対人葛藤に関する研究動向と課題 - 東北大学教育学研究科・教育学部

東北大学大学院教育学研究科研究年報 第 64 集・第 2 号(2016 年)
対人葛藤に関する研究動向と課題
兪 幜 蘭*
本研究では,対人葛藤研究の歴史的流れのなかで,対人葛藤はプロセスとして検討が行われるべ
きという点をふまえ,対人葛藤プロセスにおける認知と行動に関する研究動向と課題を探った。そ
の結果,認知は葛藤が始まる原因にもなり,さらには葛藤を激化させる原因にもなるなど,葛藤に
おいて重大な意味をもっており,個人要因と文化要因によって影響されることが示唆された。また,
葛藤解決方略という行動は認知という内的要因に影響されており,その行動は文化によって解釈が
異なることが示唆され,文化という観点から対人葛藤の認知と行動の側面を検討することの重要性
が示唆された。
キーワード:対人葛藤,認知,行動,文化
1. はじめに
葛藤は人と人の間で常に起き,個人の行動の方向性や組織の成果などに影響を及ぼす。葛藤を学
問的に研究する必要があると指摘され始めたのは1910年代後半の第1次世界大戦の開戦からであり,
葛藤研究が学問としての地位を確立したのは第2次世界大戦の終戦後の 1945 年からだとされる
(Ramsbotham, Woodhouse, & Miall, 2011)。およそ 70 年に渡り様々な葛藤研究がなされる中,葛藤
に関するいくつかのメタ研究が行われてきた。例えば,Chase(1951)は,葛藤を個人間葛藤・家族
間葛藤・氏族間葛藤・コミュニティー間葛藤・労働闘争・政党間葛藤・人種間葛藤・宗教間葛藤・人
種差別・思想間葛藤・職業間葛藤・企業間競争・産業間競争・国家間葛藤・冷戦・大陸間葛藤に分けた。
Fink(1968)は,葛藤を人間同士の葛藤・グループ同士の葛藤・組織同士の葛藤・人間―グループの
葛藤・人間―組織の葛藤に分け,類型別の葛藤研究が必要であると指摘した。Pondy(1967)は,葛
藤を会社のような利益集団間の競争葛藤・上下組織間の葛藤・同様なグループ間の役割に関する葛
藤に分けた。また,Pruitt & Rubin(1986)は,葛藤を場面別でなく,葛藤解決において自分と相手
の両者のなかでどちらの目標や利害が追求されるかによって葛藤を分けることができると述べた。
Rambsbotham, Woodhouse, & Miall(2011)は個人間葛藤を含めるあらゆる葛藤場面のなかで,特
に国際葛藤に注目し,国際葛藤を地理的および歴史的に分析し,その解決に関して,現実主義者・多
教育学研究科 博士課程後期
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元主義者・世界主義者・マルクス主義者・ポスト構造主義者の意見をまとめ,今後の葛藤解決の方向
性を検討した。Wall & Callister(1995)は,ひとつの葛藤を原因・プロセス・結果に分類し,当事者
による解決と第三者による解決の相違点について考察した。
このように,葛藤は人種・民族・宗教・政治・軍事・個人・性・役割・価値観などあらゆる衝突のな
かで発生し,また学者の間でも葛藤への見方が異なるので,ひとつに定義を定めることは難しい。
本稿では個人と個人のなかで発生する対人葛藤に論点を絞り,論旨を展開していきたい。
対人葛藤も他の葛藤研究と同様に長期間に渡り,研究がなされてきたが,Wall & Callister(1995)
の指摘のように,統一した定義が確立されておらず,実証研究が進められてきた。まず,対人葛藤
に関する実証研究を概観すると,関係葛藤(relationship conflict)
・職務葛藤(task conflict)
・プロセ
ス葛藤(process conflict)に大別することができる(Jehn & Mannix, 2001)。
第一に,関係葛藤とは,両者の考え方が相容れないという認識から始まり,挫折感や苛立ちなど
否定的感情を含めることも多い(Jehn & Mannix, 2001)とされている。例えば,Amason(1996)は
アメリカの食品加工会社と家具製造会社の経営者 213 名を対象に社内における人と人の葛藤につい
て質問紙調査を実施し,相手に対する否定的感情が含まれる葛藤では,問題の認識に焦点を合わせ
た効率的な問題解決は見込めないとしている。また,Brehmer(1976)は,相手の意見を自分への
非難であると誤解したとき,相手に対して否定的感情をもち,葛藤が悪化されると報告した。以上
の結果は,Jehn & Mannix(2001)が指摘したように,関係葛藤における感情的側面の重要性を示
している。
第 二 に,職 務 葛 藤 と は,両 者 の 共 通 の 仕 事 へ の 見 方 や 意 見 が 衝 突 す る こ と で あ る(Jehn &
Mannix, 2001)。Amason & Sapienza
(1997)は48社の経営チームを対象に葛藤場面を調査した結果,
組織の人数が少ないほど,感情的葛藤より仕事への意見に関する葛藤が多いと報告している。Ross
