特定のテーマについて,全員による輪講

2014年度法情報学演習
第4回 平成23年度新司法試験
公法系科目[第1問]問題の検討
2014年10月23日(木)
東北大学法学研究科 金谷吉成
<[email protected]>
2014年度法情報学演習
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2014年10月23日
今回取り上げるテーマ
 平成23年新司法試験
「論文式試験・公法系科目・第1問」
– 試験問題(平成23年新司法試験試験問題)
http://www.moj.go.jp/jinji/shihoushiken/jinji08_00047.html
– 論文式試験出題の趣旨(平成23年新司法試験の
結果について)
http://www.moj.go.jp/content/000079571.pdf
インターネット道路周辺映像提供サービス
– Googleストリートビュー http://maps.google.co.jp/
表現の自由?営業の自由?プライバシー?
仮想法令としての「特定地図検索システムによる情報の
提供に伴う国民の被害の防止及び回復に関する法律」
2014年10月23日
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2014年度法情報学演習
問題文から読み取れる事実関係
① X社は、インターネット上で路上風景のパノラマ画
像(Z機能画像)を含む地図サービスを提供してい
る。
② Z機能画像が惹起するプライバシーの問題を受け、
20**年に、「特定地図検索システムによる情報の
提供に伴う国民の被害の防止及び回復に関する
法律」が制定された。
③ X社は、法の制定を受けていくつかの対応を行った
ものの、「家の中の様子など生活ぶりがうかがえる
ような画像」については修正しなかった。
④ X社に対して、そのような画像に必要な修正をする
ことを求める改善勧告がなされたが、X社はそれら
の修正を行わなかった。その結果、特定地図検索
システムの提供の中止命令を受けた。
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2014年度法情報学演習
登場人物
 X社
– 表現の自由(憲法21条1項)
– 営業の自由(憲法22条1項)
 ユーザー
– 「ユーザーの利便性の向上に役立つ」
– 知る権利
 被害者
– プライバシーの権利、肖像権(憲法13条)
 行政機関
– 申立ての受理、諮問、勧告、中止命令、公表
2014年10月23日
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2014年度法情報学演習
X社側が訴えを提起する場合の訴訟類型
X社側はどのような訴訟を提起するか?
– 「X社は、A大臣から、行政手続法の定める手
続に従って、特定地図検索システムの提供の
中止命令を受けた。」
手続上の問題は存在しない
行政庁の公権力の行使に関わる紛争
→行政事件訴訟法
– 抗告訴訟(3条)、当事者訴訟(4条)、民衆訴訟(5条)、機
関訴訟(6条)
Xは中止命令を排除できればよい
→処分の取消しの訴え(3条2項)
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2014年度法情報学演習
X社側の憲法上の主張
法令違憲か適用違憲か
① 法令違憲…処分の根拠法律が違憲であり、
それ故それに基づく処分も違憲である
② 適用違憲…処分の根拠法律は合憲であるが、
それに基づく処分が違憲である
Xとしては処分取消が認められればよいの
だから、こだわる必要はない
2014年10月23日
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2014年度法情報学演習
適用違憲の主張
 A大臣による中止命令(法8条3項)が合憲だとしても、
本問で問題となっている画像は、「個人の権利利益
を害するおそれ」(法2条6号)のある画像ではないと
の主張
– 「個人の権利利益」←漠然としている
– 「おそれ」←危険発生の蓋然性が低いものまで含み得る
– これらを限定的に解釈した上で、本件画像は禁止対象
に該当しないことを主張する
 しかし、本問では実際の画像がどのような内容であ
るかわからないので、なかなか主張しづらい
– 被害回復委員会(法9条)が中止命令相当と判断
– だとしても、中止命令ではなく勧告の実施命令(法8条3
項)で十分だったのではないか
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2014年度法情報学演習
法令違憲の主張
特定地図検索システム法のどの部分が、憲
法のどの規定に違反しているのか?
