こちら

裁判年月日 平成28年 1月12日 裁判所名 東京地裁 裁判区分 判決
事件番号 平25(ワ)30653号
事件名 建物明渡請求等事件
文献番号 2016WLJPCA01128003
出典 ウエストロー・ジャパン
主文
1 被告は,原告から1000万円の支払を受けるのと引換えに,原告に対し,別
紙物件目録記載の建物を明け渡せ。
2 被告は,原告に対し,798万9239円及び平成27年12月1日から前項
の明渡済みまで,1か月66万6666円の割合による金員を支払え。
3 原告のその余の請求を棄却する。
4 訴訟費用は,これを3分し,その1を原告の負担とし,その余を被告の負担と
する。
5 この判決は,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1
1
請求
主位的請求
(1) 被告は,原告に対し,別紙物件目録記載の建物を明け渡せ。
(2) 被告は,原告に対し,平成25年10月3日から上記(1)の明渡済みまで,
1か月66万6666円の割合による金員を支払え。
2 予備的請求
(1) 被告は,原告から705万円の支払を受けることと引換えに,原告に対し,
別紙物件目録記載の建物を明け渡せ。
(2) 被告は,原告に対し,平成25年11月2日から上記(1)の明渡済みまで,
1か月66万6666円の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
本件は,原告が,被告に対し,別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)
を賃貸していたところ(以下「本件賃貸借契約」という。),主位的には,本件賃貸
借契約が債務不履行により解除されたと主張し,本件賃貸借契約の終了に基づき,本
件建物の明渡し及び解除の日の翌日である平成25年10月3日から明渡済みまで
1か月66万6666円の割合による約定損害金の支払を求め,予備的には,本件賃
貸借契約が期間満了により終了したと主張し,本件賃貸借契約の終了に基づき,立退
料を提示した上での本件建物の明渡し及び期間満了の日の後である平成25年11
月2日から明渡済みまで1か月66万6666円の割合による約定損害金の支払を
求める事案である。
1 前提事実(当事者間に争いがない事実並びに証拠及び弁論の全趣旨により容易
に認定できる事実)
(1) 当事者
ア 原告は,東京都新宿区歌舞伎町(以下「歌舞伎町」という。)の健全な発
1
展に貢献するために,必要な共同事業を行うとともに,周辺環境の整備促進,町の環
境及び公共福祉に留意した事業を行うことを目的とする組合である。
イ 被告は,バングラデシュ国籍を有し,昭和63年から日本に居住し,本件
建物においてDJレストランバーを経営する者である(乙15,20)。
(2) 本件賃貸借契約
ア 原告は,B(バングラデシュ国籍。以下「本件前賃借人」という。)に対
し,平成10年10月1日,地上5階,地下2階建てビル(以下「本件ビル」という。)
の地下2階にある本件建物を次の約定で賃貸し(本件賃貸借契約),同年11月1日
までに,本件賃貸借契約に基づき,本件建物を引き渡した(甲2)。
賃料 月額31万8600円
支払方法 毎月末日までに翌月分を支払う。
保証金 200万円
期間 平成10年11月1日から平成13年10月31日まで
目的 店舗(DJレストランバー)
違約金 明渡しをなさなければならない日以降の損害金は,賃料の倍額
イ 本件前賃借人は被告に対し,平成11年6月11日,本件賃貸借契約の賃
借人たる地位を移転し,原告はこれを承諾した。被告は,本件建物において,a店と
いう店名でDJレストランバー(以下「本件店舗」という。)を経営している。
ウ 原告と被告は,本件賃貸借契約を順次更新し,平成22年12月7日,次
の約定とする旨の更新を行った。
賃料 月額33万3333円
期間 平成22年11月1日から平成25年10月31日まで
(3) 更新拒絶通知
原告は,被告に対し,平成25年6月1日までに,本件賃貸借契約について,同年
10月31日で契約が終了し,更新を行わない旨を記載した通知をした。
(4) 解除の意思表示
原告は,被告に対し,平成25年10月2日,重大な契約違反を理由として,本件
賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。
(5) 賃料相当額の支払
被告は,原告に対し,平成25年10月から平成27年10月までの間,毎月末日
までに,各翌月の賃料相当額である月額33万3333円の金員を支払った(弁論の
全趣旨)。
2 争点及びこれに関する当事者の主張
(1) 債務不履行解除(争点1)
(原告の主張)
被告は,本件賃貸借契約の賃借人たる地位を承継して以来,度重なる騒音問題,ビ
