サーカスのライオン① 町外れの広場に、サーカスがやってき た。ライオンやとらもいれば、お化けや 見物 人が ぞく ぞく とや って きた 。 しきもある。ひさしぶりのことなので、 3 「はい、いらっしゃい、いらっしゃい。 オー ラ 、オー ラ 、お帰 りは こち らで す 。」 寒い風をはらんだテントがハタハタと 鳴って、サーカス小屋は、まるで海の上 を 走る ほか け船 のよ うだ った 。 ライオンのじんざは、年取っていた。 ときどき耳をひくひくさせながら、テン ちがあらわれた。草原の中を、じんざは の中に、お父さんやお母さんや兄さんた 9 2 トのかげの箱の中で、一日じゅうねむっ ていた。 ねむって は、いつもアフリカのゆめを見た。ゆめ いるとき 8 風 のよ うに 走っ てい た。 10 1 4 5 6 7 サーカスのライオン② 上がる。箱はテントの中に持ちこまれ、十五 自分の番が来ると、じんざはのそりと立ち 11 ぶ台の真ん中では、円い輪がめらめらとも オン のぶ 台が でき あが る。 まいの鉄のこうし戸が組み合わされて、ライ 12 「さ あ、 始め るよ 。」 えて いた 。 13 ライオンつかいのおじさんが、チタン、チ 14 がけてジャンプした。うまいものだ。二本で タッとむちを鳴らすと、じんざは火の輪をめ 15 17 も三本でも、もえる輪の中をくぐりぬける。 回 、四 回と くリ 返し てい た。 サーカス小屋はしんとした。ときおり、 20 風がふくような音を立ててとらがほえ た。 16 おじさんがよそ見しているのに、じんざは三 18 夜になった。お客が帰ってしまうと、 19 て 、元 気が なか った ぞ 。」 お じさ んが のぞ きに 来 て言 った 。じ んざ が答 えた 。 23 ってしまったよ。今日のジャンプなん いつのまにか、おまえの目も白くにご 「たいくつかね。ねてばかりいるから、 21 22 れた よ 。」 「そうともさ。毎日、同じことばかりやっているうちに、わしはおいぼ 24 けた 。く つを はき 、手 ぶく ろも はめ た。 そこで、ライオンは人間の服を着た。分からないように、マスクもか 27 「 だ ろ う な あ 。 ち ょ っ と 代 わ っ て や る か ら 、 散 歩 で も し て お い で よ 。」 25 26 28 サーカスのライオン③ ライ オン のじ んざ はう きう きし て外 へ出 た。 29 ひと り言 を言 って いる と、 「 外 は い い な あ 。 星 が ち く ち く ゆ れ て 、 北 風 に ふ き と び そ う だ な あ 。」 30 男の 子が 一人 、立 って いた 。 と、 声が した 。 「お じさ ん、 サー カス のお じさ ん 。」 31 「もう、ライオンはねむったかしら。ぼく、ちょっとだけ、そばへ行き 32 じ んざ はお どろ いて 、も ぐも ぐた ずね た。 たい ん だけ どな あ 。」 33 「 ライ オン がす きな のか ね 。」 34 「う ん 、大 すき 。そ れな のに 、 35 じんざは、ぐぐっとむねの に 来た んだ よ 。」 いたの。だから、お見まい たときは、何だかしょげて ぼくたち昼間サーカスを見 36 「ぼく、サーカスがすき。お あ たり があ つく なっ た。 37 ん だ 。」 こづかいためて、また来る 38 じんざは男の子の手を引い お そ い か ら 、 も う お 帰 り 。」 よろこぶよ。でも、今夜は おくれ。ライオンもきっと 「そうかい、そうかい、来て 39 した 。 て、家まで送っていくことに 40 サーカスのライオン④ 男の子のお父さんは、夜のつとめがあっ て、るす。お母さんが入院しているので、 41 「ぼく はる す番 だけ ど 、もう なれ ちゃ った 。 かけ てい った 。 つきそいのために、お姉さんも夕方から出 42 「いいとも。ピエロはこんなふうにして… それ より 、サ ーカ スの 話を して 。」 43 じんざが、ひょこひょことおどけて歩い … 。」 44 じんざは、くじいた足にタオルをまきつ けた。すると、男の子は、首をかしげた。 49 「う、ううん。なあに、寒いので毛皮をかぶっ て いる のじ ゃよ 。」 じんざは、あわてて向こうを向いて、ぼうし を かぶ り直 した 。 男の子のアパートは、道のそばの石がきの上 た ラ イオ ン見 に行 って いい ?」 「サーカスのおじさん、おやすみなさい。あし に 灯が とも った 。高 いま どか ら顔 を出 し て、 55 にたっていた。じんざが見上げていると、部屋 54 46 「あ いた た 。ピ エロ も暗 い所 は楽 じゃ ない 。」 と 足を つっ こん だ。 ているときだった。暗いみぞの中にゲクッ 45 47 48 「お じさ んの 顔 、何 だか 毛が 生え てる みた い 。」 51 50 52 53 「来て やっ てお くれ 。きっ とよ ろこ ぶだ ろう よ 。」 56 じん ざが 下か ら手 をふ った 。 57 サーカスのライオン⑤ 次の日、ライオンのおりの前に、ゆうべ の男の子がやってきた。じんざは、タオル 58 をまいた足をそっとかくした。