義太夫節の音楽構造と文字テクスト

第14章
義 太 夫節 の 音楽 構 造 と文 字 テ クス ト
山田
1は
じめ に
2義
太 夫 節 の劇 構 成 と音 楽構 成
3義
太夫節の 「
語 り物 」 と しての旋 律 様 式
4一
曲 の音 楽構 成
5お
わ りに
1は
智恵子
じめ に
義 太 夫 節 は、 近 世 の 各 種 の浄 瑠 璃 の な か で は、 最 も語 り物 的 性 格 が 強 い とい わ れ て い る。
確 か に、 豊 後 系 浄 瑠 璃 は通 常 三 人 の 語 り手 で 分 担 して 語 る の に対 し て、 義 太 夫 節 は 「景 事 」
や 「道 行 」 を 除 い て 、 「
段 物 」 は叙 事 的 な 詞 章 を語 り手 で あ る 「太 夫 」が 一 人 で 語 る とい う芸
能 形 態 を とる と こ ろ は、 語 り物 音 楽 の原 則 に則 して い る と考 え られ る。 しか し、 典 型 的 語 り
物 音 楽 で あ る平 曲 に比 べ る と、人 形 芝 居 の 音 楽 で も あ る義 太 夫 節 は、 近 世 の一 般 市 民 を対 象
と した 劇 の 音 楽 と して の 側 面 も合 わ せ 持 って い る。 また 、 同 じ劇 音 楽 と して の性 格 を もつ 能
と比 較 す る と、 能 に は役 割 分 担 が あ る こ と、 さ らに 役割 分 担 が あ っ て もそ の役 割 ご との写 実
的 劇 的 な 声 の表 現 を し な い こ と、 能 に は 伴 奏 楽 器 に旋 律 楽 器 が な い こ と、 また能 は武 家 の 保
護 の 下 に あ った た め 、興 行 的 制 約 が な か っ た こ とな どが 、義 太 夫 節 と大 き く異 な る点 で あ る 。
この よ う に、 義 太 夫 節 は、 中世 起 源 の 語 り物 や 、 近 世 の他 の 浄 瑠 璃 と も異 な る独 自 の様 相
を もっ て い る。 この 小 論 で は まず 、 横 道 萬 里 雄 が 提 唱 した 「語 り物 の分 節 法 」 に基 づ き 、 義
太 夫 節 の劇 的 構 成 と音 楽 構 成 に つ い て考 察 す る。 次 に、 義 太 夫 節 にお い て 、 そ の 「語 り物 」
と し て の旋 律 様 式 と は何 か を考 え る。 語 り物 の 旋 律 様 式 の基 準 につ い て は 、平 野 健 次 が 提 唱
した 厂吟 誦 ・朗 誦 ・詠 唱 」 とい う概 念 を検 討 し、 そ れ が 義 太 夫 節 の 音 楽 様 式 に ど う対 応 す る
の か を明 確 に して い く。さ らに 、義 太 夫 節 の 音 楽 構 成 と そ の音 楽様 式 に つ い て 、〈封 印切 の 段 〉
を例 に して 考 察 す る。 この小 論 で は、 横 道 お よ び平 野 の 概 念 を基 準 とす る こ と に よ っ て 、 他
の 語 り物 との構 造 的 な 相 違 や義 太 夫:節の音 楽 の独 自性 を多 少 な り と も ク ロ ー ズ ア ップす る こ
と を 目的 とし て い る。
浄 瑠 璃 の 研 究 は 、 明 治 以 後 近 松 浄 瑠 璃 の 翻 刻 とい う形 で 、 国 文 学 の 研 究 対 象 と して 始 ま っ
た 。 内 山 美 樹 子 に よ る と、 近 松 の 世 話 物 は 自然 主 義 的 合 理 性 を重 視 す る近 代 的評 価 に合 致 し
195
第II部 語 り物の構造
音楽構造 を中心に
高 い評 価 を受 けた 一 方 で 、 近 松 以 後 の 浄 瑠 璃 最盛 期 の特 に時 代 物 作 品 は、 文 楽 の 中 心 的 演 目
で あ る に も か か わ らず 、 近 松 浄 瑠 璃 よ り も一一段 低 い もの と い う評 価 が 行 わ れ て き た(内
1991=561-562)と
山
い う。 この浄 瑠 璃 とい う用 語 を用 い る時 は、 主 に文 学 ・演 劇 畑 の研 究 者 が 文
芸 の 面 か らそ の 詞 章 ・節 章 を扱 う とい う場 合 が 多 い。 音 楽 学 の研 究 対 象 と して扱 う際 は 、 義
太 夫 節 とい うの が 一 般 的 で あ る の で 、 本 論 は そ れ に従 う。音 楽 面 か らの 研 究 も、 主 と して 文
学 畑 の 研 究 者 が ス タ ー トさせ た もの で 、 初 演 時 の 「丸 本 」を対 象 と した 「曲節 」研 究1と し て、
もっ ぱ ら記 さ れ た 楽 譜 と して の節 章 と文 字 テ ク ス ト と し て の 詞 章 を 中 心 に し た も の で あ っ
た。太夫の 「
床 本 」 を底 本 に翻 刻 す る こ とに よ って 、 浄 瑠 璃 が 文 字 テ ク ス トに固 定 さ れ た も
の で は な く、 実 際 に舞 台 で 上 演 され る もの とい う視 点 を初 め て提 示 した の も、 や は り祐 田 善
雄 とい う文 学 畑 の研 究 者 で あ っ た 。 した が っ て 音 楽 的研 究 に お い て も、 研 究 者 は、 文 学 ・演
劇 の研 究 者 が 用 い て きた 、 「曲 節 」 「文 字 譜 」 な どの用 語 を踏 襲 して い る こ とが 多 い。 本 論 で
は 、 「曲節 」は平 曲 にお け る用 語 との意 味 上 の 齟 齬 を避 け る た め 、 「音 楽 」 とい う こ と にす る 。
また 、 「文 字 譜 」 とい う用 語 は、 「
譜 字 」 に よ る楽 譜 とい う誤 解 を 生 じ る場 合 が あ る の で 、 伝
統 的 用 語 で あ る 「節 章 」 を用 い た 。
2義
2.1劇
太 夫 節 の 劇 構 成 と音 楽 構 成
の構 成
演 目の 構 成
江 戸 時 代 以 前 の物 語 の 世 界 に題 材 を とっ た 浄 瑠 璃 を 「時 代 物 」 とい うが 、 時 代 物 は原 則 と
して 五 段 で構 成 さ れ て い る。 そ れ に対 して 、 江 戸 時 代 の 市 井 の事 件 を脚 色 した もの を 厂世 話
物 」 とい い 、 上 中下 の三 巻 が 原 則 で あ る。 そ して 、 「道 行 」は 時代 物 で は 四段 目 の 冒 頭 に、 世
話 物 は下 巻 に置 か れ る こ とが 多 い 。一 方 、 「景 事 」は 、 も と も とは 、道 行 と区別 され て お らず 、
道 行 の叙 景 的 部 分 や 名 所 づ く し な どの詞 章 で 、 人 形 が 舞 踊 的 所 作 をす る部 分 を さ して 景 色 事
と呼 ん だ と ころ か ら来 た もの で あ っ た。 現 在 は一 幕 物 の舞 踊 劇 を景 事 とい い、 能 狂 言 か ら題
材 を とっ た もの や 、 常 磐 津 な ど他 の三 味 線 音 楽 の舞 踊 曲 を義 太 夫 化 した も の な ど内 容 は様 々
で あ る。 道 行 や 景 事 は音 楽 的 、 舞 踊 的場 面 で 、 演 奏 も何 人 か の 太 夫 ・三 味 線 に よ る掛 け合 い
で 行 わ れ る の で、 普 通 の浄 瑠 璃 を 「段 物 」 とい うの に対 して 、 「節 事 」 とい う こ と もあ る。
段
浄 瑠 璃 に お い て 「段 」 とい う用 語 は そ の 成 立 時 点 か ら用 い られ た 用 語 で あ る。 す な わ ち 、
浄 瑠 璃 の起 源 と され る 「十 二 段 草 紙(浄 瑠 璃 姫 物 語)」 が そ うで あ る よ う に、 最 初 十 二 段 で 構
成 され 、古 浄 瑠 璃 時 代 に は六 段 が 主 流 とな った 。井 上 播 磨 掾 、宇 治 加 賀 掾 らに よ り、延 宝(1673
196
第14章
義太夫節の音楽構造 と文字テクス ト(山田)
一1681)ご ろか ら京 坂 で は五 段 が 中 心 に な った 。 さ ら に竹 本 義 太 夫 や近 松 門 左 衛 門 に よ っ て 、
五 段 組 織 が 完 成 され た 。近 石 泰 秋 に よ る と、厂古 浄 瑠 璃 は 、後 の 浄 瑠 璃 と比 較 す る と明 らか に
まだ 物 語 的 で あ って 、 い まだ 完 全 に劇 とは い い 切 れ な い 点 が多 々 あ る。 そ の 最 も著 しい 点 は