ラ配り等の客引行為などにより,本件ビルの他の賃借人に迷惑な行為を続けた。被告
は,このような行為について,誓約書を差し入れるなどしたが,その後も他の賃借人
に迷惑となる行為は継続していた。
被告は,消防法上義務付けられている防火対象物の点検及び誘導灯の設置を実施せ
ず,消防庁や原告から警告を行ったにもかかわらず,実施しなかった結果,東京消防
庁ホームページ内の「公表されている違反対象物」に本件店舗の店名が掲載されるこ
ととなった。原告は,被告に対し,平成24年11月15日付けの通知書により,上
記掲載がされた旨を指摘するとともに速やかな対応を催告したが,約半年の間,実施
2
されることがなかった。
(被告の主張)
原告の主張は,争う。
被告は,一度,騒音の問題でクレームを受けたことはあるが,その後はそのような
行為をしていない。また,被告は,ビラ貼り等について,原告から直接注意を受けた
ことはない。そもそも,これらの問題は,いずれも解除の意思表示が行われた時点か
ら10年以上前の話であり,最近はこのような行為は全く行っていない。
被告は,平成14年頃,東京消防庁からの警告を受け,その後,管理会社からも警
告書を受領したが,現在では,消防法違反の点は全て是正されている。原告は,被告
に対し,上記管理会社からの警告書を送付してから,平成24年11月15日付の通
知書を送付するまでの約10年間にわたり,消防法違反の点については何らの連絡も
せず,被告は,上記通知書を受領した後,すべて自ら是正している。
原告は,誘導灯の電池切れ,消火器の未設置,感知器の不良など,消防法違反等を
契約解除の理由とするが,これらは,そもそも管理会社が責任を負うべきものである。
また,原告が契約解除の理由として主張する私物の放置についても,既に解決してい
る。
(2) 正当事由(争点2)
(原告の主張)
ア 本件ビルは,昭和40年に建築され,更新拒絶の時点で50年弱が経過し
ており,昭和56年6月に施行された建築基準法上の耐震基準には全く適合していな
い。また,既に耐用年数は経過し,設備全体の老朽化は著しく,維持管理することで
かえって不経済な状態が生じている。
したがって,本件ビルには,建替えの必要性がある。
イ 本件ビルを含む歌舞伎町一帯について,再開発計画が進められており,本
件ビルについても老朽化が進んでいることから,再開発計画に沿う形で建替えを行い,
歌舞伎町一帯の防災拠点等とすることを具体的に計画している。
ウ 原告は,被告が本件建物から立ち退くことで生じる不利益を最小とするた
め,歌舞伎町内の本件ビル近辺の代替物件を数件提示しているが,被告は,これらを
受け入れることはない。
エ 原告は,被告に対し,本件建物の立退料として,705万円を提示する。
(被告の主張)
原告の主張は,争う。
ア 本件ビルは,鉄骨鉄筋コンクリート造りの地上5階,地下2階建てのビル
であり,あと20年は使用することができ,未だ耐用年数は経過しておらず,老朽化
もしていないから,建替えの必要性は見当たらない。
歌舞伎町一帯の再開発計画があることは認めるが,本件ビルの老朽化及び建替えの
必要性との関連性はない。
被告は,平成11年6月11日から現在に至るまで,1度の賃料滞納もなく,営業
を継続している。
原告が提示する立退料は低額すぎ,被告は,明渡しに応じることはできない。被告
が本件建物の賃料及び水道光熱費を現在に至るまで一度も遅れることなく支払い続
けてきたということも十分に考慮すべきである。
イ 被告は,昭和63年に来日し,その後日本人女性と結婚して子をもうけ,
平成20年11月に都内にマンションを購入し,現在もローンを支払っている。
3
本件店舗は,被告が子供の頃から将来の夢として経営することを思い描いていたD
Jの演奏を聴きながら食事をするというDJレストランバーであり,平成11年6月
11日から現在まで営業を続けている。平成25年度の確定申告によれば,本件店舗
の年間売上は3336万9499円であり,被告は,本件店舗からの収入により,家
族の生活,上記マンションのローンの支払等をすべて賄っている。
被告は,本件店舗の売上を維持するてこ入れとして,原告の許可を得た上で,平成
24年に300万円の内装費をかけて改装工事を実施した。
第3 当裁判所の判断
1 認定事実
前記前提事実,証拠及び弁論の全趣旨によれば,次の各事実を認めることができる。
(1) 本件建物の使用態様
ア 被告は,原告に対し,平成11年6月17日付けで,以前から問題となっ
ていた騒音の問題について,原告に謝罪するとともに,本件ビルの地下1階の入居者
から騒音の件で苦情が一度でもあったら契約を解除されても異議を述べないこと,ビ
ルの入口でビラ配り及び客引き行為をしないこと,他の賃借人の迷惑となる行為をし
ないことを確約し,これらに違反した場合に即時契約を解除されても異議を述べない
旨の誓約書を差し入れた(甲5)。
