観察ノート ⦆⦆⦆⦆⦆精密なものとはいい難い楽器数種の見取り図だが

観察ノート ⦆⦆⦆⦆⦆精密なものとはいい難い楽器数種の見取り図だが、Henri Arnault が重視されるの
は、ラテン語のメモを書き添え、おそらく研究用と思われる観察ノートを 1440 年頃という早期に書き残し
たことによる。リュートやオルガンも含まれるその見取り図は、当時の有鍵弦楽器に使われたらしい種々の
アクションのスケッチが含まれ、貴重である。
なかでも、見取り図中、チェンバロ風なクラヴィシムバルム clavisimbalum と名付けられた楽器には、デ
ザインが異なる 4 種類 5 個のローズがある。部分的に当時の構造技法の実際を描こうとしたらしいが、ピ
タゴリアンではない弦長スケールや鍵盤幅などから楽器ピッチの推計など、オルガノロジーの研究対象とし
てみるといくつかの謎もみせる。
クラヴィシムバルムのスケーリング ⦆⦆⦆⦆⦆通常は「弦長がオクターヴで 2 倍」になるピタゴリアン・
スケールが一般的用弦法だが、見取り図中のクラヴィシムバルムの場合、オクターヴで 2 倍になるのは「プ
ラッキング・ポイントとブリッジの間」。同じスケーリング構想の楽器(ロンドン・RCM 蔵十六世紀初期
のナポリ楽器)が現存し、最古のクラヴィチテリゥム(ロンドン・RCM 蔵:c.1480(年頃)の作者不詳楽
上巻 p.66)とも同時代の楽器であり、あながち「想像上の楽器図」ではない。仕様は B~a2 音域、多分、
器
プレクトラム材料には金属か鳥の羽が用いられ、2 列の弦レジスターでジャックレールはない。その 2 列目
の弦は、最初の弦上に重ねて張られており、ジャック 1 本で 2 弦を同じプラッキング・ポイントで撥弦す
る。ピッチは、十六世紀 8′ ピッチの、上 4 度からオクターヴほど高かったようである。
クラヴィシムバルム図のアクション ⦆⦆⦆⦆⦆手稿図中のクラヴィシムバルム図には、ベントサイド側に 4
種のアクションが描かれ、その使用を奨めている。
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彼はクイル撥弦に言及し、エスケープメント・メカニズムらしいものも描かれているが、タングを動かす
部分はピン板にあけたスロットの回転軸にぶら下がっていたり、大きめの支点であったりして、我々の知っ
ている十六世紀以降のジャックとは異なる複雑な構造である。
4 種のうち右端、つまり第 4 のアクションは、跳ね上がる板の先の「コの字」形の金属が「打弦」するメ
カニズムで、古文献中 Arnault 手稿だけに登場する「デュルチェ・メロス dulce melos」という楽器のアク
ションらしく、ごくシンプルな「ピアノ」的アクションにほかならない。十七世紀末の Cristofori の発想に
先行するピアノ的発音メカニズムゆえに、
「デュルチェ・メロス」は特に注目される。第二のタイプのメカ
ニズムについてははっきりしない。3 種類のメカニズムはダンパーがない。⇒デュルチェ・メロス
Chris Barlow によるクラヴィシムバルムの再現楽器。
クラヴィシムバルムの再現楽器製作者 Chris Barlow の報告は、
“The Clavisimbalum of Henri Arnault de
Zwolle c.1440”, Harpsichord & fortepiano Vol.10 no.2 Spr. 2006, p.44。ほかに Clutton, Cecil. “Arnault’s
MS”, GSJ 1952, 参照。