外来遺伝子(DNA)の生細胞への効率的な導入方法の開発に成功

プ レ ス リ リ ー ス
2016 年 7 月 6 日
国立研究開発法人情報通信研究機構
国 立 大 学 法 人 大 阪 大 学
外来遺伝子(DNA)の生細胞への効率的な導入方法の開発に成功
~ガンや高血圧、糖尿病など特定の遺伝病を治療するための遺伝子治療に貢献~
【ポイント】
■ p62*1 タンパク質の量を減少させることで、細胞内に導入した DNA の分解を抑制し、導入効率の上昇に成功
■ 導入した DNA の大部分がオートファジー*2 によって分解されてしまうというこれまでの問題を解決
■ 細菌・ウイルス感染のメカニズムの解明や、ガンや高血圧、糖尿病など特定の遺伝子治療法の開発に貢献
国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT、理事長: 坂内 正夫)未来 ICT 研究所は、国立大学法人大阪
大学(大阪大学、総長: 西尾 章治郎)大学院生命機能研究科 小川 英知特任准教授、平岡 泰教授らと共同
で、外来 DNA を生きた細胞に効率よく導入するために、p62 と呼ばれるタンパク質の量を減少させることで、
DNA の導入効率を上昇させることに成功しました。
これまでは、オートファジーと呼ばれる細胞に侵入した外敵を分解するシステムによって、導入された DNA の
大部分が核に運ばれる前に分解されてしまうという問題がありました。今回、オートファジーシステムの一員であ
り、DNA の分解に貢献する p62 を除去することにより、細胞内のオートファジー機能が弱まり DNA が壊されなく
なるため、遺伝子導入効率*3 が飛躍的に上昇することが証明されました。
本成果は、分子細胞生物学分野の基盤技術として大きなブレークスルーとなると考えられます。また、ES 細
胞*4 を使った基礎医学分野及びガンや高血圧、糖尿病など特定の遺伝病を治療するための遺伝子治療に貢献
できると期待されます。
なお、本研究成果は 2016 年 6 月 18 日に国際的科学誌「FEBS Letters」のオンライン速報版で公開されてい
ます(http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/1873-3468.12262/full)。
【背景】
分子細胞生物学分野において、外来遺伝子を効率よく生細胞に導入する必要があります。これまで、細胞に DNA
を導入する場合、その導入効率が低いことが問題になっていました。また、細菌感染やウイルス感染などの感染症の
治療分野では、感染した細菌やウイルスの DNA が細胞内でどのように処理されるかが、長年にわたって不明のまま
となっています。さらに、遺伝子治療の分野では、安全で高効率な DNA の細胞核導入技術の開発が待ち望まれてい
る状況にありました。
生細胞への外来 DNA の導入効率が低い原因は、細胞内にオートファジーと呼ばれる細胞に侵入した外敵を分解
するシステムがあり、そのシステムにより導入された DNA の大部分が核に運ばれる前に分解されてしまうことです。
NICT 未来 ICT 研究所においては、微小なビーズを生細胞に導入する技術
を既に開発しており、この技術を用いて、大阪大学と共同で様々な動物細
胞でオートファジー過程を蛍光顕微鏡で追跡することにより、生細胞への遺
伝子導入効率の評価を進めてきました。
【今回の成果】
本研究では、情報媒体である DNA を生きた細胞に効率よく導入するた
めに、p62 と呼ばれるタンパク質の細胞内量を減少させることにより、DNA
の導入効率を上昇させることに成功しました。これまで、マウスの ES(胚性
幹)細胞では、DNA を導入しようとしても、その導入効率が悪いことが問題
になっていました。それは、細胞にはオートファジーと呼ばれる、細胞に侵
入した外敵を分解するシステムがあり、そのシステムによって導入された DNA の大部分が分解されるからです。p62
は、その分解システムの一員で DNA を分解することに貢献します。p62 を除去すると、そのオートファジーの機能が
弱まり、DNA が壊されなくなります。その結果、遺伝子導入効率が上昇することを証明しました。
なお、本成果は 2016 年 6 月 18 日付けで、国際誌 FEBS Letters にオンライン公開されております。また、本成果
は、NICT 未来 ICT 研究所と大阪大学生命機能研究科との共同研究の一環として得られました。
【今後の展望】
今後、p62 による外来 DNA の分解機構の詳細を明らかにし、ES 細胞と同様に多分化能を持ち再生医療に必要な
iPS 細胞の樹立に応用するとともに、生体における核酸医薬及びガンや高血圧、糖尿病など特定の遺伝病を治療す