イ 原告から本件ビルの地下1階を賃借していた株式会社は,原告に対し,平
成14年8月20日付けで,本件ビルの地下1階及び地下2階の共用部分である1階
入口に本件店舗の案内・受付と思われるテーブルが設置され,地下に降りる階段の壁
にポスター等が貼付されていること,本件店舗の音量が非常に大きく,地下1階まで
音が響く状態が続き,地下1階における営業に支障が出る状態であることを抗議する
内容の通知をした(甲6)。
ウ 新宿消防署長は,被告に対し,平成14年4月23日付けで,本件店舗に
つき,消防法違反と認め,防火管理者を選任して届け出ること,消防計画を作成して
届け出ること,階段に置かれたテーブル,椅子,冷蔵庫,リヤカー,ガラス戸,厨房
用品を撤去すること,フロアーカーテンを防炎性能のものとすることを履行するよう
警告する警告書を発出し,これを受け,本件ビルの管理を担当していた管理会社は,
被告に対し,同月25日付けで,同内容の警告書を送付した(甲7の1,2)。
エ 東京消防庁は,平成24年11月7日付けで,本件店舗につき,防火対象
物点検が未実施であること及び誘導灯が一部未設置であることにつき,消防法違反で
あるとして,東京消防庁ホームページに掲載して公表した。これを受け,原告は,被
告に対し,同月15日付けで,上記公表がされたことを指摘し,上記違反を是正する
よう求めるとともに,是正がされない場合には,本件賃貸借契約を解除する旨の通知
をした。被告は,上記通知を受け,上記違反を是正するための措置を実施した(甲8,
9,被告本人)。
オ 東京消防庁は,平成25年9月24日,本件ビルについて消防設備点検を
行い,①本件店舗内に消火器が設置されておらず,又は見当たらないために設置を要
し,②本件店舗は消防法上無窓階と区分されるため,設置されていた感知器を煙感知
器に交換することを要し,③本件店舗内に設置されている避難口誘導灯の予備電池容
量不足のため,予備電池の交換を要するとした(甲11の1,3)。
カ 平成25年10月28日の時点において,本件ビルの地下1階の機械室前
には,被告の椅子等の物品が置かれ,地下1階から地下2階にかけての階段部分には,
被告の椅子やオーディオ機器等が置かれ,本件店舗の裏口前には,被告の印刷機等が
4
置かれていた(甲11の2,被告本人)
(2) 本件ビルの建替えに関する計画
ア 東京都新宿区(以下「新宿区」という。)は,歌舞伎町について,平成1
9年3月に歌舞伎町まちづくり誘導方針を策定し,平成21年11月にその一部を改
定し,①シネシティ広場を含む中心街区の建替え等の拠点整備を誘導することによる
魅力ある拠点づくり,②中心街区の再開発の誘導,小規模ビルの共同建替えの誘導な
どの土地利用,③歩行者回遊幹線の導入による歩行者アクセスの改善等を基本方針と
した(甲14の1)。
イ 新宿区は,平成25年4月,上記アの歌舞伎町まちづくり誘導方針を踏ま
え,歌舞伎町街並みデザインガイドラインを策定し,シネシティ広場を中心に歩道の
拡幅と民地の壁面後退により広い歩行空間を確保することを提案し,その後の検討の
過程においても,歩道幅員が狭いため,将来的に沿道建築物のセットバックについて
検討を行い,歩行空間の充実を目指すこと,周辺と一体的な歩道整備を行うことでシ
ネシティ広場との主要動線との連携を高めること等を提案した(甲14の2の2,甲
18の1から3まで,甲19)。
ウ 本件ビルの南側には演劇公演用のホール及び映画館であるb劇場が隣接し
ていたが,平成20年に閉館し,平成24年6月から平成27年3月にかけて,その
敷地にcビル(以下「cビル」という。)が建築された。上記建築に伴い,cビルの
敷地周辺の歩道部分につきセットバックが行われたことを受け,新宿区は,原告に対
し,本件ビルの敷地部分についても,歩道として提供するよう指示をした。本件ビル
の敷地部分において上記のセットバックを行った場合,現状は596.4パーセント
とされている容積率が660パーセントに緩和され,地上8階,地下2階建ての建物
を建築することが可能になると見込まれている(甲15,21,弁論の全趣旨)。
エ 原告で平成26年5月に開催された第53回通常総会において,本件ビル
につき,セットバックを行った上で容積率の緩和を求め,8階建てに建て替えること
を前提とした事業計画案が議案として上程され,上記議案は,賛成多数で可決された
(甲20の1,甲21,22)。
オ 本件ビルは,昭和40年1月に建築された地上5階,地下2階建ての鉄筋
コンクリート造の建物であり,平成25年1月16日付けで行われた耐震判定の結果,
各階の構造耐震指標(Is値)のうち,X方向1階部分及びY方向2階部分につき,
倒壊し,又は崩壊する危険性があるとされる数値(0.3以上0.6未満)が算出さ
れた一方,その余の部分につき,倒壊し,又は崩壊する危険性が低いとされる数値(0.
