病院から見た現在の医療情勢 - 山形県医師会

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山形県医師会会報 平成28年7月 第779号
病院から見た現在の医療情勢
小白川至誠堂病院 理事長 松 澤 克 典
「勤務医のページ」の原稿依頼をいただきました。
各病院の形態によって該当する項目は違ってき
私は病院経営に携わる立場で、純粋に勤務医とは
ますが、我々の病院においては、今回の平成28年改
いえないのですが、現在の医療情勢についていろ
定では、障害者病棟、療養病棟、食事療養費などの
いろと悩むことも多く、思うところを述べさせて
算定基準が大きく減額されたため、当期利益が前年
いただきたいと思います。
比マイナス3,
000万円の試算です。救急管理加算な
どはプラスになりましたが、焼け石に水でした。
医者同士が集まる場で「病院(の経営)は大変
思い起こせば26年も入院基本料や診察料関連は
ですよねぇ」と同情?されることは、以前からよ
プラス改定でしたが、リハビリや薬価、一部の手
くあったのですが、最近は他業種の人たちとの会
術の減額が大きく、トータルでは年間1,
200万円の
合でも「病院は大変だそうですね」と言われるこ
マイナスでした。24年もマイナス1,
560万円で、も
とが多くなりました。
ちろん病院内で様々な工夫、努力をして黒字決算
別に、クリニックや診療所の経営が大変じゃな
を計上しましたが、
「昨年と同じ患者数、診療内容
いなんて言うつもりは毛頭無いのですが、病院経
では年間数千万のマイナスになります」と、春先
営がそんなに楽なものじゃない、ということが一
に事務方から告げられるのは、精神衛生上あまり
般の人の間にも少しは浸透してきているのかな、
よろしいことではありません。
と思います。
もちろんクリニック、診療所の点数も減額され
2014年度の「医療経済実態調査」では、病院
ている項目は多々ありますが、病院のそれと較べ
(精神科以外)の利益率はマイナス3.
1%で、前年
ると、金額に大きな違いがあります。医療費の中
度よりさらに1.
4ポイント拡大しています。一方、
で、病院の占める割合は診療所の2.
5倍(2013年度
病床のある診療所はプラス10.
7%、病床のない診
で病院21兆円、診療所8.
4兆円)ですから、増え続
療所が同8.
8%で、保険薬局でさえ(失礼)プラス
ける医療費を抑制するには病院をターゲットにす
7.
0%の安定した利益率となっています。
る、という考えもわからないではないのですが、
ただ、これを「弱者の愚痴」のように思われた
不公平といえばあまりに不公平です。
くないのは、患者数が減って病院の業績が下がっ
この原稿を書いているのは6月なので、参議院
ているためマイナスになっている、というような
選挙の結果はわかりませんが、私はガチガチの保
単純な話ではないからです。多くの病院が、患者
守派なので、比例区はもちろん日本医師会推薦の
数も病床稼働率も上昇しているのに利益が上がら
自民党候補に投票するつもりです。
ないというのは、やはり医療点数配分のシステム
しかし、彼女が無事当選できたとしても、病院
に問題があるのでは、と考えたくなります。そこ
の医療費改定マイナスにストップをかけてもらえ
で、勝手な言い分ではありましょうが、個人的な
るかどうか…。議員ひとりの力では限界がありま
「病院側の主張」を述べさせていただきます。
すので、日本医師会の組織力で対応してもらう以
外対策はないと思います。
1.2年ごとの医療費改定はいつも病院いじめ?
御存じのように医療費は2年に1回改定される
2.人件費の増大をどうする?