演 劇 とし て の 時 と場 所 との 認 識 が極 め て 曖 昧 で あ る と い う こ とで あ る。 一 篇 を通 じて、 十 年
二 十 年 の 時 間 的 経 過 の あ る こ と は極 め て 普 通 で あ り、 時 に は親 子 世 代 が 変 わ る長 年 月 に わ た
る場 合 す らあ る。 これ は まだ 許 せ る とし て一 段 中 に一 年 二 年 を 経 過 す る こ と も少 な くな い 。
従 っ て この点 を取 っ て み れ ば物 語 と何 等 変 わ る こ と は な い の で あ る。 ま た一 段 中 に場 所 を 自
由 に変 え て小 場 面 が 多 数 に な らぶ とい う こ と も普 通 の こ とで あ る」(近石1961:14-15)と
い う。
また 、「五 段 型 式 に な っ て か ら一 段 中 の場 面 転 換 が 非 常 に少 な くな って き た こ とが 明 らか で あ
る。 一 篇 の分 量 は後 に な る ほ ど少 しつ つ 増 加 して い くの で あ る か ら、 一 段 中 の 場 面 数 が減 少
す る とい う こ と は一 場 面 の 分 量 が増 大 す る こ とを意 味 す る」(同 前:16)と い い 、 これ が 六 段 形
式 時 代 と五 段 形 式 成 立 時 代 との著 しい 差 異 で あ る と述 べ て い る。
宝 暦 六 年 刊 の 『竹 豊 故 事 』 に 「筑 後 翁 答 えて 日、 是 を五 段 に 綴 る は能 の番 組 に 同 じ、 初 段
は脇 能 、 弐 は修 羅 、 三 は葛 事 、』四 は脇 所 作 、 第 五 は祝 言 也 」(芸 能 史 研 究 会 編1975:28)と
あ
る よ う に、 五 段 組 織 の 成 立 に は 、能 の 五 番 建 の 番 組 の 影 響 が あ る と考 え られ て い る。 典 型 的
な 五 段 組 織 は、 初 段 は禁 廷 や 寺 社 の場 で 、事 件 の発 端 が 示 され 、 二 段 は 山場 につ なが る事 件
が お き、 三 段 は敵 に 打 ち 勝 つ た め の 主 人 公 の 悲 劇 で 、 時 代 物 で も世 話 風 に設 定 され る こ とが
多 い(義 経 千 本 櫻 三 段 目切 〈鮓 屋 の段 〉な ど)。 四段 は 冒頭 に道 行 が 置 か れ 、 前 段 の悲 劇 か ら
観 客 の気 分 を一 新 さ せ る。 そ の後 主 人 公 側 の 努 力 に よ っ て 、事 件 の 解 決 の 方 向 が 示 さ れ る。
五 段 は大 団 円 。 こ う した 劇 の構 成 に応 じ て 節 付 け や 演 出 が定 め られ る。
場
五 段 形 式 の 各 段 は、 五 段 目 を除 き2、 「端 場 」 と 「切 場 」で構 成 され る。 こ の 「
場 」 とい う用
語 は、 場 面 、 場 所 とい う意 味 と、 語 り手 の 持 ち場(語
り場)と
い う両 方 の 意 味 が あ る。 つ ま
り、 端 場 は各 段 の始 め の部 分 、戯 曲 の導 入 部 で 若 手 の太 夫 の 持 ち 場 を意 味 し、 切 場 は各 段 の
後 半 の 山場 の 部 分 をい う と同 時 に格 の高 い 太 夫 の持 ち場 を 意 味 す る。 義 太 夫 節 の初 期 の こ ろ
は太 夫 の人 数 が 少 な か っ た こ と もあ り、 す べ て の切 場 を座 頭格 の 太 夫 が 一 人 で 勤 め た 。 播 磨
少 掾(二 世 竹 本 義 太 夫)以 後 は太 夫 の人 数 もふ え、 次 第 に 別 々 の 太 夫 で 分 担 す る よ う に な っ
た が 、 各 段 の切 場 と して の節 付 け の様 式 は よ り明確 に 区別 され る よ うに な った 。 各 段 を場 面
に よ り三 つ に分 け る時 、 そ れ ぞ れ を 「口 」、 「中」、 「切 」 とい い 、 この 口 と中 を切 場 に対 し て
端 場 とい う。 初 段 の 口、 中 、 切 は そ れ ぞ れ 、 「大 序 」、 「序 中」、 「序切 」と呼 び 、 大 序 はひ とつ
の 浄 瑠 璃 全 体 の 導 入 部 と して 特 別 な音 楽 形 式 を も っ て い る。 なお 、 切 場 か ら独 立 した場 面 で
あ る と同 時 に、 内 容 上 も切 場 に対 しや や 独 立 した ス トー リー を も つ端 場 を 「立 端 場 」と呼 ぶ 。
た と えば 、 「義 経 千 本 桜 」 の三 段 目 口 〈椎 の 木 の 段 〉 や 、 「菅 原 伝 授 手 習 鑑 」 の三 段 目 口 〈車
曳 き の段 〉 な どが 立 端 場 の例 で あ る 。切 場 が 太 夫 の持 ち場 に よ りさ ら に分 割 さ れ る場 合(た
197
第II部 語 り物の構造一 音楽構造を中心に
とえ ば 、切 〈寺 子 屋 の 段 〉 の 口 〈寺 入 りの段 〉 な ど)に は 、 そ の最 後 の み が 切 とい わ れ 、 切
の 口 は端 場 で あ る。
この 、 場 面 が か わ る時 に は、 通 常 「三 重 」 とい う旋 律 型 が 用 い られ 、 そ の 時 は演 奏 者 も交
替 す る が 、 場 面 が 変 わ らず 、 演 奏 者 だ けが 交 替 す る時 に は 「オ ク リ」 とい う旋 律 型 が 用 い ら
れ る。 しか し、 オ ク リ とい う旋 律 型 は 登 場 人 物 の退 場 の際 に も もち い られ 、 オ ク リが あ れ ば
必 ず 演 奏 者 が 交 替 す る とい うわ け で は な い 。 切 場 の 終 わ り は、 「段 切 の 旋 律 」とい う旋 律 型 で
終 結 す る。 ま た 、世 話 物 は 時代 物 ほ ど入 り組 ん だ筋 立 て を しな い た め、 上 中 下 の各 巻(又
上 下 の二 巻)は
は
そ れ ぞ れ 一 場 面 し か な い 場 合 が 多 く、 各 巻 の 最 後 は三 重 で 舞 台 転 換 し、 全 巻
の 最 後 の み 段 切 の旋 律 で 納 め る。
以 上 が 一 般 的 な 原 則 で あ るが 、実 際 に は興 行 的 な理 由 に よ り、も っ と複 雑 な様 相 を呈 す る。
す な わ ち 、 太 夫 数 が 増 加 す る に従 っ て 、 それ ぞ れ の 太 夫 に適 当 な役 場 を つ けね ぼ な ら な か っ
た か ら、従 来 一 人 で 語 っ た段 を、 二 、 三 人 で 分 割 す る方 法 が と られ た。 そ し て、 分 割 し た小
単 位 も また 段 と呼 ん だ 。 従 っ て 、 一 口 に段 とい っ て も、 五 段 単 位 の段 、 舞 台 単 位 の段 、 演 奏
者 単 位 の段 とい う よ う に、 大 き さ の違 う単 位 を み な段 と呼 ん で い る の で あ る。 音 楽 的 な 区切
りで い え ば、 五 段 単 位 の段 は、 段 切 め旋 律 で 終 わ り、 舞 台 単 位 は三 重 で舞 台 転 換 し、 演 奏 者
単 位 は オ ク リで 交替 す るが 、 本 来 交 替 しな い 所 で演 奏 者 が 交 替 す る時 は 、 「フ シ落 チ 」とい う
段 落 旋 律 をオ ク リに 変 え て行 う とき もあ る。 伝 承 過 程 で 生 じた 構 成 の分 割 の しか た は一 応 は
定 着 し て い る が 、最 近 は 従 来 一 人 で 語 った 切 場 を二 分 す る こ と も行 わ れ て い る。 た と え ば
1998年 文 楽11月
公 演 の 通 し狂 言 「仮 名 手 本 忠 臣蔵 」で は 、 九 段 目の切 場 〈山 科 閑 居 の段 〉を
本 蔵 の 出 か らわ けて 、 二 人 の 厂切 場 語 り3」が語 っ た 。 演 奏 者 の体 力 を考 え て の こ と ら しい が 、
音 楽 的 ま とま り を欠 く とい っ て も過 言 で は な い。 また 、 通 し狂 言 と しな が ら も、 全 段 上 演 さ
れ た わ けで は な く、 上 演 さ れ た 段 の な か に もテ ク ス トが 部 分 的 に省 略 さ れ た り改 変 され て い