& Sicoly(1979)は夫婦関係において自分が相手より多くの家事を担っていると考えていると喧嘩
に発展する傾向があるとしている。職務葛藤は,関係葛藤と同様に,仕事の能率を落とし(Argyris,
1962; Wilson, Butler, Cray, Hickson, & Mallory, 1986),各 個 人 の 認 知 機 能 も 低 下 さ せ る(Staw,
Sandelands, & Dutton, 1981; Roseman, Wiest, & Swartz, 1994)と指摘されている。特に,職務葛藤
は個人がある状況を葛藤的に認知することから始まる,認知的葛藤(cognitive conflict)である
(Amason, 1996, Jehn & Mannix, 2001)といえる。
第三に,プロセス葛藤は葛藤をどう解決するかに対する意見の差に注目した研究である(Jehn,
1997; Jehn, Northcraft, & Neale, 1999)。Jehn & Mannix(2001)によると,葛藤を解決する段階で,
誰が,どこまで責任をもって,どうやって解決を試みるかについて,人々の間で意見の衝突があり,
この衝突がプロセス葛藤であると見なした。特に,成果が低い集団には葛藤解決行動をめぐる葛藤
が高いこと(Jehn, 1992)が報告されている。
Fink(1968)は,対人葛藤の概念が研究者によって大きく異なり学者間の議論が深まらないとし
ながら,対人葛藤に対する統一した定義や表現が必要であると指摘している。対人葛藤を包括する
定義はされてないが,少なくとも実証研究から,対人葛藤を否定的感情の影響・意見の不一致への
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知覚・解決行動という三つ側面に注目し,研究が行われていることがいえる。これらのうち,どこ
に重点をおくかは研究者によって異なる。
第一に,知覚された意見の不一致に注目した研究である。Dahrendorf(1958)は「目標が異なり,
相手の意見に同意できない個々人は,葛藤状況におかれている」と意見の不一致を葛藤としてとら
えている。Jehn & Mannix(2001)も,「葛藤とは,両者が相容れない願望・欲望をもっていると認
識することである」と述べ,葛藤に関する同じ視点を共有した。
第二に,意見の不一致や行動に注目した先行研究を紹介する。Fink(1968)は,
「両立不可能な目
標・利益などの対置的状況や直接的で暴力的な行動もしくは間接的で微力な行動といった相互作用
のどちらかがあるとき,それは葛藤である」と定義している。一方,Mack & Snyder(1957)は,
「意
見の不一致と行動が同時に伴われること」を葛藤としており,Fink(1968)より多少,狭い意味で対
人葛藤を定義している。
第三に,否定的感情・意見の不一致・行動に注目している研究である。Pondy(1967)は,
「葛藤は,
過去の条件だけを,個人の認知だけを,特定な感情だけを,行動だけを指しているのではなく,これ
らすべてを包括する言葉である」と述べ,否定的感情・意見の不一致・行動の三つの側面を取り入れ
て葛藤を定義している。Barki & Hartwick(2004)も,「対人葛藤とは,個人が目標を達成する上,
知覚された意見の不一致や妨げに対して否定的な感情を経験するとき,起こる当事者の間のダイナ
ミックなプロセスである」と定義し,三つの側面を考慮している。
当然ながら,Leavitt(1964),大渕(2015),Pondy(1967)が指摘しているように,すべての葛藤
は相手への否定的感情もしくは相手との意見の不一致を認知しなければ始まらない。対人葛藤を研
究する上で,否定的感情・意見の不一致・行動の側面に注目するが,個人がその感情や意見の不一致
をどのように認知するかという観点は重要である。従って,対人葛藤を「相手が自分と相容れない
目標・価値観・目的などをもっていることを問題として認知し,否定的な感情反応を経験するなか,
その問題を解決するために行動するプロセス」と定義することができるであろう。
今まで見てきたように,対人葛藤を正しく理解するためには,対人葛藤に含まれている多様な側
面に注目し,各側面がどのような影響を及ぼしているかを検討しなければならない(Shantz &
Hartup, 1992)。ところが,対人葛藤に関する多くの研究は,葛藤の始まりや頻度など,葛藤の認知
や否定的な感情を経験した結果としての行動の側面を重視してしまい,行動に至るまでの内的側面
への検討が十分にされていないと指摘されている(Jensen-Campbell & Graziano, 2001; Laursen &
Collins, 1994; Perry, Perry, & Kennedy, 1992)。従って,個人が否定的感情・意見の不一致を認知し
てどういう動機をもって行動をするかという内的側面としての認知とその結果として表出される行
