はじめに - 静岡健康・長寿学術フォーラム

再生医療にかける夢
はじめに
セッションⅤ
(県民フォーラム)
はじめに
フォーラム概説
のが多く、一つだけで独立して説明できるものはあ
りません。
ただ、我々人間は老化や病気に伴う細胞・組織・
臓器障害によって、生活の質が損なわれ、命が短く
なるということから、いずれにしても古来から元気
で長生きしたいというのは人間の願望であったわけ
です。
老年医学的には、長寿の限界は約120歳と言われ
㈶しずおか健康長寿財団理事長
佐古 伊康
略 歴
ています。巷間では、極限まで生きると、アルツハ
イマー病か、腫瘍で死ぬと言われています。健康・
1955~1961 京都大学医学部医学科
1962~1966 京都大学大学院医学研究科(内科系)
1966~1968 京都大学医学付属病院第二内科副手
1968~1981 京都大学医学部老年科助手
長寿には、現在successful agingという言葉が使わ
(1975~1976) 西独ウルム大学内科(フンボルト留学生)
1981~1989 京都大学医学部老年医学講座講師
1989~1995 静岡県立総合病院副院長
1995~2003 静岡県立総合病院院長
2003~ ㈶しずおか健康長寿財団理事長
2004~2005 (国立大学法人)京都大学理事
うことが叫ばれています。長々と寝たきりの生活と
れていますが、哲学的には何のために長生きしたい
のかが重要です。社会的には自助、共助、公助とい
いうのは好ましくありません。
秦の始皇帝の時代に、徐福が皇帝の命を受けて東
海のほうに秘薬があるというので、日本に向けて旅
立ったという話があります。また、第11代垂仁天皇
それでは県民フォーラムを始めさせていただきま
の命を受けて、田島守は橘の実を探しにいったが、
す。最初の部分を私が、そして最後のまとめの部分
探して帰国した時には垂仁天皇は亡くなっていた。
を寺尾学長が分担することになっています。
これは古い世代の方は田島守の小学唱歌で覚えてお
まず、県民フォーラムについて、歴史的な経緯を
られることと思います。これまでは、細胞(組織・
お話します。このフォーラムは平成8年から始まり
臓器)が老いない手段は、外的な要因をなんとか変
ました。健康・長寿に向けて、骨粗鬆症、認知症、
えようということでしたが、再生する手段があれば、
あるいは癌など、毎年一つずつテーマを取り上げ、
これに越したことはありません。究極のアンチエイ
現在14回になっています。厳密に言いますと、平成
ジングは細胞(組織・臓器)のリニューアルという
8年に第1回が始まりましたが、その前にプレフォ
ことになるだろうと思います。
ーラムがありましたので、この健康・長寿フォーラ
そういう理由で、今回の健康・長寿学術フォーラ
ムは15回目ということになります。ハイレベルの学
ムを企画させていただきました。先ほども申し上げ
術的な話ですので、これを終えた次の日に、県民の
ましたように、「再生医療-未来への展望」のテー
皆様方に難しい内容をかみ砕いて理解していただく
マで、去る10月2日㈮と3日㈯の2日間にわたって、
という2部構成で行われるのが基本的なスタイルで
学術フォーラムが行われました。私は昨年に引き続
す。
き、実行委員長を仰せつかりましたが、この企画に
今回は「再生医療-未来への展望」が取り上げら
関しましては、まず、副委員長の静岡県立総合病院
れました。生きている、すなわち呼吸をし、飯を食
部長の井上達秀先生、同じく副委員長の静岡県立大
う限り、老化は避けられません。老化の原因につい
学薬学部長の奥直人先生、このお2人の先生方のお
ては、遺伝子、細胞、その他、いろいろの老化学説
力添えに感謝を申し上げたいと思います。また、こ
があります。ただ、各学説は細胞内の遺伝子、ある
の企画をご理解いただいて、お許しいただいた廣部
いは細胞内の構成成分が傷つくとか、情報の複写が
雅昭組織委員長にも重ねて感謝を申し上げたいと思
できないとか、垢がたまるとか、相互に関連したも
います。
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セッションⅤ 再生医療にかける夢
(県民フォーラム) はじめに
昨年の第13回は「人は血管とともに老いる」とい
維芽細胞を使って、これらの遺伝子を細胞の中に入
うことで、メタボリック症候群を取り上げました。
れて、誘導して分離・精製する。すなわち多能性で
メタボリック症候群を取り上げるに当たって、再生
すので、いろいろなものに育つ可能性があるわけで
医療を同時にやりたいと思いましたが、時間的な制
す。福田先生のところでは心筋細胞に誘導して移植
約がありましたので、2部に分けることになり、今
しています。
年が再生医療になったといういきさつがあります。
しかし、ES細胞は受精卵を使うために倫理的な
再生につきまして、教科書的には、人間の組織や
問題が大きいのです。また、他人の細胞が入るため
臓器の細胞は自然に再生できるものと、普通には再
に拒絶反応があります。iPS細胞は多能性ですので、
