サイエンスコミュニケーション入門 (3) 立教大学 2013年 村上祐子 前回のポイント:対立した議論 • スコープの違い – (議論がまともであるとして)注目すべきなのは、 結論ではなくて何を考慮に入れているか – 簡単な例:鯨が砂浜に打ち上げられた。 • 保存しますか? • 保存には100万円かかります。保存しますか? 今後の練習 • 意見を求められたとして – 自分の意見をまとめる – 結論が異なる意見を作ってみる 友達に見てもらってもよい! • できれば自分の意見への反論となるように – 反論に対抗できるように、自分の意見を見直す 科学的検証 • 実験やシミュレーションのデータに基づく帰納 的推論 – これまでの理論の元に、出てきたデータの説明と なるもっともらしい理論を導き出す – 新しいデータが観測されたときに、 • 観測エラー・例外としてこれまでの理論を保持する • これまでの理論を改訂する • 帰納的推論を行っているために、常に「改訂 可能性」がある 帰納的推論のうち確率的推論 • 確率:もっともらしさを「数値化」 • 繰り返し実験を行うことにより、理論が成立す る確率がどんどん上がっていく。 ベイズの定理 P(A) = 事象Aが発生する確率 P(B) = 事象Bが発生する確率 P(B|A) = 事象Aが起きた後での、事象Bの確率 P(A|B) = 事象Bが確認されたとき、事象Aが原因の確率 このとき、 P(A|B) = P(B|A) × ( P(A) / P(B) ) つまり、 Aが起きたときBになる確率と、AとBの確率を元 にBが起きたとき(結果) その原因がAである確率を 計算する 複数の事象に関する確率演算 独立でない事象a,bのどちらかが発生してい る確率 • P(A B) = P(A) + P(B) – P(A B) a 7 ab b 高校の復習 • 以下二つは等しい – P(A B) :同時確率 – P(A|B) P(B):Bが起こった時にAが起こる確率 • したがって • P(A|B)= P(A B)/P(B) • AまたはBが起きる確率も計算可能 • P(A B) = P(A) + P(B) – P(A B) 確率的推論 • 検査には必ず誤差がある。 • 不良品検査結果から不良品である確率を推定 • 検査結果「不良品」が不良品であってもなくても、何らかの 原因で出る確率はP(A) • その検査結果があっても無くても、不良品である確率P(B) • 不良品であるときに検査結果「不良品」がでる確率P(B| A) • この証拠により、検査結果そのものが不良品の確率 P(B) ではなく、検査Aがでたときの不良品の疑いP(A|B)にな る。 P(A|B) = P(B|A)×P(A)/P(B) (1)どちらの薬を飲みますか? • 赤い薬を飲むと22%生存者が増えます。 • 青い薬を飲むと0.9%生存者が増えます。 リアクションペーパーに どうしてそう思うのか理由も 書いてください。 (2)どちらの薬を飲みますか? • 赤い薬を飲んだ人と飲んでいない人を比べると、飲ん だ人1000人のうち死亡者は32人、飲まなかった人 1000人のうち死亡者は41人でした。だから、飲んだ人 9人が赤い薬のおかげで生存したと考えられ、9/41= 22%が赤い薬の生存率の上昇効果となります。 • 青い薬を飲んだ人と飲んでいない人を比べると、飲ん だ人1000人のうち生存者は968人で生存率96.8%、飲 まなかった人1000人のうち生存者は959人で95.9%で した。だから青い薬は生存率を0.9%上げる効果があ ります。 先程のリアクションペーパーに 追加してどちらを飲むか書いてください。 • 赤い薬を飲んだ人と飲んでいない人を比べると、飲ん だ人1000人のうち死亡者は32人、飲まなかった人 1000人のうち死亡者は41人でした。だから、飲んだ人 9人が赤い薬のおかげで生存したと考えられ、9/41= 22%が赤い薬の生存率の上昇効果となります。 • 青い薬を飲んだ人と飲んでいない人を比べると、飲ん だ人1000人のうち生存者は968人で生存率96.8%、飲 まなかった人1000人のうち生存者は959人で95.9%で した。