植物育種学 レポート① 現在、日本における最大にして最重要の農作物は

植物育種学 レポート①
現在、日本における最大にして最重要の農作物はイネであることは間違いないであろう。イネ
に関する育種は種々行われてきており、非常に多くの品種が生み出されてきた。その中でも、食
用品種はコシヒカリなどを中心に改良され、現在でも地域ごとにその地の環境条件に合わせた形
で育種が行われている。しかし、同じイネではあるが、酒造好適米(酒米)については優れた品
種も多いものの、耐病性などの点で劣り品種の数があまり増えていなかった。その意味で、食用
品種に比べると酒造好適米の育種はその質と量についてやや遅れる傾向があった。
だが、平成に入ってからは主に都道府県レベルの自治体が中心となって、各都道府県の独自品
種の育成が進められてきた。国内外での日本酒ブームも追い風となって、新たな酒造好適米品種
の育成は一定の経済効果をもたらすものと考えられる。そこで、今回私は自身の故郷である石川
県での酒造好適米の独自品種の育成を計画したいと思う。
まず、石川県での酒造好適米の育種の近況について見る。石川県では、石川県育成品種の「石
川酒52号(石川門)
」が平成19年に品種登録申請された。この「石川酒52号」の優れた特
性として、短棹で耐倒伏性に優れている、早生品種である、心白発現率が高い、石川県の栽培に
適している、などの点が挙げられる(1)。しかし、短所として、心白の質の関係で高い精米歩
合で精米すると粒が砕けやすく、したがって高い精米歩合を必要とする大吟醸酒には向かないと
いうことがある(2)
。実際、石川県の大吟醸酒用の米は「山田錦」などの他県産を使用してい
る。他にも短所として、初期分げつがやや緩慢であり茎数がやや少ない傾向があるということな
どが挙げられる(3)
。これらのことから、今回の育種計画の育種目標を決める。第一に、心白
発現が良質かつ適性である品種の育成を大きな目標とする。また、短棹で耐倒伏性に優れている、
早生種である、初期分げつが比較的旺盛であるという特性を兼ね備えた品種の育成を目指す。
交配親は父親を「石川酒52号」
、母親を「山田錦」とすることとする。ここで、
「山田錦」は
“酒米の王様”とも呼ばれ、兵庫県産の「山田錦」が日本全国で酒造好適米として使用されてい
る。その特性は、心白発現率が高く良質であることが最も大きい。ただ、倒伏性が高く、耐病性
も低いことなどから、栽培には高度な技術が要求される(4)
。
「石川酒52号」と「山田錦」を
両親とすることでお互いの欠点を補い合い、醸造適性や栽培適性などの点で優れた形質を発現す
るものと考えられる。
育種法については基本的には系統育種法を用いることとする。これは、イネの自殖性を利用し、
選抜と固定をくり返すこととで比較的高い確率で目的とする形質を備えた優良個体を得るため
である。栽培地は石川県の加賀地方あたりとする。これは、母親とする「山田錦」が主産地であ
る兵庫県で六甲山麓のふもとで昼夜の気温差を受けて良質な形質を発現すると見られているこ
とを考慮してのことである(5)
。石川県の加賀地域は比較的山の近くにあたる地域が多い。
具体的な育種のスケジュールについて、まず1年目は「石川酒52号」を父親、「山田錦」を
母親として交配する。2年目は、得られた F1 個体約3000体から採種し、個体ごとに10粒
程度播種する。3年目は F2 個体から約2000個体を選抜し、2年目のときと同様に系統ごと
に播種する。4年目以降は同様に選抜と播種をくり返す。3年目~9年目終了時までの各年に選
抜する系統数の推移は2000→600→300→120→50→20→6→1~2程度を目
安とする。もちろん、実際にはこの数字は変動しうる(6)
。特に選抜数の少ない F6~F8 あた
りの選抜数は系統の出方によってある程度柔軟に対応する。
以上のように、最初の交配から9年で育種を終了することを目指す。また、各年で選抜する際
の基準となる形質を以下のとおりとする。すなわち、F2~F3 では耐倒伏性や早生性に着目し、
F4~F5 では醸造適性なども加味して選抜を行い、F6 以降は心白の大きさや質などの子実の形質