6以上)が算出され,構造耐震指標が所定の値を満足しておらず,耐震性に疑問があ
るため耐震補強等の対策が必要であるとされた(甲1,24)。
カ 原告は,cビルの建築に伴い,本件ビルの南側外壁部分(cビルとの隣接
部分)の確認を行ったところ,上記外壁部分に設置されたパイプや室外機等の19か
所が最小1ミリメートル,最大388ミリメートルの範囲で敷地の境界部分から越境
していることが判明し,上記のうち4か所について越境を解消する措置を講じ,残り
の部分について,cビルオーナー会社との間で,将来的に整備を行うことを約束した
(甲33,34,弁論の全趣旨)。
キ 本件ビルにおいては,平成24年10月に死亡事故が発生したエレベータ
ーと巻上機の基本構造が同じエレベーターが設置されており,同月以降に改正された
建築基準法施行令上,戸開走行保護装置の設置が義務付けられ,原告は,新宿区から
同装置の速やかな設置を求められている(甲30の1,2)。
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ク 原告は,平成26年9月,本件ビルの建物の劣化状況に関する調査を行っ
たところ,本件ビルにつき,上記オの耐震補強を行うための修繕費用として2200
万円,上記カの越境を解消するための修繕費用として600万円,上記キのエレベー
ターの全面改修等を行うための修繕費用として6500万円を要し,これらを含め,
本件ビルの様々な緊急度に応じた修繕費用として合計2億3965万円を要すると
の見積りがされた(甲31)。
(3) 被告の生活状況等
ア 被告は,住所地に妻及び子とともに居住し,自宅マンションの購入資金の
ローンとして,毎月約7万円を返済している(乙17,18,20,被告本人)。
イ 被告は,平成24年頃から,本件店舗のほかに「d店」の名称で歌舞伎町
内にバングラデシュ及びインド料理のバー兼レストランを経営し,平成25年分の申
告所得として273万2985円を得ていた。なお,同年分の被告の収入金額333
6万9499円のうち約半分は,上記店舗による収益であった(甲35,乙16,被
告本人,弁論の全趣旨)。
ウ 被告は,本件店舗の雰囲気を変える目的で,定期的に本件建物の内装工事
を行い,内装工事費用を負担した(乙11から14まで,20,被告本人)。
(4) 立退料に関する査定等
ア 不動産鑑定士は,本件建物の老朽化に伴う立退料について,平成25年7
月1日を基準とした査定を行い,借家権につき,①賃料差額補償方式により771万
円,②収益方式により562万円,③控除方式により240万円,④借家権割合によ
る方式により851万円とする評価を行った上で,上記各方式による評価額の比率を
①:②:③:④=10:0:3:5として,鑑定評価額を705万円とした(甲16)。
イ 原告は,被告に対し,本件訴訟において,本件建物の代替となり得る建物
として,歌舞伎町内にあり,飲食店舗として利用可能で,ビルの1階に所在する物件
4件及び地下1階に所在する物件5件を紹介した(甲28の1から9まで)。
(5) 以上に対し,被告は,上記(3)イのバー兼レストランの収益について,最近
になって売上げが伸びてきたために,本人尋問において収益の半分と回答したにすぎ
ない旨主張する。
しかしながら,被告は,本件店舗及び上記バー兼レストランによる収益額について
何ら具体的な主張立証を行っていない上,本人尋問において,被告代理人から平成2
5年分の確定申告書(乙16)を示された上で,その収益金額約3300万円に上記
バー兼レストランの売上げがどの程度含まれているかとの質問に明確に回答する形
で上記供述をしており,上記供述が質問の趣旨の誤解や言い間違いに基づくものであ
ると認めることはできない。
また,被告は,本件ビルの明渡しの問題は,平成27年3月にcビルが完成したこ
とにより終了し,本件ビルの入居者で立ち退く者はいない旨主張するが,証拠(甲3
6の1から4まで,甲37,38の1,2)によれば,原告は,同月以降の時点にお
いても,本件ビルの他の入居者との間の賃貸借を順次解約し,直ちに退去しない入居
