内容 - サイトトップ

【サイトトップ】【資料】
2016 年 07 月 24 日
労働安全衛生法の化学物質のリスクアセスメントの進め方
元・厚労省化学物質対策課
2016化学物質国際動向分析官
柳川 行雄
注: とくに断らない限り、本稿中の図表は、中央労働大害防止協会主
催の改正法説明会で筆者が用いた資料である。ただし、数値等は最
新のものに置き換えている。
内容
最初に ......................................................................................................... 2
1
(1)化学物質をとりまく状況 ...................................................................... 2
ア
職場で用いられる化学物質の種類等の多様化 ..................................... 2
イ
化学物質による労働災害の特徴 ........................................................... 3
ウ
化学物質規制の新たな在り方 .............................................................. 4
(2)労働安全衛生法の改正 ......................................................................... 7
労働安全衛生法改正の詳細 ......................................................................... 8
2
(1)対象となる事業場 ................................................................................ 8
(2)リスクアセスメントの対象物質 ........................................................... 8
(3)リスクアセスメントを行うべき時期 .................................................. 10
(4)リスクアセスメントを行う体制の整備 .............................................. 11
ア
トップの関与 ..................................................................................... 11
イ
労働者の参加 ..................................................................................... 12
ウ
専門家の参加 ..................................................................................... 13
具多的なリスクアセスメントの流れ ......................................................... 15
3
(1)対象の選定 ......................................................................................... 17
(2)情報の収集 ......................................................................................... 17
(3)危険有害性の特定とリスクの見積もり .............................................. 20
ア
予測困難な大規模事故 ....................................................................... 23
イ
慢性中毒(吸入ばく露).................................................................... 24
1
ウ
その他の災害 ..................................................................................... 31
エ
安衛法を遵守することで防げる災害 .................................................. 36
(4)対策の検討と結果の評価 .................................................................... 37
4
労働者への周知 ......................................................................................... 40
1
最初に
(1)化学物質をとりまく状況
ア
職場で用いられる化学物質の種類等の多様化
現在、職場で用いられているいわゆる既存化学物質の種類は、数え方にもよる
が、約6万種類と言われている。
図1-1:新規化学物質製造・輸入届出状況
さらに、ここ 10 年、労働安全衛生法に基づき、新規化学物質1)として届け出
1
既存の化学物質以外で、1事業場当たり 100【kg/年】を超えて製造又は輸入される
2
られた化学物質数は、図1-1に示すように毎年 1,000 件を超えており、平成
25 年以降は、一時期よりは減少しているものの平成 16 年以前のレベルのほぼ
倍程度となっている。
また、この他にも、少量新規化学物質(既存の化学物質以外で、1事業場当た
り 100【kg/年】以下を製造又は輸入される物質)が、年間約 16,000 物質程度の
報告がある。
イ
化学物質による労働災害の特徴
一方、図1-2に示すように、化学物質による労働災害も毎年 500 件程度発
生しており、そして、これら災害の中には、いわゆる未規制物質2)が原因となっ
た災害や、労働安全衛生法違反がないにもかかわらず発生した災害も多く含ま
れているのである。
図1-2:化学物質に起因する労働災害
また、最近では大阪府の印刷業における 1,2-DCP によると考えられる胆管癌
2
物質
ここでは「未規制物質」とは、特化則、有機則等の特別規則の対象でない物質を指し
ている。
3
の多発事故や、福井県の化学工場における o-トルイジンによる膀胱がんなど、
国際的にも大きな問題となった深刻な労働災害も発生している。
なお、1,2-DCP や o-トルイジンはいずれも災害発生当時は通知対象物(SDS
の交付義務の対象物質)ではあったが、いわゆる規制対象物質(特化則、有機則
等の特別規則の規制の対象物質)ではなかった。
ウ
化学物質規制の新たな在り方
このことをして、労働安全衛生法令が効力を発しなかったとの評価も可能か
もしれない。しかし、数万種類の化学物質が存在しており、中にはきわめて特殊
な使われ方もされるものもある状況で、すべての災害を防止するような規制を
かけることは現実的ではない。規制の範囲をあまりに幅広くとれば、科学技術の
発展を阻害するような副作用がでるおそれもある
また、労働安全衛生法施行当時は、化学物質の種類はそれほど多くはなく、多
くの現場で、作業時間中はほぼ同じような扱われ方をしていた。そして作業環境
中の気中の濃度も作業時間中にはそれほど変化しなかった。このような状況下
では、化学物質を規制する法令も、個々の化学物質をリストアップして、一律に
詳細な規制をかけるという手法がきわめて効果的であった。
ところが、現在では、現場の化学物質の取扱われ方が多様化し、どれほど精密
に法令を作っても、その想定を超えてしまうようなケースがでてしまう。また作
業場の化学物質の気中濃度も時間によって変動することが多く、従来の作業環
境測定の手法だけでは、職場のリスクを正確に測れない場合も出てきた。さらに
は、ごくわずかな事業場で、ときには数日あるいは数ヶ月に一度しか使用されな
いような化学物質も存在しているのである。
このため、法令の規制の在り方も、従来型の手法だけでは必ずしも十分とは言
えない状況になっている。このことは、企業内の化学物質の管理の在り方につい
てもいえることであろう。
しかし、法違反がなくて発生した災害3の多くも、事前に予想がつかないよう
な災害はきわめてまれであり、事前に事業者がリスクアセスメントを行ってい
れば防げたと思われるものがほとんどなのである。
このため第 12 次の労働災害防止計画では、事業者への危険有害性情報の伝
