教育に関する取り組み 実感を伴った理解のための 制御工学教育 浅井徹(大阪大学) はじめに 制御工学の教育にはさまざまな困難が伴う その理由の一つに,制御工学の理解には理論以前につかん でおくべきことが多々あるにもかかわらず,その教育が行わ れていないことが挙げられる 体験に基づく導入教育を戦略的に実施する必要がある 概要や図・動画の説明を受け身で見聞きするのではなく,能動的に 作業することで理解させる そのための具体的な教材と教育戦略を模索してきた 大須賀公一先生,石川将人先生,杉本靖博先生,井上正樹氏(現 慶応義塾大学)と共同で取り組み,また,現在も取り組んでいる アウトライン 取り組みを始めた経緯 問題点とその原因 教材と教育戦略 (阪大機械系における) 制御工学教育の現状と課題 機械系3年生約130名 「動的システムのモデリングと制御」 「制御系設計論」 週2回の講義+8~9回の演習+4~5回の実験:コア科目 週1回の講義 その他,電気電子回路,プログラミング,学生実験なども これだけの労力を投入しているが… 計算はできるものの,「そもそも…」はよくわかっていない フィードバック(FB)制御で何をしたいのか? なぜこんなに数学の話ばかりなのか? なぜ安定性が重要なのか? 不安定化とは具体的には何が起きることなのか? (阪大機械系における) 制御工学教育の現状と課題 数学としては理解できたとしても実感を伴っていない 下位学生だけでなく比較的上位の学生も例外ではない 例:研究室の(成績上位の)学生 1年生に対するガイダンス準備 dSPACE でモータの位置決め制御のデモ(PI制御) センサ出力の取得,アクチュエータの駆動はできた しかし,FB制御のブロック線図を組めない パルスカウンタ D/A PI 制御系を構成したい K これだけのことであるにも関わらず 即座にはできない (阪大機械系における) 制御工学教育の現状と課題 数学としては理解できたとしても実感を伴っていない 例:研究室の(成績上位の)学生 下位学生だけでなく比較的上位の学生も例外ではない 1年生に対するガイダンス準備 dSPACE でモータの位置決め制御のデモ(PI制御) センサ出力の取得,アクチュエータの駆動はできた FB制御のブロック線図を組めない 元を辿れば自らの教育の結果 いくら成績がよくても技術者としては不十分 教育内容 and/or 方法に問題があるのでは? 教育の影響は永く深く広く 例:博士後期課程学生の学内ポスター発表 専攻OBの社会人による評価 素通り,ポスターを見ることもしてもらえない 企業内で制御をやっていくことの難しさが垣間見えた 苦手意識を持ったまま卒業させると,制御に無理解な層 を拡大再生産することになる 将来,制御に対して冷ややかな態度をとる可能性が高い 制御の分野に進まないからと言って,無関係ではない 制御の知見を活かすには少数の大学・企業研究者だけでなく, 研究成果を理解・実践する広い受け皿も必要 坐して待っていても状況は良くならない すべきこと できる限り多くの学生に制御工学の基礎程度はしっかり 理解させる必要がある 限られた現場だけで努力しても焼け石に水 より多くの現場でも活用できるような方法を模索 効率的かつ効果の高い方法 安価な教材 アウトライン 取り組みを始めた経緯 問題点とその原因 教材と教育戦略 理解を促すために 工学教育ではPBLが有効,しかし… 学生はPBLでFB制御の目的や理論の必要性をようやく実感 し,理論を勉強しなおす 有効ではあるが二度手間で非効率 もっと効率よく確実に教育できる方法はないのか? より効率よく確実に教育するために 理解不足に陥る原因を考える 理解のメカニズムに着目する よい教育(制御)を行うために対象の(動)特性を知る 理解のメカニズム 得られた情報を先行知識上へ再構築するプロセス 単に情報を記憶するだけではなく,より複雑な処理を要 する 情報 学習者 獲得知識 先行知識 理解のメカニズム 理解の難度は先行知識との関係に依存 先行知識との親和性が高い情報は理解しやすい 先行知識との親和性が低い情報は理解しにくい 