動は葛藤研究において欠かすことのできない両柱であるといえる。また,その認知と行動は断片的
ではなく,プロセスとして理解されることも重要である。
2. 対人葛藤における認知の役割に関する研究と課題
ここまで,対人葛藤に関する研究の流れについて検討し,対人葛藤を正しく理解するためには,
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多様な側面に注目することが必要であることを述べてきたが,次に対人葛藤における認知的側面,
特に認知バイアスが対人葛藤プロセスに与える影響について説明する。
2.1 対人葛藤プロセスにおける認知の役割:認知バイアス
対人葛藤が生起したときに,葛藤の当事者が相手をどう思っているか,葛藤状況をどう判断する
かなどの個人の認知は重要である。葛藤における認知の役割を初めてモデル化したのは Pondy
(1967)で あ る。 彼 は 葛 藤 エ ピ ソ ー ド を 構 造 化 し,先 行 葛 藤 エ ピ ソ ー ド の 余 波(aftermath of
preceding conflict episode)―潜在的葛藤(latent conflict)―知覚された葛藤(perceived conflict)と
感 じ ら れ た 葛 藤(felt conflict)― 明 確 化 し た 葛 藤(manifest conflict)― 葛 藤 の 余 波(conflict
aftermath)といった葛藤プロセスを提示した(Fig.1)。
明確化
Fig.1 Pondy(1967)
の葛藤エピソードのダイナミックス
葛藤のみならず,あらゆる環境で人間の行動を規定する心理過程のなか最も重要な要因は認知で
あり,認知は分析・推論・評価・判断・意思決定などを含める。特に,物理的事象でなく人間が関与
する事象の知覚を社会的認知とよぶ。社会的認知には,相手が何を考え,何を感じ,どう行動しよ
うとしているかなど,人の心に関する情報分析が含まれる。また,社会的認知は主観的なプロセス
であり,その結果,誤りや歪みが入り込める。認知による誤りや歪みを認知バイアスとよび,認知
バイアスは対人葛藤の重要な要因になるとされる(大渕,2015)。
認知バイアスの最も大きな要因としてストレスが挙げられる。ストレスと認知の関係に初めて注
目したのは Lazarus(1966)である。彼は,状況や環境をネガティブに捉えるとストレスが発生す
ると述べた。Lazarus(1966)の考えに引継ぎ,ストレスに効率良く対処するためには,状況をどう
認知すべきかに関して,様々な研究がなされた(Park & Folkman, 1997; Zakowski, Hall, CousinoKlein, & Baum, 2001)。しかし,これらはストレスと認知の直接的な関係を示した研究ではない。
この関係を見出すため,Hammond(2000)は認知連続モデルをたて,ストレスが環境の要求を正確
に認知する過程に支障をきたすと主張した。Hancock & Warm(1989),Neuberg & Newsom(1993)
もストレスが人間の認知と行動に影響を及ぼすという見解を示した。特に,Staal(2004)は,アメ
リカの宇宙飛行士を対象にし,ストレスが認知に及ぼす直接的な影響を多角度で調べた。彼による
と,ストレスは注意力・記憶力・判断能力・意志決定などの認知機能にすべて影響を及ぼす。よって,
葛藤状況のようにストレスが高揚される場合,認知バイアスの影響が一層深まることは容易に考え
られる。
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認知バイアスの類型には,帰属(attribution),敵対的帰属バイアス(hostile attributional bias),
公正の自己中心的解釈(egocentric interpretation of fairness)が挙げられる。
⑴ 帰属
Pettigrew(1979)は,自分のグループと相手のグループで起きる同じ出来事の原因を違う要因に
帰属させると述べた。Allred(2000)は,
この帰属が葛藤を呼び起こす要因であると述べた。例えば,
相手の不愉快な行動の原因を状況のせい,つまり外的要因に帰属させると理解につながるが,個人
的な態度,性格のせい,つまり相手の内的要因に帰属させると誤解を招く。人は自分の行動に対し
ては外的要因に帰属させ,相手の行動に対しては内的要因に帰属させる傾向があるが,Allred(2000)
は,この傾向を根本的な帰属のバイアスとして説明している。この理論を裏付けるように,Taylor
& Jaggi(1974)は,南アジアのムスリム教徒とヒンドゥー教徒が,自分たちと相手たちの望ましく
ない社会行動の原因を,自分たちの場合は外的要因に,相手たちの場合は内的要因に,帰属させる
結果を示した。Duncan(1976)
はアメリカの白人と黒人に対し,Hunter, Stringer, & Watson(1991)