に着目する。F4 以降は栽培適性のみならず醸造適性も含めて評価するので、酒造業者などとも
連携する必要がある。また、比較的初期の F3~F4 あたりで選抜したものについて、冬の間に温
室で育て初期分げつの程度を評価する。分げつ期が終わるまでを対象とするのでイネであっても
温室で育てることには意味があると考えられる。これにより、分げつの評価を含めて、系統数を
うまく絞ることができると期待される。さらに、そのときに選抜から外れたものについては、育
種の区画とは別枠で播種し耐病性をみることとする。これは、えてして栽培種の特性を持たない
ものについては耐病性をもつことがある、また交配親の「山田錦」が耐病性に乏しいことと反対
の相関的な結果が得られる可能性があるかもしれないからである。このとき、耐病性を持つもの
が見つかったなら遺伝資源として保存する。また、今回は DNA マーカーを用いた手法は採用し
なかった。これは、特に交配を重ねた酒造好適米品種では互いに近縁であることが多いことなど
を考慮したためである。
こうして得られた品種を用いて石川県の酒造メーカーに大吟醸酒を醸造してもらい、独自のブ
ランドを確立する。その販売市場は大きくなりつつあると考えられる。現在、日本国内では若者
を中心に日本酒嗜好への回帰傾向が見られる。また、海外でも日本酒のブームが起きている。国
税局のデータによると、平成16年に約 4.5 億円だった海外における清酒市場は10年後の平成
26年には 11.5 億円と2倍以上に膨らんだ。クールジャパン政策や東京オリンピックの開催な
どにより今後も海外での日本酒市場は拡大すると考えられる。この機会を捉えて、石川県の独自
ブランド酒が販路を広げることは大きな経済効果があると考えられる。
参考文献:
(1)http://www.naro.affrc.go.jp/org/narc/seika/kanto21/12/21_12_02.html
平成 21 年度 「関東東海北陸農業」研究成果情報
(2)http://www.irii.go.jp/randd/theme/h25/pdf/study011.pdf
「石川門を用いた純米酒用酵母の選抜」
(松田章、有手友嗣、山田幸信、中村靜夫、矢野俊博)
(3)http://www.pref.ishikawa.lg.jp/noken/noushi/seikasyu-hou/23/documents/23-2-2.pdf
石川県農林水産研究成果集報 第 13 号
(4)http://www.kikuhime.co.jp/yamadanisiki/syoukai.html
「山田錦物語」
(5)http://www.hakutsuru.co.jp/community/invent/yamadaho/index.shtml
白鶴酒造株式会社「幻の酒米『山田穂』」
(6)
「作物学Ⅰ」文永堂出版(吉田ら)を参考とした。
植物育種学レポート② ゲノム育種や GS 技術について
ゲノム育種や GS 技術について、分子生物学的手法を用いた方法により技術や分析方法が目覚
しく発展している。ゲノム育種、GS 技術のそれぞれについて具体的な手法を交えてその長所や
短所についてまとめる。
ゲノム育種で用いられる頻度が非常に高く歴史もある程度長いのが DNA マーカーを用いた
DNA 多型分析法である。この分析法では、まず DNA マーカーを得る必要がある。ゲノム DNA
を制限酵素処理し多数の DNA 断片を得て、ゲル電気泳動法などを用いて断片の長さの多型につ
いて調べる。これを制限酵素断片長多型(RFLP)と呼ぶ。多型が検出された場合それが DNA
マーカーとなる。これにはヘテロ接合体とホモ接合体の区別が可能かどうかの違いとして共優性
マーカーと優性マーカーがある(1)
。SSR なども有名であり、これはゲノム中に散在するマイ
クロサテライトの反復数の違いが個体または系統間で異なることを利用している(2)。DNA マ
ーカーの特徴として、①DNA 多型検出に用いるマーカーの数が膨大なので、1つの交配組合せ
で連鎖地図の構築が可能である②共優性を示すマーカーでは分離集団内でホモ型とヘテロ型の
区別が可能③遺伝子地図の作成が従来の方法よりも組換え価の精度が高まる④塩基多型という