る場 合 もあ る。
こ の よ う に、 上 演 時 間 や 演 奏 者 に役 場 を与 え る とい っ た興 行 的 制 約 が 、劇 の構 成 に も影 響
を与 え て きた 、 とい う よ り も、 劇 の構 成 や 音 楽 構 成 よ り も優 先 され た とい っ て も過 言 で は な
い 。 し か し、 舞 台 で 上 演 さ れ る こ とが この 芸 能 の生 命 で あ る こ とを考 え れ ぼ、 こ う した 上 演
形 態 の流 動 性 を マ イ ナ ス と捉 え な い で 、 これ こそ が 義 太 夫 節 が 舞 台 芸 術 と し て い まだ に生 き
て い る証 と捉 え るべ きで あ ろ う。
2.2「
語 り物 の 分 節 法 」 に お け る 義 太 夫 節 の 対 応
横 道 萬 里 雄 は 、語 り物 音 楽 に は積 層 性 が 認 め られ る こ とを 指 摘 して お り、 薦 田治 子 も平 曲
に お け る積 層 性 に つ い て 論 じて い る(薦 田1993)。 積 層 性 とは 小 さ な構 造 単 位 が 積 み 重 な っ て
よ り大 きな構 造 単 位 を形 作 り、 それ が更 に積 み 重 な って 更 に大 き な構 造 単 位 を形 成 し、 そ の
結 果 全 体 が 出 来 上 が る こ とを い う。 横 道 は、 能 の積 層構 造 か ら出 発 し(横 道1960)、1998年
198
第14章
度 国 際 日本 文 化 研 究 セ ン タ ー共 同研 究 「日本 の語 り物 一
義太夫節の音楽構造 と文字テクス ト(山田)
口頭 性 ・構 造 ・意 義 」 に お い て 、
他 の 語 り物 や 楽 劇 に も共 通 して適 応 す る こ とが 可 能 な 「語 り物 の 分 節 法 」 を提 示 し、 平 曲 ・
能 ・義 太 夫 節 ・歌 舞 伎 の モ デ ル を 示 した4。 義 太 夫 節 の分 節 法 の モ デル は以 下 の よ うな もの で
あ る。
通本
物語世界 全体。
乃段
初 段 か ら五 段 目の各 段 。 世 話 物 の場 合 、 各 巻 。
乃折
端 場 ・切 場 な どの各 場 所 ・場 面(三
口、中、切 、跡が
重)で
の 区切 り。
場 面 の 区切 り と一 致 す る時 、 そ れ ぞ れ が 「乃 折 」 とな る。 切 場 を
一 人 で 担 当 す る時 は 「乃 折 」 が 演 奏 者 の 単 位 と一 致 す る。 実 際 に は この 単 位 も 「
段」
と称 す る。
乃齣
語 り手 の 持 ち場 に よ る 区切 り。 事 件 で の 区切 り と一 致 す る こ とが 多 い。
た と え ば立 端 場 や 切 場 が細 分 さ れ る とき、 各 語 り場 が 「乃 齣 」の単 位 とな る。 こ こで 、
演 奏 者 の 区切 り(オ ク リ)と 一 致 す る。 この 単 位 も 「
段 」 と称 す る。 筆 者 は、 演 奏 者
の 区 切 り と一 致 す る この単 位 を 厂曲 」 と呼 ん で い る 。
(乃齣)一
た と え ば、 ク ドキ 、物 語 な ど。 横 道 は、 当論 文 集 の 「楽 劇 の 諸 種 目 に共 通 す る
分 節 法 の試 み 」 に お い て は、 この構 造 単 位 を割 愛 して い る。 も う一 つ 大 き い レベ ル が
今 回 の論 文 で は 「乃 齣 」 とい う名 称 に な っ た の で、 名 称 が 重 複 す る こ とに な っ た が 、
筆 者 は この構 造 単 位 も考 察 の 対 象 と した 。 蒲 生 郷 昭 は この レベ ル の 単 位 を 「楽 節 」(蒲
生1990:55-89)と
して い るが 、 ク ドキや 物 語 に は あ る程 度 音 楽 的類 型 性 や ま と ま りが
考 え られ て も、 それ 以 外 の こ の構 造 単 位 に音 楽 的 類 型 が あ る か ど うか は、 現 時 点 で は
不 明 で あ る。 も し音 楽 的類 型 性 が 認 め られ な い と した ら、 こ の単 位 は文 学 的 な分 節 に
な る と思 わ れ る。 つ ま り、 義 太 夫 節 に お い て は、 この 単 位 は テ ク ス ト構 成 と音 楽 構 成
の 整 合 性 が 見 い だ し に くい 。
乃件
フ シ落 チ 等 段 落 旋 律 に よ る区 切 り。 つ ま り一 曲 中 の 音 楽 的 区切 り。 この単 位 は
区 切 りの 基 準 は明 確 で あ る。 しか し、 フ シ落 チが 節 付 け され る部 分 の テ ク ス トは必 ず
し も言 い切 りの文 章 で は な く、 次 へ 繋 が って い る場 合 も多 い。 そ の 場 合 、 文 学 的 に は
段 落 とは 考 え に くい の で 、 こ こで もテ ク ス ト構 成 と音 楽 構 成 の 間 に はす っ き り と した
整 合 性 は な い 。 一 曲 の 最 初 の フ シ落 チ が 現 れ る と こ ろ まで の 「乃 件 」 を 「マ ク ラ 」 と
称 す る 。 切 場 の最 後 の 「乃 件 」 を 「段 切 」 と称 す る こ とが 多 い 。 しか し、 曲 に よ っ て
は、 音 楽 的 に は 「段 切 」 で あ っ て も、 さ ら に フ シ落 チ が 現 れ る こ と もあ る。
これ以 下 の 分 節 法 も義 太 夫 節 で は今 後 の研 究 課 題 で あ る。 七 五 調 の テ ク ス トが 多 い の は事
実 だ が 、 そ の 七 五 一 句 とい う詞 章 の 区切 り と音 楽 的 区切 りが 一 致 す るか ど うか とい う点 も疑
問 が あ る。 また 、 一 息 で語 る単 位 を フ レ ー ズ と し て 区切 る とい う平 曲 で 用 い る分 節 案(薦
1993)に
田
つ い て も、 義 太 夫 節 で は適 応 で きな い と考 え る 。 義 太 夫 節 は息 の 使 い方 は極 め て 巧
み で あ り、音 は切 っ て も息 は継 い で い な い時 も あ る。 また 、演 奏 者 に よ っ て切 り方 も異 な る5
199
第II部 語 り物の構造
音楽構造を中心に一
の で 、 息 継 ぎ が分 節 の 客 観 的基 準 に は で き な い の で あ る。 平 曲 の よ う に、 一 息 で 語 る単 位 が
明 瞭 で そ の 息 継 ぎの と ころ で 琵 琶 を弾 くとい うの は、 語 り方 が比 較 的 単 調 にな る。 義 太 夫 節
で は端 場 の マ ク ラ にお い て、 七 五 調 一 句 の 区 切 りで三 味 線 が 入 る とい う こ とが あ る が 、 それ
は 端 場 は わ ざ と 「さ らさ ら と」 単 調 に語 るた め の節 付 けの し か た な の で あ る。 ま た そ れ は、
切 場 との対 照 で意 識 して さ れ る こ とで あ り、 逆 に い え ぼ、 切 場 はそ う した単 調 さ を避 け るた
め に音 節 の 区切 り方 は様 々 に工 夫 さ れ て お り、 そ れ が い か に意 識 され て い るか が わ か る。 筆
者 の 場 合 は、 詞 章 や 息 継 ぎ(音 の 切 れ 方)や 三 味 線 の入 り方 を総 合 的 に考 えて 音 楽 的 ま とま
り(フ レ ー ズ)と
2.3音
して 区切 る こ と に して い る。
楽 構 成 と構 成
・段 落 機 能 を も つ 旋 律 型
大 序 の音 楽 形 式
前 述 の よ う に、 浄 瑠 璃 一 篇 の 導 入 部 で あ る初 段 の 口 「大 序 」に は、 特 別 の 音 楽 形 式 が あ る 。
そ れ は、 「ソナ エ 」 とい う三 味 線 の旋 律 型 で は じ ま り、 「序 詞 」 で 語 りだ し、 マ ク ラ の段 落 旋
律 は 「大 オ ロ シ」 とい う旋 律 型 が くる とい う形 式 で あ る。 大 序 の 終 わ りは 「大 三 重 」 で 終 わ
る 。 井 野 辺 潔 に よ る6と、 この 形 式 は、 大 序 の 儀 式 的性 格 に基 づ い た 、 定 式 的 な構 造(真 の 序
