第3回 2014年度企業価値向上表彰 大賞受賞 オムロン株式会社 SPECI A L I N T ERV I E W オムロン株式会社 代表取 締役社長 CEO 山田 義仁 氏 東京証券取引所は 2014 年度の企業価値向上表彰の大賞企業にオムロンを選んだ。オムロンは 資本生産性を表す経営指標である投下資本利益率(ROIC)※を重要指標に位置付け、現場の従業 員にどうすれば企業価値が向上するのかを考えさせている。山田義仁社長にその秘訣を聞いた。 企業価値向上を日々の仕事に落とし込む ―― 企業価値向上や資本生産性を高めるために、現場で働く従業員に対して、ROIC を意識 させようしても、 「自分たちとは関係ない、経営陣が勝手に決めたこと」と受け止められがちで す。オムロンではどのように浸透させているのですか。 一般社員だけでなく、部長やチームリーダーなどの管理職であっても、企業価値や ROIC を実 感しにくいと思います。それは日々の仕事の中で何をすれば ROICが改善するのかが分からない からです。そこで我々は「ROIC逆ツリー展開」という方法を導入しました。 逆ツリー展開とは ROIC を構成する要素を勘定科目レベルまで分解することです。ROIC は売 上高利益率(ROS)と投下資本回転率を掛け合わせた値です。ROICを上げるには利益率と回転 率を高めればよい。利益率を高めるには製品の付加価値を引き上げる必要があります。付加価値 を引き上げるには、販売現場では売価を引き上げる努力をしなければなりません。生産現場なら コストダウンや設備稼働率向上、研究開発現場は魅力的な製品を開発する必要があります。回転 率を高めるには、原材料の調達現場や生産現場、物流部門が連携してできるだけ在庫や仕掛品 を持たないようにしなければなりません。 〈 運営指標(ROIC逆ツリー展開)〉 逆ツリー展開を通じ、現場までつながった KPI(重要業績評価指標)/PDCA(計画・実行・評価・改善)を実行 現場 KPI PLAN ACT 実行 計画 CHECK DO 改善ドライバー 注力業界/エリア 売上 新商品/注力商品 売上 売価コントロール 変動費CD額・率 失敗コスト率 付加価値率 一人当り生産台数 自動化率(省人数) 製造固定費率 売 上高人件費率 売上総利益率 ROS ROIC 販管費率 R&D率 在庫月数 不動在庫月数 債権/債務月数 運転資金回転率 設備回転率 (1/N自動化率) 固定資産回転率 投下 資本 回転率 出典:オムロン 逆ツリー展開によって事業部門のすべての現場が共通の目標と戦略でつながります。コストダ ウンだけでなく、売価のコントロール、売れる商品づくり、ターゲットとする市場・顧客の設定、無 駄のない調達・物流などが上手くいかなければROICは高まりません。 当社には「タテの連結、ヨコの連結」という言葉があります。ROIC を高める上で重要な役割を 果たしています。この意味を説明するのに絶好の事例があります。 電子部品を製造・販売する事業部門では、将来の需要増に備えて生産設備を増強することに なりました。以前は工場にとってのコストメリットを優先するため、最初から大規模な設備を導入 するのが一般的でした。ただ、そうしてしまうと、需要が思うように伸びなかったりした場合、設 備が遊んでしまいます。設備の稼働率が下がれば製品1つ当たりのコストが上がってしまいます。 稼働率を維持させるには営業が大口の注文を取ってこなければならないのですが、そのときに 売価を大幅に下げてしまいがちです。そうなると、生産現場が必死になってコストダウンした成 果がすべて吹き飛んでしまいます。 ――どのようにして問題を解決したのですか。 ここでヨコの連結です。グループ全体を束ねる本社の生産技術部門が生産設備のコンパクト 化に取り組みました。生産能力は既存設備の3分の2程度に低下しますが、生産を行うスペース は3分の1程度で済むようにしました。同時に設計や部材の共通化も進めました。こうすることで 需要の変動に応じて工場の生産能力を小刻みに調整できるようになりました。部門の壁を飛び 越えてROIC改善に取り組む。これがヨコの連結です。 〈 顧客起点の発想による設備投資の最適化 〉 今 以前 需要 需要 (生産設備 1/N化) 生産能力 生産能力 機会 損失 ムダ 機会獲得 ムダ 需要 需要 年 年 ● 生産量を一定確保できれば 生産効率が最大化できる。 ● 需要変動に対して、生産能力を 最適化できる。 一定量の取り引きボリュームが 必要であることから、顧客需要への きめ細かな対応ができない。 ● ● 小ロット商談や需要増加への きめ細やかな対応ができる。 (機会 獲得) 生産能力を越える需要増加に対して 対応できない(機会損失) ● 現場の意識変化 「工場にとっての最適な生産量」という意識から、 「顧客が求める最適量をつくる」へ 出典:オムロン 稼働率を常に一定水準以上に保てるようになれば、例えば、営業は売価を無理に下げてまで 大口の需要を取りに行かなくて済みます。