3
すなわち法令の想定を超えた災害である。
4
達・提供とリスクアセスメントを促進することとされている。
図1-3:第12次労働災害防止計画における化学物質対策
すなわち、化学物質は、製造又は輸入されてから消費者に渡るまでの流れの中
で、多くの企業を介することになる。そして、一般的はその化学物質の危険有害
性に関する情報を最も多く所有しているのは、この流れの起点である製造又は
輸入業者である。そこで、製造又は輸入業者の持つ危険有害性の情報を、化学物
質とともに、消費者の手に渡る最終製品になる直前まで、スムーズに流れるよう
にしようとしたのが、SDS のシステムである。
そして、SDS を入手した事業者は、それによって危険有害性を知ることがで
きるので、それに基づいて事業場における労働災害発生のリスクをアセスメン
トして適切な対応をとることを期待したわけである。
しかしながら、化学物質のリスクアセスメントは、多くの事業場に普及すると
いうところまではいかなかったのも事実である。その原因としては、化学物質の
リスクアセスメントについて、事業者に適切な支援ができる専門家が少なかっ
たというのも大きかったように思う。
また、SDS の交付状況についても、法律上の義務のある通知対象物について
でさえ、図1-4に示すように、すべて交付しているという事業所は半数程度に
5
すぎないのである。
図1-4:SDS 交付状況
図1-5:作業環境測定結果の状況
6
さらに、法律上作業環境測定の義務のある物質についても、労働者の健康障害
防止の観点から問題のある第3管理区分の職場が、日本作業環境測定協会の調
査結果によると、かなり残っている状況にある。
(2)労働安全衛生法の改正
このような状況の中で、2016 年6月に、改正労働安全衛生法が施行され、そ
れまで努力義務であった化学物質のリスクアセスメント(法条文上は「危険性又
は有害性等を調査」
(第 57 条の3第1項)という用語になっている)4)が、通知
対象物(いわゆる 640 物質)について義務付けられたのである(図1-6参照)。
これについては、罰則は定められていない。
また、この改正では、事業者に対し、実施したリスクアセスメントの結果に基
づいて、労働安全衛生法令の措置を講じる義務があるほか、労働者の危険又は健
康障害を防止するために必要な措置を講じることが努力義務となる。
図1-6:化学物質のリスクアセスメントの義務付け
4
「危険性又は有害性等」と、危険性と有害性が「又は」という言葉でつながっている
ので誤解されることがあるが、危険性又は有害性のいずれか一方についてのみリスクア
セスメントを行えばよいということではない。「又は」という言葉が用いられているの
は、物質によっては危険性又は有害性の一方の性質しかないものも存在するためであ
る。
7
なお、有害性及び危険性を有する物質については、その双方についてリスクア
セスメントを行わなければならないことはいうまでもない。
また、労働安全衛生法の改正に併せて、労働安全衛生法施行令の改正及び労働
安全衛生規則改正についても必要な改正が行われるとともに、化学物質等によ
る危険性又は有害性等の調査等に関する指針(以下「RA 指針」という。)が策
定されている。
なお、参考までにリスクアセスメントに関係する指針を以下に示す。
危険性又は有害性等の調査等に関する指針(平成 18 年3月 10 日付け公
①
示第1号)(解説)
労働安全衛生マネジメントシステムに関する指針(平成 11 年4月 30 日
②
付け告示第 53 号)(平成 18 年3月 10 日改正)(改正通達)(簡単な解説の
ついた指針と通達の対比表)
化学プラントにかかるセーフティ・アセスメントに関する指針(昭和 51
③
年 12 月 24 日付け基発第 905 号/平成 12 年 3 月 21 日付け基発第 149 号)
2
労働安全衛生法改正の詳細
(1)対象となる事業場
今回のリスクアセスメントの対象は、業種、規模を問わず、すべての事業場で
ある。すなわち、労働安全衛生法の対象事業場であれば、通知対象物を製造し、
取り扱うすべての事業場が対象となる。
(2)リスクアセスメントの対象物質
事業場で扱っている化学物質がリスクアセスメントの対象となるかどうかを
確認する手法については、本サイトの「化学物質のリスクアセスメントの対象の
見分け方」を参照して頂きたい。法令上は、労働安全衛生法施行令別表第9に定
められているものが対象となると考えればよい5)。なお、製造中間体を含むので、
5
通知対象物の CAS 番号の一覧が欲しいという声をよくきくが、平成 27 年8月3日基
発 0803 第2号(以下「省令通達」という。
)の別紙1に、「通知対象物の名称と CAS 番
8
必ずしも SDS の提供を受けた物質や、提供の義務のある物質には限られないこ
とに留意されたい。
なお、通知対象物を含む混合物について、濃度の裾切り値が労働安全衛生規則
別表第2に示されており、その濃度未満の物質にはリスクアセスメントの義務
はかからない。
ただし、使用量についての下限は定められていない。従って、きわめて微量し
か用いない場合であっても、
「その量しか扱わないからリスクがない」というこ
とは確認しなければならない6)。
なお、一般消費者の生活の用に供するものは適用が除外されるが、これについ
ては本サイトの「「主として一般消費者の生活の用に供される製品」とは何か」
を参照して頂きたい。
【簡単な事例】
理解を深めるために、本稿では、化学物質を扱うある事例を想定し、これ
に対してどのようにリスクアセスメントを行うのかについての説明を加える
こととしよう。
我々は、屋内に設置された機械の 30m3 の原料タンクの 20 年に一度行わ
れる補修作業を労働者に行わせることにする。この作業では、タンクの状況
によっては、タンク内に入り、特殊な塗料をシンナーで希釈し、吹付け塗装
を行う必要がでるかもしれないとしよう。
労働安全衛生法上は、非定常作業だからという理由や 20 年に一度の作業
だからという理由では適用除外にはならない。次に、シンナーが通知対象物
かどうかだが、それを確認するにはシンナーに添付されている SDS を見て
みればよい。SDS には、成分としてトルエンとキシレンが含まれていること
が記載されているであろう。そして SDS の第 15 項目を見ると、通知対象物
質であると記載されている(はずである)。
6
号/裾切り値の対比表」が掲載されている。ただし、通知対象物には「○○及びその化
合物」のような形で定められているものがあるが、この別紙1にはそのような物質の
CAS 番号は記載されていないので留意する必要がある。
その確認の方法が労働安全衛生規則第 34 条の2の7第2項に適合していれば、確認を
したということそれ自体がリスクアセスメントになると理解してよい。
9
(3)リスクアセスメントを行うべき時期
リスクアセスメントを実施すべき時期は、安全衛生規則第 34 条の 27 に規定
されており、それによると以下のように示されている。
①
調査対象物を原材料等として新規に採用し、又は変更するとき。
②
調査対象物を製造し、又は取り扱う業務に係る作業の方法又は手順を新
規に採用し、又は変更するとき。
③
①又は②のほか、調査対象物による労働災害発生のリスク等について変
化が生じ、又は生ずるおそれがあるとき。
すなわち、従来から取り扱っている物質を従来どおりの方法で取り扱う作業
については、施行時点(6月1日)以降に、①から③のようなことはないであろ
うから、法第 57 条の3第1項に規定するリスクアセスメントの義務の対象とは
ならないことになる。しかし、省令通達は、そのような場合であったとしても過
去にリスクアセスメントを行ったことがない場合等には、事業者は計画的にリ
スクアセスメントを行うことが望ましいとしている。
さらに RA 指針では、以下の場合にもリスクアセスメントを行うことが望ま
しいとする。
①
労働災害が発生したとき(過去の RA に問題があるとき)
②
過去のリスクアセスメント実施時期からリスクの状況等に変化が生じた
とき(例えば、設備の劣化、労働者の交代、新たな知見の集積などである)
③
過去にリスクアセスメントを実施していないとき(前述した)
そもそも、労働災害を防止することは事業者の義務なのであるから、法律上は
義務のない物質や、義務の対象でない場合であったとしても、労働災害発生のリ
スクについて調査し、必要があれば労働災害発生の措置をとるべきことはいう
までもない。
【簡単な事例】
先ほどの 30m3 の原料タンクの補修作業の場合には、法令上、リスクアセ
スメントは必要だろうか。この作業は 20 年前に同じ方法で行ったことはあ
るので、前回と状況に変化がなければ、法律上はリスクアセスメントの実施
の義務はないことになりそうだ。
しかし、労働者はすべて入れ替わっているだろうし、20 年前とは作業場所