は北アイランドのプロテスタント教徒とカソリック教徒に対し,Morris & Peng(1994)はアメリ
カ人と中国人に対し,同じく根本的な帰属のバイアスを確認した。
⑵ 敵対的帰属バイアス
敵対的帰属バイアスとは,特定の人が抱き易い認知の歪であり,相手が悪意や敵意をもっている
と知覚する傾向である(Nasby, Hayden, & DePaul, 1980)。普段,人は相手の意図的な否定的行為
に対しては敵対的に反応し,相手の非意図的な否定的行為に対しては敵対的な行動をとらない
(Burnstein & Worchel, 1962)
。 子 ど も も 同 様 な 傾 向 を み せ て お り(Rule, Nesdale, & McAra,
1974),認知発達過程のなかで相手の意図を判断できる能力を習得していく(Flavell, 1977; Piaget,
1932)
。認知発達には個人差があるように,当然,敵対的帰属バイアスにも個人差があり,この差は
遺伝(Dick, Rose, Viken, Kapiro, & Koskenvuo, 2006)といじめ・虐待などのような生育環境(Dodge,
Coie, & Lynam, 2006)による。更に,幼児期の敵対的帰属バイアスは成人になっても維持される傾
向がある(Pettit, Lansford, Malone, Dodge, & Bates, 2010)。子どもであれ大人であれ,敵対的帰属
バイアスの人は,敵対的な行動を用い,葛藤を解決しようとするため(Dodge, 1980; 2011)
,対人葛
藤において対立を激化すると考えられる(大渕,2015)。
⑶ 公正の自己中心的解釈
公正の自己中心的解釈(Messick & Sentis, 1979; 1985)は,「自分だけが公正である」
(Thompson,
Nadler, & Lount, 2006)もしくは「自分は不公正に扱われている」
(大渕,2015)という,公正に対す
る主観的な認知判断である。公正の自己中心的解釈は,いわば公正理論に基づく。公正理論(Walster,
Walster, & Berscheid, 1978)によると,人は投資量と結果物が自分と相手の間で公正な比率で分配
されるように心をかける。ここで,Walster, Walster, & Berscheid(1978)は,このとき,人が公正
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を自分に都合良く解釈する可能性があると主張している。この考えに倣い,Messick & Sentis
(1979)は公正の自己中心的解釈という概念を提示し,その後も公正の自己中心的解釈を裏付ける実
証的研究がなされてきた。Ross & Sicoly(1979)によると,夫婦は自分が相手より多くの家事を担っ
ていると考えているという結果を示した。また,人は有限な資源を取り分けるとき,自分側の判断
が公正であり,相手側の判断はそうでないと判断した(Loewenstein, Thompson, & Bazerman,
1989; Messick, 1993)
。アメリカの大学院生に労働組合と会社側の仮想賃金交渉を行わせた実験で
も,自分の考えが公正だとされる結果が得られた(Thompson & Loewenstein, 1992)。日本でも大
学生に自分が経験した社会的葛藤を想起させ,自分と相手の目標と解決方略などについて評価させ,
自分が相手より公正であると考えている結果が得られた(大渕,菅原,Tyler, & Lind, 1995)。公正
の自己中心的解釈の要因として,人は公正でありたいという願望をもっているが,公正には複数の
基準があることが考えられる(大渕,菅原,Tyler, & Lind, 1995; Tyler, 1997)。また,公正の自己中
心的解釈は,個人主義文化の西洋で強く,集団主義文化の東洋で弱いという考察もある(Gelfand et
al., 2002)
。これは他人と調和するために自己を卑下することが美徳である集団主義文化の価値観
(Heine, Lehman, Markus, & Kitayama, 1999)と関係していると,Gelfand ら(2002)は主張した。
以上から認知は葛藤が始まる原因にもなり,さらには葛藤を激化させる原因にもなるなど,葛藤
において重大な意味をもっていることがみえてきた。帰属は普遍的な現象であり,敵対的帰属バイ
アスは個人の認知発達に強く関連しているし,公正の自己中心的解釈は個人的要因でありながら,
文化によっても影響されている。しかし,帰属,敵対的帰属バイアス,公正の自己中心的解釈は対
人葛藤における認知バイアスの一例に過ぎない。公正の自己中心的解釈の例でもうかがえたように,
文化は人の価値観を形成し(Althusser, 1969/1971)
,その価値観はもっと広い意味で認知バイアス
の要因のひとつになると考えられる。なぜならば,文化は人の価値観という枠になり,その枠がな
くては,相手との関係性や葛藤状況の判断などを定めることができないからである(Bond, 2013)
