身体表現指導における 模擬保育後のふりかえりに関する一考察

保育内容(表現)身体表現指導における
模擬保育後のふりかえりに関する一考察
A study of Debriefing After the Childcare’s Simulation
in the Expressive Body Movements Instruction.
高 原 和 子・瀧 信 子*・矢 野 咲 子*
Kazuko Takahara・Nobuko Taki・Sakiko Yano
キーワード:身体表現指導,幼児,模擬保育,ふりかえり
そこで,本研究では,身体表現指導法の学修の深化
はじめに
の過程を明らかにすることを目的に,身体表現指導に
筆者らは,これまでに保育者養成校における学生の
おける学修の一手段である模擬保育について模擬保育
身体表現の指導技術の向上のために,模擬保育を取り
後のふりかえりがその後の学修にどのような変化をも
入れた段階的指導法について検討してきた
1 ~ 12)
。そ
たらすのか,学生のふりかえりコメントから検討した。
の中で,模擬保育の重要性を確認してきており,特に
また,幼児の身体表現指導の意義である「子どものイ
模擬保育後に行う「ふりかえり」がその後の学生の指
メージを大切にした指導」が模擬保育後の「ふりかえ
導技術の向上に有効であることを示唆している。そこ
り」によってどのようにもたらされるか検証した。
で,先行研究では,この「ふりかえり」に着目し,模
方 法
擬保育後の「ふりかえり」がその後の幼児を対象とし
た指導にどのように活かされたのか,事例をもとに検
討した。その結果,模擬保育後のふりかえりは,学生
1 .研究対象および模擬保育の実践
自身が指導における重要課題に気づくきっかけをつく
対象はF大学学生17名である。対象となった学生は,
り,その後の幼児指導につながる手がかりとなること
その大半の者が保育所や幼稚園といった保育現場で定
が確認された
13,14)
。また,
「ふりかえり」においては,
期的に保育補助のボランティアを行っており,幼児と
個人のふりかえりだけでなく,グループまたは全体で
の関わりを経験していた。学生は 4 グループに分かれ,
ふりかえりを討議し,他者との情報を共有することに
それぞれのグループで「幼児の身体表現遊び」の指導
よって,個人の次回以降の気づきにもつながることが
計画案を作成した。その後,それぞれのグループのメ
示唆された。そして,この気づきの深まりが回を重ね
ンバーが指導者となりグループ以外の学生を幼児に見
るごとに討議をより活発化し,そのことによって次へ
立てた模擬保育を行った。それぞれの模擬保育の時間
の指導にも生かされることとなり,「子どものイメー
は30分である。
ジを大切にした指導」の重要性を見いだすことにつな
2 .指導計画案のタイトルと模擬保育実施日
15)
4 グループの模擬保育のタイトルと実施日を表 1 に
がっていった 。
「子どものイメージを大切にした指導」を筆者らは幼
示す。
16)
児の身体表現指導における意義の一つと考えている 。
*福岡こども短期大学
23
高 原 和 子・瀧 信 子・矢 野 咲 子
表 1 模擬保育のタイトルと実施日
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にある。
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( 2 )グループ内討議(10分)
その後,指導グループのメンバーとグループ内
討議を行った。
( 3 )グループ討議内容の発表,質疑応答(10分~)
グループで討議した内容を代表者がまとめて発
3 .ふりかえりの方法と所要時間
模擬保育後のふりかえりは次の順に進めていった。
( 1 )個人のふりかえり「項目選択式ふりかえりシー
( 4 )全体討議と講評(10分~)
グループ討議の発表に引き続いて,他グループ
ト」(10分)
からの質問等への応答や,発表からみえてきた
模擬保育の実践直後に指導者役,幼児役それぞ
課題について全体で討議する。また,全体討議
れが「項目選択式ふりかえりシート」(図 1 )
を行いながら教員による講評を行う。
を用いて個別に活動をふりかえる。
「項目選択
( 5 )個人のふりかえり「自由記述式ふりかえりシー
式ふりかえりシート」では,①活動のねらい,
ト」(10分)
②幼児の活動,③指導者の言葉かけ,④活動の
全体討議と講評の後、それぞれが「自由記述式
流れと活動内容,⑤配慮や援助の 5 項目,29設
ふりかえりシート」(図 2 )を用いて個別にふ
問について 4 段階で評価し,幼児役および指
りかえる。「自由記述式ふりかえりシート」で
導者役に対するコメントを自由記述式で記入す
は,①幼児とのコミュニケーション,②活動の
る。この「項目選択式ふりかえりシート」の目
流れと動きの展開,③環境設定の工夫,④導入
的は,直前に行った模擬保育を整理し,幼児の
について,⑤活動内容の工夫,⑥配慮すること
身体表現指導として何が必要かを洗い出すこと
について,⑦その他の 7 項目について自由記述
図 1 項目選択式ふりかえりシート
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表する。
図 2 自由記述式ふりかえりシート
保育内容(表現)身体表現指導における模擬保育後のふりかえりに関する一考察
式でコメントを記入する。この「自由記述式ふ
結 果
りかえりシート」の目的は,グループ討議およ
び全体討議を経て,気づきの深まりができたと
模擬保育 1 回目から 4 回目までのそれぞれの模擬保
ころで改めてふりかえることで新たな発見を導
育直後に行った項目選択式ふりかえりシートから得ら