とい う)で 、 中世 の 語 り物 以 来 の伝 統 の う え に立 っ て 、 筑 後 掾 に よ っ て完 成 され 、 元 文 の こ
ろ まで 極 め て 厳 格 に 守 られ た とい う。 しか し、 多 段 組 織 が あ らわ れ は じめ る寛保 ・延 享 ご ろ
か ら、 次 第 に この形 式 は崩 れ だ し、 「地 」や 「謡 」な どで は じ ま る大 序 が 増 加 し は じめ た 。 こ
う した 大 序 の形 式 が 変 化 した 原 因 は、 本 来 大 序 は座 頭 格 の 太 夫 が 語 る重 い場 で あ っ た の が 、
種 々 の 興 行 的 理 由 で 若 手 の太 夫 が 語 る軽 い場 に変 わ っ て い っ た た め で あ る。現 在 は通 し狂 言
の 上 演 が 少 な い た め 、大 序 が 演 奏 さ れ る の は数 曲 しか な い。「忠 臣 蔵 」の 大 序 は初 演 の と き「地 」
で 節 付 け さ れ て い た が 、 そ の後 「序 詞 」 で 上 演 す る よ う に変 化 して い た の を、 二 世 豊 澤 團 平
が 原 作 の節 付 け に戻 し(井 野 辺1991:103)、
それ が現 在 定 着 して い る。1998年 文 楽11月
公演
で も 「地 中 」 で演 奏 され て お り、 「序 詞 」 は最 近 で は ほ とん ど聞 く こ とが 出 来 な い 。
構 成 ・段 落 機 能 を もつ 旋 律 型
「三 重 」 と 「オ ク リ」
前 述 の よ う に場 面 転 換 に もち い ら れ る旋 律 型 は三 重 が あ る。 そ の 場 合 詞 章 は前 の場 と次 の
場 で 割 っ て 演 奏 さ れ る。 た とえ ば前 の場 の終 わ りの三 重 が 「踏 み 立 て て こ そ」 で 終 わ る と、
次 の 場 の語 り出 しの 三 重 は そ の続 き の詞 章 「か け りゆ く」 で 始 ま る。 この 前 の 場 の終 わ りの
三 重 に対 し、 次 の場 の 始 め の三 重 を三 重 返 し とい うの が伝 統 的 な 用 語 で あ った と、 井 野 辺 潔
は述 べ7て い る。
オ ク リは演 奏 者 の 交 替 に用 い られ 、 三 重 と同 様 に詞 章 は割 っ て 語 られ る。 次 の場 の 始 め の
オ ク リを オ ク リ返 し とい うの も同様 で あ る。 た だ し、 オ ク リは 単 に人 形 が退 場 す る と き に も
用 い られ る の で 、 曲 が 伝 承 さ れ て い な い場 合 は注 意 を 要 す る。 また 、 人 形 の 退 場 に も関 わ り
200
第14章
義太夫節の音楽構造 と文字テクス ト(山田)
な い オ ク リ もあ る。 田 中悠 美 子 は これ を 厂曲 調 変 化 」の オ ク リ(田 中2001:53)と
い っ て い る。
この場 合 の オ ク リ(小 オ ク リや ウオ ク リ な ど)は 構 成 機 能 の な い、 一 旋 律 型 とい う こ と に な
る。
「フ シ落 チ 」
一 つ の 曲 を段 落 に 区 切 っ て行 く と きの 目安 とな る段 落 終 止 機 能 を もつ の が フ シ落 チ で あ
る。 記 譜 は 「フ シ」 とだ け され 、 特 定 の 名 称 を も っ て い る場 合 も、 そ の 名 称 は記 譜 され な い 。
ま た、 実 際 に は 「ユ リ」 とい う旋 律 型 で あ っ た り、 「オ ロ シ」 や 「オ トシ」 とい う別 の旋 律 型
も単 に フ シ と記 譜 され る。 一 般 的 な フ シ 落 チ の語 り方 は 中音(二
の開 放 弦 の 音)へ 下 降 し、
三 味 線 も そ の最 後 の 部 分 が 定 型 化 し て い る。 さ ら に、 この フ シの 中 に も、 「ハ ル フ シ」の よ う
に段 落 終 止 機 能 を持 た ず 、 む し ろ段 落 の 冒 頭 に節 付 け され る旋 律 型 もあ る 。 角 田 一 郎 に よ る
と、「浄 瑠 璃 の 文 章 は普 通 の文 章 の よ うな 段 落 性 を そ な え て い な い。舞 台 上 の 進 行 の緩 急 を考
慮 して作 詞 さ れ るか ら、 文 法 上 の 言 い切 りを しな い で 長 々 と文 が 続 くか と思 え ぼ、 短 い文 句
で 言 い切 りの形 が い くつ も重 な る」とい い 、 翻 刻 す る 際 の 問 題 点 で あ った の で あ る。 「そ こ を
打 開 した の が 文 字 譜 フ シ を 中 心 とす る祐 田 善 雄 の段 落 論 で あ っ た 。」(角 田1991:591-592)と
し、 『新 日本 古 典 文 学 大 系
竹 田 出雲 並 木 宗 輔 浄 瑠 璃 集 』で は 、祐 田 説 に従 っ て 段 落 を考 え改
行 して い る。 祐 田 説 は現 在 伝 承 され て い る曲 の フ シ の用 法 か ら、 曲 節 の切 れ 目が つ くか つ か
な い か を判 断 した もの で あ っ た が 、 そ の 方 法 が 現 行 で な い作 品 に も適 用 さ れ て 、 「フ シ」の 記
譜 の あ る箇 所 を文 意 と見 計 ら って 段 落 に す る か ど うか を判 断 す る と い う方 法 が と られ て い
る。 初 演 当 時 の フ シの 旋 律 を探 る手 だ て はな い の で 、 まず 現 在 の フ シ の用 法 を手 が か り とせ
ね ば な ら な い の はや む を得 な い 。
3義
3.1語
太 夫 節 の
「語
り物 」 と し て の 旋 律 様 式
り物 音 楽 の 旋 律 様 式 概 念
義 太 夫 節 の語 り物 と して の音 楽 分 析 を 考 え る に あ た っ て、 平 野健 次 が 提 唱 した 「吟 誦 ・朗
誦・
詠 唱 」(平 野1990)と
い う概 念 を検 討 し、 そ れ が 義 太 夫 節 の音 楽 様 式 に適 応 で き るか ど う
か を明 確 に し た い 。簡 単 に い え ば 、吟 誦 と は最 も言 葉 に近 い もの で 、朗 誦 とは一 音 節 一 音 で 、
一 定 の音 高(朗
誦 音)を
中心 に語 る様 式
、 詠 唱 と は、 音 節 の 引 き延 ば しが 多 く、 それ が 旋 律
に な っ て い る もの と定 義 で き るが 、平 野 の 説 明 を も と に、音 楽 的 要 素 で 表 に ま とめ た の が 《表
1語
り物 音 楽 の旋 律 様 式 》 で あ る。 平 野 は平 曲 の 旋 律 様 式 を も とに語 り物 の 旋 律 様 式 を考
察 して い るが 、 他 の 語 り物 に も適 応 可 能 とし て、 義 太 夫 節 に つ い て も、 詞 の部 分 は吟 誦 、 地
は朗 誦 と述 べ て い る。
201
第II部
語 り物の構造一
《表1語
騰
音楽構造 を中心に
り物 音 楽 の 旋 律 様 式 》*粗
雲瓣
音高
旋 律(薦
田1993)
一音節の単位拍
拍節
平曲の曲節
義太夫節の曲節
吟誦
不確 定音
一拍
不 等 時価(無 意
識 的 等時価)
素声
詞
朗誦
朗誦音(上 下 に 一拍
不 等 時価(無 意
口説 な ど
地
テ リトリー)識
朗 誦的 詠唱
朗 誦 音 の支配
詠 唱的 詠唱
旋律(*粗 旋律)多
的 等時価)
3.2義
一拍
拍
不 等 時価
折声 な ど
不 等 時価
三重 な ど
太 夫 節 の旋 律 様 式
義 太 夫 節 の旋 律 様 式 概 念 につ い て 、江 戸 時 代 の稽 古 手 引 書 な ど を見 る と、宇 治 加 賀 掾 の 『
竹
子 集 』 以 来 の 「詞 ・地 ・地 色 ・色 ・ふ し」 とい う 区別 を 受 け継 い で い る。 しか し、 「
三 重」 と
「オ ク リ」 が 「地 」 の なか に入 るの か 入 らな い のか 、 「ふ し」 とい うの は一 般 的 な旋 律(メ ロ
デ ィ)の こ とな の か 、 段 落 旋 律 「フ シ」の こ とな の か(そ の 場 合 、 節 章 で は カ タ カ ナ で表 記)
が は っ き り し な い。 こ う した 概 念 規 定 の あ い まい さ は、 現 在 の 諸 説 に お い て も相 違 点 とな っ
