異なる脂肪酸を組み合わせることで 強力にがん細胞を死滅させる 名古屋大学 大学院生命農学研究科 栄養生化学研究分野 助教 北浦靖之 1 研究背景 脂肪酸:一価のカルボン酸(カルボキシル基‐COOHをもつ化合物) 飽和脂肪酸 ラウリン酸 ・短鎖:炭素数が6以下(酢酸、ブチル酸) ・中鎖:炭素数が8〜12(カプリル酸、ラウリン酸) ・長鎖:炭素数が14以上(パルミチン酸、ステアリン酸) パルミチン酸 不飽和脂肪酸:主に長鎖脂肪酸 ・一価:二重結合の数が1つ(オレイン酸) オレイン酸 ・多価:二重結合の数が2つ以上 ・ω-3:メチル末端から3番目の炭素-炭素結合に二重結合 (α-リノレン酸、ドコサヘキサエン酸:DHA) ・ω-6:メチル末端から6番目の炭素-炭素結合に二重結合 (γ-リノレン酸、アラキドン酸) 2 脂肪酸による細胞死誘導(Lipotoxicity) 短鎖、および長鎖飽和脂肪酸によるがん 細胞死誘導効果に関する報告は多数ある が、中鎖に関してはほとんど報告がない。 ・ブチル酸(C4:炭素数4)による大腸がん由来細胞の細胞死誘導 J. Int. Med. Res. 37: 803 (2009) Cancer Research 63: 5401–5407 (2003) J. Nutr. 132:1812-1818 (2002) ・パルミチン酸(C16)、ステアリン酸(C18)による肝臓がん由来細胞の細胞死誘導 AJP Gastrointest. Liver Physiol. 299: G236–G243 (2010) J. Hepatology 52: 586 (2010) J. Biol. Chem. 281: 12093 (2006) Clinical Nutrition 23: 721–732 (2004) 3 中鎖飽和脂肪酸による細胞死誘導 Jurkat細胞 (ヒトT細胞性白血病由来) 死細胞の割合 (PI positive cells%) DMSO 1% エナント酸 C7 カプリル酸 ペルラゴン酸 カプリン酸 C8 C9 C10 ラウリン酸 C12 1 mM 各脂肪酸刺激 24 時間後に PI (Propidium iodide) で染色し、 フローサイトメーターにて陽性細胞(死細胞)の割合を測定。 4 オレイン酸(長鎖一価不飽和脂肪酸)は パルミチン酸(長鎖飽和脂肪酸)の細胞死誘導を抑制する パルミチン酸 C16 パルミチン酸 C16 + オレイン酸 C18:1 (炭素数18:二重結合1) MDA-MB-231細胞 (ヒト乳がん由来) パルミチン酸による 細胞死(% Apoptosis) + オレイン酸濃度 (μM) Cancer Research 60: 6353–6358 (2000) より一部改変 5 オレイン酸(長鎖一価不飽和脂肪酸)は ラウリン酸(中鎖飽和脂肪酸)の細胞死誘導を促進する DMSO 1% ラウリン酸 C12 1 mM パルミチン酸 C16 0.5 mM オレイン酸 なし オレイン酸 1 mM HT1080細胞 (ヒト線維肉腫由来) 6 細胞生存率 (DMSO1%、オレイン酸なしの群に対する比率) オレイン酸(長鎖一価不飽和脂肪酸)は 中鎖飽和脂肪酸による細胞死誘導を促進する HT1080細胞 (ヒト線維肉腫由来) オレイン酸 なし オレイン酸 1 mM DMSO 1% カプリル酸 C8 カプリン酸 C10 1 mM ラウリン酸 C12 パルミチン酸 C16 0.5 mM 各脂肪酸刺激 48 時間後に MTTアッセイにより生細胞数を測定。 7 オレイン酸(長鎖一価不飽和脂肪酸)は 中鎖飽和脂肪酸による細胞死誘導を促進する 細胞生存率 (DMSO1%、オレイン酸なしの群に対する比率) A549細胞 (ヒト肺がん由来) オレイン酸 なし オレイン酸 1 mM DMSO 1% カプリル酸 C8 カプリン酸 C10 1 mM ラウリン酸 C12 パルミチン酸 C16 0.5 mM 各脂肪酸刺激 48 時間後に MTTアッセイにより生細胞数を測定。 