酷薄そうに細めた瞳で彼を射抜き続ける。
ーーーなんだ? 好きなタイプの女性から始まり、年齢や身長ま
で言えってか!? 俺が歳上フェチだって事を晒せってか! あぁ、
いいよ。分かったよ。言ってやんよコンチクショウ!
半ばヤケクソになりながらも悠はふぅ、と息を吐いてから捲し立
てようとするのだが
﹁一から十まで言わないと分からないのか? お前は魔族なのか?
と私は聞いてるんだ﹂
﹁⋮⋮あ、僕、人間です。なんだぁ、お前のフェチを言えって事じ
ゃなかったんだ⋮⋮ほんと、理解力が乏しくてすみません﹂
そう遮られ、ペコペコと頭を下げる。
最早立場は逆転してしまっていた。
190
﹁そうか、人間か⋮⋮なら死ね﹂
﹁ちょ、なんでえぇぇぇ!? 普通、そこは見逃すところでしょう
が! 人間でも殺すって、だったらさっきのあのやり取りはなんだ
ったの!?﹂
そう口にしながら剣を薙ぎ払うようにして振るうレーリャであっ
たが、間一髪のところで悠はしゃがみ込み、文句を垂れながら回避
に成功していた。
﹃マスター、聞こえてるか?﹄
お告げ
窮地に陥った悠はどうしよう、どうしようと頭を悩ませ、女に手
をあげれない自分を呪っていると救いの女神から念話が届く。
﹃でゅ、デュラハンさーん! 助けて! 僕、今ピンチなの!﹂
ただの女性ならば、転移魔法で転移して逃げればいいだろうが、
相手は自分のメイドだった女性。しかも意中の相手であるミーティ
ラと親しく話していたレーリャである。
良く無い事を言われ、ドン底にある彼女の自分に対する好感度が
191
地面を突き抜ける事だけは避けねば!
という考えのもと、この場を切り抜けるいい案は無いか? と摸
索していると
﹃視界を共有しているからな、それくらい理解してるさ。マスター、
朗報がある。私の能力で目の前の女を見た限りではアイツは間違い
なく初心だ。恥ずかしがるような言葉を掛けてやれば丸く収まる。
マスターは無駄に顔が良いからな。きっと上手く行くさ﹄
素晴らしい案を授けて下さった。
それと無駄には余計だ。訂正しろ! とぶーぶー言いながらも悠
はニタリと自信に満ちた笑みを浮かべる。
ミーティラさんの為にと決め台詞はもう数十種類も考えてるぜ!
と自慢気に呟き、わざとらしく髪を掻き上げながらレーリャと対
面して口を開いた。
﹁⋮⋮キミが華のように美し過ぎるから⋮⋮つい、張り切っちゃっ
たんだ⋮⋮あぁ、今すぐにキミの笑顔を俺だけのモノにしたいz⋮
⋮グホォッ!﹂
﹁⋮⋮キモ過ぎる﹂
推敲に推敲を重ねた自信作のポエムの一部を悠は言ってみたのだ
192
が、返って来たのは無慈悲なハイキック。
鳩尾付近に炸裂し、呼吸困難となっていた。
ーーーな、何故だ!? あんな言葉を聞けば誰でもころっと落ち
るだろ!
そう毒づくが、それは自分の彼女いない歴に聞けというもの。
悠が地面に膝をついて盛大に悶絶していると追い討ちをするかの
ようにして
﹃流石にさっきのは私でもキモイと思うぞ⋮⋮﹄
若干ひきぎみのデュラハンさんからトドメの御言葉が。
ジーザス!!
アーメン!!
パンナコッタ!!
﹁⋮⋮グスッ⋮⋮もう、もう一思いに殺してくれぇ⋮⋮﹂
193
痛みからか、悲しみからか、目から大粒の雫が滴っており、涙を
流しながら崩れ落ちたその姿は、かなり惨めなモノであった。
194
47話 グレシア王国
﹁⋮⋮ま、一連のやり取りはちょっとした冗談だ。勇者として召喚
されたお前を殺す気はないから安心して欲しい﹂
クスリと笑みを洩らしながら冗談だと少々悪びれながらレーリャ
が告げる。
剣を殺す気で振っていた彼女から冗談だ、と言われても現実味が
感じられなかったのか、はへ? と素っ頓狂な声を出しながらアホ
面をさらしていた。
﹁お前が魔族ではない、というのは先程のやり取りで分かった。あ
まりにも人間味に溢れてるからな⋮⋮というか溢れすぎてて、鬱陶
しいくらいだ。⋮⋮だからと言ってお前を全面的に信用したワケで
はない。だからこれをつけろ﹂
そう言ってポケットの中からあるモノを取り出して悠に向かって
投げ渡す。
銀色の何かが宙を舞い、大事そうに両手で掴み取ったそれは
ーーー銀色の指輪であった。
195
特に装飾が施されていない指輪であったが、思春期真っ盛りの男
子高校生に渡してしまうと
﹁は? ⋮⋮あ、あー⋮⋮あのね? メイドさん。こういうモノは
順序を踏んでいってから﹁何を勘違いしているのか知らないが、さ
っさと嵌めろ﹂﹂
このように、120%の確率で勘違いを起こしてしまう。
モノ
だが、そんな思春期男子の反応に対し、口元を歪めながらうんざ
りしたように言葉を遮るレーリャは彼に渡した指輪と遜色のない新
たな指輪をすぐさまポケットから取り出して右手の人差し指に嵌め
ていた為に、悠は全てを悟ってしまった。
ーーーあー、魔道具とかそっち系のやつね。はいはい、分かって
ましたよ? そんな事くらい⋮⋮あれ? おかしいな⋮⋮涙が⋮⋮
てっきり薬指に嵌めちゃうロマンに溢れたヤツかと思い込んでい
た悠は一抹の寂しさを覚えながらもレーリャと同じ右手の薬指に嵌
める。
彼は既にアイテムボックスの役割を果たすドクロリングを中指に
196
嵌めており、レーリャから貰った謎の指輪を嵌めた事でそろそろメ
リケンサックでも出来るんじゃね? などとアホな考えで頭は一杯
であった。
﹁その指輪はもう察してるとは思うが魔道具だ。それは嵌めると1
年の間は外す事は出来ない上に嵌めた人間の一方が死ねばもう一方
も死ぬという効果が付与されている。⋮⋮こうでもしないと私が夜
もまともに眠れないんでな﹂
﹁ふぅーん、分かった﹂
てっきり一蓮托生となった状況に戸惑いを見せるのかと思いきや、
唖然としてしまう程に淡白な返答であったが為に、レーリャは反射
的に眉根を寄せる。
﹁⋮⋮まぁいいか。⋮⋮宮西悠。先程の力、それなりのワケがあっ
て皆の前では隠しているんだろう? 私はその力に助けて貰った身。
無闇に他言する気はないが⋮⋮その代わり、私の頼みを聞いてもら
えないだろうか。弱みにつけ込むような事をして申し訳ないとは思
っているが、こちらにも事情があるんだ⋮⋮﹂
﹁んー、別にいいよ。特に急ぐ予定は無いし⋮⋮というか、フルネ
ームで呼ぶの疲れない? 悠でいいよ。⋮⋮あ、でも金を稼ぐ方法
とかは出来れば教えて欲しいかなぁ⋮⋮﹂
苦虫を噛み潰したような表情を見せ、おくばを噛みしめる彼女の
態度とは一転、地べたに胡座をかいていた悠は﹁磯野、野球しよう
ぜ!﹂並の軽い感じでOKを出していた。
197
ーーー何か企みでもあるのか? と訝しむレーリャの心配は杞憂
というモノ。
ーーー世話して貰ってた礼もしないとって思ってたし⋮⋮それに、
1人で旅するよりも大勢の方が良いよなぁ⋮⋮でも、むさ苦しいの
は勘弁だが。
と、彼の頭の中は見事な御花畑が咲き誇っているのだから。
﹁⋮⋮分かった。出来る限りの事は世話をする。こちらが頼んでい
るからな⋮⋮詳しい事は私の実家で話そう。行き先はランガ王国か
ら南西に50km程の辺りに位置する
ーーーグレシア王国だ﹂
198
48話 レーリャの弟
、、、、、、
﹁ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ⋮⋮なぁ、マジで舐めてるの?レーリャさん。
優し過ぎると巷で有名な僕の堪忍袋の尾はもうプチンッて切れちゃ
う寸前だからね?﹂
ランガ王国のように国全体が結界のようなモノや鉄壁に囲まれて
いる事のない街らしい街に到着した悠は中腰になりながら、荒い息
を洩らしながらも文句をたれていた。
とき
それは仕方のないと言うもの。
未だ日は落ちきっておらず、刻は黄昏。
照らしつける残照が目に優しく、なんとも心地の良い時間帯であ
る。
、、
要するに、ランガ王国からグレシア王国までの距離ーー凡そ50
kmを1時間未満で悠は走りきっていたのだ。
元々、転移魔法でひとっ飛びしてやろうと思っていたのだが、み
だりに手の内を見せるな。とデュラハンから叱られていたが為に走
るしか移動手段が無かったのだ。
199
勿論、一度レーリャの前でもう転移魔法を見せちゃってると思う
んですが⋮⋮と下手に出ながら微かな抵抗を見せたが、まだ悟られ
ていない。の一点張りでデュラハンの意見を悠では曲げる事は出来
なかった。
対してレーリャは風魔法を使用し、身体を浮かせて風の力で1人
楽をしてグレシア王国に到着していた。
だが、彼女の風魔法による移動手段は1人限定のようで、悠が楽
をする事は一秒とてなかったのだ。
ーーーぜってぇ許さねぇ⋮⋮せめて一緒に走るとか気を使ってく
れても良いだろ⋮⋮今度、レーリャさんが食う料理にタバスコでも
放り込んでやる⋮⋮
胸中にて復讐に燃える悠だったが、
﹁すまない。後で美味い飯を奢るからそれで許してはくれないか?﹂
﹁え? 美味い飯? うっはぁ、どんなのだろ⋮⋮海鮮類とかある
のかな⋮⋮超楽しみなんですけど!﹂
その感情は一瞬で忘却の彼方へと消え失せる。なんとも現金な男
200
か。
そんな他愛のない話を交わしながらグレシア王国に足を踏み入れ
ていた。
ランガ王国は南西。
日本のように四季はなく、一年中秋と冬が入れ替わる変わった気
候に見舞われる地域であるグレシア王国。
魔族領と人間領の丁度境に位置するランガ王国とは違い、閉鎖的
ギルド
ではなく、物資の流通なども良いのか大勢の人で国全体が賑わって
いるように感じる程だ。
そして、グレシア王国にはランガ王国には存在しない
というモノが街の中心地にそびえ立っている。
それは街のシンボルであり、人間の生命線でもあるモノだ。
5mはあるのでは? と思ってしまう程に大きい扉からは多くの
人が出入りしており、グレシア王国に初めて訪れる者なら誰しもが
目を吸い寄せられてしまうだろう。そして、悠もそんな1人である。
、
﹁そういえば悠はギルドを見るのが初めてだったのか? ⋮⋮まぁ、
201
いつかは私が案内をしよう。あぁ、あれが私の家だ﹂
おぉー、と彼女の思いも寄らない発言に感動している最中、そう
言ってレーリャの指の先には立派な木造りの一軒家が建っていた。
日本にて、とある住宅地に建てられた一軒家に住んでいた悠の実
家の2倍は少なくともあるな。と感じさせる程の大きさだった。
ーーーてか、メイドやらなくても普通に裕福だよね!?
ともっともなツッコミを心の中で入れているうちにレーリャは自
分の家へと足を進めており、今まさにドアを引き開けている。
﹁⋮⋮遅かったね。お帰り、姉貴﹂
彼女がドアを開けると、レーリャに似た160cm程の背丈であ
った白髪の少年が出迎えていた。
202
49話 クロネア
レーリャが引き開けた扉の先には中学生か高校生かと首を傾げて
しまう年の頃の青年が快く彼女を出迎えていた。
細身で華奢な体躯であり、どこか儚げな印象を与える少し不思議
な雰囲気を纏った彼は姉貴、と呼んでいたレーリャによく似ている。
恐らく街中で彼を見つけていたとしても悠は彼がレーリャの姉弟だ
と分かった事だろう。
﹁あ、いや、少しミーティラさんに予め期間を延ばして貰っててね
⋮⋮﹂
悠はレーリャに追従するように彼女の家に向かって歩み進めてい
たのだが、レーリャとレーリャの弟の会話を耳にし、訝しむように
眉根を寄せていた。
ーーーしゃべり方がガラリと変わってるな、おい。
レーリャは悠の前では敬語か、男のようなしゃべり方だった為に
それが本来の姿なのかと思っていたのだが、現実は異なっており、
先程の口調は紛れもなく女性独特のモノ。
203
男が使っていれば、お前はオカマか! とツッコミを入れている
優しい口調であった。
﹁⋮⋮で、どうだった? 勇者は。強そうな人は居た?﹂
、、
﹁拍子抜けする程に期待外れだった⋮⋮かな? あんな軟弱勇者に
頼むくらいならAランク辺りの冒険者を雇った方がまだ可能性はあ
るかもしれないよ﹂
イレギュラー
レーリャは自分の弟の質問に、役立たずしかいなかった。と断言
すんでのところ
してやりたかったのだが、先刻ほど前に唯一の規格外の人間を偶然
見つけてしまっていた為、既の所で言葉を濁す。
﹁うーん⋮⋮やっぱりそう事は上手く運ばないかぁ⋮⋮ところで、
勇者でないなら、あの人は誰?﹂
そう言って彼が指差した先には黒一色の外套に身を包み、フード
を目深く被った男ーーー悠が身じろぎ1つせずに佇んでいた。
普段の好奇心旺盛を地でゆく悠ならば、﹁あれあれぇ? なんか
レーリャさん、いつもとしゃべり方が違うような⋮⋮あっ、もしか
してキャラ作ってたんですか? あぁ、それは失礼な事を聞いてし
まった⋮⋮ホント、すみません⋮⋮ぷくく⋮⋮﹂などと口走ったり、
彼女の家や弟の事に対して茶々を入れても可笑しくはないのだが、
今回はデュラハンと念話
204
にて会話をしていた為、そんな事は起こり得なかったのだ。
、、
﹃マスター、あの白髪の男⋮⋮どうにも同種な気がしてならない。
気をつけろ﹄
魔化
、、、、
のような力を行使出来るかも
﹃同種? 人間ってことか? それなら俺でも分かったけど⋮⋮﹄
﹃⋮⋮私がマスターに教えた
しれないと言ってるんだ。気をつけろよ、マスター。アイツらは大
概、人間を恨んでいるからな。何がキッカケで殺意に感情が変化す
るか分からないぞ﹄
呆れ混じりに1から10まで話すデュラハンに対し、成る程ねー
! と首肯しているといつの間にか目と鼻の先にまで近づいてきて
いたレーリャの弟から右手を差し出されていた。
イレギュラー
﹁貴方が規格外な勇者さんですか⋮⋮初めまして、僕はそこに居る
姉貴⋮⋮レーリャの弟のクロネアです。クロとお呼び下さい、宮西
悠さん﹂
至って普通の男の子じゃないか? と一瞬、黙考しながらも悠は
右手を続くように差し出した。
205
50話 氷蝕のダンジョン
ここ
﹁宮西さん、グレシア王国に着いて早々なところ申し訳ないのです
が、母にはあまり猶予がなくて⋮⋮今日から潜っても大丈夫ですか
?﹂
やけに丁寧な口調にてクロネアが申し訳なさそうにそう告げる。
母?
猶予?
潜る?