て い る。 た と え ば、 長 尾荘 一 郎 は 『義 太 夫 節 の 曲節 』 にお い て 「義 太 夫 節 の 曲 節 は 、地 ・詞 ・
フ シ の 三 大 基 本 曲調 と、三 重 ・オ ク リ に よ っ て構 成 さ れ て い る」 と して い る。 これ に対 し、
井 野 辺 潔 は 、 《図1》
《図1義
の よ うに 、 まず 、 「詞 」 と 「地 」 に二 大 別 し、 そ の 中 間 に 「
色 」が あ る
太 夫 の音 楽構 造
井野 辺1981:77》
より
とす る。 「詞 」 と 「色 」 の 中 間 に 「序 詞 」 「詞 ノ リ」 が 位 置 し、 「色 」 と 「地 」 の 中 間 的性 格 を
もつ の が 厂地 色 」 とい う こ とで あ るが 、 「地 」 は 「地 色 」 と 「節 」 と 「狭 義 の地 」 に分 け られ
る と し て い る。 狭 義 の 地 の な か に は、 段 落 旋 律 と して の フ シや 三 重 や オ ク リや そ の他 の 義 太
夫 節 固 有 の旋 律 型 も含 まれ る と規 定 し て い る。 そ れ に対 し、 「節 」は義 太 夫 節 以 外 の芸 能 か ら
借 用 した 旋 律 型 と して い る。 そ して 、 図 の 上(詞)か
ら下(節)へ
行 くに従 って 、 音 楽 的 に
な る と述 べ て い る 。筆 者 も この考 え方 を踏 襲 し て きた が 、 漢 字 表 記 の 「節 」 が 借 用 旋 律 とす
202
第14章
義太夫節の音楽構造 と文字テクス ト(山田)
る の は 、 カ タ カ ナ表 記 の 「フ シ 」 との 区 別 が 紛 らわ し く、 あ ま り用 語 と して 適 当 で な い と考
え る。 また 、 多 種 多 様 な芸 能 の旋 律 を借 用 し て い る ので 、 地 よ り節 は音 楽 的 とは い えな い も
の も多 い 。 ま た 「地 」 と 「地 色 」 の 区別 も実 際 に は それ ほ ど明 確 で は な い 。
筆 者 は 《図2義
《図2義
太 夫 節 の音 楽 様 式 》 の よ うに 、 音 楽 性 の な い 「詞 」 と何 らか の音 楽 性 が
太 夫節 の音 楽様 式》 山 田智恵 子作 成
黼
蹴 ∴,
一嚶∵よ
*括
翫
弧内の数字は 「
封印切の段」の例
あ る 「地 合 」に二 大 別 し、 「地 合 」 を さ ら に旋 律 型 と旋 律 型 以 外 に分 け た い と思 う。 旋 律 型 は
義 太 夫 節 固 有 の もの と、 義 太 夫 節 以 外 の 芸 能 か らの 借 用 旋 律 型 が あ る。 義 太 夫 節 固 有 の旋 律
型 は、 三 重 ・オ ク リ ・フ シ な どが 含 ま れ 、 そ れ ぞ れ 名称 を持 っ て い る。 旋 律 型 とい うの は、
義 太 夫 節 固 有 の もの に しろ、 他 か ら の借 用 に しろ 、 あ る程 度 の 固 定 性 を もつ と規 定 で き る。
〈封 印切 の 段 〉の 音 節 数 で 、 詞 、旋 律 型 の 割 合 を調 べ た 結 果8、 旋 律 型 は全 音 節 数 の11%に
す
ぎ な い の で あ っ て 、 一 曲 の全 体 か ら す る と約 一 割 で あ っ た。 この 曲 に は 、途 中 に 「二 上 り」
の 「サ ワ リ」(義 太 夫 節 以 外 の 音 楽 を 引 用 す る部 分)が あ る が 、 そ の部 分 も全 部 旋 律 型 に 含 め
て 約 一 割 な の で あ る。 詞 の部 分 の 音 節 数 は全 体 の34%、
そ れ 以 外 の部 分 は地(ハ
な ど)や 地 色 や 色 と され て い て 、 固 定 性 が 低 い部 分 で あ る。 これ が 全 体 の55%を
ル ・ウ ・中
占 め るの で
あ る。 この 割 合 は 曲 に よ っ て も異 な る と思 うが 、い くつ か の 曲 を採 譜 した 結 果 か ら考 え る と、
や は り、 詞 以 外 の 何 らか の音 楽 性 の あ る部 分 地 合 の なか で 、 旋 律 型 の 占 め る割 合 は か な り低
い と考 え る。 しか し、 従 来 は、旋 律 型 につ い て の 記 述 が 「節 尽 し」 と して 多 く書 か れ て きた
た め、 義 太 夫 節 の 地 合 は旋 律 型 を組 み合 わ せ て 出 来 て い る よ う な誤 解 を与 えて きた よ う に思
わ れ る。 もち ろん 、 旋 律 型 の な か に は 、 そ の名 称 が 忘 れ られ た も の や名 前 の な い もの も あ る
か も しれ な い 。 しか し、 伝 承 され て い る旋 律 型 か ら考 え る と、 旋 律 型 とい う の は五 音 節 とか
七 音 節 、 あ る い は七 五 一 句 の 一 二 音 節 とい う よ う に 限定 さ れ て い る場 合 が 多 い の で、 仮 に そ
の よ うな もの が い くつ か加 わ っ て も、 一 曲全 体 か ら す れ ば や は りそ れ ほ ど多 くは な らな い と
考 え る。つ ま り、義 太 夫 節 の地 合 は大 部 分 が 固定 され て お らず 、流 動 的 な要 素 が 多 い の で あ る。
203
第II部
語 り物 の構造
3.3義
音 楽構造 を中心 に
太 夫 節 に お け る 語 り物 の 旋 律 様 式 を も つ 曲 節
前述 の よ う に、 平 野 は語 り物 の旋 律 様 式 につ い て、 「吟 誦 ・朗 誦 ・詠 唱 」 の概 念 を定 義 して
い るが 、義 太 夫 節 が 語 り物 と して そ の概 念 と どの よ う に対 応 す る の か考 察 し、そ の結 果 を《表
《表2義
太 夫節 にお ける語 り物 の旋 律様 式 をもつ音楽 様式 》
分類基準
噸'畿
文学的特徴
名
朗誦
音楽的特徴
詞章内容
声
三購
・音 声表 現 は一 定 で ない
嫐
詞
会話
華)伸
ミ
轡
鞭
儲
軈
子( 蘿飜
一1講 繍1欝
序一
詞
故 事 ・こ とわ ざ。 一
方的喧
_
譜 切
一
蝦
馴一
ラ'段
切
謙
幡 一1劉
・一 本 調子
う よ うに。.不
原 則 的 に無 し
こともあ る)
〉
ナ:ll㌶
輸lll鋸:裏
位置.順 序
により・覯 の差が大(メ リヤス入る 膨
きい
三砂
構成上の特徴
句 切 り毎 に一
確 定音
音
切
ヨ
宣
初 段(大 序)の
冒 頭 。三 味 線
の 「ソナ エ 」の
吟誦
後。
一件瀦
詞 ノリ
した後 の種
明 か しな 跳
独 白的
.不 確定音
言
駕
.鮠
音 節 ご と に入
る)の
識 的等 時 価
内容 が 多 い ・
既2ク
ライマ ック
スの後 段切
近 く・
地 の文 か ら詞へ の移
行部 分 。(五文 字 、た
色
中間
・不 確 定音
色 ドメの 手
ちよって等)膨
獵
の鰭
謂 切
き'・不確定音
地色
会話 文 の一翫
地
禦
切 迫.不
魏色
状醐 の糠'攣
長地
状況説明の凱
容の地の文の
磁
音 暗
贈
高 の 明確 な音'詞
力
糀:鞴
動)多
郷
鰯 よ
ノリに似た手
マ クラには少
羅 音 ない
鷲 盲鞄
暮しの前;ζ二
飜
い。
朗誦
二驪
_立__立
日
204
を輙 、ほ1ま
一音譱
皇聖躍
、 一 日
曲の前半に多
い ・
第14章
2義
義太夫節の音楽構造と文字テクスト(山田)
太 夫 節 に お け る語 り物 の旋 律 様 式 を もつ旋 律 》 に ま と め た。 分 類 基 準 の境 界 線 を点 線
に した の は、 義 太 夫 節 の場 合 、 平 曲 ほ ど 「吟 誦 ・朗 誦 ・詠 唱 」 の音 楽 的 区別 が 明確 で な い と
考 え た た め で あ る。 義 太 夫 節 で は、 「こ とば 」か ら次 第 に音 楽 的 旋 律 に な っ て い くそ の 中 間 的
段 階 が 多様 で あ り、 そ の段 階 は 「グ ラ デ ー シ ョ ン」 の よ う に緩 や か に次 第 に変 化 して い く よ
う に思 わ れ る。
平 野 は義 太 夫 節 の 「詞 」 は吟 誦 で あ る と して い るが 、 筆 者 は吟 誦 で は な く演 劇 的 セ リフ で
あ る と考 え る。 そ れ は、 義 太 夫 節 の 詞 は 、 演 奏 者 の 解 釈 に よ り間 ・テ ン ポ な どが 異 な る た め、