だから青い薬は生存率を0.9%上げる効果があ ります。 判断するポイント • どちらの薬を飲んだら生き延びることができる のか? • 生き延びたほうがいいという前提に注意 リスク • いろいろな意味 – 起こるかもしれないし起こらないかもしれない望ましく ない出来事 – 望ましくない出来事の原因 – 望ましくない出来事の発生確率 望ましくない出来事の損失の期待値 – 確率が既知であるという前提で、行われた意思決定 • 事象のリスク=発生確率×コスト リスクの表現の仕方と適する使い方 • 絶対リスク • 相対リスク • オッズ比 オッズ比 • (飲んだ人の死亡数/飲んだ人の生存数)/飲 まなかった人の死亡数/飲まなかった人の生 存数) – 注意:複数の統計を集めた調査のときに別の意 味で「オッズ比」の語がつかわれることがある。 絶対リスクと相対リスク • 相対リスク:医学雑誌論文 – 臨床上はわずかな差であっても大きな数字に置 き換えられるため,読者に誤解を招きやすい。 • 絶対リスク – 個々の患者に応用しようとする場合に理解しにく い。 例題:どちらの薬を飲みますか? • 赤い薬を飲んだ人と飲んでいない人を比べると、飲ん だ人1000人のうち死亡者は32人、飲まなかった人 1000人のうち死亡者は41人でした。だから、飲んだ人 9人が赤い薬のおかげで生存したと考えられ、9/41= 22%が赤い薬の生存率の上昇効果となります。 • 青い薬を飲んだ人と飲んでいない人を比べると、飲ん だ人1000人のうち生存者は968人で生存率96.8%、飲 まなかった人1000人のうち生存者は959人で95.9%で した。だから青い薬は生存率を0.9%上げる効果があ ります。 例題 • 赤い薬と青い薬の効果は同じだが、リスクの述べ方 が違う • 飲まなかった人と飲んだ人の生存数を比較(赤い 薬) • 1000人当たり9人(青い薬) • 赤い薬のリスクの述べ方は? • 青い薬のリスクの述べ方は? データの比べ方 • 薬なら飲んだ人と飲んでいない人を比べる • 飲んだ人だけに注目して使用前・使用後を比 べているのではない • 髪を切った人が痩せたからと言って髪を切れ ば痩せるというわけではない • 切った人と切っていない人を比べてみなけれ ばいけない 統計的相関と因果 • 俗説「離婚すると男性は寿命が10年縮み、女 性は10年のびる」 • 離婚した人としない人を比べる 科学の論理 • 科学研究では科学理論に基づいて計画された 実験から得られたデータをつかって、仮説を検 証する。 • 実験には必ず誤差が存在する。 • また、これまでに得られたデータにのみ主張は 依存する。(つまり帰納的推論を行っている) • したがって、科学的主張は、100%確かではあり えない。(どの程度確からしいか、までは主張す ることができる) 2012/7/6 米沢興譲館高校 科学者の倫理(行動規範) • 科学的な成果を得て、周知する。 – 誰よりも早く新しい成果を得られると、報償として 名誉が得られる。 – 名誉が得られれば、研究場所・研究費などの資 源が得られる。 • その際にデータの捏造・盗用などの不正行為 を行ってはいけない。 – 主張の確からしさの操作も捏造に含まれる。 2012/7/6 米沢興譲館高校 科学の不確定性 • いくつかの意味がある。 – 【ここでは考えない】 • 量子力学における測定の不確定性 2012/7/6 米沢興譲館高校 科学の不確定性:Stirlingの分類 想定する事象の 想定する事象の 範囲が確定 範囲が不確定 想定範囲に入っ リスク ている個別事象 の確率が確定 問題の多義性 想定範囲に入っ (狭義の)不確定 認識不能 ている個別事象 性 の確率が不確定 2012/7/6 米沢興譲館高校 リスク論の限界 • あらかじめ問題とする事象をリストに入れて あることが前提 – 議論のスコープ(考慮範囲)を定めるのと同じ • リスクを測定するということ=個別の事象に ついての発生確率と発生した場合の被害を 数値的に確定させること 2012/7/6 米沢興譲館高校 どうして確率が不確定になるのか? • 低線量被ばくの生体への影響 – 統計的に優位な結果を得る必要がある – 80億匹のマウスが必要 • 原子力発電所の設計の安全性検証 – 同じ大きさ・設計の原子力発電所を100基建設して確 率を計算 • ナノマテリアルの人体への影響 – 危ないとはいわれるけれど、何に危ないの? • 「現実問題としてそんな実験はできない」 • というのはどういう意味? 