聞きなれない単語などに小首を傾げ、悠はレーリャへと視線を向
けると彼女は渋面となっており、あからさまに目を逸らす始末。
弁明の余地は微塵もなく、ギルティである。
そんな悠とレーリャの無言のやり取りにて全てを察したのか、肩
を竦めつつ、咎めるかのような鋭い眼光にて彼女を射抜きながら
﹁姉貴⋮⋮何も話してないの?﹂
206
そう尋ねる。
クロネアの言葉にはなんとも言えない力がこもっており、怖ず怖
ずとレーリャは一度だけコクリと首肯していた。
彼女の表情は目に見えて青ざめており、その態度を見てクロネア
は怒る気も失せたのか、はぁぁー、と深いため息を盛大に洩らして
から再び悠と向き合う。
﹁詳しく説明もせずにここまでご足労頂いて本当に申し訳ありませ
んでした⋮⋮あまり時間を掛けてはいられないので掻い摘んでお話
する事になりますが、御容赦下さい﹂
出来た弟さんだなぁ⋮⋮としみじみ思いつつ、キッと時折レーリ
とは言われているものの、その病は通称
という伝染病に掛かってしまい、今は床に
黒蛇病
黒蛇病
ャを睨みつけるクロネアの話に悠は耳を傾けた。
﹁僕達の母は
就いています。
不治の病と言われているモノで、何人もの医者に診ては貰ったので
すが、例外なく匙を投げられました。ですが、このグレシア王国に
唯一存在する︻氷蝕のダンジョン︼と呼ばれるダンジョンの最下層
にとある薬草が生えている、という噂を耳にしまして⋮⋮﹂
﹁その薬草を取る為にダンジョンに潜ろうとしてるが、如何せん戦
力が足りなかった、と?﹂
﹁えぇ、お察しの通り⋮⋮﹂
207
何故か普段は察しの悪い悠なのだが、今回はクロネアの言わんと
する事を理解し、神妙な面持ちにてそう発していた。
こくじゃびょう
黒蛇病とは、はじめは身体のどこか一部分に小さな黒い斑点のよ
うなシミが出来るだけなのだが、それがたちまち、蛇のような紋様
へと広がっていき、それが全身に達した時、感染者は苦しみながら
息を引き取ってしまう、という病だ。
﹁もし、僕の話が信用に足らないと言うのならば、母の部屋までご
案内致しますが⋮⋮﹂
向かう場所は最下層。危険は勿論、付きまとう為、悠が自分達に
協力をしてくれないんじゃないだろうか?
などとクロネアは愁いに表情を曇らせながらも尋ねる。
守護者
。
最下層。と聞き、悠の頭に浮かび上がるのは自分の下半身を消し
飛ばした全長5mのゴーレムこと通称
彼の場合、守護者が出現した場所が前人未到の︻終末の神殿︼で
はなく、初心者でも潜れる︻冥府のダンジョン︼だと思っている為、
ダンジョン攻略に対して不安しか抱いていないのだ。
208
その為、ダンジョンはちょっとぉ⋮⋮と、断ろうと思ったのだが、
氷蝕のダンジョン
⋮⋮なぁマスター。折り入って頼みがある﹄
意外な者の言葉によってその意見は塗り替えられる事となった。
﹃
﹃んー? 急にどうしたよデュラハン。あ、もしかしてダンジョン
に行くなとかそんなヤツ? 安心しろ⋮⋮俺はあのゴーレムと遭遇
の最下層に存在するフロアボス
銀
して以来、ダンジョンなどに潜るつもりは﹃違うんだマスター。頼
みというのは⋮⋮
氷蝕のダンジョン
の魔石を取ってきて欲しいんだ﹄
ーーー
獅子
209
51話 出発
﹃⋮⋮⋮﹄
てっきりデュラハンはダンジョンに潜るな。と言うのかと思って
いたのだが、実際は真逆。
それも潜って欲しいと悠は懇願されていた。
元々、デュラハンは自分の立場は召喚獣だから。といって悠から
の頼み事を聞くだけで、悠に頼む事など一度たりとて無かったのだ。
意外な意見に加え、デュラハンから懇願された。というダブルパ
ンチを前に絶句する他なかった。
驚いたように目を瞬く悠を眼前に、クロネアは疑問符を頭の上に
浮かべる。
そんな彼の表情を見て、そういえばまだ、返事をしてなかったな。
と、少々焦りながらデュラハンへの返答も込めて一瞬だけ黙考して
いた悠は口を開く。
﹁事情は分かった。ま、個人的にちょっとした野暮用も入ったんで
210
ね⋮⋮その話、引き受けるよ﹂
﹁⋮⋮同情を誘うような言い回しをしてしまい、本当に申し訳あり
ません。⋮⋮厚かましいですが、その優しさに甘えさせて頂きます。
有難うございます、宮西さん﹂
そう深々とレーリャ共々お辞儀をしてからクロネアがとある長方
形の銀色をしたカードを悠に手渡した。
﹁⋮⋮これは?﹂
唐突な出来事に眉をひそめる悠であったが、そんな態度を前にク
ロネアは小さく笑いながらいたずらっぽく人差し指を口元へと持っ
て行き、
﹁ちょっと僕、手癖が悪くて⋮⋮これはギルドカードです。ダンジ
ョンはギルドカードを持ってないと入る事が出来ないので、こんな
時の為に何枚か拝借しておいたんです﹂
悠の耳元近くでクロネアはそう伝えるのだが、レーリャには筒抜
アレックス
となっていますが、
けだったようで、彼女は嘆息しながら肩を竦めていた。
﹁カードに記録されている名前は
聞かれる事なんて多分一生ないと思うので小耳に挟む程度に覚えて
おいて頂けたらそれで。何か質問はありますか?﹂
211
﹁ん、大丈夫﹂
﹁では、向かいましょうか﹂
トントン拍子に話が上手く進んでいき、早くもダンジョンへと向
かう事となっていた。
ふつのみたまのつるぎ
悠の頭の中は、自身の下半身を消し飛ばしたゴーレムと再び遭遇
した場合、布都御魂剣にてゴーレムが存在するフロアごとぶっ壊し
てやろうか。などと物騒な事で一杯となっている。
悠とクロネアが会話をしている最中、自分はお役御免だな。と早
くも悟っていたレーリャは家から荷物らしき物を取り出して1人せ
っせとダンジョンに潜る準備をしていた。
気づけは服も革鎧などに着替えており、中々サマになっている。
よいしょ、よいしょと荷物を運ぶレーリャに向かってクロネアが
﹁姉貴、もう行くよ﹂と急かし、文句を垂れられている光景を眼前
に、悠はくくくっと喉を鳴らしていた。
212
52話 いざ参らん
﹁ところで、悠さんはどんな戦闘スタイルなんですか?﹂
悠さん
で落ち
宮
レーリャが用意していた大量の荷物を配分して運びながらクロネ
アが悠にそう問う。
は流石にやめてくれ、と、懇願した結果
仮にもこれからダンジョンを共に攻略していく仲なのだから
西さん
着いていた。
悠はタメ口でも良いと言っていたのだが、そこは譲れないらしく、
悠もあまり踏み込むベキではないと判断したのか、それ以上言う事
はせずにダンジョンへと向かって3人で歩を進めている最中である。
大量の荷物はアイテムボックスの役割を果たすドクロリングに入
れて運ぼうか? と悠は口にしようとしていたのだが、今日出会っ
たばかりの人間に生命線である荷物を渡すべきではないな。と思い、
喉元にまで迫っていた言葉を飲み込んでいた。
﹁戦闘スタイルかぁ⋮⋮ねぇ、レーリャさん、俺ってどんなスタイ
ルに見えちゃう? あ、スラリとした肢体が私好みの素敵な男性と
か言っちゃっても良いんだよ? 良いんだよ? ⋮⋮すみません、
213
今のは聞かなかった事にして下さい⋮⋮﹂
大事な事だったので2回言ってみたのだが、重々しい沈黙が場を
支配してしまう無残な結果となってしまい、撤回せざるを得なかっ
たのだ。
﹁そうだね⋮⋮鬱陶しくて何か無性に腹が立つような容姿をした残
念な男性かな。生理的に無理だね﹂
ーーーだが、キチンと返答をくれるあたり律儀と言うか何と言う
か⋮⋮てか、ただ俺を罵倒したかっただけなんじゃないだろうか?
そう1人で勝手に解釈し、ガックリと項垂れる悠を横目にクロネ
アがからかい半分に
﹁ははっ、姉貴と悠さんって仲が良いんですね。もしかしてもう、
そういう仲だったり⋮⋮?﹂
レーリャの顔を覗き込みながらそう告げていた。
﹁いやぁ⋮⋮やっぱり分かる人には分かっちゃうんだろうね。実は
俺たち、付き合ってかれこれ1ヶ月になるホヤホヤのグハァッ!!
! ⋮⋮な、ナイスボディ﹂
214
ノリに任せ、冗談半分に口にしたせいか、﹁違う!!!﹂と唇を
尖らせて否定するレーリャから容赦のない腹パンを決められ、ドサ
リと音を立てながら崩れ落ちる。
﹁あはは!! 悠さんは面白いなぁ⋮⋮あ、戦闘スタイルを上手く
言えないのでしたら使えるスキルだけでも教えて頂けませんか? これから命を預けるワケですし、知っておいて損は無いでしょう?﹂
そう尋ねるクロネアの言い分はこれ以上なく最もなモノであり、
デュラハンから、みだりに手の内を晒すなと言われている手前、ど
うしようかと悩んでいると噂をすればなんとやら。念話が悠に届い
ていた。
魔化
。それとアレは秘密にしておいた方がいいな﹄
、、
﹃剣術に治癒魔法。それと雷魔法は他言しても大丈夫だ。だが、召
喚魔法と
﹃おぉ、ナイスタイミング! ま、聞きたい事が出来たら聞くんで
その時はヨロシク!﹄
﹁えっと、剣術が少々と治癒魔法。それと雷魔法を主に使うかなぁ﹂
、、
デュラハンに言われた通りにし、主にをつける事で俺は騙してい
ない! と自己保身に走れる完璧な発言。
215
彼はいつか﹁バレなきゃ、何やっても良いんだよ!﹂と言って何
かやらかす事だろう。
だが、悠の発言は意味があったのか、レーリャが﹁スキルは先程
アイツが言った通りだろうが、SSランク並みの実力を持ってる。
謙遜も良いけど、度が過ぎればとっても腹が立つね﹂とさらりと毒
を混ぜながら訂正していた。
﹁うーん、悠さんの実力はイマイチ分からないね⋮⋮ま、ダンジョ
ンに潜る中で徐々に把握していきましょうか﹂
難しい顔をさせて、クロネアがそう口にしながらも﹁あれがダン
ジョンの入口だよ﹂と大勢の人が集まっていた場所を指差す。
レーリャ達の家からダンジョンまでは徒歩数分といった場所にあ
り、中々近いんだなぁと思いながらクロネアに続くように悠は視線
をキョロキョロさせつつ、歩を進めていた。
216
53話 ツァイス
サポーター
ヒーラー
﹁荷物持ちは居ないか!? 今なら10%の分け前だぞッ!﹂
﹁こちらは前衛職のBランクが3人だ! 手の空いてる回復職募集
中! 分け前は要相談だ!﹂
サポーター
﹁収集目的で14層に向かうが1時間銀貨3枚で回収役を引き受け
てくれる荷物持ち募集中!﹂
ダンジョンの入口付近では怒濤の勢いにて言葉が飛び交っている。
筋骨隆々とした男性や、痩躯の女性など。様々な人が集まってお
り、かなり息苦しい場所であった。
あまり暑苦しい場所などを悠は嫌っていた為、一刻も早くダンジ
ョンへ! と言わんばかりに早足となるが、先行して歩いていたク
ロネアが突如足を止める。
﹁お久しぶりです、ツァイスさん﹂
彼が話し掛けた者は人混みの中でも異彩を放っており、独特な雰
囲気を持っていた。
217
背丈はクロネアと似たり寄ったりであったが、その者は悠と同じ
く外套に身を包んでおり、黒いフードで顔を隠している。
ヒーラー
﹁ふふっ、久しぶりクロにレーリャ。⋮⋮突然で悪いんだけど時間
空いてない? 今日はどうにも回復職が集まらなくて⋮⋮﹂
﹁⋮⋮すみません、今回は最下層まで潜る予定なので⋮⋮﹂
悠のいる位置からは顔を確認する事は叶わなかったが、ツァイス
と呼ばれた女性は申し訳なさそうに断るクロネアを前に、うぐぐと
ひとしきりに落ち込んでいた。
﹁そうよね⋮⋮そう都合よく空いてるワケないわよね⋮⋮それより
も最下層かぁ⋮⋮もしかしてクロの隣にいる人が助っ人だったの?
荷物を一杯持ったてからてっきり#荷物持ち︳︳サポーター︳︳
#かと思ったのだけど⋮⋮﹂
悠は先程、巫山戯てからお詫びとしてレーリャの荷物も持ってい
たのだ。無駄にデュラハンから鍛えて貰っていた為、筋力も相当な
ものであり、そこまで苦でもなかったので黙って運んでいたのだ。
﹁それにしても最下層ねぇ⋮⋮ま、クロが居るなら感情に任せず、
、、、
退き際もちゃんと判断できるでしょうし⋮⋮えぇ、決めたわ。私も
同行する。コッチの方が儲かりそうだし⋮⋮それにこんな面白そう
なダンジョン攻略、行く以外選択肢はないわね﹂
218
勝手に決めていくツァイスに少々戸惑いながらもクロネアとレー
リャは彼女に会った時点でこうなると予想していたのか、分かりま
した。と言って苦笑いをしていた。
踵を返した彼女は、先程までパーティを組む事となっていた者た
ちの下へ駆け寄り、一方的に抜けると告げる。
勿論、メンバー達から言っている意味がよく分からないと言わん
ばかりに頓狂な声を上げられていたツァイスだったが、それらをガ
ン無視して戻ってきていた。
自由過ぎるというか、何というか⋮⋮などとクロネア達と一緒に
なって悠は呆れていると
﹁初めまして助っ人クン。私はツァイス。呼び方は好きにして貰っ
て構わないわ。これでも私、Sランクなの⋮⋮
精々私をガッカリさせないでね?﹂
そう顔を覗き込むようにして告げられ、端正に整った造形美のよ
うな容姿が目に飛び込む。
219
氷河を思わせるかのようなアイスブルーの瞳に翡翠色の髪。そし
て何よりも長く尖った耳。
エルフ
意図せずして悠は森人族と初対面してしまっていたのだ。
エルフ
森人族を初めて見たが為に、悠は驚いてはいたものの、
ーーー面倒な人に目ぇつけられたんじゃねー?
と人知れず不安に駆られており、2つの感情に頭は追いついてい
ないのか、ただひたすら硬直していた。
220
54話 ゲート
﹁あ、そうそうクロやレーリャさんってどんな戦い方なの?﹂
傾国の美女といった相貌の女性ーーツァイスから仄かに漂う妖し
い空気に悠は一切動じる事なく、困った時の話題変えを実行に移す。
ツァイスは悠の容姿を見て、からかいがいのあるチェリーボーイ
と思っていたのだが、結果は予想と真逆のモノだった為、つまらな
さそうに頬を少し膨らませていた。
シーフ
﹁あぁ、そうですね⋮⋮僕は主に遠距離からの魔法や罠などを解除
したりする盗賊と呼ばれるモノですね。魔法を使用するので変わっ
てるとよく言われる後衛です。で、姉貴は⋮⋮﹂
悠がそう尋ねた瞬間、クロネアの片眉が跳ねる。
恐らく、クロネアはダンジョンの件は言い辛くそれを匂わせる話
くらいは流石のレーリャもしてるだろう。と踏んでいたのだろうが、
見事にアテが外れて驚いていたのだろう。
驚愕の事実を知ってしまった彼は、より一層責め立てるような視
221
線にてレーリャを無言で睨みつけ、説明しろと促していた。
﹁あ、えっと⋮⋮私は風魔法と火魔法。それと剣術が少々⋮⋮です﹂
射殺さんばかりに彼女を睨みつけていたクロネアの威圧を前に、
控え目な口調でそう答える。
初めてパーティを組む際にはお決まりの会話を交わしたは良いも
のの、不貞腐れていたツァイスは早々と5m程のゲートのような物
の目の前で手招きしており、慌てて向かう事となっていた。
﹁てか、あれ何!?﹂
駆け足で人混みの中を掻い潜るようにして進んでゆく。
その際に、ふと思った事を悠はクロネアに向かって尋ねていた。
当たり前の事を質問され、少しばかり惚けてしまい、キョトンと
なるが、すぐさま我を取り戻して答える。
﹁あれ? ⋮⋮あぁ、あれが
222
ーーー︻氷蝕のダンジョン︼の入口ですよ﹂
223
55話 真の力⋮⋮解放ッ!!
