骨転移とともに生きる -骨粗鬆症治療にも関連する薬剤

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綜 説
骨転移とともに生きる
-骨粗鬆症治療にも関連する薬剤の話題を中心に-
新潟大学地域医療教育センター・魚沼基幹病院 整形外科
生
越
章
はじめに
年経過し、一回肺転移が生じて内視鏡的切除術を
骨転移と聞いて簡単な病状ではないことは医療
受けましたが、現在は再発・転移、大腿部の痛み
関係者以外でも容易に想像できます。しかし、現
もなく、元気に日常生活を送っています。この症
役の有名女優が「乳がんの全身転移」と公言して
例のように
なおかつテレビや映画で活躍しているように、骨
○骨転移ががんの初発症状となることも多い
転移を持ちながらしっかりと生きていくことは可
○‌骨 にがんが転移しても、その後長期間にわ
能です。
たって QOL の高い生活を送れる人も多いこ
最初に提示する症例は62歳の男性、特に既往歴
とを「がんの時代」である現在、医療者は認
のない元気な方でしたが数か月前より右大腿部痛
識する必要があると考えます。
を自覚していました。屋外を歩行中転倒し救急車
様々ながんに多数の治療法が現在進行形で発展
で病院に搬送、右大腿骨に溶骨性の病変を伴う病
している今、たとえがんが骨に転移したいわゆる
的骨折を認めました(図1A、B)
。同部位の針生
ステージ IV の状態でも、長期生存例は増加して
検と、全身 CT 検査の結果左腎がんに伴う転移性
おり、骨転移を持ちながら質の高い生活が送れる
骨腫瘍と診断されました。転移は大腿骨単独であ
ような医療が求められています。例えば肺がんの
り、大腿骨近位部の切除術と腫瘍型人工骨頭挿入
骨転移はかつて予後不良の代表的疾患でしたが、
術を施行(図1C)。術後リハビリで歩行可能と
EGFR 遺伝子の特定変異を伴う症例では多発骨転
なった後、腎がん摘出術を行いました。その後14
移があっても、ゲフィチニブなどの薬剤投与で劇
的な病状の改善を認めることがあります。骨転移
患者の予後予測としてきわめて有効な Katagiri
のスコアリングシステムでは、2005年に発表され
たもの1)では、肺がんは一律最も進行の早いスコ
ア3点(Rapid growth)と評価されていましたが、
2014年改定された同スコアでは分子標的薬で治療
された肺がんは2点(Moderate growth)と評価
されています2)。
がんを扱う医師であれば避けて通れないのが骨
転移であり、がん診療に必ずしも精通していない
整形外科医にとっても骨転移に迅速かつ柔軟に対
応することが求められています。また最近では骨
図1 62歳男性 腎がん大腿骨転移
A、B ‌大 腿骨 X 線像 溶骨性病変に伴う病的骨折
がみられる
C ‌腫 瘍用人工骨頭置換術後14年の X 線像 痛みな
く歩行が可能である
新潟県医師会報 H28.8 № 797
転移に対する薬物治療(骨修飾剤)にも注目が集
まり、骨粗鬆症に使用される薬剤と投与量は違う
ものの本質は同じものです。本稿では2015年発行
された『骨転移診療ガイドライン』
(インターネッ
ト上で閲覧可能)3)を参考にしつつ、骨転移に伴
3
う様々な話題を近年発展してきた薬物療法(特に
表1 骨転移診断のポイント
骨粗鬆症にも通じる有害事象)を含め論じたいと
○‌確実に進行する痛み、しびれをみたら骨転移の
可能性を疑う
思います。
○疼痛緩和剤の使用時は常に原因の探索を心がける
骨転移の疫学
本邦においては死亡原因の30%以上が悪性新生
物によりますが、死亡例の多くは骨転移を生じて
います。乳がんや前立腺がんの剖検例では75%の
