光秀×真琴 短編集 とましの ︻注意事項︼ このPDFファイルは﹁ハーメルン﹂で掲載中の作品を自動的にP DF化したものです。 小説の作者、 ﹁ハーメルン﹂の運営者に無断でPDFファイル及び作 真琴です。 品を引用の範囲を超える形で転載・改変・再配布・販売することを禁 じます。 ︻あらすじ︼ ケモ彼の光秀 × 海と制服 ││││││││││││││││││││││││ 1 目 次 花火大会 ││││││││││││││││││││││││ 4 海と制服 海と制服 三学期の期末試験が終わり、バレンタインも過ぎた二月末。 二年の先輩には見えない慶次が﹁そろそろみっちゃんの誕生日だ なー﹂なんて話している。 だがここは生徒会室で、本来なら何らかの話し合いか仕事をするは ずの時間だ。 しかし生徒会メンバーは誰ひとりとして真面目に仕事をしようと しない。 そ れ な ら も う 俺 は 帰 っ て い い だ ろ う か。そ う 思 い な が ら 立 ち 上 がったところで、生徒会室の扉が開いて生徒会顧問がやってきた。 ﹁徳川、話がある﹂ 1 相手は生徒会顧問で英語教師で一年である俺の担任だ。 それと⋮⋮⋮⋮。 廊下に出た俺は担任教師の真面目な顔を見上げる。 ﹁今日の英語の小テスト﹂ 二時限目のテストの話を出された俺は思わず笑ってしまった。 この担任教師が言いたいのはテストの出来の話じゃないんだろう。 ﹁笑ってんなよ﹂ テストの解答欄に仕込んだ悪戯に英語教師であるこの男が気付か ないはずがない。 ﹂ ﹁今度の日曜な﹂ ﹁いいのか らないよう、解答欄の隅に一文字ずつバラバラに書いておいた。 もちろん素直に文章を書いたわけじゃない。人に見られてもわか それは英文で小さく﹁一緒にいたい﹂と書いたものだった。 テストの解答欄に仕込んだ悪戯。 ず立ち去っていった。 俺の問いかけに担任教師は肩をすくめて口許を緩めると何も言わ ? その悪戯に気付いただけでなく日曜に時間を割いてくれるらしい。 ただそれだけで俺の心は跳ねあがっていた。 だが卒業まではふたりの関係を隠すと決めているため会話は曖昧 で、接触も最低限に努めている。 そのためここで喜びを外に出してはいけない。 そうしてやってきた日曜日。 光秀のマンションにやって来た俺は駐車場で光秀を見つけた。 ﹁なんで制服なんだよ﹂ 軽く笑いながら問われた俺は仕方ないんだと返した。 ﹁出掛けに長政と遭遇したから、図書室で勉強をすると嘘をついた﹂ だから制服なんだと説明したところ光秀も納得してくれたらしい。 ﹁けど、そうなるとうちの連中と遭遇しないところに行ったほうが良 いな﹂ 制服姿の生徒と日曜日に出歩いているなんて不自然だろう。そん な事を言いながら光秀は車のドアを開けた。 俺は慌てて助手席に乗り込みシートベルトをつける。 光秀は俺の担任教師で英語教師で生徒会顧問で、少し前には俺の気 持ちを受け止めてくれた大切な人だ。 今までの俺は恋なんてものとは無縁の人生を歩いてきた。 だからこれは初恋ということになる。その相手が男で、しかも教師 なんて、きっと世間からすればおかしなことだろう。 でも好きになってしまったんだから仕方ない。 車 を 一 時 間 ほ ど 走 ら せ た 光 秀 は や が て 広 い 駐 車 場 で 車 を 止 め た。 周囲には一台も車がいない。 車を降りた俺は潮の香りに笑みをこぼす。 どうやら光秀は俺が魚も海も好きな事を覚えていてくれたらしい。 ふたり砂浜へ降りながら冷たい冬の潮風に髪を揺らす。 ﹁やっぱ寒いな﹂ ﹁冬だからな﹂ 光秀のつぶやきに俺は笑顔で返す。冬の海なら誰と会うこともな 2 い。俺が制服姿でも、光秀がそんな俺の教師でも、人と会わなければ 関係ないことだ。 ﹁光秀、ありがとう﹂ 嬉しくてたまらない気持ちのまま礼を向ける。そんな俺の目の前 ﹂ で光秀はなぜかコートを脱いでいた。 ﹁光秀 寒いだろうと言おうとした俺だけど、言葉はのどを通らなかった。 