﹁き、規格外過ぎるわ貴方⋮⋮﹂
﹁くっ⋮⋮悠がここまで使えるヤツだったなんて⋮⋮﹂
﹁悠さん凄いですねー!﹂
︻氷蝕のダンジョン︼へと足を踏み入れて早5日。
最下層は恐らく60層辺りだと思うわ。というツァイスの言葉を
頼りに悠達はひたすらダンジョン攻略を行っていた。
彼らが今いる階層は42層。
5日目にしては異例のスピードであったが、その理由はツァイス
にあった。
精霊の力を行使する事が可能である彼女は精霊に下へと続く階段
を見つけて貰うといったチートっぷりを発揮しており、遭遇する魔
物をひたすら倒すだけの楽なダンジョン攻略となってるのだ。
そして42層に着き、ひと段落ついていた為、そろそろか。と思
った悠は自身に秘めた真の力を解放していた。
224
その力を前に、戦慄するツァイスにレーリャ。そしてクロネア。
彼らの表情を見ながら満足だと言わんばかりに悠は元気よく叫ぶ。
、、、、、、
﹁ははは!! 存分に褒めるがいい!! あ、カルボナーラお待ち
どー!﹂
香ばしい匂いを漂わせた料理を片手に。
悠は日本に居た頃、従姉と暮らしており、彼の従姉が多忙だった
為に主夫スキルレベルがMAXなのだ。
料理の材料は王城の食料庫からパチった⋮⋮もとい、拝借したモ
ノである。
ツァイスが時折醸し出す妖艶な雰囲気を前にしても悠が一切動じ
ないのも、ちょっと変わった彼の従姉の影響によるものだ。
だが、その影響も今回のダンジョン攻略では中々の好感度upに
繋がっており、悠は巫山戯たりするものの、理性を欠片も損なう事
がない為、自分に自信がなくなってきているツァイスはさて置き、
レーリャは、ほっとしていた。
225
﹁それにしても悠クンにこんな特技があったとはねぇ⋮⋮ズズズ﹂
音を立てながら麺を吸い上げ、美味しそうに咀嚼しながらツァイ
スがそう意外そうに言葉を発する。
助っ人
悠クン
となっていた。
という言葉によるプレッシャーに押し潰される。と
助っ人クン。と呼ばれるのも別段嫌というワケではなかったのだ
が、
いう悠の懇願により、
トラップ
42層までは、ツァイスとレーリャが主に魔物を倒し、クロネア
が罠を解除する。といった感じで進んできており、活躍どころか、
ただの荷物持ちと悠は化していた為、ここぞとばかりに高笑いをし
ているのだ。
﹁本当、意外⋮⋮あ、おかわり﹂
ツァイスの言葉にうんうんと首肯する事で肯定しながらレーリャ
はおかわりを要求していた。そして、それに続くようにクロネアも
時同じくして﹁僕もお願いします﹂とおかわりをする。
王城にあった野外用簡易キッチンを拝借しておいて良かったなぁ
⋮⋮としみじみ思いながらも、彼女らから皿を受け取っておかわり
226
をつぐその姿は中々にサマとなっていた。
元々、レーリャ達は毎食を保存の効く干し肉や乾燥させた果物オ
ンリーと考えていたのだが、その事に耐えられなくなった悠が先刻
程前に料理を始めたのが全ての始まりである。
明日の朝は何をつくろっかなー? と楽しそうに明日の事を考え
る悠へデュラハンはため息を吐いていたのだが、彼は知る由もない
事であった。
227
56話 ヤ○○レ?
﹁う、嘘だろ⋮⋮?﹂
悠が︻氷蝕のダンジョン︼に潜り始めて3日目。
あまりにも皆が悠の姿を見ていない。という事で彼らの担任教師
であった結月未希が悠の部屋に突撃し、彼女は何か心当たりはない
か? と悠の親友である桜井彰斗と久保田静香を彼の部屋まで呼び
出していたのだ。
未希に呼び出されていた彰斗はどうせ嘘だろう。と思いながら向
かっていたのだが、悠が残した置き手紙を見て、絶望に表情を染め
ていた。
﹁な、なんだと!?﹂
そして彰斗に続くように静香も置き手紙の内容に絶句する。
勿論、そのリアクションは彼らの友人である悠を案じてのモノだ
と自己解釈し、未希は涙ぐむのだが、実際は
228
﹁ちょ、待てよ⋮⋮俺はまだ⋮⋮死にたくなんだ⋮⋮﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
彰斗は目に見えて表情を青ざめ、意味不明な事を言い出し、静香
に至ってはこの世の終わりかと思う程に彼の瞳からは生気が抜けて
いる。
その上、歯をガチガチと鳴らして身震いをする始末。
何かが可笑しい。と思い、未希はどうしたの? と怪訝に尋ねて
いた。
﹁⋮⋮ミキティー。悠ってさ⋮⋮なんで生まれてこの方、彼女が出
来なかったんだと思う?﹂
容姿が絶望的に悪いワケでもなく、学校では猫を被っていた悠の
評判は生徒に留まらず、教師からも相当なモノであったのだ。
彰斗は辛うじて口を開けているが、静香は虚ろな目で﹁俺は悪く
ない⋮⋮俺は悪くない﹂とひたすら復唱している。
﹁宮西君って彼女をつくった事無かったんだ⋮⋮でも、そんな事に
理由なんてあるの? ただ運が悪かったとかじゃないの?﹂
﹁ちげぇよ⋮⋮理由は単純明快、俺が悠の女除けとなってたからだ。
229
女と関わる暇が無いくらいに俺と遊んでたからな。日々、俺と静香
で悠に近づこうとする女を牽制してたんだよ﹂
自嘲気味に小さく笑い、悪びれながらそう答えた。
その返答に未希は﹁もしかして桜井君ってそっちの気が!?﹂と
眉根を寄せながら問うのだが、反射的に彰斗が違う!! と否定す
る。
くれな
﹁俺たちは脅されてるんだ⋮⋮悠の従姉の紅奈さんに⋮⋮ね。あの
人にはもし、悠に女が出来た場合、貴方達を社会的に抹殺するから
って言われてて⋮⋮あの人ならなんでも出来そうだからマジで恐く
あの人
て止む無く従ってるってワケなんだよ⋮⋮﹂
﹁⋮⋮俺、静香って名前だから、紅奈に女って勘違いされたらしく、
悠の家に遊びに行ったその日に玄関で包丁⋮⋮突きつけられ⋮⋮う
っぷ﹂
﹁静香! しっかりしろ! ⋮⋮クソッ、骨の髄まで恐怖が染み付
いてやがる⋮⋮﹂
吐き気を催していた静香を見るからに、先程の話は嘘ではないの
だろう。だが、その話が悠の王城から消えた事になんの関係が? と思っていた彼女は
﹁⋮⋮うん、宮西君の従姉が危険な人って言うのは分かったけど⋮
⋮それに宮西君が居なくなった事と何の関係が?﹂
230
そう尋ねた直後、瞬く間に彰斗が未希に向かって土下座をする。
手も綺麗に揃っており、かなりの熟練度と素人目でも分かる程の
出来栄えだ。
﹁もし⋮⋮もし! 悠が女をつくってた場合、俺らは悪くないと紅
奈さんに言って貰えませんでしょうか! あの人、悠との婚約届け
を5年前から既に書いてるし、来年の悠の誕生日に大量の媚薬を料
理に入れて既成事実作ろうと計画を練ってるくらいに手が負えない
人ないんだよ⋮⋮あの美貌に騙された5年前の俺をマジでぶん殴り
たい。と何千回思った事か⋮⋮最近なんか、モデルをやってる女を
見ると全員腹黒い女に見えてしまう⋮⋮﹂
冗談抜きの彰斗の本気土下座に若干ひいていた未希であったが、
彼のとある言葉に引っ掛かりを覚えていた。
﹁モデル⋮⋮紅奈⋮⋮あー! もしかして、宮西君の従姉ってあの
笹岡紅奈!?﹂
﹁⋮⋮実物はかなり腹黒いです。もう、それは凄く﹂
僅かな単語で導き出した未希であったが、その事に対し、当然だ
な。と言わんばかりに呆れた顔を見せ、一人愚痴る。
笹岡紅奈。
231
若干21歳にして様々な雑誌に乗り、一躍人気モデルとして名を
轟かせ、最近ではドラマでも見かける程の売れっ子モデルである。
だが、それと同時にドラマなどでも俳優と絡む役は一度も受け持
った事がなく、主演女優の知人Aなどといった脇役に徹している事
でも有名だ。
理由は言わずもがな、悠以外の男性と話す事はしたくない。とい
うのは勿論、悠に関わらないようにと言ってるのに、自分は⋮⋮と
いうのはフェアじゃない。という紅奈のケジメでもあった。
﹁まぁ、そういう事なんでその時は頼みます⋮⋮あ、悠の心配なん
て要らねぇから。どうせアイツならフラフラ∼っと帰って来るって﹂
ははは、と笑みを見せながら無責任にそう言い放つ。
こうして悠旅立ち事件は一旦、幕を下ろしていた。
232
57話 善人
﹁よーし、俺は片付けするんでレーリャさん達はさっさと退いた退
いた﹂
手をしっしっ、と動かしながら悠がそう告げる。
簡易キッチンを使用した為、彼がアイテムボックス所持者という
チート
という
事はばれてしまったのだが、これ幸いにと悠はアイテムボックスと
自身が羽織っていた︻黒狼の外套︼も勇者特有の
事にしてレーリャの訝しむような視線を収めていた。
﹁片付け有難う悠クン。それにしても魔物除けのテントは本当に便
利ねぇ⋮⋮ダンジョン攻略には必須アイテムと思い知らされてるわ﹂
感慨深そうに呟きながら悠が用意した一見、普通そうに見える煤
けた茶色のテントにツァイスが足を踏み入れる。
ダンジョンに潜り始めたその日、悠は魔物除けのテントだと言っ
て彼女らに渡していたのだが、実際、そのテントはただの変哲もな
い王城にて手に入れたモノだ。
233
魔物除けなどといった効果は一切付与されてなく、一見普通もな
にも、ただのテントである。だが、これまで彼女らが魔物に襲われ
ていないのも、悠が1人で見張り役をしていたからだ。
そしてテントを出した際、﹁え? 俺も中に入っていいの? レ
ーリャさんは知ってる? 男は皆、獣って﹁お休みなさい﹂⋮⋮o
h﹂と、悠の相変わらずな発言によってごく自然に見張り役ポジを
確立していた。
彼の場合、デュラハンとの修行によって治癒魔法が眠気をも取り
除けるという事を発見しており、数週間程度ならば寝ずに行動が可
能なのだ。
魔化
という力は夜になると自
勿論、自主的に行っている見張り役が全て善意によるものではな
い。
悠が意図せずにして手に入れた
身の制御下から離れやすく、気を抜けば直ぐに瞳は紅眼となるから
だ。
デュラハンから紅眼は決して人前で見せるな。とキツく言われて
いる為、彼女らと夜の寝床を共にするなど元から選択肢にすら入っ
ていない。
234
加えて、悠の従姉である紅奈が夜更かしはお肌の大敵! と言っ
ていた為、寝かしてあげよう。となっていた。
片付けを始めて数分後。
レーリャとクロネアもテントに入った事を確認してから悠は簡易
魔化
を使いこなせていない
キッチンをドクロリングに収め、テントから5mほど離れた場所に
腰を下ろす。
夜が更けてきていたからか、未だ
悠の黒い瞳には薄く紅色が差しており、それを隠さんとばかりにフ
ードを目深く被っていた。
﹃なぁ、なぁ、デュラハン。何か面白い話でもなーい?﹄
﹃毎度の事ながら言うが、そんなに暇なのなら寝ればいいだろう?﹄
﹃そうもいかないからこうして話し掛けてるんだろー? 察してく
れよぉ⋮⋮﹄
ダンジョンに潜り始め、5日目の夜となったワケなのだが、悠は
これまでの夜もデュラハンと会話しながら過ごしていたのだ。
時にはしりとり。時には近くの地面に盤を作ってオセロなど。様
々な事をしていたのだが、ついにやる事がなくなっていた次第であ
る。
235
﹃それにしても面白い話か⋮⋮改めて何かないものか、と考えてみ
たが、無いな。⋮⋮それよりも前方120m程先にオーガ6体の群
れが居るぞ。さっさと倒してきたらどうだ?﹄
﹃流石デュラハンさん。良い仕事しますねぇ⋮⋮うし、食後の運動
といきましょうかね﹄
頬をパンパンッ、と両手で叩く。
気合を入れてから悠は立ち上がり、オーガの下へ向かって駆け出
していた。
236
58話 意味深
﹁ふんふんふーん﹂
ゴブリンソルジャー
達が手にしていた武器を取り出す。
鼻歌を口ずさみながらドクロリングから︻終末の神殿︼に生息し
ている
一時期、ぶんどる事に悠は精を出していた為、その武器がドクロ
リングの中に多数収められているのだ。
それらを取り出し、足の遅いオーガの心臓部ーー魔石を狙って転
移させる。
グギャァァァアア!! などと断末魔を上げるが、テントを中心
とした半径5mの範囲で悠が防音効果を促す雷の膜を薄く張ってお
り、なんの心配もない。
﹁それにしても呆気ないなぁ﹂
退屈そうに、そう1人愚痴る。
だが、それも仕方ないというモノ。彼がオーガ6体を殲滅するの
に掛かった時間は僅か6秒。
237
移動時間を含めても15秒も経っていないのだから。
魔物とは、魔石を壊されれば大抵の場合は絶命する。
だが、高位の魔物となると魔石が存在する場所が頭であったり、
軽捷に動く為、上手く魔石を狙えなかったり、魔石を砕いても絶命
しなかったりと多種多様なのだ。
はぁ、早く夜が終わらないかなぁ⋮⋮などと思いつつも、先程ま
でいた定位置に戻ろうとするが、そこには意外な人物が悠を目で捉
えながら佇んでいた。
﹁こんな夜更けに魔物と戦闘ですか⋮⋮このテント、魔物除けなん
じゃなかったんです?﹂
訝しむような視線を悠へ向けるクロネアがそこには居た。
彼の質問内容、というよりも、そこに居るという事実が悠にとっ
ては非常にマズイ事だったのだ。
気持ち悪い汗が滝のようにドッと流れ出す中、恐る恐るデュラハ
238
ンに尋ねる。
、
﹃⋮⋮なぁ、デュラハン。俺の目。今どうなってる?﹄
﹃⋮⋮真っ赤に染まってるな。何としても隠せ、マスター﹄
﹃やっぱ、そう都合よく黒くなってませんよねぇー⋮⋮りょーかい﹄
胸中では盛大にはぁぁー、とため息を吐いている悠であるが、ク
ロネアの前でそれをおくびに出すようなヘマはしない。
﹁ちょっとした食後の運動だよ、食後の運動。それと、テントの機
能はテントを中心とした半径5m圏内だけだからさ、気をつけてね
?﹂
淡々とそう告げる悠に対してクロネアは妙な違和感を覚える。
を抑える為にも冷静とならざるを得ないのだが、元々悠