○血液生化学データは偽陰性も多い
(異常値がほとんどない骨転移は多い)
○骨シンチの偽陰性は多い
症例に、肺がんや甲状腺がんでは50%に骨転移が
○ CTも偽陰性はある
生じているとされています3)、4)。一般に病理解剖
○初診時原発不明の骨転移は
‌肺がん、骨髄腫、前立腺がん、リンパ腫、腎がん、
で骨を評価する場合数個の脊椎椎体を組織標本と
するため、実際の骨転移はさらに多い可能性があ
肝臓がん、乳がんなどが多い
る一方で、骨に転移したがんがすべて有症状とは
限らず、がん登録制度が未成熟なわが国では治療
でかなり長期間を要した実例を多く見かけます。
の対象とすべき骨転移がどの程度発生しているか
特に診断上の重要なポイントを示します(表1)。
を正確に把握することは困難です 。しかし骨転
○‌確実に進行する痛み、しびれをみたら骨転移
5)
移が全国民にとって実は身近な問題であることは
間違いありません。
の可能性を疑う
○‌疼痛緩和剤の使用時は常に原因の探索を心が
ける
骨転移の診断
○‌血液生化学データは偽陰性も多い。(異常値
あくまで著者の独断ですが骨転移の診断で最も
がほとんどない骨転移は多い)
。
重要なことは、患者さんの診察と感じています。
○骨シンチの偽陰性は多い。
血液生化学データ、CT、MRI、骨シンチ、PET
○ CT も偽陰性はある。
は診断はもちろん有用ですが、どのような検査に
乳がんの多発骨転移では血液生化学データとし
も偽陰性、疑陽性はつきものです
。特に骨転
て ALP の上昇がしばしば認められますが、これ
移の場合、積極的な治療の対象になる病態は「痛
は乳がんの骨転移に骨芽細胞が反応を起こして上
い、しびれる」などの症状を持つ病変であり、が
昇すると推察されています。骨シンチが陽性にな
んの既往がある場合「痛い、しびれる」という症
るのも同じ理由であり、逆にいえば骨芽細胞の反
状には十分注意を払う必要があります。もちろん
応が少ない病変では
(多くの腎がんや甲状腺がん、
高齢者に多い骨転移であるため、骨粗鬆症や変形
骨髄腫等)ALP 上昇や骨シンチ異常がみられな
性関節症・脊柱管狭窄症との鑑別は絶えず問題に
くても何ら不思議ではありません。
なります。例えば骨粗鬆症に伴う脊椎圧迫骨折で
近年では非常に解像度の高い CT が短時間で撮
も受傷時は強い痛みを訴えますが、多くの場合痛
影可能で、かつ矢状断や冠状断の評価ががん患者
みは少しずつ軽快していくのが普通です。一方骨
のフォローアップに頻用され、小さな転移性病変
転移の場合、初期には弱い痛みが時間とともに悪
の発見にも有用です。しかし逆に CT で異常ない
化していきます。前述のように骨転移ががんの初
から骨転移がないとは判断できない点は重要です。
発症状となる場合も多いため、がんの既往の有無
代表症例を示します。65歳男性で肺小細胞癌の
にかかわらず、少しずつでも確実に進行していく
ため化学療法中、背部痛を訴え CT 検査がなされ
「痛み、しびれ」をみたとき骨転移を疑って各種
ました。しかし骨転移は発見されず経過観察を受
検査をすべきでしょう。最近は変性疾患に対して
けていましたが痛みが増悪し下肢不全麻痺が出現
も新しい疼痛緩和剤が多数使用できるようになり
して歩行不能になり整形外科を受診、緊急 MRI
ましたが、これら薬剤の登場で変性疾患と初期診
を撮影したところ第11胸椎に脊髄圧迫を伴う転移
療していた症例が実は骨転移であったが、診断ま
病巣が確認されました。
緊急除圧固定手術を受け、
3)、4)
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定ができなくても、治療を開始しつつ原発特定を