DNA の構造上の変異を見ているので、その変異の区別においては栽培環境や他の遺伝子相互作
用の影響を受けない⑤狙った遺伝子座が入ったかどうかが分かりやすいので、選抜が比較的容易
になり育種年限を短縮できる、ということなどが挙げられる。短所としては、DNA マーカー連
鎖地図を作成する際に大きな雑種集団の育成が必要であり、大量の連鎖に関する情報を取り扱う
ためのコンピュータープログラムが必要であることなどが挙げられる。DNA マーカー連鎖地図
はトマト、トウモロコシ、イネ、コムギなど多くの作物で作られている。
この DNA マーカーを利用した手法に QTL 解析がある。実際には、DNA マーカーと区間マッ
ピングの概念を使う。QTL 解析により量的形質の発現に寄与するゲノム上の単体、あるいは複
数の遺伝子座の分布を解析・推定することができる。これにより、区間マッピングでは遺伝子座
の位置を個別にマッピングするだけであったが、QTL の遺伝子間相互作用を解析する大きなス
テップになった。
しかし、QTL 解析では個々の遺伝子座にある遺伝子だけの働きを絞り込んで解析すること、
すなわち遺伝子単離は難しい。そこで、目的とする遺伝子領域を含み、それ以外の部分に関して
は均一な遺伝的背景を持つ系統を用いた手法が用いられる。代表的なものは、準同質置換系統
(NILs)と染色体部分置換系統(CSSLs)である。NILs では対象遺伝子を持つ系統と受容親の
交配を行った後に、対象遺伝子の選抜と受容親による戻し交配をくり返すことで得られる。
CSSLs は目的とする遺伝子の存在領域を含む供与親の比較的短い染色体断片を保有し、遺伝的
背景が受容親に近似する系統のことをいう。
NILs も CSSLs も均一な遺伝的背景を有するため、
形質評価が容易かつ正確に行える。すなわち、高精度マッピングが必要な分離集団の素材として
有効である(3)
。
遺伝子組換え技術は、アグロバクテリウムが自身の T-DNA を切り出して他個体に組み込む性
質を利用して、目的遺伝子を作物に組み込む技術である。これにより遺伝子組み換え作物の創出
がなされている。除草剤耐性ダイズや殺虫性トウモロコシなどにおいて生産量が多い。ちなみに、
トウモロコシでは品種維持のための交配作業として除雄作業が不可欠だが細胞質雄性不稔を利
用して F1品種が作られている。遺伝子組換え技術では、非常に高い精度で目的遺伝子を組み込
めるので、育種年限は大きく短縮できるのが一般的である。
遺伝子編集で代表的なものはジンクフィンガーヌクレアーゼ(ZFN)や RNA 依存型 DNA メ
チル化を利用したもの、CRISPR -Cas9 などが代表的である。ここ数年で急激に技術法の開発と
普及がなされている。
ゲノミック・セレクション(GS) 技術では表現型は見ずに初期段階からゲノム情報をもとに
選抜する。つまり、形質ではなくゲノムの選抜を行う形になる。
遺伝子組み換え技術や遺伝子編集、GS 技術では従来の純系選抜や系統育種法などに比べると、
育種年限は圧倒的に短縮されるという利点がある。また、選抜なども数が非常に少なくて済むの
で、広い農地や圃場が必要ない。人件費、手間、労力のいずれも省力化できる。それは作物利用
であっても研究利用のためであってもほぼ変わらないと考えられる。これが、これらの技術の最
大の利点である。
しかし、GS 技術ではたとえ目的とする形質を持った優良個体が得られたとしても、それはど
の個体に由来するのか、いつその形質を得る原因を作ったのか(交配を受けたのか)までは追う
ことはできない。そのため、そのようにして得られた家畜や作物で食べた人間に不具合が起こっ
ても、原因形質に関して分子遺伝学的に詳細な分子メカニズムを解明するには多大な時間がかか
ると考えられる。その場合、いくら優良個体を得ていても、その系統の育成、育種は止めなけれ
ばならないだろう。
よって、遺伝子編集や GS 技術が進展しても、生物学的な分子メカニズムの理解を進めること
には大きな意義があると考える。
参考文献:
(1)
、
(2)
、
(3)
「植物育種学 第4版」文永堂出版(西尾剛、吉村淳 編)
上記の他、井澤毅先生作成のプリントを適宜参照した。