レーリャ達と共に行動していた時と口調や性格が微妙に違うよう
魔化
な、と。
はそこまで口数の多い人間では無いのだ。
テントを中心として半径5m圏内のみの効果。というモノも、悠
が雷の膜を張っている為、強ち間違いとも言う事が出来ない。
239
﹁⋮⋮悠さんは寝なくて良いんですか? 明日に響きますよ?﹂
目を細め、不自然にもオーガの心臓部へと突き刺さった剣や槍を
見て悠がオーガを殺したのだと判断したクロネアは彼への警戒心を
高めながらも普段通りの口調を心掛けつつ、そう問う。
﹁んー? 俺なら心配せずとも寝てるって。クロも早くテントの中
に戻らないとレーリャさん達がどこ行った? って心配するぞー?﹂
軽くテントへと戻るように促してはいるものの、先程の悠の言葉
はいわば警告。
微々たる量であったが、殺気を漏らしながらも悠はさっさと戻る
ようにと言っているのだ。余計な詮索はしないでくれ、と。
その警告に気づいたのか、はたまた偶々なのか、
﹁⋮⋮そうですか。無理はなさらないでくださいね? ⋮⋮お休み
なさい﹂
多少怪しんでいたものの、言葉を言い捨てるようにしてテントの
240
中へと帰って行った。
﹃⋮⋮マスター。先程のは些か、多少強引な気がするが⋮⋮﹄
デュラハンは紅眼を見せるな。とは言ったものの、彼らと関わる
な。とまでは言っていない。
その為、責めているワケではないが、先程の悠の行為に疑問を覚
えていたのだ。
﹃あれくらいで良いだろーさ。巫山戯ながらダンジョン攻略したっ
て下半身を消し飛ばされた思い出しかねーからなぁ⋮⋮そろそろ気
を張り詰めておいた方が良いんだよ。それに、アレで嫌われたとし
ても俺にはデュラハンという話し相手がいるからな! ボッチじゃ
ねーし、気にすることなんて、ないない﹂
﹃私が居ればいい、とは⋮⋮もしやマスターは私を口説いてるのか
?﹄
能天気にもそう言い放ち、ケラケラと笑っていると意外な言葉に
デュラハンが引っかかっていた。
﹃はっはっは! デュラハンは気も聞くし、何より優しいからな。
人間同士で出会ってたら間違いなく口説いてるさ。あ、でも俺、口
説いた経験なんて一度もないんだけどさー!﹄
241
、、、
﹃⋮⋮魔物となった今の私にも分け隔て無く接してくれるマスター
のような者と私も出会いたかったよ﹄
冗談半分なんだろうな。と思いながら冗談で返す悠だったが、何
故か真面目な口調にてデュラハンが言葉を返す。
急によく分からない返答をされ、﹃どういう意味なんだ? それ
?﹄と悠は返すのだが、﹃近い未来、嫌でも分かる時が来るから待
っておいてくれ﹄と意味深な言葉を再び掛けられる事となっていた。
242
閑話 悲しみの淵
真夏の日差しが降り注ぐ7月中旬。殺人的な量の光線が窓へ射し
込む中、歪な部屋にて1人の女性が隅の方で憮然としながら1人、
うずくまっていた。
﹁⋮⋮悠君⋮⋮悠君﹂
彼女は普段ならば、今の時間は仕事に勤しんでいる筈なのだが、
同居していた者が自身の下から音沙汰も無く失踪してからというも
の、不調を訴えて長期の休暇をとっていたのだ。
彼女の部屋には至る所に同居していた者ーー宮西悠と写った写真
が飾られている。幼い頃に撮った写真からごく最近、一緒に出掛け
た際に撮った写真など。
色褪せない日々を想起させる独特な部屋である。
小さく漏れたその言葉は酷く弱々しい。憔悴してしまった彼女の
相好からは生気が決定的に抜け落ちていた。
幾度も連絡を取ろうとスマートフォンを片手に試みたが、何故か
243
繋がらない。
1時間おきに彼女は悠と何時も連絡を取っていたのだが、早々充
電が切れる事のないスマートフォンの電源が切れるまで彼と連絡を
取ろうとしたが、留守番サービスに繋がるのみ。
悠が失踪して1日目は何とか、いつも一緒に寝ているダブルベッ
ドに一日中、顔を埋めて匂いを嗅いで嗅いで嗅いで嗅いで嗅いで嗅
いで嗅いで嗅いで嗅いで嗅いで嗅いで嗅いで嗅いで嗅いで嗅いで嗅
いで、嗅いでなんとか自分を落ち着かせていた。
だが、満たされる事はない。
彼女が求めているのは悠の全てなのだから。
悠の優しさ。声。作ってくれる料理。匂い。温もり。昔から欠か
さずしている朝と夜のハグなど。
彼女ーー紅奈は全てが欲しかった。
彼女の胃は既に、悠の作る愛情の篭った美味しい料理でないと受
け付けない。
水分は摂取する事が辛うじて出来るのだが、食事を取ろうとする
244
と、どうしても嘔吐してしまう。
紅奈の虚ろな瞳は何も映していない。無感情な彼女の動力源は悠
ただ1つ。
目元が赤く腫れ上がり、涙の痕が頬に無数に走っていた彼女の命
は今すぐにでも尽きてしまいそうな程に儚い。
﹁悠君まで、私を置いて行かないで⋮⋮﹂
再び涙が溢れた。
幼い頃に両親を不慮の事故で失い、従弟であった悠の家に引き取
られた紅奈であったが、彼が今にも死んでしまいそうな彼女を必死
に現世に引き留めたからこそ今の紅奈がある。
だが、それは彼女が依存する悠というモノがあるから紅奈が正気
を保っていられるのだ。
依存先
悠が失われれば脆くも決壊する。
しかし、今の依存関係も全て紅奈が悪いワケではない。
245
紅奈は何度も悠離れをしようとした。彼女は悠が幸せになる事を
一番に望んでいるから。
だが、その度に彼は距離を置いた事を寂しそうに悲しがる。
紅奈の誕生日⋮⋮彼女の存在を悠は一度たりとて忘れた事はない。
モデルに誘われた時も彼は自分の事のように喜んでくれた上、紅
奈が悠の家の居候をやめた際にも寂しくないようにと、ついて来て
くれた。
彼女にとって悠とは全て。
心の支えであり、愛しい人である。
そんな紅奈は突如、最愛の人を失った。その悲しみは深く、どう
やっても癒えることはないだろう。
﹁⋮⋮会いたいよ、悠君﹂
困憊しきった声で手を伸ばしても届く事のない想い人に向けて呟
く。
246
こんな事になるのなら、一時足りとて離れるべきではなかった。
常に傍に居るべきだった。
そう思いながら悠が使用していた枕に顔を埋め、
﹁⋮⋮悠君、会いたいよぉ﹂
再び嘆きながら紅奈の意識は闇に呑まれていった。
だがその時、まるで想いが届いたかのように彼女の身体を謎の光
が包み込んでいた事は誰にも知る由もない事である。
今はまだ、誰にも⋮⋮
247
閑話 悲しみの淵︵後書き︶
ヤンデレ回はガチで作者が書いている件について
この作品⋮⋮タイトル詐欺じゃないだろうか︵・ω・`?︶
248
59話 未踏破地域
﹁おー、ツァイスにレーリャさん。それと⋮⋮クロも起きたのか。
おはよう﹂
腕に嵌めていたミスリル製の腕時計に目をやり、時刻を確認する。
朝の4時27分。
まだ外は薄暗く、曙光も射していない事だろう。
夕食を食べ終わり、彼女らが就寝していた時刻は23時前後だっ
た為、早起きだなぁ、と悠は思いつつも、ちょくちょく起きていた
クロネアにはよく起きれたな。といった感嘆めいた感情を抱いてい
た。
﹁相変わらず悠クンは朝が早いわねぇ⋮⋮﹂
目をこすりながら、眠そうに大きく口を開けてあくびしつつ、ツ
ァイスがそう呟く。
実際は一睡もしていないのだが、変に気を遣われるのもくすぐっ
たく、自分が彼女らに気を遣っていると思われたくもなかったので、
249
悠は﹁はっはっは! 褒め過ぎだよツァイス。いやぁ、照れちゃう
なぁ﹂などとうそぶいていた。
﹁まぁ、殊勝な心掛けも悪くないと思うわよ。今日に限っては⋮⋮
ね?﹂
悠然と微笑みながらツァイスは含みのある言葉をコックリ、コッ
クリと立ったまま、船を漕いでいたレーリャに向かって投げ掛ける。
ツァイスからの言葉にも気づかずに、尚、船を漕いでいるとクロ
ネアに﹁姉貴、起きて﹂と揺さぶられる事でやっと意識が覚醒して
いた。
﹁⋮⋮え? あ、うん! そうだね!﹂
困った時の返答法
∼コミュ障の貴方へこの一冊∼とい
﹁⋮⋮レーリャ、貴女何も聞いてなかったでしょ⋮⋮﹂
ーーー
う500万部を突破したベストセラーに書いてある一文を無意識で
言い放っただと!? と1人、悠が胸中にて戦慄している中、ツァ
イスは呆れ気味にレーリャを咎めていた。
﹁はぁ、貴女は少し、悠クンを見習うべきよ⋮⋮今日から43層に
250
向かうワケだけれど、ここからはまともな情報が無いのよ?﹂
﹁え? なんで⋮⋮って、あぁ、そういえば43層か⋮⋮﹂
確認するかのように半眼で尋ねるツァイスに、一瞬、疑問符を頭
上に浮かべるレーリャであったが、直ぐに理由を思い出す。
﹁やっと思い出した? そう、今日からは⋮⋮
ーーーーー未踏破地域の攻略になるのよ﹂
251
60話 うん、ちょっとタイミングが悪いですねー
﹁未踏破地域? よく分からないけどツァイスの精霊の力に掛かれ
ば何も問題は無いような⋮⋮﹂
レーリャに向かって深刻そうに告げていたツァイスに対して、ち
ょっと大袈裟過ぎない? と言わんばかりに眉根を寄せながら尋ね
る。
﹁あぁ、悠クンは知らないのね⋮⋮精霊も1つの生を授かった神聖
なる生き物、だから精霊達は皆、自我を持ってるわ。強い者を見れ
ば怯えるし、アンデッドが多く生息するフロアは手を貸してくれな
いってワケなの﹂
﹁あー、成る程、成る程。生息している魔物が分かっていた今まで
ならまだしも、精霊の力を貸してもらえないかもしれないから気を
引き締めろ、と?﹂
﹁⋮⋮理解が早くて助かるわ﹂
銀獅
ツァイスの言葉から大体言わんとしている事を理解していた悠で
あったが、1つ腑に落ちない事があった。
って知ってんだ? ーーーあっれぇ? 何でデュラハンは最下層にいるボスが
子
252
未踏と言うくらいだから誰も入った痕跡が無いのだろう。もしく
は、入った者が居ることには居るが、帰還した試しがない。
なのに拘らず、デュラハンは知っていた。どうしてだろうか? と思い、悠はデュラハンに尋ねようとするのだが、またしても、尋
ねる前に答えられていた。
銀獅
の体質やらと相性が悪くてな。⋮⋮私と同様、物理攻撃があま
﹃あぁ、私は一度最下層まで行った事があるからな。だが、
子
り効かないタイプだったんだ⋮⋮﹄
酷く残念そうにそう口にする。もし、デュラハンに頭があったの
ならば、項垂れていた事だろう。
悠達がテントを張っていた場所は43層へ続く階段の目と鼻の先
に位置していた。
その為、テントを悠がドクロリングに収めた直後、43層へ向か
ってツァイス達は歩き出す。
それに遅れないよう、彼もデュラハンと念話を続けつつ、向かっ
ていた。
253
﹃へぇ⋮⋮デュラハンは一度︻氷蝕のダンジョン︼に行った事があ
ったのか⋮⋮あ、なら43層の事とか何か覚えてない?﹄
今はツァイスのお陰で精霊に道案内をして貰っているが、デュラ
ハン1人で最下層まで辿り着いていたという事実に対し、悠は素直
に感嘆していた。
﹃すまない。なにせ、このダンジョンに行ったのはかれこれ100
年も前の話だからな⋮⋮﹄
﹃んー、なら無理もないかぁ⋮⋮ま、何か思い出したら教えてくれ
よ﹄
行き当たりばったりがモットーな悠は聞ければラッキー、程度だ
った為、何も思っていなかったのだが、予想外に気に病んでいたデ
ュラハンに向かって気にしないでくれと伝える。
さて、43層はどんな場所なのか⋮⋮と思いながら、古びた階段
を下り、43層に悠達が辿り着く直前に、慌てふためいた様子のデ
ュラハンから念話が届く。
﹃43層⋮⋮あっ! 思い出したぞマスター!! 43層は転移の
フロア。仲間から離れるな! バラバラに転移する事になるぞッ!
!﹄
254
その念話が届いた時にはもう皆、光に包まれており、手遅れであ
った。
﹃んー、あと5秒くらい早く教えて欲しかったかなぁ⋮⋮マジでぇ
ええぇぇぇええ!!﹄
255
61話 モンスターハウス
転移させられる寸前、俺はデュラハンの言葉を聞くと同時にクロ
ネアの腕を掴み、ツァイスはどうやっても手が届きそうも無かった
のでギリギリ手が届くレーリャを彼女の方へと押しやったのだ。
3人と1人。
もしくは、2人と1人、1人という別れ方よりも2人と2人の方
が良いだろう。という悠の瞬時の判断による賜物だ。
、、、
﹁クッソ⋮⋮ここも転移のフロアがあるのかぁ⋮⋮﹂
眩しく輝く光のせいで、目を瞑らざるを得なかった悠は忌々しそ
うに未だ光に包まれたまま、そう口にする。
特に、彼が一度攻略をしていた︻終末の神殿︼は酷かった。
3フロアに1フロアは転移のフロアとなっており、モンスターの
巣窟とも呼ばれるモンスターハウスに転移させられる事などざらで
あったからだ。
256
悠が今回油断していたのも、43層に足を踏み入れるまで、一度
も︻氷蝕のダンジョン︼に転移のフロアが存在していなかったから
である。
その為、恐らく︻氷蝕のダンジョン︼には転移のフロアが無いの
だろうと、無意識のうちに高を括ってしまっていたのだ。
せめてモンスターハウスに転移だけはやめてくれよ? と切望し
ながら自身を包んだ光が晴れていくのと同時に瞼をゆっくり開けて
いくと⋮⋮
﹁ギャァァ!﹂
﹁ギャギャ!﹂
﹁ガァアアァァァ!!﹂
オーガや、リザードマン。
ガーゴイルなど多種多様の魔物が悠とクロネアを囲うようにして
BGM
⋮⋮いや、彼らが魔物の中心へと運悪くも転移してしまっていた。
何が起ってるの!?
と言わんばかりに目を剥くクロネアを横目に、胸糞悪い鳴き声を
耳にしながら悠は天井を仰ぐ。
﹁⋮⋮勘弁してくれぇ⋮⋮﹂
257
番外編 異世界に召喚される以前の悠の日常Part1︵前書き
︶
紅奈さんの登場が恐らく遅い為、繋ぎの番外編でございます。
要らなければ、感想欄に
いらねぇよ!