営業現場では、お客様に提供する価値に見合った、適 切な売価を設定することができます。生産現場も営業の状況を見ながら生産能力を柔軟に増減 させられます。部門に属するすべての従業員がROIC改善を目指す。これがタテの連結です。 ある事業部門におけるタテの連結の成果は別の事業部門にも展開しています。自分たちが何 をすればROICが高まるのか、資本生産性が改善し、企業価値が上がるのかが分かれば、つまり、 見える化ができれば、働く人たちのモチベーションはぐっと高まります。今ではどのようにしてタ テ・ヨコの連結を深めるのか、ROIC を高めるキードライバーは何かについてグループ内で活発 に議論が行われるようになっています。 ――現場で働いている従業員からは「利益が出ていれ ばそれでよいのではないか」という声が上がっていない のですか。 当社は上場企業ですから、投資家や株主から預かった 資本を元手にして事業をしているわけです。相応の利回 りを出せなければ、オムロンという会社に資本を預けて みようという投資家がいなくなってしまいます。現在の 経済情勢や当社が置かれている経営環境を考慮すると、 投資家が当社に期待している利回りの下限、つまり資本 コストは6%だと思っています。よって ROIC が6%に満 たない事業は、たとえ黒字であっても、企業価値向上の 視点から見れば意味がないということになります。その ような事業ばかりでは投資対象としてみたオムロンの価値が目減りし、株価も下がります。 もちろん、新規事業やこれから大きく育てようとしている事業については、ROIC が6%を下 回っているからといってやめてしまうわけではありません。今は6%に満たなくても、近い将来、 それを大きく超える利回りを稼ぎ出せるのであれば、企業価値を高めることができるからです。 「成長の好機」と判断すれば果敢に投資 ――逆ツリー展開とともに ROIC 経営を支えるもうひとつの柱が「ポートフォリオマネジメン ト」ですね。 当社は M&A&A(合併・買収・提携)、成長加速、構造改革、新規参入を見据えて投資資源を配 分しています。そのために売上高成長率と ROIC の2つで事業を4つの領域に分けています。売 上高成長率と ROIC のいずれもが高ければ「投資領域」 ( 下図:S)、ROIC は高くても売上高成長 率が低ければ「再成長検討領域」 ( 下図:A)、売上高成長率が高いのにROICが低い場合は「成長 期待領域」 ( 下図:B)、両方とも低いと「収益構造改革領域」 ( 下図:C)といった具合です。 〈 ポートフォリオマネジメント 〉 M&A&A・成長加速・構造改革・新規参入を見据えた、 投資資源配分の経営判断 ポートフォリオマネジメントカテゴリ 売上高 成長率 B S 成長期待領域 投資領域 C A 収 益 構造改革領域 再成長検討領域 Y% X% ROIC 出典:オムロン 当社には細かく分けると100 近くの事業ユニットがあります。これらの事業ユニットをポート フォリオマネジメントで4つの領域に区分けしています。規模の小さい事業は大きくし、収益性の 低い事業はその改善に取り組んでいます。そのときに重要なのは市場拡大の好機に投資をして 事業を大きく伸ばすことです。 太陽電池でできた直流の電気を交流に変換するパワーコンディショナー(パワコン)という制 御機器があります。パワコン事業は、東日本大震災に伴う原子力発電所の事故で再生可能エネル ギーの急速な普及が見込まれたことから4つの領域のうちの投資領域になり得ると判断し、社 長直轄部門に切り出して積極的に投資をしました。その結果、今では100 億円を超える売上高を 計上する事業に育ちました。 投資領域にある事業や投資領域になり得る事業に関しては、成長に向けた M&A&Aも行って います。2014 年10 月にはブラジルでトップのネブライザ(ぜんそく用吸入器)メーカーをグルー プに加えました。ネブライザでグローバルシェアナンバーワンの地位を獲得することに加え、生 産拠点や販路を生かし、血圧計などを含むヘルスケア事業を南米で拡大させていきます。 ――ROIC 経営を実践していることについて、国内外の投資家からどのような反応がありまし たか。 ROIC経営の効果によって、業績は着実に成長しています。11年度に約400億円だった営業利 益は、13 年度に約 680 億円となり、14 年度は 840 億円に増える見通しです。ROE(自己資本利 益率)も11年度は5.2%でしたが、13年度は11.6%、14年度は13%を超える公算が大きくなって います。 