き出し,身体表現を指導する上での大切なこと
れた主な内容を「個人の気づき」に,全体討議後の自
の気づきを整理することである。
由記述式ふりかえりシートに記入された主な内容を
これら全ての様子(模擬保育からふりかえりまで)
「全体討議後の気づき」に,全体をふりかえって記入
は VTR 撮影し,本研究分析の資料とした。
する自由記述式の主な感想を「全体をとおした感想」
として表 2 と表 3 に示す。
表 2 模擬保育 1 回目と 2 回目の「個人の気づき」「全体討議後の気づき」「全体をとおした感想」
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高 原 和 子・瀧 信 子・矢 野 咲 子
表 3 模擬保育 3 回目と 4 回目の「個人の気づき」「全体討議後の気づき」「全体をとおした感想
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鍵となる。毎回の全体討議の中でもたびたび課題とし
考 察
て上がっており,そのことを討議することで学生たち
に模擬保育における幼児と指導者との関係ややりとり
項目選択式シートを使った個人のふりかえりでは,
の重要性を意識させていった。
4 段階評価においては,1 回目から 4 回目と大きな変化
また,幼児との問いかけ・応答・受容といった援助
はなかった。しかし,幼児役についてのコメントでは,
は幼児の身体表現遊びを指導する上では重要となる。
初回は幼児の実態を掴むことに難しさを感じる学生が
これら援助は幼児役が幼児らしく振る舞うことで生ま
多く,幼児になりきれていない者がほとんどであった
れる。模擬保育を繰り返し行い,そのたびに丁寧にふ
が,回を重ねるごとに幼児らしい発言や行動を出すこ
りかえりを行ったことで,学生たちがこれらの重要性
とができるようになっていった。模擬保育において指
を意識することができ,指導の質の向上につながった
導者側の指導力を向上させるためには幼児役の存在が
と考えられた。最終回の幼児役のコメントには,
「幼
26
保育内容(表現)身体表現指導における模擬保育後のふりかえりに関する一考察
児とのやりとりを意識した問いかけを指導者がしてく
②グループ討議では,回を重ねるごとに活発に意見交
れたので,幼児になりきって応えることができた。」
換が行われ,個人では気づかないことにも他者との
とあり,幼児になって活動を楽しめた様子も覗えた。
情報共有によって新たな気づきが生まれ,指導者と
グループ討議は,回を重ねるごとに活発に意見交換
しての気づきが促されていった。
が行われるようになっていった。それは個人では気づ
③一連の模擬保育とふりかえりを繰り返すことで,最
かないことにもグループや全体で討議し意見交換する
終回の模擬保育においては,指導の難しさを感じつ
ことで,他者との情報共有ができ,そのことが新たな
つも,徐々に幼児の身体表現指導の真髄に迫ってい
気づきを生むこととなり,指導者としての気づきが促
く意見や指導がみられるようになり,
「子どものイ
されていった結果と考えられた。
メージを大切にした指導」の重要性をコメントする
これら一連の模擬保育とふりかえりを繰り返すこと
ことが多くなっていった。このことから模擬保育と
で,最終回の模擬保育においては,指導の難しさを感
それに続く討議を入れたふりかえりは,幼児の身体
じつつも,「表現の仕方は様々で,いろいろな表現が
表現を指導する際の重要な視点を洗い出し,
「イメー
でてくるところが身体表現では大切であると感じた。」
ジを大切にした指導」という意識を学生たちに根付
「子ども一人ひとりの発言や表現を拾っていき,子ど
かせていったものと考えられた。
もが表現したいと感じる雰囲気を創ることが重要だと
以上のことから模擬保育後の「ふりかえり」が学生
思った。」「子どもがもっと心から楽しく表現したいと
の気づきを促すきっかけになることが示唆され,
感じられる工夫を考えていきたい。」といったコメン
「ふりかえり」では,個人のふりかえりだけでなく,
トが寄せられた。このことから模擬保育とそれに続く
他者との情報の共有が自己だけでは気づかない点にも
討議を入れたふりかえりは,幼児の身体表現を指導す
目を向けることができるとともに,他者からの見方を
る際の重要な視点を洗い出し,「イメージを大切にし
知ることでより深いものになることが,本研究でも確
た指導」という意識を学生たちに根付かせていったも
認された。そして,そのことが次の指導力の向上につ
のと考えられた。
ながっていくものと考えられた。
まとめ
本研究では,身体表現指導法の学修の深化の過程を
明らかにすることを目的に,模擬保育後のふりかえり
がその後の学修にどのような変化をもたらすのか検討
するとともに,幼児の身体表現指導の意義である「子
どものイメージを大切にした指導」が模擬保育後の「ふ
りかえり」によってどのようにもたらされるか検証し
た。その結果,以下のことが確認された。
①項目選択式シートを使った個人のふりかえり 1 回目
から 4 回目まで大きな変化はなかった。しかし,幼
児役についてのコメントからは,回を重ねるごとに
幼児らしい発言や行動を出すことができるように
なっていく様子がうかがえた。この件は,毎回の討
議の中でもたびたび課題となっており,そのことで
模擬保育における幼児と指導者とのやりとりや関係
の重要性を意識させ,模擬保育の質の向上につな
がったと考えられた。
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付記
本論文は,「身体表現の模擬保育を考える-指導技術
の向上をめざして-」として第68回日本保育学会でポ
スター発表したものを加筆・修正したものである。