環流文明研究会第68回研究会 戦後の日本における報道機関と権 力の関係――歴史的推移と今後の 展開についての試論的考察 2016年5月14日(土) 鈴村裕輔 日本の「報道の自由」は 保障されているか? • 国境なき記者団による「世界報道自由ランキン グ」の順位の推移 – 2002年以降、世界180か国を対象に、各国の記者や ブロガーらに「記者は何を恐れて自主規制するか」な ど87項目の質問を回答させ、指数化。 – 数値が小さいほど報道の自由度が高く、大きいほど 報道の自由度は低い。 – 日本の数値は2010年まで一桁台で推移し、順位も中 位から上位であった – しかし、2013年から順位を下げ、2016年4月に発表さ れた最新の結果では72位となる。 図1 国境なき記者団「世界報道自由ランキング」における日本の順位の推移(2002-2016年) 日本の「報道の自由」は 保障されているか? • 日本の順位が低下した理由 – 2011年の東京電力福島第一原子力発電所事故にお ける報道の不透明さ – 政府などから開示される情報量の少なさ – 記者クラブ制度の閉鎖性 – 2013年の特定秘密保護法の制定 – 多くのメディアによる首相への自主規制 2016年の日本の順位は先進国の中でも下位であり、 主要7か国の中では第6位。 カナダ(18位)、イギリス(38位)、ドイツ(16位)、アメリカ(41 位)、フランス(45位)、日本(72位)イタリア(77位) 日本の「報道の自由」は 保障されているか? • 日本の「報道の自由」は保障されているか? – 「日本は特定秘密保護法などの影響で自己検閲の 状況に陥っている」という国境なき記者団の判断。 – 「報道の独立性が重大な脅威に直面している」(デー ビッド・ケイ国連特別報告者) 日本の言論の状況について政府や報道関係者らに聞き取 りを行い、暫定的な調査結果をまとめる。 放送の政治的公平性を定めた放送法をめぐり、高市早苗 総務大臣が電波停止に言及したことについて、「政府は脅 しではないと主張したが、メディア規制の脅しと受け止めら れても当然だ」と批判。 日本の「報道の自由」は危機に瀕している? 日本の「報道の自由」は 保障されているか? • 日本政府の反応 – 菅義偉官房長官の記者会見での発言(2016年4月21 日) 表現、報道、編集、そうした自由は極めて確保されている。 我が国は放送法で編集の自由が保たれている。憲法にお いても表現の自由が保障されている。 (特定秘密保護法によって)報道が萎縮するような実態は 全く生じていないのではないか。政府としては、引き続きこ の法律の適正な運用を果たしていきたい。 日本の「報道の自由」は保障されている、という政府 の立場。 高市総務相による「停波発言」問 題 • 2016年2月8日(月)の衆議院予算委員会で、高 市早苗総務大臣が「行政が何度要請しても、全 く改善しない放送局に何の対応もしないとは約 束できない。将来にわたってあり得ないとは断言 できない」と発言。 • 放送局が政治的な公平性に欠ける放送を繰り 返した場合の電波停止の可能性に言及。 • 2月9日(火)の衆議院予算委員会でも高市総務 相は「私が総務相の時には電波停止はあり得な い」としたうえで「将来にわたって罰則を一切適 用しないとまで担保できない」と指摘し、放送局 が政治的な公平性を欠く放送を繰り返し報道し た場合、電波停止を命じる可能性に再び言及。 高市総務相による「停波発言」問 題 • 高市総務相の一連の発言を受け、野党は「放送 局の萎縮を招く」と批判。 • 与党も「政府が統制を強めることには基本的に 慎重であるべきだ」と指摘。 • 菅義偉官房長官は「当たり前のことを法律に基 づいて答弁しただけだ」と指摘。 • 総務省は2月12日(金)の衆院予算委員会理事 懇談会で、放送法が定める放送局の政治的公 平性について「一つの番組ではなく、放送局の 番組全体で判断するとの従来の解釈に何ら変 更はない」とする政府統一見解を提示。 高市総務相による「停波発言」問 題 • 放送法第四条 放送事業者は、国内放送及び内外放送(以下「国 内放送等」という。)の放送番組の編集に当たつて は、次の各号の定めるところによらなければならな い。 一 公安及び善良な風俗を害しないこと。 二 政治的に公平であること。 三 報道は事実をまげないですること。 四 意見が対立している問題については、できるだ け多くの角度から論点を明らかにすること。 高市総務相による「停波発言」問 題 • 高市総務相による「停波発言」の何が問題か? – 一党一派の意見のみを報道することは、多様な意見 が存在する現在の日本の状況からすれば偏向的と 指摘される可能性。(Cf. 放送法第四条第二号、第 四号) – 日本において放送事業は免許制(所管官庁は総務 省)。 – 現在、放送局側が何らかの動きを示していない中で 規制当局である総務省を所管する高市氏が電波停 止にまで踏み込んで発言したことは、放送局に対し て安倍政権が圧力をかけたと受け取られかねない。 高市総務相による「停波発言」問 題 – しかも、「政治的に公平であること」という放送法 第四条の規定に関しては、郵政省が1964年に臨 時放送関係法政調査会に提出した文書の中で、 どれほど番組の内容を検証しても「挙証がきわめ て困難」であると認める。 高市総務相は「政治的に公平であること」の実証 の難しさを理解して発言したのか?それとも、別な 意図があって発言したのか? 