。
実際に,数多くの理論研究のなかで,文化が認知を形成することと(Vygotsky, 1978; Schank &
Abelson, 1977),西洋文化は分析的認知(analytic cognition)を,東洋文化は全体的認知(holistic
cognition)を生み出したこと(Nisbett, 1998; Peng & Niesbett, 1999)が指摘され,文化と認知の関係
が文化比較研究を通して明らかになっている(Sloman, 1996)
。しかし,先行研究では対人葛藤とい
うストレス的な状況において,個人の認知に焦点があてられていることが多く,文化という要因が
認知にどう影響しているかについては十分に検討されていない。
3. 対人葛藤における行動に関する研究
対人葛藤を解決するための行動は葛藤解決方略である。葛藤解決方略の近年の研究では,葛藤解
決方略は文化に大きく左右される(Ohbuchi, Fukushima, & Tedeschi, 1999)と指摘されており,国
や地域の比較研究も進められている。以下では,対人葛藤プロセスにおける行動に関して,特に行
動を方向付ける内的動機である文化に着目し検討する。
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3.1 葛藤解決方略
葛藤解決方略を分類した Pruitt と Rubin(1986)の二重関心モデルは,問題解決目標を自己志向性,
他 者 志 向 性 の 2 次 元 に 基 づ き,解 決 方 略 を「 主 張 」
(assertion)
「協調」
(cooperation)
「妥協」
(compromising)
「回避」
(avoiding)
「譲歩」
(yielding)という 5 タイプに分けている(Fig.2)。「主張」
とは,相手の利害を無視して自己の利害を中心に解決を図るものである。
「協調」とは,自他双方の
立場を尊重し,互いの利益を最大にするような方策を見つけ出すものである。「妥協」は,「主張」と
「協調」の中間に位置する方略で,要求水準を下げて部分的な実現を図るものである。「回避」は葛藤
事態から撤退することである。
「譲歩」は自分の要求を抑えて相手に協力することである。以来,数
多くの研究で葛藤解決方略における個人差を調べるため,二重関心モデルが用いられてきた(例え
自己志向性
ば,Rubin, Pruitt, & Kim, 1994; Van de Vliert & Kabanoff, 1990)。
他者志向性
Fig.2 二重関心モデル(Pruitt & Rubin, 1986)
3.2 葛藤解決方略における文化
二重関心モデルでは,葛藤解決方略の選択基準として,自分と他者どちらの関心を重視するかと
いう内的動機に注目している。その内的動機に影響を与える要因として文化を取り上げることがで
きる。Burton(1987)は文化と葛藤解決には無関係であると主張したが,Cohen(1990,1991)と
Gulliver(1979)は,文化は葛藤解決行動を決める諸要因のひとつであると考えた。更に,Lederach
(1994,1995)と Wehr & Lederach(1991)は文化が葛藤解決を決める最も重要な要因であることを
強調した。以来,数多くの実証研究でも葛藤解決における文化の役割について注目されるように
なった(例えば,Chua & Gudykunst, 1987; Tang & Kirkbride, 1986; Triandis, Bontempo, Villareal,
Aasai, & Lucca, 1988)。
Hofstede(1980)はあらゆる文化を定量的に評価・区別するため,「権力への民主的な考え方」
「個
人主義―集団主義」
「不確実性を避ける程度」
「男性性と女性性」
「長期志向性と短期志向性」という 5
つの尺度を提案した。特に,文化を区別する尺度のひとつである「個人主義―集団主義」は文化比較
研 究 に お い て 多 く 使 わ れ る よ う に な っ た( 例 え ば , Hui, 1988; Hui & Yee, 1994; Kluckhohn &
Strodtbeck, 1961; Ting-Toomey, 1988; Triandis, 1988)。特に,Triandis(1988)は,個人主義―集団
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主義を「世界の多様な文化における社会行動の文化差を表す最も重要な次元」であると強調した。
⑴ 個人主義 vs 集団主義の基づいた文化比較
Triandis(1995)は,個人主義は「自分を集団とは独立的な存在としてみる個人が緩やかに結束し
ている社会パターン」と,集団主義は「自分を集団(家族・同僚・部族・国家)の一部としてみる個人
が強く結束している社会パターン」と定義した。Markus & Kitayama(1991)も同様に,集団主義文
