平成 25 年度新潟薬科大学薬学部卒業研究Ⅱ

平成 25 年度新潟薬科大学薬学部卒業研究Ⅱ
桑葉の摂取による 2 型糖尿病ラットの脳における
高血糖を介したアポトーシスの改善
Mulberry supplementation ameliorates hyperglycemia-mediated
apoptosis in brain of type 2 diabetic rat
臨床薬理学研究室 6 年
08P015
大倉 巧
(指導教員:渡辺 賢一)
要 旨
糖尿病患者は世界的規模で年々増加しており、特に糖尿病性神経障害・網膜症・腎症などの
様々な合併症を誘発することが大きな問題となっている。また2型糖尿病においてはアルツハイマー
などの脳神経疾患のリスクファクターとなっている。
桑葉を摂取することにより、高血糖症関連疾患に有効であることが実証されている。 しかし、脳障
害 に お け る 桑 葉 の 役 割 は 不 明 で あ る 。 一 方 、 glycogen synthase kinase-3β(GSK-3β) と
AMP-activated protein kinase(AMPK)は神経細胞のアポトーシスに重要な役割を果たしてい
る。
本研究では糖尿病ラットおよび 20%桑葉投与糖尿病ラットにおける脳のアポトーシス陽性細胞・
BCL-xL のタンパク発現を測定した。 さらに生化学分析・TUNEL アッセイ・免疫組織化学分析・ニト
ロ化マーカーの 3-Nitrotyrosine(3-NT)・AMPK とその上流のキナーゼ LKB1・GSK-3β、アポトー
シスマーカーの caspase-12、p-Tau タンパク質の発現をウェスタンブロットにて行った。
糖尿病ラットは正常ラットに比べ、血糖値と脳アポトーシス陽性細胞の増加が見られた。 さらに脳
BCL-xL タンパク質発現減少・3-NT タンパク質発現量が増加していた。 アポトーシスマーカータン
パク質の caspase-12・p-Tau も増加していた。 20%桑葉の摂取は糖尿病ラットの脳で観察された
全ての変化を著しく改善させた。
これらから、20%桑葉の摂取は LKB1 における AMPK 媒介の GSK-3β のリン酸化を刺激するこ
とによって脳障害に対して有益であることが示唆された。
キーワード
1.2型糖尿病
2.桑葉
3.アポトーシス
4.SDT ラット
5.AMPKα
6.p-AMPKα
7.GSK-3β
8.p- GSK-3β
9.LKB1
10.p-Tau
11.Caspase-12
12.Bcl-xL
13.3-NT
14.TUNEL 染色
15.Western Blotting
目 次
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
1
2.方法
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
1
3.結果
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
2
4.考察
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
6
1.はじめに
5.おわりに
謝 辞
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
引用文献
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
7
8
9
論 文
1.はじめに
糖尿病患者は世界規模で年々増加しており、深刻な社会問題にまでなっている。特に
糖尿病性神経障害、網膜症、腎症などの様々な合併症や疾患を誘発することが大きな
問題となっており、これら疾患を防止し健康な人と変わらない生活を送ることが糖尿病患
者における治療目的となっている。また2型糖尿病においてはアルツハイマーなどの脳
神経疾患のリスクファクターの一つとなっていることが明らかになっている1。
桑とはクワ科クワ属の総称であり、葉が蚕の飼料として用いられ。糖尿病の予防や治療
に生薬として用いられてきた2。桑葉を摂取することにより、潜在的な高血糖と抗酸化効果
による高血糖症関連疾患の管理のために非常に有効であることが実証されている。加え
て、桑葉による治療は実験動物モデルのいくつかの神経保護の役割を示している。しか
し、特に高血糖を介したアポトーシスにおいて脳障害における桑葉の役割の機序につい
て の 研 究 が 不 足 し て い る 。 一 方 、 glycogen synthase kinase-3β(GSK-3β) と
AMP-activated protein kinase(AMPK)は神経細胞のアポトーシスに重要な役割を果
たしている3。
本研究では飼料に桑葉の粉末を与えた2型糖尿病モデルラットである
Spontaneously Diabetic Torii(SDT)ラットの脳組織用いて、桑葉の脳細胞におけるア
ポトーシスの影響を調べた。p-AMPK、LKB1、p-GSK-3 の3種類の蛋白発現量とアポト
ーシスマーカーの caspase-12、p-Tau および抗アポトーシスタンパクの Bcl-xL の発現量、
アポトーシス陽性細胞の発現を調べ検討した。
2.方法
2-1.使用動物