とご一報下さい︵ぺこり
258
番外編 異世界に召喚される以前の悠の日常Part1
朝もやが立ち込める中、窓越しに刺す曙光にあてられ、宮西悠は
ふぁぁー、とあくびを漏らしていた。
壁に掛けられた木造りの時計に目をやる。
時刻は午前5時半。
この時間に起きる事を長い間続けているからか、すっかり起きる
時間が身体に染み付いており、目覚ましをかけなくともムクリと上
体を起こしていた。
﹁⋮⋮朝飯と弁当をサクッと作ろうかな﹂
そう呟きながら悠は隣でスゥスゥ、と寝息を立て、無防備な表情
を浮かべる女性へ視線を向ける。
どこか儚げな印象を持たせる楚々とした女性。柔和そうな相好を
持つ彼女はさしずめ天使という言葉がピッタリだ。
悠の年の頃は17。
259
対して彼の隣で寝息を立てている女性ーー笹岡紅奈は21歳であ
る。
流石にこの年齢でダブルベッドに2人、というのは不味いだろう。
と悠は一度指摘したのだが、1人は寂しいと返答され、仕方なく一
緒に寝ていたのだ。
紅奈は幼い頃に両親を亡くしており、出来る限り寂しくないよう
にしてあげよう。という想いが底にある為、悠に断るという選択肢
は端から存在しない。
だが、悠にも性欲というモノは勿論存在する。
彼女が意図的にやっているのかは知り得ないが、毎晩、抱き枕の
ようにして悠に引っ付いてくる為、彼は紅奈から伝わってくる感触
に一時期は悩まされ、寝不足が続いた程だ。
しかも何故か就寝時、彼女はブラをつけない。その為、吸い付く
ような柔らかな双丘が毎晩背中を襲ってくる事となっていた。
悶々とした感情が渦巻く中、家族だから。家族だから。と言い聞
かせる事で自分を抑えているがそろそろ限界が近づいてきている現
状。
260
朝一に拝める紅奈の無防備な寝顔は理性を保てた報酬だ。と言わ
んばかりに毎日、悠は眺めてしまっている。
そろそろ従姉離れしないとな⋮⋮と思いながら、従姉離れする為
にも彼女が欲しいと切望する童貞17年目の宮西悠であった。
紅奈の寝顔をじっくり堪能した悠は、んんー! と伸びをしてか
らベッドの側に揃えて置いてあるスリッパを履いて1階のキッチン
へと向かう。
紅奈が狸寝入りしている事に今日も気づかずに⋮⋮
261
番外編 異世界に召喚される以前の悠の日常Part2
﹁最近は魚料理を作ってなかったなぁ⋮⋮晩飯はカレイの煮付けに
でも⋮⋮って、はっ! 俺、完全に主夫じゃん!﹂
フライパンをカシャガシャ動かし、軽い炒め物をお弁当用に作り
ながら今更な事に1人でツッコミを入れていた。
ひとりごちつつも、左手で卵を割り、卵焼きの準備に取り掛かる
その手際から、主夫レベルの高さが窺える。
﹁⋮⋮ま、まぁ、紅奈がいつも美味しそうに食べてくれるし、よし
としよう。うん、そうだ。何もマズイ事なんてないない﹂
自分で自分を納得させ、料理を続けていた。
ーーー俺、紅奈の事、好き過ぎるだろ⋮⋮
最近はイトココンプレックス、略してイトコン。あれ? 何か美
味しそうなんだけど! などという、つまらない冗談も吐けなくな
ってきた童貞こと悠であった。
262
※
﹁紅奈、起きてる?﹂
悠が起床してから丁度30分後。
7時30分頃に普段から仕事なり、学校なりに向かう為、家を後
にしているので、遅れないようにと6時頃に紅奈を起こす事は彼の
日課となっていた。
そして、彼は紅奈を起こす際、決まって5回はドアをノックする
のだ。
どうにも彼女は悠の前ではズボラ染みた一面がある為、下着姿で
も﹁入っていいよ﹂と言ったり、脱ぎ捨てた下着をほったらかしに
したりするので3回ノックに加え、追加で確認の2回ノックは必須
なのである。
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
返事はない。
263
再びノックをするが、それでも反応はない為、小さく笑いながら
も悠は開けるよ、と言って部屋に入る。
中へ足を踏み入れれば、予想通りと言うか、何と言うか。
、、、、、
いつも通り悠の使っている枕を抱き枕として使い、顔を埋めて寝
ている紅奈がいた。
寝間着は少々はだけており、健康的な腰のラインがまる見えであ
る。
目のやり場に困りながらも、出来る限り見ないように心掛けつつ、
悠は紅奈を起こそうと肩を揺さぶるが、中々起きる気配がない。
どうすれば。
と思っていると目を瞑ったまま、冗談めいた口調で紅奈が
﹁眠っちゃった女性を起こす時はキスしかないんだよ悠君﹂
と言ってくる。
このセリフ、初めて言われた時はかなり挙動不審となった悠であ
るが、かれこれこのセリフも3桁を超える勢いだ。
264
﹁⋮⋮早く起きないと折角の料理が冷めちゃうよ紅奈﹂
﹁悠君の料理が冷めちゃう!? それはダメだよ! 早く食べなく
ちゃ﹂
その為、どうすれば場を切り抜けるのかも悠は熟知していた。
慌てながらも飛び起き、
﹁直ぐに着替えるからそこで待ってて悠君!﹂
﹁ちょ、だから俺がいるのに下着を出さないでって、いつも言って
るでしょ!?﹂
程なくして、クローゼットの中から自分の下着を漁り始める紅奈
を眼前に、悠は慌てて目を隠しながらも逃げるようにして1階のキ
ッチンへと戻って行く。
﹁クスクス、相変わらず悠君は可愛い反応をするなぁ﹂
微笑を花咲かせながら、走り去って行く悠に向けて、紅奈はそう
呟きを漏らしていた。
265
番外編 異世界に召喚される以前の悠の日常Part2︵後書き
︶
次回から少々、本編に戻ります。
266
62話 魔化の使い手
﹁悠さんッ!? これはどういう事ですか!?﹂
声を荒げ、クロネアが叫ぶ。
だが、無理もないというモノ。突如光に包まれたと思ったら、急
に腕を掴まれ、姉はツァイスの下へと押しやられたのだから、その
やった張本人は何か知ってると思うのが普通だろう。
﹁あー、いや、結構前にあんな転移する光に世話なってね⋮⋮﹂
苦笑いを浮かべながら答える。
しかし、今の状況は視界を埋め尽くす程の数にのぼる魔物に囲ま
れているといった危機的状況だ。
クロネアはまだ、悠に聞きたい事もあったが、一旦後回しにし、
魔物たちを射殺さんばかりに睨みつけながら対峙する。
﹁もたもたしてられないけど⋮⋮どうしたものかねぇ⋮⋮﹂
悠ならば、オーガ、リザードマンなどの中位に位置する魔物の一
掃など、直ぐにでも出来るのだが、それは普段ならの話。
267
デュラハンからは転移魔法や
魔化
。その他にもいざという時
の為に教えてもらった戦闘術などを使用するな。と言われている。
その上、雷魔法はクロネアへ被害を出すかもしれない。という事
でろくに使えない。
要するに、悠は剣と少しの雷魔法。そしてドクロリングに収まっ
ている大量の武器のみを使って殲滅しなければいけない事となって
いた。
42層までの攻略から察するに、クロネアは戦闘に特化したタイ
プではない。
20層あたりまでは戦闘に参加していたものの、30層に入った
時にはスッパリ戦闘に参加する事をやめていた。
その為、悠はクロネアを守りながらこの場を切り抜けるには転移
魔法しかない、と思い、デュラハンに許可を求めようとした刹那、
﹁⋮⋮悠さん。ここで見た事は他言無用でお願します。⋮⋮でない
と僕は貴方を殺さなくちゃいけなくなる﹂
268
愉悦に唇を歪ませ、嗜虐的に嗤うクロネアから言葉を投げかけら
れていた。
瞳は深紅。
紛れもなく紅眼である。
瞳の色を紅色へと変色させ、性格さえも負の感情にて蝕む業。
魔化
﹂
クロネアの変貌ぶりに目を見張りながらも、
﹁⋮⋮⋮⋮⋮
と。呟いていた。
269
62話 魔化の使い手︵後書き︶
何か総合評価上がってるなぁ⋮⋮と思っていたらあの伝説のレビュ
`︶
ーを頂いてました。いや、本当にもう、涙で前が見えない思いでご
ざいます︵´つω
ボリュームに関しましては⋮⋮スミマセンッ!!
せ、せめてものお礼と言いますか。
この作品の風物となりつつある︵↑お前のただの勘違いだ。
鬼更新をさせて頂きます!
毎度の事ながら毎日更新でなくてスミマセンッ!!
270
;
ω
63話 魔化。キケン、絶対ダメ︵前書き︶
スミマセン、順番間違えてました︵´
;`︶
271
63話 魔化。キケン、絶対ダメ
﹁は、ははははッ!! ははははははははは!!﹂
哄笑を轟かせる。
すっかり別人格と化してしまったクロネアは背負っていたバッグ
を地面へと下ろし、そこから無造作に、ブッチャーナイフのような
モノを取り出した。
程なくしてズシンと音を響かせながら大地を蹴り、猛然と魔物達
へ肉薄する。
血走った紅眼を眼光炯炯として魔物達を射抜くその姿はまさに猛
獣。
変わり果てたその姿を眼前に、驚愕しながらも悠は怖ず怖ずとや
けに老け込んだ口調にてデュラハンに尋ねていた。
﹃デュラハンさんや、俺は魔化を使った時の記憶があまり無いんだ
が⋮⋮あんな感じだったかいのぉ?﹄
272
ブッチャーナイフを縦横無尽に振り回し、魔物を斬り殺しつつも
感情剥き出しに哄笑を止めないクロネアに視線を向けながら問う。
その問いに対し、馬鹿を言うなと言わんばかりにデュラハンは嘲
るようにしてははっ、と笑ってみせる。
﹃マスターが、ああなるわけがないだろう?﹄
﹃ですよねー! ふぅ、良かった良かった。アレになってたらマジ
で洒落になってないからな⋮⋮﹄
﹃もっと酷かったに決まってるだろう?﹄
﹃マジでッ!?﹄
まさかの告白に仰天すると同時にクロネアの全身を渦巻きつつあ
る殺気を前に、
ーーー俺はこれよりも酷いのか!?
と戦慄せざるを得なかった。
だが、いくら魔化が使えるからといって、クロネア1人に任せる
というのも気がひけていたのは事実。
その為、悠はひっそりと魔物達の数を減らす事にしていた。
273
﹁﹃バチバチ﹄っと。この程度なら大丈夫だろ﹂
青白い閃光が辺りを奔る。
悠の指先から迸る雷光は鉄をも簡単に溶かすモノであり、当たれ
ば致命傷は避けられない。
その間にも返り血を浴びながらクロネアが吼え猛る魔物達を斬り
殺し、物言わぬ屍の山がまた1つ、1つと積み上げられる。
邁進するその姿には、普段の儚げな雰囲気など微塵も感じさせる
事はない。
むせ返るような死臭が鼻を突き、魔物達の巣窟ーーモンスターハ
ウスは底知れぬ怨念を瞳に湛えた青年によって凄惨な光景へと一変
する事となった。
薄闇に包まれる一室はどこまでも暗く、複雑な感情が入り混じる。
274
64話 溝
﹁アハッ、はははハハ!﹂
魔物達の殲滅を終えたというのに、クロネアは未だに哄笑を止め
ず、ひっきりなしに振るっていたブッチャーナイフを片手に口元に
愉悦の曲線を描きながら悠の下へと覚束ない足取りで歩み寄ってく
る。
﹃もしかして、僕チンに狙い定めちゃってるのかなぁ? そこんと
ころ、デュラハンはどー思うよ﹄
愁いに表情を曇らせ、やけに据わった目をさせながら尋ねた。
白い犬歯をのぞかせながら向かってくるクロネアの目的を悠は既
に大方悟っているのだろう。
﹃十中八九そうだろうな﹄
﹃ですよねぇー! あ、5円玉ないかな。俺って実はスプーン曲げ
出来るんだよ? だから催眠術だって出来る筈だ! 多分!﹄
テンパっているからか、突如、馬鹿な事を言い出し、悠はポケッ
275
トを漁り始める。
力ずくで抑えれば良いだろう? というデュラハンの言葉が聞こ
えてはくるものの、却下する。
真実は定かでないのだが、恐らく、悠を守るために魔化を使って
くれたクロネアを力ずくで抑える事に気が引けたからだ。
﹁しまった! 財布は王城の部屋に置いてきたんだった! 何とい
う失態!﹂
緊張感を一切感じさせる事ない能天気な声を大気に響かせながら
悠は頭を抱えていた。
その間にもクロネアは悠との距離を詰めており、戦うしかないか。
と悠が腹を括ろうとした刹那、ドサリと音が響く。
へ? と素っ頓狂な声を出すものの、音の発生源を探す中で悠は
慌てて駆け出す事となった。
ゴポリと赤みを帯びた飛沫を飛び散らし、突如として大地に四肢
をつき、クロネアは続けるようにして濁った悲鳴を漏らす。
276
﹁あ゛っ、あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ア゛ア゛ッ゛!!!﹂
耳を塞ぎたくなる絶叫。
限界まで見開かれた目からは涙を、口からは血反吐を止めどなく
吐き出すクロネアからは先程までの嗜虐さは消し飛んでいた。
﹃⋮⋮アレは人の身のままで、無理やり魔の力を行使した代償だ。
マスターも分かっただろう? 魔化はおいそれと使っていいモノじ
ゃない﹄
感傷に浸りながらデュラハンが告げる。クロネアの痛み苦しむ姿
に絶句しつつも、悠が肩を貸そうと近づこうとするが、
﹁⋮⋮ど、するの?﹂
ぎりっと唇を噛み締めながら怨嗟の声を辛うじて漏らす。
、、、、
ーーー気をつけろよ、マスター。アイツらは大概、人間を恨んで
いるからな。何がキッカケで殺意に感情が変化するか分からないぞ。
277
人間を恨んでいる。
デュラハンが発していたその言葉を理解出来ていない悠であった
が、やっと合点がいく。
魔化のチカラは忌み嫌われるモノ。人の前で晒してはいけないモ
ノなのか。とクロネアの反応から察していた。
どうするの?
とは、殺すのか? と彼なりに聞いているのだろう。
別に悠は魔化が使えたからといってどうするわけでもない。彼も
また、魔化を使えるから。
それに殺そうとしてきた相手ならばまだしも、そうでない者を殺
す程、人間が腐ってはない。
その為、はぁ、と溜息を漏らしながら悠は身動きの取れないクロ
ネアが背中におぶさるようにしておんぶしていた。
278
64話 溝︵後書き︶
あらすじを修正してみました。
読みやすく感じて頂ければ幸いです︵ぺこり
279
65話 甘さ
﹁⋮⋮変わってるね⋮⋮悠さんは﹂
クロネアを背負ったまま、治癒魔法を行使し、彼を治療する悠に
向けて言い放たれる。
﹁そうかぁ? ま、俺もさっきのクロネアのようなヤツを使えるか
らなぁ⋮⋮別になんとも思わないというか。なんというか﹂
﹁ふふっ、嘘でもうれしいよ悠さん。それにしても良いの? 僕の
傷を治せば僕が悠さんに襲いかかるかもしれないよ?﹂
悠はありのまま口にするが、勿論クロネアは嘘だと思い込んでお
り、可笑しそうに笑うだけだ。
﹁そん時は返り討ちしてやるさ。ま、クロは大人しく治療されてお
かないと⋮⋮っ!? おい、クロ!?﹂
可愛らしく首を傾げながら問うクロネアの瞳には酷薄めいた何か
が湛えられていたのだが、悠はそれに気づく事なく返答をしていた。
刹那、悠の背中からクロネアが飛び降り、2m、3mと後ずさる
280
事で彼と距離を取る。
﹁⋮⋮甘い。甘過ぎるよ悠さん。僕のように危険なチカラを持った
人間はなりよりもまず先に殺すべきなんだよ。自分に牙を向く可能
性があるものを生かす⋮⋮それも治療するなんて愚の骨頂だ。⋮⋮
このセカイの厳しさってものを僕が教えてあげるよ﹂
悠は自分よりも強い。
それは言われずともクロネアは分かっている。
だが、それ以上に彼は甘い。
困ってるから助ける。
死にそうだから助ける。
そんな事を続けていたら、いつかは寝首をかかれて死ぬだろう。
悠は自身の母親を助ける為に最下層までなんの見返りもなくつい
て来てくれた。その事にクロネアは誰よりも感謝している。
そして、悠のチカラは軽く見積もってSランク並。普通ならば莫
大な金銭を報酬として要求されても文句は言えないのだが、彼はそ
れを決してしないのだ。
281
勇者は強い。
強いが何の苦労もなく手に入れたチカラ故に、そのチカラを万能
と信じて疑わない。
かつての勇者は全ての者を救おうとしたが、最期は仲間に裏切ら
れ、死んだ。
彼らには冷酷さが足りなかった。時には殺し、時には騙す冷酷さ
が。
姉であるレーリャから悠が勇者であると教えられていたクロネア
はダンジョンに潜る前から決めていた。
もし、悠が既に冷酷さを持ち合わせているなら、それで良し。
だが、持ち合わせていなかった場合は、
﹁ふ、ふふふ⋮⋮アハハハハハッ!! 貴方は甘い。甘過ぎる! いつかはそれが足枷となるでしょう! だが、時には仲間でさえ疑
わなければいけない! 僕のような者はこの腐ったセカイには溢れ
る程に存在するからッ!﹂
282
この身を賭してでも、甘さをここへ置き捨てて行って貰おう。
ーーーそれが、彼へ贈る僕からの報酬だ。
甘さはここに捨てて行け⋮⋮それと、
姉貴を頼みます。
勝てないと分かっていながらも、疲弊した身体で魔化を使用し、
ブッチャーナイフを片手にクロネアは悠と対峙した。
、、、
﹁あまり時間が無いんだァ。早く殺し合いを始めようかァ? 悠さ
ん﹂
283
66話 刻印闘技
魔化
というも
﹁おいッ! クロ!! 早く魔化を解け!! 死ぬぞお前ッ!﹂
1ヶ月。
1ヶ月だけであったものの、悠はデュラハンに
のを教わった。
魔のチカラを身体に取り込む過程を終えた者のみが行使出来るチ
カラ。
だが、無理やりに行使した魔化には多くのデメリットが存在する。
魔化とは感情を喰らい、生命力をも喰らういわば諸刃の剣。
疲弊する中で使用すれば間違いなく絶命する。
だからこそ、魔化は絶対に多用してはならない技なのだ。
悠でさえ魔化を1日に2度は使用出来ない。
284
死ぬからと恐れているわけでは無く、身体が悲鳴をあげ、物理的
に使用が出来ないからだ。
だが、クロネアは2度目の魔化を使用した。
悠は知っている。
クロネアに殺す気はないという事を。
姉であるレーリャを大事にしている彼が悠が死ぬとレーリャも死
ぬ。という事を知っていて殺す筈がないのだ。
己が命を賭してまでクロネアが伝えようとしている事。
それを知る事は大切だろう。しかし、それ以上に彼を死なせるわ
けにはいかなかった。
レーリャには1ヶ月もの間、世話をして貰ったという恩がある。
だからこそ、彼女の弟であるクロネアを死なせるわけにはいかな
い。
285
⋮⋮だが、なによりもクロネアの昏く悲しそうな瞳。
あの瞳が両親を失い声が枯れるまで泣き続けていた紅奈の瞳と重
なる。
、、
﹁⋮⋮馬鹿がっ⋮⋮デュラハンッ! アレを使う! 説教なら後で
幾らでも聞くから今だけは見逃してくれ!!﹂
忌々しそうに呟き、その場には居ないデュラハンへ向かって悠は
叫び散らす。
その言葉を聞き、何を言っても無駄だと悟ったのか、呆れながらも
﹃⋮⋮勝手にしろ﹄
﹁すまん、デュラハン。⋮⋮恩に着る﹂
焦燥感に身を焦がしながらも悠は小さく頭を下げ、そして唇を閉
ざし、右手を捲り始める。
次の瞬間、クロネアが動いた。
﹁⋮⋮前々から思ってたんだァ。悠さんと殺り合いたいってさああ
あああァァァァ!!!﹂
286
狂喜を帯びた瞳で悠の姿を捉え、繰り出される胸部目掛けての刺
突。
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
集中しているのか、目を閉じたまま悠が無言で躱すが、それを逃
がすまいと咄嗟に右手から左手に得物を持ち変え、逆袈裟に振るっ
た。
地面をも抉るその一撃にたまらず悠が飛び退く。
、、
﹃⋮⋮マスター、アレをやるのなら急げ。クロネアという人間、対
人戦に慣れ過ぎだ。まぁ、身長に差があって良かったな。あの人間、
完全に頚動脈を狙ってナイフを振ってるぞ。身長に差がなければ既
に2回はあの世逝きだったんじゃないか?﹄
胸部、頚動脈、腱など。
得物を縦横無尽に振るっているように見えるクロネアであるが、
正確に急所を狙っている。
反撃を一切せず、ただひたすら回避に徹する悠に向かってデュラ
ハンがそう告げるが、彼は相変わらず無言で聞き流す。
287
服の袖に仕込まれたナイフやブッチャーナイフによって刻々と小
さな傷が増える中、奔る痛みを掻き消さんとばかりに咆哮する。
﹁⋮⋮そんなこたぁ素人の俺でも分かってるって。⋮⋮準備は出来
た。盛大に後悔しろよ、クロォ!! ﹃蝕め⋮⋮
ーーー刻印闘技﹄﹂
悠がそう呟いた直後、彼の右腕をドス黒い何かが包み込んだ。
刹那、獰猛に剥かれた悠の凶暴な犬歯が濡れ光る。
288
番外編 異世界に召喚される以前の悠の日常Part3︵前書き
︶
番外編はたまに挟みます
次回も番外編です︵・ω・`︶
289
番外編 異世界に召喚される以前の悠の日常Part3
﹁んー、我ながら中々の出来。将来料理人になるのも良いが、やっ
ぱ一度は机に噛り付く社畜となってもみたいんだよな⋮⋮﹂
椅子に座り、サンドイッチを頬張りながら複雑な面持ちにて悠が
呟く。
紅奈は未だ着替えの最中であるが、彼女を待っていたら待ってい
たで、毎度のように気を遣わないで。と言われる為、朝だけは先に
食べる事が多い。
夕食は何故か毎度帰りの電車が同じなので一緒に食べているのだ
が、彼の親友である桜井彰斗や久保田静香達と遊んだ時でさえ帰り
の電車の時間が同じ為、たまに不審がる悠であった。
﹁悠くーん! 今日の朝ご飯なぁに?﹂
渋面となっていた矢先、ドタドタと階段を下りる音に続くように
して女性特有の高い声が響き渡る。
﹁サンドイッチだよ。サンドイッチ。ほら、早く食べないと遅れる
290
よ?﹂
2階で化粧やら、着替えやらしていたからか、長針は丁度9を指
していた。
ーーー俺なんて寝癖を直すついでに顔を洗って歯を磨くだけだか
ら5分も掛からないけど⋮⋮女性って大変だなぁ⋮⋮
などとしみじみ思いながら手に持っていた食べかけのサンドイッ
チをほらほらとこれ見よがしに見せびらかす。
﹁あ、本当だ⋮⋮それじゃ、頂きまーす。はむっ﹂
サンドイッチが見えたのか、小さく笑いながらとてとて、と悠の
下へ歩み寄り彼が持っていた食べかけのサンドイッチに紅奈がパク
ついた。
﹁んー! さっすが悠君。相変わらず美味しい朝ご飯だね﹂
﹁紅奈⋮⋮毎回、俺の食べかけを食べてない? 心配せずとも、そ
こに紅奈の分もちゃんと用意してるのに﹂
満足そうに咀嚼する紅奈を横目に、自分の向かいとなる席を指差
しながら悠は苦笑いをする。
291
﹁まぁまぁ、悠君が足りなくなったら私の分を口移しで食べさせて
あげるからさ⋮⋮あ、マヨネーズ頂きまーす﹂
ーーーペロリ。
優しく微笑みながら、さらりと恥ずかしくなるようなセリフを口
にする紅奈に向かって﹁年頃の女の子がそんな事を言うものじゃ⋮
⋮﹂と唇を尖らせる悠であったが、先程、食べかけのサンドイッチ
を取られた際に指についたマヨネーズを隙あり。と言わんばかりに
舐め取られていた。
﹁あ、ちょ、ストップ! ストップ!﹂
﹁んー? ゆうふゅんは、くひのなかにふっとひれておきたいの?
