事例で読み解くIFRS第15号「顧客との契約から生じる収益」

PwC’s
View
特集 :
Vol.
サイバーリスクへの対応
3
July 2016
www.pwc.com/jp
会計/監査
事例で読み解くIFRS第15号
「顧客との契約から生じる収益」
─業種別傾向と対策 第 3 回 電気機器業界
PwC あらた監査法人
大阪製造流通サービス部
ディレクター 岡本
晶子
回答
はじめに
本稿では、電気機器業界の取引のうち、製品保証と設置
検討のポイント
作業込みの製品販売について Q& A方式で解説します。な
IFRS第 15 号では、製品保証サービスの性質によって異な
お、以下の質問では、IFRS第 15号「顧客との契約から生じる
る会計処理を適用する必要があります。製品保証サービス
収益」
( 以下、IFRS第 15号)
を適用すべき契約内容にフォー
を、製品を納品する義務と別の履行義務として識別すべき
カスして検討しています。また、文中の意見にわたる部分は
かどうかを検討することが必要です。販売後 1 年間の無償保
筆者の私見であることをお断りします。
証および延長保証に分けて回答します。
1
( 1 )販売後 1 年間の無償保証
製品保証
考え方
この保証が以下に記載する「アシュアランス型」のサービ
ス内容だけを含む場合には、販売後 1 年間の交換または修
質問1 製品保証
A社は、販売後 1年間に生じた不具合について、無償で交
理に要する費用を過去の実績などをベースに見積もり、製
換または修理する保証を付与して電気機器を販売していま
品保証引当金を計上します。
す。また、製品販売時点で、得意先が同社に対して保証の
納品した製品が正常に機能することを担保するサービス
延長を求めた場合には、無償保証期間経過後 1年もしくは
を、履行義務として識別する必要はありません。販売した時
2 年の製品保証サービス契約を締結して延長保証料を受
に存在していた製品の瑕疵に対応するための交換または修
け取っています。IFRS第 15号では、これらの製品保証を、
理は、納品した製品が正常に動くという保証を顧客に提供
各々どのように会計処理するのでしょうか。
するために実施されます。IFRS第 15 号では、このような製
・販売後1年間の無償保証
品保証を「アシュアランス型の製品保証(assurance-type
・上記無償保証期間経過後の保証
(以下、延長保証と記載)
warranties)」
と呼称し、その検討にあたっての考慮要因とし
延長保証期間中は、顧客からの要求に応じてサービスを提
て、以下の 3 点を示しています(IFRS 第 15 号 B31 項 ,B32
供しています。サービスの提供頻度やタイミングについて
項)。
契約上、特段の定めはありません。
①製品保証が法律で要求されているか
法律で要求されている場合、購入した製品の瑕疵から消
電気機器の販売
A社
顧客
製品保証
販売後1年間
の無償保証
販売
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費者を守るために設定される場合が多いため、
「アシュアラ
ンス型」の製品保証である可能性が高いと考えられます。
②保証期間
保証期間が長ければ長いほど、製品の瑕疵を担保するこ
延長保証
とに加えて、経年劣化をカバーする追加的なサービスに該
期間
当する可能性が高くなるため、
「アシュアランス型」でない可
能性が高いと考えられます。
会計/監査
③保証の内容
本質問のケースでは、履行義務の充足のためのサービスの
例えば、返品された欠陥のある製品の対応を無償で請け
提供頻度やタイミングに関する契約上の特段の定めがあり
負うような特定の行為が保証の内容に含まれている場合「ア
ませんので、待機義務として、延長保証期間にわたり、時の
シュアランス型」である可能性が高いと考えられます。
経過とともに収益を認識することが合理的と考えられます。
解説
本質問の場合、販売後 1 年間の無償保証は、販売した全
2
設置作業込みの製品販売
ての製品に付与されており、保証期間の年数も1 年と短いた
め、販売した時点で存在した製品の瑕疵を担保するものと
考えられます。上記の考慮要因等について総合的に判断し
質問2-1 設置作業込みの製品販売(履行義務の識別)
B社は、設置作業込みで大型電気機器を販売しています。
た結果、これに反しないと考えられる限り、当該保証サービ
機器は特注品で、建設業者である顧客が指定する建物(顧
スを履行義務とせず、IAS 第 37 号「引当金、偶発負債及び
客の所有物件ではない)に設置されます。設置作業は、製
偶発資産」に従い、過去の交換または修理に要した実績費
品が特注品のため、製品の仕様を熟知しているB社が自ら
用を勘案して、正常な製品を納品するための追加コストで
実施しなければなりません。B社は、設置が完了した段階
ある販売後 1 年間に発生する費用を見積もり、負債(製品保
で、設置された機器が正常に作動することを確認し、顧客
証引当金)を認識することになります。
は設置完了確認書にサインして B社に提出します。納品し
( 2 )延長保証
考え方
A 社は、延長保証サービスの対価として受け取った保証
た機器が当該契約で約束している仕様をクリアしているこ