2 型糖尿病モデルラットとして SDT(Spontaneously Diabetic Torii)ラットとその対象と
して SD(Sprague-Dawley)ラットを用いた。SDT ラットは通常の飼料を与えたグループ
(SDT)と 17 週齢目から桑葉の粉末を 20%混ぜた飼料を与えたグループ(SDT+MBL)
の 2 群に分けてそれぞれ 8 から 24 週齢まで飼育した。また、SD ラットは通常の飼料を与
えたグループ(SD)のみを 8 から 24 週齢まで飼育した。
2-2.血糖値の測定
それぞれのラットを実験開始前、実験中 1 週間ごと、解剖前にそれぞれの時点でラット
の尾から採血し、血糖値を測定した。
1
2-3.Westrn blotting による蛋白発現量の測定
飼育開始から 8 週間後にエーテル麻酔下でラットの解剖を行い、脳組織を摘出した。
摘出し た脳か ら 0.1g の 組織切片を とり、 ホ モジナイ ズし た後に、 bicinchoninic
acid(BCA)法によって蛋白定量を行い、Western blotting により蛋白発現量の測定を
行った。
摘出組織からの蛋白抽出物を 10% sodium dodecul sulfate-polyacrylamide gel
wlwctrophoresis(SDS-PAGE)ゲルで電気泳動を行い、ニトロセルロース膜上に転写し
た。ニトロセルロース幕は 5%スキムミルクでブロッキングを行い、一次抗体を加えて 4℃で
一晩インキュベーションを行った。次に二次抗体を加え室温で 1 時間インキュベーション
を行った後、ECL plus による化学発光を X 線フィルムに感光させた。感光したバンドは
Scion Image を用いて数値化し評価を行った。
2-4.統計処理
数値は平均値±標準誤差で表し、グループ間の比較に t 検定を用いた。
2-5.免疫染色
免疫組織化学染色には輪切りにした脳組織を用いてホルマリン固定パラフィン切片を
作成した。Bcl-xL を染色するために脱パラフィン、親水化を行い、0.01M phosphate
buffer saline(PBS;pH7.2)で洗浄した。0.3% H2O2 含有メタノールで内因子酵素活性
を阻害し、10%ウサギ血清でブロッキングを行った。1 次抗体(1:100)によるインキュベーシ
ョンを室温で 2 時間行った。次に 2 次抗体として HRP 標識抗ウサギ抗体(1:200)を用い室
温んで 2 時間インキュベートし、Diamino benzidine tetrahydrochloride(DBA)によっ
て発色させた。茶色に染まった Bcl-xL を200倍の光学顕微鏡で観察した。
2-6.TdT-mediated dUTP nick end labeling (TUNEL)染色
ホルマリン固定パラフィン切片を作成し、Takara In Situ Apoptosis Detection kit を
用いて染色した。染色したアポトーシス細胞は、光学顕微鏡(200倍)で観察した。
3.結果
3-1.血糖値
血糖値は 24 週目では SDT は SD および SDT+MBL と比較して有意に高いことが分
かる。また SD および SDT+MBL に有意な差は見られなかった。
2
図 1 血糖値
3-2.脳での蛋白発現量
3-NT の発現量は SDT で最も多いことが確認できた。また SDT+MBL も SD よりは多
いが SDT よりも発現量が少ないことが分かった(図 2-1)。
LKB1 の発現量は SDT で最も少ないことが確認でき。また SDT+MBL は SD よりも
発現量が多いことが分かった(図 2-2)。
p-AMPKα の発現量は SDT が最も少ないことが確認できた。また SDT+MBL は SD
との差はほとんどないことが分かった(図 2-3)。
p-GSK3β の発現量は SDT が最も少ないことが確認できた。また SDT+MBL は最も
多く発現していることが分かった(図 2-4)。
Caspase-12 の発現量は SDT が最も多いことが確認できた。また SDT+MBL は SDT
よりも有意に発現量が少ないことが分かった(図 2-5)。
p-Tau の発現量は SDT が最も多いことが確認できた。また SDT+MBL は SDT よりも
有意に発現量が少ないことが分かった(図 2-6)。
Bcl-xL の発現量は SDT が最も少ないことが確認できた。また SDT+MBL は SDT よ
りも発現量が多いことが分かった(図 2-7)。
3
3-NT→
LKB1→
β-actin→
β-actin→
[図2-1]
3-NT
p-AMPKα→
[図2-2]
LKB1
[図2-4]
p-GSK3β
p-GSK3β→
GSK3β→
p-GSK3β→
AMPKα→
GSK3β→
AMPK→
p-AMPK→
p-AMPK→
[図2-3]
p-AMPK
4
caspase-12→
p-Tau→
β-actin→
β-actin→
[図2-5]
caspase-12
[図2-6]
[図2-7]
[図3]
Bcl-xL
TUNEL 染色
5
p-Tau
3-3 脳のアポトーシス陽性細胞
脳のアポトーシス陽性細胞は SDT が最も多いことを確認できた。また SDT+MBL は
SDT よりは少ないが少しアポトーシス陽性細胞があることを確認した(図 3)。
4.考察
