政治経済学 I ——6. 価値形成・増殖過程—— 6.1 資本主義のもとでの社会的再生産 資本主義においては、(産業)資本による生産を通じて、生産手段が繰り返し補填されると同時 に、生産的労働を行なう労働者の生活が維持される。個別資本の目的は、あくまで利潤率の極大化 にあるが、利潤を追求する資本の行動の意図せざる結果として、社会的再生産が実現されることに なる。 資本主義における労働者は、二重の意味で自由な労働者であり、自らの労働力を売り、その対価 として得た賃金で、資本から生活手段を買い戻すほかに生きていく術はない。したがって、労働者 には、自分(とその家族)が生存するのに必要な生活手段を入手しうるだけの賃金が最低限必要と なる。 一方、資本にとっては、労働力を安く買うことができれば、その分大きな利潤をあげることがで きるので、できるだけ賃金を低い水準にとどめておこうとする。しかし、あまりに低い賃金では、 労働意欲の減退や労働力の劣化を招き、かえって利得を損なうことになりかねない。このような事 情から、賃金は、長期的には、労働者(とその家族)が生存するのに必要な水準に落ち着くと考え られる。このような水準の賃金をとくに労働力の価値と呼ぶ。 6.2 価値形成過程——剰余生産物がゼロである場合 資本主義においては、生産手段・生活手段・労働力は、いずれも市場を介して売買されるが、社 会的再生産の維持という観点からすれば、これらがどのような価格で売買されても構わないという わけにはいかない。社会的再生産のための価格体系がどのようなものであるかを理解するために、 純生産物がすべて労働者によって消費される場合、すなわち、剰余生産物がゼロである場合を考え る 1。 生産過程のときの例と同じように、鉄 40 トンと米 10kg と労働 40 時間を投じて鉄 80 トンを、鉄 40 トンと米 20kg と労働 80 時間を投じて米 80kg を生産する社会を考える。但し、ここでは純生産 物である米 50kg がすべて労働者の生活手段になると仮定する。 鉄 1 トンの価格を p1 、米 1kg の価格を p2 、労働 1 時間あたりの賃金(賃金率)を w と置くと、 社会的再生産を保証する価格体系は次のような方程式で表される。 1 この想定は、説明の便宜のために置かれた仮定にすぎない。どのような社会であれ、剰余生産物がゼロであることは 一般的ではない。 1 40p1 + 10p2 + 40w = 80p1 40p1 + 20p2 + 80w = 80p2 120w = 50p2 一見すると、方程式 3 本に対し未知数 3 つであるので解くことができるように見えるが、3 つの 方程式は独立でない(他の 2 本から 1 本が導ける)ので、実際には方程式は 2 本しかない。した 5 12 p2 、p1 = 23 p2 という関係が成り立つことが分かる。 すなわち、かりに鉄 1 トンの価格が 1000 円だとすると、米 1kg の価格が 1500 円、1 時間あたりの 賃金が 625 円であれば、社会的再生産を継続的に行なわれることになる。逆に、このような比率か がって、解は一意には決まらないが、w = らはずれた価格がつけば、生産物に過不足が生じ、社会的再生産を維持することはできなくなるだ ろう。 ところで、剰余生産物がゼロの場合、社会的再生産を保証するような商品の価格は、商品に対象 化された労働に比例したものとなる。なぜなら、方程式の上 2 本の両辺を w で除すると p1 p2 + 10 + 40 w w p1 p2 40 + 20 + 80 w w 40 p1 w p2 = 80 w = 80 となるが、これは「5.2.2 対象化された労働」における対象化された労働を求める連立方程式と同 型であり、したがって、 t1 = p1 p2 , t2 = w w である 2 。このことから、商品に対象化された労働と商品の価格との間には、次のような関係が成 り立つことが分かる。 t1 : t2 = p1 : p2 このように、社会の剰余生産物がゼロである場合、社会的再生産が持続的に行なわれるために は、商品は対象化された労働に比例した価格(価値価格)で売買されなければならないことが知ら れている(労働価値説の論証)。 2 このことは、鉄 1 トンに対象化された労働(投下労働量)t と米 1 トンに対象化された労働(投下労働量)t が、鉄 1 2 1 トンで買える労働(支配労働量)と米 1 トンで買える労働(支配労働量)とそれぞれ等しいことを意味している。 2
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