︵訳 悠君は口の中にずっと入れておきたいの?︶﹂
可愛らしく首を傾げ、可笑しそうに笑う。その間にも紅奈は悠の
指を咥えており、彼が慌てて引き抜くまで舐めたままであった。
﹁と、兎に角。俺と紅奈は家族なんだよ? 寝るのはギリギリおっ
け⋮⋮いや、アウトだろうけどさ! 流石にそれはマズイ!﹂
︱︱︱特に俺の理性が!
292
と、言わないものの心の中で付け加える。
精一杯、紅奈を傷つけないように言葉を選びながらも言い放った
が、彼女は﹁なんだ、そんな事﹂とクスクス笑いながらも悠の耳元
へと顔を持って行き
﹁うん、確かに血の繋がった正真正銘の姉弟がやるのはダメだろう
ね﹂
﹁な、なら!﹂
﹁でも私達は従姉弟。結婚だって出来るし、やろうと思えば私と悠
君はエッチな事だって出来る。だから何も可笑しな事なんてないん
だよ?﹂
そんな事を言う悪い子にはお仕置きだぁ! と囁きながら、はむ
っと悠の耳たぶに紅奈が甘噛みをする。
、、
﹁ふぁっ!? ちょっ、何して︱︱︱﹂
﹁クスクス、大丈夫だよ悠君。まだ冗談だからそんな考え込まなく
ても﹂
ほんのり頬を赤らめながら微笑む紅奈に毎度の如く手玉に取られ、
胸中にて溜息をこぼし、項垂れる悠であった。
293
294
番外編 異世界に召喚される以前の悠の日常Part4
﹁よーし、片付けも済んだ事だしそろそろ家を出ようか⋮⋮って危
ない危ない。ケータイを忘れる所だった﹂
食器などを洗い、一通り準備し終えた事を確認して悠は鞄を背負
い、紅奈と共に外を出ようとするが、自分がケータイを持っていな
い事に気づく。
悠にとってケータイとは欠かせないもの。なにせ、1時間おきに
場所が何処だろうと紅奈と連絡を取る為に必要であるから。
幼少の頃より、家族とは頻繁に連絡を取るものだ。と紅奈が悠の
脳に刷り込んだ賜物か、その教えを彼は信じて疑っていない。
尻ポケットに入れ忘れていたケータイを取りに戻ろうとするが、
その行動は紅奈によって阻まれる事となった。
﹁あ、悠君待って。はい、これ﹂
悠の腕を掴み、そう言いながら白いスマートフォンを彼女は手渡
す。
295
悠が昨日まで使っていたケータイは黒色だった為、ん? と首を
反射的に傾げてしまう。
﹁悠君ってば昨日、ケータイを夜中に落としてたんだよ? 液晶が
割れてたし、危ないから私の予備のケータイを使って? ね?﹂
﹁え? うわぁ、マジかぁ⋮⋮夜中に起こしてごめんね、紅奈﹂
ーーー悠が通う高校では、文化祭が近々行われる為、クラス内で
打ち上げをする時用にと昨日、連絡先を知らなかった男子達に加え、
女子達とも連絡先を交換し、やっと彼女が出来るかも! と思って
た矢先にコレである。
自分の寝相の悪さに頭を抱えながらも紅奈から真新しいケータイ
を受け取り尻ポケットに仕舞う。
﹁ううん。気にしないで。丁度喉も乾いてた時だったし。あ、画面
のパスワードはいつもの番号だよ﹂
いつもの番号。
とは、悠が紅奈の誕生日で紅奈の場合は悠の誕生日が決まってケ
ータイのロック画面のパスワードとなっているのだ。
296
別にお互い見られて困るものも無い為、パスワードを変更した事
は一度もない。
﹁おぉ、流石紅奈。何から何までありがとー。んじゃ、行こっか。
あまり彰斗達を待たせるのもアレだし﹂
﹁うん、そうだね。私も桜井君と久保田君には言いたい事があるか
ら﹂
可愛らしい笑顔を向けながら紅奈はそう言い放つ。その時の笑顔
は本当に良い笑顔だった。
家を出てから程なくして、紅奈が悠へ向かって左手を伸ばし、﹁
手を繋ご?﹂と潤んだ瞳で見つめられる。
勿論、紅奈の顔は知れ渡っている為、サングラスを着用済みだ。
17歳になってまで手を繋ぐのか? と普通の男子高校生ならば
苦い顔をするだろうが、そこで﹁嫌だ﹂と首を横に振れる程、悠の
イトココンプレックス略してイトコンレベルは低くない。
寧ろ、自分から手を繋ごう? と言ってしまう程に彼のイトコン
レベルは高い。というか、既にカンストしている。
297
そして、当たり前のように恋人繋ぎへと変えつつも、最寄りの駅
まで談笑しながらいつも通り、2人仲良く歩を進めていた。
298
67話 vsクロネア
場が静まり返り空気に緊張が走る。
ドス黒い霧のようなものに悠の右腕が包まれた瞬間、値踏みする
ような表情にて見据えながらもクロネアが慌てて彼と距離を取る。
悠が叫び散らして数秒後。
得体の知れない霧は晴れていくのだが、彼の右腕にはトライバル
タトゥーのような刺青がびっしりと刻まれていた。
刻印闘技とはその名の通り、刻印を用いて戦うモノだ。
そして、その刻印とは召喚獣契約の際に背中に刻まれたもの。そ
れが今回は右腕にまで侵食するように伸びた⋮⋮いや、刻まれたに
過ぎない。
召喚魔法の極技。
それが刻印闘技である。
そして、刻印闘技の本質は
299
﹁⋮⋮私はマスターのように甘くないぞ?﹂
任意で己の身体を召喚獣に貸し与える事が出来る、というところ
にあるのだ。
そしてタトゥーが刻まれた部位には召喚獣のチカラを上乗せする
事が出来、失われた秘術とまでデュラハンが豪語する程である。
身体を貸し与えるという事は、乗っ取られる可能性もある上に、
自分をさらけ出すという事だ。
それ故に失われた秘術。
召喚魔法を使う者が少ないというのに、刻印闘技を使用する人間
はその中の一握り。
﹁⋮⋮誰なのかなァ、アナタ。どう見ても悠さんじゃないよねェ?﹂
焦り、怒り、喜び、悲しみ。
様々な感情が入り混じっていた彼の黒曜石のような瞳には感情と
いった感情を何も映してはおらず、ただただ
300
︱︱︱静謐。
﹁⋮⋮答える義理はないな﹂
﹁それもそうだねェ。⋮⋮それにしてもデュラハン、かァ⋮⋮いや、
デュラハンだからか!﹂
にべもなく切り捨てるデュラハンに向かって、それもそうだ。と
返すが、クロネアは先刻程前に悠が言い放った言葉によってある結
論に辿り着く。
﹁僕はこのチカラを疎んだ。だからこそ、様々な文献を読み尽くし
たァ。でも、このチカラに関しては何も知ることが出来なかったァ。
⋮⋮だけど、デュラハンに関してはある程度知ってるんだよォ? 人の怨念がカタチとなった魔物。そして︱︱︱︱︱︱に必要な物が
銀獅子の魔石。もしかして、︻氷蝕のダンジョン︼の最下層には銀
獅子でもいるのかなァ?﹂
、、
﹁⋮⋮勤勉な事だ。だが、それを知られたところで何も変わらん。
それにしても、良かったな小娘﹂
紅く輝く己の双眸を指差しながら淡々と語るクロネアであったが、
聞くに耐えないモノであったのか、突如、クロネアの前からデュラ
ハンが姿を消す。
301
こうき
瞬きをする間に距離を詰め、青白い光輝を帯びたデュラハンのそ
の右手はクロネアの胸部に触れていた。
﹁マスターが殺すなと言っていなければ、既にあの世逝きだったぞ
?﹂
302
67話 vsクロネア︵後書き︶
なろうを開いてみると、ブクマの数が鰻登りとなっていて、ビック
リしてましたΣ︵・ω・`︶
`*︶
まだまだ拙い文章ですが、今後もどうぞ宜しくお願いします︵*´
ω
303
68話 リーフェン・グレイラ
﹁っ!? ⋮⋮それ、降霊術か何かかなァ?﹂
デュラハンに指摘され、青白い光輝を帯びた右腕が胸部に添えら
という人外たる力を余す事なく発揮し、数十メートル先にま
れていた事を視認したクロネアは狼狽しながらも距離を取ろうと
魔化
で飛び退くように跳躍する。
威嚇をするかのように全身から空間を歪める程の膨大なドス黒い
何かが吐き出され、クロネアは堪らず顔を顰めた。
﹁⋮⋮召喚術だ。まぁ、どんな意図があったかは知らんが⋮⋮マス
ターに剣を向けたんだ。それなりの覚悟があっての行為だったのだ
ろう?﹂
知り得ない事などない。
デュラハンからすれば、クロネアの頭の中など丸見えもいいとこ
だ。
しかし、だからこそクロネアが生きているわけであって。
304
もし、クロネアが邪念を抱いていれば、デュラハンは悠の命令に
反しようと彼を斬り殺していただろう。
これは殺し合いではなく、最早、デュラハンがクロネアという人
間を値踏みする舞台へと一変していた。
﹁その手に纏った光⋮⋮身体強化系の魔法と炎魔法、それと⋮⋮風
魔法も混ぜ込まれた合成魔法かなァ? これは⋮⋮辛いかなァ﹂
治癒魔法
雷魔法
転移魔法
召喚魔法
それらが悠が行使できる魔法であるが、刻印闘技でデュラハンが
悠の身体を使う。となれば事情が違ってくるのだ。
魔法とは、個々の魂の質などによって行使出来るか出来ないかが
決まる。
そして、大気から人は無意識にマナを取り込み、そうする事で魔
力を回復させ、魔法を行使する事が可能となるのだ。
305
だが、魔法を使う際に消費するマナーー魔力を過剰に使い過ぎれ
ばそれなりの代償が身体を襲う。
加えて、魔法を行使するにせよ、脳の処理が追いつかなければ魔
法は発動しない。それが魔法のルールだ。
その為、裏を返せばデュラハンが悠の魔法を使う事は出来ないの
だが、
﹁﹃蛍火﹄﹂
デュラハンは口角を吊り上げながらそう呟いた。
直後、左手から迸るかのようにして小さな赤い火の球が大気に向
かって散らばって行き、クロネアの背後や左右に集まっていく。
デュラハンという魔物はマナを取り込めない魔物であるが故に魔
法を使う事が出来ないのだ。
しかし、悠の身体を借りた今、魔法が行使可能となったのだ、数
306
百年振りに魔法で戦う事が出来るデュラハンの心情は歓喜で満ちて
いる事だろう。
﹁⋮⋮久し振りに魔法を使うな⋮⋮まぁ、いい。今は気分が良いん
だ。聞いていけ﹂
牙を剥き、獰猛に笑いながらデュラハンが様子を窺っているクロ
ネアに対して告げる。
﹁⋮⋮お前は
︱︱︱リーフェン・グレイラという名を知ってるか?﹂
307
68話 リーフェン・グレイラ︵後書き︶
投稿する時は絶対連投。
これ、常識⋮⋮じゃないっ!