8 オレイン酸(長鎖一価不飽和脂肪酸)は 中鎖飽和脂肪酸による細胞死誘導を促進する 細胞生存率 (DMSO1%、オレイン酸なしの群に対する比率) HeLa細胞 (ヒト子宮頸がん由来) オレイン酸 なし オレイン酸 1 mM DMSO 1% カプリル酸 C8 カプリン酸 C10 1 mM ラウリン酸 C12 パルミチン酸 C16 0.5 mM 各脂肪酸刺激 48 時間後に MTTアッセイにより生細胞数を測定。 9 オレイン酸(長鎖一価不飽和脂肪酸)は ラウリン酸(中鎖飽和脂肪酸)の細胞死誘導を促進する Jurkat細胞 (ヒトT細胞性白血病由来) 刺激なし:灰色 死細胞の割合 (PI positive cells%) オレイン酸 なし オレイン酸 0.5 mM 刺激あり:青 ラウリン酸 ラウリン酸 + オレイン酸 パルミチン酸 パルミチン酸 + オレイン酸 DMSO 1% ラウリン酸 C12 1 mM パルミチン酸 C16 1 mM 各脂肪酸刺激 16 時間後に PI (Propidium iodide) で染色し、 フローサイトメーターにて陽性細胞(死細胞)の割合を測定。 オレイン酸 10 オレイン酸(長鎖一価不飽和脂肪酸)は ラウリン酸によるCaspase-3の活性化を促進する Jurkat細胞 (ヒトT細胞性白血病由来) Caspase-3活性化細胞の割合 (substrate fluorescent positive cells%) オレイン酸 なし オレイン酸 0.5 mM 刺激なし:灰色 刺激あり:青 ラウリン酸 ラウリン酸 + オレイン酸 パルミチン酸 パルミチン酸 + オレイン酸 DMSO 1% ラウリン酸 C12 1 mM パルミチン酸 C16 1 mM オレイン酸 各脂肪酸刺激 5時間後に Caspase-3 蛍光基質 NucViewTM 488 Caspase-3 substrate を添加し、 フローサイトメーターにて陽性細胞(Caspase-3活性化細胞)の割合を測定。 11 オレイン酸(長鎖一価不飽和脂肪酸)は ラウリン酸による活性酸素種(ROS)の産生を促進する Jurkat細胞 (ヒトT細胞性白血病由来) ROS産生細胞の割合 (DCFDA positive cells%) オレイン酸 なし オレイン酸 0.5 mM 刺激なし:灰色 刺激あり:青 ラウリン酸 ラウリン酸 + オレイン酸 パルミチン酸 パルミチン酸 + オレイン酸 DMSO 1% ラウリン酸 C12 1 mM パルミチン酸 C16 1 mM オレイン酸 各脂肪酸刺激 5時間後にROS蛍光指示薬 DCFDA (2',7'-dichlorodihydrofluorescein diacetate, acetyl ester)を添加し、 フローサイトメーターにて陽性細胞(ROS産生細胞)の割合を測定。 12 オレイン酸(長鎖一価不飽和脂肪酸)は ラウリン酸によるミトコンドリア機能障害を促進する Jurkat細胞 (ヒトT細胞性白血病由来) ミトコンドリア機能障害(膜電位低下)細胞の割合 (TMRM low cells%) オレイン酸 なし オレイン酸 0.5 mM 刺激なし:灰色 刺激あり:青 ラウリン酸 ラウリン酸 + オレイン酸 パルミチン酸 パルミチン酸 + オレイン酸 DMSO 1% ラウリン酸 C12 1 mM パルミチン酸 C16 1 mM オレイン酸 各脂肪酸刺激 5時間後にミトコンドリア膜電位蛍光指示薬 TMRM (tetramethyl rhodamine methyl ester)を添加し、 フローサイトメーターにて陽性細胞(ROS産生細胞)の割合を測定。 13 予想されるラウリン酸、パルミチン酸と オレイン酸による作用メカニズム オレイン酸 (C18:1) ラウリン酸 (C12) 促進 パルミチン酸 (C16) 抑制 ROS ? ミトコンドリア機能障害 (膜電位の低下) ER ストレス Cyt-c + Caspase-9 ? Caspase-3 Caspase-3 apoptosis 14 従来技術とその問題点 がんの治療に用いられる物理的・薬理学 的ながん抑制法の多くは、単に細胞死を誘 導するものであり、がん細胞のみならず正 常細胞をも死に至らしめるため、がん病巣・ がん細胞にのみ特異的に作用させるために は厳密なコントロールが必要となる。 