2012/7/6 米沢興譲館高校 科学者の役割 • 研究者は社会的合意を目指してはいけない のではないか? • 科学とはそもそも科学理論で記述できる物事 の仕組みを問うもの。 • その仕組みを使って、ある程度までは精密な 将来予測ができる。 • 将来予測=科学的知見だけで「おすすめの やりかた」を語っていいのか? 2012/7/6 米沢興譲館高校 裁判 • 目的はなに? • どういった種類の裁判がある? 2012/7/6 米沢興譲館高校 裁判 • 刑事裁判:殺人、窃盗、禁止薬物… – 警察が介入するもの • 民事裁判 – それ以外 2012/7/6 米沢興譲館高校 裁判に出てくる人 2012/7/6 米沢興譲館高校 他に裁判に出てくる人 • • • • 証人 裁判員 傍聴者 取材者 2012/7/6 米沢興譲館高校 法廷における論理 • 法律の条文 – 適用可能性の主張 – これまでの判例を参照 • 事実認定 – 証人が適切であることの主張 – 証人の証言内容が適切であることの主張 • 以上の素材を用いて「法的に適切な」結論を主張する – できあがった論述は帰納的推論+法の適用部分は演繹 的推論の形をしているが、科学の論理で見られた「仮説 検証」という部分はない 2012/7/6 米沢興譲館高校 主張するのはだれか? 判断するのはだれか? • 対審構造 – 原告側と被告側が対立し、それぞれが法廷に出 頭して裁判官の前で主張を行う。 – (日本の法的判断のすべてが対審構造でなされ ているわけではない:少年審判の一部など) 2012/7/6 米沢興譲館高校 法律家の倫理(行動規範) • 弁護士の場合:クライアントの利害にかなう弁 論を行う。 – つまり裁判に勝つ – あるいはクライアントが納得できる結果を得る(和 解等) • 裁判官の場合:社会通念に照らして正義を実 現する。 2012/7/6 米沢興譲館高校 ゴールデンルール • • • • • 公判は真実を究明する場ではない。 陪審員とのアイコンタクトを忘れるな。 弁護士らしく話していけない。 弁護士は証人になってはいけない。 答えがわからない質問をするな。 誘導尋問。弁護士は必ずマスターしている 2012/7/6 米沢興譲館高校 専門家証人制度 • 証拠法の一部として明文化されている国 – イギリス – アメリカ – オーストラリア – マレーシア 2012/7/6 米沢興譲館高校 専門家証人制度 (例:イギリス刑法チェックリスト) • • • • 法曹が持ち得ない知識・経験をもっている 専門家としての適切性 中立性 専門家意見の妥当性 – 他の専門家と意見が一致する 2012/7/6 米沢興譲館高校 法曹が勝つためにやること • 相手方の専門家証人の証言が採用されない ようにするために、チェックリストの項目の一 つでもバツになるようにがんばる • その目的のためにゴールデンルールを使っ て誘導尋問を行う 2012/7/6 米沢興譲館高校 科学者が法廷に現れるとき • 当事者として:被告、原告 • 証人として – 刑事裁判:法医学者が代表的(鑑識、DNA鑑定 …) – 民事裁判: • (弁護士として) • (裁判官として) 2012/7/6 米沢興譲館高校 証人としての科学者 • 専門家としての義務 • 証人としての義務 – 法廷で「期待される振る舞い」 – 証人尋問前:尋問に先立って宣誓をします。宣誓 では,良心に従って真実を述べ,何事も隠さず, 偽りを述べない旨を誓います。 