文字数少なくてすみません︵−∀−`;︶
308
69話 蛍火
冷たく澄んだ声でデュラハンが訊く。瞳は酷薄めいており、別人
の口を借りているかのようなぎこちない口調である。
﹁⋮⋮リーフェン・グレイラ。数百年前、王国を裏切った騎士と書
いていたよ。あぁ、民衆の前で断首されたとも書いていたかなァ﹂
目を瞬かせ、疑問が脳内に渦巻く中、クロネアは怪訝な表情で答
える。
﹁⋮⋮それがどうしたんだい? そんな事を聞いて⋮⋮いや。そう
いう事か⋮⋮そういう事なのか︱︱︱﹂
愉快そうに口角を吊り上げ、肩を揺らしてクロネアが笑い出す。
カラミティ
﹁アナタの正体がリーフェン・グレイラなのか! 4属性の魔法を
使う天才魔法騎士、﹃災厄﹄の魔女! リーフェン・グレイラ!!﹂
﹁⋮⋮災厄とは酷い言われようだが⋮⋮大体はあってるさ。例え人
間に戻れたとしても俗世に関わる気は全くないがな。まぁ、安心し
ろ。お前が心配せずとも私のマスターはそこまで︱︱︱﹂
309
そこまでデュラハンは言うが、クロネアが愉悦に唇を歪め、言葉
を遮った。
﹁ふ、ふふっ、あははははははッ!! ⋮⋮僕の考えは杞憂だった
って事かァ﹂
身構えていた筈のクロネアはそれを解き、脱力させる。
彼の身体は魔化の負荷により、皮膚は裂け、流血をしているから
か、表情は目に見えて青ざめていた。
、、
﹁⋮⋮お前はもう眠れ。また後で会えると良いな⋮⋮同類﹂
不撓に立ち尽くすクロネアに向かってそう呟く。
刹那、彼の周りを囲うように浮遊していた﹃蛍火﹄が揺らめいた。
そして目を瞑り、デュラハンが言葉を発した直後、﹃蛍火﹄が一
斉にクロネアへ襲いかかる。
﹁﹃屠れ⋮⋮
蛍火﹄﹂
310
爆音が大気を切り裂き、轟く。
余波によって砕き割れた岩盤などが雹のように降り注ぎ、地面が
揺らいだ。
リーフェンの攻撃により、砂煙が巻き上がる。
そしてクロネアの意識がゆっくり薄れ、闇に溶け込んでいく。
﹁⋮⋮マスター。出番だぞ﹂
屈託のない笑みをみせ、天井を仰ぎながらリーフェンが言葉を零
した。
311
70話 ポテチ
﹁⋮⋮ってクロ倒れてるじゃん! もしかしてこれ、死んでるんじ
ゃねーの!? デュラハン、ちゃんと手加減した!?﹂
右腕にびっしり刻まれたトライバルタトゥーは波がひいていくか
のように消えていき、リーフェンの意識は悠の身体から跡形もなく
消え失せる。
焦燥の相にて、引き裂かれ、焦げてしまった服を着用したクロネ
アに目を向けた悠が慌て、たじろいでいた。
﹃そう慌てるな。#まだ、、︳︳#息はしている。それに、マスタ
ーの魔法ではアイツを殺してしまっていただろう? これでもかな
り手加減をしたのだ。このくらいで妥協してくれ⋮⋮﹄
不興気に小さく鼻を鳴らし、勘弁してくれとばかりに溜息をつく。
﹁ちょ、まだって事は相当危ないって事だろ!? 眠らせたりとか
出来なかったの!?﹂
﹃私は曲芸師などでは無い。無茶を言うな。⋮⋮それよりも、早く
治療をしてやらねばクロネアという人間、死ぬぞ?﹄
﹁え? マジ?﹂
312
リーフェンと話す際、悠は念話に意識が集中出来るから。という
事で目を瞑って話しているのだが、陰気な様子となっていたリーフ
ェンに指摘され、クロネアに目を向けると意識が有るのか定かでは
ないクロネアが血をゴポリと吐き出し咳き込んでおり、かなり危な
い状況となっていた。
﹁く、クロおぉぉぉ!?﹂
露骨に顔が青ざめながらも慌ててクロネアの下へ駆け寄り、急い
で治癒魔法を行使する。
リーフェンはククッと愉快そうに噴き出しながら
﹃後処理を任せたぞマスター﹄
ひとしきりに笑う彼女に対し悠は、笑う暇があるなら手伝ってく
れ! などと言い、数十分程口論を繰り広げながらも泣き出しそう
な顔で治癒魔法を使い続けるのだった。
※
313
﹁⋮⋮⋮⋮完全に迷った﹂
治療を済ませ、再びクロネアをおぶった悠は先の戦闘にて手の内
を晒した手前、残りの魔法も最早、隠さなくていいだろ。という考
えのもと、惜しみ無く転移魔法を使っていたのだが、
﹃⋮⋮すまない、私も大の方向音痴でな⋮⋮﹄
彼らは同じ道をかれこれ1時間程歩いていた。
刻印闘技
による魔力の消費が酷く著しかった為、
始めは順調にダンジョン攻略をしていたものの、クロネアとの戦
闘にて使用した
転移魔法を5度程使ったところで魔力切れを起こしていたのだ。
肝心のクロネアといえば、寝息を立てて寝ており、現在進行形で
就寝中である。
その為、悠の頼りになる者といえばリーフェンだけだったのだが、
遠慮がちな声で申し訳なさそうにそう告げられていた。
314
その崖に突き落とされるような発言に対し、蒼白な顔でよろめく
ものの、魔力補給も兼ねて54層で休養を取る事に決める。
生粋のパチリストこと悠はレーリャ達が持ち歩いているテントと
はまた別に予備のテントを所持していたのだ。
﹁あ゛ー、だりぃ⋮⋮なんかポテチが食べてぇなぁ⋮⋮﹂
ものの数分で立てたテントの中でクロネアを寝かせ、見張りを兼
ねてテントの外で待機する悠は地面に尻餅をつきながら気だるそう
に小さく声を洩らす。
刹那、悠の中の何かが彼に呟いた。
あぁ⋮⋮困ったな⋮⋮ポテチが無い。
ポテチを食べたいのに、ポテチが無いぞ。
⋮⋮そうだ、ポテチが無いのなら⋮⋮作ればいいじゃなーい! よし、今すぐ作ろう、ポテチ。
315
そう決めた悠は簡易キッチンを程なくして取り出し、ジャガイモ
の皮を手慣れた手つきで剥き始める。
数分後。
本職顔負けの速さで皮を剥き終えた悠が気持ち、ポテチサイズに
切ったジャガイモを油にポーンするさまを眺めながら、
﹃なぁ、マスター﹄
リーフェンが唐突に名前を呼んだ。
そして、躊躇うような短い沈黙を挟んだ末に告げる。
﹃話があるんだ。聞いてくれるか?﹄
予期せぬ発言に困惑を覚えながらもあぁ、と首肯しつつ、ポテチ
作りを続けていた。
316
70話 ポテチ︵後書き︶
お待たせ致しました。
今日は適当にポンポン投下していきます︵・ω・`︶
317
71話 お友達から始めましょうか
﹁で、話ってなんなんだ?﹂
ポテチ作りを終えた悠は﹁これ⋮⋮ただ薄く切ったフライドポテ
トだ⋮⋮﹂と項垂れたものの、捨てるのも勿体無かった為、皿に乗
せてパクパクと素手で掴んで口へ運んでいた。
﹃⋮⋮数々の非礼をはたらいて本当に済まなかった。故にマスター
からの侮蔑や憤懣を甘んじて受け入れよう﹄
﹁⋮⋮は? いや、話が全く見えないんだけど⋮⋮﹂
突然の謝罪に困惑を隠せないでいた悠であったが、一拍ほど挟ん
だ後に返答の言葉がつむがれる。
﹃⋮⋮人の怨念から生まれた魔物。それがデュラハンだと言われて
、、
いるが⋮⋮それは正しい。⋮⋮私は元々、人間だった。名をリーフ
ェン・グレイラ⋮⋮マスターは恐らく既に見ているだろうが、あの
夢が私の生き様だ﹄
デュラハンと契約をしてから見始めるようになった事で、何かし
らデュラハンに関する事なのだろうな。と予想は出来ていたものの、
318
デュラハンの生き様だったと告げられ、彼の片眉がピクリと跳ねた。
﹃説明が遅れたが、銀獅子の魔石とは私が死ぬ直前の状態となる為
に必要なモノなんだ。だが、勘違いをしないで欲しい。私はマスタ
ーから離れる気はないし、それよりも、このままの状態ではマスタ
ーの身が危ないんだ﹄
﹁危ない?﹂
突然告げられたその言葉に対し、怪訝な顔で聞き返す。
﹃先程も言ったようにデュラハンとは怨念の塊。それを一身に受け
止めているマスターは気づいていないかもしれないが、日に日に負
の感情がマスターの中へ入り混じり始めている﹄
いや、それは魔化の影響だろ? と悠が言おうとするが、発する
事を遮るように続けざまにリーフェンが言い放つ。
﹃一度だけ⋮⋮一度だけ、マスターの記憶を覗かせて貰った事もあ
るが⋮⋮綺麗だった。自由に愛を育み、誰も殺す事なく生きる事が
出来る世界があるのかと驚いたさ。だが、そんな世界で生きていた
マスターが魔人を何故、躊躇なく殺せたのか。⋮⋮その原因を作っ
たのが私なんだ⋮⋮﹄
寂しげにそう伝えるリーフェンは脆く、触れてしまうだけで儚く
319
も崩れ去る⋮⋮そんな印象を抱かせていた。
馬鹿
﹃話せば嫌われる。そんな事は当然、分かってはいたが、自分の命
を賭けるクロネアを見ても尚、隠し通せば人間だった頃の矜恃すら
も失ってしまう気がしてな⋮⋮﹄
彼を見つめる瞳には、隠しきれない不安の色が滲んでいた。
しかし、リーフェンの胸中とは裏腹に、なんだ⋮⋮そんな事か。
と前置きをしてから悠は
﹁確かに人殺しは忌避すべき行為だけど、この世界では違った。寧
ろ、忌避して躊躇っていたら逆に殺されるちゃうくらいだったなぁ
⋮⋮まぁ、俺は別にお前の事を恨んじゃいないし、寧ろ一緒にいる
時間は楽しかったから感謝してるくらいだぞ?﹂
ククッと喉を鳴らしながら
﹁だって⋮⋮もう友達だろ? 友達を恨むなんて俺には出来ん。だ
からさ、これからも仲良くやっていこうぜ? リーフェン﹂
嫌悪と不信。
人間という人間全てを恨んだ彼女に友という言葉が重くのしかか
320
る。
また、裏切られる。
また、殺される。
負の感情に塗り潰されるかと思われたが何故かそうはならなかっ
た。寧ろ、心が満たされていく妙な感覚に襲われる。
﹃友⋮⋮か。そうか、私にも友が出来ていたのだな⋮⋮﹄
怯える必要などない。
恐怖する必要などもない。
この者にならーーー
﹁ん?﹂
小さく呟いたリーフェンの言葉を聞き取れなかったのか、悠が不
思議そうに首を傾げた。
﹃⋮⋮私の事はフェンと呼んでくれ。まだ私が幼かった頃、両親が
私をそう呼んでいたんだ﹄
321
言い直すようにしてそう告げるが、
﹁⋮⋮んー、どうしよっかなぁ? ま、俺の事を悠って呼ぶなら呼
んでも良いけど⋮⋮﹂
返って来たのは、ニタニタと笑みを見せながら自分への呼び名の
訂正を求める悠の言葉。
こういう時に限って抜け目がない悠に嘆息しながらも
﹃敵わんな⋮⋮改めて宜しく頼む、悠﹄
﹁あぁ、こちらこそ宜しくフェン﹂
322
71話 お友達から始めましょうか︵後書き︶
次は番外編2連続です︵・ω・`︶
323
番外編 異世界に召喚される以前の悠の日常Part5
﹁うぃー、彰斗に静香﹂
﹁おー、悠。今日も仲良く夫婦してんなぁ﹂
﹁⋮⋮お、おはようございます! 紅奈さん﹂
﹁うん、おはよう。ちょっと久保田君⋮いいかな?﹂
最寄りの駅に着いた悠達は、一足早くに着いていた彰斗達と合流
を果たしていた。
なにやら紅奈は静香に話したい事があるらしく、10分後に来る
電車を待ちながら悠は彰斗と他愛ない話に花を咲かせる。
、、
﹁いやー、なんかまたケータイ落としたらしくてさ。今日は紅奈に
予備のケータイを貸して貰ってんだよ﹂
苦笑いをしながらも悠は、尻ポケットに入れておいた白いスマー
トフォンを取って見せる。
﹁へぇ⋮⋮今回は白か。お前、月2くらいのペースでケータイ変わ
ってないか?﹂
324
多少、呆れ混じりに呟く彰斗であったが、悠のケータイが変わる
事などしょっちゅうなのだ。
その為、悠も否定する事は出来ず、
﹁ほんと、自分のドジさに頭抱えてるとこだよ⋮⋮折角、クラスの
知らなかった男子に加え、女子の連絡先まで手に入れたというのに
﹁ば、馬鹿野郎ッ!! なんて事をしてんだ悠!!﹂
ため息を吐くのだが、急に彰斗が、くわっと目を見開き、悠の襟
首を掴んで怒鳴り散らす。
だが、悠は何がいけなかったのか、など知りもしない為、不思議
そうに首を傾げるだけだ。
﹁浮気は重罪だぞ!! くっそぅ⋮⋮こうなったら静香が生贄にな
ってる内に⋮⋮﹁桜井君? 少しお話⋮⋮良いかな?﹂⋮⋮はい﹂
焦燥感に駆られながらも、慌てて隣の車両が来る場所へ駆け出そ
うとする彰斗であったが、静香との会話を終えた紅奈にタイミング
悪く捕まり、虚ろな目を地面に落としながら返事をしていた。
﹁⋮⋮悠。お前には紅奈さんが居るじゃないか。あんな一途過ぎる
325
女性に心配をかけるな。いいな?﹂
﹁は? 意味が全く分からないんだけど⋮⋮何言ってんだ? 静香﹂
彰斗が紅奈に連れて行かれ、静香が帰って来た為、悠は何の話だ
ったんだ? と尋ねようとするが、その前に静香から責めるような
目つきにて何故か、短い説教を垂れられる羽目となっていた。
﹁⋮⋮桜井君。昨日の夜ね、悠君のケータイに女の子の連絡先がい
っぱい入ってたの﹂
彰斗を強引に悠の下から引き離した紅奈は何の脈絡もなく、そう
口にする。
﹁⋮⋮いや、そんなの悠くらいの歳になれば普通っすよ?﹂
彰斗の発言はこれ以上なく正しい。だが、紅奈に常識が通用する
筈もなく⋮⋮
﹁悠君はとっても優しいし、格好良いから変な女が引っ付いてくる
と思うの﹂
﹁無視!? ちょ、少しは俺の話を聞きましょうよ⋮⋮﹂
326
項垂れる羽目となっていた。
﹁あ、そうそう悠君ってさ。昔、紅奈のお婿さんになりたい。って
私に言ってくれたんだよ? あと数ヶ月の辛抱だけど待ち遠しいん
だ⋮⋮﹂
﹁それ、相当昔の話っすよね? 多分悠は覚えてな⋮⋮いだいッ!
いだいッ!! お、覚えてる! 絶対覚えてると思います! だ
からその手を離して紅奈さん!﹂
過去に思いを馳せながらもう何度目になるか分からない思い出話
に対し、真面目にツッコミを入れる彰斗であったが、突として紅奈
に手のひらを掴まれ、刹那、激痛が身体を奔る。
﹁ふふっ、あと数ヶ月で宮西紅奈になっちゃうけど、今後も悠君の
事、宜しくね。あ、これスタッフさんから貰ったんだけど、私は悠
君の手作り料理か、悠君から、あーんしてもらったものしか食べた
くないからあげるよ﹂
﹁⋮⋮いてて⋮⋮ってこれメガビッグビッグハンバーガーの無料券
とボスバーガーで使える1万円分の商品券じゃないっすか。あ、あ
ざーっす!﹂
ーーーそういやぁ、悠もあと数ヶ月で結婚かぁ。時の流れっての
は早ぇなぁ。
327
などと、悠と紅奈が結婚する事を信じて疑っていない彰斗は痛め
つけられた手をぷらぷらさせながら目の前に差し出されたアメに飛
びついた。
﹁学校の帰りにでも、皆で食べておいで﹂
まさに飴と鞭。
紅奈とってのゴミ処分は先程までの心労を吹き飛ばし、彰斗のや
る気を滾らせる事となった。
そして彰斗は思う。
馬鹿
ーーーあの悠はここまで紅奈さんを病ませた責任を必ず取るべき
だ。と。
328
番外編 異世界に召喚される以前の悠の日常Part5︵後書き
︶
どこまで連投出来るのやら︵−∀−`;︶
329
番外編 異世界に召喚される以前の悠の日常Part6
﹁なぁ、彰斗。さっきまで紅奈と何話してたんだ?﹂
怪訝顔で悠が彰斗に尋ねる。
朝の通勤ラッシュと重なっていた事あって、車両の中は混み合い、
満員だ。
数分前に乗車した彼らは普段通り、車内でも会話を交わす。
﹁何を話してたんだ? って言われてもな⋮⋮﹂
言うべきなのか!? 言わない方がいいのか!? と葛藤に苛ま
れ、頭を悩ませる彰斗であったが、つり革にから悠へ視線を移した
直後、何故かさらりと言葉が飛び出した。
﹁⋮⋮お前さ⋮⋮そーゆー事を無意識でいつもやるよな⋮⋮﹂
はぁぁー、と溜息を漏らしながら弱々しく呟く。
入口のドア付近で紅奈に覆いかぶさり、彼女が隈が酷いサラリー
330
マン達に押しつぶされないようにしている悠の姿が目に飛び込んで
きたからだ。
終いには﹁大丈夫?﹂などと心配をする始末。もう、かける言葉
が見つからない。
ーーー紅奈さん、心配せずとも悠は貴女にメロメロです。
﹁⋮⋮お幸せに、な﹂
﹁は? お幸せにな。って何だよ? 彼女居ない歴=年齢の俺がそ
んなに幸せそうに見えるってか!?﹂
唇を尖らせ、抗議する悠であったが、突如、悠はバランスを崩し、
紅奈に密着するカタチとなった。
彼には見えていなかったが、悠を紅奈に密着させるようにワザと
押した犯人は
﹁あ、すまない、悠。少し、押されてしまってな﹂
ーーーー静香だった。
331
彰斗には見えていた。
静香のポケットにはメガビッグビッグハンバーガー無料券が少し
だけ顔を見せていた、という事を。
あ、アイツ、買収されてやがる⋮⋮。
全てを悟った彰斗は慌てて紅奈に目を移すと、それはもう、かな
りの上機嫌だった。
好きな人と抱きつければ、そりゃ、嬉しいか。
などと彰斗が生暖かい目で見守る中、チラッと視界に映った静香
は、眼鏡をクイックイッ、とやりながらやり切った感を醸し出して
いる最中だった。
安い友情だな!