まだ、足首 59 60 しば らく はで きそ うも ない 。 はずきんずきんといたかった。夜の散歩も 61 男の子は、チョコレートのかけらをさし 出し た。 62 じ んざ は、 チョ コレ ート はす きで はな 「 さ あ 、 お 食 べ よ 。 ぼ く と 半 分 こ だ よ 。」 63 かった。けれども、目を細くして受け取っ 64 た 。じ んざ はう れし かっ たの だ。 65 そ れか ら男 の子 は、 毎日 やっ てき た。 66 71 やってく るたびに、男の子はチョコレート じ んざ は 、も うね むら ない で待 って いた 。 68 67 69 いよいよ、サーカスがあしたで終わるという日、男の子は息をはずま り 出し て、 うな ずい て聞 いて いた 。 を持ってきた。そして、お母さんのことを話して聞かせた。じんざは乗 70 せ てと んで きた 。 72 光 った 。 男 の子 が帰 って いく と、 じん ざの 体に 力が こも った 。目 が ぴか っと 75 っ たん だ 。あ した サー カス に来 るよ 。火 の輪 をく ぐる のを 見に 来る よ 。」 「お母さんがね、もうじきたい院するんだよ。それにおこづかいもたま 73 74 て く ぐり ぬけ てや ろう 。」 「……ようし、あした、わしはわかいときのように、火の輪を五つにし 76 サーカスのライオン⑥ その 夜ふ け… …。 だし ぬけ に、 サイ レン が鳴 りだ した 。 「火 事だ 。」 と、どなる声がした。うとうとしていたじんざ はね 起き た。 と、男の子のアパートのあたりが、ぼうっと赤 は 風にひるがえるテントのすき間から外を見る 80 じんざは、古くなったおりをぶちこわして、 い。 ラ イオ ンの 体が ぐう んと 大き くな った 。 82 まっしぐらに外へ走り出た。足のいたいのもわ す れて 、昔 、 アフリカの 草原を走ったときのように、じんざ はひとかたまりの風になってすっと ん でい く。 思ったとおり、石がきの上のアパ ートがもえていた。まだ消ぼう車が 85 そ れ を聞 いた ライ オン のじ んざ は 、 い 。」 「だめだ。中へは、もう入れやしな 88 と 、だ れか がど なっ た。 「 中に 子ど もが いる ぞ。 助け ろ 。」 87 な がら 荷物 を運 び出 して いる 。 来ていなくて、人々がわいわい言い 86 77 78 79 81 83 84 ぱっ と火 の中 へと びこ んだ 。 89 サーカスのライオン⑦ 後ろ で声 がし たが 、じ んざ はひ とり でつ ぶや いた 。 「だ れだ 、あ ぶな い。 引き 返せ 。」 90 けれども、ごうごうとふき上げるほのおは階だんをはい上り、けむり 「な あに 。わ しは 火に はな れて いま すの じゃ 。」 92 91 ぬ うっ と立 ちふ さが って しま った 。 石がきの上のまとから首を出し く だき かか えて 、外 へ出 よう とし た。 けれ ども 、表 はも う、 ほの おが 97 部屋の中で、男の子は気をうしなってたおれていた。じんざはすばや 96 じん ざは 足を 引き ずり な がら 、男 の子 の部 屋ま でた どり 着い た。 はど の部 屋か らも うず まい てふ き出 てい た 。 93 94 95 高いので、さすがのライオンもと た じん ざは 、思 わず 身ぶ るい した 。 98 び 下り るこ とは でき ない 。 99 サーカスのライオン⑧ ってきて、はしごをかけた。のぼってき た男の人にやっとのことで子どもをわた すと、じんざは両手で目をおさえた。け むリ のた めに 、も う何 に も見 えな い。 見上 げ る人 たち が声 をか ぎり によ んだ 。 103 「 早く とび 下リ るん だ 。」 だが、風に乗ったほのおは真っ赤にア パートをつつみこんで、火の粉をふき上 107 げていた。ライオンのすがたはどこにも な かっ た。 のほのおがまい上がった。そして、ほ みるみるライオンの形になっ て、空高くかけ上がった。ぴかぴかに のおは 109 110 金色に光るライオンは、空を走り、 ま での すす けた 色で はな かっ た。 かがやくじんざだった。もう、さっき 111 102 その声で気がついた消ぼう車が下にや ウオ ーツ じん ざは 力の かぎ りほ えた 。 100 101 104 105 106 やがて、人々の前に、ひとかたまり 108 た ちま ち暗 やみ の中 に 消え 去っ た。 112 サーカスのライオン⑨ 114 いた 。 のすがたはなかった。それでも、お客はいっしょうけんめいに手をたた 118 五つの火の輪はめらめらともえていた。だが、くぐりぬけるライオン 117 芸は さび しか った 。お じさ んは ひと りで 、チ タッ とむ ちを 鳴ら した 。 115 次の日は、サーカスのおしまいの日だった。けれども、ライオンの曲 113 116 いた ので 。 ライオンのじんざがどうして帰ってこなかったかを、みんなが知って 119
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