並行で進める柔軟性が求められます。
骨転移の薬物治療
1:分子標的薬を含む抗がん剤、ホルモン剤
骨転移単独を評価対象とした臨床試験はほとん
どありませんが、骨転移への効果が原発巣の効果
と異なるというエビデンスもなく、臨床家の印象
としては例外はあるにせよ原発巣に効果のある薬
図2 ‌64歳男性 肺小細胞がん胸椎転移 緊急対応
が必要な症例
剤は骨転移にも効果があると感じられます。前立
A ‌CT 矢状断像 背部痛を訴えたが CT では異常を
特定できなかった
B ‌MRI 矢状断像 下肢不全麻痺が生じていた。CT
が、ホルモン治療を開始した直後に痛みが急に軽
ではわからない第11胸椎の椎体・椎弓に転移が
あり脊髄圧迫を呈している
C ‌緊急手術 術後 X 線像 MRI 撮影後直ちに緊急
手術(除圧・固定術)を行い術後放射線治療を
追加して歩行能力は回復した。頸椎・胸椎部の
転移の場合、麻痺が発生すると急速に進行し、
完全麻痺となってから48時間を経過すると治療
後も麻痺の回復は困難なことが多い。
腺がんの多発骨転移で強い痛みを伴った患者さん
快することはめずらしくありません。
2:骨修飾薬
(ビスホスホネート、
抗 RANKL 抗体)
静注ビスホスホネートの登場で骨転移の治療は
大きく変わりました。さらに近年では破骨細胞形
成のキーファクターである RANKL(Receptor
activator of nuclear factor kappa-B ligand)の抗
体薬(デノスマブ)も骨転移に使用可能となり病
的骨折や神経麻痺といった骨関連事象(Skeletal
related event:SRE)の減少に大きな寄与がみら
れます3)。両薬剤とも肺がん、乳がん、前立腺が
歩行能力は維持されました(図2)。本症例の
んにおいて大規模な前向き試験で骨関連事象
CT 画像を後方視的にみても転移巣の確認はかな
(SRE)発生を有意に減少させることが知られ、
り難しく、これは腫瘍細胞が骨梁を破壊すること
骨転移ガイドラインでも肺がん、乳がん、前立腺
なく骨髄組織と置き換わるような転移様式をとる
がん、多発性骨髄腫等に強いエビデンスをもって
ため(骨梁間浸潤)で、MRI でないと確認がむ
その使用が推奨されています3)。長らく骨腫瘍診
ずかしい病変でありました。このような骨梁間浸
療に携わってきた筆者の実感として、これだけ本
潤は、胃がん、肺小細胞がん、肉腫、悪性リンパ
邦で乳がんが増加しているにもかかわらず、20年
腫などでしばしばみられ、悪化していく痛みやし
前に比して乳がん骨転移の手術必要例が激減して
びれを持つ患者には CT だけでの評価は不十分で
いますが、これは乳がん担当医師のきめ細やかな
MRI による評価が必要な場合があります。
診療とビスホスホネートや抗 RANKL 抗体の使
骨転移が初発症状であった場合、肺がんの可能
用が大きく関与していると推察しています。
性が最も高く、骨髄腫、前立腺がんが続きます 。
これら薬剤が骨関連事象を減少させるメカニズ
甲状腺を含む頸部から骨盤部までの CT を撮影す
ムは以下のように考えられています。図3は腎が
ることと PSA や蛋白分画を含む血液生化学検査
ん骨転移部の組織像です。胞体の透明に見える腎
で多くの原発巣の同定が可能になりますが、死亡
がん細胞(明細胞がん)の集簇だけでなく、骨の
にいたるまで原発巣が特定できない症例も10%程
表面には多数の多核な細胞、破骨細胞がみられま
度は存在します 。CT 撮影で原発が特定できな
す(矢印)
。がんやがんを取り巻く骨細胞・骨芽
い時には骨病巣からの生検が確定診断に有用なこ