ハンバーガーで買収される友人と、イトコンな親友。そして少し
病んでる親友の従姉に向かって嘆息を吐きつつも、彰斗は早く学校
に着かねぇかなぁ。とひたすら願う。
332
333
`*︶
番外編 異世界に召喚される以前の悠の日常Part6︵後書き
︶
次話から本編に戻ります︵*´ω
334
72話 クロネアの過去1
グレシア王国に存在する小さな家に少女は住んでいた。
いや、家というよりも小屋に近かったかもしれない。
そして、彼女は自分の肉親である父親の事を何も知らない。
少女が物心つく以前に父親は亡くなっていたが、特に何も感じな
かった。
世話をされていたのなら兎も角、顔すらも覚えていない人の事を
言われてもどうする事も出来ない。
母親に姉。
別に父親が居なくとも2人が居さえすれば別段構わなかったから
だ。
朝の5時に起床し、言われた場所へ赴いて母親達と共に下働きを
こなす。
335
そして月日が経つ内に少女は冒険者に憧れた。
少女の姉は隣国の騎士団に入り、日々、力を磨いている。
少女と近しい年の頃の者達が剣を、槍を持って談笑し合う姿に憧
れていたのだ。
騎士団にも憧れたが、騎士団は18歳を満たなければ入る事が出
ギルド
へ向かい、依頼を受けて魔物
来ない。だからこそ、冒険者に憧れ、心をくすぐられた。
グレシア王国に聳え立つ
を狩る。
その成果に比例してギルドから報酬が支払われる。という仕組み
を知った時、少女は歓喜した。
彼女らが住んでいた場所は、商業が栄えていた場所からも遠く、
不便極まりない所であった。
そんな環境でも少女は幸せだったが、欲という物はせき止める事
が出来ない。
336
機能的な建物。
美味しそうな食べ物。
気持ち良さそうなベッド。
憧れる物や、欲した物は数え上げればキリが無いほどに存在した。
それらを手に入れよう。
今の生活をより良いものに自分が変えてやる。
そう思いながら少女は冒険者になる旨を母へ伝えるが、返答は﹁
やめなさい﹂という一言だけであった。
どうやら少女の父親は冒険者をやっていたらしく、そのせいで命
を落としたという。
父親は父親。
自分は自分。
その意見を決して曲げない少女は冒険者になっても大丈夫だとい
う事を証明してやろう。と思い、小さな短剣を片手に、無断でグレ
シア王国の外へ向う。
だが、それが悪夢の始まりであった。
337
自分の中に潜む欲を満たすため。そして、冒険者になるため。
少女は意を決して家を飛び出し、茂る森へと疾走する。
魔の森
グレシア王国が南西部。
通称
ゴブリンやオーク、オーガなどの魔物が生息する所であり、木の
実などが豊富に実る森だ。
魔物の活動時間帯は主に夜であり、夜目がきく魔物が殆どの為、
少女は兼ねてより母親から森には近づくなと教えられていたが、子
供の好奇に対する旺盛さは底知らずである。
なので、それこそ目の前で恐怖を教え込まれなければあまり意味
をなさない。
﹁⋮⋮大丈夫⋮⋮だよね⋮⋮﹂
338
辺りは闇夜に包まれ、街灯の光が唯一の光だ。
繁華街を越え、丁度、魔の森の目の前に着いた少女は愁いの言葉
を呟きながら立ち止まる。
夜もすっかり更けており、人気も少ない場所に居るというのにも
拘らず、たちの悪い人間に絡まれなかったのは僥倖と言えよう。
懐に忍ばせておいた短剣の柄の部分を撫で、ひと時の安心感を味
わいながら少女は足を進めた。
自分と似た年の頃の者たちが冒険者となって楽し気に話していた
あの光景を反芻させつつ、前だけを見る。
夜の森は暗く、そして不気味な鳴き声がひっきりなしに聞こえて
くる場所であった。
339
ーーーはぐれた小さなゴブリンを1匹倒す。それだけで良い。
そう思いながら懐に手を忍ばせて歩を進めていた少女であったが、
突如、
﹁⋮⋮かっ⋮⋮!?﹂
後ろ首へ重い衝動が襲いかかり、前のめりに倒れながら意識は闇
に落ちて行く。
深い深い悪夢の淵へと。
340
`・ω・´︶
72話 クロネアの過去1︵後書き︶
次回は過去編2です︵
341
73話 クロネアの過去2
少女は微睡みから目を覚ます。
﹁ーーーチッ、こいつも失敗作ですね。どこかに捨て置きなさい﹂
﹁ドク、了解致しました﹂
どこか苛立たしげな声とそれとは対照的に抑揚のない声か耳に入
り、少女は身体をよじらせ、声のする方向へと視線をやった。
しかし、途中、足が引っ張られるような妙な感覚に襲われる。
足に目を向けると、両脚に足枷が嵌められており、少女の動きを
妨げていた。
﹁⋮⋮何? これ⋮⋮﹂
﹁おっと、ようやく被験体のお目覚めですか﹂
﹁⋮⋮被験体?﹂
﹁えぇ、こんにちはお嬢さん。私の名はグリーモ・フュルデリス。
これでも一応、研究者をしています。僅かな時間でしょうが、お見
知り置きを﹂
342
グリーモと名乗った男は恭しく自己紹介を終えると、やんわりと
微笑んでみせる。
しかし、彼の相貌は
﹁ま、魔族!?﹂
﹁そうですが⋮⋮あぁ、お嬢さんは人間でしたね。最近は魔族の子
供ばかり相手にしているもので貴女方が私達を嫌悪している事を忘
れてました。これは失礼﹂
わら
グリーモの頭上に伸びた2本の角を彼は撫でながら微笑う。
キメラ
ガラクタ
﹁私は最近、合成魔獣の製作に勤しんでいるのですが、完成するの
は理想に届かない失敗作ばかり。その為、私は酷く萎えてしまって
いたのですが⋮⋮﹂
ガラクタ
グリーモの口から告げられた言葉に、少女の思考が停止した。
キメラ
合成魔獣? 製作? 失敗作?
何を言っているのか全く理解が出来ない。
343
﹁そんな時に私の目の前に貴女が!! これはまさに運命というも
のでしょう!﹂
抑揚のある声でそう告げた。
高笑いを含ませ、目に見えて上機嫌。しかし、グリーモとは裏腹
に少女の顔には絶望の色が浮かぶ。
少女の眼前の独房は血で赤く塗られていた。
ある者は目を抉られ光を失い、
ある者は手足をもがれ自由を失い、
ある者は身体の一部を無理やり魔物と縫い付けられ己が身体を失
い、
ある者は半身が人間、半身が魔族のような身体となっており、
ある者はーーーー
人道などここには存在しない。存在するのはおびただしい程に響
く怨嗟の声。
ジャラジャラと鎖が牢の中を這い、けたたましい音が際限無く反
響する。
﹁い、嫌、いやっ! 見ないで! 話し掛けないで!!﹂
344
侮蔑の眼差しを向けるが、それさえもスパイスと言わんばかりに
グリーモは唇を愉悦に歪ませる。
﹁良いですね! あぁっ、それです、その声を私は求めていた! 貴女はこれから進化するのです! 何を嫌がる事があるのですか?
これ程光栄な事はないでしょう!?﹂
神への冒涜者。
グリーモはそう呼ぶに相応しい男であったが、濁りきった目で少
女を見つめる被験体だった者たちを前にして、形而上の存在に声を
掛ける事すら躊躇われる。
神が助ける事などない。
﹁来ないでっ! 何でっ、何で私がこんな目に⋮⋮﹂
ーーー冒険者になりたかっただけなのに。
その言葉は紡がれる事はない。ただただ、ぽたり、ぽたりと雫が
床へと重力に逆らう事無く落下するのみ。
瞳からは止まる事無く水滴が流れ続け、嗚咽を漏らす。
345
悪魔
だが、そんな少女に構う事無くグリーモは少女の手を無理やり取
った。
そして牢から連れ出しーーーー
そこで夢は途切れ、クロネアは目を醒ました。
346
`・ω・´︶
73話 クロネアの過去2︵後書き︶
過去編は一旦、終了です︵
347
74話 目を覚まし⋮
まどろみの淵で瞼に揺蕩いながらも夢を見ていたクロネアは目を
覚ます。
そして瞬きを数回。
確かめるようにしてゆっくり上体を起こす。
幼き頃を慮るように過去が回想され、フラッシュバックしていた
からか、急に酷い頭痛と嗚咽に襲われていた。
狂ったように暴れる鼓動は早鐘のように鳴り続ける。
﹁⋮⋮⋮⋮また、嫌なモノを見たなぁ﹂
気持ち悪い汗を背中から滝のように流し、まどろみの余韻を味わ
う余裕すらない。
どうにも消せない愁いを表情の端々に残しながらも呼吸を整える。
彼女の視界には簡易テントの内側が余すところなく映されていた。
348
恐らく悠が何かしらの方法で自分を助け、寝かしつけていたのだ
ろう。
そう自己解釈始めながら、刻々と心音がゆっくり落ち着きを取り
戻していく。
﹁⋮⋮まずはお礼を⋮⋮っ!?﹂
立ち上がろうとした刹那、言葉にならない程の激痛が身体を奔る。
咄嗟に奥歯を噛み締めたからか、声は出なかったものの、堪らず
横たわった。
魔化
というモノが身体にど
﹁⋮⋮は、ははっ、そりゃ身体は限界だよね﹂
自嘲気味に乾いた笑いを漏らす。
れ程の負担を強いるのか、全てとはいかないが、大方理解はしてい
たのだろう。
﹁⋮⋮まぁ、時間を待てばここに足を運んでくれるかもしれないし
⋮⋮﹂
349
クロネアの頭の中には既に寝るという選択肢は存在しない。
もうあんな夢を見るのは御免だ。と言わんばかりに瞼を見開かせ
る。
だが、それと同時に安堵が彼女を包み込む。悪夢から解放された
という安堵が。
﹁⋮⋮それにしても悠さん。僕とは違った意味で面白い人だったな
ぁ⋮⋮﹂
微かに笑う。
そして嬉しげに
﹁デュラハンを使役してる人は初めて見たよ⋮⋮﹂
楽しげに朧げな記憶を辿っていた。
仰向けの視界。
視界には天井部から吊るされた薄暗いランプの光が目に優しい。
350
何故か悠が外に居ると思えば安堵してしまう感情が自分のどこか
に存在している。
それは信頼か、はたまた理屈のない安堵か。
考えれば考える程に迷宮入りしてしまいそうになるが、それすら
も楽しく思えるこの感情は何なのか。
﹁今度⋮⋮姉貴に聞いてみよう﹂
屈託のない笑みを浮かべながら、クロネアはそう口にしていた。
351
74話 目を覚まし⋮︵後書き︶
あっ、そろそろ日が変わる︵−∀−`;︶
352
75話 痛恨のミス
﹁⋮⋮どこ? ここ⋮⋮﹂
突として光に包まれ、転移する事となったレーリャは驚きを隠せ
ず、そうは怪訝に呟いた。
彼女の直ぐ側にツァイスが居るものの悠とクロネアの姿は無い。
しかし、悠がレーリャをツァイスの下へと押しやった事で今の状
況は彼によるものだと想像に難く無い。
﹁⋮⋮恐らく43層の何処かだろうけど⋮⋮詳しい場所は分からな
いわ⋮⋮でもあの光が恐らく私達を転移させたのでしょうね﹂
転移のフロア。
それくらいの知識はレーリャとツァイスの頭の中に存在している
が、知っているからと言って実際に自分の身に襲いかかった時、冷
静に対処出来るかと聞かれれば否。
353
﹁⋮⋮悠は知っていた⋮⋮のかな﹂
レーリャがぼそりと漏らす。
﹁そう考えるのが普通でしょうね﹂
答えるツァイスは悠がレーリャを押しやったところを目で捉えて
いた。その為、逡巡なく肯定する。
﹁もしかして悠は43層の仕掛けを初めから知って⋮⋮いや、クロ
は弟と伝えてあるし、悠が利となる理由がない⋮⋮﹂
﹁ひとまず、変な勘繰りは止めなさい。悠クンが居なければ私とレ
ーリャも離れ離れだったかもしれないのよ? 感謝こそすれど、疑
うなんてしてはいけないわ﹂
むむむ、と難しい顔をさせながら唸るレーリャに対し、はぁぁー
と嘆息を漏らしつつ諌める。
﹁幸い、荷物は背中に背負ってる鞄に収まってるからここで一晩過
ごしましょ。悠クンやクロも何処かに転移されてるだろうし、待っ
てればいつかは会える筈よ﹂
微妙に納得のいかない顔を浮かべながらもレーリャがツァイスの
354
言葉を肯定し、鞄を地面に下ろす。その際に
﹁⋮⋮まぁ、一応、このリングを私が付けてる限り悠が死んでる事
はないって事だし、今のところは⋮⋮﹂
銀色の指輪を眺めながらそう言葉を漏らすレーリャであったが、
言い終わる前にツァイスが割って入る。
﹁れ、レーリャ! 貴女、それ⋮⋮入れ替わりの指輪じゃない!?﹂
焦燥の色を浮かべながらツァイスが叫ぶ。
入れ替わりの指輪とは、対となる指輪を嵌めた者同士が一定時間
経つと身体ごと場所が入れ替わる不思議な指輪である。
﹁⋮⋮あ、よく見てみればこれ、入れ替わりの指輪だ⋮⋮﹂
まさかのミスをしてしまったレーリャは責めるような視線を向け
るツァイスと目を合わせないよう、目を泳がせるが、
﹁⋮⋮てへっ﹂
355
舌をぺろりと出し、片目を瞑って茶目っ気をアピールするレーリ
ャであったが、程なくしてツァイスから盛大にしばかれる事となっ
ていた。
356
75話 痛恨のミス︵後書き︶
恐らく今日、最後の更新です︵−∀−`;︶
357
PDF小説ネット発足にあたって
http://ncode.syosetu.com/n0603dk/
異世界に召喚され、男子勢が王女に惚れる中、唯一女騎
士に惚れた俺氏 2016年8月29日23時43分発行
ット発の縦書き小説を思う存分、堪能してください。
たんのう
公開できるようにしたのがこのPDF小説ネットです。インターネ
うとしています。そんな中、誰もが簡単にPDF形式の小説を作成、
など一部を除きインターネット関連=横書きという考えが定着しよ
行し、最近では横書きの書籍も誕生しており、既存書籍の電子出版
小説家になろうの子サイトとして誕生しました。ケータイ小説が流
ビ対応の縦書き小説をインターネット上で配布するという目的の基、
PDF小説ネット︵現、タテ書き小説ネット︶は2007年、ル
この小説の詳細については以下のURLをご覧ください。
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