10
の周囲の状況も変化しているだろう。同種の作業における労働災害に関する
新たな知見も得られているかもしれない。また、前回、リスクアセスメント
を行っていないか、行っていたとしても記録が残っていない可能性も強い。
従って、リスクアセスメントは実施するべきだろう。
(4)リスクアセスメントを行う体制の整備
リスクアセスメントを行う体制について、RA 指針の記述をまとめたものを図
2-1に示す。
図2-1:リスクアセスメントの実施体制
なお、図のうち、総括安全衛生管理者、安全衛生委員会、安全管理者。衛生管
理者に関する部分は、法令によって定められている事項である。
ア
トップの関与
労働安全衛生規則第3条の2は、総括安全衛生管理者が統括管理する業務と
して、リスクアセスメントとその結果に基づく措置を定めている。すなわち、事
業場のトップが総括管理するとともに、衛生委員会で労働者の意見を聞くべき
11
ということである。
労働安全衛生法がトップが総括管理をするべきとしているのには、主に2つ
の理由がある。ひとつにはトップが自ら管理していることを社内に示すことに
よってこそ、社内がその目的のために一丸となって動くからである。トップの意
思はそれを重視しているということが社内に伝わらなければ、誰も本気にはな
らないのである。
また、リスクアセスメントの実施とその結果に基づく措置には、コストがかか
ることは当然であるが、トップが統括管理することによって必要なコストをか
けることができるという面もあるからである。
すなわち、たんに形式的にトップが最終責任者になって書類に印鑑が押して
あればよいということではなく、実質的にもトップが自ら管理しなければなら
ないのである。それはそうすることによってこそ、組織が効果的に動き、実質的
にも目的を達することができるからである。
イ
労働者の参加
また、同規則第 22 条は衛生委員会の付議事項として、リスクアセスメントとそ
の結果に基づく措置を定めている。
衛生委員会の付議事項とせよというのは、実質的には労働者の意見を聞くと
いうことである。このことには、①労働者は事業者と雇用契約を締結している契
約の当事者であるという面があり、雇用契約の内容と考えられる7リスクアセス
メントの実施及びその措置によって最大の影響を受けることになるので、当事
者の意見を聞くべきという意味もある。しかし、より重要なことは、②現場を一
番よく知っているのは労働者であり、その意見を引き出すことによってこそ、リ
スクアセスメントが効果的に進めることができるからだということを忘れては
ならない。
すなわち、たんに労働者の意見を聞く機会を設ければよいということではな
く、適切な企業経営の運営のために、いかに「労働者の知識・経験を意見として
引き出す」かが重要になるのである。そして、そのためには一定のノウハウが必
要になるのである。
7
労働安全衛生の確保を法律に従って行うことは、契約に明示されていなくとも、契約当
事者の合理的な意思を解釈すれば、そのようにするという合意があると考えられるであ
ろう。
12
労働者は、以下のような理由により、たんに意見を聴くだけでは、簡単には自
分の意見を言わないと思っておかなければならない。
【労働者の知識を引き出すのは簡単ではない】
①
自分の考えを整理して表現するということに慣れていない。
②
安全衛生について指摘すると“面倒なこと”を指示されて仕事がやりにく
くなると考えている。
③
危険なことがあっても、いつものことなので当然のこととして指摘する
までもないと考えている。
④
他人に自分の意見を言うと、内容によっては、恥をかいたり変に思われる
のではないかとおそれている。
④
場合によっては、安全のことを口にするとにらまれるのではないかと不
安を感じている。
労働者の意見を引き出すためには、少なくとも、①どのようなことを言ってほ
しいのか、②それによりどのような効果があるのかをきちんと説明する必要が
ある。
また、意見を聞きっぱなしにすれば、労働者は再び口を閉じるようになる。意
見が出た場合は、必ずそれに対してどのように処理したか、あるいは処理する必
要がないかをきちんと伝えなければならない。また、労働者の意見によって何か
の対策につながったのであれば、なんらかの形で褒めてやるべきだ。こういった
フォローを必ずするようにしなければ、本当に意味のある意見は出てこないの
である。
ウ
専門家の参加
リスクアセスメントの実施には、知識・経験・ノウハウが必要になるというこ
とをまず理解するべきである。そのためには、以下の3つの手法がある。
①
労働者及び管理監督者(ライン)の教育・訓練を行う。
②
社内に専門知識を有する者(スタッフ)を育てる
③
社内の専門家を活用する
そして、次に、知識・経験・ノウハウの活用にはコストが発生するということ
を理解して頂きたい。
13
リスクアセスメントは、実質的には以下の3つの段階からなるものと思って
頂きたい。
①
発生し得る災害を予見すること(危険性及び有害性の特定・シナリオの
抽出8))
②
予見した災害の結果の重大性と発生の可能性からリスクを見積もる
③
予見した災害を回避する(必要な対策をとる)(※)
※
労働安全衛生法上は③はリスクアセスメントの概念には含まれ
ていない。
そして、①と③が民事上の「安全配慮義務」の内容となるのである。従って、
リスクアセスメントを実施せず、又は実施しても適切でなかったがために労働
災害が発生すれば、損害賠償請求の訴えを起こされると敗訴する可能性が高い
と思った方がよい。これについて、本サイトの「リスクアセスメントの重要性を
示唆する2つの判例」を参照して頂きたい。
そして、この①の災害の予見、結果の重大性の判断、発生の可能性の判断には、
いずれも専門知識が必要となるとなるのである。
具体的にどうすればよいかについては、当サイトの「職場の化学物質管理の専
門家をどう育成するか」を参照して頂きたい。
(ア)事業場内の専門家
さて、RA 指針においては、事業場内の専門家として安全管理者、衛生管理者
のほか化学物質管理者が挙げられている。安全管理者、衛生管理者についてはこ
れにリスクアセスメントの技術的事項を管理させるのは法令上の義務である。
また、ここにいう化学物質管理者とは、
「化学物質等の適切な管理について必
要な能力を有する者のうちから化学物質等の管理を担当する者」(RA 指針)と
して事業者が選任する者のことである。平成 27 年9月 18 日基発 0918 第3号
「化学物質等による危険性又は有害性等の調査等に関する指針について」
(以下
「指針通達」という)によると「事業場で製造等を行う化学物質等、作業方法、
8
シナリオ抽出とは、具体的な事故の予測をすることである。スイスチーズがどのように
並ぶと事故が発生するかというストーリーを想定することといってもよい。具体的な例
を後述する。
14
設備等の事業場の実態に精通していることが必要であるため、当該事業場に所
属する労働者から指名されることが望ましい」とされている。
(イ)事業場外の専門家
また、RA 指針では、事業場外の専門家として「化学物質等に係る危険性及び
有害性や、化学物質等に係る機械設備、化学設備、生産技術等についての専門的
知識を有する者」「労働衛生コンサルタント等」が挙げられている。
この他、社会保険労務士、作業環境測定士などでも安全衛生に詳しい知識を有
する者はいるであろう。
もちろん、たんに資格を持っているかどうかで判断するのではなく、実際にそ
の者が事業場のニーズを満足する能力を有しているかは見極めなければならな
い。
3
具多的なリスクアセスメントの流れ
図3-1:化学物質のリスクアセスメントの流れ
リスクアセスメントの流れは、図3-1のようになっている。この図は、私が
15
中央労働災害防止協会主催の説明会で使用した図を一部修正している。
このうち、
「対象の選定」から「危険有害性の特定(シナリオ抽出を含む)」ま
でが、発生し得る災害を予見する段階である。
ここでまず、リスクアセスメントの目的は何かを明確に理解・認識して頂きた
い。言葉を変えれば、リスクアセスメントによってどのような災害を防止しよう
とするのかである。
そして、このことを理解するために、誤解してはならないことがある。それは、
あるひとつの手法でリスクアセスメントを実施すれば、ありとあらゆる災害に
ついてのリスクが明らかになるわけではないということである。リスクアセス
メントの対象となる災害によって、その手法は全く異なるのである。リスクアセ
スメントという名前の付いたツールをいずれかひとつを採用すればよいという
ようなものではないのである。
防止しようとする災害の種類をおおまかに想定し、その災害についてのリス
クをアセスメントするためには、何をしなければならないかを考えて頂きたい
のである。法律に書いてあるからとにかくやろうというようなことでは、リスク
アセスメントのためのリスクアセスメントになってしまい、結局はうまくいか