化で個人は人との関係性の中で自分を定義することが多く,個人主義文化より集団の中にいること
を重要視すると述べた。また,個人主義文化では個人の目標・要求・権利が強調され(Landrine,
1995; Markus, Kitayama, & Heiman, 1997),集団主義文化では集団の目標・要求・権利が強調され
る(Hofstede, 1980; Landrine, 1995; Triandis, McCusker, & Hui, 1990)。
⑵ 個人主義 vs. 集団主義の基づいた葛藤解決方略研究
上述した個人主義と集団主義の文化差は,葛藤解決方略における文化比較研究に広く使われてい
る( 例 え ば,Chua & Gudykunst, 1987; Tang & Kirkbride, 1986; Triandis, Bontempo, Villareal,
Aasai, & Lucca, 1988)。Chua & Gudykunst(1987)は,米国在住 37 ヶ国留学生を対象にした調査
から,集団主義文化の人は個人主義文化の人より葛藤を回避する傾向が強いことを示した。Tang
& Kirkbride(1986)は,対人葛藤において香港在住中国人は妥協・回避を好み,香港在住英国人は
主張を好むことを示した。Triandis, Bontempo, Villareal, Asai, & Lucca(1988)は,友人との関係に
おいて日本人はアメリカ人より葛藤を回避する傾向が強いことと,集団主義文化の日本人は個人の
欲求を組織の欲求に合わせながら葛藤のなかで他人の承認を求めることを示した。これらの研究か
ら,個人主義文化では自己志向性の強い葛藤解決方略を,集団主義文化では他者志向性の強い方略
を主に選択すると考察することができる。
⑶ 葛藤解決における文化比較研究の限界
以上のように,対人葛藤の解決行動における文化比較研究では,個人主義と集団主義という比較
に基づいた研究が多くされている。しかし,個人主義と集団主義の比較において,西洋は個人主義,
東洋は集団主義という二分法への疑問が提示されている。いくつかの研究では日本人の対人コミュ
ニケーションがアメリカ人より集団主義的であるという仮説は支持されなかった。
(例えば,
Gudykunst, Matsumoto, Ting-Toomey, Nishida, & Heyman, 1996; Matsumoto, Weissman, Preston,
Brown, & Kupperbusch, 1997)。また,いくつかのメタ研究では,日本は昔のような集団主義文化
的伝統を失いつつあることと,個人主義―集団主義の尺度を用い,東アジア文化がアメリカを含め
る西洋文化より集団主義に近いと断言することはできないことを指摘した(Matsumoto, 1999;
Oyserman, Coon, & Kemmelmeiner, 2002)。特に,Takano & Osaka(1999)は日本とアメリカの
個人主義―集団主義を比較した 15 個の実証研究を分析し,既存の二分法を指示する先行研究は
Hofstede(1980)の結果のみであると報告した。東洋と西洋の集団主義―個人主義という二分法へ
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の疑問には時代的理由も考えられるが,個人主義―集団主義の二分法的比較は単純化されすぎてあ
らゆる文化差を含められないこと(Brewer & Chen, 2007),対象が大学生に限られた調査であった
こと(Gudykunst et al., 1996),文化比較尺度としての妥当性への疑問(Iwasaki, 1994)などの理由も
考えられる。
また,文化の比較に二重関心モデルに基づいた葛藤解決方略をそのまま用いることに,根本的な
疑問を示す研究も散見される(例えば , Cai & Fink, 2002; Gabrielidis, Stephan, Ybarra, Pearson, &
Villareal, 1997; Ting-Toomey, Yee-Jung, Shapiro, Garcia, & Oetzel, 2000)。二重関心モデルによる
と回避方略は自己志向性と他者志向性が低い方略であるが,この考えは文化によって異なるかも知
れない。例えば,Gabrielidis, Stephan, Ybarra, Pearson, & Villareal(1997)はブラジル人とメキシ
コ人の比較研究で,文化によって回避は相手への高い配慮を表す方略であると述べている。また,
Ting-Toomey, Yee-Jung, Shapiro, Garcia, & Oetzel(2000)は,欧米人と比べアジア人は譲歩と回避
を否定的に考える傾向が少ないと指摘した。Cai と Fink(2002)も,二重関心モデルの 5 つの解決方
略の選択意図は,集団主義と個人主義の文化によって異なる可能性があると述べた。
以上,対人葛藤の解決行動である葛藤解決方略における研究動向について,特に文化的要因に注