〈 全社 業績推移 〉 2011∼14年度 年平均成長率 +10.5% 8,350 (億円) 7,730 6,505 売上 6,195 売上高 総利益率 36.8% 営業利益 ( ROS ) 401 (6.5%) 37.1% 453 (7.0%) 38.5% 681 (8.8%) 39.6% 840 (10.1%) 投下資本利益率 4.8% 8.6% 11.3% 13%超 自己資本利益率 5.2% 8.8% 11.6% 13%超 74.5 137.2 209.8 285.5 1株利益(円) 〈11年度実績〉〈12年度実績〉〈13年度実績〉 〈14年度見通し〉 為 替 米ドル(USD) レート ユーロ(EUR) 79.3 83.2 100.1 105.5 110.3 107.6 134.0 139.2 アベノミクスの効果で海外投資家の日本企業への関心は高まっていますが、当社についても 業績を伸ばしていることで「中長期に稼げる会社」と高く評価していただいているのではないで しょうか。日本でもスチュワードシップコードが採り入れられ、企業価値向上に向けて企業と対話 しようとする機関投資家が着実に増えています。ROIC 経営を評価する機運はさらに高まるで しょう。 ――ROICやEPS(1株当たり利益)の中期目標を開示しているそうですね。 企業価値に直結する指 標の中期目標をオープンにしている日本企業はまだ少ないと思いま す。当社は16 年度にROICで13%前後(13年度実績で11.3%)、1株利益(EPS)で290円前後 (同 209.8 円)の数値目標を掲げています。これはあくまでも目標ではありますが、それでもあえ て目標を開示しているのは、株主や投資家にとって投資判断に有用であると判断したからです。 また、株主価値(企業価値)向上への強い決意と覚悟を示すという意味もあります。 企業と真摯な対話をしようとする機関投資家が増えています。我々も投資家をはじめとするス テークホルダー(利害関係者)と対話していかなければならないと考えています。社会のニーズを 先取りした製品を開発するというオムロンの創業の精神は、成長性の高いドメイン(領域)に特化 していくという経営につながっています。ROIC経営はオムロンのDNA(遺伝子)とも合致するの です。こうしたことをステークホルダーにこれからも伝えていこうと思っています。 ――企業統 治(コーポレートガバナンス)でも先 進的 な取り組みをされていますね。 当社には社長指名諮問委員会があります。多くの日本 企業では、社長や会長が自分たちの後任を選ぶことが一 般的になっています。往々にしてそのプロセスは不透明 になりがちです。当社の社長指名諮問委員会は社外取締 役が委員長を務め、しかもその他3人の委員のうちの1 人も社外取締役で構成されています。 取 締役の報酬を決めるときも株 主との利害が一致す るようにしています。中期の業績目標が達成したときに 報酬が多くなるような仕組みにして、中長期の視点で投 資してくれる株 主と一 緒に喜 べるようになっています。 コーポレートガバナンスのレベルが上がれば経営の透明性が高まり、投資家や株主への説明責 任を果たしやすくなります。外から見て分かりやすい経営、理にかなった経営をしている企業に は、自然と社会からの信頼が高まり、企業価値の向上にもつながります。 ――ROIC経営を採り入れたきっかけは何だったのですか。 当社は07年度まで6期連続で増収増益を果たしましたが、08年9月のリーマン・ショックとそ れにともなう世界的な景気後退で、当社の業績も急速に悪化し、営業赤字転落寸前まで落ち込 みました。その後11年にかけて業績は回復してきましたが、いい時も悪い時も緩まない経営を目 指していく必要性を認識し、そうした中で、現在のROIC経営を導入するための素地が整ってきた のではないかと思います。 もともとROIC は10 年以上前から社内の管理指標として使っていました。例えば、当時からカ ンパニー社長の賞与査定の評価指標の一つに入れていました。ただし、以前は、期初の段階でど こまで改善する計画か、といったような取り組みは行っていませんでした。社長就任後、ROIC は フェアな指標であるとともに、その式を分解すると改善ドライバーが明確になることから、事業 特性に合った価値向上施策の実効性を上げる目的で、逆ツリー展開を開始しました。 「ROIC 経 営」を真の意味で浸透させる秘訣として、各人のレベルまで構成要素を分解することと、全体最 適を実現するための目標を統合すること、つまり「分解」と「統合」の二つが非常に重要だと思っ ています。そして何よりも、トップのコミットメントが重要だと思います。 ――ROIC経営をさらに進化させようとしているそうですね。 人事や総務といった間接部門、グループ内の別の事業部門に部品・部材を提供している部門で は、ROIC の考え方がなじみにくいという問題があります。そこで自分たちの事業部門や職場は 誰に対してどのような価値を提供しているのか、何が使命なのかを改めて考えてもらうようにし ました。