ない。
この点については、本サイトの「労働安全衛生法の改正の特徴と実施にあたっ
ての目的意識」を参考にして頂ければと思う。
【簡単な事例】
先ほどの 30m3 の原料タンクの補修作業ではどのような災害について検討
するべきだろうか。この作業では以下の災害が考えられる。
①
慢性中毒(吸入)
②
慢性中毒(経皮)
③
急性中毒
④
蒸気による爆発・火災等
慢性毒性については、20 年に一度の作業では問題とならないと考えられる
かもしれない。しかし、その作業自体は 20 年に一度でも、それに携わる労働
者は毎日のようにシンナーを用いて補修作業を行っているかもしれないので
ある。そのため慢性毒性についてもリスクアセスメントの対象から外すこと
はできないのである。
16
(1)対象の選定
先述したように、法令上リスクアセスメントの義務の対象となるのは、通知対
象物を製造し、取扱う場合であるが、それ以外のすべての危険有害な化学物質に
ついてもリスクアセスメントを実施すべき努力義務が事業者に課せられている
(労働安全衛生法第 28 条の2)。ただ、労働安全衛生法の規定を待つまでもな
く、事業者は労働者の安全を確保する義務(安全配慮義務)があるのだから、す
べての危険有害な化学物質についてリスクアセスメントを行うべきである。
なおリスクアセスメントの単位については、RA 指針は次のようにいう。
(1)事業場における化学物質等による危険性又は有害性等をリスクアセ
スメント等の対象とすること。
(2)リスクアセスメント等は、対象の化学物質等を製造し、又は取り扱う
業務ごとに行うこと。ただし、例えば、当該業務に複数の作業工程があ
る場合に、当該工程を1つの単位とする、当該業務のうち同一場所にお
いて行われる複数の作業を1つの単位とするなど、事業場の実情に応
じ適切な単位で行うことも可能であること。
(3)元方事業者にあっては、その労働者及び関係請負人の労働者が同一
の場所で作業を行うこと(以下「混在作業」という。)によって生ずる
労働災害を防止するため、当該混在作業についても、リスクアセスメン
ト等の対象とすること。
(2)情報の収集
RA 指針は、まず以下の情報を収集しなければならないとする。
ア
リスクアセスメント等の対象となる化学物質等に係る危険性又は有害
性に関する情報(SDS 等)
イ
リスクアセスメント等の対象となる作業を実施する状況に関する情報
(作業標準、作業手順書等、機械設備等に関する情報を含む。)
上記のアは、その化学物質によってどのような災害が発生し得るのか(シナリ
オ抽出のために必要)や、発生しうる災害の重大性(リスクの見積もりのために
17
必要)の判断などのために用いる情報である。化学物質の物理的特性、職業暴露
限界、GHS の分類結果などがとくに重要な情報となる
そして、イは具体的なシナリオ抽出や発生し得る災害の重大性、発生の可能性
の判断のために用いられる情報である。化学物質の使用量・発散量・使用温度、
換気や局所排気装置の設置状況、保護具の備え付けや使用状況なども重要とな
る。また、労働者の習熟度の状況なども必要になる。
なお、RA 指針は、この部分で、以下のように述べている。
①
リスクアセスメント等の対象には、定常的な作業のみならず、非定常作
業も含まれること
②
混在作業等複数の事業者が同一の場所で作業を行う場合にあっては、
当該複数の事業者が同一の場所で作業を行う状況に関する資料等も含める
ものとすること
また、RA 指針は、必要に応じて収集するべきものとして、以下のものを挙げ
る。
ア
化学物質等に係る機械設備等のレイアウト等、作業の周辺の環境に関す
る情報
イ
作業環境測定結果等
ウ
災害事例、災害統計等
エ
その他、リスクアセスメント等の実施に当たり参考となる資料等
この他、RA 指針は、SDS を確実に入手することはもちろん、機械設備等に対
するリスクアセスメントの結果をそのメーカー等から入手するべきこととして
いる。また、機械設備については管理権原を有していないこともあり得るが、そ
の場合は管理権原を有するもの(所有者など)が実施した機械設備等に対するリ
スクアセスメントの結果を入手するべきとしている。
なお、RA 指針においては、元方事業者は、混在作業等におけるリスクアセス
メントを実施したときには、関係請負人におけるリスクアセスメントの円滑な
実施に資するよう、自ら実施したリスクアセスメント等の結果を当該業務に係
る関係請負人に提供することとしている。
18
【簡単な事例】
さて、30m3 の原料タンクの補修作業ではどのような情報を集めるべきだ
ろうか。有害性(慢性毒性)と危険性についてみてみよう。
1
有害性(慢性毒性)
慢性毒性についての検討には、主に以下のような情報が必要となる。
収集すべき情報
1
2
3
4
5
○
○
○
○
○
有害物の有害性情報
有害物の使用量等
作業内容
安全のための対策
この事例に必要な具体的内容
○
トルエン、キシレンの有害性
・
職業暴露限界
・
経皮侵入のおそれの有無
・
GHS 分類結果
・
蒸気圧、沸点
・
法的規制状況
・
その他必要事項
○
予定されている消費量
○
予定されている使用温度
○
タンクの気積
○
タンクの開口面等の状況
○
タンク周辺の状況
○
作業手順書
・
具体的な作業内容
・
作業時間
・
作業の人数(1人作業か)
・
作業者・指揮者の経験
○
換気装置の使用予定
○
保護具の使用予定
同種の作業における事 ○
故事例等
タンク等の内部の塗装作業におけ
6
○
その他
る急性中毒事例、ヒヤリハット事例等
○
過去の個人ばく露測定の結果等が
あればその結果等
2
爆発・火災災害
爆発・火災災害については、少なくとも以下のような情報が必要となる。
19
収集すべき情報
1
○
危険物の危険性情報
この事例に必要な具体的内容
○
トルエン・キシレンの危険性
・
引火点
・
最小着火エネルギー
・
GHS 分類結果
2
○
危険物の使用量等
(有害性の場合とほぼ同様)
3
○
作業内容
○
作業手順書
・
4
○
作業場所で行われる他 ○
の作業の内容
5
○
補修作業の具体的な内容
当日、他部門による外注を含めて、
付近で行われる作業の具体的な内容
同種の作業における事 タンク等の内部の塗装作業で爆発事故
故事例等
が発生している事例等
(3)危険有害性の特定とリスクの見積もり
次に、収集した情報に基づいて、「危険有害性の特定」を行う。RA 指針には
記載されていないが、
「危険有害性の特定」は“シナリオ抽出”を含む概念であ
り、この段階でシナリオの抽出、すなわち災害発生のストーリーを予見するので
ある。
【簡単な事例】
30m3 の原料タンクの補修作業の事例では、どのようなシナリオが考えら
れるだろうか。
急性中毒については、例えば「有機溶剤の入っている瓶を誤って落として、
割れた瓶から発生した蒸気で急性中毒になる」、「タンクの中でトルエンの濃
度が高まって急性中毒になる」などが考えられる。
慢性中毒(経皮)としては、
「現場の判断で、不適切な保護手袋を用いると、
保護手袋をトルエンが浸透して経皮ばく露する」などが考えられる。
また、爆発・火災については「施設部門から注文を受けた別会社の労働者
が機械点検のため近くでアーク溶接をし、これがタンクから漏れた有機溶剤
20
の蒸気に着火し、タンク内で爆発事故が発生する」などがある。
ただし、シナリオ抽出やリスクの見積もりの方法は対象とする災害によって
全く異なるので、表3-1のタイプⅠからタイプⅢまでに分けて考えた方がよ
い。これについての詳細は本サイトの「化学物質のリスクアセスメントとシナリ
オ抽出」も参照して頂きたい。なお、
“-”となっている災害については、切り
口が異なるので、別途説明する。
ただし、タイプⅠは専門家による必要があり、タイプⅡはシナリオは慢性中毒
であることが明確なので、一般の事業場ではタイプⅢのシナリオ抽出が最も重
要となろう。上記の【簡単な事例】のシナリオもすべてタイプⅢのものである。
次に、ここで抽出したシナリオについて、リスクを見積もるわけであるが、そ
の手法は表3-1のようになる。なお、表3-1で「安衛則の分類」の1~3は
それぞれ、安衛則第 34 条の2の7第2項の1号から3号に対応している。なお、
厚生労働省が WEB サイトで公開している簡易なリスクアセスメントは、タイ
プⅡに対応している。
表3-1:リスクアセスメント手法(安衛則第34条の2の7第2項)
リスクを見積もる手法
対象となるリスク
○
具体的な手法
安衛則の分類
予 測 困 難 な 大 規 模 ・ 専門家による方法 1
事故
当該調査対象物が当該
業務に従事する労働者に
タイプⅠ
危険を及ぼし、又は当該
調査対象物により当該労
働者の健康障害を生ずる
おそれの程度及び当該危
険又は健康障害の程度を
考慮する方法
タイプⅡ
○
慢性中毒(吸入ばく ・
露)
作業環境測定法
2
当該業務に従事する労
・ 個人ばく露測定法