るための遺伝子治療への応用を目指します。
<論文情報>
掲載誌: FEBS Letters
DOI: 10.1002/1873-3468.12262
URL: http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/1873-3468.12262/full
掲載論文名: Depletion of autophagy receptor p62/SQSTM1 enhances the efficiency of gene delivery in
mammalian cells
著者名: Megumi Tsuchiya, Hidesato Ogawa, Takako Koujin, Shouhei Kobayashi, Chie Mori, Yasushi Hiraoka,
Tokuko Haraguchi
各機関の役割分担
 NICT:
ヒト培養細胞を用いた分子機構の解析
 大阪大学: マウス胚性細胞を用いた遺伝子導入法の確立
< 本件に関する問い合わせ先 >
NICT 未来 ICT 研究所
フロンティア創造総合研究室
原口 徳子
Tel: 078-969-2241
E-mail: [email protected]
大阪大学大学院生命機能研究科
小川 英知
Tel: 06-6879-4621
E-mail: [email protected]
< 広報 >
NICT 広報部 報道室
廣田 幸子
Tel: 042-327-6923
Fax: 042-327-7587
E-mail: [email protected]
大阪大学大学院生命機能研究科
庶務係
中西 祥子
Tel: 06-6879-4692
E-mail: [email protected]
<用語解説>
*1 p62 (プロテイン分子量 62 キロダルトン の意味: 別名 SQSTM1 / Sequestosome1 / A170)
p62 タンパク質は、細胞外の環境の変化(酸素の濃度や栄養状態)を感知して、不必要なタンパク質をオートファ
ジーで分解して、細胞が環境の変化に対応できるように準備する役割がある。ウイルスや大腸菌などと同じように、
外来の DNA は細胞にとって異物と見なされ、p62 は、それらを認識してオートファジーで分解するために働く。
*2 オートファジー
オートファジーは、細胞が飢餓状態(アミノ酸欠乏)に陥る
と、“自分自身”(細胞質)を食べてアミノ酸の基となる窒素
源を補充する仕組みから名付けられた。しかし、現在では、
細菌やウイルスが細胞内に侵入した時に、それらを攻撃
する細胞内免疫としても考えられている。
オートファジーの仕組みを右図に示す。細胞内の一部を
オートファゴソームと呼ばれる膜構造で覆い、リソソームと
融合することで、オートファゴソーム内に閉じ込めた細胞
質成分を分解する。
オートファジーの概念図
*3 遺伝子導入効率
外来の DNA が細胞外から導入される効率を意味する。一般的には遺伝子が入った細胞と入っていない細胞とを
識別するために、遺伝子が導入されると細胞が光る、又は染色されるなどの仕組みを持った DNA を使用し、遺
伝子導入された細胞数を比較する。本研究では、遺伝子が細胞内に導入されると蛍光を発するタンパク質(GFP)
が作られる仕組みを持つ DNA を導入することにより、遺伝子導入効率を評価した。
遺伝子導入の概念図
*4 ES 細胞胚性幹細胞
胚性幹細胞(Embryonic Stem cell)のこと。動物の受精卵が発生する初期段階に現れる胚盤胞の内部細胞塊
から作られる幹細胞で、あらゆる組織に分化する能力を持つ細胞群。
補足資料
今回の成果の概要
本来、生物が細菌感染やウイルス感染を受けた場合には、外から入ってきた“異物”を迅速に捉えて適切に処理す
ることが、生物の生存に極めて重要なことです。細胞におけるその機能をオートファジーと呼びます。一方、遺伝子治
療を行う場合や効率よく遺伝子改変を行いたい場合には、用意した DNA を人工的に細胞内に入れる必要があります。
これまで、DNA が細胞内に入ってきた時に細胞がどのように応答するかについては、ほとんど明らかになっていませ
んでした。今回の発見で、細胞内の p62 タンパク質が異物である DNA を捉えて速やかに分解するという極めて重要
な役割を持っていることが判明し、p62 タンパク質を一時的に減少させることで細胞に導入した DNA の分解を抑制で
き、遺伝子導入効率を飛躍的に上昇させることに成功しました。
我々は、遺伝子が細胞内に導入され核に届くと緑色蛍光タンパク質(GFP)を強制的に発現する人工 DNA を用い
て、正常マウスの正常線維芽細胞及び p62 タンパク質を遺伝的に欠損するマウスから樹立した p62 欠損線維芽細胞