生能力がないものがあると教えられています。自然
目的外の細胞に分化する万能性があり、これをどの
界の法則では受精卵はどのような細胞にも分化して
ように調整するかということが重要で、安全なiPS
いるということを、我々はよく知っています。とこ
細胞を作成することが課題です。今はアデノウイル
ろが、科学の進歩に伴いまして、どのような細胞に
スをベクター(運び屋)として遺伝子を導入してい
も分化する幹細胞が存在する、この幹細胞はどのよ
ますが、入れる遺伝子の数が4因子なのか、3因子
うな細胞にも分化誘導できる技術があるということ
でいいのか、2因子がいいのか、いろいろな議論
が分かってきました。ただし、個体の不老不死は、
があり、いろいろな手法がとられています。ただ、
究極的にエゴイスティックな人間は子どもを残さな
iPS細胞の初期化のメカニズムの解明は今後に残さ
いということで、人類滅亡につながるという負の側
れています。
面もあると私は考えています。
再生医療に何を期待するか。我々の卑近な例では、
再生医療とは、高度な技術で組織や臓器の細胞を
拒絶反応や臓器の提供不足で悩んでいる臓器移植の
復元し、応用することです。臓器移植には、例えば
究極的な解消という夢があります。また、研究が進
膵臓のランゲルハンス島を取ってきて移植すると
むと各種疾患を持っている人から細胞をいただいて
か、自分の細胞を移植するとか、あるいは体の中に
分析して、病態・病気の解明につなげる。あるいは、
ある幹になる細胞を誘導してくるとか、いろいろな
ヒトを使うのではなく、試験管の中でこういう細胞
方法があります。今回主として取り上げたのは二つ
を扱うことによって、新薬の開発、治験が楽になり
の技術です。一つは、1990年代に発見された手法、
ます。あるいは、人それぞれに合う個人医療(テー
胚性幹細胞(ES細胞)の利用技術です。これは卵
ラーメード医療)ももっともっと進むであろうこと
細胞から誘導するものです。もう一つはここ数年の
が期待されているわけです。
間に脚光を浴びている人工多能性幹細胞(iPS細胞)
ただし、これらの期待に対しましては、倫理的、
です。
安全性、その他社会的ないろいろな問題があります。
このような問題を調整するレギュラトリー・サイエ
ンスという言葉があります。10月2日㈮は、レギュ
ラトリー・サイエンスをテーマに、県立大学の合田
敏尚教授と野口博司教授の司会のもとで会が催され
ました。
レギュラトリー・サイエンスというのは非常に難
しそうですが、簡単に言いますと、科学者はしばし
ば暴走することもありますし、科学の成果を社会に
役立てるという目的で、社会と調和するように調整
し、方向付けすることが必要で、その科学がレギュ
ラトリー・サイエンス(評価科学と言われている)
です。例えば、医薬品、食品、保健・医療など、科
これは昨日の慶應大学の福田恵一教授のスライド
学の実践、実用、応用に関する生命医療倫理、社会
をお借りしたものです。真ん中の水色のところに四
制度のあり方をうまく調整する領域です。
つの因子が書いてあります。この場合には皮膚の線
今日の県民フォーラム「再生医療にかける夢」の
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再生医療にかける夢
はじめに
セッションⅤ
(県民フォーラム)
目的は、10月2日㈮と3日㈯の二つの学術フォーラ
ムを受けて、皆様方と一緒に再生医療の現状を知る
ことです。まず「再生医療の未来」という題で、京
都大学の斎藤潤先生に講演していただき、その後の
パネルディスカッションは、
「再生医療に期待する
こと」というテーマで、井上達秀先生に司会してい
ただくことになっています。読売新聞の長谷川聖治
さんという方が入っていられますが、先ほど申しま
したように、レギュラトリー・サイエンスには社会
との接点でいろいろな問題があります。そのような
問題をジャーナリストとして指摘していただきたい
という思いがあって、入っていただきました。
今日の話の大前提はあくまでも倫理性、安全性で
す。特に、現在のところは分化した細胞が腫瘍化す
るという問題が残っています。大前提は倫理性、安
全性ですが、さらに知りたいのは次のような内容で
す。どのような組織や臓器がターゲットになってい
るのか。なぜそれらの組織や臓器が対象になってい
るのか。有効性など、現在立ちはだかる障害とその
解決法はどこにあるのか。現在どこまで進歩してい
るのか。今回取り上げられた夢はいつ頃かなえられ
そうか。さらなる展望、期待と危惧はどんなところ
にあるのか。
このようなことをパネリストのお話の中で触れて
いただきます。この夢は我々自身のすぐ近くにある
と思いましたが、すぐ近くにあるものからかなり遠
くにあるものまでいろいろ分布しているようです。
これらの問題について、パネルディスカッションで
聞けることを期待しています。どうぞよろしくお願
いいたします。
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