細胞が産生する RANKL をはじめとする様々な
ともありますが、骨髄腫等では生検によって思わ
サイトカインが破骨細胞を活性化し、がん細胞自
ぬ大出血をきたすこともあり注意が必要です。病
体でなく破骨細胞が骨を吸収し骨折しやすくなり
的骨折や切迫麻痺が生じている場合は原発巣の特
ます。ビスホスホネートは骨に特異的に吸着し、
6)
6)
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表2 ビスホスホネートと抗 RANKL 抗体の有害事象
⑴ 胃腸障害
⑵ 顎骨壊死
‌頻 度は少ないが発症すると著しく QOL が
低下
投与量の増加に伴い危険性が増加
予防を含め歯科医師との連携が望まれる
⑶ 腎障害
⑷ 低カルシウム血症
図3 腎がん骨転移の組織像
胞体の透明な明細胞がんの集簇と、骨との境界には
多数の破骨細胞(多核の細胞)がみられる。がん細
胞が骨を壊すのでなく、
破骨細胞が骨を破壊している。
⑸ 大腿骨非定型骨折
‌骨折の前兆がみられやすい(大腿部痛、鼠
径部痛)
‌骨折前に大腿骨に嘴様変形(Beak)がみら
れることが多い
対側にも生じやすい
応が認められた骨巨細胞腫をはじめとする様々な
原発性骨腫瘍にも有効な可能性があります7)
3:骨修飾剤の有害事象
ビスホスホネートもデノスマブも投与量が大幅
に異なりますが、骨粗鬆症治療にも頻繁に使われ
ています8)。近年これらの薬剤の様々な有害事象
図4 ‌が ん細胞・破骨細胞・骨細胞・骨芽細胞と骨
吸収の模式図
ビスホスホネートは骨に沈着して破骨細胞に取り込
まれこれにアポトーシスを引き起こす。抗 RANKL
抗体は破骨細胞形成に重要なシグナル RANKL を阻
害して破骨細胞形成を抑制する。
が明らかになっているため、臨床医には注意が必
要であり、骨粗鬆症のガイドラインにも詳しく掲
載されています(表2)
。
1)胃腸障害
内服のビスホスホネート製剤では逆流性食道炎
が問題になりますが、静注や皮下注で投与される
転移性骨腫瘍では危険性は少ないとされます。
これを破骨細胞が吸収することでアポトーシスを
2)顎骨壊死
おこします。抗 RANKL 抗体は破骨細胞形成の
顎骨壊死は現在または過去に骨修飾剤や抗血管
主たるシグナルである RANKL のシグナルをブ
新生薬の治療歴があり顎骨への放射線治療や転移
ロックして破骨細胞の形成を強く阻害します。こ
性病変がなく、口腔内もしくは口腔外に瘻孔を形
のようにして破骨細胞の抑制を介してがん骨転移
成するか、骨露出が8週以上持続する状態とされ
の骨吸収を抑制するのです(図4)。RANKL を
ます9)。強い痛みや食事が十分とれなくなるなど
主に産生しているのが骨芽細胞なのか、骨細胞な
QOL を著しく低下させるため、十分な注意が必
のか、腫瘍細胞なのか、それ以外の細胞なのかは
要です。骨粗鬆症における内服ビスホスホネート
今も議論のあるところですが、腫瘍組織全体で
製剤による発生頻度は0.85人 /10万人・年とされ
RANKL の産生が亢進していることは確かなよう
まれなものとされますが、がん患者においてはビ
です。我々の研究では RANKL の発現は骨転移
スホスホネート投与期間が長いほどリスクは増加
だけでなく、様々な原発性骨腫瘍においても確認
し4-12か月では1.5%、27-48か月では7.7%とさ
され、抗 RANKL 抗体による治療は最近保険適
れています。
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飲酒、喫煙、糖尿病、ステロイド薬使用、肥満、
抗がん療法、口腔内衛生不良が危険因子であり、
薬剤投与前に歯科検診と予防的歯科処置を受ける
