巻 頭 言 地域包括ケアシステムの構築に不可欠な 「共感経済」の考え方 全老健副会長、介護老人保健施設寿苑理事長 三根 浩一郎 『目に見えない資本主義』の著者で多摩大学大学院 索したのだろうが、利益を上げることが活動の原則 教授の田坂広志氏は、 「資本主義の経済原理における である企業に、公的な介護保険事業を任せるには難 第三のパラダイムシフトは『知識経済』から『共感 しい部分も多い。 経済』への転換である」と言う。それは、知識資 さらに、医療業界も水面下では営利企業が参入し、 本・関係資本・信頼資本・評判資本・文化資本、と 医療法人さえも利潤を追求するためにM&Aを繰り いった目に見えにくく評価が困難な資本のことで、 返し大きな企業体を形成している。 これらを増大させていくことが求められる。つまり、 経済界において、従来の資本主義政策の破綻と、 “知識”を流通させるための“関係”を構築し、お互い 冒頭に述べた「共感経済」という新たな方向性が議 の“信頼”と周囲からの“評判”を得ると、その企業や 論されている最中に、果たして介護や医療業界への 集団に“文化”が生まれる。 旧態依然とした資本主義の概念の導入は、将来的に 同様の概念は、かつての日本の経営陣の重要な役 経済界と同様の閉塞感へと導くのではないか。 割でもあったはずだ。なぜなら、日本企業の優れた 会社にとって大切な資源は、 「人・物・金」と表現 経営者は、職場の和や仕事上の生きがい、顧客から されてきたが、第四の資源としての「共感資源」の の信頼と共感、世間の評判のようなものを大切にし 重要性が指摘されている。共感経済と相通じる共感 てきたからである。これらは、財務諸表には載らな 資源とは、 「人と人のつながり」や、 「人と会社や地 い価値であるが、優れた経営者は、数字に表現でき 域とのつながり」など、人が何かに共感することで ない価値を重要視してきた。 発生する絆を意味する。 日本の資本主義の父とされる渋沢栄一は、第一銀 地域包括ケアシステムの構築が期待されている今、 行(現みずほ銀行) 、東京瓦斯、東京海上火災保険、 高齢者と地域、老人保健施設などの施設や医療機関、 王子製紙、帝国ホテル、キリンビール、大日本製糖、 行政機関との絆が求められている。 明治製糖、日本赤十字社、聖路加国際病院、東京慈 そこには従来の資本主義の導入ではなく、共感経 恵会など、現代まで続く多くの企業の発祥に深く関 済、共感資源の概念が必要となるのではないか。利 与し、その数は500 以上といわれている。渋沢の経 潤のみの追求ではなく、地域との連携や秩序の確立、 営訓話集である『論語と算盤』は、タイトルどおり、 利用者との絆、事業拡大ではなく地域のニーズに見 論語の精神に基づいた道義に則った商売道、すなわ 合った身の丈に合った規模が求められるのではない ち富をなす根源は仁義道徳であり、正しい道理の富 か。 でなければならない。そして、その利益は皆の幸せ 質の向上のための競争原理は必要であるが、利用 のために使うべきであると説いている。 者獲得のための無理な競争は良質なサービスの提供 共感経済の考え方は、資本主義経済の先の見えな を維持できるのか。地域の秩序を守り維持するため い混沌とした現状を解決する手段になり得るのでは の合併は必要だろうが、地域の環境を乱すそれは利 ないかと考える。 用者にとって有益なのか。 このことを介護業界の現状に当てはめてみたい。 介護が産業になるとき、高齢者は資源になる。そ 介護保険は当初より、在宅サービスにおいては営利 して、団塊の世代が去った未来の日本では資源は枯 法人の参入が許され、資本主義の原理が導入された。 渇し、介護業界はかつての炭坑や繊維業界と同じ運 規制緩和により産業の育成と新たな市場の追求を模 命をたどる。 老健 2016.9 ● 5 005巻頭言(三)0808.indd 5 2016/08/08 13:52:02
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