無理に暗記しても忘れる(定着しない),誤解する 情報 情報 学習者 学習者 親和性が低い 親和性が高い 先行知識 先行知識 理解のメカニズム 裏を返せば,同じ情報を与えても 親和性の高い先行知識を持っている人には理解されやすい 持たない人には理解されにくい,誤解されやすい 情報 情報 学習者A 学習者B 親和性が低い 親和性が高い 先行知識 先行知識 制御理論の理解 制御理論は現実のFB制御問題に対する数学的な解答 その理解には数学だけでなく,「そもそも」の知識・体験 も必要 講義 学習者 • ゲインによって性能が変わる • 不安定になることもある • 不安定になると危険 FB制御に関す る獲得知識 FB制御に関する 先行知識 数学に関する 先行知識 制御理論の理解 ほとんど全ての学生は「そもそも」の経験がない 制御理論のうち現実問題に関わるものは理解されにくい 学部2年生へのアンケート調査 (約120名に対して80名が回答) DCモータを回したことがあるか? ある(スピード変化) 5% ある 16% ない 79% イコライザをいじったことがあるか? ある 28% ない 16% イコライザって何? 56% 講義 • 数学的な側面だけで理解 学習者 FB制御に関する 先行知識 数学に関する 先行知識 体験的知識 制御理論の真の理解には体験的知識が不可欠 現状は体験的な先行知識が著しく不足している 制御は自然現象と人工物(人為的操作)の組み合わせ 本来,両者に関する幅広い体験が必要 実験をやればいいというものではない PBLが二度手間になるのは順序が逆だから 学習は動的過程なので入力を入れる順序が重要 現状 理 解 到達点が低い! 持続しない スタート地点 が高い 持続しない 定着しない 理解が進んだ 感じがしない コア科目 期末試験 理解が進んだ 感じがしない 制御系設計論 期末試験 大学院入試 時間 確かな理解のために 理論説明の前に体験を与えるべき 理屈を理解するための素地を作らせることが必要 より基礎的なことから始める 理屈の説明を受動的に受けるのではなく,能動的に作業を行 うことで素地を構築させる こう変えたい 到達点が高い! 理 解腑に落ちる.加速 度的に次々わか る爽快感! 定着する 持続する 持続する コア科目 スタート地点 期末試験 が低い 制御系設計論 期末試験 大学院入試 アウトライン 取り組みを始めた経緯 問題点とその原因 教材と教育戦略 基本方針 理論の説明を始める前に,まず導入部分で必要な体験 をさせ,その後にその体験の理屈を説明する 体験を連鎖させることで,一つ一つのことがらの関係づ けを把握させながら授業を進行する 導入教育の構成 1. 2. 3. 4. 5. 6. 体験講義(講義中の実験) PIDチューニングによる制御系設計体験(実験) モデルと動特性(講義) 制御系の構成要素とモータの応答(実験) 電気回路・微分方程式の復習(演習) ブロック図とモータのモデリング(講義) 教材 導入講義全般で使用するために設計・製作 マイコン,市販の部品を活用 一台約1.5万円(部品代のみ) 単体でも,PC と USB で接続して連携させることでも使用 可能 ・ 体験講義 講義中に説明をしながら,教材の操作を行わせる フィードバック制御の機能や不安定化を実感させること が主目的 それ以前に対象の素の特性を実感させる 印加電圧に応じてモーターの角速度が変化する 目標の位置で勝手に止まることはない 目標の位置で止めることは容易ではない 体験講義の手順 モータの回転角速度を変化させる 手動制御で位置決め,指でアームを押す FB制御に切り替え(ゲイン小,目標角度手動) 追従しようとしているが動作は緩慢 ゲインを中程度に高める,指でアームを押す 位置決めは難しいことを確認 外乱によって位置が変わることを確認 各自の操作はフィードバックで行っている 動作が機敏になり追従性能が高まる 外乱があっても目標に追従することを確認 目標を自動モードに変更 ゲインをさらに大きくする アーム角度が振動する(不安定化を経験する) 体験講義の様子 PIDチューニングによる制御系設計体験 