ことが推奨されています。筆者も数例の経験があ
りますが QOL が著しく低下する合併症で、患者
さんの苦痛が大きいため、今後は歯科医師との協
力のもと本合併症に対する十分な注意が必要で
しょう。
3)腎障害
ビスホスホネートおよび抗 RANKL 抗体とも
にクレアチニンクリアランスが低い場合は急性腎
不全の発症頻度の増加が報告されています。
4)低カルシウム血症
破骨細胞の機能を大幅に低下させるため、低カ
ルシウム血症をきたしやすく、特に腎機能障害例
ではアルブミン値で補正したカルシウム濃度のモ
ニタリングが重要です。
5)大腿骨非定型骨折
整形外科医以外にはまだその疾患概念がよく知
られていない有害事象として大腿骨の非定型骨折
があります。高齢者の大腿骨近位部骨折は現在で
は大変多い骨粗鬆症を背景にした疾患であり、骨
図5 ‌ビ スホスホネート静注剤(ゾレンドロ酸)を
使用中の多発性骨髄腫患者にみられた非定型
骨折(骨粗鬆症治療患者にもみられるタイプ
の骨折)
A ‌骨折前の X 線像 大腿骨皮質外側部の嘴様肥厚
(Beak)がみられる(矢印)。
B ‌骨折時の X 線像
C ‌髄 内釘による骨接合術により骨癒合が得られた
腫瘍による病的骨折と判別が難しい症例もある
が、このような Beak がみられた場合高率に骨折
を生じるため予防的な手術も現在では考慮され
る。本例では対側にも同様な Beak と腫瘍による
溶骨像が確認され、痛みが持続したため骨折予
防の手術が施行された。
折部位は大腿骨転子部と頸部にみられ、転倒など
の軽微なエネルギーで受傷します。非定型骨折は
別が難しい例も多く、あるいは両者が合併した要
これらの骨折より遠位部にみられる骨折であり、
因で骨折が生じる場合もありそうです。
やはり軽微なエネルギーで受傷する特徴がありま
このタイプの骨折として重要な点は
す。 正 確 な 発 生 頻 度 は 不 明 で す が、32-59人 /
○‌骨折する前に鼠径部や大腿部の痛みや違和感
100万人・年の非定型骨折の発生がみられていま
す 。骨を強くする目的で使用するこれら薬剤に
8)
よって新たなタイプの骨折が生じるという大変矛
盾した病態ですが、これは薬剤によって骨の代謝
回転が著しく低下することによる現象と推察され
などを訴えることが多い
○‌骨 折する前に大腿骨の嘴様(beak)の皮質
肥厚を認めることが多い(図5)
○‌骨折は両側性に発生することが多く、本骨折
と思われた場合対側の精査を要する。
ています 。骨粗鬆症においてはビスホスホネー
ことです。すなわち、骨粗鬆症・骨転移いずれに
ト投与による大腿骨近位部骨折の予防のベネ
おいても鼠径部痛や大腿部痛を訴えたら、大腿骨
フィットに比すと、大変少ない発生頻度と想定さ
の X 線を撮影するなり整形外科医にコンサルト
れています。
するなりすれば、このタイプの骨折予防は可能に
骨転移患者においての発生は最近米国から発表
なる可能性があるのです。
10)
されたデータによるとビスホスホネート使用がん
患者10,587人中23人に非定型骨折が発症していた
骨転移の放射線治療
が、ビスホスホネート非使用がん患者300,553人
骨転移の痛みの緩和に外照射は有効であり、ガ
では二人にしか発生していないとされています
イドラインでも強い推奨度と高いエビデンスと
11)
。転移性骨腫瘍患者にこのタイプの骨折が発症
なっています3)。30Gy / 10回、20Gy /5回、あ
した場合、骨転移そのものによる病的骨折との判
るいは8Gy /1回のような照射が用いられてお