15 がん細胞のグルコース代謝は正常細胞とは異なる Warburg Effect ミトコンドリアでの酸化的リン酸化に用いるグルコースが尐なく、必 要なエネルギーを細胞質での解糖系から優先的に得ている現象 増殖細胞・がん細胞 脂肪酸、アミノ酸、核 酸の合成が亢進し、 分解が抑制 細胞増殖に必要とな るエネルギーや細胞 構成分子を生産 Science 324: 1029-1033 (2009) 16 新技術の特徴・従来技術との比較 • 細胞死誘導効果がほとんどないと考えられて いた2種類の脂肪酸を組み合わせることで、 強力にがん細胞を死滅することができる。 • 中鎖飽和脂肪酸は正常細胞で分解されやす いが、脂肪酸分解が抑制されているがん細胞 では分解されないため、がん細胞特異的に効 果を示す可能性がある(in vitroにて検討中)。 • 腸管で吸収された中鎖飽和脂肪酸は長鎖脂 肪酸とは異なる経路で体内に運ばれる。 17 長鎖脂肪酸と中鎖脂肪酸では 小腸からの吸収経路が異なる 小腸 長鎖脂肪酸 TG 長鎖脂肪酸は、小腸で 吸収された後、小腸上 リンパ管 皮細胞でトリアシルグ リセロ ー ル ( TG ) に再 合成され、キロミクロン 全身の組織 を 形 成 し 、 リ ン パ 管 を (脂肪組織・筋肉など) 経由して血液に流れ込 貯蔵 み、全身の組織に運ば れ、 貯蔵 も しくは必要 (必要に応じて分解) に応じて分解される。 中鎖脂肪酸 FFA 門脈 肝臓 分解 中鎖脂肪酸は小腸上皮 細胞でTGに再合成され ず、小腸で吸収された 大部分がキロミクロンを 形成せずに、遊離脂肪 酸(FFA)の形で門脈血 中に送られ、直接肝臓 に取り込まれた後 、速 やかに効率よく分解さ れる。そのため、長鎖脂 肪酸にくらべ体脂肪が 蓄積しにくい。 18 想定される用途 • 抗がん剤 がん患部に直接投与することで、がん細胞には細 胞死を誘導し、正常細胞では素早く分解される。 • 健康食品・サプリメント 中鎖飽和脂肪酸は腸管から吸収され、門脈を経由 して直接肝臓へ到達する。また、血中にはオレイン 酸が遊離脂肪酸の形で多く存在するため、相乗効 果が期待できる。 • 軟膏剤 塗布することによる皮膚がんの治療。 19 想定される業界 • 利用者・対象 医薬品・食品メーカー全般 20 実用化に向けた課題 • 現在、細胞レベルでの作用メカニズムについて詳細 な解析を行っている。しかし、動物個体レベルでの がん抑制効果の点が未解決である (in vivo での 効果を検討中)。 • 今後、がんモデル動物について実験データを取得し、 投与量・投与方法などの条件設定を行っていく。 • 実用化に向けて、ヒトに対する効果を検討する必要 がある。 21 企業への期待 • 未解決の動物個体レベルでの効果について は、がん細胞移植・化学発がんモデルマウス を用いて克服できると考えている。 • 安全性試験、ヒト臨床研究の技術を持つ、企 業との共同研究を希望。 • また、抗癌剤を開発中の企業、医療・食品分 野への展開を考えている企業には、本技術の 導入が有効と思われる。 22 本技術に関する知的財産権 • 発明の名称 :細胞死誘導効果を有する中鎖飽和脂肪酸と 不飽和脂肪酸を含有する組成物 • 出願番号 • 出願人 • 発明者 :特願2011-93212 :名古屋大学 :下村吉治、北浦靖之、井上花菜 23 お問い合わせ先 名古屋大学 産学官連携推進本部 鈴木 孝征 TEL 052-747-6483 FAX 052-788-6146 e-mail [email protected] 24
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