「制御系設計に求められること」を把握させる 定性的な観察から定量的な解析への移行を促すための体験 を与える 具体的な手順 テキストを配布し,各グループごとに行わせる ソフトウェアの解説書を参考にした 別紙テキストあり(制御コア実験2テキスト) P 制御 ステップ目標値,ステップ応答の意味を理解 応答のグラフの概念を理解 応答の遅れ,定常偏差が生じることを確認 PI 制御 オーバーシュートが生じることを確認 PID 制御 物理的な意味を説明 微分による応答性改善 制御系設計の概念と難しさを理解 一つずつ体験しながら理解させる PIDチューニングによる制御系設計体験 導入教育の結果 アンケート調査を実施 結果 すべての導入教育完了後に実施 (自動)制御を行うために制御機器(モーター,エンコーダー, マイコンなど)がどのように接続され,それぞれどのような役 割を果たしているか理解できましたか? 90%が肯定的 安定化,目標値追従,外乱抑制などのフィードバック制御の 機能のイメージはつかめましたか? 75%が肯定的 フィードバック制御によって不安定化が生じることや不安定化 という現象を実感できましたか? 85%が肯定的 これまでの経緯を考えると驚異的な結果 導入講義の結果(アンケート結果) (自動)制御を実現するためには,機構だけでなく,それらの 動かし方が重要であることが理解できましたか? 制御対象を入力・出力をもつシステムとして見るということの イメージはつかめましたか? 約80%が肯定的 制御系設計では何を設計しなければならないか理解できまし たか? 約90%が肯定的 うまく制御するには制御対象の動的な特性を知り,その特性 に応じて制御系を設計しなければならないことは理解できま したか? 約85%が肯定的 約60%が肯定的 FBの特性については十分浸透している 設計に関する理解はされているものの改善の余地あり 導入講義の結果(その他の印象) 従来は応答や信号が物の動きとどのように関係している のかイメージできない学生が多かった 補償器の調整時には,実機はほとんど見ずに,画面の 応答だけに注視している 応答に現実感を見出している 応答を見ることで(単に「動いた」だけでなく) より定量的に制 御の結果を見ることができるようになっている 2学期の学生実験において 従来よりも早く正確に応答を読み取ることができる オーバーシュートなどの用語をごく自然に使える 導入講義の結果(その他の印象) レポートの感想から 安定性を確保しつつ,望ましい応答を得ることは容易ではな いことを実感している 授業担当者は後の講義で,この実験の内容を引き合い に出して説明できる 講義が楽になる 内容と成果の発表 多くの現場で活用できるように教材の詳細や授業の構 成を(順次)公開 より良い方法を考えるためのたたき台になることを願っ て 論文 制御教育に関するOSをオーガナイズ SICE論文誌 Vol. 48, No. 10 (2012) SICE論文誌 Vol. 49, No. 2 (2013) 特集号「社会のなかの制 御理論・社会のための制御技術」 自動制御連合講演会(2012, 2014) 宇都宮大学平田光男先生と共同でオーガナイズ 能力開発工学センターニュースで紹介された 「計測と制御」特集号が予定されている その他の取り組み 制御機器の理解 小型実験装置を用いた制御機器の教育 一つずつ動作を確かめながら理解 別紙テキストあり(制御コア実験2テキスト) 周波数応答の概念 音の実験をベースに理解させる PC 上のスペクトルアナライザー,フィルター,スピーカーを用 いて周波数応答を視覚・聴覚で同時に体験 簡易PA装置を用い,ハウリングとイコライザーによるチューニ ングのデモを行った上で,ナイキストの安定判別法を説明す る 周波数整形による安定化をPC上で体験 別紙テキストあり(制御コア実験5テキスト) おわりに 制御工学導入教育 問題点とその原因 教材と教育戦略 アンケート調査による評価と改善
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