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図6 ‌60歳女性 肺腺癌多発骨転移例 全身の痛み
のため車いすで受診
A ‌初診時骨盤 X 線像 右大腿骨や腸骨に不正な溶
骨像が認められるが判読は難しい。
B ‌初 診時骨シンチグラフィー像 脊椎 骨盤、大
腿骨などに多発性の骨転移を認める。
C ‌放射線治療 ゲフィチニブ(イレッサ ®)投与後
の X 線像
放射線治療、分子標的薬投与により 痛みの劇的な
緩和が得られ、骨転移部は強い骨硬化像が認められ
る。自力歩行が可能になり2年半の間外来化学療法
が可能であった。
図7 61歳女性 乳癌多発骨転移・多数回病的骨折例
A 右上腕骨 X 線像 病的骨折がみられる(矢印)
B プレートによる骨接合術後の X 線像
C 左大腿骨病的骨折 X 線像(矢印)
D 左大腿骨の髄内釘による骨接合術後の X 線像
E 右大腿骨髄内釘遠位部の病的骨折像(矢印)
F 左大腿骨髄内釘遠位部の病的骨折像(矢印)
GHIJ 現在の上腕・大腿 X 線像
EF の骨折に対しさらに骨接合術を追加し、両上肢
に取り外し可能な装具を装着し術後12か月の現在、
車いす移乗による自宅での生活を送っている。
ガイドラインでは病的骨折や切迫骨折のリスク
り、患者さんの病態に応じて適応が決定されます。
のある四肢長管骨の骨転移に対し、痛みの緩和と
肺がん骨転移の様にかつては急速に病状が悪化し
患肢機能改善の効果があり手術は有用であると明
ていた症例も、分子標的薬を含む抗がん剤、ホル
記されています(強い推奨度とエビデンスレベル
モン剤そして骨修飾剤と放射線治療の併用で劇的
C)
。図7は多数回の上腕骨、大腿骨骨折を繰り
な痛みの緩和と骨病変の硬化性変化をきたす症例
返した乳がん症例ですが、その都度手術や放射線
も多く(図6)
、特に脊髄障害や病的骨折が生じ
治療、装具療法を行い、車いすに乗りながら家事
やすい転移に関しては積極的な放射線治療が有用
もこなしつつ外来通院で化学療法を継続中の患者
です。歩行可能なうちに脊椎転移を発見し照射を
さんです。手術療法を行わなければ寝たきりに
行うことで高率に歩行能力が維持されます。
なっていることは想像に難くありません。
脊髄圧迫症状を呈する転移性脊椎腫瘍に関する
骨転移の手術治療
手術は機能改善に有効とされています(弱い推奨
骨転移には様々な手術的治療がなされています
度、エビデンスレベル B)
。重要なことは完全麻
が、原発腫瘍、年齢、転移部位、転移個数、他臓
痺を呈してから48時間以上経過している場合は手
器転移の状態などきわめて多くの因子があるた
術によっても緊急放射線治療によっても機能回復
め、手術療法の有効性について明確なエビデンス
は極めて難しいことです。特に頸胸椎部の転移に
を示せる研究はほとんどありません。しかし本稿
関しては麻痺が出現すると時間単位で進行する例
に提示した症例のように手術をしなければ歩行不
が多いため診断・治療には緊急性が要求されます。
能 で あ る 患 者 さ ん に 対 し、 手 術 を 行 う こ と で
昨日まで歩けていた人が一晩で重症な麻痺にな
QOL を長期間にわたって維持できた症例はどの
り、もう一晩たつとたとえ緊急手術をしても回復
医療施設にも多数存在します。
不能、すなわち一生寝たきりになるような事例も
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珍しくはないのです。麻痺出現前の痛みの段階で
早 期 に 骨 転 移 を 発 見 す る こ と が 重 要 で す。
Katagiri
2)
のスコアリングシステムなどを用いて
Med 2014 ; 3 : 1359-1367.