高市総務相による「停波発言」問 題 • 「政治的に公平であること」とは何か? – 政府の意見に反対する報道のみを行えば「政治 的に公平」ではない? – 政府の見解のみを報道することが「政治的に公 平」となる? 政府の意見に反対する報道のみを行えば「政治 的に公平」ではないかもしれないが、政府の見解 のみを報道することが「政治的に公平」となるなら、 そのような状況の中では報道の自由が保証され ているとは言われない。 政治と「報道の自由」の問題 • BPOによる「政府の番組介入批判」 – 2015年11月6日、放送倫理・番組向上機構(BPO)の放送倫理 検証委員会は、NHKの報道番組『クローズアップ現代』におい ていわゆるやらせが行われたと指摘された問題についての意 見書を公表。 – 意見書において委員会は、「登場人物を仕立てて演技させ、事 実に見せかけたという意味での『やらせ』があったとは言い難 い」としつつ、番組で放送された映像などに「重大な放送倫理 違反があった」と指摘するとともに、「事実とかけ離れた情報を 数多く伝え、正確性に欠けた」と結論付ける。 – さらに、委員会は2015年4月28日にNHKがいわゆるやらせ問題 についての調査報告書を公表した際に総務省が放送法に基づ いてNHKを厳重注意したことについて、「放送法は事業者の自 律を保障するもので、政府が番組内容に介入する根拠にはな らない。厳重注意は極めて遺憾」と批判。 政治と「報道の自由」の問題 • 自民党の情報通信戦略調査会によるNHKとテレ ビ朝日への意見聴取 – 2015年4月17日、自民党の情報通信戦略調査会が 報道番組の内容に関してNHKとテレビ朝日の幹部を 呼び、意見を聴取。 – NHKが意見聴取された理由 2014年5月14日の「クローズアップ現代」で放送した、重債 務者を次々出家させて別人に仕立て上げ、融資を騙し取る 手口についての報道 – テレビ朝日が意見聴取された理由 2015年3月27日の「報道ステーション」において解説者の古 賀茂明氏が自らの降板について菅義偉官房長官を名指し して首相官邸から圧力があったと発言。 政治と「報道の自由」の問題 • 百田尚樹氏の「沖縄2紙をつぶせ」発言 – 2015年6月25日に開かれた自民党の勉強会である文 化芸術懇話会において、講師を務めた作家の百田 尚樹氏が米軍普天間飛行場の移設問題に関して安 倍晋三政権に批判的な沖縄タイムスと琉球新報につ いて「沖縄の二つの新聞社は絶対つぶさなあかん」と 発言。 – 百田氏は「沖縄人がどう目を覚ますか。あってはい けないことだが、どこかの島でも中国にとられてしま えば、目を覚ますはず」、あるいは「沖縄は本当に被 害者やったのか。そうじゃない」とも指摘。 政治と「報道の自由」の問題 • 歴史的に見る政治による報道への干渉の事例 – 森喜朗内閣の官房副長官であった安倍晋三氏や中 川昭一氏は、2001年1月に、旧日本軍の従軍慰安婦 問題を裁く民衆法廷を扱ったNHKのETV特集「戦争を どう裁くか」について、放送前に内容に偏りがあるな どとして「公正中立の立場で報道すべきではないか」 とNHK側に指摘。 – 中曾根康弘首相はNHKの島桂次理事を2か月に1度 程度の割合で呼び出し、ニュース番組の内容を文字 化した書類を基に、NHK報道のあり方に詳細な意見 を述べる。 政治と「報道の自由」の問題 • 現在の「報道の自由」を取り巻く環境の何が 問題か? – 政府や政治家による報道機関への介入? – 「不適切」と行政指導を受けるような報道を行う報 道機関の姿勢? – 報道機関に対して信頼を置かず、「報道の自由」 の問題に重大な関心を払わない国民の態度? 「報道の自由」の問題のこれか ら • 「報道の自由」を巡る大きな問題 – 政治家 免許制であることを理由にテレビ局(特に国会の同意がなければ 予算を編成できないNHK)をしばしば「自分の思うとおりになる都 合の良いおもちゃ」(島桂次)とみなし、番組の内容にまで介入。 – 報道機関 政治の介入を許す番組の制作や報道を行う「脇の甘さ」を抱える。 新聞社とテレビ局の間でも「報道の自由」を巡り態度が一致しな い。 Cf. 自民党情報通信戦略調査会のNHKとテレビ朝日への意見聴取問題 – 国民 政治による報道機関への介入を重大事として受け止め切れてお らず、傍観的になりやすい。 「報道の自由」の問題のこれか ら • 現在の日本の「報道の自由」を巡る問題の所在 とこれからのあり方 – かつて石橋湛山は軍部が政治への関与を強めた 1930年代の日本の状況を指して「黴菌が病気ではな い。其の繁殖を許す身体が病気だと知るべきだ」と述 べて、軍部の政治への介入を許した政党のあり方を 批判。 – 石橋の批判の例に倣うなら、停波発言を行う大臣や 無責任な発言を行う有識者が悪いのではなく、そうし た人々の跋扈を許す現在の政府や自民党のあり方、 さらに批判を許す隙を見せる報道機関の姿勢が問題 とされるべき。 今後は政治家も報道機関も、「報道の自由」の制約と いう「黴菌の繁殖を許す身体が病気だ」と知り、対処 すべき。 本日のまとめ • 近年、日本の「報道の自由」は制約を受けている とされる。 • 実際、規制当局、あるいは政権党が報道機関に 対して行政指導や意見の聴取を行うなど、報道 機関に対する制約が加えられる事例が散見され る。 • 歴史的に見れば戦後の日本においてはしばしば 政治家が個別の報道機関の報道や番組のあり 方に干渉してきた。 • 政治家や当局は報道機関への介入を控えなけ ればならず、報道機関も干渉を許すような報道 や番組の作成を慎む必要がある。
© Copyright 2024 ExpyDoc