に遺伝子導入し、GFP 発現細胞の数を顕微鏡下で比較しました(図 1 参照)。遺伝子導入後 24 時間で、GFP の発現
が p62 欠損線維芽細胞で非常に良いことがわかります。パネル上段の白い像が GFP を発現した細胞です。
図 1: マウス繊維芽細胞の遺伝子導入効率の比較
このように、p62 がない細胞では明らかに遺伝子導入効率が高いことが判明したことから、次に、p62 タンパク質を
一時的に減少させる手法(siRNA 法)を用いて、p62 を減少させた場合に遺伝子導入効率を上昇させることができる
かどうかを検討しました。一般的に、遺伝子改変マウスの作製に用いられるマウス胚性幹細胞(マウス ES 細胞)は、
遺伝子の導入が困難なことが知られています。もし、この細胞に効率よく遺伝子導入をすることができれば、これまで
に必要とされていた多量の試薬や培養器具及び研究時間を大幅に削減することが可能です。
そこで、まず初めにマウス ES 細胞の p62 タンパク質を siRNA 法によって一時的に減少させました。そして、この細
胞に先ほど用いた GFP を強制的に発現する DNA を遺伝子導入し、GFP の発現を顕微鏡下で確認しました。その結
果、p62 の減少していない正常 ES 細胞又はコントロール ES 細胞と比較すると、p62 を減少させた ES 細胞で GFP
の発現が明らかに強くなる結果が得られました(図 2 参照)。すなわち、多分化能を持つ胚性幹細胞(マウスの母体内
では ES 細胞から個体に発生分化できる)に、非常に簡便な方法で飛躍的に遺伝子導入効率を上昇させることに成
功したといえます。この胚性幹細胞は、通常の培養細胞と比べて、より生体内の個々の細胞と似通った性質を維持し
ていることから、この手法が生体への応用が可能であることを強く示唆します。
図 2: マウス胚性幹細胞の遺伝子導入効率の比較
次に、この手法が、細胞質で起きる DNA の分解反応を起きにくくしていることを分子的に証明するために、細胞に
取り込まれた DNA を明確に可視化する目的で、DNA とビーズを人工的に接合した DNA ビーズを作製して顕微鏡下
で実験を行いました。この DNA ビーズが細胞内に取り込まれると、数分でビーズ周囲 DNA に BAF と呼ばれる細胞
質タンパク質が集まります。このことによって、ビーズ(DNA)が細胞内に侵入したことが分かります。図 3 上段のコント
ロール細胞、つまり正常に p62 タンパク質が存在する細胞では、p62 がこの DNA ビーズの周りに集結し、オートファ
ジーマーカーである LC3 タンパク質が集まる様子が観察されました。一方、siRNA 法で p62 タンパク質の細胞内量を
減少させた細胞(図 3 下段参照)は、顕著に DNA ビーズの周囲にオートファジー因子が集まりにくくなることがわかり
ました。
図 3: DNA ビーズの p62 依存的なオートファジー
以上の結果から、細胞の中に p62 がない状態では DNA はオートファジーの攻撃を受けにくくなり、遺伝子導入され
た DNA は分解されずに核内に移行すると考えられます。その結果として、これまでに見られたような遺伝子導入効率
の著しい亢進が観察されます。
今回の発見は、細胞外から侵入した DNA が細胞質内で受ける扱いを分子レベルで明らかにしたものです。オート
ファジーは、細菌感染では細胞内免疫として働くと考えられていましたが、DNA が細胞質内に侵入した場合には核膜
構造を作ることによって、オートファジーを回避し得ることが分かりました。
ウイルス感染の治療を目指す場合には、人為的に外来 DNA を排除することが求められます。一方、遺伝子治療
の場合には、人為的に外来 DNA を細胞核内に伝送することが求められます。いずれの場合であっても、細胞の性質
を正しく理解する必要があります。今回の発見は、安全・安心な感染症治療・遺伝子治療、高効率な遺伝子デリバ
リーを実現する上で有用な知見を提供するものです。
今回発見した仕組み
図 4: 細胞内に DNA ビーズを入れた際の細胞内反応
左: p62 がある場合,右: p62 がない場合
図 4 は、細胞内にビーズを入れた時の細胞内反応を表したものです。図 4 左側は、p62 がある通常の細胞に DNA
ビーズを入れた場合です。DNA ビーズが細胞内に取り込まれると、p62 分子が DNA ビーズの周りに集結します。そ
の後、オートファジー因子が集合し、オートファゴソームが形成されます。図 4 右側は、細胞内の p62 タンパク量を減
少させた細胞の場合です。DNA ビーズが細胞内に入ったとき、オートファジー膜が集合し、オートファゴソームの形成
が起こらないために、分解経路に DNA が運ばれることがなく、そのまま DNA は細胞にとどまり核へ移動します。