一 定 の音 声 表 現 と して の吟 誦 と は異 な り
、 演 劇 的 セ リフ に 他 な らな い と考 え る か らで あ る。
それ に対 し て、 表 現 の しか たが 様 式 的 に な っ た詞 と して 、 厂ヨ ミ クセ 」 「
狐 詞 」 「侍 詞 」な どを
考 え た。 これ は 、 演 劇 的 セ リ フ よ りは定 ま っ た音 声 表 現 を す るが 、 や は り 「吟 誦 」 まで に は
至 っ て い な い と中 間 的 段 階 と した 。 筆 者 が 義 太 夫 節 に お け る吟 誦 と考 え るの は 「序 詞 」と 「詞
ノ リ」(譜 例1)で
あ る。 この二 つ の 旋 律 様 式 は 、音 高 は不 確 定 だ が 、 三 味 線 が 入 っ て くる こ
とに よっ て 、 ほ ぼ 一 定 の音 声 表 現 をす るの で 、 吟 誦 の概 念 に近 い と考 えた 。
譜 例1詞
ノ リ(吟 誦 の例)〈
義経 千本 桜三 の切
演奏
八世 竹本綱 大夫 、竹 澤 弥七
採譜
山田智恵 子
音源
鮓 屋 の段 〉
ビク ター レ コー ドJL51
義 太 夫 節 の地 合 に は、 確 か に朗 誦 音 と も い え るあ る音 を 中 心 に、 シ ラ ビ ッ ク に語 る朗 誦 的
旋 律(譜 例3)が
あ る。 と こ ろが 、 そ の朗 誦 的 旋 律 は それ ほ ど多 くあ る わ けで は な い。 そ れ よ
り もむ し ろ、 朗 誦 と吟 誦 の 中 間 的 段 階 の 旋 律 の ほ うが 多 い の で は な い か と思 う。 そ れ は 、 声
の パ ー トの音 楽 的 特 徴 と して、 不 確 定 音 と音 高 が は っ き り した 音 が 混 在 す る、 あ る い は 「詞
ノ リ」 よ りは音 楽 的 な音 高 が捉 えや す い 旋 律 とな っ て い る場 合 で あ る 。 これ らの場 合 の 節 章
は色 、 地 色 、 地 な どで あ り、 平 曲 の よ う に、 どの 曲 節 と限 定 され る わ けで は な い。 この 吟 誦
と朗 誦 の 中 間 的旋 律(譜 例2)は
、 三 味 線 が 声 の パ ー トの音 高 と関 わ りな い 、 決 まっ た 手 を
弾 く場 合 が 多 い 。
以 上 の 結 果 か ら考 察 す る と、義 太 夫 節 に お い て語 り物 の旋 律 様 式 を もつ旋 律 は、ほ とん ど、
三 味 線 が 声 のパ ー トの 旋 律 に関 わ らな い 場 合 と考 え られ る 。 つ ま り、三 味 線 が 弾 か な い か 、
205
第II部 語 り物の構造一 音楽構造を中心に一
譜 例2地
ウ(中 間 の例)〈
演奏
音源
採譜
菅原伝 授 手習 鑑二 の切
道 明寺 の段 〉
四世竹 本越路 大 夫、二 世 野澤 喜左衛 門
『日本 古典音 楽大 系第 五 巻義 太夫 』 レ コー ド(講 談社)
山田智 恵子
,、
譜 例3地
中 ウ(朗 誦 の例)〈
演奏
一谷 嫩 軍記 三 の切
八 世竹 本綱 大夫 、竹澤 弥 七
音源
熊谷 陣屋 の段 〉
昭 和34年 放 送 テー プ
滋
ま た は 語 りの 前 に一 音 の み あ る か、 詞 ノ リの 手 や 色 トメ の よ う な決 ま った 手(三
型)を
味 線 の旋 律
弾 くか 、 単 に三 の 開 放 弦 の音 を弾 くな どの 場 合 が 多 い よ うに 思 う。 これ は、 井 野 辺 が
い う よ う9に 、弾 き語 りに よ る古 い タ イ プ の語 り物 的 な伴 奏 の し か た と考 え て もい い か も しれ
な い 。 しか し、 三 味 線 が 声 の パ ー トの旋 律 に 関 係 して弾 か れ る場 合 は、 語 り物 の旋 律 様 式 概
念 で は規 定 す る こ とが で き な い。 義 太 夫 節 に は、 詠 唱 的旋 律 もあ るが 、 そ の場 合 も、 平 曲 の
よ うに 長 々 とメ リス マ テ ィ ック に語 るわ け で は な く、 旋 律 の一 部 の み で あ っ た り、 短 くそ の
音 楽 様 式 が 変 化 す る た め 、 どの節 章 が 詠 唱 と は断 定 で きな い。 つ ま り、 義 太 夫 節 の場 合 は、
平 曲 の よ う に、 あ る旋 律 様 式 が ひ とつ の小 段 落 じ ゅ う続 く とい う こ とは な く、 非 常 に短 く変
化 し、三 味 線 も声 の パ ー トの旋 律 に深 く関 わ る。ま た 、語 り物 で は な い 三 味 線 音 楽 にお い て 、
声 と三 味 線 の 関 係 性 を示 す 「付 か ず 離 れ ず 」 に な る場 合 も多 い。 義 太 夫 節 の地 合 は、 非 常 に
複 雑 か つ 多 様 な 音 楽 様 式 を示 して い る とい う こ とが で き る。
4一
・
曲の 音楽 構 成
義 太 夫 節 の 一 つ の 曲 が どの よ うな 音 楽 構 成 とな る か を、 〈封 印 切 の段 〉で考 え て み た 。 こ の
曲 を例 と した の は、 井 野 辺 潔 が あ る特 定 の 演 奏 を元 に した 節 章 を記 し た テ クス トを作 成 し て
206
第14章
い る た め で あ る 。 そ の 詞 章
義 太 夫 節 の 音 楽 構 造 と文 字 テ ク ス ト(山 田)
・節 章 は 、 演 奏 者 に 確 認 し た 上 で 記 さ れ た も の で 、 現 段 階 で は 最
も音 楽 の 実 態 に 近 い テ ク ス ト と 考 え ら れ る 。
そ の結 果
る と31の
は
《表3〈
乃 件(小
封 印 切 の段 〉 の段 落 構 成 》 で 示 した よ う に、 フ シな どの段 落 旋 律 で 区切
段 落)に
分 節 す る こ とが で き る。 節 章
と して は
「フ シ 」 で あ る が 、 実 際 に
「三 ツ ユ リ 」 で あ る 場 合 な ど は そ の 両 方 を 示 し た 。 し か し 、 第10段
の フ シ は ほ と ん ど段 落 感 が 感 じ ら れ な い の で 、 点 線
落 の フ シ や 第20段
落
と した 。 また 、 フ シが 節 付 け され て い る
詞 章 も 、文 章 と し て は 言 い 切 り に な っ て い な い も の も あ る 。乃 件 と い う 段 落:が い く つ か 集 ま っ
《表3〈
封 印 切 の 段 〉 の音 楽 構 成 》
中段 落
1マ
クラ
小 段 落(乃
件)音
節数
① マ ク ラ1413'05"え
時 間
初 め の 詞 章(節
い えい えい(歌)∼
章)∼
最 後 の 詞 章(節
章)
さらさ、 禿 が 、 知 るべ して(フ シ、景 事 風
三 ツユリ)
② 第 ニ マ ク ラ4849"橋
II梅
川の憂い
③ 梅 川 出4844"身
IV八
中 浄瑠 璃
右衛門 と
⑤ 拳 を す る 朋 輩1981'49"さ
て もようござ んした(詞)∼
⑥ 梅 川 二 階 へ8332"ア
ー レ梅 川さん(詞)∼
⑦ 梅 川 愚 痴1541'53"ア
ア うた ての酒 や(詞)∼
ない
⑧ 〃1221'59"今
日まで はつ なが りしが(カ カル)∼ 身 で もなし(フ シ)*丸
はフシで はない
V封
印切
ドキ
⑫ 八 右 衛 門 出3372'10"中
誠 そ や(中 フシ)*途
中フシオク
ナヲス(本 調 子)∼ 酒 も、 白け て、 醒 め
之 島 の八 右 衛 門(地 色 ウ)∼ 皆 々(オ クリ)座 敷 に、 出 でけ
れ ば(フ シ)
⑬ 一 同 心 配1751'08"ヤ
ア 千代 歳さん(詞)∼
⑭ 忠 兵 衛 出11655"忠
兵 衛 は世 を忍ぶ(地 色 ウ)∼ 漏 るるぞ仇 の、 初 めな る(フ シ)
⑮ 八 右 衛 門 暴 露6714'07"か
くし知 らね ば(地 ウ)∼ 声 を、 隠 して、 泣 きいた り(フ シ)
⑯ 忠 兵 衛 怒 り2031'14"短
皆 気 を配 る、 折 節 に(フ シ)
気 は損 気 の(地 色 ウ)∼ 心 を、 知 らぬ ぞ、 是非 もな き(フ シ)
⑰ 八 右 衛 門 忠 告8632"八
右 衛:門(地 ハ ル)水 入 取 り上 げ(色)∼
⑱ 〃3633'18"こ
の次 は段 々 に(詞)∼