脱いだばかりの、まだ光秀のぬくもりが残ったコートが俺の肩を包 み込む。 ズルいズルいズルい。 こんなの惚れないわけがないじゃないか。 ﹁これで制服が隠せたな﹂ 最初からこうしときゃ良かったわ。そう言いながら光秀は煙草を 取り出している。 ﹂ そんな光秀を見つめていた俺はたまらず声をあげた。 ﹁好きだ 3 ? ! 花火大会 ﹂ ことの発端は慶次の一言からだった気がする。 ﹁真琴、なんか聞こえない 当直勤務の合間、暗い院内を歩く俺の耳にもその音は聞こえてい た。 俺は慶次と顔を見合わせて屋上へ向かう。 ﹂ 音の正体は離れた場所で行われているらしい花火大会のもので、俺 はその大きさに目を奪われていた。 ﹁あれ、みっちゃんと明紫波さんも来てたんですね ﹁真琴、花火好きだったんだな。あ けどみっちゃんが花火を見に するとそんな俺の元に慶次たちがやってくる。 だが俺は上がり続ける打ち上げ花火から目が離せないでいた。 呆然と空を見上げる俺のそばを離れて慶次が走っていく。 ! 俺を誘う変わり者もいないわけじゃなかったけど、人と関わること た。 それにフランスでも花火大会はあっただろうが興味を持てなかっ いでいても目も向けなかった。 子供の頃は施設にこもって勉強ばかりしていた。周りの子供が騒 ﹁花火なんて今までまともに見たことなかったから﹂ 花火は少しの休憩に入るらしく空は闇を取り戻している。 線を下ろした。 親しげを少し越えたスキンシップを向けてきた光秀に俺はふと視 ﹁真琴クンは花火大会とか大好きなタイプだったのか﹂ 朝顔のような形の花火を見上げていると肩に腕を回された。 上げ花火は円形だけじゃないらしい。 暗い空を彩る大輪とはよく言ったものだと思う。けど最近の打ち げ花火の音でかき消された。 楽しげな慶次の声に三成が何か返しているけど、その言葉は打ち上 来てるほうが珍しいか。興味ありませんとか言うと思ってた﹂ ! を面倒に感じていた時期だったから。 4 ? だからきっとこれが初めてまともに見る花火なんだ。 そう思うままに説明すると三人が黙り込んでしまう。 何か悪いことを言っただろうか。そう不安を抱き始めたところで 光秀の手が俺の頭に乗せられる。 そして光秀が優しい表情で口を開いて⋮⋮ ﹂ でも言葉は再びあがった花火の音にかき消されてしまう。 ﹁聞こえなかった。なんて言ったんだ 問い返した俺の頭を光秀は激しく撫で回して、なぜかその目を三成 に向ける。 ﹁俺は仕事に戻るわ﹂ ﹁先程の話、忘れないでくださいね﹂ 光秀は三成と言葉を交わして屋上を立ち去る。 その背中を眺めているとそばで慶次が何を話していたのかと三成 に問いかけた。 ﹁花火を見に来たわけじゃないんだな﹂ ﹂ ﹁昼に前木が花火をしたいと言っていたので、その話をしていただけ です﹂ ﹁さすがみっちゃん仕事が早い せる。 三成って素直に感謝されるの苦手だよな。 ああでも花火って何をするんだろう。 打ち上げ花火なんて個人でできるものじゃないだろうし、子供の頃 に花火をやった記憶がないな。 後で長政に聞いてみようか。きっと長政なら俺の子供の頃を覚え ていてくれるはずだから。 再び仕事に戻った俺は救急対応を数件終えて仮眠室へ向かった。 慶次は内科で仕事があると聞いてるからしばらく仮眠室には来な いだろう。 それならひとりゆっくりと、さっき見た打ち上げ花火のことを思い 5 ? 凄い凄いと騒ぐ慶次のそばで三成が少し居心地の悪そうな顔を見 ! 出すのも悪くない。 けれど白衣を脱いで仮眠室のベッドに転がったら思わぬ早さで睡 魔が襲ってきた。 ここまで疲れていたのかと思いながら俺は落ちる感覚のまま意識 を手放す。 ﹁⋮⋮⋮⋮でしょう﹂ 遠く誰かの声が聞こえて俺は意識を覚醒へと向かわせた。 けれど重くのし掛かる睡魔のようなものが俺の意識に絡み付いて 覚醒の邪魔をする。 ﹁今夜も本来なら別の人間が当直だったはずですよ﹂ ああこれは三成の声だ。