証人として偽りを述べると偽証罪に問われる (このときの偽りは記憶と違うことを言ったり、客観 的に間違っていることをわざということ) 2012/7/6 米沢興譲館高校 相手方弁護士からの攻撃を受ける • 誘導尋問テクニックを使った「証人として無 効」攻撃を受ける – 専門的知識は100%確実ではないけれども、法 廷の論理の中では科学的に留保条件をつけた場 合「専門家として不適格」とされる – 最先端の科学技術が問われる場合、専門家間で も意見が割れていることが多い。しかし、専門家 間での意見の一致が求められるため、意見が割 れていることを正直に言うと「意見が妥当ではな い」となる。 2012/7/6 米沢興譲館高校 専門家証人のその後 1. やる気をなくす。もう二度と行かない。 2. 「いっそ法廷における専門家証人のプロにな る」 2番の場合、科学者としてのキャリアをあきらめ ることも多いし、裁判に勝たなければ褒章が 得られないために証言内容を歪曲する可能 性もある(ジャンク・サイエンティスト)。 2012/7/6 米沢興譲館高校 コンカレント・エビデンス • Concurrent 「同時発生的」 • 複数の専門家から意見を聴取する • 専門家を対審構造から分離する – 弁護士の攻撃にさらされないようにする 2012/7/6 米沢興譲館高校 オーストラリア ニューサウスウェールズ州 2012/7/6 米沢興譲館高校 裁判傍聴(2011) • 不動産会社(I社)vs自治体 – I社が運営する既存のホテルの増築計画について開 発認可の要否 – 原告:自治体 • 先行する係争あり(2010) – ホテルは1926年創立だが、1998年に設定された住宅 専用地域内(住宅専用地域ではホテル開発禁止) – 2006年法改正:既存建物の目的を変更可能なのは 変更後の目的が開発時の同意にかなう場合のみで ある。 – 2010年の裁判はこの法改正の適用可否をめぐったも のだった。 2012/7/6 米沢興譲館高校 裁判傍聴 • 論点 1. 1階分+6部屋増築による景観変化 2. 酒屋導入の影響 3. 駐車場拡張の影響 • 専門家証人:質問に回答する以外の発言も認められ ていた – 景観評価2名(分野不明だが景観と植生について意見) – 2と3について2名(建築設計とホテル経営の観点から意 見) – この日の証人以外に交通工学者のカンファレンスで駐車 場拡大の影響はないとの意見あり(前日?) 2012/7/6 米沢興譲館高校 裁判傍聴 • 午後再開後、双方の弁護士が1時間ずつ意見を 述べる。 – 開発側:認可の必要はない。 – 自治体側:追加資料で新論点 • 酒屋を計画通りに作ると地域住民の駐車スペースの減少 →酒屋の場所を変えるべき • 地下駐車場・ドライブスルーの酒屋により治安悪化 – 開発側・裁判長から • 酒屋の場所を変えればそれでいいのか? • 酒販売事前認可の要否は駐車場拡張の認可要否と別のレ ベル • 翌日判決→自治体の請求却下 2012/7/6 米沢興譲館高校 日本との違い • 裁判での判断vs行政の裁量権 • 専門家の幅広さ – ニューサウスウェールズ大学専門家検索・派遣 サービス – 科学者・研究者だけではなく、あらゆる分野の専 門家が法廷で専門的意見を述べる準備 • 天文学、地震学、アボリジニ芸術、フェミニズム… • 山火事、印刷、虫、海洋生物… • 会計、個人税、空港、観光… 2012/7/6 米沢興譲館高校 大学と専門家は収入を得る 2012/7/6 米沢興譲館高校 専門家証人としての研修 2012/7/6 米沢興譲館高校 問題点の指摘 • 裁判官が「科学とは何か」を理解していれば 誘導尋問がナンセンスであることが分かるは ず。 • 複数の裁判での情報共有はない – 異なる専門家証人が別のことを言っていても伝 わらない 2012/7/6 米沢興譲館高校 まとめ • 「科学的」とはなにか? – 「論理的」の文脈による差 • 意見の伝え方 • 科学的真理の特徴 • 法曹と科学者の行動規範の差 2012/7/6 米沢興譲館高校
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