ご推 量(フ シ)
悶 え、 伏 したる、 苦 しみ を(フ シ)
には各 々推 量 して(地 中 ウ)∼ 禿 も袖 を、 絞 りけり(フ シ、 三
ツユリ)
⑳ 忠 兵 衛 封 印 切 り9474'39"忠
兵 衛 元 来 悪 い 虫(地 ハ ル)∼ 腕 まくりして、 ぎ しみ あう(フ シ)
⑳ 梅 川 階 下 へ871'15"梅
川 涙 に(地 色 ハ ル)∼ 声 を、 あ げて、 泣 きけるが(フ シ)
けなや 忠兵 衛 さん(地 ウ)∼ ある習 い(フ シ)
この恥 は耳5ならず(地 中)∼ 露 おき添 うが 、 如 くなり(フシ、 中
落 シ)
⑳ 梅 川 を 身 請 け3391'23"忠
兵 衛 気 も有 頂 天(地
⑳ 〃12939"サ
ア 今 の 間に(地 色 ウ)∼ 引き連 れ走 り、 出 で にけり(フ シ)
⑳ 一 同 退 出1531'14"八
右衛門 はす まぬ顔(地 色 ウ)∼ 皆 宿、々へ そ、 帰 りける(オ ク リ)
⑳ 急 ぐ忠 兵 衛17456"忠
兵衛 は気 をせ いて(地 ハル)∼ 小判の利 きぞ、応 えける(フ シ)
⑳ 心 中 の 決 意2822'22"そ
段切
本
もしい金 に(地 色 ウ)∼ 連 れ て涙 を流 せ しが(フ シ)
うこと叶わ ぬ(ウ)∼
にけり(フ シ)
⑳ 忠 兵 衛 告 白3792'14"サ
皿
言 い延 ば し(フ シ)*丸 本 はフシで は
⑪ 〃1061'22"逢
⑳ 〃3737'28"こ
請 け
鳴 渡 瀬 さま(フ シ)
言 い けれ ば(フ シ)
ア い こう気 が めいる(詞)∼
リあ り(二 上 り)
⑳ 梅 川 ク ドキ591'09"情
WI身
明くる朝 の、 形 見 かや(フ シ)
⑩ 夕 霧 浄 瑠 璃3946'36"ア
⑲ 一 同 、 同 情8342"下
VIク
中ウ)∼ 島 屋 をちょっと、 島 隠 れ(フ シ)
うし清 さん(地 色 中)∼
忠兵衛のや
りとり
の憂 きしお で(地
④ 梅 川 越 後 屋 へ1001'12"も
⑨ 〃1441'48"さ
III劇
が か けた や(地 ウキン)∼ 恋 の淵(フ シ、 景 事 風 三 ツユ リ)
色 ウ)∼ 夢 の 間の 、 栄耀 なり(フ シ)
ア サ アこの 間 に(地 色 ウ)∼ 声 も涙 に、 わ なわ なと(フ シ、 三
ツユリ)
れ 見さんせ(地
ハル)∼
むせ 返 りてぞ、 嘆 きける(フ シ)
⑳ 段 切6433"越
後 主従 立 ち帰 り(地 ハル)∼ 夫 婦 は、 わ な、 わ なと(フ シ、
三 ツユリ)
⑳ 〃1471'58"さ
らばさらば も(地 ウ)∼ 任 せ て、 オー ン、 出 でて 行 く(三 重 、
ユリ三 重)
207
第II部
語 り物 の構造一
音楽構造 を中心に
た 構 造 単 位 は 八 つ に 分 節 し た が 、 こ れ は 物 語 の 内 容 に よ っ て 分 節 し た も の で 、 音 楽 的 に も一
つ の ま と ま り が あ る と考 え られ る の は 厂マ ク ラ 」 「劇 中 浄 瑠 璃 」 「ク ド キ 」 「段 切 」の み で あ る 。
こ の よ う に 、 実 際 の 曲 を 例 とす る と 、 大 小 さ ま ざ ま な 多 くの 段 落 が 連 結 し て い る こ と は 認
め ら れ る が 、 そ の 段 落 が い くつ か あ つ ま っ て そ れ よ り大 き い 単 位(中
段 落)を
形成 す る こと
に お い て は 、 現 時 点 で は 音 楽 的 な 法 則 性 は 見 つ け られ な い 。 ま た 、 前 述 の よ う に 、 乃 件 以 下
を さ ら に 小 さ く分 節 す る に は 、 筆 者 は ま だ 客 観 的 基 準 が 設 定 で き て い な い 。
5お
わ
り に
義 太 夫 節 の音 楽 構 造 を考 え る に あ た っ て 、横 道 、 平 野 の基 準 を用 い た が 、 義 太 夫 節 は 中 世
起 源 の 語 り物 で あ る 平 曲 や 能 と は 異 な り、 ど ち ら の 基 準 か ら も 逸 脱 す る 部 分 が 大 き い こ と が
わ か る 。 つ ま り、 語 り物 的 積 層 性 や 語 り物 的 旋 律 様 式 で は 捉 え き れ な い の で あ る 。 そ う し た
整 然 と し た 構 造 を う ち 破 り、 一 言 一 言 の 言 葉 に 即 し て ダ イ ナ ミ ッ ク に 変 化 し流 動 す る と こ ろ
に 、 義 太 夫 節 の 本 質 が あ る の で は な い か と考 え る 。 し か し 、 変 化 し 流 動 す る と い っ て も 、 そ
こ に は 「緩 や か な 規 範 」 が あ り、 義 太 夫 節 の 音 楽 的 ア イ デ ン テ ィ テ ィ は 保 た れ て い る と 考 え
る。そ うした
「緩 や か な 規 範 」 を 明 ら か に す る こ と が 筆 者 の 今 後 の 研 究 課 題 で あ る 。
〔
注〕
1た
とえ ば、 渥 美 か をる 「浄瑠 璃 の詞章 と曲節 との 関係
刊号
昭 和29年)や
近 石泰 秋 『
操 浄瑠 璃 の研 究
そ の戯 曲構 成 につ い て』(!961風
風 間 書房)、 祐 田善雄 『
浄 瑠 璃 史論 考 』(1975中
2五
初 期 よ り義 太夫 出現 に至 る迄 の」(『近 世 文 芸 』創
、 同 じ く渥美 か を る 「曲節 」(『国文 学
央 公論 社)な
解 釈 と鑑賞 』 昭 和32年1月
間 書房)同
号)、 さ ら には、
『
操 浄瑠 璃 の研 究
続 編 』(1965
どが 、 音 楽 的考 察 に は参 考 に な る。
段 目 は、 ご く短 い のが 一 般 的 で、 た い て い は一 場面 で あ る。二 、 三場 面 に分 か れ て い る時 も、 端 場 ・
切
場 とはい わ な い(山 田1977:69)。
3切
場 を語 る技 量 の あ る太 夫 で 、番 付 面 で 、名 前 の 上 に 「
切 」の字 を許 さ れ た太 夫 の こ とをい う。 曲が 切場
で あ って も、 「
切 場 語 り」 でな い太 夫 が 語 る時 は、 番 付 ・口上 で は 「
奥 」 「後」 な ど とい う。
4横
道 萬里 雄 は 当論 文集 にお い て は、1998年 の 語 り物 共 同 研 究会 ・
音 楽分 科 会 にお ける配 布 資料 の各 分 節名
称 を変更 して い る。 旧 モ デル で は 、 「
通本一
乃 段 一乃 場 一乃折 一乃 齣 一
乃 件 」 とい う よ うに6つ に分節 して いた 。
新モデルは、「
通 本 一乃段 一乃 折 一乃齣 一乃 件 」 とい う よ うに 、 「
乃 場 」 の名称 をや め、 「乃 折」 と 「乃齣 」 の 名
称 が 一 つ ず つ大 きい 単位 名 称 へ と く りあが っ た。 「
乃 件 」 は同 じな ので 、結 果 として下 か ら2番 目 の構 造 単
位 が 割 愛 され た。 筆 者 は各 分 節 の名 称 につ い て は 当論 文 集 の 「
楽 劇 の諸 種 目 に共 通 す る分 節 法 の試 み」 に
従 った が 、割 愛 され た 分節 につ い て も考 察 の対 象 に した の で、 配布 資 料 時 の もの を残 した。
5太
夫 が演 奏 時 に使 用 す る楽 譜 「
床 本 」に は、句 切 りを示 す記 号 が 「
句 」の くず し字 で 示 され て い る。 また 、
その 「
句切 り記号 」 よ り短 い句 切 りを 「チ ョイ クギ リ」 と称 して(岡 田1902:9)点
で記 す。 しか し、 実 際 の
演奏 で は 、 い つ も床 本通 りに演奏 してい るわ けで は ない の で、句 切 り記 号 で 区切 りを考 え る こ と も難 し い。
6井
野 辺潔1978「
浄瑠 璃 の大 序
説』(風 間 書 房)に 再録0
208
その 成立 と崩 壊 」 『
大 阪音 楽 大学 研 究 紀 要第16号
』。1991『 浄瑠 璃 史 考
第14章
7井
野 辺 潔1971「
義太夫節 の音楽構造 と文字 テクス ト(山田)
ヲク リ研 究 序 説 」 『
大 阪 音 楽 大 学研 究 紀 要 第10号 』。1991『 浄 瑠璃 史 考説 』(風 間 書 房)
に再 録 。
8詞