とは、設置作業後でないと確認できません。機器の納品と
設置作業は、IFRS第 15号において、複数の履行義務と考
えるべきでしょうか。
料について、サービスが開始される時点まで収益の認識を
繰り延べることが必要です。その後、延長保証サービス期間
の開始時点から終了時点まで、時の経過に応じて収益を認
B社
識します。実際に修理等に要したコストについては、発生時
大型電気機器の販売
顧客
設置作業
に費用として認識します。
解説
A 社は、この保証を製品販売時点で延長保証を要求する
顧客に販売していますが、無償保証期間が経過した後、顧
回答
検討のポイント
客の要求に応じて、追加で提供するサービスであるため、こ
IFRS 第 15 号では、契約で物品やサービスの提供など複
の保証がカバーするのは、販売した時点の製品の瑕疵とい
数の約束をしたときに、約束ごとに別々に収益を認識する
うよりも、製品の継続使用に伴う経年劣化などにより生じた
か、複数の約束を一体として収益を認識するか、取引の実
不具合であると考えられます。従って、この保証は、製品の
態を反映するように履行義務を識別する必要があります。
納品とは別の履行義務として識別します。IFRS 第 15 号で
は 、このタイプ の 製 品 保 証 を「 サ ービ ス 型 の 製 品 保 証
考え方
(service-type warranties)」
と呼称し、
「アシュアランス型の
本質問のケースでは、製品の納品と設置という2つの約束
製品保証」
と区別して異なる会計処理を求めています(IFRS
を1つの履行義務と考えて会計処理することが、取引の実態
第15 号 B32 項)。
を反映すると考えられます。
また、本質問の延長保証は、1 年もしくは 2 年のサービス
複数の履行義務として識別すべきかどうかを検討するに
期間にわたって製品保証サービスを提供することから、一定
あたっては、各々の約束が区分可能かどうかを取引の実態
の期間にわたって充足する履行義務に該当します。また、履
を勘案して判断する必要があります。IFRS第 15 号第 27 項
行義務の充足に向けての進捗度の測定は、サービスが提供
では、次の 2つの要件を満たした場合、区分可能となると規
される様子を最もよく反映する方法を選択する必要がありま
定しています。
すが、販売した製品の技術的サポートのように顧客の要求
に応じるために一定期間待機するような履行義務について
は、時の経過とともに収益を認識する方法が考えられます。
a)顧客が約束した項目から単独で便益を得られるか、もし
くは顧客にとって容易に利用できる他の資源と組み合わ
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せて便益を得ることができること
ると規定しています。検討の結果、履行義務がこれらの要件
b)契約上、各々の約束を他の約束と区別することができる
こと
のいずれも満たさない場合には、一時点で充足するものと
なります。
解説
a)会 社 が 義 務を履 行 すると同 時 に、顧 客 が 便 益を受 け
本質問の取引を上記にあてはめて考えてみると、a)の要
件については、顧客に納品される製品が特注品であり、設
置作業は、製品の仕様を熟知している B 社が自ら実施する
必要があることから、容易に他社から調達できないため、製
取って消費する場合
b)会社が製造または増価させていく資産(仕掛品)を顧客
が支配している場合
c)会社が他の顧客に転用できない資産を製造しており、か
品と設置作業サービスは区別できないものと思われます。
つ履行済みの部分について顧客より支払を受ける強制
b)の要件については、顧客は、納品された機器が仕様どお
可能な権利を有している場合
りに作動するかどうか設置が正しく完了するまで確認できま
せん。このため、顧客は、納品を受けただけでは、製品から
解説
期待している重要な便益を得ることはできないと考えられま
a)の要件は、サービス契約を想定しています。例えば、輸
す。従って、この2つの約束はお互いに緊密に結び付いてい
送サービスのように義務の履行途中で他社に業務を引き継
るため区分できないと判断し、1つの履行義務として会計処
いだとしても、既に履行済みの作業について他社が再実施
理することが妥当と考えられます。
する必要がない場合には、この要件に該当します。また、
日々提供される清掃サービス等もこれに該当します。本質問
質問2-2 設置作業込みの製品販売(収益認識)
取引の実態が質問 2-1と同じであり、機器の納品と設置作
業を合わせて1つの履行義務と考えることを前提とすると、
の履行義務は、設置完了まで顧客が便益を受けられないた
め、この要件には該当しません。
b)の要件は、仕掛品の段階から顧客が当該資産を支配し
IFRS第 15 号において、この履行義務は、設置を完了した
ていると判断される取引を想定しており、典型的には、顧客
一時点で充足すると考えるのか、それとも一定の期間にわ
の所有する土地での建設工事が該当します。顧客の土地の
たって充足すると考えるのか、どちらになるのでしょうか。
上に建てられる建物は、建設途上の仕掛中であっても、顧
なお、当該契約には、何らかの理由で途中解約された場