– 法の立法目的
特定地図検索システムによる「情報の提供に伴い個
人に関する情報が公にされることによる被害から適
確に国民を保護すること」(法1条)
プライバシーの権利、肖像権(憲法13条)
– そのために制約されている憲法上の権利は何か
表現の自由(憲法21条1項)
ただし、ユーザーの「知る権利」を、X社の権利の問題
に接続しなければならない
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表現の自由とプライバシー権
違憲審査基準としての比較衡量論
– 『宴のあと』事件(東京地判昭和39年9月28日
下民集15巻9号2317頁)のように、ある著作物
がプライバシー権を侵害したとして提起される
不法行為訴訟と、本問とは事例を異にする点
に注意
同じ程度に重要な二つの人権を調整するために比
較衡量を行う
本問は、プライバシー保護は「法」の立法目的に位
置づけられており、その「法」にもとづいて、A大臣
が、X社による特定地図検索システムの提供の中
止を命じている
→比較衡量論をあてはめることはできない
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Z機能画像の提供は表現の自由か①
 思想および意見の自由な伝達 → 保障される
 事実の報道
– 博多駅事件(最大決昭和44年11月26日刑集23巻11号
1490頁)
 「報道機関の報道は、民主主義社会において、国民が国政に
関与するにつき、重要な判断の資料を提供し、国民の『知る
権利』に奉仕するものである。したがつて、思想の表明の自由
とならんで、事実の報道の自由は、表現の自由を規定した憲
法21条の保障のもとにあることはいうまでもない。」
→ 保障される
 Z機能画像の提供
– Z機能画像の提供も国民の知る権利に奉仕している
– ただし、表現の自由を支える価値を自己実現の価値と
自己統治の価値とに分けて考えた場合、後者は報道
の自由と比べて奉仕の度合いが低いことに注意
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Z機能画像の提供は表現の自由か②
Z機能画像の提供は報道とは違うのではな
いか
– X社は、何らかの理念に基づいて当該サービ
スを提供しているのだろうが、Z機能画像の提
供を通じて何かを伝えたいという明確な意思
があるか
意見と結びついているわけではない
意見の前提であるわけでもない
被写体や場所も選択していなければ、出来の良い
写真を選んで掲示するわけでもない
単なる画像の垂れ流し
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プライバシー①
 「法」による制限
– 「カメラを地上から1メートル60センチメートルの高さを超える
位置に設置してはならない」(法7条1号)
– 「提供すべき画像に個人識別情報若しくは個人自動車登録
番号等又は個人権利利益侵害情報が含まれている場合に
は、特定の個人若しくは個人自動車登録番号等を識別する
ことができないよう、又は個人の権利利益を害するおそれ
をなくすよう、画像の修正その他の改善のために必要な措
置をとらなければならない」(法7条2号)
 X社の対応
– 「人の顔や表札など特定個人を識別することのできる情報
と車のナンバープレートについてはマスキングを施し、車載
カメラの高さも法が定める高さに改めた」
– 「家の中の様子など生活ぶりがうかがえるような画像につ
いては、法で具体的に明記されていないとして、修正しな
かった」
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プライバシー②
具体的に何が問題か
– 法の定める高さから撮影した「家の中の様子
など生活ぶりがうかがえるような画像」を提供
したこと
– このような画像の提供がプライバシー侵害とい
えるか
公道上を歩いている人の目線の高さから撮影され
た画像に過ぎず、また、人の顔やナンバープレート
についてマスキングが施されているのであるから、
そのような画像の提供がプライバシー侵害といえる
のか
– 人びとが公道を通常歩いて目にする光景とほとんど変わ
らない
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プライバシー③
公道上におけるプライバシーの権利
– 京都府学連事件(最大判昭和44年12月24日
刑集23巻12号1625頁)
「個人の私生活上の自由の一つとして、何人も、そ
の承諾なしに、みだりにその容ぼう・姿態(以下「容
ぼう等」という。)を撮影されない自由を有するもの
というべきである。これを肖像権と称するかどうか
は別として、少なくとも、警察官が、正当な理由もな
いのに、個人の容ぼう等を撮影することは、憲法13
条の趣旨に反し、許されないものといわなければな
らない。」
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プライバシー④
 Z機能画像の問題点
– ドメスティック・バイオレンスからの保護施設などが
公開される危険、誘拐等の誘因となる危険
– 被害の申立ては、特定地図検索システムによるプ
ライバシー侵害が存在していることを示す一つの
契機であり、同時に同種のプライバシー侵害が多
数潜在していることを示唆するものである
– プライバシーは一度侵害されてしまうと、その回復
が原理的に不可能
– 公道で他人の視線にさらされることは偶然かつ一