働者が当該調査対象物に
・
数理モデル化法
さらされる程度及び当該
・
多くの簡易な RA
調査対象物の有害性の程
度を考慮する方法
21
予測しやすいアク ・
タイプⅢ
○
マトリクス法
シデント性の小規模 ・
○
な災害
1と同じ
数値化法
(・
枝分かれ法)
慢性中毒(経皮ばく
露)
○
安 衛 法 を 遵 守 す る ・ 同等の危険有害性 3
-
ことで防げる災害
の化学物質に関す
前二号に掲げる方法に
準ずる方法
る安衛法令の規定
の確認
なお、参考までに厚生労働省のリスクアセスメントに関するパンフレット「労
働災害を防止するためリスクアセスメントを実施しましょう」(以下「RA パン
フ」という)の5ページのリスクアセスメントの表を掲げておく。
ここで、一部の WEB サイトの解説で、アが定性的方法、イが定量的方法とさ
れているものがあるが、そのようなことで分類しているのではないので誤解の
ないようにお願いしたい9。
【厚生労働省のパンフレットから】
ア.対象物が労働者に危険を及ぼし、または健康障害を生ずるおそれの程度(発生可
能性)と、危険または健康障害の程度(重篤度)を考慮する方法
具体的には以下のような方法があります。
マトリクス法
発生可能性と重篤度を相対的に尺度化し、それらを縦軸と横軸と
し、あらかじめ発生可能性と重篤度に応じてリスクが割り付けら
れた表を使用してリスクを見積もる方法
数値化法
発生可能性と重篤度を一定の尺度によりそれぞれ数値化し、それ
らを加算または乗算などしてリスクを見積もる方法
枝分かれ図を用い 発生可能性と重篤度を段階的に分岐していくことによりリスクを
た方法
見積もる方法
コントロール・バ 化学物質リスク簡易評価法(コントロール・バンディング)など
ンディング
を用いてリスクを見積もる方法
災害のシナリオか 化学プラントなどの化学反応のプロセスなどによる災害のシナリ
ら見積もる方法
オを仮定して、その事象の発生可能性と重篤度を考慮する方法
9
この表の「コントロール・バンディング」とは、厚生労働省が WEB サイトに掲載して
いる簡易なリスクアセスメント手法のことなのだが、本来は、「イ.労働者が対象物に
さらされる程度(ばく露濃度など)とこの対象物の有害性の程度を考慮する方法」に分
類されるべきものである。なお、コントロールバンディングという用語については、本
サイトの「簡易なリスクアセスメントツールのメリットとデメリット」の中のコラム
「コントロールバンディングという用語について」を参照して頂きたい。
22
イ.労働者が対象物にさらされる程度(ばく露濃度など)とこの対象物の有害性の程
度を考慮する方法
具体的には以下のような方法があります。このうち実測値による方法が望ましいです。
実 測 値 に よ る 方 対象の業務について作業環境測定などによって測定した作業場所
法
における化学物質などの気中濃度などを、その化学物質などのば
く露限界(日本産業衛生学会の許容濃度、米国産業衛生専門家会
議(ACGIH)のTLV-TWAなど)と比較する方法
使用量などから
数理モデルを用いて対象の業務の作業を行う労働者の周辺の化学
推定する方法
物質などの気中濃度を推定し、その化学物質のばく露限界と比較
する方法
あらかじめ尺度
化した表を使用
する方法
対象の化学物質などへの労働者のばく露の程度とこの化学物質な
どによる有害性を相対的に尺度化し、これらを縦軸と横軸とし、
あらかじめばく露の程度と有害性の程度に応じてリスクが割り付
けられた表を使用してリスクを見積もる方法
ウ.その他、アまたはイに準じる方法
危険または健康障害を防止するための具体的な措置が労働安全衛生法関係法令の各条
項に規定されている場合に、これらの規定を確認する方法などがあります。
① 特別則(労働安全衛生法に基づく化学物質等に関する個別の規則)の対象物質
(特定化学物質、有機溶剤など)については、特別則に定める具体的な措置の状況
を確認する方法
② 安衛令別表1に定める危険物および同等のGHS分類による危険性のある物質につ
いて、安衛則第四章などの規定を確認する方法
ア
予測困難な大規模事故
タイプⅠの「予測困難な大規模事故」であるが、これは化学プラントによる
大規模災害などのことである。そのプラントについて知識のある専門家が、さ
まざまな状況(異状な条件の発生、異常な操作や、マニュアル記載外の使われ
方など)を想定し、想定した状況についてシミュレーションを行って、災害の
発生を予測する手法である。この予測された災害の発生のプロセスが「シナリ
オ」になるわけである。
このシナリオのリスクの見積もりの方法は、形式的に見るとタイプⅢと同じ
なのだが、実質的には専門家によることになる。複雑な化学設備を有していな
いような一般の事業者の場合は、あまり気にする必要はない。
RAパンフの「ア.対象物が労働者に危険を及ぼし、または健康障害を生ず
るおそれの程度(発生可能性)と、危険または健康障害の程度(重篤度)を考
23
慮する方法」の表でいえば、「災害のシナリオから見積もる方法」がこれに該
当する。この説明でも「化学プラントなどの化学反応のプロセスなどによる災
害のシナリオを仮定して、その事象の発生可能性と重篤度を考慮する方法」と
されている。
ただ、「ア.対象物が労働者に危険を及ぼし、または健康障害を生ずるおそ
れの程度(発生可能性)と、危険または健康障害の程度(重篤度)を考慮する
方法」を行うためには、いずれの方法であってもシナリオ抽出をして抽出した
シナリオについてリスクを見積もることになるので、この「災害のシナリオか
ら見積もる方法」という名称は、やや誤解を受ける名称かもしれない。
イ
慢性中毒(吸入ばく露)
有害性(慢性毒性)に着目したRAは、以下の2つの量を推定して、②が①
より大きければリスクがあり、小さければリスクは低い(実際には、適切な安
全率をとる)として、リスクを判定することが一般的である。
①
許容されるばく露量(又は許容される濃度)
②
実際のばく露量(又は実際の濃度)
①の「許容されるばく露量」の推定方法として、最も普通に考えられるの
は、許容濃度、TLV等を調べる方法である。WEBを利用して調べる方法につ
いては、本サイトの「WEBを活用した化学物質に関する情報収集の手引き」を
参照して頂きたい。
なお、厚生労働省がWEBサイトに公開している簡易な手法では、システム内
でGHS区分等から推定している。また許容されるばく露量を、信頼できる動
物実験の結果から推定する方法もあるが、一般の事業場では現実的とは言えな
い。
「実際のばく露量」の推定の方法には、実際に測定する方法として、作業環
境測定や個人ばく露量の測定があり、検知管など簡易な方法もある。厚生労働
省のWEBサイトの手法では、使用量、使用温度などから推定している。これに
ついては、モンテカルロ法等のシミュレーション法もあるが一般の事業場では
使用しにくい面があることは否定できない。
事業場では、各事業場の実情を勘案し、各種のリスクアセスメントのメリッ
24
トやデメリットを総合的に判断して、手法の選択をするべきである。
なお、簡易なリスクアセスメント手法をスクリーニング方法として用い、簡
易なリスクアセスメントで問題があると判定された場合は、より詳細な手法を
用いるということも考えられる。
(ア)簡易なリスクアセスメント
タイプⅡについてのリスクを見積もる方法は、様々な確立した手法が存在し
ている。本サイトでも、簡易な手法として「ボックスモデルによるリスクアセ
スメント(解説書)(ツール)(VectorからDLする)」のほか「ECETOCのTRA
を用いたリスクアセスメント」、
「BAuAのEMKGを用いたリスクアセスメン
ト」についても解説しているので、詳細については、そちらを参照して頂きた
い。
また、これらの手法の基本的な考え方については、本サイトの「簡易なリス
クアセスメントツールのメリットとデメリット」を参照して頂きたい。
なお、この他にも以下のようなものが無償で公開されている。ダウンロード
をするときは、本サイトの「WEBを活用した化学物質に関する情報収集の手引
き」を利用して頂きたい。いずれも英語版が用意されている。
ChemSTEER:作業環境(製造、加工、使用)における吸入ばく露及び経
○
皮ばく露、並びに環境(大気、水域、土壌)への排出量を推定するツール。
RISKOFDERM:作業環境における液・固体製品の経皮ばく露のリス
○
ク評価、マネジメントのためのツール。
WPEM:作業環境等におけるロール塗り、ブラシ塗りによる壁塗装時
○
の吸入ばく露を推定するツール。
○
MEASE: 吸入ばく露と経皮ばく露を推定
○
Stoffenmanager:吸入ばく露を推定
いずれの手法にせよ、簡易な手法ではリスクを過大に判定する傾向はあるの
で、リスクアセスメントを行って過大と思われる結果が出た場合には、前述し
たようにより精度の高い手法を用いて確認してみるべきである。
(イ)中災防方式