アポトーシスマーカーの caspase-12 や p-tau は SDT で増加しており、SDT+MBL
では減少している。またアポトーシス抑制に関与する Bcl-xL は SDT では減少し、SDT
+MBL では増加している。ニトロ化ストレスのマーカーである 3-NT は SDT では増加し、
SDT+MBL では減少している。さらにアポトーシス陽性細胞が SDT では増加し、SDT
+MBL では減少している。これらのことから糖尿病ラットの脳ではアポトーシスが亢進し
ており、桑葉を摂取することで脳のアポトーシスを抑制していることが考えられる。
活性型の AMPK である p-AMPK は神経細胞のアポトーシスに重要な役割を果たして
いる。この p-AMPK が SDT では低下しているが SDT+MBL では SD と同等の発現量
まで回復している。またこの AMPK を活性化はリン酸化カスケードの上流にある LKB1
の影響下にあり、これも SDT では低下しているが SDT+MBL では SD と同等とまでは
いかなくとも SDT と比べ有意に上昇している。さらに同じく神経細胞のアポトーシスに関
与する GSK3βの不活化型である p-GSK3βも SDT では低下しているが SDT+MBL
では SD 以上に上昇している。GSK3βは AMPK がリン酸化されると GSK3βもリン酸化
し不活化するので桑葉は LKB1 から AMPKαを介して GSK3βを不活化していると考
えられる。
これらから、桑葉は LKB1 における AMPK のリン酸化を介して GSK-3βのリン酸化を
刺激することによって糖代謝を改善し血糖値を低下させ、脳細胞のアポトーシスを抑制す
ることによって脳障害を抑制すると考えられる。
6
5.おわりに
今回の実験で桑葉には2型糖尿病において LKB1 を介して AMPK を活性化させて
GSK3β を不活化させることで脳細胞のアポトーシスを抑制し、脳機能の障害防止に効果
があると考えられた。また血糖値の大幅な改善と脳細胞に対するニトロ化ストレスの軽減
効果があることが見られた。
現在、糖尿病治療薬として様々な医薬品があるが、糖尿病合併症における治療薬に
ついては種類があまりないのが現状である。桑葉は脳機能障害の防止だけでなく血糖降
下作用も有しており、他の糖尿病治療薬や糖尿病合併症治療薬にはない効果を有して
いる。今後、他の糖尿病治療薬との併用でどの様な効果があるか、また従来の治療法と
の比較試験などや桑葉のより詳しい作用メカニズムの解明により、桑葉を用いた治療法
が確立し、多くの糖尿病患者の QOL 改善に貢献することを期待したい。
7
謝 辞
実験、論文作成についてご指導を賜りました臨床薬理学研究室の渡辺賢一教授、
張馬梅蕾助手、ご助力いただきました Arun Prasath Lakshmana 氏に御礼を申し
上げます。]
8
引 用 文 献
1. Karen F. Neumann, Leonel Rojo, Leonardo P. Navarrete, Gonzalo Farias, Paula Reyes
and Ricardo B. Maccioni. Insulin Resistance and Alzheimer’s Disease; Molecular
Links & Clinicl Implications.
2. 松浦寿喜、吉川友佳子、升井洋至、佐野満昭。各種健康茶のラットにおける等質吸
収抑制作用。薬学雑誌。2004,124;217-223。
3. Song Hwa Choi, Young Woo Kim, Sang Geon Kim , AMPK-mediated GSK3β
inhibition by isoliquiritigenin contributes to protecting mitochondria against
iron-catalyzed oxidative stress.
4. K. Wyatt McMahon, Dora I. Zanescu, Vineeta Sood, Elmus G. Beale and Sharma S.
Prabhakar, The Role of 5’-AMPK-Activated Protein Kinase(AMPK) in Diabetic
Nephropathy: A New Direction?
5. Arun Prasath Lakshmana, Meilei Harima, VIjayakumar Sukumaran, Vivian Soetikno,
Rajarajan Amirthalingam Thandavarayan, Kenji Suzuki, Makoto Kodama, Masaki
Nagata, Ritsuo Takagi, Kenichi Watanabe, Modulation of AT-1R/AMPK-MAPK
cascade palys crucialrole for the pathogenesis of diabetic cardiomyopathy in
transgenic type 2 diabetic (Spontaneous Diabetic Torii) rats.
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