過性のものであり、インターネットで継続的に公開
されることを予測したものではない
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営業の自由
国家賠償請求訴訟
– 経営的損失
→X社のビジネスモデルがよくわからない
– 「法」は、許可制ではなく届出制を採っている
「システム提供者は、インターネットにより特定地図
検索システムを提供しようとするときは、あらかじめ、
その旨及びその内容をA大臣に届け出なければな
らない。」(法6条)
営業の自由とプライバシーの権利との比較衡量に
おいて、前者が優位することを説得力を持って論証
することは、容易ではない
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違憲性審査基準①
二重の基準論
– 表現の自由などの「精神的自由」が「経済的自
由」よりも高い価値(優越的地位)をもっている
がゆえに、裁判所の手厚い保護が必要になる
という考え方
多くの学説は実質的に3つの基準を採用している
– 厳格審査の基準
– 厳格な合理性の基準
– 合理性の基準(明白性の原則)
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違憲性審査基準②
 厳格審査の基準
– 立法目的は必要不可欠な公共的利益に仕えてい
ること
– 達成手段はその目的を達成するための必要最小
限度のものに限定されていること
 厳格な合理性の基準
– 立法目的は重要な公共的利益に仕えていること
– 達成手段は目的と実質的な関連性を有すること
より制限的でない他の選びうる手段の基準
 合理性の基準(明白性の基準)
– 手段と目的が著しく不合理でない(不合理であるこ
とが明白でない)限り合憲とする基準
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2014年度法情報学演習
〔設問1〕X社側の主張
法8条1項乃至3項にいう「被害」は明確性を
欠き、憲法21条1項に違反する
– 不明確、過度に広汎に過ぎる
法8条3項は憲法21条1項に違反する
– 厳格審査の基準
本件中止命令は憲法21条1項に違反する
– Z機能画像の提供によって「被害」がもたらされ
ることはない
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2014年度法情報学演習
〔設問2〕被告側の反論①
特定地図検索システムの提供は表現の自
由の保障の範囲に含まれない
法8条1項乃至3項にいう「被害」は合憲限
定解釈が可能である
– 法8条を法7条に結びつけて解釈する
– 法2条6号の「個人の権利利益」は、個人のプラ
イバシーに係る権利利益と限定的に解釈可能
– 「おそれ」も単にプライバシーに係る権利利益
を害する危険を生ずる蓋然性があるというだ
けではなく、明らかな差し迫った危険の発生が
具体的に予見されることが必要と解する
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2014年度法情報学演習
〔設問2〕被告側の反論②
仮に特定地図検索システムが憲法21条1
項の保障のもとにあるとしても、その保障
の程度は低くあるべきである
– 厳格な合理性の基準
本件中止命令は法8条3項にもとづき、プラ
イバシーを保護するためになされたもので
ある
被告側の反論を想定した上で、あなた自身
の見解は?
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2014年度法情報学演習
参考裁判例
 福岡地判平成23年3月16日裁判所ウェブサイト
– マンションのベランダに干した洗濯物が、公道から撮影され、
Googleストリートビューで公開されたことに対して損害賠償
を請求した事例
– 「ベランダに洗濯物らしきものが掛けてあることは判別でき
るものの、それが何であるかは判別できないし、もとより、そ
れがその居住者のものであろうことは推測できるものの、原
告個人を特定するまでには至らない」
– 「元来,当該位置にこれを掛けておけば,公道上を通行す
る者からは目視できるものであること、本件画像の解像度
が目視の次元とは異なる特に高精細なものであるといった
事情もないことをも考慮すれば、被告が本件画像を撮影し、
これをインターネット上で発信することは、未だ原告が受忍
すべき限度の範囲内にとどまるというべきであり、原告のプ
ライバシー権が侵害されたとはいうことができない」
– 請求棄却
– 控訴審も原判決を指示、その後控訴人が上告
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Googleストリートビュー①
 Googleストリートビュー
http://maps.google.co.jp/
– 2007年5月米国で提供開始(日本では2008年8月
から)
– 360度カメラを登載した自動車で街頭映像を撮影し
て、サイト上で公開するもの
– マップ上任意の場所を選んで、路上風景のパノラ
マ写真を見ることができる
 Googleのその他のサービス
– Googleブック検索(2005年5月、日本2007年7月)
– Googleマップ(2005年2月)
– Google Earth(2005年6月)
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Googleストリートビュー②
公共の場にいる者を撮影することは許され
るのか?