者については,賃貸借契約を締結せずに明渡しを猶予するにとどめ,又は定期賃貸借
契約を締結するなどして,本件ビルの建替えの支障にならない態様で利用を継続させ
ていることが認められ,被告を含む全入居者の退去が完了すれば本件ビルの建替えを
行うことが可能になると見込まれるから,建替えの計画がなくなったと認めることは
できない。
2 争点1(債務不履行解除)について
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上記1(1)イからカまでのとおり,被告の本件建物の使用態様については,①平成
14年8月頃,本件ビルの他の賃借人から原告に対し,共用部分への物品の設置及び
ポスター等の貼付や本件店舗からの騒音を理由として抗議が出されていたこと,②平
成14年4月,新宿消防署から消防法違反とされ,是正の措置を履行するよう警告を
受け,本件ビルの管理を担当していた管理会社からも同内容の警告を受けていたこと,
③平成24年11月,東京消防庁から,防火対象物点検が未実施であること及び誘導
灯が一部未設置であることが消防法違反であるとして公表され,原告からも上記消防
法違反を是正するよう求めたこと,④平成25年9月,本件店舗について行われた消
防設備点検の結果,なおも不備が見られたこと,⑤同年10月,本件ビルの共有部分
に被告の椅子等の物品が置かれていたことが認められる。
なお,以上に加え,上記1(1)アのとおり,被告は,原告に対し,平成11年6月
17日付けで,本件前賃借人との関係で問題となっていた騒音の問題について,原告
に謝罪したことも認められるものの,被告が本件賃貸借契約の賃借人たる地位を承継
して間もない段階での出来事であり,主に本件前賃借人の本件建物の使用態様に起因
するものであって,被告の使用態様に起因するものとして考慮することはできない。
そして,上記①から⑤までの被告の使用態様は,本件建物の賃借人である被告が本
件建物の所有者である原告と共に消防法上の防火対象物等の管理について権原を有
する者(同法8条)として負っていた義務への違反(上記②から④まで)又は共用部
分の用法遵守義務違反(上記①及び⑤)に当たり,被告が原告に対して負っていた本
件賃貸借契約上の債務との関係でも,債務不履行を構成するものというべきである。
もっとも,上記①の抗議がされた後,原告が被告にその旨を伝達したことを認める
に足りる的確な証拠はなく,前記前提事実(4)の解除の意思表示がされるまでに10年
以上が経過していること,上記②の消防法違反について,被告が新宿消防署長の警告
を受け,原告が警告書を発出してから上記解除の意思表示がされるまでの10年以上
の間,原告が特段問題にした形跡がないこと,上記③及び④の消防法違反について,
被告が指摘を受けた後,最終的には是正のための措置を行っていること,⑤の共用部
分への物品の設置が継続的に行われていたとまでは認められないことに照らすと,こ
れらの債務不履行が重大なものとまではいうことができず,原告と被告の間の信頼関
係を破壊すると認めるに足りない特段の事情があると認められる。
したがって,本件賃貸借契約が債務不履行解除により終了したということはできな
い。
3 争点2(正当事由)について
(1) 原告は,前記前提事実(3)の更新拒絶の通知を行ったことに基づき,本件賃
貸借契約が期間満了により終了したと主張する。
しかしながら,前記前提事実(2)のとおり,本件賃貸借契約の期間は平成25年1
0月31日までであったところ,上記通知が被告に到達したのは同年6月1日の時点
であって,期間の満了の1年前から6月前までの間という借地借家法上の更新拒絶通
知の期間制限(同法26条1項)を充足しないものであるから,これをもって更新が
拒絶されたということはできない。
もっとも,上記通知は,その後に更新された本件賃貸借契約(期間の定めのない契
約となる。)についての解約申入れ(同法27条1項)としての意味をも有すること
となるから,本件賃貸借契約について解約申入れの正当事由が認められるかが問題と
なる。