・旋律 型 ・旋律 型 以 外 の地 合 の 割合 を調 べ る方法 として 、 時 間 的計 測 は不 可 能 で あ る。 そ れ は、 旋 律型
は、三 文字 とい う短 い テ クス トに節 付 けされ る もの か ら、長 くて も七 五 の 十二 音 節 まで の もの が一 般 的 だ か
らで あ る。従 っ て、音 節 数 で調 べ る こ とに した。 促 音 ・
拗 音 は一音 節 として 計算 し、 「これ」 「まあ」 な どの
間投 詞 はテ ク ス トの表 記 通 りの 回数 で 数 え た。そ の た め、テ クス トは、井 野辺 潔 が あ る特 定 の演 奏 に基 づ い
て作 成 した もの を使 用 した 。使 用 した テ ク ス トは次 の もの であ る。井 野 辺 潔1993「 浄 瑠 璃 テ キ ス トの 試 行」
『
大 阪 音 楽大 学 研 究紀 要 第32号 』。 なお 、 この テ クス トは 同氏1998『 日本 の音 楽 と文楽 』に再 録 され て い る
が 、 厳 密 にみ る と多 少 の相 違 が あ る。
9井
野 辺 潔1969「 『
語 り もの』音 楽 にお ける語 りと伴奏 」 東洋 音 楽 学会 編 『日本 ・
東洋 音 楽論 考 』(音 楽 之友
社)。 同 氏1991『 浄瑠 璃 史 考説 』 に再 録 。
〔
編者注〕
本 稿 で 引 用 さ れた 横 道萬 里 雄氏 の分 節 試 案 は、1998年7月
の共 同研 究 会 音 楽分 科 会 にお い て提 案 さ れ た も
の に基 づ いて い る。 本論 文 集 所載 の横 道 氏 の分 節 案(155頁)は
、 それ を も とに執 筆段 階 で 改訂 を加 え られ た
もの な ので 、本 稿 の理解 の ため に、本 稿 に引用 され た1998年7月
時 点 で の 分節 案 を示 す。 理解 の一 助 と され
た い。
総記
語 り物 分 節 法 の試 み
の ば
○乃場
語 を 、 次 の よう に設定 す る。
のだん
○乃段
の おり
○乃折
の こま
○乃齣
のくだり
○乃 件
の こくだり
○乃小件
(
1) 各 種 目 ご と に用 いられ て いる用 語 に引 き つけら れ な いた め に、新 し く 分 節 のた め の用
通本
(
2) こ こに 用 いた ﹁
乃 ﹂ は、 も とも と は 助 詞 の ﹁の﹂ であ る が、 用 語 を安 定 さ せ る た め に、
1. 必 ず 漢字 の ﹁乃﹂ を 用 いる。 ﹁の﹂ ﹁ノ﹂ ﹁
之 ﹂ は 用 いな い。
次 のよ う な約 束 事 に従 う も のと す る。
﹁こ の演 目 は三 つ のノダ ンか ら な り、 ニノダ ン は五 つの ノ バ に分 か れ る。﹂
清 元
ご祝儀 曲な どは
2. ﹁乃 段 ﹂ ﹁
乃 場 ﹂など を 名詞 化 し て 、 ﹁ノダ ン﹂ ﹁ノ バ﹂と称 し 、 次 の よう に使 用 す る。
あ るよ う に考 え て行 う。
歌舞伎
﹁乃齣 ﹂ 以 下 の分節 に つ いて は、 今 後 の研 究 を 必要 とす る 。
一幕 目
義太夫
三段 目
平 家
那須与 一
巻第 一
能
全曲 が 一乃段
一場 目
前場
二場 目
全 曲が 一乃折
立端場
切場
事件 の ﹁段
クド キ
シヌ キ
口
中
切
クド キ
物語
立ち 回り
乃折 はナ シ
ワキ出 ノ段
シテ出ノ段
シテ仕事段
フシオチ等 で
クドキ
の区 切
三重ー 下リ
三重
サシ
下リ
物語
ク セの第 一節
クセ
(
序 ノ舞)
ク セの第 二節
(
3) 分 節 の た め の線引 きは 、種目 ご と に当 然 異 な る が、な る べく 他 の種 目 と の対 応 が自 然 で
(
4)
乃段
乃場
乃折
乃齣
乃件
乃小件
本紙 は第 2回共同研 究会 音楽 分科会 (一九九 八、七 、十 一)で配 布さ れた横道 萬里雄 氏 の案 に、当日 の氏ご 自身
の訂正 (
﹁乃場﹂ を加え ﹁乃小 齣﹂ を削除) を反 映さ せて、 分科会担 当 の薦 田が作成 した も のである。
209
第II部
語 り物 の構 造
音楽構造 を中心 に
引 用 ・参考 文 献
井野辺潔
1969「 『
語 り もの』音楽 に お け る語 り と伴 奏」東 洋 音 楽学 会 編 『日本 ・
東 洋 音楽 論 考 』(音 楽 之 友社)。1991『浄
瑠 璃 史 考 説 』 に再 録:46-60、
1978「
東 京 、風 間 書 房 。
浄 瑠 璃 の大 序 一 その 成立 と崩 壊 」 『
大 阪 音 楽大 学 研 究 紀 要第16号
』1991『 浄 瑠 璃 史考 説 』(東 京:
風 間書 房)に 再録:85-108。
1981「
義 太 夫 の音 楽構 造 」 吉 川英 史 ・金 田一 春 彦 ・小 泉 文 夫 ・横 道 萬里 雄(監 修)『 日本 古典 音 楽大 系第
5巻 義 太 夫 』 解 説書 『
第一 部 日本 音楽 の歴 史 と理 論 』:74-77、 東 京:講 談 社 。
1993「
浄 瑠 璃 テ キ ス トの 試行 」 『
大 阪音 楽 大 学研 究 紀 要 第32号 』:75-84、 大 阪音 楽 大 学 。 〈
封 印 切 の段 〉
の テ キ ス ト部 分 は1998『 日本 の音 楽 と文 楽 』(大 阪:和 泉書 院)に 再 録 。
内 山美 樹 子
1991「 解 説1.作
者 と作 品 」『
新 日本古 典 文 学 大 系
竹 田出 雲、並 木 宗輔 浄 瑠 璃集 』:559-582、
東 京:
岩波 書 店 。
蒲生郷昭
1990「
義太夫節 『
一 谷 嫩 軍 記 』の段 構 成 と 『
林 住家 の段 』 の音 楽」東 京 国 立文 化 財 研 究所 芸 能 部編 『
芸能
の科 学18』:55-89、
東 京 国立 文 化財 研 究 所 。
薦 田治 子
1993「
平 曲 の 曲節 と音 楽 構 造 」上 参郷 祐 康(編)『
平 家 琵 琶 一語 りと音 楽 』:161-193、 春 日部:ひ つ じ書
房。
田 中悠 美 子
2001「
義 太 夫 節 基 本地 の整 理 ・分 類 試 案」 楽 劇 学 会編 『
楽 劇 学 』第 八 号;39-68。
近石泰秋
1961「
五 段 型 式 の 成立 」 『
操 浄瑠 璃 の研 究一 その戯 曲構 成 につ い て』:13-30、 東 京:風 間 書 房 。
角 田一 郎
1991「 解 説3.曲
節・
翻刻付説」『
新 日本古 典 文 学 大 系
竹 田 出 雲、 並木 宗輔 浄 瑠璃 集 』:588-599、
東
京:岩 波 書 店 。
長 尾荘 一郎
1967「
義 太 夫 節 の 曲 節」 守 随憲 治 監修 ・解説 、 長 尾荘 一 郎 構 成 ・
解 説 レ コー ドアル バ ム 『
義 太夫 節 の 曲節 』
SJ3016.1-3,3017.1-3別
冊解説
東京:日 本 ビク タ ー。
浪 速 散 人 一楽
1756『 竹 豊 故 事
巻 之 中 』1975芸 能 史 研究 会 編 『日本 庶 民文 化 史 料 集成 第 七 巻人 形 浄 瑠 璃 』に翻 刻:25-29、
東京 、三 一 書 房 。
平野健次
1990「
語 り物 にお け る言語 と音 楽」 『日本文 学 』39巻6号:33-43、
一語 り と音 楽 』 に再 録:195-212
東 京:日 本 文 学 協会 。1993『 平 家 琵 琶
。
山 田庄 一
1977『
文 研 の芸 能 鑑 賞 シ リー ズ
文 楽 入 門』:69、 東京 、文 研 出版 。
山 田智 恵 子
1981「
段 と場 と巻 」 吉川 英 史 ・金 田一 春彦 ・小 泉 文 夫 ・横 道萬 里 雄(監 修)『 日本 古典 音 楽 大 系第5巻 義
太夫 』 解 説 書 『第一 部 日本音 楽 の歴史 と理 論 』:21-24、 東 京:講 談 社 。
祐 田善 雄
1963「
210
『
神 霊 矢 口渡 』 の節 章 解 説」 『日本 古典 文 学 大 系
風 来 山 人 集』:449-480、 東 京:岩 波 書 店 。
第14章
義太夫 節の音楽構造 と文字 テクス ト(山田)
1965「
解説」「
文 楽 用 語」 『日本 古典 文 学 大 系
1975「
浄 瑠 璃 の系 譜 」 『
浄 瑠 璃 史論 考 』:484-503、 東 京:中 央 公 論 社 。
文 楽 浄瑠 璃集 』:3-32、444-467、
東京:岩 波 書 店 。
横 道 萬里 雄
1960「
解 説 」 『日本 古典 文 学 大 系謡 曲集 上 』:5-40、 東京 、岩 波 書店 。
211