この他、指針通達に「例5:化学物質等による有害性に係るリスクの定性評
25
価法の例」として記載されているツールがある。これは、我が国でよく用いら
れている中災防方式(10ステップ方式)を改良したものである。RAパンフで
は、6ページの「例2:化学物質などの有害性とばく露の量を相対的に尺度化
し、リスクを見積もる方法の例」が該当する。ただし、パンフレットでは、一
部、簡略化されているので実際に使用するときは指針通達の方を参照して頂き
たい。
これについては、数次にわたって改正が行われている。例えば、初期のもの
ではばく露レベルの判定にあたって「換気のポイント」を評価していなかった
が、局所排気装置等を設けてもリスクレベルが減らないという批判があったせ
いか、最新のものでは換気のポイントを評価するようになっている。また、指
針通達に掲載されるにあたって、GHS分類結果から有害性のレベルを判定する
ための表が、それまでの中央労働災害防止協会のオリジナルから、英国安全衛
生庁(HSE)のCOSHH Essentialsで使用されているものに変更されている。
【簡単な事例】
ここでは、30m3 の原料タンクの補修作業について、指針通達に記載され
ている中災防方式(指針通達の例5)を利用して、リスクアセスメントを行
ってみよう。ここでは、補修作業に用いるシンナーについてのリスクアセス
メントを行う。現実の作業では、塗料やその他の化学物質についてもリスク
アセスメントを行わなければならない。
1
有害性レベル(HL)
まず有害性レベルを判定するため、トルエンとキシレンの GHS 分類結
果を政府のモデル SDS から判定する。それぞれの GHS 分類結果から、指
針通達の有害性レベル(HL)を判断すると、次のようになる。
モデル SDS に表示された GHS 区分をそれぞれ通達指針の「GHS 区分
から HL を求める表」(3つ下の表)に当てはめてそれぞれ有害性レベル
HL を判定し、最もレベルの高いものをその物質の有害性レベルであると
判断するのである。
①
トルエン
エンドポイント
GHS区分
HL
急性毒性(吸入:蒸気)
区分 4
B
皮膚腐食性/刺激性
区分 2
A 、S
26
眼に対する重篤な損
区 分 2B
A 、S
区 分 1 A( 追 加 区 分 : 授 乳 に 対 す る 又 は
E
傷/眼刺激性
生殖毒性
授乳を介した影響)
特定標的臓器毒性(単
区 分 1 ( 中 枢 神 経 系 )、 区 分 3 ( 気 道 刺
回ばく露)
激性、麻酔作用)
特定標的臓器毒性(反
区 分 1( 中 枢 神 経 系 、 腎 臓 )
D
区分 1
A
C
復ばく露)
吸引性呼吸器有害性
②
キシレン
エンドポイント
GHS区分
HL
急性毒性(経皮)
区分 4
B
急性毒性(吸入:蒸気)
区分 4
B
皮膚腐食性及び皮膚刺激性
区分 2
A、S
眼に対する重篤な損傷性又は眼刺激性
区分 2
A、S
生殖毒性
区分 1B
E
特定標的臓器毒性(単回ばく露)
区分 1 (中枢神経系、呼吸器、肝臓、 C
腎臓)、区分 3 (麻酔作用)
特定標的臓器毒性(反復ばく露)
区分 1 (神経系、呼吸器)
D
吸引性呼吸器有害性
区分 1
A
通達指針の GHS 区分から HL を求める表
有害性のレベル
(HL :Hazard Level)
A
B
C
D
GHS 分類における健康有害性クラス及び区分
・皮膚刺激性 区分2
・眼刺激性 区分2
・吸引性呼吸器有害性 区分1
・他のグループに割り当てられない粉体、蒸気
・急性毒性 区分4
・特定標的臓器毒性(単回ばく露) 区分2
・急性毒性 区分3
・皮膚腐食性 区分1(細区分1A、1B、1C)
・眼刺激性 区分1
・皮膚感作性 区分1
・特定標的臓器毒性(単回ばく露) 区分1
・特定標的臓器毒性(反復ばく露) 区分2
・急性毒性 区分1、2
・発がん性 区分2
27
E
S
(皮膚又は眼への接
触)
・特定標的臓器毒性(反復ばく露) 区分1
・生殖毒性 区分1、2
・生殖細胞変異原性 区分1、2
・発がん性 区分1
・呼吸器感作性 区分1
・急性毒性(経皮)区分1、2、3、4
・皮膚腐食性 区分1(細区分1A、1B、1C)
・皮膚刺激性 区分2
・眼刺激性 区分1、2
・皮膚感作性 区分1
・特定標的臓器毒性(単回ばく露)
(経皮)区分1、2
・特定標的臓器毒性(反復ばく露)
(経皮)区分1、2
従って、トルエン、キシレンともに生殖毒性の GHS 区分が1であるか
ら、有害性レベルは最も高い“E”となる。なお、
“S”は眼や皮膚に対する
刺激性や腐食性を表している。
なお、厳密に言えば、ここで必要なのは混合物であるシンナーの有害性
レベルである。これは成分であるトルエンとキシレンの GHS 分類結果は
生殖毒性区分が1であり、シンナーにはこれらが少なくとも 10%程度の濃
度で入っている。このためシンナーについても生殖毒性は1であると判断
できる10)のである。そして、生殖毒性が1の場合、有害性レベルは最も重
篤なレベルである“E”となる
2
ばく露レベル
次にばく露レベルを推定しよう。なお、以下、枠内の表記及び表はすべ
て指針通達からの引用である。
(1)
「製造等の量のポイント」は、今回の場合は取扱量であるが、500 ミリ
リットルを用いると考えて、“1”とする。
A:製造等の量のポイント
3 大量(トン、kl 単位で計る程度の量)
2 中量(kg、l 単位で計る程度の量)
1 少量(g、ml 単位で計る程度の量)
(2)揮発性・飛散性のポイントについては、キシレンの沸点は 100℃程度
10
混合物に関する GHS 分類と区分の方法は、シンナーそのものの GHS 分類結果があれ
ばそれを用いる。今回はシンナーそのものの分類結果がないので、生殖毒性1の物質が
カットオフ値(0.1wt%)以上含まれているので、このように判断した。混合物の GHS
区分については、経済産業省の「GHS 混合物分類判定システム」を参照して頂きた
い。
28
なので“2”であり、一方トルエンも 110.6℃なので“2”であるから“2”と
する。
B:揮発性・飛散性のポイント
3 高揮発性(沸点 50℃未満)、高飛散性(微細で軽い粉じんの発生
する物)
2 中揮発性(沸点 50‐150℃)、中飛散性(結晶質、粒状、すぐに沈
降する物)
1 低揮発性(沸点 150℃超過)、低飛散性(小球状、薄片状、小塊状)
(3)換気のポイントは全体換気装置を設けるので、“2”である。
C:換気のポイント
4 遠隔操作・完全密閉
3 局所排気
2 全体換気・屋外作業
1 換気なし
(4)修正ポイントは、作業者が汚れるか否かは不明であるが、作業内容か
ら汚れることは考えられるから“1”とする。
D:修正ポイント
1 労働者の衣服、手足、保護具が、調査対象となっている化学物
質等による汚れが見られる場合
0 労働者の衣服、手足、保護具が、調査対象となっている化学物
質等による汚れが見られない場合
これらを総合すると、“1+2-2+1=2”となるので、指針通達の表
1から作業環境レベルは“d”となる。
表1
作業環境レベルの区分
a
作業環境レベル(ML)
A+B-C+D
6、5
(例)
b
4
c
d
3
e
2
1~(-2)
また、作業時間・作業頻度のレベル(FL)は同じく表2から“ⅴ”としよ
う。
表2
(例)
作業時間・作業頻度レベルの区分
作業時間・作業頻度
レベル(FL)
年間作業時間
ⅰ
ⅱ
ⅲ
ⅳ
ⅴ
400 時間
100~400
25 ~ 100
10 ~ 25
10 時間未
超過
時間
時間
時間
満
29
従って、ばく露レベル(EL)は表3から“Ⅱ”となる。
表3
(ML)
a
b
c
d
e
ⅰ
Ⅴ
Ⅴ
Ⅳ
Ⅳ
Ⅲ
ⅱ
Ⅴ
Ⅳ
Ⅳ
Ⅲ
Ⅱ
ⅲ
Ⅳ
Ⅳ
Ⅲ
Ⅲ
Ⅱ
ⅳ
Ⅳ
Ⅲ
Ⅲ
Ⅱ
Ⅱ
ⅴ
Ⅲ
Ⅱ
Ⅱ
Ⅱ
Ⅰ
(FL)
3
(例)
ばく露レベル(EL)の区分の決定
リスクレベル
リスクレベルは表4で、EL が“Ⅱ”、HL が“E”であるから、リスクレ
ベルは“4”となる。
表4
リスクの見積り
EL
(例)
Ⅴ
Ⅳ
Ⅲ
Ⅱ
Ⅰ
E
5
5
4
4
3
D
5
4
4
3
2
C
4
4
3
3
2
B
4
3
3
2
2
A
3
2
2
2
1
HL
(ウ)気中濃度等の測定方式
なお、慢性暴露(吸入)についてのリスクアセスメントで、もっとも正確性の
高いと考えられるものは、実際に測定を行う方法である。作業環境の気中濃度の
測定を行ってもよいし、個人ばく露の測定を行ってもよい。気中濃度等の測定と
いっても、作業環境測定に準じてこれと同様に行う高度な手法から、検知管を用
いて測定する簡易な手法まで、様々なものが考えられる。検知管を使用する方法
は、それほど費用はかからない。
また、個人ばく露測定についても、パッシブサンプラーを作業者が着けて作業
30
を行い、その後、サンプラーを分析機関に送って分析するのであれば、それほど
費用もかからないだろう。
