2014年3月16日 第61回日本生態学会大会 企画集会T13 生態学における状態空間モデルの利用 状態空間モデルによる推定の考え方 農業環境技術研究所,生物多様性研究領域 山村光司 具体的なイメージを与えるため, ここでは害虫を念頭に置いて解説(後の講演ではシカとクマ) ニカメイガ ツマグロヨコバイ 茨城県病害虫防除所HPより ウンカヨコバイ図鑑HPより 1/13 ライトトラップによる年間誘殺数(5~9月合計値,水戸) 4 6 常 3.5 用 3 対 2.5 数 2 個 体 1.5 数 1 5.5 0.5 0 1950 5 4.5 4 3.5 3 ニカメイガ 1960 1970 2.5 1980 1990 2000 ツマグロヨコバイ 2 1950 1960 1970 1980 1990 2000 状態空間モデルの使用目的 (個体数変動に関する問題の場合) • 個体数の推定 • 個体数の変動要因の推定 • 個体数を決定する環境要因の推定 今のデータの場合はこれが主目的: 将来に地球温暖化で害虫が多発 →気温の影響を推定 三重県病害虫防除所HPより 2/13 個体数変動をモデル化 • 第t年の個体数(対数値)をDt • 第t年の個体数に伴う変動成分をet et−1 1 Dt−1 et 1 Dt et+1 1 Dt+1 (DtはDt−1の影響を受けて決まり,そこに変動成分が加わる) • しかし,私らの観測しているDtは真の個体数そのものではない。 → 実際の図式はもっと複雑。 3/13 • 第t年の真の個体数(対数値)をµt • 第t年の真の個体数に伴う変動成分をet • 第t年の観測個体数(対数値)をDt • 第t年の観測個体数に伴う観測誤差をεt et−1 et 1 μt−1 1 μt 1 Dt−1 1 εt−1 1 Dt 実際のモデル はもっと複雑! 状態空間モデル et+1 1 μt+1 1 Dt+1 1 εt 状態方程式 (プロセスモデル) (システムモデル) (遷移方程式) 1 観測方程式 (データモデル) (測定方程式) εt+1 (□は観測可能な変量,〇は観測できない変量) 4/13 複数の並行する時系列がある場合(複雑化その1) • 今の場合は2種(ニカメイガとツマグロヨコバイ)が時系列が並行 • 複数の場所の並行的な時系列を扱う場合も同様 矢印を省略 et−1 μ't−1 状態方程式 観測方程式 1 μt−1 1 Dt−1 • A種個体数 µt • B種個体数 µ't 1 εt−1 et+1 et μ't 1 μt 1 Dt 1 εt μ't+1 1 μt+1 1 Dt+1 1 εt+1 5/13 複数のタイプの観測値がある場合(複雑化その2) • 今の場合は1種類のトラップデータだけ。 • 複数のタイプのデータがある場合はそれらをすべて活用できる。 状態方程式 観測方程式 et−1 et 1 1 μt−1 1 • トラップ捕獲数 Dt εt−1 • その観測誤差 εt • 捕虫網すくい取り捕獲数 Gt • その観測誤差 ψt 1 μt 1 Dt−1 et+1 μt+1 1 1 Gt−1 1 ψt−1 Dt Gt 1 1 εt ψt Dt+1 1 εt+1 Gt+1 1 ψt+1 6/13 環境変数(外生変数)がある場合(複雑化その3) • 今の場合は温暖化を問題にしているので気温を組み込む et−1 Tt−1 状態方程式 観測方程式 • 第t年の気温Tt Tt は「外生変数」 1 μt−1 1 Dt−1 1 εt−1 et+1 et Tt 1 μt 1 Dt 1 εt Tt+1 1 μt+1 1 Dt+1 1 εt+1 (「観測時間」等の外生変数の場合は,状態方程式内の矢印は論理的に不要。) 7/13 どのように推定するか • 実際にはソフトウエアで計算。中では何が行われているのか? • [最尤推定法] データが生じる確率(尤度) et を計算して,その尤度が最大になるパラ 1 メーターを決める。 状態 方程式 • 左図の場合はデータはDtだけ。 µt 仮に Dt =5 のとき,さまざまな可能性。 1 μt =3, εt =2 や μt =4, εt =1 など…。 観測 「データが生じる確率」を計算するにはそ Dt 方程式 れらの可能性をすべて積分する必要。 1 • もしet と εt の両方が正規分布に従う線形 モデルの場合には,積分結果は数式で求 εt まり,それは正規分布となる。 →カルマンフィルターと呼ばれる計算へ。 • 積分が簡単に求まらない場合にはMCMCベイズ推定などへ。 