客の支配下にあると考えられます。本質問では、機器は顧
合、B社はそれまでの作業に見合う対価を受け取ることは
客の指定する建物に設置されます。しかしながら、顧客は該
できず、一定の解約料を請求できる旨が記載されていま
当の建物の所有権を有さない建設業者であり、設置途中の
機器について建設業者に支配が移転する約束がないことか
す。
ら、この要件には該当しません。
設置作業込みの
製品販売
B社
対価の支払い
c)の要件は、会社が他社に転用できない資産を提供する
顧客
場合で、かつ、履行済みの部分について顧客から支払を受
ける強制可能な権利がある場合に該当します。本質問の場
合、顧客の指定場所に設置された大型電気機器は、他に転
用することが難しい可能性があります。しかしながら、契約
回答
検討のポイント
収益をどのタイミングで認識するかは、履行義務ごとに判
断することが必要です。
考え方
解除の際には、一定の解約料しか受け取ることができない
契約となっており、履行済みの対価について顧客に請求す
る権利はないことから、この要件には該当しません。
上記の検討の結果、本質問の取引は、a)、b)および c)の
いずれの要件も満たさないと考えられるため、一定の期間
にわたって充足する履行義務ではなく、一時点で充足する
履行義務となります。
本質問のケースでは、機器の設置を完了し、顧客から完
一時点で充足する履行義務について、収益は財または
了確認書を取得した一時点で収益を認識することが取引の
サービスの支配が移転した時点で認識されますが、IFRS第
実態を反映する会計処理と考えられます。
15 号第 38 項では以下の 5つの指標を例示して収益認識の
IFRS第 15 号第 35 項では、次の 3つの要件のいずれかを
満たす場合には、履行義務は一定の期間にわたって充足す
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時点を検討することを要求しています。
会計/監査
1)会社が資産の対価を受け取る現在の権利を有していること
2)顧客が資産の法的所有権を有していること
3)顧客が資産を物理的に占有していること
4)顧客が資産を検収していること
5)顧客に資産の所有に伴う重要なリスクと経済価値が移転
していること
本質問では、指標 1)から5)を勘案し、設置された機器が
正常に作動することを顧客が確認した時点(設置完了確認
書を入手した時点)が履行義務の充足時点になると考えら
れます。
3
IFRS第15号の明確化に関する修正
最後に、2016 年 4 月、国際会計基準審議会(IASB)は、
『IFRS第 15 号「顧客との契約から生じる収益」の明確化』を
公表しました。本修正は、IFRS第 15 号の基礎となる原則を
変更するものではなく、以下について明確化しています。
・契約の中の履行義務の識別方法
・企業が本人(財またはサービスの提供者)なのか代理人(財
またはサービスが提供されるように手配する責任を有する)
なのかの判定方法
・ライセンス供与から生じる収益の認識を一時点で行うべき
なのか一定の期間にわたり行うべきなのかの判定方法
また、移行時における実務上の便法が追加されています。
本修正は、IFRS第 15 号の強制適用と合わせて、2018 年
1月1日以後開始する事業年度から適用となります。早期適
用は認められます。
岡本 晶子 (おかもと あきこ)
PwCあらた監査法人 大阪製造流通サービス部 ディレクター
1995年公認会計士登録。製造業を中心に、国内上場企業及び外資系企
業の財務諸表監査、内部統制監査に従事した後、現在は主として国際財
務報告基準(IFRS)の導入プロジェクトの統括や決算早期化支援等の会計
アドバイザリー業務及びコーポレートガバナンス・コードの導入支援業務
に従事している。PwCあらた監査法人 Centre for Corporate Governance
メンバー。
税務研究会「週刊経営財務」
(2014 年12月8日号)掲載記
事より一部改編
著書に
「コーポレートガバナンス・コードの実務対応Q&A」など。
メールアドレス:[email protected]
【 既刊紹介 】IFRS第 15 号の基礎から実務の論点までを事例を交えて詳細解説
IFRS 解説シリーズⅤ 収益認識
本書は、IFRS 適用企業において、収益認識に際して包括的かつ継続的に適用されることになる IFRS第 15 号「 顧
客との契約から生じる収益 」について、PwC accounting and financial reporting guideを基礎に、豊富な設
例やケーススタディーならびに図表を用いて分かりやすく解説しています。また、日本の実務において、収益
認識が問題となる取引の概要についての説明も含めています。
本書の構成
第Ⅰ部 IFRS第15号の基礎事項
第Ⅱ部 適用上の諸問題
第Ⅲ部 IFRS第15号に基づく財務諸表の表示・開示
出版社:第一法規株式会社
定価:3,700円(税抜き)
編者:PwCあらた監査法人
仕様:A5判/ソフトカバー/312ページ
発行日:2015年11月17日
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