のですが、これが毎度毎度判で押したように、病
社会的使命から不採算部門を切り離すことが出
院に対してはマイナス改定なんですね。
来ず、人件費の抑制もままならない国公立病院の
山形県医師会会報 平成28年7月 第779号
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大変さはもちろんのこととして、民間病院も、看
住なので消費税が取れない)などというニュース
護師や薬剤師、検査技師など国家資格を持つ専門
を知ると、いくら保守系支持の立場でも、なかな
職を正職員として多数採用しなければならない点
か納得はできません。
は同じです。社員の多くを臨職や派遣に頼るよう
授業料や家賃だって消費税はかからない、とい
になった一般企業と異なり、これは病院経営を大
う反論も聞いたことがありますが、これらは値上
きく圧迫することになります。
げすることが可能です。私は自由診療の導入に必
通常、一般企業では経費に対する人件費の割合
ずしも賛成する立場ではないですが、医療費だけ
は3割前後(製造業とサービス業で違いはありま
が価格を自由に設定できず、医療機関が患者さん
すが)といったところでしょうか。しかし、医療
の消費税を負担している現在のシステムは、
「税の
機関の場合、上記のような理由で5〜6割以上に
公平さ」に著しく逸脱した状態だと思っています。
達してしまうことも珍しくありません。
「人件費が
そんなに高かったら、普通の会社ならとっくに倒
4.薬剤師不足をどうする?
産だ」と知り合いの社長さんによく笑われます。
医療現場において看護師不足は慢性的な課題で
というわけで、病院では人件費の高騰が経営を圧
すが、最近、病院では薬剤師不足が大きな問題と
迫してしまうケースが多々あるのですが、逆に考
なっていることを御存じでしょうか?
えれば、多数の職員の採用は、それだけ大きな社
ほとんどのクリニック、診療所が外来は院外処方
会貢献をしているともいえます。
となっているため、薬剤師の必要数は減少していま
とくに地方都市においては、若者の働き場所が
すが、病院の場合、入院患者さんの調剤や服薬指導
少ないと言われる中で、これだけの人員を正職員
などがあり、院内の薬剤師も一定数必要です。とこ
として採用出来る組織はそうそう無いでしょう。
ろが、雨後の竹の子のように増える調剤薬局のため、
地方銀行や大手スーパーも最近は臨時職員が多い
薬剤師の数は絶対的に不足しています。
ですし、地元テレビ局などよりも我々民間病院の
それにしても、この調剤薬局の薬剤師に対する
職員数ははるかに多いです。
求人広告がすごいんですね。これは医師の公募か
だとしたら、高騰する医療費は国の喫緊の課題
と見間違うような好条件で、中には1,
000万円以上
だとしても、病院の衰退は地方都市の職場の減少
の年収を保証しているものもあります。もちろん
という意味で大問題だとの認識を、政治家の方々
職業に貴賎無しとはいえ、これでは病院の求人に
には持って欲しいものです。
応募してくれる薬剤師はなかなか見つかりません。
しかし、これは調剤薬局が大きな利益を上げて
3.消費税アップは経営にどう響く?
いることの証左であり、医療費抑制という大命題
薬品や医療機器の購入には消費税がかかります。
がある以上、政府はこの部分にも大ナタを振るっ
しかし保健医療費は非課税なので患者さんから消
て、薬剤師の適正配置に配慮してもらいたいと
費税を徴収することはできず、医療機関が負担す
思っています。
るシステムになっています。もちろんこれはクリ
ニック、診療所も変わりませんが、大がかりな治
病院は他職種と異なり、診療報酬が決められて
療を行う設備投資の大きな病院ほど消費税負担額
いる上に、ベッド数も固定されているため、現状
は増えることになります。実際に大学病院や基幹
以上の増収はなかなか見込めません。
病院の赤字原因の多くは、医療機器や消耗品など
医は仁術であり利益を追求するものではない、
の消費税持ち出し分だとの分析もあるそうです。
というのは重々承知なことですが、人件費が年々
医療費の増大を避けたい財務省は、診療報酬の
増大するのも、また事実です。
上乗せで消費税額を埋めるとの考えですが、それ
こちらはもう限界ぎりぎりまで絞るところは
が充分な金額でないのは前述してきたとおりです。
絞って頑張っているのですから、少なくとも医療
それに加えて、輸出中心の大企業には総額数兆円
費改定の際にマイナス改定だけはしないで欲しい
の還付金が支払われている(最終消費者が海外在
と切に願っています。