8/13 具体的な計算例: まず時代の影響を除去する (害虫の場合は重要) 4 6 3.5 5.5 常 3 用 対 2.5 2 数 個 1.5 体 1 数 0.5 (防除技術等が変化するので) 5 4.5 4 3.5 3 2.5 ニカメイガ 0 1950 1960 1970 1980 1990 2000 ツマグロヨコバイ 2 1950 1960 1970 1980 1990 2000 → 平滑化線からの偏差Dtを計算 (標準偏差5年のLOWESS平滑化) (農業技術の普及には±約5年かかるので) 平 滑 値 と の 差 Dt 1.5 1.5 1 1 0.5 0.5 0 0 -0.5 -0.5 -1 -1.5 -1 ニカメイガ 1950 1960 1970 1980 1990 2000 -1.5 (ただし,本来は状態空間内で行うべき) ツマグロヨコバイ 1950 1960 1970 1980 1990 2000 9/13 モデルを図ではなく式で表現すると… (ただし時代成分は除去済み) 状態方程式(2年前の個体数の影響まで考慮,気温は冬季と夏季に分ける) µt = a1 µt−1 + a2 µt−2 + a'1 µ't−1 + a'2 µ't−2 + bµW TWt + bµS TSt+ eµt 真の対数個 体数 2年前の個体数 の影響 夏季気温の影響 2年前の他種 個体数の影響 誤差変動 1年前の個体数の影響 1年前の他種個体数の影響 観測方程式 前冬季気温の影響 Dt = µt + c µ't + bDW TWt + bDS TSt + eDt 観測された 対数個体数 他種個体数 の影響 真の対数個体数 夏季気温の 影響 前冬季気温の影響 誤差変動 • ノイズを拾わないように,重要なパラメーターだけを選択する。 (モデル選択基準を使用:AIC, RD など) 10/13 AIC基準で選択されたモデル [Yamamura et al. (2006)] 1.5 平 滑 値 と の 差 Dt 減衰振動型 1.5 1 1 0.5 0.5 0 0 -0.5 -0.5 -1 -1.5 ニカメイガ 1950 真の個体数 1960 ランダム変動型 ツマグロヨコバイ -1 1970 1980 前年個体数 1990 2000 観測された個体数偏差 1950 2年前の個体数 µt = 0.50 µt−1 − 0.28 µt−2 + eμt Dt = µt + 0.087 TWt 誤差変動 真の個体数 -1.5 前冬季気温 観測方程式の誤差変動は 採択されていない。 1960 1970 1980 誤差変動 1990 2000 前冬季気温 µt = eμt Dt = µt + 0.70 µ't + 0.17 TWt 真の個体数 真のニカメイガ個体数 間接効果: 未知の環境要因があって,ニカメ イガの真の個体数の増加率とツマグロヨコバ イの年内増加率の両方に寄与している。 11/13 将来の害虫発生量の予測 R を発生量の倍率とする(50年後の発生量/現在の発生量) R<2 2≤R<3 3≤R<4 4≤R R < 1.4 1.4 ≤ R < 1.6 1.6 ≤ R < 1.8 1.8 ≤ R ニカメイガ 50年後に本州では1.6~1.8倍の増加 ツマグロヨコバイ 50年後に本州では3~4倍の増加 (気象庁・気象研究所のモデルによる気温予測値を用いた場合) 12/13 (まとめ)状態空間モデルの効能 複数タイプの観測データをフル活用して,それらに伴う観測誤差 を除去し,個体数等を正しく推定する。 「モデル選択」を行うと,個体数変動の仕組みを特定できる。 ニカメイガの場合 µt = 0.50 µt−1 − 0.28 µt−2 + et どちらの式が優勢か は対象生物に依存 Dt = µt + 0.087 TWt • 冬季気温の影響は観測方程式だけ。翌年への持ち越しは無い。 これは1950年代の密度調節論争の意味を式で示している。 Nicholson (1954)の主張:生物の個体数は密度依存的に制御。 Andrewartha and Birch (1954)の主張:密度依存的な制御は意 味をもたず,その年の環境条件が好適かどうかで個体数が決定。 状態方程式( µt の式): Nicholson (1954)が見ていた視点 観測方程式( Dt の式): Andrewartha and Birch (1954) の視点 状態空間モデルの効能: 観測誤差を除去できるだけでなく, 個体群動態の「本流部分」と「派生部分」を正しく区別して議論 を行うことが可能となる。 13/13
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