3)日本臨床腫瘍学会編:骨転移診療ガイドライ
ン.南江堂,東京,2015年.
骨転移患者の予後を予測し、原発治療医や放射線
4)厚生労働省がん研究助成金 がんの骨転移に
科医との協議の上で、手術すべきかどうかを決定
関する予後予測方法の確立と集学的治療法の
していくことも今後の整形外科医の重要な役割で
開発班編:骨転移治療ハンドブック.金原出
しょう。
版,東京,2004年.
5)橋本伸之:がんを生きるための骨転移リテラ
最後に
シー~整形外科医から見たがん診療の盲点
ガイドラインやエビデンスの高い研究はもちろ
~.文芸社,東京,2013年.
ん重要ですが、骨転移というバリエーションに富
6)Takagi T, Katagiri H, Kim Y, et al : Skeletal
んだ疾患では方程式にのっとった診療は難しいの
metastasis of unknown primary origin at
が実情です。一人一人の患者さんに対して何が最
the initial visit : A retrospective analysis of
良なのかは、原発巣担当医師、放射線科医、整形
286 cases. Plos One 2015 ; 10 : e0129428.
外科医、腫瘍内科医、リハビリスタッフ、ナース、
7)Yamagishi T, Kawashima J, Ogose A, et al :
MSW など様々な医療スタッフの連携で考えてい
Receptor-activator nuclear kappa B ligand
くべきであり、そのためにはキャンサーボードや
expression as a new therapeutic target in
院内緩和チームなどの運用が今後さらに重要に
primary bone tumors. Plos One 2016 ; 10 :
なっていくと思われます。筆者が常日頃、骨転移
e0154680.
の診療で心がけていることは複数のスタッフと電
8)骨粗鬆症の予防と治療ガイドライン作成委員
話を含めて直接話しあうことであり、電子カルテ
会編:骨粗鬆症の予防と治療ガイドライン
時代の現在、何事もコンピュータ上でのやり取り
2015年版.日本骨粗鬆所学会・日本骨代謝学
になりがちですが、カルテ上ではわからないこと
会・骨粗鬆症財団,東京,2015年.
が直接の対話で分かることが多いと実感しています。
9)Ruggiero SL, Dodson TB, Fantasia J, et al :
骨転移は決して人生の終焉ではなく、骨転移と
American association of oral and
ともによく生きる医療を皆で目指していきたいと
maxillofacial surgeons position paper on
思います。
medication-related osteonecrosis of the jaw2014 update. J Oral Maxillofac Surg 2014 ;
謝辞
72 : 1938-1956.
常日頃診療にご協力いただいております新潟大
10)Kondo N, Yoda T, Fujisawa J, et al :
学地域医療教育センター・魚沼基幹病院および新
Bilateral atypical femoral subtrochanteric
潟大学医歯学総合病院の医療スタッフに深謝いた
fractures in a premenopausal patient
します。
receiving prolonged bisphosphonate
therapy : evidence of severe suppressed
文献
bone turnover. Clinical Cases in Mineral
1)Katagiri H, Takahashi M, Wakai K, et al :
and Bone Metabolism 2015 ; 12 : 273-277.
Prognostic factors and a scoring system for
11)Edwards BJ, Sun M, West DP, et al :
patients with skeletal metastasis. J Bone
Incidence of atypical femur fractures in
Joint Sur [Br] 2005 ; 87 : 698-703.
cancer patients : the MD Anderson Cancer
2)Katagiri H, Okadda R, Takagi T, et al : New
prognostic factors and scoring system for
patients with skeletal metastasis. Cancer
新潟県医師会報 H28.8 № 797
Center experience. J Bone Mine Res 2016
;19 : [Epub ahead of print].