そう認識していると俺の頭にあの手が触 れる。 優しく俺の髪をすくように無骨な手に撫でられる。 6 ﹁貴方のそばにいたいのか知りませんが、きちんと休みをとらせたほ うが良いですよ﹂ 三成の声はドアの開く音と重なる。 開いたドアはすぐに閉ざされて、俺の頭を撫でる手だけが残った。 これはきっと光秀の手だ。 それはわかってるのに俺に絡み付く睡魔が消えてくれない。 どうしよう。今すぐ起きてあいつを見たいのに。 ﹁⋮⋮つ、ひで⋮⋮﹂ 目が開かない。起きられない。 そんなに疲れていただろうか。 そういえば今夜で何連勤目だ ずっと寂しかったんだ。 ﹁⋮⋮起きなくていいぞ﹂ だけど ああ、なのにこんな時に起きられないなんて。 いた。 寂しくて光秀のそばにいたくて、当直予定の奴と代わってもらって ? 不意に降ってきたのは子供に言い聞かせるような優しい声だった。 ただそれだけでさざ波のように何かが浸透する。 気持ちが落ち着いていって、俺はまた意識を落とすことができた。 当直があけた翌日の午後、休憩室に珍しい雑誌が置かれていた。 季節ごとのイベントを集めた雑誌らしく、表紙には花火大会特集と 書かれている。 俺は自然とその雑誌を手に取り椅子に腰かけた。するとすぐに休 憩室へ長政と秀吉がやってくる。 ﹁お疲れさん﹂ ﹂ 秀吉はいつもと変わらないにこやかな顔で俺の向かい側に座る。 そして長政は俺の隣に腰かけた。 ﹁ねぇ真琴、今度の休みだけど、予定空いてる ﹁空いてる﹂ 雑誌のページをめくりながら長政の質問に返す。 ﹂ すると長政はそれならと笑顔を輝かせた。 ﹁一緒に出掛けない ﹁ああ、構わ⋮⋮﹂ ﹁予定 ﹂ ええで﹂ もしかして学会の予定でもあるのだろうか。そう思いながら俺は 長政に謝罪を向けた。 すると長政は照れたような笑顔で良いよと返してくれる。 ﹁真琴が花火大会の雑誌を見てたから、懐かしくなって誘おうと思っ ただけだから﹂ 7 ? 秀吉の思わぬ言葉に驚いた俺は雑誌から目を移した。 ﹁徳川センセ、その日は予定あるやん﹂ 俺が返事をする前に秀吉の声が割り込んだ。 ﹁あーーーあかんわーー﹂ ? ﹁そんな話を聞いたんやけどな。まあ次のお休みは空けといたほうが ? 長政の言葉に俺は何かを思い出しかけた。 けれどそれはすぐに消えてしまってうまく思い出せなかった。 仕事を終えると帰り際に俺は再び休憩室に立ち寄った。誰もいな い休憩室であの雑誌をパラパラとめくる。 もし俺に勇気があったなら、昼間の長政のように花火大会に誘えた のにと思う。だが俺には忙しいあいつを束縛するほどの自信も勇気 もなかった。 そこでふと昼間に思い出しかけたことが頭をよぎる。 子供の頃、長政と施設の人たちと花火大会に行ったことがあったん だ。 でも俺は迷子になって花火なんてまともに見られなかった。だか ら花火を見た記憶がないんだ。 ﹁花火大会、か⋮﹂ ﹂ 嬉しすぎて呼吸もままならないでいると光秀に肩をたたかれた。 落ち着けと笑われて顔が熱くなる。 ﹁花火大会、行けるのか﹂ ﹁休みの日にちょうどこの近くで何ヵ所かあるみたいだからな。だか ら決めといてくれると助かる﹂ ﹁わかった﹂ 8 せっかくならふたりで行けたら楽しいのに。そう思いながら帰り 支度を済ませると休憩室に光秀がやってきた。 ﹂ 現れた光秀はここにいたのかとつぶやく。 ﹁どうした。急患か ﹁次の休みな﹂ ﹁これ⋮⋮っ ﹁どこに行きたいか決めとけよ﹂ る。 つられるように目を向けると机の上には開かれたままの雑誌があ 言いながら光秀は俺の手元を指差す。 ? 光秀が置いたのかと聞きたくても言葉が詰まる。 ! 決めておくと光秀に返すとあの手が頭に乗せられる。 正直、子供扱いされてると思う。 でもそれでも嬉しくなるのは最近抱えていた寂しさの反動かもし れない。 9
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