ただし、すべての物質について測定(捕集と分析)の方法が確立しているとい
うわけではない。もっとも、職業暴露限界が定められている物質については、原
則として測定の方法はあるはずである。
(エ)生物学的モニタリング
指針通達に示された手法の他、生物学的モニタリングといい「有害物質に曝露
した作業者の血液,尿,呼吸などを採取して,その中の有害物質やその代謝物の
濃度,あるいは早期影響を示す指標を測定することによって,ヒトの曝露の程度
を推測する」11)方法がある。
この方法も正確性は高いが、使用できる物質の種類は限られている。なお、暴
露した後、時間の経過とともに血液、尿、呼気等に含まれるその化学物質や代謝
物は減少してゆく。このため、休み明けの仕事開始前などに検査を行うと、休み
前の仕事の後に行った場合に比して正確性が低下するので注意しなければなら
ない。また、ある種の代謝物は、化学物質以外のもの(清涼診療水など)によっ
ても増加することがある。
なお、生物学的モニタリングで異状が出ると、健康に悪影響を受けたのではな
いかと考える労働者がいるが、そのことによって健康に影響を受けたとただち
に判断できるものではない。
ウ
その他の災害
(ア)シナリオ抽出
タイプⅢについては、王道はないといってよい。基本的に必要な情報を集め
て、一定の知識と経験のある者がシナリオを抽出してリスクを判断するしかな
い。
【簡単な事例】
30m3 の原料タンクの補修作業についてシナリオ抽出を行うためにはどの
ような知識・経験が必要になるかを考えよう。
11川本
俊弘他「生物学的モニタリングと産業医」産業医科大学雑誌
31
第 35 巻
具体的に、シナリオとして「施設部門から注文を受けた別会社の労働者が
機械点検のため近くでアーク溶接をし、これがタンクから漏れた有機溶剤の
蒸気に着火し、タンク内で爆発事故が発生する」を抽出するためにはどのよ
うな知識が必要だろうか。
このようなシナリオを抽出するためには、少なくとも以下の知識又は経験
を有する者が参加していることが必要となろう。もちろん、一人の労働者が
すべての知識を有していることもあれば、複数の労働者や専門家の知識を合
わせてこの条件を満たすこともあるだろう。
①
当日、タンク等の中で一定の量の有機溶剤を、一定の時間で消費して
塗装作業を行うことがあり得ること。
②
施設部門が発注する作業においては、アーク溶接を行う可能性がある
こと。
③
タンク等の内部で塗装作業を行うと、ある条件の下では有機溶剤の蒸
気が爆発するおそれがあること。
④
有機溶剤の蒸気が爆発するおそれのある濃度に達した場合、アーク溶
接が着火源になって爆発することがあること。
そして、これらの知識・経験がある者が、収集した情報を検討し、協議す
ることによって、
「タンク内で塗装をしていて発生した有機溶剤の蒸気に、近
くで作業していたアーク溶接の火花が着火源となって爆発する」というシナ
リオを抽出することができるのである。
もし、このシナリオが抽出できなければ、このような事故が発生するリス
クについては気付かないままということになる。すなわち、リスクアセスメ
ントには一定の知識・経験が必要であり、それなしには職場のリスクを低減
することなどできないということを理解するべきである。
なお、シナリオの抽出ができれば、通常の事業者であれば、リスクを見積もる
までもなく対策をとることになるだろう。すなわち、タイプⅢのような災害に関
するリスクアセスメントにおいては、リスクの見積もりよりも、シナリオ抽出が
重要な役割を果たすのである。
32
(イ)リスクの見積もり
抽出したシナリオについての具体的なリスクの見積もりの手法としては、指
針通達にはマトリクス法、数値化法、枝分かれ法などが示されている。しか
し、枝分かれ法は機械・設備のリスク判定に用いられることが多いものであ
り、化学物質のリスクアセスメントには使用し難いように思える。個人的には
あまりお勧めはしない。
そして、本サイトの「労働安全衛生法の改正の特徴と実施にあたっての目的
意識」にも書いたが、マトリクス法のマトリクスや、数値化法の各判定表など
は指針通達等に示されたものをそのまま用いるのではなく、必ず各事業場にお
いて修正するようにした方がよい12)。
また、数値化法は、基本的にマトリクス法に置き換えることができる。すな
わち、数値化法といっても、結局はマトリクス法のマトリクスの各セルに、重
篤度レベルと可能性レベルに割り振った数値の和や積を入れてあるだけのこと
である。
そしてマトリクス法のマトリクスが、重篤度レベル、可能性レベルのそれぞ
れの組み合わせごとにリスクレベルを自由に設定できるのに対し、数値化法で
は重篤度レベルと可能性レベルの和もしくは積になるため自由度が少ない。わ
ざわざ自由度を少なくするメリットがあるとは思えないので、私自身はマトリ
クス法をお勧めしたい。
【簡単な事例】
それでは、30m3 の原料タンクの補修作業について、マトリクス法を用い
てリスクレベルを判定してみよう。
ここでは、先ほど考えたシナリオの「施設部門から注文を受けた別会社の
労働者が機械点検のため近くでアーク溶接をし、これがタンクから漏れた有
機溶剤の蒸気に着火し、タンク内で爆発事故が発生する」のリスクを考える
こととする。
1
12
マトリクスを作成する
ただし、修正するべきは指針通達の例1のマトリクス法のマトリクスや、例2の数値
化法の判定表などであって、例5の慢性暴露の判定に用いる中災防方式の判定表は、十
分な根拠がない限り修正してはならない。ここは誤解しないようにして頂きたい。
33
まずは、マトリクスを作らなければならない。マトリクスは各社でそれ
ぞれお考え頂きたい。マトリクスを作成するにあたっての基本的な考え方
を示せば、以下のようになる。
① あまり細かく区分を分けても、どの区分に分類するかの判断ができ
なくなる。4区分か5区分程度が現実的である。
② 発生可能性については、最近の個別企業では重大な災害はほとんど
発生していないことから、可能性の高いところで区分を分けると、す
べてのシナリオで、可能性が最小の区分になってしまう。そこで、か
なり可能性の低いところで区分した方がよい。
③ 死亡災害についても、容認可能という区分を設けた方がよい13)。下
記の暫定的なマトリクスでは 5,000 年に1度の発生程度については容
認可能とした。これについては 2,000 年に1度、10,000 年に一度など
の意見もある。判断の分かれるところだろうと思う。
ここでは、説明のために、暫定的な数値を入れたマトリクスを作成して
みた。これはあくまでも説明のために暫定的に作成したものであるから、
この使用を推奨するものではない。
危険又は健康障害の程度(重篤度)
危険又は健康障
害を生ずるおそ
れの程度
(発生可能性)
起こり得る
(5 年に1回)
可能性はある
(10 年に1回)
考えにくいが可能性がある
(50 年に1回)
きわめて可能性は低い
(500 年に1回)
通常、あり得ない
(5,000 年に1回)
13
死亡
後遺障害
休業
軽傷
Ⅴ
Ⅴ
Ⅳ
Ⅲ
Ⅴ
Ⅳ
Ⅲ
Ⅱ
Ⅳ
Ⅲ
Ⅱ
Ⅰ
Ⅲ
Ⅱ
Ⅰ
Ⅰ
Ⅰ
Ⅰ
Ⅰ
Ⅰ
死亡災害については、本来あってはならないものであり、容認できるというリスクレ
ベルがあるのはおかしいのではないかと思われるかもしれない。しかし、これはこうし
ないと、かえってリスクに応じた対策をとるという考え方に反することになるのであ
る。これについては、本サイトの「労働安全衛生法の改正の特徴と実施にあたっての目
的意識」を参照して頂きたい。
34
リスク
Ⅴ
優先度
高
Ⅳ
Ⅲ
直ちに対策を講じる。
中
Ⅱ
1
2
リスクの低下措置をとるまで作業停止する。
速やかにリスク低減措置を講ずる。
できるだけ早くリスク低減措置を講ずる。
低
必要に応じて対策をとるか、保険をかける。
リスクの見積もり
では、このマトリクスを用いてリスクを見積もってみよう。
この場合、爆発災害であるから、危険又は健康障害の程度は“死亡”で
あろう。
一方、発生可能性は、換気をしているので気中濃度はある程度抑えられ
るだろうが、塗装作業が一気に進むと濃度が一時的に高くなることも考え
られる。また、作業者が換気装置のスイッチを入れ忘れるおそれもないわ
けではない。また、アーク溶接は塗装作業が行われる時間帯は禁止するこ
ととしているが、連絡が行き違い可能性もある。従って“考えにくいが可
能性がある”としよう。
このように考えると、結果的にリスクはやや高めの“Ⅳ”となる。
なお、急性中毒や、慢性中毒(経皮ばく露)についても、同様に考えれば
よいことから、ここでは説明を省略する。
なお、マトリクス法については、指針通達によれば、以下のことに留意する
必要があるとされている。
1
重篤度については以下によること
○
過去に実際に発生した負傷又は疾病の重篤度ではなく、最悪の状況を
想定した最も重篤な負傷又は疾病で見積もる。
○
重篤度は、傷害や疾病等の種類にかかわらず、共通の尺度を使うこと