– 公権力によって行われる撮影は、国民に対す
る強制処分に該当する可能性があるため、正
当理由のある場合以外は許されない
京都府学連事件(最大判昭44・12・24)、自動速度
監視装置事件(最判昭61・2・14)、テレビカメラによ
る犯罪監視事件(東京高判昭63・4・1)、Nシステム
事件(東京地判平13・2・6)等
– 私人が撮影を行う場合には、本人が撮影また
はその公開を望まないと推測されるような特段
の事情がある場合以外は原則として許容され
る傾向
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Googleストリートビュー③
 Googleストリートビューの問題点
– Googleは公道からの撮影と主張するが、実際には私
道から撮影した画像が存在する
– 「自分の家が写っていて気持ち悪い」等の懸念
– カメラの高さが人間の目の高さよりも高いため、一般
住宅の塀越しに部屋の中まで見えてしまうことも
 各国の対応
– アメリカでは、自宅内の写真を撮られた人がプライバ
シーを侵害されたとして提訴
– カナダでは「プライバシー保護法」に抵触するおそれが
あるとして公開停止
– イギリス、フランス等でもプライバシー保護に対して根
強い反対意見がある
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Googleストリートビュー④
Googleの対応
– 撮影車両のカメラ位置を下げて再撮影
– 人物の顔部分や表札、車のナンバープレート
等にぼかしを入れる
しかし、個人情報保護法の該当性やプライ
バシーおよび肖像権の問題は依然として
残っている
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Googleストリートビュー⑤
 総務省「利用者視点を踏まえたICTサービス
に係る諸問題に関する研究会 第一次提言」
(2009年8月)
– 「道路周辺映像サービスについては、現時点では、
性質上個人情報保護法の義務規定に必ずしも違
反するものではない。また、個人情報保護ガイドラ
インの遵守が求められており、これについても合
理的な努力により遵守は可能であるといえる。ま
た、プライバシーや肖像権との関係でも、撮影態
様やぼかし処理等を施す等の適切な配慮がなさ
れている限り、サービスの大部分は違法となること
はないと思われることから、サービス全体を一律
に停止させるのではなく、個別に侵害のおそれの
ある事案に対処していくことが望ましい。」
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2014年度法情報学演習
Google撮影車と実際のサービス画像
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「カメラを載せて走る乗り物たち」(Googleストリートビュー)
http://maps.google.co.jp/help/maps/streetview/learn/cars-trikes-and-more.html
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参考文献
1. 小山剛,中林暁生「公法系科目〔第1問〕――対話
編」新司法試験の問題と解説2011・別冊法学セミ
ナー21頁(2011年)
2. 中林暁生「公法系科目〔第1問〕――解説編」新司
法試験の問題と解説2011・別冊法学セミナー26頁
(2011年)
3. 三宅弘,小山剛,中林暁生,榊原秀訓「新司法試
験問題の検討2011 公法系科目試験問題」法学セ
ミナー680号30頁(2011年)
4. 松本哲治「検証 第6回新司法試験 公法系科目(1)
〔憲法〕」ロースクール研究18号14頁(2011年)
5. 新井誠「公法系科目〔第1問〕」受験新報2011年9月
号17頁(2011年)
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おしまい
この資料は、2014年度法情報学演習の
ページからダウンロードすることができます。
http://www.law.tohoku.ac.jp/~kanaya/infosemi2014/
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