(2) 上記1(2)オのとおり,本件ビルは,平成25年の時点で建築後48年余り
7
が経過し,鉄筋コンクリート造の建物であることを考慮しても残存する耐用年数はわ
ずかであると認められ,構造耐震指標が所定の値を満足しておらず,耐震性に疑問が
あるため耐震補強等の対策が必要であるとされたほか,同カ及びキのとおり,使用を
継続するには,壁面設備の越境部分の修繕やエレベーターの改修等を行う必要があり,
同クのとおり,これらを修繕するために多額の費用を要することからすると,本件ビ
ルにつき修繕を行った上で使用を継続することが現実的であるとは認められない。ま
た,同アからエまでのとおり,歌舞伎町のまちづくりの誘導に関する方針として,本
件ビルに隣接するcビルの建築に伴い,周辺の歩道をセットバックすることによって
広い歩行空間を確保することが提案され,歌舞伎町の発展に貢献することを活動の目
的とする原告としては,上記提案に沿う形で本件ビルの管理を行うことが期待されて
いるところ,本件ビルの敷地部分において上記のセットバックを行った場合,容積率
が緩和されることが見込まれ,原告において,緩和された容積率を前提として,本件
ビルの敷地に地上8階,地下2階建ての建物を建築する内容の事業計画が可決された
ことも認められ,これらのことからすると,原告が本件建物の明渡しを求めることに
つき,一定の必要性があることが認められる。
他方,被告は,平成11年6月以降,本件建物において本件店舗を営み,その収益
が平成25年分の被告の収入金額の約半分を占め,被告及びその家族の生活が本件店
舗の経営に大きく依存していることが認められ,被告が本件建物を使用する必要性も
また大きいものであることが認められる。
そうすると,上記の本件建物の現況,原告が本件建物の明渡しを求める必要性及び
被告が本件建物を使用する必要性を考慮しても,本件賃貸借契約について直ちに解約
申入れの正当事由が認められるということはできないものの,原告が被告に対し,相
当額の立退料の支払をすることにより,解約申入れの正当事由を補完することができ
るというべきである。
(3) そこで,立退料の金額について検討するに,上記1(4)アのとおり,不動産
鑑定士が本件建物の老朽化に伴う立退料について,鑑定評価額を705万円としたこ
と,被告が本件建物以外の場所において本件店舗と同様の営業をする場合,相当額の
営業上の損失及び移転費用を要することが見込まれること等の諸般の事情を考慮す
ると,解約申入れの正当事由が認められるための立退料としては,1000万円が相
当と認められる。
(4) これに対し,被告は,原告が立退料として提示する705万円では不十分
であり,本件店舗の移転費用及び移転先店舗の保証金として1000万円,改装費用
として2000万円を要し,合計5000万円以上が必要である旨主張する。
しかしながら,本件店舗を移転させた場合に改装費用として2000万円もの金額
を要することが見込まれると認めるに足りる証拠はなく,被告が主張する移転費用等
に対する補償としては,上記1(4)アの賃料差額補償方式による査定において既に本件
店舗の移転費用として一定の金額が考慮されている上で,上記(3)のとおり,営業上の
損失及び移転費用が生じることを考慮して,立退料を1000万円と認めることで十
分足りるというべきである。
(5) したがって,本件賃貸借契約は,上記(3)の金額の立退料の支払をすること
により,前記前提事実(3)の通知の6か月後である平成25年12月1日の経過をもっ
て終了したというべきである。
4 小括
以上によれば,原告の請求は,被告に対し,①原告から705万円の支払を受ける
8
ことと引換えに,別紙物件目録記載の建物を明け渡すこと並びに②本件賃貸借契約終
了の日の翌日である平成25年12月2日から平成27年11月30日までの約定
損害金の未払額798万9239円及び同年12月1日から上記明渡済みまで1か
月66万6666円の割合による約定損害金の支払を求める限度で理由があり,その
余は理由がない。
第4 結論
よって,主文のとおり判決する。
(裁判官 髙橋祐喜)
〈以下省略〉
9