たとえ数値にできなくても、価値を最大化するには何をすべきかが分かるはずです。 人事であれば事業部門に優秀な人材を提供することが価値です。これを最大化すれば、人事 におけるROICを示す分数の分子が上がります。一方、価値を最大化させるには投資や費用が発 生します。ROIC を示す分数の分母が増えてしまいます。でも、優秀な人材の採用・育成につなが らないような無駄を減らせば、分母の増加を防ぐことになり、ROIC改善に貢献します。 ――資本効率を上げる経営に取り組もうとすると、どうしても資本を減らせばよいという発想 に傾きがちになります。 もちろん、無駄になっていて遊休化している資本は減らさなければなりません。しかし、それよ りも顧客に与える価値を高めることの方がもっと大切なのです。ここでいう顧客はいわゆる当社 の取引先だけでなくグループ内の別の事業部門も含みます。オムロンでは、価値を高めるための 資本は増やしますが、そうなっていない資本は減らすという考え方を浸透させようとしています。 在庫を例に挙げて説明すれば、売れなくなっていつまでも倉庫にとどまっている在庫は減らし ます。一方、売れ筋となっている商品の在庫は減らしません。減らせば欠品や納期の遅れが生じ てしまうリスクがあるからです。むしろそのリスクを減らすため、在庫を増やすかもしれません。 当社は法人相手のビジネスが主力ですので、どうしても業績にある程度の浮き沈みが生じてし まいます。それでも逆境の中でもコンスタントに実力を発揮できるようにして資本コストを上回 る利益 率を出さなければなりません。私たちはそれを「緩まない経営」と呼んでいます。リーマ ン・ショック後の有事から平時に戻った11年に私は社長に就任し、本格的にROIC 経営に取り組 み始めました。それを進化させてきた成果が今の業績に表れているのだと思いますし、今回の大 賞受賞にもつながったと感じています。 ――進化させているROIC経営は「2.0」と呼ばれているそうですね。 進化させる ROIC 経営では、ROIC を「社内外ステークホルダーに対する付加価値」÷「必要な 経営資源+滞留している経営資源」と翻訳しています。これは、まず成長戦略を実現するために 必要な投資を実施し、それ以上にお客様への付加価値を上げる、そして限りある経営資源のうち 滞留しているものを徹底的に減らす、という取り組みです。事業部門においても間接部門におい ても、各自が ROIC 改善を自分のこととして捉え、自律的に活動が展開できるようにすることが 目的です。これを「ROIC 経営 2.0」と位置付けて、来年度以降もさらに緩みのない経営を実施し ていきます。 ※ROIC 「Return On Invested Capital」の略で、投下資本利益率と訳す。事業のために投下している資本に対してどれ だけの利益を生み出せているのかを示している。株主資本(純資産)に有利子負債を加えた額を投下資本とするの が一般的。これに対応する利益は、営業利益から税金を引いた額(税引き後営業利益)とすることが多い。例えば、 株主資本が100 億円、有利子負債が100 億円、営業利益が 40 億円、営業利益に対する税率が 40%とすると、40 億円 (1−0.4)(10 0 億円+10 0 億円)=12%になる。オムロンの場合は対応する利益を純利益としている。 ROIC が資本コスト(オムロンの場合は6%)を上回っていれば、資本を効率的に活用できていることを意味し、企 業価値向上にも貢献する。また同社の場合、有利子負債がほぼゼロのため、ROICはROEとほぼ同値となる。 〈 ROIC逆ツリーの進化 〉 ROICの一般式 ROIC = 営業利益 ×(1ー実効税率 ) 投下資 金 オムロンとして「ROIC逆ツリー」で活用している式(ROIC 1.0) ROIC = 当期純利益 売上高 × 売上高 投下資金(運転資金+固定資産) 「ROIC逆ツリー」の現場起点で進化した翻訳式(ROIC 2.0) ROIC ≒ お客様(ステークホルダー)への価値( V ) 必要な経営資源 ( N) 「モノ、カネ、時間」 + 滞留している経営資源(L) 「ムリ、ムダ、ムラ」 出典:オムロン 山田 義仁 氏(やまだ よしひと) オムロン株式会社 代表取締役社長 CEO 1961年生まれ。1984 年立石電機株式会社(現オムロン株式会社)入社。2001 年米国 Omron Healthcare, Inc. 副 社長。20 03 年欧 州 Omron Health care, Europe B.V. 社長。2008 年オムロン ヘルスケア株式会社 代表取 締 役社長、オムロン株式会社執行役員。2010 年オムロン株式会社 グループ戦略 室長 執行役員常務。2011年同社 代表取締役社長(現任)。
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