が望ましいことから、基本的に、負傷又は疾病による休業日数等を尺度
として使用する。(必ずしも数値化しなくてよい)
2
対象の業務に従事する労働者の疲労等の危険性又は有害性への付加的影
響を考慮することが望ましい。
3
一定の安全衛生対策が講じられた状態でのリスクを見積もる場合は、必
要性に応じて、次に掲げる事項等を考慮する。
35
ア
安全衛生機能等の信頼性及び維持能力
イ
安全衛生機能等を無効化する又は無視する可能性
ウ
作業手順の逸脱、操作ミスその他の予見可能な意図的・非意図的な誤
使用又は危険行動の可能性
エ
エ
立証されていないが、一定の根拠があるハザード
安衛法を遵守することで防げる災害
最後に“労働安全衛生法を遵守することで防げる災害”についてのリスクア
セスメントについてみてみよう。法令(安衛則第34条の2の7第2項第3
号)上は、表3-1の「安衛則の分類」の欄に示した「同等の危険有害性の化
学物質に関する安衛法令の規定の確認」がリスクアセスメントの手法として認
められている。もちろん、これは、たんなる法令上の擬制であって、厳密には
リスクアセスメントの手法であるとはいえないと考えるべきであろう。
あえていうなら、危険有害性のある物質については、リスクアセスメントな
どを行うまでもなく対策をとるという事業者が、その対策が適切かどうかを確
認するための手段というべきである。しかし、法令を完全に遵守していても災
害は発生するのであるから、完全な方法ではないのだが・・・。
この手法は、具体的には次のような方法となる。
①
対象物質のSDSでGHS分類結果を調べる。
②
その分類結果と同様な危険有害性のある物質について、以下の省令の規
定中に、なんらかの規制が定められていることを確認する。規制がなけれ
ばこの方法は使えない。
有機則等の有害性に関する特別規則
・
労働安全衛生規則の危険性に関する規定
③
・
対象物質が、その職場で②の規制と同様な対策がとられていることを確
認する。
④
対策がとられていれば、リスクは低いと判断する。
例えば、ある物質が有機則で規制のかかっていないものではあるが、実質的
な意味での有機溶剤だとした場合に、これを有機則の規定にのっとって使用す
るのであれば、リスクは低いと考えて良いというのである。しかし、第1種有
36
機溶剤として用いるべきか、第2種有機溶剤として用いるべきかの判断は難し
い。第1種有機溶剤は、第2種有機溶剤に比較しれば、有害性の程度が比較的
高く、しかも蒸気圧が高いものだとはいえるが、どこかに明確な基準で分けら
れているわけではないからである。
さらに、その有機溶剤のGHS分類結果をみて、発がん性や生殖毒性がある物
質であれば、特化則の特別管理物質としても使用するべきであろう。あるいは
特別有機溶剤として使用しなければならないとも考えられる。実際にどの条文
に従っていればよいかを判断するのは、そう簡単ではないと考えた方がよい。
なお、実質的な意味の有機溶剤が、有機則第2条の適用除外に該当している
場合は、安衛則第34条の2の7第2項第3号の規定によりリスクは低いと判
断してよいと解説しているWEBサイトをみかけるが、疑問である。
むしろ、有機則で規制している有機溶剤が、有機則第2条の適用除外に該当
している場合であっても、リスクアセスメントは必要であり、そのリスクアセ
スメントにおいて安衛則第34条の2の7第2項第3号の規定によりリスクは
低いと判断するためには、有機則各本条の規制に遵っている必要があると考え
るべきではなかろうか。
なお、危険性については、日本化学工業協会が「化学物質の危険性初期リス
ク評価ツール」としてチェックリストを公開しているので、これを用いてもよ
いと思う。
(4)対策の検討と結果の評価
リスクアセスメントを行った結果についてのリスク低減措置の優先順位は、
RA指針によれば次のようになっている。
37
図3-2:リスクの提言措置の検討及び実施
ここで、旧指針では、「危険性又は有害性の高い化学物質等の使用の中止、
代替化」が「化学反応のプロセス等の運転条件の変更、化学物質等の形状の変
更等」よりも優先順位が高かったのである。これがRA指針では、同じ優先順
位となっている。
これは、危険性又は有害性が高いとしてある物質を規制すると、その物質を
使わなければ良いというので、企業が他の物質で代替化をすることが多いのだ
が、実際には代替物質にはその時点では知られていない有害性があったため、
かえって危険になるということがあるからである。要は、有害性について明確
に判っている物質を十分な対策をして扱う方が、有害性の不明な物質をいい加
減に使うよりも安全という考え方からこの2つを同順位にしたのである。
これについては、本サイトの「有害な化学物質の代替化はリスクを常に低下
させるのか」を参照して頂きたい。
さて、このような措置について検討し、実際に措置をとった場合、措置は実
施したままであってはならない。必ずPDCAを回すようにしなければならな
い。
その措置が本当に効果があったか、あまりにも生産性を落とすために労働者
が無効化しているようなことはないか、保護具の交換時期は守られているか、
故障した場合にそのまま放置されていないかなどはつねに点検をする必要があ
38
る。また、他のより効果的な手法が新たに見つかった場合などは、その採用の
検討もする必要がある。
【簡単な事例】
さて、30m3 の原料タンクの補修作業について考えよう。
これまでのリスクアセスメントで、この作業には以下のようなリスクが存
在していることが判明している。
①
慢性中毒(吸入)
リスクレベル4
②
慢性中毒(経皮)
簡易な判定14)ではリスクがある
③
急性中毒
判定していない(厳密には違法状態)
④
蒸気による爆発・火災
リスクレベルⅣ
対策としては、以下のようなことが考えられる。要は、リスクを見積もっ
たときに、リスクが高くなると判断した理由をなくせばよいわけである。
ア
本質安全化
シンナーを、より危険性、有害性の低いものに変更することが最も優
先順位は高い。水性ペイントであれば、危険性は低く発散もしにくいが、
性能的に難しいことも考えられる。また、水性ペイントでも有機溶剤よ
りも有害性の高いものも存在している。そこで、ここでは、代替化の手
段はとらない。
その他の本質安全化としては、作業をロボット化するなども考えられ
るが、このようなめったにない作業ではやや非現実的である。そこでこ
の方法もとらないこととする。
イ
工学的対策
すでに全体換気装置の設置は予定されている。ここでの問題は、そ
の性能や使用方法のミスの発生である。そこで、換気能力が十分であ
るかについて再確認し、また換気装置の事前の点検を行うこととする。
14
中災防方式のリスクアセスメントで、トルエンとキシレンの HL で S 評価が出たこと
を想起されたい。厳密なリスクアセスメントには、シナリオ抽出と発生の可能性の判断
が必要であるが、ここでは“S”判定が出たことから、簡易な判断として「リスクがあ
る」としたのである。
39
ウ
管理的対策
このような作業の場合、一人作業では中毒事故で作業者が倒れるよ
うなことがあっても気づかれにくく、手遅れになることもあることか
ら、2人作業とする。
また、換気装置の使用の徹底等についての教育も行う。また、蒸気
の検知器を設置し、作業場に漏れるようであれば、溶接作業は行わな
いことを徹底する。
当日は、監視人をおくか、必要に応じてパトロールを実施する
エ
保護具の使用
換気装置を使用するとはいえ、狭いタンクの中で、発散源の近くで
作業を行うのであるから、呼吸用保護具の着用は必要である(有機則
33 条)。この場合、保護マスクは十分な性能(防護係数)を有するも
のを選択する必要がある。保護具については、平 17 年2月7日 基
発第 0207007 号「防毒マスクの選択、使用等について」に留意し、適
切な使用がなされることが重要である。
保護手袋は、使用する化学物質が浸透するような材質のものは用い
てはならない。また、古いものは穴が開いていたり、他の化学物質が
付着していることも考えられることから、新品を使用するようにする。
また、個人用(バッチのように着用する)の気中濃度測定・警報器
の装着なども考えられる。
4
労働者への周知
リスクアセスメントが終了した場合、関係労働者(派遣を含む)に下記事項
を周知しなければならない。
一
当該調査対象物の名称
二
当該業務の内容
三
当該調査の結果(特定した危険有害性 及び リスクの大きさ)
四
RAの結果に基づく必要な措置の内容
40
周知の方法は、RA指針では以下によることとされている。
一
常時掲示、又は備え付け
二
書面の交付
三
社内LAN等へのアップ(常時確認可能な機器の設置)
なお、RA指針によれば、構内下請等の関係事業者にも周知することとされ
ていることに留意されたい。
そして、対象業務が継続している間は周知を継続しなければならない。従っ
て、その間は記録・保存も必要になる。
41