目して検討した。個人主義と集団主義に大別される文化は,自己志向性と他人志向性の次元から葛
藤解決方略の選択に影響を与える。これは対人葛藤の認知的要因である公正の自己中心的解釈にお
ける文化差と関係するとも考えられるが,もっと広くいえば,文化的自己観に深く関係していると
考えられる(北山,1994)。そして,文化は,対人葛藤プロセスにおいて,葛藤解決方略という行動
のみならず,葛藤解決方略の選択意図という認知過程にも影響を及ぼす。例えば,回避方略は,個
人主義文化では葛藤の解決を先延ばしにしているため否定的に評価されるが,集団主義文化では葛
藤の解決には至らなかったが,当事者間の関係維持には寄与していることで肯定的に評価されるこ
ともある。よって,文化が対人葛藤における認知過程の形成に強く関連していることが示唆される。
葛藤には相手との関係性を理解することやその関係性の背景になる集団を理解することが伴うため
(Jensen-Campbell & Graziano, 2001)
,自分と相手どちらを重視するかの意思決定に影響する個人
主義―集団主義文化が葛藤状況への認知を形成することはもちろん,ときにはその認知が葛藤解決
方略という行動を方向付ける当事者の内的意図そのものでもあるといえよう。また,今までの先行
研究をふまえると,個人主義―集団主義の単純化された文化の二分法では人の行動を正しく理解す
ることが難しい。同じ集団主義文化圏の国であっても,詳細にはどんな文化差があるかを考察し,
その文化のなかのどの要因が,葛藤状況におかれた人の認知と行動に影響を与えるかについて綿密
に検討することは,対人葛藤プロセスの正しい理解のために重要である。
4. おわりに
対人葛藤の研究においては,葛藤とは相手が自分と両立できない目標・価値観・目的などをもっ
ていることを問題として認知し,否定的な感情反応を経験するなか,その問題を解決するために行
動するプロセスと定義することができる。そして,その個人の認知,行動を規定する要因には個人
― ―
113
対人葛藤に関する研究動向と課題
の属している文化が強く影響していると思われる。よって,文化という観点から対人葛藤の認知と
行動の側面を検討することは重要である。また,文化比較において,今までは東洋と西洋といった
過度な二分法により,同一の文化圏の内の文化的差異に対する説得力のある説明がされなかった限
界を乗り越え,対人葛藤プロセスを検討してくことが必要であろう。
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対人葛藤に関する研究動向と課題
Trends and Issues of Researches on Interpersonal Conflict
Kyungran YU
(Graduate Student, Graduate School of Education, Tohoku University)
From preceding researches on interpersonal conflict, it was deduced that interpersonal
conflict should be studied as a process. Based on this viewpoint, trends of researches on cognition
and behavior in interpersonal conflict process were investigated with a view to seek next
research subjects. As a result, it was suggested that (a) cognition, as playing a significant role,
gives rise to or even intensifies conflict, that (b) cognition is influenced by both individual factors
and cultural factors, and that (c) behaviors (i.e. conflict resolution strategies), of which
interpretation can be varied by cultures, are affected by inner factors (i.e. cognition). Therefore,
relationships between cognition and behavior in interpersonal conflicts need to be examined with
a cultural perspective.
Keywords:interpersonal conflict, cognition, behavior, culture
― ―
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